• 検索結果がありません。

フランス人民戦線研究の新動向

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "フランス人民戦線研究の新動向"

Copied!
55
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)フラソス人民戦線研究の新動向(平田). フランス人民戦線研究の新動向.   目  次 ま え が き. 社会運動及び労働組合運動史研究所の内容と活動状況 フランス人民戦線期の新しい研究状況. J”ジロ!編著の内容と問題点 む す び.     まえがき. 田. 好. 成. 筆者の名前が日本での研究者リストの中に記録されているからであろう。筆者は、その後、パリ第一大学の歴史学の講師. 行物が筆者の所に届けられたのは、多分筆者が以前から、﹃社会運動﹄一①鋸o薯①B。茸8。芭誌等の定期購読者であり、. オンーソルボンヌ︶に設置されている労働組合運動史センター9葺8匹.宙馨98膏留&一邑虜導①CHS雑誌第一号                                                 パりレ ︵一九七六−一九七七年大学年度︶であった。それは、タイプ印刷による一二六頁に上るB5版の刊行物である。この刊.  昨年︵一九七八年︶三月十日付けパリ発信の一刊行物が、筆者の手許に届いた。その刊行物は、パリ第一大学︵パンテ. 平. ヨ臨賃①霧ω算き一でCHSの幹事を務めているジャック”ジロー蜜β需の9墨三一氏と交信する機会を持った。筆者. 一1一. 一 二 三.

(2) が刊行物恵送の礼状を書いた後、同年六月二十一日付けパリ発信で同氏から返事が屈き、色々な配慮をして頂ける趣旨の.  ハ ロ. ことが簡単に書かれていた。その後、筆者は、一九七七年十一月に公刊した拙著﹃フランス人民戦線論史序説﹄︵法律文. 化社︶に勾駄一Φ民o易露2R5器ωの葭国器鉱ω身宰o葺零讐蛋お9甲き8という仏訳を付け、かつ目次及び内容のエ. キスをレジュメとして外国用便箋六枚程にタイプして、送本した。J”ジ・1氏から同年九月十三日付けパリ発信で礼状. が届き、もし前出雑誌第一号の中で読みたい論稿があれば複写お冥o倉&8して送り届ける旨の好意ある内容のことが. 書き記されてあった。筆者は、厳密に数点の論文のリスト“アップを行い、目下J”ジ・i氏に所望している。.  CHSは、一九七八年半ば頃から、社会運動及び労働組合運動史研究所O窪嘗Φ号襯&R畠霧血、宙琢o冨留の蜜○午. の十四時から十八時まで開所され、利用者の便に供されている。. <Φ旨Φ舞ωω○。鑓黄卑魯身&一8冴ヨ①CRHMSSに改称し、発展している。この研究所は、毎週月、火、木、金曜日. 社会運動及び労働組合運動史研究所の内容と活動状況.  社会運動及び労働組合運動史研究所の前身である労働組合運動史センタiCHSは、一九六六年十一月二十五日、パリ. 第一大学学長主宰の下に開催された創立集会で設立された。その後約十年間、CHSは、文学博士で講師のジャン”メ!. ト・ン閤きζ魯N9の独創性豊かな推進によって繁栄を続けた。 一九七六年六月、前記したJ”ジ揖1がCHS幹事                                           レ として後継者となった時点で、一つの区切りが付けられ、前出の雑誌の創刊号が発行された。.  CHS設立の目的は、CHS規程第二条が明記しているように、﹁労働組合運動史に関する研究を発展させ、調整しか. つ援助すること﹂であり、﹁その歴史に関係のあるあらゆる種類の資料と同様に、労働者及び経営者組合の文書及び刊行. 物の研究、保存並びに開発﹂を行うことである。CHS規程は、全七条から成っており、その第一条は、CHSが、一九. 二〇年七月三十一日付政令第三条により、文学人間科学部及び法経済学部の学術的指導の下で、パリ︵第一︶大学に創設. 一2一. 説. 論.

(3) フラソス人民戦線研究の新動向(平田). されることを規定している。第二条は、前記したCHSの目的を謳っており、第三条は、都合十八名による理事会の構成. 及びその内容を具体的に規定している。理事長は、パリ︵第一︶大学学長である。第四条は、このセンター所長に関する. 規程であり、現在その所長は、ジャック“ドローズ蜜β莞ω津8︵パリ第一大学教授︶が務めている。第五条は、他の. 学術機関との協力に関する規程であり、第六条は、資料の閲覧及び利用等に関する規程であり、第七条は、センター予算. に関する規程となっている。このセソターの雑誌は、今後各大学年度に発刊される予定となっている。従って、その第ニ                                               パ  ロ 号は、一九七七−一九七八年大学年度に出版予定のはずであり、それは今年三月上旬に筆者の手許に届いた。この雑誌に. よって、センターの活動状況やフランスの他の研究所における社会運動史及び労働運動史の研究状況等が報告されること                                             イロ になっている。この雑誌はまた、フランスの各研究所間の連絡機関誌という役割をも荷なっている。.  この研究所の創設の動きは、一九六二年に遡る。E“ラブルース甲莞磐ピ筈85零︵ソルボンヌ名誉教授︶らの主導. 権が瞠目される。この時点から、労働組合運動史、より広くは労働運動史の科目が、公式にフランスの大学に導入され. た。一九六六年の最初の理事会の会合には、大学関係者、それに経営者、労働者及び協同組合組織のそれぞれの代表者が.  ソルボンヌ街十六番地にあるこの研究所の一室には、労働組合指導者の文書や労働組合組織の文書等が収められてい. 参加した。前記した通り、この研究所は、パリ第一大学の創設のさい、この大学に付設された。                              ミリタン. る。この研究所は、フラソス社会史研究所一、営牲葺け守⇔鍔蝕の血、震馨9お8。芭①の資金を豊富にすることに貢献してい. る。研究所の図書館は、特別の寄金によって創設された。本研究所は、前記した﹃社会運動﹄誌の編集に参加し、マスペ.                          コレクシオン ・社国勉註o霧甲鋤鍔○一の竃霧℃曾oから出版される独自の叢書を持ち、現在まで六点程の著作物が出版されている。.  この研究所は、修士号論文露ひ導98留ヨ鐵貸一ω①や学位論文魯需①を準備する学生を含む研究集団を庇護している。. さらに、多数の教授陣がそれに協力している。研究所は、パリの各大学︵とくにパリ第八、ナソテール及びパリ第七︶あ. るいは地方の各大学︵トゥールーズ、ブザンソン等︶と活動上の実り多い関係を維持しているからである。研究所内では、. 一3一.

(4) 色々な研究動向が共存している。その中の大きな軸は、次のようになっている。J“ド・ーズは、とくにドイツ、反ユダ. ヤ主義、それに強制移住の問題について研究指導を行った。J”メート・ンは、とくに労働組合運動及び無政府主義につ. いて研究指導を行った。J“ジ・!は、とくに政党︵主として社会党、共産党︶の、とりわけ定着の間題について研究指. 導を行った。マドレ;ヌ“ルベリユー言&①亙器菊魯曾δ負は、とくに労働者文化の問題で研究指導を行った。ルネ目. ガリソ勾Φ幕Oo ・毎器9は、とくに植民地及び民族問題について研究指導を実施した。これらすべての労作は、研究所図. 書館で参照することができる。その中でも最良のものは、近くマイクロカードで再生される予定となっている。.  数多くの困難が現われ、それらがこの研究所の生活に重く伸し掛かり続けている。その中でもとくに、研究所予算の不. 足が顕著に見られる。研究所予算としての年間一二、五〇〇フランは、極めて僅少な額であり、それは、大学で授業が行. われる期間中だけ前記した週に四目の午後図書館を開館することや、若干の所蔵図書及び雑誌を購買すること等を保障し. ているに過ぎない。パリ第一大学所属の三人の教官が、研究所関係のサーヴィス業務を分担している。六、OOO冊以上. の著書及び雑誌や五〇〇種近くの学生たちの未発表論文︵高等研究課程修了証9覧0匡Φ血、国ε留も o毛曾一窪おDES論. 文、修士号論文、学位論文等︶の特別図書を管理する場合及びフラソスや外国の研究者や学生たちの多様な要求に応える. 場合、こうした施設予算等の不備が遺憾とされている。このように、本研究所は、より効果的な研究活動を行う可能性を. ほとんど持ち合わせていない。しかし、一九六八−一九六九年度に行われ、現時点で労働組合の中央諸組織の助力によっ て再開されている労働者組織の文書についての調査等が、地道に行われている。.  本研究所の歴史学法学センター︵パリ七五〇〇四、マレル街、九番地︶への移転が、一九七七年大学年度の期間中に行. われる予定になっている。研究所はそこで、もっと大きい面積を保有することになっている。この新しい移転が、理事会                                                    パらレ 再編の絶好の機会となり、恐らく社会運動史や労働運動史の分野で試みられる新しい企画の意味を確定するであろう。.  次に、この研究所が行った、一九七六−一九七七年度の活動状況は、おおよそ次の通りである。研究所は、一九七六−. 一4一. 説 論.

(5) フラソス人民戦線研究の新動向(平田). 一九七七年大学年度に前年度決定された方向で機能し続けた。すなわち、深化高等研究課程修了証9℃δBoα、蝉民Φ. ω后曾一の自①>窓一〇︷9島①DESAの学生たちのセミナーや修士及び第二課程︵サイクル︶の学生たちのセ、・・ナーが実施. された。幾つかの重要な仕事が、これらセミナーの枠組の中で実行された。研究所は、社会史を研究する外国の研究所、. フラソスにおける労働組合の中央諸組織、経営者の組織、協同組合の組織、それに理事会に参加できる各教官もしくは研. 究者たち、さらに社会主義史センタi一のOΦ茸器儀、霞一ω§8倉ω9芭冨目Φ等々の機関と、それぞれ緊密な相互関係を 結んだ。.  継続もしくは研究所の枠組の中で行われた研究の中で、とくに次のものが注目される。研究所の所有する諸文書の分. 類、戦前の全国教員組合SNIの指導者についてJ”ジローの行っている調査の続行︵この調査は、その最終段階に入っ.                ミリタン. ており、七〇〇人近くの教員が質問を受けた。﹃両大戦間における教員指導者﹄一Φ..昆一ぎ旨冒鋒ε富霞審霧一、Φ葺挙. 留舞め5旨霧、、という著作物の刊行について、全国政治学協会出版部との間に出版の協定が締結されている。︶、J”ジ・. ーらの指導に成る、両大戦間の時期における外国人の帰化に関する九、○○○の書類の検討及び満足すべき取り扱いのた. めの法典編集の開始、労働組合中央諸組織の支持で行われている、全国連盟、県連合及び労働紹介所に関する一九四四−. 一九四八年期の総合調査の開始︵この調査には、他の研究者らが協力しており、かつ全国学術研究所CNRSの援助要 求対象になる可能性が強い。︶が、すなわち、その中味である。.  研究所は、幾つかの注目すべき討論集会を計画した。例えば、一九七六年十一月二十六、二十七、二十八日に、CHS. は、ジョーレス研究協会及び全国学術研究所と、﹃ジャン”ジョーレスと労働者階級﹄の討論集会を共同で組織した。C. HSは、一九七六年十月初めに、モンペリエ大学によって組織された﹃ラングドックールシィヨン地方における経済と社. 会﹄の討論集会に参加し、そこで、﹂・ジローが、 一九三〇年代における教員労働組合運動について報告を行った。ま. た、研究所は、一九七六年十月二十二、二十三、二十四日に、CHSによって組織された人民戦線に関する討論に参加し. 一5一.

(6) たが、その詳細について、筆者はまだその資料を確証していない。.  前述したように、CHSは、一九七六−一九七七年大学年度においても、とくに編集幹事﹂・ジ・ーの仲介によって. ﹃社会運動﹄誌の出版に協力してきた。また、マスペ・社を通じて、CHS叢書に数えられる数点の著作物が、この年.                                   コレクシオン. 度に刊行された。例えば、印刷中とされているM−㏄”バルドゥイエ竃毘Φ6ぼ算冒Φ評鉱o色すの﹃労働出版物、一. 九一七−一九三九年﹄園ぼぼ巴はの魯円墨ぐ巴導ご嵩1お8は、現在すでに発刊され、筆者も入手している。これら. の出版物以外に、CHSでのセミナーの結果をまとめた刊行物が、エディシオンHソシアール国隻陣8ωωo。芭3社から. 出版された。この本が、後の章で論述する﹃両大戦間におけるフラソス共産党の定着について﹄ω畦一、言覧き§一8. 身評三8ヨ日琶一ω$ヰき廊置鼠房一.窪霞Φ−留轟−αqま旨8という題名の刊行物である。筆者の手許に届いたCHS雑誌. 第一号は、パリ︵第一︶大学のコピー印刷所で作成され、センターに提出された五〇〇の原稿︵修士号論文、学位論文等︶. のテーマごとの校訂、CHS文書の分類目録の最初の部分及びセソターで閲読でぎる出版物、雑誌並びに新聞のリストを 掲載している。.  最後に、修士号論文及び未刊行の他の労作のマイク・フィッシュによる複写に関しては、すでにオーディル一、>鼠ぱ出. 版社との間で協定が締結されている。また、フランスの共産主義及び社会主義に集中している二十一の著作物の最初の部. 分が、全部準備され、一九七七年六月半ばに出版者の意向に任されている。早晩、これらの資料が入手できれば、研究密                             おロ 度が一挙に上昇するであろうと展望できる状況が生まれている。. 二 7ランス人民戦線期の新しい研究状況. 前述したように、労働組合運動史センター雑誌第一号は、 センターの活動状況、その豊富な資料、そしてその文書を知. る可能性を示している。第一号は、次の内容を含んでいる。 J”ドρーズ及びJπジ・1による一般的間題提起︵前述︶、. 一6一. 説 論.

(7) フランス人民戦線研究の新動向(平田). 叫九七六−一九七七年度活動状況報告︵前述︶の次に、センターに登録された高等研究課程修了証論文、修士号論文、学. 位論文のリストが載せられている。これらの論文は、幾つかの見出しで分類されている。すなわち、伝記、方法論、資料. と、フランス︵政治史、経済社会史、文明史、地域、県、地方史︶と、世界︵旧植民地、国際労働運動、外国︶が、それ. である。ただ、分類項目によって、一つの労作が幾つかの見出しに重複してタイプされているのが目立っている。第一号. は、続いてセンターの保存する定期刊行物のコレクション状態を示し、かつ目録の初めに登録されている文書を提示して おり、他の資金によるものは、現在その目録を作成中である。.                            ヘアレ.  人民戦線期に関する主な論稿は、次の通りとなっている。.  孚旨箸①菊○ぴユ窪餐ミ象ミ誉§ミ霧︶麩勉導簿巷勘ω一Φ図図。8昌αq議①︵ζゆ日o冨O=ω︶.  ω①旨鴛α閏g巳Φ繋いo勺O男㌶唱亀魯o一〇αq一①g一節℃逡。訂昌巴旨の︵一8?おおy嘗麩蝕獣ぴ団oαQ周巷露ρ需︶︵ζ傷ヨ○旨① O国ω︶. ︾馨一〇U8≦窃”鍔幕もo一一言蝿。αきω琶Φ8旨日琶①留訂象窪①﹂。。﹃。−おω。︶︵ζ曾o一βU鴇b国ω︶.  一.竃●ωo馨ΦB窃辞い向oごロ○β鮪ピ餌田信⇔一〇甘巴津ひ留蜜○算お9一ω○拐国9ω留お8似一80︵客ひ旨o冒ΦO国ω︶  竃費ざ−Oぴ焦雪ぎ①劇母儀○忌=Φ岱い鋤にぼ蝕は①勉q↓冨く蝕一︾這嵩占りQoり︵ζ③目○嘗ΦO山qo︶.  男O窃什巴轟“いのω㎞窪8のω①の8目目自巳。D890ユσq冒Φω9協9B螢江o⇒おおーお曽︵ζひヨ○罵①O顕ω︶. 。勉8おお山8①︵↓びゅ器8導幕馨b鼠邑 牢餌宕。一ω○●亨2富”ピΦωひ一の。江○霧一愚の蛋冨ω窪と。. 。旨霞琢Φヰき8冨①二鈴αQま羅o︵お偉占Oω。y︵ζひ沼o一−  津昏ゆo冨Φ℃〇三Φ什g︸8昌−ζ一9Φ一〇〇益δ鴬ピΦ唐Oq<のヨΦ暮き9. 80=ω︶. oπΦ8舅匿停  Oぴ勉ユΦωω一③b9ピΦ勺貸江8導騨仁巳辞o葺一.仁艮aαΦごO餌qoゲΦ妙賃麟く①窃卜、肉§“ミ愚禽§♪ゲΦび傷o目¢山ρ 鉱ω8身8昌貧o儀Φ一鋤津き8︵一。ωOlお。。①y︵ζぴ日o富O頃ω︶. 一7一.

(8)   ︸8呈。巴Wo葺o唇gい、冒℃﹃簿毘8身評三8目目§一器帥霊鼠昌血§の一、①導挙留員・α器睡霧︵寓ひヨo陣80禺ω︶.   ωき膏αqo9鋤ヨ欝9い88蕊①。。①二窃8霧95昌8ω留一.麩曾①馨醤儀、空酔一R帥墓くの窃一餌冥。ωωΦ8B旨旨一器①け 。。。←昆一簿ご認y︵竃ぴgo幕︶<ぎ8目8︶ ・①のo。芭一器︵一昏<一R一Φo 一帥冥Φω。.   津きゆ○一ω①9露①肖”ζ。一霧ω。o薯嵩曾①訂ぐ邑ωΦg一。津o鼻℃8q蛋器おω全おω。。︵鼠ぴ日o幕O鵠ω︶.   ω。B。 9 昆O訂旨訂§い.言覧き聾一g倉頴昆。o目B盲一灼自8律き量の餅H︿蔓需民き二.g賃?留受・αqq①嵩Φ。。︵ζひ日o冨. ○国ω︶.   国臼目帥匿①一〇冨鼠象お9常。。窓誘きω。二①即o簿℃o窟蛋8儀昏巴、○旨①︵ζひヨo冨O国ω︶.   >目。−寓蝕①Oゲ曾Φω”<一。 。陣obω冒8日B旨一ω§傷きω鳶勺魯ミ&3ヨ鋤=8㌣一色一醇お認︵ごぴヨ○一目ΦO頃ω︶.   ご鋤蔓くo暮ΦOo量窪9ω国○︿器餅嘗響R巴、国¢B壁一a留お。。N節冒=①二8群︵憲ぴ旨oぎO頴ω︶.   即a伽ユ。評びo身“ピ①評三〇暑同醇も昌器p§のω。一毘o昌留身o一$身勺O司℃Φ&き二螢ω。℃貧&Φ︵ごひ垣o冨︶ 評冨く目一︶.   ︸8亭Ω帥&①u欝§の”ピ①窓密島、旨募α、勉。臨gωo。芭一馨−8日β琶凶器身曽冒ヨ①二㊤ω蒔①二餌象αq曾ひ誘。g8 諒≦の一〇目巨Φ魯℃O閃︵竃ひBo富︶2き霊員の︶. ≧巴b厚oαq器ロピ①Bo毫Φヨ①旨ρ 。き同。募寧8B彰g互①富潟昏8一8。餅一8⑩”毒帥嘗餌ぐ霧ののω8品曇葛εぐ一. 儀.巨①獣げ一一〇αq尽9陣①留一帥冥①馨欝碧3搾Φ富昌鼠ωΦ留一8り妙おω。︵ζひ葺○幕O訟ω︶.   匂o器器O胃8邑9.○げo㊦昏卑&①留冥婁9富曽騨§憶恥20&一①戸魯僻泳9お器窪8暴屋おω㎝︵霞摩 置oぼ①O=ω︶.   蜀β潟o尻9ゆ8鼠嘗び、ぎ覧昏鼻一9倉評昆8ヨヨ蓉一ω8窪Oo畠ρお8−おω。︵窯ひヨ○幕O頃ω︶.   ﹃㊦磐蔵く80菖oB輿国賞留鎚①の邑器8ω㊦馨8一窃ヨg<①馨葺の鳳αq一g聾器9︷亀曾帥一一ω奮Φ一き88巳弩ω雪. 一8一. 説 論.

(9) フランス人民戦線研究の新動向(平田). 一霧窓三ω雰暑駐留αq窪3①留お一。節お。。。︵O田︶O瓜ω︶   評良題①Oロヨ覧o&。N”ピΦ評三。・o。邑一器o仁く冨同g短場き︵竃雪o冨o踏ω︶.   句●ρ=Rω30罠9閏亀曾魯8昌薮○き一㊦留ω器きΦωω①ω8日ヨ暮剛ω奮窪一露ωー障︵ζひ旨o一同ΦO頃ω︶.   ︸①曽きo旨=q日ぴΦ暑ぱω8民き8の節一.景曾一①日魯評&ωo。芭一器窪一Φ民①§置留一角の駐の陣8幕o︵8<・ 一8ω︶卑負巴①&gω一ひαq陣ω蛋冨。。留一8①︵O国鉾評H凶ω︶.   Zooヨきの短8量げ、一ρ一Φ勺O司㊦二帥∈婁一8窪昌一①目①冒倉、妙一、一&魯①且昏8︵お㎝①︶︵ζひヨo富︶評誘 く岡一︶. 一9一.   審震−い○含寄2舅9℃厩霧の8日臼目一。。$ヰ曽廊一ωΦ留く飴導一.08巷蝕8留猷寄ぼ︶一露ω︵竃ひヨ○冨O類ω︶.   Ω帥且o内3≦賃畳”汐oび一ゆB①ω留一、冒℃﹃算器o口身評三8導旨醤一ω8魯嵩一㊦図一。帥員o&一ωω①導①鼻留評岳 。夏一、窪幕ム①頚−αq8躍8︵一りお山8り︶︵ζ応e魯。O寓ω︶ ℃Φ&9.   ピ臥o㌣浮詩費力Φ畠段98器二、冒℃一帥算象一8魯勺O問帥Z曽8畦①︵霞ひ日o富O寓ω︶.   蜜。2①ぎ①ピお2Φロピ.聾Φ旨毘く①猷<〇一鼠050¢雷。す馨①昌≧一Φ馨αq器窪嘗Φ一露G。gおωωぎΦ冨二①ω. 留包一琶一ω霧撤<〇一暮一g邑8の傷Φ一帥康蓑§§等。曇§.§§︵ζ雷o冨o霞ω︶   O﹃妥①いΦヨ霞。鼠&”い①閃目o耳℃o冥蛋お帥9窪お認占。ω①︵U国ω︾9臼︶.   竃帥降o蔓の”ピ①評三8目ヨ暮一器①二餌宕婁一〇b8一〇島巴Φ留一餌αq需霞①晋即陣中き串○導℃o讐一葺①︵一8?おω①︶ ︵竃ひ日oぎO=ω︶.   い旨き①竃魯言ω鑓﹃ピΦω旨①二Φ即o暮℃o℃巳魯①︵ζσヨo冨O頃ω︶. 。霧辞暮湯ξの霧︵霞欝oぎO頃ω︶   Oぼ一ω8嘗。ζひ一9&”惣くΦ三。.   ︾慧一9Ωき留鼠窪αq昌“ζ冥Φωω①冨象邑Φ卑寅α剛8一①ω○。芭一器留毒艮一餌日o算ひΦ尽N陣①留おω。帥一Φ。。9. 。.

(10) ︵鎮伽濤鉱還O瓢る蔭︶. 鋭鱗簿ρ欝欝⑫鼠繋鷺凶器鍔ゆゑ謬覧麟黛践霧密鮮隷象録圃欝8糞欝欝翼縣驚夢舞︵縛欝で憲霧y︵竃邸馨や 諺O鍛も蔭︶.   の鍵臨櫛噂鉾韓斜獄畷舞銘8謙鷺綴鐵驚の襲ダ瓢舞脚霧︶瞬露?羅ゆ瞭ヂ伽欝留費<Φ霞ぴ幾魯ゆ$鑓導馨獣馨Φ鯵建鋤藩鑓∼、驚雫 載︵護継欝な蟹O燦なウ︶. 欝贅鶏︾錨繋鶏籍響塾ぐ¢誇謬霧幾瞬、慧讐簿畿霧響簿敷8雛滲§難⑦鳥麹融ぎ錨.弩o蝕鰐讐Φ鱗留騨縁︵裟肇 諺簿⑱O綴穆. §憲雛ぎ難簿薄卸鍵爵鶴9懸無糞謬馨襲婁露欝鑓馨募霧欝鳶蓼簿欝㈹蓉樋鑓︵§麟ふ霧篇艶y︵鍵警Q冨. 謬も絵︶. 響. 霧器§熱費牌欝象薮驚婁Φ㍍、賛蒼戦舞綱8態蓉翼乱馨暴馨矯簿穫難鳶賊鰻窯塞︵譲働蓉ぎo麟も毒︶. 樽鑓諺ウ馨ぎ欝のぎ跨篇馨鷺Φ馨纂難鷺琴㌶霧妙欝轟る錠簿驚富霧辱♪聴華灘も。⑩黛⑲馨幕o鵠島離﹀. ρ酵欝鑓竃轟巽鑓8舞箏o欝鼠奉翼簿書馨響厨霧艶麻総Qゆ禽澄鱒鶏き誌轡聾鷺欝器︵護伽馨蕃o霧︶. 簿零豪繍葺お銀−繍零︵鎮警o冨O媛も蔭︶. 鋳琶冨欝寮繋欝黛難蓼驚g厨魯駕o讐霞趨簿瓢霧鉱斡霧地鑓蓉塾舞暑蕪Φ零噸蕊葺③欝欝欝箕㊥霧8簿馨馨審.   審欝㎏噂鑓窪癖震蝋野鋤擁霞曽鶏す雛藷㌶留冒鞭発ご寄類蕎瀦紹o蟹騨㌶お鞠幾駕感認鶏姦$︵鷺伽響鼠擢O譲¢︶. O ζ導. 器⇔ぎ騨9葺驚鷺驚蟹黛¢簿鐸擢畷難糞鷺馨鋤欝覆鑓鳩鍛驚驚馨薯窯韓蜘疑樽霞凶8疑鋒器翼叉鴇8γ. 峯の嘗騨馨O鑓翼鼠費び.㌶載磐籔畔繋黛簿鳴趣鑓9漏馨建奉鷺鑑鈴簿騨.δ簿審象鱗・讐巽釜︵鍵警⇔馨o鵠蘇。︶. 響鼠鼠論霧O馨伽鋒糞蓼鳩濤鱗零讐慰犠蜘霧巴韓戴霧驚鍵憲窪為霞辞峯零ムゆ零ψ9麟馨幕O灘Q蜂︶. 憲舞鍵鷺¢9慧籍額津霧挿零讐類雑傷慧韓凝雛導霧暦難磯器鐵蓼萬二⑲燭窪器鷺霧︵穆離留漁鶏ゆ.。博罰駕¢糞鷲鎌8. 穫毒な嘆. 一鎗一一. 熔講蕊. 論  説.

(11) フラソス人民戦線研究の新動向(平田). 一〇b一1一Q鱒Q D︶ Q︾ ︵蜜σヨ○一HO ︽︶=Q.   勺象旨犀Oo導ぴΦ”ピ.駐霞8ag留≦ΦきΦ︵頴&Rお認︶g一、旨旨霞①&o昌留ω壽辞鶏諒︵o。8酵。お。。餌︶餅q⇔<R。. QのΦ8目日言陣器。3Q。芭一器●い①弩ω8霧8但窪。8の畦一、欝ぴo聾一8魯津o葺勺8巳葺。︵竃書o一80缶ω︶ 一鋤震①。.   >一巴昌ORび旦ギ色民①き甲o旨勺o讐一旨の﹂、o℃鼠8℃&ぎ需魁題巴①瓢9翼Φ馨筥α巴働評5Φ−<一ΦきΦ︵↓竃ωΦ ω。。饗一p勺o往Φ窃︶.   竃o昆ρ器O讐試震■Φ津o韓bO竃一葺Φ店慧巴①勉9鷺§Φ筥身9R︵ζひヨo一Hρ↓2邑. 一U一.   ︸8亭澤麩8冨OΦξり響&⑦零ぎ。Dの員一8矯。ぴ一書Φω留一、目一鼠oお豊ρ器段℃亀魯傷。貯ω固○帥霞麩Φ誘血8. 。. 。. 8得8の伽蓄毯¢ωξ一8傷①濤短三の魯ミ嘗一一①二㊤認巴帥欝留一8﹃︵竃曾○冨o寓ω︶.   甲曽鼠ωo忌σQ壁い①8閃﹂飴ω国○①二①馨麩①§導窓鴇嘗g8邑Rα巴8・巴。ω。山き巴①ω8奮費z・巳 ︵竃ひ臣o冒p<ぼ8琶①の︶.   ︸8亭製①霞Φ○昆一Ro什嚇富℃o一一言8お鼠お簿唱亀器累。&哨O閃留一8・餅お認︵寓ひB。冨︶評誘く目︶.   評瞳窓Φ浮昌9”ピΦ勺9①二ゆω国O℃①昆き二。串2な・曉一鉱8窪一〇〇。 9 ωのΦ①砕竃。器目ΦO・旨9①︵ζ留。冨O類ω︶.   Ωの①一Φ蜜&冒一跨忌Φ図8ぎ壽鐸ζ券bo喜oぴ一①窪津き8︵一Φ逡−ごω・。︶・卑鼠。速三Φ一一Φ帥霞男①お留琵 ぎ濫o目毘蝕器9q§駄匙恥簿O蔑轟蔑還︵蜜ひgo#⑦O訟ω︶.   ︸Φき・評巳︸09Φ誉>8昌㌶Φ・8弩鋤導二①風くΦ鉱弩9U。﹃、イ一Φ営Φ日駐op、、壁、、勺費島鳳ぐ・一&○目魯Φ、、。田&①. 勉.露8畦震什のo。芭霞⑦撤く○疑一〇琶葺①窪幕一動ω国○①二①勺O閏︵目ぴ霧。留ω。一88ωboま澹㊦の︶9①8げ一Φ︶. 巴oβ。b因。§∪。ご鼠ωのき8身αq8唇。劇・一3①≦犀−ピg菖ω8帥一鋤。同坤ω。留一蝉の①&曾富εQ一ωΦ留ポごαQ3.   Uき一巴■魯讐”q器岱&き8身評昌一ωo。芭算①ω国9萄O窪。げ①幕ぐoξ謡g欝畔ρogoぼ①一8㎝←qぎ一。ωQ. 00g営§算①H寡R慧はo尽一翼①おも。緊一80︵ζ俸日o一おO頃ω︶. oo.

(12) ︵竃ひ唐○胃ρ評計図︶. 憲。ぼ一一①9窪o房q ・①”鼠<一。℃oま∈①鼠窃ポ≦Φ暮①瓢のおお妙這。。。︵↓頴ωΦω。。琶ρ評膏図︶. 。ζ昌30畳い.8底8鴛二艮寮賃一暮Φ費勺Og留鼠句ρ一80。占。ω貸︵ζひ旨○岸oO餌ω︶. 5旨Φの︵↓竃器ω。。智一ρ↓〇三〇霧①︶.   ωRαqΦ男。質ω一讐。注8ω一具①誉Φωg蔓魯日8留濫邑o唱①幕鴬儀巴帥。。Φ&8α、餌αq博ε8℃含勺O閃窪幕一のω留隻.   O腎一ω号Φ竃亀①#U①勺O閃Φ二①ω8魯o言5巴。。。ω←。ω。︵竃伽ヨoぎO国ω︶.   霞費。ζ器繋9軽8ω簿鉱3簿ω傷.§①○お毘の鐘g費彗o薯Φ旨Φ艮2藍震二.>菊>O︵ζ伽ヨo富O寓の︶.   属<Φ。. 論説. 。倉ヨo暑窪Φ鼻霞○諺ξω8曾津§8留一8⑩   智。名Φ一冒Φ国器→U8℃帥§”頴〇一驚畳簿g磐⇔耳−αq帥乱。﹂霧ひ欝需。 節一。倉︶①お¢簿。霊=角冥①馨︵↓頴ωΦo。。q。一ρ国8一①鵠国ooω︶.   ω●園○乱$費ぴ.冒窟き婁一g費℃O閃箇く崖①甘蹴究&き二、窪幕−儀Φ薫−αq斥睡Φ。。︵竃ひ目oぎO訟ω︶.   ≧巴昌幻g。ご○官昆op臼曾琶蒙︶一象o一〇αq一。﹂Φ貧鑑一ま目﹄弩①窪ピoN曾Φ︵おωO−這㌫︶︵置ひ箏○冨”評湯H︶.   99Rω雪ひ8一“いΦ導o麩①ヨ①葺曾良震窪一民冨gい○一βお一〇1おω⑩︵竃び日o冨O寓ω︶.   蜜壁−国①昌Φ<窪&糞び①勺O閃窪図色oo広o霧留房一①ω胃3⇒亀ωωΦヨ①導。駐自、一ω。つoぼo曾留↓獣R。。号一総○帥おω① ︵竃ひヨoぼ①り︶.   蜜きくひ鼠昌Φの“富一一αqま℃o一腕言諾身勺O司餌、碧鵠。駐8鷺①。っω。。一⇔&窃什嘗ρき騨おω⑩ー冒ロ一逡○︵鼠ひヨ○一β. 霊勢 H ︶. 。嶺帥8εo肖ω︵鼠俸80幕8昌鼠ぼ象窪島?   属話ωO餌葭一帥ΩピΦヨo瑳Φヨ。筥2&①厩窪Oげ胃①葺?ζ飴葺冒Φqo一・ 瓜o琶飴冨露oαq鍔嘗β器身β〇二<①臼①艮o仁或震︶.   餌目圃①望鼻R”U8鉾目ω︷Rヨ&o霧号一餌の貫8言3貰江。。昏巴o魯房﹃o。。貸門8島ωの①ヨの簿節評旨号一〇。8餅一総①. 一12一. αq.

(13) フラソス人民戦線研究の新動向(平田). ︵O国ρ勺舘冨︶. ■・gω爵の邑一Φ憶富ω︷o呂霞Φ暴ひ88巨ρ器ω。ヨo。薯図αΦ亭禦o屋℃o一三碧Φ留一賃甜一〇昌℃畳ω陣Φ目①︵準需ρ げΦ一霞Φの︶.   ︸●Ω●U焦o霞岡■8まぎき一冨ゆぎ霧飢きの一.岳ω8幕昏日o薯ΦBΦ三〇q蔑①目ヰき魯ω︵竃ひ旨o幕︶90ご.   鼠一魯Φ一9島①繋男Φ号霞。げ①ω℃o貰ωR高節胃鐸ω8一お留ω簿②爵ω。。Φヨ窪富ωの器o自8偉帥>轟ΦおαのωoはαQ冒Φω節一8。 ︵ζぴヨo冒ΦO國ω︶.   ︸o色。○一Φ一NΦ2く三磐Φ↓o鶏暴ぎ”菊Φ欝鼠蜜き①二Φ紹&一邑陣馨。号。一毯Φ旺③8日窓αq器一。お占。ω①︵蜜争 ヨ○一おO国ω︶.   い9●壽ω①一効昼9一〇一αΦωらげ①負霧①二①の8屋8仁窪。8血①ω8碧℃一凶聾一9︵U国ρ評冨︶.   密昏−竃胃一①>旨一〇窮い.曾○ぎ菖gα88毫①導一〇湯8一一①。二<①ω&、賃磐毘︵Uo。8同讐亨o一“い﹄Φ︶.   Zo鍔ωΦ尽一一猪壼“OO担OO↓d雪伽霞鋤品Rの窪宰磐88霞①一Φ。。α。夏αq5旨Φω︵ζひ旨o冨︶評冴H︶.   ↓ゲ曾ゆωΦ淳壽肘簿く曾・艮2Φ閃帥く一窪い①ω冥。げ一書Φωα①ω霞鋤邑一一Φ霞ω嘗鼠αQ憂窪串き8留一りω一帥這。。①︿島 。①”N、山貸ミ§慧g簿、§蔑鳴︵竃ゆヨoぼΦO頃ω︶ 卿霞鋤<①誘一⇔冥8。.   串きゆ・一⑭Φ∪①奪8F国ユ。塁ごζ磐㊤ピΦ8貫#寓oo円d妙賃鋤蚕巴8αq冨くΦω︵一8?一Φωω︶も8ぴ一雪Φ費の旨 象8一一ωヨΦ8轟①︵竃ぴ日o一おO出ω︶.   一﹂●≧び一き9頴一隻Φ℃・霞一、巷嘗舅言留一ε2旨曾血。冨ぽぎ自Φω富霧一巴訂Φ︵竃貧o幕o頃ω︶   Ω魯Φωβ惹こ”uΦωε幕ω牙お巳き8鼠霧訂OO臼d︵竃ひ導o幕O缶ω︶   ﹃8口−爵Φ睡Φ切o目①#ピ飴猷毯S8自8碕巳一。巴ΦΦ昌一〇ω①︵U国9評湯︶. 。 ︵蜜ひヨo冨   Ω餌&。。>導一①U①︷①繋9ぼ象聾一800↓身げ讐巨。艮雲目oB①艮身宰o薄℃o薯一魯①お。。?一。G。。. 一13一.

(14) 。. O起ω︶.   向のき9①馨拝い①碕&ぎ一一弩Φg>飼曾一ρ簿℃一窃窓三。島曾Φ馨馨鼠蕊訂暴咀80冨暴一ωρ留おお節一8。. ︵ζひ目o冒ρ評器く目︶.   ω8&Φコ¢器。巷曾一窪8α、&仁婁一82註魯Φ﹂ΦO窪賃ΦOo艮盆曾巴α、厘蓉豊80毫は曾①血巴的OO↓︵一8㌣ おωΦyOo頴αqゆ身浮麩鋤出①二窃臨ε什ω巷曾一①賃○償蔑R︵り︶.   鵠Φ霞①酵冒o昆一9U8ω巻簿霧。ぼ蝕窪ω畠霧㌶目伽邑ζαq一Φユ㊦おω㎝帥お。。。︵O国9評厩一ω︶.   影皆唱ΦU鐘3ピ、¢UOO↓儀①竃Φ貰爵Φ露竃oの&①︷働8とゆω。望︸8逡巳一。帥一Φお曽占8㎝︵ζひ目o一肘ρZき2︶.   霞○霜鉱O暴お嚇い、曾○一鼠8含8b8宴留立き号謬一Φ唐○瑳①ヨ⑦韓2昆R逡民一。巴富潟昏審霧賦隠ユ&Φ α。一、窪幕留彰αqoRおω︵U国卯も D。一g8のひ8昌○鼠ρ器ω︶.   留日発一匂○巷冒”冨OOθω幻妙嘗讐Φ誘のob一2旨餌腎9惑無遷蕊誉騨鷺一8①1お零︵竃ひヨ魯①O鵠ω︶.   Ω餌民営Φ霞霧ω曾ζOO↓節q⇔︿Rω。。書ρ8ま坤Φβ富、ミ黛♪おωや一㊤。。9︵蜜ひヨo陣国①O頃ω︶. ○曾斡巳甲o爵oB幕”9ろO卑一、⇔&8碕&一8一ρきΦ℃聾5蓉ωo。芭①鼠一ぎ簿Φ島ΦN一①ω㎞①琶Φω2良。窃 。ぼ象窪pお零山。ωO︵ζひヨoぎO訟ω︶   U●ω件魯鼠薯嚇ピ①需窃o§Φ一α巴9。OO円留おω①︾おω。︵ζΦヨ○幕O属ω︶.   津嘗8一。 。ω88“︸oω①箒霊ω暮o︶竃貧。冒甜爵Φ”即①魯震9Φの留。・餌注讐留ω。鼻母亀①ωα醤のミ§魯︶肉§。慧︶. く§辱&帖︵O団ωb頃ω︶. 0頃ω︶.   宰き8蕾9こ幾①”築8讐一8g象︷鼠曾αの一帥亀爵貫①3ΦN巨鼠一富馨”O聾8置8ヨ05¢①貰︵霞ひヨo一8.   広ω。Oo箒ω”d蔀Φ巷窪①霧Φ牙9$幕℃○曉一費①﹂ゆ8臼饗αQ幕津○ψ。窪ごB一8。山㊤ω。︵客ひヨ○瞠ΦO頃ω︶. 一14一. 論説.

(15) フラソス人民戦線研究の新動向(平田). 。<①鵠簿、愚ミミ.還警守註♪一8。①二8・︵霞ぴヨo幕O=ω︶   Ω旨ΦUΦω巴再>鼠舎&Φω簿欝o留一8。三g邑の帥賃自.   墨3Φ一勺o℃o︿”震ω8冨。三言邑一Φ忠ωo。一〇−。巳ε邑一①魯ヨ8︿弩Φ簿し○毫円醇︵↓観ωΦω。2。一Φ︶.   い鼠窪o o8頃鼠舅い8屈oぴ一ゆ馨ω留一、壁冥o一簿毘雪薄号賦。巳盆8冥o一曾畳Φ毒Φ節欝<Φ旨q§溝§♪8誰Φ. αΦ一、器¢03江gαΦωめ鼠く蝕房曾>三ω奮家く○一葺陣o言旨8おω。。ゐΦωq︵ζぴeo冨︶勺蝕のく日︶.   暴島匙ΦO竃く巴一Φ昌、、卜象鳶ミ忌騨、、\Φ毒巴一募邑器儀①。・℃同言昏①の﹂。一。1一8⑩●国昌B鷺αqΦ身⑦巻島。聾。・ヨΦ撤く9. ξ瓜o目葺①︵竃ひ臼o幕O毘ω︶.   ≧鉱口Oざ芭讐一窪い民○<一。No盗島①二、盆q聾一80q良財①審霧一、o糞お留長鴨R虜︵竃ひ目o一3ω。一窪8ω℃〇一一− 。︶評冴H︶ 江2の。.   甲鋤ε○ぴUΦ一覧費訂勺臼一一8欝S量陣器㊦二Φω鷺○霞Φ馨ω勉Φ賦貯鼠一一①︵竃魯o一βO国ω︶.   密窪蜜8奮一い①ω看島8房馨①二ΦωαQ茜&の冥oげ観目Φω号一、盆§蝕魯℃oのa8︸魯Φ傷Φ讐一巴8象げ箕の留㌶ω。. 男9&言需︵O国9評器︶.   ω<亀鴛帥○毯樋9酔鼠発幽Φま8一①窓二Φω富江ε$鶏ω議<o一&g欝冨ω詳鍔駐︵ち8占8㎝y︵霞ひ目o︸おO=ω︶.   >目一鼻O婁Φ=§一いΦω鴨曾8鼠湧一、一鼠霧鼠。価goヨo竃①留一四ω①ぎρご曽占80︵罵ひ目〇一Hρ評ユω≦一︶.   跨暮陣ΦOΦ一鋤暮亀嶋い。留包一8一一旨Φ。ぼN一①ω一湯江ε話霞ω密賦ωΦぎ①む︷盆①霞①︵寓ひBo冨︶閃o仁窪︶.   90爵8旨”いΦ紹民一琶一馨①窪≧αqひ膏。二餌2Φ鋒8塁詠oき一。留一8①帥お罐︵O国ρO頴ω︶. 勾留目oえO巨一きの焦髄富冥①ωω①ΦロOgΦ鎚、H︿o冨﹂螢8一8幽弩坤8﹂、磐げΦ留鼠象8一窪ぎ自oづおO?お総︵↓冨−. 器。。。R。一ρ勺毘巴︶. ︾蔑Φ写巴魯蜜餌置o嘗”い。¢導島。巴冨9①臼帥αqぼ①ぴぎ︵伽霧oユαq冒霧妙お竃y︵U国ρω9勺oピ︶. 08茜8崖Φ雄ピ①串○葺もo讐一魯。①二薗冥①ω器鷺曾o且曾きお留↓毒一の︵霞伽ヨ○ぎ㌔︶. 一15一.

(16)  ︾鋤器2ゆ母⇔殉織融岳“↓自巳。・ω○。一帥一一誓Φ号奉曇冨oユの①留お8gωΦω8匿8qs8ω︵鼠ひヨo瞠①O山ω︶.                                                 パ レ.  フランス人民戦線期の研究は、従来内外ともに、パリ中心に論じられてきた。フランス各地の動向は、極く断片的にし. かその射程距離に入っていなかったといえよう。前記した指導演習霞麩欝図魁Eαq雷論文のリストを一覧すれば明瞭なよ. うに、ここ十数年の問、フラソスの若い研究者たちが、各種の文献を渉猟して、各地域、各県及び各地方を中心に研究の. 網を拡げているのが読み取れる。これらを網羅することによって、やがてフランス人民戦線の全体的な実像を再構築する ことが可能となるであろう。.  この研究所発行のユニークな雑誌は、もし財政事情が許せば、年問定期刊行物として発刊される予定となっている。前. の付記の項参照。︶. 記したように、雑誌第二号が本年初めに出版された。そこには、さらに厚みを増した幾多の論稿が付加されている。︵末尾. 三 J“ジロー編著の内容と問題点.  パリ第一大学︵パソテオンーソルボンヌ︶歴史学講師﹂”ジ・1編著﹃両大戦間におけるフラソス共産党の定着につい. て﹄︵エディシオン“ソシアール社 一九七七年︶︵前出︶は、両大戦間期におけるフラソス共産党の定着の研究に関する、                                            テロマ フランス各地域を主とした文献を中心にまとめられている。すなわち、この編著は、七五〇の論題の文献を包含し、それ. らの原稿提出は、一九七五年春に行われた。この編著は、﹂”ジローを中心に数名の協力者が行った、前述したセミナー. の結果を出版したものである。それらの原稿は、フランスの出版事情が危機的な様相を呈しているために、時期も遅れか. つ思い切った縮減が行われて、出版された。労働組合運動史センターCHS及びモーリス“トレーズ研究所一、ぎ毘3槽. 霞きユ8↓ぎおNIMTに提出されたこれらの文献は、モーリス月トレーズ研究所で複写したり、また注文したりする. 一16一. 説 論.

(17) フラソス人民戦線研究の新動向(平田).      パロレ                       . ことができる。ところで、特筆すべきこととして、極く最近になって、モスクワのマルクス“レーニン主義研究所所蔵の. 文書が、マイク・フィルムの形でモーリス”トレーズ研究所に返還されてきており、目下同研究所でそれを整理中である. という事実が明らかにされている。筆者はまだ、その資料を活字体としては未見であり、従ってその詳細については知り                                                   ︵10︶ 得ていないが、かなり重要なフランス関係のコミンテルン資料等がそこに埋蔵されていると推測することができる。.  因に、﹃歴史学雑誌﹄菊①ぎ①匡簿鼠聾①が、毎年学生たちの論文︵高等研究課程修了証論文や修士号論文︶のリストを. 公表することを中止してから、どの機関誌もその研究動向を発表していない。ただ、数年来、﹃フランス政治学雑誌﹄. 幻①︿垢律き鴫巴ωΦ留ω。一窪8宕一三B①が、発表された論文の不完全だが有用なリストを示しているだけである。.  J”ジローは、かなり多くの地方大学の何人かの研究者や教官の助けを借りて、県ごとのこの文献を作成した。しかし、. 幾つかの大学センターが、この調査に応じなかったし、あるいは不十分にしか応じなかった。この文献は、三つの見出し. の下でさらに幾つかの分類を含んでいる。すなわち、共産党︵通史、文献、伝記、回想︶、労働運動︵通史、文献、伝記︶. 及び一般研究︵経済、社会、政治、その他︶が、その内容となっている。この文献は、直接地理に関する論題を含んでい. ないが、若干の論文が、その主題に特別の関心を払っている。そして、これらの文献は、近々定期的に発表される予定に. なっている。モーリスHトレーズ研究所︵パリ七五〇二二、オーギュスト“ブランキー大通り六十四番地︶が、自由に種          ハれレ 々の相談に応じている。.  J”ジローは、編著のはしがき﹁両大戦間におけるフランス共産党の定着の問題点のために﹂の中で、大要次のように. 述べている。この研究は、一九三九年で止まっている。歴史家は、現在の中に過去の説明の鍵を発見できる。われわれ. は、他の学問分野の研究者たち︵社会学者、政治学者、人種学者、言語学者等︶との接触を増幅し、かつわれわれの個人. 的もしくは集団的な経験を顧慮しつつ共産党史に貢献しようと考えた。全国レヴェルにおける政治諸勢力の研究は、全国. 政治学協会一帥男o巳蝕9轟江o暴ぎ臨①ω豊窪8ω写一鼠28の主導の下で実施されてきている。労働者階級及び共産党. 一17一.

(18) 調. に限定すれば、﹂”ランジェ8国きαqR、F閥ボン劉ω8、R”ムーリオi甲竃o自鑓隻、P目ガボリ型O魯o鼻ら. の労作が注目される。党の﹁政策﹂や﹁イデオ・ギi﹂の研究も行われている。例えば、J−B”マルセールジィト山。. ζ賃8頴巴の社会言語学的アプ・ーチが注目される。そのさい、研究の中立性、知識の客観性及び歴史家の聡明さが要. 求される。われわれは、現実に背を向ける歴史を批判し、専攻論文的な歴史、人類の歴史並びに総括的な歴史を擁護する。. 共産党のような政党は、新しいアプ・ーチを必要とする。われわれは、党を﹁反社会的な党﹂︽評三−8⇒導。8象蒜Vあ. るいは﹁一枚岩的な党﹂︿評三白90即ぽVとする仮説を拒否する。共産党は、フランスの﹁現実﹂の所産であり、フ. ランス及び世界における生産諸関係の発展における一モメントであり、一動力である。また、共産党は、フランスの外部. 全体、すなわち、コ、・・ンテルンの所産でもある。われわれは、とくにフランスの生活に及ぶ国際政策の結果を把握しよう. と考える。両大戦間においてコミュニストになることは、とりわけソ連邦と連帯することであった。ところで、ソヴェト. の現実とコミンテルンの現実は、フランスのコミュニストには余り良く知られていなかった。われわれは、コミンテルン                                ハぼレ の役割に過大な意義を付与する古典的な史料編集に抵抗しようと考える。例えば、一九二一−一九二四年の統一戦線の問. 題は、フランス共産党史の立場から見れば、フランスの現実から出発して初めて理解することがでぎ、さらに、コミソテ. ルンの定義に成る新しい戦略の深い動機付けをよりよく理解することができる。周知のように、フランス党は、この戦略. に抵抗した。そこに、当時共産党内に残溜していた古い社会民主主義の基調や革命的サンディカリズムの潮流を読み取る. ことができた。定着の研究は、具体的情勢の把握と党発展の成否の説明を可能にし、また、色々な構造上の条件下におけ. る、﹁大衆の中へ﹂をスローガンとする党の成功もしくは党の運動の失敗の探究を可能にする。﹁最下部レヴェルでの﹂こ. の研究は、党政策の伝播、党選挙民の動機付け、党指導部の認識方法等の理解を助け、また、定着の過程及び政治的テー. マの選択、簡単にいえば、定着させる機関と定着させられる団体との相互作用、社会構造と精神構造の照応関係のより深. い分析を助ける。情勢の﹁客観的﹂な側面だけで満足してはならず、党組織の意義や多様性をよりょく理解するには、幾. 一18一. 説 ごム,.

(19) フラソス人民戦線研究の新動向(平田). つかの特殊性をも完全に認識する必要がある。定着の研究は、例えば一九二八−一九三二年の時期のような党史の一定の. 混乱した時期を理解する手段の一つである。われわれは、﹁定着﹂という言葉に最も広い概念を与える。組織と環境との. 出合いがどのようにして形成されるか、それはどのような出合いか、組織と環境との間に浸透、同化、反射もしくは相互. 影響があるのかどうか、これらのことを検証して見る必要がある。定着の研究を権威付けるためには、一時的に党に関す. る政治史の伝統的な幾つかの仮説を拒否して見る必要がある。そのためには、党を環境の中に深く統合して考えて見なく. てはならないであろう。現代史は、他の人間諸科学の新しい方法を存分に援用する必要がある。こうした研究の拡充は、. 定着の概念が曖昧なために必要とされる。歴史家は、古典的な方法では、党組織と選挙の影響しか分析できない。しかも、. 共産党にとってアルザスの場合が証明しているように、定着は持続的な影響力と同義語ではない。逆に、弱い党でも影響 力を持ち得る。.  この編著は、﹂“ドローズ教授の主宰下で、パリ第一大学労働運動史研究所の枠内で行われた研究活動の幾つかの成果. を収めている。この研究セ、・・ナーは、一九七〇年以降、他の大学、他の専門分野の多くの学生や同僚を結集して行われ. た。資料は、必ずしも十分に利用できない状況にある。公文書公開の規制も徐々に緩められてはいるが、研究の一般的方. 向付けに不利な不規則さがまだ数多く残されている。前記したように、コミンテルンーフラソス文書がフランスのモーリ. ス”トレーズ研究所ヘマイクロフィルムの形で返還されてきたことは、今後の研究に新しい展望を開くものと考えてよい    パぼロ. であろう。この編著はまた、モーリス既トレーズ研究所の枠内で行われている、フラソス共産党史について進行中の共同. 研究の一資料でもある。この編著は、後述するように、幾つかの精選された論稿を収めている。. 第一の論稿は、﹂旺ジβーの筆に成る﹁両大戦間におけるフランス共産党幾つかの指標﹂である。そこでは先ず、選挙によるアプ・ー. チという指標が挙げられる。選挙の研究は、党定着の一定の形態を検討する一手段である。ただし、フランスにおける共産党の定着を選挙. 一19一.

(20) の結果だけに縮小し、共産党と選挙民の関係しか説明しないのは大きな誤りである。一九三〇年代当初の戦略論議は、農民と﹁階級対階. 級﹂戦術の敵対者との間に対立を招来したが、この論議はより広範な問題を内に含んでいた。すなわち、議会主義という特徴を持っ実践                                                            ︵罵︶ が、大衆との新しい関係、日常闘争の政治化や主に工場内での大衆との関係に替えられ、選挙の側面はそれだけ後景に退く結果を招いた。. 町村レヴェルの選挙で成功を収めていった。共産党選挙民の中核組織が、どのように形成されたかが間われねばならない。投票の連続性及. 第三共和制下では、市町村選挙、郡選挙及び立法選挙の各レヴェルで、選挙民と共産党との関係を検証する必要がある。共産党は、先ず市. び非連続性の検討も、主要な問題である。一九二〇年代及び一九三〇年代の立法選挙における共産党関係の一般的推移は、上掲表の通りで. 9.3. 1932.    794883. 6。8. 1936. 1487336. 2.6. 後退が見られたが、それには、党定着の弱さと統一への潮流の凋落とが微妙に反映していた。次いで、JH. 最良の成果並びに社会党分裂の結果が作用していた。その後の補欠選挙で、工業地帯及び農業地帯でともに. れには、一九三四年以降の決定的な変化、すなわち、行動統一協定の締結、郡選挙の勝利、市町村選挙での. 一九三六年選挙では、北部フラソス、バリ地区、中央山岳地帯沿岸及び南部で党の進出が著しかったが、そ. 治化という戦術の終末が、党員活動の不十分さ及び党組織の弱さと相乗作用を起こしていた。周知のように、. めに起こった。すなわち、党の内部危機、党議員の分裂及び脱党、経済恐慌の開始、弾圧、ストライキの政. 働者の特質等が識別できる。一九三二年選挙での党勢の後退は、当時共産党が最悪の時期に際会していたた. は拡充でぎた地域では、組織の根の張り方の強さ、反社会党的闘争の鋭さ、社会党の弱さ及び当該地域の労. 着の弱い地域は、社会職業構成の特徴や農村地帯という傾向を持っ。他方、第二回投票で党勢を維持もしく. き定着と適確な反社会党的闘争の成果が見られる。とくに、補欠選挙の第二回投票で顕著なように、組織定. 定が変更となり、郡投票制に個人的な要因が加味された。一九二八年後、党勢が拡充した地域では、よりよ. 地区では、社会構造の影響力、都市人口の増大や工業中心地の比重等が注目される。一九二八年から選挙規. 業構成、全国及び地方の政治経済状況、社会党SF10の能力︶とを綜合して判断しなければならない。一九二四年以降、共産党の進出した. 7.9. 1063943. 回1 272.    875812. 26. 1924. 1928. 一20一. あった。共産党にとっては、一九二八年以降の郡選挙の結果が重要であった。組織、党員及び行動の側面と客観的な要因︵選挙民の社会職. 得 票数. 謄欝鰯議員数. 年次. 説 論.

(21) フラソス人民戦線研究の新動向(平田). ジローは、定着させる組織についての指標を挙げる。共産党全史が、とりわけ﹁大衆﹂と党政策との関係を探究することを目標にしてい.                             ︵15︶ る。党員の動きにっいては、A”クリージェルの分析が参考となるが、それには、二つの反省が必要である。一つは、その動きと党の政治. 的意図との相関関係を見究めることであり、例えば党政策による打撃や分派再組織の結果等が、その動きに与える影響を考慮せねばならな. い。他は、その動きと選挙での勝利の役割、とりわけ連合の役割との相互関連を見定めることであり、端的にいって、組織と選挙との関係. を逐一洗っていく必要がある。中央集権的な党たる共産党にとって、組織間題は極めて重要な問題であり、とくに﹁新しい型﹂の党を目指. し、かつ議会万能性を否定する党にとって、工業中心地における工場細胞作り、いわゆる組織の﹁ボルシェヴィキ化﹂が永く至上命題と. されていた。Jロジローは、幾つものサソプルを呈示しているが、例えば、一九二五−一九二八年の情勢の部分的なアプローチは、現在国. 家文書Fシリーズの若干の資料やコミソテルン本部内フランス支部宛ての報告資料︵モーリス”トレーズ研究所所管のマイク・フィル.    ア. ム︶で追跡することが可能となっている。党の﹁分権化﹂は、ようやく一九三〇年代の初めから指向されるようになった。次に、JHジ.                  ︵給︶. ローは、グローバルなアプローチに向けてという指標を挙げる。両大戦間における共産党の定着の強固な地点は、トゥール大会時の賞員の. 状況、一九二四年までの発展、第二次大戦までの立法選挙の結果、党員の細胞の発展、社会党の影響力並びに県連の党員等のデーターを基. に、それぞれの地方全体を微細に検討する必要がある。とくに、県レヴェルでの定着の研究は、選挙、党員、細胞数及び出版物発行等の状況                                    ︵π︶ を基に解明することができる。セーヌ県、セーヌーエーオアーズ県等定着の良い県、社会党の強い県等々を説明するさい、議員の役割、市. 町村の役割、社会職業的説明、政治的説明、さらに社会党的潮流の消長等を基に分析する必要がある。共産党の定着の諸形態に係る類型学. は、全国的レヴェルで一律に描き出すことはできない。フランスの構造、とくに経済的、社会的、人口的、文化的及び政治的構造が、この. 研究に強い羅絆性を持つことはいうまでもないが、その影響力には自づと差異性のあることは論を侯たない。構造的諸要因とより主体的. な諸要因、例えば組織力は、同じ方向で作動しない。過度の体系化は、フラソス共産主義の不動の一枚岩的イメージを印象付けることにし. かならないし、その失敗や成功を政治的に説明することにしかならない。 フラソスの場合、さらに、宗教的知識と環境の解明が必須であ                                        ︵18︶ る。宗教的諸要因と労働者階級については、社会学の分野で一定の研究蓄積がなされている。このグ・ーバルなアプ・ーチという指標は、. さらに幾っかの命題で論及されている。先ず最初に、一九一四−︸九嚇八年戦争の幾っかの経済的社会的結果が述べられている。共産党の. 一21一.

(22) 誕生は、第一次大戦中の労働運動の戦略的失敗に起因している。大戦の直接の結果は、まだ良く知悉されていない部分が多いが、党の定着. がそれに依存していることは事実である。ノール県、パードゥーカレ県、パリ地区等や農村地帯を具さに検討すれぽ、そのことが明らかと. なる。戦争の多義的な結果、とくに経済ー社会関係や人口等の標識がとりわけ重要である。政治的には、左翼ブロックの動向が注目され. るが、共産党はそこで反戦闘争を貫き、また一貫して和解政策に反対した。次に、 一九三〇年代の経済恐慌と共産党の定着という命題が. 述べられる。フラソスの産業は、全国で同一の発展段階にないため、恐慌の影響も部門ごと及び地方ごとで異なっている。Jけジβーは、. 各地の実態を描出したあと、経済恐慌が共産党の分析の浸透を助けたことを認めたが、そこからストレートに党の定着が有利であったと結. 論付けることをためらっている。恐慌と定着の関係は、さほど機械的ではない。労働界では、闘争への参加と党への完全な加盟とを分かつ. 距離が大ぎい。雇用不安の問題、生活水準の維持、弾圧への恐怖等が、党定着にとって一定の抑止作用を演じる。次に、人口発展の幾つか. の側面にっいて論及が行われている。すなわち、都市人口の増加と、その大部分を吸収するパリ地区の動向、それと引き換えに農村人口の. 流出、とくに移住や鉄道網の関係等が、党定着とどう関連するかという実態が描かれている。とくに、農村地帯では、フランスの西部、. 南西部及びブルゴーニュ地方での党定着率の高さが検証されている。続いて、農民層の中での共産党という視角が述べられている。農民. の政治生活への参加、とくにその理由や方法、さらに農村の社会i経済条件が、共産党の定着にとっての決め手となる。もちろん、フラ. ソス農村も地域的発展の差異は免れず、農村の社会関係の役割やそれと党定着の関連が重視される必要がある。﹂鎚ジpIは、フラソスの. 各地方、とりわけ南東部、西部並びに南西部地方の特徴について論及し、農業構造が相対的に安定している所では、共産党がなかなか浸透. しにくいことを立証している。ところで、持続的な農村人口の流出、農村における教師集団の役割及び農村における伝統といった指標の下. で、その構造の変貌がやがて見え始めてくる。ところで、共産党は、ソヴェトの経験や党の農業政策を常時参考とし、フランス農村の社. 会諸関係分析の鋭い意思を持ち続けると同時に、とりわけ党の深い定着と選挙における影響力との関係を緊密化する発想を持ち続けた。. 農村における色々な政治行動が、共産党の持続的な定着を結果する。いわゆる政治間題の契機が、党定着にとって重要な意味を持ち、他方. 経済問題や農民組織の契機では、党はさほど成功例を有していない。共産党の農村への浸透には、はっきりした階級的性格が要求される。. 一九三〇年代には、恐慌の役割とともに党指導者個人の役割も重要視される。さて、フランス共産党の発生及び発展のさい、農民層は特別. 一22一. 説 論.

(23) フラソス人民戦線研究の新動向(平田). の役割を果たした。Aロクリージェルの部厚い博士論文が明示するように、一九二〇年のトゥール大会で、第三イソターナシ翼ナル加盟派. が相当の農村地方に拡がっていた。そもそも、共産党は、農民と労働者の出合いから誕生した。その後、社会主義運動への一定の農民層の. より大きな浸透性、農村でのやや安定した状況、さらに共産党の﹁労働者主義的な﹂︽霊畦隷覧警諺︾屈折等があって、党の定着に一定                                     ︵19︶ の弱体化の徴候が見られた。また、他の幾っかの形態による党定着の維持も図られた。このように、共産党史は、党の農業政策、組織構造. 並びに党員の発展の中で探究すべき多くの課題を抱えているといえよう。さらに、労働者階級についての視角が論じられている。いうまで. もなく、両大戦間期において、工業フラソス︵とくに、北部及び北東部︶で構造上の変化が見られた。代表的な産業として、冶金、建築及. び化学工業が挙げられる。共産党定着の重要なファクターは、これらの工業部門の中にあり、単純化していえば、共産党は、冶金工業労働. 者の党と形容することができた。この問、労働者は、大規模な技術革新の洗礼を受け、多数の専門労働者OSが輩出した。ところで、その.              ︵20︶.  ︵21︶. 場合の政治的な変化は、必ずしも党定着と照応しなかった。共産党の定着に著しく適した職業は、鉄道労働者層の中に見い出すことがで. きた。新産業︵電気冶金や石油精製︶が出現し、かつ集中現象が現出した。ところで、共産党の最優先目標は、ボルシェヴィキ革命の擁護                                       ︵22︶ におかれており、フラソスの社会経済状況を直接把握するという態度がやや希薄であった。党は、労働組合運動を媒介として労働者に知ら. れるという状況があった。この意味で、統一労働総同盟は、いわば党の伝導ベルトとしての外観を保持していた。労働界において、その構. 造と定着させる側の組織との出合いの条件を吟味する必要がある。ボルシェヴィキ化の過程にあった共産党は、何よりも先ず労働者階級の. 中に深く投錨する必要があった。J“ジローは、幾つかのサソプルを呈示する。また、外国からの移住労働者やその役割も重要であった。. 党内でイタリア人やポーラソド人の果たした役割は大きい。労働者の住宅事情も、党定着のさいに考慮すべきファクターの一つであった。. さらに、イヴリー市の例が示すように、労働者の存在とその選挙行動の関係も重要であった。ところで、労働者階級の存在と党定着の関係. は、労働界でさまざまな抵抗を生む。共産党と労働者の行動に関する数多くの調査は、ケースーバイーケースで具さに検証して見なければ. ならないであろう。最後に、労働及び社会主義運動の中での共産主義という視角が論じられている。共産党定着の研究は、労働運動全体、. その力、その弱点及びその伝統の研究から孤立させてはならない。﹂”ジ冒1は、一九二〇−一九三六年を例にとり、労働組合やストライ. キの素材を中心に述べ、とりわけ労働者闘争やとくにイデオ・ギー闘争が党の強化に結びついたこと、また、統一戦線や社会党との競合関. 一23一.

(24) 係を﹁赤いヴァール県﹂を例にとって述べ、行動統一や人民連合のさいの数例にっいて述べている。総じて、労働運動内部の勢力状懇が、党. の定着に重要な役割を果たす点を強調し、その指標として、住民の希望、労働者階級の状態、社会主義の力及びコミソテルン戦略の力を挙. げる。戦術と地方情勢の違いによって、定着の分布図も異なる。﹁統一戦線﹂路線、ボルシェヴィキ化及び人民戦線のさいの統一政策への抵. 抗や、アルザスに見られた自治権的潮流との妥協、﹁階級対階級﹂戦術への反対、﹁右派的分析﹂の発展及び分派組織の力と結果は、違った. 党定着の態様を生んだ。フラソスにおける共産党の定着の研究は、党及びコミソテルソ政策の研究と不可分である。全国的ヴィジョソはい.          ︵圏︶. うまでもなく、地域的コソテキストを重視する必要がある。ところで、党定着は、党認識の一要素に過ぎない。それは、党政策と環境との. 出合い、党の影響力、出版物の普及、組合員大衆及び大衆組織と党組織それ自体との関係を解明する一つの導きの糸を提供するであろう。                                          ︵24︶  第二の論稿は、J町ジβ1の筆に成る﹁パリ地区における共産党の定着﹂という論文である。Juジ冒1は、この論稿をまとめるに当っ       ア て、国家文書Fシリーズ、警視庁文書Aシリーズ、それにセミナリアンたちの主としてパリ第一大学へ提出した各種修士・互爾文、博士論文. 等を数多く引証している。先ず、扁般的枠組が設定され、最初のアプロ:チとして選挙と党員数の間題が、一九二四−一九三六年の期間に. っいて述べられている。これらの間題が、党組織の間題ひいては党定着の間題に連なる。そのさい、前出したA”クリージェルの労作が活. 用されている。例えば、一九三〇年に党の影響力と党員数の弱さとの不一致が見られるのは、党政治局がサンードゥニ大会後の﹁地区のプ                                                    ヘ25︶ ロレタリア下部組織の政治的反動﹂や地区指導部の﹁日和見主義的﹂及び﹁左翼主義的﹂実践を抑止したためであった。党定着や党影響力. の問題では、とくに政治的分析を優先させなければならない。パリの枠組での大きな条件としては、工業の集中化、恐慌及び合理化並びに. 賃銀の低下等に伴う住民の変動、選挙上の成功、共産党の定着、失業の密度並びに恐慌時の利害得失等を伴う工業化の実態、住宅間題に代. 表される生活諸条件の問題、それに定着させる側の組織の問題が解明されるべきであろう。次に、パリは特別の問題を抱えているかとい. での生活の枠組について、さらに伝統と党の政治的実践並びに党それ自身の間題点についての論述が進められている。続いて郊外におけ. う設問の下で、住民の変動、登録有権者全体の変動、社会職業的現象並びに労働界の変容等の人口間題に関して、貧困や住宅事情等のパリ. る幾つかの特別の間題と共産党の定着に対するそれらの結果が検証されている。郊外の増大が、党の政治行動や運輸問題、それに一九一九. 年制定の八時間労働制とどう関連しているか、そのさい一定の図式主義的理解は避けなければならないという点や﹁赤い郊外﹂、とくにパ. リ西部地区︵とりわけ企業内︶やイヴリー市に代表されるパリ南部等を例証に挙げて、郊外の神話と現実とが検証されている。さらに、. 一24一. 説 論.

参照

関連したドキュメント

るのが判例であるから、裁判上、組織再編の条件(対価)の不当を争うことは

組織変革における組織慣性の

 ラディカルな組織変革の研究では、伝統的に業績の悪化・危機あるいはトップの交代が組

②教育研究の質の向上③大学の自律性・主体 性の確保④組織運営体制の整備⑤第三者評価

The larger the amount of Co in the three alloys is, the higher the dislocation density in the alloys peak-aged and rolled to a 25% and a 90% reduction is. The amounts of

小田25)は「デトラヨ■一ドフエノールフタレンナ

しかしながら生細胞内ではDNAがたえず慢然と合成

実際, クラス C の多様体については, ここでは 詳細には述べないが, 代数 reduction をはじめ類似のいくつかの方法を 組み合わせてその構造を組織的に研究することができる