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新しい経済政策論序説

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(1)

     新しい経済政策論序説

一現代マクロ経済政策の有効性との関連において一

      田 村 貞 雄

はじめに

 この小論は,筆者がこれまでに発表した「現代経済学の再生を求めて」

         ブイジオロジカルエコノミツクス

(参考文献1〕),「生理学的視点からみた経済学の提唱」(参考文献2〕),

「自由経済の変動と社会保障」(参考文献3〕),『新しい医療福祉経済学』

(参考文献4〕), 「国民医療費の高騰化傾向への適応策  応用的経済政 策の実践例」(参考文献5〕)を基盤として構成されている。

 1〕,2〕は現代経済学の新しい体系化との関連で,経済政策についでの方 法論的特徴を考察したものであり,3〕は混合経済下の先進資本主義経済 諸国における経済政策の実際を考察したものであり,4〕は経済政策にお ける価値論の問題,経済政策の理論と実践の問題について,実証的視点か ら考察したものである。そして5〕は経済政策についてのひとつの実践的 経験をまとめたものである。

 筆者は,5〕で経済政策への実践的参加の経験をもとにして「模倣する 政策態度」から「創造する政策態度」への意識革新により,新しい経済政策 手段の開発の必要性を主張した。新しい経済政策手段の開発には,新しい 経済政策論の基礎固めが必要となる。この小論は,新しい経済政策論の基 礎固めの構想の要点を示し,大方の御批判を乞うことを目的としている。

筆者は,経済政策の専門家である小松雅雄教授より本学部の「経済政策」

の講義を引継いで以来,経済政策の研究面,講義面で試行錯誤の実験を繰 早稲田社会科学研究 第30号(S60.3)  1

(2)

り返えし,受講生に多大な迷惑をかけてきた。そこでこの小論は・これま での受講生に対する試行錯誤の実験の中間報告であるという意味合を持っ ている。

1. 現代経済学の方法と価値判断

 現代経済学の方法論的特徴は実証的方法の採用にあるといわれている。

しかし角度を変えて見ると,現代経済学は新古典派経済学とケインズ経済 学の価値判断をめぐる対決の歴史の実態が浮かび上ってくる。ケインズ経 済学の反革命としての特徴を持つマネタリスト,合理的期待形成派,サプ ライサイド・エコノミックスの立場の人々も結局は新古典派経済学の価値 判断にもとつく分析体系のもとに含ませることが可能である。現代のマク ロ経済政策論争は,このような視点から整理して新しい展開をはかるので なけれぽ,マクロ経済政策の有効性の解答をうるのはむつかしいものと考

える。

 人間行動を変数とする社会科学の一分野である経済学において・自然科 学と全く同じような実証的方法の適用は本来的に無理なものといえよう。

ここでは環境変化と人間適応の理解を基盤として,人間行動の理論的,実 証的検討が必須条件として要請されるのである。このような人間行動の観 察を基軸として,事実によって否定されない仮説を設定し,経済の視野を 掘り下げ,そして拡大してゆく必要があるといえようP。人間行動の観察

において,価値判断は重要な要素である。したがって,社会科学としての 経済学においては,価値判断を完全に捨象した形での理論構成であって は,事実によって否定されない仮説の設定は不可能であり,このような理 論にもとづいての経済政策の策定は,事実によって支持されないという意 味において,有効性を持ち得ないであろう。そこで経済学は,経済視野の 掘り下げと拡大のためにも,また政策の有効性達成のためにも,価値判断と

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いわゆる科学的分析の統合の問題は避けて通ることはでぎないと考える。

 いま問題整理のため現代経済学における価値判断を静態的にみれば,個 人的意志決定と社会的意志決定の統合の問題が論争の的となってきたこと がわかる。新古典派経済学とそれに依拠するサプライサイド・エコノミッ クス,マネタリスト,合理的期待形成派の経済学は,論理構成の基礎をミ クロ経済学の業績に求めている。ここでは合理的行動の仮説にもとつく主 体(経済人)を基軸とする「消費者主権の経済」と「小さい政府」の定理 によって特徴づけられる。消費者主権の経済では,個人的意志決定と社会 的意志決定の調整は市場によって行なわれる。市場によって調整されない 領域のみが,政府の調整によって,貫入的意志決定と社会的意志決定の統 合を行うべきだと主張するわけである。いわゆる「ノソ・アクティピスト の論理」といわれるべきものである。

 「ノソ・アクティピストの論理」が事実によって支持された時期と地域 は,そう多くあるといえず,市場調整は,大きな政府調整によって補完さ れなければならなかったことは歴史が示す通りである。そして「ノソ・ア クティピストの論理」における市場調整も,資源の効率的配分の達成とい う価値判断の面では論理的整合性を示すが,公平の価値判断の面では問題 があることが指摘されている2)。

 他方「アクティピストの論理」の特徴を持つケインズ経済学は,マクロ 経済学の方法の基盤に立っているが,これは人間行動の特性から不安定的 市場観の仮説のもとで,市場の調整機能に全幅の信頼を置いていない。そ こで,個人的意志決定と社会的意志決定の間にみられる摩擦の調整は,マ クロ経済学にもとつく政策手段の実践の前提のうえで,政府によって行な われるものと考える。この場合,「アクティピストの論理」は政府による マクロ経済政策手段の実践に際しての政治システムをその体系に内生化し ていないことと個人的意志決定過程の分析の不十分さのために,事実によ

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って支持されない状況をつくりだした。とりわけ・1960年代の後半におけ る先進資本主義諸国において顕著な形であらわれた。

 以上において「ノソ・アクティピストの論理」に立っても,また「アク ティピスト」の論理に立っても,いつれの場合も個人的意志決定と社会的 意志決定の統合に問題があることをみたのであるが・このことは価値判断 の動態性と密接に関連があると考える。環境変化と人間適応の歴史的実態 からみて,人間行動における価値判断は動態的に変化してゆく。重商主義 時代の価値観,重農主義時代の価値観,自由放任経済時代の価値観,混合 経済時代の価値観といった具合に,経済環境の変化にともなって人間の経 済活動の基底にある価値観は変化してゆく。現代経済学が実証的方法の採 用を三二するのであれば,このような人間行動における価値観の動態的変 化の事実を,理論構成の際に取り入れる努力を怠ってはならないと考え る。この場合,環境変化に適応する人間行動の包括的観察を基盤として,

新しい経済合理性の行動パターンの仮説的設定とそれの実証的検討が必要 となる。筆者はこのような価値判断の動態性の認識により,個人的意志決 定と社会的意志決定の統合のための理論モデル,したがって政策モデルの 構築が可能になると考える。ここでは,市場調整の役割と政府調整の役割 がそれぞれその所を得ることになるし,規範経済学と実証経済学の統合の 途が開けるといえよう。

2. 新しい経済政策論の価値前提と経済有効性

 われわれは環境変化に適応する人間行動の包括的観察により,新しい価 値論の基盤iをhuman survival orderに求める。 human survival order は武見太郎によって構想され,大江精三によって哲学的基礎が固められた

ものであるが3),われわれは,これをここでは人類生存のよりよい条件確 保の価値論と表現しておく。われわれはこの価値論を前提として個人的意

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志決定と社会的意志決定の統合のシステム形成を行うことを考えている。

この場合,社会は地域社会,国家社会,地球社会を含むグローバルな内容 で考えている。そして,個人と社会の中間的組織として家庭組織を考え る。すなわち,個人が家庭組織を拠点として社会活動を営むシステムを考 えるわけである。

 環境変化に適応する人間行動の包括的な観察の基盤のもとで経済活動を 考えるとぎ,人類生存のよりよい条件の確保の価値観の系として経済の進 化的再生産(progressiVe reproduction of economy)の条件の確保が導 き出される。これはひらたくいえば,経済の進歩と安定の条件の確保とい うことになる。この場合,われわれは経済の進歩と安定の価値前提は人類 生存のよりよい条件の確保と整合的なものと考えている。価値観の動態性 を考慮に入れない新古典派経済学においては,消費主体の効用充足として の財・サービスの量的拡大とその安定条件しか体系的分析の射程距離に入 って来ない。したがってこの場合,経済進歩の条件は科学的分析の枠外に 置かれるということになる。これに対してわれわれは人類生存のよりよい 条件の確保の価値前提と,整合的な評価体系のもとで経済の進歩と安定の 条件の確保を考えているので,価値観の動態性の歴史的事実を考慮のうえ で,新しい理論構築,それにもとつく政策実践と評価が可能になるという ことができる。

 市場価格で評価した財・サービスの量的拡大を目標とする新古典派経済 学においては,経済合理性は経済効率性の追求(経済人の合理的行動の仮 説)によって規定される。このような内容の経済合理性は人類生存のより よい条件の確保の価値評価に適合しない。すなわち,経済効率性が人類生 存条件を損ねる形で達成されるということがこれまでにしばしぽ観察され ている。そこで経済効率性を止揚する新しい経済合理性の概念の確立が必 要となる。われわれは新しい経済合理性の評価の標的を経済の進歩と安定

5

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の条件の確保にもとめる。このことを基盤として・経済効率性とは異なる 経済有効性(economic effectiveness)の概念の確立をはかりたいと考え ている。すなわち経済の進化的再生産の条件の確保の集約的概念として経 済有効性を考えるわけである。このことはhuman survival orderの価 値前提のもとで経済有効性を評価するということを意味する。そしてこの

ことにより,経済価値論は重商主義の価値論,重農主義の価値論,自由放 任経済の価値論,混合経済の価値論の動態的変化を経て・より包括的で,

実際の生活に適合的な人類生存のよりよい条件の確保の価値論への脱皮が 可能になると考える。ひらたくいえば,つまり「ノソ・アクティピストの 論理」と「アクティピストの論理」にみられる難点をくぐり抜けることが 可能になると考える4)。

 以上において説明した論理構成のもとで,われわれは新しい経済政策の 基本的目標を,人類生存のよりよい条件の確保の値値論を前提とした経済 有効性の達成に求める。現代経済学にみられるマクロ経済政策の有効性論 争は,新しい経済合理性の意味内容を持つ経済有効性の視点で行われる必 要があると考える。

3. 経済有効性の達成と新しい経済合理的行動の仮説

 実証経済学的特徴を持つ経済効率性の概念と異なり,経済有効性は人類 生存のよりよい条件の確保という価値前提を基盤とした概念であるので,

これについての実証的評価方法が問題となる。経済有効性は個人的意志決 定と社会的意志決定の統合的目標決定によって達成される。そこでまずこ れについてのわれわれの考え方を説明する5)。さきにも説明したが,われ われは個人(ミクロ)と社会(マクロ)の中間組織として家庭組織(セミ

・マクロ)を考えている。この場合,社会を地域社会,国家社会,地球社 会の拡がりでとらえている。そしてこれら各組織間の相互依存関係を次の

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ように考えている。個人は家庭組織を場として社会活動に参加する。地域 社会活動,国家社会活動,地球社会活動がそれである。つまり個人の意志 決定は,家庭組織の場で統合される。この家庭組織の意志決定を基本単位 として社会の意志決定が行われると考えるわけである。地域社会の意志決 定,国家社会の意志決定,地球社会の意志決定がこれである。この場合・

地域社会が国家社会に統合され,国家社会がひとつの単位となって地球社 会を形成するというグローバルなシステム構成で考えている。このような グ戸一バルなシステムの中で,基軸となるのが個人の意志決定の拠点とな る家庭組織である。つまり人類生存のよりよい条件の確保の評価の基軸を 家庭組織の進化的再生産に求めるわけである。経済の進化的再生産は,人 類生存のよりよい条件の確保の価値前提に規定されているので,家庭組織 の進化的再生産の系として家庭組織の経済の進化的再生産が位置づけられ ることになる。すなわち,われわれは経済有効性達成の評価の標的を家庭 組織の経済の進化的再生産の達成に求めるわけである。つまり,家庭組織 の経済の進歩と安定の条件の確保がそれである。

 以上において説明した考え方にもとづいて,家庭組織の経済の進歩と安 定の条件の確保の目標達成の経済行動を,新しい経済合理的行動の仮説と

して位置づけたい。この場合,個人的意志決定の統合としての家庭組織の 経済合理的行動の仮説と,家庭組織の意志決定の統合としての社会の経済 合理的行動の仮説のふたつの側面に分けて考える。前者は経済有効性達成 における主体的条件の構成要素であり,後者はその客体的条件の構成要素 となる。社会の経済合理的行動の仮説においては,地域社会,国家社会,

地球社会の統合的機能は国家組織(政府組織)が行うものと考えている。

すなわち,家庭組織の経済の進化的再生産の確保の条件は,地域社会レベ ル,国家社会レベル,地球社会レベルで観察されるわけであるが,各レベ ル間の調整は国家組織が行うと考えるわけである。この場合,国家組織の

7

(8)

.経済調整の最終目的は,家庭組織の経済の進歩と安定の条件の確保に置か れており,これを基盤として地域的調整・国際的調整が行なわれると考え

ている6)。

 われわれは以上において,経済有効性達成のシステム構造をみたのであ るが,ここでは環境変化と人間適応のシステム構造の基盤のもとで経済シ ステムを考えていること,そして価値前提に人類生存のよりよい条件の確 保を置くということを基本的特徴としている。このようなシステム構造の

もとでは,人閲適応力の実現度が家庭組織の進化的再生産の条件確保の基 幹的要素となっているので,これをわれわれは経済システムに特定化した 場合にも,人間適応力の実現度を基盤とした経済適応力(economic adapta.

bility)を,経済有効性達成の重要な要素として位置づけている。そして われわれはこの経済適応力を新しい経済合理的行動の仮説における主体的 条件と客体的条件の実証的検討の基軸に据えている。先に説明・したよう に,個人の意志決定の統合化の場として家庭組織の意志決定を考え,そし てこれを社会活動に参加する基礎的単位として,社会の意志決定の過程を 考えた。社会の意志決定過程においては,地域レベル,国家レベル,地球

レベルを調整する役割を果たすものとして国家組織(政府組織)を考えた のであるが,これは個人の意志決定を基盤とした家庭組織の意志決定によ って構造と機能が規定される組織であるから,経済適応力の実証の拠点 は,個人の意志決定を基盤とした家庭組織の意志決定に求められる。この 場合,経済適応力は人類生存のよりよい条件の確保の価値前提のもとでの 経済有効性達成の実践力と考えているので,個人の意志決定を基盤とした 家庭組織の意志決定において,このような実践力についての理論的検討と それについての実証的検:討が必要となる。

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 4. 経済適応カー新しい経済合理的行動の仮説の    実証のために

 われわれは経済有効性達成の基本的条件を新しい経済合理的行動の仮説 に求め,これの実証的基盤を経済適応力の実現度に求めた。そこで経済適 応力の考え方は,経済有効性達成の評価の基軸概念であるので,ここでは これについての説明を行う。

 われわれが考えている経済適応力は環境変化と人間適応における人間適 応力を基盤としている。われわれは環境変化と人間適応のシステムを人類 生存秩序でとらえているが,図1はこれの解剖図を示したものである7)。

    ㊥

  脅を

  ㊥⑨

分参蕪

原子(Atom)

機能

形 態 法 則

   診

ρ

伽Syst面生態系

      eは調製的要素を示す       図1 人類生存秩序の解剖図

原子も分子も,細胞も個人も,Communityもみなそれぞれの役割構造を 持った組織である。われわれはこれまでに述べて来た人間組織の最適秩序 を,このような人類生存秩序の構造を基盤とした個人の活動の集積結果と して考えている。人聞の単純な集合として人類の概念が得られるわけでは なく,進化の方向と大きさを持った組織構造での個人と群の統合として人        9

(10)

類の概念が得られ・このような考え方のもとで・人類生存秩序の概念が明 確な意味を持つものといえよう。われわれは人類生存秩序を根底として経 済システムを考えているので,われわれの経済観はヒューマン・ライフ.

サイエンス(human life science)を基盤iとした経済観であるということ ができよう。図1で㊦印を付し,われわれが調整機能と呼んでいる意味に ついて説明しよう。各組織は人類生存秩序の構造の中で・それぞれの役割 構造を与えられているが,各組織はボールディングもいっているように,

進化の方向と大きさを持った各組織の機能がエントロピーの増加によって 妨げられ,その組織に与えられた役割が十分に果たせない場合も起こりう る8)。エントロピーの増加の程度いかんによっては秩序の崩壊ということ もありうる。このように進化の方向に秩序づけられた各組織の役割を十分 に果たさせる要素を調整機能と呼んだわけである。われわれはこのような 視点から個人と社会の媒介組織として家庭組織を置き,社会間の各レベル の媒介組織として国家組織を位置づけたわけである。

 以上において説明した人類の生存秩序のもとで人間適応力(adaptabi.

1ity)を考えている。この場合,われわれは自律性の要素と連帯性の要素を 柱として理論的構成を行なっている。われわれはこれまで大分地域におけ る地域健康福祉開発の実践活動のケース・スタディを実証的基盤として,

人間適応力を形成する重要な要素として,entrepreneurship, discipline,

sacrificeの3つを取りあげた。そして,それらの要素と密接に関連する環 境要因との組合わせにより,図2で示されているようなひとつのモデルを 考えた。これについて説明を加える。

 (1)e皿treprene腿rsLip

 これは進取の精神,向上心,指導者精神,企業家精神等の内容を持つも のとして考えている。これは,個人の意志決定における自律性の基礎的条 件といえよう。このentrepreneurshipの形成は個人の精神・身体活動メ

(11)

adaptability

entrepreneurship        competition・

@  discipline      confidence

@  sacrifiCe      home

      relig【Or㍉Culture,educatlOn

       図2 人間適応力(adaptability)の構成要素

ヵニズムによる個性的側面も重要であるが,competitionという環境要因 によって蓄積され,維持されるという認識も重要である。たとえば,市場 経済組織における企業組織間の革新的な投資行動は競争環境と密接な関係 にあり,これはまた非市場経済組織における組織の陳腐化を防ぎ,継続的 自己革新の行動の1函養のために必要とされる。われわれはこれをポジティ ブ(positive)な人間適応力と呼んでいる。

 (2) discipline

 これは規律心,遵法精神,勤勉性,協調精神等の内容を持つものとして

考えられている9)。

 ここで考えているdisciplineが,個人の意志決定による行動の実践力と して定着するためには,信頼環境という土壌が不可欠なものと考える。与 えられた役割を果たす,あるいはルールを守るということは信頼環境の存 在のもとではじめて有効に実行されることになるといえよう。われわれは 信頼環境と結合したdisciplineをパッシィブ(passive)な人間適応行動

と呼んでいる。

 (3) sacrifice

       11

(12)

 これは犠牲的精神,利他心,献身・社会連帯感等の内容を持つものとし て考えている。この要素は・(1)のポジティブな適応力と②のパッシィブな 適応力の形成の基盤として不可欠な要素であるが・これは形成するのに非 常に困難なものであるといえる。たとえぽ,sacrificeを利他心の面でとら えれば,これは利己心を基底とする功利主義の考え方では律し切れないも のである。新古典派経済学にもとつく政策実践がこのことを如実に示して いる。利己心を基底とする個人の欲望充足行為には合理主義の思想が貫ぬ かれており,たとえそれが公共心という利他心との面と両立しうる形をと

ったとても,それは決してポジティブなものではない。sacrificeの要素 は,個人の欲望充足行為において,その成果が直接行為者に帰属すること がなく,他者に及ぶとしてもそのことを当然のこととして許容する資質を 要求しているのである。個人の欲望充足行為におけるこのような資質は,

単なる「弱者救済」の行為や慈善の行為より,もっと創造的な性質を持っ ている。この要素は非市場経済システムの形成においてとくに重要であ る。sacrificeという資源を蓄積してゆく場としては,家庭教育が重要と考 える。この資質は一朝にして形成されるものではなく,幼児の頃から家庭 を守る「母親の心」によって丹念にその土壌が培われ,これが人間適応力 の形成を目指した社会教育と結合して成長してゆくものといえよう。

 以上において述べたことを要約していえば,人類生存秩序にもとつく人 間組織の維持発展に不可欠な自律性と連帯性の要素は,ポジティブな適応 能力としてのentrepreneurshipとパッシィブな適応力としてのdiscipline と,そのふたつの要素を支えるsacrificeの土壌によって形成されるもの ということになる。これら諸要素は,宗教,文化,教育を共通の基盤とし ていることはいうまでもない。このことが,人間適応力の実現形態におけ る地域的特性,歴史的特性に影響を与えることになる。たとえば日本の適 応力,アメリカの適応力,西欧の適応力という具合に,適応力の実現の仕

(13)

方に地域特性が観察されようが,環境変化と人間適応のグローバルシステ ムの視点からすれば,共通の要素も観察されよう。

 われわれは以上において説明した人間適応力を基盤として経済適応力を 考え,これを新しい経済合理的行動の仮説の基軸に据えている。すなわ ち,経済の進歩と安定の条件の確保を目標とした人間適応力がそれであ る。このような経済適応力を前提として,個人の意志決定の統合の場とし ての家庭組織の意志決定のレベルを基盤として,地域社会レベルの意志決 定,国家社会レベルの意志決定,地球社会レベルの意志決定の調整を考え るわけである。このようなシステム構造のもとでは,家庭組織の経済の進 歩と安定の条件の確保が最終目標に置かれているが,これが,国家調整に より地域経済・国民経済・国際経済の進歩と安定の条件の確保とのバラン スのもとで設定されることになる。このようにして設定された目標のもと で,政策実践が行なわれ,それが評価され,次の目標設定に影響を与えて 行く。このようなシステム・モデルのもとでの経済政策の実践は,経済適 応力形成の基盤整備と各レベルでの目標達成のバランス機能ということに 絞られることになる。したがって,新しい経済政策論は家庭組織の経済の 進歩と安定の条件の確保(経済有効性達成)のための理論的フレームワー クと実証的基盤確立のための情報収集・解析・管理のためのモデル・ビル ディングを提供する責務を負っているといえよう10)。

5. むすびにかえて

 新古典派経済学の論理に依拠する「ノヒ・アクティピスト」は,民間活 力の重視と小さな政府を旗印にかかげて政策提言を行なっているが,われ われは民間活力は人間適応力を基盤とした経済適応力の視点からの見直し が必要であると考える。このことにより,市場調整力が強化されるととも に,市場調整を越える領域の政府調整への移譲の問題が明確に認識される        13

(14)

ようになると考える。

 次にケインズおよびケイソジアソ経済学の論理に立つ「アクティピス ト」は,積極的な経済政策を主張している。経済成長政策・完全雇用政 策,平等化政策がこれである。われわれはこれに対しては,経済システム における自律性と連帯性についての新しい視点を導入しなければ,「ハ_

ヴェイ・ロードの前提」,「福祉依存の体質」,「スターグフレーショソ問題 解決の困難性」等の批難からの脱却はむつかしいものと考える・またA・

M・オ一点ソのいう市場調整に所を得せしめるということも困難になると 考える。混合経済は新しい転換を迫られているといえよう。

 経済政策の問題を各論的にみると日米貿易摩擦・日欧貿易摩擦・国際産 業政策,金融の自由化,国際保健政策,テクノポリスの形成,医療・年金 問題等数多くの問題が解決を迫って押し寄せている。われわれはこれらの 諸問題に対しても,この小論で示したような新しい経済政策論の視点での 切り込みが必要であると考えている。新しい経済政策論の各論的な詰めと ともに,これら経済政策の実際についての各論的な詰めば稿を改めて行な いたい。

 注

1)経済視野の掘り下げと拡大の表現は,去る昭和59年12月24日に永安幸正社会  科学部教授の肝入りで開催された「社会科学と価値判断についての研究会」の  席上における,山田雄i三一橋大学名誉教授の発言から借用したものである。

2) これについては,鈴村興太郎「現代経済学における効率と衡平」早稲田社会  科学研究第29号に負うている。

3) これについては参考文献6〕,7〕を参照のこと。

4)くぐり抜けるという表現は,注1)でふれた「社会科学と価値判断について  の研究会」における高瀬浄高崎経済大学教授の表現を借用したものである。高  瀬氏は学説史上の価値判断論争をくぐり抜けるという表現を使われたが,新し  い経済政策論に対する筆者の考えも現代マクロ経済政策論争をくぐり抜けると  いう内容でとらえている。

(15)

5) これについては,参考文献2〕,4〕参照のこと。

6) P・ドラッカーは「新しい経済学を求めて」の論文において,ミクロ概念,

 マクロ概念の更新の主張を行なっている。すなわち,ミクFは企業と家計の行  動分析を中心にし,マクロは世界経済の行動分析とすべきである,ということ  である。この場合,国民経済と世界経済間の調整を行う媒介組織として国家を  位置つけるべきとしている。これについては,参考文献8〕を参照されたい。

7) この図は,昭和51年日本医師会の主催で行なわれた第3回ライフサイエンス  学会における筆者の報告「ウェルフェア・アロケーションと多次元評価」で使  用されたものである。この記録ば日本医師会編『ライフサイエンスの進歩 第  3集』春秋社,昭和52年目収められている。

8) これについては参考文献9〕p.113〜142を参照のこと。

9)disciplineを考えるヒントはエドマンド・ロスチャイルド氏の読売新聞社主  催による特別講演から与えられたものである。ロスチャイルド氏は,現代の資  本主義経済体制の混乱の解決の方向づけの中で,人間行動におけるdiscipline  の要素を強調した。

10) これについては,われわれは参考文献4〕で試論的展開を行なっている。

 参考文献

1〕 田村貞雄「現代経済学の再生を求めて」早稲田社会科学研究第24号人文自然  科学研究第21号合併号

      フイジォロジカルコエコノミツクス

2〕 田村貞雄,杉田 肇「生理学的視点からみた経済学の提唱」世界経済評論  Vo1.26 No.12.

︺︺︺︺ nO4﹇06

 1984.

7〕

 道』中山書店.

8〕

 &Row. Publisher New York,1981.(邦訳)久野桂他訳『日本成功の代償』

 ダイヤモンド社.1981.

9〕K・E・ボールディング,公文俊平訳r経済学を超えて』竹内書店.1970.

10〕 貝塚啓明・浜田宏一・藪下史郎編『マクロ経済学と経済政策』東大出版会.

 1983.

田村貞雄「自由経済の変動と社会保障」早稲田社会科学研究第25号 田村貞雄・吉川 暉・杉田 肇r新しい医療福経済学』早大出版部.1983.

田村貞雄「国民医療費の高騰化傾向への適応三一応用的経済政策の実践」

武見太郎「近未来の医療」生存科学研究所編『生存科学への道』中山書店.

  所収。

大江精三「自然的入間的世界と生存科学」生存科学研究所編r生存科学への       1984.所収.

P.E. Drucker. Toωσγ4 Tゐe N8彩Ecoπo〃2f6s A d O飾θプEσssンs. Harper

15

(16)

11〕 週刊東洋経済近代経済学シリーズ・No・70・東洋経済新報社・1984.9.27.

12〕M・フェルドスタイン編・宮崎勇訳『戦後アメリカ経済論上』東洋経済  出版社.1984.

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