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江戸時代の図譜とアイヌ神祀具で見られるニホンザリガニ

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(1)

C A N C E R 16 (2007), p. 51-62

江戸時代の図譜とアイヌ神祀具で見られるニホンザリガニ

ー ホ ン ザ リ ガ ニ Cambaroides japonicus は, 北海 道と青森県に天然分布する日本固有種であ り,国内のザリガニ類 で唯一の在来種で,全長 は

5

c m程となり, 主に河川の源流部に生息する (Kawai & Fitzpatrick, 2004).

ニホンザリガニの民俗誌に関しては数多くの研 究があり ,本種の語源やアイヌ語(森島 ・大槻, 1980), 味噌により子供が採集し (小田原, 1973; 岡田, 1929), しかも薬用とされていたこと (森島 ・ 大槻, 1980) が知られ,江戸時代の図譜でニホン ザリガニが描かれたものもある (例えばYamaguchi & Holthuis, 2001). 鬼丸 (2007) は, 本種のアイヌ語の方言 とニホンザリガニをモチ ー フとした神祀具である捧酒箸を3例紹介した. しかし,ニホンザリガニが描かれた図譜の情報 は,充分と 言 えない .そこで本報告では,ニホン ザリガニが描かれた江戸時代の図譜を列挙し,図 に添付されていた文章の解釈も含めて詳細を示し たまたアイヌ民族の神祀具に関する情報は不足 気味であり ,これを拡充した.

調査方法

I

江戸時代の図譜 「蝦夷島奇観

J

は,模写し たものも多い (秦, 1982) ため,秦橙麿による自箪または自箪に極め て近いとされる東京国立博物館所蔵と函館市中央 図書館の所蔵品 (秦,1982の解説の部分 「蝦夷島 奇観」佐々木利和著) を観察した. 2006年12月18 日に東京国立博 物館所蔵の 「蝦夷島奇観

J

(フィ ルム番号12838, 登録番号と10015) の調査を行っ た ま た2006年11月18日,函館市中央図書館に

Tadashi K A W A I & Kazuhiko S H I R A H A M A : Information of natural history of the Japanese freshwater cray-fish Cambaroides japonicus in Japan I

て,所蔵されている 「蝦夷島奇観」 も調査し た. 調査では所蔵資料に添付されていた情報をできる 限り読取 った. • 栗本丹洲の図譜 2007年3月5日,東京国 立博物館の 「博物館翡 譜j(はくぶつかんちゅうふ )(請求記号は和959, 登録番号は旧2538) のうち,ザリガニの図を複 写した. 2007年2月15日, 国立国会図書館所蔵の 「栗氏千品譜

J

(伊藤文庫所蔵)を複写した.調査で は所蔵資料に派付されていた情報の判読を行 った. • 毛利梅園の図譜 2006年12月18日,国立国会図書館に所蔵されて いる 「梅園介譜j を複写し,内容を判読した .

II

アイヌ神祀具に彫られたザリガニ 国内各地の博物館に所蔵されていているアイ ヌ民族の神祀具のうち捧酒箸を調査し,ザリガニ をモチーフとした紋様のあるものを探した. 2002 年2月25- 28日に 国立民族学博物館, 2007年2月 16日にアイヌ民族博物館と北海道大学北方生物 圏フィールド科学センター植物園博物館 (以下, 「北海道大学植物園 ・博物館」と略記),2007年3 月6 日には名寄市北 国博物館,同年3月7日には 旭 川 市 博 物 館,同月16日には八雲町郷土資料館 の所蔵品を調査した.調査方法としては,捧酒箸 と,そこに彫られていたザリガニ類の撮影と最大 長,最大幅,最大高の測定を行った.これと合わ せ,文献による各博物館の所蔵調査も行 った. 結 果 と 考 察

I

江戸時代の図譜 1. 秦穏麿の図譜 秦椋麿は,宝暦10年 (1760年)に伊勢國宇治山 田 (現在の伊勢市)で生れ,健脚で各種の教養に 優 れ た 人 物 で あ り , 寛 政10年 (1798年 ) に幕府

(2)

52 江戸時代の図譜とアイヌ神祀具で見られるニホンザリガニ の蝦夷地調査に参画した (秦, 1982). そのため 秦橙麿の描いた蝦夷地の行料 (例えば 「蝦夷島奇 観

J)

は,信用のできる実見聞録である. 「蝦夷島奇観

J

東京国立博物館所蔵の 「蝦夷島奇観

J

(図1 A ) に源付されていた情報として,作者が秦穏麿 (村 上 島 之 允 ), 時 代 は 江 戸 時 代 , 買 政12年 (1800 年)写となっている.函館市中央図掛館の 「蝦夷 島奇観

J

は (図1 B ), 図に文字情報が見られな い点が東京国立博物館の所蔵品と異なっていた . なお東京国立博物館所蔵の 「蝦夷島奇観

J

の文字 情報は復刻版 (秦, 1982) の解説 「蝦夷島奇観j 谷澤尚 ー著)で活字化されて いるので参考にすると ,以下の部分にニホンザリ ガニに関する記述が見られる. 「蝦 夷 島 奇 観 窺 生 部 九,百 三十,窺生部,タ ピシドンベ コルヘ,百 三 十九 」 の部分の記述に 基づくと, 1800年当時のアイヌ語としては「タ ビシドンベ コルヘ 」 か 「タピトンベ コルベ」と 呼ばれ,北海道南部に位置する松前地方では「さ りがに」と呼ばれ,その語源は「退行する (しさ る) カニ 」 に由来することや, 生息地の環境は渓 流で,採集方法として味噌が利用され,食用とさ れ,体内の胃石Gastrolith であるオクリカン キ リ が得られる時期は夏で,薬効は小便閉で,薬物と して利用する ことはオランダから導入された こと が読み取れる .

2 .

栗見丹洲の図譜 栗 本 丹 洲 (1756 - 1834) の 人 物 像 は , Yamaguchi

&

Holthuis (2001) や小西 (1982) に 詳しいが,幕府の医者で,栗本家の養子となり瑞 見を嬰名した本草家で あ り,特に動物学に深い知 識を持ち, 日本最初の品譜として 「千品譜

J

を作 成した人物として有名であ り,シ ーボルトとも知 り合っ ている. (1) 「博物館轟譜」 東 京 国 立 博 物 館 所 蔵 の 「博 物 館 轟 譜

J

に 添 付 さ れ て い た 情 報 に よ る と , 請 求 記 号 は 和 959 / 2で 登 録 番 号 は旧2538で , 写 真 番 号 は M-2173-38422, 究科名は 「博 物 館 晶 譜 :甲殻類 (はくぶつかんち ゅう ふ)」 ,作者 は栗本丹洲 (他) /画で帝室博物館/編,江戸∼ 明治写, 1冊,形 横綴であった. 「博物館録譜

J

は明治時代に田中芳男が編集したもので (磯野, 1992a), その中に収められている個々の図は江戸 時代と明治時代に描かれたものが含 まれる . 図

2 A

にある文字情報の解釈を右側から順に示す. なお原資科で改行があった箇所に は/ を入 れた. 「陳lj姑 サリカニ」 / 「此腹中出白石蛮名 / オク リカン キ リ舶来アリ /奥州津軽渓流水中 /産也冬 月蟄時得石云」 意味は次の通り解釈した .ザリガニの体内に形成 される白い石は,オランダ語でオクリカンキリと 呼ばれ輸入される.東北北部の渓流に産する.石 は越冬時期に得られるという. 中央部 は以下の通り . 「主 治 之有二奇効。加レ之又能開 二散堕結 /諸症。 又総 分/六厘至六分六厘」 内容の理解としては,不明な部分もあるが,以 下の通りである.薬 として使う場合の対象として は,滋養強壮,精力減退,呼吸を整える,整腸作 用,利尿剤,膀脱結石,喉の腫れや痛みがある . また,細かく砕いて乳汁に溶いて煮て,一日に3

- 4

回服用すれば嘔吐が止る .ザリガニには体の 酸とアルカリのバランスを調整する強力な薬効が あるため病者はこれを用い,体液の凝固や停滞を 解消する作用もある .ま た嘔吐や下痢を止めて血 を清める中和作用もある.服用の操も示してある . 中央部左側上 「タピシッンベ西蝦夷地ソー ヤノ産」 内容の理解としては,西蝦夷地宗谷 (現在の稚内 市内 )産. 中央部左側下「石歴 松前方言 イサリガニ 」

(3)

53

川井唯史 ・白濱和 彦

図1 「蝦夷島奇観

J.

Aは,作品名が 「蝦夷島奇観」,作家名が「秦樟麿 (村上島之允 )」,所

蔵先が「東京国立博物館 」, 「複製禁止」 , 「lmage:T N M Image Archives Source:http: / / TnmArchives.jp」. B は,函館市中央図 書館所蔵.

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B 図2 「博物館晶譜

J.

作家名が「栗見丹洲」,所蔵先が「東京国立博物館」,「複製禁止」,

「l m a g e : T N M Image Archives Source:http: / / TnmArchives.jp」. A は全体図でマイクロフィ

ルムからの複写であるためモノクロ画像,BはAの左下の図を拡大, Cは右端の拡大.

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図3 A . 「蝦夷カラフトサンタ ン打込み図

J

(北海道開拓記念館,2 0 0 2より引用 ,原資料は早

稲田大学図書館所蔵)• B , 「博物館晶譜」(作家名が「栗見丹洲 」, 所蔵先が「東京国立博物

館」,「複製禁止」 , 「lmage:T N M Image Archives Source:http: / / TnmArchives.jp」). C,

「栗氏千晶譜j (国立国会図 書館所蔵).

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54 江戸時代の図譜とアイヌ神祀具で見られるニホンザリガニ 内容の理解としては,松前地方の方言 としてはイ 名と勘違いしたことが考えられる . サリガニである. 左 側 上 部 は 森 に 食 わ れ て い て 判 読 不 能 の 部 分 があるが,読取れる部分としては「陳I]姑 盛 京 通 志 さりかに ー 名 拉 姑 東 医 宝 鑑 シ サ リ ガ ニ シャリガニ 奥 州南 部 津 軽 渓 流 水 中 」 等 の 単 語 がある. これらは後述の 「栗氏千晶譜」 における 左下側の記述と極めて 類似している.そのため内 容としては, 「栗氏千器譜j と同様と考えられる . この資料の 評価としては,オクリカンキリの由 来の記述に 加 えて,薬効や利用方法が詳細に記述 された実用書的な側面があり,作者は極めて高度 な薬学や医学の知識を有していたと窺い知れる . (2) 「栗氏千轟譜』 国 立 国 会 図 書 館 所 蔵 の 「栗 氏 千 誅 譜j に添 付 さ れ て い た 情 報 に よ る と , 請 求 記 号 は 「 寄 別 6-4-2-1」,フ ィルム番号は3-060 10-016, 作 者 は栗本丹洲で写本,形態は10冊,統一タイトルは 千轟譜,書誌ID000007300257であった. 本 資 料 は 写 本 で あ り , 原 典 の 正 確 な 成 立 年 は 不明である . 描 か れ て い た ニ ホ ン ザ リ ガ ニ ( 図 3 C ) は 「博 物 館 鍋 譜」(図2 A, 図3B ) と酷似 している . 図3Cに記述された文字情報を示した . 右下が「拉姑ー名蛤食馬/清高士奇/東巡日録/ ー名棘

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I

姑 盛京通志/ サリガニ / シサリガニノ / 略語ナリ」 内容の理解は以下の通りとした . ニホンザリガ 二の ー名を「蛤食馬」,中国の「

i

肖高士奇」の書 いた 「東巡日録』 に よ る ま た 別 の 名 を 「 陳J/鈷」, 同じく中国の史料 「盛京通志」 による .ザリガニ の語源はシサリガニの略語である. 左中央が「西蝦夷地ソーヤ / タピシッンペニテ / 捕ル」 内 容 の 理 解 は 以 下 の 通 り で , 西 蝦 夷 地 宗 谷 夕 ピシッンペで捕えたただし, 「蝦夷島奇観j の 記述で示したようにタビシッンペは当時のニホン ザリガニのアイヌ語であるため,実際には他の図 譜を模写した際,「西蝦夷地ソ ーヤ ,タビシッン ペ」という添え書きを見て「タピシッンペ」を地 左下が 「石螢卜謗蟹不レ同レ形且小其/ 黄 附久不 レ合二疸 東医宝鑑」 内 容 の 理 解 と し て は , ニ ホ ン ザ リ ガ ニ は 毛 蟹 と形態が異なり 小型で,卵巣は悪性の腫物の治療 に合わない.毛蟹は横歩きするがニホンザリガニ は後ずさりし,渓流に生息する.その参考夜料と しては,朝鮮で刊行された 医学百科, 二十五巻, 1613年刊 「東医宝鑑」である. 山 時 , 毛 蟹 は 悪 性 の 腫 物 の 治 療 に 用 い ら れ て おり,通称ヅガニ薬と呼ばれていた . ただし,こ こで述べられている毛盤とは海産のケガ ニではな く,モクズガニを指している可能性もある . 本資料の評価としては,当時から国外の薬学の 資料を入手していたことが明らかとなり,作者で ある栗見丹州の卓越し た薬学の知見が改めて理解 できる .加 えて参考とした資料名を添付する姿勢 は現代の科学と共通している. 山口 (1993) は,シ ーボルトがニホンザリガニ の胃石を薬用とした事実を始めとして各種の情報 を明らかにした.これはオランダで保管されてい る物証や国内の古い文献に基づいているため,学 術的価値が極めて高いものである .一連の研究に より,シーボルトは江戸で栗見丹、

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から 受け取り 本国に持ち帰った図譜である 「癖蝦類写真 (かい かるいしゃしん) 』 を重視していたことを突き止 め た そ し て 孵 蝦 類 写 真 に 描 か れ た 図 の 多 く は 転 写であることにも 言 及した (山口, 2001 ). なお 「蜘蝦類写真

J

にはニホンザリガニが描かれてお り,その図は 「千晶譜

J

が元になっていたことも 示 し た (Yamaguchi

&

Holthuis, 2001). 本 稿 で は図 示 し て い な い が , 復 刻 版 「千 縣 譜

J

(栗見, 1980) でのニホンザリガニに添付された記述とし て「味lj姑,蝦夷ヨリ活スルモノ己巳ノ冬月将来ス ルモノヲ見タリ」があると指摘し, 当時の蝦夷 地 から江戸まで生きた状態で遥んだものを直接観察 したことが示唆される表現である.そのため,栗 見丹洲はニホンザリガニの図譜を単に模写したに 止まらず,実物観察に基づく正確で詳細な情報を

(5)

川井唯史 ・白濱和 彦 55 持 っていた可能性もある. 寛政4年 (1792年) に松前∼西蝦夷地,南樺太 を幕府の命令に よ り踏査した 小林豊 章が写生 した 「蝦夷カラフ トサンタン打込図」 (林ら, 1996 ;北 海道開拓記念館, 2002) がある . しかし本賓料が 所蔵されている早稲田大学図書館での直接の観察 や複写はできなかった.そのため既存文献調査に 止めた (図3 A). ニホンザ リガニの画に添付 さ れた文字情報としては「タヒシ トンペ コルペ」が あり (図3 A), 小 林 豊 章 は 現 地 で 地 域 住 民 に 現 地での名称を 尋 ねながら,その発音を忠実 に書 き 留めた (林ら, 2001). そして,この図は踏査し た本人により描かれているので一 次資料と考えて 良い . これは,栗本丹州の図譜に描かれたニホン ザリガニの図 (図2 , 図3 B ) と構図が酷似して おり , 「千 品譜』 の固より緻密 ・正確である . そ して栗本丹洲が蝦夷地 を踏査した記録は見 当たら ない.そのため ,こ れは栗本丹州が原図としたも のと考え られる (水島未記より私信,2007年4月 27日).以上 のことから1792年当時の蝦夷地では ニホンザ リガニが「タピシ トンペ コルペ」等と呼 ばれており,この情報は 当時の江戸まで伝わ って いたものと思われる .

3 .

毛利梅園の図譜 『梅 園 介 譜』 の 作 者 の 経 歴 は , 長 い 間 不 明 で あ った. しかし,幕医であり,白山 (現在の東京 都文京区) の毛利梅園(もうりばいえん) と判明 した (中田, 1986a・b). 毛利梅園の著作は数多 く,それらに捺されている印は30種近く存在する ことも知 られている (中田, 1986a ・b). 毛利梅 園の著作に対して,上野 (1960) は「水産動物に ついての図譜がすぐれ, よく 真 を写して科学 的で ある」と 評 しており,磯野 (1992b) は「短所は 分類への志向が源い点である」と述べている .そ の他に小西 (2001) によると,毛利梅園は 実写中 心 の優れた画譜 を残した,江戸時代の代表 的な博 物画家であり,画材は動植物に広く及んでいると している. 「梅園介譜j 国立国会図書館に所蔵されていた 「梅固介譜

J

に添付されていた情報によると,請求記号 は「寄 別4-2-2-7」,フィルム番号は99 00 -016 (図4 ), 作 者 は 毛 利 梅 園 で 写本,書誌 ID000007313158で あ った. 「梅園介譜j に関しての解説は以下の通りであ る. 中田 (1986a, b) は,国会図書館所蔵の多く は,毛利梅園 自身が描いた美麗で精密な固譜 とし ている . また磯野 (1992b) によると,画は精密 に描かれ, 一品毎に名称,写生年月日, 真写 と模 写の区別がある特徴がある . 国立国会図書館所蔵 の梅園介譜は極めて正確な描写で あるが,模写で あることは磯野 (1992b) が指摘しており,小西 (2001) も同調している.模写の根拠としては3 つあり,「梅園百花画譜目録」の中で「明治十八 年三 月 介譜一冊写すと 」書 かれていること, 箪 跡が自 筆 ではないこと,印がすべて手書 きにな っ ていること,である (磯野, 1992b). 図譜に記述されていた文字情報を以下の通り活 字化し,改行は / を入れた .下中央部右図の解釈 として, 「福蟹 (振り仮名:フクカニ )/蝦夷福山之産/ ヲク リカンキ リ/福山ノ産ナル故二 /福カニ ト称 ス予考ルニ/蝦螢 (振り仮名 :サルカニ )ナルヘシ」 「甲午 (下記理由で天保5年, 1834年と特定)正 月廿日 /萬屋之某送/ 之則 真写自 /蔵奇品」 下中央部左図として「或某奥州旅行之節彼/地 ニテ得之則二疋予ニアタ / ヱ リ最塩二漬テ送ユヘ 二/生色ヲ不知只奇品ニシテ/玩之其刑状ヲ載已」 「サリ盤/ シマ リカニ松前」 「乙未 (下記理由で天保6年, 1835年と特定)八 月十四日 /倉橋氏蔵シ /真写」 「サリ螢ノ頭 二石ヲ生ス /漢名陳lj姑石ラ ッコセキ /蘭名二呼ヲクリカンキ リ/此 カニヱヒノ形二似 テ/サカシマニ行故ニ サ/ リ蟹 卜云」. 内容の理解としては以下の通りで, 北海道の福 山産のオクリカンキリは産地名由来でフクカニと 呼ばれているが,これは ニホンザリガニと同じで ある.松前でニホンザリガニはシマ リ蟹と呼ばれ ている.ある人が奥州旅行の際に彼の地で手に入 れ, 2個 体 を 私 に 与 え た 大最 の塩に漬けて送付 したので,生きている時の色は分からない . ただ 珍しい標本であるためこれを愛玩し,その形態を

(6)

江戸時代の図諾とアイヌ神祀具で見 られるニホンザリガニ は福 山であることは 山下 (1995 ・1996) が紹介済 であるが,その場所は詳しく特定していない.補 足すると,福 山は現在の行政区分では 北海道南部 の松前町 に含 まれ,さらに松前城下と道義である (松 前 町 史編集室編,1974 - 1997). 本 図 譜 が 描 かれた1827- 1849年当時, ニホンザ リガニは松前 (福 山)産の物が江戸 まで運ばれ,江戸での 一名 が福蟹であ ったと思われる .毛利梅園の記述は, 名称に始 ま り,産地,年月日,採集者,保管者の 情報が添付され,江戸時代におけるニホンザリガ 二の名称,採集時期,採集地が理解できる 貴重な 資料 となっている.そして図の模写が多かった江 56 載 せ た の み ここで「癸未」と「甲午」と「乙未」の年代 特定を行う . この時代では,「癸未」は正徳3年 (1713年),安 政2年 (1773年 ), 天 保4年 (1833 年 ) となり,同様に「甲午」は正徳4年 (1714 年 ), 安 永3年 (1774年 ), 天 保5年 (1834年 ) で , 「 乙 未 」 は 正 徳5年 (1715年 ), 安 永4年 (1775年),天保6年 (1835年) となる.そして梅 園介譜の写生年代は1827- 1849年とされているの で (磯野, 1992b), 「癸未」は1833年で「甲乙」 は1834年で「乙未」は1835年に該当する. 本賓料の内容に関して検討すると ,福蟹の産地 “ べ 貪 を 忙 吟 : ; . 4 し ; , . ﹄ ぷ ヽ ペ9 k事 ● 4 < , . ' ・ ‘ ,^ 舒 苅 ↓ • -R . •• '` と . , . ,` , .

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「梅園介譜

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(国立国会図 書館所蔵) 図4

(7)

川井唯史 ・白濱和彦 57 戸時代としては,真写であ ること,標本が退色し たので形態観察だけに止めたことを示した上で詳 細な図を添付し,これには彩色しなか った.これ らは極めて科学的な姿勢と理解できる. 参考のため ,ニホンザリガニ以外の文字情報も 以下に示す. 右上「福州府志/虎海 (以下著者等による補足は 括弧書きとした .虎の頭に似ていることから ) ワ タリガニ / テナガト云/ シマガニ」 「此者 ワタリガニノ苗 (幼体) ノ者/其ナルモノ (成体)殻 三尺二至ル/其手蟄 (はさみ ) 四五尺 ニ至ル」 「甲午 (上記の理由で天保6 年, 1835年と特定) 十月一日 /真写」 右中「本草 出 (本草綱目,中国明時代の本 草学 書) / 蟹一種/大和本草 (本草綱目の和刻本) /マメカニ コブシガニ 大和本草/多識篇/比 (四足の蟹のこと )/四ツ足カニ /小ガニ」 右下「本草 出/蟹一種/ ツマジロ (爪白 )/小ガ 二/多識篇 / (膨蛾,ぼうき )/ トヨガニ /魚鑑 / (織 し ょ く )( ズワイガニ )/ スナカニ /一 名 ツマジロ / カクレカニ」 「葵己(天保4 年, 1833年)下春廿有/七日 真写」 中央上「松岡介品二出/餞頭蟹」 「表甲 /裏甲 /此者蛤二交リ有之得/ 乙未(天保 6 年, 1835年)八月六日 /雨窓真写」 中央下「臨海水土記(正しくは臨海水土志 ) 曰 /惹虎/ (閲,びん )書( 中国福建省の地方志) 日/金銭堕/ トキ (卜とキが合わさった記号) ニ 豆ガニ / イゾゾ備前 (備前国では「イゾゾ」と 言 う)/ アシワラカ ニ/彰 (蜻,えつ)ハ唐人ガニ 豆 ガニニスルハ非也多識篇誤出乎」 左上「蝦一種/カタ/工ヒ/カタヽエヒ/江

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京」 「乙未 (天保6 年, 1835年)陸 (六)月廿八日 / 真写」 「江州湖西堅田ヨリ出ル蝦 名産/ ニシテ其地ノ 名 ヲ 呼 松 原 エ ヒ モ 亦 同 シ /武江 (江戸) ニテ芝 ノ浦 (芝浦海岸) ヨリ産スルヲ芝エヒ / 卜呼 皆 相同シ 芝エヒノ中二江

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ニテ堅田エヒト称ス ル者希ニアリ /則条下二図ス」 左中と下「朝鮮ガニ / 乙未 (天保6 年, 1835年) 八月五日 /真写」 以上のニホンザリガニ以外の記述内容として は,図示された大型甲殻類の名称,真写,年月日 等であった.図は全てが真写であり, よ り再現性 が高い.そのため, 当時の名称や採集場所や採集 時期が理解できる貴重な情報となる.

II

アイヌ神祀具に彫られたザリガニ

1

.

国立民族学博物館 ザリガニに類似した紋様が浮彫りされた捧酒箸 (H 33375, 削り掛け付き )1 点を確認した.大き さは長36.0 x幅3. 1X 高7.0 cm であった (表1). 採集地,採集者名などの詳細は不明である.ラ ベルは無か ったが,裏面に N M E33375 の注記が あ った(図S D ). 捧酒箸は「削りかけ」で後半 部が包まれていた (図SA ) が,包まれていない 部分から以下の紋様が観察できた.二又状の大型 のハサミがついた手状の彫刻が一対あり,それら の中間には頭状部が見られる (固SB ). そして 後半部には正中線と垂直な溝が走り,後半部の末 端には尾状部があり,それは 三角形になっている (図S C ). 鬼丸, 2007) が報告し たニホンザリガニ紋様と等しく,本種の彫刻と考 えられる. 内田 (2006) によると捧酒箸は土産物などとし て流通していた歴史があり,得られた場所が作ら れた場所と必ずしも 一致していない.ただし捧酒 箸の舌状先端部に彫られた三角形の彫り込みはパ ルンペpar u m be (アイヌ語で舌を意味する )( マ ライニ, 1994; 杉山, 1934) と呼ばれ,これは北 海道南部を中心に広が ったため,捧酒箸の産地を 示す指標となる (内田, 2006). そして実物を観 察した限りパルンペが見られないため (図5 ), 産地は少な くとも 北海道南部でない可能性が高い.

2 .

アイヌ民族博物館 ザリガニの紋様のある捧酒箸1 点を確認した

(8)

5 8 江戸時代の図譜とアイヌ神祀具で見られるニホンザリガニ 表1 博物館に所蔵されているザリガニ紋様のアイヌの神具 (捧酒箸,パスイ ) (縦厚捧x)酒c横箸m x 彫られた 所蔵博物館 標本番号 ザ リガニ ラベル情報 パルンペ 備 考 引 用 (縦 x 横)c m 民族博物館 33375 36.Q X 3.1 X 未測定 「N M E 3 3 3 7 5」の 無 植物質が巻き付 本研究 7.0 標本番号 けられている. 高彫り アイヌ民族 60087 33.2 X 2.9 X 6.8 X 3.2 「鹿, ざりがに 」 無 高彫りではない 本研究 博物館 421 0.6 北海道大学 9582 30.6 X 2.6 X 6.5 X 3.0 「9582」の 無 高彫り ,背面と 本研究 植物園 ・ 1.5 標本番号 腹面は漆塗り 博物館 北海道大学 9544 31.6 X 3.5 X 5.0 X 1.5 犬飼哲夫寄贈と 背面に有高彫り ,腹面は 本研究 植物園 ・ 1.5 書込み有,「9544」 漆塗り 博物館 の標本番号 名寄市 y - 14 38.1 X 3.5 X 7.3 X 3.3 無し 不明 チョウザメも 本研究 北国博物館 1.5 彫られている 旭/11市博物館 4402 36.2 X 4.2 X 4.6 X 2.4, クシロ, 541 - 無 腹面に金属製の 本研究 1.8 5.0 X 2.5 141, 4402の 板がある 書込み有 函館市博物館 1551 41.3 X 3.Q X 5.3 X 1.7, 「様似2 5 1 1 9」 無 高彫り 川井・ 鬼丸 372 1.0 4.8X2.Q* 「ザリガニ」 (2007) 児玉コレ クション 苫小牧市 192 31.Q X 2.8 X 3.4X2.7, 「317 草刈 鬼丸 博物館 1.2 4.7 X 2.7* 1990.5.11」 覆面は漆塗り, (2007) パルンペ有 美幌博物館 無し 34.7 X 3.5 X 5.3 X 2.Q, 無し 無 高彫り 鬼丸 1.1 5.4 X 1.7* (2007) *;ザリ ガニが 2 個体彫られているものは,先端に近い方から示した . (図 6 A). 長 33.2 X 幅2.9 X 高0.6 c m の 捧 酒 箸 は (図 6 A), 裏 面 に は ラ ベ ル が あ り 「鹿 , ざ り が に」「60087 421」と 記 述 さ れ て い た が (図 6B, D ), 作 成 場 所 や 作 成 年 月 日 は 示 さ れ て い な か っ た こ の ラ ベ ル 情 報 は , コ レ ク シ ョ ン の 収 集 者 が書 いたものか,作成者が主 張 したものかは不明 で あ る . 彫 刻 さ れ た ザ リ ガ ニ の 大 き さ は 長6.8 X 幅3.2 c m で , 平 面 的 に 彫 ら れ て い た (図 6 C). ザリガニの形態としては, 二 又状のハサミが先端 に付いた手状部が一対あ り,その間に は三角形の 頭 状 部が見られ,先端は一対の触角状の彫刻があ り,腹状部は棒状で正中線と垂直な方向に数本の 溝 が 走 り , ザ リガニは 捧酒箸の後端の方向を向い ている (図 6 C). な お , パ ル ン ペ は 彫 刻 さ れ て い な か っ た . 博 物 館 の 目 録 に は 「60087 酒 捧 箆 (Pasuy)」 との記述がある (白 老 民 族 文化伝 承 保 存 財団アイヌ民族博物館, 1989). 3. 北海道大学植物園・博物館 ザリガニの紋様のある捧酒箸2点を確認した. 収蔵 番 号9582の表面と裏面,そして9544の裏面は 漆 塗 と な っ て い た ( 図 7 A). 捧 酒 箸 の 裏 面 の ラ ベ ル に は 標 本 番 号 だ け が 見 ら れ た (図 7 B).

た, 9544の裏面 には「犬飼哲夫氏寄贈」 の 記 述 が 見 ら れ た (図

7 E).

同 氏 は 北 海 道 大 学 の 有 名 な 碩学である. 9544表面 の先端部にはパルンペが見 られた (図7 F). これは前述のように 産地 が 北 海 道南部であることを示す指標となる .大きさは, 9582が長3Q.6X幅2.6X高1.5 c m で, 9544が長31.6 x幅3.5 X 高 1.5 c m で あ っ た い ず れ も 各 1 個 体 の ザ リ ガ ニ 紋 様 が 立 体 的 に 彫 刻 さ れ て い た (図 7 C, D ). 両 方 と も 先 端 を 向 き , 大 き さ は9582が 長 5 X幅1.5 X 高0.5 c m であった . 9544が 長6.5 X 幅3.0 x 高 1 . 0 c m であった . 9582で見られる紋様 は, 二又状のハ サ ミが先 端

(9)

白濱和彦 59 図 5 アイヌの祭祀具である捧酒箸に見られるニホンザリガニ紋様. A は全体の表面図,B は前半部, C は 後半部内田祐一氏提供国立民族学博物館所蔵で番号はH 3 3 3 7 5. A

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図 6 アイヌの祭祀具である捧酒箸に見られるニホンザリガニ紋様. A は全体図の表面,B は全体図の裏面, C はザリガニ紋様の拡大, D はラベルと番号の拡大.アイヌ民族博物館所蔵で番号は6 0 0 8 7 1025. に付いた一対の手状部があり,その間には 三 角形 の頭状部があり,頭状部と体の後半である腹状部 は正中線と垂直な縞が見られ,その後端部は逆三 角形となる . 9544では手状部を 一対持ち,両ハサ ミの間に位置する頭状部は 三 角形であり,体後半 部には正中線と垂直な縞が見られ,体の後端部は 末広がりの台形状となる . これ らの形態 は既存の 研究でニホンザリガニ (川井・ 鬼丸, 2007) とさ れた彫刻と酷似する.そのため両彫刻はニホンザ リガニが彫られていたものと結論できる.

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60 江戸時代の図譜とアイヌ神祀具で見られるニホンザリガニ 4. 名寄市北国博物館 ザリガニの紋様のある捧酒箸1点を確認した . 大 き さ は 長38.1X 幅3.S x高1.5 c m で (図S A), 裏 面 に は ラ ベ ル や 書 込 み が 見 ら れ な か っ た が 杉山, 1993) があり (図8 8), パ ル ン ペ の 有 無 は 表 面 と 裏 而 の 先 端 部 が 破 損 し て い る た め 確 認 で き な か っ た (図S A, B ). ザ リ ガ ニ と 形 状 が 類 似 す る 彫 刻 (図S C) の 大 き さ は , 長7.3X 幅3.3X 高 0.8cmで , そ の 形 態 は 以 下 の 通 り で あ っ た .捧 酒箸の先端部を 向 き,手状部を一対持ち , それら の中間には正中線と垂直な溝が数本走る棒状部が あり,尾状部も正中線 と垂直な溝が数本 あ り,そ こは末端部に向かって広がる . 目録 (名寄市北 国博物館, 2003, 2007) による と,本標本は「イタ ヤ カエデ製,チョウザメとザ リガニ意匠の浮彫,青海波 ・鱗筋彫り,所蔵番号 はy - 14」とされている . この捧酒箸は矢口親之 氏によ って名寄市北 国博物館に寄贈された矢ロ コ レクションであり,矢口氏は名寄市内淵地区など のアイヌ人の所に資料収集のため出向いており, その ことを示す手紙も残されている (名寄市北 国 博物館, 2007). 以 上 の こ と か ら , ニ ホ ン ザ リガ 二が彫刻された本捧酒箸 は名寄市で得られたもの であり,当地区で作成された可能性がある .

5 .

旭川市博物館 ザリガニの紋様のある捧酒箸1点を確認した. 大 き さ は 長36.2X 幅4.2X 高1.8 c mで , 漆 が 塗 ら れ,

2

個体 の 彫 り 込 み が あ り(図9 A), これ はザ リガニである (北 海 道 立 近代美術館ら, 2006). 裏面には金属の板が付 けられており,ラベルは無 か ったが書 込みがあり,「クシロ」と「541-141」 と「4402」 と 注 記 さ れ て い る ( 図9 8, 4402の先 頭 は 擦 り 切 れ て い て

1

に見える ). 彫 刻 さ れ て い た ザ リ ガ ニ の 大 き さ は 先 端 部 に 近 い ほ う か ら 長 4.6 X 幅2.4X 高1.0 c m, 長5.0X 幅2.5X 高1.0cm で, 両 者 の 大 き さ は 同様 で あ っ た (図9 C). 形 態も 同様であり,捧酒箸の先端に向かって位置し 立体的に彫刻され,先端が二又のハサミ状になっ た 一 対 の 手 状 部 を 持 ち , そ の 中 間 部 に あ る 棒 状 部は正中線と垂直な溝が数本走り,体後半部も正 中線と垂直方向に走る数本の溝があり,末端部は 台形状に広がる (図9 C). 目録 (旭 川市博物館, 2006) に よると,本標本の素材は ヤチダモ,バー コー ドナンバーは50-5001291-2, 受入番号4402, 収 集地 は釧路,採集者と採集先は河野廣道,収集 年月日は不明で,収蔵は1972年5月15日である . 6 . その他の博物館での所蔵 杉山 (1993) は北 見美幌産で大きさが 異なる

2

つのザ リガニ紋様の捧酒箸を掲載してお り, 北海道北部で は本種が沢の清水に生息するた めに ワッカウシ カムイ (wakka ush kamui : 泉の 神 ) と して崇め ていると述べ ている . SPbーア イ ヌ プ ロ ジェク ト調 査 団 (1998) と財 団 法 人 ア イ ヌ 文化 振 興 推 進 機構 (2002) と北 海 道立アイヌ民族文化 研究 セ ンター (2005) お よ び 財団法人アイヌ文化振 興 ・研究推進機構 (2006) は各種の酒捧箸 の所蔵が紹介しているが,ザ リガ 二紋様は見 当たらない . また八雲 町郷土賓料館に もザ リガニ紋様の捧酒箸の所蔵は見 当たらなかっ た. 7. 捧酒箸で見られるザリガニのまとめ 本研究も含めたザ リガニ紋様の彫刻された捧酒 箸 の 情 報 を 列 挙 し た ( 表1 ). ザリ ガ ニ 紋 様 の 捧 酒箸が得られた場所は北 海道東部を中 心 にして, 北 部 の 名 寄 市 , パ ル ン ペ が 彫 刻 さ れ た 北 海 道 南 部産もある.そのため ニホ ンザ リガニが彫刻され た捧酒箸は 北海道で広く見ら れる可能性がある . ザリ ガ ニ の 紋 様 で 共 通 し て い た 形態 は 以 下 の 通 りであり ,1 - 2個 体 が捧 酒箸の先端部を向いて おり , 彫 刻 の 最 大 長 の 範 囲 は3.4- 7.3 c m, 最 大 幅 の 範 囲 は1.5- 3.2 c m, 高 さ は1.0 c mで 立 体 的 に 浮 刻 さ れ て い た な お ニホンザ リガニの成体の 一 般 的 な 大 き さ は5 c m程 で あ る た め (Kawai

&

Fitzpatrick, 2004), 彫 刻 は 実 寸 と 同 様 な 大 き さ である.一対の手状部の先端は二又のハサミにな ることが多く,手状部の間には棒状や 三角状の頭 状部があり, これに続い て体 の前半 は胴体状部で 後半は腹状部となり,それらは正中線と垂直方向 に数条の溝が走り,腹状部の後端は 三角状や台形 状となり末広がりとなる こ とが多い.

(11)

白濱和彦

61

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図7 アイヌの祭祀具である捧酒箸に見られるニホンザリガニ紋様. A は全体図表面で上は9 5 8 2で 下は9544, Bは全体図の裏面. Cは9 5 8 2のザリガニ紋様の拡大でD は9 5 4 4の拡大, Eは9 5 4 4の 裏面の拡大, Fは先端部の拡大.北海道大学植物園 ・博物館所蔵. A

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図8 アイヌの祭祀具である捧酒箸に見られるニホン ザ リ ガ ニ 紋 様. Aは 全 体 図 の 表 面,Bは 全 体 図 の 裏 面 C は ザ リ ガ ニ 紋 様 の 拡 大 名 寄 市 北 国 博 物 館 所 蔵 で番号はy - 1 4 . B

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図9 アイヌの祭祀具である捧酒箸に見られるニホン ザ リ ガ ニ 紋 様. A は全体図の表面, Bは 全 体 図 の 裏 面 C は2個 体 の ザ リ ガ ニ 紋 様 の う ち , 後 ろ に 位 置 したものの拡大.旭川市博物館所蔵で番号は4402.

(12)

62

江戸時代の図諮とアイヌ神祀具で見られるニホンザリガニ 例 外 的 な 形 態 も あ り , ア イ ヌ 民 族 博 物 館 所 蔵 の 捧 酒 箸 は , ザ リ ガ ニ が 先 端 と 反 対 を 向 き , 浮 彫 り されていない.腹状部の末端も広がらず, 一 対 の 手 状 部 の 中 間 に 位 置 す る 頭 状 部 の 先 端 に は 一 対 の 触角状の彫刻が見られる. 謝 辞 本 研 究 に 御 理 解 を 頂 き , 所 蔵 品 の 写 真 撮 影 と 利 用 許 可 を 頂 い た , 東 京 国 立 博 物 館 , 国 立 民 族 学 博物館,国立国会固書館, 北 海 道 大 学 植 物 園 ・博 物 館 , 早 稲 田 大学 固 書 館 , 函 館 市 中 央 図 書 館 , 名 寄 市北 国 博 物 館 , 旭 川 市 博 物 館 , ア イ ヌ 民 族 博 物 館 , 貴 重 な 情 報 と 御 助 言 を頂いた山口隆男博士, 北 海 道 開 拓 記 念 館 の 水 島 未 記 ・三 浦 泰 之学芸員, 帯 広 百 年 記 念 館 の 内 田 祐一 学 芸 員 , 八 雲 町 郷 土 資 科 館 の 柴 田 伸 一 学 芸 員 に深謝します. 文 献 旭川市博物館, 2006. 旭川市博物館所 蔵目録XVI 民族 汽料/儀礼関係:捧酒箸.旭川市博物館,旭JII, 63pp. 谷沢尚 ー) ,1982. 秦橙 麿自箪 蝦夷島奇観:東京国立拇物館所蔵 (東京国 立博物館所蔵品の複製).雄峰社,束京, 260 pp. 林 昇 太 郎 ・ 水 島 未 記 ・手 塚 薫 , 2001. 「蝦夷草本 図

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