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Vol. 35, No 解説 細菌の走光性を解明する 奈良敏文 1, 田母神淳 1, 加茂直樹 1 松山大学薬学部生物物理化学研究室 1 要旨 Halobacterium salinarum 80 キーワード SRII HtrII two-component system 1. はじ

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(1)

細菌の走光性を解明する

奈 良 敏 文

1 †

,田 母 神 淳

1

,加 茂 直 樹

1 1

松山大学 薬学部 生物物理化学研究室

2011 年 7 月 11 日受付 †〒 790-8578 愛媛県 松山市文京町 4-2 松山大学 薬学部 生物物理化学研究室 奈良 敏文 Tel:089-926-7204 Fax:089-926-7162 E-mail:[email protected] 要旨 桿状の形をとる古細菌 Halobacterium salinarum は,両極にある鞭毛(極毛)の運動を調節して直進運動とスイッチバッ クを繰り返す.光に対しては,赤色系の光に近づき,青色系の光から逃げる走光性を示す.80 年代前半に単離されたその光 センサーはロドプシン様のレチナールタンパク質であり,隣接するトランスデューサータンパク質が細胞内にシグナルを伝え る.数々の分光学的測定が行われて多くのことが分かってきたが,光センサー/トランスデューサー間のシグナル伝達は,そ の分子機構の一部がようやく見えて来た段階である.この解析に少なからず関与した我々の成果も交え,現状を解説する. キーワード: 走光性,レチナールタンパク質,センサリーロドプシン(SRII),トランスデューサー(HtrII),two-component        system

1. はじめに

 古細菌である高度好塩菌に bacteriorhodopsin(BR,光駆動 プロトンポンプ)等のレチナールタンパク質の存在が分か り1),その解析も盛んに行われ始めた 1975 年,Hildebrand

& Dencher は,同じ高度好塩菌 Halobacterium salinarum がオ レンジ光に寄って行く正の走光性(誘因応答)と青緑光や 紫光から逃げる負の走光性(忌避応答)を示すことを報告 した2).80 年代になり,この光センサーがレチナールを発 色団とするレチナールタンパク質であり,オレンジ光によ る正の走光性と紫光による負の走光性は sensory rhodopsin I (SRI) が3, 4), ま た 青 緑 光 に よ る 負 の 走 光 性 は sensory rhodopsin II (SRII,phoborhodopsin,PR) が司ること5, 6),そ してシグナルを細胞内に伝えるトランスデューサーは大腸 菌走化性レセプター様の MCP タンパク質(methyl-accepting chemotaxis protein)が関与すること等が示された7)(図 1).  1989 年,Blanck らは正の走光性レセプター SRI 遺伝子を クローニング,続いて 1992 年に Yao & Spudich がそのトラ ンスデューサー HtrI 遺伝子を,また 1995 年に Engelhard ら のグループが負の走光性レセプター SRII とトランスデュー サー HtrII 遺伝子をクローニングし8, 9),光センサー/トラ ンスデューサーの実体がとらえられた.これら光センサー の一次構造は BR と類似し,7 回膜貫通型のレチナールタン パク質と考えられた.一方,トランスデューサーの一次構 造は,予想通り大腸菌の MCP と類似し,光センサーからの 情報を細胞内に伝達する本体と考えられた(図 2).しかし これら光センサーの発現量が少なく,また低塩条件下で不 安定であったことなどから,その機能解析は思ったほど進 まなかった10)  1997 年,我々は古細菌 Natronomonas pharaonis から発見 された H. salinarum SRII と良く似た負の走光性レセプター SRII(NpSRII)を大腸菌で大量発現することに成功した11) NpSRII の高い安定性と試料調整の容易さから,これを機に 遺伝子工学と物理化学的手法を利用した解析,特にフォト サイクル(図 3)中に NpSRII 内部で起こるシッフ塩基のプ ロトン化・脱プロトン化やそれに伴うプロトン移動の解明 が飛躍的に進んだ12, 13).また,光センサー NpSRII はトラ ンスデューサー NpHtrII と結合すると更に安定性が増すこと, それらは等量で結合すること,複合体形成で NpSRII のフォ トサイクルが遅くなること,M 中間体で NpSRII の F ヘリッ クスが動くこと等もこの時期に分かった14-16)  そして 2002 年,NpSRII/NpHtrII 複合体の結晶構造が解か れた(全長 534 アミノ酸の NpHtrII は,2 カ所の膜貫通部位 を含む N 末部の 1-114 領域の構造)17)(図 4).NpSRII は BR と似た高次構造であり,同時期に結晶構造が報告された 図 1. 負の走光性レセプター/トランスデューサーと,そのシグナ リングカスケード NpSRII/NpHtrII 複合体は細胞膜上にある.光センサー NpSRII が 498 nm 光(青緑光)を吸収して構造変化すると,トランスデュー サー NpHtrII にシグナルが伝わる.NpHtrII は,細胞内のヒスチジ ンキナーゼ CheA と結合する.負の走光性シグナルにより CheA の キナーゼ活性が上昇し,CheY タンパク質のリン酸化を経て,鞭毛 モーターの回転方向を制御して泳ぎの方向を変える.CheR と CheB による可逆的メチル化は,適応に関与する.

(2)

ウシ網膜ロドプシンとも良く似た 7 回膜貫通型構造をとる

18, 19).従って,NpSRII はホ乳類が持つ代表的なセンサーの

一つ,GPCR ファミリー(G-protein coupled receptor family) と相同性を持つと言える.しかし,GPCR が 3 量体 G タン パク質を経てシグナル産生するのとは異なり,大腸菌など の真正細菌が広く持つ走化性レセプター MCP と良く似た構 造の 2 回膜貫通型のトランスデューサータンパク質と相互 作用して走光性シグナルを細胞内に伝える.このバクテリ ア MCP は動物細胞のもう一つの代表的なセンサー,ヒスチ ジンキナーゼ型レセプターと形態的に類似する20, 21)ことか ら,高度好塩菌の光センサー/トランスデューサーは,我々 ホ乳動物が持つ代表的な 2 種のレセプターを合体させた形 態と見ることも出来る(図 2b).  数々のゲノムプロジェクトや,類似タンパク質の探索か ら,2000 年以降,多くのレチナールタンパク質が古細菌に 限らず真正細菌や菌類(Fungi),藻類(Algae)にも発見さ れ,生物界の 3 系統全てに存在が分かった22).特に 2008 年 に真正細菌 Salinibacter ruber からクローン化されたレチナー ルタンパク質は,そのトランスデューサーと共に高度好塩 菌の SRI/HtrI と類似し,走光性レセプター/トランスデュー サーが生物界に広く分布する可能性を示した23).しかし, 真正細菌 Anabaeba の光センサー様タンパク質ではトランス デューサーの形態が異なり,また藻類 Chlamydomonas の光 センサーは C 末の形態が大きく異なる上,機能の詳細も不 明である等,レチナールを含有するセンサータンパク質と 言えども生物界全体では構造や機能に多様性がある.本稿 では,解析が先行している古細菌 N. pharaonis の SRII/HtrII (NpSRII/NpHtrII)での機能解析を中心に,また最近のトピッ クスを加えて,高度好塩菌の走光性を司る光センサー/ト ランスデューサー間のシグナル伝達機構を概説したい.

2. 光センサー

NpSRII

 高度好塩菌 N. pharaonis の負の走光性は,光センサー 図 2. 走化性レセプターと走光性レセプター/トランスデューサー 複合体の模式図 (a) 大腸菌走化性レセプターと (b) 高度好塩菌トランスデューサー NpHtrII の 2 量体構造.ともに全長の結晶構造は分かっていないこ とから,リガンド結合部位とメチル化部位,及びシグナル産生部位 は走化性レセプターの結晶構造から,膜貫通部位は NpSRII/NpHtrII の結晶構造から,HAMP 部位は類似タンパク質 Af1503 の NMR 解 析結果から推測して描いた.TM2 以降の細胞内領域(リンカー部 位,可逆的メチル化部位,及びシグナル産生部位)は両者で一次構 造の相同性が高く,高次構造も類似すると考えられる.2 量体形成 で,多くの箇所が four-helix bundle 構造をとる. 図 3. 負の走光性レセプター NpSRII のフォトサイクルとレチナール 異性化 (a) NpSRII のフォトサイクル.基底状態(暗状態)では 498 nm に 極大吸収を持つ.含有するレチナールは all-trans 型.波線による矢 印は光吸収過程を表す.レチナールは光励起されて 13-cis 型となる. 極大吸収波長の異なる各種中間体(→ K → KL → L → M → O →) を経て,元の基底状態に戻る.この間,レチナールシッフ塩基のプ ロトン化状態が変化する.各中間体の数字はそれぞれの極大吸収波 長を,中間体間の時間は遷移の時定数を表す.

(b) all-trans 型と 13-cis 型レチナールの構造.レチナールは NpSRII G ヘリックスの Lys205 とシッフ塩基を形成する. 図 4. 負の走光性レセプター/トランスデューサーの結晶構造(文 献18)から引用) (a) 細胞膜の水平方向からの図.(b) 細胞内からの図.NpSRII の 7 カ 所の膜貫通ヘリックスは N 末から A-G ヘリックスと呼ばれる.G ヘリックス中にレチナールタンパク質間で保存される Lys205 が あり,レチナールがシッフベースを作り共有結合する.トランス デューサー NpHtrII は 2 回膜貫通型(TM1 と TM2 セグメント ) で あり,NpHtrII2 量体を 2 つの NpSRII が F,G ヘリックスを接して挟 む.(c) NpSRII と NpHtrII 間の水素結合.NpSRII の G ヘリックス 上の Thr189 が NpHtrII の TM1 中の Glu43,TM2 中の Ser62 と,また NpSRII の G ヘリックス上の Tyr199 が NpHtrII の TM2 中の Asn74 と水素結合を作る.図は下側が細胞外側.

(3)

sensory rhodopsin II (NpSRII) により司られる.青緑光から 逃げる忌避応答であり,光酸化ストレスを避ける重要な役 割を負う.NpSRII は 239 アミノ酸からなり,N 末を細胞外 に,C 末を細胞内に突出する 7 回膜貫通型(A-G ヘリック ス)のレセプターである.G へリックス中段の Lys205 と シッフ塩基を形成して共有結合するレチナールは,基底状 態(暗状態)では all-trans 型をとり,そのシッフ塩基はプ ロトン化している.極大吸収波長はλ max = 498 nm.光 吸収によりレチナールは励起され,13-cis 型に異性化す る.室温で NpSRII の光照射による吸収極大変化を解析す ると,光照射からミリ秒の領域にλ max = 390 nm の M 中間体,さらにλ max = 560 nm の O 中間体が観察され る.低温ではマイクロ秒以下の早い領域に K などのいく つかの中間体も検出出来る(図 3).基底状態で all-trans 型 レチナールであること,またレチナールを結合したまま NpSRII → K → KL → L → M → O → NpSRII とサイクリック に元に戻るフォトサイクルを示す点で網膜のロドプシンと 異なり,古細菌型ロドプシン(archaeal rhodopsin,また type I)と呼ばれる13, 22)  我々が初期に行った,精製アポタンパク質に種々のレチ ナールアナログを再構成する実験では,13-cis 型レチナー ルは容易に再構成されず,レチナールを抱え込む空間(レ チナールポケット)は非常に狭いことが分かる24).つまり SRII 内でひとたび光励起されて 13-cis 型になったレチナー ルは,アポタンパク質(オプシン)から相当強い空間的制 約を受け,all-trans 型に自動的に戻る.  一方,基底状態でプロトン化しているレチナールのシッ フ塩基近傍に,C ヘリックスの Asp75 が解離状態で存在し, 塩橋を形成し安定している(Asp75 はプロトン化シッフ塩 基のカウンターイオン).光励起して 13-cis 異性化したレチ ナールは,M 中間体でシッフ塩基が脱プロトン化し,カウ ンターイオン Asp75 にプロトンを受け渡す.シッフ塩基の 脱プロトン化によりλ max は短波長側にずれる.O 中間体 で all-trans 型に戻る際,シッフ塩基は再びプロトン化して λ max は長波長側にもどる25)(このプロトンがどこから来 るかはトランスデューサーの有無で異なる26, 27)).トラン スデューサー NpHtrII との複合体(NpSRII/NpHtrII)では,1 回のフォトサイクルで1個のプロトンが細胞外側で出入り する.このプロトン移動や,上述のシッフ塩基とカウンター イオンのプロトン化状態の変化は,NpSRII 分子内の静電的 相互作用を変え,光センサーの構造を各中間体で変える一 つの要因となる28)  2001 年に解かれた NpSRII 単体の結晶構造は,プロトン ポンプ BR と驚くほど良く似ている29, 30).NpSRII 単体が BR と同様に光駆動プロトンポンプとして機能することを考 えれば,この一致は当然である.

3. トランスデューサー

NpHtrII

 NpSRII の傍らにはトランスデューサー NpHtrII が存在し, 両者は強く結合している(可溶化状態での 1 例は,解離定 数 Kd = 200 nM)28, 31).NpHtrII は大腸菌など真正細菌の走 化性レセプターと類似し,細胞内に突出する N 末から細胞 膜を 2 回貫通し(それぞれ TM1,TM2),C 末寄りは細胞内 で大きなシグナル産生部位を形成する(図 2).細胞外のリ ガンド結合部位を持たないことが走化性レセプターと大き く異なるが,TM2 の下流に HAMP と呼ばれるリンカー領域 がありシグナル産生部位につながること,適応に関与する 可逆的メチル化を受ける Glu 残基を持つこと,細胞内のヒ スチジンキナーゼ CheA と結合するシグナル産生部位を持 つことなど,TM2 以降は走化性レセプターとよく似る(走 化性レセプターのシグナル産生部位は four-helix bundle 構造) 31, 32).光センサーからの何らかの構造変化が,接する膜貫 通部位を通してトランスデューサー NpHtrII の構造を変化さ せると思われる(後述).  一方,トランスデューサー NpHtrII から鞭毛の回転制御ま でのシグナル伝達は two-component system であり,図 1 に 示すような経路で鞭毛にシグナル伝達されると考えられる 33).つまり,忌避応答シグナルが CheA タンパク質のリン 酸化を上昇させ,そのリン酸基が転移したリン酸化型 CheY が鞭毛基部のスイッチ複合体と相互作用することで鞭毛の 回転方向が変わり,最終的に走光性を実現する32)

4.

NpSRII/NpHtrII 複合体

 NpSRII 単体での結晶構造が報告されてから程なく,セン サー NpSRII とトランスデューサー NpHtrII の TM2 下流ま での断片(1-114)を用いることで,光センサー/トランス デューサー複合体の結晶構造解析が成功した17)(図 4).得 られた光センサー NpSRII の構造は,複合体であっても単 体の構造と主鎖レベルではほとんど変わらない.NpSRII が NpHtrII と複合体を作ってもλ max が変わらないことと矛盾 しない.NpSRII と NpHtrII の結合量比は,我々の予想14) gene-fusion の結果34)から得られた予想と同じく 2:2.トラ ンスデューサーが走化性レセプターと同じく 2 量体となり, その 2 分子の NpHtrII を 2 分子の光センサー NpSRII が F,G へリックスを接して挟み込む形をしている(図 4a,b).両者 の結合は膜貫通部位のファンデルワールス相互作用に依る ところが大きいが,NpSRII の G へリックス上の Thr189 と

NpHtrII の TM1 上の Glu43,及び TM2 上の Ser62 間の,ま

た NpSRII の G へリックス上の Tyr199 と NpHtrII の TM2 上 の Asn74 間の水素結合形成が両者の特異的結合に重要で ある(図 4c).これら水素結合を失うと親和性が大きく低 下する35).トランスデューサーの TM2 以降の構造,特に HAMP 領域の構造は,後に類似タンパク質 Af1503 の NMR 解析で helix-turn-helix 構造と分かったが36),可動的な構造 であることを考えると,NpHtrII 全長の結晶構造解析は当面 困難かも知れない.  上記のように,トランスデューサー NpHtrII と複合体を 形成しても,光センサー NpSRII の構造はほとんど変わらな い.しかしその分子機能にいくつか顕著な影響を与える.1 つは,M 中間体の寿命が延びフォトサイクルが遅くなるこ

(4)

とである.そして 2 つ目は,分子内でのプロトンの移動が 変わることである13).単体の NpSRII は,レチナールの 13-cis 異性化とシッフ塩基の脱プロトン化を駆動力にして,BR と同じく細胞内から細胞外へプロトンを運ぶ.しかし細胞 内からのプロトン汲み上げに関与する酸性残基を持たない ことから,その輸送速度は BR に比べて遅い.プロトンの キャリアとして azide を添加すると加速されるこの輸送は, プロトンが NpSRII 分子内部の細胞内側の隙間をようやく シッフ塩基にたどり着いていることを思わせる.一方,複 合体形成後は NpSRII の細胞内からのプロトン輸送は止ま り,細胞外で出入りするのみになる12, 26).上記2つの効果 は,NpSRII 単体のフォトサイクル中で起こる何らかの構造 変化が,NpHtrII との複合体形成で制限されるために起こる と考えられる.この構造変化は,次に,センサーからトラ ンスデューサーへのシグナル伝達の本質として考えられる ことになる.

5.

NpSRII から NpHtrII へのシグナリング,いつ,

何が起こる?

 光センサー NpSRII が光受容後,どの中間体でトランス デューサー NpHtrII にシグナリングするのだろうか.Yan ら は種々のレチナールアナログを使い H. salinarum SRII のフォ トサイクルの早さを様々に変え,各中間体の寿命と走光性 応答の感度の相関を調べた.その結果,M 中間体の生成と 崩壊に合わせて負の走光性シグナリングが上昇し,このシ グナルは O 中間体の崩壊で無くなると結論した37).また E.

Spudich らは,シッフ塩基のカウンターイオンの Asp を Asn に置換した変異体(H. salinarum SRII, D73N)を用い,暗状 態でのシグナリングを定量した.その結果,負の走光性頻 度(reversal frequency)が 3 倍に上がることを示した38).プ ラスに荷電したプロトン化シッフ塩基とマイナスに荷電し たカウンターイオンの相互作用の有無という観点から見る と,カウンターイオンの Asn 置換体は,SRII の M 中間体 におけるシッフ塩基の脱プロトン化状態/カウンターイオ ンのプロトン化状態を模倣すると考えられ,M 中間体での シグナリング説を支持する.光センサー NpSRII は,光駆動 プロトンポンプ BR などに比べて M 中間体の寿命が長いが, この state がセンサー/トランスデューサー間のシグナリン グに使われるというのである.では M 中間体の生成・崩壊 のこの時に,NpSRII で何が起こるのであろうか.  我々は,NpSRII が NpHtrII と複合体を形成するとフォト サイクルが遅くなることを利用し,M 中間体時の両者の結 合定数を導出した.その結果,M 中間体では結合の親和性 が 2 桁低下することが分かった28).この親和性を下げる機 構は何であろうか.Klare らは物理化学的手法を駆使し,M 中間体での動きを捉えた.NpSRII 及び NpHtrII において Cys 置換体のスピンラベル体を electron paramagnetic resonance (EPR) spectroscopy で 調 べ る と,M 中 間 体 生 成・ 崩 壊 で NpSRII F へリックスの細胞内側部位が外側に傾くことが検 出されたのである39).同様の結果は我々が行った化学修飾 でも検出され15),また BR でも起こるため40),多くのレチ ナールタンパク質に共通の構造変化と思われる.F へリッ クスのほぼ中段にある Pro をヒンジとして,細胞内側部位 が横方向に飛び出す(傾く)のである.これにより,複合 体の結晶構造で見られたセンサー/トランンスデューサー 間の水素結合に変化が生じ41),親和性の低下につながると 考えられる.F へリックスの動きを NpSRII の細胞内側が少 し開くと捉えれば,前述の,複合体時に起こる NpSRII の機 能変化も納得行く.一方,レチナールがシッフ塩基を作り 結合する G へリックスに,大きな動きは認められていない.  F ヘリックスの動きから,NpSRII の E ヘリックスと F ヘ リックスをつなぐ可溶性の EF ループとトランスデューサー との相互作用が注目された.そして実際,EF ループとトラ ンスデューサーの HAMP 部位の相互作用が複数のグループ から検出されている42-44).しかし,EF ループを欠失させて もシグナリングすること45)等から,この相互作用の意味は 今のところ分からない.  一方,光センサーの F ヘリックスの動きに合わせてトラ ンスデューサー NpHtrII 側で何が起こるのかも時間分解 EPR で解析された.複合体のセンサー・トランスデューサー の各1カ所,計 2 カ所をスピンラベルし,それらの間の dipolar coupling を調べた結果,NpSRII F へリックスと相互 作用する NpHtrII TM2 が 20-30°回転することが分かった46) 化学修飾でも同様な結果が得られた47).ただし,1Å 程度の 微少な上下運動は解析上否定しきれないため,回転とわず かな上下運動を含めた「TM2 のスクリュー様の動き」が現 在一般に提唱されている.

6. F へリックスの動きは,なぜ,どの様に起こる?

 M 中間体時のこの F ヘリックスの動きは,どの様に起こ るのであろうか.これは NpSRII の分子システムが絡む複 雑な問題であり,全貌を見るには今後の研究を待たねばな らない.しかし,all-trans から 13-cis 型に光異性化するレ チナール分子が引き起こすことは明らかである.このフォ トサイクル初期,特に K 中間体で捉えられた分子内変化 がある.Sudo らは光センサー NpSRII と光駆動プロトンポ ンプ BR の機能の違いを側鎖レベルで探る中で,NpSRII の Thr204(シッフ塩基を作る Lys205 の隣)の有無が走光性シ グナル伝達に重要であることを示した48).更に彼らは,BR に NpSRII の Thr189,Tyr199 に相当する側鎖を導入して作 成した BR/HtrII 複合体に,NpSRII の Thr204 に相当する側 鎖を導入した.この組換え体は光照射で負の走光性を示 し,光駆動プロトンポンプ BR が光センサーとして機能す ることを示した49).シッフ塩基近傍の 1 つの特定の残基, Thr204 が走光性レセプター NpSRII のシグナル産生能に必 須なのである.FTIR による詳細な解析の結果,13-cis 型へ 光異性化したレチナールの C14 が K 中間体で Thr204 と相 互作用することが分かった.そして G ヘリックスの中段に あるこの Thr204 が,更に F ヘリックス中の Tyr174 と立体 障害でぶつかることも示された(membrane-embedded steric

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trigger model)49).K 中間体でレチナール異性化に伴って起 こるアポタンパク質とのこの相互作用が,M 中間体でどの 様に F ヘリックスを動かすのか大変興味深い.  もう一つ,M 中間体でレチナールのシッフ塩基が脱プロ トン化し,カウンターイオンとの塩橋が切れることが要因 という考え方がある.前出の,シッフ塩基近傍のカウンター イオンの Asn 置換体で負の走光性頻度が上がるという報告 38)において,野生型 NpSRII が M 中間体でシグナリングし, この Asn 置換体でもシグナリングするなら,共通点はシッ フ塩基とそのカウンターイオン間の塩橋が切れることであ り,これが忌避シグナルを生むというのである.M 中間体 後期にシッフ塩基とカウンターイオン間の相互作用が弱ま ることは,時間分解ラマン分光などから実際に見て取れる 51).K 中間体の解析で見られた様に,このとき,13-cis レチ ナールの C14 は Thr204 とぶつかり,レチナールのβイオノ ン環付近が NpSRII 分子内部から F ヘリックスに干渉する. 更にシッフ塩基とカウンターイオン間の塩橋が切れること で F ヘリックスを外側に押すことは十分に考えられる(図 5).レチナールの動きを考えれば,K 中間体で生じた 13-cis レチナールの C14 と Thr204 の干渉は M 中間体後期で緩和 されるはずであり,FTIR の測定結果41)はその様にも見える. 真実は果たしてどうなっているのか,今後の研究が待たれる.

7. シグナリングに関する最近の話題から―正の走

光性レセプター SRI とトランスデューサー HtrI

 ところで,序論に書きながらここまで触れずにきた正の 走光性レセプター SRI のシグナリングは一体どうなってい るのだろう.Sasaki らにより最近,そのシグナリング機構 に興味深い説が示されたので紹介する.  高度好塩菌 H. salinarum の光センサー SRI とトランス デューサー HtrI は,一次構造から見れば SRII/HtrII と相同 である.しかし,その精製品の扱いの難さや複雑な分子 機構から,センサー/トランスデューサー間のシグナル 伝達は未解明のまま来た.基底状態でのレチナールは all-trans 型であり,光励起による 13-cis への異性化で種々の 中間体に変化するフォトサイクルを示す52).この複合体

は dual function を示し,基底状態の SRI587は 587 nm のオ レンジ光に正の走光性(誘因応答)を示し,寿命の長い S373中間体に更に 373 nm の紫光をあてると負の走光性(忌

避応答)を示す(two-photon reaction)53)(図 6a).2008 年,

Sineshchekov らは電気生理学的手法で,SRI587と S373でレ チナールシッフ塩基の脱プロトン化の電荷移動がそれぞれ 細胞の内向きと外向きであることを示し,SRI587と S373に 具体的な物性の違いを初めて報告した(プロトン放出の向 図 5. NpSRII M 中間体での F ヘリックスの動き(NpSRII/NpHtrII 複 合体) 中央は結晶構造をもとにした細胞内から見たリボンモデル.光セン サー NpSRII の F ヘリックスの細胞内側(手前側)が矢印方向に傾 き,トランスデューサー NpHtrII の TM2 が回転する.(a) ∼ (d) は フォトサイクル中の分子機構の模式図.NpSRII の A-G ヘリックス と NpHtrII の TM1,2 を描いた.上が細胞内.(a) 基底状態.G ヘリッ クスの Lys205 にレチナールは共有結合する.all-trans レチナールの プロトン化シッフ塩基はカウンターイオン Asp75 と塩橋を形成して 安定する.(b) K 中間体.以下,D,E ヘリックスは省略.光励起し て 13-cis レチナールに異性化し,C14 は G ヘリックスに向く.(c) M 中間体.シッフ塩基は脱プロトン化し,カウンターイオンにプ ロトンが移る.F ヘリックスは外側に傾き,トランスデューサーの TM2 が回転する.(d) O 中間体.NpSRII のシッフ塩基は再プロトン 化し,all-trans レチナールに戻る.このときプロトンを細胞外から 取り込む.そして,F ヘリックスの傾きは元に戻る.O 中間体 → 基底状態で,カウンターイオンのプロトンは外れる. 図 6. 正の走光性レセプター H. salinarum SRI のフォトサイクルとシ グナリングモデル (a) SRI のフォトサイクル.含有するレチナールは,基底状態(暗 状態)では all-trans 型であり,587 nm に吸収極大を持つ(SRI578). レチナールは光異性化で 13-cis 型となる.波線矢印は光吸収過程. レチナールのシッフベースが脱プロトン化する S373中間体は長寿命 の中間体であり,これが紫光を吸収すると S510中間体を経て基底状 態にもどる.SRI578がオレンジ光への正の走光性レセプター,S373 が紫光への負の走光性レセプターである.中間体の数字はそれぞ れの極大吸収波長を,中間体間の時間は遷移の時定数を表す.(b) SRI/HtrI 間のシグナル伝達のモデル.基底状態 SRI578は内向きの, S373は外向きの Schiff base connectivity を持つ.膜貫通部位のみの模 式図であり,予想も含めて F ヘリックスの動きを描いた.忌避シ グナルの際,トランスデューサーは細胞内でリン酸化 CheA を増す (two-component system).SRI578が長く暗状態にあるとき,適応によ

(6)

き Schiff base connectivity が異なる two state を提唱)54).最 近,同グループの Sasaki らは,SRI の分子内2カ所をスピ ンラベルし,光照射時の F,G ヘリックスの動きを EPR で 解析した.その結果,負の走光性レセプター SRII/HtrII では 青緑光の照射で F へリックスが外側に動くのに対し,SRI/ HtrI ではオレンジ光の照射(正の走光性)で F へリックス は逆に内側に動くことを検出した55)(図 6b).データは今 後様々な角度から検証されなければならない.しかし,正 と負の走光性における光センサーからのアウトプットを光 センサーの F ヘリックスの傾きで説明しようというこの結 果は,光センサーからトランスデューサーへのシグナル伝 達機構の統一的理解につながる可能性がある.今後の研究 を待ちたい.

8. おわりに

 負の走光性レセプター/トランスデューサーの光受容・ シグナル伝達機構を NpSRII/NpHtrII 複合体を例にとって紹 介してきた.光駆動プロトンポンプ BR などに比べ M 中間 体の寿命が長いことが,走光性レセプターの特徴と捉えら れて来た.センサー/トランスデューサー間のシグナル伝 達が M 中間体で起こるなら,その寿命が長いほど効果的で あり合理的だからである.しかし近年,カウンターイオン の変異で M 中間体生成のない D75N 変異 NpSRII も走光性 を示すことが報告されている45).M 中間体が出来ず,フォ トサイクルの turn over も早いのに,なぜトランスデューサー にシグナリングできるのだろう.驚いたことに,この変異 体でも M 中間体生成の時間域に F へリックスが外側に傾い ていたのである56).負の走光性レセプター NpSRII にとって, シグナリングの必要条件は M 中間体の生成ではなく,F へ リックスの外側への動きであると強く印象づけられる結果 である.  NpSRII/NpHtrII 複合体におけるユニット間のシグナル伝達 機構の大枠は,NpSRII の M 中間体後期に現れる F ヘリッ クスの外への動き(傾き)と,ユニット間の親和性が低下 する2点から見えて来る感がある.しかし,NpHtrII の TM2 のスクリュー様の動きが,F ヘリックスの動きに引きずら れて(押されて)起こるのか,或は元来ねじれようとする 性質を持つトランスデューサーの TM2 がセンサーとの結合 で抑えられていたものが光センサーと解離することでねじ れるのか等々,この複合体サブユニット間で起こる分子機 構はまだ解明しなければならないことが多い.  一方,走光性トランスデューサー(Htr)は大腸菌走化性 レセプター(MCP)と良く似ることから,その類推で機能 が論じられることが多い.しかし,詳細に見れば MCP と の違いもある.例えば,2 量体の計 4 本の膜貫通部位 TM1, TM2,TM1 ,TM2 が細胞膜中で four-helix bundle を形成す るが,その super-helical twist が走光性トランスデューサー

NpHtrII では right-handed twist であるのに対し,走化性レセ

プター Tsr では left-handed である31).また NpHtrII では,上 述の様に TM2 のスクリュー様の回転がシグナル産生と考 えられるのに対し,MCP では TM1 と TM2 のハサミのよう な交差運動やピストン様の上下運動(swinging-piston)が シグナル産生と考えられる57).更に NpHtrII では TM2 直下 の Gly83 が不可欠であり,おそらくヒンジ様の動きを生む と考えられるが,MCP にはない47),等々である.トランス デューサー NpHtrII の膜貫通部位の動きを如何にシグナル産 生部位に伝えるかは,TM2 直下にあるリンカー(HAMP 部 位)が重要な役割を演ずると予想されるが,NpHtrII のリン カーが MCP より長いことも,この機能解明の鍵になるかも しれない.NpHtrII は側面を光センサーに挟まれるため,果 たして MCP と類似の多量体構造58)を採るのか否かの問題 と,そして Gly83 を持つ意味ともおそらく関連し,今後解 明は進むであろう(注1).走光性トランスデューサーのシ グナル伝達には,走化性レセプターとは異なる独自の分子 機構もおそらく含まれるに違いなく,その謎解きは楽しみ である. (注1)最近の成果は Engelhard らの総説59)を参考にされたし

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奈良 敏文 (なら としふみ)

1987 年名古屋大学理学部物理学科卒業, 1992 年同大学大学院理学研究科分子生 物学専攻博士(後期)課程修了,同年 北海道大学薬学部助手,2005-2006 年米 国テキサス州立大 J. Spudich 研究室にて 博士上級研究員,2007 年から現職.日 本生物物理学会の会員.理学博士.

参照

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