ら」関係の視点から
著者 庄司 俊作
雑誌名 社会科学
号 78
ページ 49‑80
発行年 2007‑03‑15
権利 同志社大学人文科学研究所
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011099
―「町村−むら」関係の視点から―
庄 司 俊 作
はじめに
「町村−むら」関係の視点から1930年代農村負債整理事業の実施過程を検討する ことを通して,当該期農村社会の構造を明らかにすることが本稿の目的である1)。 研究ジャンルでいうと農村政策史研究になるが,その通常の方法と同じく本稿でも 農政当局の政策対応と農村の現場の関係に焦点を当てることになる。筆者独自の,
町村とむらの関係という観点からの分析が,本稿の特色である。ここで「町村」と は行政村のことである。本稿では「村」という用語も使うが,これは町村と同義,
行政村の意味である。「むら」は現在統計用語で「農業集落」と呼ばれもので,農 村の基礎的な単位地域である。
1930年代は統合の時代であった。大恐慌によって農村の危機が一段と深まった中,
国は農村統合を図るため農民の「隣保共助の精神」に依拠したさまざまな政策をと り始める。その代表の1つが負債整理事業である。実行機関である負債整理組合
(以下適宜「整理組合」「組合」とする)については,法律をもって「隣保共助の精神に 則りて設立す」と「精神団体」であることが明記された2)。組合は「部落その他之 に準ずる区域」に設立される。部落イコールむらではないが,それは別として,整 理組合は,精神団体たる本質が明確にされた上で,部落等に設立され負債整理事業 の遂行に当たるという法的位置づけを与えられたことに注目したい。
また,1930年代は協同の時代でもあった。農民の協同の行動と意識が飛躍的に高 まり,それが今日の村づくりや戦後の農協につながる。農山漁村経済更生運動(以 下経済更生運動)や産業組合,農事実行組合の発展そして負債整理事業の展開がそれ に当たる。負債整理事業については後述の通り経済更生運動以上に集中と努力を必 要とする,その意味で固有の困難さをもつ事業であることと,その事業によって協
同の関係が一段と進むことが考慮される必要がある。かかる負債整理事業が国の政 策として打ち出されたことは協同の時代としての1930年代を象徴する。
統合といい協同といっても,歴史は協同を通して統合が進んだ。だとすれば,こ の2側面をひと掴みにする研究が求められる。こうした研究を本稿では負債整理事 業を主題にすることによって目指す。とくに,負債整理事業が時代の象徴であるこ とを踏まえ,1930年代の協同の一断面を重点的にさぐりたい。
そこで問題となるのは,負債整理事業の政策と展開,とくに後者では整理組合の 組織と設立と活動であり,そしてそれをめぐる町村の役割とむらの機能である。地 域とは課題であるといわれるが,町村の役割もむらの機能も地域の課題に即して明 らかにされなければならない。本稿では「負債整理」を切り口としてこの地域に迫 る。
最初に課題設定の理由を含め本稿の目的を敷衍した。1930年代負債整理事業につ いては加瀬和俊氏の30年近くも前の研究3)があるだけであり,これまでほとんど研 究されてこなかった。加瀬氏の研究は貴重であるが,政策の立案過程の分析に限ら れ実施過程については研究成果はまだ発表されていない。実施過程の研究が全くな いことにこの事業の実態分析の困難さが暗示されているように思われる。いかなる 視点=方法をもつかが問われる。
1.負債整理事業の仕組み
(1)現代性
一大社会問題となった昭和恐慌期の農村負債問題について詳論する必要はないが,
行論上2点だけ指摘しておく。第1に負債の実態。農林省の発表では農家の負債総 額は45〜60憶円,1戸当り約900円である。もちろんこれは推定値で正確な数字では ない。そして,借入先は大まかに個人・頼母子講等が半分,産業組合2割,銀行・
公共団体2割,その他1割というのが,当時の有力な一般的見方だった4)。
第2に,負債整理事業は農家の負債全部を整理しようとするものではなかった。
昭和恐慌によって農村の金融ショートが起こり,借金は農家の重圧となった。農家 は「金の入る先へ先へと取立てを食」い,「自分たちの今年の生活はすっかりもう 前年中に前借してしまっている」ような生活を余儀なくされる。こうして農家から 現金がなくなり,わずかな金のために娘を身売りしたりする5)。このころの農家は
「借金まみれ」といわれたが,それは借金のため少々のことではどうにもならない
経済状態にあることを指している。負債整理事業の「負債整理」の意味は負債の条 件緩和である。農家を借金まみれの状態から救い出し,さらに一定の期間内に負債 が返還できるようにする。そしてそれにより農家の経営と生活を再建する。
負債整理事業は1933年,農村負債整理組合法の成立により始まる。同法により,
事業主体としての負債整理組合が設立されることになったほか,政府の資金融通に ついても,府県・市町村の責任で負債整理資金を供給し,政府が府県に対し3千万 円の損失を補償することが決まった。資金融通の方法はその後拡充され,37年9月,
農村負債整理資金特別融通及補償法で資金融通機関が市町村のほか産業組合中央金 庫や日本勧業銀行等にも拡大され政府が損失を補償することになった。また市町村 に対する損失補償では府県がその損失を補償し,それに対してさらに政府が補償す る形になるとともに,資金が増額された6)。
まず政策としての負債整理事業の基本的性格を見ておく。政府の意図は1937年に 出された「農村負債整理ニ関スル訓令7)」(農林省訓令第8号)の中で明確に謳われて いる。
それによると負債整理は第1に,「誠実勤勉」で「自奮更生の熱意」をもち経済 更生計画・負債償還計画が樹立できる者に対象が限られた(第1条)。第2に,上述 のように内容は負債の条件緩和であり,その目的も,債務者である農家の経済更生 に必要な限度に限られた。それを超えて債権者の利益を害することは避けなければ ならないとされた(第3条)。第3に,負債整理によって「公の秩序」や「善良の風 俗」を害する恐れがある場合または官庁の監督下にある銀行等の業務機構を害する ような場合も,回避すべきこととされた(第4条)。
負債整理は借金棒引きや例えば負債全部を政府低利資金に借り換えることなどで はない。立案に当たってこのような要求を出した農民団体が存在したり,現場の農 村では負債整理の内容をこう誤解した向きがあった8)。そうした立場から見ると事 業は生ぬるいということになるが,こうした基準による評価は適切ではない。とき は国が現代化し,各方面でその役割が増して社会,経済への介入が強化されつつあ った時代である9)。負債整理事業も現代化しつつあった国の政策の一環であり,上 記訓令の3つの規定はその現代的性格を表わすものといえる。
そこで,長いスパンで農村負債整理事業をとらえてみる。注目されるのは,現在 の債務救済法である個人再生手続との類似性である。
個人再生手続とは,2001年,消費者金融による多重債務者の急増に対処するため
導入された個人版の民事再生手続のことである10)。個人の再生を目的とする再建型 債務整理手続であり,この点で既存の自己破産手続と異なる。したがって,それが 裁判所によって認可決定されれば,「破産者」のように職業資格を失ったり住宅を 奪われたりすることなく,債務整理が可能となる。また手続中は給料差押えなどの 強制執行をされる恐れがない。手続きは,まず債務者が裁判所に申し立てる。申立 てができるのは「破産の原因たる事実の生じるおそれがあるとき」である。個人事 業者については,これに加え,弁済期にある債務を返済すれば事業の継続等に著し い支障をきたすとき,申立てができることになっている。申立てを受けた裁判所は 個人再生委員(通常弁護士)を選任し,債務者の財産・収入状況や関係者間に争い のある再生債権の調査,および債務者が適正な再生計画を立案するための必要な勧 告に当たらせる。再生債務者から提出された再生計画案について,裁判所は所定の 手続きを経て再生計画認可の決定をする。これによって「再生債権者の権利は,再 生計画の権利変更の一般的基準に従い,債務の減免,期間の猶予,その他権利変更 を受け」ることになる。
ポイントは次の3点にある。個人再生手続の権利変更は再生債務者の事業・生活 の立て直しを目的としていることから,①客観的に立てられた再生計画にもとづく。
つまり基準は恣意的ではない。②債務の減免,期間の猶予等の条件緩和である。③ 裁判所の認可決定により確定する。
このように1930年代負債整理事業の中には現在の個人を対象とする再建型債務整 理手続につながる政策的な考え方が存在する。負債整理事業と個人再生手続を対比 すると,①②は同じである。③にかんしては異なるが,前者では裁判所の決定に代 わり,負債整理組合を設立しその連帯責任で効力をもたせたといえる。
(2)事業の機構と基盤
負債整理事業の機構の特徴をとらえるには,負債整理の手順をおさえる必要があ る。それは以下の通りである11)。
まず負債整理組合が設立される。整理を希望する組合員(以下整理債務者)はその 旨を申し出,負債の償還・経済の立直しに努めることを誓う。それを受けた組合は ただちに債権者に負債整理の申し出があったことを通知するとともに,整理債務者 の資産や負債,家計の状況を調査した上で経済更生計画と負債償還計画の樹立に着 手する。償還資金は年々の収支の剰余金と家業の経営に必要のない財産を処分した 金を当てるしかない。こうした財産処分により返還すべきものは返還した上で,20
年以内に償還が完了する計画を立てる。しかし,どうやり繰りしても償還計画が立 たない場合,整理をする負債について,組合が債権者と整理債務者との間を斡旋し 負債の条件緩和についての協定を結ばせる12)。無理のない実行可能な償還計画にす るためである。その際,組合から整理債務者に負債整理資金を貸し付け,負債の一 部を現金で返済させるようにした(負債整理事業資金特別融通)。「互譲妥協」を図 る「頭金」である。資金は町村から供給を受け,組合員1人当たり千円以内,また 条件緩和前の3分の1以内とされた。
負債の条件緩和にかんして当事者間で折り合いがつかないとき,組合は負債整理 委員会に協定の斡旋を請求することができた。ここまでが村内で自治的にまとまる 場合である。それでもまとまらないときは,裁判所において金銭債務臨時調停法に よる調停が行なわれることになる。調停は債権者,整理債務者いずれからでも申し 立てることができた。
このように負債整理事業の機構ということではさしあたって,負債整理事業資金 の「融通の主体13)」として,あるいは負債整理委員会の設置区域として位置づけら れた町村,および負債整理組合が問題となる。
負債整理事業資金は政府の低利資金が大蔵省預金部支部を通じて直接町村に供給 された。その理由として,政策当局者が「どうも今日の負債を償還する組合を作る 上に付て,其市町村が監督の任に当らないと云ふと,甚だ効果の少いことに至る虞 がある」14)との判断をもっていたことが注目される。町村は負債整理組合の「責任 者」と位置づけられた15)。とくに資金関係の理由から,町村が責任主体にならなけ れば,政府も資金の出しようがなかった。そこで,他の施策でも預金部資金を府県 を経由せず直接町村に流す方式が増えていたので,それにならってこの方式がとら れた16)。もとより特別融通は負債整理事業にとって不可欠であった。
次に,町村区域の負債整理委員会はたんに負債条件緩和の斡旋に当たるだけでは なかった。同委員会は知事が町村長の意見を聞き設置等をなすものとされ,会長に は町村長が就いた。注目されるのは,負債整理のため必要と認めるとき,村内に整 理組合が設立されていなくても設置され,同組合の設立や事業の指導など負債整理 の普及促進を図るものとされたことである(訓令第44,45条)。加え,後で明らかに するように負債整理事業では実際に町村長の果たす役割がきわめて大きかった。
このように見ると,町村の役割というものは,それなくしては負債整理事業その ものが成り立たないといえるほどの位置づけにあったことが,事業の仕組みと機構
上の特徴から指摘できる。
最後に整理組合の問題,すなわち負債整理が隣保共助の精神を拠りどころにして 仕組まれたことについて。法案作成の中心になった経済更生部長小平権一のこの点 にかんする説明をみてみよう。「負債整理組合は,農山漁村部落の人々が,負債整 理をする者の世話をする為に,隣保共助の精神に則つて作る組合である。斯う言ふ 組合が,法律で認められたのは今度が始めてである」として,次のように述べる。
それは,従来,実際に行はれて来た慣行に,工夫を加へて,1つの制度とし たものである。即ち,従来から農村漁村に於いては,負債整理をしなければな らない者があった場合には,その隣近所の主立つた人が,家計や家業の整理の 目論見をしてやつたり,満足に返せない借金に付いては,債権者に交渉して譲 つて貰つてやつたり,いろへ面倒を見てやつた上で,尚ほ部落の人々が集つ て,それに親戚縁者を加へて,無尽(頼母子講)の如きものを起して,負債整 理の資金を調達してやると言ふ仕来りが各地方に於いて行はれて居る。又,昔 し,二宮尊徳翁が,難村の樹て直しの為め行つた,負債整理の方法,即ち仕法 のやり方も,全く本制度と同一の精神である。本制度は,農村漁村に於ける此 の伝統的の隣保共助の精神の発露に依り,隣人同士が負債整理の為めにお互に 援助する風習を制度化したものである17)。
小平を中心メンバーの1人とする石黒農政では直接生産者を拠りどころにして政 策を打ち出すことを本質的特徴とした18)が,負債整理事業の「風習の制度化」も同 じ精神に発する。
こうした小平らの認識をめぐって,政策立案過程で興味ある議論がなされた。議 会では,冠婚葬祭等での隣保共助はあっても,負債整理をする隣保共助というもの はかつてもなかったし今もあるとは考えられない,あるいは負債整理のためには負 債緩和の協定と事業資金の借入れが必要であり,それが限られた中では実効ある政 策になるかは覚束ないなどの質問が出された。これに対する後藤文夫農相や小平の 答弁は確信に満ちたものであった。
小平の答弁はこうだった。「私共は農山漁村に於て隣保共助の精神で,本当に共 同一致して部落の改善を図ると云ふ精神は,相当まだ残つて追つて,それを相当に 助長すれば,相当程度に於て隣保共助の組合が出来るかと考へて居ります19)」。この
後小平が具体的にあげた「助長策」は,経済更生計画の中に負債整理事業を入れ経 済更生委員会が指導督励したり,上述の負債整理委員会が指導督励する,あるいは 信用組合等が負債整理事業を行なう場合も特別融通の対象にするなどであった。経 済更生委員会も負債整理委員会も町村区域に設立され,「町村の重立つた者」が入 って指導督励に当たる機関だった。信用組合もこの段階では町村区域の組織が一般 的であった。
負債整理が隣保共助の精神を拠りどころにしたといっても,整理組合単独で事が 成るとは想定されていなかった。整理組合の設立と活動は町村単位の機関,主体と しての町村レベルの役職者の指導性が前提となるというのが,法案作成に当たった 小平ら政策当局者の基本にあった判断といえる。負債整理事業の仕組みは,町村と むらの二重の機構(とその合成)によって成り立っていた。
2.負債整理事業の展開と地域性
(1)負債整理組合の設立
小平は議会で負債整理事業の目標として大まかに次のような数字をあげた。全国 約1万2千の町村中,市街地に準ずる町村3千を除く9千が対象となる農山漁村で ある。そのうち約3千町村は負債整理資金借入れなしに負債整理をすることができ,
残り約6千町村が政府から資金の融通を受けて負債整理をすることになるだろう20), と。
実績はどうか(表1)。負債整理事業は1934年に「最高」を迎えたとされる21)が,
その翌年の整理組合設立町村数をみると全国で3,235である。小平の予測の半分強,
そして組合数は10,314である。以降,戦時体制が強まる中,組合の設立はほとんど なくなる。この評価は後にまわして,負債整理事業について整理組合の設立,町村 と組合との関係,組合のあり方から検討し,その展開と地域性を解明する。これに より事業の経済的条件,普及指導組織の役割,むらの規定性が明らかになる。
最初に,整理組合の多い地域はどこか。1940年現在整理組合設立町村(以下設立町 村)の割合が多いのは,北からまず北海道が挙げられる。6割の町村に組合が設立 され,宮崎県に次ぐ。東北も全体として組合が多い地方である。全国平均以上が4 県,そのうち設立町村割合3割以上の県(以下A,全国で19道県〔表1のa/d列ゴ シックで示す〕)は3県にのぼる。その他組合が多い県が目立つのは,四国と九州 である。四国では徳島・香川・愛媛の各県が全国平均以上で,そして後2者はAで
(単位:%)
1940年設立町村 種類別負債整理組合数
負債整理 負債整理 町村数(d)
組合(a) 委員会(b) a/d b/a 無限責任 保証責任 計(c) c/b
北海道 162 187
60.0
1.
15 557 2 561 3.
00 270青森 51 101
30.5
1.
98 186 25 211 2.
09 167岩手 112 184
47.3
1.
64 342 1 345 1.
88 237宮城 80 86
39.4
1.
08 368 13 381 4.
43 203秋田 34 56 14
.
3 1.
65 47 58 105 1.
88 238山形 65 75 28
.
5 1.
15 19 223 246 3.
28 228 福島 108 163 26.
6 1.
51 223 22 245 1.
50 406 茨城 59 136 15.
5 2.
31 151 6 157 1.
15 381栃木 66 61
37.3
0.
92 182 12 194 3.
18 177群馬 54 94 26
.
2 1.
74 125-
125 1.
33 206埼玉 44 66 11
.
9 1.
50 182-
182 2.
76 369千葉 67 82 19
.
3 1.
22 166-
166 2.
02 348東京 43 45 23
.
6 1.
05 234-
234 5.
20 182神奈川 51 84 28
.
5 1.
65 144 3 148 1.
76 179 新潟 109 117 27.
0 1.
07 287 34 323 2.
76 403富山 66 73 24
.
9 1.
11 120 8 128 1.
75 265石川 74 77
33.8
1.
04 43 166 210 2.
73 219福井 70 75
39.1
1.
07 53 97 150 2.
00 179山梨 98 125
40.7
1.
28 254-
254 2.
03 241長野 101 127 26
.
2 1.
26 253 25 278 2.
19 386 岐阜 62 84 18.
2 1.
35 171 68 240 2.
86 340 静岡 56 82 17.
1 1.
46 55 107 162 1.
98 327愛知 46 51 18
.
9 1.
11 78 38 118 2.
31 244三重 129 143
38.2
1.
11 243 118 361 2.
52 338 滋賀 48 48 23.
8 1.
00 100 15 115 2.
40 202 京都 43 45 16.
2 1.
05 14 126 141 3.
13 265大阪 19 30 7
.
6 1.
58 23 13 36 1.
20 249兵庫 68 79 16
.
2 1.
16 153 13 166 2.
10 420奈良 47 65
30.9
1.
38 115 13 128 1.
97 152和歌山 47 86 20
.
8 1.
83 164 3 167 1.
94 226鳥取 48 78 25
.
7 1.
63 118 5 123 1.
58 187島根 87 123
31.2
1.
41 101 86 206 1.
67 279岡山 102 128 26
.
2 1.
25 57 237 295 2.
30 390 広島 64 125 15.
5 1.
95 108 105 218 1.
74 414山口 98 161
44.5
1.
64 385 34 419 2.
60 220徳島 39 38 28
.
5 0.
97 66 75 141 3.
71 137香川 92 119
52.9
1.
29 293-
293 2.
46 174愛媛 90 109
32.3
1.
21 290 89 380 3.
49 279高知 41 109 21
.
4 2.
66 112 17 130 1.
19 192 福岡 62 96 19.
3 1.
55 42 138 180 1.
88 322佐賀 50 60
37.9
1.
20 14 107 121 2.
02 132長崎 69 70
37.1
1.
01 177 45 222 3.
17 186熊本 88 152 25
.
1 1.
73 19 389 408 2.
68 350大分 58 66 22
.
7 1.
14 150 3 153 2.
32 256宮崎 64 72
65.3
1.
13 357 17 375 5.
21 98鹿児島 74 79
51.7
1.
07 260 15 275 3.
48 143沖縄 30 55
52.6
1.
83 95 3 98 1.
78 57合計 3
,
235 4367 27.
3 1.
35 7,
696 2,
574 10,
314 2.
36 11,
863 資料:農林省経済更生部『負債整理組合現況』(1940年)より作成。町村数は内閣統計局『農業調査結果報告』(1929年)による。
表1 負債整理組合の設立
もある。九州は沖縄を含め5県がAである。とくに南九州の宮崎・鹿児島と沖縄の 各県では5割以上の町村に組合が設立されたことが注目される。
一方,設立町村が少ない地方は,第1に近畿である。奈良県を除く5府県が全国 平均よりかなり少ない。次に東海。この地方で設立町村が多いのは三重県だけで,
他の3県は近畿と同様に全国平均よりかなり少ない。関東もほぼ同様である。北陸 や東山,中国はほぼ中間的であり,北陸では石川県,とくに福井県が多いこと,東 山では山梨県は多いが,長野県は全国平均以下であること,中国ではとくに山口県 が多いこと等が注目される。
なぜ近畿や東海で少なかったかは,兵庫県の状況をみると分かる(図1)。県内で 設立町村が比較的多いのは城崎郡等の但馬,氷上郡の丹波,津名郡等の淡路の各地 方である。それと対照的に,都市部に近い,武庫郡等の摂津や印南郡等の播磨の各 地方ではきわめて少ない。摂津地方の有馬郡から西へ美嚢・加東・加西・多可・宍 粟郡と続く地帯,つまり武庫郡や印南郡等に比べ都市部から離れ,山間に入った地 帯も組合がある町村が複数存在しており,県内では組合の多い地帯といえる。とく
Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅴ
武 庫 川 辺 飾 磨
( 1
: 1 )
( 1: 8 )
A 加 古 赤 穂
( 1
: 1 ) ( 3 : 5 )
印南
明 石 三 原 ○神 崎 ○津 名●
( 1
: 1 ) ( 4 : 9 )
( 1: 2 )
( 3: 9 )
B 揖 保
( 1
: 3 )
美 嚢 ○多 可● ○佐 用●○宍 粟●
(3
: 12) ( 2 : 3 )
( 1: 6 ) (7 : 25)
C 加 東 ○加 西●
( 2
: 2 ) ( 2 : 3 )
○有 馬● ○多 紀● 城 崎 朝 来
( 5
: 6 )
( 2: 3 )
( 4: 8 ) ( 3 : 9 )
出 石 美 方
D ( 1
: 6 ) ( 4 : 8 )
養 父 氷 上
(10:18) (6
: 18)
資料:兵庫県経済部『農村負債整理事業一覧』(1940年)より作成
注:1)郡名下の(
:
)内の左側は負債整理組合設立町村数,右側は組合数。2)A=都市的労働市場拡大地域,B=都市的労働市場周辺地域Ⅰ,C=同Ⅱ,D=農村的労働市場支配地域。
Ⅰ=都市近郊地帯,Ⅱ=米麦二毛作地帯,Ⅲ=酒米地帯,Ⅳ=水田単作地帯,Ⅴ=米・養蚕・和牛生産地帯。
3)○印は農会是運動の自発的エネルギーの強い郡。
4)上記の2)と3)に関しては,拙著『近代日本農村社会の展開』ミネルヴァ書房,1991年,第9章参照。
図1 兵庫県における負債整理組合の設立
に有馬郡や宍粟郡の多さは注目される。労働市場や農業構造による同県の地域区分 については拙著22)を参照していただくとして,要するに労働市場があまり拡大せず,
農業収入も相対的に少ない,その点で総じて農家が貧しい地域に集中していた23)。 以上の考察から,貧困が,整理組合の多い少ないを分ける経済的要因であったこ とが理解される。もちろんそれは貧しければ貧しい地域ほど負債整理事業は活発に なるという意味ではない。全体として当時の農村は貧しく,負債整理事業の条件が 存在した。それとともに,全国的にみるとまだ一部とはいえ,近畿や東海等を中心 に負債整理事業を必要としないような豊かな地域が形成されていたことも注目され てよい。
(2)町村と負債整理組合
整理組合の設立と活動に影響するもう1つの要因は,行政による普及促進である。
府県当局を中心に産業組合,農会陣営と連携して当たるものとされた。負債整理事 業は関係者には一般に「非常に困難なる事業」と受け止められ24),「負債整理の実施 を担当した,農林省および道府県の指導官の苦心はじつに大きなものがあった」と される25)。ここではいくつかの府県の動向を概観し,その影響について素描する。
北海道と東北6県は合同の「負債整理事務主任官打合会」を開催するなど連携を 図り26),ともに積極的な普及促進に当たったことが特徴といえる。それは,表1の
b/a列にみる通り,1940年の全体の町村数に対する負債整理委員会設置町村の多さ
に現われている。前述のように同委員会は整理組合の設立など負債整理事業の普及 促進を行なう町村の機関である。北海道や東北は組合設立町村が多かったが,同委 員会の設置町村はさらにそれをかなり上まわっていることが注目される。つまり,組合がかなり普及している中,組合未設立の町村に同委員会を設置し,さらに組合 の設立を図ろうという強い意志がそこにはうかがわれる。
次に,九州の典型例として宮崎県に注目する。同県は組合設立町村の割合が北海 道を凌いで全国で1位である。前掲『中央に於ける農村負債整理事業懇談会記録』
(注4参照)によると,同県については負債整理事業が「非常に進んで」いるとして,
事業に対し知事が「非常に関心と熱意」をもっていることが「指導の原動力」とな っていること,そして懇談会の席上,知事が県下の整理組合が230を超えたことを 挙げ,「昨年の7月には124しかなかつた。本県は勤務倍加運動をやつて居るが,そ れが負債整理事業にも現れたが,この232組合は県下の農民の1割に過ぎない。自 分は県下の農民の負債の5割を近い内に整理することを目標にこの事業を進め,そ
の資金の融通は是非産業組合経由でやつて行きたい」と挨拶したことが紹介されて いる27)。
以上から,整理組合が多く,負債整理事業が活発に行なわれたと見られるところ は,まず府県当局が積極的に事業の普及促進を図ったこと,そして率先して負債整 理委員会を設置し組合設立を積極的に推進する町村が目立つことが確認される。
ところで,ここで整理組合設立の意味に関連して,村内の組合数
......
に注目したい。
表2に,今のところ資料的に判明する6道県について,村内の組合数からみた設立 町村の構成を示した。この表からまず注目されるのは,滋賀県と兵庫県である。村 内に組合が1つだけというのが,滋賀県では48%,兵庫県では53%にのぼる。組合 が1つか2つしかないということになると,両県とも7割に達する。一方,村内に 3組合以上存在するというのは,滋賀県が33%,兵庫県が26%にとどまる。兵庫県 について3組合以上存在する町村の郡別の内訳をみると,同表の注1に見る通りで ある。そこには明確な地域性が確認され,3組合以上存在する町村は前述の県内の 貧しい地域にほぼ限られる。一方,豊かな地域では村内に組合が存在しても,1つ か2つという町村がほとんどだった。
村内に組合が3以上ある町村の割合は,北海道46%,長野県32%,岐阜県53%,
熊本県78%である。組合設立町村割合が6割に達する北海道は比較対象から今は除 外する。長野県は滋賀・兵庫両県と類似するが,後で補足するとして,ここでは滋 賀・兵庫両県と岐阜県や熊本県との相違について考察する。この4県は,いずれも 組合設立町村割合が全国平均以下であり,全国的にみると負債整理事業があまり活 発であったとはいえない。そうした中,上のような相違が生じたのは,行政による
(単位:%)
1 2 3〜4 5〜7 8〜10 11〜 計
北海道 35 19 22 13 4 7 150
(
100)
長野 55 13 16 9 4 3 97
(
100)
岐阜 34 13 16 23 10 5 62
(
100)
滋賀 48 20 17 11 4
-
46(
100)
兵庫 53 18 9 12 6
-
68(
100)
熊本 11 10 36 29 7 6 83
(
100)
資料:北海道負債整理事業協会『北海道負債整理組合要覧 第三次』1940年,長野県経済部『負債整理事業一覧』1939年,
岐阜県『負債整理組合要覧』1940年,滋賀県経済部『農村負債整理事業要覧』1941年,兵庫県経済部『農村負債 整理事業一覧』1940年,熊本県経済部『負債整理事業要覧』1939年,より作成。
注:1)兵庫県の中で3組合以上存在する町村数を郡別にみると,川辺1,美嚢1,宍粟2,作用1,城崎1,出石1,
朝来1,美方1,氷上1,津名1,三原1である。
2)( )内は割合。
表2 村内の負債整理組合数から見た設立町村の構成
組合の普及促進の差異を反映していると考えられる。
この点にかんして示唆的なのは,たとえば高知県である。同県は負債整理事業が
「全国でも最も不振の県」といわれた28)。そこで県は普及促進に努めるが,その方法 として「あちこちの村に組合を作ることは止めて,集中的に数個の村を選んで,そ の村には全部落に組合を作つて行かうといふ,さういふ方針で進ん」だ。1937年の 設立町村は僅か6で,確かに全国最低である。それが40年に41に増加,全国最不振 の地位を脱したが,それは,県の「経済部長なり,主務課長…,特に熱意があると 思ひましたのは,地方課長」らがこのいわば集中方式で普及促進を図ったからだと 考えられる。
同県のようでなくても,この方式は有効であり,府県による普及促進の方法とし て一般にとられたと考える。岐阜県や熊本県で組合が村に5以上あるような町村が 多いのは,こうした県の指導を受け,さらに町村においてはできるだけ多くのむら に組合を設立するという指導をした結果であろう。その証拠には,村に組合が例え ば5以上の複数存在するというケースでは組合の設立時期が全部同じというのが,
これは両県に限らないが普通である。
これに対し兵庫県はどうか29)。同県での普及促進は関係者には次のように映った。
「御承知のやうな経済事情でありますので,一般的に見ますと,それ程負債整理事 業を重要視していない」。「県農会に於いては,負債整理事業についても先鞭をつけ て居つたやうな県でありますが,新しい制度が出来,その制度に依る負債整理につ いては,案外県農会方面が無関心―といつては強すぎるかも知れないが,比較的 消極的であると見受けられる」。兵庫県では事業に対する県当局等の姿勢が比較的 消極的だったことは間違いないだろう。高知県のように県が集中方式による指導を 行なうことも,そしてそれを受け町村で出来るだけ多くのむらに組合を設立すると いう指導を行なうこともあまりなかったのではないか。その結果,組合が設立され ても,ほとんどが村に1つか2つという形での設立あるいは村での組合のあり方に なったと考える。おそらく滋賀県も同様だろう。
このように府県の姿勢が整理組合の設立のされ方や設立町村のあり方を分ける重 要な要因になったことが理解される。この違いは後述のように町村と整理組合の関 係あるいは組合の活動に影響する。
(3)負債整理組合のあり方
むらのありようが影響したと思われるのが整理組合のあり方である。そこで組合
とむらの関係を検討する。
負債整理事業は組合員の連帯責任で負債を整理するものである。連帯責任を負う 組織として組合がつくられるが,制度上組合員の責任は無限責任と保証責任の2種 類があった。前者は組合が立ち行かなくなった場合,組合財産で損の埋合せが不可 能なとき組合員は連帯してどこまでも損を埋めなければならない組合。後者は組合 員の埋合せが出資金の5倍以上で済ませられる組合である。農林省は組合員に責任 の自覚と活動を促すなどの理由から無限責任が望ましいと考え,府県や町村も出来 るだけ無限責任組合の普及促進を図る方針であったといえる。
両者の全国平均は無限責任が75%,保証責任が25%である。地域別には次の点が ほぼ明らかである。北海道から東北,関東,北陸の新潟・富山県,東山の各地方,
つまり東日本では全部無限責任,あるいはそれが圧倒的に多い府県がほとんどであ る。その一方,北陸の石川・福井県から東海,近畿,中国,四国,北九州の各地方,
つまり西日本では保証責任がほとんどだったり,そうでなくても過半あるいはかな りの割合を占めるなど保証責任が多い府県が相当目立つ。要するに,東日本の無限 責任型への特化という地域的特徴,および東日本と西日本の対照的な地域性が確認 される。
こうした地域性が一般に指摘される東日本と西日本のむらのタイプと関係するのか どうか,関係するとしてその関係性はいかに説明されるか今のところ確言しうるデー タがない。ここではとりあえず右の事実だけを確認しておくが,ただ1点,関連して,
保証責任組合が相対的に多いことは負債整理事業の困難性を反映するとされているこ と,したがって保証責任組合というのは,組合員の責任のあり方からして設立が容易 であり,そのため組合設立を容易にする手段としてこのタイプの組合の設立策が取ら れた(その結果割合が増えた)と考えられることを付言しておきたい30)。
むらのあり方と明らかに関連があると判断されるのは,整理組合の組合員構成で ある。
組合員は要整理組合員と不要整理組合員の2種類がある。前者は「借金を法の適 用に依つて整理して貰ひ一家の経済更生をしやうとする者」で,後者は「借金はあ つても極く少額であるから全然自力で償還をして経済更生しよう,なお余力を以て 他の人の借金整理に力をかさうと言ふ者と,自分は全く借金を持たないが部落及び 村の経済更生のため部落民である組合員の借金整理の面倒を見てやろう。そうして 共々経済更生をしやうと言ふ人」である。後者はつまり「他人の借金の整理を世話
する人31)」ということになるが,組合の指導者となるべき人も含む。組合は部落全 部加入制ではなかったが,指導者を確保する上であるいは事業推進上部落の名望 家・指導層,要整理組合員の債務保証人や担保提供者,またその債権者や地主等が 加入し組合の負債整理に協力することが望ましいこととして期待された32)。
そこで,要整理組合員の比率を府県別にみると,明確な地域性が確認される(表 1参照)。北海道から東北,関東,東山の各地方,つまり東日本は同比率が高く,ほ とんどの県で全国平均をかなり上まわる。その一方,西日本,とくに北陸の富山・
石川県,東海,近畿,中国,四国の多くの府県では同比率が全国平均よりかなり低 い。要するに不要整理組合員の組合加入は,東日本では少なく,西日本では多いの である。
これは明らかに,村落そのものよりも個別の家が強い関東をはじめ東日本のむら と,家よりも村落としてのまとまりの強さを特徴とする近畿をはじめ西日本のむら の差異の反映ととらえられる。そして,要整理組合員比率の高さがむらの指導層や 債権者の組合への関心の低さや非協力を表しているとすれば,概して東日本の整理 組合はその点では事業を困難にする条件を抱え込んでいたといえる。
3.町村の役割とむらの機能
(1)現場の要望
表3は,負債整理事業についての各府県の要望事項をまとめたものである。この 他にも自作農創設維持事業との統合や個人的負債整理への拡充,経済更生事業の絶 対要件化など多様な要望事項が出されたが,主要なものに限りまとめた。また時点 は,負債整理事業が「最高」を迎えたとされる1939年の翌年のものをとった。
さらに次の点も同表の見方として注意される必要がある。関東各府県と山梨県に ついては,どの府県も共通して表には要望事項があまり挙がっていない。これは他 府県と比較した特徴のように見えるが,必ずしも現実に要望がなかったということ を意味しない。表の作成資料,農村更生協会『負債整理事業促進ニ関スル要望事項』
(1940年)の巻末に付録として「関東山梨8府県負債整理主任官協議会決議」(1940 年4月)が掲載されており,その中で「全国主任官会議ノ決議ニヨリ左ノ要項ヲ基 幹トシタル成案ヲ得テ之ヲ本省ニ建議シ速ニ其ノ実現ヲ期セントス」として,①部 落協同組合制度の実現促進,②農村金融を産業組合に統合,③産業組合の自己資金 による整理組合への融通に対する損失補償,④分村計画に伴う負債整理が挙げられ
町村関係 整理組合 整理資金 整理組合
の組織● 関係●● への対策
北海道 ○ ○
青森 ○ ○ ○
岩手 ○ ○ ○
宮城 ○ ○ ○ ○
秋田 ○
山形 ○
栃木 ○
群馬 ○
埼玉 ○
千葉 ○
東京 ○
神奈川 ○
新潟 ○ ○ ○
富山 ○ ○ ○ ○ ○
石川 ○ ○
福井 ○ ○ ○
山梨 ○ ○ ○ ○
岐阜 ○
静岡 ○ ○ ○ ○ ○
愛知 ○ ○ ○ ○
三重
滋賀 ○ ○
京都 ○ ○ ○
大阪 ○ ○
兵庫 ○ ○
奈良 ○ ○ ○
和歌山 ○ ○ ○ ○
鳥取 ○
島根 ○ ○ ○ ○ ○
岡山 ○ ○ ○ ○ ○
広島 ○ ○ ○ ○ ○
山口 ○ ○ ○ ○
徳島 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
香川 ○ ○ ○ ○
愛媛 ○ ○
高知 ○ ○ ○ ○
福岡 ○ ○
佐賀 ○ ○ ○ ○
長崎 ○ ○
大分 ○
宮崎 ○ ○ ○
鹿児島 ○ ○ ○ ○ ○
沖縄 ○ ○ ○
資料:農村更生協会『負債整理事業促進ニ関スル要望事項』(1940年)より作成。
係 機 関 の 協 力 強 化 挙 村 一 致 の 態 勢 関
事 業 指 定 制 度 等 会 の 設 置 負 債 整 理 町 村 単 位 の 組 合 連 合
る 代 行 農 事 実 行 組 合 等 に よ
化
︶ に よ る 代 行 部 落 協 同 組 合
︵ 法 制
貸 付 利 率 引 下 げ
融 資 枠 撤 廃
・ 拡 大
事 務 の 簡 素 化
整 備 拡 充 指 導 監 督 事 務 組 織 の
助 成 金 交 付 設 立 共 同 事 業 へ の
接 融 通 融 資 銀 行 か ら 資 金 直
産 業 組 合 の 協 力 促 進
個 人 整 理 の 拡 充
置 条 件 緩 和 協 定 推 進 措
表3 負債整理事業への要望政策事項
ている。これらは以下に説明するように表の要望事項と重なる。それにもかかわら ず,関東各府県と山梨県の要望事項には挙がっていない。その理由は詳らかでない が,この点留意が必要である。なお,負債整理主任官の地方ブロック別協議会は他 に先に触れた北海道・東北のそれが確認され,他の地方でも一般的にもたれたと考 えられる。傾向として地方ごとに要望事項が似通っているが,それはこうしたこと の反映であると考えられる。
以上を踏まえ,表3を検討する。この表には負債整理事業の矛盾・問題点と課題 が包括的に示されている。
第1は負債整理資金に関する要望であるが,これが非常に強い。具体的には貸付 利率を4分1厘から政府資金中最低利率と同率,あるいは3分2厘に引き下げると いうのが多かった。また,融資枠は負債額の約3分の1の枠を撤廃し2分の1に拡 大するというのが多かった。政府資金中最低利率適用の根拠として,京都府のよう に負債整理事業の特殊性,つまり事業が特別に困難であることを指摘していること が注目される。この要望は全国的なものであったが,とくに東海や近畿,中国の各 地方で目立つ。農村負債整理組合法制定前,議会では政府の特別融通の資金的限界 性を問題にする声が強かったが,この面での政府の政策的対応の限界性は,その後 資金が増額されたとはいえ,依然として事業の展開を制約する要因になっていたこ とが理解される。
第2に,事務の簡素化への要望もきわめて強かった。負債整理事業に伴う事務の 煩雑さついては「負債整理組合ノ設立経営ニハ極メテ複雑多岐ナル事務ヲ伴ヒ是又 事業ノ普及上大ナル障害トナリツツアリ」(京都府),または「農山漁家ノ事務的能 力ハ融資機関ノ要求スル如キ経済更生計画及負債償還計画書ヲ期待スルコトノ極メ テ困難ナル実情」(和歌山県)などと報告された。個人の負債償還計画書等の作成 のほか,資金融通の申請手続きや登記の届出等が個々の組合員および組合に重い負 担としてのしかかった。表3をみる限り,事務簡素化を要望事項にあげるのは東海 以西の西日本,とくに近畿の各府県で非常に多く,一方,東北や関東の東日本には なぜかほとんど見当たらない。
事務の煩雑さは負債整理という事業の特殊性によるものであり,その点で事務簡 素化は相当実現困難な問題であったと思われる。煩雑な事務をこなす者がいなけれ ば,事業は進まない。その点で事務の煩雑さは負債整理事業が抱える重大かつ構造 的な矛盾であったといえる。事業の遂行には煩雑な事務をこなす主体が必要である。
これは要するに「運営コスト」の問題だが,負債整理事業は運営コストが高く,こ の負担がとりわけ大きかったのである。
第3に,整理組合の設立や共同事業への助成金交付,また融資銀行から組合への 直接資金融通の要望も上の2つに次いで強かった。
以下は,村の内部,すなわち負債整理事業を遂行する上での町村の役割とむらの 機能にかかわる要望事項である。
第1は,農事実行組合や養蚕実行組合等の部落区域の法人または漁業協同組合に よる負債整理事業の代行である。この要望の含意は次の香川県の意見に余すところ なく示されている。ちなみに,四国4県は共通して農事実行組合等による事業の代 行を要望し,資料ではその理由も類似している。この点から考えると,少なくとも 4県に限っては何らかの形で負債整理事業について共通の要望をもつにいたったと 考えられる。
負債整理組合ハ究極ノ目的トシテ農村部落ノ更生強化ヲ図ルコトデアリ其ノ 事業トシテモ農村金融ノ合理化ヲ図リ又農事実行組合養蚕実行組合等ノ事業タ ル生産力ノ維持増進ヲ企図シテイル訳デアリ又其レヲ実行セネバ組合ノ真ノ目 的ヲ達成スル事ガ出来ナイ。然ルニ現行組合法ニテハ現在ノ農村ノ実情ニ照応 スルニ其ノ普遍性ニ於テモ乏シク又法律上ノ事業ハ或一部ニ偏スルヲ以テ現行 組合法ノ名称ヲ改正シ農村部落ノアラユルモノヲ統一整備セル組合トナスカ又 前述ノ理由カラシテ現行負債整理組合法第8条中ノ負債整理事業ヲ行フ法人ニ 農事実行組合ヲ速ニ指定スル事33)。
新たに負債整理組合を設立し負債整理事業を行なうという政策的対応には「普遍 性」が限られるというのが,上の意見の,前提となる現状認識である。そこで,
「負債整理組合」の改称とともに,①「農村部落ノアラユルモノヲ統一整備セル組 合」に再編し事業の主体にすることが1つ,もう1つは,それでなければ②既存の 農事実行組合等に事業を代行させることが要望された(事実,後に実現)。
組合の名称変更にかんしていうと,貸主ならずとも,借金がある者への蔑視があ り,それゆえ負債整理という事業への不当視がとかく支配しがちな社会―たとえば こうしたことがここでいう「農村ノ実情」に当たるのであろう。だとすると,「負 債」「負債整理」という言葉のもつ,村でのネガティブな意味をもっと重視すべき
だというのが,上の意見の中に潜在する意識であろう。同様の理由による組合の名 称変更の要望は香川県に限らない。
①の「農村部落ノアラユルモノヲ統一整備セル組合」とは,前述の関東地方等負 債整理主任官協議会決議にあった部落協同組合に当たるものである。「一元的強力 ナル協同体」(同決議),あるいは各種部落団体を整理統合した「強力ナル単一組織」
(新潟県),部落各種組合を一元化した「総合的事業団体」(愛媛県),「部落協同体 ノ強化再編成」(佐賀県)など,その組織のイメージはほぼ同様であろう。そして,
上記の①と②の関係は,愛媛県の要望にある通り①は「根本的改革」であるのに対 して,②は目的と事業範囲が限定される。愛媛県と同様だとすれば,香川県も当面
②を実施し,可能であれば①を追求すべきだという中身の要望だった。
関東山梨8府県も含めると,①②を要望する府県は相当の数にのぼる。隣保共助 の精神にもとづくといっても,現実問題として負債整理組合の設立と活動は大きな 困難が伴ったことをうかがわせる。
第2に,町村の役割に関係することとして,挙村一致,関係機関の協力強化を要 望する府県が目立つ。ここで関係機関とは町村,産業組合,農会である。たとえば 徳島県では,「関係団体トノ緊密ナル連絡協調ヲ要スルハ贅言ヲ要セザル所ナルモ 特ニ右3団体ノ理解ト援助ナクシテハ事業ノ遂行不可能ナリ34)」と言い切っている。
そのうえで同県は職員の増員を要望する。このようにこの要望は実は,表3の,指 導監督事務組織の整備拡充に対する要望と重なる。この事務組織整備拡充では,国 庫補助による役場や産業組合への負債整理専任職員の設置が重要な要望事項の1つ である。また,表3の,産業組合の協力促進というのは,産業組合は負債整理事業 に消極的であるとして役員の積極的な関与を促すとか,産業組合の自己資金による 特別融通を実現するため損失補償をする必要性等を要望したものである。
このように負債整理事業における町村の役割というのは,現場では事実上かなり 重視された。
町村の役割というのは,前述した高い運営コストの負担問題ということだけに限 定されない35)。その点で注目されるのが,北海道や香川県で次のような要望が出さ れていることである。すなわち,北海道は,整理組合を設立した町村では相互連絡 機関(例えば連合会)を組織し「相互共励」を図るとともに,事業・事務の整理統 一を講ずることを要望した。また,香川県は「農村負債整理事業制度指定制度」を 要望した。この制度は,村内全ての部落
.......
に組合を設置しようとする町村に対しては
相当の補助金を交付するというものである。
この北海道や香川県の要望事項を確認したうえで,それが何を意味するのかを以 下で検証する必要がある。
最後に,東北や関東の特徴として,調停官の設置や関係法規での強制規定の制定 などを要望する県が多いことを付言したい。これは貸主や有力者の非協力により負 債の条件緩和の協定が困難であったことの反映である。
(2)「町村−むら」関係から見た浦里村の負債整理事業
表4に,経済更生運動の模範村として全国的に有名な長野県浦里村36)における整 理組合設立の状況を部落別に示した。本村は仁古田,岡,浦野,越戸,当郷の5部 落からなるが,これらは近世村で,現在「農業集落」と呼んでいるむら
..
でもある。
整理組合は5部落すべてに設立され,しかも5部落とも多少の差異があるものの 部落一丸となって設立されたと言ってよい。負債整理をする者もしない者も手を結 んでの事業遂行の体制が組まれた。このように本村の負債整理事業は,行政村とし て確立した村を中心に全村で取り組まれたこと,これが第1の特徴である。なお,
前述の長野県の組合設立町村にかんする説明の補足であるが,本村がある小県郡は 特徴として県内でも整理組合が非常に多く,しかも本村のように村内に複数の組合 が存在した村が目立つ。
第2に,整理組合は5部落とも1936年に設立された(37年登記完了)。本村で経済 更生運動が始まるのは33年であるから,3年ほど遅れて設立されたことになる。第 3に,負債整理事業の成績がきわめて良い。その状況を一瞥すると,村の負債総額 は1932年115.1万円から35年89.6万円,41年39.0万円(うち12万円は特融と自作農創設資 金)に減少した。とくに越戸負債整理組合は成績が良く,32年の17.9万円から,事
(単位:戸,%)
戸数 農家戸数 負債戸数 整理組合 要整理組 1戸当り
員数●● 合員数● 負債金額
仁古田 150 140 121 141 90 897
岡 153 137 123 137 101 860
浦 野 235 154 189 141 94 1,400
越 戸 88 83 79 83 71 1,714
当 郷 191 170 154 178 64 789
計 816 684 666 680 420 1,098
資料:前掲長野県『負債整理事業一覧』,浦里村「経済更生計画及実行費」(1936年)より作成。
注:負債金額は各部落の負債額を戸数で除したもの。
表4 浦里村の負債整理組合