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ロシア グルジア紛争概略 2008 年 8 月 1 日から南オセチア側からの攻撃が激増 7 日 グルジアが一方的停戦を呼びかけるも 南オセチア側の攻撃は激化 7~8 日にかけてグルジアが南オセチアに侵攻 ( 北京五輪開会式と同時 ) 間もなくロシアが 自国民保護 を名目にグルジアを総攻撃 ( ゴリ

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(1)

ロシア

NIS貿易会

メンバーズ・ブリーフ

2008年8月25日(月)

静岡県立大学

国際関係学部

准教授

廣瀬

陽子

(2)

ロシア・グルジア紛争概略

y

2008年8月1日から南オセチア側からの攻撃が激増

y

7日、グルジアが一方的停戦を呼びかけるも、南オセチア側の攻撃は激化

y

7~8日にかけてグルジアが南オセチアに侵攻(北京五輪開会式と同時)

y

間もなくロシアが「自国民保護」を名目にグルジアを総攻撃(ゴリ、セナキ、

ポチなどの主要都市を攻撃し、略奪などを繰り返したほか、軍用空港、鉄道、

主要幹線など爆撃し、グルジアの交通網、インフラを破壊)

y

グルジアは、9日に15日間の「戦争状態」を宣言。双方の情報戦も悪化。

y

フランスのサルコジ大統領の仲介 →

停戦と事態正常化のための

6項目の和平合意文書(基本原則)策定

y

12日、メドヴェージェフ大統領は作戦停止命令を出すが、交戦続く。

サーカシヴィリはウクライナ、ポーランド、バルト三国の首脳陣、市民と反露

集会を開き、

CIS(独立国家共同体)を脱退表明

y

グルジアは15日、ロシアは16日に停戦合意に署名

y

ロシアはなかなか撤退せず、国際的批判強まる。

NATOとも決別。

y

ロシアは18日に撤退開始、22日に撤退終了とするも、ポチ港などには駐

留継続

y

グルジアは23日に9月8日までの「戦争状態」延長を決定

(3)
(4)

グルジアが位置するコーカサスの戦略的位置

~地政学的観点・エネルギー安全保障の観点

y

文明/東西の要衝としての意義

y

9.11テロの衝撃と米国の中東政策

※「テロとの戦い」と中央ユーラシアの重要性の高ま

り)

y

天然資源の存在:石油価格上昇の趨勢、および中東

情勢の不安とロシアの天然ガス輸送への不安

cf.

ロシア・ウクライナガス紛争)の増大の中での更

に重要性が高まる可能性

EUはカスピ海・中東とEU諸国を結ぶナブッコ

Nabucco)ガスPLプロジェクトの進展を急ぐ

(5)

コーカサスの民族・宗教・文化の多様性:語族

y

印欧系語族

アルメニア系(アルメニア人)、ギリシア系(ギリシア人)、イラン系

(クルド人、オセット人、タレッシュ人)、スラブ系(ロシア人)

y

アルタイ語系語族

テュルク系(アゼルバイジャン人、バルカル人、カラチャイ人、ク

ムィク人、ノガイ人、トルクメン人)、モンゴル系(カルムィク人)

y

コーカサス諸語系

アブハズ系(アブハズ人)、チェルケス系(アディゲ人、チェルケス

人、カバルダ人)、グルジア系(グルジア人、アジャール人)、ダゲ

スタン系(アグル人、アヴァール人、ダルギン人、ラク人、レズギン

人、ルトゥト人、タバサラン人、サフール人)、ヴァイナフ系(チェチェ

ン人、イングーシ人)

y

その他

ソ連時代は「リンガフランカ(共通語)」としてのロシア語

(6)

民族・宗教・文化の多様性:宗教・文化

y

宗教:イスラーム教シーア派、イスラーム教スンニ派、ア

ルメニア教会、グルジア正教、ロシア正教、チベット仏教

(ラマ教)

y

文化:キリスト教圏、トルコ、アラブ、モンゴル、ペルシャ、

ロシアの影響 (侵略を受け続けた歴史を反映)

y

国境と重ならない民族分布

※歴史的に侵略を受け続けてきた影響

(7)
(8)

外交にも影を落とすコーカサスの紛争

y

コーカサスの紛争と民族問題 → 多様かつ複雑な

民族分布 → 紛争が多発(特に、ロシアのチェチェ

ン、アゼルバイジャンとアルメニアの間のナゴルノ・カ

ラバフ、グルジアのアブハジア、南オセチアなど)

※様々な語族、多様な宗教、民族分布と一致しな

い境界線

y

最大の政治課題として外交へも影響する紛争:欧米

露との外交のあり方に大いに影響

eg.アルメニアのロシア依存度の⇔欧米との関係強

化や地域協力への諦め)

(9)

南オセチア紛争とは

y オセット人はコーカサスの南北で分断され、北オセチアはロシアに、南オセチアはグル ジアに属してきた。ソ連のもとでは、南オセチアは自治州とされ、かなりの権限を行使で きた。 y ペレストロイカにより、グルジアの民族主義が高まると、特に民主主義的指導者であっ た、ズヴィアド・ガムサフルディアが同国内のマイノリティのグルジア化を始め、南オセチ アとアブハジアはグルジアとの対立を深めていく。 y 1989年11月23日に・ガムサフルディアは、支持者(3万~6万人)を引き連れ、ツヒンヴァ リで示威行進。平和的な集会とされたが、数百人の武装兵が随行し、負傷者400人、死 者6人を出した。 y 1991年1月5日に ツヒンヴァリに警官隊とガムサフルディアの親衛隊が投入され、オセッ ト人に対する大規模な弾圧を始めた。オセット人は、自警団を結成してこれに対抗、ツヒ ンヴァリからグルジア人を追い出すことに成功。 y 91年12月にソ連が解体してグルジアが独立すると、南オセチアの自治州としての地位 は取り消される(日本のマスコミはほとんど「自治州」と書いているので注意!)。 y 1992年1月19日 南オセチア共和国の独立に関する住民投票が行われ、92%以上がこ れに賛成した。

(10)

南オセチア紛争とは

y 1992年2月、住民投票を受け、ツヒンヴァリ周辺にグルジアの砲兵と装甲車両が配備さ れ、砲撃開始、紛争状態に。 y 92年3月8日にエドゥアルド・シェワルナゼ(ガムサフルディアは、チェチェンに亡命、自 殺?)がグルジアの指導者となるも状況変わらず。 y ロシアが南オセチアを徹底的に支援し、南オセチアがグルジアに勝利。グルジアは、ロ シア軍基地の国内への設置(1999年のOSCEイスタンブルサミットで閉鎖が決められ、つ い最近までかかったが、大体閉鎖が終わっていた)、グルジアのCIS(独立国家共同体) およびCIS安全保障条約(1999年に他のアゼルバイジャン、ウズベキスタンなどと脱退。 ウズベキスタンは2006年に再加盟)加盟などを条件にロシアとの停戦に合意。 y 92年6月24日にロシア、グルジア、南北オセチア4者による紛争調停の原則に関する協 定が署名される。 y 92年7月14日に ロシア・グルジア・南北オセチア混成の平和維持軍が導入され武装闘 争は一応終結。その後も小競り合いは続くが、「凍結された紛争」(アブハジア、ナゴル ノ・カラバフ、沿ドニエストルと並び)とされてきた。 y 以後、南オセチアは、憲法、国家、軍、警察、選挙によって選ばれる議会や大統領など、 「国家」の体裁を整え、国家承認が得られないため、「未承認国家」として本日に至る。 住民の90%はロシアのパスポートをもち、実質的にロシアの属国状態になっている(ア ブハジアの紛争の経緯、現状もかなり似ている)。

(11)

未承認国家の性格

y

旧ソ連に4つ:アブハジア、南オセチア(グルジア)、ナゴルノ・カラバフ

(アゼルバイジャン・アルメニア)、沿ドニエストル(モルドヴァ) → 「

4

カ国」の連帯(ナゴルノ・カラバフは途中から距離を置くように)

y

本国からの分離・独立を求め、紛争に発展するも、ロシアの支援によ

り本国に勝利。ロシアは未承認国家を本国に対する外交カードに利

用し、旧ソ連地域での影響力を保持し続けようとしている

y

どれも、「凍結された紛争(

Frozen Conflict)」化。グルジアなどは最近

は「引き伸ばされた紛争」という言い方をする、

y

国家の体裁を整えるも、国際的な承認を得ていない

y

2つの矛盾する国際原則(領土保全・主権尊重 ⇔ 民族自決)が拮

抗し、国際社会も白黒つけられない

y

本国は否定しているものの、その政治的帰趨は旧ユーゴスラヴィアの

コソヴォ問題、ロシアのチェチェン問題の動向ともリンク

(12)
(13)
(14)
(15)

南オセチアの性格

y

オセット人:ロシア正教を信仰し、ペルシャ語系のオセット語

を話す(多くはロシア語も堪能)

y

同じくオセット人の国、北オセチアに親戚がいるものも多い

y

ロシアとの歴史的な友好的関係(コーカサスで例外的)

だからこそ、コーカサスの中では嫌われる傾向も

cf.スターリンの強制移住での優遇措置とオセチア・イングー

シ紛争、チェチェン攻撃の拠点であることとベスラン学校テ

ロ事件の関係など

y

大統領~元ロシアのビジネスマンのエドゥアルド・ココイトゥ

(シロヴィキ:治安・国防関係省庁の職員とその出身者との

深い関係)

(16)

サアカシヴィリ政権と南オセチア

y 2003年11月のバラ革命で大統領になったサアカシヴィリの重要課題にグルジア全土 の奪還 → アジャリア自治共和国の奪還に成功 → 南オセチアの奪還は可能性があるが、アブハジアは困難。まず、南オセチアを奪 還しようと武力行使をするが失敗 → 2006年7月にアブハジアに軍事侵攻。 → 2006年9月からロシアとの関係がこれまで以上に冷却化 → 2007年7月、2014年冬季オリンピックがソチで開催されることに決定し、ロシアのア ブハジアへのてこ入れが強化される → 2007年8月、グルジア北部に空爆(自作自演説も) → 2007年末からグルジア内政が混乱。11月には反対デモが大規模に行われ、戒厳 令、メディア統制、不当逮捕などが行われる。大統領選挙の前倒しが発表され、2008 年1月にサアカシヴィリが再選するも、様々な疑惑も出てくる。 y 2008年2月にはコソヴォの独立を宣言を受け、アブハジア、南オセチアもロシアや国 連に独立承認のアピールを再び活発化 y 2008年2月以降、ロシアがアブハジア、南オセチアへの関与を強化し、下院が独立承 認を議決するなどグルジアへの緊張が高まる y 2008年4月半ばから、ロシアはアブハジア、南オセチアへの派兵増強。グルジアの軍 事状況を詳細に調べ、北コーカサスのロシア軍を再編成して対グルジア戦の準備を 進める(NATO拡大への牽制) y グルジアも対ロシア戦の準備を進め、アメリカにも打診

(17)

今回の紛争の背景

y

アメリカのミサイル防衛システムのポーランド、チェコへ

の設置問題

y

ウクライナ、グルジアの

NATO加盟の現実化(2008年4

月に登竜門ともいえる「加盟行動計画(

MAP)」の適用が

予定されていたが、ロシアとロシアに配慮する独仏の反

対で、本年

12月に見直すということになっていた)

y

メドヴェージェフの国内外での示威的行動の必要

y

チェチェンなど北コーカサスでの混乱の度合いが増して

きた

y

ロシアを迂回するエネルギー輸送路の問題

(18)

ロシアの攻撃の目的

y

ロシアの強さを見せ、内外を締め付ける

ウクライナなど反ロシア的な

CIS諸国に対して(グルジアを

スケープゴートにする)、欧米に対して、国内の反体制派に対

して

y

グルジア、ウクライナの

NATO加盟を阻止する(MAP適用が

延期された

2008年4月半ばから対グルジア戦を綿密に準備)

y

グルジアの国家としての機能を破壊し、米軍の訓練を受けた

グルジア軍も壊滅させ、ロシア軍を設置する

y

エネルギー支配を奪還する

y

黒海の覇権を奪還する

(19)

グルジアの立場

y

南オセチアを何としても奪還したかった。

y

平和の祭典北京オリンピック中なら、ロシアも過激な反

撃には出ないと予測

y

欧米(特にアメリカ)が必ず支援してくれると思っていた

→ 国民も落胆しているが、サアカシヴィリの失策

y

自国軍、装備に自信を持っていたのも事実

y

ソチ五輪を潰してやりたいという意図も

(20)
(21)

グルジアの戦略性とソチ五輪

・アブハジア住民(ロシアパスポート所持者)は鉄道でソチに

行き、買い物をしたり、商売をしたりするのが日課。

(22)
(23)

両国にとってマイナスが目立つ結果

y

グルジア

・国内が壊滅的に

・多くの死傷者、難民・避難民

・経済的ダメージ

NATO加盟への悪影響

・今は国民が「反ロシア」で一

丸となっているが、間違った

侵攻を行った大統領への批

判も出ており、大きな反体

制派運動もおきかねない

y

ロシア

・国際的孤立

NATOとの協力体制の解消

など欧米との亀裂へ

・ソチ五輪開催の危機

・経済的損失(資本逃避など)

・ただし、国内の大統領・首相

の支持率はアップ

(24)

CIS諸国の反応

y

概して困惑。沈黙を保つ。

・どっちつかずのアルメニア

・アゼルバイジャンは同国の

不安定化をロシアが狙って

いると危惧(大統領は北京

にとどまり、態度保留。グル

ジア攻撃で石油輸出に大打

撃。ロシアが関与するモス

クと発電所でのテロが2件

発生)

・困惑のキルギス

(米ロの狭間

で)

y

ウクライナだけが全面的支

援を表明

・トビリシでの集会にユーシ

チェンコ大統領が参加(他、

ポーランド、バルト三国)

・黒海におけるロシア艦隊へ

の牽制

・グルジアの

CIS脱退にも協

調するとほのめかす

(25)

近隣諸国の反応

y

地域における影響力を回復した

いトルコ

・米ロの間でバランスを取る(米国

のグルジアへの人道支援のた

めの黒海艦隊通過もすぐに認

めず)

・エルドアン首相は

8月13日にモス

クワに招かれ、異例の待遇を受

ける(サルコジ仏大統領にはな

かった。ロシアがフランスのエネ

ルギー覇権への野心を警戒し

ているため)。ロシアの依頼で、

コーカサス安定化の仲介に乗り

出し「コーカサス同盟」を提案。

アルメニアも歓迎とす。

y

イスラエル、米国に強硬姿勢を取

り得るイラン

・イスラエルによる攻撃が危惧され

ていたが、グルジアの大敗はイス

ラエル製武器の弱さを露呈。逆に

イランはロシアの兵器を多用して

おり、イスラエルのイラン攻撃可

能性が低下。

(26)

欧米諸国の反応

y 欧米諸国はロシアの攻撃を強く批判(グルジアの侵攻にはあまり言及がない) ロシアは、サアカシヴィリはミロシェビッチと同じで「ジェノサイド」をしており、欧米 がセルビアにしたことと同じことをしたのだと反論 y グルジアの人道支援目的で黒海に入った米国やドイツ、スペインの艦艇にポーラ ンドのフリゲート艦が加わり、ロシアは不信感を隠さないのみならず、 「NATO諸 国が人道支援を名目に海軍部隊を増強している」と不快感を表明。 y NATOとロシアの決定的決別 y ポーランドはロシア軍のグルジア侵攻で、グルジアのサアカシビリ政権を支持。今 月20日、これまで保留になっていた米国とミサイル防衛(MD)施設の受け入れや 地対空誘導弾パトリオットの配備に合意し、ロシア政府が猛反発。 y ロシア軍は22日にグルジアからの撤退完了を表明したが、「平和維持活動」のた め南オセチア自治州とアブハジア自治共和国に近いグルジア領を「緩衝地帯」と 位置付け、検問所を設置することを表明し、ポチへの駐留も続けるようであり、欧 米諸国の懸念が広がっている。 y アメリカ議会では、ソチ五輪の開催地変更を訴える声が拡大。 y アメリカのオバマは適切な対応ができず、支持率を落とす。逆にマケインは強硬な 対露姿勢で、支持率を上げる。 y ロシアとの「新冷戦」の声も

(27)

今後の課題と展望

y

ゴリなどからは撤退したとはいえ、ロシア軍のグルジア領内

(ポチ、アブハジア、南オセチアおよび両緩衝地帯)への駐留

は長期化するだろうが、国際的な監視が不可欠。

y

新冷戦にはならないと思われる~今のロシアの繁栄は石油・

天然ガスの収入によるものであり、国際的に孤立すれば、国

家が弱体化することは目に見えているので、最終的にはロシ

アは自制するのではないか。

y

死亡者(ロシアの南オセチアでの死者

2000人報道は虚偽。

130人程度ということであるので、きちんとした調査が必要)、

難民・避難民など紛争被害者、遺族などの保護やメンタルケア

も含む総合的な支援の必要。

(28)

今後の課題と展望

y

グルジアの経済インフラ、国家建て直しへの国際協力

y

CIS解体の恐れがある一方、ウクライナやアゼルバイジャンな

どがロシアの次のターゲットになるという説もあり、国際的な監

視と予防が必要

y

紛争の根である「未承認国家」の地位問題を国際的に明確に

する必要がある。しかし、コソヴォ問題と旧ソ連の未承認国家

は相互に影響しあうが、同じものではなく、それぞれに最適な

解決方法を模索し、関係者の最大公約数的な妥協点を見出す

しかなかろう。

y

ロシアと領土問題を抱え、米国に軍事力を依存する日本も対

岸の火事ではないと認識し、きちんと状況を分析し、また国際

監視など何らかの協力をしていくべきであろう。

(29)

参考文献

拙著『強権の不安の超大

国・ロシア

旧ソ連諸国か

ら見た「光と影」

』光文社

新書、2008年。

拙著『コーカサス

国際

関係の十字路

』集英社

新書、2008年。

(30)

参考文献

拙著『旧ソ連地域と紛

争―石油・民族・テロを

めぐる地政学

』慶應義

塾大学出版会、2005年。

廣瀬・北川・前田・吉村

編著『コーカサスを知る

ための60章

』明石書店、

2006年。

参照

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