1.はじめに
脳梗塞急性期の内科的治療である血栓溶解薬「組織 プラスミノゲン・アクチベーター(t-PA)」の静注療法 は,日米のガイドラインにおいてグレード A の治療で ある.しかし,発症から 4.5 時間までという治療可能 時間のため,治療の恩恵を受ける患者数は全脳梗塞患 者数のわずか 5%と少なく,治療可能時間を延長する ような新規療法の開発は喫緊の課題である.脳梗塞急 性期において t-PA(アルテプラーゼ)を使用した臨床試 験の統合分析から,発症から 4.5 時間を超えて治療を 行った場合,脳出血を合併するリスクが高くなること が判明している1).すなわち脳出血の合併を抑制する 治療の開発は予後の改善のみならず,t-PA の治療可能 時間の延長を可能にするものと考えられる.我々は, t-PAに併用する血管保護薬の候補として,血管リモデ リングに関与する血管内皮増殖因子(vascular endothe-lial growth factor: VEGF)シグナル経路の阻害2)や血管の安定化に関わるアンギオポエチン-1 の補充3)が,治療 可能時間を超えた t-PA 投与によりもたらされる脳出 血や浮腫を抑制し,機能予後を改善させることを示し た.しかし,これらの治療は血管が標的であるため, 脳梗塞体積の縮小作用,すなわち神経細胞保護作用は 認められなかった.このため我々は,血管保護作用の みならず,神経細胞保護作用,および虚血後の炎症も 抑制する多面的な治療法,いわゆる「脳保護療法」の開 発に取り組み(図 1),有望な治療標的分子としてプロ グラニュリン(progranulin: PGRN)を見出した4).本稿 では,虚血後の PGRN の動態と脳保護の機序について 概説する.
2.多面的な保護作用を持つ PGRN
PGRN は,N 結合型の糖蛋白で,エストロゲンによ り脳内発現が促進され,脳の性分化や神経新生に関与 する分泌型成長因子である5, 6).また,創傷治癒におけ る血管新生や炎症の抑制にも関与する7).また,中枢 神経系においては,その遺伝子変異はハプロ不全を介 して,認知症を引き起こすことで注目されている8, 9). つまり,前頭側頭葉変性症の一部の症例が,PGRN 遺 伝子変異により発症することが明らかにされ,PGRN が神経細胞変性に対して保護的な作用を有することが 新潟大学脳研究所神経内科 *〒 951-8585 新潟市中央区旭町通 1-757 TEL: 025-227-0664 FAX: 025-223-6646 E-mail: [email protected] doi: 10.16977/cbfm.27.2_265成長因子プログラニュリンによる脳保護療法
下畑 享良
*,金澤 雅人,鳥谷部真史,小山 美咲,高橋 哲哉,西澤 正豊
要 旨 我々は,脳梗塞に対する組織プラスミノゲン・アクチベーター(t-PA)療法に併用し,予後を改善する薬剤の 開発を目指している.成長因子プログラニュリン(PGRN)に注目し検討を行ったところ,脳虚血後の著明な発 現増加が確認され,虚血中心ではミクログリア,ペナンブラでは神経細胞がその産生を担っていた.脳虚血に おける PGRN の役割を確認するため,PGRN KO マウスと t-PA 投与脳塞栓モデルを用いた検証を行ったとこ ろ,PGRN の欠乏は脳梗塞の増悪,逆に PGRN 投与は脳保護的に作用した.PGRN の効果は多彩で,TAR DNA-binding protein 43 kDaを介する神経保護作用,血管内皮増殖因子の抑制を介する血管保護作用,インター ロイキン 10 を介する抗炎症作用を認めた.PGRN は多面的な脳保護作用を持つ可能性があることから,脳梗 塞の新規治療薬として有望である.(脳循環代謝 27:265~269,2016)
明らかとなった10).また,この PGRN 遺伝子変異を有 する前頭側頭葉変性症では,神経細胞の細胞質に,筋 萎縮性側索硬化症やアルツハイマー病などの病態に関 与することが知られている核蛋白 TAR DNA-binding protein 43 kDa(TDP-43)を構成成分とする封入体を認め ることから11, 12),PGRN は TDP-43 とともに複数の神 経変性疾患の病態に関与するものと考えられている. 一方,脳梗塞における PGRN の検討は十分になされ ていない.PGRN ノックアウトマウスを用いた一過性 局所脳虚血(塞栓糸)モデルの検討では,脳梗塞が増大 するという報告がある一方13, 14),野生型と変化はない という相反する報告もあり15),さらに PGRN による神 経細胞保護効果の機序も明らかにされていない.炎症 に関する効果についても,PGRN は炎症性サイトカイ ン分泌や好中球の遊走を抑制するという報告と13, 14), それらには影響しないという相反する報告がある15). また,血管保護に関する効果についても,PGRN が虚 血後の血液脳関門破綻において,マトリックスメタロ プロテナーゼ-9(matrix metalloprotease-9: MMP-9)の抑 制を介して,浮腫体積を縮小させるという結果がある 一方で14),MMP-9 は関与しないという報告もある15).
3.PGRN の脳虚血後の発現変化
脳虚血後の PGRN 発現の変化を明らかにするため, 我々はまず,ラット全脳サンプルを用いたウエスタン ブロットにて検討したところ4),PGRN は虚血再灌流 24時間後から増え始め,72 時間後には著増してい た.また免疫組織学的検討では,PGRN は非虚血時で は大脳皮質の神経細胞にのみ顆粒状に発現していた が,虚血再灌流 24 時間後,虚血中心の神経細胞で PGRNの発現は消失する一方,虚血ペナンブラで PGRN陽性神経細胞が増加し,発現分布もびまん性に 変化していた.また非虚血時にはミクログリアでは PGRNの発現を認めなかったが,再灌流 24 時間後か ら PGRN 陽性ミクログリアが増え始め,72 時間後に 著増した.さらに PGRN は,再灌流 24 時間後の血管 内皮細胞でも発現を認めるようになった.4.PGRN による多面的な保護作用機序
マウス一過性局所脳虚血モデルにおいて,組み換え PGRNの脳室投与が脳梗塞体積を縮小することが報告 されていることから,PGRN は神経細胞保護作用を有 する可能性があるが14),その機序は不明であった. 我々はこれまで,脳虚血後,核蛋白 TDP-43 が限定分 解され,神経細胞核から細胞質に異常局在することを 報告しているが16),TDP-43 の切断酵素である cas-pase-3の活性化を PGRN が抑制することも報告されて いることから17),PGRN が TDP-43 の維持を介して神 経細胞死を抑制する可能性を考え検証を行った(図 2).まず初代培養神経細胞を用いた低酸素低グルコー ス負荷(OGD)で,PGRN は神経細胞死を抑制するこ と,ならびにその効果に TDP-43 が関与していること を明らかにした(図 3). また脳虚血後に惹起される炎症は,さらに梗塞病変 図 1.脳保護療法の概念 脳保護薬は血栓溶解薬 t-PA と併用するため,脳浮腫や出血合併症を防ぐ 血管保護作用を必須の作用として持ち,さらに神経細胞保護効果や脳炎 症作用により,脳梗塞サイズを縮小させる薬剤である.血管
神経細胞
脳保護
ミクログリア
(必須)
神経細胞保護
抗炎症作用
を拡大させることから,虚血後の炎症も治療標的とな る.脳外傷モデルにおいて,増加した活性化ミクログ リアでは PGRN の発現が誘導されるという報告がある が18),脳虚血においても,PGRN 過剰発現グリア細胞 では,炎症性サイトカイン発現が減少するという報 告13)や PGRN 投与により,好中球の遊走を抑制し,炎 症性サイトカイン分泌が抑制されるという報告がある ことから14),PGRN が神経における炎症にも関与して いる可能性がある.我々は,初代培養ミクログリアを 用いて,複数のサイトカインのメッセンジャー RNA 量を比較したところ,虚血条件下において,PGRN 欠 損ミクログリアのインターロイキン-10(IL-10)量は野 生型に比べ有意に減少していた.この結果から, PGRNは IL-10 分泌を介した抗炎症作用により,脳虚 血に対し保護的に作用するものと考えた. PGRN の血管保護作用の可能性についても報告があ る.マウス一過性局所脳虚血モデルにおいて,組み換 え PGRN の脳室投与が脳浮腫体積を縮小し,その機序 として好中球由来の MMP-9 の抑制が考えられると報 告されていた14).しかし,我々4)や他のグループの検 討では15),好中球や MMP-9 の関与は明らかではな く,他の機序についての検討が必要と考えられた.こ のため我々は虚血後の血液脳関門破綻を強力に惹起す る VEGF に注目し検討を行ったところ2),PGRN 欠損 マウスの局所脳虚血モデルにおいて,VEGF 発現が野 生型より有意に増加していることを見出した.すなわ ち,PGRN は VEGF を抑制することで血管保護作用を 有する可能性が示唆された(図 4).また PGRN の血管 保護作用に関しては,血小板由来増殖因子が関与する という報告もあり15),さらなる病態の解明が必要であ る.さらに,脳梗塞のみならず,肺の浮腫モデル19)や 腎梗塞モデル20)においても PGRN の浮腫軽減効果が示 されており,浮腫の分子標的療法候補として, PGRN は臓器を問わず注目されている. 最後に,ラット自家血血栓塞栓モデルを用いて, PGRNの t-PA との併用効果について検討を行った4). このモデルは血栓溶解薬 t-PA で再灌流を行い,ヒト の脳梗塞に類似した治療可能時間を有するモデルであ る2, 3).治療可能時間を超えた虚血 4 時間の時点で, t-PAと組み換え PGRN 蛋白を同時に投与すると,コ
PGRN
機序不明
神経細胞保護
図 3.プログラニュリンによる神経細胞保護メカニズムTDP-43: TAR DNA-binding protein 43 kDa, PGRN: progranu-lin
TDP-43
限定分解・細胞質への移行
神経細胞死
活性化
Caspase 3
PGRN
Zhang YJ et al. J Neurosci 2007機序不明
Loss of function or
Gain of toxic function
☓
図 2.プログラニュリンと TDP-43 我々は脳虚血後,TDP-43 が限定分解を受け,細胞質への 移行し,その結果,神経細胞死がもたらされることを報 告した16).一方,Zhang らは機序不明ながら PGRN が活 性化 caspase 3 を抑制することにより,TDP-43 の限定分 解を抑制することを示した17).よって,PGRN は脳虚血 後の TDP-43 に関連した神経細胞死を抑制する可能性が 推定される.PGRN: progranulin, TDP-43: TAR DNA-binding protein 43 kDa
図 4.プログラニュリンによる血管細胞保護メカニズム
時間後の脳浮腫や脳出血合併症は有意に減少し,さら に梗塞サイズも縮小した.前者は血管保護作用,後者 は神経細胞保護作用や抗炎症作用によるものと考えら れた.さらに,機能予後,生命予後も有意に改善し た.以上より,t-PA と PGRN の併用療法は,脳梗塞 に対する脳保護療法の有望な候補となる可能性が示唆 された.
5.おわりに
以上,PGRN は脳梗塞に対し,多面的な保護作用を 有すること,さらに脳保護療法を実現する治療標的分 子として有望であることを示した.今後,薬理作用の 検討や,投与量や投与タイミングを明らかにする薬効 薬理の検討が必要である.産学官連携を通して,この 創薬シーズを発展させ,日本発の臨床試験を目指した いと考えている. 本論文の発表に関して,著者らが開示すべき COI は 以下のとおりである. 下畑享良:第一三共株式会社,日本医療研究開発機 構(研究費) それ以外の著者に,開示すべき COI はなし. 文 献1) Lees KR, Bluhmki E, von Kummer R, Brott TG, Toni D, Grotta JC, Albers GW, Kaste M, Marler JR, Hamilton SA, Tilley BC, Davis SM, Donnan GA, Hacke W; ECASS, ATLANTIS, NINDS and EPITHET rt-PA Study Group, Allen K, Mau J, Meier D, del Zoppo G, De Silva DA, Butcher KS, Parsons MW, Barber PA, Levi C, Bladin C, Byrnes G: Time to treatment with intravenous alteplase and outcome in stroke: an updated pooled analysis of ECASS, ATLANTIS, NINDS, and EPITHET trials. Lan-cet 375: 1695–1703, 2010
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