『梁塵秘抄』所収の今様における舞台の分布の検討

全文

(1)

ただし、今様の収録された『梁塵秘抄』は、口 伝集 10 巻と歌謡集 10 巻の 20 巻で成立してい たと考えられているが、大半は失われており、

口伝集は「巻一」断簡と「巻十」のみが、歌謡 集は「巻一」と「巻二」が伝わっているのみ であって、ほんの一部が伝えられているにすぎ ない。また「巻一」には 10 首ほどしか見られ ないが、「今様 二百六十五首」とあるように 本来はより多くの歌が収録されていた4)。した がって、現存する 566 首(重複あり)において どのような舞台があるかを整理しても、それが 全体像を示すということには懐疑的にならざる を得ない。

 しかしながら、そうであったとしても、今様 が後白河院政(平氏政権)期に流行したもので あり、この時期を含め、物語の舞台を分析する ことを通じた歴史的空間認識の研究を進めてい る筆者としては、扱っておくべき題材であり、

他の古典の物語との比較検討のためにも論じる 必要がある。

 また、別の旧稿5)で説話の舞台と日記に記 述された場所について比較を行ったことがある が、同様に今様でも日記に記述された場所との 比較を行うことが必要と考えており、本稿では この点を目的としたい。

No.65, pp. 247-258, 2015

『梁塵秘抄』所収の今様における舞台の分布の検討

―日記との比較を通じて―

安 藤 哲 郎

Tetsuro ANDO

キーワード:舞台、今様、院政期、日記

The distribution of staging area in the ancient ballad included in "Ryojinhisyo"

1.はじめに

 「遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや 生まれけん 遊ぶ子どもの声聞けば わが身さ へこそ揺るがるれ」1)。2012 年の大河ドラマ『平 清盛』でテーマとして度々流れたこの歌は、院 政期に流行していた今様のひとつである。今様 は、平清盛との協調・対立を経つつ保元・平治 から治承・寿永の戦乱期を生き抜いた後白河上 皇(天皇、1127 ~ 1192)によって『梁塵秘抄』

に多数収録された。先ほどの歌も、上皇ゆかり の法住寺(三十三間堂の向かい)に石碑が建て られている。

 今様は、院政期において「広い階層にわたっ て愛唱された」歌謡で「歌詞の内容やその曲節 において、『今めかしさ』」のあるもの2)であっ たと考えられるものである。したがって、院政 期の文化が同時代的に伝えられているものであ ると考えて差し支えない。

 筆者は旧稿3)において,説話の舞台と内容の 関連性について、主に平安京内とその周辺の舞 台を事例に検討し、京内と京外で物語の内容に 差異がある点について指摘した。今様は筆者が 扱った説話とは異なり、過去に語られたものが 伝承しているものや過去の出来事が語られたも のではなく、同時代の舞台を分析できる素材で あるため、今様を用いる意義がある。

through comparison of the diaries written by noblemen

(2)

3.舞台の分布

(1)今様の舞台

 本章では、現存『梁塵秘抄』所収の今様の舞 台を図表に整理し、分布について明らかにして いく。表 1 は国別の舞台数について整理したも のである。

 

これによると、先行研究で指摘されていたよう に、山城(平安京外の近接地は含むが平安京内 を除く)と近江が非常に多くなっている。山城 が多い点は京に近接していることが大きい。近 江が多くなっている要因としては、山城に隣接 している点に加えて、「日吉(神社)」が舞台の 中で最も多く登場する(33 回)ことが影響し ていると思われる。そこから少し差があって、

摂津・紀伊・大和の舞台が多い。畿内と近江・

紀伊の舞台が多くなっているが、畿内でも河内・

和泉は少ない。

 表 2 では、題別の舞台数を国ごとに整理した。

題は『梁塵秘抄』で分けられているものによっ ている。少し分かりにくい分類について『新 日本古典文学大系』の注記を参照すると、「雑」

は「広く世俗歌謡を集成。多様な民間信仰歌謡 を含む」11)といい、「神分(じんぶん)」は「諸 2.『梁塵秘抄』の舞台に関連する先行研究と本

論の意義

 本章では、『梁塵秘抄』に関する数多くの論 考のうち、特に舞台(地名)の研究と関連する ものについて整理しておきたい。

 地名の分布という点に着目した論は、本論よ りも前に既に行われているところである。例え ば志田6)は、地名の分布を整理し、京を中心と する交通の飛躍的な増大が地理的興味を煽り、

流行の今様歌謡も、この興味を歌うことになっ たのだと指摘している。また、八尋7)は、四句 神歌の地名を整理し、全国的な広がりを見せて いる点、国別には 30 カ国を超えるが山城・近 江が 51%を占めて中心である点を指摘してい る。

 ただし、八尋論文に関しては表に整理がなさ れているものの、志田論文には地名整理の結果 が本文に「京都ならびに京都周辺を中心として、

その圏を近畿に拡げた範囲に圧倒的に多く、首 数で言えば中部・中国・四国・九州・関東以北 の順位を成している。これら少数の地域の中で は、中部が他をかなり引き離している」8)と述 べられているのみである。また八尋論文は四句 神歌のみを対象にしている点もある。

 したがって、地図で示されていないうえに、

日記に記述された場所との比較も行われていな いため、本論でこれを行うことには意義がある と考えられる。またすべての歌を対象にする点 も、上記 2 論文の成果を進める意義があるよう に考える。

 他に、宇津木9)が 2 首について舞台比定を行 いつつ、単線的に地名を列挙していく道行き型 の表現に対して、左廻りの地名列挙による空間 表現を行う周遊型の歌が拮抗していることを指 摘している。また、菅野10)は、今様が院政に 支えられた都市(法住寺殿など)の中で広がっ たものであり、そういった都市が失われていく とともに衰退していったことを指摘している。

 空間の問題とともに今様が議論されている土 壌があり、本論でも同時代的な場所の分布論か ら概観してみたい。

表1 現存『梁塵秘抄』の国別舞台数 山城(平安京外近接地も含む) 136

近江 86

摂津 39

紀伊 31

大和 28

平安京内 14

筑前 12

播磨 10

備中 8

土佐・甲斐 6

安芸・讃岐・豊前・美濃・駿河・信濃 4

淡路・伊予 3

和泉・丹後・伊勢・出雲・安房 2 平城京・河内・丹波・伊賀・備前・

備後・伯耆・長門・能登・越中・尾張・

伊豆・常陸・上総・下総・陸奥・

国境(伊勢・近江/加賀・飛彈)

1

位置不明 11

合計 445

表 1 現存『梁塵秘抄』の国別舞台数

(3)

加えた)のうち」13)と校注があるように「二十二 社」14)として朝廷や貴族の崇敬を集めていたた め、このような偏りが見られる。

 旧稿15)で説話の舞台を整理した際に、京内 よりも京周辺の京外の方が「登場人物にとって 期待すべき内容(霊験話などを含む)」の物語 との結びつきが強い点を指摘していたが、その 傾向と同様の状況になっているものと考えられ る。

 ここで、舞台を図示してみたい。図 1・2・3 は『梁塵秘抄』の舞台の分布とその登場回数を 示したものである(図 1 は全国的、図 2 は畿内 とその周辺、図 3 は平安京とその周辺)。小縮 尺の図 1 や図 2 では、付近の舞台をまとめて示 したものもある(後掲の図 4・図 5 も同様)。

天神祇に法施を分与する意。修法の時、般若心 経等を読誦して諸神諸天(大日如来の応現)に 法味を捧げ擁護を乞うこと。ここは、広く神仏 習合讃歌」12)という。

 そうすると、大きく言えば「僧歌」「神分」「霊 験所歌」「神社歌」といった分類は神仏への信 仰を表現したものとなり、数を見てもこれらが 多くなっている。

 数値の偏りが目立つのが神社歌で、圧倒的に 山城が多くなっているほか、摂津・大和がこれ に続いている。これら神社歌で取り上げられた 神社については、「熊野、厳島、天露別(清水 の地主神社か)、木嶋以外の 12 社は、二十二社

(朝廷から特別の尊崇を得た神社。長暦 3(1039)

年筆頭の伊勢以外畿内にあったが、近江日吉を

表 2 各国の題別にみた舞台数 表2㻌各国の題別にみた舞台数

国名

長歌 長歌※・法文歌・四句神歌 二句神歌

夫木 極楽歌 僧歌 雑法文 和歌抄

神分 霊験所

一般 神社歌

山城 24 1 32 28 6 43 2

近江 41 3 31 3 4 4

摂津 8 2 4 6 1 3 15

紀伊 4 4 1 16 2 4

大和 3 3 5 4 1 1 11

京内 9 1 5

筑前 7 5

播磨 3 2 2 1 2

備中 8

土佐 5 1

甲斐 1 5

安芸 1 1 2

讃岐 3 1

豊前 1 2

美濃 2 2

駿河 3 1

信濃 1 2 1

淡路 1 1 1

伊予 1 1 1

和泉 1 1

丹後 1 1

伊勢 1 1 1

出雲 2

安房 2

1回)

越中 上総 加賀 飛驒 河内 備後 平城京

陸奥

能登 伊賀

尾張 下総 常陸

伊豆 伯耆

丹波 長門 備前

※「長歌」は「巻一」所収の「雑」歌2か所(2首)を含む。

(4)

た山岳の舞台も比較的多い。一方で、二十二社 の筆頭と言える太神宮(伊勢)が舞台になって いないことが指摘できる。国別では表 1 で整理 したように近江や大和の舞台が多くなっている が、旧平城京周辺と大津周辺にその多さが顕著 であると言える。また、図 1 で瀬戸内の舞台が 多かったが、ここでも摂津・播磨・淡路の瀬戸 内に面する舞台が多くなっている。

 図 3 によると、石清水・稲荷・賀茂・祇園・

松尾といった二十二社中の神社が多いほか、清 水寺のような貴族の崇敬を集める寺院、あるい は六波羅の周辺にも見られる。

 図 1 によると、舞台が分布しない国もいくら かあるものの、諸国に舞台が分布していると考 えられる。ただし大宰府の周辺の舞台、あるい は瀬戸内や室戸といった海上交通と関わりがあ る舞台が集合しているのも見受けられる。この 時代、平氏の活動を通じて瀬戸内の海上交通が 整備されつつあるが、そのことも舞台の数が多 くなっていることとつながりがある可能性もあ る。

 図 2 によると、日吉・住吉・春日・貴船・広 田といった二十二社中の神社が非常に多くなっ ているのが目立つが、熊野や吉野、比叡山といっ

陸奥㻌

八剣(熱田)㻌 立山㻌

鹿島㻌

三島㻌

香取㻌 日の御崎 大山㻌

門司の関㻌

駿

室戸㻌 企救の御堂㻌

大宰府㻌

珠洲の岬

白山

0 100km

小鷹明神 柏尾山

直島㻌

諏訪

富士の山㻌 鰐淵

戸隠

牛窓㻌

大山四王寺

御坂 塩の山

石の鎚㻌 宇佐㻌

厳島㻌

1『梁塵秘抄』の舞台と登場回数㻌

(畿内とその周辺(点線内、図23の範囲)を除く)

不破の関

谷汲

舞台

30回 20回 10回 5 1

図 1 『梁塵秘抄』の舞台と登場回数

(畿内とその周辺(点線内、図 2・3 の範囲)を除く)

(5)

こに記述された場所と比較を行う。具体的には、

後白河院政期の出来事が記述された日記として 挙げられる『兵範記』『山槐記』『玉葉』を参照し、

後白河天皇が二条天皇に譲位した 1158(保元 3)

年 8 月 11 日以降、文治年間まで18)の記録を手 がかりとする。

 その中で記された地名(場所)のうち、貴族 が目的地として訪問した場所(ただし、京内の 邸宅は除く)19)、奉幣が行われた神社を整理し、

その中で図化できるものについて、図 4・5・6(図 4 は全国的、図 5 は畿内とその周辺、図 6 は平 安京とその周辺)に示した。ただし、今様の舞 台についても登場回数による違いは考慮しない  もう 1 つ、上賀茂の周辺や淀などの、寺社そ

のものを目的地としていない舞台があるが、こ れは「いづれか貴船ヘ参る道 賀茂川・箕里・

御菩薩池 御菩薩坂 畑井田・篠坂や一二の橋  山川さらさら岩枕」16)や「八幡ヘ参らんと思ヘ ども 賀茂川・桂川いと速しうあな速しな 淀 の渡りに舟浮けて 迎ヘたまへ太菩薩」17)と いった今様に見られるように、貴船や八幡(石 清水)にお参りする「道行き」を示した内容に 表れているものである。

(2)同時代の日記に記述された場所との比較  本項では、同時代の貴族の日記を参照し、そ

図 2 『梁塵秘抄』の舞台と登場回数

(畿内とその周辺;点線内、平安京とその周辺(図 3 の範囲)を除く)

0 50 100km

2『梁塵秘抄』の舞台と登場回数㻌

(畿内とその周辺;点線内、平安京とその周辺(図3の範囲)を除く)

高砂㻌 明石

大江山㻌

大峰 赤穂㻌

瀬田㻌

東大寺㻌 春日・三笠山㻌 日吉㻌

住吉㻌

高野㻌 葛城㻌 書写山㻌

天の橋立㻌

熊野 大安寺㻌

吉野・金峯山 粉河

多度㻌

三輪の山㻌 長谷㻌 琵琶湖㻌

奈良坂㻌

西

竹生島㻌 比良山㻌

淡路の門㻌

淡路㻌 岩屋㻌

石山寺㻌

彦根㻌

若の浦㻌 飾磨㻌

鈴鹿山㻌

名草の浜㻌 伊太祁曾

舞台

30 20回 10回 5回 1回

伊勢の海㻌

安松㻌

(6)

石清水㻌

平等院㻌 岡の屋㻌 城南寺㻌

醍醐寺㻌 太秦㻌

下鴨神社㻌 上賀茂神社

松尾㻌

基図は仮製2万分の1地形図「京都」「伏見」「淀」「愛宕山」「沓掛」「山崎村」「大津」「醍醐」「宇治」の山系と水系 をトレースして作成した。中央部実線枠内は「中古京師内外地図」のトレース図と平安京街区モデルを重ね合わせて 作成した。

3 『梁塵秘抄』の舞台と登場回数(平安京とその周辺)

櫃河の橋㻌

0 1 2km 嵯峨野㻌

大原野㻌

舞台 清水寺㻌

六角堂㻌 平野㻌

稲荷㻌 祇園㻌 内野㻌

法輪寺㻌

淀㻌

山崎㻌

木嶋㻌

常磐林㻌 大将軍㻌 吉田野・神楽岡㻌

御手洗川㻌 神山

県主㻌

神(宇治上神社)㻌 京極五条㻌

四塚㻌

大仏(雲居寺)㻌

桂㻌

御菩薩池 御菩薩坂畑井田

岩倉

八瀬

下り松

30回 20回 10回 5 1回

図 3 『梁塵秘抄』の舞台と登場回数(平安京とその周辺)

基図は仮製 2 万分の 1 地形図「京都」「伏見」「淀」「愛宕山」「沓掛」「山崎村」「大津」

「醍醐」「宇治」の山系と水系をトレースして作成した。中央部実線枠内は「中 古京師内外地図」のトレース図と平安京街区モデルを重ね合わせて作成した。

(7)

 図 5 によると、熊野や高野山を除き、遠方で 重なる舞台はほとんどなく、摂津・大和・近江 といった京都から近い部分に比較的限られてい る。

 他方、日記に記述された場所もそういった京 都から近い部分に限られているが、舞台となっ 形で図示し、比較がしやすいようにした。

 図 4 によると、鹿島・香取・熱田・厳島・宇 佐といった神社と大宰府のみが今様の舞台と日 記に記述された場所とが重なる。日記に記述さ れた場所が圧倒的に少なくなり、今様の舞台の 方が多い状態になっている。

図 4 『梁塵秘抄』の舞台と同時代の日記に記述された場所

(畿内とその周辺(点線内、図 5・6 の範囲)を除く)

鹿島㻌 香取㻌

大宰府㻌

0 100km 宇佐㻌

厳島㻌

4『梁塵秘抄』の舞台と同時代の日記に記述された場所㻌

(畿内とその周辺(点線内、図56の範囲)を除く)

今様の舞台 日記の場所 熱田㻌

(8)

図 5 『梁塵秘抄』の舞台と同時代の日記に記述された場所

(畿内とその周辺;点線内、平安京とその周辺(図 6 の範囲)を除く)

0 50 100km

5 『梁塵秘抄』の舞台と同時代の日記に記述された場所㻌

(畿内とその周辺;点線内、平安京とその周辺(図6の範囲)を除く)

三井寺

東大寺 春日㻌 日吉㻌

住吉

高野

熊野㻌

長谷

石山寺㻌

今様の舞台 日記の場所 多武峰㻌

笠置寺

伊勢神宮㻌 丹生川上㻌

大神 石上㻌

率川 葛川㻌

岩間寺㻌

(9)

台の重なりが限られている。一方、日記に記述 された場所では、京内の寺社や鳥羽殿・白河・

法住寺殿などの院政期の新街区、平安京の北な どに広がっていることが分かる。

 全体を通じて比較すると、今様の舞台が少な いことも影響しているが、総じて両者の重なり が小さいといえる。日記に記述された場所は貴 ている場所の数は多くなる。二十二社のうち、

今様の舞台としては見られなかった伊勢神宮や 大和の神社(石上、大和、広瀬、龍田、丹生川 上)が入っているほか、時代を反映して福原な ども舞台となっている。

 図 6 によると、二十二社の神社と清水寺や六 角堂、広隆寺、平等院などいくつかの寺院に舞

石清水㻌

平等院㻌 城南寺㻌

吉祥院㻌 広隆寺㻌

下鴨神社㻌 上賀茂神社

松尾㻌

基図は仮製2万分の1地形図「京都」「伏見」「淀」「愛宕山」「沓掛」「山崎村」「大津」「醍醐」「宇治」の山系と水系 をトレースして作成した。中央部実線枠内は「中古京師内外地図」のトレース図と平安京街区モデルを重ね合わせて 作成した。

6 『梁塵秘抄』の舞台と同時代の日記に記述された場所(平安京とその周辺)

浄妙寺㻌

0 1 2km 嵯峨㻌

大原野㻌

今様の舞台 日記の場所 清水寺㻌

六角堂㻌 平野㻌

六波羅蜜寺㻌

稲荷㻌 祇園㻌 法輪寺㻌 神泉苑㻌

蓮華心院㻌

右近馬場㻌

吉田㻌

法勝寺㻌 仁和寺

因幡堂㻌

西寺㻌

殿

青蓮院㻌 園韓神

大内

法成寺

乙訓寺㻌

北野㻌

東寺㻌

七条殿㻌 新日吉㻌 新熊野㻌

知足院㻌

雲林院㻌 船岡㻌

梅宮㻌

日野㻌 鳥羽殿㻌

野宮㻌 白河㻌

図 6 『梁塵秘抄』の舞台と同時代の日記に記述された場所(平安京とその周辺)

基図は仮製 2 万分の 1 地形図「京都」「伏見」「淀」「愛宕山」「沓掛」「山崎村」「大 津」「醍醐」「宇治」の山系と水系をトレースして作成した。中央部実線枠内は「中 古京師内外地図」のトレース図と平安京街区モデルを重ね合わせて作成した。

(10)

の舞台が山城・近江、あるいは大和・摂津といっ た畿内や紀伊に多い一方で、諸国に散見される ことを地図上でまず再確認した。

 そして、日記に記述された場所との比較にお いて、②今様の舞台は日記に記述された場所と あまり重ならず、両者の空間が異なる可能性が あることを指摘した。

 ②の観点では、少し背伸びした議論を行うと、

今様が「広い階層に愛唱された」ということか ら考えれば、貴族とは異なる世界の人々の抱い ていた空間認識を示しているということが考え られる。すなわち、院政期の人々の空間認識を、

貴族とは異なるレベルで検討することが可能で あるかもしれない。

 ただし、本論で行った舞台の分布の検討は、

これのみでとどまった場合にはあまり大きな成 果を得られないと考えている。それは先述した ように現存する例が限られていることが大き い。

 現在、筆者は今様と同時期にあたる説話集や これよりも後の時代の謡曲の舞台について全国 規模で検討しようとしているが、これらと合わ せて考えることによって、今回の成果をもう少 し検討し直してみたいと考える。

1) 『梁塵秘抄』359 番。

2) 新間進一・外村南都子校注・訳「梁塵秘抄」

(『神楽歌 催馬楽 梁塵秘抄 閑吟集(新編日 本古典文学全集 42)』小学館、2000)、387 頁。

3) 安藤哲郎「説話文学における舞台と内容の 関連性 -平安時代の都とその周辺を対象 に-」人文地理 60-1、41 ~ 54 頁、2008。

4) 前掲 2)387 ~ 388 頁。

5) 安藤哲郎「京都の地名と説話文学 -院政 期の記録と比較して-」地名探究 8、31 ~ 40 頁、2010。

6) 志田延義「「梁塵秘抄」今様歌謡に現は れた地理的興味」文学研究 29、9-18 頁、

1969。

7) 八尋薫子「梁塵秘抄四句神歌の性格-土地・

人間に焦点を当てて」奈良教育大学国文 7、

56-69 頁、1984。

8) 前掲 6)10 頁。

族社会の認識・行動の範囲であるということを 考えるのであれば、両者があまり多く重ならな いとすれば、両者のもつ空間が多少重なり合い つつも、異なっている可能性がある。

 そのように考えると、菅野が言うように「熊 野だけではない、蓮華王院の総社には八幡以下 の二十一社の外に、日前・熱田・厳島・気比等 の本地御正体をも鎮座させている。八幡以下と あって伊勢がないのは、『梁塵秘抄』神社歌に も伊勢は入れられていないのと相通じていて、

宮廷神たる伊勢ではなく、新しい勢力の地方の 神々をこの地に呼びよせたのである」20)という 議論が成り立つ可能性もある。神社歌から伊勢 が意図的に外されていて、朝廷が奉幣する神社 の列とは違う軸を作ろうとしたという考え方で ある。

 もちろん一方で、第 1 章で述べたように、伝 承する今様が全体から見るとわずかであると考 えられる点も忘れられない。失われた大部分の うちに、伊勢を舞台とした今様が全くない、と いう言及をすることは難しい。

 ただし、560 首ほどある中に、神社の中心と して位置づけられる伊勢がないことはたしかで あり、神社が数多く登場し、二十二社の神社 も「神社歌」という類型で分けられて出現する

「巻二」で全く出てこないというのは、菅野の 先の議論に多少慎重さが求められるにせよ、重 要な観点と考えられる。「関より東の軍神 鹿 島・香取・諏訪の宮 また比良の明神 安房の 洲滝の口や小鷹明神 熱田に八剣伊勢には多度 の宮」21)というように伊勢の神社が挙げられて いないわけではなく、また「伊勢の海に朝な夕 なに海人のゐて 取り上ぐなる 鮑の貝の片思 ひなるまで」22)という伊勢の海の内容まである にもかかわらず「太神宮」がないことを見ても、

少なくとも、選ばれた(あるいは選ばれなかっ た)神社に関して、例が少ないにしても意味が あるだろうことは指摘できる。

4.まとめと今後への展望

 以上,今様の舞台について、特に同時代の日 記に記述された場所と比較することを通じて分 析を行った。

 その結果、①従来から言われているが、今様

(11)

9) 宇津木言行「『梁塵秘抄』四句神歌の空間 表現・序説 --315、325 番歌の地名比定を中 心に」梁塵 20、1-21 頁、2002。

10)菅野扶美「今様と京の内外 : 後白河院期を 中心に」日本文学 42-7、10-19 頁、1993。

11)小林芳規ほか 5 名校注『梁塵秘抄 閑吟集  狂言歌謡(新 日本古典文学大系 56)』岩波 書店、1993、90 頁。

12)前掲 11)70 頁。

13)前掲 11)136 頁。

14)国別にまとめると、山城が「石清水・賀茂・

松尾・平野・稲荷・大原野・梅宮・吉田・

祇園・北野・貴船」、大和が「春日・大神・

石上・大和・広瀬・龍田・丹生川上」、摂 津が「住吉・広田」、近江が「日吉」、それ に「伊勢」である。

15)前掲 3)。

16)『梁塵秘抄』251 番。

17)『梁塵秘抄』261 番。

18)前掲 2)390 頁によれば、口伝集の成立が 1179(治承 3)年から 1185(文治元)年あ たりで論じられているため、文治年間まで で同時代を扱うこととした。

19)途中で立ち寄った場所や通りは含めていな い。また、京内の邸宅は今様の舞台として 挙げられていないうえに、日記の記述者や その人物に関連する邸宅が高い頻度で出て くるなどの偏りが見られることもあり、今 回は除外した。

20)前掲 10)、17 頁。

21)『梁塵秘抄』248 番。

22)『梁塵秘抄』462 番。

(12)

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