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Graduate school of Medicine, Tohoku University, 2-1 Seiryo-machi, Aobaku, Sendai, Miyagi, Japan Graduate school of Medical Engineering, Tohoku

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(1)

解説:特集

身体性システム科学の展開

リハビリテーションにおける脳内身体表現

と評価指標

大 内 田

・須 藤 珠 水

**

・出 江 紳 一

**

*東北大学 大学院医学研究科 肢体不自由学分野 宮城県仙台市青葉区星陵 町 2-1 **東北大学 大学院医工学研究科 宮城県仙台市青葉区星陵町 2-1 *Graduate school of Medicine, Tohoku University, 2-1 Seiryo-machi,

Aoba-ku, Sendai, Miyagi, Japan

**Graduate school of Medical Engineering, Tohoku University, 2-1 Seiryo-machi, Aoba-ku, Sendai, Miyagi, Japan

*E-mail: oouchida@med.tohoku.ac.jp

キーワード:神経性可塑性 (neural plasticity), 学習性不使用 (learned non-use),幻肢 (phantom limb), 身体所有感 (body ownership), リハビリテーショ ン (rehabilitation). JL 0003/17/5603–01812017 SICEC

1

.

はじめに

脳卒中などにより脳の運動関連領域に損傷を受けると, 身体を思いどおりに動かせなくなる運動障害が生じる. この運動障害は,損傷を受けた脳半球の対側半身に生じ 片側身体の運動麻痺ということから片麻痺と呼ばれる. 多くの片麻痺症例では,発症後から約半年間には機能回 復が見られるが,それ以降は発症初期のような大きな機 能回復は見られなくなる.これは,主に損傷を受けたこ とにより生じた脳の腫れ

(

脳浮腫

)

や,損傷の比較的軽度 である損傷部周辺領域が徐々に回復することによると考 えられる.このため,発症から半年以降に残存する運動 障害は,自発的な機能回復が生じる可能性は低く,その 運動障害が今後残存する可能性が高い.そして,このよ うに残存する運動障害は,麻痺肢の使用を困難にさせる ため,麻痺肢の不使用と健側肢の過剰使用という状態を 引き起こすことになる.麻痺肢の不使用に陥ると,脳の 使用頻度依存的可塑性

(use-dependent plasticity)

とい う特性により,脳は麻痺肢を制御する神経ネットワーク を徐々に適応的に縮小させ,さらなる麻痺肢の機能低下 を引き起こすという悪循環に陥ることになる.このため, 麻痺肢の機能向上を目指す場合には,麻痺肢の使用頻度 をいかに落とさず,高い使用頻度を継続することができ るかということが重要な目標となる.そこで,本稿では, 運動障害のリハビリテーションにおいて,この麻痺肢の 機能を徐々に低下させる要因となる麻痺肢の不使用に対 して,脳内の身体情報である脳内身体表現に着目し介入 することにより,麻痺肢の使用頻度を向上させ運動機能 の向上を目指すというリハビリテーション戦略について 解説する.

2

.

神経可塑性

脳卒中後の片麻痺に対するリハビリテーションにおい て,運動機能の回復に貢献する神経可塑性を生じさせる ためには,単純に麻痺肢の使用頻度をあげるのが最も良 い方法である.しかしながら,実際は多くの片麻痺患者 で麻痺肢の使用頻度は下がり,麻痺肢の運動機能が低下 してしまうことが多い.この麻痺肢の使用頻度低下に関 しては,サルの一側肢の上行性感覚経路を外科的に遮断 し脱感覚にすると,その脱感覚肢は,運動機能に問題が ないにもかかわらず徐々に使用されなくなるということ が多くの研究で報告されている1), 2).また,ヒトにおいて も,四肢などに慢性的な痛みが生じる複合性局所疼痛症 候群

(Complex Regional Pain Syndrome; CRPS)

の患 者にて,運動機能に問題がないにもかかわらず,患側肢 の使用頻度が低下することが報告されている1), 3)

CRPS

においては,そもそも痛みがあるため患側肢の使用に制 限があるが,それだけでは説明できないような感覚・運動 障害が生じる.具体的には,患側肢が自分と切り離され ているような感覚,動かそうとするときに非常に努力を 要する,運動の開始に時間がかかる

(hypokinetic)

,ゆっ くりとした運動しかできない

(bradykinetic)

,運動の大 きさが小さくなる

(hypometoric)

というものである.こ れらの運動症状は,運動無視

(motor neglect)

や無視様 症状

(neglect-like symptoms)

と呼ばれており,

CRPS

に限らず脳卒中後にも生じることが報告されている.た だし,これらの運動無視を生じた患者では,半側空間無 視などの空間性注意を測る神経心理学検査ではほとんど 異常を捉えることができない.このようにサルやヒトの 研究で,運動機能に問題がないにもかかわらず患側肢の 使用頻度低下による感覚入力の遮断,または減衰が,元々 正常であった運動機能にも二次的な障害を生じさせてし まうことがわかっている. 神経可塑性研究や

CI

療法

(constraint-induced

move-ment therapy)

の開発に大きく貢献した行動神経学者の

Edward Taub

は,サルの研究から得られた知見により 脱感覚肢が不使用になる

3

つの仮説が存在するとしてい る1).一つ目は,動機仮説

(motivation hypothesis)

あり,一側上肢の脱感覚後のサルにおいて,ケージ内で の生活は,健常肢である三肢を用いれば十分生活に苦労 しないため,特に患側肢を使用する必要がなく使用する 動機付けがなされないとする仮説である.二番目の仮説

(2)

は,肢間抑制仮説

(interlimb inhibitory hypothesis)

で ある.これは,たとえば上肢の運動を考えると,一側上 肢での運動は,対側上肢の運動を抑制するという仮説で ある.通常,この肢間抑制メカニズムは,四肢からの感覚 情報によって調整されているが,この四肢からの感覚情 報が途絶えることにより,常時,健側肢が患側肢の運動 を抑制することになり,使用頻度が低下してしまう.最 後に,学習性不使用仮説

(Learned nonuse hypothesis)

である

(

1

参照

)

.この仮説では,一側肢の脱感覚の外 科手術を受けたサルは,ケージの中での生活は健側肢の

3

本で十分こと足りており,むしろ患側肢を使うことで 食べ物を落としたり,バランスを崩して転倒したりと不 都合が起こる.そのため,サルは,脱感覚した患側肢を 使わないことを学習し,患側肢の機能が回復してきても 依然として使用せずに,患側肢の不使用が継続すること になる.これらの

3

つの要因は,完全に独立した要因で はなく,おそらく複合的であると考えられるが,

Taub

ら は,麻痺肢の不使用には,特に学習が大きく関与してい ると考え,同様にサルの感覚経路を外科的に遮断し一側 上肢を脱感覚にし,健側肢ではなく脱感覚の患側肢を

3

ヵ 月間拘束し動かないように固定した.この患側肢の固定 は,患側肢の運動を制限することにより,どのような学 習も生じさせない目的で行われた.そして機能回復が見 られる

3

ヵ月後に患側肢の固定を外すと,サルは直後から 自由環境で患側肢を自然に使用し不使用には至らなかっ た.このことから,患側肢が運動せずに運動の失敗とい う経験または学習をしなければ,脱感覚肢の不使用に繋 がらないことが明らかになり,不使用における学習要因 の重要性を主張した.

3

.

脳内身体表現

運動を行おうとするとき,脳の中ではあらかじめ行う 運動の計画がたてられる.この運動計画は,運動前野,補 足運動野などの高次運動領野とよばれる領域でつくられ, その運動計画に基づき身体のさまざまな筋に対して,一 次運動野から皮質脊髄路を経由して筋収縮,弛緩の命令 が伝達される.このように運動計画をあらかじめたてる ためには,操作対象である手や足などの効果器の正確な 位置情報が必要となる.なぜならば,運動を行う時に操 作対象の効果器がどの位置にあるのかという情報がなけ れば,どの筋をどの程度収縮させるかが決定できないか らである.このため,自己身体の状態を正確に把握する ことは,運動計画の作成,さらには運動制御に重要な情 報となる.ただ,操作対象である身体や効果器は,静止し ているとは限らないために,最新の身体情報を取得して その情報を元に運動計画を立てる必要があるだろう.そ のため運動計画の作成時に上行性経路や視覚情報から最 新の身体情報を取得することが考えられるが,残念なが ら体性感覚情報や視覚情報でさえも感覚器から脳に伝達 図1 運動障害から学習性不使用へのモデル されるまでに数十ミリ秒の遅延が生じてしまう.そのた めに,脳は,運動を行うときに毎回身体情報を取得する のではなく,絶えず身体から得られる情報を脳の中で保 持し,その情報を利用し効果器の位置を推定していると 考えられる.ここでは,身体の位置情報を含む脳内に保 持された身体情報のことを脳内身体表現と呼ぶ.そして, この脳内身体表現は,体性感覚情報から得られる身体情 報だけではなく,視覚情報,前庭系情報などの多感覚の 情報が統合された身体の脳内モデルであり,運動制御の みならずおそらく自己の身体認知にも利用されていると 考える.

3.1

脳内身体表現の適応的変化 このように運動制御においても重要な脳内の身体情報 である脳内身体表現は,効果器に損傷を受けて脳に入力 される感覚情報が減衰したり,皮質脊髄路が損傷を受け て運動指令が適切に制御筋に到達しない状況になると, どのような影響を受けるのだろうか?上述したように脳 の神経細胞やその結合関係は,使用頻度に依存して機能 や構造を変化させることが可能である.大脳皮質頭頂葉 にある一次体性感覚野

(SI)

は,効果器からの運動感覚や 触覚といった感覚情報を受け取る脳領域である.この

SI

は,身体のどの領域から体性感覚情報を受け取るかによ り,地図のように分かれ,基本的に脳領域と身体部位が一 対一対応しており体部位再現地図

(somatotopy)

と呼ば れる関係性を有している.

SI

領野は,四肢切断や上行性 経路の損傷などの理由により脳へ身体部位からの感覚情 報が遮断されてしまうと,感覚情報を受け取っていた領 域が今まで受け取っていなかった身体部位の感覚情報を 新たに受けとり処理するように変化することが知られて いる2), 5), 6).このことは,上述の使用頻度依存の可塑性と いう脳の性質が引き起こすもので,ある効果器からの感 覚情報の入力が少なくなると,その領域の感覚情報を処 理していた

SI

領域は,徐々に消失し,ほかの領域の感覚 情報処理に置き換えられるのである.このような神経細 胞群の機能的な可塑性は,感覚入力が遮断された直後の

(3)

2 効果器の不使用につながる脳内身体表現の異常 非常に早い段階から生じていることが知られている2), 6) 脳に損傷を受け片麻痺が生じると,麻痺肢の使用頻度は 運動障害のために低下する.この使用頻度の低下は,麻 痺肢からの入力される感覚情報を減らすことになり,一 次体性感覚野の入力を受けていた領域の縮小を引き起こ し,麻痺肢の感覚情報処理能力が低くなるという適応的 な変化を生じさせることになる.このような変化は,最 終的に脳内の身体情報である脳内身体表現の適応的変化 を引き起こし,麻痺肢が脳内身体表現に表象されなくな り,操作可能な自己身体の一部と認識されなくなると考 えられる.その結果,さらに麻痺肢を使用した運動は生 成されなくなり,使用頻度低下から運動機能低下という 負のループが形成されることになり,麻痺肢は使えない 効果器になってしまう

(

2

参照

)

4

.

脳内身体表現と実身体との乖離

脳卒中後の片麻痺患者では,麻痺肢の使用頻度低下に より,脳内身体表現において麻痺肢の表象が適応的に消 失したと考えられる.この状態は,実際の身体にはなん ら欠損が見られないが,脳の中においては麻痺肢が存在 しないということになる.そのため,麻痺肢を制御する 運動プログラムが生成されなくなり,麻痺肢が不使用に なると考えられる

(

2

参照

)

.このように脳内身体表現 が麻痺肢の使用頻度と非常に強い関連があるということ をさらに詳しく知るためには,実際の身体は存在しない が,脳内では依然としてその身体情報が存在していると いう四肢切断後に生じる幻肢を考えてみると理解しやす いだろう.

4.1

幻肢

(Phantom limb)

ヒトで四肢切断後に生じる身体知覚の異常の一つに, 幻肢と呼ばれる現象がある.幻肢とは,四肢切断後に切 断肢が依然として存在していると感じる主観的な知覚で ある.四肢切断後に何らかの形でこの幻肢を感じている 患者の割合は,文献にもよるが非常に高く全切断患者の

90

から

98%

と言われている.また,四肢切断時の年齢 が若いほどこの幻肢が生じにくいことが報告されており,

2

歳未満で

25%

2

才以上

4

歳未満では

25%

4

才以上

6

歳未満で

61%

6

才以上

8

歳未満で

75%

8

才以上で

100%

と報告されている7).このことは,おそらく,一次 感覚野や運動野の脳地図の臨界期と関連するのかもれし れない.幻肢が生じる身体部位は,四肢のみならず乳房や 歯など体幹や顔などにも生じる.幻肢の一般的な経過と しては,時間経過とともに徐々に短くなるというテレス コーピング

(telescoping)

が起きて消失,または意識され なくなると言われている8).しかし,症例によっては消失 せずに数十年間も存在し続けた場合もある.四肢切断後 のヒトの神経イメージング研究では,動物実験と同様に 切断部位から上行性入力を受けている一次感覚野におい て可塑的変化が見られる.

Simoes

らは,下肢切断後で幻 肢痛のない幻肢を有する患者において,一次運動野の運 動地図と一次体性感覚野の感覚地図がどのように変容し ているのかを機能的

MRI

を用いて調べ,さらに,拡散テ ンソルイメージング

(Diffusion Tensor Imaging: DTI)

を用いて脳領域間の神経結合がどのように変容するのか を調べた9).その結果,ほかの先行研究と同様に切断肢 と対側半球の切断端支配領域の運動地図と感覚地図に拡 張が見られた.また,健側肢への触覚刺激に対して,対 側半球の一次体性感覚野に健常者に比較してより大きな 賦活が見られた.神経結合を調べる

DTI

の結果は,切断 患者群は健常者群に比較して,左右半球の同領域間を結 ぶ脳梁において,有意な

FA

(fractional anisotropy

: 脳領域間を結ぶ神経繊維の強さを反映する指標

)

の低下 を認め,切断患者における脳梁の神経結合が低下してお り,左右半球の機能的対称性が崩れていることが示唆さ れた. 幻肢の発生メカニズムは,実際には存在しない身体部 位を,脳がまだ存在していると認識していることによる と考えられる.動物実験においては,四肢切断や感覚神 経の遮断による脳の感覚地図の変化は,比較的早く生じ ているにもかかわらず,身体の知覚はこのような最新の 身体状態を反映していない.このことは,ヒトの感覚地 図が動物実験で見られるのと同様に比較的早くに変化が 生じるものだとすれば,脳の身体表現が,単純に一次体

(4)

性感覚野の感覚地図のみに依存するものではなく,ほか の感覚情報などと統合された多感覚情報であることを示 唆しているだろう.また,幻肢を有する切断患者は,日 常生活で思わず幻肢で体を支えようとしたり,物を取ろ うとしたりなど切断前と同じように幻肢を使おうとして しまう.そして興味深いことに,本人の思いどおりに動 かすことが可能であり,さらに幻肢を動かすとそれにと もなって実際にその四肢を動かしたかのような感覚が生 じることが報告されている10).神経イメージング手法を 用いて幻肢の運動中の脳賦活パターンを計測すると健側 肢の運動時に生じるのとほぼ同じパターンの賦活が運動 関連領野に見られる10).このように実際の身体が存在し なくとも,脳内身体表現に現実には存在しない四肢が表 現され続けているならば,随意的にその切断肢

(

幻肢

)

を 操作することが可能となる.このことは,脳卒中後の片 麻痺患者における実際に身体は存在するが麻痺肢が適切 に脳内身体表現に表象されていないことが,不使用につ ながるという証左にもなるだろう.よって,使用頻度依 存の可塑的変化による過適応してしまった麻痺肢の脳内 身体表現を適正化することが,麻痺肢の使用頻度を上げ る一つの方略といえるだろう.

5

.

脳内身体表現に対するアプローチ

ここまで脳内身体表現がどのようにして身体部位の使 用頻度に影響を与えるかということを説明してきた.で は,実際には脳内身体表現に介入するという場合には, 具体的にどのような方法が考えられるだろうか?そもそ も脳内身体表現は,外部から観察できるものではないた め,介入により変化が生じたとしてもその変化を捕まえ ることは難しい.さらに,この脳内身体表現が一次体性 感覚野の体性感覚情報のみの情報からだけではなく,前 庭感覚,視覚などといった多感覚情報の統合から形成さ れ,体部位再現性が保たれていない高次連合野の関与が 考えられるので,脳情報からのデコーディング等からも 難しいと考えられる.そこで,われわれが行なった取り 組みとして外部からも観察可能で客観的な指標を利用す るのではなく,自己の身体に対する意識という主観的な 指標を利用するアプローチを紹介する.

5.1

身体意識を利用したリハビリテーション われわれ人間が日常的に運動を行う際,運動を行って いる主体が自己の身体の一部であると感じる自己身体認 識という主観的経験が生じる.この自己身体認識を構成 する身体感覚には運動主体感

(sense of agency: SoA)

と身体所有感

(sense of ownership: SoO)

という大きく ふたつの要素が挙げられる11).運動主体感は,「観測して いる身体運動を引き起こしているのはまさに自分自身で ある」という感覚であり,身体所有感は「観測している 身体がまさに自分のものである」という主観的感覚であ る.対象とする物体に手を伸ばしたり,把持動作などに おいて手指の形状を変化させる際に,手を自らの意図ど おりに動かすことができている時には,身体所有感と運 動主体感がそれぞれ強く生じる.これらの運動に伴う感 覚系と運動系の情報伝達は,知覚―運動ループと呼ばれ, 常に中枢神経系でモニターされている.この知覚―運動 ループが正常に働くことで,観察している身体部位が自 己の身体の一部であると認識される.知覚―運動ループ は視覚,体性感覚を含む多感覚情報を統合して制御され ているが,なかでも視覚情報が最も重要な役割を担って いる12).これらの多感覚情報がうまく統合できず,知覚― 運動ループの整合性が崩れると,自己の身体を正しく認 知できなくなり,それに続く運動出力にも影響を及ぼす. リハビリテーションの臨床場面において運動障害のた め,思いどおりに患側肢を制御できないことが,患側肢 の身体所有感の低下を導き,さらなる使用頻度の低下を 招くことがある.運動機能に障害を有する患者には,患 側肢に対し運動指令が送られても,実際には適切な運動 が生じないという不具合が起きている.これは,運動指 令に対する正しい運動が生じないことによって,期待さ れる感覚情報のフィードバックが生じず,運動指令に続 く運動予測との間に乖離が起き,知覚―運動ループの整 合性が破綻している状態と考えられる.そこで近年では, 多感覚情報を用いて自己身体認識に関わる感覚を操作す ることで,思うように動かせないという考えや痛みを低 減させ,患側肢の運動を抑制する要因を排除するという 身体錯覚を用いた介入が臨床に応用されている13).健常 な四肢と正常な運動機能を有する身体に対しても,多感 覚情報を用いて身体所有感を操作することで自己身体の 認知が変化する現象が生じることが知られており,ラバー ハンド錯覚

(Rubber Hand Illusion: RHI)

はその代表 的な例である.

RHI

は従来,実験心理学の分野で盛んに 研究されてきたが,近年新しいリハビリテーション戦略 として臨床に応用する動きも見られている14)

RHI

では, 被験者の目の前にゴムでできた偽物の手

(

ラバーハンド

)

を置き,視界から隠された本物の手とラバーハンドの両 方に,絵筆等で同期した触覚刺激を繰り返し呈示する. すると被験者は次第に観察しているラバーハンド上に触 覚刺激を知覚し,目の前のラバーハンドが自分自身の手 であるかのように感じるという錯覚が生起する.この錯 覚現象は

Botvinick

(1998)

によって報告されて以来, 数多くの研究者によって追試実験や詳細な検証が行われ ており,錯覚の生起条件として,触覚刺激と視覚刺激の 同期が特に重要であると報告されている15).前述したよ うに自己身体認知においては,視覚情報がほかの感覚情 報よりも重要な役割をもつため,身体錯覚により恣意的 に操作された視覚情報を入力することで,補助的な運動 感覚のフィードバックを与え,知覚―運動ループの再統 合が行われ,適切な運動出力が得られると考えられてい る.さらに,自らの意志にしたがって身体が動くという

(5)

認識

(

運動主体感:

SoA)

を高めることが患側肢の使用に 対する動機づけとなり,運動機能改善へとつながってい くと考えられている. このような背景のもと,筆者らのグループも,脳卒中 片麻痺者を対象とし,模倣運動訓練による介入の際に, ラバーハンド錯覚を用いて麻痺肢の身体所有感を変化さ せる試みを行った

(

3

,図

4

参照

)

.実験では,被験者 はヘッドマウントディスプレイ

(head-mounted display:

HMD)

を装着し,自己の手が見えない状態で

HMD

上に 提示される手指開閉運動の模倣を麻痺肢により行うとい う課題をおこなった

(

3

参照

)

.模倣運動を行う前に,あ らかじめ撮影しておいた手に絵筆で一定方向にストロー クする動画を被験者に提示し,その刺激とタイミングや 方向が一致した同期刺激と不一致な非同期の触覚刺激を 麻痺肢に与え,被験者の身体所有感の操作を行なった

(

4

参照

)

.その結果,同期刺激では,

HMD

上に提示され る手が,自己手のように感じるが,非同期刺激では,自己 手のように感じないという

RHI

が生じていた.さらに, 同期刺激後の模倣運動中における麻痺手の手指運動角度 は,非同期刺激後の模倣運動に比較して統計的に有意な 増大が観測された.この模倣対象が自己の身体の一部で あるという主観的経験が生じたときに麻痺肢の運動が増 図3 ヘッドマウントディスプレイを用いた同時模倣運動介

4 Rubber Hand illusion (RHI)による身体所有感 の操作を伴った模倣運動介入の例 大したということは,脳内身体表現の主観的感覚経験で ある身体所有感が,麻痺肢の運動生成に影響を与えたと いうことを意味している.ただこの実験からは,脳内身 体表現の主観的感覚経験

[

大内田

]

が運動実行に影響を与 えたことがわかったが,麻痺肢の使用頻度にどのような 影響を与えるかは,長期的な介入が必要となりさらなる 研究を行う必要がある.また,稲邑ら

(2016)

と行なった 研究で,仮想現実技術を用いて,健常者において仮想現 実世界内での自己の上肢の長さを変化させると,実際の 身体知覚も同様の変化が生じるということを明らかにし た.この手法を用いれば,自己身体の主観的知覚を操作 的に変化させることが可能となり,麻痺患者における麻 痺肢の主観的知覚も実験的に変化させることが可能とな るだろう.

6

.

おわりに

以上のように脳内身体表現にアプローチする運動障害 のリハビリテーションの可能性について説明した.この 方法では,学習性不使用などによる麻痺肢の脳内身体表 現の適応的変化を正常化させることにより,脳に正しく 麻痺肢の存在を認識させ,麻痺肢の使用頻度を向上させ るということを目的とする.このため,直接麻痺肢の運 動機能を向上させることを目的としていないため,麻痺 肢の脳内身体表現が正常化し使用頻度が向上した後には, 運動機能を向上させるリハビリテーションが必要となる だろう.つまり,脳内身体表現にアプローチするリハビ リテーションは,既存の運動機能向上のリハビリテーショ ンを行う前段階に,または組み合わせて行われることな るだろう.実際に麻痺肢という身体にアプローチする既 存の運動療法と脳内の身体情報にアプローチする本手法 とを組み合わせることは,脳と身体の両者へ同時に働き かけるリハビリテーションとなり,より大きな成果を期 待できるのではないだろうか. 謝辞 本記事を執筆するに際して,新学術領域研究「身 体性システム」のメンバーの支援を受けた.ここに謝意 を表す.本研究の一部は

JSPS

科研費新学術領域研究「脳 内身体表現の変容を用いたニューロリハビリテーション」

(

課題番号

26120007)

の助成を受けた. (2016 年 11 月 28 日受付) 参 考 文 献

1) E. Taub, G. Uswatte, V.W. Mark, and D.M. Morris: The learned nonuse phenomenon: implications for rehabilitation,

Eura Medicophys,42–3, 241/256 (2006)

2) Y. Oouchida, T. Sudo, T. Inamura, N. Tanaka, Y. Ohki, and S. Izumi: Maladaptive change of body representation in the brain after damage to central or peripheral nervous system,

Neurosci Res.,104, 38/43 (2016)

3) T.D. Punt, L. Cooper, M. Hey, and M.I. Johnson: Neglect-like symptoms in complex regional pain syndrome: learned nonuse by another name?, Pain,154–2, 200/203 (2013)

(6)

4) 大内田 裕,出江紳一:脳内身体表現に着目したリハビリテーショ ンの可能性,臨床医とコメディカルのための最新リハビリテーショ ン,先端医療技術研究所,54/57 (2016)

5) H.C. Dijkerman and E.H. de Haan: Somatosensory processes subserving perception and action, Behav Brain Sci., 30–2, 189/201, discussion 201/239 (2007)

6) M.B. Calford: Dynamic representational plasticity in sensory cortex, Neuroscience,111–4, 709/738 (2002)

7) M.L. Simmel: Phantom experiences following amputation in childhood, J Neurol Neurosurg Psychiatry,25, 69/78 (1962) 8) V.S. Ramachandran and W. Hirstein: The perception of

phantom limbs, The D. O. Hebb lecture, Brain,121 (Pt9), 1603/1630 (1998)

9) E.L. Simoes, I. Bramati, E. Rodrigues, A. Franzoi, J. Moll, R. Lent, and F. Tovar-Moll: Functional expansion of senso-rimotor representation and structural reorganization of cal-losal connections in lower limb amputees, J Neurosci, 32–9, 3211/3220 (2012)

10) E. Raffin, J. Mattout, K.T. Reilly, and P. Giraux: Disentan-gling motor execution from motor imagery with the phantom limb, Brain,135(Pt 2), 582/595 (2012)

11) I.I. Gallagher: Philosophical conceptions of the self: impli-cations for cognitive science, Trends Cogn Sci., 4–1, 14/21 (2000)

12) M. Jeannerod: The mechanism of self-recognition in humans,

Behav Brain Res.,142–1-2, 1-15 (2003)

13) N. Bolognini, C. Russo, and G. Vallar: Crossmodal illusions in neurorehabilitation. Front Behav Neurosci,9, 212 (2015) 14) O. Christ and M. Reiner: Perspectives and possible

applica-tions of the rubber hand and virtual hand illusion in non-invasive rehabilitation: technological improvements and their consequences, Neurosci Biobehav Rev.,44, 33/44 (2014) 15) M. Botvinick and J. Cohen: Rubber hands ‘feel’ touch that

eyes see, Nature,391(6669), 756 (1998)

[著 者 紹 介] おお 大 内うち 田だ ゆたか裕 君 2006年京都大学大学院人間・環境学研究科共生 人学専攻博士後期課程修了,博士 (人間・環境学). 同年から国際電気通信基礎技術研究所 ATR 脳情報 研究所において研修研究員を経て,08 年から東北大 学大学院医学系研究科肢体不自由学分野助教に着任, 現在に至る.主に,神経心理学,認知神経科学を専 門とし運動学習の研究に従事.主な所属学会は,リ ハビリテーション医学会など. す 須 どう藤 たま珠 水 君み 2009年東京工業大学大学院総合理工学研究科知 能システム科学専攻 博士後期課程修了 博士 (理学). 慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメン ト研究科 訪問研究員,金沢工業大学人間情報システ ム研究所 非常勤研究員等を経て,東北大学大学院医 工学研究科リハビリテーション医工学分野 特任研究 員に着任,現在に至る.自己他者認知と身体性につ いての研究,脳内身体表現の視覚化に関する研究に 従事.主な所属学会 Society for Neuroscience.

いず 出 江み しん紳 いち一 君 1983年慶応義塾大学医学部卒業,博士 (医学).慶 應義塾大学病院リハビリテーション科医長,東海大 学医学部リハビリテーション科助教授を経て,2002 年より東北大学医学系研究科肢体不自由学分野教授, 08年同大学大学院医工学研究科教授 (医学部兼任), 14年同研究科科長.主な所属学会,日本リハビリ テーション医学会,日本生体医工学会など.

図 2 効果器の不使用につながる脳内身体表現の異常 非常に早い段階から生じていることが知られている 2), 6) . 脳に損傷を受け片麻痺が生じると,麻痺肢の使用頻度は 運動障害のために低下する.この使用頻度の低下は,麻 痺肢からの入力される感覚情報を減らすことになり,一 次体性感覚野の入力を受けていた領域の縮小を引き起こ し,麻痺肢の感覚情報処理能力が低くなるという適応的 な変化を生じさせることになる.このような変化は,最 終的に脳内の身体情報である脳内身体表現の適応的変化 を引き起こし,麻痺肢が脳内身体
図 4 Rubber Hand illusion (RHI) による身体所有感 の操作を伴った模倣運動介入の例 大したということは,脳内身体表現の主観的感覚経験である身体所有感が,麻痺肢の運動生成に影響を与えたということを意味している.ただこの実験からは,脳内身体表現の主観的感覚経験[大内田]が運動実行に影響を与えたことがわかったが,麻痺肢の使用頻度にどのような影響を与えるかは,長期的な介入が必要となりさらなる研究を行う必要がある.また,稲邑ら(2016)と行なった研究で,仮想現実技術を用いて,健常者におい

参照

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