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論文の内容の要旨

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Academic year: 2021

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論文の内容の要旨

氏名:髙野 和彰

博士の専攻分野の名称:博士(芸術学)

論文題名:「江戸川乱歩研究―1920 年代作品の文学的変遷と乱歩の東京体験を視座として―」

本論文は「江戸川乱歩研究―1920 年代作品の文学的変遷と乱歩の東京体験を視座として―」と題し、

江戸川乱歩(1894~1965)の 1920 年代作品を題材として取り上げ、文学として乱歩の探偵小説を考察 することを出発点といる。

これまでの乱歩研究は、探偵小説としての研究が主たるスタンスであった。しかし、探偵小説、ひ いては今日の推理小説の視点からの研究では、個々の作品論がその多数を占めている。また、いくつ かの作品を関連付けて論じている研究も存在するが、作品の傾向や発表年代に差があるものが多いの が現状である。

このような現状を踏まえたうえで、本論文では乱歩の作品を題材に、探偵小説というジャンルの生 成過程の考察と作品の分析を行った。同時に、文学として捉え考察することで、乱歩の探偵小説は、

トリックやプロットだけに頼らない、人間を一つの謎として捉え描いた文学であることの検証を目的 とした。

しかし、乱歩の文学は発表の時期によって作品の傾向が大きく変化しており、探偵小説という一言 では言い表せないほど多様性に満ちている。そのような乱歩文学の全てを、一度に考察することは困 難を極める。従って、本論文では乱歩の探偵小説への興味と創作熱意が最も表れたと言える初期作品 群に焦点を絞った。そのうえで、『二銭銅貨』(1923)を始めに、初期の代表作とされる『D坂の殺人 事件』(1925)、『心理試験』(1925)、『屋根裏の散歩者』(1925)、『人間椅子』(1925)、『パノラマ島奇 談』(1926~1927)、『陰獣』(1928)の 7 作品を取り上げた。

第 1 章では、乱歩による本格探偵小説の創造とその独自性に焦点を当て、『二銭銅貨』、『D坂の殺人 事件』、『心理試験』の 3 作品を取り上げた。これらの作品は、1920 年代作品中でも謎解きやトリック といった探偵小説特有の要素を描写することに主眼が置かれていることが特徴である。

『二銭銅貨』は米国のエドガー・アラン・ポオが『黄金虫』にて描いた暗号の解読を、探偵小説の モチーフとして取り入れたこと、「南無阿弥陀仏」という六字名号に暗号のシステムを当てはめ、日本 文化を反映した暗号を創造したことを改めて精査した。また、谷崎潤一郎の『白昼鬼語』を先行作品 として対比し、『二銭銅貨』の暗号の独自性を検証した。

『D坂の殺人事件』では、名探偵明智小五郎というキャラクターの創造に始まる探偵小説としての オーソドックスな形式の踏襲と完成、倒錯した性的欲求を秘め日常生活を送る人間といった、人間が 持つ表の顔と裏の顔、あるいは異常な欲望といった作品の構成とテーマを精査した。

『心理試験』では、犯人目線から物語を描くという倒叙形式について詳しく分析した。この手法の 採用によって、乱歩は犯罪者の心理を深く、精緻に描く、乱歩ならではと言える文学的な手腕を発揮 したと言える。言うなれば、乱歩は倒叙形式によって、人間の持つ異常な内面を描く〈人間心理の観 察〉と〈文学的な文章表現力〉を備えた探偵小説を、自身の文学として確立したと言える。

また、これらの作品には、作品の構造として、人物や貨幣、取り扱ったテーマ等に「二面性」の意 味づけが成されていることを指摘した。そのうえで、一般的な意味と特殊な意味がそれぞれ付与され た「二面性」を分析し、読者にとっても一般的となる意味が解体され、特殊な意味づけがなされてい

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ること、その「二面性」が探偵小説としての魅力を作り出していることを結論付けた。それは同時に、

乱歩の都市体験に裏打ちされたものであることに触れた。

第 2 章では、『屋根裏の散歩者』、『人間椅子』、『パノラマ島奇談』、『陰獣』の 4 作品を取り上げた。

『屋根裏の散歩者』では、倒叙形式による人間心理の描写が『心理試験』よりも深度を増したこと を、谷崎の『秘密』と対比することで検証した。そのうえで、探偵小説としての謎解きよりも、人間 心理の複雑さ、怪奇さを描写する文章表現力が、第 1 章で取り上げた作品と比べ増大していると結論 付けた。

『人間椅子』では、倒叙形式による一人称形式の文体であることに着目し、事実の真偽が読者に委 ねられるという〈解釈の両義性〉を考察した。また、『人間椅子』を高い文学性を保持した、探偵小説 としても読むことが可能な文芸作品であると結論付け、乱歩の 1920 年代作品の中での位置を明確にし た。

『パノラマ島奇談』では、探偵小説としての構成が強調された前半部と、一種のユートピア小説と して読むことが可能な後半部による二部構成と捉え分析した。前半部における探偵小説特有の要素に ついては、先行とされる作品との対比からその独自性を精査した。後半部では、実現したい夢を持つ という正常者としての側面と、他人の死を利用してでも自身の欲求を達成したいという異常者として の側面が内在する両義的な人間を描いていることを検証した。

そのうえで、探偵小説特有の要素と文学的描写の統合を図った作品であると結論付けた。

『陰獣』では、これまでの議論の中心であった、事件の犯人は誰であったのかが明確に明かされな いという結末の曖昧さ、その曖昧さから探偵小説としては失敗作であるという作品評価にまず注目し た。一つの文学作品として『陰獣』を捉えた場合、その真偽は『人間椅子』同様に読者に委ねられる 問題であり、探偵小説として失敗作という評価は不適切であることを指摘した。

また、乱歩の論理的・理性的な側面の投影とされた主人公寒川、及び非論理的・非倫理的といった 乱歩のもう一つの内面を投影した春泥という、先行研究における人物造形に関する指摘を踏まえたう えで、寒川には春泥のような異常者としての側面も同時に内在しており、そのような両義的人間像ま でを含めたうえで乱歩自身の投影であると考え、両義的或いは多義的な乱歩の人間像を含めた分析を 行った。そのうえで、人間心理の深い洞察や、文学的な人間描写・文章表現を追求した作品であるこ とを結論付けた。

これらの考察を通した結論として、第 1 章で考察した作品構造の「二面性」が第 2 章で取り上げた 4 作品において、人間心理を始めとして、描かれる人物の善悪や物語の真偽といった問題、その解釈 を読者に委ねるといった、様々な「両義性」という概念に深化していると結論付けた。

また、第 1 章及び第 2 章を通して、乱歩の体験が作品発想のベースとなっていること、近代化する 都市で生きる人間の内面や性癖という面が暗示されていることを指摘した。

第 3 章では、これまでの乱歩研究では言及されることが少なかった「探偵小説芸術論争」を取り上 げた。この論争は、探偵小説は娯楽・エンターテインメントであると主張した甲賀三郎と、探偵小説 もまた純文学と同様に人間や人生を描くことを追求すべきであると主張した木々高太郎の二人の間で 交わされたものである。

この点に着目し、甲賀と木々の主張を改めて精査し、乱歩の探偵小説に対する姿勢が照応する点と 照応しない点を併せて検証した。そのうえで、結論を出さなかったという乱歩の沈黙の姿勢そのもの が「両義的」な姿勢であったこと、乱歩が作品や自身の姿勢で示した「両義的」な姿勢が探偵小説と いう特異な文芸ジャンルに必要であったと結論付けた。

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第 4 章では、探偵小説は都市を反映した都市文学であるという視座から、都市という時空間で生き る人間生態に焦点を当てた。乱歩の初期作品群には、大正期の東京とそこに生きる人間が如実に描か れていた。そのような人間が行う〈探偵〉は単なる職業の名称や、事件を推理するという行為に留ま らない、あらゆる人物や事象に目を向け、常識や一般性に対し疑いを持つということ、そのような探 るまなざしが探偵、ひいては探偵行為であることを考察した。

そして、そのような探偵行為は、あらゆる匿名性のもとで生活することが常態化した都市における、

人間生態の所産であったと結論付けた。また、その背景には遊歩者や遊民といった新しいスタイルの 都市生活者の存在や、近代化に伴い人々の間に定着した異常心理や変態心理といった新しい概念があ ったことを検証した。そのうえで、探偵小説には都市固有・時代固有の要素が本質として存在したと 結論付けた。

また、このような考察を通じて、探偵小説は単なる娯楽小説でもなければ、謎解きのみによって成 り立っている文芸作品ではなく、都市や都市生活者の等身大の反映という点も考慮せねばならない文 芸ジャンルであることを改めて確認した。

次に、乱歩の描いた都市空間や都市生活者と、乱歩の都市体験を併せて考察することで、乱歩の描 いた作品が当時の都市という時空間の等身大の反映であったこと、乱歩自身が作品に描かれたような 都市生活者であったことを指摘した。換言すれば、乱歩の文学は時代と社会に向き合い、それらと対 峙する人間生態を巧みに造形・表現し、時代と社会に反射し返すものであったと言える。

その根源は、乱歩の大正期の東京における様々な都市体験に基づくものであったと考えられる。言 わば、乱歩は大正期の東京を生きる探偵であり、乱歩の探るまなざしによって捉えられた当時の都市 という空間が探偵小説の舞台であったと言える。そのような考察を踏まえ、作者の体験をベースにし た文学という日本近代文学の一つの傾向と形式に当てはまることを検証し、探偵小説は都市を反映す る文芸作品として適切なものであったことを結論付けた。

終章では、本論各章での考察と結論を踏まえ、乱歩の文学が人間という両義的・多義的な〈解けな い謎〉に満ちた存在を描いた、単なる謎解きの文学ではないと結論付けた。また、そこに描かれる人 間心理や構成要素には、近代都市という時空間が生む固有の要素が必要であったと改めて結論付けた。

以 上

参照

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