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<コラム : 行く・読む・感じる> 物忌の夜

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Academic year: 2021

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<コラム : 行く・読む・感じる> 物忌の夜

著者

辻 涼香

雑誌名

KG社会学批評

10

ページ

47-50

発行年

2021-03-24

URL

http://hdl.handle.net/10236/00029387

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(3.コラム 行く・読む・感じる)

3-1.物 忌 の 夜

辻 涼香

1 はじめに 2020 年は、コロナ禍によって、フィールド調査をするのが困難な年であったといえる。多 くの祭礼行事が中止となり、遠方の移動や高齢者の多い地域を訪ねるのは憚られるようになっ た。筆者は、大学院進学時に「色々な場所を訪れてたくさんフィールド調査をするのだ」と、 夢を膨らませていたものだから、大変気落ちしてしまい、気づくと一年も月日が経ってしまっ ていた。しかし、フィールド調査ができないからといって研究ができないというわけではな い。フィールドに行かずとも、その地域の文献を集めることは可能であるし、それこそコロナ 禍のおかげでといってはなんだが、大普及した ZOOM などを用いてオンライン上で現地の 人々から話を聞くことは可能だ。 では、フィールドへ行くことでしか得られることができないもの、「フィールドから見える ひ い み もの」とは何なのか。本コラムでは、筆者が 2019 年に調査した伊豆大島の日忌様、神津島の 二十五日様の事例を取り上げて、「フィールドから見えるもの」を探していきたい。 ひ い み 2 伊豆大島の日忌様 ひ い み 伊豆諸島最大の島である伊豆大島は、1 月 24 日の夜に「日忌様」が海の彼方から来訪する という伝承がある。日忌様とは、悪代官を倒した 25 人の若者の幽霊と伝えられている。その 日の夜は、外出をすること・漁に出ること・海を見ることが禁じられ、扉や窓をしっかり閉め て、物音をたてずに早く寝なければならない。つまり、これが物忌である。 物忌をしなければ、日忌様の罰が当たってしまう。島の小学生が作成した『ひいみさま 泉 津の昔話 第一話』という紙芝居には、大声を出した者が受けた罰の話が載っていた。 ずうっと前にな、いつまでも泣いて寝ない子がいてな、とうとうおっかあが「早く寝ろッ テバ。」と大声でどなったって。そしたらな、「子ドマァいいから親だまれ」とこわい声が したって。おっかあはな、次の朝、原因不明の死にそうな病気になっただってよ。(東京 都大島町立泉津小学校 1987) なんとも母親にとっては不条理な結末である。ただ、日忌様は恐ろしいだけの存在ではな い。伝承に詳しい島民は「25 人の若者は悪代官を倒してくれた我々の先祖だ」「24 日の夜は、 KG 社会学批評 第 10 号 [March 2021]

(3)

先祖が帰ってくる日ともいえる」と語ってくださった。つまり、島民にとって日忌様とは禁忌 を破ると恐ろしい罰を与える存在だが、悪代官を倒してくれた勇敢な先祖でもある。 筆者は、フィールド調査のため、1 月 22 日からゲストハウスに宿泊していたが、当日の 24 日は男性の団体が宿泊するため、ゲストハウスのオーナーのご厚意で、別の場所に一人で宿泊 することとなった。 オーナーが用意してくださった美味しいカレーライスを食べ、申し訳なさとありがたさを噛 みしめていたのだが、段々、一人で過ごすのが怖くなってきた。テレビ番組を小音で聞いてい たが、あまり気が紛れない。そこで、景気付けにベビースターも食べることにした。しかし、 袋がなかなか開けられない。両手に力を思い切り込めることで無事に開けられたが、その際 に、パァンっと威勢の良い破裂音が鳴り響いてしまった。物音をたてるどころか、とても大き な音を出してしまった。日忌様の怖い話が脳裏によぎる。外から破裂音を咎める声が聞こえる ことはなかったが、妙な視線を感じた。後ろの上の方から、何かに見られている。泣きそうに なりながら、その方向に目を向けると、窓が一枚開いていた。慌てて駆け寄り、外をなるべく 見ないように顔を逸らしながら窓をすぐに閉めた。その後、窓も扉も戸締りをしたか念入りに 確認してから、今度こそ安心してベビースターを食べた。 今、あの出来事を振り返ると、おそらく開いていた窓から風が吹き込んで寒気を感じたが、 その寒気を外からの視線だと勘違いしたのだろう。 3 神津島の二十五日様 伊豆大島よりさらに南に位置する神津島は、旧暦の 1 月 24 日の夜に「二十五日様」と呼ば れる神が海の彼方から来訪すると伝えられている。その日の夜は、伊豆大島の日忌様と同様 に、外には出ず、物音をたてず静かに過ごさなければならない。物音をたててはならない理由 として、二十五日様は、その一年に何が起きるかを音でお知らせしてくれる神であるため、お 知らせの音を聞き逃さないようにすることが挙げられる。 お知らせの音を具体的に述べると、拍子木の音が聞こえたらその年は火事が起きる、鐘の音 が聞こえたら年内に葬式が出る、と伝えられている。また、襖が開く音が聞こえたらその家は 必ず死人が出るが、一度襖が開いてから再び閉める音が聞こえたら無事だ、という話もあっ た。 禁忌を破る者や二十五日様を信じない者は恐ろしい目に遭う。その日の夜に外出した者は、 気がふれてしまった・病気になった・死んでしまった、などと語られている。そのような恐ろ しい神ではあるが、同時に島民にとって休みを与えてくれる神でもある。今でも、二十五日様 が来訪する日は漁仕事が休みになるため、島民は「怖いだけではなく休みを与えてくれる神様 だ」と述べる。 筆者は、2019 年旧暦 1 月 24 日、つまり、新暦 3 月 1 日に民宿で一夜を過ごした。その日の 48

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などをいただいた。大変美味だったことを今でもよく覚えている。次の日には島を発つ予定だ ったのだが、帰りたくなかった。このままずっとここで美味しいものを食べていたい、と心底 から思った。 完食後、泊まらせていただいている二階の部屋でフィールドノートをまとめ直す作業をおこ なった。日忌様の時と違い、一人で夜を過ごすわけではない。階下の人の気配に安心しながら 作業に没頭し、一息ついたころには、日付が変わる頃になっていた。二十五日様の夜だから早 く寝なければならないと焦り、電気を消して布団で横になっていたが、やはり、こういう時に 限って目が冴えてしまう。しばらく寝がえりをうっていたのだが、突然、音が聞こえた。襖を 開く音だ。隣の部屋の宿泊客か、階下にいるこの家の誰かが起きて襖を開けたのだろう。その ように冷静に推測する自分と、二十五日様のお知らせだ、と瞬間的に思ってしまう自分がい た。襖が開いた音がすると年内に死者が出る、という話を思い出してしまった。私か、私の家 族が年内に死んでしまうかもしれない。「閉まってくれ、閉まってくれ」と目を強く瞑って念 じていると、数十秒後に襖が閉まる音が聞こえた。 4 フィールドから見えるもの 冒頭に、フィールド調査をせずとも研究は可能だと述べた。確かに、フィールドの伊豆大島 ・神津島に行かずとも、日忌様や二十五日様の文献を取り寄せて読むことは可能であったし、 ビデオ通話などをすることで聞き取り調査は可能だっただろう。だが、1 月 24 日の夜に自宅 で過ごしていたら、あれほどベビースターの袋の破裂音に怯えることはなく、襖の開閉音に一 喜一憂することも決してなかった。あの瞬間、物忌をしている島民と同様に、筆者の中でも日 忌様と二十五日様は確かに存在していたのだ。 論文に体験談を書くことはない。しかし、フィールドに行かなければ、現地の人に対して、 上記のような共感的理解を持って執筆することは不可能だった。 民宿の夕食 KG 社会学批評 第 10 号 [March 2021]

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この共感的理解を言い換えれば、筆者は、島民と同じように日忌様と二十五日様の存在が見 えていた、ともいえる。これこそがフィールド調査でしか得られないもの、「フィールドから 見えるもの」ではないだろうか。

参照

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