日 本 の 旧 中 間 層 そ の 社 会 的 性 格
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(2) 70. たしかに︑この新中聞層の上層部分︑高い教育水準とこれ沖﹂伴う専門的・技術的に訓練された能力の所有によって. 経営構造のハイアラーキーを上昇したエリート的企業官僚︵ぎま弩邑ぎ亮竃實算︶は︑かつての独立自営の企業家. ︵一己ξ竃宗巨昌言−︺﹃o昌冒︶のそれであった職務を代行し︑その専門豹訓練に基づく機能執行において︑自主的判. 断なり自己の労働に対する主体的な統制を可能とする人々であった︒彼ら︸﹂そ︑シニムペーターのいわゆる﹁家族的 1︵ ︺. 帝国主義コ一の障害が打破されたところ︑対外的な権威と対内的な自尊心をもちうるエリートとなりえたのである︑︑こ. れと共に︑事務・流通機構における中・下層のホワイトカラー︵乃至はブラヅク・コート︶の人口群としての増大 は︑まさしく二十世紀大衆杜会のひとつの方向を規定する力であった︒. もちろん︑このホワイトカラー群のもつ社会的性格︵ここでは特定階層の人間のエネルギーを持続的に一定方向に働かせ. る性格バターンであって︑大都分の成員に分有されているもの︶たり生活様式たりは大きな影響力をもちつつある︒またそ. の内部の階層分化︵時には両極分解︶の動向︑あるいはその杜会的・政治的オリエソテーショソの方向は︑それ白体 到 多くの活藩な論議の的となってきたし︑われわれもまた検討を試みたところであった︒. ところで︑こうした新中聞層の社会的存在性の問題的意義の評価に比して︑かつて﹁都市の英雄﹂であり︑﹁実際. の仕事の棟梁でかつ機敏な行政家﹂︑そしてなによりもまず﹁成功者﹂で﹁産業の将師﹂︵§員良目O=箏き弩く︶︵︑ミル. 3︺ ズ︶という統一的人間類型の母胎であった都市旧中間層は全く逆の意味で間題視されているのが現状である︒いまや. 都市旧中間層は︑経済の繁栄段階にあっては自分たちの将来を托しうるのではないかというはかない夢を抱いて体制. の受動的傑守勢力となり︑危機にはそのイソパクトを強く受けてしぱしぽ﹁超反動﹂的な大衆運動につながる勢力と. なっている︒﹁独占と高度の資本制段階﹂にあっては︑その量的比重のうえからも︑またその杜会的威信のうえから. も︑かつて中産階級の中核であった旧中間層の地位はますますマイナスの方向へと引きずられている︒本稿は︑日本. 1198.
(3) 71. の旧中間層−依然その大きな部分を占めている自営農民層については︑別に一個の独立した考察を必要とするからこ. こでは敢上げない−の杜会的存在形態の諸相を分析しようとするものであるが︑その前提として必要なかぎり旧中間. 層の存在形態を規定←︒ノる一般的条件を敢上げることから始めたいと思う︒ただ︑各国の旧中間層のもつ特性はそれぞ. れの杜会構造の与える特殊.歴史的な方向づげによって規定されており︑ここではそうした個々の差異の照合より. も︑むしろそこから導きうる旧中間層の杜会的存在の枠を図式的にまず画いてみようと思うのである︒. 奏・竃⁝①︑・..↓︸︒︸毒一篶窃自まぎ︸毒ぎo器︸胃竃g轟9窃︐.峯g巨︸;ぎ霧9εs一〇pM00?ωo9. は別た間題として︑同時に﹁近代文明が発達を遂げた国々では︑一つの新しい小ブルジヨア層が形成された︒この層. 部の論老によって疑間視されるに至っている︒新中間層もまた底辺大衆が実質的にブロレタリアート化するかどうか. 階級は次第にプロレタリアートに転落する﹂というマルクスの階級的両極分解の予測は︑新中間層の出現によって一. ﹁従来の中聞身分の下層︑すなわち小工業者や︑小商人や︑小金利生活者や︑手工業者や︑農民︑−﹂れらすべての. 2. 註ω. 奉・い・妻︑目︒︑俸−O・婁︒霞︒P08ξき量一⁝姜一二目ぎ實一9二邑曇二目=肇ω蔓嚢蜆1. ﹁ホワイトカラーの意識構造﹂一九六二年三月︑目本杜会構造調査会刊︒本調査の参加者は土屋清・関嘉彦・山田文雄・林. 知己夫.大塩俊介・岡都慶二・鈴木達三及び筆者の八名︒ O︷・峯・竃=−9峯チ岸?oo昌国 −o蜆一句やooトー㎝㊤.. (〕. はプロレタリアートとブルジ目アジーの聞を浮動していて︑ブルジヨア杜会の補足的部分としてたえず新しく形成さ. 1199. ( 2〕 ( 3).
(4) 72. リ れている﹂︑という同じ共産党宜言中の文章に注意すべきであろ㍉︒旧中間層はいまなおその役割において補足的で. あり常に更新されているという点の間題は後に検討することとして︑いま少くともそのかつてのイメージと今目のそ. れに大きな落差のあることを指摘したい︒つまり︑旧中間層の原型像は︑封建的伝統のたいアメリカ的風土では﹁独立. 自営の企業家﹂として画かれ︑あるいはイギリスではリツル・マソ︵−⁝ω昌竃︶として画かれたが︑要はリースマソ. のいわゆる内面志向型の生活倫理を身につけ︑誇るべき資質と特性︑あるいは﹁財産と教養﹂をもった杜会的勢力であ. っ匂︒古くは封建貴族に挑戦して勝利を収めた資本主義上昇期の中産階級以後︑十九世紀までは﹁自主独立の小企業. 2︶. 老﹂こそ中産階級に固有なものと達想される人間像であり︑それはまた多分に現実的であったといってよい︒﹁安定. した所得と高い生活水準に基づく自由と独立は批判的精神を産みだした︒﹂中産階級は個人としての安定ぼかりか︑ 3︶. ナショナルな規模で国民の知的・経済的資本の蓄積の増大に努力したのであった︒︵また︑この特質のゆえに︑旧中間層. の杜会的役割の安定と持続がイギリスの場合指摘できるようである︒︶同じように﹁自己支配と仕事と財産﹂の密接な結合に. よる﹁自由な気慨に濫れた﹂市民精神の所有者といった形でアメリカの旧中間層が画かれてきたといえよう︒. さらに重要な点は︑旧中間層の果した政治的役割であった︒リプセヅトが指摘しているように︑かつての旧中間層. の政治的な自由イデオ﹁ギーは︑権力に対する個人的権利の擁護・卦建的乃至君主制的遺制︑つまり王位と祭壇に対 勾 する斗争と重商主義的な活動の自由の制隈に対する斗争を支える信念体系とたったのである︒彼らのイデオロギーこ. そ︑産業化の過程から生じた必然的にラディカルなものであった︒十八・九世紀における中間層のもった信念体系. は︑今目漸く産業化にふみだした︑例えぼラテンアメリカ諸国の人々にも認められるという︒﹁これら諸国の成長し. っつある申産階級は︑−⁝反資本主義的な伝統主義老や軍部の独裁的権力の力の弱体化を図ることによって民主的な 5︺ 杜会を支えている﹂といわれ句︒政治H杜会的に︑かつて旧中問層は︑とにかくデモクラシー展開の歴史的条件のひ. I20C.
(5) 73. とつを充足していたことはあきらかであろう︒. こうした古いイメージに対して︑現在のそれがあまりにも変形されていることもまたたしかである︒. ﹁大規模な資. 本主義体制と強力な労働運動を特徴とする諸社会﹂で︑いまや旧中間層の遇激な大衆運動への傾斜・動員の危険が指. 摘されている︒かつての自由主義とポピュリズム︵召召訂昌︶の基底にあった志向やイデオロギーも︑二十世紀の高. 度に発達した産業杜会ではその意味と機能を異にすることになる︒﹁大規模組織及び成長した国家権力に抵抗するこ. とは︑現代の基本的諸傾向−巨大産業とその官僚制機構︑強固かつ合法的な労働運動及び国家のビジネス規制が︑い. づれも安定的かつ近代化された社会構造にとつて必要であるという既定事実1に匁向うことにたる︒﹂そうした意味. での非合理・非現実的なレジスタンスー旧中問層が﹁集中化と集権化﹂を怖れるあまりのレジスタソスは︑規模と. 方向はさまざまであるが︑不況にも戦時にも好況期にも︑時の政府如何を間わず常に持続されてきた︒﹁このように彼 らは常に不満︵讐窒寿9&︶﹂なのであった︒. そうした不満なり不安なりの根源は︑いうまでもなく一方で新中問層の登場の契機となった生産と資本の集中化で. あり︑同時にそれはまた杜会の平準化に基づく産業労働者の団結と強力化であった︒彼らの﹁財産を守る戦は⁝:敗. 北に終ってしまった︒﹂︵ミルズ︶経済的実力の喪失に平行して市場の独占をめぐつて激しく争う大企業相互の葛藤に. まきこまれた彼らは︑系列化という形で支配されようとあるいはそれから排除されようと︑とにかく巨大資本にとっ. ては安価な生産コストのためにのみ利用されうる下請部分にすぎなくなってしまう︒意識において過度の﹁独立白営. 者﹂であり﹁所有者﹂であっても︑実態において﹁不完全生産者﹂であり︑あるいはさまざまな形で現実に依属を強 釧 制される︒流通の分野においても彼らはいまや大資本の﹁フロソト﹂にすぎない︒﹁資本主義的な広告制度と商標登. 録制度により﹂自営は形式的となり︑利潤率は一方的に規定され︑互いに分立・競争して販売競争にかりたてられ︑. ユ20I.
(6) 私. 第1表. I2C2. 資本系列につらならざるをえたい︒その独立も︑実は生産なり流通なりの機溝という. ﹁巨大た歯車のひとつ﹂としての独立にすぎないのである︒こうした﹁抑圧体制の完全. かつ効果的た成立﹂は︑結局﹁真のルンペン・ブルジヨアジー﹂︵︑ミルズ︶を創出する︒. 刊. それにもかかわらず︑一.独立生活の基礎を考えずにどっと押し寄せて共喰いをする無教. 養な﹂所有者的中間層はたえず補足されているとまでいわれる︒. こうした事態において︑旧中聞層の量的比重もまた間題となってきたところである︒. 一口では大企業の横暴を非難しながらもむLろ大企業の成功に便乗してその恩恵に浴しようという努力﹂に傾斜する. イプを通じて具体的な政策実現へ︑あるいは合理的な批判へと結晶する方向ヘプールされる接会に乏しい︒むしろ︑. という鬼火を逼う層が絶えず補充されている︒そして︑大企業への反感も︑必ずLも全国的な規漢での組織というパ. だが︑それでもなお古い生活パターソに執勘にLがみつこうという努力がその勢カの一部の存在を持続させ︑独立. 実の自覚からくる﹁不安感﹂・﹁劣等感﹂にいろどられる︒︵︑ミルズ︶. もつ点なのである︒彼らのメソタリテイは︑﹁長期的な経済的地位を改善してゆく現実的可能性﹂に乏しいという事. に立つことはなくなったという点である︒鬼火のようた独立自営というイメージにしがみつき︑矛盾した意識溝造を. あ智そして重要恋ことは︑量におげるより以上にその質であり︑旧中聞層は広汎な杜会的疎外層とたり舞台の正面. 8︺. いてみられるにすぎない︒第二には有業人口におげるその比率の低下であり︑第三にこれに対する新中問層の肥大で. 〇年には二五万七千と絶対数の減少という点が問題である︒その総数の増加分は︑卸.小売.サーピスの諸部門にお. 特にコーリーのいう真の独立企業家の活躍すべき分野−製造・建設・鉱業部門では一九一〇年の四二万二千が一九四. 例えぱ合衆国をとっても︑ 絶対数としては旧中間層の人口量は増加している︵第−表︶︒だがその内実にあっては︑. 合衆圏の旧中問層(千人).
(7) ・﹂とによって︑反藤も単に情緒のレヴニルにとどめられていることが多い︒そして︑その結果蓄積された不満や不安. は︑逆に強大な労働組合への攻撃という形で発散される︒ささやかた私的所有に対するインバクトから生じた危機感. は︑上昇する組織力をもつ産業労働者に対する﹁偏見﹂によって抽車をかげられ︑しばしば杜会主義に対するステレオ. タイプ化された恐怖心によって昂進される︒彼らの組織をもたざるものとしての孤立感.疎外感は︑危機階層︵︒H室伽. ③合理的認識というレヴェルでとくに新中間層に比較して立ちおくれている知的水準は︑この場合旧中間層の危穣階. 層としてもつ特性であり︑これに④ワイマール・ドイツや戦後目本のように新旧価値体系の渥乱から生ずるアノ︑︑︑1 9︶. 感が加わってくることもあ旬そして︑ここから矛盾だらけのイデオロギーが成立するのである︒現代社会のもつ合. 理化遇程という既定事実に適応できず取残されたことから︑却って﹁後退的.ユートピア的﹂た古い経済秩序再輿の. 要求︑あるいはその地位維持のための﹁法的規範による強制﹂をとも次う保護の要求が生ずる︒. だが︑このさいの諸要求を正当化する理論的根拠は︑かつての旧中間層のもったデモクラシーの推進者としての要. 求とは異たる︒いわぼここではデモクラシーの安全弁として︑という消極的な緩衝理論によるうしろ向きの自己防衛. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. なのである︒アリストテレス以来の緩衝理論は︑フランス革命以後近代的な装いをこらすに至り︑一.市民社会は︑資. 本家と労働老の階級斗争においてもし健全な生活力をもつ中間階級がこの両戦線の均衡を作りださなけれぼ破滅して. しまうだろう﹂という認識のイデオロギー化が成立した︒Lかも︑こうした要求さえも容れられないぼあいに︑上から. の恩恵は無に等しく下からの脅威が進行するぽあいにこそ︑いわゆる﹁整二勢力﹂への結集のアヅピールが有効とな. ることが多い︒二iンハウザーの分析しているように︑ヒツトラーのドイツもムッソリー二のイタリアも︑フラソスの. プージャデイスムもアメリカのマッカーシズムも︑いづれも基底においてはこうした事態におかれた旧中間層が支援. 1203. 費き印︶意識をきらに強めるものである︒ωその経済的不安乃至窮乏︑②杜会的地位の低下に対する不満のみ次らず︑. 75.
(8) 76. ⑩ 勢力の中心であった︒もちろん︑これ以上に危機のイソパクトの内容と強度は︑さまざまではある︒ともあれ︑﹁疲労. し︑意気沮喪し︑希望を失い︑何ももたない人々■一︑﹁戦前よりも親たちの時代よりも一生懸命長い労働に耐え︑それ ⑪ なのに前進はおろか地歩も失ってしまった人々﹂がその中心であった︒相対的に安定化されていると考えられるイギ. リス中間層にさえも︑自分たちの政党と考えて疑わ改かった保守党が︑﹁常に彼らを見捨てているという現実感﹂の 増加が認められているのである︒. 以上のような経済−杜会的情況の推移は︑旧中間層の人間類型さえも変えるに至った︒かつての独立独行の精神︑. 男らしい競争と野心は姿を消し︑﹁自已及び家族の労働の強化﹂と︑禁欲的倫理というよりは﹁極端な節約し︑心理的 ⑫ にも経済的にも欠乏の原則が生活を支配するに至ったといわれる︒小心・敵意・強情・狭量・知的ソフィスティケー. ショソの欠如といったことぱでミルズは旧中間層の人間類型の持性を規定し睡価している︒教育水準が低く︑日常生. ﹁政治や杜会関係︑. 活におげる経験が第一次的環境からの刺戟に限定されがちでありいわばメンタリティが硬性であることから︑杜会的. 疎外に対する反動はしばしば遇激な形をとる頓向が強いのである︒かつてその生活のエトスは︑. 家族生活や宗教・教育をめぐる哲学とイデオロギーの急進的な変革をもたらした﹂ものであった︒そLてその遺産こ. そ︑中産階級の価値体系乃至規準として結晶したが︑その相続人はもはや今目の旧中間層ではあるまい︒﹁野心︑高. いアスピレーションを伴う自己の欲求統制︑個人的責任の倫理︑潜在的能力の最大限の開発︑情緒的表現の抑制︑忍. 耐﹂たどのエトスは︑むしろ部分的にではあるが新中間層上層の相続するところとなったといえないであろうか︒. 以上のように︑いささか危険であるが旧中間層の社会的存在形態の推移を図式的に画いてみたが︑もちろん各々の. おかれた杜会構造の特性の歴史的累積作用がこれにさまざまなヴァリエーシ︑一ソを与えることはいうまでもない︒そ. の意味で︑わ九われは目本の旧中間層のもつ存在条件と存在形態を︑上述したところと比較というよりも対応させて. 1204.
(9) 77. 亭Ω﹃彗戸ωOO邑︷ω昌印目﹄亭O昌己2005窪①9岩㎝2. 考.﹈≦−︸9oO.o津.−oミげ印呂顯目︷9↓︸o向目宙O巨ωす呂︷邑O−oO−印ωωo9−㊤蜆9PHN0声−. マルクス︑﹁共産党宣言﹂マルクス・エンゲルス全集︵大月書店版︶四巻︑四八三︑四九八買︒. みることによってその特性を分析し︑現状を把握してみようと思うのである︒ 註ω ②. ︑. ︑. ︑. 産階級とナチズムとの関係についてはこの観点からも極めて豊富な文献があるo ω1峯一=蕩具︸o−童s︸竃彗一H畠pbp−墨−o〇一. もっともこの点でまだラテンアメリカ諸国の中間層は不安定な存在である︒. 酉村・長谷川訳︒. ︵Uo9﹈1o杜①︶一. という傾向が大であった︒それゆえに︑危機のインパクトは不安感を強く醸成することになったといえる︒とくに︑ドイツ中. に対して︑旧大陸の中間層はむしろ身分意識過剰で︑自己の権威を国家のそれと緒びつけることによって特権的地位をえよう. ︑. よって︑資本・労働・国家の非合理な要求にも断然低抗できるだげの実カをもっているとルイス・モードは述べている︒−﹂れ. こうしてイギリス中産階級は︑そのメンタリテイのうちに安定感ぱかりか杜会的技術︑共同体に対する責任感をもつことに. 一⑧−O乏ω俸竃彗庄90や9ゴ句O.H竃−卜. ㈹. ⑤. 事IO昌NN顯﹃庄一−箏.︑↓7①O﹃筥9巴冨己2oO巨ω眈︐一勾oユ目冒9︵向①げ︶−−o①NPooo奉. ⑥ 婁一﹈≦二−9︒︒↓−﹈o竃−旦創−ΦOζ岨㎜oω−目量32?ω守o創O津宥9..↓︸①>自一〇弐o団目ωogo5曾o巴肉oく討ミ一くo−.HH. 毫竃O−S㊤1−声旨・具.︑;①鶉篶量二08一〇零O円>昌彗O彗ω昌凹一一雰ωぎ窃9︑.勺O豪邑蟹彗S曾彗け①ξ一︵巨弩OF 岩蟹︶一もやooデーs.. −lOO﹃oき..↓庁o﹈≦︷庄匹−①O巨ω9.︑−山O血①け俸︸o■創−ぎ05ω9ωけ印一自ω団目O勺o峯①Hl1H㊤蜆ω−OPωNH−ωN9. T・ガイガー﹁新しい階級杜会﹂鈴木幸寿訳︑九二−九四頁︒. ⑧. ψz雪昌竃一雰﹃昌彗竃け肉oくoξ饒g二⑩§・拙稿﹁杜会運動の心理と論理﹂︵1・n︶早稲囲商学︑第一五〇号︑第一五八. ω. ⑨. 弓すo勺o旨匡oωo︷竃麸ωωoggさ岩蜆ρ七や岩︷−心■一 なお︑ マツカーシズムについては︑峯一↓﹃o奏︒. 号及びH・マクロスキー﹁保守主義とバーソナリティ﹂アメリカーナ︑一九五九年二月︒ ω一ミ.因oH目ブo倶器. 1205.
(10) 78. またブージャデイスムについてはω・雪O寓冒宵目P﹇O彗O買くO昌①自叶OOε印庄9H㊤蜆9. OP仁N①−ト仁ド. 勾.−︵.竃o暮oP. 俸. ムロ衆国については−旨血9俸︸o目ま戸ωo9巴一≦〇一︺旨︹︸. フランスの場合もまた労働者層の中産謄級帰属のアスピレiシ. 尾.>.乞げ一︺①戸. Oo目一〇昌わoH與﹃く. ωoo川巴. ︑H〇一︺−9自!. 1206. ︑ω冒顯二巾島一竃窪竃彗一勺〇一川ま巴↓o篶一竃o9彗則望り七昌二暮峯き胃けξ.︑>旨oユo彗︑旨膏;一良ωog〇一轟き①仁︵岩雷︶一 勺O・N↓01MOOH・. ただ︑︸﹂こで注意すべき点は︑旧中間層自体からのデクラッセの存在という事実と︑ホワイトカラーなり賃労働者層の側に. H8H一毫Lミー−8.. の杜会・経済・政治のそれぞれのレヴェルでの二重構造︵実は多層構造とも名づけた方がよいと思われる︶の作周による. ち︑第一に歴史的な枠において日本の旧中間層は前述したような原型像を欠いているという点であり︑第二には目本. 由職業四二万である︒ところで︑間題は︑こうした日本の都市旧中問層の作りだすイメージの特性である︒すなわ. 到 五万の家族従業員が含まれる︶︑労働人口の十五%を占めている︒その構成は︑手工業者二七五万︑小商人三四四万︑自. い︒戦前から絶対数において停滞していた目本の旧中間層の主体は︑現在なお六六一万と推定され︵このうち三三. 1︺. まず︑従来指摘されてきたように︑日本の旧中問層のもつ人口群としての比重の大いさが注目されなげれぼならな. ( 3). 05ωmo9︑︑−号ω〇一俸困o目まぎoや9ゴ. ﹇勾①一窒昌彗一Ω霊ωぎ>昌竃ド竃ω099き室9一勺勺−H§−H畠.甲声匡︸竃彗一..ε宕<巴毒身血箒昌ωO︷冒︑ぼ8巨. 旨−ま毒巨巴ωoo㎞g㌣一ε8を参照o. 亘ンはたかい︒宙.O犀目胃昌一市o=巨o伽o︷U尉勺巴■H⑩蜆o〇一〇PH0A−−oド. −︶︒−o﹂︷ミCa︑里竃〆Oo顯一&ミ書ぎ5H竃o︒一暑.HN㌣畠9. ように安定度の高いぱあい︑独自の生活様式を形成していて︑ホワイトカラーの多くにとって一つの生活目標であるといえるo. 申産化へのアスピレーションが根強く存在するということとは問題の次元を異にするという︸﹂とである︒イギリス中産階級の. ⑪.
(11) η. 一︑両極分解﹂化の優向である︒このうち︑第一の点についてまず敢上げてみたい︒. まず︑目本の旧中聞層はその歴史的原型像をもたたいこと︑ひいてはまさにその中産的イデオロギーの発現とポピュ. リズムヘの傾斜が見られなかったことはその特性のひとつである︒目本の近代経営史における薯しい特徴として︑明. 治以後の産業化遇程のイニシアティヴは︑旧中間層というよりはむしろ広義の近代テクノロジーを身につけ政治穣力. 訓. と抱合した旧武士層にあり︑彼らは一面において﹁士魂﹂をピジネス・イデオロギーとした技術的中問層であったと. いってよい︒いわゆる﹁ムラ逃亡老﹂︵松下圭一︶のうち︑こうした勢力に編入された層は︑近代行政官僚として︑あ. るいは経営補助着として︑いち早く都市新中間層に転化し︑﹁産業の将師﹂も必ずLも旧中聞層から輩出したとはい. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. えたいのである︒それゆえに︑早くも明治二十四年に次のような予測が現われたのも当然であろう︒︵﹁今目︑我漆国の. 商工業世界を見るに︑新聞・印鳳・蚕系・製茶・鉱山・汽船等の事業は︑概ね士族流の人の等に成て︑従来の商人は手を莫聞に下. し得ない様な訳で⁝⁝士族の商人は従来の商人に比較べたら︑人数は少ないかも知れ童せんが莫勢カに蓋っては或は從来の商入杜. 会を圧倒しで屠るかも知れない﹂のであった︒︵傍点筆者︑字田川文海﹁士族の商業﹂︑困沼肇氏の引用にょる︶謎建期以来の旧. 中間層の杜会的停滞は上からの近代化にも急速に適応させえなかったし︑下からの自生的な消費財生産の発達も産業 勾 一般の近代化にともたって﹁次第に敗退し︑衰微するに至った﹂のである︒こうして︑その当初から旧中間層は経済的. 実力のみか︑杜会的影響カさえも評価される・﹂と少なく︑ましてやそれ独自のイデオロギーなり運動なりを成長させ. る可能性に乏しかったといえないであろうか︒むしろ︑明治中期以後はその大量の存在︑遇度の競争︑生産力の停滞︑. 巨大資本による苛酷な利用と収奪のうちに高い開廃率を示Lながら全体として生きのびてきた方が一般的であったと. いえよう︒当然︑彼らがナシヨナルな規模でそれ独自の利害を間題とし︑自生的に組織化に至った事態はむしろ倒外. 的であり︑それも旧中聞層上層に限定される︒それよりは︑天皇制国家の支配体制のなかでひとつの安全弁として上. 120?.
(12) 80. からの保護を受けるにとどまり︑その存在の意義を肯定する側も︑かえってその危機感を刺戟し︑また緩衝理論という. 立場からの擁護に限定される傾きが強かったのである︒例えば︑徳富蘇峰も﹁国民自覚論﹂︵大正十二年︶で次のよう. 一般に之を間題としていないであろう︒⁝⁝然も此れは当今に於. に述べている︒︵﹁目本に申流階綴の衰へっっあるは︑上流人士には︑余りに気付かぬであろう︒而﹂て中流人士は︑自個の疾薔 を︑大声︑絶斡するを撤じて︑今尚ほ沈黙を守りつつあるから︑. ける顕薯なる事実﹂︶なのである︒︵神島二郎氏引用にょる︶だが︑中流階層は﹁労働者の如く︑一切杜会的恩恵に頼る龍. はず︒彼等は貴族及び上流階級の如く︑一切社会的特権がない︒﹂こうして双方から﹁侵蝕され・圧迫され﹂ている. この﹁孤立無援の中流階級﹂−﹂そむしろ憐むべき存在だという︒中流階級︐﹂そ﹁資本︑労働階級の緩衝地帯だ︒若し. 此の地帯なかりせぼ︑彼等は全く白兵戦となる︑決斗となる﹂ことはあきらかだからである︒もっとも︑この蘇峰流. の中産階級擁護は︑彼がしぱしぱ雑誌﹁国民之友﹂で表明したようにいわゆる﹁田舎紳士﹂︑つまり手作地主.豪農. の擁護であり︑農本主義的な視角においてであったともいえる︒しかし︑吉野信次は殆ど時を同じくして﹁遂に労資. 斗争の事端を目に月に滋く﹂し﹁国家杜会の一大深憂﹂となった理由のひとつを︑小企業主層の衰退に求め︑・﹂れが. ﹁社会的安全弁﹂としての機能の重要性を認め︑その﹁維持・発達を図るの方策を講ずる﹂ことを杜会的急務とした 5︵ ︺ のであった︒. こうした上からの緩衝理論に対して︑いわぱ旧中間層自体からの発言はどうであったろうか︒例えば明治未期・大 6︺. 正初年からの憲政擁護運動の延長としていわゆる営業税撒廃運動などはその一例であり︑相当の規模をもちえたとい. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. であるという宣言は多. ってよい︒営業税ト﹂そ﹁商工業者に向って残忍酷薄を極め︑その財産権・その人権を躁願するところの苛税﹂である ︑. という宣言︑﹁国家としてその輿隆の基礎たる商工業を阻害するところの亡国税﹂︵傍点筆者︶. くの旧中間層にアッピールしたのであった︒しかしこの運動が効を奏したとはいえ︑その積極的同調者はむしろ旧中. 1208.
(13) 81. 間層の上部勢力に限定された事実は無視できない︒そして︑以後︑昭和年間において︑﹁僅少の資本を以て一家族の者. のみにより︑或はそれに数人の親類縁老︑その他の雇人を加へた﹂小企業は︑二片の雇傭関係をもって律する﹂を. 得たい経済的等価交換の原則をはみだした労使関係によりかかり︑﹁市況の変遷に応じ事業の範圏を伸縮し易い﹂と. いう上からすれぱプラス︑事実はマイナスの企業単位を辛うじて維持し︑中小労働者は﹁概ね戸主或は雇傭主の家族 の 主義的保護の下に安屠を得つつあり﹂という支配層の発想による形式的な評価を受げたにとどまる︒だが︑その生活. 実態は安易どころか超人的労働と消費節約がなけれぱ緯持されず︑遇倹︑努力と報酬という素朴な刻苦勉励主義︑服 8︵ ︶ 従と保護という家父長的労使関係という生活倫理に支えられていたといってよいであろう︒. たしかに︑戦後杜会における各種の目本的圧力団体の噴出にともない︑旧中閻層もこの波に乗って政治化した存在と. なったことも事実である︒零細業主を主体として特異な活動方向を示した全商連︵全国商工団体違合会︶や小売商中. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ﹁国家経済の支柱﹂でありながらも﹁多数にして弱少な中小企業の団結﹂を図り︑ ﹁その. ︑. 心の全日商違あるいは目中連などそれぞれ独自の動きもあったが︑何といってもその最大の組織化の動きは中政違に. ︑. 結集されたといってよい︒. 政治的潜勢カを発動することによって⁝甦生発展の途をひらく﹂という政治的組織化への方向が教祖的た指導者によ. って打ちだされたことは︑まだ記憶に新らしいと︸﹂ろである︒ただ︑︸﹂こでは零細業主は取残されてLまっている︒. しかも︑中政運も童た指導者自体の失敗と︑一方ではいわゆる大企業からの桐喝・強適︑他方では組織における上部. の政治化と下層の﹁つきあい加入﹂・﹁ぐるみ加入﹂に基づく無関心の存在によって︑他の多くの申小企業組織ととも 訓 ︵. に﹁谷間意識﹂におちこんでいったのであった︒. ともあれ︑いまなお日本の都市旧中聞層は︑業主家族自身及び産業労働者についてだけみても労働運動の担い手で. ある七百万労働者の七割の未組織労働者を雇傭し︑しばしぱ彼らを﹁うちうち意識﹂で支配し︑その意識と方向の赴. 工209.
(14) 82. ︑. くところ政治的にも無視しえない︒それゆえにこそ︑自民.杜会・民杜の各党を間わず︑中小企業主へのアヅピール. 如何は緊急の課題と友っている︒. 一方︑旧中間層のおかれた経済的に劣悪な条件は︑目本経済のもつ歴史的性格である二重構造下の大企業支配によ. って常に慢性的に存在しっづげてきたことは周知の通りである︒だが︑こうした経済的疎外にもかかわらず︑また上. 述したような政治的疎外にもかかわらず︑彼らをしてその不満を補賞させてきたものは何であろうか︒それは︑ひと. つには一部の系列化された小企業主のうちにある資本主義的繁栄への願望︑巨大資本の蓄積の増大の内での余瀞の期. 待であるともいえる︒だが︑それ以上に︑伝統化された天皇制国家において地域的杜会の小指導者︵いわゆる政治的. 中聞層︶として利用され︑またそのかぎりでささやかな威信と優位を自らも自覚し対杜会的にも承認させえてきた点 ⑩ に注目したい︒もっとも︑旧中間層の杜会的関心の範囲は地域杜会に限定され︑ナシヨナルな規模での第二次的環境は. 容易に実感されえない点が間題である︒一方ではナシヨナルな規模での間題自体に対する無関心とその脈絡に対する. 理解のレヴェルの低さが指摘できるが︑他方︑日本の都市におげる﹁ムラ﹂乃至部落の存在という事実が本来生産点. と生活点の分離するところのない﹁土着性﹂の強い小企業主をして地域杜会の政治へと密着させるのである︒︵この点. ⑪. で杜会自体の階層的二重構造︑新中間層の地域への無関心と旧中聞層の絡みつきから前者の政治への釦的関心の高さと︑後者の一. 次的環境への密着といった悶題が生ずる︶︒それは︑後述するように端的には各種地域組織−行政の未端機構である町内会. からP.T.A︑防犯組織に始まって各種利益団体に及ぶが︑小企業主ほど地域組織の幹部化の傾向がいちじるし. い︒そして︑さらに︑すでに指摘したように職場における﹁ムラ﹂︑広汎な未組織労働者に対する人的支配が︑たと. え恩情主義・大家族主義といったどのような﹁たてまえ﹂をとろうと根強くつづいているのである︒. こうした一方であきらかに特殊歴史酌な面をもつ存在形態を示す目本の旧中問層の︑いわぱ意識構造やその政治・. 12IO.
(15) 83. 杜会的オリエソテーシヨソの現状はどうであろうか︒さらに上述の図式を照応させたがら次節でわれわれの試みた二 つの調査を軸として分析してみようと思う︒. 註ω今目の合衆国の都市旧中聞層の中核である白営業者は︑ほぽ有業人口の五︑三%︑新中間層は三二︑五%と推定される︒. 五︑三%であるから十%内外と擢定できるo. ■員o彗g−き冒ω訂豪一︷oωし⑩8による︒イギリスの旧中問層は︑自営業主は約五%︑雇用者をもつ業主と経営者を含めて. 倒 旧沼肇﹁都市申産階級における存在条降の変化﹂経済評論︑一九六二年二月号︑自由職業を除き︑事業所統計調査を錯応さ. ぜると︑零細業主約二二〇万︑従業員規模四人以下︵家族従業者を含む︶二〇万︑九人以下五〇万︑十人以上の中小企業主三. 万で大体三二〇万である︒ただ︑この数字には事業所統許の事業所として把握されない層八○万が加えられる︒綿貫譲治﹁旧 中間層の政治と意識﹂中央公論︑一九六二年七月︒. ⑧ 土屋喬雄﹁目本資本主義の経営史的研究﹂一七〇頁以下︑同﹁目本の経営者精神﹂六二頁以下︑アベグレン・万成博﹁近代. 労働省労働統計調査月報︑九−九︵昭和三十二年︶参照﹁中小企業の統計的分析﹂三i四八頁︒. 一九六一年五月︒. ¢. 杜会政策時報︑大正十三年三月0. 目本の指導者﹂アメリカiナ︑. 到. エコノミスト︑昭和九年五月一目号︵全国産業団体連合会声明︶︒. 6 信夫清三郎﹁大正デモクラシー史﹂1巻二七四頁︒ ⑰. 8 神島二郎﹁近代目本の精神構造﹂四七︑五一頁︒今目なおその実態は残存している︒大阪府立商工研究所﹁中小企業労働者. 一九六〇年三月︒. の生活実態研究﹂昭和三十年︑ただ︑中小企業の労働者にも価値変革は次第に侵透しつつある︒阪寄俊雄﹁中小企業労働着の 価値変革﹂思想︑. ⑫ 加藤誠一﹁中小企業運動の政治的経済的基礎﹂経済評論一允六〇年一月号︒看困雄﹁現代組織論﹂八六−七頁︒なお中村静 治﹁自属党.民杜党の基盤と﹂ての中小企業﹂経済評論︑一九六年一月号を参照のこと︒. ユ211.
(16) 84. この点︑含衆国の地方都市旧申間層がかつて市民精神の下部構造とたり︑コミュ. ニテイ指導層となりえたのと基盤を異にす. 一九六一年五月o. 長段階において相対的な安定を示している雇人のある業主層︵Eと略す︶及び大企業による産業合理化に追随し積極. 査Aからいえることは︑まず不安定階層として︵家族従茱者のみの︶単独の業主層︵0と略す︶及びここ数年の高成. 部分も認められるが︑むしろその経済的安定・不安定︐による異質化傾向炉﹂注目すべきだと思︒われる︒そうした点で調. 元において︑まず旧中聞層にも相当の内部の階層︵例えぼ企業規模による︶の分化が認められ︑心的構造にも共通な. く︑他の諸層とても積極的な反独占の組織化・運動への動機は必ずしも明確とはいえたい︒さらに細かな態度の諾次. 度を示す︒最も労働組合に敵意を示すのはむしろ小企業主層であった︒反独占感情もまた︑零細業主層では比較的弱. つ近代的パターンでこれと対抗しようとする︒零細業主層は︑直接下からの突き上げに会わない代りに︑伝統保守の態. て明確に自覚し︑管理技術の強化を始めさまざまな点で大企業経営考のとる方向に同調し︑いわぼ資本家的自覚にた. 労働組合勢力というような圧倒的な既成事実に対しては旧中聞層上部ーここでは中企業経営者ほど労資の対立につい. いえる︒いわば潜在的に伝統型の行動パターン乃至価値への回帰を願う反動心理がみられる︒そのうちでも︑とくに. のことといえるが今冒の社会的秩序の諸相に対して積極的同調も否定もなしえないアノミー型意識の所有者が多いと. まず︑都市旧中間層の主体は一般に年令構成が高く︑学歴水準は低く戦前型の意識の所有老が多い︒それゆえ︑当然. 1︺ 最初に見とおしをよくするため︑われわれの二つの調査のうち最初のものについてえられた結論を要約しておこ・㍗. 4. 松下圭一﹁地域民主主義の課題と展望﹂︑大島太郎﹁自治体政治の構造﹂思想︑. るものといえるO−・内欧窃旨與POPOぎ一七やHSムさ一ミ.曽⁝92︺一q叶二. Φ Φ ⑪. 12]2.
(17) 85. 的に適応しようとする中企業経営老層の三者の差異がまずいちじるしいということである︒そこで︑以下調査Bを中. 心として︑その間の階層分化の実態とその反映である心理構造及び杜会的・政治的オリエソテーショソを整理して みたい︒. ほど水準は低下するが︑. ω まず各階層闇の差を最もよく示しているのは︑︑社会学的属性としての教育水準にある点は調査Aと同じである. E〃間にはそれほど有意の差はない︒むしろ経済水準の格差がはつきりしてくる︒. が︑さらに職業的安定性︵持続率と移動︶についても同様である︒いうまでもなく6 O〃. 従来しぼしぼ旧中間層が危穣階層として語られてきたが︑その特性のひとつは既に述べたように知的ソフィステイ. ケーシヨンの水準の低さが﹁情報への接近を貧困にし︑﹂自己の生活空問︵第一次的環境︶におげる経験を遠隔の杜 到 会的.政治的現象との意味的関連において拡大することが容易になしえない点に求められ智そうした点で・一方で. i. 関し︑さらにマス.コ︑︑・への接触度の差に反映するのである︒単独業主層の教育水. は一次環境に密着し政治的無関心乃至非合理的反動の傾向が強い︒この場合︑企業規模の差と教育水準の差が大体相 −. 準は殆ど大企業労働考と変るところはなく︑かえって産業労働老の方が意見の水準. においてD.K層の比率が少ない︒こうした知的水準の低さ︵第−表︶︑職業的不. 安定とならんで︑同時に経済水準−財保有率の距離や所得水準︵第2表︶の低さに. 注目せざるをえない︒︵このうち所得額は主観的に考えられたものである︒︶. まず︑三十万円以下の低所得層が単独業主の説%に及び︑年令構成の高さを考え. るとその生活水準は産業労働者に接近する︒また資料を業種別に再集計してみると︑. とくに販売.サービス業主よりも製造業主に低所得層が集中している︒そして︑労. 1213. i. 第1表 学歴構成(不明を除く).
(18) 86. 第2表所得構成 ■■. −91万 1. 135万. ■6. 73万. 32. …48. 33 13. ■18. 34. 15≡43万 56 ■「I. ≡. ■. 45. 24 45. ■. W 一. 60182万. 34. I 66 ≡. 3. ,. 24. 働時間は逆に旧中問層のうちでもっとも長い︒. 以上と同様に︑旧中間層自体のうちで単独企業主に至るほど低下する意見.判断. のレヴニルは︑現在の階層帰属評価︑十年後に属すると予想される階層評価︑余畷. 志向態度︑わが国全体の中産階級化による貧富格差縮少の期待︑労資対立の緩和の. 可能性︑スト反対︑自民党支持率などである︒全体として単独企業主層はとくにア. スピレーシ亘ン・レヴェルは低く︑現状に対する個人的満足度についても大企業労. 働者より低下している︒以上の諸点をも含めて︑単独企業主を中心に旧中問層の中. 核である雇用者のある業主と比較しながら重要と思われる態度の差の間題を取上げ. ると︑㈲階級帰属意識︵第3表︶については前者の労働者階級帰属が高い点に注目. すべきであろう︒もっともホワイトカラー乃至ブルーカラーと違って労働者階級帰. E〃につよく︑大企業管理者層に接近するが︑. もちろん︑彼らも決して刻苦勉励型とはいえない︵調査A︶︒だが︑生活展望と志向水準の低さに現われるような生. ・0〃のばあいむしろ収入欲求がつよい︒いわゆるレジヤー消費の時代にあって生活価値の変革が一般にみられるが︑. ・0〃・〃E・いづれにも共通するが︑態度のレヴエルで余暇欲求は. 観的にも客観的にも生活安定感に乏しいことはあきらかである︒ω長時間にわたる労働と余曜時聞の乏しさは︑. 向きの評価において楽でたい︑非常に苦しいと訴える業主の比は︑ホワイトカラーや大企業労働者を越えている︒主. 十年後の階層帰属となると︑大企業労働者の方が展望のあかるい面さえ見受けられる︵第3表︶︒現状でもくらし. ところまでは徹底しない︒他方︑階層帰属評価の低さもどちらかといえぱ産業労働老に近いことは既に指摘したが︑. 属といっても単に勤労者だという程度の意味が多く︑ 革新派の人々のいう﹁われわれ労働者﹂の一員であるという. ≒. 5%. A B O E ! !. (。。無)(。。ふ)1(。。屈上〕1(蒜得轟) 「. 1214.
(19) 87. 21 28. 48. 17. 2. 69. 28. ガ・1 ■﹁. 14. W !I■. 66. 19 61. 25. 70. 5 5 11. 73. 14. 5 O 2 1 1. 45. 48. 2 4. I. 48. W. 並目. 13. 32. 43. B 0 E. 5%. A. 苦しい 通 「 まあ楽一. ■. ■. 」 皿. 一種の現状に対する. 活不安感と経済水準の絶対的な低さが余暇志向の. ブレーキとなる︵第4表︶︒. 無カ感・チヤンス待望の心理が潜在している︒. ﹁労働著的中小企業主だから︑大企業の係長より. 低い生活﹂という一業主のことばは決して誇張で. はないのである︒㈲こうした潜在的な不安と現状. に対する不満とが絡みついて︑個人の生活次元で. の不満は体制そのものへの不満に投影するが︑そ. れはあくまで情緒的レヴェルにとどまり︑またそ. れを一種の無カ感ムードが包んでいる︒そうした. O〃という旧中閻層の底辺不安定部分を組織させず依然傑守. 1の今後の侵透が間題と在ってゆくであろう︵第5表︶︒ω最後に︑単独の業主の. にとどめておくメンタリテイーが間題であるとともに︑第三勢力−例えぼ創価学会. すると考えられる︒. いう選挙基盤として特色ある地域でのことであるから地方中小都市ではもっと低下. 造業主に限られた態度であるといってよい︒ Lかもこの革新派支持率は︑東京都と. 定的態度の低さや政党支持︵第5表︶ などに現われるにすぎたいが︑それも大体製. 意味で︑体制不満も︑具体的には既にみたように親労働者酌態度︑ ストに対する否. 第4表 くらし向き. みでなく雇傭者のある業主いずれにも共通する心理−伝統的天皇制への愛着の残. 1215. ■■. 45. 1. O E. 12. ≡非常に楽=. ■. 16. ■. 46 31. 34. ■. 28. 2 O. 26. 13. 18. 36%1 ・・1 24」 54. 10. 69. 9. 64. 8 1. 19 5%. B. ■. 25. ■. 33. ■. 61. ,. 27. ■. 45. ■. 41. ■. 40. ■ 12 i. 下の下 下の上 コ申の上i中の下. 5. O 3 9 3 3 1. i. 『 A. 資本家1中産;欝 !誓野1 ■. 第3表 階級・階層帰属の方向.
(20) 88. と学歴構成・職業移動などの点で相対的に接近しているが︑経. O. E. E. 階層は大衆運動なり労働老の集団. 階層を上廻わるぼかりか︑大企業経営者層以上. 階層の根強い小所有老意識・遇度の自負と権威. 1216. 存︑伝統的人聞関係︑ハターソヘのノスタルジー︵調査A︶︑大衆運動︵デエ︑︶とテロ. は〃O. についてみると︑たしかに事実項冒におい. との単純な因果関係の設定など︑いわば復古的伝統回帰への反動の可能性がつよい. E. 次に︑雇傭老のある業主〃E. ことも指掻されねぼならない︒. ㈲ て︑. 済水準において明瞭な椿差によって6〃と距離を保っている︒高い所得水準・営. 業用家産の保有によって︑現状満足度も高く︑現在の体制による受益感が豊かであ. ることから強力な保守勢力となりうるし︑またしばしぼむしろ大企業経営老に近い. を卒直に理解することこそ﹂彼らの活路だという説得は︑この. 一﹂根強いものがある︒﹁目本経済のいわゆる二重構造の負の面がすべて自分たちにしわ寄せされているのだという点. 義的性格をあきらかにするのである ︵第6表︶︒それは︑単に. 的権利の行使なりに反感をもち︑ 政治的独裁の待望においても政治的エキスパーテイズムの支持においても︑権威主. ている﹂と断定するのはやや早計の感をまぬかれないが︑ それでもなおこの. 剖 ︵. は︑その杜会意識からみると︑ すべての杜会運動の反対者であり︑とりわけ労働組合に対する憎悪と反感を共通にし. らはらに︑反独占よりもむしろ反組織労働に動員される可能性も大であるといわねばならたい︒ ﹁旧中産階級の人々. ﹁資本家階級﹂帰属を志向し︑ まさに中小所有者としての安定・拡大へのアスピレーショソは高い︒さらにこれとう. 素直に信じ︑繁栄する資本主義への確信は強いといわねぼならない︒彼ら自身﹁中産意識﹂ は強く︑また十年後には. 杜会的・政治的オリエンテーシヨソを示すのである︒例えぱ経済発展による国民諸階層の中産化︑ 貧富格差の縮少を. 第5菱政党支持.
(21) 馳. 一成. i一. 27. 37. 20 14. 32. 17. 6 7. 20. 33 12. 31. I. i. ■. ■. 30. 17. ≡ ■ 13. ■. 3⑪. W. 階層に向けられるべきであろうかと思われる︒. 的態度の前では早急に望むべくもないのではなかろうか︒それは︑むしろ底辺の 〃O. そして︑調査Aで明らかにしたようにこの E 階層こそ最も前近代的た労働関. 係を執鋤に温存しようと図り︑また同時に地域政治に密着してその杜会的発言力を. E〃層の下層ですらその幼. 保ち︑外部経済からの利益を的に必死に体制にとりすがり︑遇度の体制同調頓向を. 示すのである︒調査Aでは︑1〜9人の従業員をもつ. %︑10〜29人規漢では46%がそれぞれたんらかの地域団体・乃至利益団体の役職を. 占め︑いわぼ小宇宙の小支配者︵ω冒竺昌麸誌易︶であ各︒こうしたパイプを遣じ. て︑保守勢力はもっとも有力な支持層を獲得しえているといえよう︒そして・﹂の傾. 向は︑地方申小都市の旧中間層に至るほど強く︑しかもそのメソタリティにおげる. 硬さと並んで実践性・行動性が未組織大衆の思考と行動の直接統制カを可能として 4. 旧中問層の上限︑広義では資本家層に属するともいえる中小企業経営老層は︑. いるのである︒. ③. 二︑三の項目を除いてほぼ大企業経営者層と意識・態度については類似の頓向を示. している︒調査Aでも指摘したが︑その立場は反独占という点以外でば資本家陣営. 1とくは目経達を代表とするーからのてこ入れによって近代化されたスタイルで組. 織労働に対抗しようとし︑一応にも二応にも経営のイデオロギー性の確立を目指し. ているといってよいであろう︒その経営管理組織においても個人乃至同族企業的定. 工21フ. 21 15. 11. 1 ,. 30. 5 3 21. 291 0. 31 一 3. 」. 22. 1. ・・1 9%. 」 I避げよまあ賛成套し雇雷合隻1. 反対. 』 一A. 一 □. B 0 E. 第6表大聚運動 1 労組のスト 第7表.
(22) 90. 第8表現職満足. 1218. 彩は必ずしも全面的に払拭されたとはいいがたいが︑とにかく経営における人的支. 配のため近代的管理技術の導入に努力する︒表面の労賢協調主義も一旦産業斗争の. E〃層とは︑その客観的属性︑意識と態度において区別さるべき点の方が. 渦中に入れば資本家的反動に傾斜するといえるのである︒個人的レヴェルにおいて. も6〃. 多く︑より資本家︵所有者−経営考︶意識を強くもち︑仕事志向型で勤労主義をた てまえとし︑事業に対する満足度も高い︵第8表︶︒. 次に注意しなけれぱならない点は︑反独占の感情が︑組織され︑実質的な圧力を. もちうるほど強いという点である︒一部特定の専門的中小企業を除げぱ︑しぱしぱ. 大企業との市場占有をめぐる激しい競争とそこからの脱落の危機感が︑彼らに多. くの点で保守勢力を支持しながらも圧力団体という導管を必要とさせる所以であろ. E〃階層の組織化たり協同化への意欲の低さは対照的であるといわねばなるまい︒ただ︑三者いづれにも. その杜会的性椿と意識構造を図式化し︑これと︹口本の旧中間層との対照と試みることであった︒それは︑あくまで歴. ω われわれの本稿での目的は︑第二節に示したように︑充分とはいえないが都市旧中聞層の存在条件及び形態・. ができるであろうか︒. 以上のように都市旧申間層の現状を概観してみた時︑一応現在の時点においてわれわれを何を結論として語ること. は単なる不信というよりも︑政治からの恩恵の大きた期待が常にうらぎられているという感情である︒. 共通するところは︑保守政権のスローガソのひとつ︑中小企業対策に対して不信感が圧倒的だという点であり︑これ. O・.. う︒︐﹂れに対して独占資本のインパクトを感じ大企業の棲暴を口にしながらもその系列組織に編入されざるをえない. 薪た孟大体満足やや不満柔つた嘉.
(23) 91. 史的風土という枠においての異同を確認するためであった︒その限りで目本の都市旧中聞層は︑全体としてたえず更. 新され補足されながらもいまだ重要な人口部分を形成し︑一種独自な杜会的・政治的存在となっていること︑戦前.. 戦中期のファシズムヘの動員という事実を別として︑現在はとにかくその不安定部分の﹁非目常的爆発﹂の傾向はま. だ明瞭でたく︑またその安定部分はむしろ旧体制の温存勢力として強くその影響力を保持していることたどは注目さ れてよいであろう︒. ② また︑その意識や態度の次元でも︑旧中間層自体に内在する階層内二重・三重構造の原理が働き︑共通なパタ. ーンよりもむしろ相違が露呈し︑現状ではそれぞれの問にある種の壁が存在していると思われる︒そして︑いわぼ階. 層内階層︑例えぱ相対的な不安定た6︒階層が果して労働者層と目常的接触を通じて握手するのか︑それとも不安. 定情況の激化にともたい今後に予想される第三勢力に大量に吸引されるのかは予断しがたいであろう︒また︑同様に. 相対的安定部分である E 階層も︑真の意味で杜会的均街勢力とたりうるか︑あるいは伝統的反動にいっそう傾斜. するかは充分にその動向を見守らなげればならない︒そして︑さらに大量の都市新中間層としてのホワイトカラー内. 部にも大企業対中小企業の格差が強く︑またブルーカラー層でも大企業労働者の﹁労働貴族化﹂乃至は﹁ムード的中. 産化﹂の傾向が現われ︑全体として大企業支配の優向はますますあきらかとなっている︒こうした国民諸階層内部の. 動向によってまた旧中問層の意識と方向は徴妙た運動を起すであろう︑と考えられるのである︑. 註ω 以下調査Aとは︑内閣調査室の後援によって一九五九年十月〜六〇年二月にかげて東京・大阪・名吉屋及び北九州の七市で. 行われた﹁中小企業経営者の意識構造﹂調査をさす︒︵﹁中小企業経営者の意識構造﹂民主主義研究所︑昭和三五年五月刊︶内. 容の要約については︑同標題の拙稿﹁マーケヅテイング﹂昭和三十五年八月号︑﹁産業訓練﹂同十二月号を参照されたい︒調. 査員は︑中島・土屋・車戸・望月・渡辺の各氏及び筆者︒有効サンプル数一︑四九二︒調査Bは︑同じく﹁ホワイトカラーの. 1219.
(24) 92 ②. 意議構造﹂調査を指す︒︵第一節註を参照︑東京都区部二十才以上男子を対象とした有効サンブル数二︑二九五︶のうち旧中聞. 層を抽出した︒両調査はそれぞれユニットがちがうから︑比較よりも同一階層部分を対応させながら以下説明を加える︒調査. Bについて︑本稿でば比較の優のため︑O・Eの他︑大企菜管理層︵路号A︶申企案管理層︵路号B︶大企業ホワイトカラー. 層︵W︶大企菜労働者︵1︶のみを示してある︒旧中間層のうち︑独立の専門技術職業層はサンプル数が少ないため略してあ. る︒因みに︑東京都の二十才以上男子の職業階層別構成は次の通りである︒経営管理者層六︑六%︑ホワイトカラー層二四︑一. %︑旧中間層二二︑七%︑労働者層ニハ︑九%︑店員層五︑九%︑職人層六︑九%︑その他ニハ︑九%で三〇年国勢調査のデータ. とは分類上の問題があるが︑ほぼ関係がつけられる︒調査結果の一都は拙稿﹁マーケヅテイング﹂瑠和三六年十〜十二月号 ﹁自南﹂昭和三十六年十一月号を参照されたいo. ﹁都市勤労市民層の政治意識とコミュケーション行動﹂︑東大新聞研究所紀要第七巻︑︵一九五八年︶八三頁以下︒. ﹁大都市におげる地域政治の実態﹂都攻︑昭和三五年十月号︒奥田道大﹁わが国におげる都市住民組織の動向と閤題点﹂都. ③ 大河内一郎﹁目本的中産階級﹂五二−三頁︒. ω 市闇題︑昭和一 二 五 年 十 二 月 号 ︒. 1220.
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