抄録 Chomsky(2013,2015)において提案されている標示の理論に基づき、日本語のスク ランブリングで統辞体に付与される標示について検討する。特に Saito(2016)が行って いる標示についての提案に批判を加え、その代案を試みる。TP への標示の仕方について、 日本語と英語では相違があると主張する。英語では DP と共有される一致素性φによっ て、日本語では DP と共有される適合素性φによって、標示が付与される。それにより、 スクランブリングの有無のみならず、文主語からの移動による摘出の可否に関しても、日 本語と英語、更にドイツ語の相違が導出される。また、適合素性により標示がされるとい う提案により、日本語のスクランブリングにおける項束縛についても説明が与えられる。 1. はじめに 日本語と英語において (1)-(2) のような対比が観察される。 (1) a.ジョンが ビルを 責めた。 b.ビルを ジョンが 責めた。 (= (1a)) (2) a.John blamed Bill.
b.Bill blamed John. ( (2a))
(1a)と(2a)は各言語の基本語順を表しているが、(1b)に示されるように、日本語で は主語と目的語の語順の転倒が可能であり、転倒が起こっても論理的意味において同義と なる。それに対し、現代英語では意味を変えずに(2a)から(2b)のように主語と目的 語の転倒をすることは不可能である。このようなことから、類型論的に日本語は自由語順 の言語、英語は固定語順の言語とされる。生成文法の議論においては、前者の自由語順の 特徴はスクランブリングが適用された結果であると解釈されてきた。スクランブリングは 元来、現象個別的な変換規則であったが(Ross(1967))、1980 年代後半以降、一般的な 統語演算である移動と見做されるようになった(Saito(1985)等)。スクランブリングを 移動とした場合、その移動がどのような種類の移動であるのかについては現在もなお議論 がされているが、スクランブリング後に得られる統辞体に対して如何なる標示が与えられ
赤羽 仁志
日本語スクランブリングに関する一考察
るべきかは、現行のミニマリスト・プログラムにおいて重要な問題となる。そのような問 題を扱った代表的研究として Saito(2016)が挙げられる。本論文では、Saito(2016)に よる日本語スクランブリングの分析を手掛りに、その標示の仕方について考察する。 本論文の構成は以下のとおりである。まず、2 節では Chomsky(2013,2015)の枠組 みを導入しつつ、スクランブリングにおける統辞体の標示についての Saito(2016)の提 案を振り返り、問題の所在を確認する。3 節では Saito(2016)の問題点を解決すべく、 代案として、統辞体の標示の仕方に関し日本語と英語の相違を捉える修正を加える。4 節 では、文主語および付加/スクランブリングされた節からの移動による摘出について日本 語と英語の相違を取り上げ、それが標示の仕方における相違から導出されることを述べ る。5 節では、日本語と同様にスクランブリングが見られるドイツ語の事実により、4 節 までの議論が支持されることを述べる。6 節では日本語のスクランブリングにおける項束 縛を取り上げる。短距離と長距離のスクランブリンでは項束縛に関して異なった特徴が見 られ、従来、多くの議論が為されてきたが、本論文の提案によりどのような説明が与え得 るかを述べる。7 節は結論である。 2. スクランブリングと標示の理論 現行のミニマリスト・プログラムにおいては、文の構造が併合(Merge)と呼ばれる演 算により構築される。Chomsky(2013,2015)によれば、併合により新たに生み出され た統辞体は解釈のために何らかの標示を付与されている必要がある。つまり、標示の無い 統辞体は解釈が不可能になるのである。標示は概略、次のようなアルゴリズムによる。ま ず、統辞体でその標示となるべき主要部(の素性)を決定するため、統辞体の内部が最小 探査を受ける。併合された 2 つの要素α,βの一方が主要部のみの単純構造であり、他方 がそうでない複雑構造の場合、自明のように、単純構造の主要部が統辞体全体の標示とな る。 (3) Merge (α,β) → { α,β } = γ(γ = αまたはβ) これに対し、αとβが両方とも単純構造であるか、複雑構造である場合、探査が曖昧にな り、そのままでは統辞体に標示が付与されない。しかし、(4) または (5) のような状況に なった場合には、標示が付与される(以下、移動のコピーを示すために を便宜的に用い るが、かつての痕跡理論での形式素 を仮定しているのではない)。 (4) a. { α,β } = α b. { α,β } = β (5) { αF,βF } = F (4)では、従来の移動を組み込んだ Chomsky(2004)の意味での内的併合(Internal
Merge)が適用されている。αとβのいずれかが統辞体から摘出され、その結果、残った もう一方が統辞体の標示となる。(5) では、併合を受けたαとβが卓越した一致素性 F (φ、Q 等)を共有し、その一致素性をもって統辞体全体の標示としている。以下の議論 では、このような標示のアルゴリズムを基本的に仮定する。 標示の理論との関係において、日本語のスクランブリングは重要な問題を提起する。(1) に挙げた例で考えよう。(1b)で、目的語 DP「ビルを」が、主語 DP「ジョンが」を先行 するように TP と内的併合を行なっている。 (6)[γ[DPビルを][TPジョンが ビルを 責めた]] この併合が (3) のような純粋な併合であった場合、(6) における統辞体γは標示を持たな いと予測される。それは、既に触れたように、併合される 2 つの要素(DP,TP)とも複 雑構造であるため、探査が曖昧になることによる。したがって、何らかの手立てが講じら れなければ、γに対して標示が付与されず、解釈が与えられない。(1b)において、スク ランブリングで移動した要素が (4) のように更に移動をした場合、線形的に空の移動とな り出力に効果をもたらさず、結果として退けられる可能性が考えられる(Chomsky(2001: 34)参照)。(5) については、併合される 2 つの要素が卓越した一致素性を共有している ことが前提となる。が、Fukui(1986)、Kuroda(1988)等で議論されているように、日 本語には英語で見られるような(義務的な)一致が欠如していると考えられる。よって、 日本語のスクランブリングで得られる統辞体に対し、Chomsky の標示のアルゴリズムを そのまま適用するならば、標示は付与されない。 そこで、併合を用いた Saito(2016)のスクランブリングの分析を取り上げたい。日本 語は形態的に一致を示さないが、格標識を含め接尾辞が豊富である。Saito はそのような 日本語の特徴に注目し、接尾辞を取る主要部が接尾辞の具現に関わる素性λを持つと仮定 する。そして、DP 主要部の持つλについては、(7) のような値が付与されるとしている (Saito は Boškovi (2007)に従い、φ素性一致から分離された格付与を採用する)。 (7) a.DP[λ:主格] T → DP-が → DP-を b.DP[λ:対格] ν c.DP[λ:属格] N/D → DP-の λの値が付与されると DP の格標識が具現するが、一旦、値を付与されたλは DP の標示 を不可視にする素子として働く。例えば、主語 DP と TP が併合するとき、DP[λ:主格]は その標示が不可視にされており、最小探査は TP の標示のみを見出すため、得られる統辞 体の標示は (8) に示すように TP となる。 (8)[TP(DP[λ:主格])[TP ... T]] (8) では標示が不可視とされた要素を丸括弧に入れているが、以下、同様である。
Saito(2016)によれば、λ素性のこのような性質は、日本語に特有の多重主格といっ た現象にも関与する。 (9) 文明国が 男性が 平均寿命が 短い。 (9) で TP に DP が繰り返し併合するとき、各 DP のλの値が付与されているならば、(8) と同様、標示のための探査が曖昧にならず、(10)に見るように TP が反復する標示が可 能となる。 (10)[TP[(DP)文明国が][TP[(DP)男性が][TP[(DP)平均寿命が][TP短い T]]]] (6) に示したスクランブリングの例では、(7b)のようにνから目的語 DP が[対格]の λ素性値を付与され不可視となる。これにより、目的語 DP がスクランブリングで構築さ れたγの標示に貢献することがなくなり、併合相手の TP がγの標示となる。 (11)[TP[(DP)ビルを][TPジョンが ビルを 責め た]] なお、英語は日本語に仮定されるような標示を不可視にするλ素性を持たず、φ素性一致 に伴って格付与が行われるとされる。したがって、英語で日本語のようなスクランブリン グが起ったとしても、(6) で見たのと同様、γへの標示がされず排除されることになる。 Saito(2016)の提案は、日本語スクランブリングにおける標示の問題を確かに解決し 得る。しかし、幾つかの基本的な疑問が付きまとっている。Saito は、λ素性が格標識の みならず、動詞等の接尾辞の具現にも関与するとしている。この点からすれば、英語のよ うな言語も屈折接尾辞を具備しており、やはりλ素性を持っていたとしても不思議ではな い。ところが、λが仮定されるのはφ素性一致の無い日本語や日本語に似た特徴を持つ韓 国語といった言語についてであり、φ素性一致を有する英語のような言語については仮定 されない。これは、膠着性のような言語類型論的特徴を記述するための装置を新たに付け 加えたに過ぎず、記述的道具立ての極小化をテーゼとするミニマリスト・プログラムの精 神に反するように思われる。 日本語における統辞体の標示について、Saito は、λ素性値付与による方式と共に、素 性共有による方式も導入している。後者について、(12)のような NP 削除の文を考える。 (12) アメリカ軍の バグダッドの 爆撃は[DPイギリス軍の D[NPバグダッドの 爆 撃]]より 激しかった。 Richards(2003)に従い、削除には(13)のような条件が課せられるとする。 (13) 機能範疇 F(D,C, または T)の補部は、F が指定部を持つときに限り削除さ れる。 NP 削除において問題となる機能範疇は D であるが、D が指定部を持つとき両者は共通し た素性を持つ。日本語にはφ素性一致が無いことから、Saito はこの場合に共有される素 性を属格 GEN であるとし、指定部と主要部による素性の共有で<GEN,GEN>が標示に
なることを提案している。言語により異質の標示のされ方が取られるのも疑問ではある が、1 つの言語の中で複数の異なった標示の方法を認めるのはやはり望ましい状況と思わ れない。 実際に、Saito は英語でもφ素性と格素性の役割を置き換える試みを行っている。主語 DP と TP が併合されて生じる統辞体に標示が付与される際、Chomsky(2013)では (5) の手順により D と T が共有している一致素性φを標示とし、更に Chomsky(2015)では その順序対<φ,φ>を標示とした。 (14)[<φ,φ> DPφ TPφ ] 前提として標示は解釈に用いられることから、(14)は「人称・数(・性)がφであるも のについての叙述」と取れる。これに対し、Saito は日本語等1での格による標示を英語 にも適用し、φでなく格の順序対による標示を提案する。 (15)[<NOM,NOM> DPNOM TPNOM ]
Chomsky(2000)によれば、DP に与えられる格素性は解釈不可能素性である。格が意味 解釈に無関係であることは次のような例でも明らかである。
(16) a.I expect him to win.
b.Traffic jams were expected.
(16a)で代名詞 him は形式上、対格を取っている。対格は主題のθ役割を担う DP に付 与されるのが典型的であるが、(16a)の him は従属節で動作主のθ役割を付与されてお り、主題のθ役割は付与されない。対照的に、(16b)の受動文において主格が動作主で なく主題のθ役割を担う DP に付与されているのも、やはり、格が意味解釈と無関係であ ることの証左である。したがって、<NOM,NOM>という標示は、為されたとしても、 どのように解釈されるのか全く不明である。同様のことは、上で触れた日本語の<GEN, GEN>にも当てはまるように思われる。 Saito(2016)の分析のより重大な懸念は、統辞体の標示がλ素性値の付与によって不 可視にされ、その後の標示に参与が一切不可能となってしまうとすることである。標示が 不可視であるということは、換言すれば、解釈も不可能になるということである。解釈で きない要素が意味部門に転送されれば、完全解釈に抵触して排除されることになる。スク ランブリング等、日本語に特徴的な統語現象を標示のアルゴリズムを応用して説明する試 みは意義深いと言える。しかしながら、上のような指摘が妥当であるとするならば、(6) で提起された問題、あるいは、それに関連した問題に対して別の説明が必要であると思わ れる。
3. 一致 vs. 適合 前節では、スクランブリングを併合によって分析し、格の形態的具現に関する素性によ り標示の問題の解決を試みた Saito(2016)について振り返り、その問題を指摘した。本 節ではそれに代わる提案を行う。 議論の原点は、αとβを併合して出来上がる統辞体に標示を付与する際、そのための最 小探査が曖昧になった場合、そのままでは標示が付与されないということであった。その 解決法として、(4) のように移動によってα,βの一方を不可視にすることと、(5) のよう に両方に共有された卓越的な一致素性を標示とすることの 2 つが Chomsky により提案さ れた。 (4) a.{ α,β } = α b.{ α,β } = β (5) { αF,βF } = F 移動の有無で違いはあるものの、一方を不可視にするという点において、(4) は Saito (2016)の議論に通じる。移動元のコピーもλ素性値が付与された要素も、それ自身は以 後、投射しない、つまり、不可視になるため標示に参与しなくなる。両者の異なる点とし て、移動元コピーは移動先と 1 つの連鎖を形成するため、移動元コピー単独では解釈の対 象とならない。それに対し、λ素性値が付与された要素は移動のコピーではない。よっ て、それ自身が解釈の対象となることから、標示が不可視となれば、解釈もされなくな る。 もう一つの選択肢である (5) は共有される素性を標示にするというものであるが、この とき共有される素性には一致(Agree)が前提とされている。一致は、探査子が値未指定 の解釈不可能素性を持っており活性化しているとき、その素性に適合(Match)する解釈 可能素性を持った目標が最小探査により検出された場合に成立する。具体例として、主語 DP と TP の併合を見よう。 (17) → [Nom Case] [<φ,φ> DP [TP T P ]] [φ] [φ] [u Case] [γ DP [TP T P ]] [φ]⇔[u φ] (17)で素性に付された u は値未指定であることを示す。D と T がφで適合し、一致の結 果、T のφ、付随して D の Case が値を付与され、T と D に共有される一致素性φの順 序対<φ,φ>が統辞体γの標示となる。 Chomsky(2013)は、(5) のような状況での標示においては素性値付与を伴う一致が必 要であり、潜在的な一致の対象を同定するのみの適合では不十分であるとしている。これ は、厳密に一致が起こる英語ではそのとおりであろう。それに対し、厳密な一致が無い日
本語においては、Saito(2016)でも議論されているように、標示において素性の一致が 不要と考えるのは妥当なように思われる。事実として、日本語では問題となるφが(一部 の名詞を除き)どこにも形態的に具現することがない。他方、DP の人称等に関する情報 は日本語でも、例えば、照応関係の解釈にとって不可欠と考えられる。また、英語と同 様、日本語でも T によって主格が付与されることから、一致は起こらないまでも、格付 与のため、T に解釈不可能素性φがやはり与えられていると仮定できる。T に与えられた φの形態的具現は人称・数に関して示差的でない。このことについて、日本語の T のφ 素性は中立的値([n φ])を取り、ゆえに DP の如何なるφ素性値とも矛盾しないと仮定 しよう。帰結として、DP と T がφについて適合する。そこで、(18)の提案をしたい。 (18) a. 統辞体γに標示を付与するための最小探査が曖昧になるとき、γを構成する αとβが卓越的な一致素性 F を共有しているならば、F をγの標示とする。 b. 統辞体γに標示を付与するための最小探査が曖昧になるとき、γを構成する αとβが卓越的な適合素性 F を共有しているならば、F をγの標示とする。 (18a)と(18b)のいずれかが各言語で選択される。より厳密に、ここでのこの選択は、 各言語での[u φ]と[n φ]の選択に還元される。英語のような言語では一致による素 性値付与が必要な[u φ]が選択され(18a)が取られるのに対し、日本語のような言語 では素性の適合のみで十分な[n φ]が選択され(18b)が取られるのである。なお、T の[n φ]は、[u φ]がそうであるように、解釈不可能素性であり、適合を果たせば転 送時に削除され、意味解釈まで残ることがないとしよう。この理由から、標示としては Chomsky(2015)方式の<φ,φ>ではなく、むしろ、Chomsky(2013)方式のφが付与 されるべきではないかと思われる。以上の提案により、日本語の主語 DP と TP の併合で は、(17)でなく、(19)のような標示のされ方になる(φは共有される卓越的な適合素性 であり、DP の標示ではない)。 (19) [γ DP [TP T P ] ] → ⇔ [φ] [n φ] [u Case] [φ DP [TP T P ] ] [φ] [n φ] [Nom Case] 一致では解釈不可能素性の値の付与が必ず行われなければならないが、適合ではそのよ うな条件が課されず、素性が同定される限り自由に行われる。それは(19)の基本的な主 語 DP と TP の併合のみならず、Saito(2016)の分析において DP の標示が不可視化され た(10)-(11)の多重主格やスクランブリングの例にも当てはまることを意味する。 (20) [φ[DP 文明国が][φ[DP 男性が][φ[DP 平均寿命が][TP 短い T ]]]] (cf. (10)) (21) [φ[DP ビルを][φ[DP ジョンが][TP ビルを 責め た ]]] (cf. (11))
(20)-(21)では T の投射が複数の DP と併合していくが、T のφ素性は中立値を取り続け る。CP フェイズがその補部を転送するのと同時に同フェイズ内の標示が一度に付与され、 φの反復した標示が得られる。Saito の分析と異なる点は、DP の標示を不可視化するこ となく併合後の標示が行えることであり、本提案の重要な利点である。 4. 文主語・スクランブリング要素からの摘出 併合で生じた統辞体の標示に、共有される一致素性でなく、共有される適合素性が日本 語で用いられることを主張したが、本節ではこの主張が支持されると思われる事実につい て考察する。 まず、移動による主語からの摘出が不可能なことが、従来、いわゆる主語条件によって 説明されてきた。同条件は文主語制約(Ross(1967))も包摂し、(22)のような例にお いて主語に埋め込まれた節からの摘出が不可能なことも説明する。
(22) * The teacher [ who [ that the principal would fire who ] was expected by
the reporters ] is a crusty old battleax.
(22)では関係詞の移動が主語条件に抵触している。対照的に、埋め込み節であっても目 的語の位置を占める場合には、(23)のように関係詞の移動が妨げられない。
(23) The teacher [ who the reporters expected [ that the principal would fire
who ]] is a crusty old battleax.
日本語のスクランブリングは英語の関係詞の移動と同様、顕在的な移動であることか ら、やはり主語条件に従うと予想される。しかし、(24)-(25)のような対比において期待 されるような差が見られないことが Lasnik and Saito(1992: 42-43)により指摘されてい る(文法性判断は同書による)。
(24) ??どの本を メアリが[DPジョンが どの本を 買った こと]が 問題だ と 思ってる の。
(25) ??どの本を メアリが[DPジョンが どの本を 買った こと]を 問題に してる の。
(24)の主語からの摘出と(25)の目的語からの摘出は文法性においてほぼ同等であり、 このことから Lasnik and Saito は(24)が摘出領域条件(主語条件)を違反していないと する。(24)が(25)と同程度に低い許容度を示すのは、一つには形式名詞「こと」の補 部である同格節からの摘出により弱い複名詞句制約の効果が現れていることが考えられ る。それに加え、主節と従属節の主格 DP が連続することから生じる紛らわしさも無視で きないと思われる。実際に 2 つの主格 DP の間に休止を挿入してみれば、許容度が上がる ことが確認できる(文法性判断は筆者による)。 (26) ?どの本を メアリが、ジョンが どの本を 買った こと が 問題だ と 思ってる の。 (27) ?どの本を メアリが、ジョンが どの本を 買った こと を 問題に してる の。
複名詞句制約の効果については本題から離れるのでここでは議論しないが、少なくとも (24)は主語条件により許容度が落ちているのではないと考えられる。 (24)と(25)の比較から前者が主語条件を違反していないことを見たが、では、なぜ、 同条件が(22)では違反されるのに対し、(24)では違反されないのか。Gallego(2010) によれば、DP は人称素性の照合位置へ移動され、素性照合で素性の不活性化が起こるこ とにより、その場に凍結される。そして、主語条件の効果が導き出される2。現行の枠組 みでは、移動は併合の一種である内的併合にほかならない。Chomsky(2004)以降仮定 されているように、併合の適用は自由であり、素性照合とは無関係に行われる。また、素 性の一致にもかつてのように指定部・主要部関係を介した素性照合は必要とされていない ため、素性照合に凍結を結び付けることはできない。そこで、併合された 2 者のうち主語 DP の側が凍結されることについて、共有された一致素性φが T 側では解釈不可能である のに対し、DP 側では解釈可能であり、解釈に有効な標示が為されるのに不可欠であるか らだと考える。このことから、主語条件を現行の枠組みの中で次のように捉え直してみ る。 (28) T の投射との併合において共有された一致素性が標示とされたとき、この標 示をもたらした解釈可能素性の保持者の投射は凍結される。 (18a)を取る英語については(28)が適用され、主語 DP の凍結が起こるため、(22)で の主語条件効果が現れる。一方、(18b)を取る日本語については(28)が適用されず、 主語 DP が凍結されない。結果として、(24)の事実を導くことができる。他の言語にお ける(28)および(18)の妥当性については次節で検討する。 主語条件を(28)のように定義したが、Huang(1982)が摘出領域条件によって主語と の平行性を主張したように、付加部も摘出を妨げる。では、その付加部条件についてはど のように考えられるだろうか。次の例を見たい。
(29) a. I expressed my belief _ to Mary [ that the United States should give away a million tons of wheat a week ].
b.* [ Exactly how many tons of wheat ] did you express your belief _ to Mary [ that the United States should give away wh ]?
(Wexler and Culicover(1980: 341-342)) (29)では名詞 belief の同格節が外置されている。外置要素は付加部を占めると考えられ
るが、そのような位置からの摘出は(29b)に見られるように付加部条件の違反を引き起 こす。日本語のスクランブリングについても、Saito(1985)以来、付加が関与するとす る分析が一般的であった。そのような分析ではスクランブリングの移動先が付加部相当の 位置となるため、スクランブリング要素からの摘出は付加部条件に抵触することが予測さ
れる。しかし、次の例に示すように、実際には摘出が可能であることが知られる。 (30) a. [TP ジョンが[CP[TP[CP メアリが その本を 買った と ]j [TP ビルが j 言っ た ]]と ]思っている] b. [TP その本をi[TP ジョンが[CP[TP[CP メアリが i 買った と ]j [TP ビルが j 言った ]]と ]思っている]] (Saito(1994: 226)) (30a)では最も深く埋め込まれた節がスクランブリングを受け、中間節 TP に付加されて いる。そして(30b)では、付加されたはずの節から摘出が起こっている。 付加構造を作る演算もやはり併合であるが、Chomsky(2000)以後においては「対併 合(Pair Merge)」と呼ばれ、これまでの議論で仮定しているような「集合併合(Set Merge)」と区別がされている。集合併合は対併合に比べ計算が複雑でなく、Chomsky (2013)では「単純併合(Simple Merge)」とも呼ばれ、併合の基本形式と考えられる3。 集合併合では 2 つの要素α,βが姉妹として対称的に併合される。これに対し、対併合で はホストとなるβにαが非対称的に併合され、βは対併合適用後も適用前と同様の振る舞 いを保つ。対併合で得られる付加構造は、(31)のように順序対として捉えられる。 (31) Pair Merge ( α,β ) → <α,β> この順序対から、αでなくβが付加のホストであると判断される。Chomsky(2004)に よれば、(31)のαとβは互いに別の平面にあり、Chomsky(2008: 146-147)では(32) から付加部条件が導かれるとしている。 (32) 付加部は探査子の探査領域に入らない。 併合は自由に行われ、内的併合と素性の一致が本来、互いに独立した演算であるとする と、付加部からの摘出、取り分け、連続循環移動による長距離摘出は(32)のみでは排除 されないと思われる。Chomsky によれば、単一のフェイズにおいて語彙目録から選択さ れた各語彙項目はそれぞれ異なった項目であり、同フェイズ中に同一の項目が存在すると すれば、それは内的併合によるコピーであると見做される(ただし、単一のフェイズには 直前フェイズの極辺が含まれる)。これを基に、(33)の付加部条件を仮定する。 (33) 1 つのフェイズを構成する全ての項目は同一平面に属す。 付加部の内外、つまり、別平面の要素同士を従来のように移動で関係付けようとしたと き、(33)から、それらが同一フェイズに無いことになり、内的併合による同一項目のコ ピーとは見做されなくなる。結果として、期待されるような移動元コピーの音声削除も起 こらず、付加部内外の関係付けも行われないまま解釈がされることになり、例えば、 (29b)が意図されるような文として派生されなくなる。付加部条件が(33)のように フェイズによって捉え直すことができるとすると、(28)の主語条件とは全く性質の異
なった条件となる。Stepanov(2007)等でも論じられているが、主語条件と付加部条件 の統一は、可能であったとしても、必然ではないと考える。 日本語のスクランブリングに戻ろう。(18)を仮定したことにより、日本語のスクラン ブリングにおける興味深い事実が説明されると思われる。従来のスクランブリングの分析 で採用された付加は対併合に読み替えられるが、対併合による分析を取るならば、(30b) は(33)に定義した付加部条件により排除されることが予測される。しかし、この予測は 事実と異なるため、対併合分析は維持できない。無論、対併合でなく集合併合による分析 を採用するならば、付加構造も作られず、このような矛盾は生じない。一方、集合併合に よる分析を取った場合には、標示の問題が起こることを上で論じた。解決策として提案さ れたのは、日本語で DP にスクランブリングが適用され TP と集合併合されたとき、共有 される適合素性φによって標示が行われるということであった。素性の一致による標示で はないため、(28)に定義した主語条件にも抵触せず、(30b)は非文となることなく派生 されることが説明される。 1 つの疑問として、(30)で目的語の位置からスクランブリングを受けているのは DP でなく節(CP)だとすると、TP との併合でできる統辞体はその標示をφとすることが可 能であろうか。当該の節が DP でなく CP だとすると、適合に関与するφ素性を持ってい ない可能性がある。これについて、日本語の生成文法で従来、補文化辞とされている 「と」あるいは「て」が、伝統文法では「が」や「を」と同様、格助詞とされることは示 唆的とも思われる。特に「て」と「を」の具現(または省略)に関する類似性は注目に値 する。対格の付与については、目的語 DP と他動詞νとの局所的な構造関係の下、行われ る。対格が「を」と具現すれば、スクランブリングによって対格付与子から局所的でない 位置へ転移可能であるが、対格が具現しないときには、Saito(1983)が観察しているよ うに、転移が不可能となる。(34)-(35)は Saito(ibid.: 254)による(話題標識「は」で はなく格標識「を」が省略されていることを示すため、文頭で話題標識と共起しない wh 句「誰」をスクランブリング要素としていることに注意されたい)。 (34) a. ジョンが 誰 殴った の? b.?*誰 ジョンが 殴った の? ( = (34a)) (35) a. 誰が 誰 殴った の? b. *誰 誰が 殴った の? ( = (35a)) 「て」については、西日本方言における省略現象が Saito(1987)により報告されている。 この現象は「を」の省略と実に平行的であると言える。つまり、「て」が具現するならば、 節がスクランブリングによって動詞補部の位置から転移可能であるが、具現しなければ、 転移が不可能である。
(36) a.ジョンが[CP 自分が 天才 や(て)] 思うてる(こと) b.[CP 自分が 天才 や *(て)]ジョンが 思うてる(こと) (Saito(ibid.: 312-313)) 「と」(「て」)は、次の例のように受動態動詞と共起し得ることから、対格の具現ではない。 (37) [CPジョンが 天才 だ と] 思われている(こと) しかし、「を」と「て」の省略が共にいわゆる内在格に近い抽象格のゼロの具現であって、 その書き出しが格付与子と局所的な関係にある場合に限り可能だとすると、節と考えられ たものが DP とも捉えられる4。 ここで、(30a)とスクランブリングが適用されていない(38)を比較したい。 (30) a. [TP ジョンが[CP[TP[CP メアリが その本を 買った と ]j[TP ビルが j 言っ た]]と ]思っている] (38) [TP ジョンが[CP[TP ビルが[CP メアリが その本を 買った と ] 言った ]と ] 思っている] (30a)では転移された節の内容が強調されている焦点的解釈が可能なのに対し、転移され ていない(38)においては同じ節にそのような解釈が無い。この対比は、節と代名詞「そ れ」の置換にも関係するように思われる。次の(39a)は(30a)に、(39b)は(38)に それぞれ対応する。 (39) a. [TP ジョンが[CP[TP それをj[TP ビルが j 言った ]]と ]思っている] b.??[TP ジョンが [CP[TP ビルが それを 言った ]と ]思っている] cf. [TP ジョンが[CP[TP ビルが そう 言った ]と ]思っている] (39a)では節が代名詞に置換され、やはり代名詞に焦点的な解釈が与えられる。それに対 し、(39b)では代名詞に置換すること自体の許容度が低いように思われる。スクランブ リングで焦点解釈を受ける位置に転移された節が代名詞と置換できるという観察が正しけ れば、(30)でスクランブリングを受けているのが実際には DP 相当の要素である可能性 を指摘できる。スクランブリング要素が DP であるならば、適合に関与するφ素性を持っ ていると考えることもでき、上での(30b)におけるスクランブリングを受けた「節」か らの摘出の説明とも整合する。また別の可能性として、スクランブリングを受けた CP と 上位 CP との併合も考えられるが、それについては 6 節の議論を参照されたい。 2 節で取り上げた Saito(2016)でもスクランブリングに集合併合が採用されている。 Boškovi (2018)は脚注の中で、併合においてスクランブリング要素の標示が不可視に なるとする Saito の提案により、スクランブリング要素からの摘出が説明される可能性が あるとしている。すなわち、すぐ上で見た節のスクランブリングについて、「と」が「が」 や「を」と同様、統辞体の標示を不可視にする働きを持つのではないかという主張を展開
できる。しかし、既に指摘してきた問題から、本論文では Saito (2016)の分析を擁護す ることはしない。 5. ドイツ語のスクランブリング (18)と(28)の妥当性に関し、ここで他の言語について若干の言及をしたい。(40)の ようなドイツ語の主語条件に関する事実が Haider(2000)によって報告されている ((40a,b)の例と例自体に付された標示付き括弧は Haider(ibid.: 54)による)。
(40) a.Welches Buchi hat [ i zu lesen ] dir mehr Spaß gemacht?
which book has to read you more fun.ACC made
‘Which book did you enjoy reading?’
b. *Welches Buchi sagte sie [CP[ i zu lesen ] [ habe [ ihr Spaß gemacht ]]]?
which book said she to read has her fun made Which book did she say she enjoyed reading?
(40)の各例では主語不定詞節から wh 句が摘出されている。Haider によれば、(40a)で は主語不定詞節がνP 内に留まっている。基底位置から移動していないのであれば TP と 併合することもないため、T の投射の標示はそのまま T(あるいは T へ繰り上がったν) のそれになると予想される。また、主語が留まるνP に一致素性を用いた標示が関係して いないとすると、(28)で述べているような凍結現象は起こらず、文法的な文が派生され る。(40b)については埋め込み節内で動詞第二要素現象が起きていることから、主語不 定詞節がνP 外へ取り出されていることがわかる。Haider は主語不定詞節が CP 極辺に達 しているとするが、少なくとも TP と内的併合が行われ一致素性による標示が為されてい ると考える。主語不定詞節からの摘出が不可能であるという(40b)の事実は、ドイツ語 が(18a)を取る言語であるとすれば、やはり(28)のとおり主語の凍結が起こっている と見做すことができる5。 ドイツ語のスクランブリングについてはどうか。ドイツ語では日本語と異なり、スクラ ンブリング要素からその内部の要素を摘出することができない。
(41) *daß [TP den Hundi [TP zweifellos [TP [ i zu füttern ]j keiner j versuchte ]]]
that the dog.ACC undoubtedly to feed nobody.NOM tried
undoubtedly, nobody tried to feed the dog
(Grewendorf and Sabel (1999: 5)) (41)では補部の不定詞節が基底位置からスクランブリングで前置され、その内部の den Hund が更にスクランブリングを受けるが、結果として非文となっている。Grewendorf and Sabel(1999)によれば、ドイツ語のスクランブリングは付加であり、スクランブリン
グ要素は付加部を占める。Grewendorf and Sabel は、付加部内にスクランブリングの痕跡 が生じることが許されないとして(41)の非文法性を説明するが、これは付加部からの摘 出を禁じる付加部条件の違反にほかならない。ドイツ語のスクランブリングが常に付加、 つまり、対併合によらなければならないのであれば、TP と集合併合されるのは一致素性を 共有する唯一の DP とも考えることができ、ドイツ語ではやはり(18a)が取られていると 見做すことができる。そして、本節までの議論から、英語とドイツ語、そして日本語の統 語現象に見られる同異を捉えるのに、各言語の T に与えられるφ素性の同異を仮定するこ とは有効であると思われる。 6. 日本語のスクランブリングと項束縛 摘出に関する事実から、日本語におけるスクランブリングが対併合でなく内的集合併合 によっていることを見た。本節ではこのような分析が項束縛現象を扱う上でも利点となる ことを述べる。 Saito(1985)以来、スクランブリング要素が占めるのは付加位置であると一般に仮定 されてきたが、付加位置は、本来、随意的な付加詞が占める位置である。スクランブリン グが一種の文体規則であって随意的に適用されるという従来の見解からすれば、それは妥 当なように思われる。他方、付加位置は項が生じる位置でなく、いわゆる非項位置と見做 される。よって、その位置を占める要素が項束縛を為すことになれば論理矛盾となるが、 単一節内で留まる短距離のスクランブリングは項束縛に関与することが知られている。 (42) a.*正男が お互いiの先生に 彼らiを 紹介した(こと) b. 彼らiを 正男が お互いiの先生に 紹介した(こと) (42a)では照応形「お互い」が適当な先行詞によって束縛されないため非文となるのに対 し、スクランブリングで「彼ら(を)」が文頭に転移した(42b)では照応形の束縛が成 立し非文とならない。対併合の分析によれば、(42b)の構造は(43)となる。 (43)[TP 彼らiを[TP 正男が お互いiの先生に 彼らを 紹介した ]](こと) (43)において、照応形の先行詞となる「彼ら(を)」は TP の付加位置を占め、これはま さに非項位置から項束縛が為される矛盾した状況である。 この問題を解決すべく、Saito(1992: 100)は次のような提案を行っている。 (44)[非演算子‒非項(筆者)]位置は項位置に再分析される。 スクランブリングにより非演算子が非項位置に生起したのを、項位置に生起するように再 分析を適用することで項束縛が可能となり、矛盾が解消されるのである。S-構造と共に D-構造が破棄され、また、νP 内主語仮説を取っているミニマリスト・プログラムにおい て、元来の意味での項位置と非項位置の区別をすることはそもそも困難であるが、それを
差し引いても、(44)のような再分析を仮定することは改変禁止条件(No-Tampering Condition)に照らして不可能であろう。 (33)で付加部条件をフェイズの概念を用いて定義した。付加部の要素がホストの要素 と 1 つのフェイズを形成しないことが前提にあった。フェイズについては照応形束縛のた めの局所領域とする議論もある(Lee-Schoenfeld(2008)、Quicoli(2008)、Hicks(2009) 等)。Lee-Schoenfeld(ibid.: 291)はフェイズにより束縛条件 A と B をそれぞれ(45a,b) のように定義している。 (45) a.再帰代名詞はフェイズ内で束縛されなければならない。 b.代名詞はフェイズ内で自由でなければならない。 (45a)の再帰代名詞は相互代名詞も含んだ照応形を指すとしよう。これらを(43)に当て はめれば、照応形「お互い」とその先行詞「彼ら」が同一フェイズに無いことから(45a) が充たされず、(42b)は誤って非文として排除される。このようなことからも、やはり、 日本語のスクランブリングは対併合ではなく集合併合によると考えられる。併合の結果、 統辞体に与えられる標示は共有される適合素性φを取るとした。標示は解釈にとって欠く べからざるものであるが、もし、Saito(2016)の提案のように、λ素性値付与によりス クランブリング要素の標示が不可視になってしまうとすれば、短距離スクランブリングの 項束縛への関与は期待できないと思われる。 日本語のスクランブリングには、単一節内で留まる短距離スクランブリングだけでな く、節境界を越える長距離スクランブリングもある。前者は移動先が項束縛に関与すると いう点で項移動的なのに対し、後者はそのような性質を欠き、(46a)の例に見られるよう に非項移動的である。 (46) a.*[彼らiを[お互いiの先生が[花子が 彼らを 批判した と]言った]](こと) b.*[お互いiの先生が[花子が 彼らiを 批判した と]言った](こと) (46a)が、スクランブリングが起きていない(46b)と文法性判断において同等なのは、 (46a)のスクランブリング要素が基底位置に再構成されて解釈されるためである。この再 構成現象の説明として、Saito(2003,2005)は Chomsky(1993)におけるコピーの相補 削除を応用した分析を行っている。この分析によれば、長距離スクランブリングを受けた 要素は音声素性のみが最終地点に転移され、項束縛に関与する素性は基底位置に残され る。短距離スクランブリングに関するこの分析の技術的な問題については立ち入らない が、長距離スクランブリングについては転移されるのが音声素性のみであるとされること か ら、 そ の 意 味 的 効 果 は 皆 無 と い う こ と に な る。 こ れ に は 異 論 が あ り、 例 え ば、 Miyagawa(1997)では長距離スクランブリングが焦点によって動機付けられるという主 張が為されている。そこで、解釈可能な談話関連素性δ(cf. Miyagawa(2017))が付与
された要素が、CP 極辺までフェイズ極辺伝いに連続循環的な内的集合併合を受けると仮 定する。そして、コピーの相補削除が適用されることにより、最終地点には音声素性とδ が残される。 移動先が項束縛に関与しないのであれば、別のアプローチとして、長距離スクランブリ ングが内的集合併合ではなく、Richards(2009)が主張するように、(連続循環的な)内 的対併合によっていると考えることもできる。しかし、既に触れてきたように、対併合は 複雑な計算を伴うことから、より単純な集合併合が併合の基本形式とされる。更に Chomsky, et al.(2019)では、進化可能性の観点から、理想的には対併合が不要とされる という指摘もある。これについては可能性の言及に留めておく。 スクランブリングが内的集合併合によるとすると、次のような例はどう説明できるだろ うか。 (47) a.?*[ 正男iの 母親 ]をj[ 彼iが j 愛している ](こと) b. [ 自分自身iを[ 花子iが 自分自身を 批判した ]](こと) (Saito(1992: 96)) (47a)では代名詞「彼」が「正男」と同一指示解釈にならず、(47b)では照応形「自分 自身」が「花子」と同一指示解釈になる。これはスクランブリングが起こっていないのと 同様の状況であり、短距離スクランブリングではあるが、(46a)の長距離スクランブリン グと共通している。Saito(1992)では、(47)のスクランブリングも非項移動であるとさ れている。ここでは提案として、スクランブリングの距離に拘らず、δを持った要素が T の投射とではなく、上で仮定したように、卓越素性δを共有できる C の投射と併合さ れるとしよう。続いてコピーの相補削除が適用され、(47)でも再構成の効果がもたらさ れる6。δは、Chomsky(2008)以降仮定されている素性継承により、C から T へ他の素 性と共に継承されたときには卓越素性にならないが、T へ継承されずに C に残されたと きには卓越素性になると考える(cf. Miyagawa(2010,2017))。δが C で卓越素性になら ないときには、スクランブリング要素と CP との併合は共有される卓越素性を欠くことか ら標示の問題を引き起こし、結果として解釈されない統辞体を作り出すことになる。な お、(42b)のような例は、δが C から T へ継承されて卓越素性にならない場合と見做す ことができる。 7. 結論 日本語のスクランブリングをミニマリスト・プログラムの現行の枠組みで捉え直そうと するとき、少なからず問題があり、本論文はそのような問題の解決を試みた。日本語では 格に関するλ素性値が DP の標示を不可視にし、それにより英語のような言語の固定語順
とは対照的な自由語順を生み出すスクランブリングが可能になるというのが Saito(2016) の主張であった。しかし、スクランブリングにおける意味的効果、取り分け短距離スクラ ンブリングでの項束縛は、スクランブリング要素の標示が可視的であることをむしろ裏付 ける。併合で生じる統辞体への標示の仕方が英語と日本語で異なるという点については Saito の主張に賛同するが、標示が解釈にとって不可欠であるという大前提に立てば、ス クランブリング要素の標示を不可視にするという提案は受け入れられない。代案として、 英語では共有される卓越的一致素性φが、日本語では共有される卓越的適合素性φが、 DP と TP の併合で得られる統辞体の標示になるとした((18))。この違いに基づいた主 語条件(28)を仮定することにより、日本語と英語、更にはドイツ語における主語からの 摘出可能性の違いを導いた。また、日本語とドイツ語におけるスクランブリング要素から の摘出可能性の違いも、各言語のスクランブリングが集合併合と対併合のいずれによって いるのかにより説明した。集合併合は、日本語の短距離スクランブリングにおける項束縛 にも重要であった。 本論文の提案には検討すべき余地が多々残されているのは言うまでもない。特に(18) および(28)は、日本語、英語、ドイツ語だけでなく、言語一般に適用され得るかが課題 である7。(28)は機能範疇 T の特性(例えば、aboutness(Rizzi(2010)))を述べている ようにも思われるが、あくまでも T の特殊性と見るのは問題であろう。一般化するなら ば、厳密に凍結とは何であるのかを明らかにする必要がある。T にも継承されるとした談 話関連素性に関しては、統語派生において語彙項目に含まれる情報以外のものが添加され てはならないとしている包含性条件(Inclusiveness Condition)に抵触するとの見解もあ り(Chomsky, et al.(2019)等参照)、談話関連素性によらない分析も考え得る。また、 本論文では、内的対併合が、日本語のスクランブリングには関与しないが、ドイツ語のス クランブリングには関与するとした。そうすると、人間言語に内的集合併合と内的対併合 が潜在的に認められなければならないが、日本語において内的対併合は完全に排除される べきなのか。そして、スクランブリングは項となる DP や節だけでなく、付加詞の形容詞 等にも適用される。言語によって名詞を修飾する複数の形容詞の配列の自由度に相違があ ることが Sproat and Shih(1991)等で報告されているが、これは(18)に帰すことが可 能であろうか。これらについては今後の研究課題としておきたい。
注
1 Saito(2016)では、日本語とほぼ同様の分析ができる韓国語のほか、顕在的φ素性 一致が無く主格が接尾辞でないマラヤーラム語についても格による標示が提案され、 { DPNOM,TP } の標示が<NOM,NOM>になるとされている。トルコ語や中国語への
適用も言及がされている。
2 Gellego(2010)は、Rizzi(2006)の規準凍結(Criterial Freezing)が本来、いわゆ る非項位置に関するものであり、補助仮説を用いなければ項位置での凍結に適切な説 明を与えないと指摘する。
3 De Belder and Van Craenenbroeck(2015)は、Jaspers(1998)、Langendoen(2003)、 Zwart(2009a,b,2011)等に言及しながら、併合は本質的に非対称的であり、対併合 がむしろ標準的であると主張する。本論文ではこの見解について特に検討を加えるこ とはしない。また、呼称は、単純併合でなく、集合併合を用いる。 4 Fukui(1986: 219-222)では、「と」が のように話題標識「は」を伴い得るが、 の ように格標識「が」や「を」を伴わないことから、「と」節が名詞句ではなく後置詞 句(PP)とされている。 a. [PP ジョン から]は 長いこと 手紙が 来ない b. [PP 東京へ]は ビルが 行った c. [[S ジョンが メアリを 殴った ]と]は 驚き だ a. *[[S ジョンが メアリを 殴った]と]が 驚き だ b.*ジョンは[[S ビルが メアリを 殴った]と]を 知っている しかし、Takezawa(1987)等でも指摘されているように、後置詞は格標識を伴い得 る。 [ここ から]が 本題 だ したがって、 のような事実をもって「と」節を PP と結論付けることはできない。 5 Diesing(1992)によれば、ドイツ語の主語の占める位置としては IP 指定部(TP 極 辺)と VP 指定部(νP 極辺)があり、摘出は後者からのみ可能である。英語でも内 部に T を含んでいないと分析できる小節の構造においては、(ia)のように主語から の摘出が可能であることが知られる。
a.Who is there a picture of on the wall?
b.there is [SC[DP a picture of who ] [ on the wall ]]
6 (47b)の再構成効果については、照応形の一部である「自分」に与えられた主語指 向性という語彙特性によると取ることもできる。つまり、次のように考えるのであ る。T はφ素性で適合する DP の中、まだ他との適合で格付与されていないものに対 して格を付与する。「自分(自身)」はそのように格付与された DP と同一フェイズに あれば、その DP に束縛される解釈が与えられる。ただし、T によって付与される格 は、 のように、主格に限定されない。 太郎が[ 花子i に 自分自身iの部屋で 泣か ]れ た。
ついでながら、「自分」単独の場合には、それが連続循環的にフェイズ極辺へ内的併 合がされる。派生のいずれかの段階で書き出しがされるが、それ以降も内的併合が適 用されるとする。派生のいずれかの段階で、当該フェイズにおいて格付与された DP に束縛される解釈が与えられるならば、「自分」の長距離束縛も捉えられる。 7 (18)は言わばφ素性についてのパラメタであり、各言語が[u φ]か[n φ]を選 択することを述べたものである。しかし、(18)はφ以外の素性にも拡張が可能と思 われる。1 つ例を挙げれば、C に与えられる WH 素性がある。同素性は wh 疑問文に おける wh 句の前置に関係する。それが一致素性、つまり、[u WH]であった場合、 CP と併合される単一の wh 句と一致をし、素性値が指定される。英語などはこの素 性を選択する。それが適合素性、つまり、[n WH]であった場合、C は併合される 1 つ以上の wh 句と適合が可能である。顕在的に多重 wh 前置を行い、且つ、多重疑問 文で元位置の wh も許すブルガリア語のような言語(Boškovi (2002)等参照)は後 者の素性を選択すると考えられる。 参考文献
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