密 教 文 化
藤
原
基
俊
詩
注
(九
)
北
山
円
正
下
西
忠
鈴
木
徳
男
本 稿 は 、 ﹁ 密 教 文 化 ﹂ ( 第 一 八 四 号 ) に 続 く も の で あ る 。 こ の 詩 注 の 趣 旨 は 、 す で に ﹁ 詩 注 ( 一)﹂(﹁高野 山 大 学 国 語 国 文 ﹂第 十 四 号 ) に 述 べ た と お り で 、 平 安 時 代 後 期 有 数 の 歌 人 藤 原 基 俊 の 文 事 の う ち 、 注 目 さ れ る こ と の 少 な か っ た 漢 詩 を 厳 密 に 訓 み 、 可 能 な 限 り そ の 創 作 意 図 に 近 づ く 点 に あ る 。 ま ず 、 ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄所 収 の 十 五 首 か ら 着 手 し 、 巻 の 順 序 に し た が っ て 今 回 は 巻 十 の ﹁ 暮 春 遊 二 円 融 寺 一即 事 ﹂を 取 り 上 げ る 。 底 本 は ﹃ 群 書 類 従﹄(巻 一 二 八 ) と し 、 諸 本 及 び 意 改 等 に よ っ て 校 訂 し て 適 正 な 本 文 を 求 め る 。 詩 注 の 体 裁 は 前 稿 ま で の そ れ に 準 じ る 。 ぼ し ゆ ん ゑ ん ゆ う じ あ そ そ く じ ふ ち は ら の も と と し 働 暮 春 遊 円 融 寺 即 事 藤 原 基 俊 暮 春 円 融 寺 に 遊 ぶ 即 事 藤 原 基 俊 は る ゑ ん ら ん と も こ じ あ そ 春 伴 鴛 鷺 遊 古 寺 春 鴛 鷺 に 伴 な ひ て 古 寺 に 遊 び 、 え ん か ふ か と こ ろ し ん ち ゆ う か ん 煙 霞 深 処 感 深 衷 煙 霞 深 き 処 深 衷 に 感 ず 。 か う な ん あ め す せ い ざ ん ち か 江 南 雨 過 青 山 近 江 南 雨 過 ぎ て 青 山 近 く 、や ぐ わ い は な と し き か い む な 野 外 花 飛 色 界 空 野 外 花 飛 び て 色 界 空 し 。 ご よ く み な き く わ ん ね ん あ か つ き 五 欲 皆 消 観 念 暁 五 欲 皆 消 え た り 観 念 の 暁 、 ひ や く ね ん な か く じ い う う ち 百 年 半 暮 自 由 中 百 年 半 ば 暮 れ た り 自 由 の 中 。 え い ぐ わ も と わ こ と 栄 華 従 本 非 吾 事 栄 華 本 よ り 吾 が 事 に あ ら ず 、 め い な に な お さ み 命 也 何 為 老 去 躬 命 な り 何 を か 為 さ む 老 い 去 る 躬 は 。 ( ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄巻 十 ・ ﹁ 山 寺 下 ﹂ ) ﹁ 詩 題 ﹂ ク ワ ク 春 の 末 に 円 融 寺 へ 出 か け て そ の 場 の 事 物 を 詠 ん で 。 ﹁ 暮 春 ﹂は 、 ﹁ 詩 注 ( 一 ) ﹂参 照 。 盛 唐 峯 参 ﹁ 暮 春 號 州 東 亭 、 送 三 李 司 馬 帰 二 扶 風 別 盧 一﹂、 盛 唐 杜 甫 ﹁ 暮 春 題 二 濃 西 新 賃 草 屋 一五 首 ﹂は 、 詩 題 で の 例 。 ﹁ 遊 ﹂に つ い て は 、 ﹁ 詩 注 ( 七 ) ﹂ ( ﹁ 密 教 文 化 ﹂第 一 八 ○ 号 ) 参 照 。 初 唐 沈 栓 期 ﹁ 遊 二 少 林 寺 一﹂は 、 詩 題 ﹁ 遊 二 某 寺 一﹂の 一 例 。 ﹁ 円 融 寺 ﹂は 、 京 都 市 右 京 区 龍 安 寺 御 陵 ノ 下 町 あ た り に あ っ た と さ れ る 寺 院 ( ﹃ 山 城 名 勝 志 ﹄巻 八 ・ 葛 野 郡 、 ﹁ 円 融 寺 拾 芥 抄 云 、 仁 和 寺 法 皇 御 在 所 。 仁 和 寺 僧 云 、 伝 云 、 此 旧 地 在 二龍 安 等 持 山 傍 一云 々 ﹂。 ﹁ 仁 和 寺 法 皇 ﹂は 円 融 天 皇 ) 。 円 融 院 と も 称 す 。 ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄ ( 巻 十 ) で は 両 様 に 記 す ( 円 融 寺 関 連 の 記 事 が 豊 富 な ﹃ 小 右 記 ﹄も 同 じ ) 。 当 寺 は 寛 朝 僧 正 の 禅 室 を 前 身 と し ( ﹃ 仁 和 寺 諸 院 家 記 ﹄・ ﹁ 円 融 寺 ﹂所 引 ﹃ 古 徳 記 ﹄ ) 、 円 融 天 皇 ( 九 五 九 -九 一 ) の 御 願 所 と し て 堂 塔 が 建 立 さ れ た 。 ま ず 法 華 三 昧 堂 ( 御 願 堂 ) を 造 立 し ( ﹃ 小 右 記 ﹄天 元 五 < 九 八 二 > 年 二 月 十 日 ) 、 永 観 元 ( 九 八 三 ) 年 三 月 二 十 二 日 に 御 斎 会 に 准 じ る 落 慶 供 養 が 修 さ れ た (﹃ 仁 和 寺 諸 院 家 記 ﹄・ ﹁ 円 融 寺 ﹂﹃ 小 記 目 録 ﹄﹃ 日 本 紀 略 ﹄ ) 。 円 融 天 皇 は 永 観 二 年 八 月 二 十 七 日 に 譲 位 、 寛 和 元 (九 八 五 ) 年 八 月 二 十 九 日 に 出 家 、 同 九 月 十 九 日 に は 堀 河 藤 原 基 俊 詩 注 (九 )
密 教 文 化 院 か ら 円 融 院 へ 遷 御 、 以 後 活 動 の 拠 点 と し て い る 。 た と え ば 、 翌 寛 和 二 年 三 月 十 九 日 円 融 寺 か ら 仁 和 寺 に 移 っ て 二 十 日 ま で 滞 在 の 後 、 二 十 一 日 に 東 大 寺 へ 行 き 二 十 二 日 に 具 足 戒 を 受 け 、 翌 日 円 融 寺 に 戻 っ て い る ( 源 為 憲 ﹃ 太 上 法 皇 御 受 戒 記 ﹄﹃ 日 本 紀 略 ﹄ ) 。 同 年 の 十 二 月 二 十 日 、 一 条 天 皇 の 行 幸 ( ﹃ 日 本 紀 略 ﹄ ) が あ り 、 以 後 、 永 詐 元 (九 八 九 ) 年 二 月 十 六 日 ( ﹃ 小 右 記 ﹄ ) ・ 同 二 年 正 月 十 一 日 ( ﹃ 日 本 紀 略 ﹄﹃ 扶 桑 略 記 ﹄ ﹃ 中 古 歌 仙 三 十 六 人 伝 ﹄ < 高 遠 卿 > ) に も 行 な わ れ た 。 永 延 二 (九 八 八 ) 年 三 月 二 十 日 に は 五 重 塔 供 養 が あ り ( ﹃ 小 記 目 録 ﹄﹃ 仁 和 寺 諸 院 家 記 ﹄・ ﹁ 円 融 寺 ﹂﹃ 日 本 紀 略 ﹄ ) 、 寺 観 が 整 え ら れ る に 到 っ た 。 ﹃ 仁 和 寺 諸 院 家 記 ﹄は 、 ﹁ 五 重 塔 安 二 置 大 日 如 来 四 体 一、 図 下 絵 於 二 塔 中 一 、 弥 陀 釈 迦 薬 師 弥 勒 等 上 ﹂と 塔 内 を 記 し て い る 。 そ の 折 に は ﹁ 百 四 口 ﹂v 僧 侶 が 屈 請 さ れ て お り 、 壮 大 な 法 要 の 営 ま れ た こ と が 分 か る 。 な お 、 ﹃ 言 泉 集 ﹄ ( 五 帖 之 一 ) に 、 歯 二 竹 馬 一而 聚 ・ 沙 、 猶 照 二 白 毫 於 乃 往 之 劫 一、 象 二 泥 人 一而 団 ・ 土 、 終 仰 二 金 色 於 女 来 之 身 一。 塔 婆 功 不 ・ 可 二 思 議 一 円 融 院 御 塔 供 養 高 成 忠 が あ る 。 菜 者 高 階 成 忠 の 生 残 年 (九 二 一ニ ー 九 八 ) よ り 推 測 す れ ば 、 こ の 五 重 塔 供 養 の 願 文 か と 思 わ れ る 。 こ の 頃 が 円 融 寺 隆 盛 の 時 期 で あ り 、 政 界 に お い て 権 勢 を 振 う 円 融 法 皇 の 拠 点 と な っ て い た 。 正 暦 二 (九 九 一 ) 年 二 月 十 二 日 、 円 融 法 皇 崩 御 ( ﹃ 小 記 目 録 ﹄﹃ 日 本 紀 略 ﹄﹃ 扶 桑 略 記 ﹄。 ﹃ 本 朝 皇 胤 紹 運 録 ﹄﹃ 一 代 要 記 ﹄は 円 融 寺 で の こ と と す る ) 。 十 九 日 に は 円 融 寺 北 原 に 葬 り 、 遺 骨 を 村 上 山 陵 の 傍 ら に 置 い た ( ﹃ 小 記 目 録 ﹄﹃ 日 本 紀 略 ﹄﹃ 扶 桑 略 記 ﹄。 ﹃ 栄 花 物 語 ﹄<見 は て ぬ夢>﹃後 拾 遺 集 ﹄<巻 十 ・ 五 四 一 、 藤 原 朝 光 > ﹃ 今 昔 物 語 集 ﹄<巻二十 四 、 ﹁ 円 融 院 御 葬 送 夜 、 朝 光 卿 読 二 和 歌 一語﹂>は 葬 送 の 地 を ﹁ 紫 野 ﹂と し て い る が 、 谷 森 善 臣 ﹃ 山 陵 考 ﹄は ﹁ 紫 野 ﹂は 葬 送 の 地 で は な い と し て い る ) 。 閏 二 月 二 十 七 日 に は 四 十 九 日 の 法 要 を 営 ん で い る ( ﹃ 小 記 目 録 ﹄﹃ 日 本 紀 略 ﹄﹃ 扶 桑 略
記 ﹄。 ﹃ 栄 花 物 語 ﹄<見 は て ぬ 夢 > は 円 融 院 で 行 な わ れ た と 記 す ) 。 こ の 折 の 菅 原 輔 正 ﹁ 円 融 院 四 十 九 日 御 願 文 ﹂ ( ﹃ 本 朝 文 粋 ﹂巻 十 四 ) に は 、 ﹁ 夫 円 融 院 者 、 当 二 受 図 一所 二 草 創 一、 類 二 脱 履 一以 栖 息 。 愛 設 二 斎 会 一弥 増 二 善 因 己 と あ っ て 法 皇 と 円 融 院 の 関 わ り を 記 し て い る 。 以 後 の 史 料 に 見 ら れ る 円 融 寺 関 連 の 記 事 を 挙 げ て お く 。 毎 年 二 月 十 二 日 は 円 融 法 皇 の 国 忌 で あ り 、 十 六 日 ま で 円 融 寺 に お い て 法 華 八 講 を 修 す る の が 恒 例 で あ っ た ( ﹃ 小 右 記 ﹄﹃ 御 堂 関 白 記 ﹄﹃ 権 記 ﹄ ) 。 円 融 法 皇 の 長 子 一 条 天 皇 が 寛 弘 八 ( 一 〇 二 ) 年 六 月 二 十 二 日 に 崩 御 。 七 月 八 日 茶 砒 に 付 さ れ 、 八 月 二 日 に は 金 輪 寺 の 辺 り で 葬 送 の 運 び で あ っ た 。 と こ ろ が 、 一 条 天 皇 は 円 融 法 皇 陵 の 辺 り に 土 葬 す る よ う 言 い 残 し て い た こ と が 判 明 し 、 そ の 上 、 そ の 方 角 は 方 忌 が あ る と い う 始 末 だ っ た 。 遺 骨 は 円 成 寺 に 留 め 置 か れ る こ と に な り 、 藤 原 道 長 は 、 ﹁ 未 レ 奉 レ移 二 円 融 院 一之 前 三 箇 年 間 、 以 二 五 箇 口 僧 ー、 可 レ 被 三 奉 二 仕 念 佛 一﹂と 命 じ て い る ( ﹃ 小 右 記 ﹂ 同 年 七 月 十 二 日 ) 。 遺 骨 が 円 融 法 皇 の 御 陵 が あ る 円 融 寺 北 方 に 遷 さ れ た の は 寛 仁 二 ( 一 〇 一 八 ) 年 六 月 十 六 日 ( ﹃ 左 経 記 ﹄。 ﹃ 小 記 目 録 ﹄は 十 七 日 の こ と と す る ) 。 一 条 天 皇 の 国 忌 の 法 華 八 講 は 円 教 寺 ( 一 条 天 皇 の 御 願 寺 ) で 行 な わ れ て い た が 、 寛 仁 二 年 閏 四 月 十 二 日 の 焼 亡 の た め に 場 所 を 円 融 院 に 移 し て い る ( ﹃ 小 右 記 ﹄寛 仁 二 年 六 月 二 十 二 日 。 な お 、 理 由 不 明 で あ る が 、 ﹃ 御 堂 関 白 記 ﹄に は す で に 前 年 に 円 融 院 に お け る 国 忌 が 記 さ れ て い る 。 円 教 寺 で の 国 忌 は 治 安 三 ( 一 〇 二 三 ) 年 ま で に は 復 活 < ﹃ 小 右 記 ﹄>)。﹃後 二 条 師 通 記 ﹄は 、 円 融 院 に お け る 応 徳 三 ( 一 〇 八 五 ) 年 二 月 十 九 日 の 源 麗 子 (藤 原 師 実 北 政 所 ) の 修 法 、 寛 治 七 ( 一 〇 九 三 ) 年 五 月 六 日 の 法 華 八 講 な ど を 記 し て い る 。 叡 山 文 庫 本 ﹃ 類 句 抄 ﹄ ( 第 十 ・ 願 文 ) に 、 摩 尼 妙 覚 之 珠 、 照 二 一 乗 於 前 後 一、 醍 醐 円 頓 之 味 、 該 二 万 方 於 古 今 一 白 河 院 供 二 養 円 融 院 一 匡 房 と あ り 、 大 江 匡 房 の 残 す る 天 永 二 ( 一 一 一 一 ) 年 ま で に は 、 白 河 院 に よ っ て 円 融 院 供 養 が 修 さ れ て い た こ と が 分 か る 。 藤 原 基 俊 詩 注 (九 )
密 教 文 化 ﹃ 百 練 抄 ﹄天 永 四 年 三 月 二 十 日 の 条 に は 、 ﹁ 先 朝 御 骨 、 従 二 香 隆 寺 一、 奉 レ 移 二 円 融 院 一﹂と 、 堀 河 院 の 遺 骨 を 香 隆 寺 か ら 円 融 院 へ 移 し た と 記 し て い る ( ﹃ 長 秋 記 ﹄は 、 ﹁ 仁 和 寺 ﹂へ 移 し た と す る ) 。 ﹃ 言 泉 集 ﹄ ( 四 帖 之 四 ) に 、 旋 機 之 運 、 配 二 乾 坤 一以 元 レ動 、 玉 燭 之 光 、 伴 二 日 月 一 以 永 明 。 仙 院 后 宮 之 庭 、 赤 松 譲 レ 算 、 少 陽 公 主 之 瑚 、 青 椿 契 レ 年 円 融 寺 智 光 と あ り 、 ﹁ 円 融 寺 ﹂は 前 後 の 配 列 か ら 推 し て ﹁ 円 融 寺 (供 養 ) ﹂の こ と と 考 え ら れ 、 年 時 は 不 明 な が ら 円 融 寺 に 供 養 の 法 会 の 営 ま れ た こ と が 知 ら れ る ( 作 者 ﹁ 智 光 ﹂が い か な る 人 物 か は 未 詳 ) 。 円 融 法 皇 崩 御 後 の 円 融 寺 は 、 法 皇 の 政 治 権 力 の 場 と し て の 意 味 を 失 な い 、 も っ ぱ ら 法 会 の 場 と し て 命 脈 を 保 っ た か の よ う で あ る 。 鎌 倉 時 代 の 円 融 寺 は そ の 寺 勢 を 衰 退 さ せ て 行 く 。 ﹃ 仁 和 寺 諸 堂 記 ﹄の ﹁ 仁 和 寺 ﹂﹁ 円 融 寺 ﹂以 下 七 か 寺 の 項 の 次 に 、 已 上 七 ケ 寺 、 三 綱 等 都 合 淵 人 也 。 以 二 彼 輩 ー号 二 三 十 人 所 司 一、 令 三 勤 二 仕 仁 和 寺 以 下 堂 々 役 雑 事 等 一 也 。 皆 是 御 室 侍 也 。 惣 在 庁 以 下 輩 也 と あ っ て 、 他 の 五 か 寺 と と も に 仁 和 寺 の 一 院 と し て 三 綱 所 司 の 管 理 下 に 置 か れ て い た ら し い ( ﹃ 伊 呂 波 字 類 抄 ﹄に ﹁ 円 融 寺 在 二仁 和 寺 一﹂と あ る の も そ の こ と の 現 わ れ で あ ろ う か ) 。 ま た 同 記 の ﹁ 円 融 寺 ﹂の 項 に は 、 別 当 真 乗 院 前 大 僧 正 也 。 此 人 門 跡 相 伝 也 。 所 司 六 人 ( ﹃ 仁 和 寺 諸 院 家 記 ﹄は ﹁ 一 条 法 眼 記 云 ﹂と し て 同 文 を 引 く ) ﹃ 仁 和 寺 諸 院 家 記 ﹄の ﹁ 真 乗 院 ﹂の 項 に 、 深 助 権 僧 正 右 大 臣 、 齎 助 舎 弟 ⋮⋮円 融 寺 ・ 宝 蓮 院 等 別 当 と あ り 、 真 乗 院 の 法 門 の 僧 が 円 融 寺 の 別 当 を 歴 任 し て い た 。 寺 院 と し て の 独 立 性 を 徐 々 に 失 な っ て い っ た の で あ ろ う 。 さ ら に 、 天 元 四 (九 八 一 ) 年 三 月 二 十 五 日 の ﹁ 山 城 国 紀 伊 郡 司 解 案 ﹂ ( ﹃ 平 安 遺 文 ﹄三 一 九 号 ) を 取 り 上 げ て お く 。 こ
れ に は ﹁ 被 レ 載 レ 応 三 宛 二 除 円 融 寺 御 願 法 華 三 昧 堂 仏 供 常 燈 六 僧 供 養 井 雑 用 料 弐 拾 捌 町 参 段 弐 信 柴 拾 陸 歩 一状 ﹂と あ っ て 、 法 華 三 昧 堂 の 料 に つ い て 紀 伊 郡 司 か ら 出 さ れ た 申 請 の 書 類 で あ る が 、 こ の 端 裏 に は ﹁ 天 元 官 符 案 同 真 乗 院 出 レ 之 コ ニ ご 観 応 二 五 八 ﹂と あ る 。 こ れ に よ れ ば 、 も と も と こ の 文 書 は 円 融 寺 が 所 持 し 、 そ れ が 別 当 を 歴 任 す る ﹁ 真 乗 院 ﹂の 僧 に 移 譲 さ れ 、 さ ら に ﹁ 真 乗 院 ﹂か ら 出 た も の と 思 わ れ る 。 文 書 が い つ 真 乗 院 へ 移 っ た か は 分 か ら な い が 、 こ れ も 円 融 寺 の 衰 勢 を う か が う 史 料 と い え よ う 。 そ し て 、 ﹁法 花 堂 同 回 禄 ﹂ 寛 喜 三 年 正 月 十 一 日 、 回 禄 ( ﹃ 仁 和 寺 諸 院 家 記 ﹄・ ﹁ 円 融 寺 ﹂。 寛 喜 三 年 は 一 二 三 一 年 ) と 、 火 災 に 見 舞 わ れ て い る 。 以 後 間 も な く 廃 絶 に 到 っ た で あ ろ う か 。 円 融 寺 が い つ 廃 絶 し た の か は 明 ら か に で き な い 。 た だ 、 右 の ﹃ 仁 和 寺 諸 院 家 記 ﹄ ( ﹁ 真 乗 院 ﹂の 項 ) に 見 え る ﹁ 深 助 権 僧 正 ﹂は 、 ﹁ 右 大 臣 ﹂藤 原 実 親 ( 一 一 九 三 -一 二 六 一 ) の 息 、 ﹁ 窟 助 ﹂大 僧 正 ( 一 二 一 五 ー 八 八 ) の ﹁ 舎 弟 ﹂で あ る こ と か ら す る と 、 円 融 寺 の 別 当 で あ っ た の は 、 火 災 の あ っ た 寛 喜 三 年 よ り 後 で あ っ た か と 思 わ れ る 。 そ う で あ れ ば 罹 災 以 後 も し ば ら く は 、 円 融 寺 は 命 脈 を 保 っ て い た こ と に な る 。 寺 観 に つ い て 述 べ る 。 ﹃ 小 右 記 ﹄永 観 二 年 十 月 二 十 七 日 の 条 に 円 融 上 皇 の 御 幸 を 記 す 中 、 ﹁ 西 大 門 ﹂﹁御 堂 ( 法 華 三 昧 堂 ) ﹂﹁ 御 堂 艮 屋 ﹂が 見 ら れ る 。 ま た 、 ﹁ 五 重 塔 ﹂が 聲 え て い た ( 永 延 二 年 三 月 二 十 日 塔 供 養 。 ﹃ 小 記 目 録 ﹄﹃ 仁 和 寺 諸 院 家 記 ﹄ ) 。 ﹃ 扶 桑 略 記 ﹄永 観 元 年 三 月 二 十 二 日 の 落 慶 供 養 の 記 事 に ﹁池 東 建 二 法 華 堂 一﹂と あ っ て 、 池 の 存 在 も 知 ら れ る 。 ﹃ 続 古 事 談 ﹄ ( 第 一 ・ 王 道 后 宮 ) に 、 一 条 院 、 円 融 寺 へ 行 幸 ア リ ケ ル ニ 、 御 拝 ハ テ テ 御 対 面 シ 給 フ 時 二 、 御 ク ダ 物 イ モ ガ ユ ナ ド マ ヰ ラ セ テ 後 、 主 上 釣 ツ イ ガ サ ネ 殿 ニ イ デ 給 ヒ テ 、 上 達 部 ヲ メ シ テ 衝 重 タ マ フ 。 仰 セ ア リ テ 、 母 后 ノ 女 房 車 廿 両 、 池 ノ 東 二 立 テ ラ ル 。 船 楽 シ キ 藤 原 基 俊 詩 注 (九 )
密 教 文 化 リ ニ 奏 シ テ 、 盃 酌 タ ビ タ ビ メ グ ル と あ っ て 、 池 は 船 楽 が 可 能 な 程 の 広 さ を も っ て い た ( ﹃ 本 朝 文 集 ﹄ ( 巻 四 十 七 ) 源 時 綱 ﹁ 暮 春 於 二 円 融 院 一、 詠 二 落 花 満 ワ 船 和 歌 序 ﹂に も 、 ﹁ 院 中 有 ・ 水 、 水 上 有 ・ 船 ﹂と あ る ) 。 そ の ﹁ 池 ノ 東 ﹂に ﹁ 女 房 車 廿 両 ﹂を 停 め た の で あ る か ら 、 庭 園 の 規 模 が 想 像 で き よ う 。 ま た 、 ﹁ 釣 殿 ﹂の 見 え る こ と か ら 、 円 融 寺 が 寝 殿 造 り で あ っ た こ と 、 及 び 同 寺 が 円 融 法 皇 の 御 願 所 で あ る の み な ら ず 、 住 居 で も あ っ た こ と が 知 ら れ る 。 こ の ほ か 、 ﹃ 雲 州 消 息 ﹄ ( 巻 下 本 ) の ﹁ 円 融 院 廻 廊 之 内 、 春 花 開 敷 ﹂や 、 ﹃ 中 右 記 ﹄嘉 保 三 ( 一 〇 九 六 ) 年 三 月 十 三 日 の 藤 原 宗 忠 ・ 基 俊 ら の 円 融 院 へ の 花 見 の 記 事 に ﹁ 南 廊 見 二 残 花 ー﹂と あ る こ と か ら 、 廻 廊 を 有 し て い た こ と が 分 か る 。 円 融 天 皇 の 権 威 を 象 徴 す る よ う に 、 広 い 敷 地 に 堂 宇 や 寝 殿 を 配 し た 景 観 が 想 像 さ れ る 。 円 融 寺 に お け る 文 事 に つ い て 述 べ る 。 ﹃ 小 右 記 ﹄寛 和 元 ( 九 八 五 ) 年 三 月 十 六 日 の 次 の 記 事 が 現 存 史 料 で は 最 も 古 い で あ ろ う 。 早 朝 従 レ 内 退 出 、 次 参 院 。 御 二 御 車 一覧 二 酔 曲 糎 一。 左 大 将 直 衣 、 右 近 中 将 三 位 道 隆 侍 臣 等 布 袴 。 先 覧 二 大 井 一。 於 二 河 辺 一御 二 御 馬 一、 覧 二 寺 々 一。 於 二 寛 朝 僧 正 所 領 広 沢 山 庄 一供 二 朝 膳 一。 了 覧 二 仁 和 寺 ー。 次 御 二 円 融 寺 一。 於 二 此 処 一各 執 ・ 盃 読 二 和 歌 一。 晩 景 帰 御 円 融 上 皇 一 行 が 西 山 で の 花 見 の 途 次 、 円 融 寺 に 立 ち 寄 り 和 歌 を 詠 ん で い る 。 お そ ら く 花 を 詠 ん だ 歌 だ っ た で あ ろ う 。 ま た 、 ﹃ 中 右 記 ﹄嘉 保 三 年 三 月 十 三 日 に 、 人 々 両 三 輩 、 可 ・ 尋 二 残 花 一之 由 有 二 芳 約 一。 傍 巳 時 許 、 先 行 二 向 蔵 人 少 納 言 鍼 宅 一、 門 前 相 伴 同 車 。 次 相 二 伴 前 左 衛 門 佐 一腿 又 同 車 。 此 後 錐 三 相 二 伴 人 々 一、 皆 以 二 故 障 一。 次 行 二 左 大 弁 門 前 一、 而 雑 人 成 ・ 市 、 門 前 見 証 。 驚 尋 之 処 、 若 君
達 、 今 有 二 闘 鶏 之 遊 一。 価 空 過 了 。 招 二 出 前 摂 州 敦 斎 一、 又 相 具 了 。 招 二 蔵 人 弁 覇 同 来 了 。 行 二 向 陣 融 除 一 、 欲 ・ 尋 二 残 花 一。 錐 三 相 二 招 式 部 丞 蔵 人 宗 仲 一、 禁 中 依 ・無 二 人 数 一、 不 レ 能 二 退 出 一者 。 又 行 二 向 前 兵 衛 佐 甑 門 前 一、 頻 錐 二 相 招 一、 乍 ・ 在 ・ 家 被 ・ 隠 了 。 頗 遺 恨 歎 。 午 時 許 行 二 向 円 融 院 一、 南 廊 見 二 残 花 一。 干 レ 時 佛 閣 漸 荒 、 禅 庭 花 残 。 懐 旧 之 涙 、 自 霜 二 行 衣 一。 人 々 為 賦 二 一 絶 一。 句 題 無 題 倉 議 之 間 、 天 景 漸 傾 。 已 及 二 申 時 一、 可 ・賦 二 無 題 一之 由 議 了 間 、 右 京 権 大 夫 敦 基 朝 臣 、 同 舎 弟 図 書 助 敦 光 、 給 料 令 明 来 会 。 人 々 感 歎 、 披 二 手 筥 破 子 一、 柳 以 盃 酌 。 月 前 詩 成 、 講 レ 之 以 二 図 書 助 ﹁為 二 講 師 一。 各 以 優 美 也 。 前 金 吾 詩 、 頗 華 麗 欺 。 及 二 深 更 一帰 洛 と あ る 。 ﹁ 尋 二 残 花 二 ﹁ 見 二 残 花 一﹂と 、 こ れ も 花 を 賞 で る た め に 訪 れ て お り 、 そ こ で 各 人 詠 詩 に 及 ん で い る 。 古 記 録 で は こ の 二 例 以 外 を 見 出 し て い な い が 、 当 寺 に お い て 詠 ま れ た 詩 歌 は 多 い 。 ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄ (巻 十 ) に 、 ○﹁ 暮 春 遊 二 円 融 寺 一即 事 ﹂ ( 藤 原 敦 基 < 底 本 ﹁ 明 衡 ・ ﹂を 付 す > ・ 敦 宗 ・ 敦 光 ・ 基 俊 ) イ 於 ○﹁ 秋 日 遊 二 円 融 院 一即 事 ﹂ ( 敦 基 ・ 菅 原 在 良 ・ 中 原 広 俊 。 在 良 の 第 三 ・ 四 句 は 、 ﹃ 別 本 和 漢 兼 作 集 ﹄ ( 巻 七 ) に ﹁ 於 二 円 融 院 一即 事 ﹂と 題 し て 収 め ら れ て い る ) ○﹁ 九 月 尽 遊 二 円 融 院 一﹂ (藤 原 周 光 ) ○﹁ 冬 日 遊 二 円 融寺-﹂(輔 仁 親 王 ・ 周 光 ・ 在 良 ・ 敦 光 ・ 広 俊 ) と 、 十 三 首 を 数 え る 。 和 歌 で は 、 ﹃ 本 朝 文 集 ﹄ ( 巻 四 十 七 ) 源 時 綱 ﹁ 暮 春 於 二 円 融 院 一、 詠 二 落 花 満 ワ 船 和 歌 序 ﹂に よ っ て 、 落 花 を 賞 美 す る 歌 会 の あ っ た こ と が 知 ら れ る 。 こ の ほ か 、 円 融 院 に て 翫 ・ 花 ○か ば か り や む か し の 春 も に ほ ひ け ん た ぐ ひ も 見 え ぬ 花 桜 か な ( ﹃ 和 漢 兼 作 集 ﹄巻 二 ・ 春 部 中 ・ 二 三 八 、 藤 原 為 房 ) 藤 原 基 俊 詩 注 (九 )
密 教 文 化 二 月 許 、 円 融 院 、 翫 レ 花 情 人 々 よ み し に ○ぬ し な く て あ れ の み ま さ る 山 里 に 盛 り と 見 ゆ る 花 桜 か な (﹃ 六 条 修 理 大 夫 集 ﹄・ 一 〇 六 ) 水 辺 落 花 と い へ る 事 を 、 円 融 院 に て 人 々 ま か り て よ み け る に ○花 の ち る 下 行 く 水 の そ こ 見 れ ば 影 に は な み ぞ 風 と な り け る ( ﹃ 散 木 奇 歌 集 ﹄第 一 ・ 春 部 ・ 三 月 ・ 一 四 二 ) 曲 楽 早 春 円 融 院 ○何 ゆ ゑ か 人 も と ひ ご む 道 と ほ み ま だ 花 さ か ぬ 春 の 山 里 ( ﹃ 行 宗 集 ﹄・ 二 ) が あ る 。 こ れ ら に よ れ ば 、 ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄の 秋 と 冬 の 詩 を 除 く と 春 の 詩 歌 が 多 く 、 必 ず 花 が 詠 み 込 ま れ て い る 。 ﹁ 花 の 名 所 ( 殊 に 落 花 が 詠 ま れ る ) で あ っ た も の と 思 わ れ る ﹂ ( 本 間 洋 一 ﹃ 本 朝 無 題 詩 全 注 釈 三 ﹄ ) と 言 え 、 先 掲 の ﹃ 中 右 記 ﹄ 嘉 保 三 年 三 月 十 三 日 の ﹁ 尋 二 残 花 一﹂﹁ 見 二 残 花 -﹂ や 、 ﹃ 雲 州 消 息 ﹄ ( 巻 下 本 ) の 、 (三 月 ) 去 三 日 酌 二 桃 花 酒 一之 次 、 人 々 被 レ 議 云 、 円 融 院 廻 廊 之 内 、 春 花 開 敷 。 尤 可 二 賞 翫 一。 風 月 之 客 五 六 輩 、 可 下 令 二 相 伴 一 給 上 也 。 管 絃 之 人 一 両 、 已 有 二 雲 客 中 一。 可 レ 然 閑 日 、 可 ・ 被 二 遊 放 一也 か ら も 明 ら か で あ ろ う 。 円 融 寺 に お い て 詠 ぜ ら れ た 詩 歌 に つ い て は 、 西 田 直 二 郎 編 ﹃ 酪 花 園 小 史 ﹄参 照 。 ﹃本 朝 無 題 董 や 右 に 引 い た 和 歌 な ど か ら う か が え る 円 融 寺 の 様 子 を 述 べ 菟 ﹁楊 柳 寺 深 天 禄 塵 軸 蜻 融 ﹂ ( ﹃本 朝 無 題 詩 ﹄巻 十 、 輔 仁 親 王 ﹁ 暮 春 遊 二 西 山 古 洞 一﹂ ) と 、 西 山 の 麓 に 位 置 し ( ﹁ 山 里 ﹂< ﹃ 六 条 修 理 大 夫 集 ﹄>、 ﹁ 山 家 ﹂﹁ 山 里﹂<﹃行 宗 集 ﹄>と も あ る ) 、 ﹁ 孤 村 幽 僻 春 煙 細 ﹂ ( 敦 基 ﹁ 暮 春 遊 二 円 融 寺 一即 事 ﹂ ) と 、 奥 深 い 他 か ら 離 れ た 村 落 に あ っ た 。 そ こ は 、 ﹁ 尋 二 来 薫 寺 一適 墓 踏 ﹂ ( 敦 宗 ) ﹁ 農 策 二 蒲 梢 一尋 二 上 方 こ ( 周 光 ﹁ 九 月 尽 遊 二 円 融 院 一﹂ ) と あ る よ う に 、 洛 中 に 比 べ て 高 い 位 置 に あ り 、 登 っ て 行 く 所 で あ っ た 。 し た が っ て 、 ﹁ 野 船 遥 過 晩 雲 低 ﹂ ( 敦 宗 ) ﹁ 地 近 二 長 安 一眺 望 分 ﹂ ( 敦
光 ﹁ 冬 日 遊 二 円 融 寺 こ ) の よ う に 遠 望 し う る こ と と な る 。 こ こ は 古 来 景 勝 の 地 と し て 知 ら れ ( ﹁ 勝 境 佳 名 被 二 古 今 己 < 広 俊 ﹁ 冬 日 遊 二 円 融 寺 一﹂>)、 都 人 が し ば し ば 出 遊 賞 翫 し た ( ﹁ 円 融 古 寺 翫 二 風 光 一﹂ < 敦 基 ﹁ 秋 日 遊 二 円 融 院 一 即 事﹂> ﹁ 春 伴 二 鴛 鷺 一遊 二 古 寺 己 < 基 俊 > ﹁ 在 昔 再 三 遊 二 此 地 ﹁﹂<広 俊 ﹁ 冬 口 遊 二 円 融 寺 こ > や 、 先 掲 ﹃ 雲 州 消 息 ﹄及 び ﹃ 中 右 記 ﹄ の 藤 原 宗 忠 ら の 出 遊 記 事 ) 。 境 内 の 様 子 は 、 既 に 述 べ た 寺 観 以 外 に 、 ﹁ 風 花 漠 漠 落 二 前 渓 二 ( 敦 宗 ﹁ 暮 春 遊 二 円 融 寺 一 即 事 ﹂ ) と 渓 谷 が あ り 、 ﹁ 漉 レ 谷 泉 声 穿 レ煽 落 ﹂ ( 輔 仁 親 王 ﹁ 冬 日 遊 二 円 融 寺 一﹂ ) ﹁ 白 石 灘 声 落 レ 枕 聞 ﹂ ( 敦 光 ﹁ 同 上 ﹂ ) の よ う に 奔 流 も 見 ら れ た 。 ま た 、 ﹁ 寺 静 適 尋 塵 外 躍 ﹂ ( 敦 光 ﹁ 暮 春 遊 二 円 融 寺 一 即 事 ﹂ ) ﹁ 暫 尋 二 薫 寺 一帝 廻 ・ 眸 ﹂ ( 在 良 ﹁ 秋 日 遊 二 円 融 院 一 即 事 ﹂ ) ﹁ 洞 裏 門 閑 寒 樹 老 ﹂ ( 周 光 ﹁ 冬 日 遊 二 円 融 寺 一﹂ ) ﹁ 寂 舅 禅 庭 人 事 少 ﹂ ( 敦 光 ﹁ 同 上 ﹂ ) と 、 静 寂 で あ り 俗 塵 か ら 隔 た っ た 地 だ っ た 。 建 造 物 等 に つ い て 付 け 足 せ ば 、 ﹁ 池 閣 勇 荒 春 草 合 ﹂ ( 敦 宗 ﹁ 暮 春 遊 二 円 融 寺 一即 事 ﹂ ) ﹁ 佛 閣 漸 荒 ﹂ ( ﹃ 中 右 記 ﹄ ) ﹁ ぬ し な く て 荒 れ の み ま さ る ﹂ ( ﹃ 六 条 修 理 大 夫 集 ﹄。 建 物 の み に つ い て 言 う と は 限 ら な い で あ ろ う ) の ご と く 荒 廃 し て い た 。 そ し て 、 創 建 以 来 百 年 以 上 過 ぎ て 古 い 寺 院 と 言 わ れ る と と も に ( ﹁ 円 融 旧 院 足 二 遊 遽 一﹂<広俊 ﹁ 秋 日 遊 二 円 融 院 一 即 事 ﹂>﹁円融古 院 一 沈 吟 ﹂<周光 ﹁ 冬 日 遊 二 円 融 寺 一﹂> ﹁ 円 融 古 寺 思 紛 紛 ﹂<敦 光 ﹁ 同 上 ﹂>)、往 昔 の 円 融 法 皇 を 中 心 と し た 繁 栄 を 想 起 さ せ た ( ﹁ 法 王 遺 跡 岸 苔 留 ﹂﹁ 楼 台 在 昔 宴 遊 地 ﹂<在 良 ﹁ 秋 日 遊 二 円 融 院 一 即 事 ﹂>﹁ 菊 籠 昔 歴 繁 花 事 ﹂<周 光 ﹁ 冬 日 遊 二 円 融 寺 一﹂>)。 ま た 、 か つ て の 隆 盛 に 比 ぶ べ く も な い ﹁ 佛 閣 漸 荒 ﹂と い っ た 衰 退 ぶ り は 、 ﹁ 懐 旧 之 涙 、 自 需 二 行 衣 一﹂ ( ﹃ 中 右 記 ﹄ ) と 宗 忠 の 涙 を 誘 う ほ ど だ っ た 。 円 融 寺 及 び そ れ に 関 連 し た 研 究 に は 、 ○滝 善 成 ﹁ 四 円 寺 ・ 法 性 ・ 法 成 寺 の 研 究 平 安 佛 教 の 社 会 経 済 史 的 一 考 察 ﹂ ( ﹁ 史 苑 ﹂第 十 巻 三 号 ) ○菊 池 ( 所 ) 京 子 ﹁ 円 融 寺 の 成 立 過 程 ﹂ ( ﹁ 史 窓 ﹂第 二 十 五 号 ) 藤 原 基 俊 詩 注 (九 )
密 教 文 化 ○平 岡 定 海 ﹁ 四 円 寺 考 ﹂ ( ﹃ 口 本 寺 院 史 の 研 究 ﹄所 収 ) ○目 崎 徳 衛 ﹁ 円 融 上 皇 と 宇 多 源 氏 ﹂ ( ﹃ 貴 族 社 会 と 古 典 文 化 ﹄所 収 ) な ど が あ り 、 適 宜 参 照 さ せ て い た だ い た 。 ﹁ 即 事 ﹂は 、 ﹁ 詩 注 ( 五 ) ﹂ (﹁ 密 教 文 化 ﹂第 一 七 四 号 ) 参 照 。 盛 唐 王 維 の 詩 題 ﹁ 寒 食 城 東 即 事 ﹂は 、 そ の 一 例 。 こ の 詩 は 、 朝 廷 の 官 人 に し た が っ て 円 融 寺 の 風 光 を 眺 め 、 自 由 で あ る と と も に 栄 華 と は 無 縁 な 我 が 身 を 顧 み て い る 。 七 言 八 句 の 詩 。 脚 韻 は 、 上 平 声 一 束 韻 ー 衷 ・ 空 ・ 中 ・ 躬 ー 二 句 ず つ の 詩 注 に う つ る 。 ま ず 、 官 人 と 出 遊 し 風 景 を 見 て 感 興 を 催 す 。 春 鴛 鷺 に 伴 な ひ て 古 寺 に 遊 び 、 煙 霞 深 き 処 深 衷 に 感 ず ( 第 一 ・ 二 句 ) ﹁ 伴 ﹂は 、 つ き し た が う 、 随 伴 す る 。 ﹁ 伴 ﹂な う 相 手 で あ る ﹁ 鴛 鷺 ﹂は 殿 上 人 ・ 高 位 高 官 の 人 の 意 で あ る の で 、 連 れ だ つ よ り も 随 っ て 行 く の 意 が よ か ろ う 。 就 ・ 中 猶 有 二 楊 慶 在 一、 堪 下 上 二 東 山 一伴 中 謝 公 上 ( ﹃ 白 氏 文 集 ﹄巻 十 九 、 ﹁ 寄 二 李 蘇 州 一、 兼 示 二 楊 慶 一﹂ ) は 、 そ の 一 例 。 ﹁ 鴛 鶯 ﹂は 、 鶴 鷺 や 鶴 鷺 に 同 じ く 朝 廷 の 官 人 。 多 く 高 官 を い う 。 帝 城 帰 路 直 、 留 ・ 興 接 二 鶴 鷺 一 ( 初 唐 宋 之 問 ﹁ 春 日 宴 二 宋 主 簿 山 亭 一、 得 二 寒 字 一﹂ ) 伊 昔 玄 宗 朝 、 冬 卿 冠 二 鴛 鷺 一 ( 中 唐 劉 禺 錫 ﹁ 送 三 章 秀 才 道 沖 赴 二 制 挙 一﹂ ) 講 辞 二 魏 閾 一鶴 鷺 隔 、 老 入 二 鷹 山 一藁 鹿 随 ( ﹃ 白 氏 文 集 ﹄巻 十 六 、 ﹁ 宿 二 西 林 寺 一、 早 赴 二 東 林 満 上 人 之 会 一 、 因 寄 二 崔 二 十 二 員 外 一﹂ )
な ど の ほ か 、 平 安 時 代 に も 、 沙 鴎 与 二 鶴 鷺 一押 近 、 紅 葉 与 二 紋 綺 ー紛 揉 ( ﹃ 江 吏 部 集 ﹄巻 中 、 ﹁ 暮 秋 乏 二 大 井 河 一、 各 言 ・所 レ 懐 和 歌 序 ﹂。 ﹃ 本 朝 文 粋 ﹂ 巻 十 一 は 、 ﹁ 鶏 ﹂を ﹁ 鴛 ﹂に 菜 る ) 山 鶯 野 蝶 莫 レ 嘲 ・ 我 、 適 与 二 鶏 鷺 -得 ・ 接 ・ 襟 ( ﹃ 中 右 記 部 類 紙 背 漢 詩 集 ﹄巻 九 、 藤 原 宗 仲 ﹁ 春 日 遊 二 長 楽 寺 一即 事 ﹂ ) な ど の 例 が あ る 。 ﹃ 拾 芥 抄 ﹄ (官 位 唐 名 部 ) に は ﹁ 殿 上 人 雲 客 鴛 鶯 ﹂と 見 え る 。 ﹁ 古 寺 ﹂は 、 古 く か ら あ る 寺 院 。 ﹁ 詩 題 ﹂に こ ぐ お い て 触 れ た よ う に 、 敦 基 ・ 敦 光 の 詩 で も 円 融 寺 は ﹁ 古 寺 ﹂と 言 わ れ て い る 。 ﹃ 元 氏 長 慶 詩 集 ﹄ ( 巻 十 六 ) ﹁ 古 寺 ﹂の ﹁ 古 寺 春 余 日 半 斜 、 竹 風 薫 爽 勝 二 人 家 一﹂ は 、 そ の 一 例 。 後 の 句 の ﹁ 煙 霞 ﹂は 、 も や や か す み 。 ﹃ 白 氏 文 集 ﹄ (巻 六 十 八 ) ﹁ 病 中 詩 十 五 首 ﹂ノ ﹁ 送 二 嵩 客 ー﹂の ﹁ 登 レ 山 臨 レ 水 分 無 レ 期 、 泉 石 姻 霞 今 属 レ 誰 ﹂は 、 そ の 一 例 。 ﹁ 深 処 ﹂は 、 奥 深 い と こ ろ 。 こ こ で は ﹁ 煙 霞 ﹂の 深 く 立 ち 籠 め た 所 。 円 融 寺 の あ た り の 光 景 が こ う で あ っ た 。 紫 閣 峯 西 清 溜 東 、 野 煙 深 処 夕 陽 中 ( ﹃ 白 氏 文 集 ﹂巻 十 三 、 ﹁ 県 西 郊 秋 、 寄 二 贈 馬 造 ﹂。 ﹃ 千 載 佳 句 ﹂上 ・ 四 時 部 ・ 秋 興 ) 禁 月 落 時 君 待 レ 漏 、 番 煙 深 処 我 行 レ 春 ( 同 巻 十 八 、 ﹁ 京 使 廻 、 累 得 二 南 省 諸 公 書 一。 因 以 二 長 句 詩 一、 寄 二 謝 薫 五 ・ 劉 二 ・ 元 八 ・ 呉 十 一 ・ 章 大 ・ 陸 郎 中 ・ 崔 二 十 二 ・ 牛 二 ・ 李 七 ・ 庚 三 十 三 ・ 李 六 ・ 李 十 ・ 楊 三 ・ 奨 大 ・ 楊 十 二 員 外 一﹂ ) モ ツ テ 古 寺 幽 閑 足 二 式 遽 一、 煙 嵐 深 処 訪 ・ 僧 遭 ( ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄巻 九 、 中 原 広 俊 ﹁ 夏 日 遊 二 清 水 寺 一﹂ ) は 、 そ の 例 。 ﹁ 深 衷 ﹂は 、 心 の 奥 底 、 深 い 心 。 深 く も や の 立 ち 籠 あ た 円 融 寺 の 風 情 に よ っ て い た く 興 趣 を 催 し た 。 ハ 頒 酒 錐 二 短 章 一、 深 衷 自 ・ 此 見 ( ﹃ 文 選 ﹄巻 二 十 一 、 顔 延 年 ﹁ 五 君 詠 五 首 ﹂ノ ﹁ 劉 参 軍 ﹂。 李 善 注 ﹁ 衷 謂 二 中 心 一也 。 藤 原 基 俊 詩 注 (九 )
密 教 文 化 蒼 頷 篇 日 、 衷 別 ・ 外 之 辞 也 ﹂ ) 況 藪 承 二蓄 作 蜜 、 懐 ・旧 磨 二饗 ス 初 唐 太 宗 皇 帝 ﹁ 重 幸 一武 功 己 ) カ ナ ラ ズ 群 臣 利 レ 己 要 差 僧 、 天 子 深 衷 空 欄 悼 ( ﹃ 元 氏 長 慶 詩 集 ﹄巻 二 十 四 、 ﹁ 陰 山 道 ﹂ ) 夫 孝 者 発 二 於 深 衷 一、 本 二 於 至 性 一 ( ﹃ 経 国 集 ﹄巻 二 十 、 栗 原 年 足 ﹁ 宗 廟 諦 給 ﹂対 策 文 ) は 、 そ の 例 。 こ の 句 、 ﹁ 深 ﹂の 字 が 重 出 す る 。 拙 な い と も 評 し え よ う が 、 強 調 の 意 図 を 見 て と る べ き で あ ろ う か 。 二 句 は 、 ﹁ 春 、 殿 上 人 に 付 き 随 っ て 古 い 寺 へ 出 か け 、 も や が 深 く た ち 籠 め た 所 は 心 の 奥 底 に い た く 感 じ 入 っ た ﹂の 意 。 次 の 二 句 は 、 寺 か ら の 遠 望 と 近 景 が 対 を な す 。 江 南 雨 過 ぎ て 青 山 近 く 、 野 外 花 飛 び て 色 界 空 し ( 第 三 ・ 四 句 ) ﹁ 江 南 ﹂は 、 ど の 方 角 の 眺 望 か 分 か ら な い が 、 円 融 寺 の 南 方 に は 桂 川 が 流 れ て い る 。 ま た は 、 轟 旅 乗 レ春 心 転 幽 、 江 南 江 北 事 二 遽 遊 一 ( ﹃ 経 国 集 ﹄巻 一 、 嵯 峨 天 皇 ﹁ 春 江 賦 ﹂ ) 関 北 寒 梅 花 未 ・発 、 江 南 暖 柳 紫 先 驚 (同 巻 十 一 、 藤 原 令 緒 ﹁ 早 春 途 中 ﹂ ) の よ う に 淀 川 の 南 部 あ た り を 想 定 す べ き か 。 た だ し 、 実 景 を 詠 ん で い る と 考 え る 必 要 は な か ろ う 。 非 二 唯 暖 雨 江 南 染 一、 復 有 二 和 風 野 外 加 一 ( ﹃ 類 聚 句 題 抄 ﹄三 ・ 色 、 菅 原 輔 昭 ﹁ 遠 草 初 含 ・ 色 ﹂。 同 書 の ﹁ 六 十 八 ・ 蕊 遠 ﹂に も こ の 詩 が 収 め ら れ て お り 、 ﹁ 江 南 ﹂を ﹁ 江 喰 イ ﹂に 菜 る ) 年 来 年 去 松 盈 レ 岸 、 江 北 江 南 蓮 照 ・ 波 ( ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄巻 六 、 輔 仁 親 王 ﹁ 秋 日 池 亭 即 事 ﹂ ) な ど が あ り 、 前 者 は 第 四 句 ﹁ 野 外 ﹂と 対 を な す 例 。 ﹁ 雨 過 ﹂は 、 雨 が 通 り 過 ぎ る の 意 。 劉 萬 錫 ﹁ 和 下 令 狐 相 公 、 晩 涯 二 漢 江 一書 レ 懐 、 寄 中 洋 州 崔 侍 郎 ・ 閲 州 高 舎 人 二 曹 長 上 ﹂の ﹁ 雨 過 遠 山 出 、 江 澄 暮 霞 生 ﹂は 、 そ の 一 例 。 ﹁ 青 山 ﹂は 、 樹 木
の 茂 る 青 々 と し た 山 。 不 ・ 対 二 芳 春 酒 一、 還 望 二 青 山 郭 一 ( ﹃ 文 選 ﹂巻 二 十 二 、 謝 玄 暉 ﹁ 游 二 東 田 一﹂ ) 青 山 雲 続 欄 干 外 、 紫 殿 香 来 歩 武 問 ( 劉 禺 錫 ﹁ 題 二 集 賢 閣 一﹂。 ﹃ 千 載 佳 句 ﹂ 下 ・ 宮 省 部 ・ 集 賢 閣 ) は 、 そ の 例 。 ﹁ 雨 過 青 山 近 ﹂と 、 雨 が 止 ん だ あ と 空 が 澄 ん で 山 が 近 く に 見 え る 情 景 を 詠 む 例 に は 、 松 閣 晴 看 二 山 色 近 一、 石 渠 秋 放 二 水 声 新 一 ( ﹃ 白 氏 文 集 ﹄巻 五 十 六 、 ﹁ 宿 二 斐 相 公 興 化 池 亭 一﹂。 ﹃千 載 佳 句 ﹄下 ・ 居 処 部 ・ 水 亭 ) 晴 後 青 山 臨 レ鵬 近 、 雨 初 白 水 入 ・ 門 流 ( ﹃ 和 漢 朗 詠 集 ﹄巻 下 ・ 山 家 、 都 良 香 ) 山 色 続 レ窓 晴 後 近 、 泉 声 濃 ・ 瑚 夏 中 寒 ( ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄巻 九 、 藤 原 茂 明 ﹁ 夏 日 遊 二 清 水 寺 己 ) が あ る 。 中 で も 良 香 の 摘 句 が 踏 ま え ら れ て い よ う 。 ﹁ 青 山 近 ﹂の 例 に は 次 が あ る 。 煙 消 二 門 外 一青 山 近 、 露 重 二 窓 前 一緑 竹 低 ( ﹃ 千 載 佳 句 ﹄上 ・ 天 象 部 ・ 晴 審 、 鄭 師 再 ﹁ 題 二 戴 宛 孝 廉 別 業 こ 。 ﹃ 和 漢 朗 詠 集 ﹄巻 下 ・ 晴 ) 後 の 句 の ﹁ 野 外 ﹂は 、 野 原 。 ﹃ 白 氏 文 集 ﹄ ( 巻 十 三 ) ﹁ 戯 題 二 新 栽 薔 薇 一﹂の ﹁ 移 ・ 根 易 ・ 地 莫 二 憔 怖 一、 野 外 庭 前 一 種 春 ﹂ は 、 そ の 一 例 。 ﹁ 花 飛 ﹂は 、 風 に 吹 か れ て 花 が 飛 ん で 行 く こ と 。 ﹃ 白 氏 文 集 ﹄ ( 巻 十 二 ) ﹁ 送 二 春 帰 一、 元 和 十 一 年 三 月 三 十 日 作 ﹂ ) の ﹁ 去 年 杏 園 花 飛 御 溝 緑 、 何 処 送 レ 春 曲 江 曲 ﹂は 、 そ の 一 例 。 ﹁ 野 外 花 飛 ﹂は 、 一 行 斜 雁 雲 端 滅 、 二 月 余 花 野 外 飛 ( ﹃ 和 漢 朗 詠 集 ﹄巻 下 ・ 眺 望 、 源 順 。 詩 題 を 、 ﹃ 江 談 抄 ﹄ ( 第 四 ) は ﹁ 春 日 眺 望 ﹂ 、 ﹃ 別 本 和 漢 兼 作 集 ﹄ ( 巻 八 ) は ﹁ 春 眺 望 ﹂と す る ) を 踏 ま え る 。 ﹁ 色 界 ﹂は 、 衆 生 の 生 死 流 転 す る 世 界 で あ る 三 界 の 一 つ で 、 欲 界 の 上 、 無 色 界 の 下 に あ る 天 界 。 欲 界 の 藤 原 基 俊 詩 注 (九 )
密 教 文 化 汚 れ か ら 離 れ 、 清 浄 な 物 質 か ら な る 世 界 。 ﹃ 往 生 要 集 ﹄ ( 巻 上 ・ 大 文 第 一 ) に は 、 第 六 明 二 天 道 一者 、 有 ・ 三 。 一 者 欲 界 、 二 者 色 界 、 三 者 無 色 界 。 其 相 既 広 、 難 ・ 可 二 具 述 一 と 見 え る 。 唐 詩 に は 、 臨 レ 高 始 見 人 簑 小 、 対 レ 遠 方 知 色 界 空 ( ﹃ 白 氏 文 集 ﹄巻 五 十 五 、 ﹁ 登 二 霊 応 台 一北 望 ﹂ ) 欲 下 向 二 酔 郷 一去 上 、 猶 為 二 色 界 一牽 ( 劉 禺 錫 ﹁ 酬 二 楽 天 酔 後 狂 吟 一十 韻 ﹂ ) と あ る 。 美 し く 咲 き 誇 っ た 花 も い ず れ は 散 り 行 く よ う に 、 こ こ で は 、 色 彩 あ る も の の 存 在 す る 世 界 の 、 い か な る も の も 消 滅 し て 空 し い と い っ た 思 い を 託 し て い る と 解 し た い 。 禅 居 年 旧 紙 窓 黒 、 色 界 秋 深 蝋 樹 紅 ( ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄巻 十 、 藤 原 忠 通 ﹁ 山 寺 即 事 ﹂ ) な ど は 、 仏 教 語 と し て の 意 味 合 い は そ れ 程 強 く な い よ う に 思 わ れ る 。 後 の 句 の 類 似 例 に は 次 が あ る 。 髪 辺 蓬 冷 暗 迎 レ 老 、 眼 界 花 飛 便 悟 レ 空 ( ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄巻 八 、 藤 原 敦 光 ﹁ 三 月 尽 日 、 遊 二 長 楽 寺 一﹂ ) 二 句 は 、 ﹁ 川 の 南 を 雨 が 通 り 過 ぎ て 青 々 と し た 山 が 近 く に 見 え 、 野 原 を 花 が 飛 ん で 行 く の を 見 る に つ け 色 あ る こ の 世 は 空 し く う つ る ﹂の 意 。 次 の 対 句 は 、 欲 を 去 っ た 心 境 と 自 由 な 境 涯 を 詠 む 。 五 欲 皆 消 え た り 観 念 の 暁 、 百 年 半 ば 暮 れ た り 自 由 の 中 ( 第 五 ・ 六 句 ) ﹁ 五 欲 ﹂は 、 色 ・ 声 ・ 香 ・ 味 ・ 触 の 五 つ の 感 覚 に 対 す る 欲 望 。 堅 著 二 於 五 欲 一、 凝 愛 故 生 ・悩 ( ﹃ 法 華 経 ﹄・ 方 便 品 ) 若 常 如 ・ 是 調 二 伏 心 一、 五 欲 微 薄 ( ﹃ 往 生 要 集 ﹄巻 上 ・ 大 文 第 一 )
な ど と 見 え る 。 ま た 、 ﹃ 釈 氏 要 覧 ﹄ ( 巻 下 ・ 躁 静 ・ 五 欲 ) は 、 謂 、 色 声 香 味 触 也 。 智 論 云 、 五 欲 名 二 華 箭 一。 又 名 二 五 箭 一。 破 二 種 種 善 事 一故 、 行 者 当 二 詞 云 一、 哀 哉 衆 生 、 常 為 二 五 欲 一所 ・悩 、 而 求 不 レ 已 。 将 墜 二 大 坑 一、 得 二 之 転 劇 一、 如 二 火 灸 ワ 痂 と 説 く 。 白 詩 に も 次 の よ う に あ る 。 三 十 四 十 五 慾 牽 、 七 十 八 十 百 病 纒 (巻 五 十 一 、 ﹁ 耳 順 吟 、 寄 二 敦 詩 ・ 夢 得 一﹂ ) 五 欲 已 錆 諸 念 息 、 世 間 無 境 可 二 勾 牽 一 ( 巻 五 十 八 、 ﹁ 睡 覚 ﹂ ) ﹁ 観 念 ﹂は 、 真 理 や 仏 ・ 浄 土 な ど に 心 を 集 中 し て 観 察 思 念 す る こ と 、 観 想 。 蒼 嶺 白 雲 観 念 人 、 等 閑 絶 却 草 行 真 ( ﹃ 性 霊 集 ﹄巻 三 、 ﹁ 勅 賜 屏 風 書 了 即 献 表 誓 詩 ﹂ ) 如 ・ 是 観 念 、 有 二 何 利 益 一 ( ﹃ 往 生 要 集 ﹄巻 上 ・ 大 文 第 一 ) 妄 想 夢 空 観 念 暁 、 浮 生 秋 暮 刹 那 間 ( ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄巻 三 、 中 原 広 俊 ﹁ 遊 二 遍 照 寺 一﹂ ) は 、 そ の 例 。 こ の 句 で 、 第 四 句 ま で の 円 融 寺 を 中 心 と し た 風 光 か ら 詩 人 自 身 に 視 点 を 転 じ て い る 。 後 の 句 の ﹁ 百 年 ﹂は 、 人 の 生 き ら れ る 最 大 限 の 年 数 、 人 の 一 生 。 生 年 不 ・ 満 ・ 百 、 常 懐 千 歳 憂 ( ﹃ 文 選 ﹂巻 二 十 九 、 ﹁ 古 詩 一 十 九 首 ﹂ノ 十 五 。 李 善 注 ﹁ 孫 卿 子 日 、 人 生 無 二 百 歳 之 寿 一、 而 有 二 千 歳 之 信 士 一 何 也 ﹂ ) ○○ (孟 冬 紀 ・ 安 死 ) 変 故 在 二 斯 須 一、 百 年 誰 能 持 ( 同 巻 二 十 四 、 曹 子 建 ﹁ 贈 二 白 馬 王 彪 一﹂。 李 善 注 ﹁ 呂 氏 春 秋 日 、 人 之 寿 久 不 レ 過 ・ 百 ﹂ ) な ど の 例 が あ る 。 ﹁ 百 年 半 暮 ﹂は 人 生 百 年 の 半 ば が 過 ぎ た と い う こ と で あ り 、 五 十 歳 に な る 。 こ の 言 い ま わ し は 白 詩 に 多 く 、 藤 原 基 俊 詩 注 (九 )
密 教 文 化 忽 忽 百 年 皆 欲 ・ 半、荘荘萬 事 坐 成 レ 空 ( 巻 十 七 、 ﹁ 風 雨 晩 泊 ﹂。 ﹃ 千 載 佳 句 ﹄上 ・ 人 事 部 ・ 閑 意 は ﹁ 皆 ﹂を ﹁ 行 ﹂に 作 る ) 暮 春 風 景 初 三 日 、 流 世 光 陰 半 百 年 ( 巻 十 八 、 ﹁ 三 月 三 日 ﹂。 ﹃ 千 載 佳 句 ﹄上 ・ 時 節 部 ・ 三 月 三 日 ) 不 ・覚 百 年 半 、 何 曾 一 日 閑 (巻 十 九 、 ﹁ 暮 帰 ﹂ ) ほ か が あ る 。 平 安 時 代 で は 、 イ タ ム 惜 二 百 年 之 過 半 一、 愴 二 一 生 之 蹉 陀 一 ( ﹃ 経 国 集 ﹄巻 一 、 中 科 善 雄 ﹁ 重 陽 節 神 泉 苑 、 賦 二 秋 可 ワ哀 、 応 ・ 制 ﹂ ) 半 百 行 年 老 、 尚 書 庶 務 繁 ( ﹃ 菅 家 文 草 ﹄巻 六 、 ﹁ 北 堂 文 選 寛 宴 、 各 詠 レ史 、 句 得 二乗 レ 月 弄 二 渥 援 己 ) な ど が あ る 。 次 も 同 巧 の 例 。 萬 事 皆 非 燈 下 涙 、 一 生 半 暮 月 前 情 ( ﹃ 新 撰 朗 詠 集 ﹄巻 上 ・ 秋 夜 、 中 原 長 国 ﹁ 漫 漫 秋 夜 ﹂ ) ﹁ 百 年 半 暮 ﹂、 つ ま り 五 十 歳 位 と い う の は も と よ り 概 数 で あ り 、 作 詩 時 の 年 齢 が そ の と お り 詠 ま れ て い る と 考 え る 必 要 は な い 。 か り に 基 俊 の 主 な 生 年 説 に 当 て は め れ ば 、 詠 作 年 時 は 次 の よ う に な る 。 ○康 平 四 ( 一 〇 六 〇 ) 年 説 ー 天 仁 二 ( 二 〇 九 ) 年 頃 (﹃ 長 秋 記 ﹂天 承 元 < 一 二 一二 > 年 三 月 二 十 二 日 に 記 さ れ る 、 尚 歯 会 の ﹁ 藤 原 基 俊 二七 十 ﹂に 拠 る ) ○天 喜 四 ( 一 〇 五 六 ) 年説-長 治 二 ( 一 一 〇 五 ) 年 頃 ( ﹃ 古 今 著 聞 集 ﹂巻 四 ・ 文 学 に 記 さ れ る 、 右 の 尚 歯 会 の ﹁ 藤 原 基 俊 就 十 ﹂に 拠 る ) ﹁ 自 由 ﹂は 、 思 う が ま ま 、 気 ま ま 。 拘 束 や 制 約 を 受 け ず 思 う ま ま の こ と が で き る 状 態 を い う 。 ﹃ 色 葉 字 類 抄 ﹄に は ﹁ ホ シ マ マ ・ ホ シ マ マ ナ リ ﹂の 訓 が あ る 。 こ の ﹁ 自 由 ﹂の も つ 思 う が ま ま の 中 味 は 、 大 別 し て 二 つ に 分 け ら れ る 。 一 つ に
は 、 赤 眉 賊 率 奨 崇 逢 安 等 、 共 立 二 劉 盆 子 一為 二 天 子 一。 然 崇 等 視 ・之 如 二 小 児 一、 白 ・ 事 自 由 、 初 不 二 憧 録 一也 ( ﹃ 後 漢 書 ﹄五 行 志 一 。 初 印 本 は ﹁ ワ カ マ ・ ニ シ テ ﹂ の 訓 を 付 す ) の よ う な 、 天 子 を な い が し ろ に し た 専 横 ・ 放 縦 の 振 る 舞 い や 、 此 婦 無 二 礼 節 一、 挙 動 自 専 由 。 吾 意 久 懐 ・ 分 心 、 汝 豊 得 二 自 由 一 ( ﹃ 玉 台 新 詠 ﹄巻 一 、 無 名 人 ﹁ 為 二 焦 仲 卿 妻 一作 ﹂ ) の 、 姑 へ の 礼 節 を 欠 く 嫁 の 我 儘 勝 手 な 行 な い な ど か ら 窺 え る よ う に 、 一 般 の 良 識 か ら す れ ば 、 否 定 非 難 す べ き 低 く 見 ら れ る 行 為 に つ い て い う 。 い ま 一 つ は 、 出 レ 門 無 レ所 ・ 待 、 徒 歩 覚 二 自 由 入 盛 唐 杜 甫 ﹁ 晦 日 尋 二 崔 餓 ・ 李 封 一﹂ ) の よ う に 、 ﹁ 自 由 ﹂で あ る こ と が 満 足 す べ き 状 態 で あ り 、 価 値 を 認 あ ら れ て い る 場 合 を い う 。 白 詩 に お い て は 、 幾 時 辞 二 府 印 一、 却 作 二 自 由 身 一 ( 巻 五 十 八 、 ﹁ 晩 帰 早 出 ﹂ ) 官 散 殊 無 事 、 身 閑 甚 自 由 ( 巻 六 十 四 、 ﹁ 重 修 二 香 山 寺 一畢 、 題 二 二 十 二 韻 一、 以 紀 ・ 之 ﹂ ) と 、 職 を 辞 し て ﹁ 自 由 ﹂に な り た い 、 仕 事 が あ ま り な く ﹁ 自 由 ﹂だ と い っ た 表 現 が 見 ら れ 、 望 ま し い 肯 定 す べ き 状 況 と 考 え ら れ て い る 。 本 詩 の 場 合 は こ の 用 法 を 享 け て お り 、 官 職 に 縛 ら れ る こ と の な い 散 位 に あ っ た 基 俊 の 立 場 を 言 い 表 わ し た 語 と 見 な し て よ か ろ う か 。 な お 、 平 安 時 代 の 詩 に は 、 信 レ脚 涼 風 得 二 自 由 一、 弘 文 院 裏 小 池 頭 ( ﹃ 菅 家 文 草 ﹄巻 二 、 ﹁ 秋 夜 宿 二 弘 文 院 己 ) 身 適 二 自 由 ﹂依 レ ト レ 静 、 追 嘲 奔 走 買 二 虚 名 一 ( ﹃ 本 朝 麗 藻 ﹄巻 下 ・ 閑 居 部 、 源 道 済 ﹁ 閑 居 無 二 外 事 こ ) 西 出 二 都 門 }任 二 自 由 一、 従 レ 農 並 ・ 駕 好 優 遊 ( ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄巻 九 、 藤 原 周 光 ﹁ 暮 秋 法 輪 寺 即 事 ﹂ ) 藤 原 基 俊 詩 注 (九 )
密 教 文 化 な ど と あ り 、 身 心 が の び の び と し て 満 ち た り た 様 子 が 窺 え よ う 。 ﹁ 自 由 ﹂ は 、 津 田 左 右 吉 ﹁ 自 由 と い う 語 の 用 例 ﹂ ( ﹃ 津 田 左 右 吉 全 集 ﹄ 第 二 十 一 巻 、 ﹃ 日 本 語 雑 感 ﹄ ) 、 鈴 木 修 次 ﹃ 日 本 漢 語 と 中 国 漢 字 文 化 圏 の 近 代 化 ﹄ ( W ﹁ 宗 教 ﹂ と ﹁ 自 由 ﹂ ) な ど を 参 照 。 二 句 は 、 ﹁ 五 欲 は す べ て 消 え て し ま っ た 、 こ こ で 明 け 方 仏 や 浄 土 を 観 想 し て い る う ち に 、 百 年 の 人 生 の 半 ば が 終 わ っ た 、 思 う が ま ま に 生 き て い る 今 ﹂ の 意 。 次 は 結 び の 二 句 。 栄 華 と 縁 な く 老 い 行 く 我 が 身 を 顧 み る 。 栄 華 本 よ り 吾 が 事 に あ ら ず 、 命 な り 何 を か 為 さ む 老 い 去 る 躬 は ( 第 七 ・ 八 句 ) ﹁ 栄 華 ﹂ は 、 は な や か に 咲 く 花 、 ま た 、 そ の 花 の よ う に 栄 え 時 め く こ と 、 栄 耀 。 白 詩 で は 、 官 途 堪 ・笑 不 ・ 勝 ・悲 、 昨 口 栄 華 今 旦 哀 (巻 十 九 、 ﹁ 瀟 相 公 宅 、 遇 二 自 遠 禅 師 一、 有 ・感 而 贈 ﹂ ) ハ タ 栄 華 瞬 息 間 、 求 得 将 何 用 ( 巻 五 十 一 、 ﹁ 自 詠 五 首 ﹂ ノ 一 ) 栄 華 急 如 ・水 、 憂 患 大 二 於 山 ー (巻 六 十 五 、 ﹁ 看 二 嵩 洛 一有 ・ 感 ﹂ ) と 、 移 ろ い や す い も の 、 は か な い も の と し て 把 え る こ と が 多 く 、 本 詩 で も こ の 語 を そ の よ う に 理 解 し た 上 で 用 い て い る 。 コ シ キ ト ド マ ル モ 光 景 在 ・人 車 転 ・ 載 、 栄 華 住 ・ 世 水 成 ・ 書 ( ﹃ 田 氏 家 集 ﹄巻 之 上 、 ﹁ 惜 ・春 命 ・ 飲 ﹂ ) も ﹁ 栄 華 ﹂の は か な さ を 詠 む 。 第 七 句 が ﹁ 栄 華 ﹂は 己 れ に 関 わ り な し と い う の は 、 次 の 白 詩 に 基 づ く で あ ろ う 。 栄 華 外 物 終 須 ・悟 、 老 病 傍 人 豊 得 ・ 知 ( 巻 五 十 七 、 ﹁ 戊 申 歳 暮 詠 ・ 懐 三 首 ﹂ノ 一 。 ﹃ 千 載 佳 句 ﹄上 ・ 人 事 部 ・ 感 興 、 ﹃ 新 撰 朗 詠 集 ﹄巻 下 ・ 述 懐 ) ﹁ 従 ・ 本 ﹂は 、 も と よ り 、 も と も と 。 本 自 、 自 本 に 同 じ 。 コ コ ニ 法 性 寺 未 ・ 懸 ・ 額 、 依 二 僧 都 示 一書 ・ 之 及 。 従 レ 本 非 二 能 書 一。 度 々 錐 レ 示 二 不 レ 堪 由 一、 云 所 依 功 徳 故 書 レ 之 (﹃ 御 堂 関 白 記 ﹄
寛 弘 四 年 十 二 月 十 日 ) 従 レ 本 月 前 堪 レ 避 レ 暑 、 対 レ 之 相 惜 欲 二 天 明 一 ( ﹃ 法 性 寺 殿 御 集 ﹄、 ﹁ 月 前 堪 レ 避 レ 暑 ﹂ ) は 、 そ の 一 例 。 ﹁ 非 二 吾 事 一﹂は 、 私 に は 関 係 な い 、 関 知 す る と こ ろ で は な い 。 商 歌 非 二 吾 事 一、 依 依 在 二 綱 耕 一 ( ﹃ 文 選 ﹄巻 二 十 六 、 陶 淵 明 ﹁ 辛 丑 歳 七 月 、 赴 レ 仮 還 、 江 陵 夜 行 二 塗 口 一﹂。 李 善 注 (譲 王 篇 ) ﹁ 荘 子 、 下 随 日 、 非 二 吾 事 一也 ﹂ ) 紅 旗 破 賊 非 二 吾 事 一、 黄 紙 除 書 無 二 我 名 ﹂ ( ﹃ 白 氏 文 集 ﹄巻 十 七 、 ﹁ 劉 十 九 同 宿 ﹂ ) 衣 レ 錦 鳴 レ 珂 非 二 我 事 一、 登 レ 山 臨 レ 水 任 二 君 情 一 ( ﹃ 江 吏 部 集 ﹄巻 下 、 ﹁ 四 月 一 日 、 見 下 三 月 尽 日 、 春 被 二 鶯 花 送 一之 題 上 、 不 ・ 堪 二 感 歎 一、 作 ・ 詩 加 レ之 ﹂ ) は 、 そ の 例 。 は か な い も の で あ る ﹁ 栄 華 ﹂ は 己 れ に は 関 わ り な い と い う 。 後 の 句 の ﹁ 命 也 ﹂の ﹁ 命 ﹂は 、 運 命 、 天 命 。 自 分 が ﹁ 栄 華 ﹂に 無 縁 で あ る の を ﹁ 命 也 ﹂と 見 な し て い る 。 ﹃ 全 注 釈 三 ﹄は 、 ﹁ 五 十 而 知 二 天 命 一﹂ ( ﹃ 論 語 ﹄・ 為 政 篇 ) を 踏 ま え る と 見 て 解 し 、 ﹁ 天 命 を 知 る ( と い う 五 十 歳 の ) 身 と い う も の の ﹂と す る 。 伯 牛 有 ・ 疾 。 子 問 ・ 之 。 自 ・ 騙 執 二 其 手 一日 、 亡 レ 之 。 命 夫 ( ﹃ 論 語 ﹄・ 雍 也 篇 ) ウ レ ヘ テ イ ヤ シ カ ラ 命 也 可 二 奈 何 、 長 戚 自 令 ・ 鄙 ( ﹃ 文 選 ﹄巻 二 十 三 、 播 安 仁 ﹁ 悼 亡 詩 三 首 ﹂ノ ニ 。 李 善 注 ﹁ 魚 豪 典 略 、 趙 岐 卒 歌 日 、 有 ・ 志 無 レ時 、 命 也 何 奈 ﹂ ) 険 阻 嘗 レ 之 矣 、 栖 遅 命 也 夫 ( ﹃ 白 氏 文 集 ﹄巻 十 六 、 ﹁ 東 南 行 一 百 韻 、 寄 二 通 州 元 九 侍 御 ・ 澄 州 李 十 一 舎 人 ・ 果 州 崔 二 十 二 使 君 ・ 開 州 章 大 員 外 ・ 庚 三 十 二 補 閾 ・ 杜 十 四 拾 遺 ・ 李 二 十 助 教 員 外 ・ 寳 七 校 書 一﹂ ) 藤 原 基 俊 詩 注 (九 )
密 教 文 化 は 、 そ の 例 。 な お 、 次 は 右 の ﹃ 論 語﹄(雍 也 篇 ) を 踏 ま え る 。 若 可 三 伯 牛 廻 二 孔 問 一、 縦 錐 二 命 也 一頼 レ 恩 全 ( ﹃ 扶 桑 集 ﹄巻 七 ・ 哀 傷 部 ・ 病 、 善 宗 ﹁ 病 中 上 二 尊 師 一﹂ ) ﹁ 何 為 ﹂は 、 何 を し よ う と い う の か 、 何 を し よ う と い う の で も な い 。 運 命 に 対 し て 何 ら 働 き か け は し な い と 述 べ て い る 。 太 息 将 二 何 為 一、 天 命 与 レ 我 違 ( ﹃ 文 選 ﹄巻 二 十 四 、 曹 子 建 ﹁ 贈 二 白 馬 王 彪 ﹂ ) タ ト ヒ 方 寸 成 ・ 灰 髪 作 ・ 糸 、 仮 如 強 健 亦 何 為 ( ﹃ 白 氏 文 集 ﹄巻 六 十 八 、 ﹁ 病 中 五 絶 ﹂ノ 二 ) は 、 そ の 例 。 ﹁ 老 去 ﹂は 、 老 い る 。 ﹁ 去 ﹂は 助 辞 。 ﹃ 詩 家 推 敲 ﹂ ( 巻 之 下 ) は 、 ヲ テ 来 ・ 去 並 二 上 ノ 語 ヲ 助 ク 。 俗 語 ノ 倣 来 倣 去 ノ 如 シ ⋮⋮看 ・ 花 酔 去 更 相 従 ⋮⋮コノ 外 年 来 春 来 夜 来 別 来 到 来 老 来 老 去 帰 去 等 ノ 語 太 多 シ 。 多 ク 自 後 ノ 語 勢 ナ レ ト モ 口 ハ軽 ク 助 辞 二 用 ル モ ア リ と 説 く 。 著 蓼 悲 秋 強 自 寛 、 興 来 今 絡 炸 日 尽 二 君 歓 一 (杜 甫 ﹁ 九 日 藍 田 崔 氏 荘 ﹂ ) 誠 知 老 去 風 情 少 、 見 レ 此 争 無 二 一 句 詩 一 ( ﹃ 白 氏 文 集 ﹄巻 十 七 、 ﹁ 題 二 峡 中 石 上 一﹂。 ﹃ 和 漢 朗 詠 集 ﹄巻 上 ・ 柳 ) は 、 そ の 例 。 ﹁ 躬 ﹂は 、 身 体 、 自 分 。 ﹃ 類 聚 名 義 抄﹄(佛 上 ) に ﹁ ミ ヅ カ ラ ・ ミ ﹂な ど の 訓 が あ る 。 イ マ シ メ テ ハ 勅 ・ 躬 毎 腸 踏 、 謄 レ 恩 唯 震 蕩 ( ﹃ 文 選 ﹄巻 二 十 七 、 謝 玄 暉 ﹁ 京 路 夜 発 ﹂。 六 臣 注 ﹁ 躬 身 也 ﹂ ) 魚 思 二 大 海 一鳥 厭 レ 籠 、 一 旦 二 廻 省 二 我 躬 一 ( ﹃ 田 氏 家 集 ﹄巻 之 下 、 ﹁ 無 題 ﹂ ) は 、 そ の 例 。 ﹁ 老 去 躬 ﹂は 詩 人 自 身 の こ と 。 二 句 は 、 ﹁ 栄 華 な ど と い う も の は も と も と 私 に は 関 わ り は な い 、 そ れ は 運 命 な の で あ り 今 さ ら ど う し よ う と い う の で も な い 、 こ の 老 い た 身 に は ﹂の 意 。
付 説 貴 顕 と と も に 円 融 寺 を 訪 れ て 詠 ん だ こ の 詩 は 、 風 光 に 興 趣 を そ そ ら れ る も の の 、 そ れ に 浸 る の み で は な い 。 ま ず 、 第 四 句 で 眼 前 の 落 花 か ら 世 の 空 し さ を 見 て 取 り 、 第 五 ・ 六 句 に 転 じ て 、 ﹁ 観 念 ﹂の う ち に ﹁ 五 欲 ﹂が 消 え 去 り 、 五 十 の 齢 の 今 ﹁ 自 由 ﹂の 境 涯 ・ 心 境 に あ る と 述 べ て い る 。 ﹁ 自 由 ﹂と い う 思 う が ま ま の 状 態 に あ る こ と か ら 推 す と 、 第 七 句 ﹁ 栄 華 従 レ 本 非 二 吾 事 一﹂は 、 ﹁ 栄 華 ﹂に 縁 な き 身 の 上 を 嘆 い て い る と は 解 し に く い 。 か つ て は ﹁ 栄 華 ﹂か ら 遠 ざ か っ て い た 不 運 を 悲 し ん だ こ と も あ っ た ろ う が 、 ﹁ 栄 華 ﹂は 先 に 述 べ た よ う に 、 は か な い も の と 把 え て い る と 考 え て よ い な ら ば 、 そ れ に 無 縁 で あ っ た と い い 、 今 の 心 境 は 不 遇 も ﹁ 栄 華 ﹂も 超 越 し た 所 に あ る と 言 外 に 匂 わ せ て い る の で は あ る ま い か 。 そ し て 、 顧 み て 今 ま で の 五 十 年 を 運 命 と 受 け 入 れ 、 何 を す る と い う の で も な い と 感 慨 を 披 渥 し て 結 び と す る 。 そ こ に は 悔 恨 や 諦 念 は 表 現 さ れ て い な い よ う に 思 う 。 ﹃ 本 朝 無 題 詩﹄(巻十)所収 の 本 詩 と 同 題 の 他 三 詩 の 詠 作 年 時 に つ い て は 既 に 言 及 が あ る 。 佐 藤 道 生 ﹁ ﹃ 本 朝 続 文 粋 ﹄ と ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄﹂ ( ﹁ 三 田 国 文 ﹂第 十 二 号 ) は 、 前 掲 ﹃ 中 右 記 ﹄嘉 保 三 ( 一 〇 九 六 ) 年 三 月 十 三 日 の 条 に 見 ら れ る 賦 詩 が そ れ で あ る と し 、 ﹃ 全 注 釈 三 ﹄も 、 恐 ら く は こ の 三 月 十 三 日 の 作 で は な い か と 思 わ れ る と 言 う 。 賦 詩 の 場 所 や 時 季 は も と よ り 、 無 題 詩 で あ る 点 や 花 を 詠 み 込 む こ と な ど 、 ﹃ 中 右 記 ﹄の 記 事 と 四 詩 は 一 致 し 、 さ ら に は 詩 の 残 る 藤 原 敦 基 ら 四 人 は 日 記 に そ の 名 が 記 さ れ て い る 。 ま た 、 敦 基 ( 一 〇 四 六 -二 〇 六 ) は ﹁ 五 十 余 廻 衰 老士﹂(第七 句 ) と 詠 じ て お り 、 そ の 時 は 嘉 保 二 年 頃 に な る の で 、 嘉 保 三 年 詠 作 説 に ほ ぼ 譜 う 。 か よ う に 詩 と 日 記 の 記 述 は 符 合 し て い る も の 藤 原 基 俊 詩 注 (九 )
密 教 文 化 の 、 四 詩 は す べ て 律 詩 で あ る の に 対 し て 、 日 記 に は ﹁ 人 々 為 賦 二 一 絶 一﹂と あ り ( ﹃ 全 注 釈 三 ﹄も こ の こ と に は 注 意 し て い る ) 、 両 者 詩 型 が 異 な る 。 こ の 相 違 か ら す れ ば 、 敦 基 ら 四 人 の 詩 は 嘉 保 三 年 三 月 十 三 日 の 菜 で は な い こ と と な る 。 そ も そ も 同 題 の も と に 排 列 さ れ て い る と は い え 、 四 詩 が 同 時 に 詠 じ ら れ た か 否 か は 明 ら か な の で は な い 。 本 詩 は 他 の 三 詩 か ら 切 り 離 し て 、 別 途 詠 作 年 時 を 考 え る 必 要 が あ る 。 ﹁ 百 年 半 暮 自 由 中 ﹂(第六 句 ) を 手 懸 り に し て 、 先 に 述 べ た よ う に 、 天 仁 二 ( 二 〇 九 ) 年 頃 と 長 治 二 ( 二 〇 五 ) 年 頃 を 一 応 は 導 き 出 せ よ う 。 詩 注 ( 八 ) の 補 正 こ の 詩 の 題 は 、 底 本 ﹃ 群 書 類 従 ﹄に し た が っ て ﹁ 冬 日 遊 二 円 覚 寺 一﹂、 第 一 句 は 、 諸 本 い ず れ も ﹁ 円 楽 ﹂と あ る の を 題 と の 整 合 性 を 配 慮 し て ﹁ 東 山 有 ・ 寺 日 二 円 覚 一﹂と 改 め た 。 こ れ に 対 し て ﹃ 全 注 釈 三 ﹄は 、 詩 題 を 底 本 を 除 く 諸 本 に 基 い て ﹁ 円 楽 寺 ﹂と し 、 第 一 句 を 底 本 の と お り ﹁ 円 楽 ﹂と し て い る が 、 ﹁ 円 楽 寺 ﹂の 所 在 地 を 考 え て み る と 疑 問 が あ る 。 ﹃ 仁 和 寺 諸 院 家 記 ﹄は 、 円 融 寺 ・ 円 教 寺 な ど 仁 和 寺 周 辺 に あ る 諸 寺 院 の 記 事 を 列 挙 し た あ と 、 ﹁ 遠 所 別 院 ﹂の 項 を 立 て て 東 山 に あ る 禅 林 寺 を は じ め と す る 、 仁 和 寺 近 辺 に は な い 諸 寺 院 に つ い て 記 し て い る 。 ﹁ 円 楽 寺 ﹂は 、 円 融 寺 な ど と 共 に 前 者 に 含 ま れ る ( 前 稿 に お い て 、 ﹁ 当 時 ﹁ 円 楽 ﹂と 称 す る 寺 院 は 見 当 た ら な い ﹂と し た の は 誤 り ) 。 し た が っ て 、 そ の 所 在 地 は 仁 和 寺 か ら は 程 遠 く な い 西 山 あ た り と い う こ と に な る 。 と こ ろ が 、 基 俊 の 詩 は ﹁ 東 山 有 レ 寺 ﹂と 寺 の 所 在 地 を 示 し て い る 。 円 楽 寺 が 西 山 辺 り に あ る の で 、 詩 題 ﹁ 円 楽 寺 ﹂・ 第 一 句 ﹁ 円 楽 ﹂と は し が た い 。 こ こ は 、 底 本 の 詩 題 に し か 見 え な い 点 に 問 題 は あ る も の の 、 詩 題 は 、 そ の 場 所 が ﹁ 東 山 ﹂で あ る こ と も 勘 案 し て ﹁ 円 覚 寺 ﹂と し 、 第 一 句 は 詩 題 に 合 わ せ て ﹁ 円 覚 ﹂と 改 め て お く の が よ か ろ う 。
( 付 記 ) 円 融 寺 の 衰 勢 に つ い て は 薗 田 香 融 氏 の 御 教 示 を 恭 う し た 。 記 し て 御 礼 申 し 上 げ る 。 < キ ー ワ ー ド > 藤 原 基 俊 ・ 漢 詩 ・ 円 融 寺 藤 原 基 俊 詩 注 (九 )