建物の設計者︑施工者及び工事監理者が当該建物の瑕疵により生命︑身体または財産を侵害された者に対して不法行為責任を負う場合 四四三同志社法学 六〇巻五号
建物の設計者︑施工者及び工事監理者が当該建物の 瑕疵により生命︑身体または財産を侵害された者に 対して不法行為責任を負う場合
荻 野 奈 緒
︵二一八七︶ 建物の設計者︑施工者及び工事監理者が当該建物の瑕疵により生命︑身体または財産を侵害された者に対して不法行為責任を負う場合 最高裁判所第二小法廷平成一九年七月六日判決︵平成一七年︵受︶第七〇二号︶民集六一巻五号一七六九頁︑判例時報一九八四号三四頁︑判例タイムズ一二五二号一二〇頁 一部破棄差戻し・一部上告棄却
︻判決要旨︼
建物の建築に携わる設計者︑施工者及び工事監理者は︑建物の建築に当たり︑契約関係にない居住者を含む建物利用
者︑隣人︑通行人等に対する関係でも︑当該建物に建物としての基本的な安全性がかけることがないように配慮すべき
建物の設計者︑施工者及び工事監理者が当該建物の瑕疵により生命︑身体または財産を侵害された者に対して不法行為責任を負う場合 四四四同志社法学 六〇巻五号
注意義務を負い︑設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕
疵があり︑それにより居住者等の生命︑身体又は財産が侵害された場合には︑設計・施工者等は︑不法行為の成立を主
張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り︑これ
によって生じた損害について不法行為による賠償責任を負う︒
︻事実︼
1
Aは︑昭和六三年一〇月一九日︑Y 3
の仲介で本件土地を購入し︑Y 3
に紹介されたY 1
との間で本件土地上に九階建てのA棟と三階建てのB棟を連結させた賃貸用マンション︵本件建物︶を代金三億六一〇〇万円で建築する請負契約を
締結した︵後に︑追加工事代金として五六〇万円がかかった︒︶︒そして︑設計及び工事監理については
Y 2
に委託した︒
2
本件建物の竣工間際になって︑A
は本件土地と本件建物の売却の仲介をY 3
に依頼し︑X
・1 X
親子がこれを購入する2
こととなった︒そして︑Xらは︑本件建物の完成後である平成二年五月二三日︑Aから︑本件土地を代金一億四九九
九万一〇〇〇円︑本件建物を代金四億一二〇〇万九二七〇円で︑それぞれ買い受け︵合計代金額五億六二〇〇万〇二
七〇円︶︑同日その引渡しを受けた︵本件土地及び本件建物の各持分割合は︑
X
が四分の三︑1
X
が四分の一とされた︒︶︒2
3
Xらは︑平成六年二月一日から︑本件建物に居住し始めた︒そして︑同年六月頃︑XらはY 1
に対して︑本件建物に亀裂︑水漏れ︑配水管のつまり︑火災報知器の配線不備等の瑕疵があることを指摘して︑建替えをするか建物購入資
金を返還するよう申し入れたが︑実現しなかった︒
4
Xらは︑平成八年七月二日に︑Yらを相手取り︑Y
に対してはAから譲り受けた請負契約上の注文者の地位に基づ1
く請負契約上の瑕疵担保責任︵その前提として︑注文者の地位または履行請求権の譲受けを主張している︒︶及び不 ︵二一八八︶
建物の設計者︑施工者及び工事監理者が当該建物の瑕疵により生命︑身体または財産を侵害された者に対して不法行為責任を負う場合 四四五同志社法学 六〇巻五号 法行為責任︑
Y 2
・Y 3
に対しては不法行為責任に基づく損害賠償を求め︑提訴した︒なお︑請求金額は合計五億二五〇〇万円︵損害額六億一六九六万四一〇〇円の内金五億円及び弁護士費用二五〇〇万円︶であった︒
5
第一審︵大分地裁平成一五年二月二四日判決 ︵︑﹁︶は建築請負人並びに設計・工事監理の委任ないし請負契約を締 1︶
結した受任者又は設計・工事監理請負人は︑それらの契約に基づいて︑請負人としての瑕疵担保責任や受任者として
の債務不履行責任を負うが︑同時に︑これらの者の行為が一般不法行為の成立要件︵違法性・故意又は過失・損害の
発生・因果関係︶を充たす限り︑不法行為に基づく損害賠償請求権が発生し﹂︑債務不履行責任と不法行為責任とは﹁請
求権競合する﹂とした上で︑﹁不法行為は︑その損害発生時に成立することによって︑損害賠償請求権が発生するも
のであるから︑注文者が当該建物を第三者に売り渡す前に瑕疵を原因として損害が発生した場合は︑注文者が︑その
発生した損害についての不法行為に基づく損害賠償請求権を取得することになるが︑当該建築物が第三者に売り渡さ
れた︵ただし︑瑕疵があることを前提として売り渡された場合を除く︒その場合は︑買主に当該瑕疵を原因とした損
害は発生しない︒︶後に瑕疵を原因として損害が発生した場合は︑買主である第三者が︑その発生した損害について
の不法行為に基づく損害賠償請求権を取得することにな﹂ると判示して︑
Y
・1 Y
に対する請求を一部認容した︒2
6
原審︵福岡高裁平成一六年一二月一六日判決 ︵︶は︑瑕疵担保責任の範疇で律せられるべき分野に﹁不法行為責任の 2︶
追及を持ち込むときは︑いかに不法行為の成立要件として請負人の故意ないし過失を要するからといって︑法が瑕疵
担保責任の存続期間について契約法理に見合った様々な規定をおいた趣旨を没却し︑請負人の責任が無限定に広がる
おそれを生ずる﹂上︑﹁請負人が責任を負担する相手方の範囲も無限定に広がって︑請負人は著しく不安定な地位に
おかれることになる﹂等として︑﹁請負の目的物に瑕疵があるからといって︑当然に不法行為の成立が問題になるわ
けではなく︑その違法性が強度である場合︑例えば︑請負人が注文者等の権利を積極的に侵害する意図で瑕疵ある目
︵二一八九︶
建物の設計者︑施工者及び工事監理者が当該建物の瑕疵により生命︑身体または財産を侵害された者に対して不法行為責任を負う場合 四四六同志社法学 六〇巻五号
的物を製作した場合や︑瑕疵の内容が反社会性あるいは反倫理性を帯びる場合︑瑕疵の程度・内容が重大で︑目的物
の存在自体が社会的に危険な状態である場合等に限って不法行為責任が成立する余地がでてくるものというべきであ
る﹂と判示した︒その上で︑本件に関しては︑﹁請負人であるYらが本件建物の所有者の権利を積極的に侵害する意
図で瑕疵を生じさせたという場合や︑当該瑕疵が建物の基礎や構造躯体に関わり︑それによって建物の存立自体が危
ぶまれ︑社会公共的にみて許容しがたいような危険な建物が建てられた場合に限って︑Yらについて不法行為責任が
成立する可能性があるものというべきであ﹂り︑本件建物に認められる瑕疵については︑いずれも︑Yらの過失がな
い︑あるいは﹁構造体力上の安全性を欠く事態を招来するものとは認められない﹂として︑Yらの責任を否定し︑第
一審判決を取り消して︑Xらの請求を棄却した︒
7 Xらは︑原審は建築行為における不法行為の成立範囲を不当に制限するものであり︑建築行為における不法行為の
成立は﹁建物が建築基準法令の個体性能規定や仕様規定に違反し︑社会的にみて許容しがたい建物であるか否か﹂を
判断基準にすべきである等と主張して︑上告受理を申し立てた︒
︻判決理由︼
最高裁は︑次のように判示して︑原審判決のうちXらの不法行為に基づく損害賠償請求に関する部分を破棄し︑﹁本
件建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるか否か︑ある場合にはそれによりXらの被った損害があるか
等Yらの不法行為責任の有無について更に審理を尽くさせるため﹂に︑本件を原審に差し戻した︒
﹁建物は︑そこに居住する者︑そこで働く者︑そこを訪問する者等の様々な者によって利用されるとともに︑当該建
物の周辺には他の建物や道路等が存在しているから︑建物は︑これらの建物利用者や隣人︑通行人等︵以下︑併せて﹁居 ︵二一九〇︶
建物の設計者︑施工者及び工事監理者が当該建物の瑕疵により生命︑身体または財産を侵害された者に対して不法行為責任を負う場合 四四七同志社法学 六〇巻五号 住者等﹂という︒︶の生命︑身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならず︑このよ
うな安全性は︑建物としての基本的な安全性というべきである︒そうすると︑建物の建築に携わる設計者︑施工者及び
工事監理者︵以下︑併せて﹁設計・施工者等﹂という︒︶は︑建物の建築に当たり︑契約関係にない居住者等に対する
関係でも︑当該建物に建物としての基本的な安全性がかけることがないように配慮すべき注意義務を負うと解するのが
相当である︒そして︑設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損な
う瑕疵があり︑それにより居住者等の生命︑身体又は財産が侵害された場合には︑設計・施工者等は︑不法行為の成立
を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り︑
これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきである﹂︒
﹁原審は︑瑕疵がある建物の建築に携わった設計・施工者等に不法行為責任が成立するのは︑その違法性が強度であ
る場合︑例えば︑建物の基礎や構造く体にかかわる瑕疵があり︑社会公共的に見て許容し難いような危険な建物になっ
ている場合等に限られるとして︑本件建物の瑕疵について︑不法行為責任を問うような強度の違法性があるとはいえな
いとする︒しかし︑建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵がある場合には︑不法行為責任が成立すると解すべきで
あって︑違法性が強度である場合に限って不法行為責任が認められると解すべき理由はない︒例えば︑バルコニーの手
すりの瑕疵であっても︑これにより居住者等が通常の使用をしている際に転落するという︑生命又は身体を危険にさら
すようなものもあり得るのであり︑そのような瑕疵があればその建物には建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵が
あるというべきであって︑建物の基礎や構造く体に瑕疵がある場合に限って不法行為責任が認められると解すべき理由
もない﹂︒
裁判官全員一致で︑一部破棄差戻し・一部上告棄却︵今井功︑津野修︑中川了滋︑古田佑紀︶︒
︵二一九一︶
建物の設計者︑施工者及び工事監理者が当該建物の瑕疵により生命︑身体または財産を侵害された者に対して不法行為責任を負う場合 四四八同志社法学 六〇巻五号
︻参照条文︼
民法七〇九条
︻研 究︼
Ⅰ はじめに
本判決は︑まず︑建物の建築に携わる設計・施工者等は︑﹁建物の建築に当たり︑契約関係にない居住者等に対する
関係でも︑当該建物に建物としての基本的な安全性がかけることがないように配慮すべき注意義務を負う﹂としている︒
建物の設計や工事監理にあたる建築士の不法行為責任に関しては︑従来︑行政法上の取締法規たる建築士法・建築基準
法への違反が不法行為法上の注意義務違反に該当するか否かが問題とされ ︵
︑あるいは︑建築士の専門家責任という観点 3︶
から論が展開されてきた ︵
︒また︑建物の施工者の不法行為責任についても︑建設業法への違反が不法行為法上の注意義 4︶
務違反にあたるとする見解が主張されていたほか ︵
︑施工者が建築の専門業者であるとの指摘もあった 5︶︵
︑︒これに対して 6︶
本判決は︑行政上の取締法規とは直接的には無関係に設計・施工者等の注意義務を導いている点︑及び︑専門家責任の
観点から注意義務を導いたとは考えにくい点が特徴的である︒また︑上記判示は︑最高裁として初めて︑設計・施工者
等が建物の安全性に配慮すべき不法行為上の注意義務を負うことを認めたものと思われ︑重要な意義を有する︒
次に︑本判決は︑設計・施工者等が上記の﹁義務を怠ったために﹂﹁建築された建物に建物としての基本的な安全性
を損なう瑕疵があり﹂﹁それにより居住者等の生命︑身体又は財産が侵害された場合﹂には︑特段の事情がない限り︑﹁こ
れによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負う﹂とし︑瑕疵ある建物の建築に携わった設計・施工者等
に不法行為責任が成立する場面をその違法性が強度である場合に限るという原審の考え方を否定している︒かかる判示 ︵二一九二︶
建物の設計者︑施工者及び工事監理者が当該建物の瑕疵により生命︑身体または財産を侵害された者に対して不法行為責任を負う場合 四四九同志社法学 六〇巻五号 がいかなる範囲で不法行為の成立を認める趣旨に出たものかについては議論の余地があり得るところである︒すなわ
ち︑本判決のいう﹁建物の建築に当たり⁝⁝建物としての基本的な安全性がかけることがないように配慮すべき注意義
務﹂から生じる第一次的侵害は︑﹁建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があ﹂ることであり︑
そのような瑕疵﹁により居住者等の生命︑身体又は財産が侵害された﹂ことは第二次的侵害であるから︑それによる損
害は拡大損害だと考え得る︒したがって︑本判決が賠償範囲を拡大損害に限る趣旨に出たと考えることも可能であり︑
現に︑そのような指摘 ︵
や︑上記判示が製造物責任法三条の規定ぶりと類似するとの指摘 7︶︵
がなされている︒仮に本判決が 8︶
そのような趣旨に出たものだとするならば︑建物の瑕疵自体の損害は賠償範囲から除かれることになる︒そうであると
すれば︑瑕疵自体の損害であるとも考えられる瑕疵の補修費用が賠償範囲に含まれるのかは自明ではない︒
そこで︑以下では︑まず︑本判決が措定した設計・施工者等の注意義務の特徴について︑瑕疵ある建物の建築に関与 した建築士︵名義貸し建築士︶の第三者に対する責任に関する最高裁平成一五年一一月一四日判決 ︵
﹁平成一五年︵以下︑ 9︶
判決﹂という︒︶が措定した義務との異同を明らかにしつつ︑検討する︵Ⅱ︶︒次に︑不法行為の成立範囲に関して︑問
題の所在を明らかにした上で︑不法行為の成立を限定的にしか認めない裁判例の基礎にある考え方を分析し︑本判決と
の対比を試みることで︑議論の対立点を探ってみたい︵Ⅲ︶︒最後に︑本判決の意義と射程について簡単に触れ︑残さ
れた課題に言及して︑本稿を閉じることとする︵Ⅳ︶︒
Ⅱ 設計・施工者等の注意義務
1
平成一五年判決 平成一五年判決は︑建築主兼施工業者であるBが建築した建売住宅︵本件建物︶を購入したXらが︑①建築物の設計︵二一九三︶
建物の設計者︑施工者及び工事監理者が当該建物の瑕疵により生命︑身体または財産を侵害された者に対して不法行為責任を負う場合 四五〇同志社法学 六〇巻五号
及び監理を目的とする有限会社であるYの代表取締役A︵一級建築士︶が︑Bから依頼を受けて建築確認申請を行うに
あたり︑Yは本件建物について︑建築確認申請の代理及び確認申請図書の作成のみの業務について委託契約を締結して
いたものであったにもかかわらず︑Bの要請に応じて︑建築確認申請書の工事監理者欄に一級建築士の肩書きを付した
A自身の氏名を記載するとともに︑Aを工事監理者とする旨の選定届を作成してこれを建築確認申請書に添付した︑②
その後︑本件建物についてBA間で工事監理契約が締結されることはなかったが︑AはBに工事監理者変更の届出をさ
せることなく放置した︑③Bは︑本件建物の建築にあたり︑建築確認を受けるために用いた設計図書を使用せずこれと
異なる施工図面に基づき︑しかも︑実質上工事監理者がいない状態で建築工事を施工したために︑本件建物は建築基準
法が要求する構造耐力を有しないなどの重大な瑕疵のある建築物となったという事実関係のもと︑XらはAが建築士と
してその業務を誠実に遂行すべき義務を負っているのにこれを怠ったことによって損害を被ったと主張し︑Yに対して
不法行為に基づく損害賠償を請求したという事案に関するものである︒同判決は︑﹁建築物を建築し︑又は購入しよう
とする者に対して建築基準関係規定に適合し︑安全性等が確保された建築物を提供すること等のために︑建築士には建
築物の設計及び工事監理等の専門家としての特別の地位が与えられていることにかんがみると︑建築士は︑その業務を
行うに当たり︑新築等の建築物を購入しようとする者に対する関係において︑建築士法及び︹建築基準︺法の上記各規
定による規制の潜脱を容易にする行為等︑その規制の実効性を失わせるような行為をしてはならない法的義務があるも
のというべきであり︑建築士が故意又は過失によりこれに違反する行為をした場合には︑その行為により損害を被った
建築物の購入者に対し︑不法行為に基づく賠償責任を負うものと解するのが相当である﹂と判示し︑﹁一級建築士であ
るAは⁝⁝建築確認申請書にAが本件建物の建築工事について工事監理を行う旨の実体に沿わない記載をしたのである
から︑自己が工事監理を行わないことが明確になった段階で︑建築基準関係規定に違反した建築工事が行われないよう ︵二一九四︶
建物の設計者︑施工者及び工事監理者が当該建物の瑕疵により生命︑身体または財産を侵害された者に対して不法行為責任を負う場合 四五一同志社法学 六〇巻五号 するため︑本件建物の建築工事が着手されるまでに︑Bに工事監理者の変更の届出をさせる等の適切な措置を執るべき
法的義務がある﹂のにこれを怠って︑﹁Bが上記各規定による規制を潜脱することを容易にし︑規制の実効性を失わせ
たものであるから︑Aの上記各行為は︑上記法的義務に過失により違反した違法行為と解するのが相当である﹂とした︒
2
平成一五年判決が措定した注意義務の特徴 平成一五年判決は︑﹁建築士﹂に対して︑﹁新築等の建築物を購入しようとする者﹂との関係において︑建築士法及び建築基準法の﹁規制の実効性を失わせるような行為をしてはならない法的義務﹂を措定したものである︒このような義
務を措定し得る根拠としては︑建築物を建築し又は購入しようとする者に対して︑建築基準関係規定に適合し︑安全性
等が確保された建築物を提供することが建築士法及び建築基準法の主要な目的の一つであること︑そのために建築士に
は建築物の設計及び工事監理等の専門家としての特別の地位が与えられていることが挙げられている︒平成一五年判決
については︑建築士の専門家責任を肯定したものであるとの理解が一般的であり ︵
︑同判決の調査官解説 10︶︵
も︑建築士が特 11︶
別な地位を有する専門家であること︑建築士がその責任を十全に果たすことへの一般人の信頼の保護も強く要請される
ことが︑建築士の不法行為の成否に関し︑高度かつ広範な注意義務を導く根拠となるとし︑平成一五年判決は︑建築士
の一般的な注意義務として︑かかる法的義務を措定したとする︒
平成一五年判決が措定した上記のような法的義務は︑建築物を建築しまたは購入しようとする者に︑建築基準関係規
定に適合し︑安全性等が確保された建築物を取得させることを目的とするものではあるが︑建築物を取得した者の個別
具体的な権利利益侵害を必ずしも前提としない一般的抽象的な行為義務であり︑一般的不可侵義務を超える厳しい義務
であるといえる︒平成一五年判決は︑建築士にこのような厳格な責任を課すことを︑法令による規制の趣旨と建築士の
︵二一九五︶
建物の設計者︑施工者及び工事監理者が当該建物の瑕疵により生命︑身体または財産を侵害された者に対して不法行為責任を負う場合 四五二同志社法学 六〇巻五号
専門性から正当化しようとするものと評価できよう︒
3
本判決が措定した注意義務の特徴 本判決は︑﹁建物の建築に携わる設計者︑施工者及び工事監理者﹂に対して︑﹁建物利用者や隣人︑通行人等﹂との関係において︑﹁建物の建築に当たり⁝⁝当該建物に建物としての基本的な安全性がかけることがないように配慮すべき
注意義務﹂を措定したものである︒かかる義務を措定し得る根拠としては︑﹁建物は︑そこに居住する者︑そこで働く者︑
そこを訪問する者等の様々な者によって利用されるとともに︑当該建物の周辺には他の建物や道路等が存在しているか
ら︑建物は︑これらの建物利用者や隣人︑通行人等︵居住者等︶の生命︑身体又は財産を危険にさらすことがないよう
な安全性を備えていなければならない﹂ことが挙げられている︒
本判決が措定した上記のような注意義務は︑居住者等の生命︑身体及び財産を保護法益とするものと解されるが ︵
︑権 12︶
利利益侵害についての予見・回避は問題とされておらず ︵
︑平成一五年判決が措定した義務同様︑個別具体的な権利利益 13︶
の侵害を必ずしも前提としない一般的抽象的な注意義務である ︵
︒そして︑本判決は︑建物の性質自体︑すなわち︑建物 14︶
が多数の者によって利用され︑周囲に様々な物が存在していることを理由に︑このような義務を導こうとしている︒こ
のような建物の性質は︑建物に基本的安全性を損なう瑕疵があったときの危険性の大きさ︑その危険が具体化したとき
に社会に与える損害の深刻さを示すものであるところ︑本判決は︑想定される被侵害利益の重大性に鑑みて︑上記のよ
うな注意義務を措定したものと考えられる︒ ︵二一九六︶
建物の設計者︑施工者及び工事監理者が当該建物の瑕疵により生命︑身体または財産を侵害された者に対して不法行為責任を負う場合 四五三同志社法学 六〇巻五号
4
分析と評価 上述のように︑平成一五年判決が措定した義務と本判決が措定した義務は︑その名宛人︑保護法益︑内容及び根拠の点では一致していないが︑そのいずれもが︑個別具体的な権利利益の侵害を必ずしも前提としない一般的抽象的な注意
義務であるという点においては共通している ︵
︒このような注意義務は︑抽象的な権利利益侵害を念頭において︑具体的 15︶
権利利益侵害の危険を生じさせる行為を禁じ︑あるいは︑そのような危険が生じないように行為すべきことを命ずる義
務である︒かかる義務が措定されると︑権利利益の防衛線は前進する一方で︑その名宛人には厳格な責任が課せられる
ことになり得るため︑いかなる場合にこれを正当化し得るかについては︑慎重な判断が必要である︒
従来︑裁判所がこのような厳しい義務を措定してきたのは︑主として︑医療過誤事件 ︵
に代表される専門家責任の分野︑ 16︶
あるいはいわゆる安全配慮義務が問題となるような場面においてである ︵
︒これらの場面において権利利益の防衛線を前 17︶
進させることが正当化される根拠は︑一方で︑侵害の危険にさらされる権利利益の重大性と︑他方で︑注意義務の名宛
人の専門性や︑被害者との﹁特別の社会的接触 ︵
﹂に求められてきたものと考えられる︒本件においては︑侵害の危険に 18︶
さらされる権利利益の重大性は認められるものの︑その余の要素については見出すことが困難である︒すなわち︑平成
一五年判決が︑義務の名宛人を専門家たる建築士に限り︑保護の対象も連鎖的契約関係にあるといい得る建築物取得者
に限っているのと異なり︑本判決は︑注意義務の名宛人の範囲を必ずしも専門家とは言い難い施工者 ︵
にも拡大しており︑ 19︶
また︑設計・施工者等と特別の社会的接触にあるとは考え難い建物利用者や隣人︑通行人等を広く保護の対象としてい
るのである︒
建物の社会性・公共性や︑その安全性に問題がある場合の潜在的危険の大きさに鑑みれば︑本判決が設計・施工者等
に対して﹁建物としての基本的安全性がかけることがないように配慮すべき注意義務﹂を措定したことは︑結論として
︵二一九七︶
建物の設計者︑施工者及び工事監理者が当該建物の瑕疵により生命︑身体または財産を侵害された者に対して不法行為責任を負う場合 四五四同志社法学 六〇巻五号
は妥当であると思われるものの︑設計・施工者等に対してこのように厳格な責任を課し得る根拠については︑さらに議
論がなされるべきであるように思われる︒
Ⅲ 設計・施工者等の不法行為責任の成立範囲
1
問題の所在⑴
瑕疵ある建物の設計・施工者等の不法行為責任の成否が問題となり得る場面としては︑①設計・施工者等と契約関係にある施主が︑設計・施工者等に対して契約責任と並行して不法行為責任を追及する場合︑②設計・施工者等と契約
関係にない建物取得者 ︵
が︑設計・施工者等に対して不法行為責任を追及する場合︑③建物について何の権利も持たない 20︶
全くの第三者が︑設計・施工者等に対して不法行為責任を追及する場合が考えられる︒これらの各場面では︑不法行為
責任の成否と契約責任の成否が同時に問題となり得るため︑両者間の調整が必要となり︑その調整問題についてどのよ
うに考えるかによって︑不法行為の成立範囲が異なることとなる︒もっとも︑契約責任と不法行為責任の調整問題の現
れ方は各場面において一様ではない︒したがって︑以下では︑場面ごとに︑問題の所在を明らかにした上で︑本稿にお
ける検討の指針を呈示する︒
⑵
まず︑上記①の場面では︑契約責任における債権者と不法行為責任における被害者︑契約責任における債務者と不法行為責任における加害者が︑それぞれ同一人物であるため︑契約責任と不法行為責任の調整問題は一つしか生じない︒
そして︑かかる調整問題は︑施主が侵害されたと主張する権利利益がいわゆる完全性利益である場合には請求権競合論
によって解決されることとなるのに対し︑施主が侵害されたと主張する権利利益が契約上の利益である場合には︑請求
権競合を生ずる前提として︑かかる利益を不法行為法によって保護することの当否が問題となる ︵
︒賠償の対象となる損 21︶ ︵二一九八︶
建物の設計者︑施工者及び工事監理者が当該建物の瑕疵により生命︑身体または財産を侵害された者に対して不法行為責任を負う場合 四五五同志社法学 六〇巻五号 害という観点からみると︑これは︑いわゆる純粋経済損失の問題であるともいえる ︵
︒ 22︶
後藤勇元判事は︑契約上の利益を不法行為法によって保護することを原則として否定し︑施工者の不法行為責任の成
立範囲を限定すべきだと主張している︒すなわち︑同元判事は︑請負人が注文者に対して不法行為責任を︵も︶負うか
という問題に関して︑請負契約において請負人に帰責事由があっても︑請負人は一般の債務不履行責任を負わず瑕疵担
保責任を負うとされていること等からすれば︑﹁請負人が瑕疵ある建物を建築した場合でも︑注文者の権利を積極的に
侵害する意思で瑕疵ある建物を建築した場合等特段の事情のない限り︑請負人は︑不法行為責任を負うものではないと
解すべきではなかろうか﹂︑また︑﹁債務者の責に帰すべき事由⁝⁝による一般の債務不履行の場合でも︑当該債務不履
行により︑給付の目的物以外の債権者の一般法益︵生命︑身体等の人格的利益や︑所有権等の財産権︶を積極的に侵害
した場合でない限り︑債務者は単に債務不履行責任を負うに過ぎず︑不法行為責任を負うようなことは︑原則としてな
いのではなかろうか﹂とする ︵
︒ 23︶
これに対し︑高橋寿一教授は︑純粋経済損失について建築士の不法行為責任が成立するかという問題に関して︑﹁建
築士の設計・監理の瑕疵によって注文者あるいは第三者に生じた損害が︑これらの者の生命・身体・財産に対する物理
的有形的ではなく︑純粋な経済的損害⁝である場合﹂にも︑﹁少なくとも問題を建築士の設計・監理ミスによって注文
者あるいは第三者に純粋な経済的損害が発生した場合に限定するならば⁝⁝建築士に不法行為責任の成立を認めるべき
である﹂とする︒その理由は︑﹁建築士の設計・監理ミスによって生ずる損害は⁝⁝多くの場合注文者または第三者の
生命・身体・財産に対する重大な侵害の潜在的可能性を内包するものであり﹂﹁建築士に関するかぎり︑右の両者を区
別する基準は必ずしも明確ではなく︑また区別することが必ずしも妥当とはいえず﹂︑また︑﹁建物の建築は︑注文者に
とっては︑俗にいう﹃一生に一度あるかないかの最大の買いもの﹄であり︑純粋な経済的損害しか生じなかった場合で
︵二一九九︶
建物の設計者︑施工者及び工事監理者が当該建物の瑕疵により生命︑身体または財産を侵害された者に対して不法行為責任を負う場合 四五六同志社法学 六〇巻五号
あっても︑注文者自身にとっては極めて重大な損害ともなりうるから﹂だというところにある ︵
︒ 24︶
⑶
次に︑上記②の場面では︑⒜
設計・施工者等 ︵が施主に対して負う契約責任と︑設計・施工者等が建物取得者に対し 25︶
て負う不法行為責任の調整問題と︑
⒝
建物取得者が建物の前主に対して追及し得る契約責任と︑建物取得者が設計・施工者等に対して追及し得る不法行為責任の調整問題という︑厳密にいえば次元の異なる問題が含まれていることに注意
しなければならない︒
このうち︑上記
⒜
の問題を解決するにあたっては︑設計・施工者等が施主に対する契約責任に加えて︑建物取得者に 対する不法行為責任をも負うことを認めることが設計・施工者等と施主との間の契約の相対効原則 ︵に反しないかという 26︶
問題が生じ得るように思われる︒すなわち︑契約の相対効原則によれば︑契約は当事者のみを拘束するから︑契約から
生じる債務の債務者は債権者に対してしかその債務を履行すべき義務を負わず︑設計・施工者等は施主に対してしか契
約から生じる債務の履行義務を負わない︒それにもかかわらず︑建物取得者の設計・施工者等に対する不法行為責任の
追及を認めたときには︑結果として︑債務者が契約関係にない第三者に対しても︑契約から生じる債務を履行すべき義
務を負うことを肯定することになりはしないかという問題が生じ得るのである︒もっとも︑このような問題は︑第三者
が主張する債務者の注意義務違反が︑契約から生じる債務への違反とは異なる場合︑つまり︑その注意義務が契約的観
点とは別に措定される社会生活上の注意義務である場合には︑生じ得ないことに注意しなければならない ︵
︒ 27︶
これに対し︑上記⒝の問題を解決するに際しては︑契約上の利益を不法行為法によって保護することの当否に加 ︵
え 28︶︵
︑ 29︶
建物取得者が施主に対して契約責任を追及すると同時に︑設計・施工者等に対しても不法行為責任を追及できるとする
ことが︑契約の相対効原則に反しないかということも問題とされてよい ︵
︒すなわち︑契約の相対効原則によれば︑契約 30︶
から生じる債権の債権者は債務者に対してしかその履行を請求し得ないところ︑建物取得者は施主に対してしか契約か ︵二二〇〇︶
建物の設計者︑施工者及び工事監理者が当該建物の瑕疵により生命︑身体または財産を侵害された者に対して不法行為責任を負う場合 四五七同志社法学 六〇巻五号 ら生じる債権の履行を請求し得ない︒それにもかかわらず︑建物取得者が設計・施工者等に対して︑建物の瑕疵自体の損害の賠償を求めることができるとすると︑建物取得者は︑本来ならば契約の相手方たる施主に対してしか請求し得ない契約上の利益の給付を︑第三者たる設計・施工者等にも請求し得ると実質的に同じ結果となるのではないかという問題が生じ得るのである︒これに対し︑建物取得者が建物の瑕疵により被った損害の賠償を求める場合には︑このような問題は生じない︒なぜならば︑このとき︑建物取得者が保護を求めているのは︑契約を締結することによって取得し得るに至った利益ではなく︑契約を締結すると否とにかかわらず︑もともと建物取得者に帰属していた利益なのであって︑
このような利益を不法行為法によって保護しても︑契約の相対効原則との抵触を生じないことは明らかだからである︒
⑷ なお︑上記③の場面では︑設計・施工者等に対して不法行為責任を追及しようとする者が全くの第三者であるため︑
上記⒝の問題は原則として生じない︒この場面では︑建物の瑕疵により損害を被った第三者が設計・施工者等に対して
損害賠償を求めることの可否が問題となることが多いが︑これは︑従来︑第三者のための保護効を伴う契約の理論の採
否が論じられてきた問題領域である ︵
︒ 31︶
⑸ 本件事案は︑上記②の場面に属するものである︒上記②の場面の典型例は︑施主を売主とする売買契約の買主︵建
物取得者︶が︑施主から建築工事を請け負った施工者に対して︑不法行為責任を追及するという事案であり︑本判決が
出される以前の状況をみると︑このような事案に関して︑施工者の建物取得者に対する不法行為責任の成立範囲を限定
すべきだとの立場の採否について︑結論を異にするいくつかの裁判例が存在する︒そこで︑以下では︑近時の裁判例を
紹介し分析した上で︑本判決との対比を試みることとする︒
なお︑上記②の場面で生じる問題は︑上記①の場面で生じる問題と一部重なるところがあることは否定できず︑既に
紹介した高橋寿一教授のほか︑原田剛教授も︑直接契約関係にない者同士の不法行為責任の可否を検討する場合におけ
︵二二〇一︶
建物の設計者︑施工者及び工事監理者が当該建物の瑕疵により生命︑身体または財産を侵害された者に対して不法行為責任を負う場合 四五八同志社法学 六〇巻五号
る議論︵﹁﹃本来の給付不実現段階は契約責任で処理すべし﹄とする命題﹂に関する議論︶は︑当事者間に契約関係が存
在するか否かに関係なく妥当するはずであるから︑これを︑契約当事者間において﹁不法行為責任構成で﹃瑕疵損害﹄
の賠償を求めようとする﹂場合に援用することができるとして︑これらの場面を別異に扱っていない ︵
︒また︑平野裕之 32︶
教授は︑上記①の場面と上記②の場面を特に区別することなく︑﹁権利侵害を伴わない債務不履行ないし担保責任と不
法行為﹂の問題として論じている ︵
︒しかしながら︑上記②の場面では︑契約の相対効原則との抵触問題が生じ得る点で 33︶
上記①の場面とは問題状況を異にするというべきであるし︑上記⒜⒝の問題を分けて論じることで議論を整理するため
にも︑本稿では︑上記②の場面に属する事案に関する裁判例のみを検討の対象としたい︒
2
裁判例の検討⑴ 不法行為の成立範囲を限定する裁判例
施工者の建物取得者に対する不法行為の成立範囲を限定する近時の裁判例としては︑本件原審のほか︑︻
1
︼大阪地 裁平成一二年九月二七日判決 ︵及び︻ 34︶
2
︼京都地裁平成一三年八月二〇日判決 ︵がある︒ 35︶
︻
1
︼判決は︑﹁不法行為が成立するというためには︑当該行為により生命・身体・健康︑所有権及びそれに準ずる法律上保護に値する利益︵いわゆる完全性利益︶が侵害されたといえることが必要であり︑単に︑契約に従った目的物の
給付を受ける利益︵債務者の行為を通して債権者が獲得しようとしている利益︶のような契約法上の利益が侵害された
というだけでは︑詐欺行為等があった等特段の事情がない限り︑不法行為が成立する余地はなく︑右契約法上の利益侵
害による損害賠償は︑契約法上の責任として処理すべきである﹂﹁建物の施工者が建築した建物に瑕疵が存在する場合
でも︑右瑕疵により︑注文者やその後建物を取得した第三者の生命・身体・健康︑所有権及びそれに準ずる権利等︵完 ︵二二〇二︶
建物の設計者︑施工者及び工事監理者が当該建物の瑕疵により生命︑身体または財産を侵害された者に対して不法行為責任を負う場合 四五九同志社法学 六〇巻五号 全性利益︶が侵害されたという場合であればともかく︑単に︑瑕疵の存在により当該建物自体の価値が低いというのみでは︑原則として︑施工者の行為によって建物取得者の権利が害されたということはできない﹂と判示した︒ ︻
2
︼判決は︑﹁確かに︑建築基準法令による基準はあくまで公法上の法律関係であるが︑それは建物の安全を保持するための最低限度の基準であって︑本件欠陥は︑それらの基準を充たさないと同時に建物の居住者等の生命︑身体及び
財産のための安全性を欠くものと認められ︑かような欠陥がある本件建物を建築して販売することを計画して実行し
た﹂売主や施工者は︑﹁本件建物の購入者である原告⁝⁝に対し︑本件欠陥による損害につき︑共同不法行為責任⁝⁝
を免れないというべきである﹂としつつ︑﹁本件建物には⁝⁝本件欠陥があるものの︑それにより原告⁝⁝の生命・身
体や財産に対する具体的な被害が現に発生したものとは認められない﹂し︑﹁本件建物は︑本件欠陥があることにより︑
現在これに居住する原告らが直ちに退去し︑これを撤去して建替えなければならないほどの具体的な危険がある状態で
あるとまでは認められ﹂ないから︑﹁本件欠陥により原告に現実に発生した損害として︑建物を撤去して新たに再築す
る費用分の損害を認めることはできない﹂とした ︵
︒ 36︶
⑵ 不法行為の成立範囲を限定しない裁判例
施工者の建物取得者に対する不法行為責任の成立範囲を限定すべきではないとする近時の裁判例としては︑本件第一
審のほか︑次のようなものがある︒
︻
3
︼大阪高裁平成一三年一一月七日判決 ︵は︑﹁⁝⁝本件瑕疵は 37︶
Y 3
の建築工事によって生じたものであるから︑Y 3
の不法行為によってXの財産を侵害したと認めることができる︒なぜならば︑建築基準法は︑国民の生命︑健康及び財産の
保護を図るため︑建築物の構造等に関する最低基準を定めているところ⁝⁝およそ建築物を建築する者は建築基準法に
従って建築物を建築して︑他人の生命︑健康及び財産を侵害しないようにしなければならないのであるから︑これに違
︵二二〇三︶
建物の設計者︑施工者及び工事監理者が当該建物の瑕疵により生命︑身体または財産を侵害された者に対して不法行為責任を負う場合 四六〇同志社法学 六〇巻五号
反して他人の財産を侵害し︑損害を被らせたときには︑不法行為に基づきその損害を賠償させるのが相当である﹂と判
示して︑施工者である
Y 3
の不法行為の成立を認めている︒また︑︻
4
︼大阪高裁平成一四年九月一九日判決 ︵も︑﹁本件建物につき︑人の生命や身体の安全性に関する重要な点に 38︶
おいて︑建築基準法令に違反している以上︑そのような建物を買い受けたこと自体が損害であって︑現に本件建物の損
壊等の被害が発生していなくとも︑損害は生じているというべきであ﹂ると判示して︑施工者に対し︑建物の売買価格
及び建物の欠陥に関する調査費用の賠償を命じた ︵
︒ 39︶
このほか︑︻
5
︼﹁被告Y 2
は認可を受けた建築業者であり︑居住用建物の建築が一般市場における商品として流通することを前提に本件建物を建築したのであるから︑法令の規定を遵守し︑いやしくもこれに違背した瑕疵のある建物を建
築しないようにする注意義務があるところ⁝⁝故意または過失により︑これに違背して建て替え同然の補修を要する建
物を建築したからには︑これにより本件建物を取得した原告らの被った損害を賠償する責任がある﹂として施工者であ
る
Y
の責任を認めた大阪地裁平成一〇年一二月一八日判決2
︵40︶
︑ ︻
6
︼﹁建築業者としては︑建物を建築するに当たり︑その基礎を設ける地盤の支持力が十分か否かを調査し︑支持力の異なる地盤に基礎を設けざるを得ないときは︑一体的な基
礎を設けた上で︑その基礎が所々で支持力の違う基礎とならないように支持力の弱い地盤の上の基礎部分には堅固な地
盤まで支持杭を延ばして表面部分の基礎を支えるなどの工夫をするなどして︑不同沈下を起こすことのないよう配慮す
べき義務があるというべきである︒なぜなら︑これは生命・身体・財産の保護と公共の安全が図られる建物の建築を請
負うべき社会的責任のある建築業者としては︑当然尽くすべき基本的な注意義務と解されるし︑建物の注文者も︑建物
を取り巻く社会環境もこれを期待していることはいうまでもないからである﹂とし︑そのような義務を怠った施工者は
﹁建築業者として負うべき建物についての安全性確保義務に違反している﹂から︑民法七〇九条により︑建物取得者が ︵二二〇四︶
建物の設計者︑施工者及び工事監理者が当該建物の瑕疵により生命︑身体または財産を侵害された者に対して不法行為責任を負う場合 四六一同志社法学 六〇巻五号 建物の傾斜によって被った損害を賠償すべき義務を負うとした京都地裁平成一二年一〇月一六日判決 ︵
41︶
︑ ︻
7
︼施工者は﹁本件建物施工当時︑本件建物が原告らに売却されるべき物件であって︑ある程度は原告らの意向を反映して建築され
るものであることを認識していた﹂と認定した上︑そのような場合には︑施工者は︑﹁原告らに対し︑本件建物を建築
基準法その他の法令上要求される安全性を備えた建物として建築すべき義務⁝⁝を負っていたものというべきである﹂
とした京都地裁平成一五年九月三日判決 ︵
︑及び︑︻ 42︶
8
︼﹁建設業者は施工技術の確保に努める義務を負うところ︵建設業法二五条の二五︶︑本件のように︑建設業者において︑建築した建物が他に販売されることを知りながら︑注文主の注
文に基づくとはいえ敢えて建築基準関係法令に違反する建物を建築した場合には︑第三者が当該建物を購入することに
よって損害を被ることを予見することが可能なのであるから︑当該建物の購入者に対し不法行為責任を負うものと解す
るのが相当であ﹂るとした東京地裁平成一四年六月一七日判決 ︵
も︑施工者の建物取得者に対する不法行為責任の成立範 43︶
囲を限定しない立場にたつ裁判例である︒
⑶ 分析と評価
不法行為責任の成立範囲を限定する裁判例が問題としているところは︑少しずつ異なっているように思われる︒
まず︑本件原審は︑施工者の建物取得者に対する不法行為責任を認めた場合には︑﹁法が瑕疵担保責任制度を定めた
趣旨を没却﹂し﹁請負人の責任が無限定に広がるおそれを生ずる﹂こと︑﹁請負人が責任を負担する相手方の範囲も無
限定に広がって︑請負人は著しく不安定な地位におかれることになる﹂ことを理由として︑不法行為責任の成立範囲を
限定している︒ここでは︑施工者が施主に対する契約責任を超えるような責任を負わされる結果となることを回避する
ことが指向されているところ︑施工者の施主に対する契約責任と︑施工者の建物取得者に対する不法行為責任との調整
︵二二〇五︶
建物の設計者︑施工者及び工事監理者が当該建物の瑕疵により生命︑身体または財産を侵害された者に対して不法行為責任を負う場合 四六二同志社法学 六〇巻五号
が問題とされているといえる︵上記⒜の問題︶︒
これに対して︑︻
1
︼判決は︑建物取得者の被侵害利益を契約上の利益であるととらえた上で ︵︑そのような利益の不 44︶
法行為法による保護を原則として認めないという考え方にたっている︒ここでは︑施主の建物取得者に対する契約責任
と︑施工者の建物取得者に対する不法行為責任との調整が問題となっているといえる︵上記⒝の問題 ︵
45︶
︶ ︒ また︑︻
2
︼判決は︑居住者等の生命︑身体及び財産に対する具体的な被害が発生しておらず具体的な危険がある状態でない以上︑施工者の不法行為責任は認められないとしている︒これは︑建物の瑕疵によって生じた損害を賠償対象
とし︑瑕疵自体の損害は賠償の対象から除く立場といえるが︑その背景には︑瑕疵自体の損害は︑施工者に課せられた
不法行為上の義務の保護対象外にあるという考え方があるように思われる︒すなわち︑同判決は︑施工者に課せられた
義務は︑建物の居住者等の生命︑身体及び財産の安全性確保のためのものであって︑建物取得者の契約上の利益を保護
するためのものではないから︑建物取得者の契約上の利益が侵害されたとしても︑施工者の不法行為責任は成立しない
と考えたのであろう︒このような考え方は︑契約上の利益を不法行為法によって保護することの当否を︑被侵害利益の
側ではなく︑施工者に課せられた義務の側から問題にするものといえよう︵上記⒝の問題︶︒
なお︑︻
2
︼判決は︑さらに︑次のような問題を提起するものである︒すなわち︑同判決が措定した義務は︑本判決が措定した義務同様︑居住者等の生命︑身体及び財産を保護法益とするもので︑かつ︑個別具体的な権利利益の侵害を
必ずしも前提としない一般的抽象的な注意義務である︒同判決は︑施工者がかかる義務に違反したために︑建物が安全
性を欠き︑居住者等の生命︑身体及び財産が危険に晒されているとしても︑その危険が具体化しない限り︑不法行為は
成立しないとしている︒かかる判示は︑措定された義務への違反があり︑その義務が保護しようとする権利利益が危険
に晒されているが個別具体的な権利利益侵害は生じていない場合に︑その段階で不法行為を成立させ︑義務の名宛人に ︵二二〇六︶
建物の設計者︑施工者及び工事監理者が当該建物の瑕疵により生命︑身体または財産を侵害された者に対して不法行為責任を負う場合 四六三同志社法学 六〇巻五号 補修費用を賠償させることで危険を除去させることの当否という問題を提起し︑これを否定したものといえよう︒ 不法行為の成立範囲を限定しない裁判例においては︑本件原審が問題としているような問題︵上記⒜の問題︶は︑
そもそも採り上げられていない︒このことは︑裁判例の多くが︑建築基準法令の趣旨︵︻
3
︼判決︑︻4
︼判決︶︑建築業者の生命・身体・財産の保護と公共の安全が図られる建物の建築を請負うべき社会的責任︵︻
6
︼判決︶︑建設業者が建設業法上施工技術の確保に努める義務を負っていること︵︻
8
︼判決︶といった︑契約的観点とは別のところから施工者の義務を導いていることからは︑当然であるように思われる︒
上記⒝の問題についても特に言及しない裁判例が多い中︑︻
4
︼判決は︑この問題について︑人の生命や身体の安全性に欠ける建物を買い受けたこと自体が損害だとすることで解決しようとしている︒その意味するところは必ずしも明
確ではないものの︑︵契約により取得し得るはずの︶瑕疵のない建物を取得できなかったことではなく︑瑕疵ある建物
について売買契約を締結せしめられたことを問題視するものといえるように思われる︒つまり︑ここでは︑施工者と施
主が瑕疵ある建物の建築販売を計画したことによって不当な契約を締結させられたことにより財産的損失を被ったこと
を権利利益侵害ととらえられていると考えられる︒このように解することが可能であれば︑上記⒝の問題は回避できる
が︑このような構成が︑同判決のような︑施工者と売主とが共同で建売販売を計画し実行したとの事案以外にも広く妥
当し得るのかについては疑問が残るところである︒
また︑施工者が建物の市場における流通を前提として建築したこと︑あるいは︑施工者が建物の第三者への売却を認
識していたことを指摘して︑施工者の建物取得者に対する不法行為責任を肯定する︻
5
︼判決︑︻7
︼判決及び︻8
︼判決は︑この問題について︑第三者が安全性を備えた建物を取得するという利益︵契約上の利益︶を︑施工者に課せら
れる義務の保護法益に取り込むことによって解決しようとするものといえよう ︵
︒ 46︶
︵二二〇七︶
建物の設計者︑施工者及び工事監理者が当該建物の瑕疵により生命︑身体または財産を侵害された者に対して不法行為責任を負う場合 四六四同志社法学 六〇巻五号
4
本判決との対比⑴ 本判決が︑設計・施工者等の施主に対する契約責任と︑設計・施工者等の建物取得者に対する不法行為責任との調
整問題︵上記⒜の問題︶については考慮する必要がないとして︑本件原審の考え方を否定したことは明らかである︒こ
れは︑本判決が︑設計・施工者等の注意義務を︑同人らと施主との契約関係とは無関係に導き出していることからは︑
当然の帰結であろう︒すなわち︑本判決は︑設計・施工者等に対して︑契約上の義務とは別に︑広く居住者等との関係
で負う社会生活上の注意義務を措定したのであり︑原告が援用したのは後者の義務である︒そうであるとすれば︑その
ような注意義務への違反によって第三者に対する不法行為責任を認めても︑設計・施工者等が施主に対してしか契約か
ら生じる債務を負わないという意味での契約の相対効原則と抵触しないことは明らかである︒
⑵ これに対して︑本判決が︑施主の建物取得者に対する契約責任と︑設計・施工者等の建物取得者に対する不法行為
責任との調整問題︵上記⒝の問題︶についていかに考えているのかは︑判示からは必ずしも明らかではない︒
既に指摘したように︑本判決が建物の瑕疵自体の損害を賠償範囲から除いていると解することも不可能ではない︒ま
た︑裁判例の中には︑建物取得者が保護を求める権利利益が契約上の利益ではないと考えること︑あるいは︑設計・施
工者等に課せられる義務の保護法益に契約上の利益を組み込むことによって︑上記⒝の問題を回避しようとするものが
みられるが︑本判決の判示自体からこのような態度を読みとることはできない︒
もっとも︑本判決が︑不法行為の成立を主張する者が基本的な安全性を損なう瑕疵の存在を知りながらこれを前提と
して当該建物を買い受けていた場合には不法行為責任の成立が否定されることを示唆していることからすれば︑建物取
得者が設計・施工者に対して︑建物の瑕疵自体の損害については不法行為責任を追及できないと積極的に判示している
とは解されないように思われる ︵
︒また︑設計・施工者等の注意義務違反により居住者等の生命・身体・財産が危険に晒 47︶ ︵二二〇八︶
建物の設計者︑施工者及び工事監理者が当該建物の瑕疵により生命︑身体または財産を侵害された者に対して不法行為責任を負う場合 四六五同志社法学 六〇巻五号 されているにもかかわらず︑その危険が具体化しない限り損害賠償を認めないという結論が︑﹁﹃地震で死んでから訴え ろ﹄と言うに等し﹂く非常識であるとの指摘 ︵
にも傾聴すべきところがある︒ 48︶
結局︑本判決が上記⒝の問題をいかに解決しようとしているのかは明らかではないと言わざるを得ず ︵
︑今後の議論が 49︶
期待される ︵
︒ 50︶
Ⅳ おわりに
1
本判決は︑﹁建物の建築に携わる設計者︑施工者及び工事監理者﹂に対して︑﹁建物利用者や隣人︑通行人等﹂との関係において︑﹁建物の建築に当たり⁝⁝当該建物に建物としての基本的な安全性がかけることがないように配慮すべ
き注意義務﹂を措定した︒これは︑個別具体的な権利利益の侵害を必ずしも前提としない一般的抽象的な注意義務であ
り︑本判決は︑かかる注意義務を措定することによって︑居住者等の権利の防衛線戦を前進させ︑設計・施工者等に厳
格な責任を課す方向性を示したものといえよう︒もっとも︑本判決は︑設計・施工者等に課せられる建物の基本的安全
性に配慮すべき注意義務への違反が︑具体的な事案においてどのように認定されるべきかを明らかにしておらず︑この
点については︑今後の事案の集積を待つほかない ︵
︒建築瑕疵が問題となる事案においては︑建物の建築に関与した者が 51︶
複数存在すること︑建物完成後にその瑕疵の原因を究明することは必ずしも容易ではないこと︑具体的な建築過程に関
する情報が設計・施工者等に集中していることといった事情があることからすれば︑上記注意義務違反の認定方法次第
では︑原告に酷な主張立証責任を課すこととなりかねない︒この点をどのように解決すべきかについても︑今後検討す
る必要があろう︒
本判決は︑建物の性質自体から︑建物は建物としての基本的な安全性を備えていなければならないと説き︑そのこと
︵二二〇九︶
建物の設計者︑施工者及び工事監理者が当該建物の瑕疵により生命︑身体または財産を侵害された者に対して不法行為責任を負う場合 四六六同志社法学 六〇巻五号
を理由として︑設計・施工者等の専門性にも建築基準法例の規定や趣旨にも言及することなく︑広く居住者等との関係
において︑建物の建築に関与する者に上記のような注意義務を課した︒このような論理が︑従来の専門家責任や安全配
慮義務に関する議論とどのような関係にあるのか︑どのように正当化され得るのかについては︑さらなる議論が必要で
あろう︒ また︑本判決のいう﹁建物としての基本的な安全性﹂とは︑﹁建物利用者や隣人︑通行人等⁝⁝の生命︑身体又は財
産を危険にさらすことがないような安全性﹂であるから︑建物の基本的な安全性を損なわないような瑕疵による損害に
ついては︑本判決の措定する注意義務の保護の対象外である︒もっとも︑具体的に︑どのような瑕疵であれば︑建物と
しての基本的な安全性を損なう瑕疵といえるのかについては︑今後の事案の集積を待つほかない ︵
︒ 52︶
2
本判決は︑設計・施工者等の不法行為責任の成立範囲について︑違法性が強度な場合に限定するという本件原審の考え方を否定し︑設計・施工者等の施主に対する契約責任と︑設計・施工者等の建物取得者に対する不法行為責任との
調整問題については考慮する必要がないとの立場をとった︒これは︑設計・施工者等に課せられる﹁建物に建物として
の基本的安全性がかけることがないように配慮すべき注意義務﹂が︑契約的観点を離れて措定されていることからは当
然であろう︒
これに対し︑本判決が︑施主の建物取得者に対する契約責任と︑設計・施工者等の建物取得者に対する不法行為責任
との調整問題についていかなる立場をとっているのかは判然とせず︑本判決の論理によって︑建物取得者が設計・施工
者に対して︑建物の瑕疵自体の損害︵ことに︑建物減価分︶について賠償を求めることができるの否かは明らかではな
い︒本件では︑原告は︑訴訟係属中に補修未了のまま競売によって本件建物の所有権を失っており︑競売に際しては瑕
疵の存在が前提とされたものと推測されるところ︑原告が請求している補修費用相当額の賠償を認めた場合には︑実質 ︵二二一〇︶