1.
はじめに我が国の刑法犯の認知件数は,平成
14
年の369
万3,928
件をピークに平成15
年から減少に転じ,平成21
年 の239
万9,702
件まで減少傾向を示している.しかしな がら,急激な増加傾向に入る前の状態に戻ったにすぎ ず,国民の治安に対する不安感とともに,その件数は 依然として高水準にあるといえる.そこで,警察・司 法当局では,様々な刑法の改正を行っており,近年,刑罰の引き上げを伴う改正がみられている.平成
18
年 の窃盗罪に対する罰金刑の新設も,犯罪の多発に対処 するための一種の厳罰化といえるが,窃盗犯にはかね てより,従来の量刑が懲役刑のみであったことから,犯罪被害額が軽微な事案においては公訴されないなど,
実質的に刑罰が与えられていないことの弊害が指摘さ れており,これに対処する形で罰金刑が加えられた.
しかし,窃盗犯は平成
21
年の刑法犯の認知件数中,約54.1%と最も多くを占める犯罪であって,129万9,294
件もの件数となっており,依然として件数は高い水準 にとどまっている.このように,現行の罰金刑は犯罪 の抑制に法改正の意図するとおりの効果が示されてい ない可能性がある.そこで本稿では,罰金刑が軽微な事案の窃盗犯に与 えた犯罪抑制の効果について,平成
12
年から平成20
年 までの都道府県別パネルデータを用いて,同時に罰金 刑が新設された公務執行妨害等犯との比較から実証分 析を行った.結論から先に述べると,現行の罰金刑は 軽微な事案の窃盗犯に対しては犯罪抑制の効果がない ことが示された.その結果を踏まえ,今後の量刑の在 り方について考察するとともにその改善について提言 した.2.
犯罪の現状と法改正の背景公務執行妨害等罪においては犯罪件数の急増ととも に比較的影響の大きくない事案も数多くみられたが,
一方で,法定刑が懲役刑又は禁固刑に限られていたこ とから刑罰の適用に困難が生じていた.また,窃盗罪 は安易な気持ちから行われ,かつ,被害額が僅小であ る上,被害回復も速やかになされるといった比較的軽 微な事案が急増する一方で,法定刑が懲役刑に限られ ていたことから刑罰の適用に困難が生じていた.
そこで,平成
18
年の刑法の改正では,比較的軽微な 事案の犯罪であっても早い段階で相応の刑罰を科し,刑罰が有する一般予防機能及び特別予防機能の効果に より,同種事犯の再発を防止し,常習化や他のより重
い犯罪への発展を食い止める必要があるとの判断によ って,事案に対応した適正な事件処理・科料を可能と するべく,両罪に対し,
50
万円以下の罰金刑が新設さ れるに至った.3.
罰金刑の効果に関する理論分析本稿では,合理的な意思決定者である一般的潜在犯 罪者の行動モデルを考える.犯罪者は犯罪から得られ る限界便益
MB
と犯罪に要する限界費用MC
に直面し,MB
がMC
を上回る範囲で犯罪を実行することになる.ここで,法改正の意図する窃盗罪に対する罰金刑の 新設は,他の条件を一定とすると,従来,実質的に刑 罰が科されていなかった軽微な事案の窃盗犯が直面す る限界費用曲線を,
MC
1からMC
2へ刑罰の重さ(罰金 支払い)分引き上げることになり,犯罪の件数はQ*か らQ’
へ減少することになる(図1
).MB
Q Q*
犯罪件数P*
0
便益・費 用
P
50万円 MC
2MC
1P’
Q’
減尐
図1 法改正の意図する犯罪者の直面する 限界便益・限界費用曲線
しかし,犯罪者が直面する限界費用(期待刑罰)は,
刑罰の重さに刑罰の執行確率を乗じたものであり,軽 微な事案の窃盗は,刑罰の執行確率が元々低いため,
同一の罰金刑による刑罰の重さであっても刑罰の執行 確率によって犯罪者が直面する「真の」刑罰の重さ(限 界費用)には差異が生じると考えられる.
したがって,刑罰の執行確率が低い軽微な事案の窃 盗犯については,法改正による罰金刑(上限
50
万円)の新設がもたらした限界費用の引き上げ幅が,他の条 件を一定としたとき,法改正の意図するほどの効果は 生じず,限界費用曲線を
MC
1からMC
2へ押し上げるに とどまり,軽微な事案の窃盗件数はQ*からQ’への移動 が示すとおり減少しない若しくは若干の減少にとどま ると考えられる(図2).罰金刑が犯罪抑制に与える効果に関する研究
-軽微な事案の窃盗犯を対象にして-
政策研究大学院大学まちづくりプログラム
mju10055 田中 克典
MB
図2 実際の犯罪者が直面する限界便益・
限界費用曲線
Q Q*
犯罪件数P*
0
便 益・費用
P
MC
2MC
1P’
Q’
4.
罰金刑の効果に関する実証分析の手法本章では,刑罰執行確率によって罰金刑の犯罪抑制 効果が異なることを示した前章の理論分析を検証する ために実証分析を行う.まず,4-1.節で刑罰執行確率 の低い軽微な事案の窃盗犯についての推計モデルを示 し,4-2.節で刑罰執行確率の高い公務執行妨害等犯に ついての推計モデルを示す.
4-1.
軽微な事案の窃盗犯に関するモデル本節では「窃盗罪に対する罰金刑の新設(上限
50
万 円)は,刑罰執行確率の低い軽微な事案の窃盗犯に対 しては効果が示されない」との仮説について実証分析 を行うため,自転車盗及び万引きの犯罪認知件数を対 象として平成12年から平成20年までの都道府県別パネ ルデータを用いて,次のモデルを推計する.(a)ln(自転車盗認知件数/人口)it =
α
1+β
1LowDummy
it+ β2Xit +δ
1i +ε
1it(b)ln(万引き認知件数/人口)it= α2+ β3
LowDummy
it+ β
4Xit+ δ2i + ε2it4-2.
公務執行妨害等犯に関するモデル本節では「公務執行妨害等罪に対する罰金刑の新設
(上限
50
万円)は,刑罰執行確率の高い同犯に対して は効果が示された」との仮説について実証分析を行う ため,平成12
年から平成20
年までの都道府県別パネル データを用いて,次のモデルを推計する.(c)ln(公務執行妨害等犯認知件数/人口)it =
α
3+β
5LowDummy
it +β
6 Xit +δ
3i +ε
3itα
1~α3:定数項 β1~β
6:パラメータLowDummy:平成18年刑法改正ダミー X:コントロール変数 δ:固定効果(個体ごとに特有で観察できない要因) ε:誤差項 i:都道府県 t:年
※固定効果モデル(FE)及び操作変数法(
2SLS)により推計を行う.
5.
罰金刑の効果に関する実証分析の推計結果前章のモデル(
a
)~(c
)の推計結果は表①~表③ のとおりである.表① モデル(a)の推計結果
FE 2SLS:FE
係数 [標準誤差] 係数 [標準誤差]
ln(失業率) -0.118 -0.125
[0.11] [0.11]
-1.593 *** -1.951 ***
[0.49] [0.59]
1.620 *** 1.587 ***
[0.58] [0.58]
-0.916 ** -0.849 **
[0.37] [0.37]
-0.038 0.013
[0.16] [0.16]
0.223 0.224
[0.14] [0.14]
0.039 0.042
[0.05] [0.05]
0.044 0.041
[0.12] [0.12]
0.107 ** 0.105 **
[0.05] [0.05]
0.013 0.017
[0.06] [0.06]
2.328 4.046
[5.24] [5.47]
YES YES
10.96 432339.85
0.449 0.448
423 423
被説明変数 ln(人口10万人当たりの自転車盗認知件数)
推計モデル 説明変数
ln(人口10万人当たりの警察職員数)
ln(可住地面積当たりの人口密度)
ln(大学進学率)
ln(生活保護率)
ln(1世帯当たりの可処分所得額)
ln(児童・生徒数10万人当たりの補導数)
ln(人口100人当たりの自転車保有台数)
ln(鉄道駅数)
法改正ダミー 定数項
地域ダミー*年次ダミー F 又は Waldχ2 R2 観測数
(注)***,**,* はそれぞれ1%,5%,10%の水準で統計的に有意であることを示す.また,上 記の分析結果は本研究において行った分析のうちの一部である.以下推計結果の表において同じ.
表② モデル(b)の推計結果
FE FE
係数 [標準誤差] 係数 [標準誤差]
ln(失業率) -0.008 -0.136
[0.07] [0.09]
0.141 -0.197
[0.17] [0.24]
0.666 0.659
[0.42] [0.44]
-1.172 *** -0.802 ***
[0.23] [0.29]
0.807 *** 0.728 ***
[0.12] [0.13]
-0.212 ** -0.173 [0.10] [0.11]
0.311 *** 0.302 ***
[0.03] [0.03]
-1.466E-04 0.030 [0.03] [0.05]
3.526 3.557
[3.37] [3.64]
NO YES
32.47 12.29
0.414 0.456
423 423
被説明変数 ln(人口10万人当たりの万引き認知件数)
推計モデル 説明変数
ln(小売業1店舗当たりの店舗面積)
ln(可住地面積当たりの人口密度)
ln(大学進学率)
ln(生活保護率)
ln(1世帯当たりの可処分所得額)
ln(児童・生徒数10万人当たりの補導数)
法改正ダミー 定数項
地域ダミー*年次ダミー F 又は Waldχ2 R2 観測数
表③ モデル(c)の推計結果
FE 2SLS:FE
係数 [標準誤差] 係数 [標準誤差]
ln(失業率) -0.157 -0.161
[0.18] [0.18]
2.834 *** 2.621 ***
[0.81] [0.97]
1.626 * 1.604 * [0.95] [0.95]
1.078 * 1.117 * [0.61] [0.61]
0.070 0.099
[0.26] [0.27]
0.021 0.022
[0.23] [0.23]
0.345 *** 0.346 ***
[0.07] [0.07]
-0.171 * -0.169 * [0.10] [0.10]
-31.537 *** -30.510 ***
[8.64] [9.02]
YES YES
6.91 1148.92
0.320 0.320
423 423
被説明変数 ln(人口10万人当たりの公務執行妨害等犯認知件数)
推計モデル 説明変数
ln(人口10万人当たりの警察職員数)
ln(可住地面積当たりの人口密度)
ln(大学進学率)
ln(生活保護率)
ln(1世帯当たりの可処分所得額)
ln(児童・生徒数10万人当たりの補導数)
法改正ダミー 定数項
地域ダミー*年次ダミー F 又は Waldχ2 R2 観測数
モデル(
a
),(b
)の推計の結果,法改正ダミーの係数 は,統計的に有意な減少が観測できなかった.したが って,軽微な事案の窃盗犯に対して,上限50
万円の罰 金刑を新設した平成18
年刑法改正は犯罪件数に影響を 与えていないことが示された.また,モデル(
c
)の推計の結果,法改正ダミーの係数 は,他の条件を一定として,刑法改正(罰金刑の新設)後,公務執行妨害等犯の認知件数が平均16.9%から
17.1%
減少したことが,10%
の水準で統計的に有意な観測がみられた.したがって,公務執行妨害等犯に対し て,上限
50
万円の罰金刑を新設した平成18
年刑法改正 は犯罪件数を減少させたことが示された.6.
考察前章までの分析により,同じ罰金刑でも,刑罰執行 確率の高い犯罪に対してはその抑制効果が示され,刑 罰執行確率の低い犯罪に対してはその抑制効果が示さ れないことが明らかになった.
したがって,犯罪の種別にもよるが,犯罪者は刑罰 執行確率に依存した行動を選択するとともに,軽微な 事案の窃盗犯が直面する現行法の量刑による期待刑罰 では犯罪の抑制に効果がないと考えられる.
そこで,本章においては,刑罰執行確率の低い軽微 な事案の窃盗犯を抑制するために,彼らが直面する現 状と望ましい量刑の在り方について,経済学的分析を 用いて考察する.
6-1.
刑罰 ・期待刑罰と犯罪 行動との関係性 における分 析 図3は,軽微な事案の窃盗犯が直面する刑罰・期待刑 罰と犯罪行動との関係性を示している.合理的な軽微 な事案の窃盗犯は,刑罰の執行可能性を確率的な計算 として考慮するため,彼らの直面する現行の期待刑罰 は,刑罰曲線に低い刑罰執行確率を乗じた結果,引き 下げられた状態になっていると考えられ,犯罪からの 便益が現行の期待刑罰曲線を上回るA
1点からA
2点の 範囲で犯罪のインセンティブが働くと考えられる.次に,上限
×
万円まで刑罰を引き上げた場合,刑罰 曲線は現行よりも傾きを大きくしながら上方に移動し,同様に,期待刑罰曲線も現行よりも傾きを大きくしな がら上方に移動する.この結果,犯罪からの便益が刑 罰引き上げ後の期待刑罰曲線を上回る点がない水準に 到達すると,犯罪のインセンティブは働かないと考え られる.
6-2.
犯罪抑制の社会的効用水準における分析 図4
は,軽微な事案の窃盗犯を抑制するため,罰金刑 又は自由刑のいずれかを選択して刑罰を引き上げた後 の資源配分量と社会的効用水準との関係性を示してい る.現行の犯罪抑止の達成から得られる社会的効用水準 をある
A
1点とした場合に,予算制約を不変として,罰 金刑による刑罰の引き上げを選択した場合,刑罰を与 えられる量はQ
1*
からQ
1’まで刑罰の引き上げ分増やす
ことができる.その一方,罰金刑に要する費用は発生 しないため,1
人当たりの犯罪者に刑罰を与えるための 費用(価格P
1)は下落し,等費用曲線の傾きは-P
1/P
2から
-P
1’/P
2’
へと小さくなる.したがって,社会的効用 水準は新たな犯罪抑止等量線(U2)が接するA
3点に右上 シフトしているため,社会にとっての効用は増加する と考えられる.一方で,自由刑による刑罰の引き上げ を選択した場合に罰金刑と同じ社会的効用水準A
3点 を実現しようとすると,刑罰を与えられる量はQ
1*
からQ1
’’まで増加する一方,その執行費用の増加も伴う
ため,等費用曲線の傾きは
-P
1/P
2のままであり,Q
1’’
とQ
2’’を結ぶ新たな等費用曲線まで予算を増やさないこ
とには実現できない.
したがって,同じ刑罰の引き上げで社会的効用を増 加させるには,自由刑よりも罰金刑の方が予算の増額 を伴わない分,社会にとって効率的な刑罰であると考 えられる.
刑罰を与えられる量 犯
罪 者 を逮 捕 でき る 量
図4 刑罰引き上げ後の犯罪抑制の社会的効用水準
Q2
Q1 0
U2刑罰の引き上げで達成される 犯罪抑止等量線 自由刑を選択した場合
罰金刑を選択した場合
効用増
A1
A3
Q1*
Q2* U1
A2
P1 P2
P1’ P2’ Q1’ Q1’ ’ Q2’ ’
6-3.
罰金刑の引き上げにおける分析罰金刑の引き上げ水準を検討する際には,犯罪者の 行動の変化に注意が必要である.
軽微な事案の窃盗に対する罰金刑を著しく引き上げ た場合,犯罪者にとってその犯罪の価値は急激に下が り,犯罪者が付ける犯罪の値付け価格(価格
P
2’’)は急
上昇するため,図5が示すとおり,等費用曲線の傾きは-P
1/P
2から-P
1’’/P
2’’
へと相当小さくなる.すると,犯罪 者の効用水準はB1’点からB
3’点に大きく左下シフトす
犯罪の重さ(窃盗額)
金 銭 に換 算 した 刑 罰 と期 待 刑 罰
P1
図3 引き上げ後の刑罰・期待刑罰と 犯罪行動との関係性
45°
P1* 1万円
万1 円
0
引き上げ後の期待刑罰 引き上げ後の刑罰
犯罪からの便益 50万
円 P2* P2
罰金刑
× 懲役刑
万
円 上
限 引 き 上 げ
現行の刑罰
現行の期待刑罰
A1
A2
るため,犯罪者の効用は減少し軽微な事案の窃盗件数 は大きく減少するものの,一方で,より重大な窃盗に 移行するインセンティブを犯罪者に与えてしまう.
このように,かえってより重大な犯罪件数を増やし てしまい,社会にとって望ましくない状態を招きかね ない事態があることも考慮しておく必要がある.
U1引き上げ前の犯罪者の無差別曲線
0 Q2
Q1
軽 微 な事 案 の窃 盗 件 数
より重大な窃盗件数 B1’
B3’
図5 罰金刑を著しく引き上げた場合の 犯罪者の行動の変化
件 数 減
件 数 増 Q2’ ’
Q2*
Q1* U2引き上げ後の犯罪者の無差別曲線
B2’
P1 P2
P1’’
P2’’
6-4. 刑罰執行確率における分析
合理的な犯罪者が計算する刑罰執行確率は,犯罪を 行った後に逮捕される確率と逮捕された後に起訴等さ れて有罪となる確率の
2
つに分けることができるが,ま ず,逮捕確率を際限なく高めていくことは社会的効率 の観点からみれば困難である.政府による最適な犯罪 抑止の水準は,社会が受ける犯罪からの損失を最小化 する水準であり,逮捕確率を高めることが社会にとっ て望ましいのは疑いもないが,その一方,警察官や警 備員の増員等による予防費用からの損失も増え続ける ことになるため,社会にとって最も効率的なのは,警 察官や警備員等の配置人数が犯罪の予防による限界便 益と限界費用が一致する点に決定されることである.次に,逮捕された後に起訴等される確率は,平成
18
年の刑法改正以降,窃盗犯の起訴率は若干上昇してい るものの,まだ半数以上が起訴されていない.また,微罪処分率についてもほとんど変化が見られない.さ らに,窃盗罪の略式罰金刑の件数は翌年に急増したも のの,以降は緩やかな増加にとどまっている.したが って,軽微な事案の窃盗犯にとって,法改正後におい ても実際に刑罰を科せられる手続きが厳しくなってい るとはまだ言えない状況といえる.
7.
政策提言前章までの分析の結果,現行法の罰金刑の量刑では 軽微な事案の窃盗犯が直面する期待刑罰は犯罪からの 便益を上回るものではないことが示され,今後も現状 のままでは犯罪の抑制は困難であると考えられた.そ こで本章では,軽微な事案の窃盗犯を抑制するため以 下の2点について提言する.
(
1
)罰金刑の上限を引き上げること第一に,量刑を決定する際には,犯罪者が直面する 刑罰執行確率から期待刑罰を積算し,その犯罪から得 る便益との比較・分析をする必要性について提言した い.重要なのは刑罰量ではなく期待刑罰量である.
第二に,軽微な事案の窃盗の刑罰執行確率は他の犯 罪と比較しても相当低いものであることを考慮すると,
期待刑罰の引き上げにはまず刑罰の引き上げが必要で ある.この引き上げの方策については罰金刑によるべ きである.
それでは,際限なく罰金刑を引き上げることが可能 かといえばそうではない.より重大な窃盗への移行が ないように罪刑均衡の配慮も必要である.
今後の量刑選択肢の変動範囲と犯罪が軽微な事案で あることを考慮すれば,軽微な事案の窃盗のみ罰金刑 を引き上げ,順次データを蓄積していくことを提言し たい.
(
2
)刑罰執行確率を運用改善すること刑罰の引き上げとともに犯罪者の期待刑罰を引き上 げることができるのは刑罰執行確率の改善である.そ こで,逮捕後も一定程度が罪に問われていない現状の 改善を提言したい.
まず,第一に,軽微な事案の窃盗でも被害者の心構 えとして被害は必ず警察に届け出ることを徹底し,さ らに届け出された犯罪者の記録は再犯の心理的圧力と なるようにデータベース化等により整備していくべき である.
第二に,逮捕後の罪に問う運用制度の現状を改善し,
微罪処分・不起訴処分にとどめることのない運用にし ていく必要がある.罰金刑の新設によって,司法当局 の人員・資源利用の効率化や刑罰執行の効率化が進み,
逮捕確率の向上も今後期待できる.したがって,罰金 刑への積極的なスライド・活用によって,罰金の徴収 を進めていくべきである.
8.
おわりに本稿では,罰金刑が新設された平成
18
年の刑法改正 に着目してその犯罪抑制効果を実証分析した.その結 果,同じ罰金刑でも刑罰執行確率の大小によって犯罪 抑制効果は異なることが分かった.しかし,犯罪の抑 制には罰金刑の他にも行政,地域サイドで様々な取り 組みが行われている.これらによる影響を除いたうえ で一層精緻に分析することについては今後の課題とす る.また,本稿では集計データによる分析を行ったが,今後個別データを入手し,犯罪者の属性を反映させた より緻密な分析結果の提示に努めたい.
主な参考文献
四方光 (2007)『社会安全政策のシステム論的展開』成文堂 渡瀬啓之 (2006)『犯罪原論‐犯罪行動の経済学的考察‐』新風舎