根 岸 正
一
ヤ
︵註こ 自己資本に封し利息を計算し之を合計上の取扱項目として魔理すべきや否やに紺して種々の議論が起る︵事驚 ︵許二︶ に於て負債即ち他人資本とも稲せらる1もの1上に起る利息の取扱に関しても同様幾多の問題が起るであらう が︶ぷち義損益計算の上に於て、輿望菜に於ける響m晶する原債計算の上に於て、特殊企共に於ける建設利息取扱の上に於て、複利法の上に基礎を遼く減債鎗却法の常否決岩上に於て歴々論ぜらるゝ魔のもの皆然りゝ
である。
自己資本に到する利息を製造原慣に加ふべきや否やに紺する議論豊ハの生豊ちに於て、生産並に利潤に紺す
る経済拳的見解と合計畢的見解望手段との問に叫つの安協警盈川さんとする企の如き親がある。謂ふ迄もな
く原慣計雷関する研究の此奴的幼稚督し時代には自己資本に封する利息農慣構成の要警して警るの傾
向はなかったであらう。それが漸次研究の進展するに従って此の軽の論議を惹起するに至ったのである。Kesす 原償ミ自己資本利息 ︵一︶原債ミ自己資本利息
︵三七︶ 三七︵三八︶ 三八
界六怨 第一醜
︵許三︶ うたのであるが、経済的意義の下には利潤は生産品忙よる粗収益より土地・資本・努力に剖する費用を掟除したる 茂高を云ふであらう。彼のEコtrePreコeurの資格なるものは資本の所有と云ふ概念を食まないで、.生産の諸要因を 結合し其の内に含まる1危険を免揺するにあるのであるから、それに封する願償の中には資本に封する利息的分 子を含む事がない。即ち利息は其の元本たる資本をEコtrePreneu﹁自ら所有すると否とに拘らす資本使用の費用で あり、製品の原惜を構成するものであるとの議論が愈計軍の上にも應用せられ、繹臍壌的見解と密計畢的見解と は此の鮎に於て血致しなくてはならないと云ふ事から議論の蟄足を見るのである。 人的要素を除い七畢に資本とそれに封應する合計蓼上の純益即ちNe什P﹁。f蒜と呼ぶ魔のものゝ関係を見ると、 ︵認四︶ ﹁awreコneの云ふが如くに経済畢的には次の如く概念の分解を必要上するであらう。︵こ最小限皮の危険を背ぶる ー1全く危険性なしとも見る ー 性質の資本収益力に封する應慣、︵二︶資本の粟失計略したる危険負瘡化射する 應償之である。粟失の危険を生せぎる状態に於て投ぜられたる資本の利用から氷る應償が所謂資本の利息と﹁般 に解せらるゝ魔のものであつて、其の粟先の危険を負培する場合忙於ける危険應慣の部分庭資本に封する利益又 は利潤の観念を構成するもので、此の柾の應償む進も資本利息と見撤すことは常を碍まいっ或る投資家に封L二種 の株券が○謬1せられたりとして、其の側つ峰完全なる安全性からして年瓦解の配常が捉供せられ、他の⋮つは 投機性の多き事からして山○〆の配笛が提供せられる。此の場合投資家が後者を選んで投資をなすならば、前にOLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
述べたる理論からして禽計単的立場からは投資者は純益一〇〆を得る繹であるが、経済塾的親鮎からは投資者は 資本利息草野と元本を菓ふ事あるべき横倉を利掬する馬めの應慣六%とを受くる結果となるであらう。勿論此の 場合に謂ふ利息は概定的親念のものであつて株券に封する配膚は何〆と常に保詮せられて居るものでないから、 すべてが投機的であり危険性のものであるからとして配首は金額に於て正確なる利息概念からは離脱するもので ある。上例は唯だ経済的観念からは配雷の申に利息に該常する部分と、危険負捧に封應する部分との二つの流れ の存在を哉見し栂、合計畢上純益と柄せらる1観念の中に経済蓼上の費相と利潤との二系統を抽出し得ると云ふ 論定に誘導せんが焉めのものに外ならない。 自己資本の外に更に其の資本の所有者として企業の上に経営的労務を致す場合には所謂人的要義が加はり釆つ ︵証五︶ て、亡s−eの云ふ如く︵こ資本収益力に封する應償としての利息 ︵二︶資本渠失を婿したる危険負槍の應償として の利潤 ︵ニ〇資本朔有者自ら経常又は管甥の任に常る労務に劃する脛慣としてのwa笥が合計上の純益観念の中 から分解湧出し来るのである。結局合計箪上純益と稲するもの1中には経済畢的に見て資本利息や営業室の労務 報酬をも食み、利息と此の労務報酬とは経済蓼的に見て生産費用たるに拘らす、合計畢的に利潤の取扱を受けて 居るのが不常であると、原償内容の域張は企紫朗有主の労務報酬の問題に迄及ふのである︵以下労務報酬の問題 にも歴々蘭及する虚があるであらうが、本文の研究は主題の通り自己資本利息に重鮎を置くものである︶ 安全なる投資状態の下に資本同市のRa什eO叶Retuヨとそれより瀞何かの程度に於て超過する叡、それは資本そ 原慣ミ自己安蘇利息 ︵三九︶ 三九
のものから縛らる1麻償でなくして投資恵が自ら企つる損失の危険に封する應償に屈する魔のものであるが、兎 に角資本傲偶の中には二つの流れがある。此の論接よりするときは絶割安金の偲件の下に於て現金は何廃にもよ く此のSa訂rateを以て投資せらる1ものであり、同時に叉此の率に依る利息は企業に資本を誘導するに不可避の 費用であり、此の率による利息は製造工業に於て正に製品の原慣を構成するものであると論ぜらる1のが経済的 理論を合計箪にとり入れんと試むる人々の主張である。而して此の程の毛張は合計蓼者問に焼く採用せられんと ︵託六︶ した事があつた。 併しながら密計蓼の立場に於て従釆純利姦として普通に取扱ひ解りたるものを、今改めて山般経臍蓼的観念に 順慰して上記の如く二種の部分に分ち、其の叫つ1即ち資本に射する利息1を企葉に資本を誘導する馬めの 要用なる費用として炎造原偶に加ふる必要ありや否や、之に関しては以上の経済的見解の外にも種々の観鮎から ︵詣九︶ ︵託七︶ ︵請八︶ 種々に議論が上下せらる1のである。便宜ヒROyB.Kester−し.P.LOrd当−GOu迂﹁エarris並に前記﹁awreコne諸氏 の分類を参照して、資本利息を原偶に包含せしむぺしとなす訟と、包含せしむべからずとなす設との分断並に酎 照を行って見ると、党づ次の如くなるであらう。
包 含 論
︵こnOStは経済塾的観念により算出しなくてはならぬ。 ︵二︶聾偶の決定には利息を無祀することを得ない。 弟六番 第一兢 ︵四〇︶ 四〇OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
︵三︶利息包含は諸種の製法、諸種の機種の能率測定を可能ならしめる。 ︵四︶啓発の種類或は放資の諸部門を分ちて其の有利の程度を比較可能ならしめる。 ︵五︶各々異なりたる部門に封し資本利用より生する︹OStを封此し或はSeasOコぎ也の薦めに保赦せらる1材料の 原慣を明かにする。 ︵六︶棚卸量の多少に閲し資本費用の測定を可能ならしめる。 ︵七︶製造に使用する材料或は部分品を自作すべきか他より購入すべきか有利の途を示す。 ︵八︶朋有の費用と借入の費用と1建物等に閲し1執れが有利なるかを比較可能ならしめる。 ︵九︶財務虚理の諸方瀧を比較可能ならしめる。 ︵一〇︶原僧計算方法統一の焉めに必要である。 ︵叫こ経常者のSelTぎte誘tの感怜を刺峨し生産増加或は利益増進の途を誘導する。 非 包 含 論 ︵こ合計拳上のCOStは経済拳的観念と⋮致せしむる必婁がない。 ︵二︶nOStロa什aは必ずしも発憤算定の唯二畢件ではない。 ︵≡︶自己資本に到する利息は驚際の支出を意味するものでないから︹OS什でない。 ︵四︶自己資本に封する利息を原偶に算入するとき蜂棚卸品の偵格を膨朕せしめ利益を見越す結兆となるが故に 原昭ミ自己資本制息 ︵四︼︶ 珂一
︳一t賃▲▲“Yく∵ ノ.︰1=︰、 不可である。 ︵五︶賛上高皆無の場合にも尚利益餞生を見る不合理に陥るを以て不可である。 二ハ︶利息を原償に含めある場合には銀行業者は之を按除して考慮するものである。 ︵七︶利息は統計的諸表に加算し得て、一般の帳簿記入よりは除去する尊が出来る。 ︵八︶利息を原偶に算入する結英は不常に慣格を増す傾向を生ずる。叉諸決算表を誤謬に導く。 ︵九︶異なりたる製造方法の能率比較に利息は必要でない。利息はnOStの比校をなす場合の決定的要因でもなけ れぽ叉必要と栴すべき程度の要因でもない。 ︵刷○︶公正なる利率の決定が困難である。 ︵咄 こ資本の調達は財務であつて生産の前捉でないから資本の利息は原偶に算入すべきでない。 資本利息を鱒憤に包含せしむぺきや否やに閲t肯定論者の第二の主張望別に述べたるが如く、経済的原債 Ec。雇minn。S抜合計的原慣Busi⊃2SS︹。St。﹁碧c。uコ芽nn。Stと叫致すペしとなす鮎にある。而して前掲包含論分 類に於ける︵三︶より︵一仙○︶に至る諮主張は各々其の形こそ異なれ此等は常軌に利息を包含せしむること忙依って 異なりたるFan旨sの問に比較を容易ならしめるものであるとの主張である。而して別に利息包含は蟹慣の決定k 必要であり生産増加或は利益増逸の途を誘導するに興って力があるとの見解が之に随伴するのである。 右に勤し香走論者の主張は非包含諭分類の第叫に示すが如く、合計的原債は経潜的原償の外に超然たるべきも 第六番 第 ︼ 舵 ︵四二︶ 四二
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のであるとなすのである。而して業績の観測英の他営業政策柑立の上に利息包含は比較を容易ならしむペしとの 肯定論に封する反駁としては、非包含論分類に示す︵九︶を以て答へ、男に︵七︶に示すが如く資本利息を叫般帳鋳 記入より除外して、統計的諸表に之を包含せしむる事によつて飼骨定論者の要求する目的を達し碍ペしとなすの である。賛償算定の基礎に閲しては︵二︶を以て答へ、生産増加或は利益増進への誘導に封する骨定論者の主張た 封しては非包含諭分類に於ける︵八︶を以て答へる。而して別に︵ニ〇に示すが如く自己資本に封する利息は貰際の 支出を意味するものでないから︹OSt にあらす︵貰際之を営巣外に排出したる場合之を如何に見るやにつきては ︵誠一〇︶ W.戸PatOコが其の著芽什OUコtiコnに運ぶる虚があるから後に引用詮述する磨があるであらう︶との主張、並に︵四︶ の自己資本に劃する利息を原惜に箇入するときは棚卸品の慣格を膨脹せしめ利益の見越となる不合理を生ずペし との見解、野本調達は財務に関するものであつて製造に関するものでないとの見解、及び公正なる利率の決定が 不可能であるとの主張を加へ示すのである。此の外にPat。コの指示するが如き閉得税計堺に於ける収益額決定の ︵訃山一︶ 問題も食まるべきであるか氏の詮くが如くに此等は公正なる見解でもなく亦従って重要なる主張でもないから小池 には暫らく留保して退くであらう。 ︵謙一︶ 普通にlコくeSredcapita言呼ばれ、或ろ場合にOwコerS、naP許︼ミ呼ばるるものね、用語の悌宜上E叫笥コkapita− 三方つたやうに自己欝本ミ呼ぷ串ミした。 ︵証 二︶ F”Snhヨ詰、DieOr笥コ仙snhe↓a笥SWertbニaコN、S・NNⅥ以下 原倍音自己野本利息 ︵四三︶ 四三
叫慣に原慣計算の目的は郊遼に存するか、之を既読に解するならば次の如くなるであらう。 て製造諸費用を知らしめ、従って其の費用を回収し、叉必要なる利益を生み出し得るやうに安倍の試走を困 らしめんとするにあり。 二、製造に閲し起る啓あるべき無駄又は非能率の排除を行はしめんとするにあ鳶 こて如何なる方法により如何なる製品を製出すべきかを決意せしめんが焉めである。 第六巷 第一躾 ︵註 三︶ ROyB●Kester、牙cOuコtぎぬ↓heOryaコd Practiceこ思い、<01.コ、P.缶〇. ︵誅 四︶ W・B・﹁aWreコCe−COS叶芽cOUコtiコg,P.U︼N. ︵註 五︶ GeOr笥﹁互e−才cOuコぎn iコTheOrya邑1Pra︵芳eu P.芦 ︵詔 六︶ W≡訂ヨユコ今ewPatOコu碧nOuコ苦瓜TheOry−P”Nコ. ︵註 七︶ Kes訂二b己●−P●缶︼以下 ︵詳 八︶ ﹂Oaaコaコd〓a﹁−is、︹OSt芽︹Ouコtiコn PP.念N−会ぃ. ︵註 九︶ ﹁awreコ︹e∵b芦−PP.山忘−u︼u. ︵詫一〇︶ Paけ○コ、芽nO弓tぎn−PP.澄山−悪心. ︵註一一︶ PatOコこb己こP‖望N. ︵四四︶ 四四
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原偵計堺をしてよく上記の目的を達成せしめんとならば、其の屏憤計算の封象とする原偶の申に製造に踊し起 る諸費用を帳持上の勘定を通じて包含せしめなくてはならぬ。而して此の製造費用の中に自己資本利息を含まし むペしとする論者はその主張擁護の第仙堺論として前にも述べたるが如く経済原理を採用する。 経済的癖倍は生産婁囚のすべてに劃してなさる1経費的関係を以て構成せらるゝ魔のもので、土地・資本・努力 並に企業危険の負檜者即ち↓heE蔓epreコeurの諸要因に封する経費であつて、通常地代・利息・労銀・利潤の名を 以て呼ばれる。而して此の内利潤は土地・資本・努力の誹要因を結合して企業の運行を図る問に学まる1危険に封 してEコt,ePreコeurに許さるゝ報酬であるとせられる。此寄生塵の讃要因を所有するものかそれ′ぐ十別人であつて 生産の結児を公平に分配する場合には問題がないが、若し企柴危険を負揺する魔のEコt−ePr2コeur自ら土地と資本 を所有する場合には 一 軍蜜上に於て斯かる場合が極めて多いのであるが ー その人の生産諸要因に関する諸費 用は唯だ努鋭のみが外耐的に明確なる計算の大さを持つのみで、其の他のそれ人1の計算の大さは不明に陥るの である。そこで合計上には取扱困難の結果を生じる。仇ち此の場合に放ては野上慣格より労銀又はエ貿と稲せら る1費用を除いて竣額の如何程が地代であり、如何程が利息であり、又如何程が利潤であるかは決定至極困難な るを致すであらう。併しながら其の計算の大さの決定国雄なりてふ単純なる理由を以て此等を生産野用即ち原債 より除去するを許されないと共に、資本は何人か之を所有すか忙論なく利息は生産に封する費用なるの斬に於て 異論なき筈である。 原昭富自己資本利息 ︵四五︶ 四五
第六金 貨一抹 ▲ ︵四六︶ 四六 原偶に利息を算入すべきことを主眼する論者は大略上記の如くに議論を進めるのであるか、否定論者は合計的 原偵を主張tて之に答へる。愈計的原債は企菜の帳簿より合計畢的に虚理算出したる原憤を云ふのである。分析 的目的から合計は生産諸要因に勘する諸費用む種々の勘定に細分表示するのであるが、利潤を以て生産の叫費用 として記録する事はない。野上放牧釜から生産評費用を控除した結発として勘定の記録を行ふに過ぎないのであ る。而して自己資本利息は此の利潤と不可分のものとして取扱ふのである。著し又斯かる利息の分配問題が起る ︵乱一二︶ ならばそれは純益の分配問題であつて、経営の費用としてではない。即ちEcOコ○ヨ首nOS什と芽cOuコtぎn︹OSけとは同 轟語でもなければ叉金融に於て彼是相叫致するものでもない。其の上に経済畢と合計畢との上に於ける資本観念 は必ずしも同叫のものでない。此の双方の資本観念は﹁方は叫般敢合の所有としての観念の上にあり﹂他方はこ 個人所有の財産としての見方の上にある。合計に於て資本を以て其の企業の資産と負債との差額と考へるに封し 置沸上に於ては其の企業の負債をも企菜の資本と考へるのである。 利息包含論者の経済的見方は自己資本利息の外に資本所有者自ら経常に碓零する場合には資本所有者自身企業 に射えたる労務に対する通常なる俸給をも原偵に加ふべしとの議論に傾くのである寄は前にも﹁弘eの冨として ︵註一三︶ 述べた虚であるが、更にpatOコ氏に依れば ﹁収益に勤し仮設的の費用を試する寄、そしてそれが薦めに雷然の純利益数字を滅する事が正しきことである かどうか。或る合計はそれを骨定するであらう。企業利益は純益即ち利用した労務のすべてに封し通常の控除
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ヽ 有意義のものであり、其の根祇に梯はる基礎観念として経済的のある理論が存すが如くに見ゆるのである。 PatOコも云ふ如く、斯くて算出したる純利益は披講者の白粥する虎に依れば、企業朗有主に探りて最高限度k 之を給興する瀞を約定したると否とに拘らず1をも賦課すべしと云ふのである。﹂ る労務に封する通常なる俸給給血ハ並に所有主の之に投下したる資本に勤し通常なる利息1すべて此等は務め の費用並に借入金鱒勤し支彿ふ利息を賦課する外に、企業が法律的賓衣鰐として所有主が企共に勤し寄興した の捗除をなし、残額の申に本質的企柴純利益が存すること及主張する。之を換言すれば、収益に勤し普通叫般 をなし︵其の労務は他より有償にて取得したものと否とに拘らす︶、叉すべての投下資本に封し利息として通常 一倍に自己資本利息は其の利率決定の瓢に於て、叉通常螢発外に持出されざる鮎に於て、寧ろ仮設的費用に屈 する。patOコは之を〓ypOthe芳a−ReくeコueChar撃と呼ぶのである。而して企業朗有主の企業に封する労務も亦同 叫の銅係にある。仮設的費用・擬制或は想像的嬰藷は之を本葬の合計的計算に採入れざるは合計革の原則とする 虚でるって、合計の本質的職能は昇の時々に逸る貰際取引の結果を取扱ふにあるものである。減債錦却・棚卸債 格の決定の如き推定的分子の多分を含むペしと想像さるゝものも傭本釆の愈計に採用さらるゝではなきかとの議 論が或は此際引用さるゝかも知れないが、それ等は何鹿迄も驚在の取引である。其の金額の算定が推定的分子を 含むと云ふに過ぎないのである。 企業に封する其の所有主の労務も亦嘗在のものであり、従って其の労務に封する給輿も亦嘗在のものたるペし 原慣ミ自己資本制息 ︵四七︶ 四七
第六巷 第一妨
︵四八︶ 囲八 との議論もあり得やうが、此の議論の雷否はpatOコの云ふが如く純然たる佃人企業の場合に於て特に明白である。 企業の朗有主が自らの企業の馬めに自ら努力する事は之によりて給料を得んが焉めではない◇同時に叉所有主が 自ら所持する資本を自らの企業に投下する事はそれにより利息を引出さんが矯めにする銀行預金の類を拳ぶもの でない。其の資本の劇部を企柴事務桝或は営巣店舗の築造忙固定せしめた場合之より家賃を取立てんと欲するが 矯めでもない。 企業の費用は購入物資、購入労務の消耗に於て存する形のもので、企共の所有主自ら企業に提供する労務の認 ︵弘一四︶ 定低値に於て存するものではない。企業純利益は放牧益が購入物資・購入労務の消耗に超過する金額であつて、 斯かる利益の凧部を企共用有毒に依り提供されたる個人的或は資本的労務に勤し分ち、そして恨設的費用を他か ら購入して消費したる努力或は材料の如きと併せて費用︵或は原償︶として取扱ふことは、主憾を容鰭の申に特 段せしめんとする企てとなるのである。企紫朗有毒に採りて企業純益は企柴の財産増加或は購買力増加であつて、 企柴所有主自身の資本・努力・経螢才能等の種々相侠って具現せLめ得る魔のものであると倉計畢は観るのである。 三 企業が其の所有童個人或は個人の複数から離れて猶立の存在を宿すると云ふ寄は法律的に見ては命敢の場合に 限る。個人企共に於ては斯かる串はあり得ない。鐸記の見解から埠企業併有主と企業それ自身とは屡々引離されOLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
考へらるゝのであるが。それでも御企柴所有主偶人の労務を企発が有償にて購入する取扱をなさない。叉企柴桝 有主の店舗を借りて家賃の文雄を行ふ軍はない。まして資本利息の文彿をなすが如き苛はないのである。命軋の 場合に於ても亦同様に株主の如きを劉象として其の関係に於て俸給・地代・資本利息を支彿ふ事はないのである。 株式愈酷に放て偶々株主たる宥を屈僻して給料の支沸をなす寄があつても、それは株主たる個人に支沸ふ給典で はない。昏赦桝有の建物に勤し株主に向つて家賃の受排をなすが如き寄はあり得ない。合祀株主に射して利息む 文雄をなす蜂建設利息の場合に見る特例であつて、其の詳細は後に述べる虞があるが兎に角叫般的事象ではない。 個人企柴或は組合企業に於て企条例有老成は組合員に勤し資永利息或は給料を文抑ふか或は其の支梯の計算を 帳簿に記録するの方法があるとして、其の結果に就きて親祭し見る上きは次の如き結英を来す軍であらう。問題 を簡単にする馬めに主題の資本利息のみに放て云ふならぼ、企紫外に現金にて排出す場合には ︵註一五︶ Dr.皿m掩領空.押 ××X ︹﹁.鎧 紛 ××× となるであらう。叉之を嘗際に企発外に排出す革なく営巣の濁張の馬めに企弟内に放置するものとすれば、貸方 ︵詰一六︶ 科臼として別の利益勘衰例へば自己資本利益、或は資本勘罠・碩立金勘衰を設定しなくてはならない。而して前 者の如く現金にて排出しをなしたる場合には費用の過大表示となり驚際純益はそれだけ不常の減殺を受ける。後 者の如く螢菜内に留める場合に貸方に別の利益勘巽を設定するならば純益に影響する虚は結局寄となり経るであ ’ 原惜ミ自己資本利息 ︵四九︶ 四九
︵玉○︶ 五〇
第六螢 第︼・由
らう。叉貸方に永久性を帝ぶる資本或は積立の勘定を設稟するならば、放牧益の中より企柴所有主の所得と考へ
らる1自己資本利息に相督する額を直接に積立或は資本勘定に振替へるの不合理を来すこと1なるのである。
之を原偵計算方法に龍換へて観察して見ると結果は叉爽わ如きものとなるのである。即ち若し原慣計算に於て
自己資本利息をnOS叶の中にとり入る1となると、製造間接費用の取扱となつて Staコd首。rdeニOr iコ野est Oコ
ぎestヨeコtが各部門に開設せらる1事となる。東嶺的製造費用の表を作成する場合には製造に閲興する各部門に 於て投下資本に封する利息が裸足利率を以てさし加へらるべきである。而して別に親助壁Ⅷ帳に於ては原慣に編 ︵註一七︶ 入の利息の如きを貸方科目として開設すべきである。即ち⋮般仕鐸としては ロr.泄繹禅道 XXX Cr.淘滴再訪声望.鱒×︶︵× となし。cOStRecOrdsとしては各部門のStaコdiコ∽Orderに常該部門費用としての記入をなし、之を Pr。duc富 Depar[ヨeコtSの製品に割賦の方法を採る。而して自己資本利息は此の場合通常企業外に彿出されざるを以て決静 ︵註一入︶ 朔に於て原債に編入の利息勘定貸方残高はSurpどs勘定貸方に運ばる1結果となるであらう。而して斯かる膵慣 計算方法は製品棚卸の憤格を膨脹せしめ、未だ駁撃せざるに先立って利益の畿生を見る結偲となる。此等に関し ては叉後に盛る虎があるであらう。 或る愈計家は資本利息の計算を資本の具象したる全資産の上に行ふ事を要求するに勤し、仙般の利息包含論者
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は別定資産の上にのみ具象したる資本利息堅製迫費用として取故ふ。此の方法の不〓黎政利息非包含の論者に其 の主張の一諭接を輿ふるものであつて、此の場合包含論者の唱ふる事務争繹省略の主張は飴りに非論埋的である とせられるのである。w。rk言語sets㍉radiコ?訝sets並に∩コrreコ芸ssetsの如き攣化常なき金額的数字並に其の ︵謎一九︶ 使用せらる1時間的数字の不明瞭は常識の焉めに理論が遺憾なく犠牲に供せらるゝ寄となるのである。 ︵註一こ︶ Pa什○コaコdSteくeコSOコも﹁諸色esO芸ccOu⊃tぎ苧PP・巴u−巴ヰにほ﹁一般食計に於てに利息を慮慣lこ含ましむるも のミは考へないが原憎計算に於てほ利息み原偶に含よしむる串がぁる。即ち支配人ミしては借入物資並に購入労 務も粥又鴛本ま自身り企発にこ綻供すろ労歩も支配人自身lこ垂れられたるもりミして托同一であるっ経つで、↓Ota− EcOコ○ヨ首nOS︷の理論から利息托PrOfitaニhe∃ar曾⊃ ミ共に特定製品製法に必要なる原慣でぁるなし得る でわら、つ﹂ミLて居ろ。併かし此¢主眼比後lこ運ぶる比較手段ミしての問題であろ苺ほ前後の文革で明かでぁろ。 ︵静−三︶ PatOコ.牙cOuコtぎ寧P.小山p ︵誼︼西︶ PatOコーibid◆︸P.盟¢. ︵詔︼五︶ PatOコ托之右PrOP−致ary−コ哲巾StEXP2コSeSミ呼ぷ。 ︵認一六︶ Pa什○コは之に労捗な併せてReくeコu2frOmPrOprie什彗ySerくineaコd︹ap許−ミ呼ぷ。 ︵許二七︶ ﹁awreコCe托之長二宣erest︹har笥d叶れcOStミ呼ぷ。 へ証一入︶ ﹁DWreコCeこd芦u p●uNN. ︵註一九︶ ﹂Ordaコaコ]エarris.ibidこP一缶N. 戚侶ミ自己資本利息 ︵五こ 五一
閤 利息包合癒着も非包含論者も共に製品の安倍を設定する前に投下資本に封する利息む無祓し或は之を忘失し去 る.が如き事妓あり得ないとの議論も起るであらう。此の議論から云ふならば企真に於ける危険負培の脛償も亦生 産着の産出品の市場に於ける供給代慣の川部分を構成することゝなるであらう。故に若しすべて代傾が影響を受 くる生産要件に封する費用或は應償が代憤、偶格或は製造工菜に於て平たく密偵と科せらる1もの1中に含まし めらるべL云ふ事となると、合計単に於ける純益なるものは存立の飴地がなくなるであらう。身諭資慣は合計蓼 の云ふ費用のみ教償ふを以て十分とするものでない。其の他に企柴の桝有者忙公正なる報酬を輿ふるに足るもの でなくてはならない。換言すれぼ企柴々蹟の良好なる場合と補すべきものは投下資本と個人的労務と危険負嬉の 安住とに酬ゆるに足る聾債を押通し得るものでなくてはならい。併しながら撃慣を斯く定めんが焉めに此等質素 ▲ を特に合計の勘定を通じてnOS什ロataとLて収扱ふ事を必要とする理由はない。単に安倍算定の馬めならば所謂 統計の馬めの別の記録として参酌の方法もあり得、斯くて亦脅計革上の純益観念が生きて来るのである。 抑も賛偶の決定に笛りて原慣計算によりて集められたるロa訂を機械的忙累計する尊に依ってよく目的を達し 得るとなす事が既に錯級である。繋憤は贋き市場に互・りて起る諸勢力の綜合によつて決せられる。殊に﹂般的製 ︵詩二〇︶ 品が競季秋態に於て供給せらる∼場合に頗るのである。唯だ完全なる猫占的企柴或は個々の生産者が文字通り生 第六番 第一、輩 ︵五こ︶ 憲二
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産品の資慣を∩。コ宣し得る場合がー一之は明かに例外的軍象であるがj禍り原偵計算に依り集められたるロ已a によつて安倍の決先が行はるゝに留まるものである。勿論此の論掛からして︹OStに閲する完全なる知識が資債決 定に必要である寄を否定するものではない。賛際の原慣的費用と資本利息・企業所有童の個人的労務・危険負塘 の責任に劃する應慣は企蓋の経営乃姦管理的基礎として貴重なる事賛を鏡餅するものである事を是認する。 ︵詩二一︶ 叉別に所謂The。Use、﹂he。ryなるものがあつて、利息は資本使用の費用で、企業別有蓋は何物をも提供せすし て資本を得ることが出来ないから、資本の使用に封しては常に相常の費用が課せられなくてはならないと主張す ヽ るのである。此の主張は経済的原慣の理論を説くものであると云ふよりは寧ろ常識的の議論を試むるに近きもの であつて、表面は借入資本の場合を説き内面は自己資本の場合を正に同州であると説かんと欲するのである。 之に勤して非包含論者は資本の使用に封するChar笥と資本の使用に勤し文雄ふp﹁山ceとは同州でない事を主張 する。企業所有主は自己朗有の資本を借入資本と直別して之に勤して何ものをも排出さない。資本の使用に封する 計算を∩。S茫算入する寄を尭張するならば、其の毒張者は其の関係は恰もエ繋が労働の使用に勤して支梯はれる と同一関係である革を立誇しなくてはならない。合計が輿へたるものと受けたるものとを記入する立場からは正 に斯くあらなければならないと主張するのである。エ盟の場合には蟹際の梯出があり利息の場合には蜜際の梯出 がない事は大なる差異を形成するもので、此の差異こそ重大で且つ根本的である。例へばエ鷺の支彿がなかった ならばエ婁は衰退し或は運行停止を釆たす。然るに自己資本に封し利息の計堺が行はれないからと云って遅行停 ■ 原惜ゞ自己皆瀬利息 ︵五三︶ 五三
止が起り待ないであらうとも主張するのである。 ︵誠二二︶ 而して此の議論に封してはJOrdaコaコdノ〓ar﹁訂の詮くが如くに包含論者は叉︹.〓.SnOくeニが叫九叫八年叫二月 二七R︻コヨericaコ訝sOCiatざコ○¶UコiくerS茸︻コS什ructOrSiコ碧cOuコtiコnに於て報督したる下記の主張を引用して封抗 を試みるのである。 ﹁若し原慣に自己資本利息を食めなかったなら。 一、製造に閲し代用的の諸方法がある場合に其の能率を比較し得ない。 二、諸費用中に放ける時の要素を計り得ない。 ニて同⋮管理に於て二つ又はそれ以上の企業の種類︵SunhasjObbiコ∽aコdヨaコ亡訂nturi占︶ の上に収益の比較が 五、諸費用−疋明確に記録しない事となるから、先金工場となす場合の牧益と不完全工場に留める場合の収益と の比較が出来ない。︵例へぼ械械製造工場に於て鋳造部門を持つぺきや否や、或は自動車製造工場に於て Eコ温コeSを自作するか他より購入するかを決定するが如き坂合に︶ 六、借入工場と所有工場との製造上の費用比較が出来ない。 七、動力を自給するが購入するかを決定する寄が困難となる。 出来得ない。 四、材料棚卸を多盈に持つか少盈に留めるか或は其の慣格の比校が出来ない。 弟六奄 欝 l 肪 ︵玉閃︶ 玉凹
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.って問題は此虚に比較方便としての常香に進展し来るのである。 ︵謙二〇︶ PatOコ、芳cOuコtiコ苧P.ひg− 人証ニー︶ LOrdaコaコd Harris、旨チp●△uO◆ ︵註二二︶ LOrdaコaコd〓arrisこbid●−P−ムul● 八、財務に関する諸方法を共通基礎に引直して比較する畢が出来ないゥ 九、︼般企業界に於ける均両の原慣計算組織を應用する寄が困難となる。﹂ 而して此等の諸鮎は本論第仙に述べたる包含論の︵三︶より︵仙○︶に至る比較方便論分類に大腰近接の議論であ 尿慣ミ自己賓水利息 ︵五五︶ 玉五