DOI: http://doi.org/10.14947/psychono.38.33 229 全員分の苗字・苗字・苗字: ランニングタイトル●●●●●●●●●●●●●●●
綾部早穂・井関龍太・熊田孝恒著
心理学,認知・行動科学のための反応時間ハンドブック
勁草書房,2019
本書は,現在の実験心理学において代表的な行動指標 の一つである反応時間について,背景となる理論から実 際の研究場面での利用法までを網羅的に解説した専門書 です。反応時間はその測定の簡便さから非常によく用い られる行動指標でありますが,実際に研究に利用してい てもその理論的背景まで熟知している者は意外と少ない のではないでしょうか。本書は,その知識の隙間を埋め るための一冊であると言えます。 本書は7章構成となっています。第1章は,導入とし て反応時間に関する基礎的な概念が説明されています。 さらに,第2章では,反応時間研究の歴史と理論・モデ ルが紹介されています。反応時間を使った研究を行う際 には,ともすれば漫然と実験操作によって反応時間がど のように変化するかだけに着目して結果を解釈してしま うことになりかねません。しかしながら当然のことです が,検討対象として仮定する心的過程が反応時間に的確 に反映されるための実験系を構築するためには,刺激入 力から反応生成までの過程に関する理論的モデルが必要 となります。それを再確認するためにも,今現在反応時 間を用いて研究を行っている者にとって,この章は必読 であると言えるでしょう。 第3章「反応時間の計測」では,反応時間を指標とす る実験をデザインする際に注意すべき点,具体的な計測 方法が詳説されています。加えて,脳波や眼球運動, リーチングなどのさまざまな反応を用いた実験手法が紹 介されています。これから反応時間を使った実験研究を スタートしようとしている読者は,この章をまずはじめ に目を通すことで,参考になる情報を手っ取り早く得る ことができるかもしれません。例えば,試行間間隔をど のぐらいの長さに設定すべきかといったことは,研究者 の経験則によるところも大きいように思います。また, 出版される論文に記載こそされているものの,なぜその 値に設定されたのかについて,はっきり理由を述べられ ることは少ないのではないでしょうか。本書では,その ような実験パラメータやブロックデザインの設定につい て,根拠になるデータを挙げながら詳しく説明されてお り,大いに参考になりました。個人的には,反応時間の 計測方法を厳密に行うためのハードウェア・ソフトウェ アに関する解説があったほうがよかったようにも感じま した。ただ,そのような情報は陳腐化も早いので,最新 の情報を論文やネットなどで逐一収集するほうがよいの かもしれません。 第4章「反応時間の分析」では,反応時間データの分 析手順,外れ値の除去,代表値の算出,統計的分析につ いて解説されています。この章の情報も,実際に実験を 行い,論文などで報告する上で不可欠な情報であると言 えるでしょう。例えば,外れ値の除去に関しては,固定 値や標準偏差を基準とする方法やデータ数に応じて基準 を変化させる方法などが紹介され,それぞれを利用する 際の留意点が述べられています。統計的分析方法につい ては,反応時間データの性質を考慮して分散分析による 分析を行うために,球面性および多標本球面性の仮定に 配慮した分析の方針が紹介されています。混合効果モデ ルについても,サンプルサイズ設計も含めかなり詳細に 解説されており,これから自らの研究に導入しようとし ている方には大きな助けとなるでしょう。加えて,ベイ ズ統計モデリングについても紹介されていますが,これ らの詳細については他書や文献にあたる必要があるで しょう。The Japanese Journal of Psychonomic Science
2020, Vol. 38, No. 2, 229–230
書 評
230 基礎心理学研究 第38巻 第2号 第5章以降は各論ということで,反応時間に影響を与 えるさまざま要因,個人差,代表的な実験パラダイムな どがまとめられています。重要な要因・現象・実験パラ ダイムが厳選されて紹介されていますので,例えば,学 生が卒論研究のテーマ探しをする際には非常に役に立つ こと請け合いです。これから反応時間研究を始めようと している実験心理学以外の分野の研究者にとっても,心 強いガイドとなるでしょう。 本書の優れた点は,実際に心理学実験を行ううえでは 非常に重要であるにもかかわらず,これまで明示的に説 明されることがなかった問題について,ひとつずつ丁寧 に取り上げ,具体的なデータを示しながら解説している ことです。その一例は,第1章における観察者の「構え」 についての説明です。通常,心理学実験は複数の刺激が 繰り返し呈示されますが,それぞれの刺激呈示に対する 反応は互いに独立しているわけではなく,実験課題全体 の構造によって規定される構えの影響を強く受けること がわかっています。また,この構えの影響は,反応時間 に特有の問題ではなく,正答率や主観評価といった他の 従属変数にも影響を及ぼします。このように構えは心理 学実験を行う際には非常に重要な要因となりますが,こ れまで系統的な解説がなされることがほとんどありませ んでした。このことからもわかるように,本書は反応時 間をメインテーマとして取り扱っていますが,ヒトを対 象とした実験を行うすべての者にとって重要な情報を提 供してくれるものとなっています。もちろん,反応時間 を主に用いる研究者にとっては,ことあるごとに参照で きるハンドブックとして役に立つことでしょう。 あとがきによると,本書は故菊地正先生の御遺稿をも とに,先生のご指導を受けたみなさまによって上梓され たものとのことです。余談ですが,筆者である小川は, 大学院生時代に集中講義に来られた菊地先生の講義を受 けたことがあり,その専門的かつ緻密な授業内容に感銘 を受けたことを今でもよく覚えています。その後 2001 年に関西学院大学で基礎心理学会大会が開催された際に は,菊地先生が私のポスターの前に発表時間前から待っ てくださっていて,そこから1時間以上にわたって議論 にお付き合いいただくという貴重な経験もさせていただ きました。その際につくづく感じた菊地先生の研究に対 する誠実かつ真摯な態度が,本書のそこかしこから感じ られたことがとても印象的でした。 (関西学院大学 小川洋和)