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実践女子大学図書館蔵『森繁の重役読本』解題 (調査報告 104)

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Academic year: 2021

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  ラジオおよびテレビドラマの脚本などは、 収録が済んだ時点でその役目を終え、 再び開かれることはほとんどない。 内容はごく少数の者しか知りえず、書かれながらもそれ自体は残らない ︵残されない︶ ので、そもそも流布を予期しな いものであることは自明である。だがこれは同時に、書かれたために残る ︵残される︶ 可能性をも暗に意味する。残存 する脚本のうち、 一部は出版され文学テクスト同様に読まれるが、 このような形態であることに脚本自体がなじめず、 不自然である感は否めない 。しかしながら 、いかに不安定であろうとも 、脚本が再び開かれて流布するのであれば それは読物という本来とは異なる次元への飛躍を意味する。   一方で、 現物としての脚本には、 それ特有の問題がある ︵なお、 現在ではたいてい流通しないように管理されており、 事情が異なる 。ここでは 、すでに流通してしまっているものに限定しておく︶ 。まず 、元を同じくする脚本は 、少な くとも関係者の数だけ用意される。 しかも往々にして版が重ねられることとなる。 たとえば実践女子大学図書館蔵 人の孫﹄ の脚本をみると、表紙に [改訂稿] 、[ 決定稿] 、[スタッフ用決定稿] とあり、一口に脚本といっても、複数の 調査報告 一〇四

実践女子大学図書館蔵﹃森繁の重役読本﹄解題

口 

みなみ

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段階があるとわかる 1 。しかし現存数となると大幅に減り、かつ実際に入手できる数は限られてくる。また、仮にいず れかの関係者が所有していた脚本を入手した場合で、その人物によって行われた加筆や削除をどのように扱ったらよ いだろうか。現場でのやりとりの一端をうかがうことができるという点で、書き入れはたしかに興味をひく情報では ある。だが、それに気をとられると、比重が書き入れを行った人物に偏ってしまうことになる。もちろん趣旨として はかまわないとしても、あえてその脚本を用いて検討する理由に乏しい。   ただし、それらの情報を、表現へ向かう ﹁運動﹂ としてとらえるならば、脚本のもつ本来的な性質を損なうこともな いだろう。おそらく、 文学テクストとして流布しているものがどこか不自然なのは、 形態がそぐわないというよりも、 そこに行われていたはずの運動を感じ取ることができないからである。小説同様、脚本もまた ﹁書かれた﹂ ものである が、両者は明らかにその性質を異にしている。脚本は表現手段でありながら、単独では表現を完遂しえないので、こ れは一種のアイロニーである。いずれにせよ、いかに取り扱うかにはいまだ多くの課題が残るが、資料としてある以 上、まずは具に見ることから始めなければならない。そしてもし、表現の完成へと向かうための運動を見出すことが できるのであれば、そこにこそ意義を問うことができるだろう。   さて、実践女子大学図書館所蔵の脚本 ﹃森繁の重役読本 2 ﹄は、向田邦子死去に伴い、森繁久彌氏によって二〇五冊が 同館へ寄贈された。向田の脚本家としての才能を見出し、高く評価したのが氏であった ︵以下敬称略す︶ 。﹃重役読本﹄ は向田の出世作となり、森繁主演のテレビドラマ ﹃七人の孫﹄ 、﹃だいこんの花﹄ でも脚本家の一人として起用されるこ ととなった。いずれも長期にわたる番組で、内容も単調になりがちであったが、森繁によると ﹁マンネリ﹂ こそ向田の 理想とするところであったという。

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﹁また、以前、オンエアしたのと同じ趣旨じゃないか﹂ ﹁そうよ。それでいいのよ。毎回違ったものを書いちゃ駄目なの﹂ ︱︱てな調子で、まさに楽しいケンカです。   五分間のラジオ番組というものは、キャラクターがくっきりしていないと良くない。そこから、ある種の〝マ ンネリの魅力〟が発生しそれが聴く側を安心させ、固定客を摑むことにつながるのだというのが向田さんの持論 なんだな 3 。   たしかにどの回の重役も、共通に ﹁くっきり﹂ とした性格を有している。つまり重役のステロタイプ化である。マン ネリズムにステロタイプといった、通常は避けられてしかるべき状態・人物を、あえて向田は作り出す。一見首をか しげたくなるが 、実は 、 番組を日常に添わせるための工夫であったのである 。 長く続いているからマンネリなのか はたまたマンネリだから長く続くのか。ともかく、向田は日常の性質を喝破していたようである。   あらためて ﹃重役読本﹄ の脚本を眺めてみると、まずはそのユニークで多彩なタイトルにひきつけられる。タイトル から内容を予期することができないというのは、欠点でもありまた魅力でもある。同名作がいくつか存在するとはい え、 昭和三七年三月五日から昭和四四年一二月二七日まで、 ほとんど毎日 ︵日曜除く︶ 放送されていたことを考えれば、 多少の重複もさして気にはならない。このころから、向田の脚本家として方向性は定まっていたとみなしてよい。事 実、 ﹃重役読本﹄ と、のちに書かれるエッセイとは、タイトルのつけ方や、いかに話を展開するかといった点に共通性 を見出すことができる。この頃にはすでにいくつかの脚本を手掛けており、 その才能を疑うべくもないが、 向田にとっ

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て﹃重役読本﹄ はたしかな礎となっているとわかる。   初回から最終回までを通覧したかぎりでは、その書きぶりに取り立てて大きな変化もないように思えるのだが、そ れぞれじっくり見比べてみると、やはり回を重ねるごとに熟達していく様をうかがえる。ここでは試みに、資料紹介 をかねていくつか取り上げてみたい。 表記の動揺   第一回 ﹁モンロー主義﹂ ( 資料編参照のこと ) の登場人物は、 N ︵ ナレーション。登場人物から森繁君、森繁さんな どと呼びかけられることもある︶ 、男、女 ︵ A ∼ C ︶ である。正確な数は定かではないが、内容から察するかぎり五人 以上を演じ分けるものであるらしい。登場人物のパターンは、その都度異なるので一概にはいえないのだが、わずか 五分の放送時間であるから、聞き手が登場人物同士の関係性を容易に把握可能であることが重要だといえる。   当初の特徴として、役名に性別をあてているため、同一人物なのか否かがわかりにくい点を指摘できる。初回から しばらくは表記に揺れがみられ、演者の森繁はといえば、 ﹁重役﹂ 、あるいは重役を意味する ﹁重﹂ の字を、役名の箇所 に書き入れている。演じる際の混乱を避けるために自身で情報を補っているらしい︵資料 第二二、 二 五、 二六回︶ 。さ らには、同一回での同一人物の表記を統一する、ということを徹底できていない。はじめは重役と表記されていたに もかかわらず 、 場面が転換すると男と表記される ( 資料 第五三回 ) 、といった具合である 。これは 、ナレーションを 含む登場人物同士の関係性に書き手である向田が引っ張られた結果であろう。些末な事柄のように思われるかもしれ ないが、役名は役者が演じるうえで非常に重要な情報であって、本来明快に表記されることが望ましい。このような 表記の曖昧さは、番組内容の方向性が完全には定まっていないことを示唆するが、同時に向田の脚本家としての経験

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の浅さをも露呈するものである。 ﹁せりふ﹂というのはどの一行をとっても 、その人の全人格であって 、視聴者が一行しか聞かなくても 、そのひ とのいった﹁せりふ﹂である、その一言に尽きると思います。 ︵中略︶   それと、もうひとつ、こうありたいと私が思っていることがあります。それは、ふつうせりふを書くとき、か ならず役名を書いてからせりふを書くんですが、その役名を全部消してしまっても、仮りに十人いる役者さんが それぞれ﹁ああ、これは自分のせりふだな﹂と気づくような、そういうせりふを書きたいということです 4 。   引用のエッセイは昭和五四年の初出であり、 ﹃重役読本﹄ とは時期を異にする。しかし、駆け出しのころから晩年に いたるまで、おそらく一貫してこのような意識を持ち続けていたはずである。とはいえ、実際に役名の表記がなかっ たり、役を区別することができなければ、演じる側にとって間違いなく妨げとなる。脚本家としての経験の浅さとは つまり、表記が曖昧であっても、書き分けられていれば役者に理解されるだろう、という認識にあらわれている。当 然、原紙を切る際の誤り、ということもあり得るだろうが、そのようなレヴェルであるとは到底思えない。対して引 用のエッセイからは、仮に表記がなくとも役者が理解できるように書き分けたい、というあくなき追及者としての姿 勢を感じ取ることができる。   あくまで推測ではあるが、表記に関してなんらかの指摘を受けた可能性があるのではないか。第七〇回をむかえる ころには、表記の揺れは解消している︵資料 六七回︶ 。いずれにしても、脚本家としての歩みを垣間見ることができ る資料として、非常に興味深い。

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再生されるモチーフ   のちの向田のエッセイに描かれている内容と 、似通った視点 、モチーフを有するものが少なくない 。とりわけ第 一四五一回 ﹁ライスカレー﹂ ︵資料編参照のこと︶ は、エッセイ集 ﹃父の詫び状﹄ の ﹁昔カレー 5 ﹂ を彷彿させる。何を食べ たいのかと夫人に問われた重役は、 ﹁うどん粉でドロリとさせた黄色い﹂ ライスカレーを所望する。しかし実際に食べ てみると期待したほどではない、というのがその筋である。   夫人にライスカレーとはなにかを力説し、 仕度させたにもかかわらず、 どうして重役はたった一杯しかライスカレー を食べなかったのか。おそらく ﹁昔カレー﹂ を読んだ者にとって、 この問に答えることはさほど難しくないはずである。 自身の思い出と郷愁が結びついている故の美味さであり、たとえ味を再現しても過去にはけっして戻ることができな い。何十年も経ってから再現したライスカレーを食べても、むしろ落胆するだけである⋮⋮。と、 ﹁昔カレー﹂ でこの ように言及されているからである。もちろん、順序としては ﹃重役読本﹄ の﹁ライスカレー﹂ が先行するのだが、ラジオ 放送という性質のために顧みることが難しい。 ﹁ライスカレー﹂ が、単行本 ﹃六つのひき出し││ ﹁森繁の重役読本﹂ よ り││﹄ ︵ネスコ︶ に所収されるのは、一九九三年になってからのことであるから、先に ﹁昔カレー﹂ に馴染んだ読者に とって、 ﹁昔カレー﹂ の類似作という以上のものではないかもしれぬ。   重役は ﹁懐かしさと期待で大きくふくらませた風船を 6 ﹂、 再現されたライスカレーを食べることによって自ら割って しまったわけだが、このような解釈にいたるには ﹁昔カレー﹂ と重ねて読む必要があるのだ。ただ、たしかに解釈とし て明瞭ではあるのだが、 異なる作を一つの解釈へと収斂してしまうことが正しいとも思われない。むしろ明瞭でない、 言語化されない感覚が表れている点で、この ﹁ライスカレー﹂ という作は面白いのである。なぜ、それ以上食べる気に

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ならないのか、おそらく重役自身にもはっきりしたことはわからない。懐かしいが、食べてみるとそれほど美味くは なかったようだ、ということだけが、ここでは判明しているのである。えてして、再現不可能なものほど、 ﹁ポイ﹂ 捨てることはできないらしい。   ライスカレーは向田にとって重要な素材であり、長年にわたって温め続けた着想であることは明らかである。両作 はおそらく同じことを表そうとしているのだが、書き手のかかわり方がまるで異なっている。つまり ﹁ライスカレー﹂ の書き手は、 聴覚表現となった際に、 できるだけ聞き手にその存在を悟られぬようなかかわり方をしているのである。   役者を思い浮かべなければ、せりふを書くことはできない 7 、と向田はいう。意識としては役者のなかに滑り込むよ うにすることで、可能な限り脚本家自身を抑制しようというものである。とはいえ、どのように試みたとしても、結 局のところ自己表現であることからは逃れられないのであるけれども。 孤独な営み   小説がそうであるように、脚本にも人物の描写やテーマ性などについての巧拙がある。だが、文字による文学的表 現は必ずしも求められていないし、それらによって ﹁いい脚 本﹂ となるわけではない。なぜなら脚本は俳優を動かすた めの、いわば指示書としての役割を主に担っているからである。たとえば文字表記にたよって、感情の度合いを表現 しようとすることを向田は ﹁ナルシシズム﹂ であるという。つきつめて考えれば、書くことに限らず、表現行為は独り よがりといえるかもしれない。けれども、脚本家が目指すべきは、登場人物と演じる役者とを隔てている距離を、限 りなくゼロに近づける表現である。

(8)

私はせりふは、 詠み人知らずでもいいと思っています。つまり、 私が作った登場人物が、 ごく自然につぶやいて、 ごく自然にでてきたせりふのように聞えたなら、 これは ﹁向田邦子が書いたせりふだ﹂ というのではなくても、 いっ こうにかまわないと思うのです 8 。   しかしながら、ふつうその距離はゼロにならない。なぜならば、誰あろう脚本家自身が、両者の媒介であると同時 に妨げとなっているからである。したがって脚本家としては、自身と登場人物との距離を詰め、密着させることを目 指すほうが、より賢明である。あるいは、役者を決めてからでないと書けないと向田がいうように、役者との距離を 詰める場合もありうる。どちらにしても、登場人物が発したかのような ﹁自然﹂ なつぶやきのためには、脚本家自身が 常に透明な媒体であろうとし続け        なければならないのである 。当然ながら 、それによって透明になることができる 、 ということを意味しない。 到達できないと知りながら、 試み続ける、 ということなのである。 これは、 脚本が ﹁書かれた﹂ ものであるにもかかわらず、次元の異なる視聴覚表現のために、そこから脱しようとしていることと相通ずる。     せりふは、書いてはいけない         と思うことがあります。台本ではとてもいいせりふなのですが、じっさいにしゃ べると、どこかちがう、しらけてしまうというせりふがあります。つまり、せりふというのは、読む   言葉でも書      く言葉でもなく        、ある人間がしゃべって、本を伏せて立ち上がったときに、空気のなかではじめて成立するもの なのです。ですから、たとえば、自分の好きな漢字を使って、それで自分のイメージどおりにせりふが書けたと 思うのは危険なことです 9 。

(9)

  ﹁読む言葉でも書く言葉でもな﹂ いとは、 独りよがりに陥ることへの戒めであるが、 実は疎外感のあらわれでもある。 脚本家がどんなに話す言葉を意識したとしても 、書かれた言葉である 、という事実からは逃れられないのだ 。﹁ ているかのように﹂ 書かれた言葉は、役者によってたやすく ﹁話す﹂ 言葉へと変換される。役者はさらに、脚本に書か れていないことを即興で盛り込んだりもする。   脚本家は役者と登場人物とを媒介したが、 視聴覚表現として実現される際には、 うって変わって役者が媒介になる、 という逆転がおこる。この逆転は、脚本家にとってもどかしいものであるはずだが、書かれたものから飛躍するため にはやむをえない。また一方で、脚本に書かれたとおりに演じられたとしても、必ずしも脚本家の満足するところと はならないだろう。   イメージを文字にする際、さらに文字から視聴覚表現へ飛躍しようとする運動がおこる際に、いいようのないジレ ンマを常に抱えることとなる。それでも、文字に絡めとられながらも、文字を脱しようとする営みを、脚本家はたえ ず続けねばならないのである。 注 ︵ 1 ︶実践女子大学図書館編 ﹃向田邦子文庫目録﹄ に詳細が掲載されている ︵2 ︶ 東京放送 ・毎日放送 ︵昭和三九年四月より文化放送︶ 。昭和三七年三月五日から四四年一二月二七日まで 二四四八回放送された。作向田邦子、出演森繁久彌、企画制作毎日広告株式会社、提供大成観光株式会 社ほか。各回のタイトルなどは ﹃向田邦子文庫目録﹄ を参照のこと。なお、 一部の作は ﹃森繁の重役読本﹄ ︵一九九一

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年七月︶ 、﹃六つのひきだし︱︱ ﹁森繁の重役読本﹂ より︱︱﹄ ︵一九九三年一〇月︶ に収録されている。いずれも ネスコより刊行 ︵ 3 ︶﹁森繁久彌 ﹁向田邦子﹂ を語る﹂ ︵﹃オール読物﹄ 昭和六四年一月号︶ ︵ 4 ︶﹁せりふ﹂ ︵初出 ﹃創造と表現の世界﹄ 五四年一月︶ *引用は ﹃向田邦子全集第二巻﹄ ︵昭和六二年八月、文芸春秋︶ ︵5 ︶ 初出時のタイトルは ﹁東山三十六峰静かに食べたライスカレー﹂ ︵﹃銀座百点﹄ 昭和五一年四月︶ であった。 ﹃父の詫 び状﹄ は昭和五三年一一月、文芸春秋刊 ︵ 6 ︶﹁昔カレー﹂ ︵﹃向田邦子全集第一巻﹄ 昭和六二年六月、文芸春秋︶ ︵7 ︶ ﹁私はドラマを書く場合、役者さんを決めてからでないと書けません。というのは、私がラジオ出身だというこ とと関連するのですが、 声が聞えないと書けないのです。その役者さんの声の質、 息つぎ、 せりふの微妙なくせ、 そういったものを、それこそ、テレビの公開録画からなにからぜんぶ見て、それで覚えこんでしまうのです。そ れから執筆にとりかかるわけです。 ﹂たしかに、相槌までもせりふとして書きこんでいることがわかる。引用は前 掲﹁せりふ﹂ と同じ ︵ 8 ︶前掲書 ︵ 9 ︶前掲書

(11)

﹃森繁の重役読本﹄ 書誌 所蔵冊数二〇五冊 ︵一部散逸のため総冊数は不明︶ 寸法二六×一八糎 綴方袋綴じ。もとはステープル、現在は資料保全のため紙縒で綴じなおしている 本文料紙わら半紙 印刷方法謄写版印刷 書式二六字×一三行   二八字×一四行 書き入れ森繁久彌のものと思われる書き入れあり

(12)

資料編

第一回 ﹁モンロー主義﹂  

(13)

第一回   一頁

(14)

第一回   二、 三頁

(15)

第一回   四、 五頁

(16)

第二二回 ﹁なつメロの歌い方﹂  

(17)

第二二回   一頁

(18)

第二二回   二、 三頁  

(19)

第二二回   四頁  

(20)

第二五回 ﹁オンチ各種取揃え﹂  

(21)

第二五回   一頁

(22)

第二五回   二、 三頁

(23)

第二五回   四、 五頁

(24)

第二六回 ﹁チャームポイント﹂  

(25)

第二六回   一頁

(26)

第二六回   二、 三頁

(27)

第二六回   四、 五頁

(28)

第二六回   六頁

(29)

第五三回 ﹁重役の辞引には﹂  

(30)

第五三回   一頁

(31)

第五三回   二、 三頁

(32)

第五三回   四頁

(33)

第六七回 ﹁目下考慮中﹂  

(34)

第六七回   一頁

(35)

第六七回   二、 三頁

(36)

第六七回   四、 五頁

(37)

第六七回   六頁

(38)

第一四五一回 ﹁ライスカレー﹂  

(39)

第一四五一回   一頁

(40)

第一四五一回   二、 三頁

(41)

第一四五一回   四、 五頁

参照

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