メンタルヘルスケアにおけるSNS相談の効果と可能 性について
著者 宮川 路子
出版者 法政大学人間環境学会
雑誌名 人間環境論集
巻 20
号 2
ページ 29‑50
発行年 2020‑03‑23
URL http://doi.org/10.15002/00023041
1.はじめに ~SNS 相談に寄せられる期待とその背景~
筆者はこれまで大学教員として精神面で不調となった学生の相談、あるいは通 学できなくなった学生の相談に応じてきた。また、産業医としてメンタルヘルス ケアに力を入れ、うつ病をはじめとする精神面でのトラブルを抱える社員のケア に取り組んできた。さらに、クリニックでの診療では心療内科において、うつ 病、不安障害、不登校、ひきこもりなどの治療を極力処方薬を使用せずに栄養療 法を軸としながら行っている。
大学教員として、また会社での産業医の立場で対応する場合には原則として自 分では処方薬による治療を行わず、主としてカウンセリングと栄養療法の指導に よるサポートを行なっている。その際、医療が必要と思われるケースについては 精神科医に紹介状を書いて医療導入を行う。
カウンセリングならびに栄養療法には、初回の面談においては平均 1 時間、2 回目以降は最低でも 30 分の時間をかけて対応することにしているが、このよう に時間をかける手厚い対応は教員あるいは産業医という立場であるからこそ可能 となっているものであり、通常の保険適応の診療においては不可能であると思わ れる(「10.保険診療による精神科診療の時間の問題について(参考資料)」を参 照)。しかし、精神面の問題を解決していくためにはまとまった時間をかけるこ とが必要である。実際に診療やカウンセリングの場面においては、医師やカウン
メンタルヘルスケアにおける SNS 相談の効果と可能性について
宮川 路子
セラーからの問いかけに対してすぐに答えることができない患者も多い。しっか りとした聞き取りによる問題把握、治療や指導、カウンセリングを行うためには ある程度の時間を確保することが非常に重要である。
近年、働く人のストレスが多様化しており1)、精神面で不調となる社員の数が 急増している。筆者が産業医として勤務する企業においても、メンタルヘルスの 事例が大幅に増加し、面談に相当な時間を要するようになってきた。しかし、産 業医としての勤務時間は限られているため、優先順位をつけ、時間を有意義に利 用するための方法を模索しているところである。また、精神面の不調をいかに早 期に、軽症のうちに発見し対応するかということも課題となっている。
企業のメンタルヘルス対策の一つとしてはEAP(Employee Assistance Program:従業員支援プログラム)のサービスを提供している会社と契約し、社 員が 24 時間いつでもカウンセラーと電話ができたり、その後必要な場合には対 面式のカウンセリングを受けられるという状態にしているが、電話や対面でのカ ウンセリングは時間的、場所的、精神的なハードルがあって利用を躊躇している という意見が寄せられている。
現在、社員からの相談の多くは、不調を察した職場の上司や同僚を通じて、あ るいは本人から個別に健康管理室の保健師に申し入れがあり、産業医へとつなげ る形を取っている。しかしこの方法では、「人にあまり知られたくない悩みがあ る」、「職場の人間関係が問題となっている」、「家族の問題について聞きたいこと がある」というような時に相談をしづらいという意見も多い。そしてもう少し気 軽な形で相談ができればという希望も寄せられている。
このため、アクセスについての問題を改善することに加えて、資源を有効に活 用するためにも LINE などの SNS による健康相談を行うことを最近検討し始め た。産業保健の現場において、産業医と社員が SNS で双方向につながり、産業 医からは折に触れて健康についての話題を送信するなどして情報提供、健康教育 を行い、悩みや相談事がある社員は直接個別に産業医に連絡が取れるシステムが 構築されれば、より多くの潜在的な悩みを拾い出し、精神疾患が顕在化、重症化 する前に発見できるのではないかと考え、今後試行予定である。
このようなアイデアを考慮中に、厚生労働省、文部科学省による SNS 相談事
業が行われていることを知った。これらの事業は、スマートフォンの普及に伴 い、SNS を コミュニケーション手段として活用している若者が急増しているこ とを背景に、10~20 代の若者の自殺率が高いこと、インターネットを通じたい じめが増加していること、またいじめを受けていることを誰にも相談できず、一 人で悩む子どもたちが多く、その対応が課題となっていることに対する解決法を 探るために始められたものである。
2.厚生労働省、文部科学省などによる SNS 相談事業
厚生労働省では、10~20 代の若者の自殺率が高いことを受け、平成 30 年 3 月 に 自殺防止を目的とした SNS を活用した相談事業を開始している2)。若者が日 常的に使用する SNS を通じてリスクのある者にアプローチすることが自殺の予 防に有効であると考えられるようになってきているためである。現在すでに無料 で相談ができる SNS 相談窓口があり、厚生労働省のホームページでそのリンク が紹介されている3)。東京都、神奈川などの自治体においても試験的に SNS 相 談事業が立ち上げられ、東京都では今まで試行的に行ってきた SNS による相談 を平成 31 年 4 月より本格的に開始している4-5)。さらに、東京都は令和元年度東 京都地域自殺対策強化補助事業として、2019 年 11 月~12 月に、ひきこもりを対 象とした「ひきこもり生きづらさココロゴト SNS 相談」も実施している6)。 また文部科学省は、「SNS 等を活用した相談体制の在り方に関する調査研究」
事業を平成 31 年度に実施している7)。文部科学省の事業においては、すでに 2017 年度に行われた『SNS を活用したいじめ等に関する相談体制の構築に係る ワーキンググループ』の研究において、SNS 相談の必要性や求められる条件な どが明らかにされている8)。
この研究で示された SNS 相談の必要条件としては、
⑴ 児童生徒が相談しやすい時間帯や曜日(理想は 24 時間 365 日受付)
⑵ これまでの電話相談とは異なる「SNS 相談の特性」を相談員が習得す ることが必須であり、SNS に習熟している大学生などの若い世代の活 用も視野に入れる
⑶ 深刻な心理状態にある相談者への優先(緊急)対応を実現する
⑷ できるだけ多くの相談者に対応できる体制・仕組みづくりを行う
⑸ 特定端末・特定アプリに限定されない相談環境を提供する
などが挙げられた。また、これらの課題を中学生、高校生たちの現状に適した理 想の形で解決するために従来の SNS 相談とは異なる手法を用いた“新たな相談 体制”を構築していくことが目的として掲げられている。
文部科学省の事業では、学校、生徒に向けて案内(リーフレット)を作成・配 布し、相談事業を実施すること、2019 年度中に結果を分析し、報告、検証、評 価が行われる予定となっている。
3.SNS 相談事業の需要について
厚生労働省が自殺対策として実施している SNS の相談事業では、2018 年度の 相談件数が延べ 2 万 2,725 件に上ったことが 2019 年 6 月に発表された9)。 相談者については女性が 92%、男性が 8%と、女性が圧倒的に多く、年齢は未 成年の 44% が最多で、20 代の 41% が続いた。相談に利用された SNS としては、
LINE が 1 万 9,412 件と 8 割を超え、チャット 3,108 件、その他 205 件となって いる。1 件の相談でも内容が複数の項目にわたるものがあるため、相談内容は相 談件数よりも 1 万件以上も多い計 3 万 5,104 件となった。相談内容の内訳は「メ ンタル不調」が 8,282 件(24%)、「自殺念慮」が 7,012 件(20%)、「家族」が 3,879 件(11%)、「学校」が 2,993 件(9%)、「勤務」が 2,214 件(6%)の順番だった。
また、文部科学省が 2018 年 4~12 月に 30 自治体の児童生徒を対象に実施した SNS 相談事業には 1 万 1,039 件の相談が寄せられており、相談内容としては「友 人関係」が 22%、「学業・進路」と「いじめ問題」がそれぞれ 10%、「心身の健 康・保健」が 8% であった10)。
2018 年の自殺者は前年より 481 人減の 2 万 840 人で、自殺者数は 9 年連続で 減少しているが、未成年者の自殺については 1998 年以降、横ばいの状態が続い ており、いまだ対策が望まれている11)。これらのデータからみると、若者にお ける SNS 相談の需要は大変大きいと考えられる。
このような状況を受け、2019 年 3 月には、自殺防止を目的とした SNS での相 談対応のノウハウなどをまとめたガイドライン(自殺対策における SNS 相談事 業ガイドライン)が公表された12)。このガイドラインには、相談事業を実施す るものが知っておくべき相談体制、利用者に周知すべき事項、相談の姿勢、SNS 相談のメリット、デメリット、文字による相談の注意点、相談の流れ、相談への 応答例、若者の使用することば集、事例集13)、相談員研修の主な項目14)などが 含まれ、非常に参考になる内容となっている。
4.SNS 相談の利点
① アクセスのハードルが低い
精神疾患が増加している現在、精神科にかかることが以前と比較するとハード ルが下がって身近なものとなっているとはいえ、いまだ精神科受診やカウンセリ ングを受けることにかなり抵抗感を持つ人が相当の割合でいると考えられえてい る。また、自分がどのような状態なのかを客観的に把握できない人もいるため、
受診に至らないケースも多い。特に生徒、学生は不調があったとしても自分で病 院を受診する行動を取れないことがほとんどであろう。学校のカウンセリング ルームの利用については、「行ったことが友人に知られると変な目で見られてい じめられる」、「親や先生に心配をかけてしまう」、「カウンセラーの先生が限定さ れていて、信頼できないと感じるとそれ以上行けなくなる」、などの不安の声が あり、利用のハードルが高いことが示唆されている。これに対し、SNS 相談は、
“非常に気軽に”、“誰でも”、“どこにいても”、“どんな時でも”、“無料で”相談 ができることから、10 代の学生のちょっとした悩みを吸い上げることが容易で あると考えられる。
さらに、対面では気軽に相談できないようなケース、例えば不安障害や吃音 の患者などは、SNS であるからこそ相談が可能となるケースもあると思われる。
また、相談内容によって、たとえば性的な問題、LGBT の問題などについては、
SNS で個人情報が守られており、顔を見せなくても良いということで、安心し て相談ができると考える人も多いであろう。LGBT については、性別を“自分が
望む性”として登録して相談をすることも可能であるし、カミングアウトできる 場の提供にもつながると考えられる。
② 時間、場所の制約がない。
学校のカウンセリングルームや大学の学生相談室は、開いている時間が限られ ており、時間内に訪れることのハードルが高い。不登校の生徒、学生にとっては 家から外に出ていくこと自体が難しく、また昼夜逆転していて日中起きられない 学生などが開室時間内に相談室を訪れることは不可能である。SNS 相談では時 間的、場所的な制約がないため、相談をすることが容易となる。
また、不登校の学生の相談、クリニックでの診療においては、ひきこもりで ずっと家から出られないような患者について両親が代わりに相談・受診に来るこ とも多いが、そのようなケースに対して、SNS を利用して直接患者本人と対話 ができるようになると、指導も容易となり、回復が早くなる可能性があると考え ている。
③ 資源の有効利用
対面の診察、カウンセリングでは信頼関係の構築を含めて、初回には最低 1 時 間は必要となる。また、カウンセラーや医師は相談者、患者と一対一で向き合う ことになり、対応できる人数は限られる。一方 SNS 相談では、相談員が同時に 複数名と同時にやりとりすることができるため、多人数に対応可能となり、カウ ンセラー、相談員の時間を最大限有効に活用できる可能性がある。ただし、複数 名に同時に対応できるかどうかは相談員のスキルのレベルや採用している相談シ ステムの機能による。
④ 時間の余裕による相談者の満足度改善
通常患者の診察や社員からの相談、カウンセリングでは開始されてからのやり とりに“間”を取ることが多い。すぐに本題に入るのではなく、“間”をおいて 対話をしながら、何が問題なのか、何を相談したいのかということを聞いていく ことになる。時間をかけることによって医師やカウンセラーとの間に信頼感が生 まれる効果が期待できるためである。しかし、対面式の診察、カウンセリングで は時間の制約があり、患者、相談者が本当の気持ちを話せないなど消化不良とな るケースも認めている。その点、SNS 相談では時間をかけてゆっくりと対応す
ることができる。相談員が相談者の応答を待っている間に別の相談に対応するこ とが可能であるためである。ただし、これが可能かどうかは相談システムの機能 により異なる。神奈川県が行った SNS 相談では 1 件当たりの平均相談時間は 1 時間 28 分であった5)。このように SNS 相談では時間をしっかり取ることが可能 となり、相談者の満足度につながるものと考えられる。
⑤ 個人情報の保護
SNS 相談では個人情報をある程度入力することになっているが、虚偽の申告 も可能である。学校のカウンセリングルームなど対面式相談窓口の問題点とし て、その場に行くことの抵抗感、人に見られてしまうのではないか、相談してい ることを人に知られてしまうのではないかという恐れや不安がある。また、電話 相談では家にいる人に気付かれたり、聞かれてしまう恐れがあるため、家庭内の 問題、親に知られたくない内容などについての相談が難しいが、SNS 相談では どのような内容についても誰にも知られることなく、ひっそりと相談することが 可能である。
⑥ 相談の継続性
SNS 相談では LINE @への登録で、一度コンタクトがあった人に対して継続 して連絡を取り続けることが可能である。電話相談、カウンセリングルームにお いては、相談者が相談(来談)を一方的に中止してしまうケースがあり、しかも それが問題症例に認められる傾向があり、継続性が課題となることが多い。SNS 相談では、相談時間開始のお知らせにより来談をさりげなく促したり、有用な情 報提供を行うこと、さらに問題症例については個別に相談員の方から連絡を取る ことも状況によっては可能となる。
⑦ カウンセラーとの相性の問題解決
カウンセリングのデメリットとしてよくあげられるのは、相性の合わないカウ ンセラーと遭遇してしまうことである。人間と人間の関係であるため、カウンセ ラーもすべての相談者と相性が合うわけではない。二者の相性が悪いときに影響 を受けるのは相談者である。悩みを解決するためにカウンセリングを受けたにも かかわらず、逆に精神的なダメージを負ってしまうようなケースも認められる。
また、対面式のカウンセリングではたとえ雰囲気が悪くなった場合であっても
時間が終了するまでお互いにその場から立ち去ることが難しいが、SNS 相談で あれば、カウンセラーが交代する、あるいは相談者が退出することで相談者の被 害を避けることができる。ただし、カウンセラー交代が可能かどうかについて は、採用する相談システムの機能に左右される。
⑧ 適切な回答の提供
対面式のカウンセリングでは、カウンセラーは相談者が投げかける言葉に対し てあまり時間を置かずに答えを返さなければいけない。相談者との言葉のキャッ チボールの中で、「あの発言はしなければよかった」、「あのときこう言えば良 かった」というような反省が多く認められる。しかし、SNS 相談であれば、返 事を書く際によく考え、場合によっては人と相談しながら方向性を決めることが 可能となるため、不適切な回答をすることが少ないと考えられる。さらに様々な 専門家が集っていれば、チームプレーによる対応が可能である。
⑨ 情報の記録と共有
SNS 相談では ID にひもづけられた相談記録により、過去のやりとりについて 容易に振り返りができる。相談を開始する際に相談者の特徴について確認をする ことが可能となり、これも相談員が回答をするときの参考になる。また、異なる 相談員が担当するときにも情報を共有できる。電話相談では終了後に相談内容の 記録を付けるためには手間がかかり、さらに個人の特定が難しいため記録を残す ことが難しい。
対面式や電話のカウンセリングでは相談者が相談員、カウンセラーからの有用 なアドバイスを忘れてしまうこともあるが、SNS 相談では LINE 上にやりとり が残されることで、後から振り返りをすることができるため、相談者にとっても 非常に有用である。
⑩ 情報の提供
具体的な救済手段としてのリアルな相談窓口、助けの求め方などについての情 報提供を行い、解決へつなげていくことが可能となる。しかし、これには相談者 の個人情報の確保が必要となる。
5.SNS 相談のデメリットと課題
① 相談員、相談者ともに相手の反応(表情や声の調子)を読み取ること ができない。顔が見えないということは、相談者にとって安心感を生む ものでもあるが、逆に不安の要因ともなり得る。
② 若者は絵文字を頻繁に利用する傾向があるが、絵文字の解釈が人によ り異なっており、相談者、相談員双方において誤解を生む可能性がある。
③ 具体的な救済手段がないと SNS 相談に依存する可能性がある。
④ 途中でやりとりが一方的に途絶えてしまうこともある。
⑤ 正確な個人情報が得られない場合に緊急に救済が必要なケースに迅速 に対応することができない。
などのデメリットが考えられるが、これらの問題についてはきめ細やかな対応を していくこと、具体的な救済手段を提供するなどして対応をすることにより解決 できるものと考えられる。
救済へとつなげるために名前、学校名などの個人情報を得ることが必須となる が、実際の SNS 相談ではこれが得られないケースが多い。相談員が相談者の信 頼を得るためのスキルを身に着けることが必要となるであろう。SNS 相談では 相談員の能力を高めて質を担保することが重要な課題となる。
6.SNS 相談事業の一例
熊本市教育委員会 SNS 相談事業 ~熊本市悩み相談「ほっと LINE2019」 15)~
様々な SNS 相談事業について調査検討を行っている際、熊本市教育委員会に おける SNS 相談事業について知る機会があり、是非現場の状況を知りたいと考 えて依頼したところ許可を得て見学することができた。実際に相談に対応してい る現場を見学したところ、その内容について、非常に質が高く今後の発展性が期 待できると感じたため、ここで報告することとした。
熊本市悩み相談「ほっと LINE2019」は上述した『SNS を活用したいじめ等に
関する相談体制の構築に係るワーキンググループ』の研究7)において示された SNS 相談の必要性、そして従来の SNS 相談と異なる手法を用いた相談体制とい う点において卓越しているシステムであると考えられる。
1) 熊本市悩み相談「ほっと LINE2019」の内容
熊本市教育委員会は、熊本市立の中高・特別支援学校、熊本大学附属中学校、
熊本大学附属特別支援学校中学部及び高等部、熊本市内の私立中高の生徒を対象 として、LINE を用いた悩み相談熊本市悩み相談、「ほっと LINE2019」を 2019 年 8 月~2020 年 1 月の期間に 33 日間(相談時間は、17:00-21:00)実施して いる。これは、熊本市よりエースチャイルド(株)(東京都)が受託し、カウン セリング分野を一般社団法人コミュニケーションワーカー支援機構(名古屋市)
が担当して行われているものであり、利用されているシステムは、エースチャイ ルド(株)と一般社団法人コミュニケーションワーカー支援機構が共同で開発し た独創的なシステムである。相談には、研修を受けた現役大学生や心理や福祉の 専門家があたっている。
2) SNS 相談に来訪する相談者の特性と SNS 相談に求めるもの
SNS 相談を訪れる相談者は、厚生労働省の相談事業同様、熊本市においても 女性が多い。相談者は通常の方法では「助けて」と言えない、SOS が出せない 生徒たちである。どこで、だれに、どのように助けてといえば良いのかがわかっ ていない。相談者が抱えている問題が学校の問題であっても教員や保護者には SOS を出せないようである。親に言うと大騒ぎをして先生に伝わってしまうこ とを恐れている生徒も多い。問題について知った親が学校に乗り込んでいくと、
それは結局相談者の更なる孤立を深めることになりかねないと考えているのであ る。また学校に話をしても、相手や相手の親に伝わってしまい、決して解決に結 びつかないことを相談者は経験的に理解していると思われる。つまり学校や親を 信頼していないということであろう。
相談者は孤立しており、身近には誰も相談できる人がいない(と思い込んでい る)ことが多い。孤立している彼らにとって身近にあるのがネットの世界であ
る。そこでは容易に様々な人と知り合う機会が多く提供される。しかし、その中 には非常に危険な出会いが多く含まれており、トラブルに巻き込まれているケー スも認められた。例えばある女子生徒のケースでは、相手が女性だと思って知り 合い、ネットでのやりとりにより仲良くなり、「あなたのことをもっと知りたい から下着姿の写真を送って」といわれて送ってしまったところ、相手が男性と判 明して態度が豹変し、脅迫されるような被害にあってしまったということもあっ た(内容については個人を特定できないように改編済)。
SNS 相談に来ても(ログインしてきても)何も書くことができず、中には相 談もしないで退出するケースもある。SNS 相談に来たということは、何か訴え ているはずであるが、すぐにはそれを言葉にすることができない。このような ケースにおいては相談員の方からメッセージを送り、何回も繰り返しアクセスし てもらうことによってはじめて相談が可能となる場合も認められる。相談のハー ドルが低いはずの SNS 相談においてさえこのような状態であれば、対面での相 談で対応することは不可能であると思われる。
相談者たちが望んでいるのは寄り添ってもらうこと、話を聞いて共感してもら うこと、見守ってもらうことである。悩みを聞いてもらい、受け入れてもらうこ と、自分を認めてもらう場所ができることにより、彼ら自身が精神的に強くな り、自信をつけて自ら問題を解決していくことができるようになるというのが SNS 相談のゴールの一つとなると考えられる。
3) 実際の相談の流れ
① 事前に対象の学校などにリーフレットを配布し、周知を行う。これを みた相談者が LINE @に登録を行う。
② 相談開始前に登録者に向けてこれから始まるというアナウンスを LINE のメッセージで送信する。このメッセージは相談の前日にも送信 する。
③ 相談時間開始後、徐々に相談者が来訪する(「相談したい」のボタン をクリック)。
④ 専門のカウンセラー 1 名、学生相談員 5 名、パソコン 4 台(名古屋市
内)学生相談員 6 名、パソコン 4 台(熊本市内)が同じテーブルを囲ん でそれぞれがパソコンに向かい、相談に対応する(筆者見学日)。
⑤ 管理者、コーディネーターが別の場所から遠隔で参加し、ZOOM
(ウェブ会議・電話システム)によりオープンに会話し、相談し、指示 を出しながら SNS 相談業務が進行する。
⑥ 相談内容に応じて、キーワードなどを見ながらコーディネーターがど の相談員に割り振りかを決定し、割り振られるとそれぞれが返信を開始 する。
⑦ 各相談員にどの程度余力があるかを直接確認しながら担当の割り振り を柔軟に行う。1 人が 20 名程度同時に相談を受け持っている場合もあ る。相談員が都合により中途で退出する場合があっても、その相談員の 担当していた相談をスムーズに他の相談員に振り替える。
⑧ 対応が難しい場合には、周りの学生相談員、専門のカウンセラーに相 談をしながら回答する。対応が非常に難しいケースの場合には、途中で 担当をカウンセラーに交代することもある。切り替えについては、コー ディネーターが行う。
⑨ カウンセラー、管理者はすべての相談内容を閲覧、確認可能となって おり、相談者の対応に不都合や漏れがないかどうかを随時確認している。
4) 熊本市悩み相談「ほっと LINE2019」の特徴(利点)
上述した SNS 相談の利点に加え、熊本市悩み相談ではさらに次のような点に おいて優れていると考えられる。
① 重症例を優先的に選択し、対応が可能
あらかじめ設定されている“優先キーワード”によって、「自殺を考えている」、
「死にたい」など緊急対応が必要と思われるようなケースを優先させて対応する ことが可能である。はじめから優先してカウンセラーが担当することもあるが、
やり取りの途中でこのような“優先キーワード”が出た場合には必要に応じ、対 応を学生相談員からカウンセラーと交代する場合もある。また“優先キーワー ド”が使われたということが、メモに記録として残されることによって、次に誰
が対応したとしても漏れがなく、対応に不備が無いようにしている。
前述した『SNS を活用したいじめ等に関する相談体制の構築に係るワーキン ググループ』の研究8)においても、「深刻な心理状態にある相談者への優先(緊 急)対応を実現する」ことが重要であると述べられており、「ほっと LINE2019」
で用いられているシステムは非常に優れているといえるであろう。
② 100%つながる安心感
電話相談では話し中でつながらないことも多いが、「ほっと LINE2019」では 応答率が 100%となっている。返信に多少時間がかかる場合もあるが、必ず応え てもらえるという安心感が得られる。
③ 時間・資源の有効活用
相談員は並行して何人もの相手をすることができることから、時間、資源の節 約が可能である。また、上述のように、途中から重症度が高いと判明した場合に は相談員をカウンセラーに切り替えることができるが、対応している者が入れ替 わっても相談者は気が付かないため、相談員の配置についても柔軟に対応でき る。学生相談員のシフトを組む際にもこの切り替えシステムは効果を発揮してい る。
(参考)熟練した学生相談員においては 10 名~20 名の対応を同時に行うことも ある。SNS 相談では、親に気づかれないように相談していることも多いため、
途中で食事に呼ばれたり、塾に行ったり、入浴したりして離席し、また戻ってく るというケースもみられる。このようなケースであれば相当数を同時に対応する ことが可能となる。これは SNS 相談であるからこそ可能な対応である。気軽な 相談と思われるようなケースであっても、時間をかけていくと深刻な問題を抱え ている場合があるため注意が必要である。
④ 管理者、コーディネーターが同時に画面を確認
離れた場所にいてもシステムにログインすることによって担当者が相談業務に 携わることができる。基本的にカウンセラーと相談員は指定の場所で業務を行う が、管理者、コーディネーターは別の場所から参加し、ZOOM で確認しながら 相談業務を進行する。管理者が、対応漏れがないかどうかを確認、担当人数も確 認することにより、非常に効率よく多くの相談件数に対応することが可能となっ
ている。必要な場合には専門家(カウンセラーなど)に参加を依頼し、連携して 相談業務を行うことも可能である。
⑤ 相談員、カウンセラーのストレス軽減と守秘義務徹底
相談業務を話し合いながら進めているため、相談員、カウンセラーの負担を軽 減できる。相談業務に従事するカウンセラーに多く認める精神的なストレスをそ の場で吐き出し合いながら相談を受けることが可能となる。このシステムは学生 相談員が問題を個人的に抱え込まないようにするためでなく、守秘義務を徹底さ せるためにも効果があると考えている。一緒に相談業務をしている人とその場で カウンセリング内容についての話をすることにより、カウンセリングルームの外 では話をしないという守秘義務履行を徹底できる。
⑥ 相談員を大学生が行っていることのメリット 適切なカウンセリング 本システムでは、規定の講習を受けて、カウンセリングに必要とされる基本的 な知識を持つ大学生が相談員となっている。相談者と年齢が近いため、悩みに共 感しいやすいというメリットがあり、実際にプロのカウンセラーが担当している ときよりもよほど会話がはずみ、相談者が元気になっていくように見えるケース も多く認めている。また、年齢が近いため、中高生のどのようなタイプの話に も柔軟に適応して対応することが可能である。スクールカウンセラーの条件と して、「どんな話が来ても対応ができる」必要があるとされているが16)、まさに 学生相談員はこの条件に適合していると考えられる。例えば、女子中学生から の「胸が小さいのを悩んでいる」という相談に対して、学生相談員が「私も中学 の時はこのくらいだったけど、今は大きくなったから大丈夫よ。」などと返して いるようなケースなどは、年齢の近い女子大生だからこそ可能となる対応であろ う。
中高生が日常的に使っている LINE での文字会話表現を、相談者と年齢の近い 学生相談員は中高生の相談者と同じ感覚で使いこなせることから、SNS 相談の 欠点として挙げられている「絵文字の解釈による誤解」という問題はかなり削減 できると思われる。
また、専門家のメッセージを中高生に理解しやすい表現に変換して伝えること
が可能となっている。つまり、専門的な情報を“友達言葉”で伝えることが可能 であり、中高生が専門家からの適切なアドバイスを素直に受け入れられることに つながる可能性が高い。実際の対応例において、アドバイスに対する反応が非常 に良いように見受けられる。
学生カウンセラーの育成にはいくつかの課題も挙げられているが、可能性に期 待しているところである。
⑦ 教育、人材育成としての SNS 相談
「ほっと LINE2019」のシステムでは、個人で孤立して相談業務を行うのでは なく、相談しながら、またカウンセラーからアドバイスを受けながら行うため、
学生相談員はみな試行錯誤を繰り返しながら学び、成長している。教育者の観点 からみると、カウンセラー、大学生同士が相談しながら回答するという相談シス テムは学生の教育に非常に有用であると考えられる。このシステムでは、経験時 間が短い相談員については 3 人チームで相談をしながら 2 台のパソコンを使用し て相談を担当することになっている。この仕組みも学生相談員が自信をもって一 人で相談業務を行えるようになるための効率的なトレーニング方法となってい る。プロのカウンセラーにおいても、より質の高い返事を出せるようになるため のトレーニングとなり、まさにカウンセリングの OJT 研修といえるものである。
また教員、養護教諭志望の学生がこの相談業務を経験すると将来経験するであ ろう様々な事例への対応に非常に役立つと考えられる。さらに、医学生、看護学 生など医療従事者の教育に活用することも可能であろう。相談員としての経験に よって学生は、会話力、質問力、共感する力、物事を客観視する力、仮説を立て て解決の落としどころをみつけ、それを目指して誘導する力などを身に着けつつ あることが実際に認められている。このシステムは相談員の質の向上にも大きく 貢献している。
⑧ 相談マニュアルの存在
プロのカウンセラーによって作成されているわかりやすいマニュアルの存在も 質の高い相談につながっていると考えられる。マニュアルの特徴としては、禁止 事項がリスト化されており、相談において“事故”が起こることを防いでいる。
⑨ 通報システムの存在
「ほっと LINE2019」のシステムでは、いじめや虐待など、実際に助けが必要 な場合には設置されている通報ボタンを押すことによって緊急対応が可能となっ ている。ただし、これを利用する際には相談者は名前、学校名などの情報を記入 することが必要となる。
⑩ 情報提供
「ほっと LINE2019」のシステムでは、相談窓口、コラムなどが用意されてお り、相談者にとって有用な情報が得られるようになっている。
7.SNS 相談の今後の発展の可能性
① 問題解決のための具体的な方法の提示
現在の相談者は主として「悩みを聞いてもらいたい」、「共感してもらいたい」、
という希望が多いのであるが、SNS 相談を問題解決の入口としてとらえ、出口 である解決法を提示していくことが必要である。これがない場合には、SNS 相 談に依存して抜け出せなくなる可能性がある。実際の救済が得られるように電話 相談などにつなげる、保健室の先生や友人に相談できるようになる、自分で問題 に立ち向かうなどの対策を提示し、導いていくことが求められるであろう。
② 病気の早期発見と早期治療への導入
うつ病、発達障害などの病気について、アンケートによってある程度スクリー ニングが可能であり、SNS 相談に訪れることによってこれらの疾患の早期発見、
早期治療への導入が期待できる。
③ 教育・情報提供の実施
SNS 相談では、相談者が訪れたときに適切な知識を提供する教育が容易であ る。たとえば、相談者(サイトを訪れた者)に対して生活習慣(食事、運動、睡 眠)の重要性などについての教育を行うのである。実際に、熊本市の「ほっと LINE2019」では、サイトを訪れても相談をせず、コラムなどを読んだり、心理 テストをするだけで満足して帰る来訪者が存在しており、情報提供の必要性は高 いと考えられる。特に今回用いられているシステムにある“辞書機能”を用いる
とより効果的な教育や情報提供を行うことが可能であると思われる。たとえば、
コンビニ、カップラーメン、ポテトチップス、朝ご飯食べない、などのキーワー ドを辞書登録することで、これらの言葉を入力した相談者に対して心身の健康の ために重要な栄養・食事療法による治療などを提案することができることから、
相談者が使用する言葉に応じて本人の状況を確認し、必要な人に適切な教育を実 施することが可能である。
相談者の中には学校の保健室の先生に相談できることすら知らない生徒もいる が、「保健室の先生に相談したら?」とつなげることも教育の一つである。また、
筆者自身が経験した事例で、いじめ、暴力、暴言をスマホの録音機能を利用して 証拠として記録し、それを提示することによって解決の道が開かれたというケー スが複数例あった。スマホは相談者の厳しい状況を解決するためのツールになる ということも情報として提示していきたいと考えている。
教育のためのツールの一つとしては、アンケートに回答してもらうことを考案 中である。このアンケートによる教育に加え、現在すでに設置しているコラムを さらに充実させる、良質なサイトのURLを載せるなどにより、相談者の状況を 改善するための教育を行うことが可能である。
④ 親、周囲の支援者へのアプローチ
相談者の親も子供が抱えた問題について悩み、相談できる窓口を持たずに孤 立していることが多い。リーフレットの配布を含め、SNS 相談が広く社会に周 知されるようになれば、親も簡単にアクセスすることが可能となる。忙しい親 がちょっとした時間に SNS 相談を訪れることが可能となれば問題解決のきっか けとなるであろう。SNS 相談は、時間的場所的制約を受けず、LINE の連絡先送 信機能を利用すると簡単にアクセス情報を他者に提供できるため、親から子に SNS 相談を紹介する、相談者として訪れた子から親、あるいは周囲の支援者に つなげてもらうといったアプローチも可能である。
ひきこもり、いじめ対策としては栄養指導が重要な解決法となるケースが多い が、この実施のためにも親へのアプローチは必須であると考えられる。
⑤ 資格、雇用の創出
現在、「ほっと LINE2019」のシステムにおいては学生相談員の教育がかな
りしっかりと行われているが、今後、教育とトレーニングを積んだ者に対する
“SNS 相談員”資格への発展が期待できる。この資格は将来の雇用を生む可能性 がある。いろいろな条件をクリアすれば在宅勤務も可能となり、ひきこもりの人 が従事できる可能性も示唆されている。
8.ネットを介した犯罪事件と SNS 相談の必要性について
2017 年 10 月に座間市で起きた殺人事件17)はまさに SNS 時代のこころの悩み によって生じる問題を浮き彫りにしているといわれている。加害者は SNS を利 用して、自殺願望を投稿するなどした被害者の悩み、相談する人がいないという 状況に付け込み、言葉巧みに誘い出して 9 名もの人を殺害したのである。大人で あっても安易にネットを介した関係に依存し、信頼して危険に身をさらしてしま うことが示されている。
また、2019 年 11 月に大阪で起きた女児不明事件18)でも、被害女児は親が知 らない間に SNS によって連絡を取り、加害者の自宅に行っていたことが判明し ている。悩みや不安を持ち、学校でも家庭でも相談できないという状態になった 場合に、子供たちが SNS によって容易に犯罪に巻き込まれていくことが示され ている。
ひっそりと悩みを抱え、誰にも相談できずにネットでのつながりに安易に救い を求める者は非常に多いと思われるが、ネットに SOS を発信する場合には、誰 にも知られることがないため、上記のような犯罪のリスクを防ぐことができな い。悩んで助けを求めている者は、ネットで知り合う赤の他人であっても、悩み を理解し、共感してもらうと感じることにより、いとも簡単に親しみを覚えて 会ってみたいという気持ちになってしまう。文字でのやりとりは記録に残るた め、子供にとっての拠り所となり、相手を簡単に信用してしまうのである。これ らの潜在的なネット由来のリスクに対しては、様々な制約がある電話相談やス クールカウンセリングで対応することは不可能であろう。このような状況を鑑み ると、ネットを介して発生する犯罪のリスクを回避するためには安全なネットの 相談窓口である SNS 相談が必須であると考えられる。
9.おわりに
SNS 相談は対面式のカウンセリング、電話相談などとは全く異なるニーズを 持ち、効果を創出するものである。今後 SNS の普及がますます進むにつれて、
若年層のみならず、幅広い年代における需要が高まると期待される。産業保健の 分野においても活用が検討されるべきであろう。
現在、SNS 相談については、その存在を必要としている人に知ってもらうと いうことが一番の課題となっている。このために、不登校の生徒が集まっている フリースクールなどに情報の提供を行ったり、大学、企業に対して宣伝を行う、
インターネット広告を出すなどして対象者を広げ、大学生、社会人、ひきこも り、子供の親世代などを対象とした SNS 相談を行っていくことが望まれる。
最近では、インターネットで「死にたい」など自殺に関する言葉を検索サイト
「グーグル」で入力すると検索結果の最上位に相談窓口への誘導広告が表示され る事業が自治体によって始められた。実際にメールや電話での相談につながった ケースもあったという19)。このような取り組みが SNS 相談と組み合わされてす べての自治体で行われるようになることが期待される。
また、SNS に対する大人の理解の低さや、SNS が有害なものであるというよ うな誤解が SNS 相談普及の弊害となっている可能性が高い。SNS 相談がいかに 有益で必要性が高いものであるか、若年層に受け入れられやすく、独自の効果を 持つものかということに対する社会全体の理解を高めていくことが必要であろ う。SNS 相談は現代の世の中のニーズにマッチしており、その有益性から今後 確実に発展し、広まっていくものと考えられる。
SNS 相談はその質の担保が非常に重要であること、また継続して行うサービ スが有用であることから、行政が主導して実施することが強く望まれる。
10.保険診療による精神科診察の時間の問題について(参考資料)
精神科、心療内科における保険診療においては、通常初診は 30 分程度の時間
をかけて診察を行うが、再診では大学病院などの大きい病院を除き、時間が 5 分
~10 分に短縮されるのが常である。この傾向は小さい診療所、個人経営のクリ ニックにおいて顕著に認められる。これは大きい病院では医師の給料が診療報酬 の獲得高によって左右されることが少ないが、個人経営の病院やクリニックで は、経営者はもちろんのこと、勤務医であっても得られた診療報酬に応じてイン センティブがつけられていることもあって、厳格に患者当たりの診療時間の制限 を行うことが多いことによるものである。このため、患者は精神科を訪れても薬 の処方を受けるだけで話をしっかりと聞いてもらうことができず、満足が得られ ないことも多い。
診察時間については、精神療法の診療報酬(保険点数)に大きく影響を受けて いる。以下、参考までに精神科医師の診察についての保険点数を以下に示す20)。
表 1 通院精神療法の保険点数 初診 60 分以上:540 点(5,400 円)
初診 30 分以上:400 点(4,000 円)
再診 30 分以上:400 点(4,000 円)
再診 30 分未満(5 分以上):330 点(3,300 円)
これは精神科、心療内科で精神的な専門の診察を行ったときの料金であるが、
診察時間によって報酬が変わることになっている。これが原因となって、初診時 は 30 分、再診時は 5 分で診察を終了することとなる。
診療報酬をみると、再診時の診察では、5 分以上 30 分までが同じ診療報酬で あるため、現実的には 5 分~10 分程度の診察時間とするのが一番効率が良い。
もちろん、再診であっても必要な場合には長時間診察をする良心的な精神科医師 も存在するが、中にはきっちりと時間を決めている医師もあると聞いている。私 の知っている例では、診察室を複数設け、時間が来ると医師が部屋を移動するこ とによって診察を強制的に終了するシステムをとっているクリニックも存在して いる。そして、長い時間をかけて話を聞いてもらいたいという希望がある患者に 対しては自費のカウンセリングを勧めるクリニックが多い。
大病院に勤務する精神科、心療内科の医師も実際の診療時間と診療報酬につい
て問題視しており、他科と比較して得られる報酬が少ないことを示している21)。 このような体制において提供される精神科診療の不足部分を埋めるものとして も、SNS 相談が今後発展していく可能性があると思われる。
参考文献
1 ) 平成 29 年労働安全衛生調査(実態調査)_ 結果の概要
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/h29-46-50_kekka-gaiyo02.pdf 2 ) 厚生労働省 SNS 相談事
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/
jisatsu/snssoudan.html 3 ) SNS 相談窓口 厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/
soudan_sns.html
4 ) ネット・スマホのトラブル等 SNS 相談を始めます 東京都 2019 年 3 月 28 日 http://www.metro.tokyo.jp/tosei/hodohappyo/press/2019/03/28/27.html 5 ) 「SNS いじめ相談@かながわ」実施結果について
~LINE を活用したいじめ相談の試行~ 神奈川県庁 2018 年 11 月 26 日 https://www.pref.kanagawa.jp/docs/vn7/prs/r0037644.html
6 ) “話を聴くプロ”が東京都で SNS を活用したひきこもり相談を実施 ~東京都地域自殺対 策強化補助事業に採択~ 一般社団法人全国心理業連合会 2019 年 11 月 21 日
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000006.000038923.html 7 ) 2019 年度「SNS 等を活用した相談体制の在り方に関する調査研究」
http://www.mext.go.jp/b_menu/boshu/detail/1416094.htm
8 ) SNS 等を活用した相談体制の構築に関する当面の考え方(最終報告)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/131/houkoku/1404563.htm 9 ) SNS 自殺相談 2 万件超 8 割超が若者、ほぼ女性 日本経済新聞 2019 年 6 月 15 日
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO46163310V10C19A6CZ8000/
10) 子ども SNS 相談 1 万件超 30 自治体、いじめなどで 共同通信 2019 年 3 月 13 日 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190313-00000139-kyodonews-soci
11) 19 年版自殺対策白書(第 2 節 若年者に対する自殺対策の状況~SNSによる相談の取 り組み状況~)
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/jisatsu/19/dl/2-2.pdf
12) 自殺対策における SNS 相談事業(チャット・スマホアプリ等を活用した文字による相談 事業)ガイドライン
https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/000494968.pdf 13) 事例集
https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/000494977.pdf 14) 相談員研修の主な項目
https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/000494974.pdf 15) 熊本市 SNS 悩み相談 ほっと LINE 事業
https://www.city.kumamoto.jp/hpKiji/pub/detail.aspx?c_id=5&id=21284&class_set_
id=2&class_id=324
16) 河合隼雄、大塚義孝(監修)、村山正治、山本和郎(編集)臨床心理士のスクールカウ ンセリング〈3〉全国の活動の実際 1998
17) 座間 9 遺体事件 ウィキペディ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%A7%E9%96%939%E9%81%BA%E4%B- D%93%E4%BA%8B%E4%BB%B6
18) 【大阪不明女児保護】行方不明から 1 週間 靴も履かずに助け求め… なぜ 450 キロ離 れた栃木に? 産経新聞 2019 年 11 月 23 日
https://www.sankei.com/west/news/191123/wst1911230031-n1.html
19) 命の SOS 検索で察知 相談窓口最上位に表示。 読売新聞 夕刊 2020 年 1 月 21 日 20) 精神科専門療法
https://medical.mt-pharma.co.jp/support/sh-manual/pdf_2018/sh_15.pdf
21) 小山敦子 心療内科の診療報酬―大学病院の立場から― 日本心療内科学会誌 13:
168-174 2009