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Vol.67 , No.2(2019)045工藤 量導「浄影寺慧遠『大乗義章』「浄土義」に説かれる浄穢の議論について」

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Academic year: 2021

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印度學佛敎學硏究第六十七巻第二号   平成三十一年三月 二五一

浄影寺慧遠﹃大乗義章﹄

﹁浄土義﹂

に説かれる

浄穢の議論について

はじめに

中国の南北朝期から隋唐代にかけて、多様な諸仏浄土を整 理 し、 そ の 本 質 に 迫 る 教 説 と し て﹁浄 穢 の 議 論﹂ が あ っ た。 すなわち、浄土の本質は浄・穢のいずれの性質を有している のか、もしいずれかに限定されないなら、どうして両性質は 共存可能なのか、 といった内容である。 こ の 議 論 は 東 晋 の 釈 道 安﹃浄 土 論﹄ ︵逸 文 の み︶ の 三 句 に 始 まるとされてきたが、拙稿によれば、これは﹃大智度論﹄講 説 者 と し て 高 名 な 北 周 の 道 安 の 言 葉 で あ る 可 能 性 が 濃 厚 で、 それをふまえて思想史を再構築することが必要となっ た 1 。 本 稿 で は、 地 論 宗 南 道 派 の 浄 影 寺 慧 遠 に よ る 代 表 的 著 書 ﹃大乗義章﹄ ﹁浄土義﹂ における浄穢の議論を検討したい。

慧遠の浄土思想に関する研究は数多く存在するが、大半は ﹃観 経 義 疏﹄ ﹃無 量 寿 経 義 疏﹄ を 中 心 と し た も の で あ り、 ﹃大 乗 義 章﹄ ﹁浄 土 義﹂ を 具 体 的 に 検 討 し た も の と し て は 深 貝 慈 孝氏による一連の研究がある。また、柴田泰山氏は北周から 隋代にかけて成立した浄土教関連の諸文献について思想史的 な 視 座 か ら 概 観 し、 ﹁浄 土 義﹂ は﹁諸 典 籍 の 浄 土 に 関 す る 問 題意識の大半をすでに提示している﹂と指摘する。地論宗文 献﹃融 即 相 無 相 論﹄ と の 前 後 関 係 に つ い て は、 ﹁浄 土 義﹂ に おける﹃法華経﹄霊山浄土説の引用および浄穢の議論を承け て著述された文献ではないかと推定している。 慧遠著作の成立前後論については岡本一平氏による詳細な 研究がある。岡本氏は大著である﹃大乗義章﹄が段階的に成 立 し た 可 能 性 が 高 い と 推 定 し て ︵﹃別 章﹄ は﹃大 乗 義 章﹄ 編 纂 以 前 の 各 章 が 独 立 し て い る 段 階 の 著 作 か︶ 、﹃大 乗 義 章﹄ 以 外 の 各 注 釈疏類に関するおおよその成立順序を提示している。 そ れ を 参 考 に し て、 ﹁浄 土 義﹂ の 成 立 時 期 を 検 討 す る と、 初 期 の 著 作 と さ れ る﹃勝 鬘 義 記﹄ ︵五 四 九 年 以 前 か︶ と﹃十 地

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二五二 浄影寺慧遠﹃大乗義章﹄ ﹁浄土義﹂に説かれる浄穢の議論について︵工 藤︶ 義記﹄ ︵五五三年頃か︶ にいずれも ﹁浄土之義廣如 二別章 ︵卍 続 蔵 一 九、 八 七 〇 中 / 卍 続 蔵 四 五、 九 九 上︶ と い う 同 一 文 が 存 在 し、 ﹃別章﹄に解釈を譲っているため、この時点で﹁浄土義﹂ に関わる章目の草稿はできあがっていたと考えられる。また ﹃無 量 寿 経 義 疏﹄ ︵後 期 の 著 作︶ に は、 ﹁應 三 先 解 二 釋 三 佛 之 義 一 、 然 後 釋 レ 文、 義 如 二 別 章 一 ﹂ ︵大 正 三 七、 一 〇 五 中︶ と あ る た め、 この段階で ﹁三仏義﹂ もできあがっていたとみられる。 なお、慧遠の晩年に北地へもたらされ、 ﹃大乗義章﹄ ﹁八識 義﹂に取り入れられたとされる真諦訳﹃摂大乗論﹄の仏身論 ︵受 用 身、 三 身 論 な ど︶ と 仏 土 論 ︵受 用 土、 十 八 円 浄 説 な ど︶ か ら ﹁浄 土 義﹂ へ の 影 響 は 皆 無 で あ る。 も し 晩 年 に﹁浄 土 義﹂ へ 手を入れるとすればこの部分が更新されたはずであり、した がって﹁浄土義﹂の修正はなかったと考えている。ちなみに 智 顗 の 晩 年 の 著 書﹃維 摩 経 文 疏﹄ 、 吉 蔵 の 初 期 の 著 書﹃法 華 玄論﹄ の仏土論には ﹃摂大乗論﹄ の引用がみられる。

  ﹃大乗義章﹄

﹁浄土義﹂

における仏土の議論

﹃大乗義章﹄ ﹁浄土義﹂の第六門では﹁所見の質の同異を明 かす﹂ として、処と事の二種類の四句分別が示される。 言 レ 就 レ 者 、 分 別 有 レ四。 、 如 二 世 界 隨 レ 不 同 一、 種 種 異 見。 如 三 恒 河 中、 世 人 見 レ 水、 餓 鬼 見 レ 火、 或 見 二 虚 坑 一。 如 レ 一 切。 二 、 如 二 娑 婆 界 一。 百 億 天 下 處 所 雖 レ 所 見 相 似。 三 、 同 業 衆 生、 於 二 處 中 一 共 見 二 事 一。 如 三 河 無 量 衆 生 同 知 二 見 水 一。 如 レ 是 一 切。 四 、 如 二 婆 界 及 安 樂 土 一、 所 見 各 別。 如 レ 是 一 切。 就 レ 處 如 レ 是。 次 就 レ 事 論。 於 二 一 處 中 一、 隨 レ 分 レ四。 一 者 是 其 、 如 二 此 娑 婆 一 土 地 事 一。 衆 生 於 レ 種 種 異 見。 或 見 爲 レ水、 或 復 見 レ 火、 或 見 二 諸 寶 一、 或 見 二 虚 空 一。 如 是 一 切。 二 者 是 其 、 於 二 處 中 一、 隨 二 人 所 見 一 種 異 レ土。 一 段 衆 生 見 レ 唯 一 土 田 世 界。 如 レ 是 一 切。 三 。 同 類 衆 生 共 見 二 一 事 一。 質 體 無 レ別。 。 如 二 娑 婆 一、 異 種 衆 生 各 別 見。 如 二 中 説 一、 衆 生 見 二 劫 盡 大 火 所 レ 時、 我 此 土 安 穩 天 人 常 充 滿 一。 如 レ 一 切。 良 以 二 法 諸 佛 一 所 レ現、 無 二 性 一故、 見 有 二 種 一。 淨 土 之 義、 雖 二 以具攝 一、且隨 二其要略辨如 レ 是。 ︵大正四四、八三七中︱下︶ まず処について﹁処﹂と﹁見﹂の関係が、次に事について ﹁質﹂ と﹁見﹂ の 関 係 が 四 句 分 別 に よ っ て 示 さ れ て い る。 後 者 の 四 句 分 別 は、 前 提 が﹁一 処﹂ ︵ ≒同 処︶ と な っ て い る こ と に 注 意 し て お き た い ︵傍 線 部︶ 。 ま た 第 四 の 異 質 異 見 に は﹃法 華経﹄霊山浄土説の一節が引用されている ︵傍線部︶ 。 さ て、 ﹁浄 土 義﹂ 第 六 門 の 議 論 は、 前 段 の 第 五 門﹁凡 聖 有 無の義を明かす﹂を踏まえた内容となっていることに着目し たい。すなわち、第五門では浄土の所属について仏の側にあ るのか、それとも衆生の側にあるのか、という議論を紹介し て、竺道生と羅什の学説を具体的に挙げている。慧遠は﹁此 等 所 説、 義 有 二 兼 通 一、 不 レ 可 二 偏 定 一 ﹂ ︵大 正 四 四、 八 三 七 上︶ と

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二五三 浄影寺慧遠﹃大乗義章﹄ ﹁浄土義﹂に説かれる浄穢の議論について︵工 藤︶ 総括したうえで三義を挙げている。すなわち、 第一義⋮衆生は土あるも諸仏は土なし/竺道生の意見 第二義⋮諸仏は土あるも衆生は土なし/羅什の意見 第三義⋮衆生と諸仏とは各別に土あり/慧遠の意見 と な る。 慧 遠 は 三 義 そ れ ぞ れ の 立 場 を 一 応 認 め て い る も の の、 ﹁生 公 所 立、 佛 無 色 身、 全 無 二 淨 土 一。 義 不 レ 然。 佛 無 二 色 身 一 如 二 涅 槃 章 中 廣 破 一 ﹂ ︵大 正 四 四、 八 三 七 中︶ と 述 べ、 諸 仏に色身を認めるという自身の立場から、第一義の竺道生の 説を強く批判する。また、羅什の立場である第二義について は、 ﹁維 摩 亦 云、 我 此 國 土 常 淨。 若 此 爲 レ 欲 レ 度 二 斯 下 劣 人 一 故、 示 二 是 衆 惡 不 淨 土 一 耳。 什 公 所 レ 云 義 當 二 於 此 一 、 經 説 既 然﹂ ︵大 正 四 四、 八 三 七 上 ︱ 中︶ と 述 べ、 ﹃維 摩 経﹄ の 経 説 を 引 いて、その意見を尊重している。ただし、慧遠の立場をふま えれば、 やはり第三義が本命であろう。すなわち、 三 分 レ 相 異 レ實、 衆 生 與 レ 佛、 各 別 有 レ 土。 是 義 云 何。 以 レ 攝 レ 果、 果 隨 レ 業 別。 故 凡 與 レ 佛 各 異 有 レ土。 如 二 恒 河 水 一。 餓 鬼 見 レ 火、 如 來 見 レ水。 餓 鬼 火 業 自 見 二 火 一、 佛 以 二 水 業 一 見 二 於 水 一。 各 自 見 自 業 果、 執 非 レ 見 二 事 一。 佛 土 亦 爾。 螺 髻 心 淨 見 二 清 淨 一、 舍 利 心 垢 見 二 土不淨 一。 如 レ 是一切。凡聖有無辨 レ之略爾。 ︵大正四四、八三七中︶ と述べている。螺髻と舎利の一文は明らかに﹃維摩経﹄心浄 土 浄 説 で あ り ︵傍 線 部︶ 、 第 二 義 の 羅 什 の 論 拠 と あ え て 同 じ 経 典を用いて、第三義の立場を明らかにしているのである。 そ も そ も、 ﹁浄 土 義﹂ に 示 さ れ る 仏 土 論 は す べ て 第 三 義 を 前 提 と し て 説 か れ た も の で は な い か と 考 え ら れ る。 す な わ ち、慧遠は第二門以降に﹁事浄土・相浄土・真浄土﹂の三土 説を提示しているが、これは衆生の側からそれぞれの修行段 階 に し た が っ て 受 報 す る 各 浄 土 の す が た を 説 い た 内 容 で あ る。そして、真浄土について﹁義に随って広く弁ずる﹂とし て、 ﹁真土・応土﹂の二土説、 ﹁法性土・実報土・円応土﹂の 三土説、さらに﹁同体浄・自在浄・荘厳浄・受用浄・住処衆 生浄・因浄・果浄﹂の七種浄を紹介しているが、これらは仏 の側から所現する各浄土の開合広略を説いたものである。 以 上 、﹁ 浄 土 義 ﹂ の 仏 土 論 の 理 論 構 造 は 、 浄 土 は 仏 と 衆 生 の 各 自 に あ る と い う 解 釈 が 前 提 と な っ て い る こ と が う か が え る 。

東 晋 代 か ら 南 北 朝 期 に お け る 浄 穢 の 議 論 は、 ①﹃注 維 摩 詰 経﹄ 、 ②﹃雑 義 記﹄ 、 ③﹃金 剛 仙 論﹄ 、 ④﹃融 即 相 無 相 論﹄ 、 ⑤ ﹃大智度論疏﹄ ︵道安﹃浄土論﹄ を含む︶ 等にみられ る 2 。 ポ イ ン ト と な る の は 、 羅 什 訳 の ﹃ 維 摩 経 ﹄ 心 浄 土 浄 説 お よ び ﹃ 法 華 経 ﹄ 霊 山 浄 土 説 の 解 釈 をめ ぐ っ て 仏 土 の 議 論 が 勃 発 し 、 そ の 論 点 が 各 文 献 に 継 承 さ れ な が ら 、﹁ 一 質 異 見 ﹂ な ど の 四 字 一 句 を 用 い て 諸 師 の 立 場 が 示 さ れるよ う に な り 、 さ ら に

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二五四 浄影寺慧遠﹃大乗義章﹄ ﹁浄土義﹂に説かれる浄穢の議論について︵工 藤︶ 浄 穢 の 共 存 問 題 に つ い て 、 彼 ︵ 仏 の 側 ︶ と 我 ︵ 衆 生 の 側 ︶ と い う 視 点 か ら 考 察 が な され る よ う に な っ た こ と であ る 。 ⑤ を 除 け ば 、﹃ 維 摩 経 ﹄ と ﹃ 法 華 経 ﹄ が 併 せ て 引 用 さ れ る こ と も 特 色 で あ る 。 ま た 南 朝 期 の 五 世 紀 末 の 段 階で 後 世 の 二 土 説 、 三 土 説 な ど の 仏 土 論 の 萌 芽 が 見 受 け ら れ る こ と も 留 意 し た い 。 まず上記①︱③の文献は確実に﹁浄土義﹂以前の成立であ る た め、 そ れ と 比 較 す る と、 ﹁浄 土 義﹂ 第 六 門 に お け る﹃法 華経﹄霊山浄土説の引用は、この議論が勃発して以来の問題 意 識 に つ な が っ て い る よ う に み え る。 な お、 ﹃維 摩 経﹄ 心 浄 土浄説の引用は、前述したように第五門である。 慧 遠 が 提 示 す る 四 句 分 別 は、 ③﹃金 剛 仙 論﹄ を 嚆 矢 と し て 散見され始める﹁一質異見﹂などの四字一句を用いた議論を 発展させたものであり、後の智顗﹃維摩経文疏﹄や吉蔵の各 著書に見られる四句分別の導入に影響を与えたとみられる。 一方、他の文献が問題意識を共有していた、同一処に浄穢 の性質がどうして共存できるのかという論点はあまり強調さ れ な い。 こ れ は お そ ら く、 ﹁浄 土 義﹂ 第 五 門 に お け る 仏 と 衆 生にいずれにも浄土があるという立場、第六門における処・ 事に関する四句分別の議論、および第二門における仏土論の 理論構造の提示が、この論点への対応を補完しているからで はないかと考えられる。すなわち、慧遠以前の段階で彼・我 という論点が、絶対的な価値を有する仏の浄土と、それを完 全 に は 受 報 し き れ な い 衆 生 の 浄 土 ︵穢 を 含 む︶ と い う 非 対 称 な関係性の齟齬を埋めるために導入されたが、慧遠はそれを 仏土論として構造化し、独自の立場で解決を図ったのではな いだろうか。 次に、④ ﹃融即相無相論﹄ は、 ﹁浄土義﹂ とは異なり、同一 処 に お け る 浄 穢 共 存 の 問 題 へ の 対 応 に 迫 ら れ る な か で、 ﹃法 華経﹄と﹃維摩経﹄を引用する。浄土に関する議論全体の充 実 度 や 洗 練 度 で い え ば、 ﹁浄 土 義﹂ が 質・ 量 と も に 圧 倒 す る が、 ﹃融 即 相 無 相 論﹄ の 方 が 後 の 成 立 で あ る 可 能 性 も 充 分 に ある。ただし、その場合でも﹁浄土義﹂の議論を直接的に承 けたというよりは、それ以外の①︱③の文献に類する問題意 識を継承したと考えた方が妥当であろう。 次 に、 ⑤﹃大 智 度 論 疏﹄ は ① ︱ ④ の 文 献 に 示 さ れ た 問 題 意 識 を 比 較 的 忠 実 に 引 き 継 ぎ、 ﹃維 摩 経﹄ 心 浄 土 浄 説 に 焦 点 を 当てた議論を展開する ︵卍続蔵四六、八九八下︱八九九上︶ 。 概略を示せば、まず著者の慧影は摩訶男の瓦石変金玉の譬 えに代表される﹁同質異見﹂の見方に疑問を呈し、師である 道 安﹃浄 土 論﹄ に よ る 批 判 箇 所 を 援 引 す る。 そ し て、 ﹃維 摩 経﹄ の 説 に も と づ き、 螺 髻 梵 王 と 身 子 の 所 見 の 相 違 に ふ れ、 それぞれが我業の差別に応じて感見するので、螺髻梵王は自 在天宮を、身子は丘陵荊棘を見て、互いに妨げ合うことはな いとし、この理解により﹁同処における異質異見﹂が成立す

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二五五 浄影寺慧遠﹃大乗義章﹄ ﹁浄土義﹂に説かれる浄穢の議論について︵工 藤︶ る。 慧影は重ねて道安の﹃浄土論﹄を援引し、浄穢が一処に共 存することの解説につとめ、摩訶男は宝柱を見るが貧者は木 柱を見るという喩えもこれに該当するという。慧影は﹁同処 における異質異見﹂が成立することを強調する一方で、摩訶 男の瓦石変金玉の譬えは ﹁同質異見﹂ にあたるという。 こ の よ う に 慧 影 は﹁異 質 異 見﹂ だ け で な く、 ﹁同 質 異 見﹂ の立場も承認している。では、師である道安の立場はどうで あろうか。道綽﹃安楽集﹄に引用される道安﹃浄土論﹄の浄 穢に関する三句によれば、 ﹁一質不成﹂ ﹁異質不成﹂ ﹁無質不成﹂ という観点から考察がなされていた。すなわち、道安の考え では三案いずれも否認し、一つの原理原則ではすべてを説明 しきれないという立場を採っていたようである。四句分別の 形式が明示されているわけではないが、道安にせよ慧影にせ よ、幅広い立場から浄穢の議論を深めていたことは間違いな い。 ここで﹁浄土義﹂と比べてみると、前述したように、 ﹁事﹂ の四句分別では﹁一処における異質異見﹂を解釈するなかで ﹃法華経﹄霊山浄土説が引証される。一方、 ﹃大智度論疏﹄に おいて﹁一処における異質異見﹂とされるのは﹃維摩経﹄心 浄土浄説である。経典の種類は異なるものの、いずれもこの 議 論 の 出 発 点 と な っ た 重 要 な 教 説 で あ り、 ﹁一 処 に お け る 異 質異見﹂という立場における浄穢共存の理論的な解明が、と もに議論の結着点となっていたのである。この点は両者の同 時代的な問題意識が重なり合っていたことを示唆している。 な お、 ﹃大 智 度 論 疏﹄ が﹁浄 土 義﹂ の 影 響 を 受 け た か ど う か は、 完 本 が 存 在 し な い 以 上 は 断 言 で き な い。 た だ し、 ﹃大 智度論疏﹄に説かれる仏土論の箇所では、 ﹁真応二土﹂ ﹁実相 浄 土﹂ ﹁実 報 功 徳 浄 土﹂ ﹁実 智 法 身・ 報 仏﹂ ﹁法 仏﹂ と い っ た 語 句 が 見 ら れ る ︵大 正 四 六、 八 九 八 中︶ 。﹃融 即 相 無 相 論﹄ の 段 階に比べれば、仏身論と仏土論の相関関係をふまえた議論が 進展しているように見えるが、慧遠、智顗、吉蔵のように明 確な理論構造は見いだせない。現時点では﹁浄土義﹂からの 直接的な影響があったとは断言できないと考えている。

おわりに

以 上、 ﹁浄 土 義﹂ 第 六 門 の 四 句 分 別 は、 第 五 門 に お け る 仏 と衆生の各自に浄土があるという議論、さらに第二門におけ る 仏 土 論 の 理 論 構 造 と 不 可 分 の 関 係 に あ る こ と が 分 か っ た。 また﹃大乗義章﹄以前の文献では、同一処における浄穢共存 が重要な論点となっていたが、慧遠は仏と衆生に各別の浄土 があるという理解にもとづく仏土論を提示することで問題解 決を図っていたことを指摘した。 従 来﹁浄 土 義﹂ に 関 す る 研 究 で は、 前 半 に 説 か れ る 事 浄

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二五六 浄影寺慧遠﹃大乗義章﹄ ﹁浄土義﹂に説かれる浄穢の議論について︵工 藤︶ 土・相浄土・真浄土の三土説や真応の二土説、法報応の三土 説 に 注 目 が 集 ま り が ち で あ っ た が、 章 目 全 体 の 構 成 に 着 目 し、かつ﹁浄土 義 3 ﹂と呼ばれる浄穢の議論の思想展開史を考 慮 す れ ば、 時 代 的 な 命 題 は﹃維 摩 経﹄ 心 浄 土 浄 説 や﹃法 華 経﹄霊山浄土説の理論的な解明にあり、その意味では第二門 の仏土論をふまえて第五門、第六門を提示することこそ、慧 遠が﹁浄土義﹂の論述を志した主目的ではなかったかと考え られる。 筆 者 は こ れ ま で﹃融 即 相 無 相 論﹄ ﹃大 智 度 論 疏﹄ ︵少 な く と も 道 安﹃浄 土 論﹄ ︶ に つ い て、 ﹃大 乗 義 章﹄ 以 前 の 成 立 で あ る こ とを前提に、浄穢の議論の思想展開史を想定していた。すな わち、四句分別の導入の有無によって、思想展開史の前半期 と 後 半 期 ︵慧 遠、 吉 蔵、 智 顗 な ど︶ を 峻 別 で き る と 考 え て い た。 しかし、慧遠著作の成立時期に関する研究進展により、その 前後関係についてはもう少し慎重にあらねばならないことに 気づかされて本論稿を執筆するに至った。これらの点はさら に検討を要する課題としておきたい。 1   拙 稿﹁慧 影﹃大 智 度 論 疏﹄ 引 用 の 道 安﹃浄 土 論﹄ に つ い て

東 晋・ 北 周 い ず れ の 道 安 か

﹂︵ ﹃印 仏 研﹄ 第 六 五 巻 第 一 号、二〇一六︶ 。 2   拙 稿﹁東 晋 代 か ら 南 北 朝 に お け る 仏 土 の 本 質 を め ぐ る 浄 穢 の 議 論

慧 影﹃大 智 度 論 疏﹄ お よ び 道 安﹃浄 土 論﹄ を 中 心 と し て

﹂︵ ﹃仏 教 学﹄ 第 六 〇 号、 二 〇 一 八︶ に 詳 細 を 論 じ た の で 参照されたい。 3   ﹁浄 土 義﹂ ﹁浄 土 之 義﹂ ﹁浄 土 論﹂ と い っ た 章 目 は、 ﹃雑 義 記﹄ 、 ﹃金 剛 仙 論﹄ 、﹃融 即 相 無 相 論﹄ 、 慧 影﹃大 智 度 論 疏﹄ 、 慧 遠﹃大 乗 義 章﹄ 、 吉 蔵﹃法 華 玄 論﹄ ﹃華 厳 遊 意﹄ ﹃浄 名 玄 論﹄ な ど に 散 見される。 ︿参考文献﹀ 深貝慈孝﹃中国浄土教と浄土宗学の研究﹄思文閣出版、二〇〇二 柴田泰山﹃善導教学の研究﹄山喜房仏書林、二〇〇六 岡 本 一 平﹁浄 影 寺 慧 遠 の﹃別 章﹄ に つ い て

﹃大 乗 義 章﹄ の 成 立試論

﹂﹁浄影寺慧遠における初期の議論﹂ ﹃地論宗の研究﹄ 所収、国書刊行会、二〇一七 ︵本 稿 は 平 成 三 〇 年 度 科 学 研 究 費 補 助 金︵若 手 研 究︶ ﹁中 国 仏 教 に お け る 仏 土 の 本 質 を め ぐ る 浄 穢 の 議 論 に 関 す る 研 究﹂ ︵課 題 番 号 18K12200 ︶ による成果の一部である︶ ︿キ ー ワ ー ド﹀ 慧 遠、 慧 影、 大 乗 義 章、 大 智 度 論 疏、 浄 穢、 浄 土 義、 仏 土 論、 心 浄 土 浄、 霊 山 浄 土、 同 処 異 見、 一 質異見 ︵大正大学非常勤講師・博士︵仏教学︶ ︶

参照

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