1.はじめに
平成元(1989)年3月、小・中・高校の学習指導要領が一斉に告示された。学習指導要領は、 通常、小・中学校が告示された翌年か翌々年に高校が告示されるか、小・中・高校が1年ずつ 年を追って順に告示されるかするので、このような一斉告示は戦後間もない一時期(ただし、 当時は「試案」の形)を除いては、はじめてのことであった。 平成元年版学習指導要領は、このように、告示の形式上それまでのものとは違いがあった。 くわえて、地理教育をめぐる情勢がこの平成元年版から大きく変わることとなる。その最たる ものが、小学校低学年における生活科の新設と、高校における地理歴史科の新設であった。こ のうち、小学校生活科は社会科と理科の合科によるものであったが、生活科新設以後も初歩的 な地理の学習内容が生活科に引き継がれ、小学校においては地理教育の一貫性が一定程度担保 された。 一方で、高校地理歴史科の新設は、社会科を地理歴史科と公民科に分割・再編するものだっ たが、地理歴史科における地理の位置づけは、それ以前と比べて著しく低いものとなった。そ の背景にはいわゆる世界史の必修化があった。平成元年版以前において、全国の普通科高校で の地理履修者はほぼ100%に近い水準で推移したが、 平成元年版以降、 履修率はしだいに低下 し、中堅私大文系学部の場合、平成の終わり頃には、高校で地理を履修してくる学生の割合は おおむね1割内外、 多く見積もっても2割に達しない程度にまで落ち込んでいる。 平成はま さに、地理教育にとって「受難の時代」だったといえよう。平成の地理教育
―高校地理を中心に―
戸井田 克
己*
Geography Education in Heisei Era:
Focusing on High School Geography
(TOIDA Katsuki)
*近畿大学教職教育部教授 〔キーワード〕 高校地理、カリキュラム、研究動向、地理オリ ンピック、地理教科書
地理教育がかくも軽んじられたのは、日本の教育史上、この平成という時代をおいてほかに ない。また、目を世界に転じても、ヨーロッパ先進国はもとより、中国や韓国といったアジア 諸国においても、現在に至るまで、地理教育に対しては相当の敬意が一貫して払われてきた。 そうした背景などから、近年、日本学術会議がいくつかの提言や報告 を相次いで発したが、 それらも受け止めるかたちで文部科学省が平成30(2018)年3月、地理の必修化を含む次期高 校学習指導要領を告示した。すなわち、新設の「地理総合」が必修化されるとともに、世界史 が必修から外され、日本史と世界史を融合させた「歴史総合」が新設されて必修とされた。こ の次期高校学習指導要領は2022年度入学生から学年進行で適用されるので、いわゆる完成年度 はいまから5年後の2024年度になる。少し先のことだが、平成30年版学習指導要領が、日本の 地理教育にとって長い「受難の時代」に終止符を打つものとなるのは確実だろう。 本稿は、地理教育にとって以上の側面を持つ「平成」という一時代を、筆者が主専攻の一つ とする高校地理教育を中心に振り返ってみようとするものである。そしてそこから、今後の地 理教育の、ひいては地理歴史科や社会科教育の課題を探っていきたい。
2.高校の地理カリキュラム
図1は、小・中・高校の学習指導要領における、社会科構成の変遷をまとめたものである。 学習指導要領は、 戦後、 昭和22(1947)年に教育基本法および学校教育法ともに「試案」(図 1中①)が示されたのを嚆矢とし、昭和33・35(1958・60)年版からは「告示」(同④)とさ れた。以後、平成20・21(2008・09)年版(同⑨)までほぼ10年間隔で告示されたのち、次期 学習指導要領が一昨年(小・中学校)、 昨年(高校)と告示されている。 前述したように、こ の次期学習指導要領(平成29・30(2017・18)年版)において世界史必修が廃止され、「地理 総合」(2単位)と「歴史総合」(2単位)が高校地理歴史科における新たな必修科目として位 置づけられた。 ①~⑨の学習指導要領の変遷全般については、別稿 でその要点を論じた。本稿ではそれと の重複を避けるかたちで、おもに平成元年版(⑦)以降の高校地理カリキュラムについて要点 を指摘する。 図1中で、標準単位数を数字で示したが、うち必修科目については丸数字とした。これを見 ると、平成元年版以前の①~⑥の学習指導要領において、地理歴史科の各科目(地理系、日本 史系、世界史系の科目。 以下「系」を省略)のうちいずれかが必修扱いとされたことは一度図1 社会科構成の変遷 (注) 1.朝倉(1992)を一部修正した上、その後の学習指導要領について戸井田が加筆した。 2.年次が2か年にまたがる場合、前年に小・中学校の、後年に高校の学習指導要領が公表された。 3.年次が3か年にまたがる場合、1 年目に小学校の、2 年目に中学校の、3 年目に高校の学習指 導要領が公表された。 〔出所〕戸井田克己・吉永裕也・岩本廣美「近年の日本における地理教育の展開状況―1980年代以降を中 心に―」、新地理613、2013、p.22 朝倉隆太郎「高等学校社会科カリキュラムの変遷から」、じっきょう社会科資料33、1992、p.3 (朝倉・筆者作成)
もなかったことに注意されたい。必修とされたのは、①と②の「一般社会」と、その後継科目 である③の「社会」、さらにその後継科目である④と⑤の「倫・社」「政・経」、そしてさらに その後継科目である⑥の「現代社会」である。これらの科目は、すべて平成元年版(⑦)で分 割・再編された以降の公民科に位置づく科目であって、地理歴史科の科目はすべてが選択扱い であった。 その一方で、ことに⑤までの地理・日本史・世界史の現実の扱いはどうだったかといえば、 これら3科目は制度上、一貫して選択科目であったが、社会科の主要科目として事実上、すべ てが必修的な扱いを受けていた。④と⑤は高度成長を後押しした時期でもあり、社会科を含む すべての教科で系統主義的な新教科主義が採用された。これはのちに「詰め込み教育」や「受 験地獄」、「落ちこぼれ」といった社会問題との関連で批判されることとなり、その後、今日に 続く「ゆとり教育」や、「生きる力」の育成への転換を余儀なくされた。しかし、一時期、 日 本の高度成長を後押しした点は評価されよう。そこで採用されたのは、実質的な全教科必修主 義であり、幅広い国民的教養の涵養であった。つまり、現在50代半ば以上の世代では、そのほ とんどが高校で日本史も、世界史も、地理も学び、それらの基礎知識が広く習得された。 こうした傾向は、必修「現代社会」が新設された、次の昭和52・53年版(⑥)までみられた が、それが大きく崩れるのは平成元年版(⑦)だった。この時、前述したように地理歴史科と 公民科への分割・再編がなされるとともに、ひとり世界史のみが必修科目となり、日本史と地 理が選択必修となった。地理にとって問題は、日本史と地理との選択必修のあり方であったが、 多くの高校現場で地理教員が手薄であったり、 とりわけ多くの私大入試で地理の出題態勢が 整っていなかったため、地理での受験機会が十分でなかったことなどから、結果的に、地理で なく日本史のみを履修させる高校が全国に広まっていった。かくして、平成元年版告示以降、 高校における地理教科書や、地図帳の需要数は急速に低下していった(図2)。そしてこの間、 地理は位置づけ的には文系科目でありながらも、大学入試センター試験で理系受験者に有利な 社会科(地理歴史科)科目として、一部受験校の理系生徒向けの「必修科目」として定着する という、皮肉な事態が進行していったのである。 本来、学習指導要領の趣旨は、履修者自身による選択を担保するものだが、多くの高校や一 般の文系生徒にとってはその余地がなく、事実上地理の選択を許さない環境が熟成されていっ た。これにより、地理の履修者は年を追うごとに減少し、前述したように、日本の教育史上に おいても、また世界の趨勢に比しても、いびつと言わざるを得ない地理歴史科(社会科)教育
図2 平成元年版以降の高校教科書需要数(地理・地図帳) 〔出所〕帝国書院の調べによる。
が定着することとなった。くわえて、こうした状況が地理教員の採用を抑えさせ、教員数が低 迷することによって、いっそうの地理軽視を助長する負のスパイラルに陥っていった。
3.研究動向
以上みたように、平成は地理教育が低迷した時代である。しかし、それに反比例するかのよ うに、研究面では大きな進展のみられた時代でもあった。以下、吉水(2013) を参照するかた ちで、平成期における地理の研究動向をふりかえってみよう。 関係学会の新設 この間、地理教育にかかわる全国規模の学会として、社会系教科教育学会(1989年11月)と 全国地理教育学会(2007年11月)が新たに設立され、機関誌『社会系教科教育学研究』と『地 理教育研究』が創刊された。 前者は、兵庫教育大学に事務局を置く学会だが、同校は全国で唯一「博士(学校教育学)」 の学位を授与する基幹大学であることから、同学会は実際上、全国規模での影響力を持つ学会 とみなすこともできよう。また後者は、地理教育の実践研究に力点を置く全国規模の学会とし て設立されたものである。前者は大学の新設ないしは学位授与の改革に連動する動きの一環と 位置づけることができるが、後者は低迷する地理教育への危機意識の一端が生ませた現象とみ ることもできよう。 戦後、社会科が新設教科として採り入れられて間もなく、地理教育にかかわる全国規模の学 会が相次いで設立された。 日本地理教育学会(1950年4月)、全国社会科教育学会(1951年5 月)、日本社会科教育学会(1952年2月)などである。 その後、これらの学会が日本の地理教 育(ないし社会科教育)研究をリードして、以後、昭和年間においては全国規模の学会の新設 はみられなかった。そうした流れが転換したのが平成の新時代であり、それは地理教育低迷の 裏返しであったようにも思われる。これら新設学会の設立によって、地理教育研究の活性化が 一定程度進んだことは事実であろう。 関係書籍の刊行 この間、地理教育にかかわる書籍の刊行も活発に行われた。まず、事典類としては、日本地 理教育学会編(2006)、人文地理学会編(2013) などが挙げられる。また、地理教育に関する講座本として、全4巻からなる中村ほか編(2009) がある。 つぎに、 総説を取り扱った書籍としては、たとえば、 西脇(1993)『地理教育論序説』、桜 井(1999)『地理教育学入門』、 山口(2002)『社会科地理教育論』、 草原(2004)『地理教育 内容編成論研究』、井田(2005)『社会科教育と地域』、永田(2013)『市民性を育成する地理 授業の開発』、戸井田(2016)『青潮文化論の地理教育学的研究』 などが挙げられよう。 またこの間、 外国の地理教育を研究対象とした書籍も、中山(1991)『地理にめざめたアメ リカ』、村山(2005)『「ニルス」に学ぶ地理教育』、 田部(2008)『アメリカ地理教育成立史 研究』、志村(2010)『現代イギリス地理教育の展開』 など、多くのものが刊行された。これ ら総説・外国研究のいくつかは、博士学位取得論文に基づいて公刊されたものだが、このこと が示すように、地理教育研究の成果が博士論文として結実するケースが増えたのも平成時代で あったといえよう。
4.地理関連学会の社会貢献
平成はまた、地理関連学会が社会貢献を強く意識した時代でもあった。それは、地理の低迷 をなんとか打破しようとする方策の一つと考えられたためもあろうが、結果、関係者の団結と 様々な実践が開花した時期ととらえることもできよう。以下、岩本(2013) を参照するかたち で、平成期における地理関連学会の社会貢献をふりかえってみよう。 教員を対象とするもの 地理が高校で事実上の必修科目から外され、地理教員がしだいに減少していく中で、おもに 日本地理学会と人文地理学会という全国規模地理学会の両雄が、それぞれ委員会・部会を立ち 上げ、社会貢献の充実を図ったのが平成時代である。 すなわち、 前者は地理教育専門委員会 (1998年)を、 後者は地理教育研究部会(2005年)を設置し、 地理を教える教員(地理を専門 とする教員、専門としない教員)を対象とした諸活動を展開してきた。 まず、 日本地理学会地理教育専門委員会の活動として特筆すべきは、「地理教育公開講座」 の開始であろう。これは原則年2回の大会時に、会員以外にも門戸を広げて開催するもので、 2019年3月の春季大会(専修大学)で35回目を数える。その第35回地理教育公開講座では、「高 等学校地理教育の課題と展望」をテーマに、次期学習指導要領の実践上の課題や展望等につい て活発な議論がなされた。筆者は当委員会設立当初の第1期地理教育専門委員として、第1回地理教育公開講座(2001 年、秋田大学)の企画・運営に携わった。第1回ではトルコの教育と、1999年に起こったトル コ大地震をテーマにした、2人の地理学者による講義を柱としたが、以後も世界各国の教育事 情や、各国・地域をフィールド調査した地理学者の研究成果をいかに学校の地理教材として役 立てていくかといったテーマが多く設定された。また近年では、ESD(持続可能な開発のため の教育)や GIS(地理情報システム)といった地理教育に関係する新しいテーマや、次期学習 指導要領の読み込みや実践に向けた構想をテーマとするものなども開催されている。 つぎに、人文地理学会地理教育研究部会である。同部会は、地理教育の活性化に向けた活動 を同学会が組織的に取り組むことを目的に設置された。会員を対象とした研究会などの催しを 企画・運営するほか、後述する地理オリンピックの運営支援や、会員・非会員を対象とした 「地理教育夏季研修会」の開催など、社会貢献活動にも力を入れている。 ことに地理教育夏季 研修会は、近畿近県をはじめとした地方地理学会と共催することで、地方地理学会の活性化や、 それを通じた各地の地理の啓発にも寄与しようとしてきた。その第1回は、2005年8月に京都 府京田辺市で開催され、「地域事例の教材化」をテーマに、巡検、講義、ワークショップなど が行われた。 以後、当部会の活動は着実に継承され、地理教育夏季研修会には毎回、全国から多くの参加 者(平均50名前後、多い時には100名程度)を得ている。 参加者の属性は小・中・高校の教員 (会員、非会員)、大学教員、学生、大学院生など多様であり、参加者が相互に地理指導の知識・ 技能を獲得し、啓発し合う場ともなっている。 児童・生徒を対象とするもの 児童・生徒を直接対象とする、学会の諸活動が活発に行われるようになったのも平成時代で ある。その最大のイベントはおそらく地理オリンピックであろうが、これについては後述する。 ここでは、おもに小・中・高校生を対象とする「私たちの身のまわりの環境地図作品展」と、 おもに高校生を対象とする「地理学ウィーク」について取り上げる。 「私たちの身のまわりの環境地図作品展」(以下、「地図作品展」)は、北海道旭川市を拠点に 活動する環境地図教育研究会が主催するものだが、日本地理学会をはじめとする地理関連学会・ 団体のいくつかが後援しており、地理関連学会の社会貢献活動の一つともなっている。1991年 に開始され、2018年で28回目を数える。やや古い年次のデータになるが、2011年に開催された
第21回「地図作品展」には、国内から2,811点、中国から795点、計3,606点の応募があった。な お、この回の海外参加は中国のみであったが、回によっては韓国、フィリピン、タイ、リトア ニア、チェコ、ブルガリア、マケドニア、アメリカ合衆国、キューバ、エクアドルなどからも 参加があり、日本の小・中・高校生との間で作品の出来栄えを競い合ってきた。 優秀作品には国土地理院長賞、北海道知事賞、日本地理学会長賞、北海道地理学会長賞、国 立環境研究所理事長賞、北海道教育委員会教育長賞、旭川市長賞ほか、数多くの賞が用意され、 表彰式が行われる。「地図作品展」には、 児童・生徒が個人として応募するだけでなく、多く の場合、学校の地理教育の一環として取り組まれている。なかには授業時間の一部を割いて資 料収集や地図作りの概説を行ったり、夏休みの宿題として作品作りを指導する地理教師もおり、 学校教育とも連携した地理の啓発活動となっている。 なお、近年では日本地理学会の大会期間中に高校生のポスター発表会場が設けられ、学校教 員の引率のもと、多数の高校と、高校生がポスター発表に参加するようになってきている。30 年近い歴史を持つ「地図作品展」が、こうした新たな取り組みのけん引役となってきたといえ よう。 いっぽう、中・高校生、おもに高校生を対象としたもう一つの取り組みに、人文地理学会が 主催する「地理学ウィーク」がある。これは学校の夏休み期間中に行う、中・高校生向けの地 理学セミナーである。複数の専門家による講義や、進路指導を意図した説明会などから構成さ れ、生徒たちの地理的関心を喚起することをおもなねらいとしている。 その第1回である「地理学ウィーク関西2001」は、2001年7月にキャンパスプラザ京都(京 都市)で開催された。 内容は、 石原潤(京都大学)による「高校地理はどう変わるか」、 矢野 桂司(立命館大学)による「GIS と地理教育―サイバースペースの水先案内人―」の2講演と、 「大学の地理学をのぞいてみよう」と題するセミナーなどからなり、後者には大阪教育大学、 大阪市立大学、奈良女子大学、関西大学、関西学院大学、立命館大学、奈良大学の各地理学教 室所属教員が参加して、 高校生からの質問や相談などに応じた。ちなみに、 筆者も「地理学 ウィーク2003」に講師として参加したことがあり、日本の教科書制度のしくみに関する講義 を行った。 「地理学ウィーク」は、 人文地理学会による有為な社会貢献活動の一つであったが、2005年 を最後に、以後開催されていない。その理由は、対象の中心と考えた高校生の参加が期待ほど ではなかったこともあるが、 開催経費の確保が難しかったことが挙げられる。学会が市民向
けに啓発活動を行う際、財源をどうするかは大きな問題である。また、前述したように、2005 年には同じ人文地理学会に地理教育研究部会が設置され、これ以後は「地理学ウィーク」の活 動の一部を地理教育研究部会が引き継いできた。その意味では、「地理学ウィーク」は事実上、 地理教育研究部会に移行したということもできるかもしれない。いずれにせよ、「地理学ウィー ク」は、学校教員や中・高校生を対象とした啓発活動において、先導的な役割を果たしたとい えよう。
5.地理オリンピック
前述したように、 平成という時代は学校教育の枠外において、 地理教育の推進にかかわる 様々な活動が生み出された時代でもあった。なかでも、科学地理オリンピックの導入と国際地 理オリンピックへの参加 は、日本の地理学界にとって大きなイベントとなった。このほど、 『地理オリンピックへの招待』と題する啓発本が刊行されたので、以下、その記述 を引用する ことで地理オリンピックの概要をまとめよう。 国際地理オリンピックは、地理的知識に基づいた思考やスキルなどを試験で競う、世界の高 校生が集う祭典である。1996年にオランダのハーグで第1回が開催された。第1回の参加国は、 ヨーロッパのわずかに5か国だった。IGU(国際地理学連合)の大会と同じ場所で開催するこ とが原則なので、2012年の第9回のドイツのケルンで開催された国際地理オリンピックまでは、 IGU の大会に合わせ2年に1回の開催だった。しかし、参加国も増え、むしろ毎年開催するほ うが各国が運営しやすいので、それ以降は毎年開催されるようになった。日本でも2013年に、 第10回大会が京都で開催された。この時の参加国は32か国だった(写真1)。 国際地理オリンピックの目的としては、①世界水準の地理教育の普及、②高校生の地理への 関心の向上、③地理を通しての国際交流、④日本の地理教育の向上、そして⑤グローバルな課 題への解決に向けた能力の育成などが挙げられる。各国の予選を勝ち抜いた4人の高校生が、 その国の代表選手として選抜される。 問題は英語で出題され、英語での解答となるが、専門 用語を英語である程度わかっていれば、日本の高校生の英語のレベルでも解答できる。2 人の 中・高校の教員、もしくは大学の教員が引率してくれるので、生活面やテストの対応などの相 談に乗ってくれる。また、どの国の選手たちも英語を話せるので、国際地理オリンピックに参 加すると、世界の高校生と友人になるチャンスを得ることができる。 国際地理オリンピックの開催時期は、日本の夏休み、7 月の終わりから8月の中旬頃にかけて、1 週間ほどの日程で開催される。試験は、マルチメディア、記述、そしてフィールドワー クの三つからなる。マルチメディア試験は、画面に映し出される図、動画、表、グラフから出 題される選択式の試験である。記述試験は、図や表などから読み取る地理的な事象に関して出 題され、事象に関する説明、要因などを記述で解答する試験である。フィールドワーク試験は、 野外に出て地理的な事象を観察し、調べたりしたことから問題が出題され、もしくは調べるこ とそれ自体が問題として出題されることがあるが、そうした問題を既存の知識や実地に観察し たり、調べたことをフルに活用して解答する。試験では、実際に観察・調査したことに基づい て、その地域の将来像に関して問う問題もある。 なお、第15回国際地理オリンピックはカナダ・ケベック市において2018年7月31日から8月 6日の日程で開催された。 この大会には世界43か国・地域から165名の選手が出場し、 上記三 つの試験に挑むとともに、ポスタープレゼンテーションや文化交流会、巡検などの行事に臨ん だ。 残念ながら、日本選手は今回、メダル獲得には至らなかったものの、 地理オリンピック 全体(ケベック本戦、3次にわたる国内予選)を通じて、より高度な地理的素養を身につけた 写真1 国際地理オリンピック京都大会でのフィールドワークの様子(2013年8月) 〔出所〕『新詳地理B』、帝国書院、2016年3月文部科学省検定済、p.5
多くの高校生たちが社会に出ていくものと考えられる。オリンピックは参加すること自体に意 義があるが、次のホンコン大会(2019年7月末~8月上旬)でのメダル獲得を期待したい。
6.地理教科書の執筆
平成は地理教育、とりわけ高校地理教育にとって厳しい時代であった。しかしその中にあっ て、以上みたように、地理教育の研究と実践とが蓄積され、関連諸学会の活動が活性化した時 代でもあった。地理にかかわる研究者や教師が、手を携え合って、現状をなんとか打破しよう としたのが平成であった。 個人的な体験になるが、筆者はこの間、高校地理教科書に執筆の機会を得、教科書を通じて 地理の普及・啓発に注力することができた。これは筆者にとって望外の喜びであり、大きな幸 運でもあった。平成という時代、筆者は改訂版を含めて都合8点の高校地理教科書の執筆に携 わった(表1)。 表1で、筆者が執筆に携わったのは、「新詳地理B」「高等学校新地理A」「高校生の地理A」 の3書目である。それぞれの書目のページ数や判型の変遷を見ると、ページ数は徐々に増加し、 判型はA5判からB5判へ、そしてAB判 へと少しずつ大判化してきた。これは全体の紙幅 がしだいに増え、教科書の情報量が増してきたを意味する。それにともない、著作者(共著者) の数も微増傾向にあることがわかる。 また、表1で「*」を付したのは、巻頭の「はじめに」と、巻末の「おわりに」を筆者が代表 執筆した書目を表している。 教科書で、 わざわざ「はじめに」、「おわりに」のページを設け 表1 筆者が携わった高校地理教科書 判型 ページ数 著作者数 版元 書 目 検定済年月 A5判 326 8 Te 社 *新詳地理B 最新版 平成14年3月 B5判 195 8 Te 社 *高等学校新地理A 最新版 平成15年3月 A5判 338 8(別記1) Te 社 *新詳地理B 初訂版 平成18年3月 B5判 198 9(別記1) Te 社 *高等学校新地理A 初訂版 平成19年3月 B5判 342 9 Te 社 *新詳地理B 平成24年3月 B5判 190 7 Te 社 *高校生の地理A 平成25年3月 B5判 346 10 Te 社 *新詳地理B 平成28年3月 AB判 190 7 Te 社 *高校生の地理A 平成29年3月 注)*は、筆者が「はじめに」と「おわりに」を執筆した書目。る書目は必ずしも多くなく、たとえ設けたとしても、学び手である高校生の関心はおそらく高 くない。定期試験や、大学入試に直接かかわる学習事項とはみなされにくいからである。 しかし、教科書執筆で筆者が最も心血を注いだのはこのページであり、わずか各1ページの 紙面に、地理学の本質をいかに表現するかに腐心した。ことに、「はじめに」では、「平成」と いう地理逆境のこの時代に、地理学の有用性をメッセージとしていかに伝えられるかを自らに 課した。平成24年3月検定済と、平成28年3月検定済で発したメッセージは次のようなもので ある(資料1・2)。 まず、「私たちはなぜ地理を学ぶか」と題した資料1では、 地理を学ぶ目的について伝えよ うとした。第1段落で、空間軸たる地理と時間軸たる歴史の相互補完性について言及したが、 これは地理学を学ぶ上でも、歴史学を学ぶ上でも、本質的にして、最も肝要なことであろう。 前述の社会科構成の変遷(図1)になぞらえて言えば、これは③の中学校B案(πの字に似て いることから「パイ型」と呼ばれる)の考え方(すなわち「地理と歴史の相互補完性」)を説 明したものにほかならない。A案(座布団を3枚重ねる連想から「ザブトン型」と呼ばれる) を下敷きにして書くことも可能だったが、A案がより強調する「地理学の基礎科学性」につい ては後続の、第2段落以降の文章に含意させている。 第2・第3段落では、地域スケールの問題に言及した。あらゆる社会事象(歴史や政治・経 済が対象とするものも含む)の考察には、考察対象となる地域・空間の大きさをどのように設 定するかが重要となるが、それを意識的に拡大させたり、縮小させたりして考察するところに 地理学の持ち味があることを指摘している。現代世界の諸問題は、「郷土<国家<世界」といっ た異なるスケールの地域・空間から、多面的・多角的・相互関連的に考察されなければならな い。そうでなければ解決の道筋は見えてこないからだが、そうした発想こそが地理的見方・考 え方の重要な一部をなすものといえる。 第4段落では、自然と人間の相互作用(双方の関係性)について言及した。これは当たり前 ともいえるものの見方だが、地歴・公民に理科を加えても、このような見方・考え方がごく自 然にできるのは地理をおいてほかになかろう。近年、持続可能な成長のあり方が問われ、その 教育(ESD=持続可能な開発のための教育)が次期学習指導要領にも全面的に取り入れられた。 地理はそのパイオニアとして、社会科の他科目・分野はもとより、他教科や教科外の活動、ひ いては学校外の教育活動全般においても、それを力強く牽引していかなければならない。 つぎに、「私たちはいかに地理を学ぶか」と題した資料2である。 これは資料1の地理学の
資料1 地理を学ぶ高校生へのメッセージ
資料2 地理を学ぶ高校生へのメッセージ
目的論 を受けて、その方法論 を示したものである。 まず導入の第1段落で地理と歴史の相互補完性を再確認したあと、第2段落では地理学に二 つある方法論のうちの一つ、「系統地理学」のあり方を、 第3段落ではもう一つの「地誌学」 のあり方を解説し、最終の第4段落でその両者が相互補完的に地理学を集成しうることを指摘 した。手前味だが、この四つの段落に筆者は「地理学の起承転結」を表現しているし、目的 論の「私たちはなぜ地理を学ぶか」(資料1)との接続にも配慮した内容となっている。
7.地理教育の課題―結びにかえて―
本稿の冒頭で、筆者は、本稿の目的が「地理教育、地理歴史科教育、社会科教育の課題を探 ること」にあると述べた。ここまでの本稿の記述で、この目的はほぼ明らかになったのではな かろうか。 地理と歴史は相互補完的であり、両者が一体となって人間社会のあり様や世界各国の様子が より深く理解される。しかるに、平成のカリキュラム(とりわけ高校カリキュラム)は、世界 史必修の実際上の結果として、この最も本質的な前提条件を満たすものとはなっていなかった。 地理と歴史が分断され、地理が著しく軽視されることとなったからである。次期学習指導要領 で、この点が改善されるとともに、歴史教育においても世界史と日本史が融合されるという、 画期的な試みが模索されていくこととなった。「歴史総合」を、 本来あるべき「歴史総合」と して実践できるか否かは、歴史教育(歴史学)関係者にとって、非常に重い課題となるのでは なかろうか。と同時に、30年ぶりに事実上の必修が回復した地理教育(地理学)関係者にとっ ても、「地理総合」をはじめとする地理教育をいかに実践するかは大きな課題となるだろう。 その上で、必修「地理総合」に代表される、地理教育の課題には大きく二つのものがある。 一つは内容構成上の課題であり、もう一つは授業実践上の課題である。このうち、内容構成上 の課題は、次期学習指導要領の目標や内容をいかに具体化し、教材化できるかにかかっている。 別言するならば、資料1・2でも述べた、地理学の目的と方法をいかに具体化するかといった 問題である。それは、言うは易く、行うは難い。 いっぽう、授業実践上の課題はいっそう深刻である。それは平成の30年間、人で言えば丸々 一世代もの長きにわたる、高校地理欠落の歴史である。この間、高校における地理教員の確保 が十分なされておらず、必修「地理総合」を担当できる教員が大きく不足している。今後、都 道府県教育委員会は特段の意識をもって人事計画を進めなければならないし、教員養成や教員研修の部分で、大学や地理関連学会が文部科学省や教育委員会を力強く支援していかなければ ならない。 また、大学入試における抜本的な改革が、ことに地理を入試科目に置いていない全国の大学 で必要である。現在のように、地理受験を可能とする私大が一部に限られるような状況では、 地理に対する高校現場の取り組みはなかなか十分なものとはなりにくいだろう。大学に身を置 き、地理や歴史の教育に携わる者には、その条件整備に向けたひたむきな努力が求められてい よう。 【注および文献】 筆者が平成22(2010)年4月から平成28(2016)年3月まで在籍した、近畿大学総合社会 学部での実感。こうした傾向は、教職課程における、学内の他の文系学部においても同様で ある。なお、非常勤講師を通じた経験から、国立大学の文系学部では地理の履修率はやや高 いようだが、本来国民に求められる地理歴史科の基礎教養として、地理が十分学ばれている とは言い難い状況にある。 たとえば、以下のものが挙げられる。 対外報告「現代的課題を切り拓く地理教育」(2007年) 提言「新しい高校地理・歴史教育の創造―グローバル化に対応した時空間認識の育成―」 (2011年) 提言「地理教育におけるオープンデータの利活用と地図力/GIS 技能の育成―地域の課題を 分析し地域づくりに参画する人材育成―」(2014年) 提言「持続可能な未来のための教育と人材育成の推進に向けて」(2014年) 提言「環境教育の統合的推進に向けて」(2016年) 学習指導要領は当初、法的拘束力を持たない「試案」として公表されたが、昭和33・35 (1958・60)年版からは、 官報に掲載する「告示」の形で公表されている。 これにより、 以 後の学習指導要領は法的拘束力を持つとされる。 たとえば、以下の文献など。
TOIDA Katsuki, YOSHIMIZU Hiroya, IWAMOTO Hiromi(2012):“Trends in Japan’s Geography Education”, Japanese Journal of Human Geography、646、人文地理学会、 pp.4971
戸井田克己・吉水裕也・岩本廣美(2013):「近年の日本における地理教育の展開状況―1980 年代以降を中心に―」、新地理、613、日本地理教育学会、pp.1940 戸井田克己(2017):「高校地理必修化の展望と課題」、立命館地理学、29、立命館地理学会、 pp.19 学習指導要領史上、日本史系の科目として「国史」「日本史」「日本史A・B」など、世界 史系の科目として「西洋史」「東洋史」「世界史」「世界史A・B」など、地理系の科目とし て「人文地理」「地理A(系統地理)」「地理B(地誌)」「地理」「地理A・B」などがある。 ここでは、それぞれの科目名称(内容)が多岐にわたることから、「系」を付して表記した。 戸井田克己・吉水裕也・岩本廣美(2013):「近年の日本における地理教育の展開状況― 1980年代以降を中心に―」、新地理、613、日本地理教育学会、pp.1940 の、吉水裕也の執 筆箇所(pp.2631)。 日本地理教育学会編(2006):『地理教育用語技能事典』、帝国書院、247p. 人文地理学会編(2013):『人文地理学事典』、丸善出版、788p. 以下の4書目。 中村和郎・高橋伸夫・谷内達・犬井正編(2009):『地理教育講座 第Ⅰ巻 地理教育の目的 と役割』、古今書院、270p. 同(2009):『地理教育講座 第Ⅱ巻 地理教育の方法』、古今書院、254p. 同(2009):『地理教育講座 第Ⅲ巻 地理教育と地図・地誌』、古今書院、294p. 同(2009):『地理教育講座 第Ⅳ巻 地理教育と系統地理』、古今書院、276p. 西脇保幸(1993):『地理教育論序説』、二宮書店、169p. 桜井明久(1999):『地理教育学入門』、古今書院、242p. 山口幸男(2002):『社会科地理教育論』、古今書院、288p. 草原和博(2004):『地理教育内容編成論研究―社会科地理の成立根拠―』、風間書房、643p. 井田仁康(2005):『社会科教育と地域―基礎・基本の理論と実践』、NSK 出版、294p. 永田成文(2013):『市民性を育成する地理授業の開発―「社会的論争問題学習」を視点と して―』、風間書房、340p. 戸井田克己(2016):『青潮文化論の地理教育学的研究』、古今書院、344p. 中山修一(1991):『地理にめざめたアメリカ―全米地理教育復興運動―』、古今書院、131p. 村山朝子(2005):『「ニルス」に学ぶ地理教育―環境社会スウェーデンの原点―』、ナカニ
シヤ出版、166p. 田部俊充(2008):『アメリカ地理教育成立史研究』、風間書房、114p. 志村喬(2010):『現代イギリス地理教育の展開』、風間書房、291p. 前掲の、岩本廣美の執筆箇所(pp.3136)。 戸井田克己(2003):「地理教育と検定教科書」(講義)、地理学ウィーク2003、人文地理学 会、兵庫県西宮市大学交流センター 各回の「地理学ウィーク」の開催経費については、日本学術振興会の科学研究費補助金が 充てられた。つまり、同補助金が得られなくなると、継続が難しくなるという難点があった。 科学地理オリンピックとは、実質上、国際地理オリンピック日本予選の名称である。地理 以外にも自然科学分野を中心とする多くの教科で国際科学オリンピックがあり、日本国内の 予選を通過した代表選手が国際大会に派遣され、高校生を主体とする世界中の若者たちと知 識・技能のレベルを競い合っている。現在、毎年開催されている国際科学オリンピックには 次のものがある(括弧内は第1回開催年)。 国際数学オリンピック(1959年) 国際物理オリンピック(1967年) 国際化学オリンピック(1968年) 国際情報オリンピック(1989年) 国際生物学オリンピック(1990年) 国際哲学オリンピック(1993年) 国際地理オリンピック(1996年) 国際天文学オリンピック(1996年) 国際言語学オリンピック(2003年) 国際地学オリンピック(2007年) なお、科学地理オリンピックと国際地理オリンピックとは大会運営上不可分の関係にある ため、本稿では原則的に、単に「地理オリンピック」と表記する。 国際地理オリンピック日本委員会実行委員会編(2018):『地理オリンピックへの招待―公 式ガイドブック・問題集―』、古今書院、p.2 2013年8月、日本で2度目の IGU(国際地理学連合)大会が京都国際会館(京都市)を会 場に開催された(1度目の開催は1980年の東京)。この折、国際地理オリンピック大会を同
じ京都で実施することになり、筆者はその準備委員として、準備・運営全般に携わった。岩 本廣美氏(奈良教育大学)、 吉水裕也氏(兵庫教育大学)らとともにフィールドワーク試験 の問題作成にあたるとともに、当時在籍した近畿大学総合社会学部6階の筆者研究室で、た びたびの準備委員会を開催し、 委員の面々とともに熱く語り合ったことは大きな思い出と なっている。 現在、日本の国内予選は3次試験まで行われている。2019年度の場合、全国1,326人が受験 し、第1次が2018年12月15日に全国各会場においてマルチメディア試験が、第2次が2019年 2月24日に全国数会場において記述試験が、第3次が2019年3月9日・10日に関東地方某所 においてフィールドワーク試験がそれぞれ実施され、得点上位4名がホンコン大会(2019年 7月末から8月上旬に開催)の代表選手として内定した。 大谷誠一・小河泰貴・林靖子(2018):「第15回国際地理オリンピックケベック大会報告」、 『地理』、6312、古今書院、pp.94101 AB判とは、タテは従来のB5判のままで、ヨコをA4判に大きくしたもの。教科書の場 合、幅を広げることで情報量を増やすケースが多い。 ただし、建前上、全著者による共同執筆のかたちを取るため、執筆箇所に署名は入ってい ない。