チタンアルコキシドを用いた炭化チタンナノ粒子の開発
山下 洋子
*1牧野 晃久
*1原 勇介
*2奥井 徹
*2Development of the Titanium Carbide Nanoparticles using the Titaniumalkoxide.
Yoko Yamashita, Teruhisa Makino, Yusuke Hara and Toru Okui
セラミックスは一般的に焼結体の組織が微細化するほど機械的特性が向上するため,微粒な原料粉末が望まれて おり,近年,気相法や液相法によるナノ粒子の合成に関する研究が盛んに行われている。本研究では,特に微細化 が難しいとされている金属炭化物の液相合成を試みた。アルミナとの複合焼結体として使用されることが多い炭化 チタンを,チタン源にはチタンアルコキシドを炭素源にはチタンアルコキシドと配位結合する有機物を用いること で,前駆体溶液段階で炭素源とチタン源の分子レベルでの均一状態を作り出し,焼成することで C/Ti=1 の化学量 論比で平均粒径が約 35nm の炭化チタンナノ粒子を作製することができたので報告する。
1 はじめに
炭化チタンはセラミックスとの複合焼結体として用 いられることが多く,とくに,アルミナとの複合焼結 体は,高温強度性,耐熱性,耐摩耗性,耐薬品性等の 優れた特性を生かして,切削工具や耐摩耗性部材の用 途に用いられている。
ところが,炭化チタンは焼結性が低く,複合材料の 一部として焼結体を作製しても空隙が残留し易いとい う欠 点 があ る 。そ の ため , 焼結 性 の向 上 を目 的 とし て,炭化チタン粉末の微細化に関する技術が検討され ている。
現在使用されている炭化チタンは二酸化チタン等を 原料として用いた固相法で合成されている。これを機 械粉砕により微細化しても,最大粒子径をサブミクロ ン以下にすることは困難である。このため,ビルドア ップ法により 100nm以下の微細な炭化チタンを得る技 術の確立が期待されている。ビルドアップ法には大き く分けて気相法と液相法がある。本研究では,気相法 に比べ量産性に優れた液相法での合成を選んだ。液相 法による微細な炭化チタン粉末の開発はこれまでにも 行われてきたが,①粉末の粒径がナノサイズであるこ と②従来法に比べてコスト上昇を抑えること③ 炭化 チタンはTiCX(X<1)やTiCOなどのTiCの化学量論比か ら外れた化合物ができやすいが,目的である化学量論 比のTiC(C/Ti=1)の化合物を得ること,の 3 点を全て クリアした合成技術は開発されていない1)。
本研究では,チタン源と炭素源を分子レベルで均一
な状態の前駆体溶液を出発原料として用いることで焼 成により化学量論比の炭化チタンが得られると考え,
チタン源として液体のチタンアルコキシドを,炭素源 としてチタンアルコキシドとキレートまたは配位構造 を形成する有機化合物を用いて前駆体溶液を調製した。
有機化合物は,工業的に用いられている安価な試薬を 用いた。前駆体溶液を乾燥し,得られた粉末を非酸化 雰囲気下で焼成することで化学量論比の炭化チタンナ ノ粒子が得られたので報告する。
2 研究,実験方法
図 1 は炭化チタンナノ粒子の作製方法を示したもの である。炭素源となる有機化合物を 2−メトキシエタ ノールに加えて撹拌溶解し,次いでチタンイソプロポ
2−メトキシエタノール
チタンイソプロポキシド
炭化チタン前駆体溶液 加熱乾燥
真空焼成 炭化チタン粉末 HOOC
HO
撹拌混合
撹拌混合 HO
粉砕 サリチル酸
or 安息香酸 2−メトキシエタノール
チタンイソプロポキシド
炭化チタン前駆体溶液 加熱乾燥
真空焼成 炭化チタン粉末 HOOC
HO HOOC
HO
撹拌混合
撹拌混合 HO
粉砕 サリチル酸 or 安息香酸
*1 化学繊維研究所
*2 日本タングステン(株)
図 1 炭化チタンナノ粒子調製プロセス
キシドを加え,撹拌させて赤褐色の炭化チタン前駆体 溶液を調製した。得られた前駆体溶液をサリチル酸の 分解 温 度以 下 で加 熱 乾燥 さ せて 前 駆体 粉 末を 得 た。
粉末を真空雰囲気下,最高処理温度 1350℃まで昇温 させて 4 時間保持し,その後自然冷却して熱処理し,
炭化粉末を得た。前駆体溶液中の配位状態は赤外線吸 収スペクトル(parkinElmer 製 paragon1000)で調べ た。炭化粉末は,透過型分析電子顕微鏡(Philips 社 製,TECNAI−20)を用いて,加速電圧 200kV で観察し た。粉末の結晶構造解析は,粉末 X 線回折測定装置
(PANalytica 製 XʼPert PRO MPD)で行った。
500 1000
1500 2000
波長(cm−1)
透過率(a.u.)
(a)
(b)
(c)
500 1000
1500 2000
波長(cm−1)
透過率(a.u.)
(a)
(b)
(c)
3 結果と考察
本研究のコンセプトであるチタンアルコキシドと有 機化合物のキレート化合物からなる前駆体溶液が化学 量論比かつナノサイズの炭化チタンの合成に有効であ ることを調べるために,2 種類の炭素源を用いた実験 を行った。キレートを形成する有機物としてサリチル 酸を,サリチル酸と構造が類似しておりキレートを形 成しない有機物として安息香酸を用いて合成した。サ リチル酸を用いた場合,前駆体溶液は赤褐色を呈して 炭素源であるサリチル酸とチタンの配位が確認された のに対し,安息香酸を用いた場合には,透明溶液のま まで配位は認められなかった。
サリチル酸とチタンアルコキシドの配位状態を調べ るために,サリチル酸を用いた前駆体溶液及びサリチ ル酸とチタンイソプロポキシドをそれぞれ 2−メトキ シ エ タ ノ ー ル に 溶 解 さ せ た 溶 液 の 赤 外 線 吸 収 ( FT- IR)スペクトルを測定した。結果を図 2 に示す。(b) に●で示した芳香族カルボン酸のC=O伸縮振動に帰属 される 1690cm-1ピークは前駆体溶液(c)では消失し,
(c)に□で示したカルボン酸塩の逆対称伸縮振動に帰 属さ れ る領 域 にピ ー クが 現 れる 。 また , 前駆 体 溶液 (c)に○で示した 1397 cm-1と 1322cm-1のピークは,カ ルボン酸塩の対称伸縮振動またはフェノール類のC-O 伸縮かOHの変角振動に帰属され2),チタンイソプロポ キシドとサリチル酸をそれぞれ 2−メトキシエタノー ルに溶解させた(a)(b)には見られないことから,チタ ンがサリチル酸に配位したことによる波数変化が起き ていると考えられる。以上の変化と示色反応からサリ チル酸とチタンアルコキシド間の配位が起きているこ とは間違いないと考えられる。
サリチル酸及び安息香酸を用いて作成した粉末の粉 末X線回折(XRD)測定結果を図 3 と 4 に示す。サリチル 酸を炭素源に使用した前駆体を 1350℃で真空焼成し た 試 料 は , 炭 化 チ タ ン 単 相 で あ り , 格 子 定 数 は 0.4327nmであった。炭化チタンの化学量論組成C/Tiは 格子定数と相関関係があり3),得られた格子定数から C/Ti=1 が化学量論比のTiC化合物ができていることが 確認された。一方,安息香酸を炭素源に使用した前駆 体を用いた場合,同じ条件で炭化処理をおこなっても 酸化チタン及び帰属できないピークの強度が高く,炭 化チタンは化学量論比から外れる欠損型のピークがわ ずかに確認できるのみであった。以上のことから,前 駆体溶液中でチタン源と炭素源がキレート結合した化 合物は,比較的低温で炭化チタン単相が得られ,化学 量論比の炭化チタンの生成に有利であることが明らか となった。一方,安息香酸を炭素源に使用した前駆体 を用いた場合,同じ条件で炭化処理をおこなっても酸 化チタン及び帰属できないピークの強度が高く,炭
図 2 原料及び前駆体溶液の FT-IR スペクトル (a)チタンイソプロポキシド+2−メトキシエタノール,(b)サリ チル酸+2 メトキシエタノール,(c)前駆体溶液
40 50 60 70 80
0
2θ
In te n si ty (a .u .) TiC
40 50 60 70 80
0 40 50 60 70 80
0
2θ
In te n si ty (a .u .) TiC
図 3 サリチル酸を炭素源に使用した前駆体を 1350℃で真空焼成した試料の XRD パターン
2θ
30 40 50 60 70
□
△ □
□
?
?
?
In tens it y (a .u .) △Ti2O3 □TiC(欠損型)
?unkown
△
△ △
△
△ △
2θ
30 40 50 60 70
□
△ □
□
?
?
?
In tens it y (a .u .) △Ti2O3 □TiC(欠損型)
?unkown
△
△ △
△
△ △
30 40 50 60 70
□
△ □
□
?
?
?
In tens it y (a .u .) △Ti2O3 □TiC(欠損型)
?unkown
△
△ △
△
△ △
図 4 安 息 香 酸 を 炭 素 源 に 使 用 し た 前 駆 体 を
1350℃で真空焼成した試料の XRD パターン
化チタンは化学量論比から外れる欠損型のピークがわ ずかに確認できるのみであった。以上のことから,前 駆体溶液中でチタン源と炭素源がキレート結合した化 合物は,比較的低温で炭化チタン単相が得られ,化学 量論比の炭化チタンの生成に有利であることが明らか となった。図 5 にサリチル酸を用いて合成した炭化チ タンの TEM 観察結果を示す。平均粒径が約 35nm であ り,炭化チタンナノ粒子が合成できていることが明ら かとなった。
4 まとめ
本研究では,アルミナとの複合焼結体として使用さ れることが多い炭化チタンのナノ粒子の合成を液相法 で行った。チタン源にはチタンアルコキシドを炭素源 にはチタンアルコキシドと配位結合する有機物を用い
ることで,前駆体溶液段階で炭素源とチタン源の分子 レベルでの均一状態を作り出し,焼成により化学量論 比かつ平均粒径が約 35nm の炭化チタンナノ粒子を作 製することができた。
5 謝辞
本研究の透過型電子顕微鏡観察は,文部科学省ナノ テクノロジー総合支援プロジェクトの支援を受け実施 しております。
6 参考文献
1)Zhiping Jiang ら:Mater.Res.Soc., Vol249, pp.45-50(1992)
2)堀口博ら:赤外吸光図説総覧,pp.195-215,三共出 版(1977)
3)ファインセラミックス辞典編集委員会:ファインセ ラミックス辞典,p.634,技報堂出版(1987)
図 5 サリチル酸を炭素源に使用した前駆体を 1350℃で真空焼成した試料の TEM 写真