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フランスの経済計画をめぐる法的議論の動向

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フランスの経済計画をめぐる

     法的議論の動向

は じ め に T フランスの経済計画の一般的特徴 II伝統的な行為形式との対比を行なう学説 ] 新しい型の行為とみる学説 IV 計画に対する法的統制の志向 お わ  り に は じ め に  各種の行政計画の出現によって,行政計画が現代行政の最大の特色となって いるといわるようになって久しい。そして,このような事情にもかかわらず, これら行政計画の法的性質をめぐる議論,ひいては,行政計画の法的統制に関 する議論については,十分な理論化が行なわれるに至っていないことも事実で ある。ただ,近時,ドイツの議論を中心として詳細な研究が発表されているこ      1) とも注目され,また,わが国における議論においても,行政計画一般に関して その法的統制論を論ずることはできないとの認識が一般化しているといってよ 2) い。本稿は,フランスの,とくに経済計画をめぐる議論の動向を紹介し,もっ て,行政計画の法的統制論の一つの考え方をみることを目的とする。 1) とくに,芝池義一「計画裁量概念の一考察」杉村敏正先生還暦記念『現代行政と法  の支配』1978年187頁以下,同「西ドイツ裁判例における計画裁量の規制原理」『法学  論叢』105巻5号1979年1頁以下,村上博「ドイツ連邦共和圏における計画法理論研  究序説」『法政論集」81号1979年112頁以下。 2)この点については,さしあたり,拙稿「行政計画と行政法学のかかわり方につい  て」『彦根論叢』201号1980年75頁以下参照。

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 ドイツの計画論については,「ドイツ連邦共和国においては,行政上の計画 をめぐる行政法理論の形成は,都市計画行政の領域から始められた。したがっ て,都市計画行政領域における計画の特殊性が,行政上の計画をめぐる行政法       きう 理論の性格を規定することになったのである」といわれているが,これに対し て,フランスにおいては,都市計画(urbanisme)法制の展開において,計画 (plan, projet, programme)の手法が用いられてきたものの,当初から,それ が規則的な性格をもつ(私人に対する直接的な法効果を生ずる部分のみが問題 とされたといってよいが)ものと理解されていたため,計画そのものをめぐる        の 法的議論は,都市計画に関しては,なされてこなかった。計画をめぐる法的議 論が展開されるようになるのは,第二次大戦後の経済計画化(planification)        らう の結果生じるPlan=計画に関してである。  フランスの経済計画についてみれば,すでに,1929年のタルディウ計画(Plan Tardieu),!934年のマルクエ計画(Plan Marquet),1942年の国家的施設10ケ 年計画などがあったが,経済全体の計画化の必要性は1944年に公認されたとい ってよい。そして,1946年10月27日目公布された第四共和制憲法25条は,「人 の完全雇用と物質的資源の合理的利用を目的とする国家経済計画の策定」につ いて言及しており,経済計画は憲法レヴェルにおいて,その存在を公認された のである。この憲法の公布以前に, ドゴール臨時政府は,1946年に,計画庁 (Commissariat 96n6ral du Plan)を近代化設備計画(Plan d’ensemble pour la modernisation et l’6puipement 6conomique de la m6tropole et des territ  3)村上・前掲論文117∼118頁。  4) フランスにおける都市計画法制の成立,とくに計画的手法の導入の意昧は,とりわ   け損失補償との関連で評価されるべぎことについて,拙稿「フランスにおける都市計   画法の成立に関する一考察」←)口,『法学論叢』102巻2号1977年55頁以下.同103巻   4号1978年71頁以下参照。  5) 本稿においては,とくにことわりのない限り,Plan(通常,大文字ではじめられ   る場合,第1次∼第8次計画をさす)およびplanを計画, planificationを計画化,  programmeをプログラム, schemaを基本計画と訳すこととする。それぞれ,わが   国における用法にしたがえば,計画という言い方が,通常,されるものといってよ   い。

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       フランスの経済計画をめぐる法的議論の動向  79 0ires d’outre−mer)の策定のために設置したのである。この計画庁は, J.モ ネ(Jean Monnet)を初代長官とし,計画策定の具体的な作業を近代化委員会 (Commission de modernisation)において行ない,1947年からの第1次計画 (近代化設備計画,モネ・プラン,Plan Monnet)以下,後に,経済社会発展       6) 計画と名称を変えて,今日まで第七次の計画まで実施されている。本稿におい ては,これらの経済心慮をめぐる法的議論が検討の素材とされる。 1 フランスの経済計画の一般的特徴  ここで,フランスの経経済計画について,その一般的な特徴を,本稿におい て必要と思われる範囲において,検討しておくこととする。  〔1〕 フランスの計画の特徴は,通常,つぎのようにいわれている。すなわ       1) ち,それは,指示的(indicatif)であり,柔軟な(souple)ものである,と。        2)  まず,指示的な性格は,社会主義諸国における計画を特微づけるとされる命 令的(imp6ratif)な性格との対比で説明されるものである。すなわち,指示的 な計画は命令を与えるものではなく,それは,目標と選択(options, pr6f6rences) を定め,かつ,推奨(recommandation)を含むが,指図(prescriptions)は含 まない。そして,さらに,計画はきわめで多様で異質な内容をさえ含む。それ  6)新田俊三『フランスの経済計画』1969年参照。(これは第5次計画までについての詳   細な研究である。)また,橘木俊詔「フランス経済計画の歴史的変遷とその評価」『大   阪大学経済学』28巻1号1978年35頁以下参照。さらに,P.マッセ(岡山隆・寿里茂   訳:)『計画の思想一偶然性との闘い一』1972年は,計画化の推進者の考え方を詳しく   述べている。仏文の包括的な文献としては,Y. Ullmo, La planification en France,   ユ974,がある。  1) この点の叙述は,A. de Laubadさre, DrQiヒpublic 6conomique,2e 6d.,1976, PP.   328et s., M. Waline, Une d6cennie de droit administratぜ1963−/973, Jurisclasseur   6d. administratif, pr6face,1974, p.3;R. Houin, Laplanification frangaise,勿hrg.   J.H, Kaiser, Plannung■, Begriff und Institut des Plans,1966, S.150f.による。  2)社会主義国家における計画をめぐる法的議論については,V., P. Stainov, La nature        ノ   juridique des actes de PlaRification dans L’Etat socialiste, R D. P.,1964, PP.58   ets,

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らをまとめると,①社会状況,経済的条件,発展についての分析,②将来あ りうる諸傾向,成長率についての予測,③選択的条項(dispositions optatves) の存在,となる。そして,これらは,推奨であるが,これらの推奨は,目標お よび「企画すべき活動」 「提案された活動」を含むが,基本的に,投資にかか わるものである。計画に示される目標は,すべてが同様の精確さでもって定め られているわけではない。すなわち,具体的な数字で目標を定めているものも あれぽ,きわめて包括的な規定でもって目標を定めているものもある。しか し,その精確さの程度がどのようなものであれ,この推奨は,選択的かつ指示          ヨ  的な性格しか有しない。  つぎに,「柔軟な」性格については,以下のように説明される。すなわち, 柔軟なということによって,計画の実施中における修正・順応が示されている のである。これらの修正・順応は,新たな経済状況や計画の実施中に得た体験 を考慮するためのものである,と。  〔2〕計画は,対外的には,官報に法律の附録(annexe)として示されるも のである。形式的にみれば,計画の策定過程のあり方,計画に対する国会の承 認の有無などが計画の法的性質をめぐる議論に影響を与えるが,各次の計画の 承認を行なう法律は,周知のように,1条のみから成り立ち,計画を公示する 旨しか述べていないので,この法律の内容から,計画の法的性質を導くことは        ラ 困難であり,また,近代委員会による計画の策定そのものからのみ計画の法的 性質を論じることは不可能であったといってよい。結局,このような方法によ る理解は,1947年にリヴェPがモネ・プランについて行なったように,計画は       の 「義務的効力をまったく有しない純粋に技術的な」行為であるとする結論を導 かざるをえなかったのである。  このような理解は1960年代に至るまで一般的なものであった。!958年に「フ  3)ただし,たんIC指示的なものではなく,事実上,多くの他の活動と結びつくことに   よって,それは,活動的(actlf)なものであるとも説明される。         ・  4) フランスの経済計画の策定過程については.手島孝「現代憲法と国家計画一」「法政   研究』38巻2−4週置号1972年186頁以下に詳しい。  5) J.Rivero, Le Plan Monnet et le Droit, D.1947, chron,, p.132,

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      フランスの経済計画をめぐる法的議論の動向  81       のうンスの計画化の法的制度」と題する論文を書いたブールドソクルの見解を例 としてこれをみることとする。彼はつぎのように分析している。「計画は強制 的行為(actes de coertion)ではない。それは,すべの実行者の同意と協力を 訴える。それは,経済的生活における信条(acte de foi)でもあり,ほとんど 賭に近いものでもある。計画はr指導経済』の領域のものではなく,r協議経       7)      8) 済』の領域のものである。」「結局のところ,計画は誓いでしかない」と。ま た,法律との実質的な相違については,「計画は,『指示』<directive>の総体 でしかない。それは,あいまいなことが多く,中期ないし長期の経済政策の基 本的な方向づけを定める限りで,故意にあいまいなのである。これに反して, 法律は,その明確さによって特徴づけられる。すなわち,それの条項は,十分 目      の に『精製され』,適用を承認されるほどに正確にされなければならない」と指 摘する。そして,柔軟さと「指示」のあいまいさとを関連づけ,あいまいさが 経済状況への対応の必要から生じたものとする。「というのは,あらゆる瞬間 に,計画のr指示』は,特別の形式なしに,経済上の局面の展開に対応しうる ものでなければならないからである。」「その性質上,計画は所信表明(d6clar− ation d’investiture)に似ている。」「計画はそれ自体としてなんら強制的効力を 有しない。政府と国民議会の一致した意思によってそれを獲得しうるだけであ る。計画は,少なくとも(国会で)承認された段階では,経済上の信任投票 (investiture)でしかない。計画は常に実施の手段を前提とする。計画化とは        エの たんに計画を策定するのみならず,多数の第二次的計画の執行でもある」と。 すなわち,計画と法律との対比を行ない,それによって,計画の法律的性質を 否定し,このことから,計画の法的価値,法的意味の承認にも消極的な態度を とるのである。 6) R. Bourdoncle, Le R6gime Juridique de la Planification Frangaise, S. 195S,  chron., p. 33, 7) ibid. p. 34. 8) ibid,, p. 38. 9) ibid,, p. 39. 10) ibid. p. 39.

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 〔3〕 フランスの経済計画の展開をみる場合,その基礎的理念として「協議  ユ  経済」「協議」(1’ec・n・mie c・ncert6e, c・ncertati・n)ヵミ重要な意味もつ。  まず,協議経済については,「国家を中心として,企業と労働組合の代表が これに加わるという管理形態は,実は戦前からフランスのもっていた伝統であ       エの って,戦後突如として創設されたものではない。このような利益代表による管 理形態を,国民経済レベルにまで適用しようとしたのがフランスの経済計画に ほかならない。それは俗にいう混合経済であり,フランス人のいう協調経済で ある。換言すれば,第二次大戦後の再編のための絶好の機会をつかんだフラン スは,協調経済という方式をもって,国民経済の体質改善を図ろうとしたわけ    ヨ  である」といわれている。この協議(協調)の理念は行政について様々な影響 をあたえ,契約を中心とする非命令的な手法や参加の根拠づけとしても大きな        ユの 役割をはたしているといわれる。計画についても,この協議の考え方は,とく に近代化委員会において,各利益代表の協力という形で,実現を指向するもの とされる。一言でいえば,この策定における協議が前提とされることによっ て,命令的な性格を有しない計画が実効性をもち,また,その柔軟性も担保さ れている,との理解がなされるのである。  協議を基礎とする,新たな行政現象が,展望的行為(acte prospectif)など の呼称とともに,最:近のフランスの行政,そして行政法を特徴づけているので   ヱら  あるが,このような状況において,計画が有する意味は,結局のところ,G. ビユルドーの指摘するように,「計画化,これは国家介入の合理的な形態であ るが,は議会に対する(行政の一見上線)卓越を確保するためのもっとも権力       ヱの 的な要因となる」ということ,いいかえれば,行政権の拡大現象の反映であ !1)通常「協調経済」と訳されている。 12) これについては,兼子仁『現代フランス行政法』1970年115頁以下参照。 13) 新田・前掲書14頁。 14) A,de Laubadさre, L’administration concert6e/in M61anges Stassinopoulos,1970,  pp.407 et s. 15)磯部力「フランス行政法学の新傾向」『公法研究』38号1976年244頁以下。 16) G.Burdeau, Trait6 de sciences politiques,1957, V旺, p.470.

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フランスの経済計画をめぐる法的議論の動向  83 る,ということになろう。         皿 伝統的な行為形式との対比を行なう学説  〔1〕1960年代になっても,リヴェロが1947年以来指摘してきたような法的 性質否定論は存続する。  そのなかでクェルモンをとりあげると,彼は,計画に記入されているプPグ ラムは法的効力を有せず,法的秩序(ordonnancement)の外部にあり,その結       果,それは法的行為のヒエラルヒーの外部にあると結論づけた。クェルモンの 述べるところは以下のようである。  まず,計画に記入されている諸決定はなんら法定効力を有しない。法律とか 政令によって承認された計画は,その法律(もしくは政令)に付属するたんな る報告にすぎない。このように法的行為に付属するたんなる報告を構成してい る計画は法的秩序の外部の文書を構成する。それゆえ,規範のヒエラルヒーに おいて計画が占める位置を研究すること,さらに,それを超法律として述べよ         うとすることも研究の対象になりえない。そして,計画は,行政の裁量権であ れ,いわんや国家の主権であれ制限することができない,ということが結論 づけられる。いかなる行政当局も計画に記入された決定を基礎として言上権 (comp6tence−li6e)を根拠づけることはできない。計画の適用についての裁判 的統制は,計画の指示(directives)が適法性(16galit6)の根拠となる行為とし て承認されないかぎり,認められないことになる。       お   つぎに,計画化は,法的秩序とは対照的な決定のあり方を対置する。その理 由は以下のようなものである。第一に,法的決定は,つねに,法の主体(sujet de droit)に帰一される。それに対して,計画に記入された指示(directive)  1) J.一LQuermonne, Les 6ffets de la planifica亡ion au niveau de 1’appareil politique  et de l’ordonnancement juridique, in La planification comme processus de d6cision,   1965,PP.99 et s.  2)  ibid、, p.100.  3) ibid., PP.110 et s.

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は近代化委員会においてなされた合意から帰結する。すなわち,全員一致型の 「協議的決定」<decision concert6e>が問題となっているからである。第二に, 法的行為は定型的なものである。それに対して,計画は,従来から存する法的 用語を無視する。計画に記入された指示は,以前からあるいはいかなる法源  (texte) にも似な:い, とQ  このように,クェルモンは,伝統的な法的行為形式との対比を行なうことに より,形式的に,計画の法的性質・法的効果を否定したのである。  先にみたブールドンクルは,計画の法的性質を否定して「フランスの計画化       のはいかなる特殊な法律上の制度によっても特徴づけられていない」と結論づけ た。しかし,このことは,ただちに,計画に対する法的統制の志向の否定まで も意味するものではなかった。ブールドンクルはつぎのように述べる。 「われ われは普通法(droit commun)によって計画が実施されると結論しなければ ならないのか。それは,いきすぎであろう。計画から生じた経済・財政上の問 具百1、十  争一ナミ「爵rハ諾「必飾しも∼FアR’件箭自答月」・・洋 汽ア言a/ rA乙h71ア Z一脳子£’詳」1刺青苫要・…田 ,,ZSNON, t“ノノJ F=;一ノ夙IH」IJ4)d■i)  IJ一㌧llJ二[⊇聾一1 \v−St/  vノノんVL−TL4しiLv/vノ主主主1鎚」’と[p旧

したのである。すなわち,その重荷は,長期にわたるかなりの法的変遷を決定       ら  づけたのである」。そして,そこでは,計画化の技術的性格が決定的な意味を もち,そのために法的統制の困難さが生じるとの理解が示されたのであった。 けれども,彼は,「フランスの計画化の法制度は,確かに,普通法に従うが, しかし,計画化によって生じた問題によって大きく転換せられた普通法に従う のである」とし,行政権の拡大が憲法レヴェルにおいても確認される第五共和 制の成立に際し,行政の新しい活動形式に対する新たな法的把握の必要性を力          ラ 嘱していたのである。  〔2〕 ここで再びリヴェロの説をみることとする。リヴェロは1963年の研 究集会の報告において,クエルモンの説と自らの以前の説についてっぎのよ 4) Bourdoncle, op. cit., p. 42. 5) ibid. 6) ibid.

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      フランスの経済計画をめぐる法的議論の動向  85       7)      8)         9) うに述べている。すなわち,(リヴェPの)「1950年の論文は一つの経験を反 映している。しかし,その経験は,……法律主義(1’Eglise juridique)の生徒に とってきわめて期待をうらぎるものであった。」最初は,「ともかくも,伝統的 な法的形式た頼るのが都合のよいことであろう」とわれわれ(諾リヴェロ)も 考えていた。しかし,計画を策定し,それを実施することにおいて,「われわれ は,法からその枠組みとか手続を借りることなく,国家の大事業を管理し,機        10) 能させることができるのである」と。ただししりヴェロは,クェルモンが結局 は法的秩序の存在そのものを疑問とするようになると思われる点や,計画は法 的行為および法的制度の概念の一種の崩壊に至ると考えているような点につい ては同意できない,としつつ,以前よりも,そしてクェルモンよりも,計画の        1ユ) 法的統制にやや積極的な姿勢を示す。すなわち,「われわれは,法について非 常に固定的(statique),非常に硬直した概念をもっているから……,われわれ は計画の中にわれわれの法を認めなかった……。このことから,計画は法には        12) 入れられない,という結論が生じるのである」と。そして,彼は,近代化委員 会などの伝統的には存在しなかった全く新しい型の行政機構などによる行政が 存在することに注目し, 「このように計画によって生ぜしめられた諸要素から 一定の訂正を見出すことができる。それは,すでに,実定法に挿入される方向       ぎお  に向かっているものであり,新しい制度を準備しうるものである」とするので ある。そしてさらに,古典的な一方的決定(行政行為)との対比で,つぎのよ うに展開する。 「制裁の威赫は,国家全体もしくは圏の経済行動の再形成が問 7) J.Rivero, Le Plan et le Droit, i7z La planificatエon comme processus de d6cision,  1965, pp. 121 et s. s) J. Rivero,Le problem juridique du plan Monnet, Dr. Soc,, 1950, XXXVI, p. 16  のことである。 g) リヴェP自身がモネ・プランの策定に関与したこと,モネ・プランをはじめとする  計画が,主として,法の枠外でつくられ実施されたことなどをさす。 10) Rivero, Le Plan et le Droit pP・ユ2!et 122. 11) V., L. Sfez, L’Administration Prospective, 1970, p. 192, 12) Rivero, op. cit., p. 122. 13) ibid. p. 124.

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題にされるときには,無能である。」そして,これらの行動が「統制の可能性 を大きく越えていることは,われわれが不適当であると知っている制裁の威赫 をやわらげる。それゆえ,われわれは,決定がその任務を充足するために,す なわち,その行為者によって望まれた方向に現実を変えるために,公権力に頼 ることをあてにすることはできない。」そこで,「別のもの,すなわち,行為の 実効性の原理が必要である。われわれはそれを様々な方向において見出すこと ができる。同意と説明という二つの基本的な主題,これらはどちらも『協議 concert』の概念に含まれているのだが,が現われるのはここにおいてなのであ る。」「今,私は客観的根拠(r6f6rences objective)Uこ訴えることによって権力 の専断性を縮小したいという希望……に非常に驚かされている。」「計画をr専 断の還元済』にするという考えは,現時点で,非常に広がっている。権力の決 定は不可侵の根拠をもつことが望まれる。この客観的な条件の設定について は,それからひきだす結果をめぐる議論についてと同様に,利害関係老の参加 ぱ可能である。確かに,参加は調整の問題を残す。しかし,より根本的には, 参加は,明らかに,法的行為の新しいカテゴリーの創出を必要とする。この法 的行為の推進力(ressort =ぽね)は,行為者の意思という伝統的な古い推進力       の ではなく,同意とか理由づけなのである。」 ここにリヴェロが,計画の法的性 質を否認する反面,計画と法とのかかわりを重視していること,計画が行政の 根拠ないし基準として機能するためにはその策定における手続が重要な意味を もつことを指摘していたことが理解される。 「展望的行為」などの語は用いな いものの,新しい行政内容の増加,行政権の拡大現象に対して伝統的な行為形 式が十分には対応しきれないことの埋め合わせとして,新たな行為形式,とく       ユヨ  に「協議的手法」が必要であるとしているのである。計画についても,この意 味で,高い評価を与えており,新しい行為としてこれに法的性質を認める可能 14) Rivero, op. cit., p. 125. /5) これに関連して,契約的手法についてのりヴェPのとらえ方につき,浜川清「いわ  ゆる経済契約の理念と現実」杉村敏正先生還暦記念『現代行政と法の支配』1978年226  頁以下参照。V., J. Rivero, A propos des m6tamolphoses de radministration d’au・  jourd’hui: d6mocratie et 1’administration, in M61anges Savatier, 1965, pp, 830 et s.

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      フランスの経済計画をめぐる法的議論の動向  87 性は残していたといってよいが,ただ,なおも,その法的統制論については, 全く言及がなされていなかったのである。  〔3〕1960年代の後半から,計画についての法的検討が多く行われる。その なかでも,計画について法的性質を否定する見解は存続する。そのなかで,ヴ       ララショの説をみる。彼は「計画化と公法」と題する著書において,社会主義国 における計画との比較的検討を社会・経済的制度に関する詳細な検討をも含め て行なったのちに,つぎのように結論づけた。 rフランスのr指示的な』計画 化について,われわれはそれが真の計画化ではないことをみてきた。指示的な 計画化は資本主義体制内部における組織的な協議(concertatlon)にすぎず, それは経済構造の基本的統一性(cohesion)にいかなる修正も与えるものでは ない。……しかしながら,指示的な計画化に関しても,公法は計画の実施に必 要である。……ところで,公法のみが,その一元主義を私法の多元主義とおき かえて,この協議を実現することができる。公法のメカニズムは,計画化のプ ロセスの三つの段階で関与する。すなわち,組織化・実施・法的統制の三つの 段階である。組織化の段階では,公法は,概念・策定・協議の骨組みをつく       ユ   る。実施の段階では,法の活動は公的部門に関する限り直接的である。」 法的 統制については彼は以下のように述べる。「計画は国会によって承認される。 それゆえ執行権力は,適法性の原則に応じてそれを実施する義務がある」とい うのである。しかし,ここでは,計画が直接的に適法性の原則に従うことを意 味しているのではない点に注意が必要である。「われわれは,この研究におい て,計画の実施は,古典的な法的行為の介在によって確保される,ということ をみてきた。これらの行為は,有効かつ効率的なものでなければならない。そ れの有効性は,適法性の通常の制度を基準にして認定される。これに反して, それの効率性は計画との比較で認定される。しかし,これら二つの概念は合致 しない。すなわち,行政裁判官は,彼が計画の実施のために定められた行政行 為の適法性との適合性を統制しうるとしても,それの計画への適合性に関し ユ6) G.S. Vlachos, Planification et Droit Public,1970. 17) ibid., p. 243.

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ては,そうはできない。統制の排除の理由は,行政に広範な自律性を与える必 要性に根拠をおく。それは,行政が命じる措置を経済的状況における出来事 (a16as)に適応させるためである。……計画化に関しても,計画への行政行為 の非適合性から導かれた理由(moyen)は(訴訟においては一見上注)排除さ         ヱきう れなければならない。」要するに,ここで法的判断の対象とされるのは,計画 の実施において介在する古典的な法的行為(とくに行政行為)であって,それ に限定されている。計画そのものを法の体系内におくことは否定され,「計画 の諸規定は……鵬束権の根拠を構成しない」とされたのであり,ヴラショの検 討は「フランスにおける計画化に関する法は不完全な法であるとの結論に導く       ユの もの」であったのである。 M 新しい型の行為とみる学説  〔1〕 1960年代後半から70年忌初頭にかけて,計画の法的性質を単純には否 定せず,それに何らかの法定性質を見出そうとする説がいくつか登場する。こ れらの説は,上にみたごとく計画を伝統的な行為形式にあてはめようとするこ とが基本的に失敗したことと,とくに60年代以降展開する新たな行政現象への         行政法の積極的な対応の必要が生じたことを根拠として,計画を従来存在しな かった新しい型の法的行為の一つとして把握しようとするものである。先にみ たりヴェロの見解の軌道修正にもこのような傾向がみられたのも事実である。 法律家ではないが,ウーアンは,フランスの計画についての包括的な報告を行 なう中で,計画は「まったく法的価値をもたない文書ではない」と結論づけ, それは,新しく形成されつつある経済法の一側面を形成するものと,60年代半 ばの動向を理解している。そして,計画の性質は,その策定のあり方によっ        て,決定的な影響を受けることを示したのであった。このような理解は,何人 18) ibid., p. 245. 19) ibid., p. 245. 1)契約的手法も,このこととの関係で評価されるべぎであることにつき,浜川・前掲  論文参照。 2) Houin, op. cit., pp. 153 et s.

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      フランスの経済計画をめぐる法的議論の動向  89 かの説によってさらにすすめられていく。  そして,このような理解の前提として,行政権の拡大・新たな行政現象の展 開を,従来の行政のあり方と対比して,「展望的な」ものであるとする行政観 ヵ・搬化してくるとい。てよ∴たとえば,「鯉的行為ac…p…pec・if」に ついては,従来の「立法行為,規則制定行為は,一定の与えられた目的に規範 を適用する。しかし,このプロセスにおける基本的なものは,すでに定められ ている目的に到達する手段の基礎となる規範である。」「しかし,基本は,スケ ジュールにあるのではなく,実現されなければならないものを定める行為にあ り,そこに到達すべき手段のみが問題となるではない。それゆえ展望的行為 は,手段上の義務ではなく結果上の義務を課すことを目的とする。」そして,こ れらの展望的行為として,「方向づけ法律」<loi d’orientation>や計画化の各       の 種行為(計画,指導基本計画など)があげられるのである。ここでは,目標の 達成,結果の発生に大きな価値を見出すのであり,その実現のプロセスにおい        のては,協議の手法が重視されるのである。  〔2〕 展望的行為について,はじめて総括的論文を書いたのは,シャパルで ある。彼は,リヴェロが法的統制手段の不十分性を知りつつも新しい行政現 象・行為形式の展開を歓迎したのと異なって,以下のような検討を行なうので ある。        の  まず,計画化の現象に付随して展望的行為が形成されることが確認される。 それは,計画,方向づけ法律,国忌整備の領域における指導基本計画などであ る。これらに共通するのは,一定の期間内に達成すべき目標を確定することを 目的としている点にある。そして,さらに共通することは,その定める内容の 3)磯部・前掲論文参照。L・Sfez, op・cit・;P・ChaPa1, Pecherche sur la notion et le  regime des actes juridiques b Caractere “prospectif”, A. 」. D. A,, 1968, ppL 323  et s.; M. Bazex, L’61emient prospectif dans la loi d’orientation fonciere, R. D. P.,  1970, pp. 854 et s. 4) Chapal, op. cit., pp. 323 et s. 5)契約について,浜川・前掲論文参照。 6) Chapal, op. cit., p. 325.

(14)

あいまいさ,不明確さである。このような行為は,伝統的な法的行為が,その 過渡の形式主義ともあいまって,予測にもとづいた行政を行なうなどについて       アラ 無能力であることが明らかになったために,登場したとする。そして,計画の 法的効力については,つぎのように分析する。まず,計画が法的性質をまった く有しないとするクェルモンやリヴェロの説を批判して,「わが国において展 望的行為によって占められた重要性を前にして,われわれは,まったく義務的        強制力を有しない予測のみが問題になっていると認めることはできない」とす る。ただ,「展望的性格の行為から生ずる法的強制力は法規範のそれと正確に 比較しうるものではない。というのは,独特のかつ比較的最近の行為が問題に なっているからである。それゆえ,人はさらに,それらを法的行為のピラミッ ドの中におくことができず,また,それらが担保(sanctionner)されるかも示 すことができない。というのは,制裁は未だきわめて未発達であるからであ る。しかし,それらが一定の義務的強制力を備えようとする範囲においては, 不十分にしか制裁を有しないにもかかおらず,法的秩序へそれを挿入すること は可能である」と。それでは,法的秩序においてはどのように位置づけられる のであろうか。「いかなる展望的性格の行為も憲法上の価値を有しない。」計画 のように,それのうちの一定のものが憲法によって定められている場合であっ      の もそうである,とシャパルはいう。  展望的行為のもつ柔軟性と,強制力との調整は困難なものであるが,@展望 的行為は行政に対して課せられる,⑤展望的行為を要因とする法的行為の介在 によって私人に課せられる,とシャパルは分類する。  ③についてはつぎのように説明される。「ある場合に展望的行為の行政にと っての強制的性格が,その行為が立法者によって承認されたという事実から生 ずる。それゆえ,執行権力は,適法性の原則に応じてそれを実施しなければな らなくなる。計画についても,それが法律によって承認される場合は同様であ 7) ibid., p. 327. 8) ibid., p. 329. 9) ibid., p. 330.

(15)

      フランスの経済計画をめぐる法的議論の動向  91 る。」「この国会の承認は,計画に法律の価値を与えるものではない。」それに もかかわらず, 「国会議員による採択は,この基礎的な行為に国民代表の承認       ラ を与えるのみならず,可能な範囲で政府を拘束することを目的とする。」「さら に,経済分析の文書と異なり,なんら効力のない文書を策定するにあたり,な にゆえ政府が人々の意見をきき,苦労を重ねるのか理解できない」として,ロ ーバデールの「国は計画を尊重し,適用し,実施しなければならない。国は計 画が公布されてしまえぼ,それらがまったく自由に自らの手に委ねられている と考えることはできない」ということばを肯定的に引用する。そして,結論と        ヱの して計画により「国は自らに対して約束する」とする。  計画(展望的行為)が行政に対して課せられるとするシャパルの説で,注目 すべき点は,展望的行為自体におけるヒエラルヒーの考え方である。そのヒエ ラルヒーの「最高規範」として,経済社会発展計画があり,そのつぎにその計 画の適用に必要な方向づけ法律とプログラム法律がある。また,圏計画・指導 基本計画についても同様である。このヒエラルヒーはすべて,行政が公布した 行為を尊重し,それらの行為が相互に矛盾しないように注意するという行政の       ユ  義務に根拠をおいている,というのである。  また,シャパルは,行政を拘束するということから,いわゆる行政の内部的 行為との異同を検討する。そして,行政に対しては義務的であるが,私人に対 しては対抗できないという性格は,内部的行為と同様に越権訴訟によるそれの 取消しを不可能なものとする,とする。「この訴訟の不可能性の正当化は,行政 に広い自律性を委ねる必要に依拠している。」 このように行政に自由を与える 理由は,内部的行為については,役務の組織・管理の自由であるが,展望的 行為については,それが経済政策および政策的誘導において基本的な役割をは たしており,展望的行為は「経済的状況における出来事(a16as)に措置を適 応させる必要があるからである。そして,内部的行為が適法性の根拠とはなら ないときに,展望的性格の’行為は法的決定を促進(inspirer)することができ 10) ibid., p. 330. !1) ibid. p. 331.

(16)

  る」と。すなわち,ここでは,展望的行為とそれに後続する行政決定との関係 が重視されるのである。  ⑮については,シャパルはつぎのように理解する,すなわち,私人について の展望的行為の義務的強制力はほとんど凸面である。これは,計画化の柔軟か つ奨励的な性格から生ずる。展望的行為は「より古典的な法的規範によって具 体化される必要がある。われわれは,展望的性格の行為がきわめて多数の措置 の基礎となっていることをも確認する。」 シャパルは具体例として,土地利用 の方向づけの法律が,指導基本計画の適用のための法的行為として,規則的性 格を有する土地占用計画を定めるべきとしていることをあげる。彼はこの点 に,「法的行為を直接に個人に対抗しうるようにr方向づける』展望的行為をみ るのである。」「われわれは,さらに進んで,実務においては,展望的行為は私 人に対して直接に対抗しうるようにさえ思われる。」「直接的になり,古典的な 法的行為の介在なりによって,展望的性格の行為が私人に課せられるに至った ことをみるのである。それらは,基本的には,立法・規則制定権力の保持者の 活動を指揮するための目標を定める範囲においてそうである。」 しかし,展望 的行為が不明確にしか定められていないこと,制裁の不十分なことが,私人に 直接的に適用されることを妨げるとする。そして,実効【生を担保するために,        ユの 制裁に代わりうるものは誘導的機能であるとするのである。  このような検討を経たのち,シャパルは,展望的行為について「法の衰退」 を語ることができる反面,それが,法の新しい領域を,経済規制の領域におい て,予測という視角から,形成しはじめたと考えることができるとするのであ       ユのる。そこでは,協議にもとつく誘導から独特の制裁が生ずるというのである。  以上,シャパルの説をみた。そこでは,計画を中心とする展望的行為を,新 しい行為として,法的に捉える余地があることを示しつつも,その法的統制に ついては,具体的な方向を見出せないでいるのみならず,その内容が不明確で 12) ibid., p. 331. 13) ibid,, p. 332. 14) ibid., p. 334.

(17)

      フランスの経済計画をめぐる法的議論の動向  93 あることをやむをえないこととし,行政により広い「自由な」範囲が認められ ていくことを是認するのであった。  〔3〕異なる角度から計画の法的性質について分析するものにジャコがい   う る。彼は協約説とでも呼ぶべき説を主張していた。  まず,ジャコは,クェルモンをはじめとする計画に法的性質をまったく認め ない説,それをもっぱら政治的性質の行為とする説を批判する。すなわち,  「すべての法的行為の内容と同様に計画の内容は,規範的(normatif)な性格 をもつ。……計画は,将来そうであろうというものを示すのではない。計画は そうであるべきことを規定する。そして,このことは法的行為に特有なもので  ユの ある。」と。「今日,計画の諸条項の侵犯を,国の役務によるものであっても, 裁判官によって制裁させることを可能にする訴えはなお存在しない。しかし, このことは,おそらく,計画の特別な法的性質によって説明され,いずれにせ よ,われわれには,それに法的行為の性格を否定するので十分であるとは思わ れない。われわれが憲法および国際法の規範の大部分が法規範ではないと認め るのでなければである。」 それでは,計画は法的行為のどのようなカテゴリー に入るのか。それは,協議によって特色を与えられる。そして,ジャコは, フランスの計画は法律ではなく,集合的行為(acte col旦ectif),合同行為(acte union)に分類されるとする。「契約のように,これらの集合的行為は意思の合 致から帰結し,原則として,それの形成に協力した者,それの内容を自発的に 承認した者に関してのみ効力を有する。集合的行為は,かくて,法律とは根本       エア  的に区別される。」計画は,その本質において,法律よりも条約・協定に近い。 「計画は,事実,経済・社会領域を管理(rさgir)することを目的とし,……。 国家が多くのもののうち一つの権力しか構成せず,国家間とか私人間とかの関 係に存在する状況に類似した状況にあるのである。かくて,集合的行為の理論 !5) H.Jacquot, Sur la nature juridique des plans frangaise, Dr. Soc.,1969, PP.361  ets. 16) ibid., p.361。 17) ibid., p.362.

(18)

は,フランスの計画の法的制度のなんらかの適合によって説明されるだけでな く,フランスの計画の法的制度にとってその完全化をもたらすことを約束する       のに都合のよい方法をも示す。」しかし,「計画はなおも,その条項が利害関係 者の何人かによってのみ裁可されたような条約のごとき大きな手段の範囲内に 示される。法的平面における計画の実効性は,この事実から,かなり限定され 19) るQ」  協議的手法の全面的肯定,行政=管理論を前提として展開されるこの計画を 集合的行為とする説は,実質的観点からは集合的行為の特質をつぎのように みる。すなわち,それを通常の規律規範(normes−rきgles)と異なる目的規範 (normes−objectifs)であるとするのであ。 rフランスの計画の諸条項は,実現す べき施設,とるべき立法的もしくは規則的措置,達成すべき目標もしくは行使 すべき手段に関することを示すのであり,その名宛人が達成するように努力し なければならない目的もしくは結果を指示することによって彼らの義務を定め るのである。」 このような規範は,結果についての義務を生ぜしめるものでは なく,行動をなす義務(obligations de comportement)のみを生ずる。ただ,       のこの行動をなす義務はきわめて萌芽的なものであり内容は確立していない。  以上が1969年のジャコの把握であった。この理論については,私的部門と公 的部門の利害に基づく同意に重きをおいた点は積極的な支持を得ることがでぎ たが,それを契約的に捉えることについては,国・政府に対する相手方たる契 約当事者がいないので,それを契約とみることはできない,との批判があっ  の た。ジャコ自身も1973年の著書で,「この集合的行為の理論のフランスの計画 化の体系の最初の論理に関する利点がどのようなものであろうとも,この理論        は,その体系の今日の展開と両立するのは困難であるように思われる」とし 18) ibid,, p. 363. 19) ibid. p. 364. 20) ibid., p. 366. 2!) P. rS([. Gaudemet, La planification economique et les transformations du droit  public frangais, in M61ang6s Ganschoff, !974, p. 497. 22) H, Jacquot, Le statut juridique des plans frangais, 1973, p. 228,

(19)

      フランスの経済計画をめぐる法的議論の動向  95 て,見解を修正し,つぎのように結論づける。すなわち,公権力が計画を承認 するにあたり行なった約束(engagement)は,一方的な性格の行動をなす義務 を生ずるが,これを重視して,それは国家の一方的な約束であるとするのであ 23) るQ  ジャコは,このように,計画を,行動をなす義務を定める国家の一方的な約 束であると定義したが,ここでいう義務が,具体的にはどのようなものである のかは,彼の説からは明らかではない。いわゆる管理国家観・多元的国家観を 基礎に,協議をその理念的な核とすることによって,計画に規範性を承認し, 計画のはたしている現実の大きな機能を,法のレヴェルにおいても,積極的に 認めていくこと,そして,そこでは,第五共和制における伝統的な法の退化現 象に対する批判的視角はなかったことに,ジャコの計画に関する法的議論の特 色が見出されるものといえよう。  〔4〕計画によって行動をなす義務の発生することを指摘し,これを重視す        の る者として,A,オーーリウがいる。彼はジャコの論述の基本的な枠組みについ ては同意を示しつつ,現代の行政法の特徴を「偶然性の法droit de l’a16atoire」 という呼び方で示し,そここでは,結果についての義務よりも,結果を目指す 行動をなす義務が重要な役割を有しているとする。  A.オーリウは,たとえば,行政によって伝統的に課せられてきた「給付の 義務」「結果の義務」とりわけ「行動をなす義務」もこの偶然性の法によって 修正されたとする。そして,偶然性の行政法は「行政がその相手方(partenaire) を信頼するということを意味する。……古典的な行政法r決定された』法であ り」「命令,特権,統制の法,一言でいえば,不信の法」として捉えられると       の するのである。 23)ibid., p.229.ジャコは,先の論文の結論は修正したが,論述の基本的な枠組みは  変えていないといってよい。 24)A.HauriQu, Le droit administratif de 1’a16atoire, in M61ang6s Trotabas,1969,  PP.197 et s, 25) ibid., p.197.

(20)

 行政法が,偶然性の問題にぶつかるのが,計画化についてである。計画その ものははもちろん,契約的な処分(dispositions conventionnelles) (契約・準 契約など)が,計画の実施のために効力をもたせられることによって,偶然性 の領域に入るのであるる。偶然性の法は,他の領域,国土整備,科学研究,あ れこれの行政の意図を遂行する事業のプログラム化のための新しい技術などに        の ついても見出すことができる,とA.オーリウは指摘する。  A.オーリウの述べるところをさらにみよう。国は計画の実施の責任者を拘 束する権限を=有しない。それゆえ,義務は利害関係者と国の協力からしか生じ  27) ない。また偶然性は命令の確実性を排除し,命令に再び力を与えようとしても, 経済の領域そして最終的には政治の領域においてはもはや自由は残らないとい う理由から偶然性の領域における行政の関与の法的枠組は,一般的な性格の決        ラ 定(法律,規則)の形式では示されない。フランスの計画化の規範は,偶然性 の領域における行政の多様な関与を普通法の中に入れるが,それは,「行動を なす義務」しか生ぜしめないのである。計画の名宛人(公権力もしくは私人) または各種活動への参加者は,大部分の場合,「最善に活動する」「……のため にあらゆる努力をなす」,自らの有する手段を「もっとも効率的に行使する」        ことを約束しうるにすぎない。  このようにみた後,A.オーリウは,行動をなす義務が従来の法のあり方と 異なって確認されることによって,行政法は偶然性の領域に完全に適した法的 技術を見つけたという。各パートナーの約束は「給付の義務」「結果の義務」 が問題になるときょりも限定される,として計画に示されている目標そのもの の実現よりも,それを目指す行動を行なうこと自体を重視するのである。  しかし,このような行動をなす義務は,十分な法的統制の対象とはされず, 計画の諸規定全体をみれば,計画は今日まで「訴訟の外」にある。計画を承 26) ibid., pp. 207 et 288. 27) ibid., pp. 213 et 214. 28) ibid., p. 2!5. 29) ibid., p. 217.

(21)

      フランスの経済計画をめぐる法的議論の動向  97 認することによって,国は,事実上それが示されていることを約束する。し かし,利害関係者や企業は,行政にこれらの約束を尊重するよう義務づけるた めに,裁判に訴えることはしない。とくに,彼らは,計画に反する行政行為を         取消させるために越権訴訟を利用することはできない。  このようなA.単一リウの偶然性の行政法という理解による計画をめぐる法 的議論において,彼がそれの法的統制論を積極的に展開しない(もしくはその 必要がないとしているように思われる)のは,協議的手法を中心とする新たな 法現象が,公権力への権力集中性(社会主義という語がしばしぼ用いられる)        お と自由との調和をもたらしうると考えていたからであったといってよい。  〔5〕計画を新しいタイプの法的行為とみる説のうち,ゴードメの見解も, 法の内容の変化を前提とするものである。彼のいうところは以下のようであ る。「計画化の政策は,公法上の伝統的な技術における大きな修正を要請す る。」「この新しい経済的な技術が公法の規範に基づいてどのように活動するこ とができるかを理解するためには,」フランスの計画化の性格が柔軟なもので あり,それは自由主義と専制的指導主義(dirigisme)との中間に位置している        ぎのことを想起する必要がある。「かくて,計画は,拘束によって強制することの ないプログラムを設定することに限定される。」 これらの方法は法的レヴェル のものではない。計画化は憲法の領域では計画(Plan)という新しいタイプの 法的行為を出現させた。「計画の法的性質は論争の提起を終結させたわけでは ない。要するに,計画は,G.ビュルドーの公式によれば,『規範による統治 に説得による統治』をおきかえることによって定義された。形式的観点からみ ようと実質的な観点からみようと,計画は法的行為の慣例的な分類に入れるの 30) ibid.フp.221. 3/)  ibid., pp.223 et s、 32)Gaudemet, op. cit., p.493.なお,ここでの,ディリジスムという語の意味は,社  会主義体制における強制主義と彼が考えるものを念頭においており,一般の用い方と  異なる。樋口陽一「フランスにおけるConst三tutionのあり方とdirigismeの観念」   『資本主義法の形成と展開』1巻1972年303頁以一ド参照。

(22)

     きヨ  は困難である。」 従来の計画を立法的行為とみる理論は,国会がそれを承認す るか拒否するかしかできないことから認めることはできず,また,計画を,そ れが近代化委員会において実現された合意の総括であるとすることから,協約 (pacte)的なものとする説は,ジャコの説に対する批判としてみたように,認 められない,とゴードメはいう。  そして,上の理論が主に形式に着目して法的性質についての議論を展開する ことに失敗したとして,彼は,以下のように,実質的観点からの検討をすすめ る。すなわち,計画は新しい法的カテゴリー,「ワリーヌのいう展望的行為」 を形成する。「われわれは,これをプログラム行為と呼ぼうと思う。」「計画は かくて国民が定める経済社会プログラムである。」計画の策定における手続の 複雑さ・厳粛さは計画に必要とされるあらゆる権威を与える。専門家の諮問は プログラムの技術的質を保障する。行政,とくに大蔵大臣の参加は,実施され る目標・手段が財政上の可能性と両立することを確保する。国会による承認        おの は,国会にとっては,計画の実現に必要な措置を採択する倫理上の約束となる, という。  このような策定上の特徴は,「計画の射程距離をも説明する。この射程距離 は,計画の領域の一般性によって特徴づけられる。経済面のプログラムである 計画は,……私的部門と同様に公的部門の活動をも刺激しなければならない。 その結果,計画は,国家およびその種々の機関,政府や国会の活動を導くべき ことになり,超立法的性格をもつことにより,たんなる私人,企業者をも導く べきことになる。その理由は,彼らが,種々の名目で,それの策定に参加した からである。」「計画の射程距離は,プログラム行為にふさわしいものとしての 柔軟性によっても特徴づけられる。プログラム行為は,法的義務を課す,いい かえれば,制裁をともなう法律とか規則のように義務的なものではない。…… プログラムは,個々の経済官僚に義務づけるものではない。彼らはそれに服す ることを拒否することができ,また,拒否しても,刑事上,行政上の制裁を与 33) ibid., p. 494. g34) ibid., p. 498.

(23)

      フランスの経済計画をめぐる法的議論の動向  99        きう  えられることはなく,損害賠償を命ぜられるおそれもない。」  いわゆる法的制裁がともなわないことを確認しながらも,ゴードメはつぎの ようにみる。「法的制裁がともなわないとしても,プログラムに別の性質の制 裁がともなう。」「国家にとって,計画の尊重は政治秩序上の理由から課せられ る。」 この新しいタイプの法的行為は,「古典的な憲法を軽視する。……プロ グラム行為は,国民すべてと国会みずからとに約束するのである。しかし,そ れの性格はとくに柔軟である。というのは,それが経済的状況の変動に服する ものであるからであり,それは法的制裁は含まず,政治的制裁を含むにすぎ       う ず,私人にとってはせいぜい呼びかけ程度の義務しか生じないからである」 と。  ゴードメは,さらに,フランスの行政法において,法規範の緩和現象がある として,「この法規範の緩和は,公法に関するフランスの計画化の影響の特徴 のように思われる。というのは,行政法において,契約的手法による行政の展 開および柔軟化をわれわれは確認してきたし,計画自体が柔軟性および制裁の 不存在によって,その独創性を表示した。これは古典的な厳格な法規範と計両        きわ とを対立させるものである」と結論づける。 IV 計画に対する法的統制の志向  〔1〕上にみた諸説においては,計画に法的性質を認めると否とにかかわら ず,その法的統制論ぱ展開されなかったといってよい。計画に法的性質を認め ること,および,計画の実質が国の一方的な約束であることを早くから主張し つつ,計画に対する法的統制をもその視野に入れようとする者に,ローバデー ルがいる。ここでは,ローバデールの最近の見解をみることとする。  ローバデールは,まず,「計画に法秩序上のなんらかの位置を認めようとし ない理論」は「明らかな不十分性を残さずにはおかない」として,以下のよう 30r) ibid. p. 499. 36) ibid,, p. 499. 37) ibid., p. 507.

(24)

にみる。政治的行為としてみた場合,少なくともその本質からすれぽ,全体と しては,国会によって承認される経済政策上の政府の宣言以外のものではな い。しかし,法的観点からすれば,憲法に是認され,詳細な手続に従って組織 され,正式な法令の公布をともなう制度について,それ以上のものが認められ るはずである。「とくに,公権力の義務そのものに関して,国家が承認し,さ らに,利害関係人を奨励しながら彼らに国家自身が定まった方向において約束 し,それを公布することによって国家がその点についての自由な範囲をもつも のとして考えられるような計画によって国家が法的にまったく拘束されない, ということをどのように肯定するのか。」第六次計画は「計画は国民のそれ自 身に対する厳粛な約束をなす」とし,また第五次計画の構想(projection)は, それが「規範的な性格をもつ目標と単に指示的な性格をもつ予測」を含むこと を宣言しており,さらに,この規範的な目標については, 「それらのうちのい        ユう くつかは,国の直接の決定に基づいている。」たとえば,それらに援助が与えら れている範囲においてであるが,集団的施設や住宅建設などである。それの計 画への記入は,経済の一般的な進展におけるきびしいかつ客観的な誤算を除い       ヨ  て,それらを実現する約束である。とする。  しかし,他方で,確かに,経済領域における行政決定の裁判的統制は,適法 性の根拠(法律,規則,法の一般原:則)の不十分さが存在することによって, 困難にぶつかっていることは確かである。ローバデールはここで計画の意義を 強調する。すなわち「計画がこの点について役割をはたしうることは有益であ る,しかし,そのことは計画に一定の法的性質(juridicite)認めることを前提   お  とする。」  計画に法的性質を認めたとしても,古典的な法的行為にこれを分類すること はできない。「結論は,法的行為の理論そのものとその分類を再検討すること にしか見出せない,ということである。」「このような再検討が行なわれず承認 1) A. de Laubad6re, Droit public 6conomique, 2e6d., 1976, p. 335. 2) ibid., p, 336. 3) ibid.

(25)

       フランスの経済計画をめぐる法的議論の動向  101 されないかぎりは,計画の法的性質の承認は,いつも失望させるような,計画 は特殊な(sui g6neris)法的行為であるという断定にのみ根拠をおくことにな る」としてローバデールは,従来の行為形式の型に計画をあてはめることには 否定的である。計画の性質は,それが生じうる効果によってのみ定義されるの       のであって,その点についての検討が必要になる。それでは「計画の法的性質の 承認にはどのような結果がともなうはずであるのか,また,ともなわなければ ならないのであろうか。計画が私人の責任においてなんら義務を生じないとし ても,それに対して,計画は国を拘束する,ということを,今後,承認する必 要があるとわれわれは考える。国は,国については,計画を実施すべき,道徳 的のみならず法的な義務それの実施に必要な措置をとる義務をもつ。この点 について試みられてきた異議,制裁の不存在と計画の柔軟性のいずれも決定的 ではない。すなわち,制裁の不存在は必らずしも法的性質と矛盾するものでは ない。……計画の柔軟性については,それは,計画がその途中において修正さ れうるということのみを意味するのである。それは,法律・規則がそうである       ら  のと同様である。」  この計画に法的性質を認めるとすることの具体的な内容はどのようなもので あろうか。ローバデールはこの点についてはつぎのように述べるだけで明確な 結論は出していない。 「国にとっての計画を実施すべき義務のこの肯定がいか に重要なものであろうと,計画に法的性質を認める考え方は,それにより確実 な一定の結果を,計画の実施の活動のおりに,適法性の訴訟と行政責任の観点 から,付加するように導かれねぽならない。このような結果は,命令的なタイ プの公法的行為,たとえば,法律や規則に付加せしめられるそれと同じもので はありえない。すなわち,ここでもまた,……適法性の訴訟・公権力の責任を 問う訴訟において結論をひき出すために,計画のあれこれの条項に判決が依拠 するようになる日を首尾よく導くことが困難な考察として残っているし,それ 4) ibid., p. 337. 5) ibid., p. 338.

(26)

      のを導かな:ければならない」と。  ローバデールにおいては,計画に法的性質を認め,それが,判決の一つの根 拠とされるべきであるとする,いわば,意欲が示されている。しかし,なお, その具体性は乏しいものである。  〔2〕 計画になんらかの法的性質を認めるべきであると主張する説が登場 し,さらに,計画に基づいた行政活動の客観的な拘束を計画を基礎に行なおう とする傾向も生じた。つぎに,ローバデールの示した方向をさらに詳細にすす めるサヴィの見解をみることにする。サヴィは,計画が,それ自体として直接 的な適法性の根拠となるのではないが,それを,たとえば,ある行政決定の適 法性が経済上の一般利益の追求を目的とすべきものであるとき,その存在を認 定する一つの根拠として利用しうるものと捉え,そのような意味で間接的な適 法性の根拠としてみるのである。  サヴィは,計画をはじめとするシャパルのいう展望的行為の定める規範を展 望的規範と呼び,それは,行政の経済的関与の枠を定めるものととらえるが, 「それが経済的領域における適法性の欠陥のいくつかを補足するような諸要素        7) を与えること」の可否を問題とする。これは,計画に限定してみるとすれば, 計画が,法的規範のヒエラルヒーの中に位置づけられるのか,位置づけられる とすればどのようにか,ということを問題にする。そこで,現存の計画制度を みると,たとえば空間についての計画に関しては,経済社会発展計画は,幽遠 の発展施設プログラムによって具体化され,さらに地方の段階においては,農 村整備計画と地域整備全国要綱(directive)を尊重しつつ,整備および都市計 画指導基本計画において「関係する地域の発展と施設の望ましい方向づけ」が 定められる,という構造になっていることが注目されるとする。このような 実態から,サヴィは,多くの展望的規範が間接的・介在的な適法性の要素を構           成すると結論する。これの理由は,法律とか規則がそれらを「根拠とすべき規  6) ibid., p.339.  7) RSavy, Le contr61e juridictionnel de la 16galit6 des d6cisions 6conomiques de  radministration, A。 J. D. A.,1972, p,12.  8) ibid., p.12.

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      フランスの経済計画をめぐる法的議論の動向  103 範」<normes de r6f6rence>と定めていることに求められ,これの尊重がそれ       9) にひぎ続く行政決定の適法性を命ずるとするのである。そして,以下のように 述べる。すなわち,上のような場合,「行政裁判官が,……展望的規範の中に, 行政の活動に付されるありうべき適法な条件を,なぜ追求しないのかわからな い。おそらく,それ以上に進むことが可能であり,また,経済行政に関する規 則が,それ以外によっては行政が規制することができないような経済上の一般 利益によく対応しているか否かを統制するため,これらの展望的規範を裁判官 自身が参照することを避けることも可能であろう。行政裁判官は,そこから, 経済公法上の一般原則をくみ出すことも,基本的な政治的文章(人権宣言,憲 法前文)から,行政客体の権利を保障するためセこ……適法性の根拠の不十分性 という欠陥を補うため必要な規範(rさgle)をくみ出すのと同様に,可能であろ う。確かに,このような痒しい規範は,今日まで承認されてきた法の一般原則 の恒常性は有していない。しかし,経済的規範は短期のものである。というの は,経済公法上の諸要素は,古典的な公秩序上のそれよりも急速に変化するの が通常であるからである。裁判官が,これらの展望的規範とそれらが定める全 般的な経済上の規則の適法性の統制を行なうことに大きな不都合はない。裁判        ヱの 官は,さらに,規則と展望的規範の間に,場合に応じて,適合性(conformit6) でもたんなる両立性(compatibilit6)でもありうる一つの関係を要求して,そ       11) の統制の強度を変えることができる。」ただし,このようなことが可能になる 9)ibid., p.!2,たとえば,「農業に関する契約的経済に関する法律」 (1964年7月6  日付)1条は「生産に関して,計画(経済社会発展計画)に定められている目標の枠  内においく……長期にわたる専門的な合意が締結される……」と定め,また,都市計  画全国規則/5条が,建築が「経済社会発展および地域整備圏計画から帰結するような  地域整備および都市計画の活動」に反する性格である場合には,建築許可は拒否され  ると定めていたことなど,多くの例が挙げられている。 !0) 「法的に」はあまり明確な用語ではないこと,両者の区別には不明確なところがあ  ることなどにつき,さしあたり,Alain Bockel, Contribution a l’6tude du pouvoir  discr6tionnaire de 1’administration, A. J. D. A.,1978, P.364参照。なお, William  Coulet, La notion de compatibilit6 dans le droit de 1’urbanisme, A. J. D. A., 1976,  PP.291 et s.参照。 11) Savy, op. cit., p. i3.

参照

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