弘 法 大 師 の 御 影 に つ い て ( 下 ) 一 二
弘
法
大
師
の
御
影
に
つ
い
て
(下
)
森
田
龍
僊
六
高
野
山
の
堂
塔
伽
藍
は
創
立
以
來
七
た
び
祝
融
氏
の
互
災
に
魅
せ
ら
れ
、
山
史
の
一
面
は
實
に
火
災
と
復
興
と
の
反
復
で
あ
る
。
か
の
一
層
の
勢
ひ
建
に
数
寺
の
塔
に
勝
る
と
稱
せ
ら
れ
し
規
模
雄
大
の
根
本
大
塔
は
四
回
炎
上
し
、
金
碧
焚
煙
の
美
を
あ
つ
め
た
る
金
堂
は
五
度
茨
儘
に
帰
し
た
。
す
な
は
ち
初
度
の
大
火
は
定
後
百
六
十
年
、
六
十
六
代
三
條
帝
の
正
暦
五
年
(
一
六
五
四
)
七
月
六
日
で
あ
る
。
迅
雷
大
塔
に
震
つ
て
諸
伽
藍
一
時
に
累
焼
せ
し
も
、
た
や
し
御
影
堂
の
み
は
幸
ひ
に
そ
の
厄
を
免
か
れ
た
。
か
の
久
安
五
年
五
月
の
衆
徒
注
進
状
(又
績
賓
簡
集
第
百
二
.
高
野
山
文
書
八
、
四 一 ) に ﹁ 正 暦 五 年甲 午 七 月 六 日 、 大 塔 井 講 堂 但 今 人 多 稱 金 堂二
十
二
間
信
房
、
爲
雷
火
焼
失
但 御 影 堂 残 留 之 ﹂ と い ひ 、 前 節 信 堅 の 南 山 記 も ま た こ の 事 實 を の ぶ る こ れ で あ る 。 當 時 の 座 主 は 寛 朝 、 別 當 は 頼 延 、 寺 家 執 行 は 雅 眞 で あ つ た 。 第 二 度 の 大 火 は 正 暦 五 年 よ り 百 五 十 五 年 後 、 七 十 六 代 近 衛 帝 の 久 安 五 年 ( 一 八 〇 九 ) 五 月 十 二 日 で あ る 。 御 影 堂 は 再 び 奇 蹟 的 に 免 か れ し が 、 そ は 前 引 覚 法 親 王 の 日 記 に よ つ て 當 時 の 實 況 が 眼 前 に 彷 彿 す る 。 ま た 前 記 の 衆 徒 注 進 状 に は 、久
安
五
年
己
巳
五
月
十
二
日
癸
巳
申
剋
、
雷
火
落
懸
大
塔
地 盤 側 巽 角 也 忽 焼 失 畢 ⋮ ⋮ 金 堂 ・ 灌 頂 堂 同 以 嶢 失 ⋮ ⋮抑
御
影
堂
與
灌
頂
院
相
去
二
丈
許
也
⋮
⋮
然
間
西
風
俄
扇
焔
火
東
靡
已
免
餘
焔
宛
然
如
元
、
見
聞
上
下
還
含
戚
歎
。
正
暦
昔
奇
瑞
、
久
安
今
効
験
、
時
代
錐
異
鑑
応
惟
同
、
大
師
難
思
之
威
験
實
奇
特
掲
焉
者
歎
と
い
ひ
、
拾
要
詮
(上
)
に
も
前
後
雨
度
の
奇
瑞
を
﹁
正
暦
五
年
七
月
六
日
、
爲
蕾
火
一信
房
・大
塔
・大
御
堂
・鐘
縷
皆
悉
嶢
失
、
御
影
堂
一
宇
錐
垂
木
長
押
燃
不
焼
。
久
安
五
年
五
月
十
二
日
、
又
如
前
焼
失
雷
火
、
御
影
堂
一
宇
尚
不
饒
、
希
代
璽
験
処
也
﹂
と
い
つ
て
ゐ
る
。
久
安
五
年
の
大
火
當
時
に
お
け
る
瞼
校
は
惣
持
院
の
行
恵
で
あ
り
、
年
預
は
宗
慶
で
あ
つ
た
。
故
に
又
績
寳
簡
集
第
九
十
四
に
﹁
第
二
十
執
行
瞼
校
阿
閣
梨
行
恵
一総 持 房 、 総 持 院 。 久 安 五 年 。 五 月 九 日 任 執 行 捻 挾 治 山 四 年 ⋮ ⋮ 預 宗 慶 」 云 云 と い つ て ゐ る 。 し か る に ひ そ か に 不 審 な る は 保 延 五 年 よ り 十 ヶ 年 間 第 十 九 世 の 瞼 校 職 に あ り 、 徳 風 高 く し て 檀 興 の 功 績 秀 で た る 彌 勒 院 の 琳 賢 が 弾 斥 さ れ 、 行 恵 が か は つ て 補 任 さ れ し こ と こ れ な る が 、 原 因 は た し て い か な り し か , 文 書 の 尋 ぬ べ き な き は 遺 憾 で あ る 。 す な は ち 同 巻 に は た や 、 久 安 五 年 五 月 九 日 、 検 校 琳 賢 依 院 宣 被 停 止 所 職 了 、 是 宗 賢 阿 閣 梨 訴 申 故 也 と の み い へ る こ れ で あ る 。 第 三 度 は 久 安 五 年 よ り 三 百 七 十 六 年 後 、 百 四 代 後 柏 原 帝 の 大 永 元 年 (永 正 十 入 年 、 二 一 八 一 ) 二 月 十 二 日 で あ る 。 西 院 谷 の 行 人 方 小 坊 頑 智 院 よ り 出 火 し 、 猛 風 の た め 瞬 時 に 壇 上 を 延 焼 し つ く し 、 さ ら に 蔓 延 し て 南 谷 の 北 方 半 分 、 本 中 院 谷 、 小 田 原 谷 、 千 手 院 谷 の 全 部 及 び 東 は 往 生 院 谷 の 浴 室 を か ぎ り 、 堂 塔 五 百 餘 、 知 名 の 院 宇 八 百 餘 一 朝 に 蕩 盡 し た 。 こ れ 實 に 第 百 七 十 六 世 検 弘 法 大 師 の 御 影 に つ い て (下 ) 一 三弘 法 大 師 の 御 影 に つ い て ( 下 ) 一 四 校 、 賓 聚 院 の 雄 吟 在 職 當 時 な り し が 、 満 山 大 衆 は か ゝ る 大 不 詳 事 の 資 任 は よ ろ し く か れ に 蹄 属 せ し む べ き も の と し て 憤 激 し . か れ を し て 自 殺 せ し む る に い た つ た 。 い は ゆ る 高 春 第 十 二 に ﹁ 翌 十 三 日 満 寺 大 衆 雑 起 、 令 雄 吟 入 定 焉 。 伽 藍 焚 滅 過 帰 瞼 校 一 人 故 也 、 福 智 院 主 逃 亡 畢 ﹂ と い ふ は こ の 間 の 消 息 で あ る 。 か く て 弘 仁 七 年 よ り 七 百 餘 年 間 存 在 せ し 御 影 堂 も 、 こ の と き は じ め て 炎 上 し を は つ た 。 故 に 高 野 山 焼 失 記 に は 、 永 正 十 八 年 一 月 十 二 日 午 刻 之 時 、 西 院 ヨ リ 不 慮 火 出 、 壇 上 伽 藍 一 宇 不 残 、 院 々 坊 舎 堂 塔 経 藏 数 ヲ 盡 ス 、 往 生 院 迄 焼 畢 と い つ て ゐ る 。 第 四 度 は 大 永 元 年 よ り 百 九 年 後 、 百 九 代 明 正 帝 の 寛 永 七 年 ( 二 二 九 〇 ) 十 月 四 日 (高 春 第 十 四 に は 七 日 と い ふ ) で あ る 。 ま た 雷 火 に 原 因 し て 大 塔 ま つ 焼 け 、 歎 宇 を の ぞ い て 他 は み な 焼 失 し た 。 こ れ す な は ち 第 二 百 二 十 三 世 瞼 校 . 賓 性 院 宥 盛 で あ る 。 御 影 堂 は こ の と き ま た 累 焼 し た 。 故 に 高 '春 第 十 四 に は 、 寛 永 七 年 冬 十 月 七 日 灘 、 迅 雷 震 3大 塔 二曉 雨 降 車 軸 、 其 音 如 大 山 崩 裂 。 盤 寅 下 刻 自 中 腰 送 猛 火 、 須 臾 火 焔 園 廻 上 重 軒 、辰 剋 表 柱 倒 良 方 。 傳 説 、 正 歴 大 永 焼 塔 共 心 柱 落 東 北 隅 。 今 般 御 社 ・ 拝 殿 ・ 六 角 経 藏 ・ 中 門 無 恙 、 其 外 皆 累 焼 。 餘 焔 随 西 風 、 本 中 院 除 三明 王 院 及 小 塔 焼 却 、 南 谷 者 十 輪 院 ・ 遍 照 尊 院 已 西 相 残 矣 。 小 田 原 谷 限 湯 屋 以 東
安
全
云
云
と
い
ひ
、
堂
塔
建
立
由
來
記
(績
賓
簡
集
第
四
十
四
)
に
、
皆
寛
永
七庚
午
歳
十
月
四
日
夜
半
降
雨
之
後
雷
電
鳴
動
落
于
大
塔
。
剰
大
風
起
而
壇
上
之
諸
伽
藍
焼
失
、
其
中
御
影
堂
寳
藏
・
山
王
院
三
社
・同
拝
殿
・
鐘
楼
、
井
安
樂
川
経
藏
・
中
門
残
、
自
餘
堂
塔
僧
坊
盡
歎数
失
了
。
錐
然
大
師
相
承
之
璽
賓
、
御
作
之
佛
像
御
筆
経
巻
、
代
々
給
旨
院
宣
、
及
將
軍
家
御
教
書
悉
取
出
了
と
い
ふ
こ
れ
で
あ
る
。
第
五
度
は
寛
永
七
年
よ
り
百
七
十
九
年
後
、
百
十
九
代
光
格
帝
の
文
化
六
年
(
二
四
六
九)
七
月
三
十
三
日
で
あ
り
、
南
谷
の
室
房
廟
下
よ
り
出
火
し
て
伽
藍
に
延
焼
し
、
中
門
、
六
角
経
藏
、
鐘
縷
、
愛
染
堂
、
大
會
堂
、
三
昧
堂
、
勘
學
院
の
七
宇
を
累
焼
せ
し
も
、
大
塔
、
金
堂
、
御
影
堂
は
無
事
で
あ
つ
た
。
第
六
度
は
文
化
六
年
よ
り
三
十
四
年
後
、
百
二
十
代
仁
孝
帝
の
天
保
十
四
年
(
二
五
〇
三
)
九
月
二
日
で
あ
る
。
御
影
堂
寳
庫
前
よ
り
出
火
し
て
御
影
堂
、
灌
頂
堂
、
大
塔
.
金
堂
乃
至
大
會
堂
の
十
四
宇
を
全
焼
し
た
。
故
に
南
院
快
般
の
記
に
﹁
天
保
癸
卯
九
月
二
日
之
夜
、
有
伽
藍
賓
庫
前
何
者
失
火
、
壇
上
十
四
宇
一
時
爲
烏
有
、
幸
哉
賓
庫
在
火
中得
逸
﹂
と
い
つ
て
ゐ
る
。
第
七
度
は
天
保
十
四
年
よ
り
入
十
三
年
後
、
百
一
十
二
代
大
正
帝
の
大
正
十
五
年
(
二
五
八
六
)
十
二
月
二
十
六
日
の
半
夜
で
あ
る
。
不
用
意
に
も
近
年
金
堂
後
戸
に
木
製
四
角
の
大
火
鉢
を
お
き
、
堂
守
道
心
輩
の
防
寒
設
備
を
な
せ
し
が
、
日
暮
閉
堂
に
際
し
跡
始
末
の
不
行
届
よ
り
し
て
つ
ひ
に
堆
麗
比
類
な
き
重
閣
銅
充
の
金
堂
を
は
じ
め
、
大
師
作
の
秘
佛
本
尊
た
る
丈
六
の
阿
閥
債
以
下
多
歎
の
尊
像
を
炎
上
せ
し
め
、
そ
の
西
南
に
隣
接
せ
る
六
角
経
藏
及
び
孔
雀
堂
の
二
宇
弘
法
大
師
の
御
彰
に
つ
い
て
(下
)
一
五
弘 法 大 師 の 御 影 に つ い て (下 ) 一 六 を も 累 焼 せ し め た 。 當 時 満 山 の 僧 俗 全 力 を 御 影 堂 及 び 山 王 肚 に 傾 注 せ し を も つ て 、 右 堂 社 な ら び に 寳 庫 ・ 准 砥 堂 .大 塔 本 尊 假 殿 ・西 塔 ・鐘 縷 二 宇 ・ 山 王 院 等 全 き を え た 。 上 述 に よ る に 、 御 影 堂 は 創 立 以 來 、 大 永 元 年 、 寛 永 七 年 、 天 保 十 四 年 の 三 度 に わ た る 炎 上 の 事 實 を 見 る べ き で あ る 。 以 下 餘 他 の 復 興 に つ い て は こ れ を 省 略 し 、 ひ と り こ の 堂 に つ い て そ の 大 略 を 山 瞥 し や う 。 弘 仁 七 年 、 高 野 山 の 開 創 に 際 し 、 高 弟 實 恵 が 大 師 の 成 案 に 基 づ い て 建 立 せ る 御 影 堂 の 規 模 輪 廓 た る や 、 修 行 縁 起 の 如 き 単 に ﹁ 御 影 堂 二 基 、 中 門 一 宇 、 陀 羅 尼 瞳 二 基 、 巳 上 實 恵 僧 都 私 建 立 也 ﹂ と あ る の み に し て 未 だ そ の 間 歎 等 を 示 さ い る が 故 に 正 確 の 度 を 知 る 能 は ざ る も 、 た い し 大 塔 及 び 御 願 堂 (金 堂 ) に は 柱 八 本 を 圖 し て そ の 七 間 七 面 な る を 聯 想 せ し め 、 西 御 堂 と 御 影 堂 と に は 柱 四 本 を 圖 し て そ の 三 間 三 面 な る を 聯 想 せ し む と 見 ら る べ き 御 手 印 縁 起 圖 に よ つ て 考 ふ る に 、 大 師 平 生 修 観 の 御 持 佛 堂 と し て は も と よ り 大 規 模 の 必 要 こ れ な き が 故 に 、 む し ろ 簡 模 古 雅 な る 弘 仁 式 の 小 建 造 物 た り し こ と 勿 論 な り と 思 ふ 。 從 つ て 弘 法 大 師 行 状 圖 盡 (地 藏 院 ) 第 三 、 入 定 留 身 下 の 御 影 堂 は こ の 意 を 酌 む で 三 間 三 面 の 小 宇 を 圖 し て ゐ る 。 か の 自 か ら 大 師 の 温 容 を 偲 ば む が た め に ㌻ ま た 末 代 弟 子 の 渇 仰 を 慰 せ む が た め に 、 眞 如 親 王 が 全 幅 の 精 神 を 注 い で こ れ を 圖 給 し 、 大 師 も ま た こ れ に 戚 じ 筆 を と つ て 自 か ら 點 眼 さ れ た り し 稀 代 の 霊 像 が も と 金 堂 後 戸 に 奉 安 さ れ し を 、 定 後 に 遺 弟 ら 相 議 し て 持 佛 堂 に 移 し , も つ て 日 々 如 在 の
禮 奠 を さ ゝ ぐ る や 、 こ ゝ に 御 影 堂 の 名 は じ め て 生 じ 廟 堂 を よ び 聖 廟 の 號 相 つ い で お こ る に い た つ た 。 入 法 と も に 興 り 尊 崇 日 を 逐 う て 盛 ん な ら む と す る や 、 蕾 態 に て は 狭 陸 を 感 せ ざ る を え な き は 自 然 の 勢 で あ る 。 こ ゝ に お い て 、 七 十 代 後 冷 泉 帝 の 康 平 四 年 ( 一 七 } 一 、 定 後 二 二 七 ) に い た り 、 第 九 世 検 校 北 室 院 の 行 明 が 東 西 北 方 三 面 の 飛 澹 、 な ら び に 南 方 の 正 面 に 三 間 の 禮 堂 を 創 造 し た 。 高 春 第 五 に い は く 、 康 平 四 年 月 日 、 御 影 堂 三 面 北 鶯并 三 間 禮 堂 創 造 之 、 是 行 明 師 棄 私 財 螢搆 之 、 落 慶 導 師 検 校 師 勤
修
之。
月 日 未 考 、 御 影 供 前 歎 。 蓋 正 こ ゝ に ﹁ 棄 私 財 誉 構 之 ﹂ と い ふ も そ は よ る べ き 何 も の も な い 。 ま た 三 面 の 北 鴛 と は 意 味 不 明 な る が 、 信 堅 の 南 山 記 に は ﹁ 三 面 比 鶯 井 三 間 禮 堂 者 、 第 九 座 主 聯 起 針 五 槽 僧 正 深 覚 、 第 九 執 行 北 室 行 明 山 籠 之 時 造 之 云 云 ﹂ と い つ て 北 を 比 に つ く り 、 諸 堂 建 立 事 も ま た こ れ に 同 じ い 。 得 仁 の 績 年 譜 (第 四 ) に ﹁ 南 山 記 ・諸 堂 建 立 記 所 謂 三 面 比 鷺 難 解 、 恐 北 籌 寓 誤 乎 。 以 三 僧 記 稱 北 籌 或 飛 櫓 宜 考 證 ﹂ と い へ る が 、 北 管 は 三 面 の 字 句 に 対 し て 相 応 し な い か ら お そ ら く 飛 櫓 な る べ き で あ る 。 す な は ち 建 築 學 上 に い ふ 飛 櫓 橡 の こ 。と に し て 、 四 角 に 張 り い で 反 轉 を 保 ち 輕 快 の 戚 を 與 へ し む る 一 荘 飾 で も あ り 、 ま た 正 面 に 三 間 の 嘘 堂 た る 外 陳 増 築 の 権 衡 上 よ り し て は 、 左 右 及 び 後 部 の 東 西 北 三 面 も 、 從 前 の 蒼 以 上 さ ら に 飛 櫓 橡 を 加 へ て 若 干 振 大 せ し め た る も の と 解 し な く て は 、 殆 ん ど 意 味 を な さ な い こ と ゝ な る 。 お よ そ 本 建 築 弘 法 犬 師 の 御 影 に つ い て (下 ) 一 七弘 法 大 師 の 御 影 に つ い て (下 ) 一 八 に 飛 櫓 を 添 加 せ る 例 證 は 、 山 城 國 日 野 法 界 寺 本 堂 の 如 き こ れ で あ る 。 ま た こ の 三 間 外 陳 増 築 の 一 事 、 こ の 堂 も と 三 間 三 面 な り し 唯 一 の 證 擦 と も な る わ け で あ る 。 行 明 が す で に 三 間 の 外 陳 を つ く り し も 、 吹 放 し に て 風 雪 を 防 ぎ え な い か ら 、 そ れ よ り 十 九 年 の の ち 、 七 十 二 代 自 河 帝 の 承 暦 三 年 ( 一 七 三 九 ) に 、 第 十 一 世 検 校 南 院 の 維 範 が 遣 局 .障 子 を 設 け 、 ま た そ れ よ り 十 五 年 後 の 寛 治 七 年 ( 一 七 五 三 ) に 第 十 一 世 瞼 校 中 院 の 明 算 が 、 外 陳 前 に 廣 さ 三 尺 長 さ 二 丈 二 尺 の 縁 板 を は り 、 か く て こ ゝ に 振 大 整 頓 を 見 る に い た り し も の で あ る 。 故 に 南 山 記 に 、
禮
堂
遣
戸
障
子
者
南
院
維
範
山
籠
執
行
之
時
造
之
云
云
。
又
堂
前
一
枚
縁
板
者
廣 三 尺 長 、 二 丈 二 尺中
院
明
算
敷
之
と い ひ 、 高 春 (第 五 ) の 承 暦 三 年 夏 六 月 下 に ﹁ 此 時 御 影 堂 外 陣 禮 堂 始 入 設 遣 戸 障 子 、 是 偏 瞼 校 維 範 造 螢 之 。 寛 治 七 年 癸 酉 三 月 、 御 影 堂 前 敷 替 一 枚 縁 板長二丈二尺、 広 三尺也 、 是 亦 算 師 之 管 構 也 ﹂ と い つ て ゐ る 。 か く の 如 く 正 暦 ・ 久 安 両 度 の 火 災 を 免 か れ 、 改 築 す る こ と な く 修 理 し つ ゝ 七 百 有 餘 年 撮 存 せ し も 、 大 永 元 年 に お け る 第 三 度 の 大 火 に 遭 う て 炎 上 し 、 そ し て 十 二 年 後 の 天 文 二 年(二 一 九 三 ) に 新 築 さ れ た (高 春 十 二 ) 。 ま た そ れ よ り 九 十 七 年 後 の 寛 永 七 年 に お け る 第 四 度 の 大 火 に 際 し て 再 び 炎 上 す る や 、 こ の と き は 文 殊 院 の 応 昌 が 私 財 を 投 じ て 直 ち に 造 管 に 從 事 せ し め 、 同 九 年 十 一 月 に 完 成 し た 。 そ れ よ り 二 百 十 一 年 後 の 天 保 十 四 年 に お け る 第 六 度 の 大 火 に あ た つ て 三 た び 炎 上 す る や 、 造 螢 資 と し て 紀 州 侯 黄 金 一 千 南 を 寄 進 し 、 百 二 十 一 代 孝 明 帝 の 嘉 永 元 年 ( 二 五 〇 八 ) に 落 慶 し た 、 昭 和 十 年 よ り 八 十 八 年 前 に し て これ す な は ち 現 存 の 堂 宇 で あ る 。 以 上 に よ つ て 考 ふ る に 、 定 後 二 百 二 十 七 年 の 康 平 四 年 に 増 築 損 大 し 、 年 號 不 明 な る も 多 分 桃 山 期 な ら む と 思 は る ゝ 入 寺 阿 閣 梨 衆 分 役 付 覚 の 三 月 下 に 、 一 廿 一 日 御 影 堂 正 御 影 供 、 手 手 (瞼 校 の 略 字 ) 執 行 代 井 入 寺 アサ リ 衆 分 皆 参 (又 績 寳 簡 集 第 百 四 十 ) と あ る な ど の 記 事 が 證 明 す る 如 く 、 山 運 欝 興 し て 三 千 の 大 衆 訣 を つ ら ぬ る 室 町 時 代 以 後 に お い て 、 上
は
瞼
校
法
印
よ
り
下
は
衆
分
に
い
た
る
大
衆
が
し
ば
く
集
ま
つ
て
法
會
を
執
行
す
る
に
及
ん
で
は
、
天
文
二
年
の
再
築 時 さ ら に 損 大 さ れ た る は 當 然 な る べ く 、 現 存 嘉 永 元 年 の 改 築 は け だ し こ れ に 准 じ て さ ら に 擬 大 せ し も の で あ る 。 そ は 弘 化 五 年 三 月 二 日 、 正 智 院 道 猷 の 御 影 徒 御 願 文 に ﹁ 増 修 新 規 頗 改 三醤 観 一﹂ (金 剛 峯 雑 文 稿 中 之 二 ) と い ふ が そ の 證 で あ る 。 す な は ち 現 存 の 堂 は 柱 よ り 柱 に い た る 寸 法 が 九 尺 な る を 一 間 と し て の 五 間 五 面 な る が 故 に つ ま り 七 間 半 平 方 と な る が 、 そ は 創 立 當 時 の 三 間 三 面 に 対 し て 二 間 二 面 の 振 大 と 推 定 さ れ る 。 ま た 背 後 に 隣 接 し 、 北 方 傾 斜 の 地 勢 に 約 三 尺 の 築 地 を な し て 南 方 の 地 面 と 平 均 せ し め た る 地 上 に 、 梁 行 三 間 五 尺 、 桁 行 二 間 五 尺 な る 土 藏 づ く り の 賓 庫 存 す る が 、 こは 文 化 十 年 七 月 、 高 野 山 々 本 平 六 開 版 の 山 上 大 圖 を 考 ふ る に 、 校 倉 づ く り に し て 壇 下 た る 現 今 谷 上 道 の 中 央 に 存 せ し が 、 嘉 永 五 年 こ れ を 塵 し 前 地 を ト し て か く の 如 く 新 築 せ し も の で あ る 。 故 に 大 師 當 時 に は 御 影 堂 と 傾 斜 地 森 林 と の 中 間 は 、 お よ そ 四 五 間 の 餘 裕 あ り し こ と も 同 時 に 推 定 さ れ る の で あ り 、 こ は 僧 房 問 題 と 重 大 關 係 を 有 す る 事 項 弘 法 大 師 の 御 影 に つ い て (下 ) 一 九弘 法 大 師 の 御 影 に つ い て ( 下 ) 二 〇 な る が 故 に 、 留 意 し て 牢 記 さ れ む こ と を 切 望 し て や ま な い 。 以 下 御 影 堂 振 大 の 推 定 に ち な み い さ ゝ か 他 の 例 證 に つ い て 考 察 す る 。 そ も く 大 門 は 幾 多 の 興 塵 あ る が 、 銅 屍 重 閣 づ く り の 魏 々 た る 現 存 の も の は 、 そ も く 元 緑 元 年 正 月 二 十 入 日 未 刻 、 樵 夫 の 残 火 に よ つ て 炎 上 せ し に よ り 、 同 十 三 年 五 月 造 螢 を は じ め 賓 永 二 年 八 月 十 七 日 落 慶 し 、 明 治 二 十 入 年 に 大 修 理 を 加 へ し も の こ れ で あ り 、 丈 六 の 二 王 尊 は 浪 華 の 法 橋 運 長 (井 川 左 近 ) の 作 で あ る 。 御 手 印 縁 起 圖 に よ る に 、 大 師 當 時 の 大 門 は 華 表 で あ り 、 位 置 に 現 地 よ り 四 五 町 下 る 九 折 谷 口 で あ り 、 今 に 古 大 門 趾 と 稱 す る 。 こ の 門 朽 發 し て 久 し き に 及 び し が 、 第 十 二 世 の 瞼 校 明 算 が 嘉 保 二 年 二 一月 醤 趾 を 尋 ね て 新 造 し . 永 治 元 年 十 二 月 、 第 十 九 世 の 検 校 琳 賢 が こ れ を 麿 し 現 地 を ト し て 三 間 二 階 の 櫻 門 を 経 螢 し 、 及 び 丈 五 の 二 王 尊 を 安 置 し 、 寛 喜 二 年 六 月 、 第 四 十 世 の 検 校 怨 信 が さ ら に 五 間 二 階 の 三 門 づ く り に 改 築 し た 。 ま た 中 門 は 實 恵 の 建 立 に し て 三 間 の 単 暦 で あ り 、 金 堂 前 の 十 二 階 石 上 に あ り し を 、 永 治 元 年 十 月 に 琳 賢 こ れ を 壇 下 に 移 し 、 建 長 五 年 六 月 に 良 覚 が 五 間 の 櫻 門 と 改 築 し た 。 ま た 奥 院 の 禮 堂 は も と 三 間 二 面 な り し を 、 寛 治 七 年 、 少 別 當 賢 圓 が 七 間 四 面 に 改 造 し た 。 壇 上 の 山 王 社 及 び 秤 殿 も も と 最 小 な り し が . 承 安 二 年 禅 信 捻 校 が こ れ を 振 大 せ し め た 。 新 た に 造 管 さ れ し 現 在 金 堂 の 如 き は 、 從 前 重 層 の 高 さ 八 十 } 尺 、 縦 横 と も に 八 十 四 尺 な る に 封 し て 、 単 層 な る が 故 に 高 さ に お い て 九 尺 減 じ 、 縦 は 増 減 な き も 廣 さ に お い て 二 十 一 尺 擬 大 さ れ て ゐ る 。 か く の 如 く 櫃 要 の 建 物 は 多 く の 場 合 に 改 築 の 都 度 若 干 擾 大 さ る
る を 常 例 と な す が 故 に 、 特 に 信 仰 の 淵 府 た る 御 影 堂 の 獲 大 は む し ろ 當 然 で あ る 。 七 賓 庫 の 内 容 は 、 績 賓 簡 集 第 一 に よ ら ば 左 記 の 霊 賓 が あ る 。 ( 二 ) 恵 果 相 傳 の 佛 舎 利 三 粒 、 大 師 よ り 宥 快 に い た る 二 十 四 代 の 血 脈 書 を 添 ふ 。 ( 二 ) 僧 恵 逞 寄 進 の 佛 舎 利 二 粒 、 こ の な か 一 粒 は 東 寺 西 院 信 坊 よ り 奉 請 す る も の 、 他 は 中 納 言 具 房 髪 中 の も の 。 (三 ) 羅 什 三 藏 請 來 の 佛 舎 利 、 朝 鮮 征 伐 の と き 小 西 行 長 分 取 し て 豊 公 に 献 じ 、 豊 公 よ り 寄 進 せ る も の 。 高 春 第 二 に よ ら ば 、 開 成 四 年 正 月 三 十 日 、 大 唐 青 龍 寺 の 義 眞 ら 十 名 が 璽 巖 寺 圓 行 の 帰 朝 に 際 し て 惑 果 所 持 の ( 一 ) 五 鈷 鈴 一 ( 二 ) 三 鈷 杵 一 (三 ) 獨 鈷 杵 一 な る 三 種 を 大 師 影 前 の 供 養 料 と し て 托 送 せ し が 、 こ は み な こ の 影 庫 に 藏 す る 。 貞 慮 元 年 七 月 、 天 文 十 三 年 九 月 、 元 和 四 年 七 月 、 賓 永 四 年 、 享 保 二 十 年 等 の 蜜 寳 目 録 (以 上 績 賓 簡 集 第 一 、 十 二 、 六 十 四 ) 等 に よ ら ば 、 弘 法 大 肺 の 御 影 に つ い て (下 ) 二 一
弘 法 大 師 の 御 影 に つ い て (下 ) 二 二 ( 一 ) 飛 行 三 鈷 。 ( 二 ) 八 祖 相 承 水 瓶 。 (三 ) 天 照 太 神 御 神 體 御 鏡 大 師作 。 (四 ) 御 所 持 鐵 鉢 。 (五 ) 同 錫 杖 。 (六 )同 五 鈷 三 鈷 。 (七 ) 濱 床 一 脚 有 御 座 但 破 損 。 櫃 一 合 納 之 (八 )縄 床 。 (七 ) ・ (八 ) は 大 師 御 入 定 時 の 所 用 。 (九 ) 大 唐 順 宗 皇 帝 御 珠 歎 繊 杁 。 ( 一 〇 ) 嵯 峨 天 皇 賂 大 師 御 履段子 手 帖 手 。 ( 一 一 ) 御 筆 即 身 義 一 軸 。 ( 一 二 ) 同 十 誦 律 二 軸 。 ( 一 三 ) 同 華 嚴 経 一 軸 。 ( 一 四 ) 同 大 集 経 一 軸 。
( 一 五 ) 同 三 教 指 帰 一 軸 。 ( 一 六 ) 同 御 遺 告 及 御 手 印 縁 起 五 軸 。 ( 一 七 ) 光 明 皇 后 御 筆 法 華 経 全 部 。 ( 一 八 ) 御 論 旨 院 宣 箱 一 。 ( 一 九 ) 太 閤 ・ 家 康 公 方 御 朱 印 箱 一 。 ( 二 〇 ) 源 頼 朝 ・義 経 ・ 織 田 信 長 ・ 豊 臣 秀 吉 ら の 書 状 等 々 の 霊 寳 を つ ら ぬ る 。 お よ そ か ゝ る 多 種 の 盤 賓 は す べ て こ の 影 庫 に 納 め て あ る 。 故 に こ の 賓 庫 は 御 影 堂 と 相 ま つ て 高 野 山 の 首 膳 と 見 な す べ き も の で あ る 。 八 御 影 堂 は 桁 行 五 間 、 梁 行 五 間 (た ヾ し 六 尺 間 に 非 す 柱 間 な り ) 、 単 層 屋 根 賓 形 づ く り の 檜 皮 葺 に し て 、 高 さ 一 尺 餘 の 段 組 石 壇 上 に 南 面 し 、 屋 上 に 銅 の 露 盤 賓 珠 を い た や き 、 惣 檜 づ く り に し て 木 割 繊 溺 な ら ざ る 堅 牢 質 素 の 建 物 で あ る 。 前 面 に 一 間 の 向 拝 を 有 し 、 左 右 の 柱 は 方 形 几 帳 面 に な し て 礎 盤 上 に 立 ち 銅 の 根 巻 が あ る 。 前 方 に 五 級 の 木 階 を 設 け 後 方 に 三 級 の 石 確 を 構 へ 、 高 欄 づ き の 廻 縁 で あ り 、 南 東 西 の 三 面 に 蔀 戸 を 入 れ 北 面 に 格 子 戸 を 設 け る 。 内 部 は 外 陳 、 内 陳 、 内 々 陳 に 国 劃 し 、 天 井 は あ ま り 高 か ら す し て 格 天 井 で あ る 。 外 陳 の 正 面 は 横 七 間 半 、 奥 行 二 間 、 左 右 は お の く 横 七 間 半 、 奥 行 一 間 半 、 弘 法 大 師 の 御 影 に つ い て ( 下 ) 二 三
弘 法 犬 師 の 御 影 に つ い て (下 ) 二 四 後 部 は 横 七 間 半 、 奥 行 一 間 に し て 北 に 一 間 半 の 押 入 が 三 ヶ 所 に つ く ら れ 、 南 は 非 常 時 に 内 々 陳 を 開 く べ き 両 扉 の 唐 戸 を 嵌 め て あ る 。 外 陳 の 左 右 は 内 陳 、 内 々 陳 を 背 に し て 十 大 弟 子 及 び 眞 然 ・ 所 親 の 十 二 像 を 圖 し 、 そ の お の ー に 讃 を 冠 す る 。 堂 塔 建 立 記 に よ ら ば 、 久 安 元 年 十 月 一 十 二 日 、 十 大 弟 子 の 影 像 を 金 堂 に 懸 け た て ま つ つ た と あ り 、 こ れ が そ も く そ の 起 原 な る べ く 、 御 影 堂 に 圖 せ し 最 初 は 慶 長 九 甲 辰 年 十 一 月 十 日 で あ り 、 第 一 百 九 世 の 検 技 法 印 龍 海 が 讃 を 書 し た 。 師 は こ の 時 入 十 七 歳 な る が 入 神 の 妙 な る 筆 勢 と 稱 せ ら れ 、 そ の の ち 衆 詐 に よ つ て こ れ を ば 賓 庫 に 秘 し 、 天 明 四 年 、 大 覚 寺 門 跡 寛 深 法 務 登 御 の み ぎ り 、 こ れ に 准 じ て 師 に 揮 毫 を 囑 し た る が す な は ち 現 存 の そ れ で あ る 。
實
恵
僧
正
(
一
)
右
に
三
鈷
、
左
に
金
剛
拳
。
讃
州
人
、
姓
佐
伯
氏
、
延
暦
五
年
誕
生
。
初
謁
大
安
寺
泰
基
學
唯
識
、
後
從
大
師
受
両
部
秘
法
、號
檜
尾
信
都
、爲
東
寺
長
者
、承
和
十
四
年
十
一
月
十
三
日
入
寂
。
圓
明
律
師
(三
)
左
手
掌
を
仰
げ
右
手
拳
に
な
し
て
風
指
を
眞
濟
僧
正
(二
)
法
界
定
印
。
洛
陽
人
、
姓
紀
氏
、
朝
議
郎
御
國
之
子
、
以
延
暦
十
九
年
生
。
早
帰
大
師
受
學
密
教
、
住
高
雄
神
護
寺
。
仁
壽
帝
勅
爲
僧
正
、
貞
観
二
年
二
月
逝
。
呆
隣
禅
師
(四
)
右
に
獨
鈷
を
持
ち
添
へ
、
左
右
に
て
念
珠
鉤
し
、
相
去
つ
て
左
掌
を
覆
ふ
。
氏
族
未
詳
、
初
住
南
都
學
三
論
、
後
入
大
師
室
受
両
部
法
、
嘉
群
三
年
任
権
律
師
、
仁
壽
元
年
因
病
而
化
。
智
泉
大
法
師
(五
)
旋
轉
念
珠
の
相
、
た
ヾ
し
左
手
の
念
珠
少
し
た
ぐ
り
持
す
。
俗
姓
佐
伯
氏
、
大
師
之
姪
也
、因
師
之
習
學
秘
教
。
嘗
爲
亡
母
修
破
地
獄
法
薦
冥
禰
、
事
見
諸
傳
、
先
大
師
卒
。
を
つ
ま
ぐ
る
。
不
知
何
許
人
、
居
東
大
寺
學
華
嚴
及
法
相
、
又
帰
大
師
稟
両
部
大
法
。
大
師
置
高
雄
三
綱
之
日
抽
爲
上
座
也
、
後
住
豆
州
修
禅
寺
云
、
不
詳
所
終
。
眞
然
僧
正
(六
)
左
は
袈
裟
の
二
角
を
と
り
、
右
に
念
珠
を
つ
ま
ぐ
る
。
讃
州
人
、
姓
佐
伯
氏
、
就
大
師
受
學
密
乗
、受
灌
頂
於
眞
雅
阿
閣
梨
。
大
師
入
定
之
日
付
囑
此
山
、
因
住
中
院
、
建
九
丈
賓
塔
爲
観
心
之
境
。
寛
平
二
年
勅
爲
僧
正
、
號
後
信
正
、
三
年
九
月
十
一
日
化
。
以 上 西 側 、 ( 一 ) よ り (六 )、 最 南 を 上 萬 と な し 次 第 に 北 に い た つ て 列 す る 。 四 月 三 日 寂 。 六 年 任 僧 正 、 聴 乗 螢 車 出 入 公 門 、元 慶 三 年 東 寺 一 長 者 。 貞 観 帝 降 誕 之 日 奉 勅 加 持 。 貞 観 弘 法 大 師 の 御 影 に つ い て ( 下 )壽
元
年
六
月
化
。
藏
秘
旨。
天
長
年
中
因
夢
感
創
城
州
海
印
寺
、
仁
明
、
又
從
長
歳
和
尚
受
華
嚴
教
、後
帰
大
師
承
密
三 五弘
法
大
師
の
御
影
に
つ
い
て
(下
)
九
受
具
足
戒
。
天
長
年
中
受
灌
頂
、嘉
群
元
年
爲
讃
州
人
.
大
師
之
弟
也
。
九
歳
就
大
師
出
家
、
十
智
拳
印
。
眞
雅
僧
正
(
一
)
或
云
西
遊
天
竺
至
羅
越
祇
而
化
。
大
師
室
學
習
秘
藏﹂
、
貞
観
三
年
入
唐
、
不
詳
其
終
。
號
眞
如
、
初
住
東
大
寺
受
三
論
宗
於
道
詮
、
後
入
平
城
天
皇
第
三
子
、
諌
高
岳
。
弘
仁
元
年
落
飾
入
道
旋
轉
念
珠
の
相
。
眞
如
親
王
(
三
)
承
密
藏
、
住
神
護
寺
而
終
云
。
二 六讃
州
人
、
姓
佐
伯
氏
、
就
慈
勝
法
師
學
唯
識
及
因
経
巻
を
持
す
。
道
雄
僧
都
(
二
)
書
。
弘
通
台
教
、後
帰
大
師
入
密
門
、事
情
見
彼
答
澄
姓
字
未
詳
、
居
江
州
高
嶋
云
。
初
與
最
澄
阿
閤
梨
袖
隠
し
の
印
。
泰
範
法
師
(
四
)
寛
深
敬
書
績
法
明
於
三
會
委
身
修
葺
一
新
殿
宇
云
。
荒
廢
香
火
殆
絶
、
上
人
於
祖
堂
鎭
燧
挑
燈
、
誓
永
妣
生
処
所
長
谷
寺
、
困
璽
夢
上
此
山
。
當
時
山
門
常
持
法
華
、
人
稱
持
経
上
人
。
性
至
孝
、
願
知
考
不
詳
氏
族
、
受
具
足
戒
於
東
大
寺
戒
壇
、
從
大
師
合
掌
。
忠
延
律
師
(五
)
姓
名
未
考
、
少
在
興
幅
寺
學
性
相
、
夙
喪
父
母
旋
轉
念
珠
の
相
。
持
経
上
人
(六
)
以 上 東 側 、 ( 一 ) よ り (六 ) 、 ま た 南 を 上 薦 と な し 次 第 に 北 に い た つ て 列 す る 。 以 上 は 外 陳 の 左 右 な る が 、 正 面 は 後 方 に 密 壇 を 安 じ て 淺 萬 の 行 法 所 と す る 。 内 陳 及 び 内 々 陳 は 柱 よ り 柱 に い た る 四 間 ( 二 十 七 尺 ) の 四 方 で あ り 、 こ の な か 北 の 一 間 九 尺 を 劃 し て 内 々 陳 に あ つ る 。 内 陳 は 正 面 に 大 壇 、 東 西 に 次 で の 如 く 胎 金 両 部 曼 茶 羅 (尊 形 ) の 軸 を か け 、 不 動 ・ 愛 染 の 南 錫 磨 像 を 安 じ て 密 壇 を 設 け る 。 こ の 曼 茶 羅 は 理 性 院 法 橋 上 人 位 良 茄 ス 元 和 入 年 七 月 二 十 一 日 寂 ) の 寄 附 で あ る 。 正 面 唐 戸 の 二 間 を の ぞ き 左 右 に お の く 四 燈 、 大 壇 に 四 燈 、 左 右 の 密 壇 に お の く 二 燈 、 計 十 六 燈 を 安 す る 。 い は ゆ る 正 面 東 の 一 燈 は 所 親 上 人 が は じ め て 點 す る も の で あ り 、 西 の 一 燈 は 自 河 法 皇 の 點 す る も の で あ る 。 故 に 通 念 集 に い は く 、 東 の 燈 燈 は 持 経 上 人 當 山 再 興 の と き 、 發 誓 を も つ て 燧 三 打 、 即 得 火 所 燃 の 火 今 に 相 績 し て こ れ あ り 、 西 の 燈 櫨 は 白 河 院 み つ か ら か ゝ け さ せ た ま ふ 所 な り 。 内 々 陳 は 正 面 の 厨 子 に 大 師 の 御 影 を 安 じ 、 向 つ て 左 壇 上 に 歎 躯 の 厨 子 入 佛 像 を 安 じ 、 右 板 間 に 経 机 を お い て 執 行 代 の 供 養 法 樂 所 に あ つ る 。 御 厨 子 は も と 承 暦 三 年 (定 後 二 四 五 ) 六 月 に 性 信 親 王 の つ く ら 泓 法 大 師 の 御 影 に つ い て (下 ) 二 七弘 法 大 師 の 御 影 に つ い て (下 ) 二 八 せ 玉 ひ し も の で あ り 、 飾 り 及 び 金 箔 を つ け し は 寛 永 十 六 年 仲 夏 、 定 秀 検 校 の と き で あ る (又 績 賓 簡 集 第 六 十 七 、 諸 堂 建 立 事 、 高 春 第 五 ) 。 九 中 院 流 四 方 (引 擾 院 ・ 心 南 院 ・ 大 樂 院 ・ 智 荘 嚴 院 、 略 し て 引 心 大 智 と い ふ ) の な か 、 智 方 の 血 脈 相 承 は 、 等 と 次 第 し 、 不 共 の 印 信 と し て は 、 ( 一 ) 許 可 (印 信 こ れ な し 、 た ヾ し 傳 授 の み ) 。 ( 二 ) 傳 法 。 (三 ) 鍮 祇 。 (四 ) 唯 授 一 人 大 事 。 ( 五 ) 御 影 堂 大 事 。 (六 ) 南 山 八 葉 大 事 。 (七 ) 第 三 重 大 事 。
の
七
種
大
事
を
傳
ふ
る
に
あ
る
。
こ
の
な
か
第
五
の
御
影
堂
大
事
と
は
中
院
流
小
巻
物
に
い
は
く
、
御
影
堂
三
重
大
事
。
先
護
身
法
如
ル常
。
次
結
誦
傳
法
印
明
。
次
入
外
陳
時
塔
印
開
二
大明
、
開
戸
入
。
次
入
内
陳
時
先
開
塔
印
。
次
開
御
戸
時
八
葉
印
。
開
三
重
御
戸
者
除
三
妄
執
擁
輪
.
義
也
.
彿
輕
霧
拜
見
高
祖
月
面
、塞
羅
穀
顯
現
遍
照
影
像
之
意
也
。
愛
知
、
眼
拝
見
大
日
和
光
、
眼
根
所
犯
罪
霜
悉
解
洋
、
耳
聴
昌聞
遍
照
徳
風
、
耳
根
所
犯
窮
障
併
除
滅
、
意
信
知
大
師
化
行
、
意
根
所
犯
妄
執
都
消
亡
、
見
聞
鯛
知
成
有
勝
利
哉
。
次
閉
御
戸
時
八
葉
印
合
成
蓮
華
合
掌
。
次
閉
内
陳
時
開
塔
印
二
大
並
閉
。
次
閉
外
陳
戸
時
閉
塔
印
。
是
則
行
者
納
自
賓
不
散
失
義
也
。
以
上
弘
法
大
師
の
御
影
に
つ
い
て
(下
)
三
九
弘 法 大 師 の 御 影 に つ い て (下 ) 三 〇 こ れ に 対 し て 南 院 宥 智 の 明 算 流 大 事 私 記 に い は く 、 一 御 影 堂 三 重 大 事 此 道 範 傳 、 此 則 執 行 代 大 事 、 非 三執 行 代 二 人 観 行 ス ル 也 。 又 傅 法 大 事 計 結 フ 、 意 樂 ナ ル ヘ シ 。 一 二 大 開 。 次 前 ノ 開 塔 ニ テ 。 八 葉 印 也 。 又 八 葉 印 ヲ 未 敷 蓮 花 印 作 。 又 未 敷 蓮 花 印 閉 塔 ノ 印 作 。 又 閉 外 陳 戸 時 以 前 閉 塔 ノ 印 奨 也 云 云 。 成 雄 の 口 決 に い は く 、 一 御 影 堂 開 閉 口 傳 。 間 引 ︱ 方 在 之 乎 . 答 爾 也 。 師 云 、 雛 爲 當 流 大 事 依 流 隠 顯 不 同 也 、 殊 付 智 荘 嚴 院 中 院 習 之 云 云 。 明 算 流 諸 方 大 事 目 録 に い は く 、
一
御
影
堂
。
此
大
事
一
巻
永
遍
記
云
、
砥
母
院
頼
審
相
承
引
擾
院
不
相
承
也
云
云
。
又
二
譽
記
引
撮
院
方
相
承
之 云 云 。 一 師 所 記 相 蓮 如 何 。 但 成 雄 御 記 、 引 擾 院 下 無 之 見 、 爾 者 此 大 事 引 撮 院 方 無 之 可 意 得 也 。 ま た い は く 、此
大
事
成
雄
御
記
.
智
荘
嚴
院
相
承
大
事
連
之
給
者
也
。
何
時
代
相
承
云
事
不
三分
明
一也
、
可
決
之
。
快
全
僧
都
御 記 云 、 御 影 堂 大 事 、 道 範 一 傳 云 事 在 之 云 云 . 爾 者 心 南 院 方 相 承 乎 、 可 尋 之 。 智 方 相 傳 の 御 影 堂 三 重 大 事 は 、 快 全 ・宥 智 の 口 決 に は 道 範 相 傳 と い へ る が 、 私 に こ れ を 検 す る に 、 二は も と 彌 勒 院 の 圓 如 房 琳 賢 の 口 傳 な る を 、 展 轉 し て 道 範 が 相 承 せ し も の な る も 、 た ヾ し 琳 賢 よ り 道 範 に い た る 相 承 次 第 は 不 明 で あ る 。 左 に 妙 瑞 ・ 密 門 ・乗 體 と 相 承 す る 道 範 相 傳 の 印 信 を 録 す る 。 御 影 堂 開 閉 口 傳 (表 書 ) (表 紙 ウ ラ ) 御 影 堂 開 閉 口 傳 。
當
山
貫
首
、
於
御
影
堂
後
登
橋
下
、櫃
整
衣
裳
両
足
著
鱗
。
先
浄
三
業
三
部
被
甲
、
井
結
傅
法
印
身
器
清
浮
経
北
東
縁
向
南
徐
涯
或 経 北 西 緑 、 随 時 便 宜歩
々
観
想
念
々
思
惟
如
常
。
次
即
少
揖
前
立
即
結
塔
印
、誦
巻
上
御
箒
則
懸
鉤
了
鉤 召 行 者 令 詣 。 法 界 道 場 義 也次
用
五
智
錦
或 此 鎗 形 部 是 鉤 也 相 當 此 時 可 誦 也 云 云開
一
心
門
戸
。
但
結
塔
印
二 大 開 誦 開 之 、 引 分 彼 印 相 添 片 印 云 云 。次
誦
漸
進
、
是
則
爲
無
等
大
悲
誓
願
索
被
引
寄
義
也
云
云
。
必
不
向
正
中
頗
爲
無
禮
故
歎
。
一
道
極
無
是
初
入
門
、
但
葵
薙
宅
中
之
荒
機
猶
未
開
地
中
之
賓
藏
云
云
。
又
如
云
迦
葉
到
叩
寂
尊
猶
閉
、錐
云
僅
開
初
門
楼
閣
猶
閉
。
次
誦
授
錬
、
是
則
令
行
者
堅
納
自
賓
不
散
失
義
也
、
今
爲
化
他
暫
開
之
歎
。
弘 法 大 師 の 御 影 に つ い て ( 下 ) 三 一弘 法 大 師 の 御 影 に つ い て ( 下 ) 三 二
次
誦
描
前
片
印
、
方
開
一
心
法
界
櫃
者
也
、
即
開
得
心
殿
歡
喜
義
也
云
云
。
抑
開
三
重
御
戸
者
除
三
妄
執
義
也
、
彿
輕
霧
以
拝
見
高
祖
月
面
、塞
羅
穀
而
顯
現
遍
照
之
影
像
意
也
。
次
備
置
御
諦
経
物
机
上
、
坐
半
畳
執
持
香
櫨
三
禮
・如
來
唄
・
表
白
・請
経
等
如
常
、
但
讃
歎
祖
師
徳
行
可
施
主
蒙
利
生
事
由
也
。
次
命
歴
覧
大
師
在
世
御
所
持
物
、
爲
参
詣
人
諸
人
令
各
結
縁
。
愛
知
、
眼
則
拝
見
大
日
和
光
、
眼
根
所
犯
罪
霜
悉
解
洋
、
耳
則
聴
聞
遍
照
徳
風
、
耳
根
所
犯
業
塵
皆
沸
盤
、
手
則
相
燭
高
祖
什
物
、
身
根
所
犯
窮
障
併
除
滅
、
意
則
信
知
大
師
化
行
、
意
根
所
犯
妄
執
都
消
亡
、
見
聞
燭
知
成
有
勝
利
、
道
俗
紬
素
非
無
妙
盆
而
已
。
又
或
先
徳
醍
醐元杲
云
、
令
人
扶
助
杖
是
勝
妙
也
、
故
怒
非
門
道
俗
之
倫
先
示
御
迦
葉
杖
、
賞
命
拝
見
之
。
復
為
巡
禮
師
邸
門
徒
御
木
履
尤
相
當
其
儀
、
故
先
出
木
履
応
令
拝
見
之
云
云
。
後
命
拝
見
影
像
井
御
所
持
物
之
後
、
亦
結
秘
印
郎
諦
明
堅
閉
両
戸
云
云
。
其
後
結
大
三
摩
耶
印
讃
同
明
已
解
界
護
身
、
罷
帰
禅
庵
任
意
休
息
ス
ヘ
シ
云
云
,
一
必
於
御
影
堂
可
出
入
自
後
、
本
縁
由
來
子
細
事
、
昔
吾
高
祖
遍
照
金
剛
、
從
北
僧
房
詣
南
佛
堂
、
是
則
自
影
堂
後
被
令
出
入
御
是
先
規
也
。
仍
代
々
御
室
師
資
稟
承
守
彼
奮
儀
令
出
入
給
云
云
。
又
代
々
有
心
當
山
執
行
皆
以
自
後
令
出
入
也
。
已
上
琳
賢
阿
闘
梨
口
傳
末
資
道
範
記
之
。
享
保
十
四
乙
酉
十
月
一
日
書
窩
託
金
剛
佛
子
妙
瑞
。
賓
暦
寅
年
七
月
五
日
傳
受
書
寓
畢
金
剛
峯
寺
菰
猫
密
門
。
寛
政
三
年
辛
亥
七
月
廿
日
書
寓
之
乗
膿
。
中
院
流
長
覚
相
承
の
三
重
大
事
は
前
記
と
眞
言
が
逆
次
す
る
。
い
は
く
、
御
入
定
法
(外
題
)
御
影
堂
入
内
陳
作
法
先
結
無
所
不
至
印
誦
、
是
十
方
降
魔
義
。
次
同
印
二
大
指
開
誦
、
是
則
開
法
界
宮
義
。
次
八
葉
印
誦
、
即
入
華
藏
世
界
義
。
御
影
堂
内
陳
密
嚴
華
藏
雨
部
不
二
義
也
、
東
西
両
部
、
中
壇
不
二
之
義
也
。
一 御 入 定 之 時 、 結 浄 三 業 印 當 顧 下 立 、 浄 三 業 眞 言 誦 終 加 、 是 究 寛 甚 深 秘 法 也 。 私 云 、 此 法 金 剛 峯 寺 可 爲 ,座 主 之 仁 可 被 授 與 之 、 努 。 穴 賢 。 こ ゝ に 示 す 御 入 定 大 事 は 持 流 相 傳 の 分 に 非 す し て 、 傳 法 院 流 源 意 闊 梨 相 傳 の 分 な る が 、 こ れ ら の 御 入 定 大 事 に つ い て は 、 よ ろ し く 拙 著 ﹁ 弘 法 大 師 の 入 定 観 ﹂ (四 二 以 下 ) を 参 照 さ れ た い 。 以 上 の 三 重 大 事 以 外 に 、 無 量 光 院 玄 昌 相 承 の 秘 印 明 及 び 帰 本 大 事 、 心 南 院 方 相 傳 の 臨 終 大 事 、 明 算 感 得 の 帰 本 大 事 な る 四 通 が あ る 。 弘 法 大 師 の 御 影 に つ い て (下 ) 三 三弘 法 大 師 の 御 影 に つ い て ( 下 ) 三 四 ( 一 ) 一 御 影 堂 秘 印 明 (表 書 )
虚
圓
合
掌
誦
八
葉
白
蓮
等
四
句
本 有 。 心 蓮開
八
葉
型
修 生 。 心 蓮結
非
内
非
外
縛
印
誦
。
終
誦
入
二
大
指
本 有 修 。 生 不 二明
暦
三
年
丁
酉
二
月
十
五
日
宿
曜
授
存
昌
了
傳
授
大
阿
闘
梨
権
大
僧
都
玄
昌
(花
押
)
。
(
二
)
一
帰
本
大
事
御
影
合
掌
印
帰
命
本
覚
心
法
身
大
塔
八
葉
常
住
妙
法
心
蓮
壷
外
五
胎
印
本
來
具
足
三
身
徳
塔
印
三
十
七
尊
住
心
城
明
暦
三
年
丁
酉
二
月
十
五
日
宿
曜
授
存
昌
了
傳
授
大
阿
閣
梨
権
大
僧
都
玄
昌
(花
押
)
。
(以
上
中
院
流
印
信
類
聚
)
(三
)
二
御
影
堂
號
臨
終
胎
藏
本
有
心
蓮
入
葉
白
蓮
一
肘
間
中
央
九
識
姻
現
字
素
光
色
胎
金
禅
智
倶
入
金
剛
縛
、
召
入
如
來
寂
静
智
。
我
等
一
息
切
断
時
、
如
來
寂
静
覚
悟
。
(中
院
流
私
口
決
、
心
南
院
方
)
(四
)
帰
本
大
事
(外
題
)
大
師
御
影
堂
帰
命
本
覚
心
法
身
合
掌
大
塔
本
佛
常
住
妙
法
心
蓮
壷
八
葉
弘
法
大
師
の
御
影
に
つ
い
て
(下
)
三
五
弘 法 大 師 の 御 影 に つ い て ( 下 ) 三 六 本 來 具 足 三 身 徳 外 五 古 金 大 日 三 十 七 尊 住 心 城 塔 印 彌 勒 観 大 塔 水 普 門 塵 敷 諸 三 昧 定 印 遠 離 因 果 法 然 具 智 拳 印 無 邊 性 徳 本 圓 満 外 縛 還 我 頂 禮 心 諸 佛 内 縛 承 和 元 年 甲 寅 十 二 月 十 三 日 鬼 宿 、 大 師 傳 授 眞 然 、 大 師 御 影 堂 御 行 法 之 時 授 眞 然 、 明 算 夢 中 得 之 、 中 院 流 大 事 云 云 。 御 影 堂 外 陳 、 内 陳 、 内 々 陳 の 三 重 櫃 開 閉 に 対 す る 甚 深 の 口 傳 、 及 び 帰 本 臨 絡 時 に 際 し 心 を こ の 堂 の 内 陳 に 專 注 し て 密 嚴 華 藏 の 浮 刹 と 親 じ 、 も つ て 大 師 一 世 の 値 遇 を 蒙 ら む と す る 先 徳 仰 信 の 態 度 を 想 見 す る に お い て は 、 古 來 い か に こ の 堂 を 神 聖 視 せ る か が 知 り え ら る ゝ 。 一 〇 上 來 に お い て 御 影 堂 興 贋 の 歴 史 を 辿 り し 結 果 、 こ の 堂 が 他 の 堂 塔 よ り も 災 鍋 に か ゝ り し こ と の 比 較 ほ的 勘 き ゆ ゑ ん を 知 る も 、 し か し 大 永 ・寛 永 ・天 保 の 三 度 に わ た る 炎 上 の 事 實 を 認 め な け れ ば な ら ぬ 。 從 つ て 現 存 の 御 影 に 対 し て も 、 こ れ は た し て 眞 如 親 王 御 筆 の 原 始 像 な り や 、 或 ひ は 三 度 中 い つ れ の と き