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密教文化 Vol. 1963 No. 62 008中川 善教「高野山修正会考 P109-129」

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ー 高 野 山 の 修 正 会 は ﹃ 紀 伊 続 風 土 記 ﹄ に 依 れ ば、 大 塔 の 項 に ﹁ 修 正 会 ﹂ と 標 し て、 正 月 三 日 巳時 勤 修 之。 寺 務 検 校 出 仕。 大 衆 皆 参。 行 儀 金 堂 出 仕 の 如 し。 是 後 醍 醐 天 皇 の 叡 願 に 依 て 始 行 せ り 慶 安 二 行 事 記 と 云 い、 金 堂 の 項 に ﹁ 修 正 会 ﹂ と 挙 げ て、 嵯 峨 天 皇 御 願。 毎 歳 正 月 元 日 よ り 同 七 日 に 至 る、 大 衆 皆 参 し て、 天 下 泰 平 五 穀 成 就 の 祈 念 を 凝 す。 託 宣 に 云、 当 山 修 正 会 奉 始 大 師 明 諸 神 来 臨 影 向、 日 本 第 一 之 祈 祷 寺 家 太 平 勤 也 云 云。 寺 務 検 校 出 勤 乗 輿 者 大 師 御 衣 也 門 徒 八 十 入 襲 衣 精 好 袈 裟 初 夜 導 師 御 影 堂 預 勤 之 後 夜 導 師 山 籠 一 蕩 勤 之 唄 士 山 籠 一 藺 呪 願 入 寺 一 藺 散 華 師 入 寺 二 蕩 ( マ マ ) 行 導 衆 六 十 人 襲 衣 精 好 狩 袴 承 仕 三 人 行 人 出 之 繧 直 綴 衣 着 之 蓋 し 此 法 会 嵯 峨 天 皇 御 願 に し て、 大 師 御 在 世 よ り あ り け る な り。 往 古 は 三 箇 日 の 間 勤 之 寛 治 五 年 明 算 検 校 改 て 七 箇 日 と す。 先 規 道 場 荘 厳 な か り し を、 此 時 よ り 献 備 す と い ふ。 委 し く は 歳 時 記 の こ と し と 云 う。 西 塔 の 項 に は ﹁ 修 正 会 ﹂ と 見 出 し て、 正 月 五 日 金 堂 修 正 畢 て 更 に 此 に 参 勤 す。 其 儀 式 ほ ゝ 大 塔 の 如 し。 但 そ の 寺 務 出 仕 な き を 異 と す。 此 会 の 始 例 古 史 に 考 証 す へ き こ と を 得 す。 文 永 正 応 の 年 中 行 事 に、 五 日 西 塔 修 正 巳勉 儀 式 作 法 如 大 塔、 昔 金 堂 修 正 後 勤 之 と 記 し て、 既 に 昔 と 指 准 す れ は、 早 く も 行 す る な ら ん。 永 正 五 年 正 月 五 日 西 塔 修 正 餅 支 配 帳 又 続 宝 簡 に、 檀 付 六 十 枚 承 仕 芳 江 火 燈 二 人 一 枚 宛 預 六 人 一 枚 宛 又 一 枚 奉 取 承 仕 枚 杖 餅 枚 ( マ ヽ ) 午 王 箱 持 枚 預 所 三 分 二 枚 宛 後 夜 導 師 唄 散 花 三 十 二 相 呪 願 初 夜 導 師 高 野 山 修 正 会 考

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密 教 文 化 讃 頭 各 々 一 枚 宛 已 上 七 人 供 僧 別 二 枚 宛 已 上 役 人 餅 百 四 枚 年 預 代 行 事 代 掘 預 三 人 各 々 十 五 枚 宛 已 上 二 百 八 十 五 枚 残 而 十 五 枚 沙 汰 人 三 枚 承 仕 方 江 十 二 枚 と 録 す る を 以 て 中 古 を 思 へ し。 雑 年 中 行 事 に 五 日 六 ツ 時 前 座 十 六 人 於 西 塔 勤 之 と 云 は、 寛 永 已 後 仮 堂 狭 少 の 故 な り。 天 保 落 慶 の 後 は 六 十 人 皆 参 し て 旧 例 に 復 と あ る。 蓮 花 乗 院 の 項 に も 同 じ く ﹁ 修 正 会 ﹂ と 標 し て、 毎 歳 正 月 十 二 日、 導 師 左 右 学 頭 隔 年 勤 之。 諸 役 人 自 会 行 事 出 之 と あ る。 奥 院 に 於 て は、 元 日 の 朝 拝 に 就 て 述 べ て あ る が、 修 正 会 の こ と は 全 く 記 す と こ ろ が 無 い か ら、 ﹃ 紀 伊 続 風 土 記 ﹄ の 編 輯 さ れ た 頃 に は、 大 塔 ・ 金 堂 ・ 西 塔 ・ 蓮 花 乗 院 に 於 て 修 正 会 が 行 わ れ て い た こ と が 知 ら れ る。 ﹃ 紀 伊 続 風 土 記 ﹄ に 収 め ら れ て い る ﹁ 歳 時 記 ﹂ に は、 上 に 挙 げ た 四 箇 所 の 修 正 会 の 外、 山 下 で は あ る が 高 野 山 地 主 の 祭 神 天 野 の 宮 の 修 正 会 の こ と が 記 さ れ て い る。 日 く、 十 四 日 天 野 宮 修 正 会 於 山 王 堂 四 所 明 神 御 本 地 堂 勤 之。 在 山 天 野 供 由 日 僧 六 人 在 郷 天 野 供 僧 六 人 都 十 二 口 行 之 一法 則 在 別 又 有 灘 等 儀 式 此 時 行 人 方 ニ ケ ( マ ヽ ) 院 為 荘 厳 見 下 降 待 座 干 会 座 側。 而 不 許 同 音 読 経 有 公 制 也 と あ つ て、 こ こ で は 追 灘 も 行 つ て い る の は、 舞 楽 曼 供 な ど と 共 に、 山 上 で 行 え ぬ 行 事 の 渇 を 医 し た も の で あ ろ う か。 奥 院 修 正 会 の こ と は こ の ﹁ 歳 時 記 ﹂ に も 記 す と こ ろ が な い。 二 諸 堂 の 修 正 会 の こ と は、 右 の ﹃ 紀 伊 続 風 土 記 ﹄ の 外 諸 書 に 散 見 す る が、 ﹃ 高 野 春 秋 ﹄ 巻 の 五 に も ﹁ 寛 治 五 年 辛 未 春 正 月 朔 日。 検 校 明 算 朝 拝 ﹂ の と こ ろ に、 先 づ 金 堂 修 正 会 に つ い て、 自 二 今 年 今 日 一金 堂 修 正 会 法 事 始 二 行 一 七 全 日 一。 是 依 二 検 校 算 師 之 発 願 一。 旧 職 衆 中 一 味 之 契 談 也 と 記 し て、 割 注 に ﹁ 修 正 会 先 規 無 二 荘 厳 一。 唯 三 全 日 勤 修。 然 今 年 始 修 二行 一 七 全 日 一。 以 為 二 後 格 一。 供 具 一 升 二 枚 餅 二 百。 毎 夜 燈 一 升 宛。 番 頭 六 人 所 役 也。 昼 夜 交 二 替 之 こ と 考 証 し て い る か ら、 一 七 全 日 を 始 行 と 云 う の は、 寛 治 五 年 ( 一 〇 九 こ に 七 日 間 行 ず る 修 正 会 を 初 め て 修 行 し た と 云 う の で な し に、 従 来 特 別 の 荘 厳 な し に 三 日 間 修 行 し て い た 金 堂 修 正 会 を、 明 算 検 校 の 提 案 を 衆 中 相 談 の 結 果 一 決 し で、 こ の 年 初 め て 七 日 間 の 修 行 に し た と 云 う こ と で あ ろ う。 荘 厳 に つ い て は 全 く 記 す と こ ろ が な い が、 供 物 の こ と 等 が あ る か ら、 沢 山 の 餅 を 献 備 す る こ と 等 新 し く 規 模 を 改 め て 修 行 さ れ た の で あ ろ う。 そ

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れ で は 前 に 挙 げ た ﹃ 紀 伊 続 風 土 記 ﹄ の 記 事 の 如 く、 金 堂 修 正 会 は 果 し て 嵯 峨 天 皇 の 御 願 を 以 て 濫 膓 と す る の で あ ろ う か。 そ れ と も こ の 記 事 は、 金 堂 の 嵯 峨 天 皇 御 願 堂 た る に 符 合 せ し あ た も の で あ ろ う か。 嵯 峨 天 皇 御 発 願 の 折 に は、 正 月 元 日 よ り 同 七 日 に 至 る と あ る が、 そ れ が 何 時 の 程 に か 略 さ れ て 三 日 間 に な つ て い た も の か、 そ の あ た り の 消 息 を 知 る 手 が か り は 見 当 ら ぬ。 我 が 国 に 於 て 修 正 会 が 初 め て 修 行 せ ら れ た の は、 何 時 何 処 か と い う こ と は 明 か で な い が ﹃ 続 日 本 紀 ﹄ に 依 れ ば、 天 平 宝 字 三 年 ( 七 五 九 ) 六 月 の 項 に ﹁ 伏 し て 見 る に、 天 下 の 諸 寺 毎 年 正 月 の 悔 過、 梢 聖 願 に 乖 い て 終 に 功 徳 に 非 ず ﹂ 云 々 と、 官 の 供 与 が 正 し く 用 い ら れ て い な い か ら ﹁ 今 よ り 以 後、 官 の 布 施 を 停 め ﹂ る こ と が 奏 上 さ れ て い る か ら、 こ の 頃 に は 広 く ﹁ 護 国 を 修 行 ﹂ す る 正 月 の 悔 過 が 行 わ れ て い た こ と が 知 ら れ る。 こ の 文 室 の 真 人 智 努 や 慈 訓 少 僧 都 の 奏 上 に 依 つ て 停 止 さ れ た も の か、 神 護 景 雲 元 年 ( 七 六 七 ) 正 月 八 日 に、 畿 内 七 道 の 諸 国 一 七 日 の 間、 各 国 分 金 光 明 寺 に 於 て、 吉 祥 天 悔 過 の 法 を 行 え と 勅 が 発 せ ら れ て い る。 重 柞 の 女 帝 称 徳 天 皇 の 御 代、 弓 削 道 鏡 が し き り に 専 横 を ほ し い ま ま に し て い た 時 で あ る。 こ れ は 臨 時 の 法 会 で あ つ た と 見 え て、 翌 三 年 に は 天 皇 の 内 宮 に 於 て 修 せ ら れ て い る。 即 ち ﹃ 続 紀 ﹄ の 神 護 景 雲 三 年 正 月 八 日 に ﹁ 東 内 に 御 し て 始 め て 吉 祥 悔 過 を 行 う ﹂ と 記 さ れ て い る。 越 え て 宝 亀 二 年 ( 七 七 一 ) 正 月 十 三 日 に ﹁ 天 下 諸 国 の 吉 祥 悔 過 を 停 め し む ﹂ と あ る の は、 何 に 起 因 す る の か 明 か に さ れ て お ら ぬ が、 翌 三 年 十 一 月 十 日 の 条 に、 詔 し て 日 く、 こ の ご ろ 風 雨 調 う ら ず、 頻 年 飢 荒 せ り。 此 の 禍 を 救 わ ん と 欲 る こ と、 唯 り 冥 助 を 愚 む。 宜 し く 天 下 諸 国 の 国 分 寺 に 於 て、 毎 年 正 月 一 七 日 の 間 吉 祥 悔 過 を 行 い、 以 て 恒 例 と 為 す べ し。 と あ つ て、 こ こ に 吉 祥 悔 過 を 内 容 と す る 修 正 会 が 国 家 年 年 恒 例 の 法 会 と 定 め ら れ た の で あ る。 こ の 詔 が 発 せ ら れ て か ら 六 十 七 年 後 の 承 和 六 年 ( 八 三 九 ) 九 月 二 十 一 日 に は、 勅 す。 聞 く 如 く ば、 神 護 景 雲 二 年 以 還、 諸 国 国 分 寺 を し て 毎 年 正 月 八 日 よ り 十 四 日 に 至 つ て、 最 勝 王 経 を 読 み 奉 り 井 び に 吉 祥 悔 過 を 修 せ し む る 所 以 は、 不 祥 を 消 除 し 国 家 を 保 安 せ ん が 為 な り。 而 る に 今 講 読 師 等 必 ず し も 其 の 人 な ら ず。 僧 尼 解 怠、 周 旋、 法 に 乖 き、 国 司 検 校 亦 心 を 存 せ ず、 徒 ら に 修 福 の 名 の み 有 り、 都 て 殊 勝 の 利 無 し。 此 れ 則 ち 縞 高 野 山 修 正 会 考

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-111-密 教 文 化 素 処 を 異 に し、 相 監 察 せ ざ る の 致 す 所 な り。 宜 し く 国 分 寺 に 行 ず る を 停 め て、 庁 事 に 於 て 之 を 修 す べ し。 自 今 以 後 立 て て 恒 例 と 為 す。 ( 続 日 本 後 紀 ) と 勅 謎 が 出 て い る と こ ろ か ら 見 る と、 嵯 峨 天 皇 の 頃 に は 現 に 修 正 会 が 各 地 で 行 わ れ て い た こ と が 知 ら れ る。 こ の 事 実 よ り 一口同 野 山 の 修 正 会 は ﹃ 紀 伊 続 風 土 記 ﹄ の 云 う 如 く、 嵯 峨 天 皇 の 御 願 に よ り 弘 法 大 師 の 始 行 す る と こ ろ と 云 う の は、 十 分 首 肯 し 得 る と こ ろ で あ る。 た だ そ の 的 証 を 得 る こ と の 出 来 な い の は 遺 憾 に 堪 え ぬ。 但 し 大 塔 修 正 会 に つ い て ﹃ 紀 伊 続 風 土 記 ﹄ が、 慶 安 二 年 の 行 事 記 に 依 つ て、 後 醍 醐 天 皇 ( 一 一 九 ー 一 三 三 八 在 位 ) の 叡 願 に 依 つ て 始 行 と 云 う の は 首 肯 し が た い。 既 に 文 永 六 年 ( 一 二 六 九 ) の ﹃ 年 中 行 事 ﹄ に は ﹁ 大 塔 修 正 ﹂ と あ り、 役 人 の 名 も 出 て い る こ と で あ る か ら、 大 塔 修 正 会 の 始 行 年 次 は 遙 か に 遡 る の で あ る。 或 は 醍 醐 天 皇 の 誤 り で あ ろ う か。 或 は 後 醍 醐 天 皇 の 元 応 二 年 ( 一 三 二 〇 ) に 大 塔 修 覆 の 落 慶 供 養 を 修 し て い る か ら、 あ た か も 昭 和 十 一 年 に 大 塔 が 再 建 さ れ て 修 正 会 も 再 興 さ れ た 如 く、 こ の 時 大 塔 修 正 会 を 再 興 し た の を 記 し 誤 つ た の で で も あ ろ う か。 何 れ に し て も 大 塔 修 正 会 の 始 め て 修 行 せ ら れ た 年 次 も 明 か で な い。 西 塔 修 正 会 の 創 始 年 次 も ﹃ 紀 伊 続 風 土 記 ﹄ に ﹁ 此 会 の 始 例 古 史 に 考 証 す へ き こ と を 得 す ﹂ と あ る 如 く、 更 に 知 る と こ ろ が な い。 ﹃ 高 野 春 秋 ﹄ の 寛 治 五 年 の 項 に も、 金 堂 修 正 会 の こ と を 記 し た 因 み に ﹁ 五 日 西 塔 修 正 会 ﹂ と 出 し て、 割 注 に ﹁ 西 塔 亦 修 正 中 金 堂 法 事 畢 而 後 出 仕。 但 西 塔 者 役 入 而 已 ﹂ と あ る の み で あ る。 西 塔 の 創 建 は 高 祖 大 師 の ﹃ 山 図 記 ﹄ に 任 せ て、 仁 和 三 年 ( 八 八 七 ) に 真 然 僧 正 の 建 立 さ れ た も の だ か ら、 伽 藍 構 成 の 上 か ら も 重 大 な 意 味 を 持 ち、 白 河 上 皇 御 願 に よ り 大 治 二 年 ( 一 一 二 七 ) に 創 建 さ れ た 東 塔 な ど と 較 べ て、 も つ と 本 初 的 な 意 義 を 持 っ た 塔 で あ る。 と す れ ば、 金 堂 ・ 大 塔 に 於 け る 如 く、 建 立 と 同 時 に 西 塔 に 於 て も 修 正 会 は 当 然 修 せ ら れ た と 考 え て、 不 都 合 で は あ る ま い。 ﹃ 紀 伊 続 風 土 記 ﹄ 所 載 の ﹁ 歳 時 記 ﹂ 上 に ﹁ 慶 安 記 云 美 福 門 院 御 願 ﹂ と あ る の が 信 ず べ き 記 事 と す れ ば、 六 角 経 蔵 建 立 御 願 の 平 治 元 年 ( 一 一 五 九 ) 頃 か と 思 わ れ る が、 前 に 挙 げ た 如 く ﹃ 紀 伊 続 風 土 記 ﹄ は ﹁ 此 会 の 始 例 古 史 に 考 証 す へ き こ と を 得 す ﹂ 等 と 記 し て い る か ら、 創 始 の 年 次 は も つ と 遡 る の で は あ る ま い か。 但 し 数 度 の 炎 上 に 依 つ て 考 え ら れ る 法 儀 の 興 替 は、 又 別 の 問 題 で あ る。

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四 箇 所 の 修 正 会 の 中 で、 蓮 花 乗 院 の は 大 分 事 情 が 異 な る。 安 元 元 年 ( 一 一 七 五 ) に 鳥 羽 法 皇 御 追 薦 の 為 に、 五 辻 斎 院 の 御 願 と し て、 東 別 所 上 乗 院 の 廓 内 に 建 立 さ れ た も の が、 長 肝 談 義 の 会 所 と し て、 大 本 房 円 位 西 行 法 師 に 依 つ て 壇 上 に 移 さ れ た の が 治 承 元 年 ( 一 一 七 七 ) で あ る か ら、 そ の 頃 修 行 さ れ て い た も の な れ ば、 当 然 文 永 ・ 正 応 の ﹃ 年 中 行 事 ﹄ に 載 せ ら れ て あ る 筈 で あ る が、 全 く 沙 汰 が 無 い。 後 に 出 す よ う に 応 永 二 年 ( 一 三 九 五 ) に、 宥 快 法 印 が 旧 本 を 再 治 添 削 し た ﹃ 蓮 花 乗 院 修 正 導 師 作 法 ﹄ の 転 写 本 が 遺 っ て い る か ら、 恐 ら く 鎌 倉 時 代 の 末 か ら 南 北 朝 へ か け て の 頃 に 始 行 さ れ た も の で あ ろ う。 或 は、 建 武 元 年 ( 一 三 三 四 ) 後 醍 醐 天 皇 の 勅 願 に 依 つ て、 愛 染 堂 に 於 て 長 日 の 談 議 を 執 行 し、 こ れ が 新 会 御 談 議 の 基 を な し た の で あ る が、 そ の 頃 本 会 の 校 合 を 行 つ て い た 蓮 花 乗 院 で、 天 下 安 泰 の 為 の 修 正 会 が 始 行 さ れ た も の で は あ る ま い か。 思 う に、 導 師 に 左 右 学 頭 を 隔 年 の 勤 仕 と す る 等、 論 義 の 盛 行 と 深 い 関 連 な く て は 適 う ま い。 高 野 山 四 箇 所 の 修 正 会 の 何 れ も、 そ の 創 始 の 年 次 を 明 か に す る を 得 な い の は 遺 憾 で あ る が、 こ れ は 南 都 諸 大 寺 の 修 正 会 に 於 て も 同 様 で あ る。 三 金 堂 修 正 会 の 法 会 の 内 容 に つ い て は、 文 永 六 年 の ﹃ 年 中 行 事 ﹄ に、 寛 治 五 年 金 堂 修 正 七 夜 酉 半 皆 参 薬 師 悔 過 と あ る か ら、 毎 夜 七 日 間 酉 半 即 ち 夜 七 時 か ら、 大 衆 皆 参 で 薬 師 悔 過 を 修 行 し た こ と が 知 ら れ る。 ﹃ 紀 伊 続 風 土 記 ﹄ 所 載 ﹁ 歳 時 記 ﹂ 上 に、 正 月 朔 日 朝 拝 の 儀 を 記 し た 次 に、 同 日 金 堂 修 正 会 始 之 自 当 日 至 七 日 一 七 箇 日 初 日 七 日 四 時 出 勤 余 日 皆 五 時 也 薬 師 悔 過 就 顕 作 法 行 之 法 則 在 別 小 例 時 衆 分 役 初 夜 導 師 御 影 堂 預 役 装 束 抱 裳 素 袈 裟 中 啓 半 装 珠 行 道 衆 分 浅 璃 六 十 人 襲 精 好 狩 袴 藺 草 履 ( マ ヽ ) 別 頭 行 道 衆 上 二 人 襲 精 好 狩 袴 綿 帽 子 藺 草 履 後 夜 導 師 山 籠 一 蕩 抱 裳 納 横 皮 綿 帽 子 草 鮭 呪 願 師 入 寺 一 璃 抱 裳 横 皮 草 鮭 檜 扇 唄 士 山 籠 二 膓 襲 精 好 散 花 士 入 寺 二 繭 抱 裳 素 袈 裟 檜 扇 藺 草 履 別 頭 は 引 頭 で あ ろ う が、 時 刻 が 文 永 の ﹃ 年 中 行 事 ﹄ と 異 る 高 野 山 修 正 会 考

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密 教 文 化 外、 現 行 の 初 夜 導 師 が 襲 精 好、 後 夜 導 師 が 抱 裳 柄 衣 を 用 う る の と 衣 体 が 異 る 等、 多 少 の 相 違 が 見 ら れ る が、 薬 師 悔 過 を 修 す る こ と に 異 り は な い。 猶 元 日 と 七 日 の 両 日 は 寺 務 と 御 児 二 人 出 勤 云 々 と 記 し、 そ の 出 仕 の 列 次 も 挙 げ て あ る。 大 塔 の 修 正 会 に つ い て は 同 じ く ﹁ 歳 時 記 ﹂ に、 三 日 大 塔 修 正 会 金 堂 修 正 会 畢 而 勤 之。 配 役 同 金 堂。 法 則 別 有 之。 但 是 大 日 悔 過 而 密 立 也。 諸 衆 一 同 差 標。 寺 務 井 御 児 参 勤 大 都 如 金 堂 三 日 目 金 堂 の 修 正 会 が 畢 つ て 勤 め た よ う で あ る。 こ れ は 大 日 悔 過 を 修 す る 外 は、 配 役 な ど 金 堂 の 場 合 と 大 差 無 く 行 わ れ て い る。 西 塔 修 正 会 は 同 じ く ﹁歳 時 記 ﹂ に、 五 日 西 塔 修 正 会 大 日 悔 過 金 如 大 塔。 但 以 寺 務 等 無 出 仕 為 異 耳 慶 安 記 云。 美 福 門 院 御 願。 天 長 地 久 御 祈 祷 云 云。 按 此 法 会 往 古 錐 金 堂 修 正 後 勤 之。 至 文 永 正 応 頃 金 堂 修 正 已 前 勤 之 由 見 干 正 応 記。 然 亦 天 保 年 中 西 塔 再 建 後 復 往 古。 金 堂 法 会 後 勤 之 と 変 遷 を 経 て、 五 日 の 金 堂 修 正 会 が 畢 つ て 後 に 西 塔 に 於 て 修 せ ら れ、 寺 務 の 出 仕 無 く、 職 衆 も 役 人 だ け で 少 い が、 大 塔 と 同 じ く 大 日 悔 過 を 金 剛 界 立 で 修 行 し て い る。 蓮 花 乗 院 の 修 正 会 は ﹁歳 時 記 ﹂ 上 に、 ( マ ヽ ) 十 二 日 卯 剋 蓮 花 乗 院 修 正 会 出 勤。 衆 僧 配 役 皆 以 会 事 沙 汰 之。 導 師 左 右 学 頭 隔 年 勤。 装 束 各 襲 精 好 布 施 円 餅 と あ る の み で 法 会 の 内 容 に は 触 れ て い な い が、 後 に 出 す ﹃ 作 法 ﹄ に 見 ら れ る 如 く、 密 立 で し か も 一 座 の 修 行 で あ つ た よ う で あ る。 諸 国 国 分 寺 に 吉 祥 天 悔 過 の 法 を 行 つ た の は ﹃ 続 日 本 紀 ﹄ の 神 護 景 雲 元 年 に 記 す 如 く、 此 の 功 徳 に 因 つ て、 天 下 太 平 に、 風 雨 時 に 順 い、 五 穀 成 熟 し、 兆 民 快 楽 に し て、 十 方 の 有 情 同 じ く 此 の 福 に 需 わ ん と。 云 う の が そ の 目 的 で あ り 願 意 の 大 綱 で あ る。 宝 亀 三 年 十 一 月 十 日 の 詔 に、 天 下 諸 国 の 国 分 寺 に 毎 年 正 月 一 七 日 の 問、 吉 祥 悔 過 を 行 う こ と を 恒 例 と し た の も ﹁ こ の ご ろ 風 雨 調 う ら ず、 頻 年 飢 荒 せ り。 此 の 禍 を 救 わ ん と 欲 る こ と、 唯 り 冥 助 を 葱 む ﹂ た め で あ つ た。 か く の 如 き 所 願 を 満 さ ん が 為 に、 上 代 の 信 篤 き 人 は ﹃ 金 光 明 経 ﹄ 所 説 の 誓 願 に 頼 つ た の で あ る。 弁 才 天 女 壇 の 建 立、 四 天 王 尊 信 よ り 四 天 王 寺 の 建 立、 或 い は 御 斎

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会 な る 最 勝 講 の 勅 修 な ど、 我 が 国 上 代 文 化 を 形 成 し た 一 方 の 雄 と し て、 金 光 明 は ゆ る ぎ な き 地 位 を 占 め て い る の で あ る。 こ の 経 中 に 吉 祥 天 の 功 徳 が 磐 慧 に 説 か れ て い る。 義 浄 訳 の ﹃ 金 光 明 最 勝 王 経 ﹄ 第 八 巻 の ﹁ 大 吉 祥 天 女 品 ﹂ ﹁ 大 吉 祥 天 女 増 長 財 物 品 ﹂ に 依 れ ば、 こ の 経 を 持 し こ の 天 女 の 像 を 尊 信 す る こ と に 依 つ て、 自 身 も 谷 属 も 衰 え を 知 ら ず、 飲 食 を 鉄 か ず 財 宝 寿 命 に 恵 ま れ、 穏 か な 季 候 自 然 の 中 に 生 活 す る こ と が 出 来、 お よ そ 願 う て 得 ら れ ざ る な く、 金 銀 財 宝 牛 羊 穀 麦 飲 食 衣 服 等 次 第 に 増 長 し、 心 の ま ま に あ ら ゆ る 快 楽 を 受 け る こ と が 出 来 る の で あ る。 経 中 所 説 の こ の 吉 祥 天 の 功 徳 に あ つ か ら ん と し、 そ の 上 に 経 の 根 底 を な す 臓 悔 滅 罪 の 思 想 を 盛 つ て 完 成 し た も の が、 修 正 会 行 法 の 吉 祥 悔 過 で あ る。 こ の 世 は 人 類 の 共 業 所 感 の 場 で あ る。 共 中 の 不 共 た る 正 報 の 依 体 が も た ら す 個 人 へ の 影 響 は、 重 大 そ う に 見 え て 実 は 極 め て 微 弱 な も の で、 人 類 の 生 活 は 現 実 の 環 境 か ら 無 縁 に 成 立 つ も の で は な い。 現 世 が 如 何 に も 苦 難 に 充 ち て い る の は、 積 み 重 ね た 人 間 の 共 通 の 行 為 に、 悪 の 要 素 が 多 き に 過 ぎ た か ら で あ る。 多 く の 悪 業 の 積 み 重 な り の 結 果 の 苦 多 き 世 な ら ば、 こ の 世 を 美 し く 住 み よ い も の に す る 為 に は、 人 間 の 行 為 を 善 の 要 素 多 き も の に す る 以 外 に 方 法 は な い。 し か も 努 め て も 努 め て も、 全 き を 得 が た い 人 間 の 常 で あ る。 現 実 の 人 間 に 許 さ れ る こ と の 限 界 は、 努 め て 一 人 一 人 が そ の 行 為 を 慎 し む と い う こ と と、 犯 し た る 過 ち を 心 よ り 悔 い 改 め る と い う こ と で あ る。 殊 に 過 去 に 犯 し た 罪 業 に 対 し て は、 こ れ は 悔 い 改 め る と い う こ と の 外 に、 人 聞 に 為 し 得 る こ と は 無 い の で あ る。 犯 し た 罪 を 心 よ り 悔 い 改 め る こ と に 依 っ て、 人 は そ の 受 け ね ば な ら ぬ 災 厄 の 幾 分 を 減 ず る こ と が 出 来 る。 し か も 繁 維 な 日 常 の 暮 し に 追 わ れ て い る 人 々 に、 こ れ を 要 請 す る こ と は 或 は 容 易 で は あ る ま い。 容 易 で な く て も 何 か の 方 法 で 是 非 為 さ ね ば な ら ぬ こ と で あ り、 殊 に 一 国 を 統 治 す る 者 に と つ て、 な お ざ り に す ま せ 得 る こ と で は な い。 こ こ に 於 て 国 家 は、 国 に 代 り 人 民 の 名 代 と し て、 改 悔 の 誠 を 十 方 の 天 地 神 明 三 世 の 諸 仏 に 致 す べ き こ と を、 諸 国 寺 々 の 僧 達 に 嘱 し た の で あ る。 仏 法 に 生 き る 僧 達 が、 王 法 を 守 護 し 国 家 の 安 泰 を 祈 り 人 民 の 福 祉 を 念 ず る は も と よ り そ の と こ ろ、 こ こ に 悔 過 の 法 事 を 国 家 の 行 事 と し て 修 す る こ と が、 計 画 さ れ 実 行 さ れ る に 至 つ た の で あ る。 こ の 世 の 平 穏 を 目 的 と し 人 間 に 幸 を 与 う る を 誓 願 と す る 者 高 野 山 修 正 会 考

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密 教 文 化 は、 敢 て 吉 祥 天 に 限 ら ぬ こ と で あ る。 お よ そ 諸 仏 諸 尊 尽 く そ の 限 り に 於 て は 誓 願 は 共 通 で あ る。 し か ら ば、 そ の 誓 願 に 頼 り 修 す る に 法 を 以 て す る な ら ば、 何 れ も 等 し き 功 徳 を 得 ら れ る 筈 で あ る。 こ こ に 金 光 明 に 説 か る る 弁 才 天 ・ 吉 祥 天 の 外 に、 余 尊 に 祈 る 行 法 が 生 れ た。 そ れ に は 先 づ 諸 の 病 を 治 し 命 を 延 ぶ る 等、 十 二 の 大 願 に 強 く 人 間 の 生 活 に 密 着 せ る 薬 師 如 来 を、 国 家 は と り 上 げ た の で あ る。 或 は 勅 願 寺 の 本 尊 が 多 く 薬 師 如 来 で あ る こ と に も 関 連 す る で あ ろ う。 ﹃ 績 日 本 紀 ﹄ 巻 十 五 に 聖 武 天 皇 は 天 平 十 六 年 ( 七 四 四 ) 十 二 月 四 日 に、 天 下 諸 国 を し て 薬 師 悔 過 を 七 日 間 修 せ し め ら れ て い る。 天 長 十 年 ( 八 三 三 ) 六 月 八 日 に は、 天 皇 の 病 気 が 少 し 怠 つ た の で、 使 し て 加 茂 大 神 に 奉 幣 し、 天 下 諸 国 の 寺 塔 神 社 を 修 理 せ し め て い る が、 そ の 項 に、 勅 に 日 く、 聞 く 如 く ば、 諸 国 疫 属、 天 亡 す る 者 衆 し。 修 善 に 非 ず よ り ん ば 何 を 以 て 災 を 撰 わ ん。 宜 し く 諸 国 を し て 各 練 行 僧 を 請 じ、 大 国 二 十 人、 上 国 十 七 人、 中 国 十 四 人、 下 国 十 人、 三 ケ 日 の 内、 昼 は 金 剛 般 若 経 を 転 じ、 夜 は 薬 師 悔 過 を 修 せ し む べ し。 と あ る か ら、 薬 師 悔 過 修 行 の 理 念 は、 吉 祥 悔 過 の 場 合 と 全 く 異 る と こ ろ は な い。 た だ 吉 祥 悔 過 の よ う に 正 月 に 修 す る こ と は 極 め て 稀 で あ つ た よ う で あ る。 但 し 勅 願 寺 に 於 て も 正 月 吉 祥 悔 過 の 修 法 を 避 け て、 月 の 後 半 に 或 は 二 月 に 余 尊 の 悔 過 法 を 修 し て い る。 た と え ば ﹃ 東 大 寺 要 録 ﹄ 第 四 巻 の 二 月 堂 に、 天 平 勝 宝 四 年 壬 辰、 和 尚 始 め て 十 一 面 悔 過 を 行 ず。 と 云 い、 ﹃古 今 目 録 抄 ﹄ の 年 中 行 事 の 項 に、 上 宮 王 院 に 於 て、 金 堂 後 七 日 の 修 正 会 を 避 け て、 正 月 十 六 日 の 暁 よ り 十 八 日 の 初 夜 に 至 る 三 箇 日、 六 時 に 十 一 面 悔 過 を 行 ず。 と し て、 荘 厳 の こ と、 法 会 次 第 の こ と な ど 詳 し く 記 さ れ て い る。 二 月 に 悔 過 法 を 修 す る の は 謂 わ ゆ る 建 卯 立 正 の 説 に 依 る も の で あ ろ う が、 一 伽 藍 の 各 堂 に 於 て 悔 過 法 を 行 ず る の は、 恐 ら く そ の 初 め は 私 に 行 じ た も の で、 勅 会 或 は 御 願 に 依 つ て 行 ず る に 至 つ た の は、 後 の こ と で あ ろ う。 四 高 野 の 文 化 は ほ と ん ど 南 都 の 文 化 を 祖 承 し た る に ち か い。 し か も そ れ は 文 化 の 各 般 に 通 ず る の で あ る。 法 会 も 亦 そ の 堵 外 で は な い。 修 正 会 の 行 法 に 四 海 の 静 誼 と 国 民 の 福 寿 を 祈 る

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こ と は、 そ し て そ の 為 に こ そ 玉 体 の 安 穏 を 念 ず る こ と も、 高 野 の 修 正 会 に 於 て も 全 く 理 念 的 に 異 る と こ ろ は な い。 ﹃ 紀 伊 続 風 土 記 ﹄ 歳 時 記 中 に 文 永 八 年 の 置 文 を 挙 げ て、 ﹁ 右 修 正 者 国 家 福 柞 之 洪 基 寺 門 静 誼 之 祈 願 也 ﹂ と 堂 々 と 謡 い あ げ て い る。 尤 も 南 都 に 於 け る 悔 過 の 行 法 は、 後 夜 ・ 農 朝 ・ 日 中 ・ 日 没 ・ 初 夜 ・ 半 夜 の 六 時 に 行 わ れ、 法 則 も 別 に 編 ま れ て い る。 そ れ も 近 来 は 概 ね 朝 と 夜 の 二 度 に 分 つ て、 六 時 の 行 法 が 行 わ れ て い る の で あ る が、 高 野 山 で は 当 初 よ り 初 夜 と 後 夜 の 二 度 の 行 法 と し て 修 せ ら れ た よ う で あ る。 金 堂 修 正 会 は 顕 立 と 云 い 条、 後 夜 に は 密 教 的 要 素 が 強 く 入 つ て い る が、 初 夜 は 純 然 た る 顕 立 の 薬 師 悔 過 で あ る。 法 隆 寺 西 円 堂 修 二 会 の 行 ( お こ な い ) に 就 て は、 ﹃ 古 今 一 陽 集 ﹄ の ﹁ 西 円 堂 修 正 修 二 御 行 之 事 ﹂ の 条 に、 西 円 堂 修 二 行 濫 膓 者、 亀 山 院 御 宇 弘 長 二 年 開 關 之 と 云 い、 又 ﹁ 二 月 朔 日 よ り 三 箇 夜 参 籠、 第 三 日 結 願、 寛 っ て 鬼 追 こ れ 有 り ﹂ と も あ り、 今 も そ の 如 く 行 じ ら れ て い る の で あ る が、 こ の 西 円 堂 修 二 会 に 用 い ら れ て い る 薬 師 悔 過 の 初 夜 法 則 と、 高 野 山 金 堂 修 正 会 の 初 夜 法 則 と、 両 者 相 対 比 す る な ら ば、 全 く 同 根 の も の と 断 ぜ ざ る を 得 な い。 法 隆 寺 西 円 堂 修 二 会 初 夜 法 則 薬 師 悔 過 着 礼 盤 金 二 丁 一 切 恭 敬 敬 礼 常 住 三 宝 是 諸 衆 等 人 各 醐 脆 厳 持 香 花 如 法 供 養 願 此 香 花 雲 遍 満 十 方 界 供 養 一 切 仏 化 仏 並 真 法 菩 薩 声 聞 衆 受 此 香 花 雲 以 為 光 明 台 広 於 無 辺 界 無 辺 無 量 作 仏 事 供 養 已 一 切 恭 敬 一 丁 如 来 唄 如 来 妙 色 身 世 間 無 与 等 無 比 不 思 議 是 故 今 敬 礼 如 来 色 無 尽 智 慧 亦 復 然 一 切 法 常 高 野 山 金 堂 修 正 会 初 夜 法 則 初 夜 導 師 礼 盤 前 取 香 呂 一 礼 着 座 金 二 丁 一 切 恭 敬 敬 礼 常 住 三 宝 是 諸 衆 等 人 各 醐 脆 厳 持 香 花 如 法 供 養 願 此 香 花 雲 遍 満 十 方 界 供 養 一 切 仏 化 仏 並 身 雲 菩 薩 声 聞 衆 受 此 香 花 雲 以 為 光 明 台 広 於 無 辺 界 無 辺 無 量 作 仏 事 為 供 養 已 一 切 恭 敬 金 一 丁 ン 如 来 妙 色 身 世 間 無 与 等 如 来 色 無 尽 一 切 法 常 住 次 散 花 行 道 一 匝 高 野 山 修 正 会 考

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密 教 文 化 住 是 故 我 帰 依 散 花 行 道 三 匝 東 西 薬 師 瑠 璃 光 如 来 大 慈 大 悲 照 光 明 良 与 法 薬 救 衆 生 故 我 稽 首 瑠 璃 光 香 花 供 養 仏 願 以 此 功 徳 普 及 於 一 切 我 等 与 衆 生 皆 共 成 仏 道 香 花 供 養 仏 次 初 夜 梵 音 後 夜 錫 杖 敬 礼 常 住 三 宝 嘆 仏 呪 願 一 丁 南 無 砒 盧 舎 那 仏 小 礼 遍 周 法 界 盧 舎 那 仏 同 楽 音 樹 下 正 法 教 主 釈 迦 尊 同 令 法 久 住 利 有 情 同 当 来 導 師 弥 勒 如 来 同 十 方 三 世 塵 刹 土 同 ン 願 我 在 道 場 香 花 供 養 仏 薬 師 薬 師 瑠 璃 光 如 来 大 慈 大 悲 照 光 明 良 与 法 薬 救 衆 生 故 我 稽 首 瑠 璃 光 香 花 供 養 仏 ン 願 以 此 功 徳 普 及 於 一 切 我 等 与 衆 生 皆 共 成 仏 道 香 花 供 養 仏 敬 礼 常 住 三 宝 歎 仏 呪 願 一 丁 南 無 砒 盧 遮 那 仏 遍 周 法 界 盧 舎 那 一 代 教 主 釈 迦 尊 令 法 久 住 利 有 情 正 法 威 光 除 災 難 十 方 三 世 塵 刹 土 無 勝 浄 土 善 名 称 吉 祥 王 如 来 同 妙 法 浄 土 宝 月 智 厳 光 自 在 王 如 来 同 円 満 香 積 浄 土 金 色 宝 光 妙 行 成 就 如 来 同 無 憂 浄 土 無 憂 最 勝 吉 祥 王 如 来 同 宝 瞳 浄 土 法 界 雷 音 如 来 同 善 住 法 界 浄 土 法 界 勝 慧 遊 戯 神 通 如 来 同 南 無 帰 命 頂 礼 浄 瑠 璃 浄 土 薬 師 如 来 本 礼 龍 華 樹 下 成 仏 道 娑 婆 化 主 施 無 畏 八 万 十 二 甚 深 法 蔵 還 念 本 願 護 持 国 土 帰 命 頂 礼 十 二 大 願 南 無 無 勝 浄 土 南 無 妙 法 浄 土 南 無 円 満 香 積 浄 土 南 無 無 優 浄 土 南 無 法 瞳 浄 土 南 無 善 住 法 界 浄 土 南 無 浄 瑠 璃 浄 土

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南 無 円 満 十 二 殊 勝 願 王 薬 師 如 来 同 南 無 身 光 遍 照 無 辺 界 同 南 無 衆 生 所 作 令 満 足 同 南 無 智 慧 方 便 財 宝 自 在 同 南 無 天 災 地 妖 企 消 除 同 南 無 邪 倒 衆 生 能 摂 受 同 南 無 破 戒 衆 生 週迷 具 浄 戒 同 南 無 諸 根 不 具 具 根 黙 慧 同 南 無 一 聞 名 号 衆 病 悉 除 同 南 無 転 女 成 男 具 ハ丈 夫 相 同 南 無 邪 見 衆 生 成 正 覚 同 南 無 王 法 之 難 令 解 脱 同 南 無 飢 渇 衆 生 飽 満 足 同 南 無 十 二 大 願 度 衆 生 南 無 随 願 即 得 無 量 悉 地 南 無 一 聞 名 号 悪 病 除 癒 南 無 貧 無 衣 服 荘 厳 具 足 皆 令 満 足 同 南 無 七 難 九 横 令 消 除 同 南 無 還 念 本 誓 慈 悲 護 念 同 南 無 光 中 演 説 随 願 即 得 大 陀 羅 尼 同 南 無 平 等 利 益 無 辺 界 同 一 丁 唱 名 号 各 五 躰 投 地 念 礼 一 打 至 心 発 願 利 益 安 楽 一 切 有 情 除 一 切 病 故 滅 一 切 悪 故 随 肌 楽 願 皆 令 救 遠 南 無 日 光 月 光 遍 照 菩 薩 南 無 十 二 神 将 同 守 護 還 念 本 願 至 心 発 願 利 益 有 情 各 増 威 光 丹 生 高 野 一 百 余 所 行 疫 神 等 弘 法 大 師 登 仮 聖 霊 成 大 願 興 隆 仏 法 天 衆 地 類 伽 藍 安 穏 勧 請 神 等 各 増 法 楽 永 離 業 道 行 願 円 満 成 等 正 覚 高 野 山 修 正 会 考

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密 教 文 化 我 今 念 調 光 明 神 呪 一 百 八 遍 仰 願 薬 師 瑠 璃 光 如 来 日 光 月 光 菩 薩 等 十 二 神 将 護 法 等 各 各 春 属 諸 薬 叉 還 念 本 誓 来 影 向 証 知 証 誠 成 願 弁 一 打 如 法 念 諦 真 言 百 八 遍 一 丁 南 無 有 大 威 徳 大 陀 羅 尼 南 無 九 十 億 百 千 那 由 他 恒 河 沙 仏 説 大 陀 羅 尼 南 無 念 調 百 八 滅 十 悪 南 無 天 災 地 妖 令 消 除 南 無 飢 渇 疾 病 令 消 除 貴 賎 霊 等 聖 朝 安 穏 伽 藍 安 穏 我 今 念 諦 一 百 八 遍 皆 成 仏 道 御 願 円 満 天 下 安 穏 秘 密 真 言 御 願 本 尊 薬 師 如 来 不 捨 証 知 証 誠 御 願 成 弁 如 法 念 諦 本 尊 呪 七 遍 南 無 真 言 威 力 除 難 真 言 威 力 除 難 南 無 聖 朝 安 穏 増 宝 寿 南 無 諸 宮 諸 院 増 宝 寿 南 無 諸 大 施 主 除 災 与 楽 南 無 大 伽 藍 安 穏 興 隆 仏 法 南 無 所 司 大 衆 各 成 悉 地 南 無 天 下 安 穏 万 民 豊 楽 南 無 地 味 増 長 成 五 穀 南 無 三 界 六 道 平 等 利 益 南 無 一 切 所 願 皆 令 満 足 南 無 諸 大 菩 薩 摩 詞 薩 声 聞 縁 覚 一 切 賢 聖 普 為 四 恩 三 有 法 界 衆 生 永 断 除 三 障 礼 仏 臓 悔 一 丁 南 無 聖 朝 安 穏 南 無 大 衆 安 穏 南 無 伽 藍 安 穏 南 無 天 下 安 穏 南 無 最 上 仏 面 除 疾 病 丁 南 無 最 上 仏 面 願 満 足 丁 南 無 地 味 増 長 成 五 穀 丁 一 切 所 願 大 悲 護 念 令 満 足 丁 成 大 願 丁 次 大 臓 悔 南 無 諸 大 菩 薩 摩 詞 薩 声 聞 縁 覚 一 切 賢 聖 普 為 四 恩 三 有 法 界 衆 生 永 断 除 三 障 礼 仏 臓 悔

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大 小 臓 悔 如 文 農 朝 与 日 没 不 調 之 而 用 十 住 毘 婆 沙 骸 悔 掲 如 常 一 打 大 臓 悔 至 心 俄 悔 如 是 等 一 切 世 界 諸 仏 世 尊 常 住 在 世 是 諸 世 尊 当 慈 念 我 憶 念 我 証 知 我 若 我 此 生 若 我 前 生 従 無 始 生 死 已 来 所 作 衆 罪 不 自 覚 知 若 自 作 若 教 他 作 見 作 随 喜 若 塔 若 僧 若 十 方 僧 物 若 自 取 若 教 人 取 見 取 随 喜 或 作 五 逆 四 重 無 間 重 罪 若 自 作 若 教 他 作 見 作 随 喜 十 不 善 道 自 作 教 他 見 作 随 喜 所 作 罪 障 或 有 覆 蔵 或 無 覆 蔵 応 堕 地 獄 餓 鬼 畜 生 及 諸 悪 趣 辺 地 下 賎 及 夢 戻 車 如 是 等 所 作 罪 障 今 至 心 臓 悔 如 是 等 一 切 世 界 諸 仏 世 尊 常 住 在 世 是 諸 世 尊 当 慈 念 我 憶 念 我 証 知 我 若 我 此 生 若 我 前 生 従 無 始 生 死 已 来 所 作 衆 罪 不 自 見 覚 知 若 自 作 若 教 他 作 見 作 随 喜 若 塔 若 僧 若 十 方 僧 物 若 自 取 若 教 人 取 見 取 随 喜 或 作 五 逆 四 重 無 間 重 罪 若 自 作 若 教 他 作 見 作 随 喜 十 不 善 道 自 作 教 他 見 作 随 喜 所 作 罪 障 或 有 覆 蔵 或 無 覆 蔵 応 堕 地 獄 餓 鬼 畜 生 及 諸 悪 趣 辺 地 下 賎 及 弥 戻 車 如 是 等 所 作 罪 障 於 十 方 一 切 三 世 諸 仏 前 葱 塊 発 露 皆 悉 幟 悔 一 丁 次 随 時 破 偶 如 常 一 丁 次 一 切 諸 神 分 般 若 心 経 一 切 調 一 丁 今 於 十 方 三 世 諸 仏 前 臓 悔 発 露 皆 悉 臓 悔 至 心 発 願 願 我 等 従 今 日 乃 至 無 上 菩 提 於 一 切 生 処 常 得 値 遇 十 方 三 世 諸 仏 普 賢 文 殊 観 音 大 勢 至 地 蔵 菩 薩 令 我 恒 得 親 近 恭 敬 供 養 発 菩 提 心 永 不 退 転 常 生 浄 所 浄 仏 国 土 断 除 三 障 永 離 衆 難 成 無 上 道 丁 初 夜 偶 白 衆 等 聴 説 初 夜 無 常 偶 煩 悩 未 尽 或 未 除 如 視 毒 蛇 共 身 倶 讐 如 教 陣 両 刃 問 云 何 於 此 楽 睡 眠 一 切 神 分 般 若 心 経 丁 次 心 経 行 道 三 匝 高 野 山 修 正 会 考

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密 教 文 化 次 行 道 至 心 発 願 加 持 香 水 勧 請 神 等 護 持 国 主 天 下 安 穏 地 味 増 長 及 以 法 界 秘 密 神 兄 得 大 霊 験 倍 増 法 楽 護 持 伽 藍 万 民 豊 楽 五 穀 成 就 平 等 利 益 衆 生 無 辺 誓 願 度 福 智 無 辺 誓 願 集 法 門 無 辺 誓 願 覚 仏 説 摩 詞 般 若 波 羅 蜜 多 心 経 観 自 在 菩 薩 行 深 般 若 波 羅 蜜 多 掲 諦 掲 諦 波 羅 掲 諦 菩 提 彗 誘 般 若 心 経 至 心 発 願 得 令 験 故 三 日 三 夜 護 持 満 堂 消 除 悪 事 福 寿 増 長 無 辺 善 願 決 定 円 満 及 以 法 界 次 五 大 願 衆 生 無 辺 福 智 無 辺 法 門 無 辺 楊 枝 香 水 正 月 修 善 護 持 大 衆 消 除 不 祥 未 然 消 散 五 穀 成 就 決 定 成 就 如 意 満 足 平 等 利 益 如 来 無 辺 誓 願 事 菩 提 無 上 誓 願 証 薬 師 大 呪 南 護 薄 伽 伐 帝 等 呪 南 無 神 呪 威 力 護 持 国 主 伽 藍 天 下 万 民 費 楽 大 悲 護 念 成 悉 地 南 無 十 二 大 願 薬 師 瑠 璃 光 如 来 三 遍 南 無 称 讃 礼 拝 滅 無 量 罪 南 無 天 下 法 界 平 等 利 益 南 無 一 切 所 願 皆 令 満 足 次 廻 向 南 無 伽 藍 安 穏 興 隆 仏 法 一 打 如 来 無 辺 無 上 菩 提 楊 枝 香 水 護 持 大 衆 得 令 験 故 増 長 福 寿 次 登 礼 盤 着 座 次 本 尊 大 兄 南 無 薬 師 如 来 丁 南 無 日 光 遍 照 丁 南 無 月 光 遍 照 丁 南 無 十 二 神 将 丁 次 廻 向 回 向 三 宝 願 海 回 向 天 衆 地 類

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所 司 大 衆 各 成 善 願 乃 至 法 界 平 等 利 益 一 打 次 比 丘 二 打 願 諸 衆 生 諸 悪 莫 作 衆 善 奉 行 白 衆 等 聴 説 初 夜 無 常 偶 煩 悩 除 無 底 生 死 海 無 辺 度 苦 船 未 立 云 何 楽 睡 眠 回 向 当 所 権 現 回 向 弘 法 大 師 回 向 行 疫 神 等 同 口 向 虫貝 賎 申 並 等 回 向 聖 朝 安 穏 回 向 護 持 大 衆 回 向 伽 藍 安 穏 回 向 天 下 法 界 回 向 無 上 大 菩 提 丁 導 守 下 三 礼 相 対 比 し て 明 か な る 如 く、 両 者 の 酷 似 せ る こ と 到 底 こ れ を 異 類 の も の と 見 る こ と は 出 来 な い の み な ら ず、 そ の 旋 律 に 於 て も 甚 だ 相 似 せ る 点 が 多 い の で あ る。 尤 も 法 隆 寺 本 に 於 て も 後 代 の 加 筆 の 跡 が 見 ら れ る が、 何 と し て も 高 野 山 本 に 於 て、 後 代 の 加 除 添 削 の 甚 だ し く 多 き こ と を 見 の が す こ と は 出 来 な い。 大 塔 修 正 会 法 則 の 構 成 も、 初 夜 は 金 堂 法 則 と 基 本 形 に 於 て 異 る と こ ろ は な い。 後 夜 は、 金 堂 法 則 は、 礼 仏 頒、 三 十 二 相、 仏 名、 法 用 ( 如 来 唄、 散 花、 梵 音 ) 仏 名、、 神 分、 仏 名、 後 誓、 礼 仏、 勧 請、 四 弘、 六 種 回 向、 三 条 錫 杖、 仏 名、 礼 拝。 結 願 に は 牛 玉 作 法 の 次 第。 大 塔 法 則 は、 前 方 便、 云 何 唄、 散 花、 表 白、 仏 名、 教 化、 唱 礼、 前 讃、 普 供 養、 三 十 二 相、 一 字 呪、 後 供 養、 後 鈴、 後 讃、 普 供 養 三 力。 牛 玉 加 持 作 法 の 次 第 で 編 ま れ て あ る。 ﹃ 歳 時 記 ﹄ に 謂 わ ゆ る 大 日 悔 過 で あ る。 古 次 第 に は 法 用 の 唄 ・ 散 花 の 次 に 梵 音 ・ 錫 杖 が あ つ た が、 昭 和 十 二 年 に 編 ま れ た 法 則 に は 密 立 の 故 を 以 て 省 か れ た。 西 塔 修 正 会 は 密 立 と の み で 詳 し い 沙 汰 は 見 え ぬ が、 宝 亀 院 所 蔵 に 大 永 五 年 ( 一 五 二 五 ) に 書 か れ た ﹃ 西 塔 修 正 後 夜 導 師 作 法 ﹄ 一 帖 が あ つ て、 奥 書 に、 高 野 山 修 正 会 考

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密 教 文 化 大 永 五 年 十 ﹁ 月 廿 八 日 書 了 大 乗 院 順 任 と あ る、 次 第 は、 前 方 便、 法 用、 表 白、 仏 名、 教 化、 神 分、 唱 礼、 供 養 法、 振 鈴、 三 十 二 相、 一 字 金、 後 供 養、 後 鈴、 讃、 普 供 養 三 力、 廻 向 方 便。 牛 玉 作 法。 で あ る か ら 大 塔 と 全 く 異 る と こ ろ は な い。 初 夜 作 法 も 恐 ら く 大 塔 に 於 け る 如 く、 金 堂 の 初 夜 法 則 と 大 差 無 き も の を 用 い た も の と 思 わ れ る。 衣 体 に つ い て 表 紙 見 返 し に、 ﹁ 装 束 抱 裳 表 袴 或 狩 袴 柄 袈 裟 横 尾 ﹂ と あ る か ら、 こ れ 亦 他 の 場 合 と 異 る と こ ろ は な い。 作 法 中 の 教 化 は、 西 塔 ノ 仏 閣 ヲ 開 テ ソ 東 寺 ノ 仏 法 ヲ ハ ア カ メ 給 ピ ケ ル 余 カ ラ ハ 南 山 三 千 ノ 人 コ ト ニ 北 州 千 歳 ノ ヨ ハ ヒ ヲ タ モ チ 給 フ ヘ キ モ ノ ナ リ ケ リ と 東 西 南 北 を 読 み 入 れ て 巧 み で あ る が、 北 倶 盧 州 の 齢 を 持 つ て 来 た の は 柳 か 苦 し い。 同 じ く 大 乗 院 順 任 師 の 書 写 し た る ﹃ 蓮 花 乗 院 修 正 導 師 作 法 ﹄ 一 帖 が あ つ て、 上 掲 の 如 く、 大 永 五 年 配 十 一 月 廿 五 日 書 写 了 大 乗 院 順 任 と あ つ て、 散 花 ・ 梵 音 ・ 錫 杖 を ﹁ 已 上 三 箇 一 人 役 ﹂ と あ る か 西塔 修 正 後 夜導 師作 法 巻 首 宝 亀 院蔵 蓮 花 乗 院 修 正導 師 作法 巻 尾 宝 亀 院 蔵

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ら、 相 当 切 り っ め た 配 役 で あ る。 猶 写 真 に 見 ゆ る 如 く、 応 永 二 年 紀 正 月 十 昌 本 再 治 添 削 而 已 法 印 宥 快 と あ る か ら、 宥 快 法 印 が 曽 て 作 ら れ た 法 則 に 筆 を 加 え て 加 除 し た も の で あ る こ と が 知 ら れ る。 そ う す る と こ の 蓮 花 乗 院 で 用 い ら れ た ﹃ 修 正 導 師 作 法 ﹄ は、 宥 快 法 印 の 製 作 と 断 定 し て 誤 り な い こ と に な る。 次 第 は、 前 方 便、 四 箇 法 用、 表 白、 仏 名、 教 化、 神 分、 唱 礼、 供 養 法、 振 鈴、 三 十 二 相、 一 字 金、 後 供 養、 後 鈴、 讃、 普 供 養 三 力、 祈 願、 礼 仏、 廻 向、 廻 向 方 便。 牛 玉 申。 と 西 塔 後 夜 法 則 と 全 く 同 じ い。 教 化 に 於 て も、 蓮 花 ノ 八 葉 ヲ カ サ ネ テ ソ 蓮 花 乗 院 ノ 修 正 ヲ ハ ヲ コ ナ ヒ 給 ピ ケ ル 余 ラ バ 蓮 花 部 尊 ノ 内 証 ヲ 開 ヒ テ 蓮 花 峯 ノ 仏 法 サ カ リ ナ ル ヘ キ 物 コ ソ ア リ ケ レ と 文 勢 甚 だ 似 通 つ て い る。 こ の 推 断 が 誤 り な け れ ば、 大 塔 後 夜、 西 塔 後 夜、 蓮 花 乗 院 の 謂 わ ゆ る 大 日 悔 過 は 宥 快 法 印 の 作 と い う こ と に な る。 そ の 原 形 は 遙 に 時 代 を 遡 る と 思 わ れ る が、 今 日 用 い ら れ て い る 密 立 の 悔 過 の 形 式 は、 宥 快 法 印 が 作 り 上 げ た も の と 考 え て 大 過 あ る ま い。 と こ ろ が、 総 持 院 蔵 書 に ﹃ 修 正 法 則 略 会 堂 ﹄ 一 帖 が あ つ て、 奥 書 に、 干 辰 文 禄 三 祀 聯 正 月 十 五 日 書 写 畢 と あ り、 そ の 奥 に 後 筆 で ﹁ 此 法 則 者 正 月 十 二 日 用 也 但 シ 新 会 之 人 入 用 者 又 会 行 事 ノ タ ノ ミ ニ テ 有 出 仕 候 事 ﹂ と 書 加 え て あ る。 内 容 は 大 永 本 と は 全 く 相 違 し て い る の で 次 に 掲 げ る。 修 正 法 則 先 取 香 呂 三 礼 二 丁 一 切 恭 敬 自 帰 依 仏 当 願 衆 生 体 解 大 蓮 花 乗 院 修 正 導 師 作 法 巻 首 宝 亀 院 蔵 会 堂 修 正 法 則 巻首 総 持 院 蔵 高 野 山 修 正 会 考

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密 教 文 化 道 発 無 上 意 自 帰 依 法 当 願 衆 生 深 入 経 蔵 智 恵 如 海 自 帰 依 僧 当 願 衆 生 統 理 大 衆 一 切 無 碍 如 来 妙 色 身 世 間 無 与 等 無 比 不 思 議 是 故 今 敬 礼 如 来 色 無 尽 智 恵 亦 復 然 一 切 法 常 住 是 故 我 帰 依 ( マ マ ) 次 散 花 行 道 一 丁 願 我 在 道 場 香 花 供 養 仏 大 慈 大 悲. 正 観 世 音 三 千 大 千 希 有 者 一 聞 名 号 滅 重 罪 無 量 仏 果 得 成 就 香 花 供 養 仏 願 以 此 功 徳 香 花 供 養 仏 一 丁 敬 礼 常 住 歎 仏 究 願 南 先 法 身 応 化 三 身 如 来 補 陀 落 山 観 音 宝 殿 釈 迦 当 来 導 師 弥 勒 慈 尊 龍 花 樹 下 成 正 覚 十 方 三 世 微 塵 刹 土 円 満 十 方 殊 勝 願 観 音 本 躰 正 法 明 如 来 観 音 本 師 元 量 寿 如 来 普 光 功 徳 仙 王 如 来 万 徳 円 満 威 音 王 如 来 舎 利 形 像 仏 面 宝 塔 八 万 法 蔵 甚 深 聖 教 大 乗 守 護 普 賢 菩 薩 南 元 娑 婆 世 界 施 無 畏 者 南 無 広 大 円 満 随 心 自 在 南 元 帰 命 頂 礼 三 世 諸 仏 南 元 大 恩 教 主 釈 迦 如 来 南 元 十 二 大 願 薬 師 如 来 南 元 常 住 界 会 大 尊 如 来 南 元 大 慈 大 悲 普 光 正 観 世 音 -丁 衆 生 断 除 三 障 礼 仏 餓 悔 雷声 南 元 弘 誓 大 願 深 如 海 南 元 聖 朝 安 穏 増 長 福 寿 南 元 国 土 安 穏 能 与 楽 南 元 郡 内 安 穏 成 大 願 南 元 建 立 旦 那 所 求 如 意 南 元 十 方 施 主 恒 守 護 南 光 伽 藍 安 穏 興 隆 仏 法 南 元 信 心 施 主 増 福 寿, 南 元 頂 上 仏 面 除 疫 病 南 元 最 上 仏 面 願 満 足 一 丁 南 元 当 年 五 穀 皆 豊 饒 南 元 地 味 増 長 成 五 穀 一 丁 南 元 蚕 養 如 意 得 自 在 南 元 一 切 所 願 皆 令 満 足 南 元 法 界 衆 生 同 利 益 南 元 大 悲 護 念 成 所 願 南 元 諸 菩 薩 摩 詞 薩 南 元 声 聞 縁 覚 一 切 賢 聖 普 為 四 恩 三 有 法 界 一 丁 衆 生 断 除 三 障 礼 仏 戦 悔 一 丁 雷 声 至 心 発 願 我 等 従 今 日 乃 至 元 上 菩 提 於 十 方 諸 仏 普 賢 文 殊 観 音 勢 至 地 蔵 菩 薩 我 等 親 近 供 養 恭 敬 発 菩 提 心 永 不 退 転 常 生 常 所 浄 仏 国 土 断 除 三 障 永 離 衆 難 成 元 上 道 一 丁 会 堂 修 正 法 則 巻 尾 総 持 院 蔵

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白 衆 等 聴 説 初 夜 元 常 偶 一 切 神 分 二 般 若 心 経 一 丁 至 心 発 願 正 月 修 善 一 日 一 夜 加 持 威 力 国 内 神 等 威 光 自 在 当 所 伽 藍 行 疫 神 等 皆 成 仏 道 聖 朝 安 穏 増 長 福 寿 五 穀 豊 饒 蚕 養 如 意 各 願 円 満 及 以 法 界 平 等 利 益 衆 生 元 辺 誓 願 度 福 智 元 辺 誓 願 得 法 門 元 辺 誓 願 知 元 上 菩 提 誓 願 証 護 持 大 施 主 成 大 願 南 元 大 神 究 金 剛 タ ラ ニ ト 南 元 釈 迦 牟 尼 仏 南 元 弥 勒 仏 南 元 薬 師 如 来 南 元 無 量 寿 如 来 南 元 伽 藍 護 法 南 元 所 修 功 徳 願 以 此 功 徳 普 及 於 一 切 我 等 与 衆 生 皆 共 成 仏 道 一 丁 自 他 法 界 廻 向 無 上 大 菩 提 一 丁 こ れ は 顕 立 の 悔 過 に 近 い が、 文 禄 三 年 ( 一 五 九 四 ) 頃 に は こ の 法 則 で 蓮 花 乗 院 修 正 会 が 修 行 せ ら れ て い た の で あ ろ う か。 奥 書 の あ と に 後 筆 で ﹁ 新 会 之 人 入 用 者 ﹂ と あ る が、 後 醍 醐 天 皇 勅 願 の 新 会 が 永 正 の 頃 大 会 堂 に 移 さ れ て 校 合 を 行 つ て い る か ら、 恐 ら く こ れ は 前 掲 の 悔 過 の 外 の 行 事 と し て 修 せ ら れ た の で あ ろ う。 ﹁ 又 会 行 事 ノ タ ノ ミ ニ テ 有 出 仕 候 事 ﹂ と 云 う の は そ れ を 意 味 す る も の と 思 わ れ る。 内 容 的 に も 異 質 で あ る。 奥 書 が 無 い の で 写 し た 年 次 を 知 る こ と は 出 来 な い が、 親 王 院 蔵 の ﹃ 金 堂 修 正 会 ﹄ の 紙 背 に、 会 堂 修 正 会 法 則 を 記 し た も の が あ る。 ﹁ 会 堂 修 正 会 法 則 正 月 十 二 日 農 朝 ﹂ と 標 し て、 先 導 師 登 壇 次 唄 士 云 何 唄. 次 轟 轄 不 恥 描 梵 毘 沙 聞 秘 讃 次 散 花 三 段 中 大 日 次 梵 音 次 錫 杖 三 条 次 三 十 二 相 次 後 讃 四 智 漢 心 略 漢 仏 讃 次 廻 向 方 便 次 牛 玉 加 持 と 株 書 き に し て あ る。 こ れ は 宥 快 師 の 法 則 の 次 第 と 少 し 異 つ て い る が 同 系 の も の で あ る。 会 堂 蓮 花 乗 院 の 修 正 会 は こ う 云 う 形 で 極 め て 近 来 迄 修 行 さ れ て い た こ と が 知 ら れ る。 何 時 ま で 修 行 さ れ て い た か と 云 う こ と は、 金 剛 峯 寺 に 古 請 定 を 訪 索 す れ ば 明 か に な る こ と で あ る が、 降 り 積 る 近 来 稀 な 大 雪 に 籍 口 し て、 そ の 労 を 省 か ん と す る 獺 惰 を 許 さ れ た い。 前 に ﹃ 紀 伊 続 風 土 記 ﹄ に も、 所 載 の ﹃ 歳 時 記 ﹄ に も、 奥 院 修 正 会 に つ い て 全 く 記 す と こ ろ が 無 い こ と を 述 べ た が、 現 在 修 正 会 と 称 し て 三 箇 日 修 行 し て い る の は、 内 容 は 平 座 理 趣 三 昧 に 過 ぎ な い。 或 は こ れ は 往 時 の 朝 拝 法 会 の 名 残 り か と も 思 い、 或 は 密 立 悔 過 の 供 養 法 だ け が 抽 出 さ れ た も の か と も 思 う の で あ る が、 ﹃ 紀 伊 続 風 土 記 ﹄ に も ﹃ 年 中 行 事 ﹄ に も 全 く 記 す 高 野 山 修 正 会 考

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密 教 文 化 と こ ろ が な い。 然 る に、 奥 書 が 無 い の で 書 写 年 代 を 知 る こ と は 出 来 な い が、 ﹃ 奥 院 修 正 法 則 ﹄ 一 帖 が 立 派 に 存 在 し て い る。 親 王 院 蔵 本 で あ る。 次 第 は、 前 方 便、 法 用 唄 士 云 何 散 華 大 日 梵 音 錫 杖、 表 白、 仏 名、 教 化、 神 分、 唱 礼、 普 供 養 三 力、 供 養 法、 振 鈴、 三 十 二 相、 一 字 之 金、 後 供 養、 後 鈴、 讃、 普 供 養 三 力、 小 祈 願、 礼 仏、 廻 向。 牛 玉 作 法。 と な つ て い て、 謂 わ ゆ る 大 日 幟 悔 な る も の で あ る。 行 人 方 の 所 用 と い う こ と も 考 え ら れ る が、 そ れ に し て も 何 処 に も 全 く 記 録 さ れ て お ら ぬ と い う の は、 ど う い う こ と で あ ろ う か。 記 し て 浅 学 を 恥 じ、 敢 て 阿 闇 梨 の 懇 篤 な る 教 示 を 待 つ 次 第 で あ る。 以 上 に 述 べ た 悔 過 の 外 に、 ﹃ 紀 伊 続 風 土 記 ﹄ 所 載 ﹁ 歳 時 記 ﹂ の 廃 頽 之 部 に、 六 月 十 四 日 西 御 堂 准 股 悔 過 其 勤 式 大 抵 准 正 月 薬 師 悔 過 委 出 干 正 応 行 事 記 と し て、 昔 住 山 の 沙 弥 が 食 堂 で 毎 年 五 月 十 五 日 に 勤 め て い た の を、 天 禄 四 年 ( 九 七 三 ) 六 月 十 四 日 に 准 脹 堂 に 移 し た 等 修 行 の 縁 革 を 述 べ て お り、 次 に 掲 げ た 写 真 の、 順 任 阿 闇 梨 が 大 永 五 年 ( 一 五 二 五 ) に 随 分 類 本 を 集 め て 校 合 書 写 し た 本 も 有 る け れ ど も、 修 正 会 に 関 係 の 無 い こ と で あ る か ら、 今 は 触 れ な い こ と に す る。 以 上 何 れ も 密 立 の 法 則 で あ り な が ら 四 箇 法 要 を 用 い て、 合 行 と で も 云 う か、 特 殊 な 法 会 の 形 式 を 作 り あ げ て い る 点 が 特 に 注 目 さ れ る 南 都 の 諸 大 寺 に 於 て は、 数 箇 所 に 悔 過 を 修 す る こ と に な つ た 為 で あ ろ う が、 正 月 の 悔 過 に 続 い て 二 月 に も 悔 過 法 会 を 修 し て い る。 お 水 取 を 以 て 世 に 聞 こ う る、 あ の 大 規 模 な 東 大 寺 二 月 堂 の 悔 過 は 修 二 会 で あ る。 修 二 会 の 理 論 的 な 根 拠 は 先 き に も 触 れ た 如 く、 建 卯 立 正 の 説 に 基 く も の で あ ろ う が、 実 際 問 題 と し て は、 伽 藍 の 各 所 で 悔 過 を 修 す る こ と に な つ た 為 に、 正 月 の 前 半 白 月 中 に 修 し 終 る こ と が 不 可 能 に な つ た こ と も、 一 因 を な し て い る で あ ろ う。 准砥 悔過 巻 尾 宝 亀 院 蔵

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高 野 山 に 於 て も 数 箇 所 で 悔 過 法 会 を 修 す る こ と が 行 わ れ た が、 南 都 に 行 わ れ た 六 時 の 行 法 を、 密 教 の 前 供 後 供 の 規 模 に 依 つ て 初 後 夜 の 行 法 に 組 織 し、 大 塔 ・ 西 塔 の 行 法 を 一 日 の 勤 行 に し た こ と に 依 つ て、 高 野 山 の 伽 藍 構 成 の 中 軸 を な す、 大 塔 ・ 金 堂 ・ 西 塔 三 所 の 悔 過 が、 初 め の 七 日 間 で 修 し 終 る こ と に な り、 後 に は 蓮 花 乗 院 に 於 け る 一 座 の 悔 過 を も 加 え 修 し 得 た。 高 野 山 に 修 二 会 が 行 わ れ な か つ た 所 以 は こ こ に あ る と 考 え ら れ る。 南 都 の 法 会 の 大 な る も の は、 悔 過 と 論 義 に 大 別 す る こ と が 出 来 る。 殊 に 悔 過 法 会 は 国 家 事 無 く 国 民 安 か れ と 祈 る、 一 国 の 消 長 毎 日 の 生 活 に 直 結 す る も の で あ る。 半 夜 の 祈 り に 参 ず る 者 は、 如 何 に も 国 家 の 碕 托 に 答 え ん ず る 凄 じ き 気 醜 に 圧 倒 さ れ る で あ ろ う。 十 数 世 紀 の 年 月 を 貫 い て、 宗 教 を 以 て 国 と 民 と を 守 護 し 続 け て 来 た そ の 烈 々 た る 事 実 は、 単 な る 外 聞 を つ く ら う 見 栄 や 体 裁 で 能 う こ と で あ ろ う か。 い か る が の 里 の 修 正 の 御 お こ な い、 人 肌 の 観 音 の 大 前 に く り ひ ろ げ ら れ る 修 二 月 の 行 法、 千 年 の 伝 統 は 風 凍 る 夜 霜 結 ぶ あ し た に、 今 に 脈 脈 と 息 づ い て い る の で あ る。 思 わ ず、 臆、 こ れ あ る が 故 に こ の み 寺 は、 万 代 を 貫 い て 存 す る か と 嘆 ぜ し め る の で あ る。 南 都 に お け る 六 時 の 御 行 い が 初 後 夜 二 時 の 行 法 に 形 を 換 え て も、 魂 は そ の ま ま 三 千 尺 の 雪 の 頂 に 受 け 継 が れ て、 誰 一 人 知 る 人 も な く、 深 雪 に う つ も れ な が ら、 ひ そ か に 根 強 く 千 二 百 年、 南 紀 蓮 峯 の 山 顯 に 各 堂 の 修 正 会 悔 過 の 行 法 は 修 し 続 け ら れ て 来 た の で あ る。 誰 が 為 に 罪 々 と 降 り し き る 雪 の 中 に、 夜 を 徹 し て 行 法 は 続 け ら れ 来 つ た の で あ る か、 地 下 数 尺 は 凍 て つ く 厳 寒 の 暁 闇 を つ い て、 何 の 為 に 先 徳 は 修 正 悔 過 の 熱 祷 に 精 魂 を つ く し た の で あ る か。 尽 く 国 思 う 一 念 よ り 発 す る と こ ろ で あ り、 民 安 か れ と 願 う 心 の 凝 つ て 法 会 と 顕 わ れ た る ま で で あ る。 入 あ つ て こ の 事 実 を 唯 物 史 観 を 以 て 解 明 し 去 ろ う と す る。 果 し て 妥 当 な る 答 案 を 提 挙 し 得 る で あ ろ う か。 生 活 の 糧 を 得 よ う と す る 意 欲 だ け で 貫 か れ 得 る 行 で あ ろ う か。 そ こ に は 国 を 愛 し 人 を 思 う 強 い 意 念 が 裏 づ け さ れ て い る の で あ り、 そ の 強 い 意 念 は 宗 教 に 対 す る 絶 対 の 依 託 よ り 発 す る と こ ろ で あ る。 宗 教 に 対 す る 絶 対 の 依 託 は 即 ち 絶 対 の 信 で あ る。 こ の 信 に 依 つ て 初 め て 行 は 命 を 得、 又 こ の 信 よ り 行 は 発 し 来 る の で あ る。 内 在 す る 至 高 な る も の を 支 柱 と し て、 多 少 の 変 遷 を 経 な が ら、 高 野 山 の 修 正 会 は、 一 千 二 百 年 に 垂 ん と す る 歳 月 を 今 日 に 閲 し 来 つ た の で あ る。 ( 昭 和 三 十 八 年 二 刀 十 一 日 稿 ) 高 野 山 修 正 会 考

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