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(1)

センター試験世界史に登場したアナール学派 : リ ード文の役割に関する一考察

著者 美那川 雄一

雑誌名 文化學年報

号 67

ページ 209‑239

発行年 2018‑03‑15

権利 同志社大学文化学会

URL http://doi.org/10.14988/00027599

(2)

センター試験世界史に登場したアナール学派 : リ ード文の役割に関する一考察

著者 美那川,雄一

雑誌名 文化學年報

号 67

ページ 209‑239

発行年 2018‑03‑15

権利 同志社大学文化学会

URL http://doi.org/10.14988/00027599

(3)

セ ン タ ー 試 験 世 界 史 に 登 場 し た ア ナ ー ル 学 派

│ リ ード 文 の 役割 に 関 する 一 考 察│

美 那 川 雄 一

は じ め に 一九

九〇 年一 月に 始ま った 大学 入試 セン ター 試験 は︑ 二

〇二

〇 年 一月 の 実 施を 最 後 に 三一 年 の 歴史 に 幕 を 下ろ す

︒ そ して

︑二

〇二 一年 一月 から は﹁ 大学 入学 共通 テス ト﹂ と名 称を 変え

︑現 行の 大学 入試 セン ター 試験 とは 出題 内容 や 出 題方 式を 大幅 に変 更す るこ とが 発表 され てい る︒ 二〇 一 七年 一 一 月に は 大 学入 学 共 通 テス ト の 試行 調 査 が 行わ れ

︑ 実 際の 問題 案が 公表 され た︒ こう した 従来 の大 学入 試セ ンタ ー試 験の 廃止 とそ れに 代わ る大 学入 学共 通テ スト への 移 行 の理 由に つい て︑ 平成 二六 年一 二月 二二 日付 の中 央教 育審 議会 答申

︵中 教審 第一 七七 号︶ では 次の よう に説 明し て い る︒

⁝大 学入 試セ ンタ ー試 験は

﹁知 識・ 技能

﹂を 問う 問題 が中 心と なっ てお り︑ これ から の大 学入 学者 選抜 にお い て 評価 すべ き﹁ 確か な学 力﹂ の在 り方 や︑ 下記

︵二

︶に 示す

︑高 等学 校段 階の 基礎 学力 を評 価す る新 テス ト︵ 筆

― 209 ―

(4)

﹁高 校生 のた めの 学び の基 礎診 断﹂ を指 す︶ の導 入な ども 踏ま える と︑

﹁知 識・ 技能

﹂を 単独 で評 価す るの で は なく

︑﹁ 知 識・ 技能

﹂と

﹁思 考力

・判 断力

・表 現力

﹂を 総合 的に 評価 する もの にし てい くこ とが 必要 であ る︒ こ のた め

︑現 行 の大 学 入 試セ ン タ ー 試験 を 廃 止し

︑下 記 の よ うな 新 テ スト

﹁大 学 入 学希 望 者 学 力 評 価 テ ス ト

︵仮 称︶

︵筆 者

大学 入学 共通 テス ト︶

﹂ を新 たに 実施 する

︒ この

よう に︑ 従来 の大 学入 試セ ンタ ー試 験は

﹁知 識・ 技能

﹂を 問う 問題 が中 心で 構成 され てお り︑ 学力 の一 側面 し か 評価 して いな いた め刷 新す ると いう 趣旨 にな って いる が︑ 大学 入試 セン ター 試験 が﹁ 知識 偏重

﹂で ある とい う指 摘 は

︑セ ンタ ー試 験世 界史 の問 題に も以 前か らよ く見 られ た︒ 例え ば︑ 平成 二一 年度 のセ ンタ ー試 験世 界史 A・ Bに 対 す る全 国歴 史教 育研 究協 議会 の意 見・ 評価 は次 のよ うな もの であ った

︒ 今年

度の 大学 入試 セン ター 試験

︵以 下﹁ セン ター 試験

﹂と いう

︒︶ の 分析 を終 えて

︑問 題の レベ ルか らす れば

︑ 日 常の 授業 をほ ぼ反 映で きる 内容 にな って いる こと は︑ ここ 数年 来の 傾向 とし て有 り難 く受 け止 めて いる

︒た だ し

︑解 答す るに 当た って

︑ほ とん どの 設問 が︑ 設問 の文 だけ を読 み︑ 世界 史の 知識

・理 解の みで 対処 でき るよ う に なっ てい る点 が残 念で なら ない

︒全 国に は︑ セン ター 試験 のテ ーマ に即 して 授業 展開 を改 善し たり

︑そ のリ ー ド 文を 参考 に授 業内 容の 再構 成や 考査 問題 の作 成を する 教師 も多 いで あろ う︒ 本協 議会 員の 中に その よう な教 師 が 複数 存在 する

︒し かし

︑そ の一 方で

︑解 答に 当た って は生 徒に

﹁リ ード 文は 読む な︑ 時間 の無 駄だ から

﹂と い う 指示 を与 えて いる 教師 もい る︒ 作問 に当 たる 方々 がせ っか く丹 誠込 めて 意欲 的に テー マ設 定や

︑リ ード 文作 成 を して くだ さっ てい るの だか ら︑ 設問 も一 貫し てそ のテ ーマ にそ うと か︑ リー ド文 を熟 読す る中 で解 答の 鍵が 引

センター試験世界史に登場したアナール学派 ― 210 ―

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き 出さ れる とか

︑リ ード 文の 全文 を読 まな けれ ば解 答で きな いな どの 仕掛 けを 用意 して いた だく こと を毎 年願 い 続 けて いる のだ が︒ また 歴史 的思 考力 とは 何か を考 えた とき

︑歴 史的 事象 を時 間軸 や空 間軸 を移 動さ せて 検討 した り︑ 複数 の事 象 間 の関 連や 因果 関係 を考 察し たり する こと

︑歴 史的 事象 につ いて の様 々な 解釈 を比 較し てど ちら によ り客 観性 や 妥 当性 があ るか を考 えた りす るこ とな どを あげ るこ とが でき よう

︒そ うし た歴 史的 思考 力を 発揮 して 解答 する 問 題 の作 成を も更 に御 検討 いた だけ れば 有り 難い

︒ 全国

歴史 教育 研究 協議 会は

︑世 界史 の問 題が 思考 力を 評価 する よう な問 題に なっ てい ない こと を指 摘し

︑大 部分 の 設 問が リー ド文 を読 むこ とな く解 答で きる こと を懸 念し てい たこ とが わか る︒ 一方 で︑ セン ター 試験 世界 史の 模擬 試 験 では

︑文 脈を 理解 する こと が困 難な 人工 知能

AI

︶が

︑﹁ 単 語の 分 布 情報 で 解 く﹂ 等 のア プ ロ ーチ で 高 得点 を 出 す と いう 事態 が起 こっ た

︒ これ らの 現状 から も︑ セン ター 試験 世界 史は

︑歴 史の 学 力 を 測る た め のテ ス ト とし て は 課 題 が浮 き彫 りに なっ てい る︒ セン ター 試験 世界 史B の場 合︑ 近年 三六 題の 設問 が出 題さ れる 傾向 が続 いて きた が︑ その 構成 は︑ 第一 問か ら第 四 問 まで の大 問が 歴史 的な テー マご とに 設定 され てお り︑ テー マに 関連 する A・ B・ Cの リー ド文 が掲 載さ れ︑ その リ ー ド文 を読 み各 設問 に答 える とい う形 式で ある

︒し かし

︑こ れら のリ ード 文は

︑実 際に 設問 を解 く際 に歴 史的 思考 力 を 求め るも のや 思考 の足 場か けと なる よう なも のは 少な く︑ セン ター 試験 対策 用に 作成 され た問 題集 の中 には

︑リ ー ド 文を 省略 した もの もあ るし

︑前 述の よう に﹁ リー ド文 は読 むな

﹂と 指導 する 教員 も多 いの が実 態で ある

︒で は︑ こ れ らセ ンタ ー試 験世 界史 に掲 載さ れる リー ド文 が存 在す る理 由は

︑い った い何 であ るの か︒

― 211 ― センター試験世界史に登場したアナール学派

(6)

第一 章 研究 の 対 象 第

一節

調 査対 象と 資料 本論 では

︑大 学入 試セ ンタ ー試 験世 界史 のリ ード 文に 焦点 をあ てて いく

︒リ ード 文と は︑ 受験 生が 解答 する 設問 文 そ のも ので はな く︑ その 設問 文を 引き 出す ため の文 章で あり

︑そ の内 容は

︑教 科書 記述 に忠 実に 淡々 と歴 史的 事象 を 説 明し てい るも のも あれ ば︑ 教科 書に は掲 載さ れて いな い多 面的

・多 角的 な視 点か ら歴 史的 事象 を説 明し てい るも の も ある

︒そ して

︑後 者の よう なリ ード 文の 中に は︑ 歴史 学の 潮流 を汲 み取 り作 成さ れて いる もの が多 く︑ 歴史 を考 え る 上で 非常 に興 味深 い内 容と なっ てい る︒ 調査 対象 は今 世紀 平成 一三 年度 から 平成 二九 年度 まで の一 七年 間の セン ター 試験 世界 史A

︑B の本 試験 と追 試験 の リ ード 文と した

︒平 成元 年告 示の 学習 指導 要領 によ り︑ 世界 史は 近現 代史 中心 で標 準二 単位 で構 成さ れる 世界 史A と 古 代か ら現 代ま での 通史 の形 をと る標 準四 単位 の世 界史 Bに 分け られ

︑セ ンタ ー試 験も 平成 九年 度か ら世 界史 A︑ 世 界 史 Bに 分 けて 実 施 され た

︒受 験 者 数は 世 界 史B 本試 験 が 圧倒 的 に 多 く︑ 一方 で 世 界史 A追 試 験 は極 め て 少 な い

︒ ま た︑ 世界 史A の問 題の 中に は世 界史 Bの 問題 と重 複し てい るも のや

︑世 界史 Bで かつ て出 題さ れた 問題 の再 利用 も み られ る︒ この よう に世 界史 Aは

︑世 界史 Bに 比べ ると 受験 生全 体へ の影 響は 小さ いの であ るが

︑世 界史 Aの 中に も 興 味深 いリ ード 文が 存在 する ため

︑本 論で は調 査対 象に 含ん だ︒ 資料 とな るセ ンタ ー試 験の 問題 は︑ 大学 入試 セン ター ホー ムペ ージ に最 近 過 去 三年 分 が 掲載 さ れ てお り

︑そ れ 以 前 の 世 界史 B本 試 験 に 関 し て は 教 学 社﹃ セ ン タ ー 試 験 過 去 問 世 界 史 B﹄

︑ 世 界 史B 追 試 験 や 世 界 史A に 関 し て は

センター試験世界史に登場したアナール学派 ― 212 ―

(7)

株 式会 社ジ ェイ シー 教育 研究 所の

CD-ROM

﹁ デー タベ ース

セ ンタ ー

Ten

社 会1

か らも 収集 した

︒ 第

二節

リ ード 文に 登場 した アナ ール 学派 前述 のよ うに

︑リ ード 文の 中に は歴 史学 の潮 流を 踏ま えた 内容 がみ られ

︑そ の中 には 日本 の歴 史学 にも 大き な影 響 を 与え たア ナー ル学 派の 歴史 家た ちの 仕事 があ る︒ 平成 一三 年度 から 平成 二九 年度 まで の一 七年 分の リー ド文 を調 査 し た結 果︑ アナ ール 学派 の研 究が 使用 され てい ると 筆者 が判 断し たリ ード 文は

︑世 界史 B本 試験 で一 四件 確認 がで き た

︵表 1︶

︒ また

︑世 界史 B追 試験

︑世 界史 A本 試験

・追 試験 では 合わ せて 一二 件が 確認 でき た︵ 表2

︶︒ 世界 史B 本 試 験の 場合 でも

︑一 七年 間で 二〇 四あ るリ ード 文の うち 一四 件と 決し て多 くは ない のだ が︑ これ らの リー ド文 は設 問 を 導く ため の問 題文 にし ては

︑そ の内 容が 異彩 を放 って いる

︒ 筆者 はリ ード 文を 一つ ずつ 調査 し︑ リー ド文 がア ナー ル学 派の 研究 に関 連す る内 容で ある と思 われ た場 合︑ 実際 に ア ナー ルの 歴史 家た ちの 著作 内容 とリ ード 文を 比較 した

︒そ して リー ド文 の内 容が

︑著 作の 内容 やそ の要 素と 合致 し て いた 場合

︑ア ナー ル学 派の 研究 がリ ード 文に 使用 され てい ると 判断 した

︒ ここ で問 題と なっ たの が︑

﹁ アナ ール 学派

﹂に 属 す る歴 史 家 とは 誰 な の か︑ であ る

︒マ ル ク・ ブロ ッ ク やフ ェ ル ナ ン

・ブ ロー デル とい った 人物 であ れば

﹁ア ナー ル﹂ の歴 史家 とし て周 知さ れて いる が︑ そも そも

﹁ア ナー ル学 派﹂ と い う固 定化 され た集 団が 存在 して いる の かど う か が疑 問 で ある

︒尾 川 直 哉 は﹃

﹁ア ナ ー ル﹂ とは 何 か 進 化し つ づ け る

﹁ア ナー ル﹂ の一

〇〇 年﹄ の﹁ 訳者 のあ とが き﹂ の中 で﹁ アナ ール とい う言 葉を よく 耳に する よう な人 でさ え︑ 書 店 の歴 史書 コー ナー に立 ち︑ 目の 前に 並ん だ歴 史家 のう ちい った いだ れが アナ ール

﹃派

﹄な のか

︑改 めて 問い 直し て み ると たち ま ち 思案 に 暮 れる の が 実情

と同 様 の 疑 問か ら 論 を始 め て いる

︒一 九 二 九 年に ス ト ラス ブ ー ル大 学 で マ

― 213 ― センター試験世界史に登場したアナール学派

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1 センター試験世界史B本試験に登場したアナール学派

「アナール」の歴史家 邦訳文献 モナ・オズーフ

『革命祭典』

ピエール・グベール

『歴史人口学序説』

モーリス・アギュロン

『フランス共和国の肖像』

フェルナン・ブローデル

『地中海』

マルク・ブロック

『王の奇跡』

ピエール・ノラ

『記憶の場 第3巻模索』

ピエール・ノラ

『記憶の場』等

アルフォンス・デュプロン

『サンティアゴ巡礼の世界』

ミシェル・パストゥロー

『王を殺した豚 王が愛した 象』

ピエール・ノラ

『記憶の場 第2巻統合』

アギュロン,二宮宏之

『全体を見る眼と歴史家たち』

ミシェル・パストゥロー等

『中世衣生活誌』等 ジャック・ル=ゴフ

『煉獄の誕生』等 ミシェル・パストゥロー

『ヨーロッパ中世象徴史』等 テーマ,リード文の内容・キーワード

(アナール学派の研究に関連する記述)

全国連盟祭などの「革命祭典」で,新しい価 値観を示すシンボルや儀礼が登場。

社会史の研究が進み,近世フランスの人口動 態が明らかに。「人口の危機」が度々発生。

国民国家を人々に意識させるシンボルや儀 礼,第三共和政に設置されたマリアンヌ像。

地中海の歴史。ブローデルの『地中海』から 引用。地中海の島々の重要性。

アンリ4世の触手儀礼。儀礼を描いた版画を 流布させ,王位継承の正統性を誇示。

諸文明の継承者としての自負を示すパリの建 築物。ラスコーで革命記念の会合開催。

ヴェルサイユ宮殿は国王の絶大な権力が視覚 化されたもの。神話を用いて王を神格化。

サンティアゴ=デ=コンポステラの始まり。

巡礼者かつ異教徒と戦うヤコブの表象。

人間と家畜との関係。サンタの橇を引く豚。

豚とヨーロッパの人々との身近なかかわり。

国家の神話や象徴。パンテオンや都市空間 で,共和国という新しい国家理念を表現。

啓蒙思想により,自立した市民たちが新たな 人の結び付き方を生む。結社の政治文化。

象徴的機能としての衣服,色や素材は身分や 階層を表示。中世フランスの服飾規定。

「死の文化」。12世紀後半に罪の贖いの場と して煉獄が存在するという考えが登場。

チェスの歴史。駒が伝播先の社会の馴染みの 深い職業や役職に変化した。

年度 問題番号 H 14年度 第4問B H 15年度 第4問C H 16年度 第1問A H 16年度 第2問A H 16年度 第3問A H 17年度 第1問C H 18年度 第2問C H 19年度 第1問A H 19年度 第2問C H 19年度 第3問C H 19年度 第4問B H 20年度 第4問A H 24年度 第1問C H 27年度 第4問A

センター試験世界史に登場したアナール学派 ― 214 ―

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2 センター試験世界史B追試験,世界史Aに登場したアナール学派

「アナール」の歴史家 邦訳文献 フィリップ・アリエス

『〈子供〉の誕生』

ピエール・ノラ

『記憶の場』

L.フェーヴル,H.-J.マルタ ン

『書物の出現』

G.デュビィ,M.ペロー

『女の歴史Ⅲ16-18世紀1』

アラン・コルバン

『レジャーの誕生』

L.フェーヴル,H.-J.マルタ ン

『書物の出現』

ジョルジュ・ヴィガレロ

『身体の歴史 Ⅱ』

ピエール・ノラ

『記憶の場 第1巻対立』

ミシェル・パストゥロー

『紋章の歴史』

ピエール・ノラ

『記憶の場 第3巻模索』

ジャック・ル=ゴフ

『中世の人間』等 ブロック『奇妙な敗北』

L.フェーヴル『歴史の た め の闘い』

*平成14年度世界史B追試験第1問Cの場合,「H 14年度B追第1問C」と表記。

テーマ,リード文の内容・キーワード

(アナール学派の研究に関連する記述)

旧体制では読み書き能力の習得は「小さな 学校」が担い,民衆の識字率が向上。

『バリケード攻防最後の日々』から引用。

「連盟兵の壁」とコミューンの記憶化。

活版印刷術による社会における「書物」の 意味の変化。出版物が近代思想の普及を促 進。

マリ=アントワネットへの非難の背景に は,女性の政治参加に対する男性の反発が ある。

労働と余暇の区分。労働時間の短縮による 余暇時間の増加と過ごし方の多様化。

中世ヨーロッパの羊皮紙のラテン語写本か ら活版印刷術による俗語の大量安価出版 へ。

医学・公衆衛生学の発展により都市環境が 改善され,「健康な身体」が要求される。

都市と地方。セヴィニエ夫人による宮廷と 地方「カビ生え」の比較。パリの重要性。

鷲,ライオン,熊が権力のシンボル,一方 で搾取される集団は牛,羊で喩えられる。

ジャンヌ=ダルクは,第三共和政の下で祖 国愛の神話と結び付けられる。

司教アダルベロンの『ロベール王に捧げる 歌』。祈る者,戦う者,働く者の三職分論。

マルク=ブロックはストラスブールで教 鞭。レジスタンスに身を投じ,処刑され る。

年度 問題番号 H 14年度B 追第1問C H 15年度A 本第4問C H 16年度B 追第4問A H 17年度A 本第3問A H 18年度A 追第4問A H 19年度B 追第3問B H 24年度A 追第1問C H 24年度B 追第2問C H 27年度A 本第2問A H 28年度A 追第3問A H 29年度A 本第3問A H 29年度A 追第2問B

― 215 ― センター試験世界史に登場したアナール学派

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ル ク・ ブロ ック とリ ュシ アン

・フ ェー ヴル によ って 発刊 され た﹃ 社会 経済 史年 報﹄ 通称

﹃ア ナー ル﹄ は︑ 伝統 的な 歴 史 学に 対抗 して

︑個 人の 歴史 より も集 団の 歴史 を︑ 孤立 した 出来 事の 歴史 より も永 続的 な要 素の 歴史 を研 究す るこ と に な る

︑そ の 研 究手 法 や 分野 は 世 代が 進 む に つれ 多 岐 にわ た っ てい る

︒﹁ ア ナ ール 学 派﹂ の 歴史 家 た ちに つ い て 時 系列 的に 語る こと は本 論の 目的 とし てい ない ため 省略 する が︑ ブロ ーデ ル退 任後 の第 三世 代か ら学 派内 の多 様性 は 顕 著 に なり

︑﹁ 新 し い歴 史 学﹂ の 名 の下

︑第 二 世 代 の 影 響 を 引 き 継 ぐ 数 量 歴 史 学︑ 第 一 世 代 を 再 評 価 し た 心 性 史

︑ 科 学分 野と 融合 した 環境 史や 壮大 な歴 史人 類学 にい たる 多様 な研 究者 が存 在し

︑決 して 一様 では なか った

︒ 以上 の理 由に より

︑﹁ ア ナー ル学 派﹂ の歴 史家 で あ るか ど う かは

︑訳 者 に よ る著 者 紹 介に

﹁ア ナ ー ル﹂ やそ の 拠 点 で ある 社会 科学 高等 研究 院の 記載 の有 無を 頼り とし た︒ また

︑筆 者の 外国 語文 献の 読解 力不 足の ため

︑分 析は 邦訳 さ れ た手 に入 りや すい 文献 のみ を扱 うこ とと し︑ さら には 浅学 のた めリ ード 文と アナ ール 研究 を結 びつ ける こと がで き ず 見落 とし てい るも のも ある と思 われ るが

︑こ れら につ いて は今 後の 課題 とし たい

︒ 第二

章 セン タ ー 試験 世 界 史リ ー ド 文の 検 証 と考 察 第

一節

マ ルク

・ブ ロッ クと リュ シア ン・ フェ ーヴ ル 平成 一六 年度 大学 入試 セン ター 試験 世界 史B 本試 験第 三問 Aの リー ド文

︵資 料1

︶は

︑絶 対王 政期 のフ ラン ス王 に 関 する 文章 であ るが

︑そ の内 容に はと ても 興味 深い 部分 が含 まれ てい た︒ 高校 世界 史の 教科 書で は︑ 一六 世紀 後半 に続 いた フラ ンス の宗 教内 乱﹁ ユグ ノー 戦争

﹂が

︑ア ンリ 四世 の即 位と ナ ン トの 王令 発布 によ って 終息 し︑ 以後 フラ ンス は絶 対王 政の 道を 歩み 始め ると 叙述 する

︒と ころ が︑ この リー ド文 に

センター試験世界史に登場したアナール学派 ― 216 ―

(11)

はも う一 つ︑ 教科 書に は決 して 書か れて はい ない アン リ四 世の 姿︑ 瘰 癧病 患 者を 触 っ て治 す と いう 特 殊 能 力を 持 っ た﹁ 治癒 者 と し ての 王

﹂ の姿 が紹 介さ れて いる

︒ こ のリ ード 文が

︑二

〇世 紀初 頭の フラ ンス の歴 史家 であ り﹃ アナ ー ル﹄ の創 刊者 であ るマ ルク

・ブ ロッ クの 仕事 を意 図し た内 容で ある こ とは 明白 であ る︒ 掲載 され てい た図 版は

︑ア ンリ 四世 の国 王と して の 聖 性を 流 布 する た め の 版 画 で あ り︑ 日 本 で 出 版 さ れ た﹃ 王 の 奇 跡

の表 紙カ バー にも 掲載 され てい た︒ 古 典的 な歴 史学 では 政治

・軍 事史 とい う権 力者 の側 から 絶対 王政 を 説明 する のが 一般 的で あっ たが

︑ブ ロッ クは 王権 のた めの 理論 や制 度 は︑ 民衆 の集 合表 象と 重な り 合 い受 容 さ れて は じ めて 機 能 し うる

こ とを 提唱 し︑ 民衆 の心 性

に つ い て 重視 し た︒ 彼 は長 期 的 な枠 組 み で

﹁ 瘰癧 さわ り﹂ を捉 え︑ 文書 史料 だけ でな く図 像資 料も 分析 に用 いた

︒ そし て︑ フラ ンス とイ ギリ スで は︑ 聖な る王 権と 民衆 の心 性と が合 致 した ため 呪術 的な 儀式 が王 権を 支え たこ とを

︑比 較史 の手 法か ら導 い た︒ そ のマ ルク

・ブ ロッ クと とも に﹃ アナ ール

﹄を 創刊 した のが リュ シ ア ン・ フェ ー ヴ ルで あ る︒ フ ェー ヴ ル は アン リ

ジ ャ ン・ マ ル タ ン と

資料1 平成16年度世界史B本試験第3問A

触手儀礼を行うアンリ4世 16世紀末,アンリ3世統治下のフランス

はユグノー戦争という宗教戦争のため混乱状 態にあった。外国勢力の介入によって国家統 一も脅かされていた。アンリ3世の暗殺で ア 朝が絶えると,1589年ブルボン家のアン リがアンリ4世としてブルボン朝を興した。

新教徒のアンリ4世は旧教に改宗することで この宗教的対立の解決を図った。また,アン リ4世は「瘰癧病」という腺病の患者へ触手 儀礼を行い,その情景を描いた版画を流布さ せ,新国王の神秘的な治癒能力や,王位継承 の正統性を民衆に誇示した。さらに1598年 の イ で新教徒にも大幅な信教の自由を与え るなどして,ブルボン朝の基礎を築いた。

― 217 ― センター試験世界史に登場したアナール学派

(12)

共に 一九 五八 年に

﹃書 物の 出現

﹄を 著 した

︒セ ンタ ー試 験で は︑ この フェ ー ヴル たち の研 究を 踏ま えて

︑ヨ ーロ ッ パで 活版 印刷 術が 登場 した こと によ り 普及 した 書物 に関 する リー ド文 を平 成 一六 年度 世界 史B 追試 験第 四問 A︵ 資 料2

︑掲 載さ れた 図は

︑﹃ 書 物の 出現

﹄ 一六 五ペ ージ にも 掲載

︶と 平成 一九 年 度 世 界 史 B追 試 験 第 三 問B

︵資 料3

︶ の二 件見 るこ とが でき る︒ こ れら 二つ のリ ード 文は

︑グ ーテ ン ベ ルク の 改 良 し た 活 版 印 刷 術 に よ り

︑ 書物 の製 作が 従来 の写 本よ りも 効率 的 にな った こと だけ では なく

︑そ の書 物 が︑ 近 代 的 な 科 学 や 思 想 を 普 及 さ せ

︑ ラテ ン語 に代 わる 国語 を確 立さ せて い った こと につ いて 述べ てい る︒ フェ ー ヴ ル ら が﹃ 書 物 の 出 現

﹄の 序 文 の 中

資料2 平成16年度世界史B追試験第4問A

当時の印刷工房 15世紀のヨーロッパに登場した ア 術は,製

紙法の発達とあいまって,社会における「書物」の もつ意味を大きく変えた。従来の書物は羊皮紙など に筆写された写本で,一般的に高価な奢侈品とみな されていたが,迅速で安価な書物製作によって,メ ディアとしての書物の役割や貢献がますます大きく なった。次の図は,ドイツ人 イ の考案とされ るこの ア 術に基づいて,ヨーロッパ各地に建 てられた印刷工房の様子を描いたものである。この ような印刷工房から生み出された出版物が,ルネサ ンスや宗教改革の運動などに影響を与え,近代的な 科学や思想の普及を促進したのである。

資料3 平成19年度世界史B追試験第3問B

中世ヨーロッパでは,書物と言えば,修道士たちが羊皮紙などに筆写したラテン語 の写本が多かった。このような写本による情報の伝達と保存という状況は,15世紀 半ばにグーテンベルクが実用化した活版印刷術によって大きく変化する。大量の書物 が安価に供給されるようになったほか,俗語の出版物を通して,標準的な文章語が形 成され,ヨーロッパの言語をめぐる文化は一変した。そして今日,1990年代以来,

電子媒体の発達と普及という「情報技術革命」が進行するなかで,情報の伝達と保存 のあり方は,大きく変容しつつある。(図は省略)

センター試験世界史に登場したアナール学派 ― 218 ―

(13)

︑本 書の 目的 は﹁ 印刷 術の 発見

﹂で はな く︑ その 印刷 術に よっ て制 作さ れた

﹁書 物﹂ が及 ぼし た文 化的 作用 と影 響 を 研究 する こと

と明 記し てい るこ とか らも

︑こ れら のリ ード 文が フェ ーヴ ルら の 研 究 の要 素 を 踏ま え て 作成 さ れ て い るこ とが 確認 でき る︒ 第

二節

ブ ロー デル と全 体史 アナ ール 学派 にお ける フェ ーヴ ルの 後継 者が フェ ルナ ン・ ブロ ーデ ルで ある

︒ブ ロー デル の大 著﹃ フェ リペ 二世 時 代 の地 中海 と地 中海 世界

﹄は 一九 四九 年に 公刊 され

︑日 本で も﹃ 地中 海﹄ とい うタ イト ルで 一九 九一 年に 出版 され 話 題 とな った

︒ 伝統 的な 政治 史中 心の 歴史 学で あれ ば︑ スペ イン 王フ ェリ ペ二 世と いう 人物 に焦 点を 当て て歴 史を 叙述 する

︒し か し

︑ブ ロ ー デル が 描 いた の は︑

﹁ 日 の没 す る こと な き 帝国

﹂を 築 い た 国王 の 姿 で は な く︑

﹁地 中 海﹂ 全 体 の 姿 で あ っ た

︒ブ ロー デル は次 のよ うに 回想 をし て いる

︒﹁ 少 し ずつ

︑私 は

︑自 分 の主 題 に 対 して 疑 問 を持 つ よ うに な っ た︒ フ ェ リペ 二世

︑用 心深 い王

︑悲 しみ の王

⁝私 は︑ しだ いに

︑彼 に心 を魅 かれ なく なっ た︒ そし て︑ 地中 海に

︑い っそ う 魅 かれ るよ うに なっ た﹂

︒ 平成 一六 年度 世界 史B 本試 験第 二問 Aの リー ド文

︵資 料4

︶は その

﹃地 中海

﹄か らの 引用 であ る︒ フェ ルナ ン・ ブ ロ ーデ ルの 名を 出し

︑﹁ 地 中海 の島 々は

︑特 に重 要で ある

﹂か ら 始 まる 地 中 海の 島 の 役 割に つ い ての 記 述 をそ の ま ま 引 用し てい る︒ ブロ ーデ ルは

︑地 中海 の島 を﹁ 大き な 歴史 の 通 り道

﹂と 表 現 し︑

﹁大 き な 歴 史は

︑し ば し ば島 に 行 き着 く

︒大 き な 歴 史は 島を 利用 する と言 った ほう がず っと 的確 であ ろう

﹂と 地中 海で の交 流に おけ る島 の重 要性 につ いて 説明 して い

― 219 ― センター試験世界史に登場したアナール学派

(14)

︒﹁ 事 件 史﹂ を 描 い た 第 三 部 で は な く

︑第 一 部

﹁環 境の 役割

﹂か ら引 用し てい るこ とを 考え る と

︑歴 史を 考え ると きの 地理 的重 要性

│歴 史的 事 件 の下 部に ある 構造 の重 要性

│を 伝え よう とす る 問 題作 成者 の意 図を 読み 取る こと がで きる

︒ 第

三節

歴 史人 口学 伝統 的な 実証 史学 は一 次史 料に あた ると いう こ と では 熱心 であ った が︑ 歴史 学に おけ る数 量的 分 析 を重 視す るよ うに なっ たの はア ナー ル学 派で あ っ た︒ ブロ ーデ ルは 経済 史・ 社会 史で 数量 史を 重 視 した が︑ その 影響 を受 け一 九五

〇年 あた りか ら 一 九七

〇年 代ま で︑ 数量 史の 勃興 が目 立つ よう に な っ た︒ こ の 歴 史 学 の 転 換 は

﹁数 量 史 革 命﹂

と 呼 ばれ てお り︑ はじ め価 格の 変動 を分 析す る経 済 史 に取 り入 れら れ︑ そし て歴 史人 口学 へと 発展 し て いっ た︒ キリ スト 教世 界で は︑ 町や 村の 教会 は教 区住 民

資料4 平成16年度世界史B本試験第2問A

次の文章は,フェルナン=ブローデル『地中海』の中の一節である。(浜名優美訳 による。引用文は一部書き改め,省略したところがある。なお,文章中のa〜dに は,以下の地図中に示した島a〜dの島名が入る。)

地中海の島々は,特に重要である。キプロス島,a島,b島,c島,d島,…など,

いくつかの島は,かなり大きく,ミニチュアの大陸である。小さい島にせよ大きい島 にせよ,それらの重要性は,島が海路に沿った不可欠な寄港地であり,また島と島の 間,あるいは時には島の沿岸と大陸との間で,航海する上で求められる比較的穏やか な海を提供しているということに由来する。

センター試験世界史に登場したアナール学派 ― 220 ―

(15)

の出 生︵ 生ま れて から 数 日後 にキ リス ト教 徒と し て の

﹁ 洗 礼

﹂ を 受 け る︶

︑ 結 婚

︵司 祭 が 神 の 名 の 下 に 結 婚 式 を 挙 げ

︑ 子供 を生 む資 格を 与え る と と も に 姦 淫 を 抑 制 す る︶

︑ 死 亡

︵終 油 の 秘 跡 を 行 い︑ 墓 地 に 埋 葬 す る︶ とい う人 間の 三つ の ライ フ・ ステ ージ を宗 教 的儀 礼に よっ て管 理し て いた

︒ブ ロー デル に師 事 した ピエ ール

・グ ベー ル は︑ 教区 ごと に司 祭が つ けて いた この 記録 簿に 注 目し

︑ル イ一 四世 時代 の ボー ヴェ 地方 の人 口動 態

資料5 平成15年度世界史B本試験第4問C

今日では社会史の研究が進んで,近世フランスの庶民の生活も次第に明らかになっ てきた。この時代,生きることは容易でなかった。出産で女性が生命を失うことが少 なくなかったし,乳幼児の死亡率も高く,半数しか20歳になれなかった。平年には 出生数が死亡数を上回ったが,天候不順や戦争による食糧事情の悪化,疫病の流行な どのために,大量の死者を出す「人口の危機」に度々見舞われた。人々の約8割は農 民で,たいてい近隣の同じような境遇にある者と結婚したが,家族の生活はこのよう な厳しい生存の条件に制約されていた。

下線部に関連して,次のグラフはフランスのある地域の洗礼(出生)・結婚・埋葬 件数と小麦価格の指数を示したもので,「人口の危機」が2回あったことが分かる。

折れ線a〜cを示す語の組合せとして正しいものを,以下の①〜⑥のうちから一つ選 べ。

①a−洗礼 b−結婚 c−埋葬

②a−洗礼 b−埋葬 c−結婚

③a−結婚 b−埋葬 c−洗礼

④a−結婚 b−洗礼 c−埋葬

⑤a−埋葬 b−洗礼 c−結婚

⑥a−埋葬 b−結婚 c−洗礼

(筆者により,関連箇所のみ引用)

― 221 ― センター試験世界史に登場したアナール学派

(16)

を 研究 した

︒平 成一 五年 度世 界史 B本 試験 第 四 問C

︵資 料5

︶で は

︑﹁ フ ラン ス の ある 地 域﹂ の 洗 礼︵ 出生

︶・ 結 婚

・ 埋葬 の件 数と 小麦 価格 の指 数に つい ての グラ フが 出題 され た︒ 統計 グラ フか ら︑ 小麦 の価 格が 一六 九四 年前 後と 一 七

〇九 年前 後の 二度 にわ たり 上昇 し︑ それ と関 連 して

﹁人 口 の 危機

﹂︑ つ ま り出 生 数 の 低下 と 死 亡数 の 増 加が 二 度 生 じ てい るこ とを 読み 取る 問題 であ る︒

﹁ 太陽 王﹂ ルイ 一四 世の 時代 は︑ フラ ンス 史の 中で も最 も 繁 栄し た 時 期と 考 え ら れて き た が︑ 人口 動 態 を詳 細 に 考 察 する と二 度も

﹁人 口の 危機

﹂が あっ たこ とが わか り︑ グベ ール は従 来の 伝統 的な 政治 史と は異 なる 歴史 像を 打ち 出 し た︒ しか し︑ グベ ール の﹁ 人口 動態 の危 機﹂ や﹁ 大量 死亡

﹂に 関す る論 証を 誇張 であ ると 批判 した 歴史 家た ちが 存 在 した よう であ る︒ 彼は

﹃歴 史人 口学 序説

﹄の

﹁日 本語 訳へ の原 著者 の序 文﹂ の中 で次 のよ うに 語り

︑フ ラン スの 伝 統 的な 歴史 観が 根強 いこ とを 批判 して いる

︒﹁

⁝ 残念 なが ら 実 にフ ラ ン ス的 な 感 情 が︑ この 歴 史 家た ち の 意見 に 味 方 し てい た︒ すな わち

︑偉 大な る国 王ル イ一 四世 が統 治し てい たの であ るか らに は︑ 一六 六二 年に も︑ 一六 九三

〜一 六 九 四年 にも

︑一 七〇 九〜 一七 一〇 年に も︑ 飢 饉は お ろ か︑

﹁食 糧 欠 乏﹂ さえ も 発 生 する は ず はな か っ た︵ 一七

〇 九 年 の 冬は ほん の少 々寒 いだ けだ った

!︶

︑ とい う願 望に も近 い感 情で ある

︒ こう した 数量 史は

︑文 字史 料か ら読 み取 る歴 史と は違 った 衝撃 を私 たち に与 えて くれ る︒ 高校 世界 史で はグ ラフ や 統 計資 料は 近代 以降 のも のが 中心 であ るが

︑授 業の 中で 生徒 が主 体的 に歴 史的 事象 を考 察す るき っか けを 生む 教材 と し て用 いる と︑ 資料 を読 み取 る力 とと もに 歴史 への 関心 も高 まる だろ う

︒ 第

四節

第 三世 代と 心性 史 ブロ ーデ ルや 数量 史に 対す る反 動と して

︑一 九六

〇年 代に 心性 史 が 再 発見 さ れ た

︒ 一九 六

〇 年︑ フィ リ ッ プ・ ア

センター試験世界史に登場したアナール学派 ― 222 ―

(17)

リ エ ス は﹃

︿子 供

﹀の 誕 生 ア ン シ ャ ン・ レ ジ ー ム 期 の 子 供 と家 族 生 活﹄ を 著 し︑ 中 世 ま で﹁ 小 さ な 大 人

﹂ と 見ら れて いた 人々 は︑ 一七 世紀 に独 自の 衣服 や学 校 教 育で の規 律の 導入 等に より

﹁子 供﹂ とし て発 見さ れ る よ う に な っ た と 主 張 し た︒ 第 七 章 で は

︑そ の﹁ 子 供

﹂に 読み 書き を教 える 場所 とし て一 七世 紀に 誕生 し た

﹁小 さ な 学校

﹂に つ い て説 明 し て いる

︒平 成 一 四 年 度 世 界 史B 追 試 験 第 一 問C

︵資 料6

︶で は︑ そ の

﹁小 さ な学 校

﹂が 取 り上 げ ら れ た︒ 一 八 八

〇 年 代 に 公 教 育が 整備 され るま では

︑カ トリ ック 教会 が運 営す る

﹁小 さ な学 校

﹂が

﹁読 み 書 き 能 力﹂ を 向 上 さ せ︑ 口 承 文 化か ら文 字文 化へ のゆ っく りと した 変化 につ いて 述 べ てい る︒ また

︑平 成二 四年 度世 界史 B本 試験 第一 問で は︑ 世 界 史に おけ る﹁ 死の 文化

﹂が テー マと され てお り︑ C

︵資 料7

︶で は ア リエ ス が﹃ 死 を前 に し た 人 間﹄ で 明 ら かに した キリ スト 教徒 の死 に対 する イメ ージ の表 象 と とも に︑ 煉獄 の誕 生に 関す る記 述も 見ら れる

︒煉 獄

資料6 平成14年度世界史B追試験第1問C

今日では,多くの人々が読み書きを当然のこととして暮らしている。しかし,そう なるには長い年月を要した。例えば,フランスでは,1880年代に学校教育が整備さ れ,教育を受ける機会が国民に保障されたが,読み書き能力の習得を目指す動きは既 に旧体制期に見られた。当時,王権は民衆の教育に意欲的でなかったが,カトリック 教会を中心に「小さな学校」が設立され,貧弱ながら読み書きや計算を学ぶ場が民衆 に提供された。都市的で洗練された文化が成長し,多様な書物が盛んに出版されるよ うになるなかで,口承文化になじんできた人々の前にも文字と書物の世界が少しずつ 開かれ始めた。

資料7 平成24年度世界史B本試験第1問C

死後の世界に天国と地獄が存在するという考えは,歴史上多くの宗教に確認され る。中世ヨーロッパにおいても,これら死後の世界のイメージは「最後の審判」の思 想と結びつく形で人々の想像力を強く規定するものとなる。12世紀後半には天国と 地獄の間に,罪の贖いの場として煉獄が存在するという考えが登場するが,ダンテは

『神曲』でそうした死後世界の様子を詳細に記述してみせた。また天国と地獄をめぐ る図像表現は,教会の扉口彫刻やステンドグラスに繰り返し採用され,これらを目に した信徒たちは死への恐れと救済への願望を新たにしたのである。中世末期からルネ サンスの時代にかけては,著名な画家たちもこの主題に取り組み,数多くの傑作が残

されている。 (図は省略)

― 223 ― センター試験世界史に登場したアナール学派

(18)

に つい ては

︑ジ ャッ ク・ ル

ゴ フの

﹃煉 獄の 誕生

﹄ が 有名 であ るが

︑彼 は社 会と 連 動 し たキ リ ス ト教 徒 の 心性 の 変 遷 か ら煉 獄の 誕生 を説 明し た︒ 一二 世紀 にお ける ヨー ロッ パ都 市の 飛躍 的な 発展 は︑ 裕福 な人 と貧 しい 人と いう 二項 対 立 的な 考え 方を

︑上 層の 人︑ 中層 の人

︑下 層の 人と いう 三項 図式 へと 変化 させ

︑同 様に 死後 の世 界に も天 国︑ 地獄 に 新 た に 煉獄 を 加 えた 死 後 の世 界 の 三 項図 式 を 生み 出 し た

︒ ル

ゴ フは

︑こ う し た 中世 の 人 々の 心 性 を﹁ 中間 領 域 の 思 考﹂ と 呼 び︑ 煉 獄と い う 新し い 時 間と 空 間 の 発明 に つ いて 説 明 する

︒さ ら に

︑中 世 の高 利 貸 はキ リ ス ト教 的 価 値 観 から は冷 遇さ れて いた ため

︑期 限付 きか つ善 行に より 脱出 可能 な天 国へ と続 く中 間地 の誕 生を 歓迎 し︑ 一方 でロ ー マ

カト リッ ク教 会も 商人 層を 取り 込む こと に成 功し たと ル

ゴフ は分 析し

︑中 世の 人々 の心 性に 切り 込ん でい る

︒ 第

五節

政 治文 化史 第三 世代 は︑ ブロ ーデ ルの 時代 には 経済 史の 陰に 隠れ てい た政 治史 にも 再度 注目 する よう にな った

︒モ ーリ ス・ ア ギ ュロ ンも その 一人 であ り︑

﹁ 実り ゆた かな 政治 史と 文化 史の 相互 浸透

﹂ を 果 た し た政 治 文 化史 の 研 究者 で あ る︒ ア ギ ュロ ンは

︑フ ラン ス革 命後 の九

〇年 間に

︑﹁ 共 和国

﹂と い う 理念 が フ ラン ス に 根 付い て い く経 緯 に つい て

﹁マ リ ア ン ヌ像

﹂か ら迫 った

︒マ リア ンヌ の肖 像は

﹁擬 人化 され た共 和国

﹂で あり

︑王 党派 や伝 統的 なカ トリ ック 信仰

︑さ ら に は民 衆文 化が 残る 一九 世紀 フラ ンス の人 々の 意 識に 共 和 国の イ メ ージ を 視 覚 的に 共 有 させ た

︒ア ギ ュ ロン は

︑﹁ 政 治 的理 想を 視覚 的に 象徴 化す るこ とは

︑闘 いの なか では つね に︑ 手段 で あ る と同 時 に 結果 で も あっ た

﹂ と述 べ

︑﹁ 闘 う マリ アン ヌ﹂ が果 たし た役 割を 強調 した

︒平 成一 六年 度世 界史 B本 試験 第一 問A

︵資 料8

︶は

︑そ のア ギュ ロン の 研 究﹃ フラ ンス 共和 国の 肖像

闘 うマ リア ンヌ 一七 八九

〜一 八八

〇﹄ を踏 まえ た内 容で あり

︑こ の文 献の 二一

〇ペ ー ジ にも 掲載 され たク レザ ンジ ェ作

﹁共 和国

﹂の 肖像 が図 bで 使用 され てい る︒

センター試験世界史に登場したアナール学派 ― 224 ―

(19)

資料8 平成16年度世界史B本試験第1問A

近代ナショナリズムは,18世紀末から19世紀にかけてヨーロッパと南北アメリカ 大陸に現れて以降,多くの場合,ネーション(国民・民族)を基盤とする国家,すな わち「ネーション・ステート(国民国家)」の建設と強化を志向してきた。その際,

国民国家を人々に意識させるために,シンボルや儀礼が盛んに用いられた。そうした シンボルや儀礼の例として,国民国家を象徴する旗や歌,彫像など,また,ネーショ ンの歴史のなかで重要とみなされた,建国や革命,戦争のような事件を記念する記念 碑や祭典がある。

下線部に関連して,次の図aとbは,国民国家のシンボルを示す二つの例である。

これらの図について述べた次の文章の空欄 ア と イ に入れる語の組合せと して正しいものを,以下の①〜④のうちから一つ選べ。

図aは, ア における勝利を記念してドイツで建設されたもので,その百周年 にあたる1913年に落成式が行われた。また,図bは,フランスで1878年に設置さ れた「共和国」像であり,その左手にあるのは, イ 共和政の下で1875年に制 定された憲法である。

① ア−ライプツィヒの戦い イ−第三

② ア−ライプツィヒの戦い イ−第五

③ ア−タンネンベルクの戦い イ−第三

④ ア−タンネンベルクの戦い イ−第五

(筆者により,関連箇所のみ引用)

― 225 ― センター試験世界史に登場したアナール学派

(20)

社会 的結 合︵ ソシ アビ リテ

︶と いう 用語 がフ ラン スで 多く 使用 され るよ うに なっ た の も︑ アギ ュロ ンの 貢献 であ る が

︑日 本に お け る ソシ ア ビ リテ 論 は︑ ア ナー ル 研 究 の 第一 人者 であ る二 宮宏 之に よっ て定 着し

︑西 洋史 のみ なら ず日 本の 歴史 学全 般に 影 響 を与 えて いる

︒平 成一 九年 度世 界史 B本 試験 第四 問B

︵資 料9

︶は

︑近 代政 治が 確 立 する 中で 結社 が果 たし た役 割に つい て紹 介し てい る︒ 政治 とは

︑知 的エ リー トが 生 み 出し た文 化と 民衆 文化 の衝 突と 変容

︑調 和の 場で あり

︑ソ シア ビリ テは 社会 史や 政 治 文化 史の キー ワー ドと なっ た︒ 第

六節

記 憶の 場 ピエ ール

・ノ ラは

︑一 九八 四年 から 一九 九二 年の 長期 間に わた り多 くの 歴史 学者 が 参 加し た﹃ 記憶 の場

﹄と いう 大部 な研 究を 編 纂 し

︑ 一 九九 七 年 まで 社 会 科学 高 等 研 究 院の 教授 であ った

︒ノ ラは

︑史 学史 的な アプ ロー チに より フラ ンス 国家 の歴 史に 切 り 込ん だが

︑そ の歴 史学 は︑

﹁ 原因 より 結果 に多 くの 関心 を寄 せる

﹂﹁ 事件 それ 自体 よ り も︑ 時を 経て 事件 のイ メー ジが どう 作ら れて いく か︑ その 意味 が消 滅し たり

︑蘇 っ た りす るこ との ほう に注 目す る﹂ とい った 歴史 認識 に焦 点を 合わ せた 研究 であ り︑ フ ラ ンス 国の

﹁再 記憶 化﹂ でも あっ た

︒ この 研究 姿勢 は︑ 教科 書に 記述 され てい る﹁ 歴史

﹂を 無批 判に 絶対 的な 事実 とし て 生 徒に 覚え させ てい る我 々高 校教 員に

︑歴 史を 学ぶ 意義 につ いて 改め て考 える 機会 を

資料9 平成19年度世界史B本試験第4問B

ヨーロッパにおける啓蒙思想は,人間理性と個人の良心を認識と行動の根拠とする 新しい世界観をもたらした。これを知的背景として,自立した市民たちが自由意志に 基づいて団体を結成し,平等な資格で規約を結び,代表を選出するような新たな人の 結び付き方が生み出された。そのような市民たちの結社は,19世紀の自由主義を支 え,1848年革命では,ヨーロッパの諸都市で「結社の自由」が要求された。ヨーロ ッパにおける立憲政治・議会制の発展は,このような結社の政治文化を抜きにして考 えることはできない。19世紀後半になると,結社活動は,自らの利益を守ろうとす る農民や労働者にも広がり,これらの人々の代表も議会へ送り出された。

センター試験世界史に登場したアナール学派 ― 226 ―

(21)

与 えて くれ る︒

﹁ 教科 書に 書か れて いる から 覚え る﹂ では なく

︑﹁ な ぜ 教科 書に 書か れて きた のか

︒ど のよ うに 書か れて きた のか

﹂を 考 え るこ とが

︑本 来の 歴史 の授 業で ある はず だ︒ セン ター 試験 世界 史 で は

︑日 本 の歴 史 教 育に と っ て も重 要 と なる こ の﹁ 記 憶の 歴 史 学

﹂ 研 究か ら引 用し た︑ フラ ンス 史に 関す るリ ード 文が 多い

︒ 平成 一四 年度 世界 史B 本試 験第 四問 B︵ 資料 儗︶ は︑ フラ ンス 革 命 の祭 典に 関す るリ ード 文で あっ た︒ これ は︑ モナ

・オ ズー フの 仕 事 によ るも ので ある が︑ 彼女 は︑ 革命 祭典 は革 命に より 新し い人 間 を 創造 する とい う意 図を 表明 し︑ 古い 秩序 から の断 絶と 新し い世 界 の 到来 とを 演出 する ため の手 段で あり

︑そ の意 味で 祭典 は新 しい 秩 序 を 教 示 す る﹁ 大 人 の 学 校

﹂で あ っ た︑ と 主 張 す る

︒そ の た め に

︑革 命祭 典の 中で は︑ 革命 の意 図を 視覚 的に 明確 化す るシ ュミ ラ ー クル が繰 り広 げら れた

︵掲 載さ れた 全国 連盟 祭の 図は

︑邦 訳﹃ 革 命 祭典

﹄の 表紙 カバ ーに も使 用さ れて いた

︶︒ また

︑平 成一 七年 度世 界史 B本 試験 第一 問C

︵資 料儘

︶で もフ ラ ン ス史 にお ける 記憶 がテ ーマ とさ れて いる

︒こ こに は︑ フラ ンス 国 家 の記 憶を

︑世 界史 にお ける 重要 な歴 史的 事象 であ る文 明の あけ ぼ の とし ての ラス コー と近 代化 の始 まり とし ての フラ ンス 革命 を結 び

資料10 平成14年度世界史B本試験第4問B

共和政期の祭典などが催され,しばしば過去の偉大な人物や出来事にかかわる記憶が 喚起された。同じ過去を共有することで,人々の間に一体感や政治体制への共感が生 まれると期待されていたのである。

祭りや儀式が政治的な意味を持つことが ある。フランス革命では,バスティーユ襲 撃一周年を祝った全国連盟祭などの「革命 祭典」が頻繁に行われ,祭り特有の高揚し た雰囲気のなかで,新しい価値観を表すシ ンボルや儀礼が登場した。革命祭典には,

過去と断絶した国民を新たに創出したいと いう願望が込められていた。政治体制が目 まぐるしく変化した19世紀にも,ナポレ オン1世の生誕を記念した第二帝政期の祭 典,フランス革命の諸事件を記念した第三

― 227 ― センター試験世界史に登場したアナール学派

(22)

資料11 平成17年度世界史B本試験第1問C

を進める会合が, (9) で開催され,著名な洞窟壁画の見学会が恭しく行われた。

その壁画は,フランス最古の「モニュメント」であり, (9) は人類の先史文明 を象徴する場とされたのである。

1980年代のフランスでは,諸文明の継 承者であるという自負を示すかのように,

ルーヴル美術館の中庭のガラス製ピラミッ ドや,パリ近郊のデファンス地区の「ラ=

グランド=アルシュ」など,古代文明の建 造物を現代風にアレンジした建築物が造ら れた。「ラ=グランド=アルシュ」は,人 類を乗せて未来へ旅立つ「大きな箱舟」を 意味するとともに,現代の凱旋門として,

古代ローマ文明とつながるフランスの歴史 の 流 れ を も 人 々 に 想 起 さ せ る。さ ら に 1989年に,革命200周年記念式典の準備

資料12 平成19年度世界史B本試験第3問C フランス革命期には,パリを舞台として,共和国

という新しい国家理念が表現された。サント=ジュ ヌヴィエーヴ教会は「パンテオン(万神殿)」とな り,啓蒙思想家や革命家を祀る記念墓所として,彼 らを神話化する場となった。パリの中心部を横断す る大通りによって,バスティーユ監獄の跡地と革命 広場(現在のコンコルド広場)とを結び付け,都市 空間の中で革命を象徴化することなども構想され た。この都市計画は未完に終わったが,王政復古や 二度にわたる帝政を挟みながらも,共和政の理念は 次第にフランスに定着し,現在の第五共和政に至っ ている。

センター試験世界史に登場したアナール学派 ― 228 ―

(23)

つ け︑ 人類 史に おけ るフ ラン スの 重要 性を 再認 識さ せる 装置 とし ての 表象 を汲 み取 るこ とが でき る︒ さら に︑ 平成 一九 年度 世界 史B 本試 験第 三問

︵資 料儙

︶で は﹁ 国家 は建 国に まつ わる 神話 や象 徴を 用い たり

︑理 念 を 掲げ たり して その 正統 性を 主張 して きた

﹂と 述べ

︑C では 都市 空間 とい う表 象か らフ ラン ス共 和国 の創 出を 分析 し て いる

︒フ ラン スは 革命 によ り王 政か ら共 和政 へと 移行 した もの の︑ 共和 政は 不安 定な 状態 が続 き︑ 国家 統合 のた め に も国 民に 対し て革 命と 共和 国の 正統 性を 強く 打 ち 出す 必 要 性が あ っ た︒ サ ント

ジュ ヌ ヴ ィエ ー ヴ 教会 は

﹁パ ン テ オ ン︵ 万神 殿︶

﹂ へと 改築 され

︑ア ンシ ャン

・レ ジー ムの キリ スト 教色 を払 拭す ると とも に︑

﹁フ ラン ス人

﹂の 啓蒙 思 想 家や 革命 家た ちを 祀る 場と なっ た︒ また

︑バ ステ ィー ユ監 獄の 跡地 も革 命広 場と され

︑パ リと いう 都市 空間 の中 で 革 命は 象徴 化さ れ︑ そし て記 憶化 され てい った

︒ こ れら の 研 究は

︑﹃ 記 憶 の場

﹄の 中 で モ ナ・ オズ ー フ がパ ン テ オン を 担 当 し

︑ ラス コ ー につ い て は先 史 考 古 学 者 ジ ャン

ポー ル・ ドゥ ムー ルに よっ て︑ やは りラ

グ ラン ド

ア ルシ ュか ら考 察が 始め られ てい る

︒ 第

七節

感 性の 歴史 と象 徴 感性 の歴 史は

︑心 性史 や表 象研 究を 継承 して

︑今 では アナ ール 学派 の最 も精 力的 なテ ーマ の一 つで ある

︒そ の代 表 的 な歴 史家 アラ ン・ コル バン の研 究翻 訳は 日本 でも 非常 に多 く︑ 彼は 感性 の歴 史を 軸と しな がら

︑多 くの 分野 での 研 究 に取 り組 んで いる

︒平 成一 八年 度世 界史 A追 試験 第四 問A のリ ード 文︵ 資料 儚︶ は︑ コル バン が編 集し た﹃ レジ ャ ー の誕 生﹄ に関 わる 内容 であ った

︒ コル バン は︑ その 序文 の中 で余 暇︵ レジ ャー

︶を 研究 対象 とす る目 的に つい て次 のよ うに 語っ てい る︒

⁝余 暇が

︑ 欲 望・ 期待

・悔 恨が 織り あげ るも のの 中心 に置 かれ るこ とに なる

︒も う百 年以 上前 から こう した 新し い時 間的 指標 の

― 229 ― センター試験世界史に登場したアナール学派

(24)

到来 を刻 んで きた

︑様 々な 段階 を跡 づけ

︑そ れに 基づ いて 歴 史を 区切 るこ とを 考え るべ き時 が来 てい る︒ 自由 に使 える 時 間を 得る ため の闘 争を 前面 に出 すの では なく

︑自 由時 間の 使 い方 の案 出を 前面 に押 し出 すよ うな 歴史 の記 述を 試み る時 が 来て いる のだ

︒ リ ード 文が 単に 労働 闘争 とし ての 余暇 の獲 得と いう 内容 で あれ ば︑ コル バン の研 究を 反映 した もの とは 言え ない

︒し か しリ ード 文は

︑工 業化 以前 には

﹁労 働と 余暇 は明 確に 切り 離 され てい なか った

﹂か ら始 まり

︑労 働者 たち が時 間と いう 観 念を 有す るよ うに なり

︑そ の時 間と の兼 ね合 いに おい て﹁ 余 暇﹂ をと らえ てい るこ と︑ そし て﹁ 余暇 の過 ごし 方﹂ につ い て 言及 し て いる こ と から 考 察 し ても

︑﹃ レ ジ ャ ー の 誕 生﹄ の 内容 が反 映さ れて いる こと がわ かる

︒ 最 後に 検討 して いく のは

︑ミ シェ ル・ パス トゥ ロー の仕 事 で あ る︒ パ ス ト ゥ ロ ー は フ ラ ン ス を 代 表 す る 紋 章 学 者 で あ り︑ 紋章 から 派生 して 色彩 そし て動 植物 の象 徴的 機能 に研 究 対象 を広 げて おり

︑邦 訳さ れた 著書 も多 い︒ 一九 八三 年か ら 高等 実習 研究 院第 四部 門の

﹁西 欧象 徴体 系史 講座

﹂教 授を 務

資料13 平成18年度世界史A追試験第4問A 工業化が始まる以前の西欧では,社交や祝祭が労

働の間に割り込み,労働と余暇は明確に切り離され ていなかった。ところが工業化が始まると,機械の リズムや時計が刻む時間に従って,労働者は厳しい 規律に拘束されて,長時間労働を強いられるように なった。その一方で,労働時間と余暇時間がはっき りと区分されるようになったため,19世紀の後半 以降,欧米の労働者たちは,余暇時間の拡大を目指 し,労働時間の短縮や休暇日数の増加を強く要求す るようになる。その後欧米では,余暇時間が増加す る一方,生活水準が全体として向上し,それととも に,特に大都市での余暇の過ごし方が多様化してい った。

センター試験世界史に登場したアナール学派 ― 230 ―

(25)

めて おり

︑ア ナー ル の 拠点 で あ る社 会 科 学 高等 研 究 院で

︑ジ ャ ン

ク ロ ード

・シ ュ ミ ッ トら と共 同ゼ ミナ ール も開 いて いる

︒ 色 彩に 関す る研 究は 中世 ヨー ロッ パ人 の服 飾史 とも 関連 する が︑ 平成 二〇 年度 世界 史 B本 試験 第四 問A

︵資 料儛

︶は 象徴 的機 能と して の衣 服が テー マと して 設定 され

︑そ の Aで はロ ーマ 帝国 から 中世 ヨー ロッ パに かけ ての 衣服 が取 り上 げら れて いる

︒衣 服研 究 はア ナー ルの 歴史 家た ちの 貢献 が大 きく

︑そ の研 究手 法は 文学 作品 など の文 献や 絵画 な どの 図像 から 服飾 に関 する 表象 を考 察し たり

︑財 産目 録か ら服 装を 掘り 起こ した りと 多 様で ある

︒中 世ヨ ーロ ッパ にお ける 物質 文化 と し て の衣 服 は︑ そ の色 や 素 材が 階 層 の コー ドと なり

︑生 活風 景の 中に 現れ る衣 服は シン ボリ ック な意 味を 担い

︑中 世人 の想 像 世 界を も 規 定し た

︒中 で もパ ス ト ゥ ロー は 色 彩 に 注 目 し︑ 中 世 ヨ ー ロ ッ パ 人 が

﹁色

﹂ をど のよ うに 見て いた のか

︑そ の感 性に 切り 込ん でい る

︒ ま た︑ パス トゥ ロー は紋 章 に描 か れ た動 物 か ら中 世 ヨ ー ロッ パ 人 の心 性 を 探 ろう と

︑ 動物 の歴 史に つい ても 研究 を広 げて いる

︒特 に︑ パス トゥ ロー 自身 は豚 や熊 につ いて の 考察 から

︑両 者の イメ ージ を歴 史的 見地 か ら 再構 築 し てい る

︒平 成 一九 年 度 世 界史 B 本試 験第 二問 Cで は︑ 豚と 人間 との 身近 なか かわ りに つい ての リー ド文 であ り︑ また 平 成二 七年 度世 界史 A本 試験 第二 問A

︵資 料儜

︶で は︑ 紋章 に描 かれ た力 の象 徴と して の 動物 たち と従 順の 象徴 とし ての 家畜 の表 象に つい て説 明が なさ れて いる

︒ 平 成二 七年 度世 界史 B本 試験 第四 問A

︵資 料儝

︶で は︑ チェ スが 題材 とし て取 り上 げ

資料14 平成20年度世界史B本試験第4問A

社会に身分の区別があった時代には,衣服は身分や階層を表示する手段でもあっ た。ローマ帝国では,赤紫に染めた衣は,皇帝だけが着用できるものだった。古代地 中海世界では絹織物が珍重されたが,中世以降のヨーロッパで生産された主要な織物 は毛織物である。柔らかで目の詰んだ高級毛織物がある一方で,庶民の衣料に用いら れるような安価な製品も生産された。1294年のフランス国王フィリップ4世の王令 では,身分ごとに許される衣服が定められている。このような服飾規制は,地域によ っては近代まで存続した。

― 231 ― センター試験世界史に登場したアナール学派

(26)

ら れて いる が︑ 興味 深い のは チェ スの 駒が 伝播 先の 社会 に合 わ せ て変 化し たと いう こと であ る︒ パス トゥ ロー によ ると

︑例 え ば 象の 駒は イン ドで は軍 隊を 象徴 する もの であ った が︑ アラ ブ 人 たち は象 のイ メー ジを 駒に 維持 した もの の︑ イス ラー ムが 生 命 のあ るも のの 形象 化を 禁じ てい たた め︑ 他の 駒同 様に 強く 様 式 化 し︑ 駒 の形 を 象 から 牙 だ け を残 し た 角形 隆 起 物で 表 し た

︒ し かし

︑キ リス ト教 徒は この 駒を 理解 する こと がで きず

︑駒 の 上 に乗 った 角形 隆起 の形 に︑ 司教 冠を 見て とっ たと いう ので あ る パ ︒ ス トゥ ロー はこ のよ うに 日常 の身 近な 対象 をテ ーマ に特 異 な 観点 から 歴史 を考 察し てい くが

︑そ の研 究は 単に 対象 の元 始 を 追究 する こと では ない

︒彼 は︑ 色彩 や動 植物

︑さ らに は遊 戯 に 至る 様々 なも のが 有す る象 徴に 焦点 を当 て︑ 中世 ヨー ロッ パ と 現 代 の間 で の 認識 の 違 い を解 明 し てい く 作 業︑

﹁象 徴 の 解 釈 と は︑ この 物質 的な もの と非 物質 的な もの のあ いだ の関 係を 捉 え

︑そ れ を 分 析 し て 存 在 や 事 物 の 隠 さ れ た 事 実 を 見 出 す こ と

﹂ に 研 究 の 意 義 を 見 出 し て い る

︒こ れ ら の リ ー ド 文 も︑ 衣 服 や動 物な どの 象徴 を通 じて

︑時 空間 の異 なる 世界 の人 間に つ

資料15 平成27年度世界史A本試験第2問A

ヨーロッパでは,しばしば,鷲,ライオン,熊のような力強い動物が権力のシンボ ルとして使われる一方で,搾取や迫害を受ける地域や集団は,牛や羊など,利益を生 む従順な動物に喩えられた。中世末期に,ローマ教皇庁が贖宥状(免罪符)を販売す るようになると,その主たる対象とされたドイツは,ローマの資金源となり,「ロー マの牝牛」と呼ばれた。続く宗教改革の時代には,印刷物に,弾圧するカトリック聖 職者が狼,迫害されるプロテスタントの民衆が羊として描かれた。

資料16 平成27年度世界史B本試験第4問A

今日のチェス(西洋将棋)の原型となった遊戯は,インドで誕生し,東西に伝わっ たとされる。この遊戯で用いられる駒は,もともと王・司令官・象・騎兵・軍事・歩 兵を表していたが,伝播先の社会に馴染みの深い身分や役職に変化した。例えば,中 世ヨーロッパでは,司令官駒は女王駒に,象駒は司教駒に,戦車駒は裁判官駒になっ た。近代になると,チェスは市民層に広まり,20世紀には世界的規模で普及した。

今日では,2年に1度,チェスのオリンピックと呼ばれる国や地域別の対抗団体戦も 開催されている。

センター試験世界史に登場したアナール学派 ― 232 ―

表 1 センター試験世界史 B 本試験に登場したアナール学派 「アナール」の歴史家 邦訳文献 モナ・オズーフ 『革命祭典』 ピエール・グベール 『歴史人口学序説』 モーリス・アギュロン 『フランス共和国の肖像』 フェルナン・ブローデル 『地中海』 マルク・ブロック 『王の奇跡』 ピエール・ノラ 『記憶の場 第 3 巻模索』 ピエール・ノラ 『記憶の場』等 アルフォンス・デュプロン 『サンティアゴ巡礼の世界』 ミシェル・パストゥロー 『王を殺した豚 王が愛した 象』 ピエール・ノラ 『記憶の場 第 2 巻統合
表 2 センター試験世界史 B 追試験,世界史 A に登場したアナール学派 「アナール」の歴史家 邦訳文献 フィリップ・アリエス 『〈子供〉の誕生』 ピエール・ノラ 『記憶の場』 L

参照

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