エネルギー科学研究科
エネルギー社会・環境科学専攻修士論文
題目:
知的生産性評価のための
集中指標算出ツールの開発
指導教員: 下田 宏 教授
氏名: 内山 皓介
提出年月日: 平成
26
年
2
月
7
日
(
金
)
論文要旨
題目 : 知的生産性評価のための集中指標算出ツールの開発 下田研究室, 内山 皓介 要旨 : 近年は省エネルギーと知的生産性の関係性を定量的に評価した上で、最適な執務環 境設計が必要とされている。特にオフィスでは、取り組みの容易さやエネルギー削減 効果の即時性から、冷暖房の調整や照明の間引きなどが行われている。この影響を直 接受けるオフィス執務者の知的生産性を損なわない、あるいは向上させるような執務 環境は労働時間増加によるエネルギー増加を阻止したり、経済的な企業価値向上の効 果をもたらすと考えられる。そのために、オフィス環境と知的生産性の関係を定量的 かつ客観的に計測する方法が必要であり、そのための評価指標として集中指標が開発 されてきた。ここでの集中とは、認知資源を作業対象に一定期間以上割り当てている 状態のことであり、認知タスクの実施時間に対する集中状態にあった時間の比率(集 中時間比率)を集中指標としている。これにより直接アウトプットを計測するのでは なく、その元となる要素を評価することで知的生産性の客観的定量評価を実現するこ とができるとしており、この集中指標によって照明条件を変化させたときの知的生産 性の変化を定量的に評価した。しかし、評価指標を算出できない計測データが 3 割程 度も存在するため評価の信頼性が十分でないことや一部の専門的な知識を持った者し か利用できないという問題があった。 本研究ではこれらの問題を解決するために、この指標を算出するアルゴリズムを精 緻化し、加えて、執務環境改善目指す人々が誰でも簡単に指標を算出できる解析ツー ルを開発した。そして、多くのオフィスで利用されているアンビエント照明と省エネ の観点から最近注目されているタスクアンドアンビエント照明の 2 種類の照明条件を 設定した評価実験結果を再評価することで有用性を評価した。 開発したツールによって、19 名の各 6 セットの計測データから集中指標を算出する のにかかる時間は 9 分 30 秒と、従来の方法より約 1/50 に時間が削減されたことに加 えて、全ての計測セットにおいて集中指標の算出が可能となり照明条件間の評価の信 頼度が向上した。また、2 種類の照明条件における集中指標の比較の結果、大石が行っ た評価では A 環境より T&A 環境の方が集中指標が高い傾向 (p < 0.05) であったが、A 環境より T&A 環境の方が有意に高い (p < 0.01) と示された。以上より、本ツールを用 いることで短期間の実験の計測結果から短時間で、照明条件間の集中指標の変化を評 価するための解析ツールとして有用であることが示された。 次に、今まで集中指標を算出するのに多くの解答数を必要とするために実施できな かった、タスク実施セット内における時間変化を評価するタイムシフト解析手法を提 案した。その結果、30 分 1 セットではほぼ同じ集中指標の値を示す実験参加者であっ ても終始一定の値で遷移する参加者もいれば、作業途中に下がり終了間際に再び上昇 する参加者も見られた。このように、タイムシフト解析によって執務環境変化が及ぼ す集中指標の変化をより詳細に評価できる可能性が示された。 今後、集中指標を用いて照明条件だけでなく、ほかの様々なオフィス環境を客観定 量的に評価できるようになれば、より投資効率のよい、最適なオフィス設計を提案す ることができるようになるほか、執務環境変化が及ぼす集中指標への持続時間への影 響を評価することでより詳細に執務環境が及ぼす影響を理解できるようになると期待 でき、そのために研究を発展させていくことが必要である。目 次
第 1 章 序論 1 第 2 章 研究の背景と目的 3 2.1 研究の背景 . . . 3 2.2 知的生産性に関する既往研究 . . . 4 2.2.1 知的生産性の定義 . . . 4 2.2.2 知的生産性の評価方法 . . . 5 2.2.3 集中と知的生産性の関係 . . . 10 2.3 照明評価実験による集中指標の評価と課題 . . . 16 2.3.1 実験の目的と概要 . . . 16 2.3.2 実験結果と集中指標の評価 . . . 18 2.3.3 集中指標算出の課題 . . . 21 2.4 研究の目的 . . . 22 第 3 章 知的生産性評価における集中指標算出アルゴリズムの精緻化とツールの開 発 23 3.1 集中指標評価ツール . . . 23 3.2 集中指標算出アルゴリズムの精緻化 . . . 24 3.2.1 アルゴリズム精緻化の目的 . . . 24 3.2.2 集中指標算出のための数理モデルの改良 . . . 25 3.2.3 集中指標算出方法の改良 . . . 26 3.2.4 タスク実施時間中の集中指標の遷移 . . . 31 3.3 集中指標算出ツールの開発 . . . 32 3.3.1 集中指標算出ツール開発の目的 . . . 32 3.3.2 集中指標算出ツールの要求仕様 . . . 33 3.3.3 集中指標算出ツール開発に用いた環境 . . . 36 3.3.4 集中指標算出ツールの実装 . . . 36第 4 章 集中指標算出ツールの動作確認 41 4.1 集中指標算出ツールの使用方法 . . . 41 4.2 集中指標算出アルゴリズムの動作確認 . . . 46 4.2.1 アルゴリズム動作確認用解答時間データの生成 . . . 46 4.2.2 集中指標算出結果と動作確認 . . . 50 第 5 章 照明環境評価実験結果の再評価 54 5.1 照明環境評価実験結果の条件毎における再評価 . . . 54 5.1.1 実験の目的と概要 . . . 54 5.1.2 実験条件 . . . 54 5.1.3 実験手順と計測項目 . . . 57 5.1.4 実験参加者の統制方法と教示 . . . 60 5.1.5 計測データの再解析と評価 . . . 60 5.2 集中指標の時間変化 . . . 61 第 6 章 結論 65 謝 辞 68 参 考 文 献 69 付録 A 集中指標算出ツールのフローチャート 72
図 目 次
2.1 Woods らによる人間反応評価のための推理モデル[5] . . . . 5 2.2 タスク試行回数と 1 秒あたりの正答数の相関 . . . 10 2.3 Card らの人間情報処理モデル[15] . . . . 12 2.4 大石による集中-非集中モデル[1] . . . 13 2.5 解答時間ヒストグラムと作業処理状態分布の関係 . . . 14 2.6 対数正規分布における各パラメータ . . . 14 2.7 実験手順 (30 分間の認知タスクを 1 日 2 セット計測) . . . 17 2.8 単語分類タスクの解答方法 . . . 17 2.9 各日における 1 分間あたりの 解答数の関係 (前半グループ) . . . 18 2.10 各日における 1 分間あたりの 解答数の関係 (後半グループ) . . . 18 2.11 同一照明条件での単語分類タスクの集中時間比率(前半グループ) . . . 20 2.12 同一照明条件での単語分類タスクの集中時間比率(後半グループ) . . . 20 2.13 単語分類タスクの集中時間比率の照明条件間比較 . . . 20 3.1 集中指標評価ツールの概要 . . . 23 3.2 集中指標評価ツールに含まれる解析ツールの概要 . . . 24 3.3 ステップ分解で想定される情報処理の流れ . . . 25 3.4 対数正規分布を形成しない 1 問あたりの解答時間分布の例 . . . 26 3.5 大石による集中-非集中モデル[1]の改良 . . . . 27 3.6 解答時間の並び替え . . . 28 3.7 累積分布関数への近似 . . . 28 3.8 候補値を相関係数から選出する方法 . . . 30 3.9 被計測者毎に一貫性のあるパラメータの導出方法 . . . 31 3.10 タイムシフト解析方法の概要 . . . 32 3.11 集中指標算出ツールの操作画面 . . . 384.1 集中指標算出ツールの起動直後の画面 . . . 41 4.2 集中指標算出ツールでの解析結果の表示 . . . 42 4.3 出力されるヒストグラムの例 . . . 43 4.4 出力される累積分布と近似したモデル関数の例 . . . 43 4.5 出力される閾値毎のパラメータ変化の例 . . . 44 4.6 アルゴリズム動作確認用解答時間データの作成方法 . . . 47 4.7 作業状態と短期休息状態のみを遷移する場合の アルゴリズム確認用解答時間分布 (µ=3.00 sec., σ=0.300, N =500, CT R=100.0 %) . . . . 47 4.8 長期休息状態を遷移した解答が全て 10 秒以上である アルゴリズム確認用解答時間分布 (µ=3.00 sec., σ=0.300, N =548, CT R=80.4 %) . . . . 48 4.9 長期休息状態を遷移した解答が全て平均解答時間以上である アルゴリズム確認用解答時間分布 (µ=3.00 sec., σ=0.300, N =555, CT R=80.8 %) . . . . 49 4.10 長期休息状態を遷移した解答に平均解答時間以下を含む アルゴリズム確認用解答時間分布 (µ=3.00 sec., σ=0.300, N =1000, CT R=84.4 %) . . . . 50 4.11 作業状態と短期休息状態のみを遷移する場合の アルゴリズム確認用解答時間分布の解析結果 (µ=3.00 sec., σ=0.300, N =500, CT R=100.0 %) . . . . 51 4.12 長期休息状態を遷移した解答が全て 10 秒以上である アルゴリズム確認用解答時間分布の解析結果 (µ=3.00 sec., σ=0.300, N =548, CT R=80.4 %) . . . . 52 4.13 長期休息状態を遷移した解答が全て平均解答時間以上である アルゴリズム確認用解答時間分布の解析結果 (µ=3.00 sec., σ=0.300, N =555, CT R=80.8 %) . . . . 53 4.14 長期休息状態を遷移した解答に平均解答時間以下を含む アルゴリズム確認用解答時間分布の解析結果 (µ=3.08 sec., σ=0.424, N =1000, CT R=90.5 %) . . . . 53
5.1 Ambient 環境と Task & Ambient 環境の概要 . . . 55
5.3 机上のタスクライト配置図 . . . 56 5.4 実験室レイアウト . . . 56 5.5 実験中の様子 . . . 57 5.6 単語分類タスクに用いた票 . . . 58 5.7 単語分類タスクの解答入力部 . . . 59 5.8 暗算加算タスクの流れ . . . 60 5.9 本ツールを用いて算出した単語分類タスクの集中指標の条件間比較 . . 61 5.10 集中指標の時間変化の例 . . . 63 A.1 集中指標算出ツールフローチャートその 1 -主幹処理部分 . . . 72 A.2 集中指標算出ツールフローチャートその 2 -単独解析 . . . 73 A.3 集中指標算出ツールフローチャートその 3 -フォルダ内の全データを最適化解析 . . . 73 A.4 集中指標算出ツールフローチャートその 4 -1 被計測者の最適化解析 . . . 74 A.5 集中指標算出ツールフローチャートその 5 -タイムシフト解析 . . . 74 A.6 集中指標算出ツールフローチャートその 6 -解析主幹処理部分 . . . 75 A.7 集中指標算出ツールフローチャートその 7 -パラメータの算出 . . . 75 A.8 集中指標算出ツールフローチャートその 8 -選ばれた候補点でのパラメータの再近似 . . . 76 A.9 集中指標算出ツールフローチャートその 9 -解答時間ヒストグラムの作成 . . . 76 A.10 集中指標算出ツールフローチャートその 10 -ヒストグラムと近似関数の画像と累積解答頻度と近似関数の画像の作成 77 A.11 集中指標算出ツールフローチャートその 11 -集中分布の画像と近似に用いる解答数によるパラメータ変化の画像の作成 77 A.12 集中指標算出ツールフローチャートその 12 -画像の描画範囲の設定と計測データの読み込み処理 . . . 78
表 目 次
2.1 SAP における評価項目 . . . 7
2.2 PAB(Performance Assessment Battery) の作業内容 . . . 9
2.3 建築空間と知的活動の階層モデル . . . 11 2.4 照明条件 (机上面照度と色温度) . . . 18 2.5 照明条件の実施順 . . . 18 2.6 単語分類タスクの各実験参加者、各セット毎に算出した集中時間比率の 結果 . . . 19 3.1 ソフトウェアの要求仕様 . . . 34 3.2 要求仕様を満たす機能 . . . 37 4.1 出力されるパラメータの例 . . . 45 4.2 それぞれの種類における設定したパラメータと算出したパラメータ . . 51 5.1 実験室の室内環境 . . . 54 5.2 単語分類タスクの集中指標の再解析結果 . . . 62 5.3 単語分類タスクのタイムシフト解析結果の例 . . . 64
第
1
章 序論
社会の持続的発展のために、人類の地球環境との共存は必要不可欠である。企業に おいても地球環境へ配慮した経営を行うことが当たり前となっている。2011 年に発生 した東日本大震災の 2 次災害である福島第 1 原子力発電所事故によって、多くの企業 はより一層の節電を求められた。そこで、実際の取組みとして実施の容易さや経費削 減が見込まれることを理由に、照明の間引きや冷暖房の調整などのオフィス環境の見 直しが行われている。 しかし、オフィス環境見直しの際にはエネルギー消費の削減に重点を置くあまり、オ フィス環境が悪化し、その結果、オフィス執務者の生産性を低下させてしまう恐れも ある。オフィスでの作業の大半は書類作成や情報管理などの知的作業が占めているこ とから、この知的作業の効率である知的生産性は企業にとって大きな価値を持ってい る。この知的生産性低下による損失が、エネルギー消費量削減によって節約されたコ ストより大きくなる場合には経済的にも問題となる。したがって、オフィス環境を見 直す際はエネルギー消費量削減のみを考えるのではなく、知的生産性が向上するよう な執務環境の設計や知的生産性が低下しないような執務環境を維持する必要がある。 本研究室では、知的生産性を定量的に評価する指標として集中指標[1]を提案し、そ の指標により執務環境と知的生産性の関係を評価してきた。しかし、これまでの集中 指標により基本的には知的生産性の評価が可能であるものの、その評価の安定性や再 現性は十分ではなく、また、指標算出に専門的な知識を要し、かつその算出に時間が かかるという問題があった。 そこで本研究では、集中指標を算出するアルゴリズムを精緻化し、専門的知識を必 要とせずに指標が算出可能な集中指標算出ツールを開発する。次に、開発したツール のアルゴリズムが適切かどうかを確認し、さらに、集中指標の時間遷移を評価する方 法を提案する。加えて、開発したツールを用いて、過去に実施した照明環境変化によ る知的生産性評価実験の結果を再評価し、本ツールの有用性を確認する。 本ツールにより知的生産性評価の際に特別な専門知識が必要なくなり、誰もが評価 を実施できるようになれば、オフィス環境改善に取り組んでいる様々な人が知的生産 性を客観的に定量評価することが可能となり、最適な執務空間の実現に向けて大きく 寄与することができる。本論文は序論を含めて全 6 章で構成されている。第 2 章では研究の背景および知的生 産性の既往研究をまとめ、研究の目的を述べる。第 3 章では集中指標を算出するアル ゴリズムの精緻化および集中指標算出ツールの開発について述べ、第 4 章で集中指標 算出ツールの動作確認について述べる。第 5 章では照明環境評価実験の再評価につい て述べ、最後に、第 6 章では結論として本研究の成果をまとめ、今後の展望を述べる。
第
2
章 研究の背景と目的
本章では、まず本研究の背景について述べる。次に、知的生産性に関する既往研究 についてまとめ、課題を提示する。最後に、本研究の目的を述べる。2.1
研究の背景
18 世紀以前の労働は主に肉体労働であった。しかし、18 世紀半ばから 19 世紀にか けて起こった産業革命により、人間が行っていた肉体労働は機械によって賄われるよ うになり、人間の主な労働はより高度な知能を活かした労働に転換していった。また、 1980 年代以降、急速に発展した情報技術によって起きた情報革命によって、データ、知 識、アイデアなどの無形物が価値を持つ社会となり、それに伴って人間は一層知的な 作業を求められるようになった。これらから、オフィスでは書類作成や情報管理など の知的作業が多くなっており、この効率である知的生産性は人間の知的労働を主な資 源としている企業にとって大きな意味を持っている。 一方、日本では活発な省エネルギー活動によって、オフィスではウォームビズ、クー ルビズに加え、照明の間引きなども行っている。これらの影響を直接受けるのはオフィ スで仕事を行っているオフィス執務者である。省エネルギー活動によって執務環境が 悪化した場合、知的生産性が低下する可能性がある。知的生産性が低下すると、同じ 労働時間内で行われる知的作業の量が減少したり、知的作業の質が低下したりするた め、企業価値の低下につながる。知的作業量の減少は残業時間の増加を引き起こし、人 件費が増加するほか、労働時間の増加に伴うエネルギー消費時間の増加によって、か えってエネルギー消費量が増加する場合がある。したがって、エネルギー消費量と知 的生産性の増減を考慮した最適な執務環境を設計するために、執務環境の変化が及ぼ す知的生産性への影響を定量的に計測する必要がある。 執務環境変化による知的生産性への影響を評価するためには、どのような要素が影 響するかを示すモデルを設計する[2]とともに、この影響を評価する指標が必要である。 既往研究では知的生産性の評価を目的とした様々な指標の提案や、評価ツールの開発が されてきた。これらの指標や評価ツールの中には主観評価に基づくものがあり[3]、実 際のオフィス作業を行いながら評価が可能なものもある。しかし、これは執務者個人によって執務環境変化の捉え方が大きく変わることや、評価者が執務者に執務環境変 化による知的生産性への影響の主観評価を求めることに対する精神的な影響があるこ と、実際の生産性との関係を説明できていないことが欠点としてあげられる。そのほ かにも、知的作業を模した認知タスクの作業成績を評価対象とするものもあるが、環 境が変化していない場合でも作業を繰り返すことで作業成績が向上する習熟の影響が 現れるため、執務環境の変化のみが作業成績に及ぼす影響を正確に測ることが難しい という問題がある。本研究室ではこれまで、知的作業に必要な「作業への集中」に着 目して、知的生産性を定量的に計測する評価指標を提案し、照明環境を変化させた実 験から執務環境変化が及ぼす知的生産性への影響を評価してきた[1]。この手法を用い ることにより、習熟に影響されずに執務環境変化による知的生産性への影響を定量的 に評価できたほか、比較的短期間に実際のオフィス環境で計測できることから、汎用 的に利用できると考えられる。しかし、評価指標の算出が不安定で、解析できない計 測データが多く見られたほか、1 つの計測データに対して解析時の設定値の変更によっ て複数の指標が算出された場合に、どれが求めるべき指標であるかを解析者の経験と 主観で判断する必要があった。その結果、専門知識を持つ限られた人しか実験結果の 解析ができないために、誰もが利用できる評価指標とは言いがたかった。すなわち、こ の評価指標を実用化するためには、オフィス環境改善に取り組んでいる様々な人が評 価指標を算出可能にする必要がある。
2.2
知的生産性に関する既往研究
2.2.1
知的生産性の定義
現在、生産性という単語は広く使用されているが、一般に生産性はインプットの量 に対するアウトプットの量の比率として捉えられ、生産性上昇率とはこの生産性の変 化率を指す[4]。例えば、労働生産性では労働がインプットの指標として捉えられ、資本 生産性では資本がインプットとして捉えられる。また、複数要素生産性 (Multi-factor Productivity, MFP) は、インプットとして労働と資本の組み合わせ、または労働、資 本、中間投資物 (原材料、エネルギーその他) などを組み合わせたものによって計測され る。さらには、アウトプットをどのように定義するか、付加価値ベースか中間投資物を 含めた生産物ベースかによっても生産性の定義は異なっている。そこで、Woods ら[5] は、既往研究をもとに知的生産性に影響を与える要因を分析し、知的生産性を作業効 率と関連コスト要因により決定されるものと定義した。図 2.1 にそのモデルを示す。Physical Factors Sources (例:熱,汚染物質,光,音) Building System(例:設備,サービス) Exposure(例:温度,空気質,照度) Personal Factors Intrinsic (例:性別,教育水準) Adaptive (例:適応度) Psychological Environment (例:仕事満足度) Risk Perception(例:危険度) Social Factors Secure trends(例:報道内容) Soc. factors in minienvironment (例:業務内容,仕事負荷) Motivating Factors Economic motivations (例:給料,インセンティブ) Other motivations (例:チャンス,安定性) Cost Factors First costs (例:設計,建設) O&M costs (例:運用,保守) Other costs (例:所有,保険) Human Responses Perceptive Objective Affective Occupant Performance (作業効率) Productivity Exogenous Factors
Forcing Function Response Function
Physical Factors Sources (例:熱,汚染物質,光,音) Building System(例:設備,サービス) Exposure(例:温度,空気質,照度) Physical Factors Sources (例:熱,汚染物質,光,音) Building System(例:設備,サービス) Exposure(例:温度,空気質,照度) Personal Factors Intrinsic (例:性別,教育水準) Adaptive (例:適応度) Psychological Environment (例:仕事満足度) Risk Perception(例:危険度) Personal Factors Intrinsic (例:性別,教育水準) Adaptive (例:適応度) Psychological Environment (例:仕事満足度) Risk Perception(例:危険度) Social Factors Secure trends(例:報道内容) Soc. factors in minienvironment (例:業務内容,仕事負荷) Social Factors
Secure trends(例:報道内容) Soc. factors in minienvironment (例:業務内容,仕事負荷) Motivating Factors Economic motivations (例:給料,インセンティブ) Other motivations (例:チャンス,安定性) Motivating Factors Economic motivations (例:給料,インセンティブ) Other motivations (例:チャンス,安定性) Cost Factors First costs (例:設計,建設) O&M costs (例:運用,保守) Other costs (例:所有,保険) Cost Factors First costs (例:設計,建設) O&M costs (例:運用,保守) Other costs (例:所有,保険) Human Responses Perceptive Objective Affective Human Responses Perceptive Objective Affective Occupant Performance (作業効率) Productivity Exogenous Factors Forcing Function
Forcing Function Response Response FunctionFunction
図 2.1: Woods らによる人間反応評価のための推理モデル[5] このモデルでは、知的生産性は執務者の作業効率を経済指標に変換したものと捉え、 温度、照度、音等の物理的要因は生理的・心理的反応を経由して作業効率に影響し、知 的生産性に影響を与えると考えている。また給料やインセンティブ等のモチベーショ ンに関わる要因は直接作業効率に影響し、知的生産性に影響を与えると説明している。 このように、知的生産性には様々な考え方があり、作業効率と経済指標の 2 つの観 点に大別される。本研究では、執務環境の変化による知的生産性への影響を評価する ことを目指しているため、資本やエネルギーの投入量は考慮せず、単位時間あたりの 知的作業の量を知的生産性と定義する。ここでの知的作業の量とは、知的作業の処理 が進んでいる量とする。
2.2.2
知的生産性の評価方法
従来の知的生産性評価を目的として開発されてきた方法は、大きく 4 つに分けるこ とができる。具体的には、(1) 実際のオフィス作業を行った際の作業者の自己申告によ り主観的に評価する方法 (主観による評価)、(2) オフィス作業の作業量や効率を直接的 に評価する方法 (直接計測による評価)、(3) 作業者の生理反応から推定する方法 (生理 指標による評価)、(4) 仮想的なタスクの成績から間接的に評価する方法 (仮想タスクに よる評価) がある。以下に、それぞれの評価方法について詳細を述べる。 (1) 主観による評価主観による評価とは、オフィス執務者が実際のオフィス作業、あるいはオフィス作業 を模倣した仮想タスクを行い、その前後に執務者に対してアンケートを実施し、自己 申告により得られたデータを元に知的生産性を評価する手法である。例えば、室内環 境の観点から生産性評価を試みる手法として杉浦らの SAP(Subjective Assessment of workplace Productivity)[3] がある。これは室内環境についての主観評価に関する既往 研究を元に作成されたアンケートである。表 2.1 に SAP の評価項目を示す。これは主 に室内環境(空間、光、温熱など)とその下位要素(上下温度差、広さ、快適感など) についての主観アンケートを評価し、環境全体を総合的に評価するものである。 この主観による評価方法は、実際のオフィス作業を行いながら評価することが可能 であるという利点があるが、環境から受ける影響が同じであっても被計測者の先入観 や偏見によって結果が変わる場合があることや評価結果の定量化が難しいという問題 もある。よって、主観評価のみを用いた知的生産性の評価は信頼性が低いことが課題 となっている。 (2) 直接計測による評価 直接計測による方法とは、知的生産性を作業量や作業効率を直接計測して評価する 方法である。杉浦[3]らは、以下の計測項目を挙げている。 • 作業スペースでの不在状況 • 作業時間あるいは作業の停止時間 (休憩や中断) • 自発的な残業時間 • 疾病率の推移 (病欠など) • あるプロセスに必要とする作業時間 • 商品生産数 • 売り上げあるいは利益 • 製品やサービスあたりのトータルユニットコスト • 医療費削減による利益/健康管理費 • 新規得意先開拓数
表 2.1: SAP における評価項目 項目 項目 一 回答日 明るさ 般 名前 光 作業面の手暗がりへの不満 的 所属 環 グレア・まぶしさ 事 性別 境 モニタへの映り込みへの不満 項 年齢(あるいは生年月日) 仕事への影響(照明) ・ 職務内容 視覚的プライバシーへの満足 基 現在の体調 温冷感 本 現作業スペースでの継続勤務時間 温度感(全身) 情 座席位置情報(外壁からの距離) 温 気流感の有無(全身) 報 座席位置情報(窓からの距離) 熱 放射感の有無 プ モチベーション 環 快適感 ロ 室内環境(総合的)の影響 境 上下温度差 ビダ 「個人生産性」の程度 温度変動の有無 テク 仕事への集中のしやすさ 着衣状態 ィテ 災害・事故・防犯に対する不安 仕事への影響(温熱環境) 関ィ コミュニケーションし易い 空 空気の汚れ(新鮮さ) 連 協働作業性 気 空気の淀み 広さ・スペース 環 におい インテリアに対する印象 境 仕事への影響(空気質) デスク周りのスペース ほこりっぽさ デスクの使い心地 騒音の程度 空 調整性について 音 騒音に対する感度・満足 間 仕事への影響(デスク) 環 音源(不満)の特定 環 椅子の使い心地/快適性 境 仕事への影響(音環境) 境 椅子の調整性について プライバシー 仕事への影響(椅子) そ メンテナンスに対する満足 机・家具等什器の配置 他の 仕事への影響(清掃・メンテ) 配線の不備・不足 収納スペース
• 退職率・転職率の推移、再雇用、教育費負担 • 出席率、全国的テストの平均点 (学校を対象とした場合) また、実際のオフィス作業により知的生産性を評価した例として、Fisk ら[6]による 病院のコールセンターの事例がある。これは、コールに対する平均処理時間とオフィ スの換気量等の環境要因との関係について検討した研究であり、換気量が高い時に作 業効率が 2%上昇し、逆に高温環境では作業効率の低下が認められたと報告している。 そのほかでは、Kroner ら[7]は保険引受業務部門に個人毎に制御された環境システムを 導入し、一定期間内に作成されたファイル数の測定結果から知的生産性の評価を試み ている。 これらの評価方法は、実際に行われる労働内容について定量的に評価することがで きるが、実際のオフィス作業では、このようなアウトプットが定量的であるものは少 ないため計測は難しい。 (3) 生理指標による評価 生理指標による評価方法とは、人間の生理反応から知的生産性を推定する方法であ る。例えば、西原[8]らは頭部血中酸素濃度から知的作業中のメンタルワークロードを 計測し、作業成績とメンタルワークロードの関係を調べている。知的生産性評価には 作業効率だけでなくメンタルワークロードが重要な要素であるとして生理指標から計 測しているが、これにより知的生産性を直接定量化して評価できるわけではない。 (4) 仮想タスクによる評価 この評価方法は、定量的に測定が可能な認知タスクを被測定者に与え、速度や処理 数、精度などの測定値より知的生産性を評価する方法である。Wargocki ら[9]は、テキ ストタイピングなどからなるタスク成績と、空気質を左右する汚染物質量、換気量と の関係を検討し定量的な関係を得ている。 そのほか、コンピュータを用いて知覚、判断など脳の高次の働きをテストするタス クも考案されている。その例として表 2.2 に示した、Walter Reed の PAB(Performance Assessment Battery)[10]が挙げられる。PAB は、各タスクの成績により、仕事内容に依 存せず知的生産性の比較が可能としている。しかし、PAB の作業内容は実際のオフィ スワークとは大きく異なっているため、作業成績のみに着目したこのツールでは、測定 した結果が本当にオフィス執務者の知的生産性を反映しているかに疑問がある。また、
オフィス執務者の知的生産性を評価するパフォーマンステストとして、当研究室で開発 してきた CPTOP(Cognitive Performance Test of Productivity) がある[11][12]。CPTOP
はオフィスワークを実施する際に使用する能力と同じ能力を使用する仮想タスクを準 備することで、実際のオフィスワークを定量的かつ客観的に評価することを目指した ものである。
表 2.2: PAB(Performance Assessment Battery) の作業内容
作業名 作業内容 Two-letter search 2 文字の目標アルファベットとアルファベット文字列 が表示、文字列中に目標の 2 文字が存在するかを判断 Four choice テンキーの 1、2、4、5 キー に対応する 4 つのボックスが表示, serialreaction time 内一つが点滅した際に点滅するボックスの数字を入力 Interval 時計の秒針が表示、自らが 1 秒と感じる間隔でボタン production を押して秒針を動かす作業 Manikin 画面に人体、○および□の図形が人体周囲および左右 の手に表示され、人体を囲んでいる図形と同じ図形を 持っている方の手の左右を答える Code 数字とアルファベットの対応表が与えられ、その後文 substitution 字が画面に表示され、それに対応する数字を入力する作業 Matching はじめにサンプルの図形、その後 2 つの図形が画面上に to sample 並んで表示され、サンプルと同一の図形を選択する作業 Running memory 1 から 3 の数字が 1 文字ずつ次々と画面上に表示され、1 つ 前に表示された数字をキーボードより入力する ただし、一般的に仮想タスクの作業処理時間は、同様の作業を繰り返し行うことで、 習熟の影響により短くなる。仮想タスクを用いた評価では、数十セットの平均正答数 から習熟曲線を近似することによって、習熟効果の影響がなくなるように結果を補正 すること[12][13]が可能であるとしている。例として、CPTOP の数列穴埋めタスクにお ける、同一執務環境条件での単位時間あたりの正答数の変化を図 2.2 に示す。
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図 2.2: タスク試行回数と 1 秒あたりの正答数の相関 この例では、1 回の試行毎に一定の改善率で、解答時間がある一定値に近づくと仮定 し、式 2.1 に示す習熟曲線を最小 2 乗法で導出し、補正を行っている。 y = k− abx (2.1) ここで、k は習熟完了時の単位時間あたりの正答数、a は初期値により決定される定数、 b は改善率から決定される定数、x は試行回数を表す。求めた曲線の k と各試行におけ る y の比を各試行での実測値にかけることで補正できるとしている。しかし、このよ うな習熟曲線を求めるためには長時間にわたり繰り返しタスクを行う必要があり、被 計測者の負担が大きくなる。 さらには、仮想タスクを用いた方法では定量的な計測と評価ができるように開発さ れたタスクを用いるが、どの認知能力を対象としたタスクを設計するかによって計測 結果が異なることは常に考慮しておく必要がある。 本研究では、定量的な知的生産性評価を目指すため仮想タスクを用いた評価方法を 対象とし、習熟の影響を受けずに評価できるとされる作業への集中に着目する。2.2.3
集中と知的生産性の関係
本研究で扱う集中の概念と知的生産性との関係を述べる。知的作業を分類したモデルとして、村上らの提案する建築空間と知的活動の階層モ デルがある[14]。このモデルでは、表 2.3 に示すように知的作業を 3 つの階層に分けて いる。 表 2.3: 建築空間と知的活動の階層モデル 第 1 階層 (情報処理) 知識情報の定型処理、事務処理 第 2 階層 (知識処理) 知識情報の調査探索、加工処理、知的価値向上 第 3 階層 (知識創造) 価値創造、イノベーション 単位時間あたりの処理数を計測できる第 1 階層および第 2 階層での知的作業はシン ボル処理として、シングルプロセッサのコンピュータとのアナロジーで考えることが できる。Card らは、図 2.3 に示すように、人間の認知心理学的特性を記憶システムと 処理システムに分類した人間情報処理モデル[15]を考案した。 この人間情報処理モデルを参考に河野は、実際の認知タスクの計測結果から作業処 理のプロセスを図 2.4 に示すように作業状態、短期休息状態、長期休息状態の 3 状態に 分類した[16]。また、大石はこれらの状態を集中状態と非集中状態の 2 状態に分類して 作業処理のプロセスを解釈するモデルを提案している[1]。 作業状態とは、作業に認知資源が割り当てられ、実際に作業処理が進んでいる状態 である。短期休息状態とは、認知資源が作業へ割り当てられているものの、無意識に 短い間作業が停止し、作業処理が進行していない状態である。長期休息状態とは、認 知資源が作業へ割り当てられず作業処理が停止している状態である。作業処理を遂行 する際は、作業状態と短期休息状態を一定の確率で遷移するマルコフモデルを形成し、 疲労が蓄積すると意図的に長期休息状態へ遷移する。長期休息状態時に疲労が回復す ると、再び作業状態に復帰する。また、短期休息状態は Bills[17]が述べている Blocking と関連すると考えられている。Bills は Blocking を作業中の短い意識の中断であると定 義し、無意識に起こり避けられない現象であるとしている。 大石は、認知資源を意識的に一定期間作業対象に割り当てている状態を集中状態、意 識的に作業対象に割り当てていない状態を非集中状態と定義する集中-非集中モデル[1] を提案した。すなわち、このモデルは、作業状態と短期休息状態のいずれかにある状
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図 2.4: 大石による集中-非集中モデル[1] 態を集中状態、長期休息状態を非集中状態として考えた。この集中状態は、階層モデ ルの中の第 1、2 階層についての知的生産性を評価できるとしている。また、第 3 階層 の知識創造についての知的生産性評価も重要であるとしているが、オフィスで行われ る作業は多くが第 1 階層、第 2 階層についての内容であることから、第 3 階層について は評価対象外としている。 大石は提案した集中-非集中モデルをもとに、認知タスクの計測データからどの程度 集中していたかを示す集中時間の比率である集中時間比率を算出し、執務環境毎に評 価している。この集中指標を算出するアルゴリズムを以下で詳しく説明する。 集中-非集中モデルでは、作業状態、短期休息状態、長期休息状態の 3 状態が遷移確 率が一定のマルコフモデルを形成するとした。このことから、図 2.5 に示すように、1 問あたりの解答時間 t の解答頻度ヒストグラムは式 2.2 で表される 2 つの対数正規分布 の確率密度関数の重ね合わせで近似し、評価できるとしている。 f (t) = √ 1 2πσ1t exp [ −(ln(t)− µ1)2 2σ12 ] · p + √ 1 2πσ2t exp [ −(ln(t)− µ2)2 2σ22 ] · (1 − p) (2.2) なお、図 2.6 に示すように、µ1、σ1は短い解答時間分布の最頻値と標準偏差、µ2、σ2 は長い解答時間分布の最頻値と標準偏差、p は 2 つの対数正規分布の高さに対応する。 次に、この 2 つの対数正規分布について説明する。式 2.2 は 2 つの関数の和として表 されており、右辺第 1 項、すなわち式 2.3 は図 2.6 の左側にある解答時間の短い分布をϭၥ䛒䛯䜚䛾ゎ⟅㛫 ;ƐĞĐ͘Ϳ
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集中時間比率 CT R(Concentration Time Ratio) を集中指標として式 2.8 に示すように 算出する。
CT R = T c Ttotal
(2.8)
σ2、p を導出する必要がある。これらのパラメータは、EM(Expectation-Maximization) アルゴリズム[18][19]を用いた最適化問題として導出する。EM アルゴリズムはデータ点 数が十分でない不完全な観測データから混合正規分布を推定するのに有効であり、遺 伝的アルゴリズムなどの他の最適化アルゴリズムを用いるよりプログラムコードが簡 潔で、処理速度が速い利点がある。
2.3
照明評価実験による集中指標の評価と課題
前節で述べた大石によって提案された集中指標による照明評価実験[1]の評価につい て述べる。以下では、この照明評価実験についての目的、概要、結果を概説し、それ らから考えられる現状の課題を列挙する。2.3.1
実験の目的と概要
本実験は、2.2.3 項で述べた集中指標が執務環境の変化によってどのように変化する かについて、認知タスクの計測結果から定量的な評価を行い、集中指標がオフィスで の知的生産性を評価するのに妥当であるかどうかを確認することを目的とした。 評価のための実験は、2012 年 12 月 6 日から 19 日に実施した。実験参加者は、健康 な男子大学生 8 名 (20∼25 歳) と男性派遣社員 11 名 (31∼55 歳) であり、図 2.7 に示す ような順序で図 2.8 に示すような認知タスクを行った。この認知タスクは、作業時間内 に次々に表示される単語を規則にしたがって分類する課題である。 実験は京都大学工学部 1 号館 233 号室にて行い、実際のオフィスに近い環境を再現 した。実験条件は、照明環境として A(Ambient) 環境と T&A(Task&Ambient) 環境を 用意し、それぞれの机上面照度と照明の色温度は表 2.4 の通りに設定した。A 環境は天 井照明のみからなり、T&A 環境は天井照明の照度を下げた分を机上 LED タスク照明 で補い、同じ机上面照度に設定している。ここでの T&A 環境は、高色温度の照明で手 元のみを明るくしてスポット感を高めることで知的生産性を高めることを意図して作 られた環境であり、A 環境と比較して消費電力は約 50%となった。このうち習熟の影 響を調べるために、表 2.5 に示すように同じ照明条件を 1 日目と 3 日目に設定して、異 なる照明条件を 2 日目に設定した。また、順序効果のカウンターバランスをとるため に前半 9 名、後半 10 名に分けて照明条件の順序を入れ替えた。㣗 ᐇ㦂ㄝ᫂
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図 2.8: 単語分類タスクの解答方法表 2.4: 照明条件 (机上面照度と色温度)
照明環境 天井設置照明 机上タスク照明
Ambient 750lux (5,000K) 0lux Task&Ambient 100lux (3,000K) 650lux (6,000K)
表 2.5: 照明条件の実施順 グループ 1 日目 2 日目 3 日目 前半 A 環境 T&A 環境 A 環境 後半 T&A 環境 A 環境 T&A 環境
2.3.2
実験結果と集中指標の評価
単語分類タスクにおける、実験日毎の作業成績を図 2.9、2.10 に示す。照明条件によっ て棒グラフの色を変えて、T&A 環境では塗りつぶしあり、A 環境では塗りつぶしなし で示した。ここでの作業成績は 1 分あたりの解答数とする。また、それぞれの各条件 間で作業成績に差があるかどうかを対のある t 検定で比較した。 Ϭ Ϯ ϰ ϲ ϴ ϭϬ ϭϮ ϭϰ ϭϲ ϭϴ ϮϬ ⎔ቃ ;ϭ᪥┠Ϳ dΘ⎔ቃ ;Ϯ᪥┠Ϳ ⎔ቃ ;ϯ᪥┠Ϳ ϭ ศ㛫䛒 䛯 䜚 䛾ゎ⟅ᩘ ;ϭ ͬŵ ŝŶ Ϳ ΎΎ Ύ Ύ䠖ƉфϬ͘Ϭϱ ΎΎ䠖ƉфϬ͘Ϭϭ 図 2.9: 各日における 1 分間あたりの 解答数の関係 (前半グループ) Ύ䠖ƉфϬ͘Ϭϱ Ϭ Ϯ ϰ ϲ ϴ ϭϬ ϭϮ ϭϰ ϭϲ ϭϴ ϮϬ dΘ⎔ቃ ;ϭ᪥┠Ϳ ⎔ቃ ;Ϯ᪥┠Ϳ dΘ⎔ቃ ;ϯ᪥┠Ϳ ϭ ศ㛫䛒 䛯 䜚 䛾ゎ⟅ᩘ ;ϭ ͬŵ ŝŶ Ϳ Ύ Ύ 図 2.10: 各日における 1 分間あたりの 解答数の関係 (後半グループ) 3 日目の作業成績は同一環境条件である 1 日目と比較して有意に向上しており (前半 p < 0.01, 後半 p < 0.05)、これは習熟の影響を受けているためであると考えられる。し たがって、作業成績からは、照明条件の違いによる知的生産性の変化のみを評価する のが難しいことがわかる。次に、2.2.3 項で述べた算出方法を用いて、集中指標を算出した結果を表 2.6 に示す。 表中では、アルゴリズムの性質上、初期値を変更するとパラメータが複数パターンあ る局所解に収束した場合や解答数が少ないために指標が算出できなかった場合は、算 出不能である N/A(Not Available) と表示している。 表 2.6: 単語分類タスクの各実験参加者、各セット毎に算出した集中時間比率の結果 集中時間比率 (%) 実験 参加者 1 日目 1 セット目 1 日目 2 セット目 2 日目 1 セット目 2 日目 2 セット目 3 日目 1 セット目 3 日目 2 セット目
E01 N/A N/A N/A N/A 74.8 69.4
E02 83.4 91.5 87.7 85.7 90.9 88.0
E03 N/A N/A 68.8 N/A 64.7 65.3
E04 95.5 N/A 94.4 91.2 90.8 82.8 E05 70.0 N/A 74.9 58.4 73.0 77.2
E06 N/A N/A 83.1 78.3 80.3 88.2
E07 N/A 90.0 76.6 80.1 84.0 75.8 E08 82.7 70.5 91.1 83.2 79.5 81.7
E09 80.2 N/A 76.3 71.6 N/A 64.7
E10 64.5 86.1 78.5 83.8 72.4 69.9
E11 N/A 90.1 N/A N/A 86.9 N/A
E12 84.5 N/A 80.2 77.7 81.2 80.0
E13 82.4 80.8 74.6 75.0 N/A N/A
E14 74.1 91.3 85.3 84.8 91.7 85.8 E15 91.5 N/A 82.2 75.6 77.1 84.5 E16 78.5 70.1 77.9 77.9 80.5 83.6
E17 80.6 N/A 76.2 N/A 77.0 N/A
E18 N/A N/A N/A 70.1 N/A N/A
E19 66.0 53.9 39.6 36.4 N/A 30.5
この単語分類タスクの集中時間比率を同じ照明条件下である 1 日目と 3 日目で比較 したものを図 2.11、2.12 に示す。それぞれ 1 日目と 3 日目で集中指標に差があるかど うかを対のあるt検定で比較した。その結果、前半後半の両グループとも集中指標に
有意差は認められなかった (N.S.Not Significant)。これらの結果から、提案された集中 指標は習熟の影響を受けていないと考えられる。 Ϭ ϭϬ ϮϬ ϯϬ ϰϬ ϱϬ ϲϬ ϳϬ ϴϬ ϵϬ ϭϬϬ ϭ᪥┠ ϯ᪥┠ 㞟୰㛫ẚ⋡ ;й Ϳ E͘^͘ E͘^͘䠖EŽƚ^ŝŐŶŝĨŝĐĂŶƚ 図 2.11: 同一照明条件での単語分類タスク の集中時間比率(前半グループ) Ϭ ϭϬ ϮϬ ϯϬ ϰϬ ϱϬ ϲϬ ϳϬ ϴϬ ϵϬ ϭϬϬ ϭ᪥┠ ϯ᪥┠ 㞟୰㛫ẚ⋡ ;й Ϳ E͘^͘ E͘^͘䠖EŽƚ^ŝŐŶŝĨŝĐĂŶƚ 図 2.12: 同一照明条件での単語分類タスク の集中時間比率(後半グループ) 最後に、全グループにおいて照明条件別に集中時間比率に差があるかどうかを対の ある t 検定で比較したものを図 2.13 に示す。集中指標は A 環境よりも、T&A 環境で有 意に向上している傾向が見られている。 Ϭ ϭϬ ϮϬ ϯϬ ϰϬ ϱϬ ϲϬ ϳϬ ϴϬ ϵϬ ϭϬϬ dΘ⎔ቃ ⎔ቃ 㞟୰㛫ẚ⋡ ;й Ϳ Ύ Ύ䠖ƉфϬ͘Ϭϱ 図 2.13: 単語分類タスクの集中時間比率の照明条件間比較 したがって、この研究で提案された知的生産性を評価するための定量化指標である 集中指標は、習熟効果に影響されることなく照明条件による知的生産性への影響を定 量的に評価できる可能性を示した。
2.3.3
集中指標算出の課題
ここでは、前項で説明した実験結果から課題を考察する。まず、評価の信頼性につい て述べる。算出した集中指標は算出不能である N/A が 114 セット中 31 セットと多く、 これらが評価結果に影響を与えている可能性があるため、集中指標をより多くのセッ トに対して算出可能にすることが課題である。また、集中指標をタスク実施セット間 のみでしか評価しておらず、環境変化が及ぼす集中指標の変化をより詳しく評価する ために、タスク実施時間内での被計測者の集中がどのように変化していくのか、すな わち集中指標の経時変化を評価することが課題である。 次に、指標算出手法の利便性と有用性について述べる。指標を算出するためのプロ グラムは、Python 言語を用いて記述されており、そのユーザインタフェースとして はキーボードを用いて入力を行い文字によって出力を行う様式の CUI(Character User Interface) を用いている。そのため、指標の算出には動作コマンドの入力方法を理解す るために特殊な専門知識を覚える必要があり、加えて、CUI では操作結果が即座に画 面に反映されないため、オフィス環境の改善に取り組む人々が一般的に利用できるも のとは言い難く、視覚的、直感的に操作して指標の算出結果が得られるように改善す ることが課題である。 また、この手法では解析時に様々な初期値を解析者が設定する必要があることや解 析に成功したか否かを解析者自らが判断しなければならないなどの問題があり、指標 算出のアルゴリズムや解析プログラムについての知識がなくても指標算出結果が得ら れるように改善することが課題である。 さらに、評価するために必要な集中指標を計測結果から全て算出し終えるのに必要 な時間も長い。1 つの計測セット (タスクを 30 分間実施) において、この集中指標の算 出に必要な時間は CPU が Core i7-2600K、OS が Windows 7 の PC を用いて約 3 秒で あった。しかし、指標が局所解に収束するかどうかを確認するために様々な初期値を 入力する必要があり、1 セットあたりの平均算出時間は 1 分ほどかかる。さらに、全て のセットについて算出した後、その指標が適切に算出できているか同一実験参加者の 全ての解答時間ヒストグラムと導出したモデル関数を確認する必要がある。その際に、 最頻値が他のセットとくらべて大きく乖離して適切でないと判断した場合は、再度初 期パラメータを変更して算出あるいは算出不能と判断する必要があるため、その修正 に実験参加者 1 人あたり 20 分ほどかかる。したがって、この評価実験における 19 名各 6 セット分の解答時間データから集中指標を算出するのにかかる時間はおよそ 8.2 時間 となり解析者の負担が大きいため、前後セットを考慮した指標算出によって算出時間を短くすることが課題である。
2.4
研究の目的
これらの実験結果より、既存の手法では解析不能セットが多く評価の信頼性が低い ことや、セット間のみの集中指標の評価しかされていないことが問題だとわかる。ま た、指標を算出するのに特殊な専門知識を必要とすることや多くの時間を要すること も問題である。したがって、本研究では以下の各項目を実現することを目的とする。 1. 短時間で被計測者毎に一貫性のあるパラメータを算出し、かつ、全てのセットの 集中指標が算出できるようにアルゴリズムを精緻化すること 2. アルゴリズム精緻化によって、認知タスク実施時間中の集中指標の遷移を評価で きるようにすること 3. 精緻化したアルゴリズムを組み込み、かつ誰でも簡便に集中指標を算出できる視 覚的かつ直感的なツールを開発すること 4. 開発したツールを用いて照明評価実験結果を再評価して有用性を評価すること 本ツールを用いることによって、執務環境変化による知的生産性への影響を短時間 に高い信頼性で評価できるほか、オフィス環境の改善に取り組む人々が直感的かつ視 覚的に操作可能なインタフェースで集中指標を算出することが可能になる。また、照明 環境だけでなく、温熱環境などの様々な執務環境変化の知的生産性への影響を簡単に 調べられるほか、数セット計測する短期間の実験で得られた計測結果から定量的な評 価が可能になる。さらに、タスク実施時間内の集中指標の遷移を評価することで、執 務環境変化によってどのような影響を及ぼすか、より詳細に調べることが可能になる。第
3
章 知的生産性評価における集中指標算出ア
ルゴリズムの精緻化とツールの開発
本章では、まず集中指標を算出するアルゴリズムの改善方法について述べる。次に、 誰でも簡便に集中指標を算出できるツールの開発について説明する。3.1
集中指標評価ツール
ここではまず、本研究で対象とする知的生産性評価のための集中指標評価ツールに ついて説明する。図 3.1 にその概要を示す。この評価ツールは計測ツールと解析ツール からなり、大石[1]はこのうち計測ツールを開発した。これは、認知タスクの解答をタ ブレット端末上で入力し、タスクの 1 問あたりの解答時間をサーバー経由で計測する ツールである。また、知的作業を分類した建築空間と知的活動の階層モデルの第 1、第 2 階層を対象とした認知タスクとして単語分類タスクを開発した。 ㄆ▱䝍䝇䜽 䝍䝤䝺䝑䝖➃ᮎ 䠄ゎ⟅ධຊ䠅 䝕䞊䝍 䛾グ㘓 ゎᯒ 䝋䝣䝖䜴䜵䜰 䝃䞊䝞䞊⤒⏤㞟୰ᣦᶆ
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図 3.2: 集中指標評価ツールに含まれる解析ツールの概要3.2
集中指標算出アルゴリズムの精緻化
本節ではまず、集中指標を算出するアルゴリズムを精緻化する目的を述べる。次に、 具体的な精緻化内容として数理モデルの改良と集中指標の算出方法の改善について説 明し、最後に、アルゴリズムを精緻化したことによって実施することが可能になるタ スク実施時間中の集中指標の遷移を評価する方法について述べる。3.2.1
アルゴリズム精緻化の目的
3.1 節で述べた解析ツールを用いて、より信頼性の高い評価を行うためには、評価対 象の全てのセットの計測データについて集中指標を算出することが必要である。また、 客観的な指標を算出するためには、セット毎に集中指標を算出するだけでなく、被計 測者毎のセット間で一貫性のある集中指標を解析者の主観的な判断なしで導出するこ とが必要である。したがって、以上の課題を解決することを目的とする。3.2.2
集中指標算出のための数理モデルの改良
大石[1]は、集中指標を提案するための数理モデルとして集中-非集中モデルを提案し た。これは、2.2.3 項で述べたように、作業処理のプロセスは作業状態、短期休息状態、 長期休息状態の 3 状態に分類され、それが図 2.4 に示すように一定の確率で遷移するマ ルコフモデルを形成すると考えたモデルである。具体的に述べると、認知作業を行う 際は作業状態と短期休息状態、長期休息状態を遷移しながら、タスク毎に決まってい る一定回数作業状態へ遷移することで作業が完了する。作業処理を進めるにつれて精 神や身体の疲労によって長期休息状態に遷移し、これらの疲労を回復する。この長期 休息状態への遷移確率は執務環境の悪化によって増加し、知的生産性の低下に影響す ると考えられる。 タスク毎に決まる作業状態への必要遷移回数は、図 3.3 に示すようにステップ分解す ることで考えられるが、このうちの一部は習熟によりステップが省略される。つまり、 タスクに習熟するということは情報処理の過程が最適化され、1 問の処理に必要な時間 が短くなるため、一定の実施時間中のタスクの解答数は習熟に従って向上する。しか し、集中指標はタスク実施時間における集中状態に遷移していた時間の割合を示すこ とから習熟の影響を無視できるとしている。このモデルによって、解答時間ヒストグ ラムは混合対数正規分布で近似できるとされた。 䝇䝔䝑䝥ϭ 䝇䝔䝑䝥Ϯ 䝇䝔䝑䝥ϯ ║⌫㐠ື ▱ぬ 䠄ឤぬჾᐁ䜈䛾่⃭ධຊ䠅 ᛮ⪃ 䠄ุ᩿䜔ィ⟬䠅 グ᠈ ㉳ 㐠ື௧ 䠄➽⫗䜈䛾㐠ື௧䠅 ືస ;➽⫗䛾㐠ືͿ 䝇䝔䝑䝥 䝇䝔䝑䝥ϯ͛ ୪ิฎ⌮ 䝇䝔䝑䝥ϰ ฎ⌮⤊ ฎ⌮㛤ጞ 䝟䝣䜷䞊䝬䞁䝇 సᴗ䜈䛾⩦⇍䛻䜘䛳䛶 ୪ิฎ⌮䜔䝅䝵䞊䝖䜹䝑䝖䛜㉳䛣䜛 図 3.3: ステップ分解で想定される情報処理の流れ 一方、2012 年 12 月に行った実験の解答時間ヒストグラムの例を図 3.4 に示す。この図から、解答時間の比較的短い部分に見られる分布は対数正規分布と似た分布となっ ているが、解答時間の比較的長い部分では長期休息を含む解答時間分布が規則性なく 散らばっていることがわかる。したがって、この解答時間の比較的長い分布は対数正 規分布を形成しているとはいい難いことがわかる。また、実際には混合対数正規分布 図 3.4: 対数正規分布を形成しない 1 問あたりの解答時間分布の例 をモデル関数として近似することは、パラメータが多くなることによって局所解に収 束しやすくなり、指標算出の精度が悪いことも問題であった。そこで、対数正規分布 となるのは解答時間の短い部分のみであるとして、集中-非集中モデル[1]を図 3.5 に示 すように作業状態から長期休息状態への遷移確率は一定ではなく時間によって変わる 関数で変動するように改良した。