陀
羅
尼
義
章
長
谷
部
諦
一 ⋮ ⋮ 序 。 二 ⋮ ⋮ 漢 譯諸 典 の 釋 。 三 ⋮ ⋮ 辭 典 上 の諸 釋 。 四 ⋮ ⋮ 秘 藏 記 の 釋 。 五 ⋮ ⋮ 智 慧 輪 の ﹁ 佛 法 根 本 碑 ﹂ の 釋 。 六 ⋮ ⋮ 高 祖 大 師 の 釋 。 七 ⋮ ⋮ 眞 自 と 咒 と 明 と 。 八 ⋮ ⋮ 總 結 。 一 、 序 眞 言 秘 密 乘 を 曼 荼 羅 乘 と 云 ひ 、 曼 荼 羅 乘 を 金 剛 乘 と 云 ひ 、 金 剛 乘 を 摩 訶 毘 盧 遮 那 乘 と 云 ひ 、 摩 訶 毘 盧 遮 那 乘 を 陀 羅 尼 乘 と 云 ひ 而 し て 陀 羅 尼 乘 を 阿 字 乘 と 云 ふ に 至 つ て 大 體 其 名 義 は 盡 き て 居 る や う で 有 る 。 名 義 は 終 に 其 實 體 の 存 在 を 招 く も の で 有 る か ら 今 暫 く 此 詮 義 立 て が 必 要 と 成 る 。 斯 く て 秘 密 乘 は 元 よ り 八 識 發 心 で 有 り 而 し て ﹃ 發 心 す れ げ 即 ち 到 る ﹄ で 有 る か ら 殆 白 紙 一 枚 の 表 裏 、 間 髪 を 容 れ ざ る 妙 機 會 を 不 思 議 に 轉 ず る 事 に 依 て 其 儘 阿 魔 羅 の 如 來淸 淨 識 を も 得 れ ば 或 は 六 識 以 下 の 鬼 や 蛇 を も 得 る 事 に 成 る の で 有 る 、 而 も 種 子 の 状 態 に 在 る 八 識 が 天 地 萬 象 を 込 め 人 生 萬 般 を 盡 し て 一 切 の 時 と 一 切 の 處 に 萠 芽 し 發 揚 す る と こ ろ 此 れ 即 ち 阿 字 の 輝 ぎ 、 陀 羅 尼 の 顯 現 、 摩 訶 毘 盧 遮 那 の 説 法 乃 至 兩 部 都 法 の 曼 荼 羅 壇 と 稱 す る の で 有 る 。 此 根 本 意 識 の 成 立 を 見 れ ば 、 其 所 に 忽 ち 不 二 の 關 係 に 於 て 六 大 の 體 も 四 曼 の 相 も 三 密 の 用 も 同 時 倶 時 に 整 然 と し て 伴 起 す る 事 元 よ り 何 の 不 思 議 も 疑 惑 も 無 い 筈 で 有 る 。 但 し 此 所 に 八 識 と 云 ふ 語 に 弊 が 有 り 且 つ 人 の 嫌 ひ と 云 ふ 情 が 有 る な ら ば 唯 ﹃ 達 磨 ﹄ な る ﹃ 法 ﹄ と も 阿 字 の ﹃ 阿 ﹄ と も 或 は ﹃ 陀 羅 尼 ﹄ と も 云 つ て 置 け ば 可 い 、 恐 ら く 此 等 の 語 を 使 用 す る 事 が 寧 ろ 正 當 で 又 却 て 解 し 易 い か も 知 れ ぬ 。 此 所 に 一 個 の 種 子 有 つ て 、 雨 に 霑 ひ 、 風 に 遇 ひ 、 □ 陀 羅 尼 義 章 四 七□ 密 教 研 究 四 八 萠 を 含 み 、 生 ひ 立 ち 、 光 り に 照 さ れ て 花 を 齎 し 實 を 結 ぶ 、 此 れ は 之 れ ﹃ 阿 ﹄ の 顯 現 位 に 上 つ た 状 態 で 有 る 。 一 個 の 生 殖 細 胞 が 人 間 と 成 つ て 生 れ 出 で 生 ひ 育 た 、 揉 ま れ て 、 修 行 し て 人 格 の 極 位 に 到 る 、 此 れ は 之 れ ﹃ 陀 羅 尼 ﹂ の 發 現 せ る 状 態 と 云 ふ も の で 有 る 。 即 ち 一 個 の 種 子 が 果 實 と 成 り 、 名 も 無 き 一 個 の 細 胞 が 人 格 を 回 展 し て 覺 位 に 上 る 、 此 れ が 自 然 界 と 人 間 界 に 於 け る 理 想 否 眼 前 の 事 實 有 る 。 別 言 せ ば ﹃ 磨 達 ﹄ -﹃ 陀 羅 尼 ﹄-﹃ 阿 ﹄ の 本 面 目 又 は 實 相 で 有 る 。 斯 く て 鳥 の 木 に 鳴 き 、 蝶 の 花 に 舞 ひ 、 一 個 の 林 檎 が 地 に 墜 ち 、 一 滴 の 水 が 石 を 打 ち 乃 至 人 が 口 を 開 け ば 阿 の 聲 を 發 す る 、 斯 く の 如 く に し て 五 大 若 し く は 六 大 は 此 偉 大 な る 天 地 と 人 生 を 込 め て ﹃ 逹 磨 ﹄ な る ﹃ 法 ﹄ 、 ﹃ 阿 ﹄ な る ﹁ 陀 羅 尼 ﹂ の 響 き を 發 し て 居 る の で 有 る が 、 此 一 大 活 事 實 は 元 よ り 一 切 處 一 切 時 で 有 る か ら 所 謂 本 不 生 際 に 住 す る も の で 、 所 詮 此 れ を 一 句 に し て 盡 さ ば ﹃ 阿 ﹄ 若 し く は ﹃ 陀 羅 尼 ﹄ の 本 來 具 足 せ る 眞 性 が 些 の 僞 り 無 く 、 豫 定 通 り の 企 て に 從 つ て 天 地 萬 有 の 間 に 水 も 洩 ら さ ぬ 其 眞 面 目 を 發 現 し た と 云 ふ 事 に 成 る の で 有 る 。 秘 密 乘 の 根 底 は 此 所 に 到 つ て 先 づ 其 成 立 の 立 塲 を 得 て 居 る 。 も ろ も ろ の 藥 草 は 人 間 や 動 物 の 疾 疫 を 救 は む と し て 生 れ た 毘 盧 遮 那 法 身 で 有 る 。 世 に 飮 み 食 ひ と 云 ふ 事 實 の 存 ず る は 饑 餓 の 有 る と 云 ふ 事 に 對 す る ﹃ 阿 ﹄ の 豫 定 の 謀 事 で 有 る 。 菩 薩 行 の 慈 悲 は 世 に 刀 兵 諍 鬪 有 つ て 法 本 位 に 住 せ ず 物 其 位 に 居 ら ざ る と こ ろ に 現 は る ゝ 密 々 佛 々 の 活 用 で 有 る 。 萬 物 此 ﹃ 法 ﹄ に 從 ひ 、 此 ﹃ 法 ﹄ を 現 じ て 止 ま ず 盡 き ず 、 乃 ち 物 に 物 格 、 人 に 人 格 、 佛 に 佛 格 を 具 す る 所 以 で 、 其 名 相 形 容 互 に 異 つ て ゐ て も 體 は 即 ち 一 で 有 る 、 此 根 本 大 覺 悟 の 事 實 を 密敎 に は 一 如 に 融 會 せ る 法 身 と 名 づ く る の で 有 る 。 此 れ こ そ は 無 盡 の 莊 嚴 、 無 邊 の 密 藏 で 、 虚 空 庫 菩 薩 の 三 摩 耶 と も 如 意 寳 珠 の 輝 ぎ と も 稱 す る の で あ る 。
二
、
漢
譯諸
典
の
釋
已 に 我 高 祖 大 師 は 性 靈 集 第 九 ﹃ 宮 中 眞 言 院 正 月 御 修 法 奏 状 ﹄ の 中 に 、 如 來 の 説 法 を 二 種 に 分 別 し て 淺 略 趣 と 秘 密 趣 と し 、 其 所 謂 秘 密 趣 の 本 義 を ﹃ 陀羅 尼 秘 法 ﹄ と 述 べ 給 ふ て 居 る 、 即 ち 此 所 に 大 師 の 陀 羅 尼 の 意 は 、 陀 羅 尼 則 秘 法 で 有 つ て 彼 淺 略 趣 で 云 ふ諸 經 中 の 長 行 偈 頌 で は 無 い 事 元 よ り 云 ふ に 及 ば ぬ 、 別 言 せ ば 大 師 の 所 謂 陀 羅 尼 と は 實 際 に神 驗 有 る 秘 々 の 法 寳 と 云 ふ 事 に 成 つ て 居 る 。 今 暫 く 此 義 を 顯 明 す る 爲 に ﹃ 陀 羅 尼 ﹄ な る 一 梵 語 が諸 經 典 中 如 何 に 解 釋 せ ら れ て 居 る か を 一 應 吟 味 し て 見 た い と 思 ふ 。 先 づ 智 度 論 第 五 に 依 れ ば ﹃ 陀 羅 尼 と は 秦 に 能 持 と 云 ひ 或 は 能 遮 と 云 ふ 。 能 持 と は 種 々 の 善 法 を 集 め て 能 く 持 し 、 散 ぜ ず 失 は ざ ら し む 。 譬 へ ば 完 器 に 水 を 盛 り 、 水 漏 散 せ ざ る が 如 し 。 能 遮 と は 不 善 根 心 の 生 ず る を 惡 ん で 、 遮 り て 生 せ ざ ら し む 。 若 し 惡 罪 を 作 さ ん と 欲 せ ば 、 持 し て 作 さ ゞ ら し む 。 是 れ を 陀 羅 尼 と 名 づ く ﹄ と 有 る 、 即 ち 此 解 の 意 を 案 ず る に 陀 羅 尼 と は 一 切 善 法 を 能 く 心 識 に 持 し て 放 た ざ る と 同 時 に 惡 法 の 生 起 す る を も 遮 る 有 勢 有 力 の 法 で あ る 。 更 に 進 ん で 同 論 は ﹃ 此 陀 羅 尼 は 或 は 心 相 應 し 、 或 は 心 相 應 ぜ ず 、 或 は 有 漏 、 或 は 無 漏 、 無 色 不 可 見 、 無 對 、 一 持 、 一 入 、 一 陰 攝 、 九 智 知 、 一 識 々 、 阿 毘 曇 法 な り ﹄ と 釋 し で 居 る が 、 此 意 は 實 に 陀 羅 尼 を 以 て ﹃ 法 ﹄ と す る も の で 、 此 ﹃ 法 ﹄ は 八 識 種 子 の 如 き 状 態 に 於 い て 存 在 す る 事 を 説 明 し た も の で 有 る 。 * 智 度 論 第 五 に は 陀 羅 尼 の 種 類 を 擧 げ て 居 る 、 即 ち ( 一 ) 聞 持 陀 羅 尼 ⋮ ⋮ 此 陀 羅 尼 を 得 る 者 は 、 一 切 の 語 言 の諸 法 、 耳 に 聞 く 所 の も の 皆 忘 失 せ ず 。 ( 二 ) 分 別 知 陀 羅 尼 ⋮ ⋮ 此 陀 羅 尼 を 得 る 者 は 、諸 の 衆 生 、諸 法 の 大 小 、 好 醜 の 分 別 を 悉 く 知 る 。 ( 三 ) 入 音 聲 陀 羅 尼 ⋮⋮ 菩 薩 の 此 陀 羅 尼 々 得 る 者 は 、 一 切 語 言 の 音 を 聞 い て 喜 ば す 、 瞋 ら ず 、 若 し 一 切 衆 生 、 恒 河 沙 等 の 如 き 劫 に 、 惡 言 を 以 て 罵 詈 す と も 心 に 憎 み 恨 ま ざ る な り ﹂。 * 今 瑜 伽 略 纂 第 十 二 に 依 ら ば ﹁ 論 に 云 く 、 陀 羅 尼 に 四 種 有 り 、 一 に 法 、 二 に 羲 、 三 に 咒 、 四 に 能 得 忍 と は 下 の 釋 の 中 の 如 し 。 法 陀 羅 尼 は 法 を 以 て 境 と 爲 す 、 即 ち 能 く 名 言 々 詮 し 、 念 と 慧 を 以 て 體 と 爲 す 。 義 陀 羅 尼 は 其 體 法 に 同 じ 、唯 境 界 を 異 に す 。 其 異 り と は 如 何 。 所 詮 の 義 を 境 と 爲 す 、 謂 く 無 量 の 義 、 意 趣 等 即 ち 唯 意 地 に 在 り 。 咒 陀 羅 尼 は 定 を 以 て 體 と 爲 す 、 定 に 依 て 咒 を 持 し 、 忘 れ ざ ら し む 、 故 に 咒 を 以 て 境 と 爲 す 也 。 能 得 忍 の 陀 羅 尼 と は 無 分 別 智 を 以 て 忍 の 體 と 爲 し 、 即 ち 眞 如 を 證 寸 。 能 得 忍 と は 即 ち 加 行 の 智 、 能 く 咒 を 持 す る の 功德 有 り 、 眞 如 を 證 す る 事 を 得 。 故 に 法 師 曰 く 、 此 無 分 別 智 を 以 て 體 と 爲 す 、 若 し 爾 ら ば 何 が 故 に 能 得 忍 と 言 ふ 。 此 れ 加 行 道 の 中 に 於 い て 此 咒 を 持 忍 す る 故 に 、 速 に 眞 智 を 得 て 眞 如 を 證 す る 故 に ﹂ □ 陀 羅 尼 義 章 四 九
□ 密 教 研 究 五 〇 と 論 の 中 の 此 四 種 の 陀 羅 尼 は 各 々 其 説 明 の 文 句 を 異 に し て 居 る に 拘 ら ず 、 根 本 の 意 義 は 極 め て 明 了 で 有 る 、 即 ち 此 解 釋 を 概 括 し て 云 ふ と 、 法 、 義 、 呪 及 び 能 得 忍 等 の 名 目 は 種 々 に 異 つ て 居 て も 陀 羅 尼 の 根 本 々 意 は 主 客 兩 觀 界 を も 取 り 込 め て 其 原 底 に橫 た は れ る 法 な る ﹃ 意 地 ﹄ で 有 る と 云 ふ 點 に は 决 し て 異 存 が 無 い 。 唯 此 陀 羅 尼 な る 萬 有 根 本 の 法 に 於 い て 、 其 發 揚 若 し く は 顯 現 の 形 式 が 種 々 異 樣 で 有 る か ら 隨 つ て ( 一 )其 法 の 本 體 を 念 慧 に 在 り と し 、 ( 二 )法 其 者 で 有 る と 云 ひ 、 (三) 定 を 本 體 と 爲 す と 説 き 或 は ( 四 )法 の 本 體 は 無 分 別 智 な る 忍 で 有 る と 解 す る に 過 ぎ ぬ 。 但 し 此 ﹃ 陀 羅 尼 ﹄ な る 萬 有 の 流 れ 出 づ る 根 底 の ﹃ 法 ﹄ 即 ち 達 磨 の 相 と 用 と に 到 つ て は 千 態 萬 容 に し て 殆 名 状 す 可 か ら ざ る 羅 々 無 盡 の 寳 藏 が 微 妙 不 可 思 議 な る 聲 と 字 と 其 實 相 に 依 つ て 水 も 洩 ら さ ぬ 程 に 此 れ を 説 明 し て 决 し て 餘 す 所 が な い 。 斯 く て 圓 覺 經 に は ﹃ 有 大 陀 羅 尼 門 。 名 爲 圓 覺 ﹄ と 有 る 。 此 所 に 圓 覺 と 云 ふ は 元 よ り 上 に 掲 げ た 瑜 伽 畧 纂 中 の 第 四 義 即 ち ﹃ 以 無 分 別 智 爲 忍 體 。 即 證 眞 如 ﹄ と 有 つ た 其 眞 如 と 云 ふ の と 同 じ 考 へ 方 で 有 る が 、 今 は ﹃ 證 眞 如 ﹄ と 云 ふ 陀 羅 尼 の 力 用 を 説 く 以 上 、 陀 羅 尼 な る ﹃ 法 ﹄ の 本 體 は ﹃ 圓 覺 ﹄ 其 者 で 有 る と 云 つ て 、 法 體 其 者 の 始 終 本 末 を 攝 せ る 完 壁 の 義 を 以 て 陀 羅 尼 の 名 を 得 て 居 る 。 慧 琳 音 義 第 二 十 六 に は ﹃ 案 有 多 種 。 有 施 陀 羅 尼 是 定 也 。 有 聞 持 陀 羅 尼 是 法 也 。 有 咒 陀 羅 尼 秘 密 語 也 ﹄ と 述 べ て 有 る 。 此 音 義 の 解 は 總 じ て 上 の 瑜 伽 畧 纂 中 に 含 ま れ て 居 る が 、 唯 此 所 に 注 意 す 可 き は 、 萬 有 の 法 體 其 者 で 有 る 陀 羅 尼 は 高 祖 の 性 靈 集 に も 巳 に 見 ね た 如 く 必 ず し も諸 經 中 に 在 る ( 特 に 梵 語 の )長 行 偈 文 で は 無 い と 云 ふ 事 と 、 隨 つ て 唯 僅 に 一 語 の 秘 密 咒 で も 陀 羅 尼 を 表 示 す る と 云 ふ 事 と で 有 る 。 但 し 此 咒 な る 秘 密 語 が 陀 羅 尼 な る 法 で 有 る と 云 ふ 心 は 、 所 謂 聲 字 の 實 義 と 云 ふ 塲 合 ひ の ﹃ 聲 ﹄ を 以 て 法 の 本 體 即 ち 陀 羅 尼 の 實 義 を 形 式 の 方 か ら 見 た 事 に 成 る の で あ る 。 已 に 上 に 述 べ し 如 く 陀 維 尼 の 本 體 は 司 定 ﹄ で 有 り 、 又 秘 語 其 者 が 陀 羅 尼 な る 法 體 で 有 る と 云 ふ 事
が 有 つ た が 、 此 邊 の 義 理 に 就 い て 今 大 乘 義 章 第 十 一 末 を 見 る に 次 の 如 き 解 釋 が 有 る 即 ち ﹃ 菩 薩 依 禪 能 起 咒 術。 爲 衆 除 患 第 一神 驗 。 名 咒 陀 羅 尼 。 菩 薩 依 禪 備 起 多 用 。 隨 用 別 論 即 有 無 量 陀 羅 尼 門。 良 以 咒 術 傳益 義 多 。 故 偏 論 之 ﹄ と 。 此 所 に は 禪 定 が 陀 羅 尼 な る 法 の 本 體 で 有 る と す る 事 は 上 掲 の諸 典 と 同 樣 で 有 る が 、 更 に 此 本 髓 が 用 を 起 し て 咒 術 な る神 驗 を 發 現 す る と 云 ふ 邊 に 於 い て 禪 と 咒 と の 間 に 攝 末 歸 本 の 關 係 を 見 、 又 更 に 其神 驗 を 咒 な る 陀 羅 尼 で 有 る と し て 居 る の は 咒 の神 驗 効 用 に 重 き を 置 い た 見 解 で 常 途 の 論 理 か ら 考 へ る と 徹 透 し た 述 べ 方 で は 無 い 。 斯 く の 如 く に し て 予 は 今 改 め て 梵 語 の 陀 羅 尼 な る 語 を 古 來 如 何 に 飜 じ 而 し て 其 譯 語 が 果 し て 適 當 で 有 る か 、 適 當 で 有 る と す れ ば 其 れ が 如 何 な る 意 義 を 示 す か と 云 ふ 方 面 か ら 本 題 を 了 解 し て 見 た い と 思 ふ 。 そ こ で 先 づ 慧 苑 音 義 に は ﹃ 陀 羅 尼 。 此 云 總 持 ﹄ と 云 ひ 、 可 洪 音 義 一 下 に は ﹃ 陀 隣 尼 。 此 云 總 持 ﹄ と 有 る 。 抑 何 を ﹃ 總 て 持 す ﹄ る の か 。 法 界 次 第 下 下 に は ﹃ 又 飜 爲 總 持 。 隨 若 名 。 若 義 。 若 有 行 地 功德 。 皆 悉 能 持 。 故 名 爲 總 持 ﹄ と 有 る 、 此 等 の 解 釋 に 依 れ ば 陀 羅 尼 な る ﹃ 法 ﹄ は 一 切 の 事 物 の 名 禰 と 實 義 と 及 び 其 實 際 の 上 に 發 現 せ る 功德 等 悉 く 心 地 に 把 持 し て 放 た ぬ と 云 ふ の で 有 つ て 、 此 れ は 陀 羅 尼 な る 法 を ﹃ 用 ﹄ 若 し く は ﹃ 働 ﹄ の 方 面 か ら 專 ら 思 考 し た 飜 語 の 意 味 と 成 つ て 居 る 、 隨 つ て 法 界 次 第 下 下 に ﹃ 陀 羅 尼 是 西 土 之 音 。 此 土 翻 云 能 持 或 言 能 遮 。 乃 至 又 飜 爲 總 持 ﹄ と 述 べ て 有 る 。 又 大 乘 義 章 十 一 未 に は 極 め て 簡 單 に 要 を 得 て ﹃ 陀 羅 尼 者 是 中 國 語 。 此 飜 爲 持 。 念 法 不 失 故 名 爲 持 ﹄ と 説 明 し て 有 る が 、 ﹃ 持 ﹄ な る 譯 語 が 陀 羅 尼 な る 法 の 力 用 を 示 し て 居 る と 云 ふ 點 に 至 つ て は 上 掲 の諸 書 と 異 り は な い 。 偖 て 上 に 掲 げ た 圓 覺 經 の 略 疏 釋 を 見 る に ﹃ 總 持 ﹄ を 更 に 三 分 類 し 、 叙 述 稍 微 細 に 及 ん で 居 る 即 ち 次 ぎ の 如 く で 有 る 。 ﹁ 此 に 總 持 と 云 ふ 。 謂 く 圓 覺 の 體 の 中 に 塵 沙 の德 用 有 り 。 本 よ り 己 來 之 れ を 持 し て 失 は ざ る 故 に 。 然 る に 總 字 に 三 有 り 、 謂 く 多 字 、 一 字 、 無 字 。 今 は 即 ち 無 字 な り 。 同 略 鈔 並 に 大 鈔 第 五 上 の 解 に 云 く 、 但 無 字 を 指 す 、 是 れ 此 體 字 無 し 。 即 ち 無 邊 際 の 故 に 大 と 云 ふ 也釋經大字多字 と 云 ふ は 、 謂 く一切 の 眞 言 、 隨 求 大 佛 頂 の 類 、 是 れ 秘 密 藏 に し て 無 邊 の 戒德神 用 を 含 む 。 又諸 の 修 多 羅 能 □ 陀 羅 尼 義 章 五 一
□ 密 教 研 究 五 二 く 無 盡 の 義 を 持 す 。 亦 總 字 と 名 づ く 。 一字 は 淹 字 等 の 如 し 、 即 ち 一 字 の 眞 言 な り 。 部 淋 は 是 れ 助 聲 、 故 に 但 一 字 な り 。 或 は 字 母 の 類 の 如 き 也 ﹂ と 。 此 れ は 陀 羅 尼 な る 法 を 總 持 と 云 ひ 、 其 法 の 本 體 を 圓 覺 と す る 事 上 の 解 釋 の 通 り で 有 る が 、 更 に 此 所 に は 陀 羅 尼 な る 法 體 即 ち 圓 覺 の 根 底 を ﹃ 聲 ﹄ に 在 り と 見 、 次 ぎ に 其 聲 轉 じ て 色 を 具 す る ﹃ 文 字 ﹄ の 顯 現 と し て 其 れ に 一 多 の 兩 極 乃 至 無 字 の 單 位 を ﹃ 相 ﹄ の 位 に 分 別 し 以 て 其 等 の 力 用 を 説 明 し た も の で 有 る 。 斯 く て 涅 槃 經 疏 第 十 五 に は 圓 覺 經 略 疏 釋 の 所 謂 ﹃ 字 ﹄ を 總 持 の ﹃ 持 ﹄ と 音 義 の 上 よ り 互 相 渉 入 せ し め て 次 ぎ の 如 く 述 べ て 居 る 即 ち ﹃ 陀 羅 尼 者 。 翻 音 不 同 。 亦 云 總 持 。 亦 云 能 字 。 能 持 正 法 不 失 。 邪 法 不 起 故 。 謂 爲 持 。 亦 翻 辯 才 。 是 梵 音 兼 義 。 正 翻 爲 持 、 又 見 法 華 玄 賛 第 二 及 第 十 ﹄ と 。 此 釋 に 從 へ ば 陀 羅 尼 即 ち 法 の 本 體 は 文 字 を 能 く 持 す る 事 -其 れ は 即 ち 正 法 を 持 し て 失 は ぬ の が 其 力 用 で 有 る か ら 義 理 の 上 よ り 又 辯 才 と 翻 ず る と 云 ふ の で 有 る 。 此 れ は 明 に 陀 羅 尼 の 法 軆 を ﹃ 聲 ﹄ と し 、 相 を ﹃ 文 字 ﹄ と し 、 用 を ﹃ 辯 才 ﹄ と 解 し た も の で 有 る が 、 要 す る に ﹃ 法 ﹄ な る 陀 羅 尼 の 内 容 を 説 い た も の で な く 其 形 式 を 釋 し た に 過 ぎ ぬ 。 斯 く の 如 く 一 々 の諸 典 を 取 て 陀 羅 尼 な る 一 語 に 依 て 表 は さ る る ﹃ 法 ﹄ の 根 本 義 を 探 る と 、 所 詮 ( 一 ) 陀 羅 尼 な る 法 其 者 の 意 義 を 種 子 の 形 に 考 へ て 宣 明 せ む と す る も の と ( 二 ) 其 種 子 的 心 地 に 在 る 法 の 本 體 が 直 ち に ﹃ 相 ﹄ な る 無 盡 の 色 界 に 於 け る 形 式 と 現 れ て 忽 ち ﹃ 用 ﹄ を 惹 起 こ し 來 た る 底 の 事 實 を 譯 語 の 方 面 よ り 宣 明 せ む と す る 此 等 二 樣 に 歸 着 す る の で 有 る が 、 佛 地 論 五 に ﹃ 於 一 法 中 持 一 切 法 。 於 一 文 中 持 一 切 文 。 於 一 義 中 持 一 切 義 。 攝 藏 無 量諸 功德 故 名 無 盡 藏 ﹄ と 名 づ く る に 至 つ て 此 陀 羅 尼 な る 法 の 力 用 に 關 す る 叙 述 は 殆 盡 き て 居 る と 云 つ て も 可 い 。 斯 く て 予 は 徹 頭 徹 尾 ﹃ 陀 羅 尼 即 法 ﹄ と し て 説 明 し て 來 た が 、 此 所 謂 ﹃ 法 ﹄ な る 達 磨 は 今 暫 く 別 語 に て 云 は ば 三 昧 な る 等 虚 空 の 偉 大 な る 無 染 無 著 の 把 持 力 を 示 す 心 地 若 し く は 定 地 の 法 で 有 る 、 即 ち 智 度 論 四 十 七 に ﹃ 得 此 三 昧 力 故 。 聞 持 等諸 陀 羅 尼 皆 自 然 得 ﹄ と 有 る は 予 の 陀
羅 尼 義 に 對 す る 内 容 を 少 し く 形 容 し 得 て 居 る も の で 有 る 。 實 に 此 陀 羅 尼 は 瑜 伽 地 に 住 す る 法 で 有 つ て 、 此 法 は 萬 有 の 奥 底 に橫 た は る 阿 字 の ﹃ 阿 ﹄ と 同 一 義 で 有 ら ね ば な ら ぬ 。
三
、
辭
典
上
の諸
釋
予 は 本 節 に 於 い て 全 く 漢 譯諸 釋 と は 別 に 、 陀 羅 尼 な る 一 梵 語 が 語 其 者 と し て 何 を 意 味 す る か に 就 き て 天 竺 古 今 の 解 説 を 一 應 吟 味 す る 事 に す る 。 抑 陀 羅 尼 は 原 語 な る 女 姓 で 有 る が 、 又 と も 有 つ て 此 塲 合 は 男 姓 で 有 る 。 今 此 所 に は 專 ら 私 解 を 避 け 便 宜 上 辭 典 流 の 形 式 を 取 つ て 重 要 な る 異 解 を 陳 列 す る 事 に す る 。 先 づ 男 姓 陀 羅 那 の 異 解 を 擧 ぐ れ ば ( 一 ) ﹃ 保 持 ﹄ の 義 に し て 又 は な り 、 ( 二 ) ﹃ 記 憶 ﹄ の 義 に し て な り 、 ( 三 ) ﹃ 記 憶 中 に 存 續 執 持 す る こ と ﹄ の 義 に し て な り 、 ( 四 ) ﹃ 保 護 ﹄ の 義 に し て な り 、 ( 五 ) ﹃ 保 有 ﹄ 又 は ﹃ 所 有 ﹄ 或 は ﹃ 所 持 ﹄ の 義 に し て 若 し く は な り 、 (六 ) ﹃ 耐 忍 ﹄ 又 は ﹃ 持 績 ﹂ の 義 に し て な り 、 ( 七 ) ﹃ 受 容 ﹄ の 義 に し て な り 、 ( 八 ) ﹃ 碓 固 不 動 の精神 一 統 ﹄ の 義 に し て の 意 な り 、 此 は 第 七 囀 聲 に て 表 は す 可 き ﹃ 或 標 徴 ﹄ に 向 へ る精神 の 綜 統 ﹄ を 意 味 せ り 、 ( 九 ) ﹃ 抑 制 ﹄ 又 は ﹃ 制 禦 ﹄ の 義 に し て な り 、 斯 く て 此 陀 羅 那 の 第 二 義 と し て ﹃ 不 完 全 な る 發 音 ﹄ 即 ち の 意 味 が あ る 次 に 女 姓 陀 羅 尼 に 就 き て 次 ぎ の諸 解 が 有 る 。 ( 一 ) ﹃ 地 ﹄ 、 此 れ は 心 地 意 地 若 し く は 三 摩 地 に も 通 ず 可 く 、 隨 つ て 地 盤 或 は 基 地 と も 云 ふ 可 き 意 味 で 有 る ( 二 ) ﹃ 除 苦 の 密 語 又 は 咒 ﹄ の 義 に し て 即 ち □ 陀 羅 尼 義 章 五 三□ 密 教 研 究 五 四 と 解 す 可 き で 有 る 次 ぎ に 中 姓 に し て な る 語 有 り 、 此 は な る 合 成 語 に し て 、 は 上 の諸 譯 に 見 ね 、 は よ り 來 た れ る 中 姓 語 で ﹃ 讀 誦 ﹄ を 意 味 す る か ら 詳 し く は ﹃ 法 讀 誦 ﹄ と 云 ふ 可 き で 有 る 。 更 に 此 語 に 小 解 を 加 ふ れ ば 讀 誦 の 保 存 的 方 面 換 言 せ ば 記 憶 の 力 用 に 依 つ て ﹃ 法 ﹄ を 保 持 せ ん と す る 勢 能 で 有 る と 云 ふ 事 に 成 る 。 斯 く て 如 上 の諸 解 が 古 今 印 度 に 於 け る 此 語 の 意 義 で 有 る が 、 總 じ て 云 は ば 陀 羅 尼 な る 語 の 體 と 相 若 し く は 體 と 用 或 は 此 等 の 三 を 一 つ に 見 て の 解 釋 が 殊 に 漢 譯諸 典 に 多 い 事 を 注 意 せ ね ば な ら ぬ 、 併 し 其 れ に も 拘 ら ず ﹃ 陀 羅 尼 ﹄ が 三 昧 若 し く は 瑜 伽 地 を 根 底 と し て 其 れ に 安 住 し 、 所 謂 ﹃ 聲 ﹄ の 發 展 で 有 る 宇 宙 と 人 生 の 萬 般 を 込 め て の ﹃ 法 ﹄ で 有 り 、 且 つ 此 語 を ﹃ 總 持 ﹄ と 譯 す る 事 に 依 て 其 力 用 を 表 示 し て 居 る 事 は 極 め て 明 了 で 有 つ て 又 共 通 の 點 で 有 る 。 唯 此 根 本 の 法 體 が 一 轉 し て 相 を 取 り 、 再 轉 三 轉 し て 無 限 の 勢 能 、 千 萬 の 力 用 を 起 こ し 來 た る 其 本 末 發 現 の 順 序 を 先 づ 第 一 に 思 慮 に 上 ぼ し 置 か ね ば 論 理 の 上 に 錯 誤 を 招 く 事 が 有 る 。 四 、 秘 藏 記 の 釋 云 は は 一 個 の 種 子 否 ヱ レ ク ト ロ ン の 状 態 を 以 て 思 義 す 可 き 動 的 基 礎 で 有 る 此 達 磨 な る ﹃ 法 ﹄ 即 ち ﹃ 陀 羅 尼 ﹄ は 、 其 本 末 發 展 の 上 か ら 見 て 特 に 密 宗 で は ﹃ 聲 ﹄ ﹃ 字 ﹄ 等 の 形 式 を 取 る か ら 、 隨 つ て 其 れ を 起 點 と し て 此 陀 羅 尼 が 種 々 に 區 分 せ ら る る 事 が 有 る 。 今 暫 く 秘 藏 記 本 に 依 る に ﹃ 一 陀 羅 尼 。 二 明 。 三 咒 。 四 密 語 。 五 眞 言 ﹄ と 有 る 。 此 等 の 各 異 な れ る 梵 原 語 の 名 義 は 下 に 至 つ て 明 す 事 と し 、 偖 て 此 記 は ﹃ 是 く の 如 き 五 義 、 其 義 如 何 。 陀 羅 尼 は 佛 光 り を 放 ち 、 光 り の 中 に 説 く 所 な り 。 是 故 に 陀 羅 尼 と 明 と 其 義 異 な ら ず 。 咒 は 未 だ 佛 法 漢 地 に 來 た ら ざ る 前 、 世 間 禁 咒 の 法 有 り 、 能 く神 驗 を 發 し て 災 患 を 除 く 。 今 此 陀 羅 尼 を 持 し て 人 能 く神 通 を 發 し 、 災 患 を 除 く 、 咒 禁 法 と 相 似 た り 、 是 故 に 咒 と 云 ふ 。 密 語 は 凡 夫 二 乘 知 る 能 は ざ る 故 に 密 語 と 云 ふ 。 眞 言 は 如 來 の 言 眞 實 に し て 虚 妄 無 し 、 故 に 眞 言 と 云
ふ 。 然 れ ど も 皆 是 れ 一 邊 を 擧 げ て 名 づ く る 所 な り ﹄ と 述 べ て 有 る 、 即 ち 惠 果 和 上 の 解 釋 に 依 れ ば 、 陀 羅 尼 の 本 體 は 佛 陀 が 自 ら 發 せ る 光 明 の 中 に 在 り て 説 か れ た も の で 有 る か ら 實 は 光 明 が 陀 羅 尼 で 有 り 、 咒 は 其 功 能 若 し く は 力 用 の 邊 か ら 見 て 陀 羅 尼 を 持 す る と 異 な ら ぬ か ら 兩 者 は 左 ま で 別 物 で 無 い 、 唯 後 の 二 者 に 至 り て は 陀 羅 尼 な る 法 は 凡 夫 二 乘 知 る 能 は ず 、 又 眞 實 無 僞 で 有 る と 云 ふ の で 其 れ其れ 密 語 及 び 眞 言 と 云 ふ 名 を 得 た の で 有 る と 云 ふ 、 此 れ は 即 ち 陀 羅 尼 な る 法 の 偉 大 な る 體 と 用 を 其 れ 其 れ の 方 面 か ら ﹃ 聲 ﹄ と 結 合 せ し め て 考 へ た 解 釋 で 有 る 、 隨 つ て 最 後 の 説 明 に ﹃ 皆 是 擧 一 邊 所 名 也 ﹄ と 有 る 所 以 で 、 實 は 此 等 五 個 の 異 名 は 其 根 底 に 於 い て 一 な る 事 を 示 し て 居 る の で 有 る 。 偖 て 惠 果 和 上 の 陀 羅 尼 に 對 す る 此 解 と 聯 結 し て 直 ち に 我 弘 法 大 師 の 釋 義 を 述 ぶ 可 き 筈 で あ る が 、 此 所 に は 暫 く 後 節 に 擧 ぐ る 事 と し て 、 次 ぎ に は 彼 臺 門 の 圓 仁 智 證 大 師 の 支 那 に 於 け る 密敎 の 導 師 で あ る 智 惠 輪 三 藏 の 著 ﹃ 佛 法 根 本 碑 ﹄ の 中 に 現 は さ れ て 居 る 毘 盧 遮 那 宗 の 本 義 即 ち 陀 羅 尼 の 法 に 對 す る 叙 述 を 一 應 吟 味 し て 見 た い と 思 ふ 。 * 智 惠 輪 三 藏 の ﹁ 佛 法 根 本 ﹂ に 就 い て 大 村 四 崖 氏 ﹁ 密敎 發 達 志 ﹂ 卷 五 。 八 〇 五 -六 頁 に は ﹂ 智 慧 輪 所 著 。 有 佛 法 根 本 。 宗 毘 盧 遮 那。 以 陀 羅 尼 爲 法 根 本 。 謂 速 疾 之 要 。 無 以 超 之 。 乃 至 惜 不 傳 干 今 。 云 々 ﹂ と 有 り 、 然 る に 大 正 八 年 四 月 東 寺 三 密 藏 な る 賢 庫 に 於 い て 同 書 の 存 す る 事 を 知 る に 至 れ り 。 此 れ に 就 き 大 村 氏 は 本 誌 第 二 號 ﹁ 隨 筆 數 則 ﹂ の 中 に 訂 正 の 意 味 に て 述 べ ら れ し 事 有 れ ば 參 照 す 可 し 。 尚 右 書 庫 に 在 り し 原 本 は 恐 ら く 鎌 倉 時 代 の 寫 し な る 可 く 、 予 は 直 ち に 一 本 を 複 寫 せ り 。
五
、
﹃
佛
法
根
本
碑
﹄
の
釋
智 惠 翰 三 藏 の ﹃ 佛 法 根 本 碑 ﹄ の 一 書 は 字 數 僅 に 一 千 有 餘 、 叙 述 極 め て 簡 單 で は 有 る が 、 意 義 誠 に 深 妙 に し て 元 よ り 陀 羅 尼 を 以 て 毘 盧 遮 那 秘 密 宗 の 根 本 義 と 見 た も の で あ る 。 曰 く ﹃ 陀 羅 尼 者 。 唐 言 惣 持 者 。 持 一 切 惡 法 不 生 。 持 一 切 善 法 不 減 ﹄ と 、 此 は 陀 羅 尼 を 以 て 惡 を 生 せ ず 善 を 減 せ ざ る 根 本 心 地 の ﹃ 法 ﹄ で あ る と 見 た も の で 、 其 力 用 に 至 つ て は 三 藏 の 所 謂 ﹃ 一 切 雜 染 の 法 を 摧 却 し て淸 淨 法 界 を 證 得 す ﹄ と 云 ふ も の で あ る 。 更 に 三 藏 は 此 陀 羅 □ 陀 羅 尼 義 章 五 五□ 密 教 研 究 五 六 尼 な る 法 を ( 一 ) 惣 藏 持 ( 二 )三 摩 地 惣 持 ( 三 )文 字 惣 持 等 の 三 部 に 分 類 し 、 序 で の 如 く 惣 藏 持 に 對 し て は ﹃ 於 一 字 義 中 。 悟 無 量 百 千 甚 深 妙 義 。 修 行 宣 説 。 逆 順 自 由 ﹄ と 云 ひ 、 三 摩 地 惣 持 に 就 き て は ﹃ 由 此 陀 羅 尼 故 。 三 摩 地 現 前 。 悟 無 量 百 千 三 摩 地 門 ﹄ と 叙 べ 、 文 字 總 持 に 關 し て は ﹃ 由 此 陀 羅 尼 。 成 就 於 一 字 中 。 所 聞 所 誦 無 量 蘇 多 羅 。 永 不 亡 失 ﹄ と 解 せ ら れ て 居 る 。 此 れ 明 に 陀 羅 尼 は 萬 有 の 根 本 、 別 言 せ ば 佛敎 の 本 源 た る 法 で 有 つ て 其 法 が 文 字 の 上 に 相 を 取 つ て は 無 量 の 妙 義 と 現 じ 、 定 觀 に 現 は れ て は 無 量 の 三 昧 力 を 得 、 乃 至 一 切 藏 經 も 一 字 に 攝 入 し 得 て 永 く 忘 失 せ ず と 云 ふ 偉 大 な る 勢 能 若 し く は 力 能 を 示 し た も の で 有 る 、 隨 つ て 三 藏 は 斯 か る 根 本 的 意 義 を 有 す る 陀 羅 尼 を 以 て ﹃ 三 身 ﹄ の 大 功德 を 持 す る も の で 有 る と 見 、 更 に 溯 流 し て ﹃ 法 住 法 界 ﹄ の 見 地 よ り 陀 羅 尼 な る 法 を 以 て ﹃ 法 佛 之 法 性 ﹄ と 斷 ず る 至 つ て 全 く 其 根 底 の 説 明 は 終 極 に 達 し て 居 る 、 即 ち 應 身 の 本 地 は 報 身 を 經 て 更 に 法 身 に 歸 つ て 其 源 流 を 盡 し て 居 る の で 有 る が 、 其 所 謂 法 身 の 法 が 、 ﹁ 法 佛 之 法 性 ﹄ と 云 ふ の で 、 此 れ 即 ち 陀 羅 尼 な る 法 の 體 で あ る と 解 し た の が 今 の 三 藏 の 所 説 で 有 る 。 而 も 元 よ り 秘 密 宗 の 法 身 は 法 其 者 の 當 體 の 上 に 同 時 倶 時 に ﹃ 相 ﹄ と ﹃ 用 ﹄ を 具 し て 居 る か ら 其 所 に 忽 ち 實 際 の 説 法 が 伴 ふ て 居 る 事 を 萬 々 覺 悟 せ ね ば な ら ぬ 、 即 ち 生 の 力 を 有 す る 一 個 の 種 子 が 千 萬 の 縁 に 依 て 芽 を 發 し 枝 を 張 り 花 と 咲 き 出 で 實 を 結 ぶ に 似 た る 者 、 或 は 原 子 と 萬 象 若 く は ヱ レ ク ト ロ ン と 宇 宙 が 不 即 不 離 の 密 接 な る 關 係 に 在 り て 眼 前 羅 々 た る 世 界 を 起 こ し 來 た る に 彷 彿 せ る も の で 有 る 。 げ に 偉 大 に し て 根 本 的 な る 陀 羅 尼 即 ち 法 は 唯 其 れ 偉 大 に し て 根 本 で あ る 、 乃 ち 機 根 萬 差 の 故 を 以 て 此 根 本 法 は 經 律 論 の 三 藏 と 成 り 、 大 小 二 乘 と 云 ひ 、 此 れ に 依 つ て 三 學 を 證 す と 云 ふ の で 有 る 。 斯 く て 智 慧 輪 三 藏 は 根 本 法 體 を 陀 羅 尼 な る 一 個 の ﹃ 法 ﹄ の 上 に 見 乍 ら 、 有 情 の 根 性 に 差 等 が 有 る か ら 大 小 乘 と 別 れ 、 戒 定 惠 を 證 得 し 、 四 果 三 覺 乃 至 地 前 十 地 の 分 別 が 立 て ら る ゝ と 説 い て 居 る 、 隨 つ て 大 毘 盧 遮 那 宗 な る 密敎 に は 十 萬 の 識 他 、 灌 頂 の 傳 授 、 一 切 如 來 の 三 密 内 證 、 同 體 加 持 、 一 々 の 修 行 等 が 有 る が 此 等 は 必 ず 瑜 伽 の 阿 闍 梨 耶 の 指 示
に 從 ふ 可 き も の で 有 る 、 併 し 秘 密 宗 の 根 本 に 至 つ て は ﹃ 一 心 是諸 佛 心 。 修 一 行 是諸 佛 行 。 悟 一 法 惣 持諸 法 了 。諸 法 共 依 一 演 。 一 字 生 無 量 字 。 入 一 字 々 體 本 空 實 性 無 窮 ﹄ と 説 い て 歸 納 的 に ﹃ 字 ﹄ を 相 と し 更 に ﹃ 聲 ﹄ を 法 ﹃ 體 ﹄ の 形 式 と す る 根 本 陀 羅 尼 の 實 義 を 宣 明 し て 有 る 。 故 に 三 藏 は 始 め に 於 い て ﹃ 佛 の 根 本 は 薄 伽 梵 大 毘 廬 遮 那 に し て諸 佛 の 所 依 た り 。 法 の 根 本 は 眞 言 陀 羅 尼 に し て諸 法 の 所 依 た り 。 十 方 の 法 界 、 麈 刹 の 海 會 、 一 切 如 來 、 果 滿 の 聖 賢 、 皆 毘 蘆 遮 那 淨 妙 法 身 ﹄ と 述 べ て 、 陀 羅 尼 は諸 法 の ﹃ 法 ﹄ に し て 其 ﹃ 法 ﹄ は 法 身 大 毘 蘆 遮 那 で 有 る と 示 し て 有 る 。 更 に 法 身 は 自 他 受 用 變 化 等 の 身 を 現 じ 、 所 説 の敎 理 無 盡 で 有 る が 所 詮 ば 陀 羅 尼 な る ﹃ 法 ﹄ に 歸 す と 云 ひ 、 或 は 陀 羅 尼 な る 法 に 於 い て 一 字 の 中 に 具 さ に一 切 三 藏 の敎 理 行 果 を も 攝 す る と 説 い て 、 陀 羅 尼 が 終 に 佛敎 の 根 本 に し て 同 時 に 密 宗 至 極 の 偉 大 な る ﹃ 法 ﹄ で 有 る と 云 ふ 事 を 自 由 自 在 に 解 釋 し て 居 る 。
六
、
高
祖
大
師
の
釋
大 師 の 著 と 稱 せ ら る ゝ も の ゝ 中 に ﹃ 陀 羅 尼 義 ﹄ が 一 卷 有 る 、 而 し て 陀 羅 尼 を 五 門 に 分 別 し て 第 一 列 名 門 、 第 二 通 別 相 門 、 第 三 出 體 門 、 第 四 斷 惑 門 、 第 五 修 行 證 果 門 と し 、 更 に 本 文 に 入 り て 陀 羅 尼 の 四 種 即 ち 法 、 義 、 咒 、 忍 、 等 を 微 細 に 釋 せ ら れ て 有 る が 、 此 一 書 は 從 來 疑 ひ 有 り て 恐 ら く 後 人 の 作 な ら ん と す る の み な ら ず 卷 中 説 く 所 多 く は 前 掲 漢 譯諸 典 に 依 て 居 る か ら 今 は 暫 く 此 書 に 依 ら ず 、 直 ち に ﹃ 聲 字 義 ﹄ 並 に ﹃ 吽 字 義 ﹄ 等 を 本 と し て 大 師 の 此 問 題 に 對 す る 根 本 意 義 を 捕 捉 し て 見 た い と 思 ふ 。 と 云 ふ の は 此 方 法 が 此 問 題 に 就 い て 全 く 正 當 で 有 る か ら で 有 る 。 大 師 が 陀 羅 尼 を 以 て諸 法 實 相 の 根 本 所 依 と し 而 し て 其 は 瑜 伽 の 心 地 よ り 起 こ つ て ﹃ 聲 ﹄ を 體 性 と す る ﹃ 法 ﹄ で 有 る と し 、 此 根 本 法 は 所 謂 ﹃ 色 ﹄ の 法 と 成 つ て 文 字 の 上 に 其 ﹃ 相 ﹄ を 現 じ 、 更 に 展 轉 し て 森 羅 の 物 象 に 其 文 字 の 實 義 が ﹃ 用 ﹄ と 成 つ て 天 地 位 し 萬 物 育 す と 云 ふ 基 礎 に 立 つ て 居 る 事 は 萬 々 疑 ひ 無 き の み な ら ず 、 此 れ が 即 ち 秘 密 一 宗 の 根 本 義 で 有 る 。 此 順 序 を 反 對 の 方 面 か ら 歸 納 的 に 云 □ 陀 羅 尼 義 章 五 七□ 密 教 研 究 五 八 は ゞ 、 三 密 の ﹃ 用 ﹄ の 本 は 四 曼 の ﹃ 相 ﹄ で 、 四 曼 の 相 の 本 は 六 大 の ﹃ 體 ﹄ で 有 る 。 此 所 に ﹃ 大 ﹄ は 眞 諦 と 云 ふ 意 味 で 有 る か ら 即 ち 法 界 の ﹃ 法 ﹄ で 有 る 而 し て 此 眞 諦 即 ち 法 は 密 宗 の 秘 鍵 で 有 る 根 本 の ﹃ 阿 ﹄ に 歸 つ て 來 る か ら ﹃ 阿 ﹄ 即 ﹃ 法 ﹄ で 有 る 。 此 法 な る 阿 は 陀 羅 尼 の 換 言 葉 で 有 る か ら 、 秘 密 宗 の 肝 要 は 全 く 此 點 に 存 す る 事 を 夢 忘 れ て は な ら ぬ 。 斯 く て 阿 又 は 陀 羅 尼 な る ﹃ 法 ﹄ は 瑜 伽 の 三 昧 よ り 起 こ る ﹃ 聲 ﹄ を 以 て 其 體 性 と す る と い ふ の が 大 師 の 根 本 出 發 點 で 有 る 。 高 祖 は 即 身 義 に 於 い て 、 阿 字 ( 陀 羅 尼) な る 法 體 は 心 地 の 法 で 、 此 根 本 の 法 が ﹃ 相 ﹄ の 位 た 顯 現 し た の を 色 法 と 云 ひ 、 更 に ﹃ 法 ﹄ は 絶 樹 理 想 の 通 名 で 其 れ が ﹃ 相 ﹄ 位 に 上 つ て 來 る と 差 別 界 を 顯 す と 述 べ て 有 る 、 隨 つ て ﹃ 復 次諸 法 者 法 曼 荼 羅 。 法 相 者 三 昧 耶 身 ﹄ 云 々 と 有 る の は 此 所 以 で 有 る 。 此 説 明 に 依 ら ば 陀 羅 尼 な る 阿 の 法 は 其 體 性 を 心 識 と し 、 其 れ が ﹃ 相 ﹄ 位 に 來 た 時 色 法 と 成 る と 云 ふ の で 、 忽 ち に 見 れ ば 其 所 に 本 末 始 終 を 容 れ た 世 間 常 途 の 解 釋 で あ る 、 併 し 六 大 無 碍 の 體 性 を 説 く 大 師 は 决 し て 斯 か る 説 明 の 論 理 を 許 さ ぬ か ら ﹃ 心 色 雖 異 其 性 即 同 。 色 即 心 。 心 即 色 。 無 障 無 碍 。 智 即 境 。 境 即 智 。 智 即 理 。 理 即 智 。 無 碍 自 在 ﹄ と 垂 示 し て 阿-陀 羅 尼 な る 法 體 の 自 由 展 轉 を 叙 べ ら れ て 居 る 、 即 ち 平 等 一 味 の 法 體 は 所 謂 ﹃ 能 所 の 二 生 あ り と 雖 都 て 能 所 を 絶 せ り 、 法 爾 の 道 理 に 何 の 造 作 か 有 ら む ﹄ と 云 ふ も の 之 れ 即 ち ﹃ 法 ﹄ な る 根 本 の ﹃ 阿 ﹄ で 有 り ﹃ 陀 羅 尼 ﹄ で 有 る 。 ﹃ 阿 ﹄ は ﹃ 陀 羅 尼 ﹄な る 達 磨 で あ る 、 大 師 は 吽 字 義 の 中 に 守 護 國 界 經 を 引 い て ﹃ 阿 字 と は 是 れ 菩 提 心 の 義 、 是 れ諸 法 門 の 義 、 亦 無 二 の 義 、 亦諸 法 果 の 義 亦 是 れ諸 法 性 の 義 、 是 れ 自 在 の 義 、 又 法 身 の 義 、 斯 く の 如 き 等 の 義 皆 是 れ 阿 字 の 實 義 な り ﹄ と 宣 明 せ ら れ て 居 る 、 而 も 此 阿 宇 の 法 が 最 上 瑜 伽 の 妙 觀 即 ち 勝 義 の 菩 提 心 よ り 起 つ て 其 種 子 の 萌 芽 を 發 せ ん と す る 時 直 ち に 素 光 の 色 と 成 つ て 炳 現 す る と こ ろ に ﹃ 阿 ﹄ の 第 一 義 即 ち 陀 羅 尼 な る 法 の 發 揚 を 彷 彿 せ し め 得 る の で 有 る 。 此 れ は 實 に 何 等 の 爲 作 造 作 を も 借 ら ざ る 所 謂 法 爾 の 道 理 で あ つ て 等 覺 も 此 れ を 拒 む 事 が 出 來 ぬ 、 妙 覺 も 此 れ を 否 定 す
る 事 の 出 來 ぬ 萬 有 根 本 の 一 大 事 實 で あ る 。 斯 く て 巳 に 述 べ し 如 く 此 ﹃ 阿 ﹄ 即 ち ﹃ 陀 羅 尼 ﹄ な る 法 體 は 瑜 伽 に 安 住 す る ﹃ 聲 ﹄ を 以 て 其 根 本 の 形 式 と す る か ら 、 お の づ か ら 直 ち に 流 れ 動 き て 終 に 文 字 の 相 と 成 り 言 語 の 力 用 を 起 こ す の で あ る 、 隨 つ て 大 師 が 聲 字 義 に 於 い て ﹃ 五 大 に 皆 響 き あ り 、 十 界 に 言 語 を 具 す 、 六 塵 は 悉 く 文 字 な り 、 法 身 は 是 れ 實 相 な り ﹄ と 釋 せ ら れ た の は 全 く 此 點 を 明 に し た も の で あ る 。 蓋 し 法 身 は 萬 有 の 上 に 起 る 時 間 上 の 始 終 前 後 と 空 間 の 上 に 見 る 不 可 充 實 性 の 總 體 即 ち 事 物 の 當 體 其 者 を 直 ち に 捉 へ て 以 て 名 づ け た も の で あ る か ら 其 ﹃ 身 ﹄ の 由 て 來 た る ﹃ 法 ﹄ は 瑜 伽 に 住 す る 絶 對 無 比 の 境 界 で あ る 。 此 住 瑜 伽 の 絶 大 無 一 境 は 形 式 を 阿 若 し く は 陀 羅 尼 な る ﹃ 法 ﹄ と し て 、 其 内 容 を ﹃ 聲 ﹄ と す る か ら 聲 字 實 相 義 に は ﹃ 内 外 の 風 氣 纔 に 發 す れ ば 必 ず 響 く を 名 づ け て 聲 と 云 ふ 、 響 は 必 ず 聲 に 依 る 、 聲 は 即 ち 響 の 本 な り 。 聲 發 し て 虚 か ら ず 、 必 ず 物 の 名 を 表 す 、 號 し て 字 と 日 ふ 名 は 必 ず 體 を 招 く 、 之 れ を 實 相 と 名 づ く ﹄ と 有 つ て 、 根 本 實 存 界 の ﹃ 法 ﹄ が 展 轉 し て 終 に 森 羅 の 萬 象 と 成 る 次 第 順 序 が 遺 憾 無 く 示 さ れ て 居 る 。 實 に 偉 大 な る 組 織 と 説 明 で 有 る 、 斯 く て ﹃ 五 音 八 音 七 例 八 轉 皆 悉 待 聲 起 。 聲 之 詮 名 必 由 文 字 。 文 字 之 起 本 之 六 塵 ﹄ 云 々 と 云 ふ 解 釋 が 一 字 一 字 に 生 き て 來 る の で あ る 。 予 は 已 に 瑜 伽 の 絶 對 無 二 境 は 即 ち ﹃ 阿 ﹄ -﹃ 陀 羅 尼 ﹄ な る 法 を 形 式 と し 、 ﹃ 聲 ﹄ を 其 内 容 と し て 暫 く 不 二 の 本 體 を 而 二 に 見 た が 大 師 は 果 し て 聲 字 義 に 於 い て ﹃ 梵 本 初 阿 字 。 開 口 呼 時 有 阿 聲 。 即 是 聲 。 阿 聲 呼 何 名 。 表 法 身 名 字 。 即 是 聲 字 也 ﹄ と 述 べ ら れ て 居 る 。 最 ふ 此 れ で 此 問 題 に 對 す る 解 釋 は 盡 き て 居 る 。 さ る に て も 陀 羅 尼 即 ち 阿 な る 法 體 は ﹃ 聲 ﹄ を 根 本 内 容 と す る か ら 般 若 心 經 秘 鍵 に は 陀 羅 尼 を 以 て 如 來 の 秘 密 語 と し 、 ﹃ 秘 根 の 爲 に 惣 持 の 字 を 説 く 、 是 故 に 如 來 自 ら 阿 字 淹 字 等 の 種 々 の 義 を 説 い 給 ふ ﹄ と 釋 し て あ る 。 若 し 此 阿 即 陀 羅 尼 な る 法 が ﹃ 聲 ﹄ を 根 本 内 容 と し な い な ら ば 此 ﹃ 法 ﹄ は 何 等 生 命 無 き 論 理 上 の 空 名 と 成 り 終 ら ね ば な ら ぬ 、 隨 つ て 大 師 が 秘 鍵 に 於 い て ﹃ 惣 持 有 文 義 。 忍 咒 悉 持 明 。 聲 字 與 人 法 。 實 相 具 此 名 ﹄ と 述 べ 給 ふ □ 陀 羅 尼 義 章 五 九
□ 密 教 研 究 六 〇 所 以 が 解 ら ぬ と 同 時 に ﹃ 一 々 之 字 即 ち 法 な り ﹄ と 述 ぺ ら れ て 居 る 最 上 義 諦 が 何 の 力 も 光 り も 無 い も の と 成 り 果 つ る の で あ る 。 斯 く て 大 師 は 此 陀 羅 尼 な る 法 の 發 揚 に 依 て 始 め て ﹃ 此 一 々 の 名 は 皆 世 間 の 淺 名 を 以 て 法 性 の 深 號 を 表 は す ﹄ と し 給 ひ 、 此 法 の 諦 觀 體 得 に 依 て 始 め て ﹃ 行 々 と し て 圓 寂 に 至 り 、 去 々 と し て 原 初 に 入 る ﹄ と 斷 じ 給 ふ た の で あ る 。 陀 羅 尼 の 釋 は 實 に 此 所 に 來 つ て 極 ま つ た の で あ る 。 * 梵 學 の 始 組 天 竺 の 波 膩 尼 仙 は ﹁ 聲 ﹂ の 恒 久 不 滅 を 説 い れ 最 初 の 哲 人 で 有 る が 、 彼 れ は 此 ﹁ 聲 ﹂ 常 佳 説 を 彼 れ 不 共 の な る 一 術 語 を 以 て 表 示 し て 居 る 。 隨 つ て 梵 語 の 文 法 學 者 を と 呼 ば れ ば な ら ぬ 程 要 大 な る 意 義 を 有 す る 語 で 有 る 。 偖 て 此 な る 語 は 其 語 義 と し て ( 一 ) ﹁ 開 顳 ﹂ を 意 味 し 、 ( 二 ) 勢 力 發 動 の 瞬 時 を 表 は す ﹁ 破 碎 の 爆 音 ﹂ を 意 味 し 、 (三 ) 特 に 此 語 を 學 理 の 上 よ り 釋 し て 、 永 久 性 を 有 す る 不 可 分 的 の 創 造 力 ﹁ 聲 ﹂ と 解 す る 。 更 に 此 語 を 總 じ て 判 釋 せ ば 、 或 一 音 が 響 き と 成 つ て 發 生 す る 其 瞬 時 に 心 底 に 閃 め く 思 想 の 眞 實 際 其 者 を 意 味 す る の で 、 直 言 せ ば ﹁ 響 ﹂ と ﹁ 語 ﹂ と の 恒 久 的 不 可 認 識 の 根 本 要 素 で 有 る と 云 ふ の が 此 語 の 第 一 義 で 、 同 時 に 解 釋 と 成 る の で 有 る 。 斯 く て 此 語 は ﹁ 聲 ﹂ の 常 住 を 説 く も の で 、 哲 人 波 膩 尼 は 此 の 根 本 義 よ り 出 發 し て 、 萬 有 の 意 義 を 解 し 、 概 念 と 其 れ に 相 慮 す る 名 目 は 梵 ( 中 姓 ) な る 瑜 伽 地 若 し く は 三 昧 に 安 住 す る 宇 宙 の 一 大 實 在 が に 依 り て 自 ら を 其 一 々 に 表 現 し た 結 果 で 有 る と 観 く に 至 つ た の で 有 る 、 即 ち 彼 れ の 説 は 、 梵 が 一 切 寓 有 の 形 式 で な る ﹁ 聲 ﹂ の 性 が 其 内 容 で 有 る と 云 ふ の で 有 る 。 併 し 彼 れ の 所 謂 ﹁ 梵 ﹂ が ﹁ 阿 ﹂ 若 し く は ﹁ 陀 羅 尼 ﹂ な る 寓 有 の 法 體 及 び 此 法 の 内 容 れ る 響 き に 依 り て 萬 象 の 上 に 流 れ 出 づ る 所 謂 ﹁ 聲 ﹂ と 果 し て 其 根 本 の 一 性 同 ず る や 否 や と 云 ふ 問 題 即 ち 其 廣 さ と 深 さ 量 と 質 と に 於 い て 果 し て 能 く 相 似 た り や 否 や と 云 ふ 吟 味 に 至 つ て は 今 暫 く 斷 定 を 差 控 へ て 置 く 。 唯 前 者 が 梵 ← 聲 ← 語 、 後 者 が 阿 (陀 羅 尼 ) ← 聲 ←文字←語 と 云 ふ 如 き 順 序 で 根本 思 想 を 開 展 し て 來 る 進 路 が 大 體 に 於 い て 一 先 づ 同 じ で 有 る と 云 ふ 事 文 け は 斷 言 し て 可 い 譯 で 有 る 。 監 し 印 度 に 於 け る ﹁ 聲 ﹂ に 關 す る 學 派 は ( 一 ) 波 膩 尼 の 説 と 共 に 、 ( 二) 聲 顯 説 と 云 つ て 概 念 を 言 語 に 導 き 而 も 其 言 語 に 於 い て 其 根 底 た る 可 き 實 在 の ﹁ 聲 ﹂ を 認 め る と 云 ふ 、 云 は ゞ 第 一 説 に 近 い ﹁ 聲 ﹂ の 常 住 を 唱 ふ る 説 と ( 三 ) 聲 生 説 と 云 つ て ﹁ 聲 ﹂は 響 き と 成 つ て 發 生 せ ざ る 以 前 の 所 謂 因 位 に 於 い て は 無 で 有 る け れ ど も 一 度 響 き と 成 つ て 發 生 し た る 後 は 常 住 で 有 る と 主 張 す る 観 、 別 言 せ ば 上 の ( 一 ) ( 二 ) で は 聲 の 常 住 を 以 て 根 本 義 と し な が ら 、 巳 に 響 き と 成 つ て 發 生 せ し ﹁ 聲 ﹂ は 無 常 で 有 る と す る の と 反 對 の 主 張 で 有 ろ 。 斯 く て 此 等 の 説 を 專 門 的 に 吟 味 し た 後 で 無 け れ ば 本 題 と の 異 同 が 如 何 な る點 に 存 す る や は 未 だ 容 易 に 斷 定 し 能 は ぬ 所 で 有 る 。 偖 て 又 予 の 愚 見 に 依 れ ば 陀 羅 尼 な る 阿 の 法 體 と ﹁ ロ ゴ ス ﹂ の
思 想 と が 極 め て 接 近 せ る 意 義 を 有 す る 如 く に 考 へ る の で 有 る が 、 併 し 約 翰福 音 書 に ﹁ 太 初 に 道 あ り 、 道 は神 と 偕 に あ り 、 道 は 即 ら神 な り ⋮ ⋮ 萬 物 こ れ に 由 ( 造 ら る ⋮ ⋮ 之 れ に 生 あ り 、 此 生 は 人 の 光 り な り ﹂ 云 々 と 有 る ﹁ 道 ﹂ な る コ ト バ は ﹁ ロ ゴ ス し の 換 言 葉 で 有 る と し て 、 彼 の 陀 羅 尼 な る 阿 の 法 と 此 ロ ゴ ス の 根 本 意 義 と が 融 和 し 得 る も の と 見 れ ば 如 何 に 立 論 し て 此 れ を 證 明 す 可 き か 、 元 よ り 今 は 共 れ が 目 的 で 無 け れ ば 又 必 要 で も 無 い か ら 、 偉 大 な ろ 問 題 と し て 稿 を 後 日 に 改 め る 事 に す る 。 七 、 眞 言 と 咒 と 明 予 は 己 に 上 の諸 節 に 於 い て 陀 羅 尼 が ﹁ 法 ﹂ で 有 る 事 、 其 れ は や が て ﹃ 阿 ﹄ で , 此 法 が 萬 有 森 羅 の 根 本 原 力 で 有 る 事 を 宣 明 し 殊 に 大 師 に 於 い て 偉 大 な る 組 織 的 發 表 を 以 て 密 宗 の 基 礎 と 成 つ て 居 る 點 を 大 略 明 し 極 め た と 信 じ て 居 る 、 隨 つ て 本 節 に 於 い て 眞 言 、 咒 、 明 等 に 就 き 序 で な が ら 一 言 し て 置 か う と 考 へ る が 實 は 此 等 が 亦 陀 羅 尼 な る 阿 即 ち 法 の 發 表 的 形 式 で 有 つ て 特 に 讀 誦 、 念 誦 す る と 云 ふ 語 密 の 實 修 と 聲 字 の 實 義 を 明 に し 、 以 て 其 功 徳 神 驗 を 現 は さ ん と し た る も の で 有 る 事 を 知 ら ね ば な ら ぬ 。 己 に 高 祖 大 師 は 心 經 秘 鍵 に 於 い て 一 々 の 字 が 即 ち 法 で 有 り 、 一 々 の 名 目 が 悉 く 皆 世 間 の 淺 名 を 以 て 法 性 の 深 號 を 表 は し た も の で 有 る と 宣 べ 、 更 に 此 根 本 基 礎 の 陀 羅 尼 で 有 り 阿 で 有 る 法 の 内 容 即 ち 聲 と 字 と の 實 相 を 即 身 義 の 中 に 、 六 大 の 體 性 を 根 底 と し て 序 で の 如 く ア 、 ビ 、 ラ 、 ウ ン 、 ケ ン 、 ウ ン 等 一 々 の 字 に 配 當 し て 此 等 の 原 意 を 示 さ れ て 居 る 斯 く て 一 々 の 字 が 已 に 法 で 有 る と は 云 ふ 者 の 其 法 は 種 々 な る 程 度 階 級 に 現 は る る か ら 、 大 師 は 秘 鍵 の 中 に 眞 言 を 四 種 に 分 類 し て ( 一 ) 聲 聞 の 眞 言 ( 二 ) 縁 覺 の 眞 言 (三 )大 乘 の 眞 言 ( 四 )秘 藏 の 眞 言 と せ ら れ 、 通 の 義 を 以 て 云 は ゞ 一 々 の 眞 言 は 何 れ も 皆 此 等 の 四 名 を 具 す と 釋 せ ら れ て 居 る 、 隨 つ て 此 眞 言 は 誠 に 不 可 思 議 で 有 て 一 度 此 れ を 觀 誦 す る 時 は 忽 ち 無 明 の 苦 を 除 く 程 に 、 僅 に 一 字 も 千 萬 の 義 理 を 含 み 而 し て 六 大 所 成 の 此 肉 身 に 陀 羅 尼 で 有 り 阿 で 有 る 法 如 を 眞 實 に 證 顯 す る と 述 べ ら れ て 居 る 、 即 ち 三 密 相 應 の 妙 義 は 此 所 に 存 す る 事 元 よ り 云 ふ に 及 ば ぬ 。 □ 陀 羅 尼 義 章 六 一
□ 密 教 研 究 六 二 眞 言 の 音 譯 字 は 漫 怛 襯 で 有 る が 、 大 日 經 疏 一 に は ﹃ 眞 言 梵 日 漫 怛 擺 。 即 是 眞 語 如 語 。 不 妄 不 異 之 音 。 釋 論 謂 之 秘 密 號 ﹂ 云 々 と 有 り 、 大 日 經 義 釋 一 に は 眞 如 語 言 故 名 眞 言 ﹄ と 云 ひ 、 又 大 日 經 疏 三 に は ﹃ 一 々 眞 言 皆 如 來 妙 極 之 語 也 ﹄ と 有 る が 此 等 の 解 釋 は 何 れ も 釋 論 の 五 種 言 語 の 第 五 如 義 語 を 意 味 す る も の で 、 要 す る に ﹃ 阿 ﹄ 若 し く は ﹃ 陀 羅 尼 ﹄ な る 法 の 根 本 内 容 で 有 る ﹃ 聲 ﹄ が 語 位 口 密 に 上 つ て 來 た 其 端 的 の 眞 實 際 を 指 し て 眞 言 と 云 つ た の で 有 る 、 隨 つ て 秘 藏 記 本 に は ﹃ 眞 言 者 。 如 來 眞 實 言 無 虚 妄 。 故 日 眞 言 ﹄ と 有 る 。 斯 く て 眞 言 は 斯 か る 眞 實 語 を 意 味 す る も の と し て 偖 て 今 改 め て 眞 言 の 種 類 が 内 容 若 し く は 外 形 の 上 よ り 即 ち橫 に 竪 に 如 何 に 分 別 せ ら れ て 居 る か を 吟 味 し て 見 や う と 思 ふ 。 大 疏 七 に は 眞 言 を 五 種 に 分 別 す る 、 曰 く ﹃ 一 如 來 説 、 二 菩 薩 金 剛 説 、 三 二 乘 説 、 四諸 天 説 、 五 地 居 天 説 ﹄ と 、 葢 し 前 の 三 種 は 佛 乘 の 眞 言 で 、 四 は
諸
天
衆
の
眞
言、
五
は
地
居
天
の
眞
言
と
見
た
も
の
で
有
る が 密 宗 の 正 意 よ り せ ば 此 等 は 同 一 曼 茶 羅 會 上 に 起 る 秘 密 語 の 相 を 假 り に 分 解 し た 者 で 有 る こ と 勿 論 で 有 る 。 ( 二) 慈 氏 軌 上 に は 八 種 の 義 に 分 別 す る 、 曰 く ﹃ 一 眞 如 性 一 體 之 義 。 所 謂 無 生 無 滅 、 無 去 無 來 、 離 言 離 相 言 語 道 斷 、 心 行 寂 滅 、 本 性 淨 故 。 二 隨 相 流 出 相 成 之 義 ⋮ ⋮ 性 淨 を 以 て の 故 に 應 化 相 應 す る 義 な り 。 三 加 被 護 念 之 義 ⋮ ⋮ 四 種 の 不 可 思 議 力 を 以 て の 故 に 所 謂 業 力 佛 力 眞 言 力 藥 力 等 護 念 成 就 す る が 故 に 。 四 隨諸 衆 生 所 求 不 同 之 義 ⋮ ⋮ 本 願 は神 藥 の 如 く 服 す る に 隨 ひ 念 に 應 じ て 成 就 す る が 故 に 。 六 以 佛 願 度 有 情 之 義 ⋮ ⋮ 心 に 隨 て 像 を 應 ず る が 故 に 七 以諸 菩 薩 度 有 情 之 義 ⋮ ⋮ 。 八 一 切諸 佛 不 思 議 之 義 ⋮ ⋮ 眞 言 の 不 思 議 力 も 亦 無 上 不 思 議 の 果 を 成 ず る が 故 に ﹄ 云 々 と 有 る 、 此 れ は 總 じ て ( 一 ) に 於 い て 眞 言 の 體 を 明 し ( 二 )に 於 い て 其 相 を 説 き (三 )以 下 に 於 い て は 專 ら 眞 言 の 用 に 就 い て 義 を 立 て た も の で 有 る が 、 併 し 此 れ に は 特 に 顯 家 一 流 の 釋 意 が 見 わ る 。 又 溪 嵐 集 十 九 に 依 れ ば 、 眞 言 を 字 ( 相 ) の 上 か ら 見 て ( 一) 多 字 、 ( 二 ) 一 字 、 ( 三 )無 字 と 別 ち て 古德 の 釋 を 擧 げ て 居 る 、 即 ち 無 字 と は 圓 覺 無 相 の 理 で あ る か ら 理 秘 密 で 有 る 、 一 字 と は 種 子 の 事 で有 り 、 多 字 と は 佛 頂 陀 羅 尼 で 有 る と 述 べ て 居 る 。 元 よ り 眞 言 密 宗 は 陀 羅 尼 法 、 阿 字 法 の 宗 旨 で 有 る か ら 純 粹 な る 秘 密 経 典 を 見 る と 、 所 謂 顯 家 一 流 の 釋 と は 餘 程 異 つ て ﹃ 眞 言 ﹄ に 就 い て も 亦 格 別 に 甚 深 の 義 を 宣 明 し て 居 る 。 大 日 經 一 に は ﹃ 此 眞 言 相 非 一 切諸 佛 所 。 不 令 他 作 亦 不 隨 喜 。 何 以 故 。 是諸 法 法 爾 如 是 故 ﹄ と 云 つ て 聲 を 阿 な る 法 の 内 容 と し 且 つ 其 れ が 眞 言 の 相 と し て 開 顯 せ る 消 息 を も 亦 法 爾 自 然 の 偉 大 な る 法 と し て 説 く の で あ る 、 即 ち 直 次 の 文 に ﹃ 若諸 如 來 出 現 。 若諸 如 來 不 出 現 。諸 法 々 爾 如 是 住 。 謂諸 眞 言 法 爾 故 ﹄ と 云 ふ も の が 其 れ で 有 つ て 、 此 所 に は 殆 陀 羅 尼 な ち 阿 の 法 體 が 眞 言 の 相 と 同 一 樣 で 有 る か の 如 く 説 明 し て あ る 、 隨 て 大 日 經 疏 七 に は ﹃ 此 眞 言 相 。 聲 字 皆 常 。 常 故 不 流 。 無 有 變 易 。 法 爾 如 是 。 非 造 作 所 作 ﹄ と 釋 し て 有 る 。 即 ち 此 所 に は 聲 な る 法 の 根 本 内 容 か ら 流 れ 出 た ﹃ 字 ﹄ 即 色 法 へ 相 ) は 聲 と 共 に 常 住 で 有 つ て 變 轉 無 き も の で あ る か ら 文 字 と 相 即 不 離 の 關 係 に 立 つ 聲 ← 語 ← 字 ⋮ 眞 言 の 相 も 又 總 て 法 爾 常 住 で あ る と す る 深 秘 の 釋 で 有 る か ら 彼 波 膩 尼 の 説 よ も も 更 に 徹 底 し た 解 釋 で あ る 。 人 の 見 て 以 て す る 靜 も 動 も 共 に 常 恒 法 爾 の 法 で あ る と し な け れ ば 眞 實 無 盡 莊 嚴 の 密 嚴 淨 土 は 此 土 地 に 成 立 せ ぬ 譯 で あ る 。 斯 く て ﹃ 眞 言 ﹄ は 如 何 な る 力 用 神 驗 め る に せ よ 、 終 に 陀 羅 尼 な る 阿 の 法 に 歸 一 し 歸 入 す る 事 元 よ り 密 宗 の 規 矩 で あ る 。 大 日 經 供 養 疏 下 に は ﹃ 問 誰 説 阿 字 。 答 秘 密 釋 毘 盧 遮 那 佛 説 本 不 生 故 。 二 秘 中 秘 密 釋 阿 字 自 説 本 不 生 故 。 秘 々 中 秘 釋 。 本 不 生 理 自 有 理 智 自 覺 本 不 生 故 ﹄ と 述 べ て あ る が 、 我 等 は 此 最 極 秘 密 釋 に 來 た つ て 陀 羅 尼 即 ち 阿 な る 法 が 萬 有 理 智 不 二 の 根 底 じ あ る と 同 時 に 強 い て 形 容 せ ば 彼 の ヱ レ ク ト ロ ン の 如 き 無 量 無 限 の 原 力 を 有 す る 一 大 自 覺 の 法 體 別 言 せ は 萬 象 の 常 體 其 者 で あ る と 云 ふ 事 を 遺 憾 無 く 知 り 得 た の で あ る 。 * 眞 言 の 梵 語 を 字 典 に 依 て 見 る に 、 ( 一 )思 考 の 具 其 れ は 即 ち (二 )言 語 、 ( 三 )神 聖 又 は 神 祕 な る 言 語 、( 四 )祈 壽 、 ( 五) 讃 歌 (六 )吠 陀 の 讃 歌 又 は 供 養 の 文 (七 ) 婆 羅 門 書 及 び 優 婆 尼 沙 土 に 反 し て 理 具 、 夜 柔 羅 、 裟 摩 等 の敎 科 を 含 む 吠 陀 の 支 分 、 (八 ) 或 □ 陀 羅 尼 義 章 六 三
□ 密 教 研 究 六 四 特 殊 の神 に 對 し て 唱 ふ る 文 、 例 へ ば ﹁ 淹 、 濕 婆神 に 歸 命 じ 奉 る ﹂ ( 九 魔 術 の 文 ( 即 ち 咒 の 文 ) 、( 十 )符 咒 特 に 近 代 女神 崇 拜 の 秘 密 派 な る が 超 人 的 勢 力 を 得 ん と し て 使 用 す る 符 咒 文 。 其 最 初 に 十 七 萬 の 眞 言 有 り 更 に 第 二 時 の も の に 至 り て は 殆 無 數 な り と 云 ふ 。 斯 く て 印 度 に 於 け る 眞 言 即 ち 曼 怛 羅 な る 語 は 、 上 に 見 得 る が 如 く 聲 の 相 若 し く は 直 ち に 用 を 取 つ て 解 釋 し た の で 、 同 時 に 眞 言 と 咒 と の 區 別 も 殆 立 つ て 居 ら ぬ 樣 で あ る 、 と 云 ふ の は 己 に 予 が 一 言 せ る 如 く 眞 言 も 咒 も 明 も 名 字 は 其 れ其れ 異 つ て 居 て も 實 は 陀 羅 尼 即 ち 阿 な る 根 本 法 の 内 容 で あ る ﹃ 聲 ﹄ が 一 轉 し 再 轉 し て 其 相 と 成 り 其 用 と 現 じ た 、 云 は ゞ ﹃ 聲 ﹄ の 實 際 的神 驗 若 し く は 功德 を ﹃ 響 ﹄ 又 は ﹃ 語 ﹄ の 形 式 に 借 り て 表 さ む と し た も の で あ る 事 は 明 か で あ る 、 別 言 せ ば 眞 言 に は 一 種 の 不 可 思 議 力 有 り と せ ら れ 、 隨 つ て 其 れ を 誦 ず る 事 が 眞 言 の 唯 一 の 目 的 と 成 つ て 居 る や う 、 經 軌 の 中 に は 一 遍 誦 ず れ ば 其 眷 屬 を 守 り 三 度 誦 ず れ ば 其 國 土 を 守 る と 云 ふ 事 が あ る 。 般 若 心 經 に は 是 大 明 咒 是 無 上 咒 と あ る が 、 今 此 句 に 相 當 す る 梵 原 語 を 見 る に ﹃ 咒 ﹄ に は 上 に 擧 け た 眞 言 な る 語 を 當 て 、 ﹃ 明 ﹄ に は な る 語 が 用 ひ て あ る 。 但 し ﹃ 明 ﹄ は 直 接 ﹃ 咒 ﹄ の 字 義 を 有 す る 譯 語 で は 無 い け れ ど も 唯 其 功 能 の 一 邊 に 約 し て 同 一 義 に 取 扱 は れ る か も 知 れ ぬ 、 即 ち 眞 言 も 咒 も 實 は 根 本 か ら 異 つ た も の で 無 く 、 寧 ろ 此 二 は ﹃ 聲 ﹄ の 相 と 用 と の 上 か ら 見 て 何 れ も 煩 惱 の 暗 を 碎 破 す る に 依 て 、 や が て 又 ﹃ 明 ﹄ と 同 義 で あ る と せ ら れ る の で あ る 。 此 意 味 が 演 密 鈔 一 に 極 め て 明 了 に 述 べ て あ る 、 曰 く ﹁ 明 者 明 咒 。 眞 言 之 別 稱 。 梵 語 尼 禰 也 。 此 譯 云 明 。 破 暗 爲 義 。 梵 語 漫 怛 羅 此 言 眞 言 。 或 名神 咒 。 謂 此 眞 言 能 破 衆 生 煩 惱 闇 障 。 義 翻 爲 明 。 咒 即 明 故 ﹄ と 。 併 し 大 日 經 疏 十 二 に は 、 無 明 煩 惱 の 暗 を 除 く 邊 か ら ﹃ 明 ﹄ と 云 ふ の で あ る け れ ど も 此 ﹃ 明 ﹄ と ﹃ 眞 言 ﹄ と の 間 に は 差 別 が あ る 即 ち 心 、 口 よ り 出 づ る を 眞 言 と 云 ひ 、 一 切 の 身 分 よ り 任 運 に 生 ず る を 名 づ け て 明 と す と 述 べ て あ る 。 尤 此 塲 合 ひ ﹃ 明 ﹄ を 全 身 か ら 自 然 に 放 つ 光 明 の 明 と 云 ふ 樣 に 考 ふ れ ば 考 へ ら れ ぬ 事 も 無 い 。 秘 藏 記 本 に 依 る と ﹃ 陀 羅 尼 者 。
佛 放 光 光 之 中 所 説 也 。 是 故 陀 羅 尼 興 明 其 義 不 異 ﹄ と 述 べ て ﹃ 明 ﹄ を 光 明 の 明 と 解 し 更 に 其 由 つ て 來 た る 根 本 の 法 な る 陀 羅 尼 も 光 明 中 に 説 か れ に も の で あ る と し て あ る 。 此 れ は 確 に 面 白 い 一 義 で は 有 る が 今 は 暫 く 此 一 邊 に 固 執 し 難 い の み な ら ず 眞 言 も 咒 も 明 も 其 根 本 に 於 い て は 陀 羅 尼 即 ち 阿 な る 法 體 が 其 内 容 を ﹃ 聲 ﹄ と し 、 其 ﹃ 聲 ﹄ が 一 轉 し た る 相 の 位 に 於 い て 響 と 成 り 語 と 成 つ て 始 め て 無 量 の 力 用 を 惹 超 す る 其 れ に 名 づ け だ 異 禰 で 有 る と 解 す る の が 少 く と も 予 の 見 識 で 有 る 。 * 明 な る 語 を 梵 字 典 の 解 に 見 る に 、 ( 一 ) 智 を 意 味 し 、 而 も 其 智 が 時 に 人 格 化 せ ら れ て 居 る 、 例 へ ば ﹁ 明 ﹂ は 濕 婆神 の 配 偶 な る 突 伽 女神 を 表 す る と 同 時 に 彼 女神 は祈 文 及 び 魔 術 文 を 製 作 し た 、 即 ち 明 は 明 智 を 意 味 し 其 智 か ら 來 る 明 で 有 る 。 ( 二 ) 咒 文 ( 三 ) 熱 練 せ る 魔 術 。 ( 四 ) 一 種 の 丸 藥 で 、 其 れ を 口 に せ ば 昇 天 し 得 と せ ら る 。 ( 五)神 祕 な る 字 母 等 を 意 味 す る 。 * 尚 ﹁ 咒 ﹂ に は 、 ( 一 ) 大 咒 ( 根 本 咒 、 大 心 咒 ) 、 ( 二 ) 中 咒 ( 心 咒 ) 、 ( 二 )小 咒 ( 心 中 心 究 ) と 云 ふ 分 類 も 有 る し 、 又 ( イ ) 種 子 、 ( ロ ) 名 、 ( ハ ) 本 誓 と 云 ふ や う な 分 類 も 有 る 事 を 一 言 し て 置 く 。 * 大 師 の 著 と 稱 せ ら る ゝ も の ゝ 中 に 、 ﹁ 阿 字 義 ﹂ 有 れ ど も 、 古 來 眞 僞 の 程 疑 ひ 有 り と せ ら れ て 居 る か ら 今 は 採 用 せ ぬ 事 と し た 、 此 書 僅 に 二 紙 に 足 ら す 而 も 阿 字 の 功德 を 説 く に 重 き を 置 い て 居 る か ら 本 題 に は 比 較 的 疎 遠 な 内 容 で 有 る 。 * 又 大 師 の 著 に ﹁ 眞 言 二 字 義 ﹂ が 有 る 、 其 内 容 の 極 め て 大 師 ら し き 一 邊 よ り 推 し て 今 は 暫 く 眞 僞 を 云 は ず 、 其 大 略 の み を 述 べ て 置 く 、 即 ち ﹁ 眞 言 ﹂ と 云 ふ は 眞 と 言 と か 、 又 眞 即 言 で 有 る か と 云 ふ 問 ひ を 設 け て ﹁ 此 有 二 釋 。 一 眞 者 謂 眞 如 理 也 。 言 者 謂 實 相 智 也 。 乃 至 二 者 暫 種 即 智 。 智 即 理 也 。 故 云 眞 言 二 字 不 異 ﹂ と 述 べ て 有 る 。 次 に 眞 言 と 陀 羅 尼 と の 差 異 を 説 き て 、 顯 密 權 實 を 簡 ば ん 爲 に 眞 言 と 云 ひ 、 萬 法 を 惣 攝 す る 故 に 陀 羅 尼 と 云 ふ け れ ど も 其 れ は 名 義 上 か ら の 區 別 で 有 つ て 實 は 理 智 平 等 の 邊 か ら 云 へ ば 二 者 は 根 本 に 於 い て 同 ず る と 云 ふ の で 有 る 。 そ れ で 梵 の 陀 羅 尼 を 漢 に 惣 持 と 翻 ず る は 此 陀 羅 尼 が ﹁ 惣 持 萬 法 出 生 切 法 門 故 ﹂ で 有 る と 釋 し て 居 る か ら 、 此 れ が 萬 有 の 根 本 法 體 て 有 る と 云 ふ 事 は 極 め て 明 瞭 で 有 る 。 斯 く て 又 此 書 に 在 り て は 、 眞 言-能 證 智 、 陀 羅 尼 -所 證 理 と 分 別 し 乍 ら 理 智 は 不 二 平 等 で あ る か ら 實 に は 一 で 有 る と 釋 し 、 更 に 此 理 智 一 如 の 本 體 と 本 不 生 の 阿 に 歸 し て 居 る と こ ろ は 、 所 謂 陀 羅 尼 が 阿 な る 根 本 法 體 で 有 る 事 を 宜 明 し た も の で 有 る 、 隨 つ て ﹁ 陀 羅 尼 門 出 生諸敎 根 本 也 。 一 々敎 門 即 陀 羅 尼 門 枝 未 。 故 言 非 究 竟 ﹂ 云 々 と 有 る 解 説 は 一 切 萬 有 が 陀 羅 尼 な る 法 即 ち 阿 な る 法 の 發 展 で 有 る と 云 ふ 事 に 歸 す る の で 有 る 。 斯 く て 陀 羅 尼 は 可 得 と や せ ん 或 は 不 可 得 と や せ ん と 云 ふ 根 本 性 質 の 問 題 に 就 い て 、 陀 羅 尼 を 意 地 の 法 と 見 、 偖 て ﹁意 法 爾 本 有 故 更 不 可 得 。 亦 陀 羅 尼 性 如 虚 空 性 不 可 得 也 。 非靑 黄 □ 陀 羅 尼 義 章 六 五
□ 密 教 研 究 六 六 赤 白 黒 。 非 長 短 方 圓 。 自 性淸 淨 離 是 離 非 故 不 得 ﹂ な り と 釋 し て 不 可 得 の 一 邊 を 明 か に し 、 更 に ﹁ 發 心 始 覺 故 始 得 知 之 。 開 智 證 理 是 得 義 耳 ﹂ と 解 し て 可 得 の 他 邊 を 述 べ て 有 る 。 即 ち 陀 羅 尼 は 可 得 で も 有 り 同 時 に 不 可 得 で も 有 る 、 別 言 せ ば 同 時 に 可 得 で も 無 け れ ば 不 可 得 で も 無 い と 云 ふ 事 を 述 べ て 居 る の で 有 る が 更 に 此 點 よ り 進 ん で 終 に 陀 羅 尼 を ﹁ 自 心 性 ﹂ で 有 る と し 、 自 心 性 空 寂 の 故 に 不 可 得 な り 、 自 心 萬 法 の 性 を 具 す る 故 亦 可 得 で 有 り 惣 持 で 有 る と 説 い て 所 詮 心 地 即 陀 羅 尼 で 有 る と 斷 定 す る に 至 つ た 。 即 ち 次 の 釋 に 心 外 都 無 陀 羅 尼 。 陀 羅 尼 外 都 無 心 體 ﹂ と 釋 し て 密 宗 の 正 意 と し 、 隨 て 此 陀 羅 尼 門 を 開 く に は 瑜 伽 の 觀 念 を 以 て 如 實 に 自 心 の 面 目 を 知 る に 在 り と し 且 つ 其 ﹁ 如 實 知 自 心 ﹂ と 云 ふ 事 は 、 自 心 の 性 已 に 本 不 生 た る 以 上 別 言 せ ば 阿 字 本 不 生 の 源 底 に 到 達 す る と 云 ふ 事 で 、 此 所 か ら 法 身 の 説 法 が 始 ま る と 釋 し て 有 る 所 以 で 有 る 。 實 に ﹁ 陀 羅 尼 ﹂ の 意 義 は 此 所 に 至 つ て 極 ま つ て 居 る の で 有 る 故 に 毘 廬 遮 那 守 護 經 を 引 い て ﹁ 心 、 虚 空 、 菩 提 、 陀 羅 尼 、 無 二 無 別 ﹂ と 述 べ て 有 る 。
八
、
總
結
げ に 天 は 掩 ひ 地 は 載 す 、 此 間 に 在 り て 一 切 の 人 類 は 元 よ り 女 人 成 佛 、 草 木 成 佛 ま で も 正 當 に 説 き 且 つ 實 現 し 得 る の 宗 旨 は 獨 り 眞 言 陀 羅 尼 宗 の み で 有 る 。 眞 言 行 者 は 元 よ り 第 八 識 で 發 心 す る か ら 森 羅 の 萬 象 は 此 識 體 の 發 現 で 有 る と 同 時 に 其 源 底 を 叩 き 極 む れ ば 陀 羅 尼 即 ち 阿 な る 自 由 平 等 に し て 生 け る 眞 實 際 の 法 で 有 る 。 無 量 の 生 命 と 無 盡 の 光 明 に 充 滿 せ る 活 け る 種 子 と し て 萬 有 の 根 底 に 流 れ て 居 る 陀 羅 尼 の 法 ⋮ 阿 な る 達 磨 は 何 等 他 よ り の 爲 作 造 作 を 待 た ず し て 其 れ 自 ら 喝 々 の 響 き を 發 し て 大 自 覺 の 境 よ り ﹃ 相 ﹄ の 位 に 出 で て 語 と 成 り 文 字 と 現 は れ る 、 其 れ が 即 ち 眼 前 に 羅 々 と 連 な り 渉 る 天 地 の 萬 象 、 千 般 の 實 相 で 有 る 。 之 れ が 根 本 不 生 の 法 か ら 出 理 し た 法 身 で 有 り 、 自 性淸 淨 な る 菩 提 心 の 表 は れ と 云 ふ も の で 有 る 。 密 宗 で 云 ふ 菩 提 心 は 陀 羅 尼 な る 阿 の 法 體 を 知 ら ん と し 現 は さ ん と す る 根 本 自 覺 の 意 識 で 有 る か ら ﹃ 如 實 に 自 心 を 知 る ﹄ と 云 ふ 事 も 換 言 せ ば 陀 羅 尼 な る 法 即 ち 阿 な る 達 磨 の 當 體 を 其 の 有 る が 儘 に 微 塵 の 僞 り も 無 く 自 己 の 心 識 に 依 て 證 顯 す る と 云 ふ 事 に 歸 す る の で 有 る 。 毘 盧 遮 那 如 來 も 我 れ も 皆 共 に 此 陀 羅 尼 な る 法 即 ち 阿 な る 達 磨 の 現 は れ で 有 る が 唯 其 現 れ の 程 度 に 兎 角 高 下 純 不 純 等 の 止 む を 得 ざ る 差 等 が 有 る か ら 、 其 所 に 所 謂 愛 と も 慈 悲 と も 云 ふ 無 垢 純 淨 の 偉 大 なる 力 即 ち 加 持 力 を 以 て 彼 此 相 應 し 、 斯 く て 最 高 第 一 義 の 陀 羅 尼 法 、 阿 字 法 を 體 現 し て 成 佛 す る の で 有 る 。 國 土 草 木 乃 至 一 塵 の 微 に 至 る ま で 此 偉 大 な る 加 持 力 の 働 く と こ ろ 、 萬 法 差 別 の 當 相 即 ち 同 一 性 故 入 阿 字 で 其 儘 眞 實 在 の 如 來 で 有 る 。 體 相 用 の 三 大 か ら 云 へ ば 加 持 な る 身 口 意 の 用 に も 、 身-用 、 口 -相 、 意-體 の 分 別 が 出 來 る 、 而 し て 此 法 體 は 瑜 伽 三 昧 の 意 地 に 常 に 住 し な が ら 語 に 導 か れ て 終 に 身 の 上 に 作 用 が 現 は れ て 來 る 順 序 で 有 る が 、 密 宗 の 正 意 よ り せ ば 此 順 序 を 大 さ く 操 返 し て 更 に 三 密 全 體 を 一 個 の 聯 連 せ る 用 と 見 、 此 用 の 本 は 四 曼 の 相 よ り 出 で 、 其 相 の 本 原 は 悉 く 六 大 の 體 性 よ り 來 る と 主 張 す る の で 有 る が ( 此 三 大 は橫 竪 無 邊 際 じ 同 時 倶 時 な り ) 、 此 六 大 と は 抑 何 で 有 る か 、 即 ち 六 大 の ﹃ 大 ﹄ は ﹃ 諦 ﹄ と 相 通 ず る 而 し て 此 六 諦 は 元 よ り 五 諦 ( 五 大 ) と 識 諦 ( 識 大 ) よ り 成 り 、 更 に 此 二 諦 ( 二 大 ) は 開 合 の 不 同 で 有 る か ら 例 へ は 一 手 の 兩 面 の 如 く 鏡 の 表 裏 の 如 く 不 即 不 離 若 し く は 二 而 不 二 な る 一 大 融 如 の 法 體 で 有 る 。 物 有 る 所 に は 同 時 に 心 を 伴 ひ 、 心 有 る 所 に は 倶 時 に 物 が 有 る 、 物 と 心 は 一 物 の 兩 面 で 有 る と 云 ふ 所 謂 並 行 的 論 證 か ら 推 し て 六 大 は 終 に 如 々 融 會 の 絶 對 的 法 體 と 成 る 、 別 言 せ ば 此 法 體 の 中 に 於 い て の み 天 國 も 地 獄 も 佛 も 鬼 も 同 時 倶 時 に 存 在 す る の で 有 る が 、 其 所 に 活 動 の 源 泉 に し て 觸 る れ ば 忽 ち 光 明 を 放 つ エ レ ク ト ロ ン の 如 き 善 惡 邪 正 を 超 越 せ る 、 云 は ば 八 識 の 發 心 は 起 り 、 更 に 縁 の 妙 力 に 遇 ひ 、 上 乘 智 を 轉 得 し て 菴 魔 羅 の 境 界 な る 淨 妙 法 身 を 顯 現 す る と 同 時 に 直 ち に ﹃ 聲 ﹄ を 内 容 と す る 此 法 身 の 説 法 が 始 ま る の で 有 る 。 斯 く の 如 く 釋 し 來 た れ ば 六 大 は 終 に 其 流 れ を 一 に 歸 し て ﹃ 阿 ﹄ な る諸 法 の 根 本 法 體 で 有 り 陀 羅 尼 な る 法 の 當 體 と 全 々 同 一 と 成 る の で 有 る 。 煩 惱 即 菩 提 を 世 間 の 道 理 に 譬 へ て 見 れ ば 澁 柿 の 澁 が諸 縁 を 侍 つ て 其 儘 甘 さ に 變 化 す る 如 く 、 云 は ゞ に 依 る の で 有 る と 云 へ ば 朧 氣 な が ら 少 し く 想 像 が 出 來 る や う に 、 今 又 陀 羅 尼 若 し く は 阿 → 六 大 の 法 體 が 身 の 相 を 取 っ て 法 を 説 く 事 即 ち 法 身 が 説 法 す る と 云 ふ 事 實 は 、 世 間 の 道 理 に 譬 へ て 考 ふ れ ば 電 子 乃 至 原 素 の 根 本 素 體 が 諸 □ 陀 羅 尼 義 章 六 七
□ 密 教 研 究 六 八 縁 に 依 り 自 ら ヱ ネ ル ギ ー を 種 々 な る 形 式 に 於 い て 活 用 し 以 て 世 異 萬 般 の 事 象 を 顯 現 し て 居 る 其 れ と 同 じ や う な 物 理 的 變 化 及 び 化 學 的 變 化 で 僅 に 想 像 し 得 な い 事 も 無 い 。 げ に 宇 宙 の 眞 性 は 陀 羅 尼 で 有 る 、 即 ち 法 で 有 る 。 佛 も 法 體 で 有 り 、 阿 で 有 り 同 時 に 陀 羅 尼 で 有 る 。 一 切 の 有 情 も 亦 陀 羅 尼 で 有 り 、 法 で 有 り 同 時 に 阿 で 有 る 。 此 偉 大 に し て 無 地 な る 法 こ そ は 即 ち 無 染 無 著 、 本 來 不 生 元 よ り 因 果 不 可 得 に し て 不增 不 減 、 不 去 不 來 、 一 多 渉 入 の 絶 大 な る 眞 實 諦 で 有 る 。 法 身 も 此 れ を 過 ぎ ず 、 涅 槃 も 此 れ を 越 ゆ る 能 は ず 、 虚 空 を橫 に 三 世 を 竪 に 無 量 無 盡 の 一 切諸 象 、 是 非 も 善 惡 も 皆 悉 く 其 中 に 込 め て 一 相 平 等 、 平 等 に し て 自 由 極 ま り 盡 く る 所 を 知 ら ぬ 秘 密 莊 嚴 國 土 の 源 底 た る 最 勝 第 義 の 法 門 で 有 る 。 眞 言 陀 羅 尼 宗 は 此 所 に 來 た つ て 其 基 礎 が 定 ま つ た の で 有 る 。 最 後 に 注 意 す 可 き は 、 密 宗 で 云 ふ 本 不 生 は 生 の 不 生 で 有 り 、 生 は 不 生 の 生 で 有 る と 同 時 に 、 可 得 は 不 可 得 の 得 で 有 り 、 又 不 可 得 は 得 の 不 可 得 で 有 る と 云 ふ 事 を 充 分 に 承 知 せ ね ば な ら ぬ 、 若 し 然 ら ざ れ ば 陀 羅 尼 の 法 體 、 阿 な る 法 性 其 者 が 所 謂 密 宗 正 意 の 法 身 で 有 り 且 つ 其 法 身 が 實 際 に 説 法 す る と 云 ふ 最 肝 最 要 の 第 一 義 が 成 立 せ ぬ の で 有 る 。 斯 て 予 の 最 後 の 主 張 を 圖 に 示 さ ば 略 次 の 如 く で 有 る 。