博士(文学)学位請求論文審査報告要旨
論文提出者氏名 廣木 尚
論 文 題 目 日本近代におけるアカデミズム史学の形成 審査要旨
明治期の後半から大正初年にかけて近代日本の史学は、史料批判に基づく実証的な方法の確立をはじめ、研究 組織、教育機関、学会・学会誌など、多岐にわたる拡大発展を遂げた。研究史上、これらの動向は、「アカデミズム史 学」と総称され、1990年代以降、盛んとなった国民国家論において国民統合に向けて効力を発揮したことが強調さ れてきた。
本論文は、先行研究におけるこれら概括的な位置付けを再検討し、「アカデミズム史学」が国民統治のために機 能する側面とは別に、近代的科学としての歴史学という別の要素を持っており、両者の狭間にあって「アカデミズム 史学」自体が、同時代の政治・社会によってもたらされる種々の問題に応えることを要請されてきたことを重視し、そ の全体像の見直しをはかろうとするものである。時期的には帝国大学官制(1893年)が定められ、「アカデミズム史 学」が制度的に再編される1890年代から民俗学・文化史学など、新しい歴史動向が現れる1910年代前半までが 対象となる。
まず第一章では、帝国大学以前の東京大学時代、日本史は和文(国文)学科、東洋史は漢文学科において講じ られた時代から国史学のカリキュラムが古文書学・歴史地理学の要素を加味しながら次第に制度、方法の両面から 独立した領域として成立していく過程を跡付けた。その際、「アカデミズム史学」の担い手となった坪井九馬三によっ て、徳育に資することを目的として初等中等教育に当てられる「応用史学」、事実調査とそれらの考証・研究に基づく
「純正史学」という二つの枠組みが導入され、正史編纂による一元的な歴史認識を果たそうとしたそれまでの歴史学 と明確に異なる意識が生まれたことを指摘した。
続く第二章では、その「純正史学」の基礎作業ともいうべき、地方における資料調査・収集とは、「応用史学」の担 い手たる初等中等教育の教師たちによる協力が不可欠であり、従属性を含みながら、双方が提携関係にあったこと が示される。その一方で、1903年の歴史教科書の国定化は、「純正史学」の中枢にいた史学者が「応用史学」の教 科書を作成するという事態をもたらし、次第に両者の間に緊張関係が生まれていった過程が示される。
第三章では、1911年の「南北朝正閏問題」が取り上げられる。この歴史認識をめぐる一連の論争が論壇、メディ アで主要な問題になるに及んで、ここに歴史が道徳の問題となる局面が生まれ、前章でみた「純正史学」「応用史 学」の緊張関係がより緊迫度を増し、「アカデミズム史学」自体が危機的な状況を迎えたことが指摘される。
第四章に入って、この危機的状況を「アカデミズム史学」の中心に位置した東京帝国大学国史学教授・黒板勝美 によって、「天皇親政」という統治形態による「主権」概念を用いた歴史解釈を導入することで、「南朝」の正当性の位 置付けがはかられ、道徳論争に傾斜した一連の論争が収束に向かうことが示される。
第五章では、「南北朝正閏問題」において黒板が果たした役割を再検証し、ここに「アカデミズム史学」が、従来の
「純正史学」に自足するのではなく、「アカデミズム史学」が「国民道徳史」という性格を持ちつつ、国民を領導する独 自の機能を持ちはじめたことが指摘される。
最終章となる第六章では、足利尊氏との類縁関係から長らく南朝正統論によって、さいなまれてきた栃木県足利 市において1920年代に取り組まれた市史編纂事業を通して、そこに「アカデミズム史学」による承認を得ようとした 取り組みが地域史的な視野から検証される。第五章までの流れからいえば、補論ともみなされる章である。
氏名 廣木 尚
本論文の成果は以下の通りである。第一に必ずしも明確に検証されていなかった「アカデミズム史学」の形成過程 について、明治後期における歴史学をめぐる言説、制度面から精査し、史学史上の位相を明確にしたこと。第二に
「南北朝正閏問題」(1911 年)など、同時代の政治と直接関わる問題を通して「アカデミズム史学」が存在価値を試さ れるという危機的な側面があったことを指摘し、その内実について詳細に跡付けたこと。さらに第三として、黒板勝美 をはじめとする「アカデミズム史学」を主導した歴史学者の言説・人脈を丹念に追い、当該の領域が「南北朝正閏問 題」などの危機を克服し、国民道徳の形成を担う領域として輪郭をあらわしていく過程を緻密に考証したこと、などで ある。
勿論、本論文に不十分な点がないわけではない。対象とする時期に隣接する1910年代後半とは、文化史学、民 俗学、そして京都帝国大学の歴史学が基盤を整えた時期でもあり、本論文の趣旨に沿えば、それら次の時代にお ける歴史学界の動向がどう説明されるのかが必ずしも充分でないこと。「南北朝正閏問題」という政治的事件を中心 に据えたことで、当初企図されていた同時代の社会史的な視点が途中から希薄になっていること。「アカデミズム史 学」の地域的な広がりを論じる際、足利市という南北朝をめぐる史学史上の意味付けが特殊な地域に比重が置かれ たため、同市史編纂が行われた時期、既に導入されていた郷土史編纂・民俗学を加味した方法をめぐって、本論文 が対象とする時期との間に若干方法上の齟齬が散見されることなど、指摘される点はある。しかしながら、近代思想 史の上で当為のように体制化されていた「アカデミズム史学」の形成過程について、制度的な枠組に注目しながら先 行研究で看過されてきた黒板勝美の仕事に即して検証したことは、それらを補って余りあるものといえる。
以上のことから見て、本論文は博士(文学)の学位を授与するにふさわしい論文であると判断される。
公開審査会開催日 2015年 5月 12 日
審査委員資格 所属機関名称・資格 博士学位名称 専門分野 氏 名
主任審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 博士(文学)京都大学 日本近代史 鶴見 太郎 審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 博士(文学)早稲田大学 日本近代史 大日方 純夫 審査委員 早稲田大学文学学術院・准教授 博士(文学)早稲田大学 日本近代史 真辺 将之 審査委員
審査委員