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坂 本 浩 也

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(1)

賛同と超脱のあいだで

『 見 出 さ れ た 時 』 に お け る 戦 争 , 芸 術 , 愛 国 心 一 一

坂 本 浩 也

ブルーストにとって,

1914年の大戦とは何た、ったのか.彼が小説家と

してとった選択は,読者の当惑を誘う.ガストン・ガリマールに宛てた書 簡によれば,彼はすでに

1916

年ラ月には『失われた時を求めて』に戦争 の挿話を組み入れる作業を始めており,最終的にきわめて多くのページを 戦時下のパリの描写にさいている

1).

ところが,その小説のなかでは,歴 史的な出来事が文学や思想に与える影響を,語り手の言葉を通じてはっき りと否定している

2

).戦争を作品に取り込みながらも,文学は戦争とは無 関係な営みであると主張すること.このような態度は,いささか矛盾を含 んでいるように見えるかもしれない.しかしこの矛盾に見えるものは,

ブルースト個人の一貫性の問題としてではなく,むしろ当時の「戦争文 化」に対するアンピヴァレントな反応として解釈すべきではないだろう か .

「戦争文化(

culturede guerre

)」という術語は,近年の歴史学に導入さ れ,論争を招いたが,ここではまず,「ヨーロッパ諸国民が紛争に力を注 ぐための枠組みを提供した一連の表象,態度,慣習行動,文学作品,芸術 作品」,なかでも特に「愛国的賛同」と呼ばれる文化的動員の維持に貢献 した言説をさすものとして用いることにしたい

3

).注目したいのは,美学 的言説と政治的言説の混同が,

1914‑1918年の「戦争文化」の一部をな

していたことだ.ワーグナー嫌いの再燃はよく知られているだろう.ブル ーストは,そのような混同に対して,戦時社会に見られるさまざまな情念 を批判的に表象することで応答しようとした.本稿では,小説の最終篇

『見出された時』における国民感情の表象と芸術・文学の関係をとりあげ,

その複合性と両義性をいくつかの視点から分析してみたい.

最初に,語り手がモーリス・パレスの称揚する「愛国芸術」を批判して

いる箇所を検討し,その生成過程,文脈,射程を明らかにしたあと,愛国

心 , ドイツ嫌い, ドイツびいきという戦時社会の情念をめぐる心理学的な

87 

(2)

分析に着目し,ブルーストの小説がいかにして「愛国芸術(文化的な動員 への賛同)かデイレッタンデイズム(耽美的な超脱)か」という二者択一 の毘を回避しているのかを確認する.最後に,戦時下に語り手が示す審美 的な態度のもつイデオロギー的な側面について,「異化」の手法と演劇の 比喰という観点から考察することにより,大戦が作家ブルーストに突きつ

けた問いとそれに対する彼の返答をより明確にすることを試みる

4).

1. 

「愛国芸術」への理論的な反駁一一ブルース卜対パレス ブルーストが「戦争文化

J

への同意を拒むのは,とりわけ国民総動員の 論理が芸術の領域を浸食するときである.その例として,『見出された時』

の語り手が,当時の代表的な知識人モーリス・パレスの主張する「愛国芸 術(

artpatriotique

)」という考えをはっきりと批判しているくだりを読む

ことから始めよう.

大衆芸術や愛国芸術という考えは,たとえ危険ではなかったといっても,私に は滑稽なものに思われた.ト・]戦争の初期からパレス氏は,芸術家(この場 合テイツイアーノ)は何よりもまず祖国の栄光に奉仕すべきだと述べていた.

しかし芸術家は芸術家としてしか祖国に奉仕することはできない.つまり,あ の科学の法則・実験・発見とおなじくらい微妙な[人間の精神にかかわる]法 則を研究し,実験を成立させ,発見をするときには,日の前にある真理以外の ことは たとえ祖国のことですら 考えないという条件でしか,祖国に奉 仕できないのである.

(IV, 466467) 

いくつかのポイントを確認する必要がある.まず,この批判は第一次世 界大戦のみをきっかけにして書かれたわけではない.ここでは「愛国芸 術」への批判が「大衆芸術」への批判と同列におかれているが,すでに指 摘されているとおり,じつは戦前に書いていたロマン・ロラン批判として の「大衆芸術」批判に,パレス批判としての「愛国芸術」批判が接ぎ木さ れているのだラ).

このふたりの同時代作家の主張を並べて否定することは,ブルーストみ ずからの芸術観を擁護するために必要な戦略だ、った.「見出された時

J

で 述べられる有名な芸術論によると,芸術家の使命,作家の使命とは,何よ

りも個人的文体の探究にある.作家は「真の印象」と呼ばれる知覚体験

を,隠険によって再創造しなければならない.それに対し,「大衆芸術」

(3)

の理論は,文体をただ装飾的な「形式上の洗練」と見なし,そうした洗練 を理解しない(と勝手に推測される)大衆・庶民の期待を満たすようなわ かりやすい文章を書くべきだと主張する.少なくとも,ブルーストが仮想 敵として想定している「大衆芸術」推進派の主張は,こう要約できる.け れども争点は文体にとどまらない.芸術家個人の領域に属する美学的な判 断を,祖国の戦勝であれ,社会的平等の実現であれ,集団的・政治的な大 義名分に従属させるという発想そのものを,ブルーストは根底から批判し ているのであり,ここに彼の芸術家としての倫理を見ることができる.

それではパレス批判の具体的な文脈を検討しよう.ブルーストは評論を 書くときも引用を確認せず記憶にたよる習慣があるが,ここでもやはり,

プレイヤード版の註でも指摘されているとおり,パレスの原文を確認して はいないため,誤読をしているめ.つまり,厳密な検証にたえる論争をお こなうというよりも,むしろ自説のためにこの知識人の固有名と,彼をめ ぐる共通了解・一般通念を利用しているといってよい.ほかにも同じよう な例が見られる.草稿ノート(カイエ 74)のある断章では,パレスをイ タリアの愛国的な芸術家ダヌンツイオと並べ,このような攻撃をしてい る.「パレスはダヌンツイオと一緒に,フランスを美しく描く文学を生み 出すよう提案している.なんとも狂気の沙汰だ[…

J7

).ところが,祖国 を理想化し,美化して描くべきだという発想を批判するにあたり,ブルー ストが実際に読んで念頭においていたのは,おそらくパレスとダヌンツイ オの連名の文章ではなく, 1916年の『エコー・ド・パリ』紙に掲載され たパレスの記事におけるイギリスの知識人との会話であると思われる

8).

もちろん,ブルーストの主張そのものが,こうした不備によって無効に

なるわけではない.『見出された時』の美学が,パレスの「愛国芸術」論

を退けることによっていっそう明確に定義されることにかわりはないから

だ.じっさい,ふたりの立場は対照的である.例えば, 191う年 3月,ア

カデミー・フランセーズがその年の文学賞を戦死した作家のみに授与する

ことを決めたとき,パレスは『エコー・ド・パリ

J

紙上でこの決定を報告

したあと,こう言い添える.「作家たちは,ある意味では,国民の導き手

である.しかし同時に国民の書記でもある.作家たちは,同国人の言葉を

書き写すのであり,それと同時に,感じ方を広めるのである」

9

).これに

対し,『失われた時を求めて』最終篇においては,芸術家は国民の言葉を

書き写すのではなく,みずからの特異な本能の言葉を書き写すものとされ

ている.芸術家の義務が優先するのは,あくまで個人の生という「未知な

89 

(4)

る記号で書かれた内的な書物の解読」であり, ドレフユス事件や大戦のよ うな歴史的な出来事を重視することは,この自己への義務としての芸術家 の使命から逃げるための「いいわけ」ゃ「口実」と見なされる(I

V,458). 

もう一点つけくわえると,パレスのいう「感じ方」とは,国民集団に共通 するものであって,ブルーストの美学における個人的なヴィジョン(もの の見方,感じ方)とは対極に位置している

10).

こうしてブルーストは,歴史的・政治的な決定要因に対する作家個人の 至上権と,文学作品の自律性とを主張する.このことは『失われた時を求 めて』の読者には自明の事実であるが,ここで強調しておきたいのは二 点,まずパレスが特権的な比較対象としてもちだされていること,そして ブルーストのパレス批判が,戦前からの信念をあらためて強調したものに ほかならなかったということだ.

1911

年,第二次モロッコ危機に際して,

「フイガロ

J

紙は「フランス文学と国民感情」というアンケートを六回に わたって掲載した.ブルーストはそれを読んだあと,「愚かしい」という 感想をパレス宛の手紙に記している

11).

また,文学と国民感情,愛国心 の関係をめぐっては,同じく戦前の草稿ノート(カイエ

49

)に興味深い 場面がある.草稿段階におけるシャルリユス氏の前身として知られている

「ギユルシー氏」が,主人公に向かつて人生指導を提案するさいに,愛国 者同盟の創設者にして代表であるポール・デルレードの名前をあげなが

ら,こんな反文学的な挑発を口にするのだ.

なんですと,文学を愛しているとおっしゃるのですか,[…]つまりあの,人

生を程度の差こそあれ平板に偽造したにすぎないもの,ほとんどの人が実際に

は知りもしないさまざまな現実についての程度の差こそあれ誤った推測にすぎ

ないものを,あなたは愛しているとおっしゃるのですか.わたくしの提案はで

すね,[…]あなたに人生そのものをお見せしようというのです.人生そのも

のを自分の手でこねさせてあげよう,諸国民の企みと王族たちの秘密のなかに

入りこませて差し上げようというのです.それなのに,あなたは,羽ベンをイ

ンクつぼに浸し続ける方を好まれるのですか.何を言うためですか.人生の何

を知っているのですか.あなたのおっしゃる文学一一詩と小説ーーなんて,た

とえばデルレード氏の散文のように,寛容な情熱,愛国心を刺激するという点

においてしか意味がないのです.それは古代における詩の役割であり,プラト

ンもこればかりは国家に入らせていたのです[…

J.12) 

(5)

ギュルシーはシャルリュスの前身と見なされるが,ここでは外交官ノル ポワの前身でもあるように思われる.というのもノルボワは,幼い主人公 が尊敬していた作家ベルゴットを,ただの「フルート吹き jつまりディレ ッタントと見なし軽蔑していたが,愛国芸術を賛美するという戦時中の社 会現象とは,「『フルート吹き』に対するノルポワ氏の単純な理論」がふた たび開花したものとして弾劾されているからである(

IV,461 )'3!. 

パレスの「愛国芸術」と「ノルポワ氏の単純な理論」とのあいだに類縁 性があるならば,ここで戦時中のデイレッタンテイズムについて考察しな ければならない.「愛国芸術」を否定することは,ディレッタントとして 非難される恐れと表裏一体である.『見出された時』のなかで,戦時中の 主人公は,「自分にはやましく感じるべきデイレッタンテイズムのかけら もなかった」(

IV,387

)と述べているが,それだけで解消するような問題で はないだろう.おそらくブルーストは,小説の語り手の立場を,「愛国芸 術」か「フルート吹き jかという二者択一の論理に抵抗しうるものとして 構築している.そのことを確認するために,語り手が,愛国心, ドイツ嫌 い , ドイツびいきといった感情に対してどのような立場をとっているのか を見ていくことにしよう.

2. 

「私

j

の愛国心とドイツ嫌い

一一一「観念論の教え」と戦時中の情念

語り手の立場を分析する前に,基本的なことを確認しておこう.戦時中 の言論をめぐる作者ブルーストの立場と,小説の作中人物「私」の立場は 必ずしも重ならない.いうまでもなく,『失われた時を求めて』は自伝で はないし,語り手の「私」は必ずしも作者の意見の代弁者ではない.「私

(語り手)は必ずしも私(作者)ではない」という決定不可能性が『失わ れた時を求めて』のジャンル的両義性の中核をなす.戦時社会をめぐる問 題に議論を限定すると,病身ゆえ銃後にとどまったブルーストは,紛争と いう現実を甘受し,多数派的な愛国者の立場を表明すると同時に,サン=

サーンスたちに代表される過激な排外主義者・ドイツ嫌いに対する辛疎な 批判をおこなっている.それに対し,『見出された時』の語り手は,「愛国 者」であると同時に「ドイツ嫌い」として自分を描き,多数派的なコンセ ンサスを体現している.ただしそのかわりに,作家が私信で表明してい る意見が,しばしば語り手以外の作中人物に委託されていることに注意が 必要である.

91 

(6)

草稿研究が明らかにしたとおり,ブルーストは,初期の段階には一人称 で(つまり語り手の地の文として)展開していたドイツびいきの言説を,

のちに戦時中のパリにおいて最もマージナルな存在として描かれるシャル リュス男爵の台詞へと移し替えている附.このことは,自己検閲,自己防 衛的な戦略として解釈できそうに見える.小説が自伝的なものとして読ま れる可能性を考慮して つまり語り手が作者の忠実な代弁者と見なされ る可能性を考慮して一一,反愛国主義の熔印を押されることを避けたかっ たのではないか,という解釈である.しかし当時も現在も,注意深い読 者は,ブルーストの戦争描写が批評的な射程をもっていることに気づかざ るをえないのではないか.たしかにドイツ愛好的な言説を語り手から別の 登場人物に移すことは,作者にとって防衛的・消極的な側面をもちえたか もしれない.しかし注目すべきなのはむしろ,登場人物がかたちづくるシ ステムのもつ批評性である.

『失われた時を求めて

J

の作中人物はそれぞれが,歴史的現実に存在す る(と想定される)さまざまな立場・信念・意見・行動を担わされてはい るが,ここで重要なのは,おたがいの比較対照・類似と差異によって,ひ とつのシステムをかたちづくっているという点である.戦争の挿話のなか では, ドイツをめぐる複数の態度の配置と構成が独自の批評性を生んで、い るように思われる.それは単純な弾劾(特定の代弁者による正義の主張)

とは異なり,読者を当惑させることによって思考させるような批評性であ る.というのも,『見出された時』においては,多数派的な語り手と少数 派的なシャルリュスとの比較を通じて,あらゆる情念が相対化され, ド イ ツ嫌い, ドイツびいきのみならず,戦時中の私信では自明視されている愛 国心の価値さえも問いに付されてしまうからである.

まず, ドイツ嫌いについて検討してみよう.この感情の扱いはきわめて 微妙である.語り手が自分自身の反独感情に言及するのは,戦後,ゲルマ ント大公邸の図書室においてである.ところが戦争の挿話を読み返してみ ても,語り手はドイツ文化への軽蔑や嫌悪感をいっさい表明していない.

それどころか,むしろドイツびいきの友人たちの話し相手として,暗黙の 理解者・共犯者の立場を担っているとすら言えるだろう

1

ラ).ただし,語り 手のドイツ嫌悪の位置づけが中途半端なものにとどまっている原因が,

『見出された時j という死後出版されたパートの推蔽不足にある可能性も

否定できない.そこで作者の手書き原稿「清書ノート」(とはいえ無数の

加筆修正と紙片の貼付がほどこされている)を確認してみると,たしかに

(7)

語り手の「ドイツ嫌い」への言及は,比較的遅い段階で加筆されたもので あることがわかる

16

).それでは加筆の動機・意義は何か.問題の一節を見 てみればすぐに分かるとおり, ドイツ嫌いへの言及は,戦時中のイデオロ ギー的対立という文脈を離れ,ほほ純粋に理論的な文脈に組み込まれてい る.語り手のドイツ嫌いという感情は,「見出された時

J

の思想の中核を なす有名な「観念論の教え

(lec;:ondid

lisme

) 」 (I

V,489

)の例証として 持ち出されているにすぎないのである

17).

私は理解していた,ただ大雑把で、誤った知覚のみがすべてを対象[

objet

]のな かに位置づけるのであり,すべては精神のなかにあるということを[…].い ずれにせよ,ある程度までは,サン=ルーがアルベルチーヌの写真に注いだ視 線と同じく,シャルリュス氏のドイツびいきのおかげで,一瞬であれ,私は自 分のドイツ嫌いから距離をおくことができていた,とまではいわなくとも,私 のドイツ嫌いが純粋に客観的なものであるという思い込みから距離をおくこと ができていたしこんなふうに考えさせられていた.もしかしたら憎しみも愛 と事情は同じなのかもしれなくて,まさにあのときフランスがドイツに対して 抱いていた恐ろしい判断, ドイツは人類の一員ではないという判断において も,とりわけ感情の客観化[

objectivationde sentiments

]がなされていたの であり,ちょうどラシェルをサン=ルーに,アルベルチーヌを私にあれほど大 切な存在に見せていた感情と同じなのだ,と.

(IV, 491) 

人ぴとは自分の感情が事物の客観的な特性によって決定されていると考 えがちだが,現実には「すべては精神のなかにある

J

,つまり,客観的な 特性(たとえば女性の整った顔立ち)が主観的な感情(彼女への執着)を 規定するのではなく,むしろ逆に,主観的な感情によって客観的な対象の 認識が規定される,にもかかわらず,その主観的な認識(彼女は美しい)

を客観的な認識だと思いこんでしまう,という現実を暴くのが「観念論の 教え」である.したがって,上の引用に見られる「感情の客観化」という 表現は,もちろん(感情から冷静に距離をおくことではなく)主観的なも のである感情を客観的なものと見なしてしまう誤謬を指しているのだが,

強調しておきたいのは,語り手が自分の「ドイツ嫌い」に言及するとすぐ さま,その客観的な正当性のなさを示唆しているということである.

こうして,敵国ドイツに対する否定的な感情が,自明視されることなく 問いに付され,主観的な情念として相対化される.しかしながら,上の一

93 

(8)

節はきわめて両義的であり,もう少し踏み込んで解釈する必要がある.と いうのも数行先で,語り手は相対主義そのものを相対化するにいたるから だ.まず語り手は皮肉な見解を述べる.中立国にいるドイツびいきの人た ちは「ベルギーにおけるドイツ軍の残虐行為の話が出ると一瞬理解するの をやめる,さらには聞くのをやめる能力がある

J.

そして括弧のなかで次 のように言い添える.

ところが,残虐行為は現実のものだ、った.私は視覚そのものと同じく憎しみの なかにも主観的なものが存在すると気づいたけれども,だからといって,対象 が現実の美質や欠点を持ちえないことにはならないのであり,現実を純粋な相 対主義のなかに解消させてしまうことには全くならないのだ.

(IV, 492) 

この文章は何を意味しているのか.ブルーストが相対主義的な観念論を 完全に放棄し,主観的な感情と客観的な現実のあいだの対応関係を確かめ るような,一種の実証主義を選択しているとは考えられない. ドイツ軍の 残虐行為があったかなかったかという問題と, ドイツに対する反感や好感 との対応関係を確かめるべきだ,と言っているわけではないのである.ブ ルーストは,客観的な現実の存在を認めることによって,「純粋な相対主 義」(いわば絶対的な相対主義としての形而上学的な観念論)からは距離 をとりながらも,先ほど確認した(好悪の感情をめぐる)心理学的な「観 念論」(いわば相対的な相対主義)の立場は維持して,フランスとドイツ 両陣営を同時に批判する方向に進むのだ.両国のプロパガンダは,実証主 義的な論拠(残虐行為があったかどうか)によって自国の正当性を主張し ようとするばかりで,より本質的なこと,すなわち主観的な認識が客観的 な認識と取り違えられていること(客観性は主観性に奉仕するためにのみ 持ち出されること)を無視しているからである附.

シャルリュスのドイツびいきは,語り手のドイツ嫌いだけでなく,愛国

心一般を相対化する効果をもっ.問題となるのは,語り手が,シャルリユ

ス男爵のドイツびいきを愛国心の欠如によって説明しようとする場面であ

る.シャルリュス氏は,憐潤,寛大,献身といった,多くの道徳的美質を

そなえた人物でありながら,愛国心だけは持ち合わせていない,と語り手

は述べる.いいかえれば,愛国心はまずひとつの美質として提示されてい

る.けれども話はまだ終わらない.その場面で語り手は,戦時中の愛国心

一般だけでなく,自分自身の愛国心をも分析の対象とするが,その分析の

(9)

特徴は,二つの国のあいだの紛争を,家庭または恋愛関係における二人の 個人のあいだの口論・喧嘩と同一視している点にある.語り手は(当時の フランス人の圧倒的大多数が確信していたとおり)つねにフランスの正し さを前提としているが,小説家ブルーストの狙いは,フランス人の愛国心 を正当化することではなく,むしろ,「愛国者たちの誤った理屈」を暴い て無効化することにある.

〈ドイツという個人〉の大義名分がもっ不当性に対して盲目であり続けたり,

いついかなるときでも〈フランスという個人〉の大義名分の正当性を認めたり するために,どうすれば最も確実かといえば, ドイツ人は判断力を持たなけれ ばよく,フランス人は判断力を持てばいいというのではなく,それぞれにとっ て最も確実な手段は,愛国心を持つことなのだ、った.[…]情念の論理という ものは,たとえ正しい側のためであっても,情念を持っていない人にしてみれ ばけっして反駁不可能なものではないのである.

(IV, 3

33

4)

この分析の流れのなかでは,「ドイツという個人」「フランスという個 人」という表現が示唆するとおり,愛国心は,由民が一人の「個人」のよ うに行動することを可能にする「奇蹟」,つまり驚嘆すべき肯定的な現象 として描かれている.ところが,それに続いて,戦時中の「奇蹟」として の愛国心は,痴話喧嘩のときの情念と同一視されることにより,その肯定 的な価値を失う.「われわれのすぐそばにいる」同国人と「一体化する」

ことを可能にする「奇蹟」によって,「ひとは,ちょうど痴話喧嘩のとき に自分自身の味方であるように,[戦時中は]自国の味方

J(IV, 354

− お う ) になる,と語り手は述べるのだが,こうした同一視は,愛国心を利己主義 と見なすことにほかならない(「利己主義」という単語じたいは用いられ ていないにしても,この比倫の暗示することがらそのものはかわらない).

ブルーストの著述において,このような視点は新しいものである.彼は

1894

年のトルストイ論では,「愛国心の表明と,無私の利他主義とのあい だには,自然な等価性」があると見なしていた

19).

「見出された時』の著者にとっての問題は,語り手の愛国心を肯定する と同時に相対化することにある.戦時中のドイツに対する感情は,個人・

集団,愛情・憎悪にかかわらず,いっさいの心理現象を支配する一般法則 の帰結として解釈される.言い方をかえれば,ブルーストは「戦争文化」

の特徴であるさまざまな感情を,特定の歴史的な文脈における政治的・イ

9 ラ

(10)

デオロギー的な動員とは分離している.ひとびとの愛国心やドイツ嫌いを 描くことで銃後の士気を維持しようとするような,戦時中の「実話小説」

とは異なるということだ.ブルーストの小説は,「観念論の教え」に行き 着くようなかたちで戦争を心理学化することによって,つまり戦争を情念 の心理学(心理学的観念論)に還元することによって,二重の畏を回避し たことになるだろう.第一に,文学を政治的な大義名分のために回収する 動員的な「愛国芸術

J

の毘を避けた.第二に,愛国心の「奇蹟」を無視す るのではなく,それを美質として讃えるとともに,欺踊的な情念として批 判することによって,逃避的なデイレッタンテイズムの民を回避してみせ たのである.真の愛国者でありながら,同時に愛国心を相対化することは 可能だろうか.それとも,愛国心という感情から距離をおくすべを知って はじめてその感情を十全にひきうけることができるのだろうか.ブルース トの示唆するところによれば,愛国心とはそれじたいが相対化されること によってのみ肯定されうるものである.しかも,『見出された時』のなか では,芸術が祖国の栄光に奉仕するのではなく,逆に愛国心のほうが小説 という芸術に,つまり観念論的な小説美学の証明に奉仕させられているの である.

ここで,歴史的観点から,ひとつ指摘しておきたいことがある.ブルー ストはただ単純に「戦争文化」に反対しているのではなく,当時の「戦争 文化」の特徴である紋切型を転用しているということだ.先ほどとりあげ た戦争と痴話喧醸の同一視との関連で,語り手は身近な他者(家政婦フラ ンソワーズや恋人アルベルチーヌ)の心理を読めるか読めないかという問 題に言及している.じつは,そうした発想そのものが,反ドイツ的な言説 に見られる「心理的洞察力の欠如」という紋切型に呼応しているように思 われるのだ.『見出された時

J

のなかでは,地方貴族カンブルメール侯爵 と医師コタールがその紋切型を口にする.ここでもまた(登場人物のシス テムのなかで最も異端であり,最も「有標化」されている同性愛者)シャ ルリュスが,そうした支配的な紋切型に対する批判的な視点を,語り手

(最も無標化されているほほ透明な存在)に向かつて提示する.

96 

「[…]彼らは,わたくしに会うと必ず, ドイツには心理的洞察力が見事に欠け

ていると言うのです.ここだけの話ですが,これまで彼らが心理的洞察力を大

いに気にかけたことがあったかどうか,今にしたって彼らがそんな力を発揮で

きるなどと思いますか.[−]どれほど偉大なドイツ人についても,ニーチェ

(11)

であれ,ゲーテであれ,コタールは言うでしょう,『チュ一トン民族の特徴で ある,おきまりの心理的洞察力の欠如によって』と[…]」(

IV,358) 

ここでシャルリュスが郷撤している紋切型の一例が,当時のドイツ軍の飛 行船に関するフランスの新聞記事のなかに見出される.飛行船による空襲 とは,敵国民の心理を理解できないドイツ人が有効だと思い込んでおこな っている無駄なプロパガンダにすぎないと述べる部分である.

ドイツ人はいつも同じ心理洞察上の誤りを犯す.他人を自分たちに合わせて判 断するのだ.彼らはむなしい示威行動[飛行船の軍事使用]に精神的効果があ ると信じている.芝居がかった身ぶりが結果に相当すると思い込み,威光をふ りかざす戦略をとるくせに,おのれをとりまく威光の乏しさには気づかない.

[…]ドイツの航空艦隊は,たいして害も及ぼさないが,それにもまして怖さ もない案山子だ.あんなアルミの殻をした化け物,昼の光にも戦闘にもたえら れない夜の烏[飛行船]を使って夢のような侵略や恐ろしい爆撃ができるとま だ信じていられるのは,従順な信じやすさを助長するドイツ文化のせいだ.

20) 

つけくわえるならば,パレスもまた同じ時期に, ドイツの知識人が「なぜ ドイツ人が愛されないのか分からない」と嘆いている新聞記事を皮肉にと りあげて,他人の心理を理解できないドイツ民族という紋切型を強調して いる

21).

このようにブルーストの小説においては,「ドイツ民族の心理的洞察力 の欠如」という紋切型をずらしながら,シャルリュスのドイツびいきを媒 介にして,あらゆる情念を相対化するような,戦争の心理学化がおこなわ れている.きわめて批評的な小説家の視点からの心理分析が示唆するの は,倫理的であると同時に社会的な批判であり,それを「異化

J

の倫理と 呼んでもよいだろう.それは,自明とされている現象から距離をおくこ と,世界の習慣的で自動化した知覚を問いに付すことを責務とする点で,

ブルーストの作品の中核をなす「真の印象」の美学 作中の画家エルス チールやセヴイニェ夫人,ひいてはドストエフスキーが体現する「ものの 見方・描き方」ーーと構造的に似ている.そのことを想起したうえで,最 後に戦時中の詩的な知覚のありかたについて考えてみたい.戦争描写の審 美的次元は,政治的次元や倫理的次元とどう交錯しているのか.

97 

(12)

3. 

「俳優」と「観客」のあいだの「私」一一異化と演劇の比噛 戦時中の美的な発見を語る契機として,ここで検討してみたい場面は二 つある.どちらの場面からも,愛国的な動員との関係において,両義的な

コノテーションを引き出すことが可能である.

まず,ある自然の風景を詩的に描いている箇所をとりあげたい.挿話の なかで戦争の空しさが明示的に強調されている数少ない文章のひとつであ る.そこでは,美に対する感性が,ある種の平和主義的な感性と結びつい ている.描写されるのはパリの空であり,画家エルスチールの眼を通した かのように変容し,「広々とした海のように」見える.

このときトルコ石の色をしていた海は,気づかないうちに人間たちを押し流し ていくものだけれど,人間たちは地球の壮大な回転[r

evolutionl

に巻き込ま れていながら,その地球上で愚かにも自分たちの革命[r

evolutions

]や空しい 戦争を続けるのだ.たとえばこのときフランスを血に染めていた戦争のよう に.

(IV, 342) 

ブルーストはここで,「異化」という文学的手法の可能性を凝縮的に活用 している.異化とは,いうまでもなくロシアの文学理論家ヴイクトル・シ クロフスキーが定義した概念であるが,イタリアの歴史家カルロ・ギンズ ブルグは,異化の技法が,ロシア・フォルマリズムによって理論化される 以前から実践されていたことに注目し,マルクス・アウレリウスからモン テーニュ,ヴォルテール, トルストイをへてブルーストへいたる前史をた どってみせた

22

).ギンズブルグの議論のなかで重要なのは,異化には美学 的な側面と倫理的な側面という,ふたつの側面があるという指摘である.

ブルーストのこの描写文は,その両面を統合する見事な例ではないだろう か.戦時下のパリの空の美を発見する知覚体験の記述が,同時に社会的・

道徳的な批判の場となっているのだ.

第二の例は,すでに言及した,愛国心と戦争についての心理学的な考察

のなかの文章である.そこでは,国家聞の戦争が,語り手と恋人アルベル

チーヌの口論,または語り手と家政婦フランソワーズの口論になぞらえら

れている.上に見たパリの空の描写が,「距離をおいた,驚嘆した,批判

的な視線」

23

)を導入することによって空しい相互殺裁の不当性を示唆して

いたのに対し,今度は,国家聞の争いを美的な現象と見なすような視点が

強調されている.さらには,大戦に魅惑されたようなこの視点が,小説家

(13)

の視点と一致するようなかたちで提示され,小説家の視点そのものが,い わば戦争の専門家の視点として定義されているのである.

たしかに私とフランソワーズやアルベルチーヌとの静いは個人的な誇いにすぎ ず,ひとりの人間という小さな精神細胞の生活だけにしかかかわらないことだ った.けれども動物の身体や人間の身体,つまりたった一個の細胞とくらべれ ばモン・ブランのように大きな細胞集合体があるのとおなじように,多くの個 人からなる組織された巨大堆積物,国家[n

ions

]と呼ばれるものが存在す る.あらゆる国家の生活は,それを構成する細胞の生活を増幅しながら繰り返 すことしかしない.だから後者[人間個人]の生活の神秘,反応、,法則を理解 できないひとは,国家間の闘争について語ろうとしても空虚な言葉しか口にで きまい.しかし個人の心理に精通している者の眼から見れば,凝集した個人か らなる巨大な塊が対決しあうさまは,ただ二人の人間の性格の葛藤から生まれ る争いよりも力強い美しさを帯びるだろう[…] . 

24) (IV

,あ

O)

このような戦争の美化は,道徳的な疑問を抱かせる.敵国を前にして融 合する国民の偉大さに魅惑され,その融合に対する社会批判的な視点を欠 いたまま,愛国心を礼賛しているように思われるからだ.この描写の射程 をよりよく理解するためには,上述したシャルリュス氏のドイツびいきを めぐる分析と関連づける必要があるだろう.そこで語り手は,みずからの 愛国心を定義するにあたり,演劇の比除を用いている.語り手の愛国心は

「当事者=俳優[

acteur

]」の愛国心であり,「当事者=俳優

J

である彼は

「フランスという当事者=俳優の一部j でもあるのに対して, ドイツびい きの敗北主義者シャルリュス氏のマージナルな立場は,「傍観者=観客

spectateur

]」の立場に喰えられている.

もし私が当事者[=俳優]でなかったならどうしたか,フランスという当事者

[=俳優]の一部でなければどうしたかは,推測するしかない.アルベルチー ヌとの誇いにおいて,私の悲しい日つきや息苦しい胸もとが,私の利益に情熱 的な関心を持つ私という個体の一部であったように,私は[戦時中のフランス という祖国からの]超脱[

detachement

]には至らないのだった.シャルリユ ス氏の超脱は完全だった.さて,もはや傍観者[=観客]にすぎなくなると,

本当にフランス人ではないのにフランスに暮らしていた以上,どうやっても氏 はドイツびいきにならざるをえなかった.

(IV, 353) 

99 

(14)

このくだりを読んだうえで先ほどの抜粋に戻ると,問題の所在がいくら か明確になるだろう.国家聞の戦争の「力強い美」を描くとき,語り手は

「観客」の立場をとっていると言えるのではないか.けれども同時に,戦 争を異化しながら美化することは,殺裁の暴力を非現実化し,集団的な暴 力との共犯関係を結ぶことになりはしないだろうか.社会批判的な射程を 欠いた美学的な異化は,動員に奉仕するのか,それともしないのか.

少なくとも確かなのは,語り手が愛国者であると同時に耽美的な観客,

芸術家,さらにはディレッタントの態度をとっていると見なされうるとい うことである.たしかに,ある意味では,俳優としての愛国者と,観客と しての耽美主義者という二つの立場は,それぞれ主人公としての「私」と 語り手としての「私」,つまり戦時中の「私」と事後的に物語る「私」の 態度に対応しているようにも見える.とはいえ,この矛盾する二つの立場 が「私」の二重性によって両立していると言ってよいのだろうか.戦時社 会の表象をめぐるブルーストの独自性は,この「私」の三重性に集約され るのだろうか.

この間いにひとつの答えを与えることによって結論に代えることにした い.その前に,これまでの議論をまとめておこう.ブルーストは,ただ語 り手の理論的な言説において,パレス流の文学の国粋主義化を批判してい るのではない.それだけでなく,愛国心とドイツ嫌いの心理を,シャルリ ュスのドイツびいきと比較しながら分析することによって,語り手の愛国 心を引き立たせると同時に相対化しているのが,『見出された時』におけ る情念分析の特徴である.それによって,有名な「観念論の教え」は道徳 的・社会的な批判にもなっている.彼はこのようにして,「戦争文化」を めぐる両義的な,さらには批評的な記憶をつくりあげることで,銃後の作 家としての責任を果たしたことになるだろう.しかし,戦争の心理学化 は,国家間紛争の美化と結びついてしまうと微妙な問題を惹起せざるを得 ない.どうやって,愛国的な俳優(当事者)と,耽美的な観客(傍観者)

の立場を両立させればよいのだろうか.

愛国者であると同時に芸術家である語り手の視点から戦争を語るのであ

れば,観客と俳優という演劇の比喰で言い表されるような立場の問題をめ

ぐるイデオロギー的な両義性を回避するのは難しい.文化的に動員されて

いるのか,それとも動員を拒否しているのか,語り手は唆昧な立場に身を

置かざるを得なくなる.この両義性は,銃後の作家にとっては罪悪感の源

でもありえただろう.ところがブルーストは,ただ語り手の問題としてこ

(15)

の両義性を解消しようとするのではなく,ほかの登場人物を活用すること でこの両義性に積極的な価値を与えている.それが,サンコルーという逆 説的な作中人物の造型である.戦時中もドイツ音楽を愛好し,空襲を美的 なスベクタクルとして享受する美の愛好家サン=ルー,同時にみずから志 願して前線で命を落とすサン=ルーは,賛同と超脱を同時に体現すること で,俳優(当事者)と観客(傍観者)の立場が反転可能であることを,身 をもって示しているのだ.

ここで,サン=ルーが「将軍」を「作家」に除えている有名な台詞を想 起しでもよいだろう.

I

将軍というのは作家のようなものだ.戯曲を一作,

本を一冊書こうとすると,本そのものが,こちらでは予想外の可能性を提 示し,あちらでは袋小路を呈し,それによってあらかじめ思い描いていた 構想からは極端に遠ざかってしまう作家のようなものなのだ」(I

V,341). 

戦略家の視点は小説家の視点に等しいとするこの比聡は,戦争を小説とい

う形式を通して表象・分析するという作家の行為に正当性を与えるもので あり,すでに見たように,個人的な争いの専門家である小説家こそが集団 的な争いの専門家でもあるという主張を補強するものであるお).サン=

ルーは,芸術愛好家のまなざしを保持しながらも,フランスのために命を 落とすことになるのだから,この比喰が彼の口から言われているのは,矛 盾するふたつの立場を,その究極のかたち(つまり愛国的賛同の帰結とし ての死)においですら両立させることが可能であることを示唆するためで はないだろうか.

戦争を美的な現象として描くことには戦争とその苦しみを非現実化する 効果があるが,ブルーストはおそらくそうした痛みの忘却を,敗北主義者 シャルリュスや愛国者サン=ルーのドイツびいきを通して,視点を複数化 することによって償ったのである.最後に,もうひとり異なる視点の持ち 主が導入されていたことを思い出しておこう.戦時下のパリの生活を前に して,気高くも諦めに満ちたまなざしを向ける無名の「貧しい帰休兵

J,

っかのま聖壕を離れ,兵役逃れのあふれかえる首都で,俳優から観客とな った帰休兵に,ブルーストはこうつぶやかせている一一「まるでここは戦 争じゃないみたいだな」(I

V,313). 

I)  Marcel Proust, Correspondance, ed.  Philip Kolb, Paris,  Plon,  1970 1993, 21 vol., t. XV, pp. 131132.

以下,コルブ編の書簡集を参照すると

101 

(16)

きは,

Corr.

と略記する.

2)  Marcel Proust, Lrecherchedu temps perdu, ed. JeanYves Tadie et  al., Paris, Gallimard, 

≪ 

Biblioth

uede la Pleiade 19871989,4 vol.,  t

.  IV, p. 333.

以下,『失われた時を求めて』の引用にはこの版を用い,

RTP

と略記する.本文中で引用する場合は,直後の括弧のなかに巻数(ローマ数 字)とページ数のみを表記する. ≪ 

Esquisse IX 

≫ 

[Du peu dinfluence de la  guerre sur !es pensees], RTP, t. IV, pp. 771

ア74 担 も参照.

3)  Stephane AudouinRouzeau, L 'Entde J

nemi,19141918, Paris,  Aubier, 199

, う

・ 1P 0. 

ここでは詳述できないが,この新概念をめぐる論争に ついては,拙論「表象と言説としての文学一一戦争文化史の観点からブルース トを再読するために」,『

Resonances.I

4

号,東京大学フランス語部会,

2006

年 ,

180181

頁を参照されたい.

4) 

本稿は,

2007

12

1719

日にロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校に て開催された,『見出された時』刊行

80

周年記念国際シンポジウムの発表原 稿を翻訳し加筆修正したものである.フランス語版は近刊予定(

Hiroya SakamotoαLaguerre, Iart et le patriotisme

inAdam Watt (ed.), Le  Temps retroe‑Eig1 YearsAfter : Critical Essayslessais criti

郁 民

Oxford, Bern, Berlin, Bruxelles, Frankfurt am Main, New York, Wien,  Peter LangαModern French Identities 

2009).

Enid G. Marantz, 

≪ 

Proust et  Romain Rolland  Bulletin d'iゆ仰ationsproustiennes, n  2° 0, 1989, pp. 746; 

≪ 

Esqui

悶 双

IV.

RTP, t.  IV, pp. 799‑800 ; 

≪ 

Esquisse

ax.ibid.,pp. 843844.

上に 引用した箇所は,

CahierXIX, N.A.F. 16726, fo 8

に貼付された紙片のなか にある断章で,その冒頭には「もしかするとこのあたりに(

Peut

戸 仕

repar ici) 

[挿入すればよいだろう

JJ

というメモが書かれている.

6) 

詳しくは,

RTP,t.  IV, p. 467, n. 3 (pp. 1263‑1264

)を参照.

7

)《

EsquisseXXIX.2

RTP,t.  IV, p. 84

. ラ

8)  Maurice Barres,  Chronique de la Grande Guerre, Paris, Pion, 14 vol.,  t.  VIII, 1922, p.  311.

初出は

1916

7

26

日から

8

24

日の『エコ

ー・ド・パリ

J

紙.以下に引用するとおり,英国人との会話の直後にダヌンツ

イオへの言及があることが,ブルーストの勘違いを招いた可能性がある.「『フ

ランスは(と英国人たちは私[パレス]に言った),この戦争のあいだにさま

ざまな美点や美徳を見せており,世界の模範,人類をみちびく聖女のような存

在になっている.どうしてフランスの作家たちは,周に息づくこの見事な力を

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参照

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