• 検索結果がありません。

黒田, 剛士

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "黒田, 剛士"

Copied!
23
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

コウサスル シュウハスウ ヘンカオン ノ レンゾク セイ ノ チカク ニツイテ

黒田, 剛士

Faculty of Design, Kyushu University

https://doi.org/10.15017/16819

出版情報:Kyushu University, 2009, 博士(芸術工学), 課程博士 バージョン:

権利関係:

(2)

第 4 章 空隙転移錯覚の生起に影響をおよぼす音圧レベル要因とスペクトル要因との関連 について

4.1 本章の目的

前章において,交差するグライド音間の音圧レベル差が空隙転移錯覚の生起におよぼす 影響について検証した。本章では,そこで得られた知見から調波グライド音の交差するパ ターンにおける空隙転移錯覚の生起を説明することを試みる。

音事象が形成される仕組みは,正弦波音や雑音といった実験室で用いられる音の知覚だ けではなく,日常の音の知覚,特に音声の知覚においても働くと考えられる。音声は音素 の羅列として知覚されているわけではなく,区切りを入れていくつかのまとまりが形成さ れるようにして知覚されている。音節とは,多くの場合,一つのまとまりとして知覚され る言語の最小単位のことを指す。音節は,出だしと結びという子音群に囲まれる構造であ ることが多い。この構造は,始まりと終わりとに囲まれた音事象の構造とよく類似してい る。言語知覚における音節化のような働きは,音事象を構築する聴覚体制化の働きに支え られている可能性がある。聴覚の文法という理論は聴覚体制化と言語知覚とを結びつけて 理解することを目標としている。聴覚体制化と言語知覚との関連性を探るために,音声に 特徴的な物理的要因が空隙転移錯覚の生起におよぼす影響ついて調べることは有益である と考えられる。

音声は複数の成分からなり,そのスペクトル構造は音素としての性状が同定されるため の重要な要因の一つである。綱島 (2003) と安武 (2004) は,倍音関係にある 3 つの成分 からなる調波グライド音の交差する刺激音を用いて,空隙転移錯覚が生ずるかどうかを調 べた (安武は綱島と同じ実験を行ない,聴取者を新たに加えてデータを増やした; 図 4.1)。

長い調波グライド音と短い調波グライド音とのそれぞれを構成する 3 つの成分は倍音関係 にあり,互いに同じ方向に周波数が変化した。このような成分は互いに統合して知覚され やすいと考えられる (Moore, Glasberg, & Peters, 1986; McAdams, 1989)。すなわち,倍 音関係にある成分は別々の音事象としてではなく,一つの音事象として知覚されやすいと 考えられる。綱島と安武は,交差する調波グライド音のそれぞれのスペクトル傾斜を体系 的に操作した。スペクトル傾斜とは,スペクトルで表記したときに傾斜として見ることの できる 3 つの成分の相対的なレベル関係のことをいう。空隙転移錯覚は,二つの調波グラ イド音のスペクトル傾斜が同じときに生ずることがわかった。二つの調波グライド音のス ペクトル傾斜が異なるときには,空隙転移錯覚が生じにくくなり,物理的構造そのままに 途切れが長い音にあるように知覚されやすくなることがわかった (図 4.1)。

(3)

図 4.1 調波グライド音の交差するパターンの知覚: 刺激音に示したのはスペクトログラ ムであり,レベルの高い成分ほど濃く表示されている。倍音関係にあり,同じ方向に変化 する成分は,互いに統合して知覚されやすい。a のように交差する調波グライド音のスペク トル傾斜が同じときには,空隙転移錯覚が生じやすい。b のようにスペクトル傾斜が異なる ときには,空隙転移錯覚が生じにくく,途切れが長い音にあるように知覚されやすい (綱 島, 2003; 安武, 2004)。

空隙転移錯覚は,近接した始まりと終わりとが優先的に結びついて音事象を形成するた めに生ずると説明されている (Nakajima, Sasaki, Kanafuka, Miyamoto, Remijn, and ten Hoopen, 2000)。交差する調波グライド音のスペクトル傾斜が同じときには空隙転移錯覚が 生じ,この知覚の仕組みに対しては,音の始まりと終わりとの近接性をそのまま適用する ことができる。しかし,交差する調波グライド音のスペクトル傾斜が異なるときには空隙

(4)

転移錯覚が生じにくくなり,この知覚の仕組みに対しては,音の始まりと終わりとの近接 性を適用することができない。なぜ,空隙転移錯覚が生じにくくなるのであろうか。

交差する調波グライド音のスペクトル傾斜が異なるときの知覚は,第 3 章において検証 した単一成分グライド音の交差するパターンの知覚に対する音圧レベルの効果と関係があ ると考えられる。綱島 (2003) と安武 (2004) の用いた刺激音には,500 Hz,1000 Hz,1500 Hz のそれぞれの周波数点において交差する成分の対が 3 つ含まれている。図 4.1 からわか るように,交差する調波グライド音のスペクトル傾斜が異なるときには,500 Hz と 1500 Hz との周波数のそれぞれにおいて,レベルの異なる長い成分と短い成分とが交差している。

500 Hz においては,短い成分のレベルが長い成分のレベルよりも低く,1500 Hz において は,短い成分のレベルが長い成分のレベルよりも高い。このレベルの差は 12 dB である。

単一成分グライド音の交差するパターンにおいては,二つのグライド音の間にこの値のレ ベル差があると,空隙転移錯覚が生じにくくなる。そして,短いグライド音のレベルが長 いグライド音のレベルよりも低いときには,長い音は途切れて,短い音はつながって知覚 される。短いグライド音のレベルが長いグライド音のレベルよりも高いときには,長い音 と短い音との両方がつながって知覚される。

このことを踏まえて綱島 (2003) と安武 (2004) の結果について以下のような説明をす ることができる (図 4.3 参照)。調波グライド音のパターンにおいては,交差成分対のそれ ぞれにおいて局所的な体制化が生ずる。この局所的な体制化は,交差対のそれぞれを単独 の対として呈示したときの体制化と同じになる。スペクトル傾斜の異なる調波グライド音 が交差するときには,500 Hz と 1500 Hz とにおいて,レベルの異なる長い成分と短い成分 とが交差している。このような交差対を単独の対として呈示すると,短い成分のレベルが 長い成分のレベルよりも低いときには,途切れた長い音とつながった短い音とが知覚され る。短い成分のレベルが長い成分のレベルよりも高いときには,つながった長い音とつな がった短い音とが知覚される。このような知覚と同じ形で局所的な体制化が生ずる。

倍音関係にある成分が統合される際,調波グライド音の知覚的連続性は,局所的な体制 化によって生じた成分の連続性によって決定される。交差する調波グライド音のスペクト ル傾斜が異なるとき,長い成分には,交差対を単独の対として呈示したときに途切れて知 覚されるものが 1 つ含まれている。そのため,調波グライド音の長い音は途切れて知覚さ れやすくなる。短い成分には,交差対を単独の対として呈示したときにつながって知覚さ れるものが 2 つ含まれている。そのため,調波グライド音の短い音はつながって知覚され やすくなる。このようにして,交差する調波グライド音のスペクトル傾斜が異なるとき,

空隙転移錯覚は生じにくくなり,長い音は途切れて,短い音はつながって知覚されやすく なる。

本章の目的は,調波グライド音の交差するパターンの知覚に対するスペクトルの効果を 説明することである。そのために,上述したようなスペクトルの効果を交差成分間の音圧 レベル差に帰属させた説明を提案した。この説明の妥当性を検証するために,以下の方法

(5)

を用いた。まず,単一成分グライド音の交差する刺激音を用いて実験 5 を行なった。グラ イド音間の音圧レベル差と交差周波数とを体系的に操作し,これらの要因がグライド音の 連続性の知覚におよぼす影響について検証した。次に,3 つの成分からなる調波グライド音 の交差する刺激音を用いて実験 6 を行なった。実験 5 で用いた音圧レベル差を交差成分対 のそれぞれに与え,この操作が調波グライド音の連続性の知覚におよぼす影響について検 証した。最後に,実験 5 の結果と実験 6 の結果とを比較し,スペクトル要因と音圧レベル 要因との関連性について検証した。

4.2 実験 5 単一成分の周波数変化音の交差するパターンの知覚に影響をおよぼす音圧レ ベル要因と交差周波数要因とについて

4.2.1 目的

二つの単一成分グライド音の交差するパターンを用いて,二つのグライド音の音圧レベ ルと交差する周波数とを体系的に操作した。現象報告による実験を行ない,それぞれの操 作がグライド音の連続性の知覚におよぼす影響について検証した。

4.2.2 方法

4.2.2.1 聴取者

5 名の男性と 7 名の女性とによる計 12 名の聴取者が実験に参加した。年齢は 22 歳から 28 歳までであった。10 名は,九州大学芸術工学部および同大学大学院芸術工学府の学生で あった。1 名は同大学ポスドク研究員であり,1 名は会社員であった。聴取者は全員,講義 や演習などを通じて空隙転移錯覚の存在について知っていた。しかし,本実験の目的や内 容について事前に知らされることはなかった。9 名は同大学の実習として技術的聴取のため の訓練を受けていた。11 名に趣味や学業などにおける音楽演奏の経験があった。6 名の聴 取者に対しては刺激音を左耳に呈示し,残りの 6 名の聴取者に対しては右耳に呈示した。

全員が正常な聴力を有していることを純音の聴力を調べることで確認した。

4.2.2.2 刺激音

二つの単一成分グライド音の交差するパターンを用いた。一方のグライド音の持続時間 は 4000 ms であり,もう一方のグライド音の持続時間は 400 ms であった。振幅の立ち上が りの時間と立ち下がりの時間は 20 ms であり,持続時間に含まれていた。その包絡線の形 状は,コサイン関数曲線の形状であった。

二つのグライド音は時間-周波数平面上を互いに反対方向に上昇,もしくは下降した。周 波数変化率は 1/3 oct/s であった。長いグライド音が上昇し,短いグライド音が下降する 条件を上昇条件,長いグライド音が下降し,短いグライド音が上昇する条件を下降条件と

(6)

呼ぶ。したがって,二つの「方向」条件があった。

二つのグライド音は互いの時間的中央で交差した。交差するときの両グライド音の位相 は互いに等しかった。交差点の周波数は 500 Hz,1000 Hz,もしくは 1500 Hz のいずれかで あった。したがって,3 つの「交差周波数」条件があった。

2 つの「空隙」条件があった。短音空隙条件では,短いグライド音の時間的中央に空隙が 挿入された。長音空隙条件では,長いグライド音の時間的中央に空隙が挿入された。空隙 の時間的長さは,立ち上がり時間と立ち下がり時間とを除いて 100 ms であった。

長いグライド音/短いグライド音のレベルは,+6/-6 dB から-6/+6 dB まで-3/+3 dB 刻み で変化した。したがって,5 つの「レベル」条件があった。基準とした 0 dB は 60 dB SPL に較正した。

以上の条件を組み合わせて,全部で 60 (2 方向条件 × 3 交差周波数条件 × 2 空隙条件

× 5 レベル条件) の刺激音があった。

4.2.2.3 装置

刺激音はデジタル合成され (標本化周波数 44100 Hz,16 ビット量子化),WAV 形式のオー ディオファイルとして保存された。波形合成とファイル作成には開発プラットフォームア プリケーションである Jsoftware J504b を用いた。実験の流れを制御するプログラムの作 成には,開発プラットフォームアプリケーションである Microsoft Visual Basic .NET 2003 を用いた。

刺激音は防音室内で呈示された。防音室の背景雑音は 30 dBA 以下であった。聴取者がコ ンピューター画面上に表示されたボタンをクリックすると,音ファイルが再生された。音 ファイルは全て刺激音の始まりの前に 2000 ms の無音区間を含んでいた。

刺激音はコンピューター (Frontier FXNQ-C24CO/S) に搭載されたオーディオカード (Sek’d Prodif PLUS) からデジタル信号として出力された。信号はデジタル-アナログ変 換器 (Fostex VC-8) においてアナログ信号に変換された後,遮断周波数 15000 Hz の低域 通過フィルター (NF DV8FL),グラフィックイコライザー (Roland RDQ-2031),アンプ (Stax SRM-313),ヘッドフォン (Stax SR-303) を介して,音として出力された。低域通過フィル ターはエイリアシング周波数を抑制するため,イコライザーは出力される音の周波数特性 を平坦にするために用いた。コンピューター本体は防音室の外に置かれていた。音圧レベ ルは騒音計 (長野計器 2072) と人工耳 (Brüel & Kjær 4153) を用いて測定した。

4.2.2.4 手続き

現象報告が用いられた。聴取者と実験者は防音室の中にいた。聴取者は刺激音を望むだ け何度も聴くことができた。聴取者は回答用紙と筆記具を渡され,知覚内容を文章と図と を書くことで説明するように教示された。図は横軸に時間,縦軸に音の高さをとって描く ように教示されており,これらの軸は回答用紙に予め描かれていた。聴取の度に知覚内容

(7)

が異なる場合には,全ての種類の知覚内容について答え,可能ならば優先順位をつけて答 えるように教示されていた。一つの刺激音についての回答が終わったら,聴取者は回答用 紙を実験者に渡した。回答に曖昧な部分や矛盾した部分があった場合,実験者は聴取者に その部分を明確にするように求めたが,それ以外の事柄については言及しなかった。

実験セッションの前に,聴取者は全ての刺激音を画面上のボタンをクリックすることで 一通り聴いた。60 の刺激音があるので,全部で 60 の実験試行があった。これらの試行は 4 のブロックに分割された。したがって,各ブロックには 15 の試行があった。刺激音は無作 為な順序で呈示された。各ブロックの始めには,2 試行のウォーミングアップ試行が行なわ れた。ウォーミングアップ用の刺激音として,ブロックの最後の 2 試行で用いられる刺激 音が用いられた。ブロックの間には数分の休憩が設けられた。各ブロックは 35 分程度で終 わり,実験は 1 日もしくは 2 日をかけて行なわれた。

4.2.3 結果と考察

聴取者の報告から,刺激音は長い音と短い音とによるパターンとして知覚されていたこ とがわかった。720 回答のうちの 1 回答において,二つの短い音が同時に知覚されていた。

この回答は以降の分析から除外した。

長い音と短い音との連続-不連続の知覚を 3 つのカテゴリーに分類した。はっきりとした 途切れが報告されていた場合,その音は「不連続 (D)」に分類された。途切れてはいない が,音の大きさの一時的な減衰といった途切れに準ずる変化が報告されていた場合,その 音は「準不連続 (P)」に分類された。途切れに関連する内容が報告されていなかった場合,

その音は「連続 (C)」に分類された。一つの試行においていくつかの知覚内容が報告され ていた場合,もっとも優先度の高い知覚内容が分類に用いられた。各カテゴリーに分類さ れた回答の数を表 4.1 に示した。

統計的検定を行い,各刺激音において長い音と短い音とのどちらがより連続して知覚さ れていたかについて検証した。各回答において,長い音と短い音とのどちらがより連続し て知覚されていたかについて符号をつけ,各刺激音に対して符号検定を行なった。除外さ れた回答がなければ,符号検定は 12 名の聴取者による 12 の比較に基づいている。長い音 と短い音とが同じカテゴリーに属していた場合,これらはタイ (同点) にあるとみなし,

検定の計算から除外した。結果を表 4.1 に示した。

短音空隙条件の全てにおいて,長い音は短い音よりも有意に連続して知覚されていた。

すなわち,物理的構造そのままに途切れが短い音にあるように知覚されていた。

長音空隙条件において,長いグライド音と短いグライド音とのレベルがほぼ同じときに,

長い音は短い音よりも有意に連続して知覚されていた。すなわち,空隙転移錯覚が生じて いた。空隙転移錯覚は,短いグライド音のレベルが長いグライド音のレベルより低くても 生ずる傾向にあった。この傾向は,交差周波数が 1500 Hz のときに顕著であった。

(8)

表 4.1 実験 5 における連続性カテゴリーの分布

上昇条件 下降条件

長い音 短い音 長い音 短い音

交差 周波数

[Hz]

長い/短い 音のレベル

[dB] D P C D P C

符号

検定 D P C D P C

符号 検定 短音空隙条件

+6/-6 12 8 4 >> 12 9 3 >>

+3/-3 12 10 2 >> 12 11 1 >>

0/0 12 12 >> 12 12 >>

-3/+3 1 11 12 >> 12 12 >>

500

-6/+6 12 12 >> 1 11 12 >>

+6/-6 12 7 5 > 12 8 4 >>

+3/-3 12 10 2 >> 12 11 1 >>

0/0 12 12 >> 12 12 >>

-3/+3 12 12 >> 1 11 12 >>

1000

-6/+6 12 12 >> 1 11 12 >>

+6/-6 12 8 4 >> 12 9 3 >>

+3/-3 12 11 1 >> 12 12 >>

0/0 12 12 >> 12 12 >>

-3/+3 12 12 >> 1 11 12 >>

1500

-6/+6 1 11 12 >> 2 10 12 >>

長音空隙条件

+6/-6 6 1 5 8 1 3 6 1 5 8 4

+3/-3 1 11 11 1 >> 1 11 12 >>

0/0 12 10 2 >> 12 12 >>

-3/+3 12 5 1 6 > 2 10 4 3 5

500

-6/+6 1 11 2 10 3 9 1 11

+6/-6 5 1 6 9 3 4 1 7 11 1 >

+3/-3 4 1 7 9 3 2 10 11 1 >

0/0 12 12 >> 12 12 >>

-3/+3 2 10 3 1 8 2 10 3 1 8

1000

-6/+6 2 10 1 11 2 10 1 11

+6/-6 3 1 8 11 1 > 2 1 9 11 1 >

+3/-3 2 10 11 1 > 12 12 >>

0/0 11 11 >> 12 12 >>

-3/+3 2 10 5 7 2 10 4 1 7

1500

-6/+6 2 10 1 11 5 7 1 11

注: 長い音,および短い音の連続-不連続を「不連続 (D)」,「準不連続 (P)」,「連続 (C)」

の 3 つに分類した。各刺激音における各範疇の生起頻度が示されている。空白は 0 を表す。

長い音と短い音との連続性の知覚を比較した符合検定の結果が示されている。「>」は 5%

の有意水準で長い音が短い音よりも連続して知覚されていたことを表す。「>>」は 1%の水 準であることを表す。分析から除外された回答があるため,分類の合計が 12 にならない 場合がある。

(9)

4.3 実験 6 3 つの倍音成分からなる周波数変化音の交差するパターンの知覚に影響をお よぼす交差成分間の音圧レベル差の要因について

4.3.1 目的

二つの調波グライド音の交差するパターンを用いて,このパターンに含まれる交差成分 対に対して,実験 5 で用いたものと同じ音圧レベル差 (+6/-6 dB,0/0 dB,-6/+6 dB) を 与えた。実験 5 と同じように現象報告による実験を行ない,このような操作が調波グライ ド音の連続性の知覚におよぼす影響について検証した。

4.3.2 方法

4.3.2.1 聴取者

6 名の男性と 5 名の女性とによる計 11 名の聴取者が実験に参加した。年齢は 22 歳から 29 歳までであった。10 名は,九州大学芸術工学部および同大学大学院芸術工学府の学生で あった。1 名は同大学ポスドク研究員であった。聴取者は全員,講義や演習などを通じて空 隙転移錯覚の存在について知っていた。しかし,本実験の目的や内容について事前に知ら されることはなかった。聴取者の全員に趣味や学業などにおける音楽演奏の経験があった。

9 名は同大学の実習として技術的聴取のための訓練を受けていた。3 名の聴取者は,この実 験の前に実験 5 を受けていた。4 名の聴取者は,この実験の後に実験 5 を受けていた。6 名 の聴取者に対しては刺激音を左耳に呈示し,残りの 5 名の聴取者に対しては右耳に呈示し た。全員が正常な聴力を有していることを純音の聴力を調べることで確認した。

4.3.2.2 刺激音

二つの調波グライド音の交差する刺激音を用いた。調波グライド音はそれぞれ 3 つの倍 音関係にある成分から構成されていた。一方の調波グライド音の持続時間は 4000 ms であ り,もう一方の調波グライド音の持続時間は 400 ms であった。振幅の立ち上がりと立ち下 がりの時間は 20 ms であり,持続時間に含まれていた。その振幅遷移の包絡線の形状はコ サイン関数曲線の形状であった。

二つの調波グライド音は,成分の倍音関係を保ったまま,時間-周波数平面上を 1/3 oct/s の周波数変化率で上昇,もしくは下降した。二つのグライド音は互いの時間的中央で交差 した。交差するときの両グライド音の位相は互いに等しかった。成分の交差点の周波数は 500 Hz,1000 Hz,そして 1500 Hz であった。長いグライド音が上昇し,短いグライド音が 下降する条件を上昇条件,長いグライド音が下降し,短いグライド音が上昇する条件を下 降条件と呼ぶ。したがって,2 つの「方向」条件があった。

2 つの「空隙」条件があった。短音空隙条件では,短いグライド音の時間的中央に空隙が 挿入された。長音空隙条件では,長いグライド音の時間的中央に空隙が挿入された。空隙

(10)

の時間的長さは,立ち上がり時間と立ち下がり時間とを除いて 100 ms であった。

各周波数において交差する長い成分/短い成分のレベルは,+6/-6 dB,0/0 dB,-6/+6 dB の 3 つのいずれかであった。この操作は,3 つの交差対のそれぞれに対して行なわれたので,

刺激音全体としてのスペクトル条件の数は全部で 27 あった。500 Hz,1000 Hz,1500 Hz に おいて交差する対のそれぞれのレベル条件を順に述べることでスペクトル条件の名前とす る。例えば,500 Hz で交差する対のレベルが 0/0 dB,1000 Hz で交差する対のレベルが+6/-6 dB,1500 Hz で交差する対のレベルが-6/+6 dB であったとき,そのスペクトル条件を 0/0,

+6/-6,-6/+6 条件と呼ぶ。基準とした 0 dB は,60 dB SPL に較正した。

4.3.2.3 装置

実験 5 と同じ装置が用いられた。

4.3.2.4 手続き

実験 5 と同じ現象報告が用いられた。実験セッションの前に,聴取者は全ての刺激音を 画面上のボタンをクリックすることで一通り聴いた。108 の刺激音があったので,全部で 108 の実験試行があり,これらの試行は 9 のブロックに分割された。したがって,各ブロッ クには 12 の試行があった。刺激音は無作為な順序で呈示された。各ブロックの始めには,

2 試行のウォーミングアップ試行が行なわれた。ウォーミングアップ用の刺激音として,ブ ロックの最後の 2 試行で用いられる刺激音が用いられた。ブロックの間には数分の休憩が 設けられた。各ブロックは 35 分程度で終わり,実験は 3 日から 5 日にかけて行なわれた。

4.3.3 結果と考察

聴取者の報告から,刺激音は長い音と短い音とによるパターンとして知覚されていたこ とがわかった。回答の例を図 4.2 に示した。全部で 1188 の回答があるうちの 108 の回答に おいて,分離的聴取が生じ (Houtsma & Fleuren, 1991),個々の成分が別々の音として知 覚されていたようである (図 4.2 の B)。17 の回答において,短い音と長い音とが時間的に 結びついて知覚されていたようであり,文章報告と図示報告のどちらにおいても長い音の 知覚しか報告されていなかった (図 4.2 の C)。これらの回答は例外とみなして以降の分析 から除外した。

長い音と短い音との連続-不連続の知覚を 3 つのカテゴリーに分類した。はっきりとした 途切れが報告されていた場合,その音は「不連続 (D)」に分類された。途切れてはいない が,音の大きさの一時的な減衰といった途切れに準ずる変化が報告されていた場合,その 音は「準不連続 (P)」に分類された。途切れに関連する内容が報告されていなかった場合,

その音は「連続 (C)」に分類された。一つの試行においていくつかの知覚内容が報告され ていた場合,もっとも優先度の高い知覚内容が分類に用いられた。各カテゴリーに分類さ れた回答の数を表 4.2 に示した。

(11)

統計的検定を行い,各刺激音において長い音と短い音とのどちらがより連続して知覚さ れていたかについて検証した。各回答において,長い音と短い音とのどちらがより連続し て知覚されていたかについて符号をつけ,各刺激音に対して符号検定を行なった。除外さ れた回答がなければ,符号検定は 11 名の聴取者による 11 の比較に基づいている。長い音 と短い音とが同じカテゴリーに属していた場合,これらはタイ (同点) にあるとみなし,

検定の計算から除外した。結果を表 4.2 に示した。

短音空隙条件の全てにおいて,長い音が短い音よりも有意に連続して知覚されていた。

すなわち,物理的構造そのままに途切れが短い音のほうに知覚されていた。長音空隙条件 においては,全ての成分の交差対が 0/0 dB であるときにのみ,長い音が短い音よりも有意 に連続して知覚されていた。すなわち,空隙転移錯覚が生じていた。

長い上昇音と 高さの異なる短い 2 音。

上昇する長い音と 下降する短い音,2 つの短音。

下降音がかなり小 さい

一つづきの上昇音

図 4.2 実験 6 における回答の例: 代表的な回答を模写した。多くの場合,刺激音は長い音 と短い音とによるパターンとして知覚されていた (A)。しかし,一部の回答においては,

成分が分離して知覚されていた (B)。また,長い音しか知覚されていない場合もあった (C)。

B と C の回答は分析から除外した。

(12)

表 4.2 実験 6 における連続性カテゴリーの分布

上昇条件 下降条件

長い/短い成分のレベル

[dB] 長い音 短い音 長い音 短い音

基本 成分

2 倍音 成分

3 倍音

成分 D P C D P C

符号

検定 D P C D P C

符号 検定 短音空隙条件

+6/-6 11 9 2 >> 10 9 1 >>

0/0 11 11 >> 11 11 >>

+6/-6

-6/+6 11 11 >> 10 10 >>

+6/-6 11 11 >> 10 10 >>

0/0 9 9 >> 10 10 >>

0/0

-6/+6 10 10 >> 10 10 >>

+6/-6 10 10 >> 9 9 >>

0/0 10 10 >> 10 10 >>

+6/-6

-6/+6

-6/+6 10 10 >> 9 9 >>

+6/-6 11 11 >> 11 11 >>

0/0 9 8 1 >> 11 11 >>

+6/-6

-6/+6 10 10 >> 10 10 >>

+6/-6 10 10 >> 11 11 >>

0/0 10 10 >> 11 11 >>

0/0

-6/+6 10 10 >> 10 10 >>

+6/-6 10 10 >> 10 10 >>

0/0 10 10 >> 11 11 >>

0/0

-6/+6

-6/+6 11 11 >> 11 11 >>

+6/-6 11 11 >> 11 11 >>

0/0 11 11 >> 11 11 >>

+6/-6

-6/+6 11 11 >> 11 11 >>

+6/-6 10 10 >> 10 10 >>

0/0 11 11 >> 11 11 >>

0/0

-6/+6 11 11 >> 1 9 10 >>

+6/-6 9 9 >> 11 11 >>

0/0 11 11 >> 10 10 >>

-6/+6

-6/+6

-6/+6 10 10 >> 11 11 >>

次のページに続く

(13)

表 4.2 続き

上昇条件 下降条件

長い/短い成分のレベル

[dB] 長い音 短い音 長い音 短い音

基本 成分

2 倍音 成分

3 倍音

成分 D P C D P C

符号

検定 D P C D P C

符号 検定 長音空隙条件

+6/-6 5 4 5 4 7 4 6 5

0/0 6 4 4 6 4 1 3 2 6

+6/-6

-6/+6 7 3 2 8 6 3 2 7

+6/-6 5 5 6 4 5 5 7 3

0/0 3 5 5 3 4 1 5 6 4

0/0

-6/+6 6 4 1 1 8 4 1 3 2 1 5

+6/-6 3 4 2 5 4 4 1 7

0/0 4 1 3 1 7 4 4 2 6

+6/-6

-6/+6

-6/+6 6 3 1 8 6 3 1 8

+6/-6 4 5 6 3 5 5 4 6

0/0 1 1 7 7 2 3 6 6 3

+6/-6

-6/+6 2 7 2 1 6 3 6 4 5

+6/-6 3 1 6 6 1 3 4 1 6 6 5

0/0 10 10 >> 11 10 1 >>

0/0

-6/+6 1 8 1 8 4 5 1 8

+6/-6 2 7 4 5 1 6 2 5

0/0 3 6 4 5 4 6 4 6

0/0

-6/+6

-6/+6 3 7 1 9 4 6 2 8

+6/-6 5 4 2 7 5 4 2 7

0/0 4 6 3 7 6 4 3 7

+6/-6

-6/+6 5 5 1 9 7 3 1 9

+6/-6 6 4 1 9 5 4 2 7

0/0 4 5 2 7 4 5 3 6

0/0

-6/+6 4 5 9 4 5 1 8

+6/-6 3 6 2 7 5 5 2 8

0/0 4 6 1 9 6 4 1 9

-6/+6

-6/+6

-6/+6 2 7 1 1 7 3 7 1 9

注: 長い音,および短い音の連続-不連続を「不連続 (D)」,「準不連続 (P)」,「連続 (C)」

の 3 つに分類した。各刺激音における各範疇の生起頻度が示されている。空白は 0 を表す。

長い音と短い音との連続性の知覚を比較した符合検定の結果が示されている。「>」は 5%の 有意水準で長い音が短い音よりも連続して知覚されていたことを表す。「>>」は 1%の水準で あることを表す。分析から除外された回答があるため,分類の合計が 11 にならない場合が ある。

(14)

表 4.3 実験 6 の長音空隙条件における知覚内容の生起頻度

上昇条件 下降条件

長い成分/短い成分の

レベル [dB] 知覚内容 知覚内容 基本音 2 倍音 3 倍音 A B C D A B C D

+6/-6 0/0 -6/+6 1 6 2 0 2 4 1 0 -6/+6 0/0 +6/-6 1 6 3 0 2 5 2 0 注: 以下に該当する回答の数を示した。A. 長い音が「連続」,短い音が「不 連続」に分類された回答を表す。B. 長い音が「不連続」,短い音が「連続」

に分類された回答を表す。C. 長い音が「連続」,短い音が「連続」に分類 された回答を表す。D. 長い音が「不連続」,短い音が「不連続」に分類さ れた回答を表す。

長音空隙条件の他のスペクトル条件においてどのような知覚が得られるのかについては,

条件によって,また,聴取者によって異なるようである。これらの条件のいくつかにおけ る知覚内容の生起頻度を表 4.3 に示した。この表に示したスペクトル条件は,綱島 (2003) と安武 (2004) においても用いられていた。綱島と安武のデータにおいては,これらの条 件のとき,長い音は途切れて,短い音はつながって知覚されていた。しかし,本実験にお いては,そのような知覚が全ての聴取者において生じていたわけではなかった。空隙転移 錯覚が依然として生じていた聴取者もいれば,二つのグライド音が両方ともつながってい ると知覚していた聴取者もいた。したがって,実験 5 の結果と実験 6 の結果とを比較する 際に,聴取者全体としての知覚の傾向を用いることは難しい。総合考察では,実験 5 と実 験 6 とで共通する 7 名の聴取者のデータを用いて,音圧レベル差の効果から調波グライド 音の交差するパターンの知覚を説明できるかどうかについて検証した。

4.4 総合考察

調波グライド音の交差するパターンにおける空隙転移錯覚の生起について検証した。パ ターンに含まれる交差成分対の全てにおいて長い成分と短い成分とのレベルが等しいとき に (すなわち,0/0, 0/0, 0/0 条件のときに),空隙転移錯覚がもっとも生じやすくなるこ とがわかった。また,これらの交差対をそれぞれ単独の対として呈示したときに空隙転移 錯覚の生ずることを確認することができた。このような対の組み合わさった調波グライド 音のパターンにおいて空隙転移錯覚の生じやすいことは納得のいく話である。

(15)

図 4.3 調波グライド音パターンにおける知覚の仕組み: 刺激音に示したのはスペクトロ グラムであり,レベルの高い成分ほど濃く表示されている。調波グライド音パターンが呈 示されると,交差成分対のそれぞれにおいて局所的な体制化が生ずる。局所的な体制化は,

交差成分対をそれぞれ単独の対として呈示したときに生ずる体制化 (すなわち,実験 5 の 結果) と同じ形で生ずる。この局所的な体制化に基づいて,調波グライド音の連続性の知 覚 (すなわち,実験 6 の結果) が決定される。a のようにスペクトル成分の相対的なレベル 関係が交差するグライド音間で同じとき,交差成分対をそれぞれ単独の対として呈示する と,全ての対において空隙転移錯覚が生ずる。そのため,パターン全体の知覚として空隙 転移錯覚が生じやすい。b のようにスペクトル成分の相対的なレベル関係が交差するグライ ド音間で異なるとき,交差成分対をそれぞれ単独の対として呈示すると,長い成分の 1 つ が途切れて知覚され (左下向き矢印で示した),これが長い音全体の知覚として優先される。

また,短い成分の 2 つがつながって知覚され (左上向き矢印で示した),これらが短い音全 体の知覚として優先される。そのため,パターン全体の知覚として長い音が途切れて,短 い音がつながって知覚されやすい。

(16)

表 4.4 調波グライド音パターンの知覚的連続性と,成分の交差対を単独の対として呈示し たときの知覚的連続性との一致性について

上昇条件 下降条件 一致した成分の数 長い音 短い音 長い音 短い音

A. なし 14.7 10.2 9.2 9.1 B. 1 つ 39.9 35.8 18.4 21.0 C. 2 つ 20.9 23.9 37.4 38.6 D. 3 つ 24.5 30.1 36.2 31.2 B-D の合計 85.3 89.8 92.0 90.8 注: 長音空隙条件の調波グライド音パターンにおいて,交 差対を単独の対として呈示したときの長い音/短い音の連 続性の知覚が,調波グライド音の長い音/短い音の連続性 の知覚と一致するかどうかについて調べた。そして,全 54 の調波グライド音パターンを,一致した交差対の数に 基づいて分類し,各群の全体に対する割合を聴取者ごとに 求めた。各群における割合の平均値 [%] を示した。

調波グライド音のパターンにおける連続性の知覚と単一成分グライド音のパターンにお ける連続性の知覚との関連性について検証するため,実験 5 と実験 6 との両方に参加した 聴取者のデータを用いて以下のような分析を行なった。この分析では,空隙が長いグライ ド音に挿入されているパターン (長音空隙条件) のみを対象とした。

調波グライド音パターンにおける体制化について以下のような仮定をしている (図 4.3)。

調波グライド音パターンにおいては,成分の交差する対のそれぞれにおいて局所的な体制 化が生ずる。この局所的な体制化は,その対を単独の対として呈示した際の体制化 (知覚) と同じ形で生ずる。実験 6 の調波グライド音パターンに含まれる交差対における局所的な 体制化は,同じ音圧レベル差を有する実験 5 の単一成分グライド音パターンにおける知覚 と同じになる。

調波グライド音パターンに含まれる交差対のそれぞれを単独の対として呈示したときの 連続性の知覚が,調波グライド音の連続性の知覚と一致するかどうかについて検証した。

分析の手順は以下のようになる。1 つの調波グライド音パターンにおいて,比較の対象とな る単一成分グライド音パターンは 3 つあった。例えば,調波グライド音パターンの 0/0,+6/-6,

-6/+6 条件に含まれる交差成分対をそれぞれ単独の対として呈示すると,単一成分グライド 音パターンの 500 Hz 交差 0/0 条件,1000 Hz 交差+6/-6 条件,1500 Hz 交差-6/+6 条件とな った。このように,全 54 の調波グライド音パターンのそれぞれを,それと対応する 3 つの

(17)

単一成分グライド音パターンと比較した。そして,長い音と短い音とのそれぞれについて,

調波グライド音パターンにおける連続性の知覚と単一成分グライド音パターンにおける連 続性の知覚とが一致するかどうかについて調べた。この比較には,実験 5 と実験 6 とで用 いた連続性カテゴリーを用いた。例えば,調波グライド音パターンの長い音の連続性が「つ ながっている (C)」であったとき,単一成分グライド音パターンの長い音の連続性が「つ ながっている (C)」であれば一致していると判断した。それ以外のカテゴリーであるとき には一致していないと判断した。そして,全 54 の調波グライド音パターンのそれぞれを,

連続性の一致した交差対の数に基づいて「成分の 1 つについて連続性が一致した」,「成分 の 2 つについて連続性が一致した」,「成分の全て (3 つ) について連続性が一致した」,「連 続性の一致する成分がなかった」のいずれかの群に分類した。そして,聴取者ごとに,各 群に分類されたパターン数の全体に対する割合を求めた。割合の平均値を表 4.4 に示した。

ここでいう「成分」とは,各交差対と対応する単一成分グライド音パターンの長い音,お よび短い音のことである。以降,同様である。実験 6 において分離聴取などの理由により 除外された調波グライド音パターンのデータは,この分析においても除外された。1 名の聴 取者において,実験 5 の単一成分グライド音パターンのデータが 1 つ除外されていたので,

これと比較の対象となる全ての調波グライド音パターンを除外した。このため,聴取者ご とに分析の対象となった調波グライド音パターンの総数が異なっていた。求めた割合は,

分析の対象とした調波グライド音パターンの数に対する各項目に分類されたパターンの数 の百分率であった。表 4.4 からわかるように,約 85%以上の調波グライド音パターンの長 い音と短い音とにおいて,交差対を単独の対として呈示したときに知覚的連続性の一致す る成分が少なくとも 1 つはあった。

局所的な体制化の生じた後,倍音関係にある成分は互いに統合されると考えられる。こ の際,調波グライド音の全体としての連続性の知覚は,局所的な体制化によって形成され た成分の連続性に基づいて決定されるのであろう。すなわち,交差対を単独の対として呈 示したときに,つながって知覚される成分が含まれていれば,調波グライド音はつながっ て知覚され,途切れて知覚される成分が含まれていれば,調波グライド音は途切れて知覚 されるのであろう。問題は,ある局所的な体制化を生ずる交差対の数と,調波グライド音 全体の知覚的連続性との関連である。例えば,交差対を単独の対として呈示したときに,

つながって知覚される長い成分が 2 つ,途切れて知覚される長い成分が 1 つあった場合,

調波グライド音の長い音はつながって知覚されるのであろうか,もしくは途切れて知覚さ れるのであろうか。

交差対を単独の対として呈示したときにつながって (および途切れて) 知覚される成分 の数と調波グライド音の連続性の知覚との関連性について検証した。上述した分析の対象 となった調波グライド音パターンを,交差対のそれぞれを単独の対として呈示したときに

「長い成分の全てが途切れて知覚されるパターン」,「長い成分の 2 つが途切れて,1 つがつ ながって知覚されるパターン」,「長い成分の 1 つが途切れて,2 つがつながって知覚される

(18)

パターン」,「長い成分の全てがつながって知覚されるパターン」の 4 つの群に分類した。

この分類は聴取者ごとに行なった。また,この分類は上昇条件と下降条件とをまとめて行 なった。そして,各群において長い音がつながって知覚されていた調波グライド音パター ンの割合を求めた。聴取者ごとに求めた割合を図 4.4 に示した。聴取者によっては,ある 群に該当する調波グライド音パターンが全くない場合があった。この場合,その聴取者を その群から除外した。各群においてt検定を行ない,割合の平均値と 50%との間に有意差が あるかどうかについて検証した。有意差のあったのは,交差対を単独の対として呈示した ときに,つながって知覚される長い成分がない場合 (t(3) = -4.9, p < .05),1 つある場 合 (t(4) = -6.5, p < .01),2 つある場合 (t(5) = -4.2, p < .01) の 3 群であった。

短い成分についても同様の分類を行い,各群において短い音がつながって知覚されてい た調波グライド音パターンの割合を求めた。聴取者ごとの割合を図 4.4 に示した。そして,

t検定を同様の方法で行なった。有意差のあったのは,交差対を単独の対として呈示したと きに,つながって知覚される短い成分が 1 つある場合 (t(6) = 4.0, p < .01),2 つある場 合 (t(6) = 9.5, p < .01),3 つある場合 (t(6) = 5.7, p < .01),の 3 群であった。

図 4.4 からわかるように,交差対を単独の対として呈示したときに途切れて知覚される 長い成分が 1 つ以上あるとき,調波グライド音パターンの長い音がつながって知覚されて いた割合は 50%を下回っていた。その値は,全ての成分がつながって知覚される場合におい てようやく高くなった。調波グライド音パターンの長い音は,交差対を単独の対として呈 示したときに途切れて知覚される長い成分が 1 つでもあれば全体として途切れて知覚され やすいようである。特に,分析の対象となった 6 名中 3 名の聴取者においては,交差対を 単独の対として呈示したときに途切れて知覚される成分が 1 つあったときに,調波グライ ド音の長い音がつながって知覚されることはなかった (割合が 0%であった)。

一方,交差対を単独の対として呈示したときにつながって知覚される短い成分が 1 つ以 上あるとき,調波グライド音パターンの短い音がつながって知覚されていた割合は 50%を 上回っていた。その値は,全ての成分が途切れて知覚される場合においてようやく低くな った。調波グライド音パターンの短い音は,交差対を単独の対として呈示したときにつな がって知覚される成分が 1 つでもあれば全体としてつながって知覚されやすいようである。

特に,7 名中 6 名の聴取者においては,単独の交差対として呈示したときにつながって知覚 される成分が 1 つあったときに,調波グライド音の短い音が常につながって知覚されてい た (割合が 100%であった)。

(19)

図 4.4 交差成分対を単独の対として呈示したときの連続性の知覚が調波グライド音の連 続性の知覚におよぼす影響: 交差成分対を単独の対として呈示したときにつながって (お よび途切れて) 知覚される長い/短い成分がいくつあるかに基づいて調波グライド音パタ ーンを分類し,各群において長い/短い音がつながって知覚されていた調波グライド音パタ ーンの割合を聴取者ごと (s1-s7)に求めた。

(20)

図 4.5 短い成分が調波グライド音の長い音の連続性の知覚に,および長い成分が調波グラ イド音の短い音の連続性の知覚におよぼす影響: 交差成分対を単独の対として呈示したと きにつながって (および途切れて) 知覚される短い/長い成分がいくつあるかに基づいて 調波グライド音パターンを分類し,各群において長い/短い音がつながって知覚されていた 調波グライド音パターンの割合を聴取者ごと (s1-s7)に求めた。

(21)

交差対を単独の対として呈示したときの長い成分の知覚的連続性が調波グライド音パタ ーンの長い音だけではなく短い音の知覚的連続性に影響をおよぼすかもしれない。また,

短い成分の知覚的連続性が調波グライド音パターンの短い音だけではなく長い音の知覚的 連続性に影響をおよぼすかもしれない。そこで,上述した方法と同じように,調波グライ ド音パターンを交差対のそれぞれを単独の対として呈示したときに「短い成分の全てが途 切れて知覚されるパターン」,「短い成分の 2 つが途切れて,1 つがつながって知覚されるパ ターン」,「短い成分の 1 つが途切れて,2 つがつながって知覚されるパターン」,「短い成分 の全てがつながって知覚されるパターン」の 4 つの群に分類し,各群において長い音がつ ながって知覚されていた調波グライド音パターンの割合を求めた。また,調波グライド音 パターンを,交差対のそれぞれを単独の対として呈示したときに「長い成分の全てが途切 れて知覚されるパターン」,「長い成分の 2 つが途切れて 1 つがつながって知覚されるパタ ーン」,「長い成分の 1 つが途切れて 2 つがつながって知覚されるパターン」,「長い成分の 全てがつながって知覚されるパターン」の 4 つの群に分類し,各群において短い音がつな がって知覚されていた調波グライド音パターンの割合を求めた。結果を図 4.5 に示した。

聴取者によって値の違いは見られるが,群の違いによる影響は見られないことがわかった。

すなわち,交差対を単独の対として呈示したときに,つながって,および途切れて知覚さ れる短い成分がいくつあるかによって,調波グライド音の長い音の知覚的連続性の変化す るようなことはないようである。また,交差対を単独の対として呈示したときに,つなが って,および途切れて知覚される長い成分がいくつあるかによって,調波グライド音の短 い音の知覚的連続性の変化するようなことはないようである。

調波グライド音パターンにおけるスペクトルの効果は,単一成分グライド音パターンに おける音圧レベル差の効果にある程度還元されるようである。この知見を一般化すること ができるかどうかについて検証するために,上述した綱島 (2003) と安武 (2004) との結 果と単一成分グライド音パターンを用いた実験 5 の結果とを比較した。調波グライド音パ ターンを用いた綱島と安武のデータから,5 つのスペクトル条件を取り出した。そして,長 い音,および短い音のつながっていることを示唆していた回答の割合を条件ごとに求めた。

この割合の算出には,聴取者全員 (12 名) のデータを用いた。ただし,分離聴取などの理 由によって除外されたデータがあったので,求めた割合は,分析の対象とした回答の数に 対するつながっていることを示唆していた回答の数の百分率であった。その結果を図 4.6 に示した。これらのパターンに含まれる 500 Hz の交差対と 1500 Hz の交差対とに着目する と,その音圧レベル差が実験 5 で用いていた音圧レベル差とほぼ同じであることがわかる。

そこで,実験 5 の 500 Hz 交差条件と 1500 Hz 交差条件とにおける割合も同様にして求めた。

この割合の算出には聴取者全員 (12 名) のデータを用いた。その結果を図 4.6 に示した。

単一成分グライド音パターンの長い音が途切れて知覚されれば,調波グライド音パターン の長い音も途切れて知覚されることがわかった。単一成分グライド音パターンの短い音が つながって知覚されれば,調波グライド音パターンの短い音もつながって知覚されること

(22)

がわかった。この傾向は,短い音において顕著であった。このことから見ても,調波グラ イド音パターンの長い音は,交差対を単独の対として呈示したときに途切れて知覚される 成分が一つでもあれば途切れて知覚され,短い音は,交差対を単独の対として呈示したと きにつながって知覚される成分が一つでもあればつながって知覚される傾向にあるといえ る。

調波グライド音パターンにおいて,スペクトル成分の相対的なレベル関係が長い音と短 い音とで異なるときに,なぜ空隙転移錯覚が生じなくなるのか,また,その際に得られる 知覚内容はどのような仕組みで得られるのかについて,単一成分グライド音パターンの知 覚に対する音圧レベル差の効果という観点から一つの説明を与えることができた。調波グ ライド音パターンが呈示されると,交差成分対において局所的な体制化が生ずる。この体 制化の内容は,その対を単独の対として呈示したときと同じように,長い音と短い音との 音圧レベル差によって決定される。交差対を単独の対として呈示したときに,長い成分の うち一つでも途切れて知覚されれば,調波グライド音パターンの長い音は途切れて知覚さ れるようである。交差対を単独の対として呈示したときに,短い成分のうち一つでもつな がって知覚されれば,調波グライド音パターンの短い音はつながって知覚されるようであ る。

ここで示唆された知覚の仕組みを聴覚体制化の一般的原理として拡張することができる かどうかについては,今後の検証すべき課題である。宮崎 (2003) の研究においては,こ こで示唆された仕組みだけでは説明することのできないような効果が示唆されている。宮 崎は,10 成分からなる調波グライド音の交差パターンを用いて,調波グライド音に含まれ る奇数次倍音の成分を省く,もしくは偶数次倍音の成分を省くという操作を行なった。例 えば,短い音の奇数次成分を省くと,交差するのは偶数次成分だけとなり,長い音の奇数 次成分は交差せずに残る。この例において,偶数次成分の交差対のみを呈示した場合,空 隙転移錯覚が生じ,つながった長い音と途切れた短い音とが知覚されるはずである。奇数 次成分のみを呈示した場合,途切れた長い音が知覚されるはずである。このように,偶数 次成分の交差対と奇数次成分とをそれぞれ単独に呈示した場合には,長い成分については 途切れて知覚されるものとつながって知覚されるものとの両方があるので,途切れて知覚 される成分が優先されて,調波グライド音の長い音は途切れて知覚されるはずである。ま た,短い成分については全てが途切れて知覚されるので,調波グライド音の短い音は途切 れて知覚されるはずである。したがって,調波グライド音の長い音と短い音との両方が途 切れて知覚されるはずである。実際に,長い音は一貫して途切れて知覚されていた。しか し,短い音は途切れて知覚される場合だけではなく,つながって知覚される場合もあった。

短い音がつながって知覚される場合においては,本章で示唆された知覚の仕組みとは異な る仕組みが働いていたのかもしれない。今後,調波グライド音のスペクトル構造を様々な 方法で変えて実験を行なう必要がある。

(23)

図 4.6 調波グライド音パターンを用いた綱島 (2003) と安武 (2004) の結果と単一成分 グライド音パターンを用いた実験 5 の結果との比較: 横軸はスペクトルの条件を表す。括 弧内は音圧レベルの条件を表す。縦軸は長い音,および短い音のつながっていることを示 唆していた回答の割合を表す。(1000 Hz 交差 0/0 条件の単一成分グライド音パターンの結 果は示していないが,全ての回答において,長い音はつながって,短い音は途切れて知覚 されていた。)

図 4.1  調波グライド音の交差するパターンの知覚: 刺激音に示したのはスペクトログラ ムであり,レベルの高い成分ほど濃く表示されている。倍音関係にあり,同じ方向に変化 する成分は,互いに統合して知覚されやすい。a のように交差する調波グライド音のスペク トル傾斜が同じときには,空隙転移錯覚が生じやすい。b のようにスペクトル傾斜が異なる ときには,空隙転移錯覚が生じにくく,途切れが長い音にあるように知覚されやすい (綱 島, 2003; 安武, 2004)。    空隙転移錯覚は,近接した始まりと終わり
表 4.1  実験 5 における連続性カテゴリーの分布  上昇条件  下降条件  長い音  短い音  長い音  短い音 交差 周波数  [Hz]  長い/短い 音のレベル [dB]  D  P  C  D P C 符号検定 D P C D  P  C  符号検定 短音空隙条件  +6/-6  12    8 4 &gt;&gt; 12 9  3  &gt;&gt;  +3/-3  12    10 2 &gt;&gt; 12 11  1  &gt;&gt;  0/0  12    12 &gt;&gt; 1
表 4.2  実験 6 における連続性カテゴリーの分布  上昇条件  下降条件  長い/短い成分のレベル  [dB]  長い音  短い音  長い音  短い音  基本  成分  2 倍音 成分  3 倍音 成分  D  P  C  D P C 符号検定 D P C D  P  C  符号検定 短音空隙条件  +6/-6 11  9 2 &gt;&gt; 10 9  1  &gt;&gt;  0/0  11  11 &gt;&gt; 11   11  &gt;&gt; +6/-6  -6/+6 11  11 &
表 4.2  続き  上昇条件  下降条件  長い/短い成分のレベル  [dB]  長い音  短い音  長い音  短い音  基本  成分  2 倍音 成分  3 倍音 成分  D  P  C  D P C 符号検定 D P C D  P  C  符号検定 長音空隙条件  +6/-6 5  4  5 4 7 4 6  5  0/0  6  4  4 6 4 1 3 2  6 +6/-6  -6/+6 7  3  2 8 6 3 2  7  +6/-6 5  5  6 4 5 5 7  3  0/0  3  5
+6

参照

関連したドキュメント

ここでは音楽と「音楽」の相違に注意しなければならないが、勿論、浅田の

近年,言語と隣接する文化・民族・社会・心理等の領域が言語との有桟的

一般に経済・経営・貿易等の諸分野の学問・実務・報道に使われている

特にNo.77秋田市山王交差点は秋田市のような地方 小都市における交通騒音発生の実態を示すものと考えら

 (i)全ての例について能動文による表現は可能だが,受動文については可能な場合

Tsuzaki, M., Tanaka, M., Kato, H. Shrinkage in the perceived duration of speech and tone by acoustic replacement. Rhythmic masking release: Effects of asynchrony,

般に成立しないことを明らかにした。次に、障害物知覚の物理的要因となると考えられる

ことを推論している。また,過酸化物の生成系と過酸化物分解機能は耐凍性増大期 には均衡しているが,耐凍性減少期には不均衡状態になることから,耐凍性変動が 過酸 化 物 代 謝 に