組織になじんでいく身体 −組織社会化研究における新たな視座− [ PDF
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(2) 3.本研究の概要. 基にし,現実の組織における「身体性」に関して実証的 なエスノグラフィーの結果を示した.. 本研究の概要は次のとおりである.. ここでは,ある組織の中で広く見られる「後退りおじ. 第1章では,組織社会化過程を「身体化された傾向性. ぎ」という身体技法の,生成の背景,要因を吟味するこ. の習得」の視点から捉えるための理論的背景を考察した.. とを通じて,そうした固有の身体技法の習得がその組織. まず, 「組織文化の内面化」が「組織における社会化」で. における「組織人らしさ」の形成につながることが実証. ある,と指摘される組織文化に関する先行研究を概観し. 的に論じられた.すなわち, 「後退りおじぎ」という身体. た.組織文化研究は,その概念規定の混乱と測定が困難. 技法は,組織の理念,それにより規定される職務構造,. であり実証性に乏しいとの指摘から,やや行き詰まりの. 評価制度等の一連の要因が埋め込まれたものであり,そ. 感が見うけられる状況であった.とはいえ,組織におけ. の点において組織的必然性を有するものであった.しか. る観念らしきもの(信念,価値観など)を反映したもの. しながら,組織成員は必ずしもそれを意識的に実践して. として,組織成員の行動を捉える視点は,本研究におい. いるわけではなく,むしろ,自明性の中で非反省的に実. て有効な視点をもたらすものであった.ただし,組織に. 践しているのであり,まさにそれは組織の中で形成され. おける観念と成員の行動を外部環境の影響を考慮するこ. た身体性と言えるものである.. となく,機能主義的につなげて考えることは避けなけれ. このように,組織における身体技法とは,組織固有の. ばならないし,組織の成員が反省的にその観念,価値を. 背景を有するものであり,組織文化の行動的指標とも言. 共有していると見なすことには,問題があると言える.. い得るものである.それゆえその習得は,固有の組織人. しかしながら,結果として組織における価値が反映され. らしさの形成につながるものと考えられる.ここでは,. たものと考えられる行動を習得することによって,組織. 第1章での考察を基にして, 「非反省的に形成されてい. 文化の共有とそれによる組織社会化を捉えようとする視. く身体」の視点から組織社会化を論じ得る可能性を示し. 点は,有効なものであった.特に,それを「身体化され. 得たものと言える.. た組織文化」として捉える視点は,本研究にとって有益 なものと思われるが,現状では実証性のある研究を見出 すことはできなかった.. 第3章では,組織社会化過程を「空間の中で変容する 身体」の視点から捉えるための理論的背景を考察した.. 続いて,組織社会化過程を「身体性の変容」の視点か. まず,身体の存在様態とその変容について考察した.身. ら考察するためのインプリケーションを得るために,身. 体的存在としての人は,空間や時間に住みついて生きて. 体に関する諸知見を主に2つの視点から考察した.第一. いるものであり,その中で前意識的なコミュニケーショ. に, 「熟練と成員性の獲得」においては,実践共同体とし. ンを基盤としながら場や他者を了解するものと考えられ. ての組織へ参入し,そこで組織固有の熟練を形成してい. る.したがって,それはその生きる場を考慮することな. くことが成員性の獲得につながることを指摘した.組織. しには考察ができない存在であり,場の関係の中で可塑. 固有の知識,スキルを学習し熟練していくことは,仕事. 的に「文化化される身体」として捉えられる存在である.. の手順や動作,行動パターンなどに埋め込まれた組織の. すなわちそれは,住み込んだ空間(組織)の有する文化. 文化を学び取ることに他ならず,組織社会化を考えるう. を反映せざるをえないものである.そして,このような. えで有効な視点を提供するものであった.. 関係的存在が,場の中で他者との感応的同調を繰り返し. 第二に,具体的な組織固有の身体技法(型)を獲得す. ながら, 「前意識的な相互理解を可能にする共通基盤」で. ることを通じて,組織固有の心身経験の「型」 (身に染み. ある習慣を徐々に形成しその場になじんでいくこと,言. 込んだ図式)を身につけるという視点から,組織社会化. い換えれば, 「組織になじむ身体」を形成していくのであ. を考察することも可能であることを指摘した. 「組織人. る.場を共有する身体は,一つの系・連鎖の中に組み込. らしさ」とは,そのような組織固有の具体的な身体技法. まれている「間身体的連鎖」 (大澤真幸)を構成している. を獲得する中で形成されるものとも言える.そのプロセ. ものと思われ,振動系としての生体間の共振(エントレ. スの中では,非反省的に身体感覚でなぞることによって. インメント)によって習慣的なリズムを共有するもので. 他者やものごとの理解が行われていることを明らかにし. あり,また,それがある種の場の雰囲気を形成すること. た.. になるのである. 同じく第3章では,人が置かれている文化的基盤を理. 第2章では,第1章において考察された理論的背景を. 解することなしに,組織社会化過程を「身体性の変容」.
(3) の視点から考察することは不可能であるとの観点から,. に自明化していき,非反省的に身体性が変容していく中. 日本的な関係性のあり方からみた組織社会化に関して考. で達成されるのである.ここでは,関係的存在として「居. 察を行った.文化心理学的知見によれば,わが国では,. 場所を確保する」という前意識的な対処戦略が,このよ. 関係性の中で自己を規定する「関係的存在」としての「間. うなプロセスを促進していると考えられた.. 人」 , 「関係的存在」としての「自分」といった概念で捉. この第4章で得られた知見は限定されたものではある. えられるような自己規定の仕方が,優勢であることが示. が,第3章において示された理論的仮説を実証し得るも. されてきた. 「関係的存在」は,ある特定の状況や他者と. のであると考えられる.. の関係によって自己の存在様態が変わるものであること, したがって,人が置かれている状況,場,他者との関係. 《結論》. の様態を考慮しなければ,人の思考傾向や行動の様態は. 本研究の結論は次のとおりである.. 的確に捉えることはできないことを指摘した.そして,. 「組織人らしさ」は, 「非反省的な身体性の変容」とし. このような「関係的存在」としての人にとっては,場の. て構築され,習得される.身体は,解釈する以前に前意. 中で「居場所を確保する」ことこそが重要なのであり,. 識的なレベルにおいてその現実を生きているのであり,. そのためには「価値を内面化する」ことではなく,その. 反省的な解釈はそれを追認するものに他ならない.変容. 場における「ふるまい方のルールを理解する」ことが求. は,本人にも自覚され得ない程の微妙な移り行きの中で. められていると推察された.. 行われるものであり,それを反省的に捉えることはなか. 続いて,このような「関係的存在」が組織(企業)の. なか困難なことである.人は,組織の中で日々のルーテ. 中で具体的に置かれている状況(雇用環境)について,. ィンに巻き込まれて生きているのであり,それを自明視. 主に労働経済学的な観点から考察した.そこでは,人と. する中で,結果的にそこに埋め込まれた組織文化を受容. 人の間で自らの存在を確認する「関係的存在」は,居場. し,その「組織人らしさ」を身につけるのである.それ. 所を確保するための「同調競争」を余儀なくされている. は具体的には,組織固有の背景を有した身体技法を身に. こと,そしてそれは,様々な制度的背景に基づく「強制. つけることであり,その空間固有の雰囲気になじみ,固. された自発性」とも言える行動に依っていることが指摘. 有のリズムに慣れることであり,さらに,その場に埋め. された.日本の組織の中での人の行動を捉える前提とし. 込まれた組織固有の関係的技能に習熟することである.. て,このような「居場所を確保する」という視点は重要. 「組織人らしくなった」あるいは組織社会化がなされた. であると考えられる.そしてこれは,必ずしも自覚的(反. か否かは,当事者には必ずしも自覚されているわけでは. 省的)なものであるとは限らないものであり,組織の中. なく,周囲の人が判断することとも言える.当事者は,. における非反省的な「身体性の変容」を考察するにあた. 身体的存在として自明化されたルーティンを生きるので. っても,その前提として押さえておくべきポイントであ. あり,結果的にその身体性を変容させるものである.そ. ることを示唆した.. れは,身体が空間と時間に埋め込まれて生きるものであ り,常に可塑的に文化化されるものであるからにほかな. 第4章では,第3章で考察された理論的背景に基づく. らない.. 実証的なエスノグラフィーの結果を示した.ある組織に. これまでの組織社会化研究においては,その内容に係. 新しく参入した新人が変容していく過程を,主に職場空. わらず社会化が反省的に捉えられることを前提とした議. 間の雰囲気になじむこと,仕事のリズムに慣れること,. 論に終始していたと言える.本研究の結果は直ちに一般. 関係的技能に熟練していくことから論じたものである.. 化できるものとは言いがたいが, 「非反省的に変容して. すなわち,新人は履歴を持った職場空間の中に参入し,. いく身体性」という視点から問題を捉えることの有効性. そこで身体的存在として住み着くことによって,徐々に. を示し得たと思われる.もとより,このことは組織にお. その空間の雰囲気になじみ,仕事のリズムに慣れ,関係. ける他の成員との相互作用の中で行われるモデリングを. の網の目に組み込まれることによって関係的技能が形成. 通じて,意味付与しながら能動的に文化を内面化してい. される.それは「その場に適した身体になること」であ. くという側面を否定するものではない.本研究における. ると言えるが,新しい関係的自己(自分)が形成された. 視点は,これまでの組織社会化研究において前提とされ. ことであるとも言える.それが結果的に固有の組織(職. てきた「反省的な思考」に先立って, 「すでに働き出して. 場)文化を身につけた組織人になることにつながるので. いる身体」 「経験してはいるがそれとして気づかずにい. ある.そしてこれらは,本人にもよく自覚されないうち. る前意識的なものとしての身体」のレベルに注目したも.
(4) のである.身体的存在としての人は,文化を意識化する 以前にまず「文化を身体的に経験している」ものなので ある.. 市川 浩(1984)<身>の構造―身体論を超えて―.青土 社:東京. レイヴ,J. ・ウェンガー,E. :佐伯 胖訳(1993)状況 に埋め込まれた学習―正統的周辺参加―.産業図書:. 4.課題と展望. 東京. モース,M. :有地 亨・山口俊夫訳(1976)社会学と人. 当該分野に対する本研究の独自の貢献は,エスノグラ フィーで得られた知見であると思われる.それは,研究 課題に対して新たな視点からの考察を可能とする端緒を つけたものであるが,今回得られた視点の有効性を,さ らに継続した調査によって一般化していくことが求めら れていると言える.その過程において,より派生的な知 見が得られるものと思われる.さらに,文化的基盤の相 違が社会化過程にもたらす影響について文化心理学的に 考察することにより,この領域における新たな知見の獲 得が期待できる. また, 「組織社会化」は「後退りおじぎ」に限らず,他 の行動にも読み取ることができないかという問題が残る. 「なじむ身体」の例証として,他の複数の身体技法をあ げ,それらと「後退りおじぎ」との関連を見ながら,組 織文化がその中に組み込まれていることを明らかにして いく必要がある.それによって,本研究の視点はより高 い一般性を得るだろう. 最後に,研究方法論上の貢献可能性について指摘して おきたい. 本人も自覚できないうちに非反省的に変容していく身 体性を捉えることは,方法論的な困難さを有するもので ある.それは限定した変数による定量的な方法では捉え にくいものであり,また,一般的に行われる定性的なイ ンタビュー等の方法をもってしても,十分とは言いがた いものである.本研究では,研究者が当事者でもあるこ とを特徴とする「実践家のエスノグラフィー」の手法を 基本的な方法として活用し,さらに,分析の対象とする 当事者やその周囲の人々の意識をも参照して,総合的に 解釈するという方法を採用した.これは,内的視点と外 的視点を併せ持つ研究方法として,有効性を持つものと 考えられる.本研究における方法がさらに吟味されるこ とは,この領域における方法論的発展に寄与するもので あると思われる. 5.主要参考文献 尼ヶ崎 彬(1990)ことばと身体.勁草書房:東京. 福島真人 編(1995)身体の構築学−社会的学習過程とし ての身体技法.ひつじ書房:東京.. 類学Ⅱ.弘文堂:東京. メルロ=ポンティ,M. :竹内芳郎・小木貞孝訳(1967)知 覚の現象学Ⅰ.みすず書房:東京. 大澤真幸(1990)身体の比較社会学Ⅰ.勁草書房:東京..
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