著者
桜井 宗信
雑誌名
東北大学文学研究科研究年報
巻
64
ページ
318-294
発行年
2015-03-01
URL
http://hdl.handle.net/10097/59612
〈Atīśa 流の阿閦〉考
桜 井 宗 信
I は じ め に
筆者は,先に Bu ston Rin chen grub による阿閦(Mi ḥkhrugs pa)を主尊とした荼毘
儀軌を扱った論攷において,彼が ‘Jo bo rje’ 即ち Atīśa(Dīpaṃkaraśrījñāna)に繋がる
系譜において,阿閦及び「Sarvakarmāvaraṇaviśodhanī 陀羅尼(以下 SKV)」に関わる灌
頂や釈説を得ていたことを述べ,併せてその仕方が〈Atīśa 流の阿閦〉
1として夙に知ら
れている流儀であることに触れた。但し,それが当該荼毘儀軌所説の阿閦とは,その曼
荼羅構成が異なるなど強い連関を有しているとは言えないため,別稿で論ずることを約
した上で必要最小限の言及に留めていた
2。
筆者の知る限り〈Atīśa 流の阿閦〉に最初に言及されたのは羽田野伯猷博士である。
博士は密教学僧としての Atīśa 像を考究される中で,本阿閦に関わる彼の諸著作が「SKV
を瑜伽タントラの仕方で解釈したもの」であるという Bu ston の解説を引用されつつ,
ここで「扱う主題が業障の浄化,死者中有の浄化等」チベット人達の「宗教的要求につ
ながるところが多かったため」,「独自の伝統を形成して,広く流布した」と述べておら
れるが
3,Tsoṅ kha pa 師資からダライラマ五世に連なる dGe lugs 派における系譜,Sa
skya
派師資から Ṅor chen を経て Ṅag dbaṅ legs grub,ḥJam dbyaṅs Blo gter dbaṅ po へと
続き rGyud sde kun btus 及び sGrub thabs kun btus に収められた複数の儀軌に結実した相
伝,更には優れた数点の図絵曼荼羅の作例と,それを裏付ける興味深い証左が少なから
ず存在する。
数年来インド・チベット密教における死者儀礼の文献学的研究を進めてきた筆者に
とって,死者儀礼との関連が窺われるそれらの特徴を有した〈Atīśa 流の阿閦〉の検討
は看過し得ない課題の 1 つである。そこで「チベット大蔵経」中に収められている本阿
閦に関わる文献数本の校訂テクストを整定し,解読を試みた。本稿ではその作業に基づ
き,死者儀礼との関連に注目しながらそれら諸文献の内容を一瞥し,所説の特徴につい
て報告したい。
II 「チベット大蔵経」所収の〈Atīśa 流の阿閦〉文献
Bu ston
はその『テンギュル目録』において「SKV を瑜伽タントラとして密意を解説
した(Las kyi sgrib pa thams cad rgyun gcod par byed paḥi gzuṅs rnal ḥbyor gyi rgyud du
dgoṅs pa bkral ba)」という一節を設け,6 書を列挙している
4。これらが羽田野博士によっ
て〈Atīśa 流の阿閦〉を扱う文献として紹介されているものであり,論疏部所収の順に
奥書に記された書名で示すと以下の通りである :
[1] bCom ldan ḥdas Mi ḥkhrugs paḥi sgrub thabs rgyas pa
[Toh 2653 ; Ota 3477]
[2] bCom ldan ḥdas Mi ḥkhrugs paḥi sgrub thabs
[Toh 2654 ; Ota 3478]
[3] Dkyil ḥkhor gyi cho ga
[Toh 2655 ; Ota 3479]
[4] (Mi ḥkhrugs paḥi cho gaḥi tho yig)
[Toh 2656 ; Ota 3480]
[5] mGon po Mi ḥkhrugs pa sgrub paḥi thabs
[Toh 2657 ; Ota 3481]
[6] sByin sreg gi cho ga
[Toh 2659 ; Ota 3483]
これらのうち[1]∼[3]及び[6]が Atīśa の著作であり,『成就法』([1]・[2])・『曼
荼羅儀軌』([3])・『護摩儀軌』([6])と,形式上は主要な密教儀礼マニュアルが整っ
ているかに見える。しかしいずれも記述は簡略であり,儀礼の大枠を纏めた手控え程度
のものであって,その全体を実修するには口伝等による詳細な補足情報が必要である。
また[1]及び[2]は共に「成就法(sgrub thabs)」と名付けられており,いずれも
阿閦を中尊とする諸尊の観想法を扱うが,[1]は奥書にある通り ‘rgas pa’ と呼ばれ区
別される。[1]が 17 尊を観想対象とするのに対し,[2]は 5 尊である一方,記述の分
量も[1]が多いことから,両書を比較すれば確かに[1]が「広次第(rgyas pa)」とな
ろう。同書は各尊格の図像上の特徴,後述の[5]との関係など注目すべき記述も含ま
れており,重要な資料であることは言うまでもないが,分量がデルゲ版で 1 葉半程の小
編であり,先にも述べた通り “詳細な儀軌” とは言い難い。なお以下では,便宜上[1]
を『十七尊成就法』と,[2]を『五尊成就法』とそれぞれ呼ぶことにする。
[4]は dPaḥ bo rdo rje(*Vīravajra?)の作とされるが,奥書の書名を欠いているため,
参考までに Bu ston が『テンギュル目録』中で示しているそれを転記した。短編のうえ
全体が偈頌で記されているため,筆者には記載内容が必ずしも明確ではないが,瓶に阿
閦を生起し,その瓶及び瓶水を用いた浄化儀礼に多くの分量が割かれており,ここに本
書の特徴が認められよう。
[5]は Atīśa の師の 1 人と言われる Dse tā ri(*Jetāri)に帰される「成就法」である(以
下『Jetāri 成就法』と呼称)。これまた殆どが偈頌で記された小編であるが,III で述べ
るように,それら偈頌部分は殆ど[1]に対応偈を見出すことが出来,[5]に基礎を置
きつつそれに増補を加えたものが[1]であると理解されよう。但し[5]が観想対象
として言及しているのは阿閦一尊であり,記述にのみ基づくならば本書は「独尊成就法」
ということになる。
III Atīśa による『成就法』,『曼荼羅儀軌』,『護摩儀軌』
II
で触れた通り,〈Atīśa 流の阿閦〉と関連する 6 文献のうち Atīśa 自身の著作とされ
るのは『成就法』2 本及び『曼荼羅儀軌』・『護摩儀軌』各 1 本である。以下本節ではこ
れらを順に取り上げて,その内容と特徴を追ってみたい。
(1) 『成就法』
何れも短編ばかりの 6 文献にあって,最大の分量を有するのが『十七尊成就法』であ
る。先ず便宜上,本書全体の試訳を提示しておく
5。
世尊阿閦に敬礼致します。
阿閦に敬礼してその成就法を著そう。 // 1 //
恵まれた人生と大乗という大いなる家系と悲愍と般若の功徳と慈心と悲愍とを備
え,信心しつつ上師を敬いながら // 2 //
帰命し,発心し,三昧耶戒を得て灌頂を授かり,事業と儀軌を理解して,阿蘭若(dgon
pa)の住処や都城の外れにおいて, // 3 //
事業を行うのに快適な座具に座って,沐浴し,清潔な衣を身に付けて,自分を尊格
として明瞭に[観想し,その]御胸の蓮華の月輪上に Hūṃ[を観想する]。 // 4 //
それより光明が発散して上師と阿閦を招請し,面前に住されたところで,7 種を浄
化すべきである。 // 5 //
四無量を備えていると観じ,一切諸法は無実体であると心で観想を行ってから,
Bhrūṃ
と Paṃ より雑色[蓮華]を観想する。 // 6 //
A
字より月輪を観じ,[阿閦]自体の種子を[その月輪の]中央に思念してから,
諸三昧耶[印]と諸印を観想しながら真如と対応させて,瑜伽行者は悉地を成就す
べきである。 // 7 //
尊格瑜伽の仕方として[尊格の姿に]転変するのであって,御一面二臂で御体色は
青緑であり,左[手]は禅定[印]で金剛杵[を持し],また右[手]は触地の仕
方を取る。// 8 //
[更に]装身具を身に付けていると自分自身で観想し,御胸に蓮華[を,その上に]
月輪[を,]その上で,自身の種子と幖幟と印によって加持し自分自身が阿閦であ
ると観想してから,四仏を方位に一致するように // 9 //
各自の印を備えたものとして観想する。Hūṃ 字より光明が発散し,蓮華の 8 弁に 8
女尊[の]お体を 8 幖幟より生起する。 // 10 //
8
つの根本真言を唱えることから,東の方角に持蓮華女(Padma can)[を観想すべ
き]であって,御体色は白であり,śrīvatsa を持す。南東の方角には作怖女(ḥJigs
byed ma)であって,御体色は白であり,輪宝を持す。 // 11 //
南の方角には尊勝女(rNam rgyal ma)であって,御体色は青であり,幢を持す。南西の
方角には具彩女(mDaṅs ldan ma)であって,御体色は青であり,傘蓋を持す。 // 12 //
西の方角には具光女(Ḥod ldan ma)であって,御体色は桃色であり,蓮華を持す。北
西の方角には白輝女(dKar śam ma)であって,御体色は桃色であり,瓶を持す。// 13 //
北の方角には無垢女(Dri med ma)であって,御体色は緑であり,法螺貝を持す。北
東の方角には智慧女(Yid gshuṅ ma)であって,御体色は緑であり,魚を持す。// 14 //
四門衛女尊は希望する女尊であり,方角と一致するように護方天と宝楼閣を順に観
想すべきである。 // 15 //
以上のように三昧耶尊を生起したところで,御胸の金剛杵の Hūṃ 字より色究竟天
へ光明が発することで,阿閦を面前か或いは頭頂に観想する。 // 16 //
自身の体が阿閦であると観想し[色究竟天から迎えた智慧薩埵をその中に]入れて,
上下を次第通りに,尊格の順序に従って,諸仏によって灌頂する。或いは自分自身
を尊格であると観想したところで,阿閦を面前に観想すべきである。 // 17 //
陀羅尼[の文字列]を引き出す三昧は,御胸から光明が発することで,それ自体が
自分・自分・他者と三重に累積し,尊格と瓶と祀堂を覆う。 // 18 //
瓶や祀堂等の内部[における]大海[中の]月輪[上の]蓮華に尊格を生起し智[尊]
を合一させるべきである
6。 // 19 //
[そして,]信心と三昧耶と共に〈私をお見知りおき下さい。Oṃ Akṣobhya Jaḥ Aḥ
vighnāntakṛt Hūṃ Phaṭ〉[と唱えるべきである。] // 20 //
[金剛]合掌を結び 2 指を再び立て〈Tathāgatodbhavāya Svāhā Jaḥ Hūṃ Vaṃ Hoḥ〉
[と
唱えるべきである] // 21 //
彼の方自身が座にお座りになったところで,供養・讃歎等を奉献すべきであって
〈Oṃ arghaṃ pratīccha puṣpe dhūpe āloke gandhe naivedye śuddabaliṃ tat pūjya khāhi
khāhi〉[と唱えるべきである。] // 22 //
法性は平等である状態より不動であるけれども,御悲愍により常に涅槃せず 4 種の
御事業によって生類の利益をなさる世尊阿閦に敬礼致します。 // 23 //
施食は客分を縁じてから廻向する。 // 24 //
声と心と基体に専注し
7,四支と三所縁
8[が]自利
9のための親近である。[その親近
(
*sevā)の成満は]数と時と予兆[で判断される]
10。 // 25 //
悉地を成就する念誦は,言葉と小声と金剛の念誦,意による念誦の 4[種]がなされ,
火と声と声の後[に解脱を与えるという]3[種]が // 26 //
声を出さない禅定であって
11,3 更に念誦すべきである。供養と讃歎を捧げ,施食
を行い, 智[尊]にお帰り頂き,三昧耶[尊]を[自身に]収める。 // 27 //
以上のように親近を始めとして 3 更に亘って実修し,続いて欲するところの悉地に
達するために事業を実修すべきである。 // 28 //
念誦なる火を戒なる風が燃え上がらせ,大精進なる火炎が罪障を焼く。 // 29 //
蓮が温もりの中で雨水によって閉じた[華]を光明によって開き,また太陽と太陽
水晶が火を生ずるように,人間に悉地を与える。無限の福徳を与え,声によって
12解脱を与える。 // 30 //
こ[の阿閦]は如意宝珠のように頭頂の髻髪に[到るまで]全てが恭敬尊崇するに
相応しい。この道で成就し諸悪趣から脱した者は[阿閦を]自らとして[,或いは]
面前に[住する]他者として修習しても悉地を与えられる。 // 31 //
この最勝なる尊主阿閦の成就法を著した,この私の善業によって,私と一切の生類
とが // 32 //
まさに速疾に成覚し,生類を饒益するために法を説き,有情を苦悩から脱せしめんこ
とを。 // 33 //
世尊阿閦の詳細なる成就法で阿闍梨 Dīpaṃkaraśrījñāna がお作りになったものは終
了。
訳し,校閲し,収納した。
本書の示す〈成就法〉も,行者が「欲するところの悉地に達するために事業を実修す
る」(v.28)とあるように,一般的なそれと同じく,行者が尊格との合一を図り,それ
に基づいて〈息災〉以下の四種法に代表される諸悉地の獲得を得ることを述べる。その
一方で,
「この道で成就し諸悪趣から脱した者」(v.31)とあるように,悪趣得脱が本〈成
就法〉の齎す果として挙げられており,当該阿閦を主尊とした死者摂受法がチベットに
おいて編まれ,修された根拠を見て取れる。
さて,阿閦への帰命と本書著述の意を宣する序(v.1)及び廻向偈(vv.32・33)以外が,
〈成就法〉の実修に関わる “本論” に当たっており,『Jetāri 成就法』に一致する記述(下
線部)の中に,観法実修の詳細を明かす補足内容が織り込まれる構成となっている
13。
Bu ston
等が伝える系譜を勘案するならば,Atīśa が師の 1 人である Jetāri に由来する修
法次第を相承し,それを基盤として自らの『十七尊成就法』を著したという推定が,取
り敢えずは可能であろう
14。
措定されている観法の流れを追ってみると,「三昧耶戒を得て灌頂を授かっ」たなど
必要な特徴を備えた行者が,修法に適した場所に座を定めて,型通りに 〈二資糧積聚〉
に対応する観法−七種供養(v.5),四無量観,一切諸法無自性観(v.6)−の後に,種三
尊観によって阿閦を生起し(v.7),更にその周囲を囲繞する四仏,八女尊,及び行者の
意楽に任された四門衛女尊を護方神ともども観想したところで(vv.9
-15),「色究竟天」
へ放った「光明」によって智慧薩埵を招請して行者自身と一体化させた阿閦に合一させ,
灌頂の観想を行う(vv.16
-17)
15。更に,「陀羅尼」―SVDh 所説のそれであろう―の文
字鬘を行者自身と面前の阿閦との間に連ね,その文言を唱えながら行き来させる〈念誦〉
を修し(v.18),再び阿閦への「供養・讃歎等」及び「施食」を行い(v.27),智慧薩埵
の奉送と三昧耶薩埵の収斂を以て観法を締め括る(同)
16。
この観法において先ず注目されるのが,阿閦を主尊とした 17 尊からなる曼荼羅であ
る。中でも “八吉祥を手にした八女尊が主尊の周囲を囲繞する” という在り方は,その
まま『曼荼羅儀軌』が規定する曼荼羅(以下〈阿閦九尊曼荼羅〉と呼称)として造壇,
使用されるのであり,また I で触れたようにチベットに流布して尊崇され,今に残る作
画例も知られている。しかし,II で触れた通り『Jetāri 成就法』では阿閦以外の尊格に
言及しておらず,Atīśa が 9 尊からなるこのようなユニットを如何なる根拠に基づいて
採用したのか,文献典拠の有無も含め今のところ不明である。
また,Atīśa が当該観法を形作る枠組みとして,いわゆる〈四支念誦〉及び「火」以
下の三禅定に言及している(vv.25
-27)点も特徴的である。既に周知の通り,これらは
所作及び行タントラ階梯の観法において実修されたものであって,それが瑜伽タントラ
階梯と目された当該〈成就法〉へどのように組み込まれ,如何なる形態で具体化された
のかは明らかでない。
先に述べた文字鬘を用いる〈念誦〉がその一部を構成していることは予想され,また
「言葉と小声」による念誦に言及があることから(v.26),念珠を繰りながら真言を唱え
る一般的な〈念誦〉も行われるであろうが,それらの次第順や用いられる真言の内容等,
全く不詳である。
〈四支念誦〉や三禅定等を用いるのは『Jetāri 成就法』より引き継いだ仕方と考えられ
るので Atīśa 独自の工夫では無かろうが,筆者が調べた限りでは Jetāri に帰される他の
成就法等においてそれらは用いられておらず,彼の意図や想定していた儀礼像も明らか
になし得ない。
現時点で言えることは,当該観法が瑜伽タントラ階梯のそれより一段階古い仕方を意
識して構成されている(或いは構成しようとしている),ということのみであり,しか
もその背景に有った筈の創案者−伝承に従えば Jetāri −の意図もまた残念ながら不明で
ある
17。
ただ,“当該『成就法』2 書が所作タントラ・行タントラとの関わりを有する” という
点から見た時に注目すべきであるかと思われるのが,「Sa skya 派流儀の所作・行タント
ラに一致する阿閦(Mi ḥkhrugs pa bya spyod daṅ mthun pa Sa lugs)」という流儀である。
これも『Bu ston 聴聞録』に記された系譜の一つから知られるもので
18Ka che Ye śes rdo rje→lo chuṅ Grags ḥbyor śes rab→Sa chen(Kun dgaḥ sñiṅ po)・・・
と次第して中に Jetāri,Atīśa の何れをも含まない,その意味でも〈Atīśa 流の阿閦〉と
は異質の系統である。しかし所作・行両タントラの仕方で阿閦の行法を構築する在り方
が存在したという事実は,
『Jetāri 成就法』の創案において source となり得るものがあっ
たことを示しており,阿閦の密教上の展開が見在文献からは窺い知れない形でインドに
おいて存在したのかも知れない
19。
Atīśa
が著した今一方の成就法である『五尊成就法』では,〈四無量観〉等を修習した
後に〈種三尊観〉によって生起した阿閦を行者自身として観想し,それに「面前か頭頂
に観想した」阿閦を融化させ,四方に四仏を観想し,「供養・讃歎・念誦」や「施食」
を行う,という一般的な〈成就法〉の枠組みが説かれ,それを「4 更」に修することで
希望の事業を成就すべきである,という主旨が述べられている。
更に,〈四支念誦〉・三禅定への言及や悪趣浄化への志向を示す文言が無く,また “八
吉祥を手にした八女尊” の観想も含まれないため,ここで規定されている仕方は “瑜伽
タントラ階梯の仕方に則った阿閦の成就法” の枠内に収まる標準的なものである。
(2) 『曼荼羅儀軌』
本書は曼荼羅を用いた諸儀礼の略規定集と言うべきものであり,以下が全体の試訳で
ある :
世尊阿閦に敬礼致します。
真実をお説きになる方を拝礼し,曼荼羅儀軌を書き著そう。// 1 //
事業が有りながら事業のための儀軌が無い時には,その場合,賢者は共通の諸タン
トラでお説きになっている[内容]に依拠する。// 2 //
三千五百の曼荼羅に共通する儀軌を釈説しよう。// 3 //
意に叶った諸住処において他者の饒益に邁進する真言の達人は悲愍と共に灌頂され
る。// 4 //
数か,或いは時か,予兆か[で判断されるまで]親近を定められた通りに行った者は,
地儀軌を定められた通りに行うべきであり,尊格及び瓶の準備も[また同様に行う
べきである]。// 5 //
生死何れでもよい弟子に清浄なる 7 種と帰命,発心を授けるべきであり,歯木と梵
線とクシャ草[をも与えるべきである]。// 6 //
説法は行っても良いが,圧伏と暴悪の事業,浄化と加持は行う必要が無い。// 7 //
四角と四門を墨打し,その中央に 1 ハスタの八葉蓮華を描くべきである。// 8 //
曼荼羅の残余[の部分]は任意の大きさで描け。更に様々な[荘厳具]や,細かな
[荘厳具]と共に念誦者は曼荼羅を描くべきである。// 9 //
外側にはただ一つの一重の墻を描くべきである。[更に]曼荼羅の全てを円形とす
べきである。// 10 //
続いて[各々の]角隅に諸防護尊と望みの諸尊を描くべきである。各別の真言[を
用い]次第に随って,次に招請すべきである。// 11 //
諸尊主の心呪によって,その後で供養すべきである。その上に満瓶[及び]資具を
儀軌通りに安置すべきである。// 12 //
その一切羯磨者の曼荼羅は秘密であり,秘密主がお説きになったものである。この
曼荼羅を全て描いてから,悉地一切の成就と,// 13 //
灌頂を,成就者は他ならぬこれらの曼荼羅において行うべきである。供養等の一切
もタントラで説明されている通りに行うべきである。// 14 //
と[以上のように]説明されているので
20,ここでの違いは[以下の通りである。
即ち]中央には大きな金剛杵を描くべきである。// 15 //
八葉には八吉祥[を描くべきであって],東には śrīvatsa と法輪であり,南には蓮
華と幢の 2 つ,西には傘蓋と瓶であり,北には法螺貝と魚を描くべきである。[更
には]橛,墻,網を置くべきである。// 16 //
防護は根本真言か,或いは彼の[主尊の]心呪によって行うべきである。// 17 //
幔幕・幡・尊像等や供物,施食物等を並べるべきである。5 種の穀類・薬種・宝を
入れた瓶をその中央に安置すべきである。// 18 //
沐浴し法衣を身に着けた金剛阿闍梨は,等至して,自分と住処と瑜伽行者を防護す
べきである。// 19 //
Śaṃ
によって一切が空である状態より,Vaṃ 或いは Bhrūṃ より宝楼閣を[生起し],
その内部にある蓮華・月輪の中央に世尊阿閦を生起してから,// 20 //
八葉蓮弁に 8 体の女尊,[即ち]持蓮華女・具光女・具彩女・無垢女であり,[順に]
白・赤・青・緑であって,// 21 //
śrīvatsa・蓮華・傘蓋・法螺貝[を持っているが,それら諸尊]を,[順に]東・南・
西・北の諸方に観想すべきである。// 22 //
作怖女・瑜伽女(rNal ḥbyor ma ; rNam rgyal ma の誤伝 ?)・白輝女・智慧女は,[順
に]白・青・桃色・緑色であって輪宝・幢・瓶・魚[を持つ姿として],東南・南西・
北西・北東に観想すべきである。// 23 //
[諸尊]全てが結跏趺坐し月輪の後背を備え宝石で飾られ,左[手]は全て腹部に
安んじられる。 // 24 //
八吉祥女の真言は[次の通りである : ]Oṃ maṅgalaśriyaṃ janmaja Svāhā / Oṃ
maṅgalapadma Svāhā / Oṃ maṅgalacchatra Svāhā / Oṃ maṅgalaśaṅkha Svāhā / Oṃ
maṅgalacakra Svāhā / Oṃ maṅgaladhvaja Svāhā / Oṃ maṅgalakalaśa Svāhā / Oṃ
maṅgalamatsya Svāhā // 25 //
[智慧薩埵の]招請,[同尊と三昧耶薩埵との]融化,及び供養と讃歎を行うべきで
ある。その胸の月輪に秘密真言を縁じて可能な限り念誦してから,供養し讃歎して
から,施食を施すべきである。// 26 //
沐浴を終えて集まった弟子達をその曼荼羅の前に[住せしめ],清浄なる七種と帰命・
発心を彼等に授けるべきである。// 27 //
死者の場合には威嚇と散布,及び資材があれば護摩を行うべきである。続いて瓶灌
頂を[次の偈を唱えながら]授けよ。// 28 //
これは布施を本性とする水であり,慳貪の垢を浄化なさり布施なる妙香の巧みな塗
布によって洗浴を巧みになさる方に敬礼致します。// 29 //
同様に六波羅蜜に関して[偈による灌頂を行い]
21,生者[の場合には]8 種の吉祥物
を描くべきである。‘rakṣa’ によって
22防護すべきであり,‘apanaya’ によって
23洗浴す
べきである。// 30 //
仏塔の善住[及び]塼仏の作成[においても]悪しき者を退け,この事業を行うべき
である。// 31 //
これは如意宝珠のように頂髻に授けるに相応しい。この甚深にして広大な御教令は,
王のように親しみがたいものであるが,親しんだならばそれと同様に最上の功徳と
いう富を与えてくれる。// 32 //
これを著したことによる善根により,悪趣者達が浄化され解脱道を成就し,一切者
が幸福を目の当たりにせよかし。// 33 //
阿闍梨 Dīpaṃkara が著された曼荼羅儀軌は終了。
そのパンディタ自身と翻訳官 Rin chen bzaṅ po とが翻訳したものである。
Atīśa
は儀礼の説示に先立ち,以降で示すそれの基本性格について述べ,修するべき「事
業(las ; *karman)が有りながら」それを実践する「儀軌が無い時に」用いることの出
来る「三千五百の曼荼羅に共通する儀軌」である,とする(vv.2
-3)。
「三千五百の曼荼羅」という表現は Guhyatantra の「序品」に見られ
24,同経が視野に
収める曼荼羅全てを意味する表現であり,また「賢者」が「依拠する共通の諸タントラ」
とは同経の他に Susiddhikaratantra や Subhāhuparipṛcchātantra などが想定されるので,
以下で纏められる次第は,Atīśa にとって “所作タントラに基づくあらゆる曼荼羅” に共
通して用いることの出来る儀則ということになる。
さて,好みの場に座を占めた「他者の饒益に邁進する真言の達人」たる行者は「親近」
の観想を繰り返し修習するが(v.5),如何程まで行い続けるかの判断基準として「数」,
「時」,
「予兆」を挙げる点は『十七尊曼荼羅儀軌』及び『Jetāri 成就法』と共通している。
「親近」の成満が判断されると,続いて「地儀軌」,「尊格及び瓶の準備」を「定めら
れた通りに行」ってから(vv.4
-5),儀礼に参画する弟子の準備に相当する〈弟子受認〉
に進むが,その際に対象となるのは「生死いずれでもよい弟子」であるという(v.6)。
言うまでもなく曼荼羅儀軌は曼荼羅に関連する諸儀礼の複合的マニュアルであり,中
にはそれを場とした灌頂も含まれるが,死者を弟子として摂受し灌頂を授ける仕方がイ
ンド密教における葬送儀礼の一典型であることを考慮すれば
25,Atīśa が本儀軌に死者
儀礼としての性格を与えていたことは明らかであろう。一方で,このような性格を本儀
軌に想定することによって,〈弟子受認〉において「行ってもよい」という「説法」,及
び不要であるという「圧伏と暴悪の事業,浄化と加持」の内容が,それぞれ “弟子とし
ての死者に資糧道∼無学道の如き進み行くべき在り方を説き示すこと”,“障礙魔の翻
退”,“罪悪の浄化” のように推定することが可能となる
26。
〈準備〉を終えた弟子と共に行者(阿闍梨)は曼荼羅を描き供物や瓶等を揃えて,「悉
地一切の成就」を図る修法や灌頂等を行うのであるが,この曼荼羅が(1)で述べた通
り主尊阿閦を八女尊が囲繞する〈阿閦九尊曼荼羅〉である。八葉蓮華の中央には「金剛
杵」を,周囲の各葉には ‘śrīvatsa’ から「魚」までをそれぞれ描くもので(vv.15
-16),
三昧耶形の曼荼羅が築かれる。
ここで行者は各尊の尊容を観想して三昧耶薩埵を生起したところで(vv.20
-25),智
慧薩埵を「招請」し三昧耶薩埵と一体化させて「供養と讃歎」,
「念誦」等を行い(v.26),
更に〈弟子引入〉に対応する諸儀礼を弟子に対して修する(v.27)。
本書で示される灌頂は「瓶灌頂(bum paḥi dbaṅ bskur)」のみであるが,六波羅蜜各々
に灌水を関連付ける偈を唱える仕方が取られ,また灌水ののち弟子に八吉祥を「描く」
という(v.30)。一方で,死者儀礼としての側面を考える上で注目されるのが,灌頂に
先立って「威嚇(brdeg)と散布(brab pa),及び資材があれば護摩を行うべきである」
という規定であって(v.28),灌頂を葬送儀礼として行う際にこれら 3 種の実修を要す
るということを意味しよう。
ならば,「威嚇」は死者に害を為そうとする障礙を退ける,前述の “障礙魔の翻退” と同
一の儀礼を行うものであり,「撒布」は死者の罪悪を浄化する目的の儀礼で,真言を唱
えながら白芥子の種子等を撒布するものである可能性がある
27。
また「護摩」は,下掲『護摩儀軌』に記された「罪悪を浄化する羯磨」である「特別
な羯磨として行われる」護摩がこれに相当する可能性が有り,具体的には「胡麻と白芥
子の 2 種を百回か,千回か,万回燃やす」ことである。
(3) 『護摩儀軌』
本書も先ず全体の試訳を示しておきたい :
世尊阿閦に敬礼致します。
大いなる護摩の次第は,大曼荼羅の中央に円形で 2 ハスタの火爐を作るべきであり,
4
隅と 4 門とトーラナを描け。或いは描かれなくても宜しい。// 1 //
壇木が積まれ,焼施物が集められるべきである。供物やバリ等が揃え置かれるべき
である。天蓋が広げられた地面に安楽な座具[を敷き,その]上に座して修習すべ
きであり,しっかり資具に洒水されるべきである。// 2 //
燃え立った火に生起される天は Raṃ 字より[変わった]火天[であって,]聖仙[の
姿を取り]念珠と軍持を手に持っている。[そこで,次のように唱えて智慧薩埵を
招請する : ] // 3 //
ここへおいで下さい,ここへおいで下さい,大いなる精霊にして,火天の王である
最高のバラモンよ。満杓や御食物を受納なさるために,炎の座にお着き下さいます
ように。〈Oṃ agnaye jvalāya Jaḥ Hūṃ Vaṃ Hoḥ〉 // 4 //
[ 三 昧 耶 薩 埵 に 智 慧 薩 埵 を ] 無 二 で あ る よ う に 溶 け 込 ま せ た と こ ろ で〈Oṃ
vajrayakṣa Hūṃ〉と[唱えながら]洒水し,酥油の満杓を奉献すべきであり,供養・
讃歎・焼施物を順に奉献すべきである。次に供養と讃歎[行い,]火天はお帰り頂
くか,炎の姿に[溶け込んだと観想する]かである。// 5 //
次に蓮華[上の]月輪に,信心と三昧耶と共に[次を唱えながら世尊を招請する : ]
ここへおいで下さい,ここへおいで下さい,世尊よ,ここで自身に供物を受納なさっ
ても供養で自らお悦び下さい。〈Oṃ vighnāntakṛt Hūṃ Phaṭ〉 // 6 //
金 剛 合 掌 を 結 び 両 食 指 を 広 げ 伸 ば し[ た 印 を 結 び 次 を 唱 え る : ]〈Oṃ
tathāgatodbhavāya Svāhā / Jaḥ Hūṃ Vaṃ Hoḥ〉 // 7 //
供養と讃歎とを行ってから,酥油,小麦,マーシャ豆,酪,薬草,ドゥールヴァー草,
クシャ草,壇木,華,胡麻,白芥子等を燃やすべきであり,一切を断滅真言と共に
行うべきである。// 8 //
特別な羯磨として行われる時には,胡麻・白芥子の 2 種を百回か,千回か,万回燃
やすべきであり,[これは]罪悪を浄化する羯磨が示された。次に,供養し讃歎し
バリを与え,廻向し堪忍をお願いして[曼荼羅諸尊]奉送する。// 9 //
[続いて]残余の供物を火天に奉献し,供養し讃歎し堪忍をお願いし,[次のように
唱えて]奉送する :
貴方はあらゆる有情利益をなさいました。相応しい悉地をお授け下さい。仏国土に
お帰りになっても,再びおいでくださいますようお願い致します。// 10 //
残余[の資具]を集めて ‘A
-kāra’
28を念誦し,著名な吉慶讃を唱える。// 11 //
火によって浄化された摩尼宝の如き自身[の守護尊]の頂髻に敬礼致します。// 12 //
Dīpaṃkaraśrījñāna
の著された護摩儀軌は終了。
「護摩儀軌」の中には〈四種法〉の儀則を纏めて説いているものも多いが,火爐が「円
形」と限定されているため(v.1),ここでは〈息災護摩〉のみを意図しているものと考
えられる。先に触れた「罪悪を浄化する羯磨」への言及(v.9)も,それと符合する。
火爐及び供物・資具等の準備に続き,行者は供養対象の尊格を観想して焼施を修する
が,その際の「火天」(vv.3
-5)→「世尊」(vv.6
-9)→「火天」(v.10)と推移させる仕
方は,《世間的火天の護摩→出世間的火天の護摩→世間的火天の護摩》という枠組みに
一致する。これは Abhayākaragupta による護摩儀軌 Jyotirmañjarī など無上瑜伽タントラ
階梯に配される多くの護摩儀軌で採られている,言わば護摩の標準形式の 1 つと目され
るものであるが,〈荼毘護摩〉での使用例も確認されことから
29,“死者罪悪の浄化” の
方途の 1 つとして受容されていたことが分かる。
更に “罪悪の浄化” との関わりという点で注目したいのが,焼施の一切を「断滅真言
(rgyun gcod sṅags)」を唱えながら行う(v.8)という点である。同真言は SKV の略称
と目されるが
30,その念誦により「次から次へと連続してきた業の一切が清浄となり」
堕地獄者も脱出し得るなど,主に業障払拭と悪趣脱出・善趣往生に関わる功徳に関連付
けられている。従って,そのような性格を有する「真言」を専ら用いるこの護摩も,同
様の果の獲得が実修目的に含まれているものと考えられよう。
IV お わ り に
以上「チベット大蔵経」所収の〈Atīśa 流の阿閦〉関連文献のうち,Atīśa に帰される
3
書について試訳を提示し,併せて死者儀礼との関わりに目を向けつつ特徴の一端を明
らかにした。
短編であるうえに殆どが偈頌であるという資料上の制約から,阿閦を主尊とする儀礼
を細部に到るまで再構成するには到らず,所作・行タントラ的実践体系である〈四支念
誦〉がどのように組み込まれていたのかも判然としない。またこの他にも,曼荼羅にお
いて阿閦を囲繞する八吉祥女尊の典拠など不明のまま残っている事柄は多い。
しかし一方で,『十七尊成就法』が『Jetāri 成就法』のほぼ全体をその内部に組み入れ
ており,後書を敷衍する形で前書が著されたと推測可能であること,更には『曼荼羅儀
軌』及び『護摩儀軌』それぞれの記述に死者の罪悪浄化,後生安楽の意図を看取し得る
ことなど新たに知り得た知見も幾つか存在する。
これらの諸点を踏まえて,今後は I で触れたチベットにおける展開の経過を追うこと
により,インドからチベットへと流伝した〈Atīśa 流の阿閦〉に関わる文献と儀礼の全
体像を解明することが課題となろう。
参照文献
(括弧内は本稿使用の略号)Dhyānottarapaṭalakrama Toh 808 ; Ota 430. 『中大甘』Vol. 96, pp. 738-747.
Sarvamaṇḍalasāmānyavidhīnām Guhyatantra (Guhyatantra)Toh 806 ; Ota 429. 『 中 大 甘 』Vol. 96, pp. 509
-582.
『蕤呬耶経』 Tai 897. 『大正蔵経』Vol. 18, pp. 760-773.
『抜済苦難陀羅尼経』 Tai 1395. 『大正蔵経』Vol. 21, p. 912.
Atīśa Ratnakaraṇḍodghāṭa-nāma-Madhyamakopadeśa (Ratnakaraṇḍodghāṭa) Toh 3930 ; Ota 5325. 『中大
丹』vol. 64, pp. 287-341.
ḥJam dbyaṅs Blo gter dbaṅ po rGyud sde rin po che kun las btus paḥi thob yig de bshin gśegs pa thams cad kyi
gsaṅ ba ma lus pa gcig tu ḥdus pa rDo rje rin po cheḥi za ma tog ches bya ba(『Blo gter dbaṅ po 聴聞録』),
rGyud sde kun btus vol. 30, N. Lungtok&N. Gyaltsan, Delhi, 1972.
Bu ston Rin chen grub bsTan bcos ḥgyur ro ḥtshal gyi dkar chag Yid bshin gyi nor bu dbaṅ gi rgyal poḥi phreṅ
ba shes bya ba. (『Bu ston テンギュル目録』) Toh 蔵外 5205.
─ Bla ma dam pa rnams kyis rjes su bzuṅ baḥi tshul bKaḥ drin rjes su dran par byed pa. (『Bu ston 聴聞 録』) Toh 蔵外 5199.
ギーブル,ロルフ 『抜済苦難陀羅尼経』雑考,『東方学』第 86 号,平成 5 年 7 月,pp. 145-156.
桜井宗信(1) 『インド密教儀礼研究 後期インド密教の灌頂次第』,法蔵館,平成 8 年 2 月.
─ (2) 「Bu ston の示す死者儀礼(1)─ dPal mchog rDo rje sems dpa’i sgo nas tha ma’i dus la bab
pa rnams rjes su ‘dsin pa’i cho gaを中心に─」,『日本西蔵学会々報』第 57 号,平成 23 年 7 月,pp. 1-16(横組).
─ (3) 「Bu ston の示す死者儀礼(2)─ Mi ‘khrugs pa’i cho ga la brten nas ro’i sbyin sreg gi cho ga を中心に─」,『日本西蔵学会々報』第 59 号,平成 25 年 10 月,pp. 27-43(横組).
羽田野伯猷(1) 「密教者としてのアティーシャ」,『羽田野伯猷チベット・インド学集成 第三巻 インド篇 I』,法蔵館,昭和 62 年 5 月,pp. 182-218.
─ (2) 「菩提心法者としてのアティーシャ」,『同』,pp. 219-236.
宮坂宥勝 「チベット文護摩次第(Tibetan Texts of Homavidhi)」,『インド古典研究 II』,成田山新勝寺,昭 和 47 年 5 月,pp. 207-300.
※『中大甘』 『中華大蔵経 甘珠爾』,中国蔵学出版社. ※『中大丹』 『中華大蔵経 丹珠爾』,中国蔵学出版社.
註 記
1. 〈Atīśa 流の阿閦〉という表現の典拠について諸先学による言及は無いように思われるが,筆者が今 までに知り得た限りでは『Bu ston 聴聞録』第 21 章 : 64a4における ‘Mi ḥkhrugs paḥi dbaṅ bkaḥ Jo bo lugs’が最も古い例である。
2. [桜井(3): 28]. 3. [羽田野(1): 193-194].
4. 『Bu ston テンギュル目録』: 60a1-4
.
なお「チベット大蔵経」には更に bCom ldan ḥdas Mi ḥkhrugs paḥi sgrub paḥi thabs[Toh 2658 : Ota 3482]なる 1 書が収載されているが,著者・訳者の記載を欠きまた『Bu ston テンギュル目録』にも言 及がなく,その来歴は不明である。内容構成も『五尊成就法』の v.7 までに『十七尊成就法』vv.25-28,30 に概ね相当する偈を付加した形であって,両書の単なる合成の結果に見えるものである。このような事情 により同書を本稿では考察対象に含めず,取り扱いを保留した。 5. 以下本『十七尊成就法』及び『曼荼羅儀軌』,『護摩儀軌』の試訳を順に提示するが,これらは本稿 添付【資料編】所掲のチベット語訳校訂テクストに基づくものである。 この『護摩儀軌』については,既に[宮坂 : 248-249]においてテクストが発表されているけれども, Co ne版が参照されていないほか偈頌の通し番号が付されていないなど,筆者の整定方針と異なる点が あるため,独自の新たなテクストを本稿に収載した。
6. この一節は,本観法を用いて「瓶や祀堂等(bum pa mchod rten la sogs)」の開眼作法(pratiṣṭhā)を修 することを述べているものと解されよう。文献[4]ではその短い記載の中で,特に “瓶に阿閦を生起し その瓶水で洗浴する” という儀礼を示しており,瓶の使用が本流儀において特に重視されていたことが窺 われる。 7. この斜体部は Dhyānottarapaṭalakrama : p. 741,l.4 に対応表現を見出せる。なおこれは[酒井 : 234] 所掲 v.30 の第 1 パーダに相当する。 8. Dhyānottarapaṭalaṭīkā に基づき Buddhaguhya の〈四支念誦〉に関する解説を纏めた[酒井 : 34]を参 照するならば,この場合の「四支」は,面前に観想した主尊阿閦・行者自身・行者の心上に観想した月輪・ 月輪上の真言鬘を,「三所縁」は「四支」から行者自身を除いた 3 種を,それぞれ意味しているものと 考えられる。
を「自利」に位置付けることを Atīśa が意図している可能性も有り,簡単には誤記・誤伝と判断し得な いであろう。 10. 「親近」を「数・時・予兆」で規定する仕方は『曼荼羅儀軌』v.5 でも確認されるが,これらが具体 的に何を指しているのかは実のところ判然としない。今のところ “親近成満の条件” と見做し,順に実 修回数・実修時間・実修成就を知らせる予兆を意味しているものと考えている。 11. 「火」以下の「声を出さない」三禅定は,Dhyānottarapaṭalakrama : p. 741, ll.16-17([酒井 : 235]所 掲 v.36 第 1∼3 パーダ)に見られる「真言の悉地を授ける火に住する禅定」,「瑜伽を授ける声に住する 禅定」,「声の後に解脱を授ける禅定」に対応するものであろう。
12. 『Jetāri 成就法』における対応箇所(v.14)では「声の後で解脱を与える(sgra mthar thar ba ster bar byed)」とあり,より三禅定の枠組みに沿った表現となっているが,これと『十七尊成就法』中の読み とを共に満足させるような梵原文が,今のところ筆者には想定し得ないため,訳文はテクスト通りとし た。 13. 『Jetāri 成就法』及び『十七尊成就法』に〈四支念誦〉への言及が含まれていることは,既に[酒 井 : 33-34]において指摘されているが,前書の記述の殆どが後書に含まれていることについては触れ られていない。
14. Bu ston は「阿閦の灌頂及び陀羅尼,Dsai ta ri が著された成就法と曼荼羅儀軌を聴聞した(Mi ḥkhrugs paḥi dbaṅ daṅ gzuṅs daṅ / Dsai ta ris mdsad paḥi sgrub thabs daṅ / dkyil mchog thos)」系譜として 『Bu ston 聴聞録』第 21 章 : 64a6-b1において以下のように記している :
Saṅs rgyas − Dsai ta ri − gSer gliṅ pa − Jo bo rje − lo tsā ba Rin bzaṅ − rKyaṅ po Chos blo − rKyaṅ po Shaṅ khri− gÑal pa sGog ston − ḥKhun ston gShon − Roṅ pa dKon mchog ḥbar − mkhan po dBaṅ rin− Sa phug pa − dBus pa Saṅs rgyas ḥbum − bla ma thams cad mkhyen pa Chos ḥod − bla ma ḥPhags pa ba− Bu ston
この系譜によれば Jetāri による阿閦儀礼は,Atīśa の師の 1 人として著名な gSer gliṅ pa 即ち “Suvarṇadvīpa の Dharmakīrti” を介して彼に伝わったことになる。しかし彼の著作である Ratnakaraṇḍodghāṭa におけ る「私の上師である偉大なバラモン Jetāri[即ち]Dgra las rgyal ba は雌虎に足を切って与えたことによ り,その時に亡くなった(bdag gi bla ma bram ze chen po Dse tā ri dGra las rgyal bas stag mo la rkaṅ pa bcag nas byin pas dus de ñid du ḥdas so ; p. 314, ll.7-8)」という記述は,Jetāri が彼の直接の師であったこ
とを示している。その一方で〈Atīśa 流の阿閦〉に関連する他の相承系譜の中には gSer gliṅ pa を冒頭に 置き,Jetāri からの相伝に言及しないものも存在する(例えば『Bu ston 聴聞録』第 21 章 : 64a3-4
)。な お gSer gliṅ pa と Atīśa の関係については[羽田野(2): 229-231]に詳しい。
本文中で述べた通り『十七尊成就法』と『Jetāri 成就法』との依存関係は確かと思われる。しかし, 後書の著者が顕教上の Atīśa の師と同一人物である Jetāri であると見做す以外に,その他の可能性−例 えば “gSer gliṅ pa と Jetāri とが同一人物である” といった他の可能性が全く無いとは言えない。 また上記「曼荼羅儀軌」(下線部)は文脈上 ‘Dsai ta ri’ が阿閦を主尊として著したそれの筈であるが,
『Bu ston テンギュル目録』にもそのような典籍は収載されておらず,Bu ston が Atīśa によるそれを誤 記した可能性があろう。 なお上記のような Ratnakaraṇḍodghāṭa に Jetāri に関する記述が存在することは苫米地等流博士より御 教示頂いた。この場を借りて厚く御礼申し上げます。 15. この観想を行う際に用いる印及び真言を示しているのが vv.20・21 と考えられる。 16. ここで v.17 の記述をも勘案すると,行者,阿閦の三昧耶薩埵,同智慧薩埵という 3 種を一体化する観 想の順序を巡って 2 種のやり方が有り,1 つは①三昧耶薩埵の観想→②智慧薩埵の観想→③行者自身と三 昧耶薩埵の一体観→④ 2 種薩埵の合一であり,今 1 つは②と③の順を入れ替える仕方である。後者の仕 方は『Jetāri 成就法』の対応部に見られるものであるため,Atīśa は相伝した説を自説より従属的に扱っ た可能性がある。 17. 三禅定の最後に置かれる「声の後に解脱を与える禅定」に類似する記述が v.30 に見られ,成就者が「諸
悪趣から脱する」ことに留まらず解脱・成覚をも得べく,三禅定の枠組みが用いられたと考えることは可 能である。しかし得脱に到り得るという方途は,言うまでもなく瑜伽タントラ階梯にも存在していること からすれば,この点のみを以て〈四支念誦〉・三禅定実修の根本的意図とは見做し得ない。 また “当該成就法が瑜伽タントラ成立以前の古い観法をそのまま引き継いでいることの表れ” と考えた 場合,本来完結していた次第に二薩埵合一という新たな要素を組み込んだ意図を別に考えなくてはならな いであろう。
18. 『Bu ston 聴聞録』第 21 章 : 65a3-5.
19. rGyud sde kun btus 及び sGrub thabs kun btus 所収の関連儀軌は,何れも所作タントラ階梯に配されて いる。両叢書の編著者である ḥJam dbyaṅs Blo gter dbaṅ po の伝える相承系譜には Jetāri,Dharmakīrti, Atīśaの何れもが名を留めているので,Ṅor 寺における伝承では〈Atīśa 流の阿閦〉を瑜伽タントラ所属 とは見做さなかった可能性もある。『Blo gter dbaṅ po 聴聞録』: 16b6-17b2を参照。但し当該諸「関連儀軌」 が〈四支念誦〉等を用いているわけではない。
なお,これらチベットにおける〈Atīśa 流の阿閦〉関連文献に関しては稿を改めて紹介する予定であ るので,これ以上の言及は控えておく。
20. ここでの「と説明されているので(shes bśad pas)」という表現により,それ以前の部分が直接的引 用の可能性も含め,何らかの典拠に基づく記載と考えられる。更に,続く「ここでの違い」という表現 を “ここで用いる阿閦を中尊とする曼荼羅における他とは異なった特徴” と理解するならば,その “典拠” は,「三千五百の曼荼羅に共通する儀軌」と言い表され,筆者が本節で述べた「あらゆる曼荼羅に共通し て用いることの出来る儀則」に類するものということになろう。但しそれが具体的に何という文献なのか, また v.14 までのどの部分が典拠内の文言であるのかは不明である。
21. ここで用いられる「六波羅蜜に関する」偈とは,Bu ston による死者儀礼文献(Toh 蔵外 5132)を参照 することにより,v.29 及び同偈の「布施」に換えて戒・忍辱・精進・禅定・般若を挿入し,それと同順 で「慳貪」に換えて破戒・忿怒・懈怠・散漫・邪慧を挿入して構成した計 6 偈を意味するものと考えら れる。[桜井(2): 5-6]を参照。
22. ‘rakṣa は,真言 ‘Oṃ vajrarakṣa Hūṃ’ を指すものと推定される。
23. ‘a pa na ya’ は,灌頂の〈弟子受認次第〉において漱口の際に用いる真言 ‘Oṃ Hrīḥ viśuddhadharma sarvapāpāni cāsya śodhaya sarvavikalpān apanaya Hūṃ’と推定される。Vajrāvalī 及び Kriyāsaṃgraha の例 について[桜井(1): 448[8], 499[4]]を参照。 24. Guhyatantra : p. 509, ll.10-12.『蕤呬耶経』: p. 760c10. 25. このことに関しては[桜井(2): 8]で触れた。 26. 「説法」は[桜井(2): 6-8]で述べた「道の浄化・説示」に対応し,「暴悪の事業,浄化と加持」は[同 : 4-6] で述べた「障礙魔の排除」及び「罪悪の浄化」に対応するものと推定している。 27. [桜井(2): 5]で述べた「華を混ぜた白芥子等の,真言念誦を伴った撒布」に対応するものと推定し ている。
28. ‘A-kāra’は,真言 ‘Oṃ A-kāro mukham sarvadharmānām ādyanutpannatvāt’を指していよう。
29. [桜井(3): 34-36]及び[同 : 42 註(18)]を参照されたい。
30. [羽田野(1): 194]において言及がある通り,Bu ston は SKV を Las kyi sgrib pa thams cad rgyun
gcod par byed paḥi gzuṅsと呼んでいる。例えば『Bu ston テンギュル目録』: 60a1-(本稿 II 冒頭部で引用)2 を参照。なお[桜井(3): 41 註(6)]では本稿 II 所掲文献[1]∼[6]には SKV との関わりを窺わせ るような記述が存在しない旨記したが,訂正させて頂く。 更に,[桜井(3): 28]ではこの SKV と阿閦との関わりが不明であるとの趣旨を述べたが,SKV の 呪句と同一の「陀羅尼」を説く『抜済苦難陀羅尼経』: p. 912b23-25 が同句を「不動如来」(すなわち阿閦) の所説と述べており,同経を介しての間接的なものではあるが両者間に連関を措定する証左と言える。 『抜済苦難陀羅尼経』及び同経と阿閦との関係については[ギーブル : 148-155]を参照した。
【資料編】
○以下では,本編 II で言及した〈Atīśa 流の阿閦〉関係 6 書のうち,[5]を除いた 5 書のチベット語訳校 訂テクストを提示する。整定に際しては sDe dge 版(D)を底本とし,Co ne 版(C),sNar thaṅ 版(N), Peking版(P)の 3 版を対校した(括弧内は註における略号)。
○各版の参照箇所は次の通りである :
(1) 『十七尊成就法』 C 322b3-324a2; D 306b5-308a2; N 320b2-322a5; P 337a3-338b6. (2) 『五尊成就法』 C 324a2-b1; D 308a2-7; N 322a5-b5; P 338b7-339a7.
(3) 『曼荼羅儀軌』 C 324b1-325b6; D 308b1-309b3; N 322b5-324a6; P 339a7-340b7.
(4) 『護摩儀軌』 C 327b6-328b1; D 311a7-b7; N 326b3-327a5; P 343a4-b7. (5) 『Jetāri 成就法』 C 326a7-327a5; D 310a3-b6; N 324b7-325b7; P 341b1-342a8.
(1) 『十七尊成就法』
rGya gar skad du / Akṣo bhya1 sā dha naṃ nā ma2 / Bod skad du / Mi ḥkhrugs paḥi sgrub thabs shes bya ba / bcom ldan ḥdas Mi ḥkhrugs pa la phyag ḥtshal lo //
Mi ḥkhrugs pa la phyag ḥtshal te // de yi sgrub thabs bri bar bya // 1 // dal ḥbyor theg chen rigs can3 daṅ // sñiṅ rje śes rab yon tan daṅ4 // byams daṅ sñiṅ rje ldan pa daṅ // dad ciṅ bla ma la gus pas // 2 // skyabs su soṅ shiṅ sems bskyed pa // dam tshig sdom ldan dbaṅ thob pas // las daṅ cho ga śes nas ni // dgon paḥi gnas daṅ groṅ gi mthar // 3 // las bya bde baḥi stan ḥdug nas // khrus byas gtsaṅ maḥi gos can gyis // raṅ lhar gsal baḥi thugs ka ru // padma zla baḥi steṅ du Hūṃ // 4 // de nas ḥod zer ḥphros pa yis // bla ma daṅ ni Mi bskyod pa //
spyan draṅs mdun du bshugs pa la // bdun po rnam par dag par bya // 5 // tshad med bshi daṅ daṅ ldan par bsgom // chos rnams5 thams cad dṅos med par // sems kyis bsgom par byas nas ni // Bhrūṃ6 daṅ Paṃ las sna tshogs bsgom // 6 // A las zla baḥi dkyil ḥkhor bsam // raṅ gi sa bon dbus bsams nas //
dam tshig dag daṅ phyag rgya dag // bsam shiṅ de bshin ñid du sbyar // rnal ḥbyor pas ni bsgrub par bya // 7 //
lha yi rnal ḥbyor tshul du bsgyur // shal gcig phyag gñis sku mdog sṅo // g-yon pa mñam gshag rdo rje daṅ // g-yas pa7 sa gnon tshul can no // 8 //
rgyan daṅ ldan par raṅ ñid bsgom // thugs kar pad zlaḥi steṅ du ni // de steṅ raṅ gi sa bon daṅ // phyag mtshan phyag rgyas byin gyis brlab // raṅ ñid Mi ḥkhrugs par bsgoms nas // saṅs rgyas bshi po phyogs daṅ bstun // 9 // raṅ raṅ phyag rgya ldan par bsgom // Hūṃ las ḥod ḥphros padma8 yi //
ḥdab ma brgyad la lha mo brgyad // phyag mtshan brgyad las sku bskyed do // 10 // rtsa sṅags brgyad po brjod pa las9 // dri zaḥi phyogs su Padma can //
sku mdog dkar mo dpal beḥu bsnams // 11 //
me yi phyogs su ḥJigs10 byed ma // sku mdog dkar mo ḥkhor lo bsnams //
gśin rjeḥi phyogs su rNam rgyal ma // sku mdog sṅon mo rgyal mtshan bsnams // 12 // bden bral phyogs su mDaṅs ldan ma // sku mdog sṅon mo gdugs bsnams pa // klu yi phyogs su Ḥod ldan ma // sku mdog dmar skya padma bsnams // 13 // rluṅ gi phyogs su dKar śam ma // sku mdog dmar skya bum pa bsnams //
gnod sbyin phyogs su Dri med ma11 // sku mdog ljaṅ gu ḥbud duṅ bsnams // dbaṅ ldan phyogs su Yid gshuṅs ma // sku mdog ljaṅ gu ña bsnams paḥo // 14 // sgo ma bshi po ḥdod lha ste // phyogs daṅ bstun shiṅ phyogs skyoṅ12 daṅ // gshal yas rim par bsgom13 par bya // 15 //
de ltar dam tshig lha bskyed de // thugs kaḥi rdo rjeḥi Hūṃ las ni //
ḥog min gnas su ḥod ḥphros pas // Mi ḥkhrugs mdun nam spyi bor bsam // 16 // raṅ lus Mi ḥkhrugs bsgoms bstims14 la // ltag ḥog rim pa ji bshin du //
lha yi go rim15 ji bshin par16 // saṅs rgyas rnams kyis dbaṅ bskur ro // yaṅ na raṅ ñid lhar bsgoms la // Mi ḥkhrugs mdun du bsgom par bya // 17 // gzuṅs draṅ pa17 yi tiṅ ḥdsin ni // thugs las ḥod zer ḥphros pa yis //
de ñid sum brtsegs18 raṅ raṅ gshan // lha daṅ bum pa mchod rten gtor // 18 // bum pa mchod rten la sogs naṅ // rgya mtsho zla ba padma la //
lha bskyed ye śes bstim par bya // 19 //
dad pa daṅ ni dam tshig gis // bdag la rab tu dgoṅs19 par mdsod20 // Oṃ Akṣo bhya Dsa / A bi ghnāṃ21 ta kṛt Hūṃ Phaṭ22 // 20 //
thal sbyar sor gñis phyir bskyed23 de // ta thā ga to ta bha24 bā ya Swā hā Dsaḥ Hūṃ Baṃ Hoḥ // 21 // de ñid gdan la bshugs pa la // mchod bstod la sogs dbul bya ste //
Oṃ arghaṃ pra tītstsha25 puṣpe / dhū26 pe / ā lo ke / gandhe / nai bi dye27 śadha / ba liṃ ta pū dsa28 khā hi khā hi // 22 //
chos ñid mñam paḥi ṅaṅ las ma g-yos kyaṅ // thugs rjes rtag tu mya ṅan mi ḥdaḥ shiṅ //
phrin las rnam bshis ḥgro baḥi don mdsad pa // bcom ldan Mi ḥkhrugs pa la phyag ḥtshal lo // 23 // gtor ma mgron du dmigs la bsṅo // 24 //
sgra daṅ sems daṅ gshi la gshol // yan lag bshi daṅ dmigs pa gsum // raṅ don du ni29 bsñen pa yin // graṅs daṅ dus daṅ mtshan maḥo // 25 // dṅos grub sgrub30 paḥi bzlas pa ni // ṅag daṅ śib31 bu rdo rjeḥi bzlas // yid kyis32 bzlas pa byas pa bshi // me daṅ sgra daṅ33 sgra mthar gsum // 26 // brjod pa med paḥi bsam gtan te // thun gsum dag tu bzlas pa bya //
gtoṅ ma34 mchod bstod gtor ma btaṅ35 // ye śes gśegs daṅ dam tshig bsdu // 27 // de ltar thun gsum sbyor ba yis // bsñen pa sṅon du soṅ ba daṅ //
gaṅ ḥdod dṅos grub bab paḥi phyir // de nas las la sbyar bar bya // 28 //
bzlas brjod me la tshul khrims rluṅ gis36 sbar // brtson ḥgrus chen poḥi me lces sdig sgrib sreg // 29 // padmaḥi drod la char chu yis37 // kha zum ḥod kyis ḥbyed pa daṅ //
ñi ma me śel me ḥbyuṅ bshin38 // mi yi lus la dṅos grub ster // mi gnas bsod nams ster bar byed // sgra yis thar pa ster bar byed // 30 // ḥdi ni yid bshin nor bu rin chen ltar // spyi boḥi gtsug tu kun gyis bkur bar ḥos //
ṅan soṅ rnams las39 thar lam ḥdis sgrub bo // raṅ gshan mdun du bsgoms kyaṅ dṅos grub ster // 31 // mgon po Mi ḥkhrugs pa yi40 ni // sgrub paḥi thabs mchog ḥdi bris paḥi //
bdag gi dge baḥi las ḥdi yis // bdag daṅ ḥgro ba thams cad ni // 32 // myur ba ñid du saṅs rgyas nas // ḥgro la phan phyir chos ston shiṅ // sems can sdug bsṅal las grol śog // 33 //
bcom ldan ḥdas Mi ḥkhrugs paḥi sgrub thabs rgyas pa slob dpon Dī paṃ ka ra śrī dsñā nas mdsad pa rdsogs so // //
paṇḍi ta de ñid daṅ / Bod kyi lo tsā41 ba dge sloṅ Tshul khrims rgyal bas bsgyur shiṅ shus te gtan la phab paḥo // //
1.N,P bhyaḥ. 2.N,P maḥ. 3.C,D chen. 4.N,P las. 5.C om. 6.N,P Bruṃ. 7.C pas. 8.C,D padmo. 9.N,P la. 10.P ḥJig. 11.N,P pa. 12.N,P bskyoṅ. 13.N bsgoms ; P sgom. 14.N,P bsgom stim. 15.C,D rims. 16.N,P du. 17.N,P bgraṅ ba. 18.N brtsig ; P brtseg. 19.N,P dgyes. 20.C mdsad. 21.N,P ā bighnan. 22.N Phaṭḥ. 23.N,P bkyed. 24.N,P todbha. 25.N,P titstsha. 26.N,P dhu. 27.N,P dya. 28.N,P pu tsa. 29.N,P om. du ni. 30.P bsgrub. 31.N,P śub. 32.N,P kyi. 33.N,P bshin instead of daṅ. 34.N,P na. 35.N,P gtaṅ. 36.N,P gi. 37.N,P yi. 38.N,P shiṅ. 39.N,P la. 40.N,P yis. 41.N,P tsa.
(2) 『五尊成就法』
bcom ldan ḥdas Mi bskyod pa la phyag ḥtshal lo //
sgrub po dam tshig ldan pa yis // dgon paḥam groṅ mthaḥ la sogs par // khrus byas gtsaṅ mar yoṅs byas te // bde baḥi stan la ḥdug byas nas // raṅ lhar gsal baḥi thugs ka ru // padma zla baḥi steṅ du Hūṃ // 1 // de las ḥod zer ḥphros pa yis // bla ma daṅ ni Mi bskyod pa //
spyan draṅs mdun du bshugs pa las // bdun po rnam par dag pa bya // 2// tshad med bshi1 daṅ ldan par ni // chos rnams thams cad dṅos med par // sems kyis bsgom par bya ba yin //A las zla baḥi dkyil ḥkhor bsgom // 3 // raṅ rig2 sa bon de dbus su // bsams nas dam tshig phyag rgya bcaḥ // de nas raṅ gi sa bon daṅ // phyag mtshan phyag rgyas de byin brlab // 4 // de rnams gyur pa Mi ḥkhrugs pa // shal gcig phyag gñis sku mdog sṅo // g-yon pa pad gshag3 rdo rje daṅ // g-yas pa sa gnon tshul can bsgom // 5 //
ltag ḥog rim pa ji bshin du // saṅs rgyas rnams kyis dbaṅ bskur ro //
raṅ ñid raṅ lhar bsgoms nas ni // Mi ḥkhrugs mdun nam spyi bor bsgom4 // 6 // raṅ lus Mi ḥkhrugs bsgoms la bstim // thugs kar5 pad zla Hūṃ las ni // dbus su Mi ḥkhrugs pa ñid bsgom6 // phyogs bshir saṅs rgyas bshi bsgom bya // mchod daṅ bstod daṅ bzlas pa daṅ // gñis su mchod bstod gtor ma sbyin // 7 // de ltar thun bshiḥi rim pa ni // bsñen pa sṅon du soṅ ba yis //
gaṅ ḥdod pa yi don du ni // sgrub pa las la sbyar bar bya // 8 //
bcom ldan ḥdas Mi ḥkhrugs paḥi sgrub thabs dpal Mar me mdsad ye śes kyis7 mdsad pa rdsogs so // // rGya gar gyi mkhan po de ñid daṅ / Bod kyi lo tsā8 ba dge sloṅ Tshul khrims rgyal bas bsgyur ba ḥo // // 1.N om. 2.N,P rigs. 3.N,P bshag. 4.N,P sgom. 5.N,P khar. 6.N,P sgom. 7.N kyi. 8.N,P tstsha. (3) 『曼荼羅儀軌』
rGya gar skad du / Sarba karma1 ā wa ra ṇa bi śo dha ni maṇḍa la bi dhiḥ2 /
Bod skad du / Las kyi sgrib pa thams cad rnam par sbyoṅ3 pa shes bya baḥi dkyil ḥkhor gyi cho ga / bcom ldan ḥdas Mi ḥkhrugs pa la phyag ḥtshal lo //
bden par gsuṅs la phyag ḥtshal te // dkyil ḥkhor cho ga bri bar bya // 1 // gaṅ du las ni4 yod gyur na // las kyi5 cho ga rnams med pa //
de ni spyi yi rgyud dag las // gsuṅs paḥi cho ga mkhas pas brten6 // 2 // dkyil ḥkhor sum stoṅ dag daṅ ni // lṅa brgyar gsuṅs pa gaṅ yin paḥi // sphyi yi cho ga bśad par bya // 3 //
yid daṅ mthun7 paḥi gnas dag tu // sṅags mkhan gshan la phan brtson pa // sñiṅ rje ldan pas dbaṅ bskur ro // 4 //
graṅs sam dus sam mtshan maḥam // bsñen pa tshul bshin byas pa yis // sa yi cho ga tshul bshin bya // lha daṅ bum pa lhag gnas daṅ // 5 //
gson gśin slob ma gaṅ ruṅ bas // bdun po rnam par dag pa daṅ // skyabs ḥgro sems bskyed sbyin par bya // so śiṅ sruṅ skud ku śa daṅ // 6 // chos bśad pa ni byas kyaṅ ruṅ // gtad daṅ drag poḥi las daṅ ni // sbyaṅ daṅ byin rlabs8 bya mi dgos // 7 //
gru bshi sgo bshi thig btab la // de yi dbus su padma ni // ḥdab ma brgyad pa khru do bri // 8 //
dkyil ḥkhor lhag maḥi tshad daṅ ni // ci ḥdod pa ni ñid du bri //
yo laṅ9 chuṅ ṅu dag gis10 kyaṅ // bzlas brjod byas pas dkyil ḥkhor bri // 9 // phyi nas gcig ñid kyis kyaṅ ni // tshig rkyaṅ11 du ni bri bar bya // dkyil ḥkhor kun du12 zlum por bya // 10 //
de nas phyogs mtshams skyoṅ ba daṅ // ḥdod paḥi lha rnams bri bar bya // so soḥi sṅags kyi rim pa bshin // de nas spyan yaṅ draṅ bar bya // 11 // bdag po rnams kyi sñiṅ po yis // de yi ḥog tu mchod par bya // bum pa gaṅ ba de steṅ du // cho ga bshin du rdsas gshag13 go // 12 // las kun byed paḥi dkyil ḥkhor de // gsaṅ14 ba gsaṅ baḥi bdag po gsuṅ // dkyil ḥkhor ḥdi ni kun bris nas // dṅos grub thams cad ḥgrub pa daṅ // 13 // sgrub pa po ni dbaṅ bskur ba // dkyil ḥkhor ḥdi dag ñid du bya // mchod pa la sogs thams cad kyaṅ // rgyud las bśad pa bshin du bya // 14 // shes bśad pas ḥdir khyad par ni // ḥdab ma brgyad pa15 dbus su ni // rdo rje chen po bri bar bya // 15 //
ḥdab ma brgyad la bkra śis brgyad // śar du dpal beḥu ḥkhor lo ste // lho ru padma rgyal mtshan gñis // nub tu gdugs daṅ bum pa ste // byaṅ du duṅ daṅ ña briḥo // phur pa ra ba dra ba gshag16 // 16 // sruṅ17 ba rtsa baḥi sṅags sam ni // yaṅ na de yi sñiṅ pos bya // 17 // bla re ba dan sku gzugs18 sogs // mchod daṅ gtor ma la sogs dgram // ḥbru sman rin chen lṅa ldan paḥi // bum pa de yi dbus su gshag19 // 18 // khrus daṅ chos gos ldan pa yi // rdo rje slob dpon mñam bshag pas // bdag daṅ gnas daṅ rnal ḥbyor bsruṅ // 19 //
Śaṃ gis thams cad stoṅ pa las // Baṃ mam Bhrūṃ20 las gshal yas khaṅ // de naṅ padma zla dbus su // bcom ldan Mi ḥkhrugs bskyed pa las21 // 20 // pad ḥdab brgyad la lha mo brgyad // Padma can daṅ Ḥod can ma // mDaṅs ldan ma daṅ Dri med ma // dkar daṅ dmar daṅ sṅo daṅ ljaṅ // 21 // dpal beḥu22 padma gdugs daṅ duṅ // dbaṅ po gśin rje chu bdag daṅ // gnod sbyin phyogs su bsgom par bya // 22 //
ḥJigs byed ma daṅ rNal ḥbyor ma // dKar śam ma daṅ Yid gshuṅs ma // dkar sṅo dmar skya ljaṅ baḥi mdog // ḥkhor lo rgyal mtshan bum pa ña // 23 // me daṅ srin po rluṅ lha daṅ // dbaṅ ldan ṅos su rnam par bsam //
kun kyaṅ sems dpaḥi23 skyil mo kruṅ // zla baḥi rgyab brten24 rin chen brgyan // g-yon pa thams cad dku la gtad // 24 //
bkra śis lha mo brgyad kyi sṅags / Oṃ maṃ ga la25 śrī yaṃ26 dsa da ma dsa Swā hā / Oṃ maṃ ga la padma Swā hā / Oṃ maṃ ga la tsha traṃ27 Swā hā / Oṃ maṃ ga la śaṃ kha Swā hā / Oṃ maṃ ga la tsakra Swā hā / Oṃ maṃ ga la dhwa dsa Swā hā / Oṃ maṃ ga la ka la śa Swā hā / Oṃ maṃ ga la matsya Swā hā // 25 //
spyan draṅ bstim daṅ mchod bstod bya // de yi sñiṅ gaḥi zla ba la // gsaṅ sṅags dmigs te ci nus bzlas // mchod daṅ bstod daṅ gtor ma gtaṅ // 26 // khrus byas brtsam28 paḥi slob ma rnams // dkyil ḥkhor de yi mdun ñid du //