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「教師体験」のシステム理論的考察

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「教師体験」のシステム理論的考察

─ 教師の生徒とのギャップを出発点として ─

鈴 木 弘 輝  1 問題の所在

 少し前に出版された本に, 『なぜ若者は「半径 1m 以内」で生活したがるのか?』

というのがあった.この本は,「自分たちの身の回りに起こっている出来事に のみ関心を集中させている」ことを,「最近の若者の特徴」として取り上げた ものである.それによれば,今どきの大学生は大所高所から社会を論じるのは 苦手だが,身近なところから時代を感じ取る繊細な感性には大変に優れている のだという(岸本 2007: 2-3).ところどころの論述がやや印象論になっている きらいもあるが,塾・高校・大学で教師をしている本論文の筆者の体験に照ら し合わせてみても,おおむね「最近の若者の特徴」に関する論点を的確に提示 している本だと判断することができる.

 そして,筆者も本論文において,このような「現代の若者の特徴」が現代の 日本社会にはびこっていることを前提に議論を進めていく.しかし,ここで疑 問として提示したいのは,「自分たちの身の回りに起こっている出来事にのみ 関心を集中させている」のはいわゆる「若者」だけなのかということである.

筆者は 1970 年生まれであり,もう決して「若者」と言える年代ではない.む しろ, 「四十にして惑わず」という故事にならうのであれば,心身ともに十分「落 ち着いている」ことを要求されてしかるべきということになる.しかし,自分 自身のことを深くふり返ってみるでもなく,とてもではないが「落ち着いてい る」とはいえない.

 何をもって「落ち着いている」と評するかはそれ自体が問題であろうが,こ

こでは「より大局的な観点から様々なことに関心を持つ」ということでよいだろ

う.すなわち,「自分たちの身の回りに起こっている出来事にのみ関心を集中さ

せている」という状態の正反対である.そして,再び自分のことをふり返ってみ

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れば,とても「若者」に当てはまらない年齢の筆者自身が,「自分たちの身の回 りに起こっている出来事にのみ関心を集中させている」ように思えてならない.

 もっとも,これだけのことを言うのであれば,「今どきの日本人は 40 歳になっ ても大人になりきれていない」ということで議論は終わりになってしまう.しか し,本論文で論じたいのは(もちろんそういうことも言えるのであろうが),筆 者が「自分たちの身の回りに起こっている出来事にのみ関心を集中させている」

という点においては「『若者』の要件」を満たしていると考えられるにもかかわ らず,その筆者が現場における教師−生徒間コミュニケーションを通じて,実 年齢でいう「若者」との間にギャップを感じてしまうということなのである.

 もちろん,このギャップは「教師−生徒間コミュニケーション」に固有のも のだと考えられなくはない.しかし,ここではそのような「教育的コミュニケー ション」の観点よりも,むしろ「世代間におけるギャップ」の観点から考察を 展開していきたいと考える.なぜなら,そのように考察することを通じて,筆 者自身がこれまでに体験してきた内容を社会学的に捉え直したいからである.

 また,社会学的に考察するといったときに,本論文で参照するのは N・ルー マンのシステム理論である.なぜなら,ルーマンの議論は「システム」という それ自体が多義的である概念を存分に(というよりは融通無碍に)活用するこ とによって,人々の間で前提とされているコミュニケーション上の傾向や,そ の前提をきっかけにしてコミュニケーションを実践している人々の意識のあり 様を,独自の(=システム理論的な)視角から記述しているからである.では,

その「独自の(システム理論的な)視角」の真骨頂とはいったい何か.それは,

「社会の諸要素がいかに(因果関係などなく)無関連に並存しているか」を示 す点にある.そして,ルーマンの議論を読む者は,そのように示される「『社会』

に関する別のとらえ方」を通じて,自らが「社会」の中で体験してきた様々な 出来事を別様に解釈することにひらかれるのである.

 したがって,これから展開する議論も,筆者の身の回りで起こった出来事に

関する考察から出発する.そして,自分の経験をルーマンの議論の中に位置づ

けることを通じて,自分にどのようなことが起こったのかを少しでも確かめて

いくことを目指す.その点において,本論文は非常に「私的」なものだという

ことができる.

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2 「生徒とのギャップ」に対する教師の反省

 2.1 教師体験からくる「感覚のズレ」

 まず,「筆者の身の回りで起こった出来事」から,筆者がどのような「若者 との間のギャップ」を感じたかを述べることとする.そのギャップは「感覚の ズレ」といってもよいと思うのだが,それは筆者が学校現場で教師をやってい るうちに,いつの間にか意識の中で固まってきたものである.もう少し具体的 に述べると,「学校教育が前提としている『人間関係のあり方』がもはや通用 していないのではないか」ということになる.しかし,この感覚は「最近の年 少者はろくにあいさつもしない」とか「昔は通じた常識が今は通じない」といっ たものとは異なる.もちろん,そういうことも日々感じることではあるが,筆 者が本論文で取り上げたいのはもっと別のことである.

 では,筆者は何をもって「感覚のズレ」といっているのか,その基準となる 考え方をここで論じてみることとする.その際にここで持ち出すのが,「仮想 的な次元」と「現実的な次元」という区別である.

 筆者が考えるに,人は自分の日常生活を送るにあたり,必ずといってよい ほど「仮想的な次元」と「現実的な次元」の両方の間を往復している.「仮想 的な次元」というのは,「もし〜なら…」という人の思考形式が最も代表的で あるが,「必ずしも現実の結果として現れない」という事柄の想像そのものは,

人の日常生活において特にめずらしいことではないだろう.むしろ,「これか ら〜が起こるのでは?」といった(いわゆる)「予想」を全くしない生活とい うのは,一般的に考えにくいだろう.それぐらい,筆者も含めた人の生活にとっ て,「仮想的次元」というのはなじみ深いものだと考えられる.

 もっとも,そのような「仮想的次元」はあくまでも「仮想」なのであり,「仮 想的な次元」と「現実的な次元」との関係を反省するならば,「現実的な次元」

の方が基底的であるというのが当然の感覚だと考えられる(ここではあえてそ のように言っている).「現実的な次元」は「仮想的な次元」に優先され,「仮 想的な次元」は,「現実的な次元」において滞りなく生活を送るための手段と して位置づけられていると言ってもよいだろう.

 とはいうものの,筆者自身のこれまでの生活史をふり返ってみると,かなり

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の割合で「仮想的な次元」への比重が多くなっていたと思う.告白するならば,

マンガ・ポピュラーミュージック・小説などの世界にはまりこむことによって,

中学・高校・大学時代を過ごしていたといえる.「仮想的な次元」と「現実的 な次元」を比較するにあたり,むしろ「仮想的な次元」をかなり優先していた のであるが,このような自分の所業をこの年になって(今ごろではあるが)か なり後悔・反省している.

 そうであるにもかかわらず,このような筆者でさえ思うのは,「最近の生徒 たちは『仮想的な次元』と『現実的な次元』の優先順位が逆転しているのでは ないか」ということである.もちろん,筆者自身が「『仮想的な次元』を優先する」

という生活を送ることに親近感をもっているので,自分が接する生徒たちがそ のようになっていることについて,同年代の人間の中では「どのような気持ち でそのような生活を送っているか」をけっこう理解できている方だと思う.し かし,それでも筆者が中学生・高校生だった頃の雰囲気とは,かなりちがって いるのだと感じずにはいられない.

 筆者自身のことから,説明していこう.中高生時代の筆者にとって,「現実 的な次元」というのは言わば「壁」であった.それは非常に強固なものであり,

自分をしっかりと押さえこむものであった.だからこそ,自らの「仮想的な次元」

を形成することによって,それに反発することを試みていたのであり,何とか それから逃れたいと想像の限りを尽くしていた.逆にいえば,「現実的な次元」

とは自分の足場であり,それを強く蹴り飛ばすことによって反発力を得ていた ような気がする.

 また,筆者にとっての「現実的な次元」とは「容易には変えられないもの」

であり,「いろいろな人々の意識が一つに交錯するところ」だった.それに対 して,「仮想的な次元」は「自分でコントロールできるもの」として,当時の 筆者の前に広がってきた.そこは,筆者にとって「自分の(意識上の)可能性 が広がっていくところ」だった.だからこそ,筆者はそこを自分にとっての「意 識上の『運動場』」と位置づけられた.

 もちろん, 「現実的な次元」は「いろいろな人々の意識上の『運動場』」であり,

実際にいろいろな人々が行き来していた.そこでは,いろいろな人々の思惑が

絡み合い,それはそれで非常に刺激的であった.しかし,ひとたび「自分の(意

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識上の)可能性が広がっていくところ」を見つけてしまった筆者は,そこがど れだけの広がり(とその果て)を持っているのかを自分で確かめずにいられな くなった.そして,その「可能性の広がり」をどこまでも追いかけることによっ て得られる刺激の方が,当時の自分にとっては「現実的な次元」からの刺激よ りもはるかに切実さをもっていたのである.

 また,「現実的な次元」は「勝手に変わっていくもの」として,自分の周囲 に存在していた.「勝手に変わっていくもの」というのは,少なくとも中高生 の筆者の立場からは,それがどのように構成されていくのか,どのようなルー ルが設定されているのか,これからどのようになっていくのかということにつ いて,いかんともしがたいものとして立ちはだかっていた.だからこそ,それ は筆者にとって「自分に関わりのないもの」とみなすこともできた(あるいは,

みなさざるを得なかった).だから,「現実的な次元」が自分の思う通りに変わ らないことは,「現実的な次元」へのあきらめの基でもあった.

 このように,中高生時代の筆者は,自分にとって「自分でコントロールでき るもの」である「仮想的な次元」を,もっぱら「自分に関わりのあるもの」と みなしながら大切にしていったのだった.

 2.2 団塊ジュニア世代のメディア体験

 では,このような筆者自身の感覚をより一般的な議論にするために,筆者自 身が自分の中高生時代に抱いていた感覚を表現してくれている言説を取り上げ ることとする.それは,社会学者の稲増龍夫が著した『アイドル工学』である.

 この本が著されたのは 1989 年であり,ここで論じられているのは主に 1980 年代の「アイドル歌手」と呼ばれる芸能人たちをめぐる状況であり,そこで取 り上げられているのは松田聖子,小泉今日子,おニャン子クラブといった人々 である.先述の通り,筆者は 1970 年生まれなので,ほぼ「団塊ジュニア世代」

に属する.そして,そのような筆者にとって,1980 年代はちょうど中高生だっ た頃と重なるので,今読み返してみるとその頃のことが思い出されて,とても なつかしい感じがする.

 しかし,この本をここで取り上げるのは,単に当時の芸能界を回顧するため

ではなく,この本が「アイドル・システム」として論じている内容に注目して

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のことである.稲増によれば,1980 年代にアイドルが「論」の対象となりうる ようになったのには,かつては確固として存在した「文化の階層構造」が崩壊 しはじめたという状況の変化があると考えられる(稲増 1989: 23-25).

 ここでいう「文化の階層構造」とは,「人々が構築し受容する文化には『高 級文化』と『低級文化』がある」と措定するものである.たとえば音楽でいう なら,かつては「高級」という極にクラシック音楽,そして「低級」という極 にアイドルが位置づけられるという構造が存在した.受け手の側も小学生くら いまではアイドルや歌謡曲を聞くが,中学生くらいでニューミュージックや ポップスの世界に足を踏み入れ,さらに高校生でロックやジャズと音楽の趣味 が「高級」になり,その究極にクラシックに到達するという「音楽体験の発達 段階図式」とでもいえるものである.

 その図式に従えば,アイドルマニアたちは「発達が遅れた音楽ファン」とい うことになってしまうが,1980 年代においては,従来の通年ならとっくにアイ ドルを卒業している年代までが,再びアイドルの世界に戻ってきていたという のである.稲増によれば,「高校生や大学生になってまだアイドルを聞いてい るの」という回りの声とはうらはらに,ロックや洋楽体験を経てあえてアイド ルに回帰するといった,ある意味で「音楽的な幅のある」ファンたちが存在し ていた.彼らにとってはクラシックを聞くことが高級で,アイドルを聞くこと が低級という差別感覚は存在せず,かつては不可逆であった「発達段階」を自 由に往来する音楽ファンが,この時期に登場したというのである.

 そして,稲増はこのようなファンの登場について,さらに二つの注目すべき 論点を提示する.一つは,「メディア・リテラシーの成熟化」をめぐるもので ある.稲増によれば,この時期のアイドルマニアたちは,当時の常識的な大人 のアイドル観である「アイドルというものは表面上どんなに可愛く見えようと も,その背後には金もうけをたくらむ大人たちの邪悪な意図が隠されているの だ」といった論調に対して,ある反論を試みた.それは, 「表面上可愛く見せる」

ことを「商業主義」として悪くいうのではなく,個々のアイドル歌手が「どの

程度『表面上可愛く見せる』ことに成功しているのか」に注目するべきだとい

うものである.すなわち,なまじ「本物」とか,「音楽性」とかいう議論がか

らんでくると,アイドルはイカサマでインチキということになってしまうので,

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そうではなくて,「商業主義」の前提は素直に認めた上で,その虚構性の巧拙 を論じていくこと,つまりは積極的に虚構を虚構として楽しみながら,その虚 構の「出来の良さ」を論評していくことを称揚したというのである.

 稲増はこのことを,「受け手の成熟」=「『メディア・リテラシー』の向上」と いう文脈でとらえている.すなわち,この当時のアイドルマニアについて,「ア イドル自身の『個性』の『微細な差異』を読み取る能力の進歩」を読み取って いるのである.そして,まさにそうした「微細な差異」を読み取ること自体が,

コミュニケーション行為そのものなのだとする.稲増が論じるには,「そのこ とにどんな意味があるのか」という反論は,コミュニケーションを「意味の伝 達」に限定した見方であり,「意味の病」の取りつかれた発言でしかない.ア イドルマニアたちは,送り手のメッセージとは無関係に,一人一人がその置か れた「場」の中で個別の「意味」を見いだしているのであり,受け手が主体的 に解釈コードを作成し,自発的な「意味作用」を行っているのである.

 もう一つは,「アイドル歌手が提示する『若さ』というイメージ」をめぐる ものである.稲増によれば,アイドルポップスが提供してくれるときめきは,

意識の深層に眠る「どこにもない純粋概念としての『若さ』のイメージ」であ ると論じている.なぜそのように考えるかというと,当時のアイドルポップス からますます生活感が捨象され,フィクショナルな世界に傾倒していたとみら れるからである.そして,アイドルポップスとは,この「若さ」というイメー ジに形を与える試みなのかもしれず,個々人の記憶回路の中の映像データベー スと連動しながら,鮮やかな思い出やまだ見ぬ心象イメージを心の中に描き出 すものだと論じているのである.

 ここで(筆者も含めた)人々に意識されているのは,「いかに自分なりの世 界を構築するか」ということである.そして,自分なりの世界を作り上げるこ とによって,より「現実的な次元」と渡りあうことのできる「仮想的な次元」

を構築するようになる.そこでは,通常の「子どもから大人へ」といった「模

範的な成長パターン」は相対化される.また,「若さ」がプラスに強調される

ことを通じて,「心はいつまでも『若さ』を保ち続ける」といったように,「現

実的な次元」とは異なった時間的経過が,各々の「仮想的な次元」の中で流れ

るようになる.そして,そのような独自の時間の流れの中で, 「自分なりの成長」

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を図ることとなる.

 その営みは,自分の納得できる「仮想的な次元」の構築を目指しながら,毎 日の生活を送っているということを意味するものである.つまり,自分の生活 の中で「自分なりの時間」をかけながら自分なりの「仮想的な次元」を構築し ていくことが,自分にとっての「成長」になるということである.

 2.3 最近の生徒たちに関する諸議論

 では,最近の生徒たちの日常生活において, 「仮想的な次元」と「現実的な次元」

はどのような関係になっていると考えられるだろうか.ここでは,筆者の見聞 きしてきたことを述べる前に,最近の生徒たちの現状について論じた言説を二 つ取り上げる.

 まずここで参照するのは,長きにわたって「臨床教育学」という学問分野に 携わってきた田中孝彦の議論である(田中 2009: 1-6).「臨床教育学」とは, 「子 どもの声を聴くこと」を基本に,困難・問題に直面する子どもたちと相談的関 係を結び,医療・福祉・心理臨床の専門家たちと協働しながら,子どもたちへ の援助の課題を考え,教育のあり方を問い直していくといった学問的営為を指 す.では,なぜ田中はどのような「時代認識」をもって,「臨床教育学」とい う学問を始動しようと考えたのだろうか.

 それによれば,この四半世紀ほどの間,日本の社会と人々の生活を大きく動 かしてきたのは, 「新自由主義」の諸施策である.それらは,資本の利潤蓄積の「自 由」を第一義的に追求し,「競争」が社会と人間の活力であり,「競争」に参加 して勝つか負けるかは参加者の「自己責任」であるということを強調してきた という.そして,日本政府・文部科学省による教育政策も,「地球規模の大競 争時代」に対応するものとして,「新自由主義」のながれに沿うものが採用さ れてきた.

 田中は人々の生活に目を向け,この四半世紀の間で,その基盤が急激に不安

定化していると捉える.それは「勝ち組」「負け組」という言葉で表わされる

ものであり,その言葉に象徴される生活・文化の格差が顕在化したという.そ

して,日常の人間関係にも孤立・敵対の様相が色濃くなり,その影響が学校に

も表れるようになったと考えている.例えば,学校現場では,1990 年代に入って,

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全国の小学校で低学年から「学級崩壊」現象が広がってきた.また,最近の文 部科学省の調査では,学校内での子どもたちによる「暴力」事件の発生件数(物 の破壊,子ども同士の暴力,対教師暴力)は,小学校・中学校・高校のすべて の学校種で,過去最高に上っている.

 田中はこのような状況から,現在の日本の多くの子どもたちが,かえって生 育の過程で様々な「傷」を負い, 「いらだち」「むかつき」「不安」「恐れ」といっ た生活感情を溜めているとみる.最近の教育政策の根底にあるのは,「強い力 で秩序を守るよう要求し,規範意識を持たせる厳しい教育が必要である」といっ た偏向的な教育観だからである.それは,「学力は競争のなかでこそ伸びるも のであるから,子どもを厳しい競争的な環境において鍛え上げねばならない」

といった学力観に代表されるものである.

 田中はここに, 「臨床心理学」の土壌があるという.田中は自らの「臨床教育学」

の実践を踏まえながら,現在の教育現場で必要とされるのは,単純な厳しさや 競争の強調ではなく,子どもたちの抱いている「いらだち」 「むかつき」 「不安」 「恐 れ」を受けとめ,その奥にある「生き方への問い」を察知し,それを一緒に考 えていくような対応であるという.それは言い換えれば,「子どもたちの声を 聴くこと」である.

 次に取り上げるのは,現役の小学校教諭である岡崎勝の議論である(岡崎 2007: 89-92).先の田中の主旨は「一貫した新自由主義的な政策が子どもたち を『いらだち』や『不安』に陥れている」というものであったが,岡崎もこの ような発想で議論を展開している.それによれば,平成 19 年に提出された「教 育再生会議」の報告書が「『グローバルな知識基盤の社会の到来』に備えた教 育の必要性」を唱えているが,教育現場の「現実」は,そのようなものが出る かなり前から(別の意味で)「グローバル化」を意識したものに変質している という.

 確かに,教育政策の担当者は「イノベーションを生み出す高度な専門人材や

国際的に活躍できるリーダー」を育成するために,「学力を向上させる」「すべ

ての子どもに規範を教え,社会人の基本を徹底する」「あらゆる手立てを総動

員し,魅力的で尊敬できる先生を育てる」「保護者や地域の信頼に真に応える

学校にする」といったことの重要性を述べている.しかし,そのようなことを

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今さら政府に指示されなくとも,生徒の親はそのような人材に我が子を育て上 げるべく,「学『歴』や資『格』,経験『値』(知ではない)や業績としての成 績を勝ち取るための競争に,我が子を参入させているというのである.

 岡崎が自分の経験を踏まえながらいうには,親たちは有名私立中学や有名大 学を単に目指しているのではなく,「世間(グローバル化した世界)のどこで も通用する価値ある子ども」を求めている.したがって,子どもたちが学校や 塾で展開している入試競争は,実は「世界の市場原理の一部」への参加を志向 するものであり,その意味で教育現場は「小文字としてのグローバルな場」に なっているというのである.

 2.4 「個人の精神的な成長」をめぐる世代間の比較

 では,「最近の生徒とのギャップ」について,筆者自身の体験やそれに関す る考察と比べながら論じてみることとする.臨床心理学が想定しているのは,

「自分にとってよいコミュニケーション/わるいコミュニケーション」という ように,自分を基準にして様々なコミュニケーションを仕分けしていくことで ある.そして,自らの小学校教員体験をもとに岡崎が指摘しているのは, 「グロー バルな変化」の中に限りなく溶け込ませていこうとする子(やその親)の姿で ある.そのために,現在の自分が直面している学校教育をいくつかの要素に分 解し,それらを選択的に受容しようとしている.だから,そこにあるのは「溶 け込めるかどうか」の「不安」だけであり,「自分なりのスタンスを確立する」

といった「成長」は重視されていないということになる.

 それに対して,筆者(やその世代)は,たとえ「模範的な成長パターン」か ら外れてしまったとしても,「自分なりの成長」を続けていけば,いつかは「う まくいく」ということを想定していたと考えられる.そうやってたとえ「まわ り道」をしたとしても,それはその後の社会の中で受け入れられるであろうと いった想定が,その当時において漠然とであれあったのではないだろうか.す なわち,そこには「個人の精神的な成長」という要素が,「諸個人の達成する べきもの」として提示されていたと考えるのである.

 しかし,筆者が見る限り,最近の生徒たちは自分の「仮想的な次元」を行動や

判断の基準とすることについて,何のてらいもないように思われる.そして,筆

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者がここで注目しているのは,自分たちの想定する「仮想的な次元」を自らの判 断基準とする際に,「現実的な次元」をどのように処理するかについてである.

 もちろん,彼ら/彼女らもこの社会で生活を送っている以上, 「仮想的な次元」

と「現実的な次元」を往復していると考えられる.しかし,筆者自身の感覚と ちがうと思われるのは,彼ら/彼女らが直面する「現実的な次元」をいくつか に要素化し,「自分の持つ『仮想的な次元』に合うもの/合わないもの」とい うように,「現実的な次元」を即座に仕分けする点なのである.

 現在の若者は「仮想的な次元」と「現実的な次元」を, 「別々に並在する空間」

として捉えようとすると考えられる.つまり,「時間をかければ変化するかも しれない」と捉えるのではなく,「自分とは別の空間に住む人」というように 割り切ることによって,「自分と社会のズレ」を処理しようとするということ である.彼ら/彼女らはそのようにして,自分の体験を次々に切り刻んでいく.

彼ら/彼女らの体験は「成長」という一つの時間軸に沿って並べられるのでは なく,いくつかの断片が乱雑にちりばめられているようになると考えられる.

 少なくとも筆者にとっての「現実的な次元」は「全面的に受け入れる/全面 的に反発する」という二者択一をもって迫るものであり,そこには「○○だけ 受け入れる/受け入れない」といったスキは全くなかった.それに対して,最 近の生徒たちにとっての「現実的な次元」とは,「どこかに自分のつけ入るス キがある場」,「どこかにスキを見つけて入りこもうとする場」となっていると 考えられる.だから,彼ら/彼女らにとって主に関心があるのは,「どれだけ 自分の『仮想的な次元』と合わせられるか」という割合であるとみられるので あり,そこには「反発」といったものはみられないのである.

 筆者が想定していたようなこれまでの「社会」は,「容易に変わらないもの

/勝手に変わっていくもの」であり,「自分」が変わっていく/変えていくと いうことを前提に言動をとっていた.それに対して,最近の生徒が想定してい ると考えられるいまの「社会」は,「自分が入れるところがある場/自分が入 れないところは気にしなくてよい場」であり,「『自分』は変わらない/変えら れない」ということが言動の前提になっているようでならない.筆者が考える に,「社会」について語ろうとするとその中に「自分」が入ってしまうように,

「自分」と「社会」が分離されないままに意識されているのではないだろうか.

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それはすなわち,これまでであれば「現実的な次元」に入るような要素が,「仮 想的な次元」に入ってしまっているということである.

 これが,筆者自身の抱く「感覚のズレ」である.自分と似ているところが部 分的にあると感じられるがゆえに,いくつかの相違点がよけいに気になってし まう.しかし,これまでの検討で明らかになったのは,筆者は自分が漠然と想 定しているような「現実的な次元」を前提としているからこそ,これまでの教 育的なコミュニケーションを通じて「感覚のズレ」を蓄積していったのだとい うことである.

 両者の違いをもう一度確認すると,「現実的な次元」に対するスタンスがそ の基準となる.最近の生徒たちは,自分の抱く「仮想的な次元」と自分の直面 する「現実的な次元」の間にズレが生じた場合,その「現実的な次元」をいく つかに要素化した上で,「自分の『仮想的な次元』と合う/合わない」と分け,

選択的に自分と適合させようとする.だから,最近の生徒と接する者は,彼ら

/彼女らから全面的に拒絶されるということはないが,そうかといって全面的 に受容されるといったこともない.そのような意味では,常に「中途半端で物 足りない感覚」が残るといってもよいだろう.

 もちろん,筆者の属する世代であっても,「現実的な次元」に対して何とか 折り合いをつけようという意識はあった.いや,あったどころではなく,十分 すぎるほど抱えながら生活していたと思う.それは,どれだけ手間ひまかけて 自分独自の「仮想的な次元」を構築していようとも,そうであった.

 なぜなら,たとえ自分たちが各々の「仮想的な次元」を重視していたとしても,

その「仮想的な次元」の内容を変えていくことは可能であり,その中で自分が

「成長」することを自分で期待していたからである.――様々な知識を詰め込む ことによって,自分の「仮想的な次元」の中で「社会」を理解することが可能 になり,自分なりの「仮想的な次元」とその周囲にある「現実的な次元」との 折り合いがつくようになる.そして,その時になれば,自分も「現実的な次元」

の中で滞りなく生活できるようになる――.今から振り返れば,筆者がそのよ

うに考えていたのは,ほぼ間違いない.

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3 「新自由主義」の政治システム理論的考察

 3.1 「新自由主義 vs. 福祉国家」という図式

 では,そのような「団塊ジュニア世代教師の生徒とのギャップ」は,社会シ ステム理論的にどのように考察することができるだろうか.ここで注目するの は,前節で登場した「新自由主義」に関する議論である.それは,先に田中が 自らの「臨床教育学」を実践する前提としたように,ある特定の「自由」観を 強力に主張する言説であった.その言説において,「自由」は資本の利潤蓄積 と結びつけられ,そのためには人々の間での「競争」を肯定するという内容で あった.

 そして,「新自由主義」に対する批判は,現代の日本社会における様々な問 題を語る際に,かなり頻繁に引き合いに出される.例えば,政治学者の宮本太 郎によれば,現代の日本では「自由」の名の下にむしろその基本条件である生 活の基盤が掘り崩されてきているという.今は「福祉国家」という制度の前提 である「コミュニティ」が瓦解していく過程の中にあり,その中で喫緊の課題 として浮上しているのが「連帯」や「デモクラシー」のあり方であるという(斉 藤・宮本 2009: 2-3).

 宮本の問題意識を極めて簡潔にまとめると,そもそも人々が「自由」を十全 に行使するにはその「基本条件」が必要であり,これまでは「福祉国家」とい う政治制度と「コミュニティ」という生活基盤が,お互いにコミュニケーショ ン上の前提を供給しあうことによって支えていた.しかし,現代の日本ではそ のような相互依存関係が維持されなくなってきているがゆえに,これまでより も「連帯」や「デモクラシー」といった概念に対する関心が高まってきている ということになる.

 このように,現代日本の社会状況に関する言説において,「新自由主義」へ の風当たりは強く,それに対して「福祉国家」はプラス評価を獲得している.

しかし,これまでの「新自由主義 vs. 福祉国家」という対立図式が,いつまで もこのようなかたちで論じられるままでよいのだろうか.

 もちろん,「新自由主義」には固有の問題があると筆者も考えるが,それは単

に「自由=競争」と短絡的に結びつけているからではない.本論文で筆者自身

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の体験を提示しているのは,そのことを浮き彫りにしたいということもあってこ そなのである.また,筆者が考える「福祉国家」に固有の問題についても,こ こでは提示しておきたい.なぜなら,これから述べるように,先に田中や岡崎が 提示した学校教育の現状については,「新自由主義」がもたらしたというよりも,

むしろ「福祉国家」がもたらしたものだと指摘することができるからである.

 3.2 ルーマンの政治システム論

 そして,そのように考えるためにここで取り上げるのは,ルーマンの政治シ ステム論が展開されている『福祉国家における政治理論』である(Luhmann1981

= 2007: 23-8 および 167-169).これは,第二次世界大戦後の西側先進国で採用 された「福祉国家」という「政治(的なコミュニケーション)のあり方」を,

自らの機能システム論で批判的に検討したものである.そして,この本が 1981 年に書かれたということもあり,当時の西ヨーロッパで(特にイギリスで)広 まった「新自由主義」を基にした政策を踏まえた内容になっている.

 まず,ルーマンの社会システム理論における「大前提」を確認しておこう.

それは,「現在の社会は(政治・経済・科学・法・教育といった)個々の機能 システムに分化している」というものである.だから, 「政治(的なコミュニケー ション)」を構築・維持するのは「政治システム」だということになる.

 その一方で,ルーマンによれば,ヨーロッパにおける「福祉国家」の成立は

「議会制民主主義」の発達と大いに関係がある.すなわち,人々を議会制民主 主義へと能動的に参加させるために,国民の様々な欲求や利益が「政治的テー マ」として幅広く取り上げられるようになった.したがって,ルーマンの想定 する「福祉国家」とは,単なる「万人にとっての社会的安寧の最低水準を保障 する国家」ではない.それは,ある人にとってはあまり関係のない「特殊な問題」

を「(国家全体の)公的な問題」として,次々に政治的テーマに繰りこんでい くような国家を指す.しかし, 「福祉国家」にこのような方針があるからこそ, 「不 平等」に関する人々の意識が政治上の問題として浮上するとルーマンはいう.

なぜなら,「不平等」に関する人々の意識はそれぞれの機能システムによって

産出されるにもかかわらず,「福祉国家」においてはそれらを全て「政治シス

テム」が「(国家全体の)公的な問題」として扱うようになっているからである.

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 もっとも,この「福祉国家」は内在的限界に突き当たるとルーマンはいう.

そして,政治をまさに「政治の機能」=「集合的な拘束力のある決定」に還元す る必要があるという.すなわち,「不平等」という人々の意識を収めることは,

政治システムには解決できないというのである.

 ルーマンは,「政治の機能」を限定的に捉えることを「限定的な政治理解」

と呼んでいる.それに対して,「福祉国家」のように「政治の機能」を包括的 に捉えることを「拡張的な政治理解」と呼んでいる.両者の違いについては, 「拡 張的な政治理解」の方が(まぎらわしいけれども)保守的であるのに対して, 「限 定的な政治理解」の方が伝統と訣別しているとする.そして,「限定的な政治 理解」は,せいぜい 19 世紀前半の短く典型的でない政治制約期を引き合いに 出すだけで,今日では未来の可能性を志向しているという.

 ルーマンはこのように捉えた上で,「限定的な政治理解」の方を称揚する.

すなわち,「福祉国家」を批判する.それによれば,「限定的な政治理解」のよ うな考え方に沿うならば,政治は社会生活に対する独自の貢献をすべきであり,

それもできるだけ効果的にすべきだということになる.それと同時に,政治は 自己の限界もわきまえなければならず,この限界を受け入れることにも責任を 負わなければならないということになる.そして,そのように考えることでは じめて,教育,経済,科学,家族生活などが,どのような点できちんと機能す る政治を必要としているのか,厳密に規定することができるという.

 しかし,その場合には,個人をつねに役割遂行者として特定の機能的関係の なかでのみ参加させるような社会秩序においても,また心配な時や困った時に はいつでも頼ることのできる相手,不作の時には払いを割り増しし,豊作の時 には余剰を引き取ってくれる相手がもはやいない社会秩序においても,人間的 に満足のいく人生,「良き人生」はなお可能である,ということから出発しな ければならないとも,ルーマンは論じている.また,そのような社会秩序にお いてルーマンが個人に求めるのは,「自己の能力に常に過大な要求をしない」,

「自己の無能力を公にも認めるが,取り組んだことは本当にやりとげる」といっ

た行為や態度である.

(16)

 3.3 「団塊ジュニア世代のメディア体験」の政治システム論的考察

 ルーマンの政治システム論で注目すべき点は,政治システムにとって人々の

「平等意識」は外部にあるものとされているところにある.だから,「現実の機 会の不平等」を克服しようとすることは,本来の機能分化の範囲を超えたコミュ ニケーションを政治システムに強要することになるとされる.つまり,ルーマ ンの議論を参照するならば,「『政治システム』でしかない『政治』」に,人々 の「現実の機会の不平等」の解決を求めてはいけないということになる.そし て,ルーマンは,その解決方法を「人々の意識の変化」に求めている.すなわち,

「福祉国家」に人々が求めているのとは別の生き方を提示しており,それは「自 分の意識を政治に無理に反映させようとしない」ということである.

 以上のようにまとめることを通じて,1980 年代初頭におけるルーマンの政治 システム論が,「国家に頼る者/頼らない者」という区別を前提としているこ とが明確になってくる.すなわち,当時のルーマンは「国家に頼らない者」と いう概念で, 「『福祉国家』的なものとは別の生き方」を示していると考えられる.

そして,そのような生き方についてルーマンの議論を敷衍すると,「自分のこ とは自分でやるようにする」,「他人のすることにはよけいな口出しをしないよ うにする」といった「別の生き方モデル」の提示につながる.しかし,このよ うに考えられるからこそ,この議論は「福祉国家」の側から批判されてしまう.

すなわち,「これでは『新自由主義』の『自己責任』と変わらないではないか」

と言われてしまうのである.

 しかし,逆にいえば,政治システム論が表している社会像や個人像こそ,当 時のルーマンが想定する「新自由主義」なのだということもできる.そして,

筆者は先に述べたような自分の中高生時代の体験をふり返って,自分がこのよ うな「(ルーマンが考えるところの)新自由主義」的な考え方の下で生活して いたのだと考えずにはいられない.それは,そのような発想法に基づいて,自 らの生活信条を構築していたということである.

 もう少し詳しく述べよう.筆者が自分の当時の体験を「(ルーマンが考える

ところの)新自由主義」に重ね合わせられると考えるのは,「『社会の伝統的文

脈への適応』よりも『自分の一貫性の確保』を優先する」という点である.す

でにみてきたように,「福祉国家」においては一方で「政治の要請に乗る」こ

(17)

とが(「政治への参加」という名目で)人々に奨励されていながら,もう一方 で「政治の要請に乗り過ぎる」ことは,できもしない諸問題を次から次へと政 治課題とし続けることにつながってしまい,結果として政治システムの作動が

「未解決の諸問題の場当たり的対応」の時系列的なつながりでしかなくなって しまう.そして, 「福祉国家」においては政治がそのようになってしまうことを,

ルーマンは批判しているのである.

 しかし,人々が各々の問題を解決してもらおうと,次々に政治へ持ちかけ続 けるのであれば, 「福祉国家」はずっと続いてしまう.だから,人々が「福祉国家」

から脱却するには,人々自身が「国家に頼らない生き方」を実践する必要がある.

それが,ルーマンのいう「自己の能力に常に過大な要求をしない」,「自己の無 能力を公にも認めるが,取り組んだことは本当にやりとげる」という「別の生 き方モデル」なのである.そして,人々がそのような生き方を実践することに よって,教育,経済,科学,家族生活などが,どのような点できちんと機能す る政治を必要としているのか,厳密に規定することができるようになるという.

それは言い換えれば,人々による「別の生き方モデル」の実践によって,政治 が「真の問題を真に解決する」ようになるということである.

 これは,一見したところ,「強固な意志を持った個人」を理想的に描いてい るようであるが,実は「自己モニタリングを欠かさない者」を自閉的に描いて いるようでもある.すなわち,「自分が実践することのスタートからゴールま でを常に観測する」という特定の生き方を示しているということである.「自 己の能力に常に過大な要求をしない」というのは「自分がすることのスタート 地点を自ら定める」ということであり,「取り組んだことは本当にやりとげる」

というのは「自分がすることのゴール地点を自ら定める」ということである.

すなわち, 「自分が進むルートそのものを自分で定める」ということを意味する.

しかも,「自己の無能力を公にも認める」というのは,「周囲に要求された通り にするのではなく,(そのスピードも含めて)自分なりのやり方で進むことを 公に示す」ということを意味すると考えられる.

 このように生活することによって, 「『社会の伝統的文脈への適応』よりも『自 分の一貫性の確保』を優先する」という「『福祉国家』的なものとは別の生き方」

を,人は実践することができると考えられる.これを,先述の「『仮想的な次元」

(18)

と『現実的な次元』の往復」という議論と,筆者の体験について述べた内容も 含めながら重ね合わせてみる.すると,「『自分の一貫性の確保」を優先する」

というのは,「いかに自分なりの世界を構築するか」ということと重なり,で はなぜそのようなことをするのかというと,「自分なりの世界」を作り上げる ことによって,「現実的な次元」とより上手く渡りあえる「仮想的な次元」を 構築したいからだということになる.しかも,【「周囲に要求された通りにする のではなく, (そのスピードも含めて)自分なりのやり方で進むことを公に示す」

ことを通じて,「現実的な次元」とは異なった時間的経過を,各々の「仮想的 な次元」の中で過ごす】というようにまとめれば,「『仮想的な次元」と『現実 的な次元』の往復」という議論とルーマンの議論を重ねることができる.

4 「教師の生徒とのギャップ」の教育システム論的考察

 4.1 ルーマンの教育システム論

 このような思考過程を経て,筆者(とその世代)がその当時に実践していた のは,「独自の時間の流れの中で自分なりの成長を図る」ということだったと いうことが分かる.しかし,このように自ら過ごしてきた筆者は,毎日の教師

−生徒間コミュニケーションを通じて「若者との間のギャップ」を感じてきて いる.すなわち,自分の眼前の生徒たちが「自分独自の時間の流れの中で自分 なりの成長を図る」ために何かをしているとは,とても思えないのである.

 では,このようなギャップをどのように捉えたらよいのだろうか.「私たち はこんなに『自分なりの成長』を遂げようとしているのに,若者たちはそのよ うな気概が見られない」と相手を批判すべきなのだろうか.それとも,「私た ちが『自分なりの成長』を遂げようとしてきたことはまちがっていて,若者た ちの選択の方がむしろ正しい」と自分を批判すべきなのだろうか.

 そのことについて考えるために,ここではルーマンの教育システム論を参照

する.ルーマンはその生涯にわたり,全体社会の中にある諸機能システムに関

する議論を展開したが, 「機能」の位置づけについては,年月を重ねるにしたがっ

て表面的に大きく変わったようである(本発表ではそのようにルーマンの議論

を解釈する).すなわち,全体社会における「機能システムの自律性」が,彼

(19)

の議論の中で強調されるようになったのである.

 例えば,最晩年の著作である『社会の教育システム』によれば,現代の教 育システム内では「教師と生徒との相互行為」が自律的な動きを見せてお り,教育行政当局による働きかけが及びにくくなっていることを指摘している

(Luhmann2002=2004: 88-91,162-223).しかし,ルーマンは決してそのことを マイナスに評価しているのではない.むしろ,「行政の届かないコミュニケー ション領域が存在している」という点に,「人々が様々な価値観を抱きながら 共存できるような社会の構築」の可能性を見出していると解釈できるのである.

 では,その『社会の教育システム』の議論を参照してみよう.ルーマンによ れば,教育システムはあくまでも自律的に作動するのみであり,その点では「高 い効率を示す」のであるが,それが「他のシステムとの関係」においてそうで あるかは,当のシステムのあずかり知らぬことである.そして,特に教育シス テム論においてルーマンが強調するのが,「教師−生徒間での相互行為(=コ ミュニケーション)」の自律性である.

 それによれば,学級における相互行為システムである授業は,規則の適用と しても,目的達成のための手段という因果的関係としても,予定された軌道と しても,理解することができない.したがって,政治の側から教室で実際に起 こっていることを捉えるのは,不可能に近いのである.

 では,その教育システムにおいては,どのようなコミュニケーションが展開 されていると考えられるだろうか.まずルーマンが指摘するのは,「生徒の将 来にとってどのような教育は必要とされるか」という問題一つとってみても,

二種類の原理が並在するということである.それによれば,そのような問題は 政治システムに仲立ちしてもらっても,共通の計画など考えようがない.その 代わりに,問題は,対立方向の二つの原理――〈専門知識が役立つだろう〉,ま たは,〈広い知識が役立つだろう〉――に分解され,教育システムは両者の間を 振 動することになる.

 そして,教育システムはこの二刀流によって,どんな歴史的状況にも対応し

て改革と取り組むというのである.すなわち,教育システムにとって職業教育

があまりにも一般的,理論的,非実務的に行われており,個々の職業ごとの特

殊な要請を満たしていないと思われることがある.こうした問題に対処するた

(20)

めに授業計画が改革されると,こんどは,それに反対する論拠がすぐ思い浮か ぶ.職業教育は,未知の未来と,起こりうる雇用状況の変化に向けて備えるも のでなければならない,とされる.したがって,教育システムは,内容的に異 なる二つの実施路線を敷設するか,それとも,二つの案の間を時間的に振動す るかのどちらかを採用する.なぜなら,原理的に理性的だと認められる解決を 見出すことはできないが,雇用市場における卒業生のチャンスを広げるかもし れない諸要請を敏感に受け止め,その感度を再生産していくことはできるから である.

 ここでルーマンが提唱しているのは,「専門知識(あるいは一般知識)だけ が絶対に大切だ」という「一方的な決めつけ」を排除することの重要性である.

ルーマンによれば, 「原理的に理性的だと認められる解決」を目指すことは, 「一 方的な決めつけ」につながるのである.だから,「専門知識/一般知識」の区 別の間での「絶えざる振動」を通じて教育システムがひたすらに作動すること を,それへの代替案として提示している.それは,そのように教育システムが 作動し続けるように実践することを,教育システムにコミットする者たちに提 唱していると考えられる.

 では,なぜそのような「絶えざる振動」が必要なのか.それは,先にルーマ ンが述べているように,「人々のチャンスを広げるかもしれない諸要請を敏感 に受け止め,その感度を再生産していく」ことこそが,最も重要だからである.

 4.2 教師と生徒,それぞれの課題

 ルーマンの教育システム論から分かることは,ルーマンはある意味において

「福祉国家」を肯定したということである.それはどのような意味においてか.

ここで注目すべきは,ルーマンの教育システム論が「二刀流」について論じて いるところである.そこでは, 「教育システムは〈専門知識が役立つだろう〉と〈広 い知識が役立つだろう〉の間を時間的に振動している」といった「システム論 的見方」が提示されている.

 では,ルーマンはそのような論述を通じて,どのような事柄を表わそうとし

たのか.筆者が考えるに,それは「システムは自らを維持する際に『出来事の

無関連な蓄積』を行っている」ということである.別言すれば, 「システムは『出

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来事の無関連な蓄積』ができてはじめて自ら(の境界)を維持できる」という ことである.

 政治システム論の頃のルーマンは,同じように「システム論」を駆使してい ながら,まだ「政治が『真の問題』を真に解決する」といった「真の問題/偽 の問題」といった図式を暗黙裡に想定していた.それに対して,教育システム 論の頃のルーマンは,「システムに『真に解決すべき問題』などない」といっ た思考にまで到達していたと考えられる.システムにとって必要なのは自らの

(境界の)維持であり,それができるのであれば個々の問題(やその解決過程)

のつながりに一貫性などなくてよい.そして,このような思考は,筆者(と世代)

の発想法よりも現代の若者の発想法の方に,むしろより親和的であろう.なぜ なら,彼ら/彼女らは,自分の抱く「仮想的な次元」と自分の直面する「現実 的な次元」の間にズレが生じた場合,その「現実的な次元」をいくつかに要素 化した上で,「自分の『仮想的な次元』と合う/合わない」とに分け,選択的 に自分と適合させようとするのであるから,「時間的な前後の一貫性」など気 にせずに,その時々における「解決方法」を選択していけばよいということに なるからである.しかも,ルーマンの教育システム論によるならば,このよう に「出来事の無関連な蓄積」を続けていく方が,そのシステムの維持につなが るというのである.

 ここまで考えることによって,筆者(とその世代)がある独特の思考形式に とらわれていたことが分かる.それは,「世の中には『真の問題』があり,そ れは真に解決される(べき)ものである」という考え方である.ここでいう「真 の問題」とは「個人」それぞれのものもあり,「社会」のものもある.そして,

どちらの問題も,どれだけ時間がかかったとしてもいずれは解決される(べき)

ものだと考えられている.

 だからこそ,筆者(とその世代)は,【「周囲に要求された通りにするのでは なく,(そのスピードも含めて)自分なりのやり方で進むことを公に示す」こ とを通じて,「現実的な次元」とは異なった時間的経過を,各々の「仮想的な 次元」の中で過ごす】というように, 「自分の生き方」を理解していたのである.

繰り返しになるが,筆者(とその世代)は様々な知識を詰め込むことによって

自分の「仮想的な次元」の中で「社会」を理解することが可能になり,自分な

(22)

りの「仮想的な次元」とその周囲にある「現実的な次元」との折り合いがつく ようになり,その時になれば,自分も「現実的な次元」の中で滞りなく生活で きるようになると考えていたのである.

 筆者(とその世代)は,そうやって自分の「仮想的な次元」を構築しながら,

いつか「現実的な次元」に着地することを夢見ていたのかもしれない.その「現 実的な次元」は,当然ながら,自分たちの理想とする「仮想的な次元」が十分 に考慮されたものである.私の世代の人々は,自分の殻に閉じこもっていなが ら,いつか自分が中心となるような「現実的な次元」がやってくるのを待って いたのかもしれない.しかし,そのような時はついに来ることはなかった.そ れは筆者(とその世代)を置いてけぼりにして,筆者(とその世代)の「仮想 的な次元」に全く配慮することなく変化してしまった.これまでみてきたよう に,「仮想的な次元」と「現実的な次元」の関係が,以前とは違ったものになっ てしまったのである.

 したがって,人々の発想が「時代拘束的なもの」であり,しかも「それぞれ の時代に拘束的であるもの」がかみ合わないままに連続してしまっていること を,各々は自覚するべきなのである.それが,筆者(とその世代)が克服すべ き課題である.ただし,各々の発想は具体的な文脈を超えて,様々な場面に適 応されすぎてしまうので,自らの発想の「自律性」の殻を破ることはなかなか できない.しかし,ルーマンの教育システム論によれば,全てのものごとは特 に必然性もなく前後に連なっており,そのようにしてシステムが維持されてい るということになる.だから,人々はそのような「かみ合わない連続性」に,

常に裏切られることになる.

 それに対して,最近の生徒たちの言動は,ある意味で「多元主義」的である といえる.ということは,現に現在の若者たちの意識において, (ある種の)「多 元主義」は確立しているとさえ考えられてしまうほどである.そして,このこ ともまた,ルーマンの教育システム論が,「人々が様々な価値観を抱きながら 共存できるような社会の構築」の可能性を,教育システムの「自律性」に見出 そうとしたことに適合すると考えられる.

 その一方で,最近の生徒たちを見ていると,巧妙に「福祉国家」に絡め取ら

れているようにしか思えない.「福祉国家」とは「国家権力による人々の生活

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への干渉」を指すのであるから,最近の生徒たちは自分たちの生活要素を断片 化してまで,「福祉国家」が提供する「グローバル化に上手く入りこむための プログラム」を自らの学校生活に取り入れようとしている.しかし,またルー マンの教育システム論を参照するならば,「福祉国家」はそのような人々のラ イフヒストリーを考慮して,そのようなプログラムを提供しているわけではな い.だから,ある時急に,現行の「グローバル化に上手く入りこむためのプロ グラム」が変更されるかもしれない.しかも,何の脈絡もなくである.

 このように,一方で「常に裏切られる教師」がいて,他方で「常に不安にお びえている生徒」がいる.したがって,教師と生徒のコミュニケーションはい つまでもかみ合わないのである.

[文献]

稲増龍夫,1989,『アイドル工学』筑摩書房.

岸本裕紀子,2007,『なぜ若者は「半径 1m 以内」で生活したがるのか』講談社.

Luhmann, Niklas, 1981, 

Politische Theorie im Wohlfahrtsstaat

, München: Olzog.(=2007,徳 安彰訳『福祉国家における政治理論』勁草書房.)

―――― , 2002, 

Das Erziehungssystem der Gesellschaft

, Suhrkamp Verlag.(=2004,村上淳一訳『社 会の教育システム』東京大学出版会.)

岡崎勝,2007,「眠れない夜と教育改革の日には,忘れかけていた『愛国心』がよみがえる」『現 代思想』青土社,4 月号.

斉藤純一・宮本太郎,2009,「対論――自由の相互承認に向けて」斉藤純一編『自由への問い 1

――社会統合――自由の相互承認に向けて』岩波書店.

田中孝彦,2009,『子ども理解――臨床教育学の試み』岩波書店.

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