教育研究セミナー講演
子どもたちのための学校であれ
立川市立第七小学校 校長 記 野 邦 彦
1 自 己 紹 介
私は,ここ創価大学教育学部児童教育学科を昭和62年に卒業して,2年間,会社員 として務めながら教員採用試験の勉強をし,平成元年から東京都の教員となりまし た。最初の赴任地は,伊豆大島でした。教員生活のスタートが島嶼であったことで,
保護者や地域とのかかわりなども含めて様々なことを学びました。そして,杉並区の 学校へ異動し,その後,平成13年度から多摩市教育委員会の指導主事を4年間務めま した。この4年間は行政から教育を捉え,様々な葛藤を経ながら組織対応やクレーム 対応,事件事故対応,裁判…など経験をしました。これら一つ一つをお伝えしたいの ですが,それだけで数時間以上かかってしまうでしょう。その後,また伊豆諸島最南 端の青ヶ島小学校の副校長として赴任しました。小・中学校で本当に同じ校舎で小学 生と中学生が学んでいました。ちなみに,私が赴任していた当時,小学生22名,中学 生5名でした。この学校の教育目標は,わかりやすく「自立」でした。中学校を卒業 する時には,島を離れないといけないということも含めて,この目標が掲げられてい ました。そして,立川市へ副校長として異動し,現在の学校に赴任して2年目となり ます。
2 学校経営及び運営の原点は『歯車』
私の学校経営や行政で組織的な対応を行う上での原点になっているのが,『人間革 命』第1巻「歯車」の章であります。その中で,学校組織を考える時に常に立ち返る のが次の部分です。「歯車は寄ってくる歯を,きちっと噛みあわさなければならぬ。
噛みあわぬ歯車を見た時には,彼は容赦しなかった。〔中略〕しかし彼は,小さな一 つひとつの歯車を,大切にした。丹念に磨きあげることに心を砕いた。いや没頭した のである。そして,派手な動きは,一切しなかった。満を持し,堅実な,無駄のない 活動に止めていた。病んだ歯車が,一つでもあれば,大変である。その歯車のため,
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全体の回転が重くなるからだ。時には,全体の回転を停止してしまう。恐ろしいこと である。彼は,これに充分留意していた。」特に最後の病んだ歯車からの部分を肝に 銘じながら,学校運営に取り組んでいます。
まずは,教員は組織の一員として,社会人として,教育の専門家として,また調整 力や統率力など,一人の人間として磨きあげなくてはなりません。
この組織人である一つの歯車として2つの点が大事になってくると思います。まず 第一点としては,まずは壊れない強靭なものとすることです。これは,児童理解力や 授業力,生活指導力など自身の教育者としての専門性を高めることが重要になりま す。それから教師としての資質・能力を向上させること,人間性を磨き上げること,
先輩の先生方からの指導を素直に,真摯に受け止めて常に成長を図ることです。そし て,今はメンタルヘルスという部分で,自己の健康管理能力を身に付けることも求め られています。
二点目としては,歯車の歯の数を毎年増やしていくことです。これは経験年数でも 増えますし,教員としてより多くの引き出しをもつことができるということです。そ のためには,一つの現象に対して多面的に捉えることができるようになれるかが大事 です。
最初の数年間は,歯の数が少ないから,より多く回転しなくてはなりません。その ために強靭になることが大事です。そして,10年くらいのうちに歯の数を増やして,
ゆっくり大きく回りながら,学校全体から家庭,地域まで目を向け,諸課題に対応で きる力を身に付けることです。このことが,初任者研修から10年経験者研修,そして 教師道場や研究員…へと自身のキャリアプランにつながってきます。
私は学校経営の責任者として,この歯車(人材)をどこにどのようにあてはめた ら,効率よく動いていくのかを真剣に考えます。「適材適所」という言葉があるよう に,その人の特性や能力発揮ができ,学校運営上うまく動くかどうかが大事です。先 ほどの『歯車』の章にあったように, 病んだ歯車 がたった一つでもあれば,学校 の組織が本当に疲弊していきます。私はそのような経験をたくさんしてきました。今 回の話のテーマとは逸れてしまいますが,どんな教育現場においても,私たちの目の 前には子どもたちがいて,悩み苦しんだり,成長したいという気持ちでいっぱいで あったりしています。動きの鈍い歯車から直接指導を受ける子どもたちにとって,そ のような貴重な学校教育の時間が無駄に近いものになってしまいます。私は行政に身 を置いている時も,学校の管理職になってからも,直接子どもたちを指導することが なくても,教員を育成させることイコール子どもたちが幸せになれることと思って やってきました。また,私の役割としては,動きが悪くなった歯車に潤滑油をさすこ と(動きを悪くするものの一つにストレスがあります),歯の形が合わずに摩擦を起 こすものの調整を図ること(お互いの専門性が高いもの同士),歯の大きさが噛み合 わないものの間をうまく埋めること(経験年数や専門性の差異など),などがありま
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す。後ほどの学校経営方針にも書かれていますが,常々「チーム七小」ということを 教職員に伝えています。私がチーム監督で,副校長がキャプテンであるという捉えで 組織運営にあたっているということです。
話を戻しますと,私は日常的な教員とのコミュニケーションや授業時の校内巡視,
放課後の教室などを通して一人一人の教職員の力を見極めるようにしています。先ほ どと同じように一つ一つについて,話をしていると時間が足りなくなりますが,指導 主事の時代に教師の力をなるべく短い時間で判断することを学びました。これは,特 に異動してくる教員との面談時に役立っています。いわゆる歯車を交換する時です。
3 富士山と庶民という視点から
さて,つい先日,野田内閣が発足しました。具体的には申し上げませんが,ある大 臣の失言,辞任が報道され,言動が事実であるのならば,本当に残念でなりませんで した。その報道の中で,あるコメンテーターが「富士山の山頂から家々や人々を確認 することはできません。しかし,日本のあらゆる場所から富士山を眺めることができ るのです。きっと富士山の山頂から眺めて,本当に困っている人たちのことを見失っ てしまったのでしょう。」と話していました。私はこのコメントにハッとしました。
(もしかすると,教員も同じようになっているのではないだろうか)と思ったので す。現在は,様々な課題のある子どもたちが,学級の中にいます。その課題のある子 への対応に追われて,学級全体を見失ってしまうこと,教師自身が授業することだけ に気持ちがいっていて子どもたちの反応や小さな問いかけや解答に目や耳を傾けるこ とができない…などなどです。
今回のテーマであり,私の学校経営の柱でもある子どもたちにとって,この授業内 容はどうであるか,指導は適切であるか,教師の自己満足に終わっていないかなどの 視点を教員一人一人がもたなければなりません。つまり,富士山の麓から山頂はどの ように見えているのかという,自分を客観視できることが大事です。私は教員になっ た時から今でも実践していることがあります。それは,毎朝,教員の時は学級の児童 の名前をフルで読み上げ,一人一人を思い浮かべて,その日の声かけなどを朝のうち に考えることです。今では,1年〜6年まで1学期の始業式が始まるまでに全員,フ ルネームで呼ぶように努力します。子どもたちは「おい,そこの君,今日の調子はど うかな」と言われるよりも「君は○○ ○○さんだね。今日は元気かな」と声をかけ られるほうが,はるかに表情が違います。さらには,私は本校に勤務する全ての人の 名前もフルネームできちんと覚えるようにし,毎朝,全児童・教職員の名前を読み上 げています。
また,下駄箱の靴はちょっとした子どもたちの心のバロメーターになると毎日,見 ていて実感しています。本校は 靴をそろえる ことを教職員全員で指導していま
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す。子どもたちもかなり意識していますし,保護者にも保護者会や学校便りでも発信 しています。しかし,そのような指導を重ねていても,靴をしまうことはちょっとし た時間であるのに,できない子がいます。学校や学級として課題のある子が多いです が,普段は目立たない子もそのような時があり,何かを抱えていることを感じ,担任 に尋ねてみると家庭で何かあったなど,よくあります。それから,先ほど少し触れま したが,放課後の教室にも子どもたちの心の変化などをつかむヒントもたくさんあり ます。私が若い頃には,先輩の教室環境や板書(私が行くとわかっていて,わざと板 書を残してくれる先輩もいました)を見に行くのが習慣になっていました。それが,
今でも管理職として視点は施設管理や教員の状態を知ることに移っている部分もあり ますが,放課後,学校にいるときは必ずゆっくりと校内を回って様々な情報を集め,
時には個別に教員に伝えることもします。
4 子どもたちのため とは…
本校の学校経営方針の中心に据えられているのが,今回のテーマであります。私が このテーマを経営の柱にしたかったのは,私が大学二年の時の創立者との出会いに原 点があります。(信仰していなかったことなどに触れてもよければ少しお話をしたい と思います。)私は,本当に創立者からしたら,何千人,卒業生も入れたら何万人い る中の一人である私に直接声をかけていただきました。私は教員志望として大学に入 学したのですが,この時におこがましくも「創立者のように,慈愛あふれる教育者に なりたい」と電撃が走ったように感じたのは今でも鮮明で,かつ原点です。その後,
教員に採用された時や島嶼に赴任した時,現在校長になった時にも創立者から激励を いただいております。
教職大学院の3指針の1番目に「子どもの幸福を目指す慈愛の教育者たれ!」とあ ります。まさに,私の学校経営においても,先生方にこのことを訴えております。
時々,「うちのクラスにあの子さえいなければ…」という発言が聞かれることがあり ます。私はこの発言が最も悲しく,そのことを伝えます。それと同時に,どのような 手立てが必要なのか,学級が集団としての高まりはどうなのかなどをすぐに話し合う ようにしています。また,この発言が出る時に注意しないといけないのは,教師が自 分中心に教育を捉え進めていこうとしていることが懸念されるのです。
また,私が本校に赴任してから,その方針の左側にありますが,子どもたちの日常 的なバロメーターとして,「明日葉コーナー」というものを設置しました。これは,
単純に説明をすれば,その日一日の振り返りを子どもたち一人一人が行い,スマイル ボックスかアゲインボックスにオレンジの卓球の球を投じて帰るというものです。た だし,アゲインボックスに入れた子どもについては,何があったのかを私か副校長に 話をして帰ることになっています。「帰りの荷物が重い」や「休み時間にブランコに
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乗れなかった」などをはじめとして,時には登下校中に高学年に嫌がらせを受けたか ら…という報告から早期に解決できたこともあります。昨日の帰りも,6年生の男子 が神妙な顔をしてアゲインボックスに投じていきました。話を聴くと,「クラスの同 じ班の友だちと人間関係が今ひとつうまくいかないから」とのことでした。このこと も担任に,その班やクラスの人間関係に注意しながら学級経営にあたるように伝える ことができました。
この「子どもたちのための学校であれ」は,教職員はもちろんのこと,保護者,地 域にも様々な会合で伝えています。最近は,少々苦情めいたことを言いに校長室へ来 る保護者も,「親がどうのこうのというよりも,子どもにとってよければいいので す。」という発言も聞かれます。教員も「子どもたちのためを思うと,このような実 践がいいと思います。」という提案をしてくることもあります。
5 ま と め
終わりに,今,教員としてどのような人材が求められているのかを私の考えとして 述べたいと思います。
あまり難しくないことですが,継続するのは難しいかもしれません。それは,常に 学び の姿勢を貫き,一人の人間として成長し続けることだと思います。
私は今までおそらく何百人という教員を見てきて,そして,数年間,新規採用者等 の面接を通しても,このことが一番だと思います。子どもたちも,担任や教師のその ような部分を鋭く見抜く力をもっています。特に,人間的な魅力を感じることができ ない方は,教員はもちろんのこと社会人としても通用しないのではないでしょうか。
それは,言葉や態度,表情の一つ一つ,振る舞い全てに表れます。
普段から,自分自身を磨き上げるとともに,子どもたちの幸せを願える教育者に なっていただくことを祈念して,私の話を終わりにしたいと思います。今日は話をさ せていただく機会をいただきましたこと,心より感謝申し上げます。ありがとうござ いました。
※記野校長先生のコーディネイトで実施されたグループワーク
☆個人演習
① 学級経営計画を立てる上でのポイントを3つ,あげてください。
② 上記の3つを具体的に実践するために,考えられる手立てを全てあげてく ださい。
☆個人演習で書いた付箋紙を模造紙に貼付し,4〜5人のグループでディスカッ ションしてください。(自分の論を他のメンバーにアピールしてください。)
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