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授業においてなぜ教科書を使わなければならないのか

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Academic year: 2021

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授業においてなぜ教科書を使わなければならないの

著者

坂本 徳弥

雑誌名

椙山女学園大学研究論集 社会科学篇

51

ページ

97-107

発行年

2020-03-01

URL

http://id.nii.ac.jp/1454/00002717/

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授業においてなぜ教科書を使わなければならないのか

坂 本 德 弥*

Why is It Necessary to Use a Textbook in a Class?

Tokuya S

AKAMOTO 1.研究の目的  いろいろな小学校において,算数や理科,社会などの授業を参観させていただくと,授 業開始とともに「教科書をしまいなさい。」というような授業が時々ある。授業者に教科 書を使用しない理由を尋ねると,算数や理科,社会などでは,問題の答えが教科書に載っ ているので,子どもたちが答えを見てしまって考える力が育たないので,授業の前半では 教科書をしまわせるとのことであった。また,中学校や高等学校においては,社会や地歴, 公民などにおいて,穴埋めプリント(授業の要点を教師がまとめたもので,大事な語句を 空白にしたプリント)を中心にして,教科書を中心にしない授業が時々ある。授業者にそ の理由を尋ねると,穴埋めプリントを使うと大事な語句が強調され,生徒も大事な語句を 聞き漏らすまいとして授業者の話を真剣に聞くからとのことであった。  いずれも,教材研究がよく為されていて教科書に代わる教材を自作したり,穴埋めプリ ント等を自作したりして,熱意の伝わる授業であるが,結果的に教科書中心の授業となっ ていない。そして,このような教科書をきちんと使用しない授業は,児童・生徒の学力向 上を妨げ,また,教師の慢性的な超過勤務を生み出しているのではないだろうかと思われ る。以下に,具体的な事例を述べて考察する。 2.教科書の法的位置づけ  学校教育法第34条第1項において,「小学校においては,文部科学大臣の検定を経た教 科用図書又は文部科学省が著作の名義を有する教科用図書を使用しなければならない」と 定められている(中学校,高等学校,中等教育学校にも準用)1)。すなわち,小,中,高 等学校,中等教育学校等においては,教科用図書を中心とした授業をすることが法律で義 務づけられているのである。教科用図書の主なものは教科書である。しかしながら,学校 教育法第34条第4項において,「教科用図書及び第2項に規定する教材以外の教材で,有 * 教育学部 子ども発達学科

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益適切なものは,これを使用することができる。」2)とも定められているために,教科書以 外の教材を授業者が自由に使ってもよいとする誤解が生まれている。重要な点は,「有益 適切な教材」であるかどうかであり,授業者は,十分な教材研究をして,有益適切な教材 であるかどうかを慎重に判断して使うことが必要である。また,ある単元において有益適 切な教材があった場合でも,その教材が教科用図書の教材よりも本当に有益適切かどうか を慎重に判断することが必要である。授業者の単なる思いつきで教科用図書以外の教材を 使用すると,授業が混乱して児童・生徒にとって無駄な時間となってしまう可能性がある。 授業者は,まず,教科用図書を中心とした教材研究をしっかりと行い,教科用図書の教材 の意図をしっかりと理解することが重要である。「この教科書の問題はよくない。」などと 安易に判断する授業者がいるが,教科書は専門家が何人も集まって編集されており,間違 いがあれば,その都度,修正されていて信頼できる教材であると言ってよい。 事例:小学校 3 年算数「一億までの数」啓林館(安易な教科書の問題の変更) 〈教科書の元の問題〉 ① 本時目標 生活場面(地域の有名なマラソン大会の参加人数)から,一万を超える大き な数について,読み方,書き方,仕組みを理解する。 ②問題 写真(図1)を見て,このマラソン大会の参加者は何人ぐらいだと思いますか。 〈変更した問題〉 ① 本時目標 生活場面(地域の有名な花火大会の花火の打ち上げ回数)から,一万を超え える大きな数について,読み方,書き方,仕組みを理解する。 ②問題 この前の花火大会の花火の打ち上げ回数は何発ぐらいだと思いますか。 〈問題点〉  マラソン大会は,児童にとって身近なものではないという理由で,地域の有名な花火大 会の花火の打ち上げ回数を調べる問題に変更しようとした。どちらも一万を超える数につ いての問題であるが,マラソン大会の参加人数は,例えばマラソンの記録証(図2)など を基に数えることができるが,花火の打ち上げ回数は,音で判断するので数えることが非 常に難しく,その後の授業展開が困難になる。やはり,花火大会よりもマラソン大会の問 題の方が適切であり,教科書の問題はよくできていると思われる。  なお,地方教育行政の組織及び運営に関する法律第33条第2項において,「教育委員会は, 学校における教科書以外の教材の使用について,あらかじめ,教育委員会に届け出させ, 又は教育委員会の承認を受けさせることとする」と定められている3)。すなわち,教科書 以外の教材については授業者が自由に使えるというわけではなく,教科書以外の副読本, 問題集,ドリル類などの教材については,各学年毎に使用する教材一覧表を作成し,あら かじめ教育委員会へ届け出る,又は承認を受けることが必要である。  また,「教科書よりも有益適切な教材」とは,例えば,小学校社会科の3,4年生のために, 各市町村や都道府県の教員の研究会などが作成した地域の歴史や地理,産業などについて 解説した副読本などがある。小学校社会科の教科書は全国版であるが,ページ数に限りが

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あり,内容は一部の地域のことしか掲載することができない。そのため,児童が住んでい る各市町村や都道府県の内容を知るには教科書だけでは不十分であり,各市町村や都道府 県の教員の研究会などが作成した地域の歴史や地理,産業などについて解説した副読本な どが,部分的にではあるが「教科書よりも有益適切な教材」と認められる。  これらのことから,小,中,高等学校,中等教育学校等においては,教科書を中心とし た授業をすることが当たり前であり,教科書を使わない授業や,教科書の内容を変えて授 業することは一般的ではないはずである。ところが,実際には,教科書をしまわせ,教科 書を見せないで前半の授業を進めるような授業を多く見かけるのである。  「教科書を教える」のではなく「教科書で教える」ということが言われるが,「教科書で 教える=教科書を使って教える」という意味であることに注意したい。  さて,法律的には教科書を使うべきであるが,実際の授業の面からも教科書を使った授 業の良さがあるはずである。大学の授業である模擬授業演習における学生の授業や,教育 実習における学生の研究授業などの実際の授業の例から,教科書を使った授業の良さにつ いて,次の5つの点について順に述べていきたい。 (1)間違ったことを教えない。 (2)児童・生徒の主体性を育てる。 (3)デジタル教科書の利用。 (4)授業の効率化と深い学びへの到達。 (5)わかりやすい授業ができる。 3.教科書を使った授業の良さ ⑴ 間違ったことを教えない

 小学校6年外国語「My Summer Vacation」の例である。授業目標は,「自分の夏休みを 振り返り,思い出を過去形を用いて伝えることができる。」であった。教科書の表現を使

図 2 マラソン大会の記録証 図 1 マラソン大会の様子(©東京マラソン財団)

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わずに,授業者の個人としての実際の夏休みを振り返り,次のように板書して,まず授業 者が発音し,次に児童・生徒に復唱させた。

 I went to sea. I enjoyed swimming. I ate ice cream.

 授業は順調に進んだが,seaの前に,theが抜けたままであった。最初に教科書の表現を そのまま使って授業をしていれば,seaの前にthe を入れなければならないことに気づき, 正しく教えることができたと思われる。教科書の表現は次のようであった(下線は筆者)。   I went to the sea. I enjoyed swimming. I ate fresh fish.5)

 すなわち,I wnet to sea. は,「私は航海に出た」あるいは「私は船乗りになった」とい う意味になり,授業者や児童がイメージする「私は(遊びやレジャーなどで)海に行った」 という意味ならば,I went to the sea. とならなければならないのである。

 このように,たとえ,英語の能力に自信があったとしても,教科書を使って授業をして いれば,間違ったことを児童・生徒に教えないですむ。高学年になればなるほど,授業内 容も高度化するので,授業者も学習問題をすべて覚えているわけではない。自分の記憶を 頼りに授業をしていると,細かい数値を間違えたり,思い違いをしたまま児童・生徒に教 える可能性がある。すなわち,いつも教科書を見て,何を教えるのかを確認しながら授業 をする方がよいと思われる。 ⑵ 児童・生徒の主体性を育てる  学校においては宿題として出される内容は復習に偏っていると言われている6)。とする と多くの学習者は,予習で教科書を読まないまま授業を受けることになる。そして,授業 が始まると多くの小学校の算数や理科,社会の授業などで「教科書をしまってください」 となり,授業の前半は教科書を見ないで授業者の課題について考えることになる。  すなわち,事前の情報を持たずに,児童の経験を基に授業者の課題について考えるので, 簡単な課題でも難しく感じられ,学級の中の一部の優等生あるいは予習をしてきた児童が リードする授業となりやすい。  児童には教科書を読む権利があり,授業中に教科書を見せないというのは改善する必要 があると思われる。多くの学校の授業を参観した経験から,授業中に活発に発言する児童 の数は3分の1程度である7)。多く見積もっても半数である。すなわち,教科書の解答を 見ないで自分で課題解決をして発表できる児童の数は半数以下である。残りの半数の児童 は,盛んに発表する児童の考えを聞きながらその場では理解するものの,授業内容をよく 理解できないまま次の授業に進むことになる。これらの児童を救うためにも,予習として 教科書を読ませるようにすべきである。教科書の解答を読んでも理解できるとは限らない し,解答を読んだからと言って,思考力や創造力がなくなるわけではない。なぜそのよう な解答が出てくるのかを考えることでも思考力や創造力を育てることは可能であり,わか らない問題は大人でも解答を見ることが普通である。解答を見ても一人ではわからない時 には先生などに教えてもらうが,教えてもらったからと言って,思考力や創造力が育たな いわけではない。もちろん,知能の高い児童の中には,解答を見ないで自分で考えること ができることがあるのは事実である。  なお,篠ヶ谷(2008)によれば,「学力向上を目指して家庭学習を指導するのであれば, 復習だけではなく予習にも目を向ける必要がある」8)と言う。予習の仕方としては,教科

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書を読むのが一般的である。教科書をしっかりと読んでから授業を受ければ,授業内容が わからないという児童は減少すると思われる。そして,復習をする場合も教科書を読むこ とにより,学習内容が定着する。この時,学校の授業において教科書の問題を別の問題に 変更したりすれば,児童・生徒にとっては問題が増えたことになり,予習・復習に時間が かかる。学校において教科書中心の授業をすることにより,児童・生徒は予習・復習がし やすくなり,結果的に児童・生徒の学力向上が期待できるのである。  教科書を使わない授業について,向山・前田(2016)も,プロ教師なら「これはしない 16カ条」の第10として挙げている。算数の学力低下の問題は,このまちがった「問題解 決学習」にあるといってもよいとも述べている9)。すなわち,教科書に書かれている答え を見せないで,児童の経験知を基に問題を解決させていくので効率が悪く,時間がかかっ てしまう授業となるのである。例えば,中学校や高校の数学ではどうであろうか。さすが に,中学や高校では教科書は開いたままである。しかし,教科書に答えが書いてあるから と言って,全員が理解できるわけではない。小学校でも同じである。教科書に答えが書い てあっても,どうしてそのような答えになるのかわからない児童も多いと思う。  例えば,分数÷分数の計算は,割る数を逆数にしてかけることで計算できるが,やり方 がわかっていても,どうして,割る数を逆数にしてかけたら答えが出てくるのかを説明す ることは小学生には難しい。また,太陽が東から昇って南の空を通り西に沈むという動き は,日時計を使って確かめることができるが,本当は太陽が動くのではなく,地球が自転 して動いているという事実を確かめることは難しい。よくわからなくても,分数の計算は きちんとできるようになるし,日常生活の中で太陽の動きを予測することは可能である。 もちろん,理由を考えようとすることは必要であり,理由がきちんとわかるに越したこと はない。しかし,小学校の児童に対してだけ教科書を使わせないというのは再考の余地が あると思われる。  なお,算数の教師用指導書にも,「教科書は,算数の内容を児童の発達段階等をふまえ て系統的,発展的に学習し,確かな算数の学力を身につけることができるように構成され ている。したがって,算数の学習指導は,教科書を使って行うのが基本原則である。」と, 教科書を使って授業をするようにとわざわざ記述されている10) ⑶ デジタル教科書の利用  学習者用デジタル教科書とは,紙の教科書の発行者が,紙の教科書の内容を全て電磁的 記録したものである(平成30年文部科学省令第35号)11)。すなわち,学習者用デジタル教 科書を使用した授業をすれば,必然的に,紙の教科書の内容で教えることになる。学習者 用デジタル教科書の内容を授業者が変更する場合には,自作の教材を作成することになり, 授業者の多大な負担となる。従って,授業者は教科書の内容を思いつきで変更したりする ようなことをせず,原則として,教科書の内容を中心に授業をするとよい。  なお,デジタル教科書には指導者用デジタル教科書と学習者用デジタル教科書がある。 指導者用デジタル教科書は,主に教員が電子黒板等により子どもたちに提示して指導する ためのものであり,学習者用デジタル教科書は,主に子どもたちが個々の情報端末で学習 するためのものである12)。指導者用デジタル教科書は,一斉授業をする場合などにとても 便利である。

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 例えば,新編新しい社会科6上(東京書籍)の指導者用デジタル教科書を初めて使った 教員や学生は,口を揃えて「これならば,授業がやりやすくなるね。」と言う。一例を挙 げるならば,「3人の武将と天下統一」では,指導者用デジタル教科書にある長篠合戦図 屏風をクリックすると拡大表示することができ(図3,4),動画で長篠の戦いの概略を知 らせることができる。  長篠城がある場所も指導者用デジタル教科書画面から日本地図をクリックすると表示さ れ(図5),鉄砲の写真をクリックすると,動画で火縄銃の仕組みと使い方が示される(図 6)。  すなわち,学習者が知りたいと思う事柄を指導者用デジタル教科書で提示することがで き,効率的な学習が可能である。もちろん,学習者がさらに知りたいことや,わからない ことがあれば,インターネットで調べさせたり,友達と話し合わせたり,先生に質問させ たりして深い学びへとつなげることも可能である。  また,授業者は,指導者用デジタル教科書がない状況では,教科書の長篠合戦図屏風を 拡大コピー機を使って模造紙のような大きな紙に印刷したり,教材提示装置を使ってスク リーンに拡大投影したりして,クラス全体で見える大きさにして説明したり,書き込みを 加えたりする必要があった。しかし,指導者用デジタル教科書と電子黒板があれば,教科 図 4 武田勝頼の陣地 図 3 織田信長の陣地 (新編社会6上(デジタル教科書),東京書籍,pp. 66―67より引用)13) (徳川美術館所蔵 Ⓒ徳川美術館イメージアーカイブ/ DNPartcom) 図 6 火縄銃の使い方 図 5 長篠城がある場所 (新編社会6上(デジタル教科書),東京書籍,pp. 66―67より引用)13)

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書の写真を拡大印刷したり,教材提示装置を準備したりする作業はなくなる。  さらに,授業で使用するワークシート(図7)も指導者用デジタル教科書がない状況では, 授業者があらかじめクラスの児童・生徒の人数分印刷して配布する必要があった。しかし, 指導者用デジタル教科書と電子黒板,児童・生徒用のタブレット端末があれば,電子黒板 に表示したワークシートを児童・生徒のタブレット端末に配信し,児童・生徒はタブレッ ト端末に表示されたワークシートに自分の考えを記入して,それを電子黒板に送信するこ とができる。すなわち,指導者用デジタル教科書があれば,ワークシートを作成したり, あらかじめクラスの児童・生徒の人数分のワークシートを印刷したりするという作業はな くなり,授業者の負担は軽くなるのである。 ⑷ 授業の効率化と深い学びへの到達  教科書を中心とした授業をすることにより授業は効率化し,深い学びまで達成すること ができると思われる。  教科書を見せない授業では,児童の経験から問題を解決していくので時間がかかり,そ のため,深い学びを達成する時間がなくなるのである。例えば,3年社会「古い道具と昔 のくらし」(東京書籍)では,古い農家の絵(図8)を見せて,どんな道具があるかを考 えさせる。しかし,半世紀以上も前の道具の絵を見ても,児童にはほとんどわからないの が普通である。そこで,教科書の説明を読ませたり,古い農家の絵の解説(図9)を指導 者用デジタル教科書で提示したりすることで,昔の道具と現在の道具を比較し,理解でき るようになる。  そして,わからないまま考えるよりも,指導者用デジタル教科書の情報を参考にして考 えた方が授業の進み具合が早くなり,結果的に授業の後半に時間的余裕ができ,道具が変 化してきた理由について考えるという深い学びへとつながるのである。 図 7 ワークシート(長篠の戦い) (新編社会6上(デジタル教科書),東京書籍,pp. 66―67より引用)13)

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 なお,教科書の答えを見せない授業では,一部の優等生だけが答えを発表し,その他の 児童は理解できないまま授業が進むことが多い。本来は,教科書を使って説明することに より,多くの児童が理解できる授業を展開することが可能である。  また,教科書に答えが書いてあっても,なぜ,そういう答えになるのかは児童・生徒に とって,なかなか理解できないものである。そこで,なぜ,そういう答えになるのかを考 えることも学習として認めて行く必要がる。もちろん,答えを見ずに問題を解くことがで きる児童・生徒がいれば奨励すべきである。 ⑸ わかりやすい授業ができる  ある小学校の3年生の算数「計算のじゅんじょ」の授業を参観させて頂いたことがある。 授業開始と同時に教科書を閉じさせて,授業者が拡大コピーした教科書の問題文を黒板に 提示した。問題文は「うんていと木と校しゃの高さをくらべました。うんていの高さは 2mです。木の高さは,うんていの高さの3倍です。校しゃの高さは,木の高さの2倍です。 校しゃの高さは何mですか。」である。児童は全員で問題文を読み上げ,次に授業者が, わかっていることと,求めることを児童に尋ね,それから式を発表させた。この問題を考 える上で重要なことは,「うんてい」と「木」と「校しゃ」のイラストを提示し,イラス トの「うんてい」の所に「2m」と書き入れ,「木」の所に「(うんていの)3倍」,「校しゃ」 の所に「(うんていの)6倍」または「(木の)2倍」と書き入れることである。あるいは, 線分図で「うんてい」と「木」と「校しゃ」の高さを表すことである。  このように問題の意味を視覚化することが算数では重要なのであるが,授業者はイラス トは提示したものの,「2m」や「3倍」,「2倍」などの高さや関係を表す語句をイラストに 記入することを忘れてしまった。そのため,児童は問題を理解するのに時間がかかり,1 時間の授業の中では練習問題にまで進むことができなかった。また,わからない児童に対 して机間指導で個別に助言をする授業者の姿は立派であったが,わかっている児童は時間 を持て余して,おしゃべりする場面が見られた。  この場合,授業開始と同時に教科書を使用し,教科書の問題文を読ませながら授業をし たらどうであっただろうか。授業者がイラストに「2m」や「3倍」,「2倍」などの高さや 関係を表す語句を記入することを忘れてしまったとしても,児童は教科書で情報を補いな 図 9 昔の家(説明有) 図 8 昔の家(説明無) 新編社会3・4上(デジタル教科書),東京書籍,pp. 106―107より引用)14)

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がら問題を解くので,ほとんどの児童が問題の意味と解き方を理解するのではないだろう か。  そこで,授業者に,教科書を使った授業の良さを説明し,次の授業参観の際には,授業 開始と同時に教科書を児童に読ませるようにして頂いた。その結果,児童は授業開始から 終了まで全員が集中して学習することができた。また,学習内容が理解できずに個別指導 が必要な児童はほとんどいなかった。さらに,導入と展開の問題だけでなく,練習問題も 1時間の授業の中で終了することができた。すなわち,教科書を使わない授業では,授業 者の説明だけなので,説明不足の点がありがちである。しかし,教科書を使った授業では, 授業者の説明に教科書の説明がプラスされるので,よりわかりやすい授業となるのである。 教科書を使うだけで,児童の学習理解や学習意欲は間違いなく向上すると思われる。 4.穴埋めプリントの使用について  中学校の社会科などの授業において,穴埋めプリントを使用して授業を進めることがあ る。しかし,教科書の記述を中心に話し合いがされないことは大きな問題であると言えよ う。  新井(2018)は,高等学校と中学校の教科書と新聞の記述を問題文にした基礎的読解力 テストを開発し,25,000人を調査した結果,「中学校を卒業する段階で,約3割が(内容 理解を伴わない)表層的な読解もできない。」「高校生の半数以上が,教科書の記述の意味 が理解できていません。」と述べている15)。 教科書が読めない子どもたちになってしまっ た原因はいろいろとあるだろうが,学校現場において,教科書を中心とした授業が行われ ていないことも大きな原因であると思う。  穴埋めプリントの問題点は,教師が教科書の内容をまとめる点にある。教科書の内容を プリントにまとめることにより,読解力がつき,学習内容を深く理解することができる。 従って,教科書の内容をまとめるのは生徒でなければならい。時間をかけて教科書を読む ことにより,新たな問題点を見つけて議論したりする力が身につくのである。  なお,穴埋めプリントは知識の定着の確認に有効であり,ドリルやテストとして使用す ることを否定するものではない。 5.指導書通りの授業について  教育実習において,学習指導案を作成する場合は教師用指導書を見ないで,学習指導要 領や教科書を見て,自分で授業の流れを考えて作成するように指導された学生が時々いる。 すなわち,指導書通りの授業計画ではなく,自分で考えて創意工夫のある授業をしなくて はならないと考える教員は多い。確かに,経験豊かなベテラン教師にとってはその通りだ と思うが,学生が模擬授業をする場合や,教育実習で授業をする場合には,指導書を参考 にして授業計画を作成してもよいと思われる。何故なら,学生は実際の授業経験がほとん どないので,教科書だけを見て,自分で授業計画を立てることは難しい。  同じ教材であっても,何を学習させるかはいろいろと考えられる。例えば,「走れメロス」 を道徳で取り上げた場合は,例えば「友情の大切さ」となり,国語で取り上げた場合は,

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例えば「文章表現のすばらしさ」や「いろいろな読み取り方」となる。また,単元として 何時間扱いにするかも,いろいろな考え方があり,年間計画の中で考える必要がある。従っ て,学習目標や学習指導計画は,授業者が思いつきで自由に考えるものではなく,教科書 製作者の意図を教師用指導書から読み取り,参考にした上で判断することが必要である。 いずれにしても,教師用指導書は必ず読むべきであり,読まないで指導計画を立てること は避けた方がよいと思われる。また,指導書通りの授業であっても,教科の目標や本時の 目標を達成することができるならば,すばらしい授業として認めていくべきであると考え る。 6.まとめ  授業においてなぜ教科書を使わなければならないのかについて,教科書の法的位置づけ からは原則として必ず使うことになっている。また,実際の授業の面からも,次の5点から, 教科書を使うことの良さについて事例を基に考察した。  (1)間違ったことを教えない。  (2)児童・生徒の主体性を育てる。  (3)デジタル教科書の利用。  (4)授業の効率化と深い学びへの到達  (5)授業がわかりやすくなる。  特に,デジタル教科書の導入により,授業者は教科書通りの授業をすることで,指導者 用デジタル教科書のコンテンツを利用する機会が増え,教材を自作する時間が少なくなり, 教員の仕事に余裕が生まれると予想される。また,教科書通りの授業をすることで,児童・ 生徒は予習や復習がしやすくなるとともに,予習をすることで主体的になり,学力の向上 も期待できると思われる。もちろん,教科書や教師用指導書にも間違いがある可能性はあ る。授業者が教科書や教師用指導書の間違いを発見した場合は,正しい情報に修正して授 業しなければならないことは当然である。 引用・参考文献 1 ) 学校教育法(昭和22年法律第26号),施行日:平成31年4月1日,最終更新:平成30年6月 1日公布(平成30年法律第39号),第34号第1項,e-Gov法令検索(2020年1月11日確認) 2 ) 同上書,第34条第4項 3 ) 地方教育行政の組織及び運営に関する法律(昭和31年法律第162号),施行日:平成31年4 月 1日,最終更新:平成30年6月8日公布(平成30年法律第42号),第33条第2項,e-Gov法 令検索(2020年1月11日確認) 4 ) わくわく算数3上,啓林館,2015,p. 68 5 ) 新学習指導要領対応小学校外国語教材「We Can! 2」,2018,文部科学省,p. 39 6 ) 西島 央 2003「宿題・家庭学習指導と土曜日の指導」ベネッセコーポレーション第3回学 習指導調査報告書,https://berd.benesse.jp/shotouchutou/research/detail1.php?id=3249(2019年9月 18日確認) 7 ) 澤井陽介 2017「授業の見方『主体的・対話的で深い学び』の授業改善」東洋館出版,

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p. 101 8 ) 篠ヶ谷圭太 2008「予習が授業理解に与える影響とそのプロセスの検討―学習観の個人差に 注目して―」教育心理学研究56,256―267 9 ) 向山洋一・前田康裕 2016「まんがで知る授業の法則」学芸みらい社,p. 175 10)わくわく算数6(指導書第2部詳説朱註)2017 啓林館,p. 4 11) 文部科学省 2019「学習者用デジタル教科書の制度化に関する法令の概要」,https://www. mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2019/02/12/1407728_001_2.pdf (2019年9月18日確認) 12) 文部科学省 2011「教育の情報化ビジョン∼ 21世紀にふさわしい学びと学校の創造を目指 して∼(平成23年4月28日),p. 10 13) 新編社会6上(デジタル教科書),2015,東京書籍,pp. 66―67 14) 新編社会3・4上(デジタル教科書),2015,東京書籍,pp. 106―107 15) 新井紀子 2018「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」東洋経済新報社,p. 228

図 2  マラソン大会の記録証 図 1  マラソン大会の様子(© 東京マラソン財団)

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