Ⅰ. はじめに
2015年にASEAN経済共同体(AEC)が発足し、中国・韓国FTAも同年12 月に発効予定である。懸案のTPPも加盟国間の協定交渉が大筋合意段階と なり、アジア地域においても急速且つ重層的に経済共同組織化が進展してい る。経済共同体は基本的に域内諸国間での貿易・関税障壁を撤廃することに あるが、諸国間の重要な交渉課題の一つとして農産品市場アクセスがある。 WTOドーハ・ラウンドが停滞している要因も同様であるが、先進国途上国 を問わず、経済的に非効率な農業は縮小させ、安価な農産物輸入を増加させ ることだけが合理的選択なのであろうか?その一方で、国内農業の保護問題 は将来的な食糧確保へのリスクを回避するだけでなく、地域社会機能や国土 環境保全等の農業の持つ多面的機能を維持・発展させることが必要である、 とも考えられている。 農業の工業化が進展し、安価で大量生産された農産物が国際市場にあふれ ている。消費者の安価で豊富な品揃えというニーズを量的には供給サイドが 実現したといえるのであろうが、末端生産者である農民、少なくとも国内で の各種補助金を承けていない農民の所得は、決して増加はしていない。戦後台湾茶葉産業の現状と課題
目 次小 松 出
Ⅰ. はじめに Ⅱ. 台湾茶葉産業の草創 Ⅲ. 台湾茶葉産業の発展 Ⅳ. 台湾茶葉産業の直面する問題点と課題 Ⅴ. おわりに一貫して各種保護下にあった日本の農業も、農産品輸出大国や低コストな農 産品を輸出する途上国との国際競争に直面せざるを得なくなり、農業の危機 と競争力増強が提起されている。その端的な事例が「稼げる農業」の創出で ある。農業を効率的な成長産業に位置づけられなければ、優良な財・サービ ス、更には人的資本も集まらず、衰退産業として国際競争からも淘汰される からである。つまり、稼げる農業とは基本的に高付加価値な農産品の開発・ 発展と比較優位のある農産品の輸出増強、が想定される。確かに、国内農業 の保護と農業の国際競争力確保とは二律背反的戦略ともいえ、また輸出量増 加と輸出価格上昇が農民の所得増加に直結・連動するか、という点について も検討すべき問題である。 こうした問題意識を踏まえて、今年度からの産業研究所調査研究課題を、 「稼げる農業」=国内外市場向け「商品化農作物」の創出、と位置づけてア ジア地域の農業を検討することとした。今年度の調査地点の一つは、台湾の 茶葉産業である。本来、台湾の主要輸出農産物は「米」であるが、ブラン ド・品質面で高付加価値、且つ他地域・国産と高差別性のある農産物とし て、近年「茶葉」が再評価されてきている。 烏龍茶は部分発酵茶の青茶に属しているが、発酵度と産地(海抜・土壌・気 候)が異なることで更に多種に分類され、産地別のブランド化もおこなわれて いる。産地・環境面だけでなく、萎凋・粗製茶・精製茶(再製茶)・火入れ等 の各工程には繊細で複雑な高度な技術と手間隙が要求されるために大量生産に は適していない。そのため、台湾では、普遍的に「茶作戸(茶葉を自産・自 製・自銷する農家)」経営形態が展開している要因ともなっている。一方、フ ードシステムの変化により喫茶方式と形態も変化している。また、安価で低質 な輸入茶だけでなく、高水準となってきた「台式茶(台湾系企業の投資による 輸入茶葉の総称)」との競合も課題となっている。本稿では、台湾産茶葉を更 なる商品化農産物へと発展させるための課題と問題点を検討する。 本稿は、桜美林大学産業研究所調査研究プロジェクト「中国・台湾の商品 化農業経営に関する調査研究(2015年∼2017年)」の成果の一部である。
Ⅱ. 台湾茶葉産業の草創
1.
台湾の茶葉産業の勃興 台湾の茶葉栽培に関しては、オランダ統治時代に野生茶樹が発見されているが、康熙56年(1717年)の諸羅県誌において正式に野生茶樹の存在が記 載されている。その後、嘉慶年間(1796−1820年)に中国福州武夷地方か ら茶樹の種が魚坑地方に持ち込まれ、淡水河流域で茶葉栽培が開始された。 同時に、大陸からの茶商が石碇・文山一帯から産出された粗製茶葉を福州等 に持ち帰り、再度の火入れをおこなう再製加工をして販売し始めた。1855 年には、林鳳池が福州の武夷山から軟枝烏龍茶の苗木を鹿谷郷凍頂村へ移植 するとともに、閩南地域の茶製造技術を導入して技術水準の高い製茶業も開 始された。1860年の淡水港開港以後、外商と大陸系茶商による台湾産粗製茶 の対外市場向け生産と輸出が本格化した。しかし、台湾での製茶工程は粗製 茶工程までであり、再製茶工程(最終的な火入れ)による商品化は対岸の厦 門や福州でおこなわれ、その後に仕向地へ輸出された。 台湾での茶葉業は基本的に台湾では原産茶樹ではなく、大陸産特に閩南地 域から茶樹・苗木・種と製茶技術を移植・移入し、大陸系の茶工(茶職人) を招聘して半発酵茶の烏龍茶を主要に栽培・製造しておこなわれていた。し かし、烏龍茶の品質問題により輸出が停滞し、1872年の下半期に大量の在庫 が発生した。福建の茶商が売れ残った烏龍茶を福州等で花の香りを付加した 花香包種茶に再製加工して大陸市場で販売したが、好評なために1881年か らは福州の茶商が台北に精製茶敞を設置して包種茶製造を開始した。当初、 台湾産の包種茶と烏龍茶は茶機種的には同一種であったので、包種茶は烏龍 茶用の原料茶(粗製茶)として位置づけられていたが、烏龍茶よりも発酵程 度が軽い包種茶の製茶技術が福州から導入されて以降、包種茶生産が主流と なり、包種茶生産量は烏龍茶生産量とほぼ同量となるまでに増加した。 1895年段階で対外市場で販売された台湾産烏龍茶は8871t、総茶葉輸出額の 53%を占めており、当時の台湾農業発展の主要な輸出用商品となっていた。 輸出茶葉種は当初の烏龍茶から後に包種茶へと転換し、仕向地も欧米から東 南アジア市場へと転換した。1912年以後には包種茶としての品質を向上さ せ、21年前後には無花香の包種茶を開発した。また、1919年には張迺妙が 安渓から木柵樟湖地区に鉄観音種茶木を移植して栽培が開始された。 一方、1899年に三井財閥の日東紅茶が台北県海山、桃園の大渓で紅茶の 栽培を開始し、1908年にはトルコ、ロシア向けに輸出を開始した。1910年 には日本台湾紅茶株式会社が設立され、主にロシア向け輸出をおこなった が、この段階の紅茶茶樹は祁門紅茶系の中国産小葉種であり、さほど国際取 引上評価されなかった。1926年に、日商によりインドアッサム系の大葉種と
紅茶製造方法が台湾に導入され、これを契機に日系茶産業関連企業の投資が 増加し、南投の埔里、水里、魚池と花蓮鶴岡一帯でアッサム種紅茶葉栽培と 新式機械制紅茶製造工場が稼働を開始した。このアッサム種紅茶の品質への 評価は高く、各国での交易量は増加した。1934年にアッサム種の臺湾紅茶は 3290tを輸出し、37年には5800tと烏龍茶・包種茶を超える輸出量となった。 他方、包種茶の販路は当初東南アジアの華僑中心であったが、後に大陸の満 州・華北地域が主となり、1944年には輸出量は過去最高の7300tに達した。 総じて旧日本統治時期においては、台湾では烏龍茶・包種茶・紅茶の3種が 主要な対外市場向け茶葉として生産・製造・輸出され、平均して台湾全輸出 額の30%前後を占めていた。 1948年に中国大陸から「炒茶葉緑茶(採摘茶葉を熱処理し発酵を止めた緑 茶)」の製茶技術が導入され、49年には1200tが北アフリカに輸出された。 52年には6150tの輸出量となり、他種茶葉を超えた。63年には台湾製茶葉の 総輸出量の46%を占める6270tに達した。 1965年前後には日本の「蒸青緑茶(蒸気熱処理により発酵を止めた緑 茶)」の製茶技術と製造機械の導入とともに、日本市場向け煎茶の製造が開 始 さ れ た 。 初 期 段 階 で は 1 0 0 0 − 3 0 0 0 t の 輸 出 量 で あ っ た が 、 7 3 年 に は 12000tにまで増加し、日本向け煎茶製造工場も120社に達した。その後、日 本人の喫茶趣向が烏龍茶に転換し、日本企業が大陸で煎茶製造投資を行った ことで臺湾からの煎茶輸出量は1000t前後にまで大幅に低下した。国民党政 権以降は紅茶・眉茶・煎茶が輸出用茶葉の主力であり、特に緑茶は61−83 年間の臺湾製茶葉総輸出量の60−80%を占めていた(許賢瑤[2005]16−22 頁、簫他主編[2005]181頁、徐世勲・謝徳衍[2013]22−25頁、許漢卿 [2003]10頁、黄景漳他編[2009]10−12頁)。 台湾の茶栽培農業は、大陸から移植した茶樹と栽培技術を用いて主に輸出 用茶葉として生産・製造されてきたが、その一方で包種茶・烏龍茶、壽眉、 龍井茶、珠茶等の新品種開発への試験研究や栽培指導・普及は継続的に行わ れた。その技術・新種開発の結果、台湾製茶葉は大陸製茶葉とは品種・品質 において差別性のある商品となっていた。1978年以降、茶葉栽培農家は国 内市場需要の変化に応じて、次第に烏龍茶と包種茶製造へと転換していった が、86年段階では烏龍茶35%、包種茶34%、紅茶9%、緑茶13%となり、以 後は烏龍茶が主となり、紅茶・緑茶はごく僅かとなった。
2. 台湾葉産業の展開 台湾における茶葉栽培は、前述したように中国大陸から移植・移入した茶 樹・苗・種によって開始され、石碇・文山地域産の荒茶処理された茶葉を大 陸茶商が福州等に運んで販売していた。台湾製茶業の起点は1860年の開港 とされるが、一般的には1866年に英商人のJohn Doddが製茶業に参入すべ く寶順洋行を設立し、翌67年に萬華地域で購入した烏龍茶を澳門で販売し たこと、とされる。Doddはさらに、68年に烏龍茶の大規模栽培を開始し精 製敞を設置し、69年には烏龍茶21.3万斤を淡水港からニューヨークに運輸・ 販売した。このDoddの経営活動を台湾茶産業が輸出産業として開始された 起点としている。同様に、福建の買弁商人の李春生も廈門或いは安渓から茶 樹を移植すると共に農民に生産資金を貸与して大規模な茶葉栽培をおこな い、粗製茶葉を精製茶(再製茶)用加工原料として大陸へ輸出していた。 (許賢瑤[2009]10−12頁、河原林直人[2003]39頁)。 台湾での茶葉の流通経路は次のようであった。茶葉栽培農家は基本的に摘 採後の茶葉に自然発酵と若干の乾燥措置を促す萎凋工程処理を施す必要があ った。しかもこの工程は繊細で高度な技術を要する作業であり、茶園近辺で の一定規模の粗製茶製造可能な工敞が必要であった。清代の茶葉産業勃興期 においては、茶樹栽培は茶農の家族労働、摘採は婦女子でおこなうことがで きたが、粗製茶製造工程では大陸から専門の職人(茶工)を招いていた。茶 農は自小作を問わず、必要な専門人員を外部雇用して粗製茶を製造せざるを 得なかった。こうした粗製茶を中間業者が個々の茶農から買い付け、当時の 大稲 に店舗を構える烏龍茶館に売り渡すが、この過程で中間業者は買い付 けた粗製茶葉を独自に混合して茶館に売却する。そして、烏龍茶館は粗製茶 を再製加工して再製茶とし、洋行(外資輸出業社)に売却し、最終的に洋行 が再製茶を商品として輸出した。図−1参照。この段階で、茶葉摘採→(粗 製・精製)加工→輸出・販売、の分業体制が確立していたのである。 1872年までは、粗製茶製造工程以外は全て洋行が関与・監督・製造して いたため、洋行管理下で製造された烏龍茶の品質は高かった。その後、烏龍 茶輸出の増大とともに大陸茶商が茶館経営へと参入しはじめたことで洋行は 輸出業以外から排除された(河原林[2003]22−23頁)。前述したよう に、その後台湾産茶葉輸出商品は包種茶・紅茶へと転換したが、淡水港と基 隆港の整備により直接仕向地への輸出が可能となった。その結果、台湾内に 精製茶敞が設置され、台湾現地での茶葉栽培から再製茶処理(=商品化)ま
での一貫工程が実現したのである。一方、大稲 の茶館経営を通じて茶葉を 購入して厦門・福州で再製茶処理を実施後に輸出していた大陸系茶商も次第 に淘汰され、特に日本統治下となった段階で大陸系茶商の多くは台湾から撤 退したが、欧米洋行は1940年に至るまで営業を継続していた。 図−1 輸出志向時期(1975年以前)の台湾産茶葉流通ルート 台湾茶葉産業に最初の規範化した制度・組織を導入したのは、1885年に 清朝初代台湾巡撫として赴任した劉銘伝によってである。劉は各種租税徴収 機構やインフラ関連機構等を設置するなかで、茶税徴収の茶厘総局等の組織 化を実施した(伊藤潔[1993]96−8頁)。さらに、1889年に茶業同業組 織として「茶郊永和興」を設置させ、劣質茶葉の混入による品質詐称や粉 茶・異物混入による水増し等の不正行為による輸出の減少や停滞発生に対処 させた。烏龍茶商の団体として「茶郊永和興」、包種茶商の団体として「舗 家金協和」を設立させた。この茶業業界団体の設立で業者と組織下各成員の 結束を固め、直面する茶葉品質(詐称)問題や内外の諸問題に共同して対処 させることを目指したのである(黄景漳他編[2009]10−12頁、河原林直 人[2003]39頁)。 烏龍茶の品質(詐称)問題は結局、清末段階では解消できなかった。茶葉 輸出に関しては、現状を含めて品質(詐称)問題は普遍的且つ根本的問題で あり、その対処次第では国際的に評価が下落し、市場から淘汰されことにな る。日本産茶葉も当時、豪州とアメリカ市場においてほぼ同時期に品質問題 を起こしていた。1 茶葉品質問題の解消が茶葉輸出強化の前提条件であると して、日本国内でも茶葉産業への規制強化策が実行されたが、台湾では 1897年に業界団体の茶郊永和興を台湾茶商公会に改組し、翌年に「台湾茶 業取締まり規則」が発布された。さらに、台湾茶商公会と舗家金協和を合 出典)官俊榮 50頁より引用
併、さらに茶箱製造業者等も参加させた新たな組織である「台北茶商公会」 を設立させた。1915年には「同業組合台北茶商公会」へと改組し、以後地 域的に拡大して全台湾の茶業公会となり、1937年に再度「同業組合台湾茶 商公会」へと改組・改称された。2 1945年から台湾は国民政府管轄下となり、「同業組合台湾茶商公会」も 「台湾省茶葉商業同業公会」と改められた。しかし、49年には省級同業公 会は県市級同業公会を傘下会員とする連合組織であるとする規定に基づい て、「台湾省茶葉商業同業公会」も傘下台北市会員によって「台北市茶商業 同業公会」として分離設立されたが、実質的には省級同業公会の資産と実務 を継承していた。 台湾での近代以降の茶葉産業発展を支えてきたのは、当初の外商・大陸系 茶商から台湾系茶商へと転換してきた。その転換要因は、台湾産茶葉の精製 茶(再製茶)工程=商品化が台湾内で可能となったことと開港と港湾施設の 拡充による直接輸出の実現にあった。この最終製茶工程が可能となる規模と 資本力のある茶商が日本統治期にほぼ台湾系茶商となったが、公会組織を通 じてしか為政側は管理を進めるしかなかった(河原林[2003]172−3頁)。
Ⅲ. 台湾茶葉産業の発展
1.戦後台湾の茶葉産業の展開 台湾茶葉輸出は、欧米市場向けの烏龍茶が中心であったが、1910年代か ら烏龍茶の輸出が減退する一方で、次第に東南アジアを主市場としていた包 種茶が輸出の主力となっていた。「光復」直後の台湾にとっての輸出商品 は、茶葉と樟脳しかなく、特に「茶葉の盛衰が経済の前途を左右する」(河 原林[2003]200頁)とされていた。 茶葉輸出の拡大・発展を志向する中で1950年に「製茶業管理規則(以 後、管理規則とする)」が公布された。この管理規則は、製茶工場の設立に は農林庁で登録した製茶業者のみに「製茶工場許可証」が付与され、登録製 茶業者のみが建設庁に工場登記を申請できる、こととされた。また、機器設 備水準に応じて、登録された製茶場を粗製場・精製場・粗兼精製場の3種に 分類し、さらに機械設備と動力源に応じて甲・乙・丙の3等級に分類された (范[2015]13頁、徐・謝[2013]22頁)。 この管理規則の目的は、粗製・精製茶と工程を政府が管理することにある。これまでの茶産業への政府関与は同業者・業界団体の公会等を通じてで あり、実際は業界内での自主規制であった。従来までは、政府は茶葉輸出を 奨励し、茶農が栽培面積を増加したことで粗製茶量も増加し、茶葉輸出量も 増加した。また、国内の茶葉産業も発展して粗製・精製茶各工場も急増した が、輸出用茶葉製造のためには均質或いは標準化した品質とコスト削減のた めの大量生産・処理を可能とする大規模生産経営方式が必要である。しか し、「光復」以後台湾では「耕者有其田」実現のために土地改革が実施さ れ、小規模自営農家が大量に創出された。地主・富農或いは茶商の経営する 大茶農園のような大規模経営方式は実現不可能であった。同時に、管理規則 は茶葉栽培農家が自家製茶(粗製茶)することを規制したのであり、(粗・ 精製ともに)製茶工程は認可を受けた製茶工場のみが参入することとなり、 茶葉栽培農家は摘菜した茶葉を製茶敞に売却するしかなかった。図−2参 照。とはいえ、自営農家にとっては作付けは自己裁量であり、茶葉栽培に経 済的メリットが存在しなければ他作物栽培に転作すればいいだけであった。 また、本来中間買い付け業者を排除することで中間マージンの削減と販売価 格への反映を意図した措置としても、多数の小規模栽培農家から小ロット且 つ様々な品質の茶葉を買い集めて標準化するための取引コストは極めて高い といえる。結局、台湾茶葉産業に伝統的に介在してきた中間業者=茶販の機 能がこの50年代以降の段階でも必要不可欠であった(官俊榮[2010]50− 53頁)。中間業者自体は投機的活動もおこなう存在であるし、また摘採後 の茶葉取引を前提として、小規模茶葉栽培農家への前貸し資金供給をもおこ なう存在であった。 図−2 内需指導時期(1975年以前)の台湾産茶葉流通ルート 出典)官俊榮 51頁より引用
1963年に367社が管理規則に基づいて製茶工敞として認可され、対外市場 向け茶葉として総茶葉の86.4%が、その他は自営茶園や契約茶園で購入され た。また、73年に製茶業は食品加工業に区分され、大部分の茶農家は登録 製茶敞へ供給責任を有することとなり、茶葉産業での原材料生産と製品加工 部門との専門分業体制が確立された(簫他主編[2005]181頁)。 図−3 台湾の茶葉輸出量・額推移 その後の台湾経済の発展とともに次第に農産物輸出のシェアは低下し、総 体的に台湾産茶葉輸出も減少傾向が顕著となっていた。輸出量は1971年に ピークとして減少しだし、76年に回復したが以降は一貫しての減少傾向と なり、80年代に入ると急減した。図−3参照。70年代初頭の輸出好調期に は、桃園・新竹・苗栗各県の製茶敞では、周辺10km内の300−400戸の茶農 から随時運び込まれる生茶葉を早急に処理するために24時間、3交代制で工 場を稼働させていた。台湾産茶葉輸出の減少要因は、基本的には国内経済発 展による賃金の上昇と都市・工業セクターの発展による農村労働力の移転に あった。従来、安価な農村労働力に支えられた輸出茶葉価格は、紅茶で2− 3US$/kg、烏龍茶は1US$/kg(当時のレートでは1US$=1.4台湾元)と国 際競争力があったが、後には各種茶葉平均価格が10US$/kgとなったのであ る。国内でも製茶敞の多くが倒産し、3 茶葉作付面積も次第に減少してきた (朱立群[2012]25頁)。 輸出の減少により、茶葉栽培農家の作付面積も減少傾向となった。図−4 参照。特に、旧輸出茶園区(ここでは、「旧輸出茶園区」は台北県・桃園 出典)FAO(faostat3.fao.org/download/T/TP/E)より作成
県・新竹県・苗栗県・宜蘭県の数値、「新興茶園区」は南投県・嘉義県・雲 林県、「その他」は台東県・高雄県・花蓮県・その他県、の数値である。許 漢卿[2003]18頁)での作付面積の減少が甚だしい。「旧輸出茶園区」の 作付面積は30497haから12398haへと60%減となり、対総作付面積比も75年 の92.27%から92年には54.81%へと減少している。他方、「新興茶園区」で は75年に5.93%から92年には39.09%へと増加し、特に南投県は92年には総 作付面積の28.95%を占め、2014年には57.23%と、最大の作付面積規模県と なった。最大作付面積であった台北県を南投県が上回るのが1988年であ り、旧輸出茶園区の作付け面積計を1994年に新興茶園区が上回るのである が、台湾全体の総作付面積は一貫して減少傾向にあり、南投県自体も1995 年をピークに次第に減少傾向となっている。 図−4 台湾地域別茶葉栽培作付け面積推移 2.国内茶葉市場の拡大と栽培地域の変化 台湾産茶葉は輸出用として主に低価格製品を中心としてきたが、前述した ように1970年代中庸からの台湾国内の経済発展に伴う茶園労働力の相対的 な減少と賃金高騰による生産コスト上昇や為替レートの切り上げ等の影響に より、次第に価格競争力を失い同時に輸出量も低下した。烏龍茶は1986年 の5200tを最高に以後4300tにまで低下し、包種茶も1989年に4900tを輸出し たが、それ以後2000t前後まで低下している。紅茶も1984年までは平均して 2000−3000t、多いときには4000−5000tを輸出していたが、85年以降は 出典)「台湾茶葉的運銷」18頁より作成
1000t以下にまで低下し、現在は輸出量はほとんどない状況となっている。 茶葉総輸出量でも1987年の7800t以降減少し、2000年には3000t前後となっ ていた(黄景漳他編[2009]19−23頁)。 一方、経済発展にともなう国内での喫茶習慣・文化の普及・発展と各地区 農会等団体の茶葉生産・改良の積極的推進もあって、喫茶人口の増加ととも に主に部分発酵茶(青茶類の包種茶・烏龍茶)の国内需要が増加していた。 こうした国内外市場環境の変化に対して、政府も積極的に従来からの対外市 場依存から国内需要主導へとの茶葉市場転換を促進していき、国内市場での 茶葉消費需要は増加して、総茶葉産量の90%が国内市場向けとなった。 喫茶人口増だけでなく、所得向上によって、消費者の趣向が茶葉品種と品 質重視へと転換し、中南部地域(海抜800m以上)産の凍頂茶・高山茶等の 稀少種への需要も増大した。部分発酵茶の烏龍茶を中心に需要が増加したこ とで茶葉価格も総体的に上昇し、南投県・雲林県・嘉義県等の新興茶区での 栽培面積は拡大していったが、従来国外市場向け茶葉の主要生産地区であっ た旧茶区での茶葉価格は低迷しはじめ、茶葉栽培耕地の放棄や転作によって 栽培面積は減少する傾向となった。大安渓で南北を分けると、茶葉栽培面積 分布は北部茶区40%、南部茶区60%と、南部地域が増加している。この茶葉 栽培地域の変化の主要因は、南部茶区の茶葉採摘時期が北部に比べて早いた めに、南部茶区での冬・春季茶葉がほぼ端境期無く連続して市場に出荷でき ることで春・冬季の新茶販売価格決定面で優位性があったことにある(許漢 卿[2003]10−11頁)。 本来、茶園管理は一般的に煩雑な作業が多く、手作業を中心とした重労働 へ多労働投入が必要であったが、剪定、中耕除草、施肥、深耕、防虫・灌 漑・運搬等の工程過程において次第に機械化が導入されてきた。機械化導入 によって、生産効率の向上が実現されて生産コストも削減されてきたことで 栽培面積拡大面にもに成果があった。特に、茶葉摘み作業は最も人件費のか かる工程であるが、1966年には単人用採茶機、76年には2人用採茶機が開 発・導入されたことで労働効率は大幅に向上した。83年に宜蘭県冬山、台 北県坪林、南投県名間で機械摘み茶園モデルが設置されると台湾全土で機械 化採茶園管理方式が普及し、茶園での栽培・採摘工程と茶葉製造工程での機 械化と連携技術も発展・普及してきたことによって、86年の冬山、名間等 の主要茶区の90%以上の茶園で機械摘みが浸透し、茶園経営と茶葉栽培に大 きく貢献した。一方、製茶機械の改良と小型化も進展し、茶葉栽培農家でも
小型茶廠を設置することによって、生葉摘採後からの日光・室内萎凋(日光 により水分蒸発と発酵を進め、後に室内で揺青=撹拌作業をおこない、さら に発酵させて半発酵状態にする工程)から殺青(加熱での発酵を止める工 程)までの発酵関連工程と悶熱・揉捻・團(包)揉・玉解き・乾燥の各工程 を経て「荒茶」に至る製造工程が栽培農家でも可能となった。一般的に、摘 採した生茶葉は24時間以内に荒茶製造工程に入れなければ水分蒸発により 品質が低下するとされ、茶葉栽培農家は摘採後できるだけ早くに茶敞に販売 する必要があった。長時間の輸送には限界があるために、茶園から茶敞まで の集荷体制が茶園経営拡大への大きな制約となっていたのである。 こうした技術的な改良・発展とともに、1982年の「製茶業管理規則」の 撤廃も重要な転機となった。製茶工場への政府管理が撤廃されたことによ り、茶葉栽培農家は以前のように、自ら製茶(荒茶加工)工程を実施できる ようになったのである。その結果、原料生産と加工・製造工程の垂直統合が 各農家レベルで促進され、さらに発酵及び團捻工程の加減によって様々な種 類の茶葉生産が農家レベルで可能となったのである。茶葉栽培農家による茶 廠設置認可により、現在の普遍的形態である茶葉栽培農家による自産自製自 銷(自家生産・製造・販売)経営形態がこの段階で確立された。先駆的には 中南部の南投・雲林・嘉義・台北・台東・花蓮等各県の新興茶区で最も普及 して93年段階で6000余戸に達していた(官俊榮[2010]50頁)。また、各 茶区には銘茶自製、茶葉販売、茶葉委託加工等の異なった形態が出現した (許漢卿[2003]13頁)。
Ⅳ.台湾茶葉産業の直面する問題点と課題
1.台湾のフードシステムの変化と各種茶飲料産業の発展 台湾では、1987年に缶或いはペットボトルでの各種茶飲料(以後、ボト ルド茶飲料とする)の総ボトルド飲料国内市場販売額の僅か2.65%のシェア しかなかったが、91年には炭酸飲料の販売額を超えて国内シェアのトップ になり、93年には32.4%の市場シェアとなった。その後、90年代後半に減少 したが、以後増加傾向を維持・発展し、2013年の台湾産ボトルド各種茶飲 料の総販売量は11億3709万L、207.8億元で、台湾国内市場での販売量は10 億2667.6万L、186.4億元であった。図−5参照。そのうち緑茶が最も販売シ ェアが高く、2013年度には36.6%、対前年比0.26%増となっていた(食品工業発展研究所[2014]21−2頁)。ボトルド茶飲料の消費量拡大は国民全体 への喫茶文化・習慣の浸透・発展に基づいていることは明確である。また、 消費者のライフスタイルの変化が、より簡便性・迅速性・手軽・安価な商品 への選好と需要がもたらした消費形態の変化に基づくのであり、フードシス テムも同様に変化してきている。4 図−5 台湾における一人当たり所得と各種ボトルド飲料国内市場販売額の推移 台湾の経済発展と所得増加によって変化しているフードシステムの内容と 茶関連産業との関係・影響を検討していく。表−1は、台湾のGDP・輸出総 額・就業人口に占める農業シェアの推移である。2013年度数値で対GDPと 輸出総額で若干上昇している以外は、継続的に減少しており、経済成長にと もなう農業部門の比重の低下傾向が見いだせる。2010年以降の農業生産面 での金額ベースでのシェアと増加率が大きいのは、果実・野菜であり、シェ ア的には大きくないが変化率が顕著なのが茸類であった。農産物生産額推移 としては、2011年より増加傾向にある。農産物輸出では、シェアと増加率 で大きいのは穀物と果物で、変化率が大きいのは油料種子と砂糖関連品であ った。農産品輸出総額では、2009年以降ほぼ増加傾向にある(農業委員会 統計室編[2014]10−11頁)。農産品輸出状況は中国大陸への輸出変化に 依存している傾向が見いだせる。2位以下はアメリカ・日本・香港であり、 金額ベースでもほぼ一定である。 出典)『台湾茶産業分析』21頁より引用
表−1 台湾の農業関連シェア 次に、農水牧業・食品工業・食品流通業(食品卸業と食品小売業)・飲食 業で構成されるフードシステムの変化を検討する。図−6は2001−2014年間 のGDP額からのフードシステムの変化である。フードシステムの対GDP比 率は、この13年間に平均7.1%であり、人口規模と食品・飲料製造業が比較 的小規模であることが要因である。2013年度と比べると、フードシステム のGDPは597億元増加し、農業が344億元、飲食業が106億元増加してい る。食品工業と食品流通業は、2008−9年のリーマン・ショック以降は増加 傾向にあるが、食品工業のこの13年間の年平均増加率は約1.5%と低くく、 一方飲食業は一貫して増加傾向にあり、年平均約5.7%で成長している。台 湾の食品市場の成熟化を反映しているとともに、所得上昇により需要の所得 弾力が大きい外食・中食や加工食品の需要が増加する。その結果、フードシ ステムの川中・川下へのシフトが進展している(下渡敏治[2005]81頁)。 図−6 台湾のフードシステム(各GDP額)の変化 出典)「農業及農食鏈統計(103)」より作成 出典)『農業統計年報 民国101年度版』より作成
台湾のフードシステムの変化は、茶葉産業においても検証できる。前述し たように、所得増加とともに国内での茶葉需要が増加した。台湾国民一人当 たりの茶葉消費量は1971年には0.27kgであったが、81年には0.58kg、91年 には1.10kg、2001年には1.30kgと増加していた(許漢卿[2003]12頁)。 また、前述したように台湾のボトルド各種茶飲料は1980年代に登場した が、91年に炭酸飲料を販売ベースで上回って以降、国内市場で主要な国産 飲料となり、93年にはボトルド各種茶飲料の市場販売額シェアは32.4%とな った。 この各種ボトルド茶飲料の発展は、国産下級茶と夏茶の生産過剰圧力を緩 和し、茶廠は競って、紅茶・烏龍茶・レモン紅茶・果茶・花茶等の各種ボト ルド茶飲料市場に進出した。また、大量の茶葉(主に紅茶、花香包種茶)輸 入が開始され、1994年には10000t、2003年には18500t前後にまで達した。 主要な輸入国はベトナム、中国、スリランカ、インドネシアであるが、輸入 茶葉の80%近くは台湾系企業投資によるベトナム産の「台式茶」である。そ の結果、2013年の国内市場販売量1.03億L、同販売額186.4億元(国産茶葉 使用のボトルド各種茶飲料の国内外市場販売量は1.14億L、販売額207.8億 元)に達し(食品工業発展研究所、2014年、21頁)、多くのブランドがあ ふれ、ボトルド茶飲料市場は既に成熟段階に達している。一方、近年来の泡 沫茶(タピオカミルクティ等のシェイクティーの総称)の流行と大陸観光客 の購買(土産・贈答品用)によって台湾茶葉市場は再び逼迫している。 次の表−2は、2013年度に台湾茶葉市場で流通した43434tの台湾産・輸入 茶葉の用途と比率である。この中で「飲料店」とは、レストラン等で供され る各種茶葉や泡沫茶や各種茶飲料を購入できる喫茶店也スタンド形式の店舗 を含んでいる。台湾産茶葉の最も高比率なのは、観光客の土産や贈答用で、 次いで輸出用、(国内)個人消費用と内容的には高中等品質茶に属する。一 方、飲料店とボトルド茶飲料に用いられるのは一般的に低質茶葉でり、各々 の輸入茶葉比率も96%と82%と極めて高く、使用される台湾産茶葉も低質品 である。もとより、台湾産茶葉は生産量が少なく、高価格な為に大量の低価 格・低品質な輸入茶葉が市場需要を満たしてきたのであり、一部輸入業者に よる国産茶葉への安価・低質な(残留農薬のケースもある)東南アジア産茶 葉の混入販売等の不正行為は絶えない(黄他「台湾茶葉産業産銷現況分析」 5頁)。しかし、近年来東南アジア地域での台湾企業による「台式茶」の品 質も向上し、香り・風味とのもに国産茶葉に近くなっている(『茶訊』
2015年8月号8頁)。とはいえ、海外市場における台湾茶葉の品質詐称問題 ともなっており、焦眉の課題となっている。 表−2 2013年度台湾産・輸入茶葉の用途と比較 2.茶葉栽培農家と台湾茶葉産業の対策 各種ボトルド茶飲料産業の発展にもかかわらず、台湾の茶葉作付面積と茶 葉生産量は減少傾向にあり、輸入量が反対に増加しているのである。台湾へ の茶葉輸入は原則的に1971年から許可さていたが、85年になって309t、 762000US$の取引があったことが台湾区製茶公会によって明らかにされた (范[2015]21頁)。これ以後、輸入量は次第に増加し、金額ベースでは 2001年に輸入金額が上回った。図−7参照。2014年段階で輸入量は輸出量の 約5.9倍、金額でも約1.5倍となっている。単位価格で見ると、2014年度は輸 出茶葉は9.52US$/kg、輸入茶葉は2.15US$/kgであり、輸出茶葉単価は輸入 茶葉の4.4倍となっている。図−8参照。総じて、輸入茶葉が低価格茶葉であ るのに対して、台湾産輸出用茶葉は高価格である。とはいえ、輸出用茶葉の 単位価格が急上昇しているのは2010年以降であり、12年以降若干低下傾向 にある。この輸出茶葉の単位価格上昇要因は、中国大陸からの輸入茶葉単価 の上昇に依っている。表−3参照。部分・全発酵茶ともに輸入量・単価が上 昇している。ちなみに、2013年度の台湾産・輸入茶の用途と比率をみると、 台湾産茶葉の約66.6%が観光客(土産・贈答品)と輸出用であり、(国内) 個人消費用を含めて比較的高中等品質茶葉が該当する。一方、飲食店(レス トラン等での喫茶、泡沫茶を含む)・ボトルド各種茶飲料工場用は比較的低 品種茶葉であり、輸入茶葉が使用される比率も計57.1%となっている。確か に、台湾への茶葉輸入は増加しているが、多くは安価・低品質茶葉を飲食店 出典)『台湾茶産業調査分析』40頁より引用
用・ボトルド各種茶飲料加工原料用として輸入しており、台湾産茶葉は大 陸・アメリカ・日本等への輸出用と観光客用にと用途が分けられている。し かし、実態的には厳密に区別されているのではなく、(国内)個人消費用に 低劣質(残留農薬も含む)の輸入茶葉が混入している問題が社会的にも指摘 されている(食品工業発展研究所[2014]63−65頁)。また、台湾産茶葉 にも加工原料用・飲食店用の比較的低品質な茶葉が約17%も存在しており、 輸入茶葉に対して淘汰される可能性は大きい。さらに、前述したように品質 が向上し、台湾への輸入茶葉としてだけでなく国際市場における比較的高品 質・高価格の台湾産茶葉の代替商品・競合品としての「台式茶」も増加して いる(張如華[2012]6頁)。「台式茶」は基本的に台湾茶農或いは台湾系企 業によって茶葉栽培・製茶技術が東南アジア地域(ベトナム・タイ・インド ネシア)或いは中国へ移転されたのであり、技術的には台湾自体が学んでき たように模倣可能であるが、土壌・天候等の環境面から生じる差異性・差別 性は大きい。しかし、国内外の消費者の嗜好性の変化は激しく、また多様化 しており、台湾産茶葉の優位性・独自性が受け入れられるか否かは別問題で ある。 図−7 台湾の茶葉輸出入量・額の推移 出典)『農産物貿易統計要覧_2014』5、11頁より作成
図−8 台湾輸出・入茶葉の単位価格の推移 表−3 台湾茶葉輸出国と茶葉種 一般的に、台湾の茶葉栽培農家は大部分が茶作戸(自産・自製・自銷)で あるが、粗製茶敞に茶葉を売却或いは製茶を委託したり、中間業者へ売却す る等のケースも多い(食品工業発展研究所[2014]15頁)。販売方式も最 近ではネット利用が効率的ではあるが、近隣地域の消費者が茶農園を直接訪 問し、試飲を通じて商品選択・購入する伝統的スタイルが未だ多い。各地域 の各種茶葉の特質を明確化・差別化するために地域・茶種別茶葉のブランド 化が進展しているが、同時期同地域で摘採されて同時に製茶処理された茶葉 商品でも、決して味と香りが均一・同質である保証はない。茶葉摘採時・半 発酵処理段階での天候条件や火入れ加減の違いで製茶葉の品質は大きく異な る。5 伝統的スタイルの利点は、同地域同時期の同ブランド茶葉でも均一的 出典)『農産物貿易統計要覧_2014』5、11頁より作成 出典)『台湾地区主要農産品産銷及進出口量値』各年度版より作成
ではない以上、自分で試飲して納得のいく商品を購入できる点にある。この 点は同時に、「自製」面での製茶業者と商品に特異性・差別性が存在するこ ととなる。商品としての茶葉は、茶樹と生茶葉の種類の違いばかりでなく、 その後の発酵加減・処理によっても異なる。台湾の製茶技術は古くは閩南地 域から導入してきたのであるが、その後の技術改良・発展によって台湾産茶 葉は全く福州産茶葉とは別物、と言われる。さらに、自製・自銷であるため に茶農家に価格決定権があり、また家族経営のため大量生産ではない。 台湾茶産業と茶栽培農家にとって82年の管理規則の廃止は、当時の国内 外茶葉市場からすると活性化面で有効であったが、茶葉栽培面積と生産量の 減少傾向に対処すべき課題は多い。
Ⅴ.おわりに
2013年度の世界の茶葉(主に紅茶)生産量5345.6万tの約67%を中国・イ ンド・ケニアのTOP3カ国が占めており、台湾は24位で生産量は0.3%にしか 過ぎない。また、2000年以降に生産量で成長著しいのは中国・インド・イ ンドネシア・スリランカである(FAOSTAT)。一方、輸出金額ベースで は、2014年度はスリランカ・中国・ケニアがtop3で世界茶葉総輸出量の 53.4%を占め、台湾は22位で0.61%を占めている(ITC TRADE MAP)。 また、対台湾輸出総額の「茶葉及びその製品」のシェアは2001年以降で 2014年度が最も高いが、僅か0.93%でしかない(『103年度農業統計要覧』 46頁)。台湾産茶葉の国内外市場での生産量・輸出額でのシェアは確かに 低いが、輸出金額ベースでは2010年0.36%、2012年0.54%そして2014年 0.61%と着実に上昇しており、世界の茶葉市場もまだ成長傾向にある。 台湾産茶葉の国際競争力をより強化するためには価格面ではなく、差別 化・高付加価値化志向を希求すべきである。具体的には現在実施されている 「茶葉のトレーサビリティ」制度の推進、有機農産品ラベル認証の普及と産 地ブランドの浸透・展開のための産地認証ラベル化推進、さらにCAS台湾優 良農産品ラベルの茶葉産品への適応、等の活動を普及させることで台湾産茶 葉の安全性と特異性を世界に認識させていくことが必要である。 今後の課題としては、茶農家及び各茶園区での生産・経営状況を課題とし たい。1882年に日本産茶葉の着色茶・偽茶・粗悪茶等の不正茶問題が発覚し、以後日 本産茶葉豪州市場から撤廃せざるを得なかった。その後、アメリカ市場でも同 様の日本産茶葉の質問題が発生し、ついにアメリカ議会により「不正茶輸入禁 止条例」が発布された。台湾からの再輸出分には、日本から台湾へ輸出された 茶葉に台湾で粗劣な茶葉を混入させてアメリカに輸出されていたのであった。 角山栄『茶の世界史』126−137頁。 その章程には茶葉交易の保護と改善、茶葉品質の向上、統一的包装容器への改 善、内茶葉市場動向の調査報告、から会員間の争議の調停仲裁、従業員への労 働管理、功労者の対応まで細かく規定・整備されていた。黄景漳他編6−17頁。 官によると、ピーク時に400社以上あった製茶工業が倒産により93年には80社 になってた。官俊榮 50頁。 ここでのフードシステムの構成は、時小山ひろみ他『フードシステムの経済 学』医歯 薬出版株式会社 2015年 3−5頁、によっている。また、以下の台 湾の分析は「103年我国農業及農食鏈統計結果」 http://agrstat.coa.gov.tw/sdweb/public/book/Book.aspx。 烏龍茶はこのうちの青茶に属しており、青茶自体は種類も多く、発酵度も30− 60%の幅がある。製造直後の葉が青っぽく見えるので青茶と称せられるが、中 国の製茶技術の中でも最も複雑で難しく、半発酵や火入れに微妙な加減が必要 で、そのほかにも高度な技術を駆使して作られる。磯淵猛『一杯の紅茶の世界 史』文春新書25−26頁。また、茶農家では家独自の伝統技術を用いて他茶葉と は異なるブランド商品を自製している、とする。2015年8月の宜蘭県冬山・三 星地区での茶農家・茶園への訪問調査による。また、地域農会や産銷班による 粗製茶工程での集約化の試みもあるが、各々の独自の伝統技術を優先する茶農 家は製茶工程での規模化に参加しない為に機能不全に陥っているところも多い。 (注釈) 1 2 3 4 5 参考文献 日本語 荒木安正『紅茶の世界』柴田書店 2001年 磯淵猛『一杯の紅茶の世界史』文春新書 2013年 伊藤園HP:www.ocha.tv/how_tea_is_made/pricess/schedule_oolong/(2015年11月 30日) 伊藤潔『台湾−四百年の歴史と展望』中公新書 1993年
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