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地域福祉の推進と住民参加 一コミュニティ政策からの転換一※

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人間の福祉 第26号(2012)1〜14

〈原著論文〉

地域福祉の推進と住民参加

一コミュニティ政策からの転換一※

稲  葉  一  洋※※

はじめに

 社会福祉法の時代も12年目に入るが,21世紀社会福祉の主導理念として掲げられた「地域福 祉の推進」に大きな進展はない。もちろん地域福祉推進の切り札ともいえる地域福祉計画も,

平成の大合併後には一段と策定率を高めているし,高齢者や障害者や児童といった分野別の福 祉施策やサービス・システムの整備も,地域化の方向を鮮明にしている。しかし,福祉サービ ス・資源の地域化とパラレルに進めることが期待された,住民の参加や組織化のための施策化 は十分に展開されていない。そこに今も〈共助〉確立に向けた実践が各地で広がり,厚みのあ る住民参加とサービス・資源をリンクし,多様な主体の協働化による地域福祉の姿を現出しつ つある,といえるような状態ではない。

 このような住民の参加や組織化が低迷している要因として,財源を伴う地域福祉推進の本格 的な施策化が採用されていない,との指摘がされてきた(注1)。本来,地域福祉推進のための政 策には,法令の整備と財源の確保という二つの条件が欠かせないが,この法令と財源をセット

とする施策化が前進するには,法律上の理念に掲げるだけでなく,政策的にも実行が至上命題 化されることが肝要になる。もともと適切な財源措置を講じること自体は,地域福祉の装置を つくり,それを維持運営していく基礎条件の一つにすぎず,地域福祉推進の万能薬でも十分条 件でもない。しかし,それが重要なポイントであることに変わりはないし,地域福祉の推進に 政府や地方自治体が財源措置に踏み切れない,もしくは踏み切ろうとしない理由は危機的な財 政事情のみでなく,政策的主体の意欲や取り組み姿勢の弱さが根底にある。そこには施策の成 果に対する不安,つまり住民参加による共助の強化に確たる見通しを持てないといった,行政 サイドの評価と認識が見え隠れしている。それゆえ単に財源を伴う本格的な地域福祉推進の施 策化を強調するだけでなく,住民参加による成果と論理を提示する必要がある。

※跣・P・・用・∫ご・呵伽配磁∫ア晩伽…4R・・漁∫P・πご伽∫ゴ・〃一C・… 伽〃・御 舵C・朋磁アP・1ご・アー

※※Kazuhiro INABA 立正大学社会福祉学部社会福祉学科

キーワード:地域福祉の推進・コミュニティ行政・参加と協働・参加の制度化

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 現代日本に求められている地域福祉の推進は,福祉領域を超えて地域や地方自治の主要課題 になっていることから,社会福祉の発展型として理解されるだけでなく,コミュニティ政策の 文脈からも捉えることができる。このコミュニティ政策の基調も,!970年代に始まる「コミュ ニティ形成」から,1990年代には「地域福祉の推進」へと確実にシフトし,そこには連続性も 確認できるが,コミュニティ形成の延長線上では捉えきれない質的に異なる非連続的な転換が 生起している(注2)。ともに住民の参加やコミュニティ化への指向をもつことでは同一であり,

地域福祉の推進でも,住民の参加や活動に依拠するというコミュニティ施策との共通性ゆえに,

その成果に対する不安や懸念が持たれているが,その文脈や背景,特質や課題には異なる点も 多い。そこで本稿では,地域福祉の推進という今日的視点から,主に1970年代のコミュニティ 行政と1990年代以降の地域福祉施策との比較検討を軸に,両者の連続性と非連続性に注目しな がら,住民参加による「共」づくりやコミュニティ形成の文脈と可能性を捉え返したい。わが 国における「コミュニティ」以後の40年という歳月は,社会福祉の世界に地域福祉時代を到来 させた。しかし,地域福祉の推進に向けた施策の展開は緩慢であり,財源措置にも躊躇してい る段階といってよいが,住民参加による地域福祉の推進には,「新しい公共」の構築などと同 様に,優れて一つの社会実験社会開発的な性格をもつことを改めて提示したい。

1 「共」の喪失と再生への動き

 最初に,戦後日本社会の住民による「共」の喪失と,その再生への動きを傭轍しておきたい。

全国各地で伝統的な地域的共同や つながり が,急速に失われていくのは高度成長期以降と いってよく,およそ1950年代までは住民相互の共同が日々の生活を支えるセクターとして有効 に機能していた。それがやがて全国的な産業化・都市化の進展によって,1960年代には地域的 共同や相互扶助機能の多くが,行政部門や市場部門に取って代わられる。それまで日々の生活 維持のために,住民同士で担ってきた役割の多くが縮小の一途を辿り,地域的な共同やつなが

り,住民共通の関心を衰退させていったのである。これら住民による「共同」が行政や市場に よって代替・補完されていく,いわゆる地域機能の「外部化」のプロセスは,住民を共同の担 い手から公共サービスや商品サービスの受け手に変え,住民相互の共同なしに納税者や消費者 として,個別にサービスを入手して生活ニーズの充足を図る,生活の個別化や都市的生活様式 を拡大浸透させていった。

 そこで失われていった地域的共同「再生」への動きは,ほぼ10年後に国民生活審議会調査部 会のコミュニティ問題外委員会報告「コミュニティー生活の場における人間性の回復一」とし て,その姿を現すことになる。この「コミュニティ」報告を直接的契機として,1970年代には コミュニティ施策が積極的に採用されだし,地域的な「共同」や地域社会の再生を目指した社 会的な努力が続き,さらに1980年代に入ると,まちづくりや生涯学習,新たなネットワーク形        一2一

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人間の福祉 第26号(2012)

成が日本各地で展開されていった。しかし,生活の「社会化」と「個人化」の趨勢は,コミュ ニティ形成の取り組みを遙かに凌駕し,住民の生活や意識にも脱地域化が進み,相互扶助のシ ステムと機能を後退させていった。

 それも1990年代以後になると,高齢化社会への本格的対応を迫られるなかで日本社会の変貌 や行政のあり方自体の転換により,地域的共同の再生が改めて公共的課題として浮上し,社会 福祉政策にも住民参加が登壇してくる。1990年代後半には地方分権化が大きな前進をみせ,中 央政府によるガバメントから,市町村行政と多様な地域主体との協働化によるガバナンス時代 への移行を鮮明にした。コミュニティ政策の基調も,福祉課題の拡大と変容に伴って,「コミュ ニティ形成」から「地域福祉の推進」へと移行するとともに,住民と行政の協働による地方自 治の実現化が急務となり,地方自治法にも「地域自治区」や「地域協議会」制度の導入,さら に「住民自治協議会」の設置など,コミュニティの制度化ともいうべき段階に進んでいる。そ こでは「新しい公共」の構築というコンセプトのもとに,地域社会や福祉サービスを支える担 い手の多元化や参加化を標榜し,新たなセクターとしてNPOの制度化やコミュニティ・ビジ ネスといった「社会部門」を登場させた。かつて支配的であった「公私」二分論も,公と私の 間に共(共同)の領域を設定し,「公共私」三分論という枠組みで議論されることが一般化し,

市町村行政における行政と住民との関係および双方の役割や責任も変化しつつある。21世紀日 本における地域や新しい福祉の装置づくりには,行政・市場・社会の三部門に加えて,地域的 な「共同」の再生を担う「地域部門」による共助力やコミュニティの形成が求められている。

 最近の著書のなかで田中重好は,戦後日本の地域社会を共同性を軸にして3つの時期に区分 し,その第3期(1990年目現在)を,「地域への共同性の埋め戻し」の時期と規定している。こ の20年ほどの日本社会では,地域から離れた共同性が再び地域に戻ってきたこと,地域社会へ の共同性の埋め戻しが新しい公共性の基盤となっていること,そして「福祉分野においては,

行政施策の面からも,社会の側からも共同性の地域への埋め戻しが進んでいる」と指摘してい る(注3)。確かに田中がいうように,1990年「福祉関係8法」改正以後,社会福祉政策を地域 福祉へと転換して,市町村中心の社会福祉に切り換え,NPOやボランティア,コミュニティ・

ビジネスなどの社会部門や地域部門でも,住民や市民の参加拡大化に向けた振興策が取られて きたのは事実である。しかし,生活上のニーズ充足機能の実態からいえば,地域への共同性の 埋め戻しの動きは限定的でしかない。公的部門へと外部化されてきた「共同」の体系は,とく

に1990年代に入ると公的部門の役割縮小と後退が続き,その一部は市場部門と社会部門に移さ れて吸収されたほか,地域部門でも部分的に再内部化の動きをみせているが,それらの機能は 十分とはいえず,依然として共同の体系をとりまく「すき問」を広げていることは否めない(注4)。

人々の生活型の必要という観点から,この「すき問」を埋めつつ,新たな福祉の装置を:地域に つくることは,地域福祉の推進に与えられた使命といえるが,その社会的な文脈と使命を考え るならば,それ以前のコミュニティ行政とは同一線上に捉えることはできない。また,「地域 福祉の推進」が叫ばれつつも,住民参加がつくる〈共同〉の輪郭や機能,達成すべき課題や目

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標それを実現していく方策や政策的ビジョンにしても,必ずしも明確ではない。そこで次に,

先行したコミュニティ施策を振り返り,両者の共通性と異質性に注目しつつ,それが達成した 成果や残された課題もしくは問題点をみていぎだい。

2 1970年代のコミュニティ行政

 (1)モデル・コミュニティ施策の内容

 周知のように行政におけるコミュニティ施策は,国民生活審議会調査部会のコミュニティ問 題小委員会報告「コミュニティー生活の場における人間性の回復一」(1969年)を直接的契機

として登場する。それは高度経済成長期の地域開発政策に対する反省を出発点とし,地域的共 同の弱体化や住民運動の噴出,行政サービスへの住民の過度な依存傾向の拡大に対する危機意 識を背景に,住民参加による新しい地域社会の再建ないし構築を目標として掲げた。このコミュ ニティ形成を目標とする行政施策を代表し,かつ先導的役割を担ったのは,旧自治省「コミュ ニティ(近隣社会)に関する対策要宗剛(1970年4月)に基づく,モデル・コミュニティ施策

である(注5)。.

 この旧自治省による施策は,「行政側がコミュニティ形成のために何ができるかの実験とし て施策化されたもの」(注6)であり,そのために多額の公費を投じて,コミュニティ施設の整備 を促進するための財源的な支援を行うとともに,コミュニティ形成に必要な調査研究および助 言を行う「コミュニティ研究会」を設置するなど,そこには政策サイドの積極姿勢を確認でき る。モデル・コミュニティ施策は,1969年4月には地方自治法改正によって,市町村に「基本 構想」策定が義務化されたことも追い風となり,多くの市町村がコミュニティ対策を重点実施 するといった波及効果をもたらすことにより,自治体行政に大きな刺激と影響を与え,ここに コミュニティの再建ないし形成は,1970年代日本の社会目標の一つに措定されていった。

 モデル・コミュニティ施策は,1971年度からの3年間に,全国で83地区(都市的地方46地区,

農村地域37地区)のモデル指定を行い,そこで中心的事業となったのがコミュニティづくりの 核としてのセンター建設であった。そこでは地域におけるコミュニティ意識の醸成,共同関係 の育成が目指され,住民組織による管理運営委員会の設置,これを拠点もしくは会場として,

多様で多彩な住民の活動が実施されていった。この施策を契機として全国各地で,コミュニティ センターが類似施設を含めて数多くつくられたほか,公園や体育館やプールなど運動施設も,

多くの地区で建設されていった。そこでは自治体の範域内部をより狭い地域具体的には小学 校区を標準とするモデル・コミュニティ地区を選定し,それを地域の共同課題の解決に参加す

る基礎単位として位置づけ,地区の特性に適した生活環境の整備と自主的なコミュニティ活動 を促進しようとしたのである。

 ② コミュニティ行政の成果と問題点

 先の「審議会報告」執筆の中心となり,その後も自治省のコミュニティ施策に深く関与した        一4一

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人間の福祉 第26号(2012>

松原治郎によって,「コミュニティ形成の過程での最大の課題は,住民の自発的な意欲と活動 がいかに引き出され,そして社会連帯が醸成されるかであろう」(注7)と簡潔に述べられている

ように,コミュニティ形成では住民の自発的な意欲と活動,社会連帯の開発を基本命題とした。

それゆえに参加のプロセスを通して,住民の心のなかにコミュニティをいかに形成するか,そ れが問われたのである。この1970年代を起点とする施策を振り返ると,確かに,「コミュニティ 政策は住民参加の思想と運動を一歩前進させる契機となった」(注8)ことは否めないし,多くの 経験と知見を地域に残したのも事実であるが,松原が提示した課題を達成して,各地でコミュ ニティ形成が順調に進んでいったわけではない。コミュニティ行政による成果と問題点を,や や具体的にいえば次の通りである(注9>。

 ①地域における共同活動を盛んにし,参加経験をもつ住民や市民活動団体を増やした。身   近な生活環境施設の整備に関する話し合いの場や機会の獲得により,住民の参加を促して   部分的とはいえ「共」領域の活動を活性化し,コミュニティや参加に多くの知見を蓄積し   たことも評価される。しかし,それが継続的な住民参加の発展につながり,地域的共同の   再構築ないしコミュニティ形成の展望を示すことに成功してはいない。

 ②「公共的」領域への住民の関与を高め,住民参加の必要性を住民が実感する,という経   験をしてきた。それとても住民参加の内容と発展は十分とはいえず,とくに「コミュニティ   行政が住民の政策決定過程への参画をほとんど用意してこなかったという限界こそ最大の   問題であった」(注10>と指摘されるように,行政や計画の決定過程への住民の参加・参画に   は至っていない。

 ③コミュニティセンターや公民館など集会施設の整備がすすみ,コミュニティ活動の拠点   を増加させた意義は大きい。これら施設の管理運営にも,地域住民の参加や組織化が行わ   れ,住民による自主運営と行政の補完・関与のあり方が各地で模索されている。新しい住   民活動のスペースづくりも注目されたが,縦割り行政や補助金に縛られ,地域の実情に即   した施設の整備や柔軟な運用が妨げられることが多かった。

 ④コミュニティ地区を設定することより,町内会・自治会よりも広いコミュニティレベル   の行政や計画に住民は出会い,その範域で住民活動が行われた。この居住地に着目するゾー   ニング(地区割り)は,地理的コミュニティ成立の前提であり,共同の意識や活動が生ま   れる契機として重要であった。それは身近な生活環境の整備や住民活動に有益であったが,

  住民自治ないし共同性の範域として十分な進展をみていない。

 上記①から④のように,コミュニティ施策の成果および問題点を要約してきたが,このコミュ ニティ行政の問題点としては,コミュニティセンターなどの施設建設に綾小化されたという指 摘が際立って多い。この批判に対して同施策に研究者として参加した倉沢進によると,これは 行政の任務を原則として,物的施設の建設に限定し,コミュニティ活動への直接関与を避けよ うとした施策の基本方針の影響である。市町村のコミュニティ計画に,住民が自由意思で策定 するコミュニティ活動計画を含めないとした判断は,正論ではあったが,コミュニティ計画が

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施設建設である,との誤った認識を与えていったという(注11)。もともとコミュニティ形成は,

住民の自主性に委ねられるべきであって,行政が推進すべきでないという理想論が存在し,当 時の抑制的ともいえるコミュニティ行政に対しても,「官製コミュニティ」といった批判が浴 びせられている。コミュニティ行政では,参加の条件ないし環境の整備に行政役割を限定し,「金 は出すが,口は出さない」という原則のもとに施設の建設や管理,地域で行う活動や行事に補 助金を支出したが,コミュニティ計画それ自体には,住民活動計画を含めないとしたのである。

そこに行政と住民が協働して,地域課題の解決を図るということが実践的な課題となるには至 らず住民参加の広がりと住民自治の発展を含めて将来の課題として先送りされた。それが新 たな社会的文脈のもと近年の地域福祉の推進では,住民の参加と自治および行政との協働が,

公共的課題を解決するための基本的な課題としてクローズアップされ,そのための論理と方策 が焦点化するに至っている。

 先にみた倉沢の所説は,コミュニティ施策がセンター建設に収敏した理由をよく説明しては いるが,それのみが施設建設に傾斜した要因ではない。その当時の高度成長期の豊かな財政状 況が施設づくり,「ハコモノ行政」を可能にしたというだけでもない。そこには市町村行政に よる意図的な施策の選択,そして判断の結果であることも見逃せない。つまり市町村が事業を 実施しても,予測や成果の見通しも立てにくく,方法的にも行政職員にとって不慣れなコミュ ニティ活動を事業化するよりも,施設づくりという予算の措置で事業目標が確実に達成でき,

目に見える建物という実績が残る施策の方が,事業として積極的に採用されたとしても不思議 はない。そもそもコミュニティ活動の蓄積といっても,一方的に加算のみがされていくような 蓄積化や拡大化を意味してはいない。現状の活動維持にしても,自動的に行われるというもの ではなく,活動を担う人々の意思気持ちが一定の行動に組織化されて始めて可能になる。そ れは時間の経過のなかで活動が衰退し,担い手が消滅に至ることも少なくない。コミュニティ も長い年月をかけ,住民の参加と活動によって紆余曲折を経ながら,熟成していくという特性 をもつ。住民の参加や組織化,コミュニティの形成化には,粘り強い継続的な展開が求められ る所以ともいえよう。

3 コミュニティ行政から地域福祉の推進へ

 (1)住民参加の制度化

 1970年代から80年代にかけてのコミュニティ行政の目標は,地域社会の再建に向けてコミュ ニティ形成を図るという点にあり,住民参加による「共」領域の機能を高めたり,人々の関係 やつながりを重視するなど,1990年以後の地域福祉の推進との類似点も多い。しかし両者の問 には,それが達成すべき課題や社会的文脈にも重大な差異が存在しているが,それは住民参加 をめぐる法制度的な位置づけの上からも確認できる。

 コミュニティの再建ないし形成が社会目標として,社会的合意を獲得していった1970年代の       一6一

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人間の福祉 第26号(2012)

コミュニティ施策は,行政の判断と責任による施策・事業の実施を前提に,住民参加の射程も 行政や計画の決定過程への参画には至っていない。そこでは「ハコモノ行政への禁欲」が象徴 するように,住民の自主性を引き出すことに力点が置かれていた。それに対して地域福祉の推 進の場合は,行政と住民の協働化への強いベクトルを持ち,社会福祉関係法が新たに住民参加 を規定していくなど,「参加」の制度化が進行している。とりわけ!990年代以後の低成長経済 のもと少子高齢化,人口減少化,グローバル化,ローカル化,定住化の進展といった社会的趨 勢を背景に,90年代後半には地方分権化が急進展し,その潮流とも連動した「新しい公共」の 構築に向けて,行政によるガバメントからガバナンスへの転換が図られ,自治体行政の変化を 加速させていった。近年では行政や行政計画も住民の参加と公開が原則となり,住民参加の方 策としてもパブリックコメントの導入,情報公開や住民投票の条例化,審議会でも公募枠を設 けてきている。ここに住民と行政とのパートナーシップにもとつく協働化への要請も,もはや 望ましさや当為の次元を超え,住民への権限移譲や住民自治の発展という一連の今日的文脈の もとに,いかに協働のしくみを構築して機能させていくか,それが問われる局面を迎えている。

 参加をめぐる制度化の動きを「地域福祉の推進」に即してみると,1990年の「社会福祉事業 法」改正では,その条文に初めて「地域住民等」の用語を登場させ,従来からの行政や社会福 祉の対象者や受益者という住民理解を変換,し,社会福祉事業者に住民の理解と協力を得る努力

を求めた。この新たな「住民」規定に続いて,翌々年の社会福祉事業法改正では,国民の社会 福祉活動への参加に関する規定が行われたことも注目されるが,さらに1993年の老人保健福祉 計画策定を皮切りに,市町村行政を策定主体とする各種の社会福祉計画の法定化が進展し,そ の多くの法律に「住民参加」の規定が明文化され,住民に参加や参加の努力義務が課されていっ た。やがて2000年「社会福祉法」成立により,社会福祉の指導理念として地域福祉を措定し,

法制度としても地域福祉を基軸とした社会福祉への方向転換を遂げていくが,そこで制度化さ れた地域福祉は制度外福祉でもあり,その概念規定も地方自治体に委ねられている(注12)。ここ に2000年以後の地域福祉の立場というものは,法制度的な存在となることにより,単なる実践 や施策や理論のみの段階に終焉を告げたといってよい。法律によらない住民活動の幅広い存在 を前提とすることに変わりはないが,今や地域福祉は,法制度的位置づけを得て,住民参加や 住民と施策・制度との協働化が格段に強化される構図となっている。

 周知のように「社会福祉法」第1条は,法の目的の一つに「地域における社会福祉(「地域 福祉」)の推進」を掲げ,それに続いて第4条では地域住民,社会福祉を目的とする事業を経 営する者,社会福祉に関する活動を行う者の三者を,地域福祉推進の主体として挙げ,それら が互いに協力して地域福祉の推進に努めると定めた。また同4条では,地域福祉推進の対象を,

福祉サービスを必要とする地域住民と規定したが,法理念の実現には条文にいう対象よりも広 げて,コミュニティや社会資源への働きかけが必須になるし,同法第6条にいう行政による適 切で的確な責務の遂行,つまり政策主体による政策化と施策化が不可避なことも多言を要しな い。社会福祉法第4条「地域福祉の推進」では,地域住民を努力義務の主体として措定し,住

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民がもつ「地域福祉活動の担い手」および「福祉サービス利用者」という,2つの性格ないし 側面を提示した。それを換言していえば,地域住民は地域福祉推進の実践主体・実施主体であ るとともにその対象として規定されているし,さらに他の条文では行政福祉計画の参加主体 にも位置づけられている。このように地域福祉の推進には,地域住民・当事者ともに主体的な 関与や参加が期待され,それを欠いては社会福祉法が想定する社会福祉の姿を具現化できない,

という論理構造を示している。そこでは住民の参加と組織化,コミュニティの形成化が主要な 焦点となり,住民と行政との相互信頼に基づく,新たな公私協働の途を遵いくことが地域福祉 推進の根幹となっている。

 (2)参加する主体(住民)像

 住民の参加や共同を契機とするコミュニティ形成の具体的目標は,地域における共同化やコ ミュニティの再生共通する生活課題への対応と解決,住民の主体形成などに集約できる。そ れは地域福祉の推進にも継承されるし,住民参加に期待される今日的機能でもある。かつて40 年以上も前に副田義也が,「方法は,対象に対して主体がそれを行使するものである。従って,

方法は,対象と主体によって規定されている」(注13>と簡明に述べたように,住民参加の実践で は,主体と対象に関する明晰な認識をもつことが方法を定める前提になる。それゆえに手順か

らいえば,有効な方法を選択し,参加の支援技法を駆使するのは,主体と対象のアセスメント 後にほかならない。コミュニティや共助を担う住民・市民の実像に迫ることは,地域福祉推進 にとって重大な関心事となる。コミュニティワーク実践においても,住民の生活課題やニーズ 把握に成功するのみでなく,参加を担う「主体」認識が決定的に重要だし,それに失敗しては 相互扶助システムを構想し,住民や地域への適切な支援策を講じることができない。

 1970年代にデビューしたコミュニティ行政では,近隣…地域の環境整備を住民参加で行うコ ミュニティづくり,それ自体を目標にしていた。しかし,近年の地域福祉推進においては,地 域の福祉システム構築に向けた住民参加やコミュニティ化のみでなく,その福祉的成果ともい える共助の強化,援助や支援を必要とする人々のセーフティネットづくりを重視する。つまり

「コミュニティ行政」と「地域福祉の推進」では,ともに住民参加やコミュニティをキーワー ドとしつつも,その具体的な役割期待には力点の違いや差異も多く,参加住民にしても同一で はない。それは武川正吾によっても,かつてコミュニティ形成が前提としたのは,健康で心身 ともに自立し,経済的にも自立した〈強い市民〉であったが,1990年代以降に登場する市民は,

それと違って要介護の高齢者や精神障害者などのく弱い市民〉であり,〈市民の複数1生〉の存 在といった事態に注目している(注14)。この武川による指摘は,住民参加を担う最近の主体と 1970年代に登場した主体との違いを端的に示唆し,参加主体の認識に有益なことは間違いない が,地域福祉の推進を担う住民の把握には,次のような状況認識が不可欠である。

 第1は,定住化と全日制市民の増大による変化である。全国各地における人口の地域移動(市 区町村間)をみると,1970年の8.02%をピークとして減少傾向が続き,2008年には4.25%へと ほぼ半減して定住化社会への移行を示している。また1980年以降には雇用者化の波が主婦層に        一8一

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人間の福祉 第26号(20!2)

及び,居住地外への主婦就労を増加させたが,高齢化の進行はそれを超えて居住地域で一日の 大半を過ごす,いわゆる全日制市民の比重を高めていく。かつて本のタイトルともなった『女・

こども・コミュニティ』(PHP研究所,1982年)は,今や『高齢者・こども・コミュニティ』

に転化している。この定年退職して地域回帰する膨大な男女の存在は,地域における「共」づ くりのプラス要因となり,新たな参加者像を描くときのポイントになる。

 第2には,福祉対象の普遍化が一段と進行するなかで,行政や専門処理システムの限界が明 白な事実として認識されている。高齢者と子どもとの同居率や同居意識の低下,女性の就業率 の高まりが象徴するように,今後も家族機能の縮小化は続くことが確実視され,それを覆すよ うなデータや有力な言説を見出すことができない。しかも,この10年ほどの問に行政をはじめ 専門処理システムの限界が露呈し,公的施策・サービスへの全面依存ができないこと,既存の

「共」の体系では充足できない社会的ニーズの広まりが判明してきた。それらは広く住民一般 が福祉対象であることを明確化しただけでなく,住民でつくる「共」領域への関心を高めていっ た。日本社会において1980年代後半以降に急速に高まった老親と子どもとの別居指向は,調査 データが示すように全年齢層に共通した意識変化ではなく,その当時の変わる意識を支えた中 年層がようやく高齢期を迎え,地域生活者の仲間入りを始めた段階である。かれらは子どもに 頼ることもできず,行政への全面依存の難しさを痛感している世代であり,その量的規模の大

きさは,「共」領域の住民像にも強烈なインパクトを与える。

 最後に第3として,地域福祉の推進を担う住民像は,「新しい公共」やコミュニティを基礎 とした住民自治の拡充という文脈を踏まえ,実際の法制度や行政施策・事業との関連のなかで,

はじめて適切に捉えることが可能になる。ちなみに社会福祉法では,地域住民を地域の主体的 参加者であるとともに,福祉サービスや支援を享受する対象でもあると規定した。そこで描か れた住民像は,対象に対置される主体ではなく,サービスの利用者や要支援者などのく受け手〉

を含めた広範で多面的な住民であり,ともに考えて支え合ったり,サービスや資源も利用する といった多様な姿を特徴として示している。この近年みられる地域福祉の主体像と,コミュニ ティ施策が前提とした自律的で合理的な市民像とでは,格段ともいえる違いがある。これら上 記の三点以外にも,1990年代以降の「PC」や「携帯電話」の普及・拡大により,個人単位のネッ

トワークが飛躍的な増大を遂げ,対面的接触がなくてもつながりや支援が可能になるなど,人々 のコミュニケーションや人間関係のあり方にも変化が著しい(注15)。これら参加者をめぐる変化 は,住民参加が担う機能やあり方とも密接に連動し,参加支援の方策にも,従来型からの転換 や離脱を迫る要因となっている。

 (3)住民参加の支援策

 周知のように地域福祉は,わが国で住民参加を最大の要件として1970年前後に登場するが,

その後1980年代に入ると,大阪ボランティア協会編『ボランティアー参加する福祉』(ミネルヴァ 書房,1981年)の刊行や有料・有償の住民活動の登場など,いわゆる「参加型福祉」台頭の時 期を迎えていく。それは文字どおり,コミュニティや福祉をつくり支える住民や当事者の参加

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を重視し,行政と福祉関係者が行う社会福祉のあり方にも,ラディカルな反省と見直しを迫っ ていった。広辞苑(第6版)によると「参加」は,「なかまになること。行事・会合・団体な どに加わること。」と説明されているが,もともと英語の参加(participation;take part《in》)

には,「部分」(part)という単語を含むことが示唆するように,単に何かの活動を行うという ことではなく,全体の一部(部分)を分担することを意味している。そこには社会性の契機 他者との共同の契機を含み社会的な活動であるということの理解がポイントになるが,それ ともう一つ参加には,個々人の自覚や責任,自発性といった主体性の契機が含まれている(注16)。

このように参加を理解すると,主体的でもなく社会的でもない活動を参加と呼ぶことは適切で はなく,この二つの契機を併せもつ行為のみが参加ということになる。それゆえに地域福祉の 推進に求められる住民参加も,社会性と主体性という二つの契機を内包し,参加の支援策もそ れを促すような内容でなければならない。

 戦後最大といわれた2000年の社会福祉関係法改正により,わが国では政策目標として地域福 祉の推進を高く掲げた。しかし法改正後の経過をみても,住民の参加化に向けて本格的な施策 化と財源措置が採られることはなく,新しい福祉理念ないし言説のみが先行している段階とい える。一般的にいって地域福祉は,社会福祉の新理念として肯定的に受けとめられているが,

住民参加や共助の発展に向けた施策化に踏み切ることなく,わが国の危機的な財政状況のもと で,予算支出を抑制するイデオロギーとして有効に機能している。こうした地域福祉施策の現 状は,1970年代のコミュニティ行政が多くの公費を投じて,コミュニティ施設の整備等に代表

される施策を行ってきた政策サイドの積極姿勢とは,対照的な姿や対応といってよい。もとも と地域福祉の推進には,分野別福祉とは違って具体的な福祉給付が義務づけられたり,国庫負 担金のように財政的な規定がされているわけではなく,そうした事情が行政の財政的な措置や 財源確保を難しくしていることは否めない。最近の地域福祉の推進等を図るための市町村への 国庫補助金をみても,先駆的・試行的事業および地域福祉活動等を活性化する事業に対して行 う「地域福祉等推進特別支援事業⊥2009年度にスタートしたモデル事業「安心生活創造事業」,

福祉サービス利用や金銭管理を行う「日常生活自立支援事業」にとどまる。厳しい財政状況と はいえ予算額も多くはないし,モデル事業や初期費用など誘導的なものに限定される傾向を強 めているが,むしろ国の財政的役割としては「誘導」よりも,地域福祉の推進に使途を限定し た条件整備費を担うべきである。また地域福祉推進の中核的ツールであるべき地域福祉計画を 策定実施する事業にも,特定の国庫補助金は用意されず,地方自治体の一般財源で賄われてい る。加えて「地域福祉の推進」主体として,住民への参加支援が強く期待される市町村社協に 対する財政的補助や助成も,近年は削減傾向が顕著である。

 この数十年にわたる地域福祉の展開からも,地域における「福祉サービス」の整備と「住民 参加」の実現は,疑う余地のない地域福祉の二大要件といってよい。最近では,分野別福祉サー ビス・資源の整備が地域化の方向で着実に進捗しつつも,それと本来セットで進められるべき 住民参加による地域福祉の推進策は停滞してみえるが,そこには当然それなりの理由もしく        一10一

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は事情が介在しているというべきである。つまり地域福祉を構成する二つの要件では,それを 担う部門や性質も異なり,一方の「福祉サービス」はニーズ充足の手段そのものであり,公的 部門・市場部門・社会部門の専門処理システムによって提供され,予算上の措置がサービス量 や資源の確保にほぼ直結するという特徴をもつ。この計算可能性の高い「福祉サービス」の整 備に対して,「住民参加」の場合は住民同士がつくる相互扶助システムであり,住民の意向や 行動に依拠するだけでなく,地域差が大きいのが特徴である。それゆえに参加支援のための予 算措置をしても,それが直ちに参加や共助の拡大や確保に直結するとは限らず,その効果や機 能を計算して数値で示すことも難しい。さらに歴史的にも,住民がコスト負担をしてきた「共」

領域でもあり,1970年以後のコミュニティ振興策への評価とも相まって,行政による支援方策 に足踏み状態を招いている。

 1970年以後のコミュニティ施策や市町村社協事業の歩みが示唆するように,住民参加によっ て地域の福祉力を高めることは簡単でなく,そこに求める参加の程度や機能にもよるが,その 効果を推定することも容易ではない。よく地域福祉活動では,住民の自主性や内発性が強調さ れてきたが,そもそも自然発生的に住民活動が起こることは多くない。地震や津波といった非 日常的な不幸や災害との遭遇は,否応なく住民による共同や共助を引き出す契機になるが,そ うした場合を除くと,むしろ専門機関による働きかけが住民参加の起点になるのが一般的であ る。さらに住民活動の継続性や効果性という視点からも,「住民参加,利用者参加のいずれであっ ても,何らかの専門的・制度的支援がなければ活動は促進されない」(注17)という主張は,多く の経験的事実に合致した見解といえる。かつて厚生労働省の中村美安子も,「地域福祉行政と

して取り組むべきことは,フォーマルなサービスがモレ,ヌケなく提供できる総合的な生活支 援体制と人々の生活を支える基盤としてのコミュニティの力が発揮できるような環境整備であ る」(注18)といい,コミュニティの力を引き出す行政役割を明快に示した。しかし,わが国で地 域福祉の推進に確固としたビジョンを示しえない最大の理由は,行政による効果的な条件整備

と参加支援策の遅滞にある。この停滞状態を打破しようとしたのが,『地域における〈新たな 支え合い〉を求めて一住民と行政の協働による新しい福祉一』(2008年3月)の狙いとみえるが,

それは今日に至るも達成されていない。地域福祉推進にとって「共」領域の力を引き出し,生 活課題の解決や支援に取り組むコミュニティワーカーの人件費,住民活動のための拠点整備費 や活動・運営費の確保は必須条件である。日本社会にとって地域福祉の推進が避けられない命 題であり,それを社会福祉政策の目標として掲げる限り,いかに躊躇しても法令と財源をセッ

トとする方途の採用を避け続けることはできない。

4 「共」領域の再生化の実験

 現代変動の趨勢となっているグローバル化,ローカル化,少子高齢化,人口減少化,情報化 などは住民生活の与件といってよく,地域福祉の推進方策もそれらの動向や影響を前提に地域

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性を踏まえた検討が欠かせない。この50年ほどの共同の衰退化により,地域や家族や企業の凝 集力を弱め,私化された個人を析出し続けて,自己中心主義や私生活主義の風潮をもたらし,

住民相互の連帯や互助力を衰勢に向かわせている。巨大化した専門処理システムの出現は,相 互扶助システムを支える共同活動の拘束から人々を解き放ちはしたが,各人が私生活の殻に閉 じこもる孤立化をも深めていった。とはいえ「共」領域の衰退化や専門処理システムへの依存 化という事象も,現代人の「共同性」そのものの縮小や消滅を意味してはいない。つまり身近 な住民相互でつくる共同性から,装置化された専門処理システムのなかで暮らす共同性が支配 的になり,日常的に共同性を確認したり,可視化する機会が減り,人びとの共同意識が衰退し ているにすぎない(注19)。

 専門処理システムは万能ではなく,行政と市場に依存するのみでは,人びとの生活上の課題 を解決し,地域や福祉を支えられないことは判然としている。先に述べたように,1990年代に は「共」領域の再生の動きが起こってくるが,それを超える勢いで公的部門の後退やコミュニ ティ機能の低下が進み,いわば両者のせめぎ合いの状態にある。それも現状では社会的ニーズ の拡大化,既存のサービスや活動で充足できない「すき間」を広げるベクトルが勝っている。

そこに「共」領域の強化によって,社会的ニーズの充足や「すき間」の縮小化と解消を図るこ とは,専門処理システムと相互扶助システムとの最適な組み合わせ,福祉の装置化を図ろうと する地域福祉の基本テーマになっている。

 1970年代に始まるコミュニティ施策に対する評価は,それが十分な成果を挙げたものとして 受けとめられてはいない。社会福祉法が掲げる「地域福祉の推進」の場合にも,先行したコミュ ニティ振興策と共通して,住民の意識と行動に大きく依拠するという特性ゆえに,その成果に 対する不安と懸念が抱かれている。しかし〈共〉領域の動きに目を向けるならば,住民活動の 衰退傾向が久しく指摘されながらも,地域では必要に迫られて新たな活動や担い手を発掘し,

地域生活を支える重要な役割を担い続けてきた。住民活動の全体像を把握することは難しいが,

「共」領域の住民活動が存在しない,もしくは消滅するという事態の想定は,現実的でも生産 的でもない。各地域におけるボランティアや民生委員,近隣住民による福祉活動の実績をはじ め,5年ごとに実施している総務省統計局「社会生活基本調査」のデータが示すように,全国 各地で行われる住民活動の総量は膨大であり,それが人びとの絆を培い,生活に安全や安心や 豊かさをもたらす不可欠な源泉となっている。

 わが国でもコミュニティが実像であるか,虚像であるかといった類の議論は,今も後を絶た ない。今後もコミュニティの捉え方や機能,それへの期待や形成の条件,さらに主張や強調点 から,コミュニティに対する認識や評価は多様で混沌ともいえる様相を呈しても,それ自体の 価値や意義を否定する言説は見出し難いにちがいない。都市社会学を専攻する内藤辰美は,コ ミュニティ概念の活用という目的から,「コミュニティは過去のものであり現実には多くを期 待することができない」という英国の社会福祉学者・ピンカー(PinkeちR。)の言説に,批判的 検:討を加えている。そこで内藤はコミュニティの機能は,部分的だが過去のものではなく,「こ        一12一

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れに過剰な期待を掛けることを戒めながら活用すれば家族国家市場では満たされない生 活上の必要な機能を担う〈捨て難い〉存在なのである」(注20)として,その有用性を結論づけて いる。ただしピンカーにしてもバークレイ報告では,多義的なコミュニティ概念を多数派報告 が社会政策の枠組みとして機能するように定義していない点を批判したが,コミュニティの有 用性を否定してはいない。内藤が引用したピンカーの主張にしても,現代英国におけるコミュ ニティの現実機能を問題としたにすぎず,コミュニティの位置づけや期待する機能,強調点な どを差し引いて考えると,ピンカーと内藤との違いはきわめて相対的にみえる。地域福祉の推 進にとって「参加」と「コミュニティ」は中核的概念であり,それが必要かつ有用であるとい

う基本認識が揺らぐことはなく,そこに論点も参加やコミュニティ形成の実現方策に収敏する。

 地域福祉推進の政策や実践では,住民参加による共助の拡大化を軸に,住民と行政の協働の もと,コミュニティの機能を強める的確な方策と実践が求められる。しかし,多くの論者が繰 り返し主張してきたように,住民には部分的・限定的とはいえ,行政や市場が担うことのでき ない固有の機能があるが,その住民参加も万能薬ではないし,過度の役割期待はむしろ失望や 無作為を招く。この新しい福祉の装置を支える「共」領域の再生という命題は,コミュニティ の現実や実態を踏まえ,その実現可能性が十分に検証されているわけではなく,いわば不確実 性ともいうべき要素を含むゆえに,一つの社会実験もしくは社会開発的な性格をもつ。それは 期待概念というものに近いが,地域福祉推進のあるべき方向と論理を示し,十分な成功を約束

してはいないが,完全な失敗に終わるということも想定しにくい。住民の参加や活動の実践化 のプロセスでは,試行錯誤のなかにも一定の機能を担い,住民相互の関係づくりが繰り返され て蓄積されていく。そうした営為なくして住民による参加の広がり,公私協働による地域福祉 の推進は期待できないし,それは現状のコミュニティ維持にとっても必要かつ有益である,と いわなければならない。

1 この財源措置についての指摘は,平野方紹「地域福祉推進のための計画と財政」『社会福祉研究』

 第99号,鉄道弘済会,2007年,澤井勝(「小地域福祉とその財源」『地域福祉研究』第37号,日本生  命済生会,2009年)等によっても行われている。

2 コミュニティ政策をめぐる変化については,名和田是彦「基調講演広がるコミュニティへの政策  的関心一近年の地域社会,自治体,国の動向から」コミュニティ政策学会編『コミュニティ政策8』

 東信堂,2010年7月を参照。また森岡清志(『地域の社会学』有斐閣,2008年,p.273)も,1990年  以降の変化の方向を「新しいコミュニティ形成」と呼び,それ以前のコミュニティ行政と区分して  いる。

3 田中重好『地域から生まれる公共性』ミネルヴァ書房,2010年置pp83−126

4 高橋英博『共同の戦後史とゆくえ一地域生活圏自治への道しるべ』御茶の水書房,2010年,

 pp223−234

5 「モデル・コミュニティ地区」の指定に続いて,1980年代にも1983年からの3年間に,全国で147  カ所の「コミュニティ推進地区」が設定されている。この間には厚生省,農林省,文部省等も類似

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 施策を実施し,都道府県や市町村もそれぞれ独自に地区指定を行うなど,コミュニティ施策は全国  的に広がっていった。その後も自治省は,1990年からの3年間に141カ所の「コミュニティ活性化  地区」を指定するなど,ほぼ!0年ごとに地区の設定をしてきた。2000年代に入ると,コミュニティ  政策の新たな展開が始まり,総務省はコミュニティの活性化に向けて研究会を2007年に設置し,「新  しいコミュニティのあり方に関する研究会報告」(2009年度)をまとめている。

6 倉沢進「コミュニティ施策の批判と問題点」地方自治制度研究会編集『新コミュニティ読本』ぎょ  うせい,1978年,p.79

7 松原治郎『コミュニティの社会学』東京大学出版会,1978年,p.25

8 中田 実「コミュニティ政策の到達点と課題」コミュニティ政策学会編『コミュニティ政策5』

 東信堂,2007年7月,p.86

9 わが国におけるコミュニティ施策の内容をはじめ,その成果や問題課題や到達点については各  地の事例調査を含め,数多くの先行研究が存在する。この施策に対する評価への関心は最近でも弱  まることなく,「自治省モデル・コミュニティ施策の検証一コミュニティ政策の到達点と課題」コミュ  ニティ政策学会第3プロジェクト研究会報告『コミュニティ政策5』(東信堂,2007年7月)が刊  行されたのに続き,翌年の『コミュニティ政策6』でも,倉沢進「社会目標としてのコミュニティ」

 が特集論文として掲載されている。

10 森岡清志『地域の社会学』有斐閣,2008年,p.275

11 倉沢進『コミュニティ三一地域社会と住民活動』放送大学教育振興会,1998年,p.89。本書によ  ると当初はコミュニティ計画には,市町村が物的施設の計画を,住民がコミュニティ活動の計画を,

 それぞれ策定することになっていたが,倉沢も委員として名を連ねたコミュニティ研究会の意見に  より,コミュニティ計画からコミュニティ活動計画が除かれたという。

12 金井利之「自治体行政における地域福祉サービス」宮島洋・西村周三・京極高宣編『社会保障と  経済3 社会サービスと地域』東京大学出版会,2010年,p.230

13副田義也『コミュニティ・オーガニゼーション』誠信書房,1968年,p.267 14 武川正吾『地域福祉の主流化』法律文化社,2006年,pp.61−63

15 金子二二・玉村雅敏・宮垣 元編著『コミュニティ科学一技術と社会のイノベーション』勤草書  房,2009年

16 武川正吾『社会政策の社会学』ミネルヴァ書房,2009年,pp.105−106

17 牧里毎治・野口定久・武川正吾・和気康太編著『自治体の地域福祉戦略』山陽書房,2007年,p.68 18 中村美安子「地域福祉・今後の政策展開」牧日毎治・野口定久・武川正吾・和気康太編著『自  治体の地域福祉戦略』学陽書房,2007年,p242

19 田中重好,前掲書,pp.62−63。本書において田中は,従来コミュニティの衰退といわれた共同性  の変化を,〈共同性の拡散〉と呼ぶべき現象として捉えている。

20 内藤辰美,内藤辰美「縮む都市と地域福祉一変化する都市と地域福祉」橋本和孝・藤田弘夫・

 吉原直樹編『都市社会計画の思想と展開』東信堂,2009年,p.136

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参照

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