はじめに
この約 15 年の間に,スポーツ外傷・障害の疫学調査の研 究を頻繁に見かけるようになった。British Journal of Sports Medicine や American Journal of Sports Medicine といったス ポーツ医学系の雑誌の中で,impact factor が 4 点を超える雑誌 にも多くの研究論文が発表されている。疫学は起こった事象を あるいは起こり得る事象に目をむけて,観察と記録をベースと する学問である。調査する際にはいくつかの注意点があるが, 調査方法によって外傷・障害の生じた選手の復帰の目安となる ような指標を提示することは,現在のところ難しい。ここでは 「スポーツ復帰に向けた客観的評価」の客観的評価というキー ワードに目を向けて,普段理学療法で行われる詳細な局所の評 価ではなく,疫学調査データというマクロな評価指標を用いて, スポーツ外傷・障害に対してその調査データがどのように活用 されるのか,著者らの実施した研究結果を示しながら概説する。 スポーツ外傷・障害の疫学 疫学とは,「明確に規定された人間集団の中で出現する健康関 連のいろいろな事象の頻度と分布およびそれらに影響を与える 要因をあきらかにして,健康関連の諸問題に対する有効な対策 樹立に役立てるための科学」と定義されている1)。したがって, スポーツ外傷・障害の疫学はスポーツ外傷・障害の予防や有効 な対策に役立てるための科学となる。理学療法士がスポーツ外 傷・障害の評価を行う際に,人間がもつ機能という視点から定 性的あるいは定量的にアスリートを評価する。一方で,もう少 しマクロな視点からスポーツ外傷・障害の予防や再発予防の効 果を客観的に示すことが疫学調査の得意とするところである。 Sports Injury Surveillance( 以 下,SIS)System と い う 言 葉を耳にするが,この言葉の示すところはスポーツという環境 にいるアスリートの集団(ポピュレーション)を対象として, 様々な身体的・心理的・環境的な要因を収集し,その中から原 因となるあるいは関連する因子を特定し,それに対する介入策 を考える,こうした仕組み自体を示す言葉である。 スポーツ外傷・障害予防とストラテジー
1997 年にオランダの van Mechelen2)が SIS System を構築 するうえで,4 つのステップをスポーツ外傷・障害予防のスト ラテジーとして提示した(図 1)。また,SIS を実施・活用する 際の留意点について言及している3)。 手順のファーストステップはスポーツ外傷・障害の発生率や 重症度を把握することである。セカンドステップはスポーツ外 傷・障害の原因やメカニズムを特定すること,そしてサードス テップでは予防法を開発あるいは構築し,それを適用(介入) して予防を具体的に試みるステップとなる。最後にファースト
スポーツ復帰に向けての客観的な理学療法評価
*
─疫学調査結果の活用─
竹 村 雅 裕
1)永 井 智
2)大 垣 亮
3)芋 生 祥 之
4)宮 本 芳 明
5)岩 井 浩 一
6)宮 川 俊 平
1)運動器理学療法研究部会
*Objective Evaluation of Physiotherapy for Return-to-play: Practical Use of Sports Injuries Surveillance
1) 筑波大学体育系
(〒 305‒8574 茨城県つくば市天王台 1‒1‒1)
Masahiro Takemura, PT, JASA-AT, Shumpei Miyakawa, MD, PhD: University of Tsukuba, Faculty of Health and Sports Sciences
2) つくば国際大学
Satoshi Nagai, PT, JASA-AT: Tsukuba International University 3) 仙台大学
Ryo Ogaki, JASA-AT, PhD: Sendai University
4) 筑波大学附属病院水戸地域医療教育センター・水戸協同病院 Yoshiyuki Imoo, PT, JASA-AT, PhD: Mito Kyodo General Hospital 5) 筑波学園病院
Yoshiaki Miyamoto, MD: Tsukuba Gakuen Hospital 6) 茨城県立医療大学
Koichi Iwai, PhD: Ibaraki Prefectural University of Health Science キーワード: スポーツ外傷・障害予防ストラテジー,マルチ・ファク トリアル・モデル,スポーツ・インジャリー・サーベイ ランス 図 1 van Mechelen2)によるスポーツ外傷・障害予防のスト ラテジー van Mechelen(1997)を改変して掲載
ステップと同じ方法で,発生率を再び把握・比較をして,数値 が減少しているかどうかを客観的に確認する。このステップで は,効果が検討された介入手段で介入を行い,外傷・障害が減 少すれば,セカンドステップで特定された原因やメカニズムが リスクファクターとなる。 van Mechelen はファーストステップを行う際に留意する点 を 2 つ指摘している2)3)。まず,発生率を算出する際にはス ポーツをした時間を考慮する必要がある。スポーツによる外 傷・障害はスポーツをしなければ発生することはない。そして 外傷・障害はスポーツの活動時間が長ければそのリスクは自然 と高まる。具体的には,メンバーが 20 人いるチームが 1 時間 練習を行った場合,人数と時間を掛け合わせ,exposure time (暴露時間)とする。この場合の exposure time は 20(人)× 1 (時間)で 20 player-hours となる。あるいはもう少し粗い算出 方法として,選手が一日の中で少しでも試合や練習に参加した 場合に,20(人)× 1(日)= 20 athlete-exposures を exposure time とする。この exposure time を分母に,外傷・障害の発生 数を分子にして算出された値を 1,000 倍し,1,000 player-hours あるいは 1,000 athlete-exposures あたりの発生数を発生率とし ている。 2 つ目は重症度である。重症度は外傷・障害の発生あるいは 認識された時点から,練習や試合に完全に参加した時点までの 日数とすることを推奨している。一般的な損傷の程度を重症度 とする方法よりも,選手が復帰するまでの期間の方がスポーツ 現場にフィードバックする際に明確な指標である。 著者らはこれまでファーストステップの研究を 7 件(うち 2 件は未発表データ,1 件は新規データ)4‒6),セカンドステップ を 8 件(うち 4 件は学会発表のみ)7‒10)実施してきた。そして サードステップの研究についてはこれからの課題となってい る。具体的にこのストラテジーに沿ってどのように疫学データ を利用しているかを説明する。 調査データの活用の実際 著者らは,ラグビーをはじめ,硬式野球,水泳飛込競技,ア メリカンフットボールなど多岐にわたるスポーツで調査を実施 してきた。その中でラグビーはその対象が,海外のクラブリー グ4),日本の最高レベルのリーグであるトップリーグ5),そし て大学チーム6)と様々でかつデータ量が多い。 大学レベルのラグビーの外傷・障害の予防,または発生 率 の 減 少 を 目 的 に 2004 年 度 か ら,van Mechelen の 提 言 し た SIS System の留意点に則した方法2)3)を参考に,独自に データ収集システムを構築してデータを蓄積してきた。そ の 後 International rugby Board( 以 下,IRB) が ラ グ ビ ー の Injury Surveillance System に関する統一した方法(consensus statement)を発表した11)。 永 井12)は 2005( 平 成 17) 年 か ら 3 シ ー ズ ン の デ ー タ を IRB の方法に準じて調査・分析をし,ラグビーの大学レベルの 選手の外傷・障害の発生率やその重症度をまとめた。なお,外 傷・障害の発生によって練習または試合に参加できなくなっ た時点から,48 時間以内に復帰できなかったもの(time-loss injuries)を外傷・障害と定義した。また調査対象集団が参加 した練習や試合の時間をすべて加算したものを exposure time として,外傷・障害の発生率を 1,000 player-hours あたりの発 生数,つまり発生率として算出した。重症度は外傷・障害の発 生あるいは認識された時点から,練習や試合に完全に参加した 時点までの日数とした。 表 1 に 3 シーズンの外傷・障害の発生率(95%信頼区間:以 下,95% CI)・重症度の平均値(95% CI)を練習と試合およ びフォワードとバックスのポジションに分けて示す。全選手 の外傷・障害の発生率は練習;3.3 events/1,000 player-hours (以下,eph)(95% CI:2.9 ‒ 3.8)よりも試合;59.1 eph(95%
CI:50.3 ‒ 69.0)が約 19 倍も発生率が高かった。 表 1 ラグビーにおける練習と試合時の FW・BK 別の外傷・障害発生率と重症度12) 傷害発生率 (95% CI) 重症度(日) (95% CI) 練習 FW 3.6 (3.0 − 4.3) 41.4 (29.7 − 53.2) BK 3.1 (2.5 − 3.7) 36.2 (23.0 − 49.3) 全選手 3.3 (2.9 − 3.8) 38.9 (30.2 − 47.6) 試合 FW 56.4 (44.8 − 70.0) 31.3 (17.6 − 45.0) BK 62.2 (49.3 − 77.4) 31.0 (17.7 − 44.2) 全選手 59.1 (50.3 − 69.0) 31.1 (21.7 − 40.6) All FW 5.7 (4.9 − 6.6) 37.4 (28.5 − 46.2) BK 5.1 (4.4 − 5.9) 34.0 (24.6 − 43.4) 全選手 5.4 (4.9 − 6.0) 35.7 (29.3 − 42.2) 傷害発生率:傷害数 /1,000 player-hours CI:信頼区間 All:練習+試合 FW:フォワード選手 BK:バックス選手
これまで,プロフェッショナルな集団13)あるいは国を代表 する集団14)の発生率や重症度が報告されている。このような 競技のトップレベルの選手と比較すると,本研究の対象者であ る大学レベルのラグビー競技者の発生率は,練習で高く,試合 では低くなっている。一方,重症度は練習でも試合でも高かっ た。通常,競技レベルが高くなると,発生率も重症度も高くな ることが示されている15)。このように比較できることは外傷・ 障害の発生率を減少させ,重症度を短くするためのヒントを与 えてくれることを期待させる。 van Mechelen はこうした報告では,外傷・障害の定義や 重症度の表記の方法・分類によって結果の比較をすることに 意味をもたないことを指摘している2)。そのため IRB による consensus statement11)が比較を容易にし,グローバルな視野 で外傷・障害予防を推進するためには大いに重要であったこと がうかがえる。他にも陸上16),サッカー(FIFA)17)やテニ ス18)といった競技,オリンピックゲームを対象とした IOC の SIS System が統一した方法19)を提案・推奨している。 以下,大学ラグビーの外傷・障害の特徴と活用の仕方の一部 を示す。 1.外傷・障害の部位別プロファイルと傷害リスク 大学ラグビー選手の外傷・障害の再発率を部位別に,練習 と試合に分けて表 2 に示した。3 シーズンの全体の再発率は 1.25 eph(95% CI:1.00 ‒ 1.54)であった。部位別に外傷・障害 の再発率をみると足関節 0.41 eph(95% CI:0.27 ‒ 0.59),肩関 節 0.36 eph(95% CI:0.23 ‒ 0.53)であった。また再発割合は 肩関節で 44.6%ともっとも高く,次いで 38.6%の足関節・頸部 が続いている。このように肩関節や足関節は外傷・障害の発生 率が高く,再発率も 3 分の 1 を超えていたことが実際に明確に なった。 図 2 は,部位別に分け,さらに練習で生じた場合と試合で生 じた場合を分けて,傷害リスクを算出している。傷害リスクは 発生率×重症度(復帰までの日数)で算出される指標である。 発生率が高く,重症度も高い外傷・障害はチームや個人のパ フォーマンスに大きく影響を与えることが予想される。大学ラ グビーでは,練習と試合のどちらの場面においても 3 つの部位 (足関節・膝関節・肩関節)の傷害リスクが飛びぬけて高いこ とが明確になった。この 3 つの部位を今後の予防ストラテジー のターゲットとした。 表 2 ラグビーにおける部位別の外傷・障害再発率 再受傷 傷害部位 発生数 割合(%) 傷害再発率
(events/1,000 player-hours) (95% CI) 全体(練習+試合) 86 23.1 1.25 (1.00 − 1.54) 頭部 3 9.1 0.04 (0.01 − 0.13) 頸部 7 36.8 0.10 (0.04 − 0.21) 肩関節 25 44.6 0.36 (0.23 − 0.53) 腰部 7 29.2 0.10 (0.04 − 0.21) 鼠径部 / 股関節 4 28.6 0.06 (0.02 − 0.15) 大腿前面 1 4.3 0.01 (0 − 0.08) 大腿後面 2 8.7 0.03 (0 − 0.10) 膝関節 9 17.3 0.13 (0.06 − 0.25) 下腿 / アキレス腱 3 18.8 0.04 (0.01 − 0.13) 足関節 28 36.8 0.41 (0.27 − 0.59) 図 2 練習(左)と試合(右)における部位ごとの傷害リスク(発生率×重症度)
2.リスクファクターの特定 外傷や障害には様々な要因が関与している。アスリート自身 に関係する因子は内因性因子と呼ばれ,アスリートを取り巻く 様々な因子は外因性因子と呼ばれている。内因性や外因性の因 子が外傷・障害の発生に関与しているかどうかを検定する研究 方法としてコホート研究が一般的である。この研究方法はある 集団に対して,ある事象のリスクファクターと疑われる因子を 研究がスタートする段階で測定・計測する。そしてある一定の 期間経過後に,事象が生じたグループと生じなかったグループ 間で,ロジスティック回帰分析を用いて関連する因子を抽出す る。また,その事象が生じなかったグループと比較してどの程 度発生しやすいかをオッズ比で示すことが可能である。 大垣らは,71 名の大学ラグビー選手に対して,肩の外傷・ 障害に関連する内因性因子(図 3)を特定するために,4 シー ズンにわたってコホート研究を実施した9)。長い観察を経てロ ジスティック回帰分析をした結果,抽出された因子とそのオッ ズ比を表 3 に示す。肩関節可動域(内外旋,水平伸展)の拡大, 肩関節内旋筋力の弱化とラグビーの経験年数が短いこと,これ らが肩関節の外傷・障害のリスク増大に関与していることが示 された。 この研究では,外傷・障害の発生関連因子としてもっともよ く抽出される傾向にある既往歴の影響を,層別化という手法を 用いて除外して分析を行った。結果として既往歴のある選手で は,既往歴のない選手よりも再受傷に関連する因子が少なく, その中でトレーニング等によって変化させることができる因子 は,肩関節内旋筋力のみであった。 このように本研究は今まで一般的に臨床やスポーツ現場でい われてきた肩関節内旋筋力の重要性を定量的に,かつ質の高 いエビデンスとしてチームに提示することができた。また van Mechelen はリスクファクターとなり得る因子を見つけて,そ の因子を改善あるいはなにかで補った際に,その因子をリスク ファクターとして特定できると述べている。こうしたプロセス を経て,スポーツ外傷・障害の発生を少なくするための客観的 評価指標として活用できるであろう。 現在の課題と今後の展望 SIS system の構築からデータ収集,そして分析まで地道な 作業となるが,選手のコンディションやチームのコンディショ ン,そして早期競技復帰を見通した早期リハビリテーションの 成果を定量化するためにも,至極重要な指標である。以下に今 後の課題と展望をまとめる。 1.効果的な介入方法の検討 国際サッカー連盟(FIFA)20)や日本女子バスケットリーグ (WJBL)21)では,外傷・障害を予防するためのプログラムを 提供している。こうしたプログラムは様々なタイプの運動を取 り入れた包括的なアプローチとなっている。効果機序の明確な 介入方法の開発が望まれる。 2.介入により予防が未達成 介入(包括的アプローチ)を実際に行ってスポーツ外傷・障 害の発生率の減少を確認した研究がまだまだ少ない。またエ ビデンスとしてもっとも質の高い randomized control trial が スポーツ現場には適していない。Cluster randomized control trial が質の高い研究手法としては限界である。 3.Multifactorial model の利用 Meeuwisse22)は,外傷・障害の発生メカニズムを説明する うえで,内因性因子と外因性因子だけでなく inciting event(外 傷・障害が生じるきっかけとなる動作)が絡み合って外傷・障 図 3 肩関節(肩甲上腕関節脱臼/不安定性,腱板損傷)の 外傷・障害に関係する可能性のある内因性因子 実線で囲まれた因子をロジステック回帰分析に投入 表 3 既往歴の有無によるリスクファクターの違い9) 既往歴なし OR 95% Cl p IR ROM 1.5 1.13 − 1.96 0.004 * ER ROM 1.9 1.21 − 2.87 0.005 * HE ROM 1.3 1.03 − 1.64 0.025 * IR muscle strength 0.4 0.20 − 0.65 0.001 * Rugby experience 1.2 1.02 − 1.46 0.032 * 既往歴あり OR 95% Cl p IR muscle strength 0.3 0.11 − 0.72 0.008 * Rugby experience 1.4 1.11 − 1.66 0.003 * OR:Odds ratio(オッズ比) 95% CI:95%信頼区間
害が発生する multifactorial model を提示した(図 4)。このよ うな多因子モデルでは各因子の関与する割合が 1:1 とは限ら ず,因子ごとに重みづけを必要とする可能性がある。またいく つかの因子の組み合わせで外傷・障害が発生している可能性も ある。この multifactorial model をどのように検証して,関連 する因子を見つけるかは大きな課題である。 4.大規模スタディの欠如 競技団体が中心となってリーグ戦などでの横断的で大規模な 研究によってエビデンスの構築が必要である。 5.カットオフ値の算出 事象が生じたグループと生じなかったグループの評価指標の 平均値の差やオッズ比により,リスクの大きさを知ることが可 能である。一方でリスクをできる限り最小限にし,スポーツ復 帰や次の段階へのステップアップの目安とするためにカットオ フ値を利用できるか検討が必要である。 6.スポーツ障害へのアプローチ SIS をするうえで,発生時点が曖昧であるスポーツ障害の定 義や重症度をどのように把握するか,バイアスの少なくなる定 義はなにかといった,統一した方法の開発が望まれる。 7.経時的変化の問題 コホート研究デザインで,あるリスクファクターを特定しよ うとした場合に,観察期間が長くなると,研究スタート時の データと外傷・障害発生時のデータに乖離が生じやすい。受傷 直前のデータかそのデータの誤差を少なくするための工夫や方 法の検討が必要である。 謝辞:本発表に使用させていただいたデータを収集するにあた り,ご協力いただいた選手,チーム,ご家族,関連企業・団体 の皆様に感謝申し上げます。 文 献 1) 佐々木敏:疫学とは何か.はじめて学ぶやさしい疫学.日本疫学 会(監修),南江堂,東京,2002,pp. 1‒7.
2) van Mechelen W: Sports injury surveillance systems. ‘One size fi ts all’? Sports Med. 1997; 24: 164‒168.
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