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M適応指導教室の生活世界と子どもの変容(2) : 子どもを理解することで見えてくる関わり方

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Academic year: 2021

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M 適応指導教室の生活世界と子どもの変容 (2)

―― 子どもを理解することで見えてくる関わり方 ――

吉 岡 美代子 *・堀 江

伸 **

The Childʼs Life and Growth in “M” Adaptation

Guidance Classroom (2)

Miyoko YOSHIOKA and Shin HORIE

キーワード:適応指導教室、子ども理解、関わり方、アドラー心理学 4.今までに出会ってきた子どもたち 私は、現在勤務している適応指導教室の指導 員、それ以前勤務していた他市の適応指導教室 の相談員、中学校オアシス相談員という公的機 関での仕事を通しての 12 年間と、さらにそれ 以前の自宅での作文教室の 5 年間に、不登校の 子どもたち 6〜70 名と出会ってきた。どの子も 一人として同じ子はいないし、パターンで括る こともできない。みんなかけがえのない大事な 子どもたちである。 その中で必ずしもうまくいったケースばかり ではないけれども考えさせられたケースを具体 的に取り上げたい。ここでは子どもの行動の目 的や特質を考え、それに対してどのように関わ り、その結果どうなったかその意味を省察して みる。事例に関しては、個人を特定できないよ うに、複数の子どもたちの事例を組み合わせて ある。また、目的や将来のことに焦点をおいて 関わりを考えるので、生育歴や家族背景は詳し くは取り上げない。 〈生きる意味がわからない。〉 人と出会うのは怖い。傷つきたくない。大人 や教師は自分の保身のために動いている。親は 自分にいつも辛く当たり怒ってばかりいる。勉 強も学校に行ってた頃はできた。今は何にもし たくないし、生きる意味もわからない。そう言 う中学 2 年生 A 君は、初めて出会った時には、 一切目を合わせず横を向いたきり、会話もせず、 一通りの説明を聞くやいなや、すぐに帰ってし まった。その彼は、親も教師もいなくなった 2 回目からは、自分がどんなことを考えているの か、ずっと話し続け、欠席することはほとんど なかった。ただ、他の生徒とは一切話さなかっ たし、集団の輪の中に身を置くこともなかった。 私自身も中学生の頃と言えば、自分は何のため に生きているのか、そのことについて果てしな い問答を繰り返していたので、彼の思いはしっ くりと受け止めることができた。不登校である からこのような疑問を抱くわけではない。たっ ぷり時間はあるので、延々と繰り返され、終わ りがないだけである。昼夜の別なく、ずっと考 えているから、当然眠る時間も減ってくる。ふ * 甲賀市嘱託職員 ** 滋賀大学教育学部

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らふらの目をして、それでも適応指導教室には やってきていた。なぜそれほどしんどい思いを しているのに、やってくるのか。家で一人で考 えて、寝たい時間に寝て、起きたい時間に起き ることも可能であるのに。思うような答えをも らえるわけではない。生きる意味など一人ひと りみんな違うし、私自身の結論はあるけれども、 それは彼に当てはまるものでもないから。それ でも、毎日毎日、やってきては、生きる意味が わからないと言う。 このことで、考えられることは、彼は、こう して私をずっと捕まえている限り、自分に注目 してもらうことができる。それはとても心地よ いことである。誰の目に止まらず、押し入れの 中で隠れていた頃とは違い、自分に関心を寄せ てしっかりと話を聴いてもらえる。自分が居る ことを認めてもらえる人がいる。それは心地よ いことである。大抵の大人は生死の問題を口に すると驚いてしっかりと関わろうとする。しか し、その話題を口にされるとものすごく憔悴す る。そうやって、大人がびっくりする話題を出 せば出すほど、大人はしっかりと関わらないわ けにはいかなくなる。しっかりと関わってほし いのである。 私は、長い間、彼の話を延々と聴き続けてい たのである。ある時、しっかりと関わってもら うことが目的であるのであれば、自分を痛めた りしんどい思いをせずに、もっと楽しいことで 関わることができた方がいいのではないかと考 えた。彼は卓球が得意であった。卓球の技を極 めていくことに話題を変えていき、それができ るためにどうしたらよいか、彼自身に調べて挑 戦してもらい、その技術を私に伝授してもらう ようにしていったのである。もちろん、学校の 部活でやっているほどには上達はしないだろう けれども、そうやって、卓球というものを通し て、しっかりと関わることができ、しかも、一 緒にいることを楽しんでくれる大人がいて、技 術を教えることで感謝される場面もある。貢献 できることは社会の中での位置を与えてくれる。 しんどい話題で相手もしんどくさせるよりも、 楽しい時間を共有することで、人といることは 楽しい時間であるという認識を持つ方がずっと 健康的である。一緒にいて楽しかった、また明 日も一緒にいたい、そんな風に思えるように なってほしいと思った。こうして、人と一緒に いる楽しさを味わい、うまくなっていく努力を することで失われていた自信を回復すると同時 に、それまで決して手をつけなかった学習にも 手をつけるようになり、高校へと進学した。 〈自己肯定感がない。〉 どうせ何をやってもできない。うまくいかな い。自分が嫌いだ。誰からも愛されていない。 友達はいない。長所などない。こうした訴えを していた B 君は、人間関係をうまく築くこと ができず、学習でも自信が持てないことから、 自己肯定感を持てずにいた。学校からのプリン トをしようと持ってきた時には、途中で混乱し てしまってわからなくなり頭を抱え込んで「わ からない、わからない」とつぶやき、もうそれ 以上はしなくなるということがあった。学習に ついては、本人が自分でしたいと言うまでは、 それ以後はこちらからは提案はしなかった。 やってみたけれども、やっぱりできないという 思いは、それ以後しばらく尾を引くことになっ た。 記憶力に問題はない。好きな分野のことであ れば、延々と集中してできるし、覚えることは できている。本人に言わせると好きなことが覚 えられるのはあたりまえで、そんなことができ てもだめだと言う。しかし、ここで、私は、自 分の好きなことがあることがまずはとても大事 なことであり、そのことについては誰にも負け ないくらいの知識があることは素敵なことだと 言ったが、それだけでは、彼は満足できなかっ たのである。学習についてはこれ以上何か提案 をしたりしてもすぐにはどうにもならないし、 やらないという決心をしている子に学習するよ うに言っても何の意味もないし、関係をこじら すだけなので、それ以後、彼から言ってくるま では一切学習についての話題はしなかった。そ の代わりに、彼の得意な分野の話題を出し、と ことん話をした。彼はネットでの情報収集に長 けていたので、彼の好きなアニメやコメディの 情報からお勧めを挙げてもらい、それを一緒に 楽しむことにした。彼の関心にとことん関心を 持ち、話題を深めていくのである。私に教える

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ということで、彼は貢献感を持つ。そして自分 が持っている関心を他の人が楽しいと思っても らえるということで、人とのコミュニケーショ ンが取れる。たっぷりとそういう時間を過ごし た後、受験の時期がやってきて、彼は進学への 希望を持ち、高校へと進学した。その折には、 学習をすることについて観念したようで、地道 に学習するようになった。 〈自己決定できない。〉 選ぶことは怖いことである。その責任が最終 自分に降り掛かってくるからである。それが失 敗に終わった時、非難されるのは自分である。 たまたまうまくいけばよいが、うまくいかなく て、誰かから怒られたり、笑われたりという経 験があると、たちまち自己決定することへの不 安が出てくる。小学 5 年生の C 君は、算数の 計算を間違えた時に、先生からそれを指摘され たことをきっかけに登校しなくなり決めること ができなくなった。検査をした時には、答えは 間違っていないが、すぐには答えず、ずいぶん 時間が経ってから小声で答えるので、タイム オーバーでマイナスになるということがたくさ んあった。また、何かを選ぶ時には、とても時 間がかかる上に、下を向いて固まってしまうこ ともよくあった。 適応指導教室での活動は学習をすることにあ まりこだわらないので、まずは彼が好きそうな ことを探した。今まで家でもやったことがある 遊びや、好きな電車のこと、地図のことなどを 取り上げた。適応指導教室では、無理矢理に何 かをさせることはないし、怒られることもない。 事前に一日の予定が決まっている方が安心でき ることから、時間には注意して予定が変わるこ とがないようにした。一日の流れも毎回できる だけ変化のないようにし、特別の活動が入る時 には、充分時間をかけて具体的に説明し、早い 時期から予告をしておいた。何が起こるかわか らないということはとても不安なことである。 安心して活動できるために、予告し、それを 守っていくことは、こうした子の場合重要なこ とである。 そういう基本的なベースがあり、適応指導教 室は安心でき、安全であることがわかってくる と同時に、日々の活動はできる限り、選択する 場面を作った。選択肢が多い、何でもよいとい うのでは選べなかったので、まずは、2 個の選 択肢の中から選ぶようにした。それも、選んだ からといって結果にあまり影響のないようなも のにした。2 個が選べるようになると 3 個の選 択肢を提示した。そのようにして徐々に選択で きるようになってくると、最初は週 1 回 1 時間 程度の通級であったが、だんだんと回数や時間 が伸び、喜んでくるようになってきた。 〈眠れない。〉 朝起きられないという子どもの多くは、夜眠 れないという訴えをしている。ゲームばかりし て眠らないというケースもたくさんあるが、眠 らないというよりは、眠れないので、ゲームを している場合も多くある。夜暗い環境では静か で落ち着くが、その分、考えることがたくさん あり、不安や焦り、自分への責めなど次から次 へとあふれ出てくる。寝てしまうとすぐに朝が やってきて、学校に行かないといけないと思い 辛くなるので、できるだけそれを延ばすために、 眠らないようにするということを言う子もいた。 そして、一旦眠ってしまうと、それまでの緊張 や疲れがどっと出て、何時間も眠りこんでしま い、結果昼夜逆転になる。 生活リズムが不規則で昼夜逆転している D さんは、適応指導教室に来る時間を最初は 11 時くらいの遅い時間に設定していた。そのうち、 ここでは楽しいことができる、スタッフには心 が許せると思えるようになり、人と関わること は基本的にそれほど好きではないが、楽しみに 通級できるようになることで、時間をだんだん 早い時間に設定できるようになってきた。絵を 描くのが好きなので、それを活かせることを、 活動に織り込んだ。行事の折には、ポスターを 描いてもらったり、調理実習の時には、レシピ を絵入りで描いてもらった。自分を活かせる場 所ができると元気が出てきて、出席回数が増え、 朝も徐々に起きられるようになった。 〈ずっとゲームやネットをしている。〉 ゲームにのめりこむ子どもは非常に多い。大 人から見れば、現実逃避で、本来しないといけ

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ないことから目を逸らせているということにな るのだが、子どもたちに言わせると、ゲームを している間にも、決して学校に行っていないこ とや現実を忘れているわけではない。むしろ、 そうやって逃す時間がないとどんどん苦しくな ると言う。ゲームはやっていない人にはわかり にくいかもしれないが、そこにはいろいろな力 を育てる要素も含まれている。学べることはた くさんある。なによりも、ゲームは楽しい。楽 しいものでないと売れないということもあるだ ろうが、楽しいということは大事である。学校 に行けなくなると人から責められ自分でもだめ だと思い、心から楽しい時間や笑える時間が 減ってくるが、そんな中少しでも楽しいと思え る時間が作れることは私は大事だと思う。 ゲームにのめり込みゲームの話だとたくさん 語ることのできる E 君が、中学校を卒業する 前に私に語ったことは、「学校に行っていな かった頃、ゲームがあったから乗り切れたと思 う」ということであった。逃げ込めるところが あることはいいことだと思いたい。どこにも逃 げ場がなくなってしまったら、どこで生きてい けばよいのか。オンラインゲームも今はあるの で、完全に一人の世界でないこともある。 ゲームと同様、ネットの世界にのめり込む子 どもは多い。ネットにはさまざまな危険がひそ んでいるので、心配は尽きないと思うが、ネッ トから得られる情報の多さは一人でひきこもっ ている子どもたちにとっては、人間関係をうま く取れなくても人と繋がれる手段としてはとて も有効であると私は考える。PC 画面での人間 関係は、メタ言語が読みにくいため、トラブル になることもあるが、基本、直接話をしなくて もよいことは、人間関係の取り方が苦手な子に は楽なことが多い。 朝から寝るまで PC をしているという F 君の お母さんは、「PC の画面を見て大声で笑って いる姿を見ると、嫌で嫌でたまらない」と言わ れる。「学校も行かずに、PC ばっかりして、 笑う元気があるんやったら、学校行けばいいの に」と思うそうである。適応指導教室に来ると 元気でいつも笑っている彼だが、やっぱりそん な元気があるのだったらと考えてしまうのであ る。しかし、PC だから笑えることがあるので あって、学校では笑えないのかもしれない。実 際彼は時々学校に行っていたが、そこでは全く 表情がなくなり、緊張で身体が固くなっていた。 笑える場面が少しでもあることはすばらしいと 私は思う。その時間があるのとないのでは大き な差である。笑うことで人は元気を取り戻す。 一緒にいて笑える人とは関係が取りやすい。そ して、PC の機械相手に笑っているのではなく、 PC の画面を通じて繋がった人と一緒に笑って いるのである。PC は一つの社会であるともい える。 そこから世界が広がることもあるのである。 ゲームやネットばかりしていて何にもしていな いと言って怒る親や先生たちは、それを否定す ることで関係を崩していっている。せめてそこ にしか逃げることができない子どもたちの世界 を少しでも垣間見て話題を広げるとそこから、 関係が広がっていくのだと思う。 〈やる気がでない。〉 やりたいことを自分で出せるとよいが出せな い場合はスタッフから活動の提案をすることが ある。G さんは、どんな提案を出しても絶対に 拒否していた。他の通級生がおもしろそうだか らやってみようと軽い気持ちで取り組むような 活動でも、絶対にやってみようとはしない。 やってみたいと思えないし、やる気にならない と言う。そのことに意味を見いだせないし、面 白そうだとも思えない。人と一緒に何かをした いと思える時というのは、基本的にはその人と の関係が悪くなく、一緒にいる事自体を楽しめ ないと、一緒には活動できない。人に対する信 頼があまりない上に、そのことで、できないこ とがわかるのは屈辱であるし、そのように人か ら思われるのも耐えられない。できないところ を見せるくらいなら最初からしないと言うこと なのである。このケースの場合、とことん信頼 関係を作ることが必要であった。どんな自分で も受け容れてもらえると感じ、自分に対しても できなくても大丈夫だと思えるだけの余裕が出 てくると、少しずつ何かをやってみようと思え るようになった。表情も頑なであったが、だん だんに笑顔が増えてきた。

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〈学習に抵抗がある。〉 学習でつまづいて登校できなくなることは多 い。完璧でないと許せなくて少しでもできない ことがあると全く手をつけなくなる子も多い。 不登校が長く続くと特に積み上げ教科はどんど んとやる気がでなくなってくる。数学では、不 登校が長いと中学生で小数や分数を学習してな かったり、忘れている子はよくいる。中学 3 年 生の H 君は、学習には非常に抵抗を示し、「僕 あほやし、勉強できひん。」と言っていた。集 団の中にもなかなか入ろうとせず、みんながい るテーブルから離れたソファで横になってまん がを読んでいることが多かった。それでも話を すること自体は抵抗がなかったので、時々はス タッフと話をしていた。夏休み前になり、そろ そろ進路を決める時期になり、高校は行きたい と思い始めた頃のこと、学習に何分集中できる か尋ねたところ、5 分なら集中できるというこ とだったので、次の日から毎日 5 分だけ学習の 時間を取った。分数や小数から数学は学習し直 した。それを続けているうちに、「もうちょっ とできるで。」と言うので、それならばとだん だんと時間を増やしていった。自分が決めたこ となので、がんばることができたと思う。その うち、家ででも英単語を覚えてくると言うので、 定着テストを用意し、出る問題を予め家で覚え てくるように言ったところ、最初は 10 問程度 だったが、だんだん増えてきて 50 問のテスト もほとんど間違いなく答えられるようになった。 受験間近の時期には家でも 5 時間学習をしてい るとうれしそうに話していた。 〈人の所為にする。イライラする。〉 自分が今ある状態になったのは、すべて親や 兄弟の所為だと言う I 君は、会う度に不満を口 にし、いつもイライラしていた。親とも兄弟と も顔を合わせたくないので、通常はずっと部屋 にこもり、食事は自分の分だけ部屋に持ち込み 一人で食べていた。一日中家に居ると息が詰ま るので、時々はふらっと外に出て話を聴いてく れる人のところに行ってひとしきり話をしてい た。そのうち、誰も話を聴いてはくれなくなり、 しまいにはどこに行っても説教しかされなく なってきて行き場を失くした彼は、ついには、 自分のことを誰もわかってくれないと嘆き、イ ライラするからと言って、家族に当たり、近所 で大声を出し、暴れるということを繰り返して いた。そんな中でも、私の前では非常に落ち着 いて穏やかに話していた。私のことは自分のこ とをわかってくれる唯一の人と認識していたよ うだ。 人は社会の中で生きていかなければならない ので、人を敵だと思っていると安心しては生き ていけない。人の所為にして人と関係を切断す るため、協力して生きていく姿勢を持てないの であるから、まずは人は仲間であり、敵ではな いことを知ってほしいと思った。そのことを伝 えるためには、まずは私が I 君のことをとても 大事に思っていること、話すことや一緒に活動 することが楽しいと思えること、そして今は人 と繋がることを避けているが、いつかは自分の 課題を自分の力で乗り越えていくだろうと信じ ていること、などを彼には話した。私の前で彼 がイライラしないのは、私は I 君のことが大好 きで信じていることが伝わっているからだろう。 同じように、彼が他の人と接する時に、自分が 相手を大事だと思ってみる、イライラしないで 落ち着いて話をしてみる、それでもイライラす るようならば、その場を立ち去る、等々のでき そうなことを助言した。H 君はその後、だん だん相手の所為にして相手を責めても相手を変 えることはできないことがわかり、自分が変 わってみようと思えるようになった。自分が変 わろうと思えたことで、具体的に今何ができる か、考えられるようになった。 〈他人と一緒に食事をしたくない。〉 子どもが食事を摂らないと心配になる。食べ ないとなれば、なんとかして食べてもらおうと 思うのである。食べないことで注目させること が目的であれば、それには、注目しない。他の 場面にきちんと注目するようにしているうちに、 気がついたら一緒に食べていたと気がつくとい うくらいがよい。 昼食時には、お弁当等を家から持参してきて もらうのだが、朝ご飯も食べてきていない、昼 食も食べないという J 君は、体格は良いし、今 食べなくても家に帰ってから食べるというので、

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あえて、うるさく食べようとは誘わなかった。 最初は一人違うスペースに行って一人で身体を 動かしたりしていたので、スタッフがついて いって交代して食事を摂っていたのだが、注目 しないということをスタッフ間で確認して、追 いかけていかないことにした。そのうち、彼は 食事は一緒にはしないが、他の生徒がいる場所 にずっと一緒にいて、その場の話題に入ってい るようになった。他の場面では、充分に話を聴 き、一緒に活動を楽しむということをしっかり としている。 〈気持ちを伝えられない。〉 気持ちを言語化することは難しい。周りの人 の反応を気にしながら黙ってしまうことの多い 4 年生の K ちゃんは、私が質問すると必ず最 初に母親の顔をちらっと見る。母親が K ちゃ んが答えるよりも先に答え、母親の考えや気持 ちを話される。それは一般論としてはとても正 しいもので、親の気持ちとしても当然だと思え ることで、反論の余地はない。正論をぶつけら れることで、K ちゃんはさらに寡黙になり、 自分が責められていることを苦しげに受け止め ようとしているかのように見えた。 K ちゃんの活動は最初数回は母親に同席し てもらっていたが、少し離れられるようだった ので、母親には別の部屋で私と話をしていると いうことにし、別活動にしていった。それでも、 途中に何度か母親の姿を確認しにやってくる。 活動の中では、必ず自分の活動は自分で決めて もらっていた。最初はなかなか決められなかっ たけれど、だんだん、決められるようになり、 そうしているうちに、母親が途中で帰ってもよ くなった。 母親との面談の中で、特にカウンセリングと いうような形ではなかったのだが、母親の話を しっかりと聴き、母親の今できているところに 注目して確認していった。母親自身は自分の考 えを絶対に曲げないという信念の元、どんな助 言も受け容れられないように思えたので、あえ て新しい考えを提案することはやめた。母親が できていることの一番大きな点としては、K ちゃんが他の人には気持ちを話せてはいないが、 母親の前では時々思いを話すことができている という点であった。K ちゃんの気持ちを出せ る唯一の人として大きな役割があることを母親 が認識することで、母親が自分の考えを K ちゃんに伝えること以上に受け止めることの大 事さを認識された。そのことで、K ちゃんは 少しずつ母親に気持ちを話せるようになって いった。母親はその後も根気強く K ちゃんの 話を聴いてくださるようになり、その場に応じ た対応の仕方を提案されるようになった。その 頃から、学校へ母子登校するようになり、母親 が実際の場面を見たり、クラスの子どもと関係 を作るようになったりする中で、より具体的な 助言ができるようになった。母親が自分の敵で はなく、自分を助けてくれたり守ってくれる人 であることがわかってだんだんと自分の思いを 他の人にも出せるようになってきた。母子登校 はだんだんと減ってきて、一人でその後は通学 できるようになった。 〈話さない。〉 場面緘黙という程ではないが、話をすること に極端に苦手意識を持っている子は多い。当時 のことを「極度の人見知り」だったと表現する L さんは、小学生時代にもほとんど学校では話 をしなかったようで、適応指導教室に来てから も半年間、一言も話をしなかった。最初はどう 関わってよいものかわからないので、小学校時 代の関わりの多かった先生に話を聴きに行った ところ、文字で伝えることはできていたという ことだったので、さっそく日記を作って、やり 取りをすることにした。そうしたところ、自己 紹介を毎日たっぷりと書くようになった。たま たま私が好きだった音楽や小説など、共通点も いくつかあり、話題がどんどんと広がっていっ た。声には出さないが、表情はどんどんと豊か になり、くすっと声を出して笑うことが増えて きた。スタッフは複数いるので、スタッフ同士 の会話している中に入り、時々 Yes、No で答 えられそうな質問をすると頷いたり首を振るよ うになった。会話の中にいつもあまりにも自然 に入っているので、初めてことばを発した時も、 後でそう言えば話していたなとわかるような次 第だった。そのくらいの自然さが L さんには よかったのかもしれない。その後、仲の良い友

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達ができ、その子と二人で話している時には、 はしゃぎ大きな声で話せるまでになった。 〈多弁である。〉 適応指導教室に来ている間、ほとんどずっと 一人で話し続ける中学 2 年生の M 君は、自分 はどうして不登校になったのかわからないと言 う。きっかけになるような出来事はあったよう だ。たくさん語ることがあるのは良いことでは ある。しかし一人の時は良いが、他の生徒がい る中でも話題を全部一人で独占しまうような状 態であった。自分を認めてもらいたいために、 他の生徒をけなすような発言がよくあった。活 動中にうまくできた時に、スタッフの反応が少 ないと「もっと褒めて」ということばも出てい た。そういう彼の様子を見て、最初彼の機嫌を 取るために彼をちやほやしていた他の生徒たち はだんだんと嫌気がさしてきて離れていった。 そういう様子を彼は感じることなく、どんどん と話を独占する状態が続いた後、自分で「こん なんしてたら、友達なくすよな。」とつぶやい たことがあった。 褒めてもらいたい、認めてほしい、注目を独 占したい、そのような目的を達することができ ないと人を攻撃することもある。家でも母親を つかまえて深夜まで話し続けており、もう寝た いと母親が言うと怒り出す。自分の人生の中で、 自分は主人公ではあるが、社会や学校の中では 自分が中心になれる機会はとても少ない。自分 の思い通りに行かない時に、それを人の所為に して怒っても、事態はよくはならない。その辺 りの歯痒さを集団の中で感じていたのかもしれ ない。 彼が変わるきっかけになったのは、新しいス タッフが来たことであった。彼にとってはそれ まで、関心は自分にしかなかったのが、新しい スタッフに関心を持つようになったのである。 元々音楽は好きだったのでギターを触るが特に うまくなりたいわけでもないような状態だった のが、新しいスタッフが好きだというジャンル の音楽をネットで調べて聴くようになり、その 話をするようになった。自分だけの世界から、 他者への興味関心が広がり、世界が広がったの であった。ギターをそれ以後習い始め、高校で 軽音楽部に入りたいという思いが強くなり、高 校進学への思いが強くなった。そのため、それ まで全く手にしていなかった学習にも手を付け 出し、学校の別室へ行くようになった。 〈暴力をふるう。切れる。〉 思い通りにならないことがあると切れて、暴 力をふるう中学 2 年生の N 君は、家でも相当 暴れていて、両親は困り果てておられた。適応 指導教室でも、最初の頃は物を投げたり、怒っ た口調で話したりしていた。切れて暴れて要求 が通ってしまうと同じ方法でやればまた要求が 通るということを学習する。できれば、静かに 話し合い、相手の都合や思いを考えて、要求を 伝えてほしいところであるが、それができるた めには、怒りに対して怒りで応えないというこ とが必要であると考えている。間違っている行 動に対して、それを怒って指摘しても、さらに 関係が悪くなり、威嚇して要求するやり方とし ては同じであることを学ぶだけである。そうで はなく、怒りが頂点に達している時にはあえて、 それには注目せずその場を去る。落ち着いてい る時にしっかりと関わりを持つ。危ない時や他 の人に迷惑になる時には、すぐに止めることは 言うまでもない。その時にも、冷静に「やめて ください」とお願いする。 暴力的な言動をしなくても、私は話をちゃん と聴けるという用意があることを子どもには話 す。そしてしっかりとことばで話せば伝わると いう経験を子どもにはしてほしい。子どもの要 求はきちんと聴いてみるとなるほどと思えるこ ともたくさんある。できる時には気持ちよくそ の要求に応えるが、できない時はきっぱりと断 る。暴れても意味がないことがわかるとそのう ちに暴れなくなった。家でも、暴れなくても ちゃんと親はあなたを見ていますよということ を子どもにわかってもらえるために、貢献的な 行動をした時にはきちんと「ありがとう」と言 うことをお願いし、続けてもらっているうちに、 暴れることは減っていった。 〈嘘をつく。〉 明らかに嘘だとわかるような嘘をたびたびつ く中 2 年生の O さんは、学校でも友達に嘘を

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ついて信用を失い友達の中に入れなくなったと いうことをきっかけに、学校を休むようになっ た。O さんの中では嘘をつくということでい いことがあるのだろう。最初私はすぐには嘘だ とわかってなくて、単純にすごいなあ、おもし ろいなあと感心していたのであるが、その時彼 女はとてもうれしそうな顔をしていた。嘘をつ いて注目を得ることで、自分の存在をアピール できるのである。彼女の嘘は楽しいことが多 かった。芸能人に知り合いがいるとか、海外に 旅行に行って、おいしい物を食べてきたとか、 そういうことを聞いて、楽しい時間を作ろうと してくれているのなら、それは素直に楽しんで おこうと思った。あえて嘘だと指摘はしなかっ た。しかし、彼女がきちんと自分を見てほしい、 認めてほしいと思っているのならば、大げさな 嘘をつかなくてもちゃんと向き合って認めてい ることをわかってもらえるようにしようと思っ た。日々の活動の中で彼女が相手を気遣うよう な行動をする時などには、貢献に注目し「あり がとう」と伝えた。また深く考えて話している ことが多かったので、そのことについてもっと 深く話し合える機会を作った。定期テストでは、 彼女は自信なさそうにしていたが、テスト範囲 を一緒に学習することで、自分でも思いがけず 点数が取れて驚くと共に着実に学習することで 力がつき、自分が自分を認めていけること、そ してそのことを他の人も喜んでくれることを 知った。この頃からほとんど嘘をつく必要がな くなり、気がついたら全く嘘を言うことはなく なっていた。 〈興味が深く狭い。物知り。〉 興味のある事項について、本当に詳細に語れ る子どもたちが最近多い。○○博士と呼ばれる 子どもたちである。何を訊いても答えてくれる し、専門的なのでおもしろい。それ事態は何の 問題もないし、むしろすばらしいのであるが、 興味の範囲が狭いことで、他の子どもたちと話 題が合わず、友達を作るのに苦慮することも多 いので、集団生活になじめないことがある。そ のことについて本人が悩まないのであれば、問 題はないと思う。しかし、友達とトラブルに なったり、友達が作れないことを悩んでしまっ たりして学校に行きにくくなることもある。本 人は友達が欲しいのである。コミュニケーショ ンがうまく取れないので、人間が嫌いなのかと いうとそうでもないようだ。話題が合うことが わかるとすぐに友達になれる。世界にどこかに は、自分と同じことに興味を持っていて、その 人と繋がれる機会があれば、問題は解消するこ ともある。インターネットが普及している今の 世の中、簡単に友達を見つけることもできるの も事実である。 電車の好きな P 君は、最初に来た時は非常 に緊張しており、顔の表情はほとんどなかった。 自分からはもちろん話すこともなかったが、電 車が好きだという情報をもらっていたので、少 し電車の話題を出してみたところ、一瞬で表情 が変わった。ここでは電車の話をしてもよいと 思ったのか、一日目から電車の話をたくさんし て帰った。その次からはたくさんの鉄道の資料 をかかえてやってきては、あらゆる方面の電車 の話題について話した。電車については私も関 心があったので、私がわからないことや知りた いことを中心に彼に教えてもらうということが 多かった。自分の調べたことについては詳細に ノートを取っているので、それを見せてくれて、 説明することもあった。自分の知識が人の役に 立つということもあり、本当に生き生きして 語ってくれるのであった。他にも電車の好きな 子がいて、その子と一緒に自分の作った線路す ごろくをしたこともあった。自分が作ったもの を誰かが喜んでくれるのもうれしいことである。 学校に行けなかった頃は、不安で夜中に大声で 叫んでいたという彼は、だんだんと元気を取り 戻してきたのであった。 5.子どもとの関わり方と その意味の省察 前章で述べてきたように、今までにたくさん の子どもたちのケースに出会ってきた。子ども たちは一人ひとりみんな違うし、その対応の仕 方は違うけれども、私が取り入れている核とな る理論はある。それが私の場合は、「アドラー 心理学」である。普段の生活の中ですでに実践 してきた理論であり、シンプルに考え自然に実

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践できることから適応指導教室の子どもたちと の対応にも応用している。また、スタッフミー ティングの折にも、どのように子どもを見てい き、どう関わっていくかについては、アドラー 心理学の理論を使って話す事が多い。 a.どんな子どもになってほしいのか〜基本的 な目標〜 通級生の個別支援計画というのをおおよそ学 期に一度くらいの割合で立てている。今の現状、 様子から目標を考える (Plan)。そしてそれに 対して子どもはそのことを目標にできるか相談 する (目標の一致)。目標の一致が得られない 時は、いずれ一致が得られるようになるように 継続して提案は続けていく。その目標に対して スタッフとしてできることは何かという手だて を出し、ある程度それを実施した (Do) 上で 結果を見る (Check)。そこから見直しをし、 次の行動をする (Action) というサイクルを 取っている。これは、学校の先生方、保護者に 見せて伝える。 個別支援計画にあげられる目標は、短期目標、 長期目標があり、それは個々によって大きく違 い、特性によってその手だても大きく変わるが、 どの子にも言える基本的な目標、最終的な目標 がある。その目標とは、自分の課題に自分で立 ち向かう勇気を持ち、自立することであり、社 会の人々とは敵対するのではなく、仲間だと思 え、協力して生きていくということである。そ のためには、自分には自分の課題を自力で解決 する能力があり、人々は仲間だと思えるように なってほしいのである。 本来、人が持つ基本的な欲求として所属感と いうものがある。自分の生きている世界の中に 居場所があり、ここにいてもよいと思え、人に 役に立つことができる時に生きていてよかった と思え、幸せだという感覚を得られるのである。 自分のまわりにいる人たちが自分の敵だとしか 思えず、自分に自信がなければ、当然幸せだと は思えない。 不登校になることで、まわりから能力のない 子どもだと思われていることは、本人にとって は、辛いことであると思える。何とかして学校 へ行かせようとする保護者や学校の先生の話は、 行かないといけないとわかっているからこそ、 よけいに自信をなくし、反発もする。そして、 人間関係も悪くなるのである。本来学校に行く ことは、本人の課題であるから、まわりの者が その課題に介入することはできない。本人が自 分で課題に立ち向かい、解決していかなくては いけない。他人が課題に介入することは、関係 を悪くするだけであり、関係が悪くなることで 助言や援助はできにくい状態になる。 ただ、学校に行くことだけを最終目標にはし ない。課題に立ち向かう勇気が出て、自立して、 社会の中で安心して暮らしていけるような健康 な状態になった結果として、学校に行く、また は次の進路を選ぶことができるようになってほ しいのである。健康な心理的状態とは、自分に は課題を自分で解決する力があり、人々は仲間 だと思え、人に役に立つ事ができると思え、支 え合って生きている社会の中で自分ができるこ とをしていこうと思えることである。 自分で自分の課題を解決できることを、自立 すると言うが、自立とは、何でも全部自分でで きるということではなく、必要な時に他の人に 助けを求めることもできることでもある。人を 敵だと思うと助けを求めることはできない。し かし、もし他人が自分のために何かをしてくれ ないことがあっても自分が被害者のように感じ るのではなく、人にはそれぞれの人生があり、 その人は自分が利用するために生きているわけ ではないと知ってほしい。お互いに必要な時に、 気持ちよく協力できる関係を作り、その中で助 け合って生きていることができるようになって ほしいのである。 b.行動の目的から関わりを考える 先に、子どもの行動の目的を考えることにつ いて書いた。その目的を理解し、「私には課題 を自分の力で解決する能力があり、人々は仲間 だと思える」ようになるためにはどういう関わ りをしていけばよいか考えてみよう。 自分が人からどう思われているかということ はとても気になることである。自分は人から愛 されてないのではないか、嫌われているのでは ないかと心配になったり、また、自分のことを 知ってほしい、認めてほしい、ほめられたい、

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注目されたい、というようなことを思ったりす る。さらに進めば、自分の正当性を認めてほし い、復讐したいという目的も出てくる。そうい う思いが無意識的にさまざまな行動になって現 れてくるのであるが、そういう目的を理解でき れば、関わりの方法を考えることができる。 たとえば、子どもが何か困らせる行動をする と、それについて叱ったり、それは間違ってい ると教えたくなったりするだろう。しかし、そ んな時には、あえてその行動に注目しない。 やっきになって怒れば怒るほど、注目を浴びた ことで、目的を達成できるから、その行動は繰 り返される。また、叱られることで、相手のこ とは敵だと思い、仲間だとは思えないだろう。 もしことばがけをしたければ、その行動に対し てスタッフ自身がどんな気持ちになるか、自分 の気持ちを話す。注目しないということは、決 して放任するということではない。そんな時こ そ、普段の何気ない当たり前の行動やきちんと できている行動に注目していきたい。その場合 もほめるのではなく、貢献に対する行動に対し て感謝のことばがけをしていきたい。ほめると いうことは上下関係の中で行われることであり、 子どもを支配しようとして使えば、その相手を 仲間だとは思えないだろう。またほめることで その行動を強化しようとすると、ほめてくれる 人がいないところでは、良い行動はしなくなる。 そうではなく、社会の中で協力できる関係の中 で人と繋がり、自分のできることを探すように 子どもには育ってほしいのである。そのために、 貢献に注目していきたいのである。じっくりと 子どもとつきあっていると、どんな些細なこと でも、貢献していると思えることはたくさん見 えてくる。子どもの存在そのものが貢献してい ると私は思える。その時にしっかりとことばが けをしていくのである。 子どもの行動には、どんな時にも、その文脈 の中で良い側面、良い意図がある。決して悪意 で動いているわけではないと私は考えたい。話 をじっくりと聴いていくと、子どもの意思や目 的がわかるだろう。子どもの行動をどう見るか、 どう意味づけするかによって、援助者が子ども を否定的に見るか、肯定的に見るか変わってく るだろう。子どもは相手がどう思って自分を見 ているか、とても敏感である。行動のみについ て考えているのであって決して全人格を否定し ているわけではなくても、否定的に見ていると 感じるや否や、全人格を否定されたように思い、 その人との関係を拒否することはよくあること である。関係が作れなければ、当然援助できな い。表面的な目的に悪意があるものだとしても、 その底流には自分を認めてほしい、もっと愛さ れたい、自分が正しいことを主張したいなど 様々な目的が隠されている。その奥底にある目 的を見るためには、まずはこの子がこの行動を することで、この子にとってどんな良いことが あるのだろうかと考える。できていることを軸 に、さらにより良い形で目的を相手に主張でき るためにはどんなことをしたらよいのか、子ど もと一緒に考えている。 今の状況が自分の力ではどうしようもなく誰 かの所為にしてその人を責めることで、自分が できないことを正当化しようとすることはよく ある。しかし、人を変えることは基本的にでき ないので、今の自分の課題を見つめ、しっかり と乗り越えていくためには、自分が変わること からしか始まらないことを、子どもたちには 知ってほしい。相手を変えようとして動くこと は、結局は相手を支配しようとすることで、そ れは、協力的な人間関係を築くことにはならな いのである。自分に今できることは何なのか、 どんな小さなことでもできることを一緒に探し ていくと、相手を変えようとしなくても事態は 変わっていく。援助者と子どもの関係も同じこ とが言える。子どもを変えようとするのではな く、子どもが自力で課題を乗り越えていくため に、援助者にいま何ができるか考える。その折 に、本来子どもの課題には立ち入らない。もし も、子どもに何か手伝ってほしいことがあれば、 自分で頼んでくるように伝える。その時も、で きることは援助者として気持ちよく受けるが、 できないことはきっぱりと断る。何でも頼まれ たことを全てしてあげることは決して子どもの 自立には繋がらない。しかし、自立と言っても、 一人ですべてができるわけではない。人と協力 していく中で、できないことは誰かに頼める力 もつけていってほしいのである。それが自立と いうことであると私は思う。

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c.関わり方の基本理念 〈よい関係を作る。〉 子どもと関わる時にまず一番大事なことは、 子どもと援助者がよい関係であるということで ある。よい関係でないとどんなに援助しようと 思ってもできない。大抵の場合、関係を非常に 悪くしてから援助しようとするからうまくいか ないのである。まずはよい関係を作るところか らしか始まらない。不登校になることで、元々 はよい関係であった家族や教師との関係が悪く なることはよくある。二次的な障害である。悪 くなった場合も、元々よい関係でなかった場合 も、やはり同じように、もう一度原点に戻って よい関係になるように努めなければならない。 保護者の方の面談の際にも、まずはこのことを 見直していただくように助言することが多い。 よい関係になって初めて、子どもと意見交換が できるようになる。提案することもできる。適 応指導教室においても援助者と子どものとの関 係もよい関係であることが基本である。適応指 導教室には不登校になってからやってくるので、 援助者とは最初からよい関係作りを始めること ができる。こじれているのを元に戻すのは難し いが、最初から作り上げる方が比較的簡単だと 思えるが、いつでもそうであるとも言い切れな い。すでに子どもは、世界は敵であると思いこ んでいる場合もあるからである。その場合でも、 しっかりと向き合うことからよい関係は作って いける。 よい人間関係であるために必要なこととして 大事な点がいくつかある。 その一つは、相互尊敬ということである。尊 敬とは、対等なヨコの関係の中で相手のことを かけがえのない大切な人と思うことである。そ して私とあなたはこうして今は一緒にいるけれ ど、やがて別れる日がくるだろう、それまで毎 日毎日を大事に仲良く生きていこうと思うこと である。相手が尊敬してくれるから自分も尊敬 するというのではなく、まずは自分から尊敬す ることが基本である。尊敬することとか愛する ことは人に強要されてできることではない。し かし、自分が相手から大事にされているとわか ると自然と自分も相手のことを大事に思えたり 愛することができたりする。しかし、こちらが 大事にいくら思っても相手が自分を尊敬するか どうかはわからない。それでも、自分から尊敬 する。 二つめに、相互信頼。信頼ということは、信 用ということと違って条件がない。何かをする から相手を信頼するのではなく、ただ信頼する。 この子は、今は学校も行っていないし、学習も していないから、信頼などできないと思うので はなく、この子は自分の課題を (それは単に学 校に行くということだけでなく) 自分の力で解 決する力があると「信頼」するのである。よい 関係は相互に信頼している状態であるから、こ れも、相互尊敬と同じように、まずは自分が信 頼する。相手から信頼してもらえたら、その時 よい関係であると言えるだろう。 そして三つめに、協力作業。多くの場合、本 来は子どもの課題であることに介入してしまい、 関係が崩れる。学校に行くことも学習をするこ とも、子どもの課題である。支配的な関係では 無理矢理力で学校に行かそうとしたり、学習さ せようとしたりして、関係が崩れる。自分から やってみようと思えるような勇気づけをせずに、 大抵、勇気をくじくようなことばをかけて、さ らに関係が悪化する。そのようなことがないよ うに、これは誰の課題であるか、きちんと判断 した上で、もしも、相手が困っていることがあ り、助けてほしいと思う時には、いつでも協力 を惜しまない。その場合でも、何でも言うこと を聞くわけではなく、自分でできそうなことは 自分でするが、どうしても誰かの力が必要で、 きちんとそのことを相手にことばで伝えてきた 時には、手助けする用意があることを伝えてお く。そして、援助者もできることは気持ちよく するが、できないことは断ることも大事なこと である。不登校になった子どもの親御さんが、 無理難題を子どもから言われ、それを聞かな かったら関係が壊れると思い、何でもしてしま うということをよく聴く。まるで腫れ物に触る ように接していることは多い。しかし、よい関 係ができていたら、お互いに話し合いができ、 お互いに必要なことを協力することができるの である。どちらかがどちらかを支配することは、 よい関係とは言えない。「私はあなたの味方だ

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から、私にできることがあったら、言ってね。」 と子どもには伝えておくことが大事だと思う。 必要なことは助けるけれど、見捨てているわけ ではないことも知っておいてほしいと思う。 四つめに目標の一致。適応指導教室では、こ こに来てどんなことをできるようになりたいか、 そのためにはどんなことが必要かを話し合う。 たとえば昼夜逆転をしているのであれば、通級 することで生活のリズムをつけるとか、学習を したいが家で自力ではできないのでスタッフと 一緒に学習してみるとか、あまり動いていない ので体力をつけるために卓球やキャッチボール をするなどである。こちらから提案をすること もある。しかし、それが、子どもの目標と違う 時には、子どもは決してその提案には乗らない。 大きすぎる目標や課題はもちろん拒否される。 無理にやらせることもしない。相談した上で目 標が一致した時には、子どもは続けて通級する ようになることが多い。援助者が勝手に目標を 設定して、勝手に手だてを考えても、そのこと を子どもと話し合わずに決めてしまうと子ども との関係は崩れてしまう。 〈子どもの関心に関心を持ち、共感する。話を 傾聴する。〉 子どもとの関係を築く時に、何からこの子と 関わっていくか、その手がかりとして、まずは 子どもの関心に関心を持つことから始める。子 どもの関心は多岐に渡り、そして非常に専門的 なことが多い。家にいて得意なことを充分に掘 り下げている場合が多いので、その得意分野が 何かを探り、その部分でまずは話ができるよう になることを考える。わからないことが多いの で、その時は調べたり、素直に子どもに教えて もらったりすることが多い。 不登校になったきっかけや、家族を始めとす る人間関係のもつれについてなど、気持ちの部 分で思いを深めている場合には、その話をしっ かりと聴く。今、この子の心を占めていること に触れることができると一歩近づいて援助がで きることが多い。 子どもたちは自分のことについて関心を持っ てもらえていることがわかるとどんどん話を始 める。何か今できていないことについて説教さ れるとか叱られるとか思うと、子どもたちは話 はしない。子どもたちから話を聴き出すために は、どんなことでも聴く姿勢を崩さない。会話 の途中ですぐに援助者が自分の意見を言うと せっかく話したいという気持ちを削ぐことがあ る。充分に話を聴く中で、よい関係ができてい れば、タイミングをはかり、自分の意見や助言 をする。子どもたちが話しかけてくる時という のは、活動中の時が多い。創作をしたり、卓球 をしたり、調理をしていたりする中で、ふと思 うことを話しだす事がある。そんな時には、活 動の手は止めないが、気持ちはしっかりと向き 合い、話を聴く。 〈あるがままを受け容れる。〉 子どもが今どういう状態にあるか、どんな行 動をしているか、そのことをまずはそのままに 受け容れる。感情的になって批判したり説教し たりはせずに、子どもの行動の目的をしっかり と見定め、冷静に子どもと向き合う。もしも子 どもたちが不登校にならなければ、適応指導教 室という場所には来なかったわけだから、今こ こで出会えたことをうれしいことだと捉えたい。 そうすれば、どんな状態であれ、子どもたちと 一緒にいられることは喜びだと思える。かけが えないのないこの子とどうつきあっていくか、 この子は他にはひとりもいないのである。そう 思うとどんな状態であっても、この子を愛しく 思えるのである。 人間はみな不完全である。もちろん自分も不 完全である。完璧な人は誰もいない。なのに、 大人が理想の子ども像を作り上げ、できていな いことをマイナスして評価していくことで、子 どもたちは自分にどんどん自信を失くしていく。 子どもたち自身も完璧な自分でないとだめだと 思っていることが多いので、少しでもできない と途端に前には進まなくなる。不完全な自分を 受け容れることができないのである。しかし、 不完全であっても他の人に受け容れられ、仲間 になれること、愛されることを知ってほしいの である。 失敗に対して恐れる子どもは多い。完璧な理 想の像になれないくらいならしないという選択 をする。挑戦してできないことがわかるよりも、

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挑戦しないことでやればできるかもしれないと いう可能性を残せるからである。しかし、失敗 を恐れずに、失敗した時にどう対処すればよい かを学んでほしいので、失敗した時こそ、いい チャンスだと思い、充分にどうするかを話し合 う。失敗してもそのことで怒られたり否定され ることはないとわかると子どもたちはだんだん と失敗は恐れなくなる。 同じ行動をしていても、その受け取り方はさ まざまある。行動の意味付けを肯定的なものに 変えると子どもに対して否定的に見ることがな くなる。できていないことを探して理想の子ど も像から引き算するよりも、できていることを たくさん探して足し算していきたい。不登校に なる多くの子どもたちはとても感受性が強く、 自分がどんなふうに思われているか見抜いてし まうことがある。勝手な思い込みのこともある のだが、ことばに出して伝えてなくても、こと ばの端々や口調、表情によっても感じ取ってし まう。今できていることに対しては、きちんと ことばで伝える。 〈不適切な行動に注目せず、貢献に対して注目 し、ことばがけをする。〉 不適切な行動というのは、相手を困らせる行 動のことを言う。誰かを困らせることによって、 注意関心を引くことが目的であるから、その行 動を注目してしまうと目的を達成してしまうこ とになり、その不適切な行動は終わることなく、 さらに続いていくことになる。それならば、不 適切な行動に注目してはいけないのである。子 どもたちは大抵の場合、その行動が悪いことで あると知っている。知らないのであれば、教え ればよいのである。知っているがやっているの であれば、目的を達成するために不適切な行動 をするのではなく、違う適切な行動で目的を達 成すればよいことに気づくように、代替案を一 緒に考える。また、不適切な行動には注目しな いが、適切な行動をしている時や当たり前の行 動、貢献に対してはしっかりと注目をし、こと ばをかけるようにしている。 子どもの行動について考える時に、問題行動 であっても、子どもにとっては意味があり、よ い意図があるだろうとまずは考えるところから 始める。結果として問題だと思える行動になっ て人を困らせることにはなったとしても、子ど もの思いは最初からそのようにしようと思って いたわけではないかもしれない。否定的に見る 前に肯定的にまずは見ていきたい。 そして、貢献に注目する。貢献というとお手 伝いやボランティアのような決まった仕事をす るようなイメージがあるかもしれないが、そう ではなく、もっと何気ない行動や、存在そのも のに対しても注目したいのである。一緒にいて 楽しい、うれしいという感覚を子どもと一緒に いて持つことはよくある。あなたがそこにいて 今日一緒に過ごせたその時間はかけがえないも ので、何かをしてもらうということではなくて も、一緒に過ごせたことをうれしいと思えるし、 そのことに対して注目をまずはしたいのである。 そして、そのことは必ずことばをかけたい。以 心伝心というのが美徳のように思う国民性が日 本人にはあるが、伝えないことは伝わらないと 考えてよいと思う。自分が思っているように相 手が感じてくれているとも限らない。きちんと ことばで伝えたいのである。 〈自分で決めて行動するよう促し待つ。〉 いろんな活動の場面で、決断を迫られること が多いが、まずは子どもが自分で決めるように 促し待つ。一日の活動の流れを、通級してきた 時に予め相談して決めて、できれば、紙に書き 込む。書くことに抵抗がある場合もあるが、そ の時には、スタッフが書き込むこともある。そ の紙は、一日の活動の終わりに振り返りとして、 確認する時にも使う。経時的に視覚的にわかる ように日記や表のような形に残るものの方が良 い。子どもに合わせて、その形態を変えるのが 良いと思う。 子どもだから、大人のレールに乗って言うこ とを聞いていればよいと考えるのは大きな間違 いだと思っている。どんなに小さい子どもにも 自分の意思はあるし、自分が決めたことしか動 く事はできない。しかし、自分の意思があるの に、それを曲げて大人の顔色を見たり、間違っ ていても自分の責任から逃れることができるよ うに、自分で決められないのでは困るのである。 自分の人生だから、自分の責任で、自分で決め

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て生きていってほしいのである。やってみて失 敗したらまた挑戦すればよい。何度も失敗する 中で多くのことを学んでいく中で、たくさんの 失敗は決して汚点でもマイナスでもないことを 子どもたちには知ってほしいと思う。小さな決 断をたくさん繰り返していくうちに、人生の岐 路に立った時の大きな決断を自分の判断ででき るようになる。子どもたちが間違ったり失敗し たりして傷つくのを恐れるあまり、周りの大人 たちが安全な方へと先回りして決め、守りすぎ る傾向があるのは憂慮すべきである。 〈相談する。支配関係にならない。〉 本人の活動だけに関わる時は、本人の意思に まかせるが、小集団活動など、他の子どもたち と一緒の活動の際には、必ず、相談をする。み んなの意見を聴き、確認を取った上で、活動内 容を決めていく。スタッフが勝手に内容を決め ることはない。大枠だけは決めることはあって も、その詳細については必ず相談していくよう にしている。たとえば、調理実習をするとする。 その場合、調理実習をするかどうか、するとな れば、レシピは何にするか、どういうことなら 挑戦できるかもできるだけ聞いてみるようにす る。たとえば、野菜嫌いな子であれば、食べら れる野菜にプラス α で、何か食べてみるよう に提案する。もちろん却下することも可能であ る。 ルールについても子どもと相談する。ルール は集団生活の中で人を守るものであるから、必 要であれば相談して決めていく。たとえば、携 帯を持ってくるかどうか、以前話題になったこ とがあった。個人で使っている分には問題ない が、活動中に音が鳴ったり、それで音楽を音を 出して聴いたりするのは、他の人に迷惑になる ので、音が鳴らないようにする、イヤホンで聴 く、ということが話し合われた。また活動中に 携帯が気になるとその活動に自分も集中できな いから、しまっておくということも、子どもた ちの意見として出て、それを他の子どもたちも 合意したので、その年は、そのルールでやって いこうということになった。そのように、ルー ルが最初にあるわけではない。スタッフとして は、子どもが携帯に気持ちが行ってしまうとい うことは、活動自体に魅力がないということで もあり、スタッフ自身の振り返りとして、もっ と子どもがやってみたいと思えるような活動を 提案すること、活動に集中できるものになるよ うな努力が必要だと言える。 〈真剣だが深刻にならない。〉 学校に行かないことで、親も子も、確かに辛 い思いをしてはいるのだが、深刻になる必要は ない。自分の課題にどう向き合い、どう対処し ていくのか、真剣に考えることは必要だが、深 刻になって暗くなることはない。子どもたちと 接していていかに子どもから笑顔を引き出せる か、いかに楽しい時間にできるかということは 大事な点である。親も子どもが不登校だから楽 しいことや笑える時間を作ってはいけないよう に思う人もいるようだが、今この時間をどう素 敵な時間に過ごしていけるかを考えていくこと で、親が元気になり、その元気を子どもに伝え ていくことも大事だと思う。学校という場所を 離れている時間だからこそ、よけいにゆっくり と時間をもらったと思い、大切に時間を使いた い。それならば、暗くなってしんどい時間を過 ごすよりも、楽しく素敵な時間を過ごしてほし いと思う。 〈子どもは何を学ぶか考える。〉 大人の行動は子どもたちの行動のモデルであ る。いくら言葉でいいことを言っていても、大 人が実行できていなければ、子どもたちには伝 わらない。子どもに嘘をついてはいけませんと いう大人が約束を守らなかったり、事実を曲げ て伝えるようなことがあれば、説得力はないの である。またいくらけんかはいけない、暴力は いけない、いじめはいけないと言っても、大人 同士がいがみあったり、戦争をしたり、体罰を 加えたり、一方的に力で抑えられる人がいるよ うな社会があれば、子どもたちはそこから何を 学ぶは言わずと知れている。 しかし、逆のことも言える。つまり、大人が 子どもに学んでほしい行動をしっかりと常々見 せていると、子どもたちはそこからどういう行 動をするのがよいか、学ぶのである。ソーシャ ルスキルトレーニングはあえて場面を設定しな

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くても、いつも子どもたちやスタッフ同士が人 として人とどう接していくかを、具体的な場面 で見せることができる。何かを伝えたい時に自 分も人も傷つけずに主張する方法や、人に助け を求めたり、協力したりするために相手を支配 せずにお願いしていく方法、感情を使わなくて も自分の意見をことばで伝える方法など、それ らを具体的にどんなことば遣いをしていくかを スタッフが実際に使えるようになって子どもた ちに見せていくのである。そのためには、まず スタッフ同士がよい関係になり相手を大事にで きなければ、見せていくことはできない。複数 スタッフがいると当然、相性の悪い人もいる。 そんな時こそ、どうすればよいかを伝えるいい 機会だと思えると良い。人はみんなと仲良くす ることは無理だと思うが、それでも、相手を大 事にして、相手の意見を尊重しながら自分の意 見もきちんと主張していくことで、一緒に同じ 時を過ごすことは可能である。合わない人とど う接していくかがわかれば、集団の中に居るこ との苦痛は多少なりとも少なくなるかもしれな い。人は自分とは違うのだから、その違いを認 めて、違うからこそ楽しいと思えたり、違うか らきちんとことばで伝える術を学んでいけると よいと思う。 子どもたちは、学校で合わない人たちの中で 所属感をなくし、不登校になってしまうケース がとても多い。不登校になることのデメリット はたくさんあり、自分が犠牲になって学校に行 けなくなることの不利益を被るよりも、きちん とことばで自分の意見を伝えられるようになっ てほしいと思う。しかし、学校での子ども同士 の関係は、本当に悲惨な状況になっており、そ んなところで神経をすり減らすよりも、ひとま ずは安心できる家庭や適応指導教室などで、自 分らしく生きる方法を考えるのは一つの選択肢 だと思える。それくらい現在の学校状況は辛く 厳しいものであるのは事実である。 〈子どもが「自分には力がある、人々は仲間で ある」と思えるかを考える〉 子どもの大きな目標は、自立し、社会と調和 して暮らせるということであり、そのために、 自分には課題を解決する力があり、人々は仲間 であると思えるようになってもらいたい。日々 の活動の中で子どもと関わる時に、今の関わり 方は子どもが自分には力があると思えたか、援 助者は仲間だと思えたかということを常々考え ている。単に子どもをスタッフの思い通りに動 かし、結果として何かができるようになったと しても、子どもが自分の力でできるようになっ たわけでなく、支配される関係であれば、自分 には力はなく、スタッフは仲間だとは思えない だろう。スタッフはあくまでも援助者であるか ら、子どもが自分でできるようになりたいと思 えるような勇気づけをする。同時に、仲間とし て援助する用意はいつでもあり、どんなことに 困っていて、どこまでは自分でできるか、どう いうことは助けてほしいか、助けてほしいこと はことばで頼んでほしい旨、子どもに伝える。 課題を乗り越えていくのは、子ども自身であ り、子どもが乗り越えていこうと思えない限り、 周りの大人が何を言ってもやらせようとしても 決して解決はしない。乗り越えたいと思えるよ うに勇気づけをすることはできるが、子どもの 課題に踏み込むことはできない。できることと できないことをしっかりと踏まえた上で、今こ こで私がこの子が課題を乗り越えるために何が できるだろうかと改めて考えてみる。その時に は、正しいか、間違っているかの軸よりも、協 力するか、邪魔するかの軸で考える。子どもた ちが勇気と自信を回復し、世界が広がるために、 大人ができることはたくさんある。子どもたち に何をさせるのではなく、私が何をするか、こ の点も間違ってはいけない点であると思う。 子どもの置かれた状況や環境、経過、あるい はこれからどうなっていくかという将来の目標 など、考慮すべきことはたくさんあるが、過去 を憂い、未来に不安を持っていても、事態がす ぐに好転するわけではない。瞬間瞬間の今の積 み重ねが未来に繋がっていくのである。この瞬 間を大事にしないで何を大事にするというのか。 変えることのできない過去に捕われず、起こっ てもいない未来を心配せずに、今この時を子ど もと真剣に向かい合いたいと私は思う。そして、 深刻にならずに、いかに楽しむかを考える。こ の子で出会えてうれしかったという思いをいつ も感じながら過ごしたいと思う。気がついたら

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