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素顔のアフリカ女性ア・ラ・カルト

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10 Field+ 2011 07 no.6

素顔のアフリカ女性ア・ラ・カルト

ザンジバルのフィールドから 富永智津子

とみなが ちづこ / 宮城学院女子大学キリスト教文化研究所客員研究員、AA 研共同研究員

フィールドで忘れてはならないことは、

「女性もそこにいる」ということ。

「人間」を見ているといいつつ男性しか 見ていないフィールドワーカーは、今でも 結構多い。それでは、社会の半分しか わからない!

 ザンジバルとは、アフリカ東部沿岸のイン ド洋上に浮かぶ大小の島々を指している。地 図でみると南緯5度から7度の間に位置し、沿 岸からおよそ30〜40キロの海上に、まるでけ し粒のように点在している。

 人口は約120万人(2002年)。1964年に、

大陸部のタンガニーカと連合し、タンザニア 連合共和国となり、現在にいたっている。

 私は1980年代から、このザンジバルを歴史 人類学的研究のフィールドとしてきた。80年 代は、もっぱらインド洋西海域における19世 紀の金融ネットワークを調べ、90年代には女 性の労働に関しての調査を、最近は歴史に名 を残した女性の末裔を追いかけたりしている。

以下は、そんなフィールドワークの中で出会っ た記憶に残る女性たちの素顔である。

たくましさと優しさ

 ファトゥマは、ザンジバル名うてのフェミニ ストである。ストーンタウンと呼ばれる都市部 のど真ん中のマンションにひとりで住んでい る。壁に飾られた往時の写真を見ると、大変 な美女である。今、還暦を過ぎて少々ふと目 になったが、その分、カリスマ性が加味され、

貫禄がついた。もともとジャーナリストで鳴ら した女性である。その縁もあって、国際機関 の依頼で、女性の社会調査なども手掛けてお り、ザンジバルの女性についてなら誰にもひ けをとらない知識の持ち主と、自負している。

彼女を見ていると根っからたくましく強い印象 を受ける。そう言うと、「ザンジバルの女性は 本土の女性と比べたら、とてもたくましいの よ」という答えが返ってきた。夫を袖にする 女性も多いのだという。そういう彼女も離婚 経験者だ。だが、夫とは「今でもよい友だち」

なのだという。そして、独立したひとり息子を こよなく愛している。

大切なのは自立

 アシャは、ザンジバルの幾重にも多様な文 化を身につけた女性である。皮膚は黒くもな く、白くもなく、アラブ的でもあればインド的 でもあり、「笑い」はまさにアフリカ的である。

私がアシャに出会ったのは、はじめてザンジ バルに足を踏み入れた80年代であるから、そ れから30年近く、アシャの家族との付き合い は続いている。アシャは言う。「女性にとって 一番大切なのは職業」と。家族よりも何より も先ずは職業、と言い切れるアシャを、私は、

すごいと思っている。アシャと出会った時、ア シャはすでに電信電話局の技師だった。すで にひとり目の子を抱えていたが、それから10 年ほどの間に、さらに5人の子どもをもうけた。

彼女のすごさはそれだけではない。定職のな い夫にかわって、夫の両親と障害を持つ義妹 の面倒もみてきた。今では、夫の両親を看取 り、子どもたちも成長し、上のふたりはそれぞ れ独立した。今の彼女の夢と希望は、他の3人 の男の子と、末っ子であるひとり娘に託され ている。

ストーンタウンの街角 風景。エナメルペイ ントの絵が路上で売 られている。

ストーンタウンの夜景。

3〜4階建の石造りの町 並みを彩るステンドグ ラスが目を惹く。

観光客相手に海辺で編 み込みの髪を結う女性。

インフォーマルビジネ スの代表格。

ザンジバル島の東海岸 は、観光客にとっては、

まさにこの世の楽園。

イタリア資本のリゾー トホテルが並ぶ。

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11 Field+ 2011 07 no.6 はだしの歌姫

 キドゥデさんは、知る人ぞ知るタアラブの 歌姫である。タアラブとは、エジプト起源のス ワヒリ音楽である。世界のあちこちでコンサー トを開き、そのたびに名声を高め、世界的な 賞も受賞している。初めてキドゥデさんに会っ たのは、これも1980年代。年齢は自称103 歳であるが、誰も本当のところはわからない。

ザンジバル郊外のアフリカ人居住地区ンガン ボの薄暗い長屋に、甥や姪と一緒に住んでい た。二度ほど結婚したが、自分の子供はいな い。つい2〜3年前、インタヴューをしに再び キドゥデさんの家を訪ねた。驚いたことに、当 時と少しも変わらぬ長屋に住んでいる。はだ しで歩きまわっているのも昔と変わらない。イ

ンタヴューの合間にブラジャーからタバコを取 り出しては一服する。それが何よりの楽しみら しい。そんなキドゥデさんのプロ根性に触れた のは、ある晩のコンサートの時だった。キドゥ デさんの出番はトリと決まっている。というこ とは午前1時をまわる。なのに、開演時間の午 後8時には会場に現れ、じっと出番を待ってい るのだ。日本円にして200円ほどで新調したと いう自慢のきらびやかな衣装を身につけ、ピー ンと背筋を伸ばして座っている。「歌うことが わたしの仕事、立派な家に住んでぜいたくを するのは性にあわない」。それが、キドゥデさ んの変わらぬ生き方である。コンサートはキ ドゥデさんの迫力ある歌声と大観衆の熱狂と ともにお開きになる。

 *  *  *

 さまざまな民族が往来したザンジバルには、

15世紀以降の都市社会の形成にともない王族 を頂点とした階層社会が出現した。その後、

ポルトガルやオマーンやイギリスの植民地支 配も経験した。しかし、社会の基層には、もと もと母系制社会だったバントゥー文化が脈々 と今に受け継がれているように私には思われ る。その伝統は、長期間夫が家を空ける船乗 りや商人の娘が生家にとどまる風習に引き継 がれてきたと指摘する研究者もいる。さらに、

イスラームの浸透によって、女性は、遺産相 続の権利を与えられた。ザンジバル女性のた くましさは、こうした長い歴史過程の中で培わ れてきたのかもしれない。

ストーンタウン

ダルエスサラーム ザンジバル島

ペンバ島

ザンジバルには女性だ けの協同組合がいくつ もある。ヤシの葉など でござやバックを製作 する女性。

いかにもスワヒリ的雰囲気の愛 らしい女性。日本の青年と結婚。

しばらく音沙汰がないが元気で いるだろうか。

ストーンタウンのとあるホテル の従業員。素敵な制服につい

……。この制服は、毎年新しい デザインにチェンジする。

本文に登場するアシャ の叔母さん。英語教師 をしていたが、今は成 人した息子とロンドン で暮らす。

ストーンタウン近郊には、つぼ 作りで生計を立てている村があ る。その担い手はすべて女性。

キドゥデさんの晴れの 舞台。伝統的なタアラ ブを継承する伝説的女 性歌手。

ザンジバル

参照

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