墨マノイレスコの生産力概念と其想源
≠手 ︑塚壽.
郎
一九二九年に出版されだマノイレスコの著作だ9け冨鼠︒︑魯汐o貯︒昆︒§冨B︒9山︒一.曾冨儂︒謬︒彗鑑︒§ド
男碧量は逸早く英語︑伊語に翻課せちれ︑近くはまた猫逸語に課出されて︑大なる波紋を貿易政策理論の研究
者の聞に作りつ︑ある︒云ふまでもなく此書の申心をなす概念は一生産部門の生産力℃3含鼠く墓である︒此
生産力なる概念は大饅に於て男o昌旦韓まに樹立せしめられた団3魯鼠くまの概念に近いものを目標としてゐ
るのではあるが︑これとは異つて︑それは國際貿易の存在を根本的なる前提ともてゐるがために︑これとは梢
異つた.ものとなつてゐる︒とれ,換言すればランタビリテに封立せしめられたプロヂクチヴィテが正確に何を
意味するかは︑實際には︑朱だに大なる問題であつて︑多くの入々が.否それどころか專門の経濟學者さへも
考へてゐるやうに簡輩なものではないゆノデ國全罷から見て望ましかるべを物財を作遊出すことハ叉は一國全罷
マノイレスコの生崖力概念と其想源(手塚)︑一二七
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から見て望ましかるべき利用を作り出すことが︑生産力と考へられる場合が多﹂いのではあるが︑物財にも種六
なるヴジライティズがあつ︑從つて此らを比較して何れかの採否を決定すべき標準が無ければならないし︑'望
まも意利用にしても如何にもて之を測定するか冷各個人に封する利用と︑一國にとつて望ましき利用との關係
如何も定められねばならない︒然し琶グーの研究あり︑ロー︾アの研究がある今にして爾︑此らの問題とせら
れた事項が決定的な解決を與へられてゐるやうでもない︒︑ら'卜.♂
魂男窪冨黍3に封立せLめられた℃月σ含'2三$は︑かやうにして解決に著しく困難な問題を含んでゐるのでは
あるが︑ぞれが概ね物財の量を作る力であるか︑.利用を作る力であるかはnほf想僚するこ老が出來る︒それ
に比較すれば︑'國際貿易政策に於てマノイレスコがその政策論の申心概念乏して掲々る所の生産力は訂成りの
相異が奄らう︒國際貿易政策論にあつては︑貿易の可能が假定せられてゐる︒國際貨幣を提供しても︑外國が拗當方の國に物財を費渡すことも肯じない場合が現實にあるか否かは別問題であつて︑貿易政策論に於て貿易政
策が問題とせらる﹂限りに於ては︑これが必すや肯ぜられると云ふことが前提とせられてゐる︒現實について
見ても︑當方の國の物財が提供せられて︑外國が貨幣を提供することを肯じない場合が屡であるにしても︑そ
れと反封なる場合は極めて稀である︒これは︑多くの場合國際貨幣を提供しさへすれば︑外國は物財を與へて
來れるかあであ︑るρ
かくの如くであるから︑貿易政策論にあつては︑國内の維濟政策論に於てと異砂︑物財なり利用な少が生産
力とじて政策の目標とせちれ惹必要はないわけであ塑通貨幣額が生産力として目標きぜられでよ喚の容ある8
貿易によOて貨幣額が如何に多忌得ちれても漁︒融國の厚生は檜加せぬのであるから野政策の且標にはならぬ占
の批難は︑μ右に云轟理由によつて排斥せられる℃ま海如何に多く貨幣を集め得ても︑之を以望他國の物財を購
ぴ得ない場合があら雌と去ム批難もあぢケηたしかに封鎖せら膨た職争下の國や2他の総七を相手とじ宅職箏
をなしてゐる國の如ぎにとつては㍉︑如何に多で貨幣が集積ぜられても何の役にも立たない︒ それは物財ともな
らなければ︑利用ともならない︒然し封鎖下にあるが如き︑叉は交通し得る他の総ての國を相手として職争を
なしてゐるが如ぎ場合には︑貿易は全く行はれ得ないのであつて︑貿易政策其ものが存在の意義を失ふのであ
る︒貿易政策は貿易の存在を豫想して初めて意義がある︒
貿易の存在を豫想しでゐるがために︑マノイレズ皇が貿易政策論の中心概念としたところの生産力ぱ︑物財
を生産する力でもなければ︑日利用を作り出す力でもなくなつてゐるゆそれは貨幣金額を作る力どなつてみる︒
貨幣金額を作る力とr蓉つたとして・も︑決してそれは︑勲︒旨暮崖審を指してゐるのではない獣また事實に於て︑.
如何なる學論上の立場に立つ人と難も閑睾9毘寡そのものを以て直ちに一國の厚生であると考へないであら
うゆ極端な個人主義ど功利主義麦を探る人と難も尚且り男象言び際審を以て直ちに県國全艦の厚生であり︑政
.策軌目標であるとなす比は躊躇するであらう︒マノイレスゴが貨幣金額を作か出す力を生産力と名附けだと云
つでむ周︑.其貨幣金額は次φ如きものでしかないρ︑∵h一.,∴...し,.さ∴.︑}・
マノイレスコの生産力概念と其想源(手塚)・一二九
〜・﹁㍑と脳噂︑ノ・︑.旧三〇
監それは生産物のく鑑o自寓暮︒︑︿販費債額).のうあかち︑生産に先行して存在したる債額轟♂琴箕密×幽の冨暮︒
置りo職冨けご昌ぎ含ω酔警胃o(工業生産物の場合﹀を控除せる淺額である︒㌦此生産に先行して存在属だる償額葦眩評藍
﹄︑原料︒工場に到着するまでゅ蓮賃を含めた購買債格を以て計算せらるべき原料の債額︒臨
.二︑燃料︒㌦︑ . 一.︒〜.・.︑・
三声消耗さる玉機具b葺房9器oヨ目雰弓霞一曽言9ω窪劉或種の工業にあつては︑・機具の溝耗は著しい額に達
する︒然し前二者が統計を以て明らかにせられてゐるにしても︑此れは看過せられてゐる場合が多い︒・
四︑噌照明︑暖房︑.水道等ヨ鑑籔巽伽欝轟︒お島く︒融及び工場外の人々のなす用役例へば小運搬荷物積卸等
の費用ρ
五︑工場の維持及び減便償却︒"︑
六︑・設備の債値減少の償却o・レ監ひ︑'・・﹁・・,︒
此愛額ぱ純生産額覧σ貸砦け断9.ぎ︒齢言と樗せられる︒︑此丙容をなすものは︑・勢働者の賃銀及び職員の給料︑︑
資本の諸利潤.債橿者に支佛ふ利子︑保瞼料奨租税窓あるゆ♪夫れ故に︑右に列學した諸項目を控除する計算を
なすご占なしに︑簡翠に︑純生産額の内容をなす此らの項艮を加算することによつてそれを計算し得るが如忌
である︒然し此加算による方法は必すしも正確を期し得ない︒諸會杜等の示す利潤は︑︑たとへ腕税等の行爲が
無い場合にも︑眞實の利潤と同じくないのが常であるσ減憤償却費を資本設備の眞の減債に從つて定むること
なく3以懇利潤として示さるべき額を人爲的に憂化するζとが幽來る︒・例へば短い期間に減債償却を行ひ︑激
集の後に資本設備の便値を極めて小額に計算する企業が砂くない︒.か︑る企業にみつては隻莉潤は人爲的に過
小臆見積られてみるρ磁して償却を了へた後には沸︑利潤は人爲的に過大に見積られてゐる︒q秘潤について︑樹
一つ之を不正確ならしむる事情がある︒それは企業が支佛へる利子及び牧入せる利子である︒何となれば支佛
へる利子及び牧入ぜる利子は︑吾々が目的とずる年の以前の企業の進展の表現であるからである︒たΨ長期に
亘つでの計算例へば二十年間の純生産力の計算をなすが如き場合には︑右の加算によつても梢正確な数字を得
る︑ことが出來るゐ・減債︑償却は資本の減債の全額に曽致し得るからである︒な一ト︑肖
.,︑農業企業の場合にも︑汽純生産物の計算ぼ朦野同様である︒・販費総金額から控除せらるべぎものどしては︑.
昌︑種子を含む原料は常に存在すぺく︑二︑向燃料は動力を使用する場合に存在すべく︑三︑︑機具機械の溝耗は
著しぐ重要なものとして存在すべく︑四︑農業用設備の維持費用︑五︑減債償却は農耕用設備について存在す
りるのであらう℃〜‑・."︑μ︑,.;﹂.'︑r,∵
F既に蓉つたやうに︑目貿易政策の理論は貿易が可能であることを前提しでゐるのであり︑從つて貿易によつて
論國が受くる西鉱3は貨幣額を以て示され得る︒而して販費絡金額のケちから∵一,國の讐静晦とならない金額
が控除されてマノイレス.コの純生産額が示される︒其純生産額ぼ利潤ど同嗣慣ではない︒利潤はた穿企業者の私
経濟的立場に於ての利得であつて︑一國の槻識諺の一部であつで全部ではないゆ.一︑企業がら支沸はれる賃銀に
マノイレスコの生産力概念と其想源(手塚)一一一コ
1)Mano丑esoo,Lath60rieduptotectionn1smeet《1er6changeinternationa1,192g, PP・25‑‑34・
隻欄・,・ハ一汽甑ピ.譲.;〜︑‑.・︑︑気∫し一畠島二
讐よ地代にせま︑典盗業奢の私経濟的訟場からは利得では・ないが掬轟國がら見れば内鉱議であ巻︒聾働者が榮
働をなして賃銀を得るためには2生活しなければなちす︾生活するだめには費用を必要とずるぶ︑生活は自己
日的であうで︑業坐活が豊富に漆うて行ぐと去ふことは一國のか⇔鉱葛でありて,費罵ではないρ地代また同檬
である迫利潤む・まだ同じやうな性質をもりてゐると云つてよいゆ極めて具罷的に云へば︑貿易健ま⇔て豊富な
る賃銀地代を得て︑それを以て生活資料を購ひ得れば(或ひは総ての物財)︑それだけ一國全艦の厚生は増加す
るわけである漕とごろで賃銀も職員め報酬も地代も利潤も何れも一國の‑嘘冒¢なのであるから︑利潤ゐみが如
何に大であるがらと去うて︑一國0蒔畿諺が大であるとは蓉ひ得ない︒賃銀や地代や租親等が小であるなら
ば︑利潤を加へ潅此らめ諸金額の合計は︑利潤のみが大なる場合に却つて小となるかも知れないゆ反野に去へ
ばつ著しく大なる一國めσq9ぎ肋を齎らす企業であるにも拘らナ︑利潤は著しく小であるか又は員激である場合
があり得る︒"利潤の小であるか員藪であると去ふ乙とはゆ自國の其企業が他國のそれに技術上劣つてゐること
わを意味し︑﹁自國内で自然り糞玉では存立し得ない事實を意味してゐるや.てμ・︑︑一
.がやうに明らがにざれで來た純生産額ば云は智純生産の絶封量であるに過ぎない潟相⁝封量ではない︒或具盟
的な∴.麦め企業が作め田す所め純生産の量に過ぎない︒だからそれらの企業が用ゐる資本や勢働の量とぱ無關
一係に純生産額の絶封量だけが覗身のうちに置かれてゐる̀o︑か︽の如き絶封量が如何に正確に濠され得ても︑純
.生産力の指標としては何らの債値もない︒﹁そこで企業め生産力を評債するが海あに.純生産額を割當づべきエ