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(1)

判例評釈

〔商事判例研究〕

早稲田大学商法研究会

70 監査法人トーマツに対する福徳銀行・なにわ銀行有価証券 報告書虚偽記載(無限定適正意見) 損害賠償請求事件判決

(東京地裁、平成18年9月27日、資料版商事法務No.275、241頁)

滿 井 美 江

Ⅰ 事案の概要 1.事実の概要

(1)

原告は、平成10年9月、福徳銀行の株式を購入、また、福徳銀行およびなにわ 銀行が同年10月に特定合併したことにより設立されたなみはや銀行が増資のため に発行した株式の割当を受け、同年12月になみはや銀行の株式を購入した。その 後、なみはや銀行は、平成11年8月に、金融再生委員会から破綻認定がされたこ とから、原告の株式は無価値となった。

平成10年3月期の福徳銀行およびなにわ銀行の各平成10年3月期の有価証券報 告書においては、当時、上記2行の会計監査を行っていた監査法人トーマツが、

無限定適正意見を付していた。原告は、「無限定適正意見は虚偽であり、無限定 適正意見が付されていなければ、株式は購入しなかった」旨主張し、福徳銀行と なみはや銀行の株式購入金額と利息につき、損害賠償請求の訴えを起こしたもの である。

本事案においては、虚偽記載にあたるか否かの争点において、貸倒引当金計上 の算定基準が焦点となった。貸倒引当金計上については、商法および商法施行規 則、証券取引法および財務諸表規則、銀行法および銀行法施行規則等、銀行の会 計基準を定める関連法令に具体的な定めはなく、銀行は、従来から監督官庁であ る大蔵省の発出する通達の示す基準により、貸倒引当金を計上してきた。具体的 には、税法基準に即した基準(個別具体的な債権の回収見込みではなく、貸金の0.3

%を繰入れるが、回収不能や損失の発生が見込まれる貸出金については、その内容を予

(1) (株)コーワフューチャーズ。原告は平成18年10月12日に大阪地裁から破産手続開始決 定を受け、事実上倒産。

(2)

め当局に提出して、有税扱いで償却する。以下、「改正前決算経理基準」という。なお、(2) 有税扱いの償却基準は存在しておらず、例外的な扱いとして、ほとんど実施されていな かった)である。しかし、バブル崩壊後、金融機関の不良債権が増加傾向を示す と、大蔵省は、平成4年に、無税による繰入対象を広げるため、金融証券検査官 が認定した場合は無税扱いで償却を認めるいわゆる「不良債権償却証明制度」に 関する通達を発出。銀行は、これら会計基準に則った貸倒引当金計上を行ってい た。

その後、平成8年11月に日本版金融ビッグバンが内閣総理大臣から指示され、

政府は金融システムの抜本的改革に乗り出し、その一環として、金融機関に適時 の業務改善命令等を講じるための「早期是正措置制度」が平成10年3月期から導 入されることとなった。「早期是正措置制度」においては、銀行が自らの責任に おいて適切な償却・引当を行い、資産内容の実態をできるかぎり客観的に反映し た財務諸表を作成することを前提としており、大蔵省は、同制度の内容について 平成9年3月に「早期是正措置制度導入後の金融検査における資産査定」(以下、

「資産査定通達」という。)として、また、同制度の下において、「各銀行は、自行 が定める償却及び引当金の基準に従って資産評価を実施し、貸倒引当金は合理的 な方法により算出して繰り入れること」とする決算経理基準(以下、「改正後決算 経理基準」という)について同年7月に通達を発出した。但し、税法基準を充た さなくとも、有税扱いでの償却処理が直ちに認められること、また有税で処理し ても、法人税額が適正に期間配分される税効果会計の適用が認められることとな ったのは、平成10年6月以降であった。

このように貸倒引当金に適用する会計基準を変更する通達が相次いで発出され る中、本事案で福徳銀行となみはや銀行が平成10年3月期決算で採用した算定基 準は、税法基準の0.3%を5%に引き上げて繰り入れるもので、改正後決算経理 基準によるものではなかった。原告は、唯一、改正後決算経理基準によって引当 がなされるべきところ、両行の貸倒引当金の計上はこれに従っておらず、貸倒引 当金は大幅な過少計上であり、平成10年3月期の有価証券報告書の無限定適正意 見は、虚偽記載にあたるとして、同意見を付した監査法人トーマツに対して、損 害賠償を請求する訴えを提起したものである。

2.訴えの概要

① トーマツが会計監査をしていた福徳銀行およびなにわ銀行の各平成10年3月

(2) 償却とは、回収見込みのない資産を貸倒として(損金)処理すること。企業会計上は損 失として処理しても、税務上、損金として認められない場合には、損金算入しない利益金額 が税額算定の対象となり、これを有税扱いでの償却と呼んでいるもの。

284

(3)

期の有価証券報告書に無限定適正意見が付されていたこと

② これに基づき、原告は同年9月に福徳銀行の株式を購入し、また、福徳銀行 およびなにわ銀行が同年10月に特定合併したことにより設立されたなみはや 銀行からも増資のために発行した株式の割当を受けて同年12月に購入したこ と

③ なみはや銀行が平成11年8月に金融再生委員会から破綻認定がされたことに より原告の株式が無価値となったこと

以上を前提に、有価証券報告書における無限定意見は虚偽であり、無限定適正意 見が付されていなければ原告は株式を購入しなかったと主張して、トーマツに対 し、福徳銀行の株式については証券取引法24条の4、なみはや銀行の株式につい(3) ては民法第709条の不法行為につき、合計20億480万円と年5分の金利分の損害賠 償を求めるもの。

3.争点・判決

争点となったのは、以下の4点。

(1) 平成10年3月期の福徳銀行およびなにわ銀行の有価証券報告書における被 告による無限定適正意見が虚偽記載にあたるか

(2) 有価証券報告書に虚偽の記載があることと損害発生との間の因果関係の有 無

(3) 有価証券報告書に虚偽記載があるのに無限定適正意見を付したことに関す る被告の故意または過失の有無

(4) 損害額

本判決は、「虚偽記載は認められないとし、証券取引法上の「虚偽」の要件を 充たさないこと、よって民法709条の不法行為に関しては、被告の行為に注意義 務違反はなく、過失行為がないから、(2)以下の争点について判断するまでも なく、請求に理由はない」とし、請求を棄却した。そして、判決の最後におい て、「虚偽記載が仮にあったとしても、争点(2)の相当因果関係について、証 拠はなく、認められない」旨、付言している。

原告は控訴せず、判決は確定した。

(3) 第22条の規定(虚偽記載等ある届出書の提出会社の役員等の賠償責任)は、有価証券報 告書のうちに重要な事項について虚偽の記載があり、又は記載すべき重要な事項若しくは誤 解を生じさせないために必要な重要な事実の記載が欠けている場合に準用する。この場合に おいて、同条第1項中「有価証券を募集又は売出しによらないで取得した者」とあるのは、

「有価証券を取得した者」と読み替えるものとする。

285

(4)

Ⅱ 争点についての判示 1.争点(1)についての判示

(1) 虚偽記載の判断基準

① 証券取引法24条の4にいう有価証券報告書の重要な部分に関する「虚偽」と は、事実に反する記載をいう。

② 原告が虚偽と指摘するのは、被告の付した無限定適正意見のうち、両行の貸 借対照表の貸倒引当金に関する記載が適正であるという部分であるところ、

ア.貸倒引当金は債権の評価方法としてされる貸倒見積高、すなわち見込み金 であって、貸借対照表の基準時における爾後の予想であるから、一義的に 定まるものとは異なり、何らかの一定の方法により定めるよりほかないも のであること

イ.貸倒引当金は貸借対照表の一部であり、貸借対照表は商法の規定によって 作成される計算書類であることから、その内容は、公正な会計慣行を斟酌 したものでなければならないこと

ウ.これらのことに照らすと、被告の付した上記意見については、上記報告書 中に計上された貸倒引当金の額が、公正な会計慣行を斟酌し、法令に定め られた方法により算出および記載されるべきものに反しているにもかかわ らず、これを適正とした場合に初めて、事実に反し、「虚偽」になる。

(2) 平成10年3月期当時における貸倒引当金計上の基準と計上の適否の判断

① 公正な会計慣行とは

公正な」、すなわち商法や証券取引法の目的である、会社の利害関係人や投資 者を保護するために会社の財産状態を適正に表示するのに適する性質を有するべ きものではあるが、それが「会計慣行」、すなわち会計方法に関する事実たる慣 習として現に行われていることを要することからすると、上記法令のみならず税 法等の関連法令やそれらに基づく行政庁の指導等を総合考慮したうえで、当該銀 行が支障なく実行し得る内容であることを要するのであり、純粋な会計学的意味 における公正さを完全には満足し得ない場合もある。

② 平成10年3月期に至る会計基準に関する状況

ア.当時の法人税法は、現行法とは異なり、個別具体的な債権の回収見込みに 基づく貸倒引当金の損益算入を認めておらず、例外的に債権償却特別への 組み入れが法令上の根拠なく行われていたに過ぎないから、法人の貸倒引 当金計上に当たって公正さを確保するについては法人税上一定の制約があ ったのであり、このことは銀行にとどまらず法人一般に妥当することで、

企業会計に携わるものに公知の事実であった。

イ. 平成9年より前は決算経理基準が存在し、原則として法人税法・法人税 286

(5)

法施行令で損金として認められる限度額0.3%を繰り入れることとし(無 税引当て)、この額を超えて引当金とすることができるが(有税引当て)、 その場合は当局に対して債権内容をあらかじめ提出することとされている にとどまっており、しかも有税引当の基準等が存在せず、さらには再建計 画が実施されている債権者については、有税引当は企業会計上の合理性が ないとして認められず、特別目的会社を設立することによる債権の流動化 が促進されていた。(4)

(3) (2)②の状況下において行った福徳銀行およびなにわ銀行の貸倒引当金 計上の適否

① 銀行としては、有税を前提として税法基準以上の貸倒引当金を計上すること は不可能ではなかったが、その場合には計上額に対する高率の法人税を負担 しなければならず、いまだ税効果会計制度も導入されていなかったことから すると、あえて有税の貸倒引当金を計上することは財務の健全性を損ねるこ とになりかねず、また、債権の種類によっては有税の引当て自体が抑制され ていたことも考え合わせると、銀行としては、当時、税法基準以上の貸倒引 当金を計上することは支障なく行えることではなく、結局、税法基準の限度 でこれを計上するにとどめることも、公正な会計慣行に従ったもの(と評価 した)。

② 大蔵省は、資産算定通達の発出と決算経理基準の改正を行い、銀行に対して

(4) 当時の銀行の会計基準に関する法令の定めとしては、銀行が銀行法5条の定めにより、

株式会社でなければならないこととなっているため、まず、商法281条に従い、また、証券 取引所上場会社であれば、証券取引法24条・193条の定めに従うこととなる。商法第281条1 項では、計算書類に記録すべき事項及びその記録の方法は、法務省令をもって定めることと し、これを受けた法務省令第22号「商法施行規則」の第34条において、第5章でこれらを定 めるとして、詳細規定を置いているが、銀行等に関しては、同章第5節で「別記事業を営む 会社についての特例」を設け、銀行法に定める銀行の作成すべき計算書類の記載の方法につ いては、銀行が作成すべき計算書類の記載事項等について定めのある銀行法施行規則の定め によることとしていた。また、証券取引法により作成が義務付けられる財務諸表等について も、内閣府令第17号「財務諸表等の用語、様式及び作成に関する規則」の第2条において、

商法施行規則同様、「別記事業を営む株式会社についての特例」として、銀行・信託業を営 む株式会社は、特に法令の定めがある場合、または、当該事業の所管官庁が、この規則に準 じて制定した財務諸表準則がある場合には、それらに従うものとする旨を定めていることか ら、商法の定めるところと同様、銀行法施行規則によることとなる。

同規則は、本判決で争点となった貸倒引当金の計上基準について詳細な定めは置いていな い。実務上は、銀行の監督官庁である大蔵省(当時)が発出する通達により、銀行が計上す べき貸倒引当金の基準が周知され、大蔵省が銀行監督の一環として実施する金融検査によ り、当該基準の実施が担保されていた。

287

(6)

税法基準にこだわらない貸倒引当金の計上を促していることが認められる が、これらはいずれも法規範を定立したものではなく、税法の定めを何ら変 更するものではないから、これらによって上記の評価が左右されるものでは ない。

以上によると、平成10年3月期においては、福徳銀行およびなにわ銀行として は、税法基準を満たす貸倒引当金を計上すれば足りるところ、両行ともにこれを 上回る金額を計上しているから、これを適正とした被告の意見は「虚偽」に該当 しない。

よって、その余の争点について判断するまでもなく、原告の証券取引法24条の 4に基づく請求及び不法行為に基づく請求には理由がない。

2.争点(2)についての付言

原告の損害はなみはや銀行が破綻してその株式が無価値になったものである が、同行の破綻の原因は必ずしも明らかでなく、むしろ同行の合併後少なくとも 半年間は問題なく運営され、業績も若干ではあるが伸びており、株価も原告の取 得価格前後で推移していたのであるから、それまでの時点において破綻の原因が すでに生じていたとはいえず、少なくとも同行の破綻の直接の原因は、結果的に 無罪に終わった商法違反被疑事件によって福徳銀行の元役員らが逮捕されたこと から、なみはや銀行に対する信用不安が生じ、預金の払戻しが増加し、株価も急 落したことによるものと見るのが妥当である。

Ⅲ 検討

結論に賛成であるが、理由付けの一部には疑問が残る。

1.本判決の意義

平成9年9月〜10年3月の銀行の決算の殆どは、税法基準に沿った改正前決算 経理基準に基づき実施されている。その後、急激な株価下落等、経済環境の悪化 によって多くの銀行が苦境に陥り、本判決の2銀行のほかにも、破綻に至った日 本債券信用銀行(以下、「日債銀」という)、日本長期信用銀行(以下、「長銀」とい う)において、本判決同様、税法基準に沿った改正前決算経理基準による決算処 理が、公正なる会計慣行に拠らない違法なものであるとして、商法上の違法配当 や、証券取引法上の虚偽記載等により、当時の取締役に対する民事・刑事訴訟が 提起されている。(5)

(5) 日債銀を巡っては、刑事訴訟3判決(平成16年5月28日東京地裁・平成19年3月14日東 288

(7)

刑事裁判は、平成20年7月18日の長銀事件の最高裁判決を除き、いずれも平成 10年3月期の決算は、改正後決算経理基準が唯一の公正なる会計慣行であり、同 基準に拠らなかった経営陣をいずれも有罪とした。一方で、民事判決は、改正後 決算経理基準は当時の唯一の公正なる会計慣行ではなく、改正前決算経理基準は 公正なる会計慣行であったから、これを採用した決算処理に違法はなかったと し、民事と刑事で判断が分かれていた。平成20年7月18日の長銀事件の刑事最高 裁判決は、原判決を破棄し、長銀事件の民事一審判決が行った「唯一の公正なる 会計慣行」となるための要件を設けてテストを行うアプローチに類似した理論構 成をとり、当時の状況の下、改正後決算経理基準は唯一の公正なる会計慣行では なく、税法基準の考え方によることが直ちに違法であったとはいえないと判示し た。

本判決は、民事裁判であり、日債銀・長銀の民事判決および長銀の刑事最高裁 判決と同様、改正後決算経理基準は、当時の唯一の公正なる会計慣行ではないと 判示している。本判決も含め、いずれの判決も、「公正なる会計慣行」の意味す るところについて判示しているが、本判決は特に、税法基準に沿った改正前決算 経理基準は、「会計学的意味における公正さを完全には満足し得ない」が、「会計 慣行」とは「すなわち会計方法に関する事実たる慣習として現に行われているこ とを要する。商法や証券取引法のみならず税法等の関連法令やそれらにもとづく 行政庁の指導等を総合考慮したうえで、当該銀行が支障なく実行し得る内容であ ることを要する」ものであり、「銀行としては、当時、税法基準以上の貸倒引当 金を計上することは支障なく行えることではなく、結局、税法基準の限度でこれ を計上するにとどめることも、公正な会計慣行に従ったもの」と評価した。すな わち、本理由付けは、慣行となっていた税法基準による改正前決算経理基準の公 正性の限界を認めつつも、それ以外に銀行等が支障なく行い得る基準がなけれ ば、改正前経理基準に拠ることは公正なる会計慣行に従ったものであるとするも のであり、従来、刑事判決(長銀事件の最高裁を除く)では平成10年3月期よりも 以前、民事判決および長銀事件の刑事最高裁判決では平成10年3月期において、

改正前決算経理基準の公正性について、「会計学的意味合い」や、「行い得るもの かどうか」といった視点からの特段の検討・理由付けなくして肯定していたのと 一線を画すものである。

確かに、改正前決算経理基準のように、個別の債権の貸倒見込みを勘案せずに

京高裁判決、平成17年7月6日東京地裁)・民事訴訟1判決(平成16年5月25日京都地裁)、

長銀を巡っては、刑事訴訟4判決(平成14年9月10日東京地裁・平成16年5月28日東京地 裁・平成17年6月21日東京高裁・平成20年7月18日最高裁)・民事3判決(平成17年5月19 日東京地裁・平成18年11月29日東京高裁・平成19年4月13日大阪地裁)あり。

289

(8)

一律の引当率によって貸倒引当金計上を行うことは、債権評価として会計上は意 味のない会計処理となっていることは明らかであって、会計の専門家でなくとも 認識し得ることではある。しかし、会計上「公正性」でなくとも、「公正なる会 計慣行」と認めるための理由付けは明確にしていない。

本判決は、事案の発生は平成10年であるが、平成17年会社法改正後に下された ものである。平成17年改正においては、「公正なる会計慣行」を定める商法32条 2項や、会計監査人の行為に基づく責任が、株主代表訴訟の対象となる等の改正(6) が実施されている。本事案は、株主代表訴訟ではないが、会計監査人の責任追及 事案であり、前述の改正前決算経理基準に対する公正性の評価スタンスの変化 は、場合によっては平成17年改正の影響を受けた可能性も考えられなくはない

(詳細後述)。

2.以下、検討する。

(1) 公正なる会計慣行」の制定・改正経緯(7)

(イ) 昭和35年試案(会計処理に関する包括規定制定の問題提起)

(ⅰ) 法務省法制審議会商法部会小委員会(昭和33年7月4日)において、「会 計処理に関する原則規定をもうけるべきか」という問題提起がなされた。

(ⅱ) ①原則規定を設けない、②「真実かつ公正な」会計処理に関する抽象的 な規定を設ける、③計算の処理については公正妥当な会計慣行または公正 妥当な企業会計原則に従わなければならない旨の規定を設けるという3つ

(6) 旧商法および商法特例法においては、会計監査人の行為に基づく責任は、株主代表訴訟 の対象外であった(商267条)ことから、株式会社の破綻に際して、投資家が会計監査人に 損害賠償責任を請求するケースはあったが、平成17年改正により、会計監査人の会社に対す る責任が株主代表訴訟の対象になったことから、株式会社が破綻に至らなくとも、会社に損 害を与えたとして、訴えを提起される可能性が出てきた。また、平成17年改正の立案関与者 によれば、「会社法施行前に生じた会計監査人の責任についても、整備法において、「旧商法 特例法の規定による会計監査人の施行日前の行為に基づく損害賠償責任については、なお従 前の例による」旨の経過措置規定が設けられているが(整備法55条)、当該規定は、施行日 前の行為に基づく損害賠償責任についてはその責任の性質(過失責任であるか無過失責任で あるか)および免除の可否並びに免除のための手続が旧商法特例法の規律に従うこととなる ことを意味するにとどまる。また、株主代表訴訟につき、従前の例による旨を定める経過措 置規定の対象は、施行日前に株主により提訴請求がされた場合における当該請求に係わるも のに限定される。したがって、会社法施行前に行われた会計監査人の行為に基づく責任も、

責任追及等の訴えの対象となる」。相澤哲・葉玉匡美・郡谷大輔「論点解説 新・会社法」

(2006年、商事法務)427頁。すなわち、本判決のように、平成17年改正以前の発生事案も対 象範囲となる。

(7) 弥永真生「商法計算規定と企業会計」(平成12年、中央経済社)15、18〜19頁。

290

(9)

の見解があったが、②の見解に対し、抽象的であり訓示規定的なものに止 まるという批判、③の見解に対し、このような原則規定を設けると、それ が強行法規となるが「公正妥当な会計慣行」の内容があきらかではないこ と、『企業会計原則』に従った会計処理はすべて「公正妥当な会計慣行」

に従ったものと誤解される危険があることなどが指摘され、原則規定を設 けないこととされた。

(ロ) 昭和49年商法改正(「公正なる会計慣行」の新設)

(ⅰ) その後、大規模な粉飾決算を伴った大企業の倒産の続出を背景として、

監査体制の強化をねらった昭和49年商法改正においては、大会社について 会計専門家である会計監査人による会計監査が求められるに至り、商法に おける監査と証券取引法による監査の一元化が課題となり、企業会計原則 修正案(昭和44年)は、商法にいわゆる包括規定をおくことを要請した。

(ⅱ) また、昭和35年要綱で原則規定を設けないこととされた後も、企業会計 審議会は、折に触れて、包括規定を設けることを提案し続けており、法制 審議会商法部会も包括規定の導入を前提として、さまざまな文言が検討さ れた。最終的には、「公正な会計慣行に準拠(または)依拠しなければな らない」とするか「公正な会計慣行を斟酌しなければならない」とするか に絞られた。

(ⅲ) 公正な会計慣行に準拠(または)依拠しなければならない」とすると 事実上『企業会計原則』に従わなければならないことになりそうである が、『企業会計原則』をそのまま商法上の規範として採用することには問 題があること、正当な理由があっても適用しなければならないこと、経済 活動の変化などによって新しい合理的な会計処理が現れても、それを適用 できなくなることなどが指摘され、結局、昭和45年要綱の第十五の一の

(2)は、「商業帳簿の作成に関する規定の解釈については、公正なる会計 慣行を斟酌しなければならない」とし、昭和49年改正によって「商業帳簿 ノ作成ニ関スル規定ノ解釈ニ付イテハ公正ナル会計慣行ヲ斟酌スベシ」

(32条2項)とする包括規定が新設された。

(ⅳ) この議論の背景には、公正なる会計慣行=『企業会計原則』と考えるの は、行政官庁の諮問機関である企業会計審議会に白紙委任するに近く、そ れは商法の立場から、法律上疑問であるとの懸念があったことが指摘され ている。

(ハ) 昭和56年商法改正(「公正なる会計慣行」は改正なし)

(ⅰ) 改正試案において、企業会計審議会の「商法意見書」により強く主張さ れたことにより、「株式会社の計算書類の基本原則として、『貸借対照表及

291

(10)

び損益計算書並びに付属明細書は会社の資産、負債、資本、収益及び費用 の状況を正しく示すよう作成しなければならない』との趣旨の規定を設け るとの意見があるがどうか」という問題提起がなされていたが、株式会社 の計算についての基本原則を定める規定の新設については、消極的な意見 が大勢を占め、学会は一致して消極的であった。(8)

(ⅱ) 法制審議会商法部会では、このような一般規定の法律効果が明瞭でな く、少なくとも今回の改正で是非とりあげる必要は乏しいという意見が多 く、また、「改正試案」に対する各界からの意見照会でも「このような規 定を設けることは不適当ないし不必要であるという意見が圧倒的に多かっ た」などの理由により、結局、昭和56年商法改正には反映されなかった。

(ニ) 平成17年会社法改正(「公正なる会計慣行」の表現の改正)

(ⅰ) 平成17年、会社法改正により、商法32条2項は、会社法431条に「株式 会社の会計は、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うものと する」と定められた。商法32条2項と比較すると、「斟酌」を「従う」と いう表現に、「規定の解釈」に関する規定として規律していたものを「株

(8) その根拠としては、次の意見が挙げられた。第1に、「商法意見書」に示されたような 基本原則は、まったく当然のことをいっているものであって、何人もその趣旨について異論 はないのであり、あえてそれを商法上明文化すべき積極的な理由はない。第2に、「会社の 財政状態及び経営成績を適正に示すよう」作成するためには、具体的にこれをどのように行 うべきかが明らかではない、したがって、それは抽象的・訓示的な規定に止まり、その法律 的効果の点においても、そのような規定を設ける積極的な理由に乏しい。第3に、商法32条 1項に定める斟酌規定は、当然に株式会社の計算・公開規定にも及ぶのであるから、株式会 社についてさらに基本原則を設定することは屋上屋を重ねるようなものである。すなわち、

「商法意見書」が示すような基本原則が定められなくても、商法上明文の定めがない事項ま たは明文の規定があっても、その解釈が明らかでない事項については、公正な会計慣行を斟 酌または援用しなければならないことは解釈上認められているところである(商法1条およ び32条2項のほか、法例2条、民法92条)から、基本原則を定める実益に乏しい。第4に、

「商法意見書」が示すような基本原則が商法に定められた場合に、かりに、その効果として、

その財政状態及び経営成績を適正に示すために、「法令及び定款」に従うほか、事実上、『企 業会計原則』に従わなければならないことになると解されることになるとすると、『企業会 計原則』の法的地位が商法上強く認められることになるが、『企業会計原則』は、政府の一 諮問機関の答申・意見に過ぎないのであるから、これにそのような法的地位を事実上認める ことは適当ではない。また、現在の『企業会計原則』にそのような法的地位を商法上認める にふさわしい内容・条件が備わっているか、また今後とも従来のような設定機関に『企業会 計原則』の制定を制度的に委任することができるかなどの問題があり、さらに「企業会計原 則に法規性をもたせようとするものとすれば、法的安定性を害するおそれがある。株式会社 以外の会社の計算書類を軽視させるおそれがある」などの問題がある、というものである。

弥永・前掲・注7)21〜23頁。

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(11)

式会社の会計に関する規定」に変更されている。

(ⅱ) この変更について、改正法の立案事務関与者は、「旧商法における『斟 酌』という用語は、微妙な表現ではあったものの、公正なる企業会計の慣 行に従わない会計処理を容認することまでを意味するものではなかったた め、このような用語の変更によって、実質的な規定内容が変わるものでは ない」、「旧法の下でも、旧商法に規定のあるものに限らず、旧商法に規定 がない事項についても(あるいは、規定がない事項こそ)会計慣行を斟酌し て、会計処理をしなければならないという意味に解釈されていたところで あるので、この点も実質的には変わるところはない」としている。(9)

(ⅲ) しかし、「会計処理や計算書類の表示の段階においては、会社法は、原 則としてその独自性を主張しないことを明らかにし、会社の計算の実態的 な部分については、一般に公正妥当と認められている会計慣行に従うこと とした」ともしており、これすなわち「会計基準の根幹は、法律で定める(10) という取扱いは、廃絶された」ものと捉えるべきである。会計基準の根幹(11) が法律において確認されないということは、取締役や会計監査人に対する 責任追及の局面において、影響ある改正というべきではないかと思われ る。

(2) 会計監査人の責任の強化

前述のとおり、平成17年改正により、会計監査人についても重要な改正がなさ れている。主な点として、①会計監査人と会社との関係において、会計監査人は 役員には含まれないものの、「機関」とみる(会社法326条2項)(12) ②会計監査人の 会社に対する責任において、株主代表訴訟が認められる(会社法847〜853条)③

(9) 郡谷大輔・和久友子編、細川充・石井祐介著「会社法の計算詳解」(2006年、中央経済 社)3頁。

(10) 前掲・注9)4〜5頁。

(11) 稲葉威雄「会社法の基本を問う」(2006年、中央経済社)144頁。

(12) 江頭憲治郎「株式会社法 第2版」(2008年、有斐閣)547〜548頁。会社法326条では、

株主総会以外の機関の設置として、取締役会、会計参与、監査役、監査役会、会計監査人又 は委員会を置くことができる、としている。浜田道代教授は、「会社法第2編第4章第3節

『役員及び会計監査人の選任及び解任』や第7編第2章第3節『株式会社の役員の解任の訴 え』では、『取締役』『監査役』に『会計参与』も含めて、『役員』という語が用いられてい る。第2編第4章第11節『役員等の損害賠償責任』や847条などでは、それに『執行役』『会 計監査人』を含めて、『役員等』という語が用いられている」旨言及し、会社法では「会計 監査人」が準役員化しているとしている。浜田道代「会計参与、監査役、監査役会、会計監 査人」ジュリスト1295号(2005年)75頁。

293

(12)

監査や不正行為等の報告義務等における任務懈怠責任の免除は原則として総株主 の同意を要する(424条)などがある。

総じて、会社のガバナンス充実のため、会計監査人の監査機能を効かせるため の制度、すなわち、会計監査人の責任を強化する手当てを図っており、社外取締 役と同様、責任限定契約により最低責任限定額以上の額に限定することを可能と する責任の一部免除の制度を導入(会社法427条1項)してはいるが、改正前に比 べ、取締役との対立が不可避である場合は、会計監査の辞任といった選択肢も現 実的なものとなっている状況にある。

(3) 通説・学説

公正なる会計慣行」をめぐっては、「公正なる」と「会計慣行」とを分けて検 討するのが、通説的なアプローチであり、「公正なる会計慣行」を争点としてい る判例のほとんども、十二分な検討が行われたかは別として、この2つに分けて 判示を行っている。これは、慣行として実施されている会計基準は必ずしも公正 とは限らないため、会計慣行であっても、商人の財産および損益の状況を適切に 示す必要があるとする商法の観点から「公正」であると評価されない限りは、適 用ができないと考えられるからである。

公正」であると評価されるための商法の観点とは、商法の計算規定の目的、

すなわち商人の財産および損益の状態を明らかにするという目的に照らして判断 されるという点であり、これは、通説・学説とも違いはない。

一方、「会計慣行」の意義をめぐり、学説は変遷してきているという指摘が

(13)

ある。すなわち、1980年代ごろまでの通説的見解は、民法92条にいう事実たる慣 習を言う、あるいは一般的に広く会計上のならわしとして、相当の時間繰り返し 行われてきている(もっとも、民法92条にいう「慣習」ほど事実の繰り返しがなくと も会計「慣行」に該当し、実践されている場所的範囲も狭くて差し支えないし、すでに 実際上慣行として実施されていないものでも、近く実行される見込みがあれば十分)と 解するものであった。他方、1990年代後半には、少なくとも有価証券報告書提出 会社については、企業会計審議会が公表した企業会計の基準の適用が証券取引法 上強制される時点からは、その企業会計の基準が指示する会計処理方法は、商法 上も、公正な「会計慣行」にあたると解するのが多数説となり、背景として情報 提供目的が強調されるようになり、企業会計審議会の公表する会計基準が唯一の

「公正なる会計慣行」であると考えるべき場合がある(または推定される)とする 見解が有力になっているというものである。

(13) 弥永真生「会計基準の設定と「公正ナル会計慣行」」(判例時報1911号)26頁。

294

(13)

しかし、河本一郎教授は、「結果的に常にその原則に従った解釈をしなければ ならないかというと、企業会計原則以外になお合理的な会計慣行の存在を否定す るものではなく、企業会計原則を考慮にいれた上でなおその別の合理的と認めら れる会計慣行を採用したのであれば、それでもよいことになる旨、平成13年7月 設置の企業会計基準委員会議事録(88頁)に記録があ る」主 旨 の 指 摘 を し て

(14)

いる。

また、江頭憲治郎教授は、「企業会計審議会が公表する「企業会計原則」を始 めとする会計基準の内容は基本的事項に限られ、網羅的ではないこと、また、そ れが唯一の「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」であると解すべき理 由はなく、とくに中小企業の場合には、当該会計処理と異なる会計処理をなすこ とが直ちに違法とはいえないことが少なくなく、個々の会社にとっての「一般に 公正妥当と認められる企業会計の慣行」の内容を最終的に決定するのは、裁判所 の役割であると考えるべきである」としている。(15)

平成17年改正の立案関与者は、「会社法の適用対象会社には、証券取引法が適 用されない中小企業も含まれているが、これらにおいては、有価証券報告書提出 会社向けの会計基準とは異なり、中小企業における会計処理は、不文の会計慣行 に委ねられている部分が多く存するところであるが、そのようなものを公正な

「会計慣行」に含まれないものとすることが会社法の改正の趣旨ではない」とし(16) た。

これに対し、稲葉威雄教授は、「会社法下の法務省令(会社計算規則)が、具体 的な会計処理の基準を、会計慣行に丸投げしている場面が多く」、「証券取引法の 洗礼を受けない中小会社については、税法に基づく会計慣行はあるかもしれない が、直ちにそれが公正妥当なものであるとはいえない。その点については、会社 法がその基準を明らかにするのが制度の本来の趣旨でなければならない」と指摘 している。

平成17年改正を期に、改めて基本的な会計の理念や、企業種別毎の整理を検討 しなければならない状況にあると思われる。

また、先に述べたとおり、平成17年改正により会計監査人の責任が強化され、

より会社の機関に近く位置づけられている。判例や議論は今後積み重ねられてい くものであるが、本判決は、まさに平成17年改正後に会計監査人の責任が追及さ れているものであり、また、破綻に至らない会社であっても、会計監査人が株主 代表訴訟のターゲットとなるから、会計監査人の責任論についても、すみやかに

(14) 河本一郎「現代会社法 新版第9版」(商事法務、2004年)606頁。

(15) 江頭憲治郎「株式会社法 第2版」(有斐閣、2006年)565〜566頁。

(16) 前掲・注9)6頁。

295

(14)

詳細な議論をしていく必要があるように思われる。

(4) 本判決の特徴と検討

本判決の主要箇所については既に述べたが、前述のとおり、平成9年9月〜10 年3月の銀行決算処理を巡って「公正なる会計慣行」を争点として争われた判例 は、本判決以外に複数ある。平成10年3月時点における改正前決算経理基準(税 法基準の採用)と改正後決算経理基準の評価について以下、表1のとおり比較対 照した場合に、特徴的なアプローチをとっていることが見て取れる。

表1 事

裁 判 所・判 決日(民╱刑)

改正前決算経理基準

(税法基準)の評価

改正後決算経理基準の評価

本 件

東 京 地 判 H.18.9.27

(民事)

法人税上一定の 制 約 が あ り、公正さを確保するに十 分でなかったことは、法人 一般にも妥当し、企業会計 に携わる者に公知の事実。

一方で、改正後決算経理基 準は、(右記のとおり)銀 行が支障なく行えるもので はなく、改正前基準にとど めることもまた、公正な会 計慣行。

高率の法人税を負担しなければなら ず、いまだ税効果会計も導入されてい なかったことから、財務の健全性を損 ねる事となりかねない。「公正なる会 計慣行」ではない。なお、通達は、法 規範を定立したものではなく、税法の 定めを変更しない。

長 銀

東 京 地 判 H.17.5.19

(民事)

公正である。→但し、具体 的検討は不十分にしかなさ れていない。

「通達等に基づく会計処理方法に従う こと」が「公正なる会計慣行」である が、通達は不意打ちであったので「唯 一の公正なる会計慣行」とは認められ ない。

長 銀

東 京 地 判 H.16.5.28

(刑事)

(新しい通達が出状されて いることから)公正とは認 めなれない。

「通達等に基づく会計処理方法に従う こと」が「公正なる会計慣行」である ことから、「唯一の公正なる会計慣行」

である。

長 銀

東 京 地 判 H.14.9.10

(刑事)

(新しい通達が出状されて いることから)公正とは認 めなれない。

策定目的・経過・周知方法等に照らす と「公正なる会計慣 行」に あ た る。

→公正性は推認されるが、慣行性の具 体的な検討は不十分にしかなされてい ない。

296

(15)

長 銀

東 京 高 判 H.17.6.21

(刑事)

(新しい通達が出状されて いることから)公正とは認 めなれない。

策定経過・周知方法、および、もはや この基準からの逸脱が許されない事態 は銀行の共通認識であったから、「公 正なる会計慣行」にあたる。→但し、

慣行性の具体的な検討は不十分にしか なされていない。

長 銀

最 高 判H.

20.7.18

(刑事)

過渡的な状況のもとでは、

直ちに違法ではない。

新たな基準として直ちに適用するに は、(内容の)明確性に乏しく、従来 の基準を排除し厳格に従うべきことも 必ずしも明確でなく、過渡的な状況に あった

日 債 銀

東 京 高 判 H.19.3.14

(刑事)

会計慣行として存在してい ても、新通達の基本的な考 え方と相違しており。公正 性は失われているとみるべ き。

「通達等に基づく会計処理方法に従う こと」が「公 正 な る 会 計 慣 行」で あ り、また、改正前と改正後では、基本 的な考え方において相容れないことか ら、改正後経理基準が「唯一の公正な る会計慣行」である。

すなわち、他一連の判決が、改正前決算経理基準の公正性について、理由付け はそれぞれ異なるものの、一様に、改正後決算経理基準の通達が出状された後の 平成10年3月期の時点を意識した「公正」または「公正でない」と評価を行って いるのに比べ、本判決においては、改正後決算経理基準の通達の出状の事実・平 成10年3月期という時点とは特段関連なく、そもそも税法基準を採用する改正前 決算経理基準の採用につき、「公正さを確保するには法人税法上一定の制約があ った(=純粋な会計学的意味における公正さを満足していない)」と評価しているの である。他の判決では、「大蔵省による保護的行政のもとでは(担保されているか ら、十分に合理性があり)公正」といった条件付で公正性を認めているものもある が、本判決ではそれもせず、当該事実につき「このことは、銀行にとどまらず法 人一般に妥当することで、企業会計に携わるものに公知」と言い切っている。

このように改正前決算経理基準が公正性を欠いていると言及しながらも、本判 決は、平成10年3月期においては(それ以前も含め)、改正前決算経理基準により 決算処理を行うことについて、「公正な会計慣行に従ったもの」としている。公 正性を欠いているにも係わらず、公正な会計慣行に反しないという理由付けは、

「公正なる会計慣行」の公正性の意味について、以下の解釈をとっていることに よるもので、この解釈も、以下、表2のとおり、他判決(長銀・東京地判平成17年 5月19日)と対照させた場合、特徴的である。

297

(16)

表2 事

裁 判 所・判 決日(民╱刑)

① 公正なる会計慣行」

の公正性の意味

② ①を前提とした改正前(税法基 準)・改正後決算経理基準の評価 本

東 京 地 判 H.18.9.27

(民事)

純粋な会計学的意味におけ る公正さを完全に満足しな い場合もある。

会計慣行」と し て、現 に行われること を 要 す か ら、商法や証券取引法のみ ならず税法等の関連法令や それらに基づく行政庁の指 導等を総合考慮 し た う え で、当該銀行が支障なく実 行し得る内容のものである ことを要する。

貸倒引当金計上の純粋な会計学的意味 における公正性を確保しようとして も、税法上一定の制約が存在してい た。銀行としては、当時、税法基準以 上の貸倒引当金を計上することは支障 なく行えることはできなかったから、

「平成10年3月期当時の改正後決算経 理基準は、「会計慣行」とは認められ ない。税法基準の限度でこれを計上す るにとどめることは、公正な会計慣行 に従ったものと評価し得る。

長 銀

東京地判 H.17.5.19

(民事)

「公正なる」といえるか否 かは、「商人の営業上の財 産及び損益の状況を明らか にするという商業帳簿を作 成させる」商法の目的に照 らして、当該会計処理の基 準(具体的な会計処理の理 論あるいは方法)が、社会 通念上、合理的なものであ るといえるかどうかによっ て決せられる。

税法基準による改正後決算経理基準 は、大蔵省による事前の指導と規制の もとでの保護的な金融行政が取られて いた当時の銀行の会計処理方法とし て、十分な合理性を有し、「公正な会 計慣行」にあたる。

公正なる会計慣行」について考えるとき、「存在している会計慣行が公正であ れば、それを斟酌する」というアプローチが一般的である。例えば、会計慣行が 複数存在しているときに、その中で、公正性を欠くものは、公正なる会計慣行と して採用をすることは認められない、ということである。本件は、そのようなア プローチではなく、まず、「慣行というからには、支障なく実施し得るものでな ければならない」ということを前提においている。「法令や監督官庁の指導を総 合考慮のうえ」とはしているから全くのフリーハンドというわけではないが、

「公正性」について会計学的に満足するものでなくとも、現実に実施されている 実行可能な内容に重きをおいて、「公正なる会計慣行」である、とするものであ る。

このようなアプローチは可能なのであろうか。昭和49年の「公正なる会計慣 298

(17)

行」の新設時の経緯は、前述のとおりであり、本判決のアプローチに関連する議 論の有無については、不明であるものの、「会計専門家には認めがたいとされる ような事実上の実践に法的効力を認めるのは問題であるため、「公正ナル」とい う形容詞が付されたと解釈すべきであろう」との指摘がある。公正性について(17)

「会計専門家が認める」ことを基準とすることの妥当性については、まずは公正 なる会計基準として企業会計審議会が公表する「企業会計原則」が「公正なる会 計慣行」と推定されることからも認められる。本件では、「税法基準が会計の公 正性として限界があったことについて、企業会計に携わるものに公知の事実」と 判示されている。これすなわち、「会計専門家が認めていた」ことを意味してお り、企業が採用する基準としての公正性は容認されていたことを示唆するものと 思われる。しかし、このアプローチでは、商業帳簿のそもそもの作成目的と「会 計専門家が認める」公正性が乖離していった場合に、理論上は「会計専門家の承 認」次第で、乖離に歯止めがかからないこととなる可能性が考えられる。

平成17年改正により、会計監査人は、会社の機関に格上げ・株主代表訴訟の対 象と位置づけられたこと、損害賠償責任も厳格化されたこと等により、いわば取 締役と同様とも言える善管注意義務を負う立場になっているなかで、会社法の定 める会計基準は、「会計慣行に丸投げの状態」にある。

このような平成17年改正を多分に意識し、「公正なる会計慣行」の基準をあい まいなものとしたまま、会計監査人に経営判断原則を許容するような責任緩和と もいえる判決を下した本件については、その判断の基準・理由付けが不足してお り、疑問が残る。

以上

(17) 弥永真生「企業会計と法 第2版」(新世社、2001年)25頁。

299

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