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カルドアの分配理論について

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(1)

カルドアの分配理論について

その他のタイトル Kaldor's Theory of Distribution

著者 三谷 友吉

雑誌名 關西大學經済論集

巻 13

号 4‑6

ページ 747‑770

発行年 1963‑12‑20

URL http://hdl.handle.net/10112/15416

(2)

カルドアの分配理論について︵三谷︶

適用して展開したものにほかならない︒

マルクスの理論︑新古典派また

( 1 )  

z•

カルドアの論文「分配にかんする択一的の諸理論」は、諸々の分配理論はたがいに補足しあうのではなく、

資本主義経済の異った状況におうじてそれらのなかのどれかが有効であるという考え方にもとづいて書かれたもの

その題目によってこのことがしめされているわけである︒この論文の冒頭においてカルドアはいう︑

﹁リカアドウの﹃原理﹄の序文によれば︑分配上の分前を左右する諸法則の発見が

r経済学の主要問題﹂である︒

本論文の目的はこの﹃主要問題﹄を解明しようとするリカアドウいらいの種々の理論的な試みの鳥諏図を呈示する

そしてかれはそういう試みとしてリカアドウまたは古典派の理論︑

( 2 ) ( 3 )  

は限界主義者の理論︑ケインズの理論をあげている︒ただし最後のものはケインズ的理論といったほうがよいであ ろう︒それはケインズじしんがのべたものではなく︑

カルドアがケインズの基本的な原理を分配上の分前の決定に さて︑カルドアはかれのケインズ的理論をのべるにあたってつぎのようなまえおきを書いているが︑これはその

理論のケインズ的な性格がどこにあるかをあきらかにしている点で重要である︒カルドアによれば︑ケインズは分

カルドアの分配理論について

(3)

748 

らば︑両目的のために使用されうる︒またはむしろ一方は静態的モデルの枠内で︑他方は動態的成長モデルの枠内 ように両立しがたいものではない︒ケインズ的な手法は︑ 定式化に近づいていたことの証拠があげられるならば︑うのはケインズの﹃貨幣論﹄のなかの利潤にかんする﹁寡婦の瓶﹂

えられているとかんがえられる場合には︑

0

配問題そのものにはけっして興味をもたなかった︒しかしながら︑ある特定の分配理論がとくにケインズ的な思考

の用具の適用であることがしめされ︑そしてかれのアイディアのある発展段階においてケインズがかような理論の

その分配理論はケインズ的とよんでもよい︒その証拠とい

( 4 )  

︵無尽蔵︶理論である︒乗数の原理はある点で

は﹃貨幣論﹄のなかですでに予想されていたのであって︑産出量と雇用の水準があたえられているとかんがえられ

それは価格と賃銀の関係の決定に適用されうる︒逆に︑分配︵すなわち︑価格と賃銀の関係︶があた

それは雇用の水準の決定に適用されるのである︒これまで乗数分析が分

配理論として展開されなかったのは︑それが雇用理論の目的のために︑すなわち経済体系が過少雇用︵または諸資

源の一般的な過少利用︶の状態において均衡をたもちうるのはなぜかということを説明するために︑工夫されたも

のであるからにほかならない︒そして一方のためのそれの使用は他方のためのそれの使用を排除するようにみえ

Cもし貯蓄と投資の平衡が価格と費用の関係における諸変化によってもたらされるとするならば︑産出量と雇用

における諸変化を説明するための原理がうしなわれるだけでなく︑独立の総需要函数と総供給函数というアイディ

アの全体︑すなわち有効需要の原理がうしなわれてしまう︒全体としての産出量は利用しうる資源によって制限さ

れるのであって︑一種の商品にたいする有効需要の低減は他種の商品にたいする有効需要の補償的な増加をうみだ

すというセイの法則にあともどりすることとなる︒しかしながら︑乗数原理の二つの使い方は一見してそうみえる

開西大學『糎済論集』第十三巻第四•五・六合併号

一方は短期理論と︑他方は長期理論とかんがえられるな

(4)

この叙述によってカルドアの理論の特徴がどのようなものであるかがわかる︒それは︑乗数の原理をば産出量と

雇用の水準があたえられている場合における価格と賃銀の関係の決定に適用したところの︑長期理論としてのまた

は動態的成長理論の一部としての分配理論だということである︒ところで︑かれがこのような理論をうちたてよう

とした動機としては純粋に理論的なものなどいろいろあるであろうが︑とりわけ国民所得における相対的分前の歴

史的不変性または国際的相似性を説明しようとするかれの意図が注目される︒すなわち︑カルドアはつぎのように

﹁リカアドウは﹃社会の異った発展段階において︑地代︑利潤および賃銀という名称のもとに︑これ

まったく異るであろ

う﹄という歴史的事実にまず言及してからかれの叙述をはじめている︒今日︑分配問題について書くひとはほとん

ど反対のことをいいたい気がするであろう︒いわく﹃︵資本主義︶社会の異った段階において︑賃銀︑利潤などに︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑割当てられる国民所得の割合は︑まった<相似している﹄と︒国民所得における賃銀の分前の有名な﹃歴史的不変

性﹄や︑合衆国と聯合王国とのような異った資本主義経済におけるこれらの分前の相似性は︑もちろんリカアドウ

の時代においてはおもいもよらぬ資本主義の特徴であった︒しかしさいきんの経験的研究が相対的分前の可変性に

ついてのリカアドウの仮定を反駁する傾きがあるだけ︑これらの分前をなにが決定するかの問題は︑われわれの興

味をいっそう少くというよりはいっそう多くそそるものとなるのである︒じっさい︑分配上の分前を決定する諸カ

にかんする仮説は︑生産の技術や︑労働にくらべての資本の蓄積や︑

もかかわらず︑諸々の先進資本主義経済におけるこれらの分前が過去百年くらいのあいだ相対的に安定していたこ と り

階級のおのおのに割当てられるであろうところの︑

( 5 )  

で使用されるのである︒

一人あたり実質所得やのいちじるしい変化に 土地の全生産物の割合は︑

(5)

750 

﹁企業者たちがかれらの利潤の一部分を消費に支

( 6 )  

とを説明するのに成功しないならば︑知的に満足なものとはいえないであろう︒﹂

ここには︑カルドアが先進資本主義経済における分配上の相対的分前の歴史的不変性と国際的相似性︑とくにそ

れの過去百年間にわたる不変性を重視し︑この事実の説明に成功した完全な分配理論を切望していることがしめさ

れている︒ところで︑その相対的分前の不変性についてかれが援用している証拠はフェルプス・プラウンおよびハ

( 7 )  

ートのイギリスにかんする統計的研究とクズネッツのアメリカ合衆国にかんする統計的研究にほかならないが︑ク

ズネッツの統計的研究については種々の有力な批判がおこなわれており︑またさらにすすんで賃銀の分前が相対的

( 8 )  

に減少したことを統計的に証明する試みもなされているのである︒

この問題にかんするカルドアの見解はあまりにも単純なところがあるようにおもわれるのであるが︑それはとも

かくとして︑われわれはかれの分配理論そのものについて内在的研究︵解釈と批判︶をこころみることとする︒

(1)N•

Ka

ld

or

, 

Al

te

rn

at

iv

e 

Th eo ri es o f     D i s tr i b ut i o n,   Re vi ew   o

f  E co no mi c  S tu d i es , V o   l .  X Xl l

l   (

2) , 

No . 

61 ,  1 95 5 56 , 

re

pr

in

te

d 

i n  E ss ay s  on V   al ue   an d  D i st r i bu t i on ,  1 96 0.  

(2

) 

Ka

ld

or

, 

Es sa ys   on V  al ue   an d  D i st r i bu t i on ,   p .  

20 9.  

(3

) これにかんれんしてカルドアはつぎのように書いている︒﹁リカアドウとケインズとのあいだの︑︵マルクスをのぞき︶

有名な著述家の全体と諸学派を︑新古典派または限界主義者の理論という術語のもとに圧縮してしまうことは︑これを正 当化することがいっそうむずかしい︒なぜなれば︑本来の限界主義者はべつとして︑その群は︑限界主義者であってもか ならずしも限界生産力の原理に賛成しない不完全競争論者ならびにワルラス派や新ワルラス派のような︵分配理論の観点

からは︶﹃非限界主義者﹄または﹃準限界主義者﹄をふくまなければならないからである︒しかし・・・・・・これらの理論がす

べて共通にもっている重要な側面がある︒そしてこれはそれらの理論を一大傘下にあっめることを正当化するのである︒﹂

( I b i d . ,   p p.  

20 9 21 0. ) 

(4 ) この理論はケインズの﹃貨幣論﹄のなかでのべられている︒すなわち︑

賜西大學『繹済論集』第十三巻第四•五・六合併号

三七二

(6)

カルドア?分配理論について︵三谷︶

 

出することをえらぷならば︵そしてもちろんかれらがこうすることをさまたげるなにものもない︶︑その結果は︑かよう

に支出された利潤の額にちょうどひとしい額だけ流動消費財の阪売にたいする利潤を増加させるということである︒⁝⁝

かくて︑企業者たちがかれらの利澗のどんなに多くを消費に支出しようとも︑企業者たちに属する富の増加は以前と同一

である︒かくて︑企業者たちにたいする資本増加の源泉としての利潤は︑そのどんなに多くが放蕩な生活にささげられよ

(K ey ne s,

T re a t is e

 

̀ 

Money•

V ol .

  I

1930•

p .  

1 3 9 . )

 

(5

) 

K al d o r,   o p .   c i t . ,  

p p .  

227

22 8.

(6

) 

I b i d . ,  

p .  

2 1 0 .  

(7 ) 

Cf•

K al d o r,   Es sa ys   on c   E on om ic  S t a b i l i t y   an d 

Growth•

1960•

p . 

26 0,

f o  

o tn o t e.  

(8)たとえば︑ピクター・パーロ著︑駒津栄訳﹃所得革命﹄︑一︱ベージ以下および九五︒ヘージ以下︒

C . w :

飼信成・綿貫譲治訳『パワー・エリート』、上、二四0ページ以下。エ・ヤ•プ>ーゲリ著、平井恭三郎・村田陽一訳『貧

カルドアのケインズ的理論の主要な内容についてみることとしよう︒かれはつぎのような仮定をもうけたのち分

( 1 )  

﹁われわれは︑まず第一に︑完全雇用の状態を仮定し︑⁝⁝したがって全産出量または所得

( y )

はあたえられているとしよう︒所得は二つの大きな範疇︑賃銀と利潤

( W

P

)

にわけられる︒ここで賃銀 の範疇は手労働だけでなく俸給をもふくみ︑そして利潤は一般に財産所有者の所得をふくむのであって︑企業者の 所得だけをふくむのではない︒それらのあいだの重要な差異は限界消費︵または貯蓄︶性向にある︒賃銀取得者の

( 2 )  

限界貯蓄は資本家のそれにくらべて小さい︒﹂

ところで︑賃銀と利潤からの総貯蓄を

S w

であらわすならば︑左のような所得恒等式がなりたつ︒

S P

配モデルをしめす︒

(7)

752 

そして

S w  

S p

S e

S p   │

se

 

+s

s 

p  Y 

( S p

S

w)

 

投資

( I

S

)

をあたえられたものとし︑単比の貯蓄函数

=S

w  W

とと

1 1

Sp

P

これよりして

l=

sp

swW P  + 

1 1  

S

pP

  +s

e(

Y

P)

" " ︵

S p

'

Se

)p

+s

s}

かくて﹁賃銀取得者と資本家の貯蓄性向があたえられているならば︑所得における利潤の分前はたんに投資の産

( 3 )  

出量にたいする比率に依存する︒﹂

以上がカルドアの分配モデルである︒そしてとくに最後にあげた章旬はかれの分配理論の基本的命題をしめすも

のであろう︒しかし右のモデルはかれじしんみとめているように﹁方程式または恒等式の形式的な妥当性﹂をしめ

しているにすぎない︒そこでかれはすすんで﹁そのモデルの解釈上の価値﹂についてのべている︒この解釈上の価

値は﹁投資︑またはむしろ投資の産出量にたいする比率は︑二つの貯蓄性向

S p

S w における諸変化にかんして不変

S 1 1 1

w  S

  +p

p 

l

= S  

Y1

11

W+

p 

縣西大學『網済論集』第十三巻第四•五・六合併号

三七四

つぎの式がえられる︒

:'•••…

(1)

( 2 )  

-✓a•-~"---

‑‑‑. . . . .   —~—

(8)

s p > s

, , ,  

上記の分配モデルは﹁二つの貯蓄性向が異り︑ を引用しておこう︒ である独立変数としてあつかうことができるという﹃ケインズ的﹄仮説﹂に依存するのである︒雇用﹄の仮定とともに︑またつぎのことを意味する︒すなわち︑貨幣賃銀の水準とくらべての価格の水準は需要によって決定される︒投資の増加と︑

そして利潤からの限界貯蓄性向が賃銀からのそれをこえる場

それゆえに全需要の増加は︑価格と利潤マージンを高め︑かくして実質消費を

減退させる︒他方︑投資の低減と︑それゆえに全需要の低減は︑価格の下落︵賃銀水準にくらべての︶を生じ︑そ

れによって実質消費の補償的な増加をうみだす︒かくて︑伸縮的な価格︵またはむしろ伸縮的な利潤マージン︶を

( 4 )  

仮定すれば︑経済体系は︑完全雇用において安定的である︒﹂

この叙述のなかには︑完全雇用の状態において一定の所得があたえられている場合に︑投資の増加がけっきよく

実質賃銀の低下をともなう利潤分前の増大を生じ︑かくして貯蓄の増大にみちびくということ︑そして逆の場合に

は逆の結果にみちびくということが︑暗示されている︒この因果過程にかんする説明は重要であるから︑カルドア

のもっとくわしい議論について考察しなければならないが︑それはあとにゆずることとし︑もうすこしかれの所説

合﹂︑すなわち

s

︑ *

Sw

 

の場合にのみ︑作用する︒後者は安定条件である︒なぜなれば︑

S p ASg

の場合には︑価格の下落は需要の低減を生

(9)

︐ r r t  

754 

じ︑かくて価格のいっそうの下落をうみだし︑

義してもよい︒なぜなれば︑

この場合には﹁利潤の額は投資と資本家消 そしておなじように価格の.騰貴は累積的となるであろうから︒経済

体系の安定度は限界性向の差異すなわち1/(sp

Se

)

に依存するのであって︑これは﹁所得分配感度の係数﹂と定

それは産出量における投資の分前の変化につづいておこるところの所得における利潤

の分前の変化をしめすからである︒もし限界性向の差異が小さいならば係数は大きく︑ 三七六

I ‑ Y

の小さな変化

( 5 )  

が所得の分配

P ‑ Y

の相対的に大きな変化を生ずるであろう︒そして逆の場合には逆である︒

そしてカルドアは

Se

11

0

の場合についてつぎのようにのべている︒

費との合計に等しい︒すなわち

p1

1

Sp 

である︒これはケインズの寡婦の瓶にかんする寓話ー│それにおいては企業者たちの消費の増加はかれらの全利潤

をおなじ額だけ増大させるのである'~のなかに暗黙のうちにふくまれている仮定である。」

﹁このモデル︵すなわち

sS

II

O

という﹃特殊の場合﹄︶はある意味においてリカアドウの︵またはマルクス

の︶ものの正反対である1このモデルでは賃銀が︵利潤ではない︶残余であって︑利潤は投資性向と資本家の消

費性向によって支配されるのである︒⁝⁝しかしながら︑

I ‑ y

S P が時間をつうじて不変にとどまると仮定すれ

ば、賃銀の分前も不変にとどまるであろうー—・すなわち、実質賃銀は一人あたり産出量の増加とともに年々自動的

( 6 )  

この最後のところでカルドアはかれの分配理論を賃銀残余説とみなし︑リカアドウやマルクスの学説と正反対の

ものであるといっている︒そしてかれは両者の学説にかれ独特の批判をくわえているのであるが︑

開西大學﹃編済論集﹄第十三巻第四・五・六合併号

これについては

' ‑ ‑

‑‑

(10)

カルドアの分配理論について︵三谷︶ 資の低減の場合は省略する︒︶

︵ 投

(1 ) カルドアによれば﹁厳密にケインズ的な意味における﹃フル・エンプロイメント﹄﹂は﹁総計としての財貨とサーピスの 短期供給が非弾力的であって貨幣的需要に反応しないような事態﹂である︒これは︑発達した経済をのぞいては︑かなら

ずしも労働のフル・エンプロイメントを意味しない︒しかし﹁発達した経済では︑利用しうる資本設備は︑利用しうる労働

カの全体を雇用するに十分でありまたは十二分である︒﹂

(K al do r, Es sa ys   on c  E on  

m i c  

S ta b i li t y  a nd   Gr ow th ,  p . 

26 2. ) 

カルドアの分配モデルは発達した経済にかんするものであるから︑フル・エンプロイメントの状態とは労働の完全雇用の

( 2 )

 K

al do r,  E ss ay s  o n  Va lu e  a nd   Di s t ri b u ti o n ,  p

p.

2 

28

2 29 . 

(3 )I bi d. p.

22 9.  

(4)Ibid••

pp . 

229

23 0.

(5 )I bi d.

p .

23 0.  

(6 )I bi d.

` 

pp

. 

23 0 23 1.  

さて︑投資の増加の結果にかんするカルドアの議論にたちもどって︑もうすこしくわしくこれを考察しよう︒前

カルドアによれば︑投資の増加は価格と利潤マージンを高め︑かくして実質消費を減退させる︒ のちに言及するであろう︒

こういう実質的な結果を生ずる因果関係はつぎのようなものであろう︒

投資財にたいする需要の増加は︑さいしよに投資財の相対的価格を高め︑かくして投資財産業における投資の相対

( 1 )  

的有利性を高める︒このことは消費財産業のそれにくらべての投資財産業のキャパシティの増大をもたらす︒この

場合に︑投資財産業では産出量も利潤マージンも増加する︒消費財産業では産出量は減少するが︑そのために消費

三七七

(11)

756 

財の価格が多かれ少かれ騰貴し︑

の割合を増大させ︑

それの利潤マージンは増加するであろう︒だから︑二つの産業をいっしよにし

て︑利潤の分前は増大するであろう︒他方︑実質賃銀は一般に低下することとなり︑

は減退するであろう︒このようなメカニズムによって﹁投資需要の増加は︑けっきよく︑投資にささげられる資源

( 2 )  

それにおうじて消費にささげられる資源の割合を低下させる﹂のである︒そしてこのことはも

ちろん貯蓄の割合の増大することを意味する︒かくして投資と貯蓄の平衡がもたらされているのである︒

(3) カルドアが利潤マージンの説明において逆の

L

型の供給曲線を仮定していることに注意すべきであろう︒この仮

(4) ﹁代表的企業﹂の平均主要費用と限界主要費用は︑キャパシティの最適利用度が到達される点まで

は︑不変である︵その点から上昇しはじめる︶︒これに加えて︑競争によって除去することのできない最低利潤マー

ジンが︑存在する︒この最低利潤マージンは﹁独占度﹂または﹁市場不完全度﹂とよばれる︒価格は最低利潤マー

ジン以下に低下することはできない︒また生産は完全雇用によって決定される最大限をこえることはできない︒そ

れゆえに︑供給曲線はある点までは水平であり︑

は供給曲線にその垂直の部分で交る︒だから︑最低利潤マージンをこえる利潤マージンがえられる︒そして需要曲

線の位置がより高いならば利潤マージンはより大きい︒とにかく︑

おり︑需要曲線によって決定されるのは価格と費用︵とくに労働費用︶との関係である︒そしてこの関係から利潤

( 5 )  

の分前がかんたんにみちびきだされるのである︒

カルドアが投資の増加の結果についてのべている議論をみた︒それによって︑投資の増加が利潤

の分前を増大させるところのメカニズムが︑ 定においては︑ 三七八

そして全体としての実質消費

その点からはほとんど垂直になる︒完全雇用の場合には需要曲線

この場合には︑産出量そのものはあたえられて

いちおうあきらかにされているようにみえる︒しかしながら︑その議 開西大學﹃網済論集﹄第十三巻第四・五・六合併号

(12)

カルドアの分配理論について︵三谷︶ つぎのように書いている︒ 論は大きな欠点をもっている︒すなわち︑カルドアは利潤マージンの説明において貨幣賃銀の変化しないことを仮定しているが︑この仮定は完全雇用の場合にとうぜんおこるべき事実に反するのである︒第一︑投資財にたいする需要が増加し︑投資財産業において生産が拡大されるためには︑が︑完全雇用の状態においては投資財産業の企業者たちは消費財産業から労働者をひきぬいてこなければならないから︑貨幣賃銀を多少とも引上げなければならないであろう︒いまひとつ重要なことは労働者の側からの賃銀引上げの圧力である︒貨幣賃銀にくらべて消費財価格が高くなることは実質賃銀の低落を意味するから︑労働者たちは貨幣賃銀の引上げを要求するであろう︒そしてすぺての労働者が雇用されているような状態では労働者たちの交渉力は十分に強力であるから︑かれらの目的は達せられるであろう︒このようにして貨幣賃銀が上昇するであろうが︑それが実質賃銀にあたえる効果は価格の反応に依存するであろう︒その場合につぎのような結果がかんがえられる︒すなわち︑貨幣賃銀が上昇すると貨幣支出が増加するから︑消費財価格も騰貴するであろう︒かくして貨幣賃銀が消費財価格を追いかけるという悪循環がはじまるかもしれない︒経済体系が超インフレーションにおちいらないためには︑貨幣政策によって投資がおさえられなければならないであろう︒こういう理由から︑投資には一定

( 6 )  

の限界が存在するのである︒

カルドアもある脈絡において右のような限界をみとめている︒すなわち︑﹁実質賃銀は︑短期においては︑すでに

到達された水準にとどまっていて下方へ非伸縮的であるかもしれず︑それゆえに

I ‑ y

を圧縮し︑またはむしろ企

( 7 )  

業者の所望拡張率の上昇についでおこる

I ‑ Y

の増加をさまたげる﹂とのべ︑また賃銀と価格の悪循環に言及して

﹁長期においては︑実質賃銀が生産性の向上に比例するよりも多くまたは少く上昇する

三七九 多かれ少かれ雇用も増加されなければならない

(13)

7S8 

(10) という形に書くことができる︒﹂

P Y

. ー さ ︑

L Y 

A

カルドアがひとつの制限というのはこうである︒

P ‑ Y

はそれの指示されたような値をとることができるC ﹁実質賃銀は生存潰の最低限をくだることはできないC

隔西大學『網済論集』第十三巻第四•五・六合併号三八〇

ことによって︑賃銀の分前は上方へも下方へも伸縮的であるけれども︑短期においては︑実質賃銀の絶対的な切下

げははげしいインフレーション的な賃銀と価格の悪循環をきたしそうであり︑このゆえに︑かような切下げをもた

らすであろう投資の増加は︑他のものによってさまたげられないならば︑貨幣政策の措置によってさまたげられる

( 8 )  

このようにカルドアは短期においては投資の増加に障害が存在することをはっきりとみとめている︒そしてかれ

の分配モデルは長期においてのみ妥当するものとかんがえるのである︒この長期にかんするかれの議論については

のちにあらためてくわしく考察することとし︑

な所説を検討しておこう︒すなわち︑かれがそのモデルにたいするひとつの制限とみなしているものについての所

説︑これである︒

ら︑実質賃銀がこの最低率正をこえている場合にのみ︑

( 9 )  

モデルはー—>さ、という制限にしたがう。これは

ここでただちにその分配モデルそのものにかんれんしてかれの重要

この条件がみたされない場合についてカルドアがのぺているところは

われわれの興味をひく︒すなわち︑その場合には﹁リカアドウの︵またはマルクスの︶モデル﹂にあともどりする

I ‑ y

は縮小されなければならない︒完全雇用は実現されない︒産出量は利用しうる資本によって制

(14)

カルドアの分配理論について︵三谷︶ 正しくないのである︒かれによれば︑

ことがおこるときは︵われわれはそれを発達した資本主義の段階とよんでもよい︶︑賃銀は生存費水準をこえて上

( 1 1 )  

そしてそれからは経済体系の特性はわれわれのモデルにしたがうであろう︒﹂

かような見地から︑カルドアは︑資本主義の第一の段階ではマルクスの学説が妥当するが︑第二の段階︵発達し

た資本主義の段階︶ではそれがもはやおこなわれないこと︑そこでかれの賃銀残余説がそれにとってかわるという

( 1 2 )  

ことを︑強調している︒しかし︑右にあげたかれの叙述によってもあきらかなように︑カルドアのマルクス解釈は

必要生活資料︶が生存費の最低限︵労働者の自然的欲望すなわち食物︑衣服︑暖房︑住宅などの欲望をみたすだけ

のもの︶によってさだまるとみなし︑

積︶を決定するとかんがえていたというのである︒しかしマルクスじしんは労働者の必要生活資料の範囲を自然的

欲望だけでなく歴史的︑社会的欲望にも依存するものとみなしていた︒だから︑ て増大するかもしれない︒ 限されるのであって︑労働によって制限されるのではない︒同時に︑古典派的なーー︐ケインズ的な︑

ではない—|

反応のメカニズムが作用するようになるであろう︒投資のために利用しうる﹁剰余﹂の大きさが投資を決定する

のであって︑投資が貯蓄を決定するのではない︒このようにカルドアはいちおうリカアドウやマルクスのモデルが

有効である場合をみとめるが︑しかしつづいてこう論ずる︒技術的発明などによって︑また過剰労働と過少雇用の

状態︵すなわち︑労働の弾力的な総供給︶から出発して︑剰余の大きさは増大しうるであろう︒それゆえに︑

I ‑ Y

そして技術進歩と人口増加があたえられているときの一完全雇用の天井﹂の成長率に必要な程度をこえ

﹁したがって︑早晩︑過剰労働は吸収されるようになり︑完全雇用が達成される︒この

マルクスは標準的な実質賃銀︵労働力の価値を規定する基礎となる労働者の

そしてこの実質賃銀を差引いた産出量の剰余︵剰余生産物︶が投資︵資本蓄

その範囲は歴史的に変化するとか

(15)

760 

格の反応に依存するであろう︒ んがえられる︒マルクスの見解によると﹁労働力の現実的価値は肉体的最低限から背離するCそれは気候風土や社

会的発展の状態やにおうじて相違する︒それは肉体的欲望に依存するばかりでなく︑歴史的に発展した社会的欲望

( 1 3 )  

ーこれは第二の自然となるーーーにも依存する︒﹂

増大につれて労働者とその家族の欲望が増加し︑ますます多面的なものとなることによって︑

う︒標準的な実質賃銀は︑このように生存費の最低限をこえるところの︑しかも歴史的に拡大されるところの︑労

働者の必要生活資料の大きさによってさだまるのであって︑

のである︒かくて︑純生産物があたえられているならば︑

限界をもうけることとなるであろう︒ 三八二拡大されるであろ

それを純生産物から差引いて剰余生産物が決定される

そういう標準的な実質賃銀が資本蓄積にたいして一定の

もちろん︑不完全雇用の状態においては︑現実の実質賃銀が標準的な実質賃銀よりも低下し︑そのために資本蓄

積が促進されることは可能であり︑あるいはそれは資本主義的蓄積のひとつの重要な方法とみなされるかもしれな

い︒とにかくこの場合には実質賃銀の引下げという労働者の犠牲において資本蓄積率が多かれ少かれ高められるで

あろう︒そのさい労働者たちの賃銀引上げの運動がおこるであろうが︑それが成功する程度はかれらの交渉力と価

(1

) 

K al d o r,   Es sa ys   on c  E on om ic  S t a b i l i t y   an d 

Growth•

p .  

29 8,

f o  

o tn o t e.   (2 )I bi d.   (3 )  I b i d . ,   p p.  

252•

f oo t n ot e .   (4 )

( Ka l d or , C ap i t al   Ac cu mu la ti on n  a d  E co no mi c 

それゆえに︑労働者の必要生活資料の範囲は︑社会的生産力の

西

(16)

カルドアの分配理論について︵三谷︶ カルドアがかれの分配モデルを長期においてのみ妥当するものとがんがえていることについてはまえに言及して

おいた︒こういう見解をしめしているかれの文章をあげるならば︑左のとおりである︒

︱ ニ ︱

0

ペ ー ジ ︒

Gr ow th ,  Th e Th eo ry   of   Ca p i ta l

̀ 

 

e d .   by F  .  A.   Lu tz   an d  D

. 

C•

Ha gu e,

̀ 

1961  

p .  

19 7.  

(5

) 

K al d o r,   C ap i t al   Ac cu mu la ti on   an d  E co no mi c  G ro wt h,   lo c .   c i t . ,   p p.  

197

19 9.

(6

) 

C f .  

J. 

Ro

bi

ns

on

, 

Th e  Ac cu mu la ti on   of  C a p it a l , 

19 56 , 

p .  

48~49,

237 

23 8.

  杉山清訳︑五五ー五六︑二五七ーニ五八ペ

ー ジ ︒

( 7 )

K a  

l do r ,  E ss ay s  o n 

Va

lu

e  a nd   Di s t ri b u ti o n ,  p .  

23 6.  

(8

) 

K al d o r,   Es sa ys   on c   E on

 

mi c  S t a b i l i t ay   nd   Growth, 

p .  

29 8.   ( 9 )

ここのL

'

( 1 0 )

K a   l do r ,   Es sa ys   on a   V

lu

e  a nd   Di s t ri b u ti o n ,  p p.  

23 2 23 3.  

(11)I

d . ,

p . 

23 4.  

( 1 2 )

カルドアのくわしい説明をあげておこう︒﹁資本主義発展の初期の段階においては︑生産性の増大は労働階級の生活水準 の上昇をともなわなかった︒十九世紀の前半におげる一人あたり生産のかなりの改善にもかかわらずイギリスにおける実 質賃銀の趨勢が定常的であったことは︑マルクスにきわめてつよい印象をあたえた資本主義進化の特徴であった︒そして

この特徴は﹃資本論﹄第一巻の主要な命題のひとつをなしている︒﹂﹁しかしながら︑資本主義の初期の段階は︑おそかれ

はやかれ︑資本ストックが﹃所望資本﹄の水準に到達するときに︑終了しなければならない︒利潤はもはやマルクス的な 仕方で生存費賃銀をこえる生産の剰余として決定されるのではない︒反対に︑賃銀の分前は︑生産と﹃ケインズ的な﹄仕 方で投資性向と貯蓄性向によって決定される利潤の分前とのあいだの差額にひとしいひとつの残余になるのである︒﹂

( Ka l d or , s   E sa ys   on c  E on om ic  S t a b i l i t y   an d  Growth,

  pp . 

29 4,

 295.) 

( 1 3 )

K  ar l  M ar x, D  as   Ka p i ta l

3,  

. 

B d. ,  D i e tz   V er l a g,  

19 55 , 

S .  

91 4.  

15

叩 す︿ 紬

‑ 印

i

︵ 宰

E4

三八三 ﹁所得における利潤の分前

(17)

762 

かに技術の進歩による労働生産性の向上がおこり︑

ハロッドの第二の方程式︹保証成長率をし 一人あたり産出量が増大するから︑投資の増加しうる余地は大 を︑投資の産出量にたいする比率と︑利潤や賃銀からの貯蓄性向にまった<依存させるところの⁝⁝分配理論は︑ただ﹃長期﹄理論としてのみうけいれられる︒なぜなれば︑これらの要因の変化は︑短期においてはただかぎられ

た影響しかおよぽさないからである︒⁝⁝短期においては利潤マージンは慣例的な水準のあたりにとどまって上方

へも下方へも非伸縮的であるらしいーー'このことは利潤マージンが大部分は歴史的に決定されることを意味する︒

ここで示唆されることはこうである︒長期の投資要求と貯蓄性向は︑

め︑そしてなんらかの特定の経済におけるこれらの慣例的水準の漸次的変化または諸々の異った経済のあいだにお

( 1 )  

けるこれらの慣例的水準の差異を生ぜしめるところの基本的要因である︒﹂

これを要するに︑ 三八四

これらの慣例的水準の形成される基準をさだ

カルドアの見解は︑貯蓄性向が所与であるとすれば︑長期の投資要求こそは利潤マージンの︑

したがって利潤分前の長期的な水準を決定するということになるであろう︒長期においては︑労働人口の増加のほ

きくなるわけである︒しかし長期の投資要求はどのような意味において右の作用をするのであろうか︒つぎにこの

問題に関係あるカルドアの議論をみることとしよう。かれはいう、ー—l

﹁決定的な仮定は投資ー産出量比率が独立変数であるということである︒

比率の決定因を産出キャパシティ成長率

( G )

と資本ー産出量比率

( V )

であらわすことができる︒すなわち︑

│ 

= G v  

﹁持続的な完全雇用の状態においては︑

G

は﹃完全雇用の天井﹄の成長率︑すなわち技術進歩の率と労働人口の

増加との和︵ハロッドの﹃自然成長率﹄︶に等しくなければならない︒ ハロッドにしたがって︑投資ー産出量

賜西大學『網清論集』第十三巻第四•五・六合併号

(18)

1 1 s

にたいしては前掲の方程式

(1

)

を代入することができる︒すなわち︑

I . p  

Y1

1(

Sp

S S ) Y + s s .

﹁このゆえに︑﹃保証﹄成長率と﹃自然﹄成長率は相互に独立ではない︒利潤マージンが伸縮的であるならば︑

( 2 )  

その結果として生ずる

P ‑

の変化によって保証成長率は自然成長率に適応するであろう︒﹂

Y

右においてカルドアが産出キャパシティ成長率といっているのは︑企業者の﹁所望成長率﹂

成長率がどのようなものであるかが問題である︒ところが︑カルドアによれば︑ ︵楽観の程度と予想

( 3 )  

の気まぐれによって影響されるところの︶によって支配されるものであることに注意する必要がある︒けっきよく

( 4 )  

これが資本ー産出量比率とむすびついて投資率を支配するわけである︒だから︑後者が不変である場合には︑所望

﹁持続的な完全雇用の状態﹂にお

いては産出キャパシティ成長率はハロッドの自然成長率に等しくなければならない︒そして保証成長率は自然成長

率に適応することとなるのである︒このような状態は所与の自然成長率にそうおうする恒常的成長︵または長期均

P ‑

の変化によって保証成長率が自然成長率に適応す

Y

ること︺は︑資本主義経済に平滑な成長率への固有の傾向があることを意味するのではなく︑ただつぎのことを意

味する。すなわち、循環的運動の原因は他のところにある'—ー

S

G0

とのあいだにおける調整のメカニズムの欠

如にあるのではない︒⁝⁝循環的運動の原因は︑産出キャパシティの増加率

( G )

を支配する企業者の所望成長率 もっとも︑カルドアはつづいてこう論ずる︒ 衡成長︶をしめすものにほかならないであろう︒

三八五

参照

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