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学生時代と図書館 89

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Academic year: 2021

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 わたしの通った大学は、山の中にありました。

山を削ってつくられた大学ですから、通学で坂 道を登らなければならないときや、夏のヤブ蚊 の多いことには辟易していましたが、図書館か らの眺めはとても気に入っていました。

 図書館は、全館開架という恵まれた環境でし た。まだ建て替えられたばかりで明るく、窓の 多い図書館でした。 

 そして、ちょうど、私が調べ物で使わなくて はならない言語関連の書架の奥には、書架に隠 れたような、窓際の机がありました。窓の外は、

明るい光が差し込む森です。まるで、信州かど こかの別荘からの眺めと言ってもよいような(実 際には大阪南部でしたけれど)景色が見える机 を占有し、よく座り込んでいたものです。

 小学生の頃から、わたしは、友だちとわいわ いと校庭で遊ぶよりも、図書館の隅に自分の居 場所を見つけ、「外で遊びましょう」と「今週の 目標」を突きつける上級生の目から逃れるよう にして、小説や物語の世界に逃避していたとこ ろがありました。

 大学時代は、友人にも恵まれ、今までにない

「自由」を味わっていましたので、友だちとおしゃ べりしたり、大騒ぎしたりする楽しみも知りま した。しかし、その喧噪から離れ、一人、書架 の奥に逃げ込んで、木漏れ日を楽しみながら読 書する時間は、それがレポートのための調べ物 の時間だったとしても、とても幸せな時間でし た。

 特に、大学3年生から選んだゼミは「国語学」で、

室町時代の古辞書をひっくり返すような作業が 多かったため、自然と図書館にこもる時間も増 えました。

 結局はその道を選びませんでしたが、図書館 司書の資格も在学中にとりました。友人の中に は、図書館司書として今、市立図書館で働いて

いる人もいます。彼女も私も、図書館大好き!

だったからです。

 そんな大好きな図書館でしたので、修士課程 に進み、別の大学院に行った後も、月に一度は 母校の図書館に通っていました。幸いなことに、

卒業生はすべて図書館利用証がもらえるという 大学でしたので、恩師がこの大学を離れるまで、

わたしはこの母校の図書館によく通ったもので した。

 しかし、今では、図書館には文献を探しに行 くことがめっきり減ってしまいました。参考図 書は買ってしまうことが多いし、読みたい論文 はネット上でほとんど読めるようになりました。

そして、本を読むのは自宅か、研究室かになっ てしまい、図書館の窓際でということもなくなっ てしまいました。

 自分の勉強では、図書館を使わなくなって久 しいのですが、今は、娘を連れて、京都市立図 書館を、右京、西京、洛西と、渡り歩いています。

週末の1時間ほど、娘と本を選ぶ喜びをしみじみ 感じています。

 「ただで本、読み放題や、興奮するなあ」など と言う私を、娘は「そんなに好きなん?」と笑 いますが。

 娘も小学校1年生になり、先週、初めて図書館 の机に座って、イスを並べて読書を楽しみまし た。外には洛西の街路樹が、明るい夏の光を反 射させています。 

 わたしは『かわいいタニク(多肉植物の本)』

などという本を読み、娘は『もったいないばあ さん』を読み、うーん、いいじゃないの、と、

幸せをかみしめました。

 わたしにとって、幸せと、本は、分かちがた く結びついています。

さかぐち まさこ(准教授・日本語学)

研究者と図書館

学生時代と図書館 89

-穏やかな午後と図書館-

坂口 昌子

4

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