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市場と体制 : 経済体制論研究序説

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滋賀大学経済学部研究叢書第

1

5

市 場 と 体 制

経 済 体 制 論 研 究 序 説

-経済体制論研究会

(2)

滋賀大学経済学部研究叢書第

1

5

市 場 と 体 制

一 経 済 体 制 論 研 究 序 説

-経済体制論研究会

(3)

序 に 代 え て

1

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3

5

年,

F

.

A.

ハイエクは,彼が編集した社会主義経済論のアンソロジー に寄せた序論的文章を次の章句で、始めている。 「社会を合理的路線のうえに再建するものと長らく無批判的に想定されてき たものについて,理性にもとづく議論 (reasoneddiscussion)が行なえる時代 にようやくわれわれは入りつつある,と信ずべき理由がある。J(Collectivist Economic Planning, London,

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)

今から考えれば,ナチス・ドイツの成立やスペイン市民戦争などに囲まれた

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年のヨーロッパが, I理性にもとづく議論」にふさわしい時期だとは,とう てい思えないけれど,このアンソロジーに訳載されたミーゼスの論文「社会主 義的共同体における経済計算」が発表された

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年に比べればまだしもそれが 可能な状況だと,ハイエクは考えたので、あろう。 いったい,体制や政策の評価や選択が,全く没評価的に,つまり事実的根拠 と論理的推論とのみにもとづく論議 (reasoneddiscussion)でありうるのか否 かは,大いに議論のわかれるところであろうが,いずれにせよ現代の日本が,

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年 や

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年 の ヨ ー ロ ッ パ に 比 べ て , 社 会 主 義 や 経 済 体 制 に つ い て の reasoned--productiveで も あ る か 否 か は 今 は 問 う まL、----discussionに とってより恵まれた環境であることは確認しておいてよいであろう。 われわれ

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人(巻末参照〉が学内の自主的研究会として「経済体制論研究会」 を発足させたのは,

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月であった。「経済体制」についてのreasonedand productive discussionを行なうことがその主たる目的であったことはいうま でもないが,

I

経済体制論」をプロパーな研究領域とする参加者は二,三人にす ぎなかったから, I経済体制論」を共通の土俵とする,意見(情報〉の交換=間 専門領域的コミュニケーションの場でもあった。 経済学はその生誕のときから人間と体制の問題を考えつづけてきたけれども, 経済体制の全体像を表象のうちにおさめ,それを概念的に再生産することは, け守して容易なことではない。そして,いささか逆説的であるが,学問の「進

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歩」は,かえって個々の研究者に,全体を一層見えにくくしている傾向がある ことは否定しえない。研究者が,個別的研究領域の壁を越えて,間専門領域的 にも再結合することが,個別的研究領域における学問的生産性を高めるために さえ,一層必要になってきているように思われる。 この論文集刊行の企画が生まれたのは昨年の夏であった。「研究会

J

も四年目 を迎え,これまでのdiscussionに一つの区切りをつけるべき時期であり,また それが我々の新たなる前進のためにも必要と感じられたからである。結果とし て,

I

昭和

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年度教育研究学内特別経費」を交付された際に約した研究成果の公 刊,及び自らのプロジヱクトのひとつとして支えてきて下さった滋賀大学経済 経営研究所のスタッフの方々への責任も,果せることとなった。 ほんとうなら,体系的一貫性とまではいかなくとも有機的統一性をそなえた 一冊の書物を刊行したかった。しかし,それはわれわれの現在の力量と時間的 制約を考えれば不可能であった。とりあえずわれわれは,研究会参加者が,経 済体制論と関わるかたちで独立に執筆した諸論文の集成というかたちで刊行す ることで満足せざるをえなかった。 本論文集は,研究会参加者のうち既に他大学へ転出しているなどやむをえざ る事情で執筆しえなかったメンパーを除く 7人の論文を収めている。論文は, いちおうテーマ的つながりを考えて配列した。が,すでに述べたように,コン システントなストーリーや会としてのまとまった主張があるわけではないから, 読者の好みに応じて自由な順序で読んでいただければ幸いである。 巻末の人名索引は経済経営研究所のご協力を得て掲載することができた。心 から感謝したい。 最後にこの論文集が読者諸氏の冷笑と黙殺のうちに忘れ去られずに多少なり とも読まれ,そして読者諸氏の批判的論議の素材にいくばくなりともなるなら ば,それはわれわれの最大の喜びである。 1988年1月 経済体制論研究会(滋賀大学)

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序 に 代 え て

体制論の課題と自由主義の系譜

佐 伯 啓 思 I 経済体制論は可能か・ II 自由主義にとって何が問題か……...・H・..…...・H・...・H・...・H・.. 4 田市場経済の変貌と「競争のゲーム」 …………...・H ・...・H・H・H・..

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I

V

自由の観念と民主主義…...・H・..…...・H・...・H・...・H・...・H・..…

1

5

V 現代における自由主義の課題は何か...・H ・H ・H・...・H・...・H・..… 19

「正義原理」と市場システム観

松 嶋 敦 茂 一一一

No

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a

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i

および

Rawls

一一一

I

はじめに 一…・・・・……・・・………・…・・………・・・…・・・…・…・・

2

5

II ノジックの正義理論…...・H・..…...・H・..…...・H・..…...・H・...・H・..27 凹規則功利主義…...・H ・...・H・...・H・..……...・H・...・H・..…...・H・..31 W 基数的厚生と効用の個人間比較...・H・..…………...・H・H・H・..…… 34 V ハーサーニーとロールズ・・・・・・…・・・・・・・…・・…...・H ・-…・…・………・・ 40

V

I

結びにかえて…...・H ・...・H・..…...・H・..………...・H・..46

マルクスの市場制度観

梅 沢 直 樹 一一抽象性による具体性の抑圧

I

はじめに ...・H・...・H ・・・……・・・・・・…………・・・…・・・…...・H・..…

5

5

II ハイエクの市場制度観に関連して……...・H・..…...・H・...・H・..… 56 III マルクスの市場制度観…...・H ・..…...・H・...・H・..…...・H・..……… 58

I

V

I対象化活動」の評価をめぐって…………...・H ・...・H・..……… 63 V I抽象性による具体性の抑圧」をめぐって……...・H ・..…...・H ・..66

V

I

総 括・………...・H・..…...・H・..……...・H・...・H・...・H・...

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「市場原理」と「公共の利益」

明 石 芳 彦

I

は じ め に ・…・・・・・・・・・・・…・・・…………・・・…・・・…...……・・・…

8

3

II I市 場 原 理J ....・H ・-…………..…H ・H・....・H ・..…H ・H ・..….

8

3

I

I

I

I

公 共 の 利 益J ...・H ・..……...・H ・..…...・H ・..…...・H ・...・H ・..

9

0

I

V

I

市場原理」と「公共の利益」一結びに代えて...・H・...・H・..…

9

4

経済体制接近論の提唱

福 田 敏 浩 は じ め に………・・・…・・・・・・………・・・・……..………

1

0

1

I

収 欽 説 . . . ・H ・..………...・H ・...・H ・H・..………....・H ・

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II 移 行 論 … . . . ・H ・..………...・H ・..…………H ・H・....・H ・...・H ・

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I

I

I

並 進 論 ・ …H ・H ・...・H ・-…...・H ・...・H ・...・H ・...・H ・...…・

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I

V

私見:接近論……...・H ・..………...・H ・...・H ・..…....・H・...・H ・

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共同体,資本主義,社会主義

一一商品経済の盛衰 近 藤 学

I

序...・H ・...・H ・..………...・H ・...・H・..……...・H・

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II 生産と領有,再生産可能集合,生産様式・H ・H ・...・…...・H ・H ・H ・

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皿 社会的生産諸力の発展からみた人類史の区分…...・H ・..…...・H ・

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商品交換の発展からみた人類史の区分...・H ・H ・H・..……...・H ・..…

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V

商品経済が止揚されつつある社会主義計画経済の経済管理……

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社会主義経済の現実

門 脇 延 行 ハ ン ガ リ ー ケ ー ス 一 一 一 序・…

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計画指令システムの批判とその部分的改革…...・H ・-…....・H ・..…

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II

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年経済改革一一計画指令システムからの離脱…・……・……

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I

I

I

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年改革への復帰と経済の現状………...・H ・..…・…………

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新たな改革一一ー第二転換への準備…...・H ・..………...・H ・…...・H ・

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V

第二転換一一市場社会主義への道?…・・…...・H ・-…...・H ・...・H・

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V

I

結びにかえて…...・H ・..………...・H ・...・H ・...・...…...・H ・

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人名索引・

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体制論の課題と自由主義の系譜

体制論の課題と自由主義の系譜

佐 伯 啓 思

I

経済体制論は可能力、 比較経済体制論を最も狭い意味で,しかし同時に最も伝統的な意味で理解す れば,経済的パフォーマンスを実現する上での市場的競争と社会主義的計画の 比較ということになる。だが, この意味での体制論は今でも可能なのだろうか。 すなわち,この時代そのものが,資本主義か社会主義かという二者択一を要請 しているのだろうか。 こうしたことは,たとえば今世紀における体制論的関心の所在を一瞥しただ けで当然問題とされてしかるべきであろう。 今世記初頭にソヒ守エトにおける社会主義の実験が現実のものとなるや否や, たちどころに集権的な計画経済の可能性が問題とされたのは当然のところで あった。実際には,それ以前に,たとえばパローネ

(

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年〉によって,中央 計画当局が市場価格に代替する計算価格による計画の可能性がすでに論じられ てはいた。しかし,いわゆる計算論争は,

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年のミーゼスによる計画経済批 判によって口火を切って落され,

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年代の,ランゲとハイエク, ロビンズら による論争へと発展する九 すなわち,生産手段の公有のもとで,中央計画当局が価格シグナルを提示し 各生産者が限界費用を価格と均等化するよう生産量を決めるとし、う,1分権的計 画」をいちはやく提出したランゲに対して,ハイエクらは,この価格設定のた めに計画当局が莫大な情報を必要とすること,しかも需要の不均衡を是正する 「計算期間」はどのように定義されし、かなる長さを持つのかが不明確であるこ となどを根拠にして計画は事実上不可能であると主張する。 実際,その後のソビエト型の物財パランス計画は, ソビエトのような大規模 社会では法外な情報処理を要求し,また経済効率を高めるための伺別生産単位

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2 体制j論の課題と自由主義の系譜 のインセンティヴを欠くという困難に直面したのであった。 その結果

6

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年代にはいって,計画と市場の結合とL、う分権的計画が集権的な 物財バランス法に代わって注目を集めるようになる。つまり,社会主義的計画 の問題は,結局のところ,莫大な情報の処理と個別単位のインセンティヴをい かに確保するかに集約されてくるのである。ハンガリーにおけるコルナイや ポーランドのフeルスが,市場均衡モデ、ルを参照しつつ計画の枠組みの中にいか に市場メカニズムを取り込むかとし、う極めて実践的な,ある意味では妥協的な 立場を取らざるを得ないのも,計画経済における「経済計算問題」の解決とし てはむしろ当然、のことであった。 しかし,数理経済学的な抽象モデ‘ルの次元で、いえば, 1"経済計算問題」という 軸の上に並べたいくつかのシステム,一方に完全競争的な市場を配し,他方に 集権的な物財バランスを配し,その中間にいくつかのノミリエーションを伴った 分権的計画モデルを模索するとし、う試みは,ハーウィッツやアローらの数学的 なモデルによって少くとも抽象理論のレヴェルで、は決着がついていた2)。結論 だけを述べれば,資源配分の効率性の観点からすれば市場モデ、ルも計画モデル も,その理想状態では機能的に等価であるものの,情報効率性の観点からすれ ば市場モデルが最もすぐれている,ということであった。 では市場と計画という問題はすでに決着がついてしまったのであろうか。事 実,ティンバーゲンが後に「最適経済体制」として述べたように,両者はある 混合した経済構造へ収飲すると見なしてよいのであろうか。 注意しなければならないのは,上の計画経済論争で争われてきた論点は基本 的に「経済計算」の問題に限定されているということである。「経済計算」の観 点からすれば市場経済がまさっているという点はよいとしよう。しかし市場経 済のかかえている問題は, 1"経済計算」に存在するのではなく,むしろ「経済計 算」の効率追求の過剰という点にある。社会あるいはひとつの国民経済を単位 として,たとえば

GNP

指標で示されるような生産の効率を追求すること,そ のことはそれ自体が暗黙の計画に基いているのではないか,ということである。 政府の経済計画が民間経済を主導するという点が問題なのではない。そうでは なく,市場経済を,資源配分の効率性と情報処理の効率性という見地から眺め,

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体制論の課題と自由主義の系譜 3 計画経済に対するその優位性を主張するとL、う議論の枠組みそのものがすでに暗 黙の計画の土俵で行われているのではないか,ということである。 言うまでもなく,今日の市場経済理論の中核をなすのはワルラス流の市場均 衡モデルで、ある。そしてこの議論がめざすのは,市場経済の高度に精徽化され た科学的・抽象的記述である。ランゲが参照しハーウィッツが定式化した分権 的モデルもあくまでこの市場均衡モデルをプロトタイプとしたものであった。 それゆえ,

I

経済計算問題」の土俵自体が科学的・抽象的なモデル世界のものな のであり,そのひとつの理念型であった市場経済モデルも科学的に構成された ものである以外になかった。 しかも,ワルラス流の市場均衡理論は,完全競争のもとで市場均衡が速やか に実現すると考えているため多くの非現実的な前提を置かざるを得なくなって いる。各個人は彼の経済的データ(彼自身の選好,生産技術の状態,価格,商 品の質,販売屈の立地や競合する庖の条件といったマーケットの状態等〕につ いて完全な情報を持っているとし寸前提,それに競争的な価格は需給に応じて 速やかに変動するとL寸前提,こうしたことが満たされていなければならない のである。 しかし明らかにこれらの前提は現実のものではない。しかもそれどころか, ハイエクが主張するように,こうした前提 とりわけ完全情報の前提ーーそ のものが市場プロセスの本質とは整合しないのである。なぜなら,市場とは, 極めて限られた,あるいは場合によっては誤った情報しか持たない諸個人が集 合し,競争のメカニズムを通じて,その情報を確かめ試行錯誤を通じて一定の 秩序を作り上げるプロセスに他ならないからである。情報は完全ではなく,均 衡に瞬時的に調整されえないがゆえにこそ市場が作用する理由がある。「市場と は均衡を発見するプロセス」なのである。 このように考えれば,均衡論的な市場モデルに基く比較体制論があまり事態 の本質に迫れなかったのも当然のことであろう。議論の形式の上では市場経済 モテ‘ルが優位に立っているものの,実質上は,この市場経済モデルそのものが 一種の「計画」の産物に他ならないのであり,この意味で言えば,議論はすで に「計画」を前提とした上で、なされている。物財バランス計画の実施が非現実

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4 体制論の課題と自由主義の系譜 的なのと同じ程度に市場経済モデルの方も非現実的だったのである。 体制論にとって重要な問題は,ただ「経済計算問題」に議論を限定すること ではなしそれぞれのシステムを基礎づけている社会哲学的な論理にたち返っ て議論することではなかろうか。経済学はいうに及ばず,政治学や社会学も含 めて,少くとも近年,たとえば自由や平等の離反と相克といった形で体制論的 問題がほとんど提起されたことはないという事実は驚くべきことではなかろう か。しかし,実はそれこそが,古典派経済学者やパーク,あるいは1.

s

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ル,ベンサムらをとらえた問題だったのである。 しかも,今日の市場経済が抱えている問題もまさにそこにある。つまり,効 率性の技術的管理の問題であるよりも,それを支える社会哲学の側の問題なの である。ハイエクが述べたような「発見的過程としての市場」とL、う見解は同 時に,アングリカン・リバティと呼ばれる特定の自由主義哲学と深く結合した ものである。そして,この伝統的な自由の哲学に対立するものは,社会主義的 計画であるだけではなく,市場社会における別の自由(と平等〉の見解でもあ るのだ。ひとことで言えば,結局,市場経済をわれわれは一体いかなる基盤に 立って擁護することができるのか, という論点なのである。 以下で論じてみたいのは,こうした観点からする自由主義的な経済学の主張 についてである。とは言っても,ここでできるのは自由主義的経済学の系譜の ごく大雑把なスケッチにすぎない。しかし,この簡単な鳥搬においても,現代 の自由主義的な経済学の置かれている困難な状況の一端が写し出されるのでは ないかと考えるのである。

1

1

自由主義にとって何が問題か

「自由放任 (LaisseFaire)

J

なる語は,十八世紀頃からフランスで使用され 始めたもので,いうまでもなくア夕、ム・スミスがその語を使用しているわけで はない。にもかかわらず,通常, I自由放任主義」はスミスの教義と結びつけら れて論じられるし,またそのことが決して誤っているわけで、もない。それどこ ろか,その語が,もともと,当時の専制君主制に対するプロテストを表現する ものであったとし、う事実に従えば,実際,重商主義的な干渉政策に対する批判

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体制論の課題と自由主義の系譜 5 をめざしたスミスこそは,最初の最もラディカルな「自由放任」主義者であっ たと考えることは妥当なことでもある。 だが「自由放任」は誤解をまねきやすい言葉である。何よりもまずそれは, いっさいの権力からの不干渉を,従って,いわば生まれたままの「自然な

J

状 態を本来の自由であると見なしかねない。その結果,それは容易に無政府状態 と同一視されてしまう。もちろん,自由をこのように解することに思想史的な根 拠がないわけではなく,少くともそれは「自由とは外的障害の存在しないこと である」と述べたホッブス的世界まで辿ることができる。 だが,自由についてのこのあまりにも見通しのよすぎる見解は,実際には自 由にまつわる様々な問題に対して伺ら解決にもならないし,そのことはホップ ズ自身がよく知っていたことであった。なぜ、なら,この意味でののぱなしの自 由は, I万人の万人に対する争し、」を引き起すにすぎず,それゆえ, I社会」は, いったん「自由」を否定した自発的な契約の上に構築される以外にないからで ある。 このことは「自由」の問題の位相をきわめて屈曲したものとしてしまう。と いうのは,その結果われわれが論ずべきなのは,あらかじめ失なわれた自由に ついてであり,いわば,損失を最少限にくいとめるべき自由についてである, ということになるからである。こうして, I社会」そのものが不断に自由をおび やかす存在と見なされる。だから「社会」を集約的に表現する象徴的な集合体 は,教会であれ政府であれ,王室であれ,自由に対する脅威なのである。 しかし他方で,ホッフ守ズが述べた「自由」の定義の裏面は,自由とは権力 に他ならないことを意味していた。なぜなら,外的障害が存在しないこととは, 言い換えれば,対象に対する最大限の支配力を意味しているからである。ここ から,自由についての全く別の見方が可能となる。自由とは権力であるとすれ ば,

I

社会」状態の中で最大限の権力を行使することもまた自由を意味してい る。「自由状態」から「社会状態」への移行は,バラバラで無秩序に散乱してい た無数の権力を,整秩化されたルールのもとでの特定権力に変換し直すことで あった。そして,権力をめぐる真のゲームが「社会状態」においてはじめて可 能になるのだとすれば,真の自由の実現もまた「社会状態」において実現され

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6 体制論の課題と自由主義の系譜 ることになる。最も強固な権力を樹立できた社会が,可能性としては最も自由 な社会でありうるのである。 こうした,全く二つの対立する自由のロジックが共に社会契約論によって可 能となるのはまさに近代的自由の観念の宿命であった。ホップズ, ロック,ル ソーらの社会契約論が近代社会のロジカルな根拠づけを行なったとすれば ーーもちろん,ここでヒュームのような強硬な反対論を無視できないとしても 一一寸丘代の自由の観念はあらかじめ引き裂かれていた, と言ってもよい。パー リンは,それを i-からの自由」と i-への自由」として区別したのであり, この両者の自由の間で近代は依然としてゆれ動いているのである。 この二つの自由の観念は経済学とも決して無縁ではなく,通常,古典派的な 自由主義から現代の新自由主義へ至る経済学のメインストリームの自由放任主 義は,政府の干渉「からの自由」を目ざし,これに対し,社会主義者を始めと する計画の理念は,ある程度の権力の集中によって,より一層高次な政治的・ 経済的目標を達成しようとし、う意味で,

i-

への自由」の延長上にあると解され る。 自由が

i

¥,、っさいの外的障害のない状態」であるとすれば,個人の経済活動 の自由が公的権力の規制と対立するのは当然、のことである。しかし,それと同 時に,個人の経済活動の自由自体が自由を破壊する可能性をひめているのであ る。なぜなら,それは,本質的に社会生活の次元に持ち込まれたホップズ主義 であり,利欲や情念,競争心によってあおりたてられた自然状態の投影に他な らないのだから。その結果,無政府的な経済的自由は, リカードやマルサスが 見通したようにゆゆしき帰結をもたらす。恒常的な貧困と道徳的退廃がそれで ある。それはむき出しの利己心や情念の結果であり,放縦のままに放置され制 御されない諸個人の結果なのである。 とすれば,貧困と道徳的退廃とL、う経済的自由の帰結を解消するのは,放置 された利己心や情念を制御する理性の力による以外になかろう。理性による情 念の支配,すなわち「自己支配

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a

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)

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こそが i-への自由」の根底を 支えるものである。「自由という語の『積極的』な意味は,自分自身の主人であ りたいとし、う個人の側の願望からくるものJ(パーリン〉だからである3)。

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体制論の課題と自由主義の系譜 7 だが,理性の力によって「自分自身の主人である」とはどういうことなのだ ろうか。実際には,この間いが,カントからフランスの啓蒙主義者へ至る合理 的啓蒙のプログラムを産み出したと言ってもよい。利己心や情念,偏見の生育 する土壌は「無知」とし、う暗闇に他ならないであろう。とすれば,理性の作用 とは知識を拡大して無知の暗闇に光を当てることに他ならない。「知識は自動的 に非理性的な恐怖や欲望を除去することによって,ひとを自由にする

J

(パーリ ン〉とL、うのである。こうして科学的な社会計画という思想が産み落される。 「科学的」な経済法則の解明に固執したマルクスが同時に「科学的」な社会主 義の産みの親であったという事実は決して偶然ではないのだ。それは共に啓蒙 的合理主義の最も正統的な嫡子なのである。 こうして,自由という強力な思想的接着剤の功妙な働きによって,科学的知 識と計画経済が接合される。この接合には,それなりの原則的な必然性があり, サン・シモンやフーリエからコンドルセやゴッドウィンへと至る思想的経験を 持ち,その上,それはさかのぼればへーゲルにまで至るという確信によって支 えられている。 従って,この自由の接着作用に対して同じく自由の観念でもって異を唱える ことにさしたる説得力が存在しないのもいたしかたのないところである。

1-

へ の自由」を根底にもつ理性的計画の思想に対して,

1-

からの自由」が決定的な 優位にたてるという明白な理由は何ひとつ存在しないのである。 それより,自由放任を主張する自由主義的経済学者は,ただホップス的な自 由の観念のみを頼って,

1-

からの自由」を唯一の正面切った論拠にするわけに はいかない。実際,真に自由主義的な主張をなそうとする経済学者たちの模索 したことは, 1-からの自由」に留まらないより根底的なあるいは抱括的な自由 の観念であった。それが一見

1-

からの自由」を擁護するかのような論旨を辿 る場合にも,彼らが関心を持ったのは,それをさらにゆるぎないものとするよ うな自由の枠組みであった。それゆえ,彼らは,決して,単なる(つまりミニ マム・ステートを至上命令とする)自由放任主義を説いたわけではなかった。 事実,自由主義的な市場の擁護は,必ずしもホップズ的な,そもそもの自然 状態における個人的自由とし、う観念から出発する必要は全くない。たとえば,

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8 体制論の課題と自由主義の系譜 ヴァイナーが指摘しているように,最も初期の自由主義的な国際貿易の主張はす でに

4

世紀になされているという。アンティオケのリパニオスという教師は, 「神は人聞が他人の助けを必要として社会的交流を育てていくように,その贈 りものを異なった地域に分配した」のであり,神が「通商を創造した」とL、う のであるへすなわち,神の摂理(provision)が自由な通商を祝福するという考 え方である。そして,これは,スコラ哲学を経て, 19世紀イギリスの神学的な 自由主義にまで流れ込む考え方であった。また,アダム・スミスに先だってベ ンジャミン・フランクリンは商業を行うことが人類にとって利益となるのは神 の摂理によると述べていた。 古典派経済学の創始者であるのみならず,経済学の産みの親とも言われるア ダム・スミスの自由貿易論が摂理説に基くものだという証拠はなL、。自由貿易 についてのスミスの主張は,スコットランドでできる上質のぶどうは外国から 輸入する経費よりはるかに高くつく, という「絶対的生産費説」であった。も ちろんこれは,後のリカードの,よりソフィストケイトされた例,イギリスの 羊毛とスペインのぶどう酒の「比較生産費」の説明に席を譲ることになる。つ まり,ここにあるのは摂理ではなく功利なのである。だが,それにもかかわら ず,1スミスは摂理が通商に好意的であるという思想をはっきりと表明したこと はないが,スミスの著作にこの思想はほのめかされてはいる」というヴァイナー の説を簡単に却下することはできないのである。 「摂理」と呼ぶにはいささか抵抗があるにせよ,ある種の自然法的な観念が スミスの思想の背景を構成していると考えることはそれほど無理なわけで、はな L 。、 たとえば, ワルラスにひとつの頂点をもっ近代経済学の市場均衡論の先取り といわれる「諸商品の自然価格と市場価格」と題された章を見てみよう。 ここでスミスは,1市場にもたらされる数量がちょうどうまく有効需要を満た している場合には,市場価格は当然, 自然価格とまさしく同一になる」と述べ, まさしく市場均衡理論の中心命題を記述していると言われる。通常の場合には, 自然価格とは長期均衡価格であるという前提がおかれているのであるが,その こと自体はそれほど自明なことではないのである。

(15)

体制論の課題と自由主義の系譜 9 実際にスミスが述べていることは,

I

およそひとつの社会,ひとつの地域に は,労働と資本の異なる用途ごとに,賃金ならびに利潤について通常率または 平均率というものがある。のちに明らかにするように,この率は,ひとつには その社会の一般的事情,すなわちその貧富,その進歩,静止,または衰退の状 態によって,またひとつには,各用途の特定の性質によって,自然に規制され る」ということであり,この賃金,利潤,地代の自然率を加算したものが,そ の商品の自然価格なのである九 では,自然、価格を構成する賃金,利潤,地代の自然率はどのように決まるの か。この点に関してはスミスは必ずしも明確ではない。だが,この不明瞭さは, 逆に言えば,スミスがそれらの生産要素に関する完全競争的な市場メカニズム を簡単に想定していたわけで、はないことを示していると解することもできる。 自然、価格を,もしも一般均衡論的な市場メカニズムによって解かれる均衡価格 だとみなすならば,

I

自然価格とは,いわば中心価格であり,そこに向けてすべ ての商品がたえず引きつけられるものなのである」というスミスの論述は,い わゆる市場均衡解の安定性について述べたものと解することに異をとなえる必 要はなし、。そして,もしそうならば,スミスの自由放任主義は,市場メカニズ ムの均衡解への収束という,ワルラス的な近代経済学のロジックの驚くべき 先取りということにもなる。 しかし,たとえば労働賃金の決定についてのスミスの説明を読む限りでは, 単純に労働市場における需給均衝を説いているとは考えがたい。 むしろここでスミスは,人々が彼の家族的生活を推持する「普通の人道にか なった明らかに最低の率」があり,この最低の率を基準として,実際には,そ の職種の性格,社会的評価,熟練度,特異な才能等に応じた,適正な賃金体系 が存在することを述べているのであり, とすれば,賃金,利潤,地代の自然、率 に基く「自然価格」も,多かれ少なかれ,その社会の人々による妥当性の評価 を暗黙のうちに得た価格と考えてよいはずである。 確かにスミスは労働や資本の自由な流動がこの自然、率を実現すると述べてい る。しかし,それは,上述の妥当な賃金率や利潤率を競争プロセスが実現する というだけのことである。すなわち,職種間の賃金の格差や部門間での利潤率

(16)

10 体制論の課題と自由主義の系譜 の格差が,当然あるべき価格を除いて均等化することを述べたのであって,生 産物市場,生産要素市場の相互関連を含んだ市場均衡の体系について述べたも のではない。スラッファやジョーン・ロビンソンが明らかにしたように,賃金 率や利潤率の均等化のプロセスとワルラス的な市場の一般均衡のメカニズムは 両立不能なのである6)。 だから,スミスの自由主義的な主張が, ワノVラス的な市場均衡モデルのよう な市場の「自己調整能力」に依存するものだと見るわけにはし、かなし、。むしろ, 賃金や利潤の自然、率は,その職種や産業に特有のものとして長期的に社会的に あるいは慣習的に決定されるのであり,自由な競争とはその妥当性の基準を与 えるいわば社会的なルールのことに他ならないのではなかろうか。それゆえス ミスにとって,市場の落ち着き先は,均衡であるか否かというより,

I

自然的自 由のなりゆき」の結果にすぎない。つまり,政府による規制を排した自由な競 争という「自然の自由のなりゆき」こそが市場の本質なのだとすれば,そのプ ロセスこそがし、っさいの干渉に対し擁護されるべきものであった。 要するにスミスの「自由

J

の観念に「自然的」なる形容詞が接頭されている のを,古典派経済学のうちに残存するスコラ的要素として片付けるわけにはい かないのである。「自然的自由」を,放任された自由,あるいは諸個人の競争的 自由と等置するわけにはし、かないのであって,この「自然的」なる語に含意さ れた,

I

当然そうなるはずの秩序」そしてそれゆえに人々の共通のルールとなる 「適宜性」にかなった秩序という意味あいを無視するわけにはし、かなし、。 確かにそれは,

I

説得的定義」の一種と見なすことは可能であろうし,それゆ えスティグラーが言うように,スミスは,冷厳な目で事物を見る分析家という より,

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経済学的説教師

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Jと言うこともできる。 だが,実際には,スミスのあるいは古典派の市場論のパックボーンをなす, こうした形而上学的要素こそがむしろ,彼らをゆるぎない自由主義者としてい たのではなかったろうか。 たとえば,この意味で,マルサスの自由主義ほどラディカルな主張をわれわ れは知らない。彼は,

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人口論

J

において, ゴッドウィン流のユートピア的な進 歩思想一一理性の力が社会的な制度を改良し社会的な諸悪をやがては根絶する

(17)

体制論の課題と自由主義の系譜 11 だろうという思想 を全く非現実的だとしてしりぞけ,さらに救貧政策を, その意図とは逆に貧困をますます増大する誤った政策だと断じた後に,ある程 度の貧困の状態の中に人々は放置されるべきことを主張する。なぜなら,

I

善悪 が世界に存在するのは,絶望をうむためではなく活動を産むためである。善悪 を除去することに最大の努力をつくすことは,すべての個人の利益だけでなく 義務であり,この義務を遂行する程度,努力を傾ける賢明さの程度,努力が成 功する程度が大きければ大きいほど,それだけ彼は,自己自身の精神を改善し 高めるし,それだけ完全に創造者の意志を実行するように思われる」からだと いう九貧困と犯罪さえも,神が人間に与えた試練であり,その中で道徳、を養い 自己の精神を高めることが人間の義務だというのである。 古典派経済学の自由主義的な教義とは,それが現に書かれ述べられたこと以 上のものであった。スミスやリカード,マルサスの主張は,テグストそのもの であるより,そのテクストを書かせた形市上学的なあるいは神学的なモチ ヴェーションが影のようにテクストに投影されている。スタークが,

I

古典派経 済学はこの新しい宇宙観の不可分の部分だったのである」と述べたように, その「新しい宇宙観」を代表するのが彼の主張したようにロックとライプ ニッツであったか否かは別として 確かにそこにはひとつの宇宙観(哲学) が横たわっていた。時としてテクストのロジックをぼやかしてしまうこの影の 部分を余計な爽雑物として取り払ってしまえば,確かに近代経済学的な市場均 衡理論なり, ロビンソン的な階級分配モテ、ルがで、きあがる。しかし,古典派的 自由主義の信念の根底にあるものは,モテ‘ル化されたロジックの骨組みには容 易に組み込まれないものなのである。ロジックからはみ出した暗黙の形而上学 が自由放任の主張を,ある意味でドグマチックなしかしある意味で豊かなもの としているのである。 少くとも,その形而上学が,ユートピアンたちの進歩主義,社会改良主義, さらには革命主義とは全く異質のものであった点は強調しておく必要がある。 スミスにせよヒュームにせよ,商業社会は「自然のコースに従って」発展して ゆくものであった。マルサスが述べたように,市場経済の不完全さ,それが産 みだす善悪さえもが,その発展のうちにくり込まれたモチヴェーションなので

(18)

12 体制論の課題と自由主義の系譜 ある。それゆえ,市場経済を理性的に計画するという思想も,社会を革命的に やり直すという思想も,古典派自由主義には全く無縁であった。市場は,それ が完全競争のもとで速やかに均衡を実現するからというより,1正義に反しない 限りで」自由な競争のプロセスであるということそれ自体のゆえに擁護される のである。なぜなら,自由な競争のプロセスは,すみやかに均衡に収束して資 源配分の効率を達成するからではなく, [事物の自然のコースに従って」市場社 会そのものを進化させ展開してゆくからなのである。それに,前もって理性に よって捉えられ,モデル化され計測しうるような構造的安定物なのではなく, 絶えずゆらぎつつ展開してゆくプロセスというべきである。市場経済はでき 上ってしまった建造物では決してなく,絶えず生成し続ける生きもののごとく 存在するのである。自由主義とは,建造物を設計する理性の自由な活動ではな く,逆に,理性がこうした生成を邪魔しないよう配慮することに他ならないの だ。確かに,その意味で,自由は[-からの自由」である。その本当の意味は 「理性からの自由」だといってよい。 皿

市場経済の変貌と「競争のゲーム

J

このように理解された古典派の自由放任主義が,新古典派なり近代経済学の 自由放任主義とは全くといってよいほど異なったものであることは明らかだろ うと思われる。 ドッブの言い方を借りれば,新古典派はむしろ「反古典派

J

で さえもあった。 多少逆説的な言い方をすれば,社会主義に理論的な可能性を保障したのは, 実は,新古典派的な自由主義だったのである。新古典派の科学的な計量主義が, 社会主義を計算問題とし、う土俵に引きずり出したのである。新古典派的な市場 均衡理論が,古典派のノミックボーンにある形而上学や神学的信念を拒否し排除 した時,市場と計画は同ーの平面に置かれることになる。この意味で言えば, 市場と計画の対立は,従って資本主義と社会主義の対立は,古典派経済学の衰 退と新古典派経済学の膨興と決して無関係なわけではない。 とりわけワルラスに代表される19世紀後半の市場経済理論が科学的たらんと する強い意識によって特徴づけられることはそれなりに理由のないことではな

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体制論の課題と自由主義の系譜 13 い。ワルラスはスミスの価格理論を高く評価しながらも,その「経済学的説教 師」としての性格に苦情を述べ,市場理論に物理学的,天文学的な精微さを与 えることを使命としたのであった。ワルラスに限らず,いわゆる限界革命の動 きの中に,古典派経済学とはまた違った意味で, しかもそれ以上に「説教師」 的となりつつあったマルクス主義的ドグマに対する反動を見い出すことは容易 なことである。 だが,ワルラスに始まり,結局のところそれから

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年もして

1

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年代の アメリカ新古典派でピークに達する市場均衡の数学的モデルが,確かにマルク ス主義的な実践的で,場合によってはイデオロギッシュとも言える性格を少く とも表面上は払拭したものの,それと同時に,古典派経済学が強く維持しよう としていた自由主義的信条も同様に水に溶いたように薄めてしまったのはある いは大いなる皮肉であった。 しかも限界革命による科学的方法がもたらしたこうした逆説的な危機は,た だ思想のレヴェルだけのものではなかった。

1

9

世紀の経済学者は,市場経済を ひとつのメカニズムとみなそうとしたのであり,そこに,市場経済の科学が可 能となる理由もあったのだが,

2

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世紀がたちまち明らかにしたのは,市場は決 して単純なメカニズムなどではないということであった。

1

9

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年代の国際経済 システムの不安定と貿易の不均衡,アメりカを中心とする投機現象,そしてそ れに続く大恐慌と↑要性不況は,市場経済を安定したメカニズムとして科学的に 理解することを不可能とするものであった。ケインズ経済学の最大の意味は, 市場経済のメカニスティックな理解を否定した点にある。ケインズは,市場経 済を安定したメカニズムとして見る代わりに,それを,不確定で移ろいやすい 群衆心理や企業家の「血気」の上に乗った不安定なシステムと見たのである。 こうして

1

9

世紀にあっては革新的であった市場のメカニズムという考え方は,

2

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世紀にはし、るや否や現実からどんどん遊離してゆくことになる。経済理論が 科学的たろうとする努力のさ中で現実の市場経済はますます科学的な理解では 捉えがたいものとなってゆく。 従って,

2

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世紀の前半を生きた古典派的自由主義の信条を抱懐する経済学者 にとって,自由主義の危機は経済学の方法上の危機でもあった。自由主義の危

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14 体制論の課題と自由主義の系譜 機は過度に科学的たろうとする経済学そのものの問題だったのである。 これは通常,自由主義的な市場を計画経済の方へ一歩押し出したとされるケ インズの直面した課題でもあった。成立して聞もないソビエトの計画経済の中 に新たなタイプの宗教しか見なかった自由主義者のケインズが,1自由放任の終 駕」を書かざるを得なかったのは,言うまでもなく自由主義的な市場社会の息 の根を止めるためではなく,逆にそのたてなおしをはかるためで、あった。彼が 批判したのは, ドグマ化された古典派の自由放任の思想であったばかりではな く,過度に抽象化し科学的なメカニズムのモデル化をこととする当時の市場理 論に対してでもあったのだ。 だが, もちろん,別の自由主義者にとっては, i自由放任の終鷲」は「自由放 任の危機」と書かれるべきところであったろう。それは同時に,過度に自然科 学化した経済学そのものの問題であるとすれば,当然ながら,自由主義の再建 は,自然科学的でない経済学の方法を要求する。だが,科学的に記述できるメ カニズムを持たない市場とは一体何なのであろうか。メカニズムとは異った新 たな市場の理論とは何なのであるか。これが,今世紀の自由主義経済学に課さ れた課題だったのである。 解答は相互に関連を持ちながら,二つの方向からなされた。 ひとつは,ウィーンにおけるミーゼスの新たな方法論である「プラクシオロ ジー」であり,もうひとつは,アメリカ経済学の中から出た,シカゴのフラン ク・ナイトの経済学である。 ここでさし当たり関心を持つのは,ナイトの経済学である。おそらく彼は, 市場経済のメカニズムが自由主義の信条を支えるにはあまりに弱すぎることに 目を向けた最初の経済学者の一人であった。 市場のメカニズムは,貧困と失業と資本主義の道徳的退嬰を産み出すだけで あって,それを解決しはしない,というくり返しなされる市場経済批判に対し,

2

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世紀の自由主義者は容易に解答するすべを持たないのである。マルサスのよ うに「神の与えた試練」とし、う神学的形而上学をもはや持ち出すことができな いとすれば,一体,何が市場社会に対する批判を反駁できるというのだろうか。 ナイトがそれに解答を与えたとは言えなし、。しかし彼はひとつの論点を明る

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体制論の課題と自由主義の系譜 15 みに出した。市場経済をひとつのゲーム的世界とみなすというのがそれであっ た。ただし,ナイトは,こうした議論を正面切って展開したわけで、はない。し かしナイトは,ゲームとして見た場合にも市場経済は論理的に困難な状況にさ らされると考えるのである。しかし,競争的な市場経済の問題を道徳的なもの と見る場合に,競争的市場をゲームとみなすことによって,道徳的問題に何ら かの光を当てることができると考えたことにまちがし、はな¥, ,8)。 ナイトが述べたように,市場は,ただ個々人の欲望を充足するための資源配 分システムなのではなく,同時に競争のゲームでもある。競争ゲームは能力 (ability)と努力 (effort)と運(luck)の混合体でありそれゆえ当然ながら結 果のわからないゲームである。それは「すぐれたゲーム」である。なぜなら, 「よいゲームは,プレイヤーの能力をテストし,そのために彼らに努力させる ものでなければならない。同時にそれは能力を測定する客観的な基準を含んで いなければならず,結果は予測不可能でなければならなしづからである。 もちろん競争ゲームは「よいゲーム

J

だとしてもそれが「よい倫理」を提供 するとは限らない。ナイトは,競争ゲームのもつ快楽主義的あるいは功利主義 的前提を,ギリシャ古典文化やキリスト教における「絶対的な価値基準」と対 比させる。この対比からすれば,市場経済の快楽主義的でプラグマティックな 価値感が,ギリシャの「美」や「完全さ (perfection)

J

あるいはキリスト教的 な「精神性(spiri tuality )

J

とL、った価値観と全くあい入れないのは当然、のこと であろう。 確かにこの見地からすれば,i純粋に理想的な基準からすれば競争は根本的な 弱点をもっている

J

(ナイト)ということになる。しかし,だからと言って,競 争ゲームが自由な活動の倫理的基礎を全く提供しないということにはならない。 問題はもう少しちがったところにある。

I

V

自由の観念と民主主義

市場社会が富をめぐる能力と不確実性のいり混ったゲームだとする時,問題 となるのは何をそのルールと考えるかにある。さらに,そのルールがどのよう にして形成されたかが論点となろう。

(22)

16 体制論の課題と自由主義の系譜 現に,ナイトは後にハイエグの自由主義をドグマティックなものとして批判 するのだが9) そのいくつかの批判点の中のひとつでナイトは,ハイエクの自由 主義が,たとえば世襲的な財産制度を当然のこととして受け入れており,その 結果,不平等な初期状態でなされるゲームがますます富の不平等を引き起こす という,分配の正義の問題をハイエクが全くないがしろにしていると述べる。 このきわめて「常識的な」自由主義者であるナイトにとっては,ハイエクの自 由主義はあまりに「過激に」思われるのだ。こうしてナイトは,自由主義が必 ずしもドグマチックなミニマム・ステートを,つまり固有の意味での自由放任 を意味していないというごく当然の論点にもう一度立ち戻ってくるわけである。 つまり「自由」の問題は教義ではなく便宜だというのである。 すなわち,ゲームといっても,そのルールはプレイと常に相互浸透しており, プレイの結果がルールを改訂することを要求することは充分考えられうるので ある。近年のサローの主張は,富の分配のセ寺戸・サム・ゲームにおいては,そ のルール(所得の分配)をそのつど修正しなければゲームそのものが破壊され てしまう,というものであった。 ところがルールを修正するとすれば,その手続きは近代社会では民主主義に よる以外にない。それゆえ,ナイトにとって,自由主義は常に民主主義を基礎 とすることになる。これが, 自由と民主主義(平等主義〉を敵対するものと見 るハイエクに対するナイ卜の決定的な批判であることは言うまでもない。 従って,逆に言えばある意味で,ハイエクはナイトよりはるかに,このゲー ムとしての市場という考え方に固執することになる10)。彼は,周知のように,そ れを「経済(エコノミー)Jではなく,

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カタラクシー

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のゲーム」 と呼んだ。「エコノミー」は,その原義(オイコス+ノモス)が示しているよう に,比較的小規模な共同社会の統治のやり方にこそふさわしい。人々が共通の 目的でつながれた

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組識」においてこそ,資源を管理し 配分し分配を決めるというエコノミーの考え方は妥当する。しかし,人々が共 通の目的をもたず,ただ行動の基本ルールだけを共有する

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に適合するのは,上の意味でのエコ ノミーではなく,多様な目的をもって活動する多数の個別経済の相互調整に基

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体制論の課題と自由主義の系譜 17 く秩序であるカタラクシーだ, というのだ。 「カタラクシ

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のゲームは,決して一定の富を分配するゲームつまり「ゼ ロ・サム・ゲーム」ではない,それは,あくまで一定のルールに従って行われ る活動が,結果として「富を創造するゲーム」となるような種類のものなので ある。事業に成功するにせよ失敗するにせよ,特定の誰かの機会を有利にする という恋意が作用していない限り,誰もがその結果を受け入れねばならない。 能力と運だけがゲームの結果の支配者なのである。それゆえ,カタラクシー・ ゲームには伺らの道徳的原理も含まれていない,とハイエグは述べる。 「熟慮の上でもたらされたのではなくて,プレーされたゲームの結果であ る(所得または富の)明確に定められた分配を,道徳的に正当化する必要は ない1

このことは重要なことである。カタラクシー・ゲームとしての市場経済を正 当化するものは,ゲームが要求する道徳的妥当性ではないのである。カタラク シー・ゲームの結果がL、かなる道徳的主張も含まないとすれば,当然ながら, その帰結を変更するいかなる理由も見当らない。その結果,所得の再分配,救 貧政策,福祉政策つまり「社会的正義

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の名のもとになされる いっさいの政策は,その根拠をもたないことになる。 確かにハイエクの述べる通り,所得再分配(つまり平等化政策〉には何らの 「正義」の根拠もない。多くの場合,確かに

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社会的正義』は,実際には,そ の地位が下降傾向にある全ての集団によって用いられるスローガンにすぎな し、」のであり,その結果, Iある集団の不満の原因となるものにただちに『社会 問題』とL、う刻印を押す」ことは,

I

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社会的正義』とし、う概念を特殊利益によ る特権に対する要求の単なる口実」にしてしまったと言うことも可能である。 だが,それにもかかわらず,このことは,必ずしも自由放任を正当化できる ものではない。平等化政策に何らの「社会的正義」の根拠もないということは 自由放任に「正義」があることを意味しはしないのである。 むじろ,

I

カタラクシー・ゲーム」の考え方を徹底すれば,

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正義」のアプリ

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18 体制論の課題と自由主義の系譜 オリで普遍的な基準など存在しないということになるはずであろう。ハイエク は「唯一の正義に適う原理は

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社会的正義』の名のもとに利益を得るという〉 特権を誰にも与えないことなのである」と書いているが,この主張は実質上何 の意味も持たない。ある抽象的に表現されたルールのもとで(従って,特定の 誰かに利益を得るというアプリオリな理由は何もなく)何らかの「社会的正義」 (従って結果的に特定の誰かの利益となる〉を実現するプログラムが実行され ることはいくらでもありうるからである。 実際,ナイトのハイエク批判もそのことを問題にしていたのであった。例え ば,民主的な意思決定のもとで〔このルールはアノニマスである〕最低賃金法 や福祉関連法が立法化されたとすれば,特定の集団の利益が,何ら特定の意図 をもたないルールのもとで保護されたことになるのである。 もちろん,そこでハイエクは,立法府に過度な権限を付与すること,そして その基礎にある法実証主義を強く批判することになる。これは,言うまでもな く,民主主義に対する批判でなければならない。つまり,市場のカタラクシー・ ゲームと民主主義とは両立し得ないというのだ。 だが,ここにあるのは,いわば道徳的非決定性という問題である。「カタラク シー・ゲーム」は,何ら道徳的基準を要請しはしない。それゆえ,

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社会的正義」 について何の基準もないのだとすれば, もし,それについて論じうるとすれば, それは社会的な「合意」である以外になく,この「合意」を与える近代社会の ルールは民主主義だということになる。民主主義原理が本質的に拘えている価 値相対主義が,その相対性のゆえにひとつの決定にまで「集計」されるという 逆説がここにある。従って,

I

民主主義が多数決投票によって所得分配まで決定 しようとする時に生ずる特定の馬鹿気た事柄」は,たとえ馬鹿気ていたり政治 的利権の欺臓であったとしても,それなりの必然、性をもっていると言わねばな らない。アプリオリな「社会的正義」を否定し,道徳的非決定性を採ることは, 何ら問題の解決とはならない。アプリオリな「社会的正義」が存在しないなら, 社会はそれを作り出さなければならない。社会契約論から,そのいささか媛小 な功利主義版であるブキャナンらヴァージニア学派の「公共選択論」に至る民 主主義の「立憲理論

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が常に問題にしてきたのはその

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体制論の課題と自由主義の系譜 19 ことであった。 そして,ハイエクがするどく洞察したように,実は,ここにすでに全体主義 への萌芽が密んでいるのである。「全体主義が潜り込んでいるトロイの木馬は 『社会的正義

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の概念なのである」とL、うわけだ。もっと正確に言えば,民主 主義が「社会的正義

J

の基準を合意によって作り出してしまうこと,そのこと がすで、に全体主義への最初の一歩だというのである。だが,これは別にハイエ クの独創というわけではない。実際,それはプラトンの民主主義批判の要諦を 受けついだものであった。

V

現代における自由主義の課題は何か

だが,われわれは,こうした論点をもっと拡大してみることもできる。何も 分配的正義の決定だけが民主主義の仕事ではないのであって,さらに言えば, 政治的意思決定だけが民主主義なのではない。とりわけ現代の民主主義的な精 神を,いささか大雑把に,人々を平等化し平準化する傾向に対する強し、信頼, 隠され不透明なものに光を浴せ,誰でもが接近できる事実の展示を行うという 一種の実証的精神によって特徴づけておけば,まさしく今日のわれわれをとり まく文化の中心は民主主義的な文化なのである。言うまでもその中心にあるの は,マス・メディアによるコミュニケーション・ネットワークであり,それが 伝達する様々な象徴的な意味表現なのである。経済的な貨幣メディアを流通さ せる現代のマス・マーケット,文化的な表現のメディアを流通させるマス・コ ミュニケーション,それらは結局のところマス・デモグラシーのいわば等価な 変換であり,あるいはその構造的な同位物であるといってもよかろう。 もし,ハイエクが述べたように,民主主義のうちに「全体主義が潜り込んで いるトロイの木馬」とL、う要素があるのだとすれば,経済,政治,文化の全体 的な領域にわたってマス・デモグラシーの精神一一平等化,平準化の精神,実 証主義的なフアクチュアリズム が席巻しつつある現代社会こそは,大いに 全体主義的傾斜を持った社会だということになる。 これは確かに,かつての,そして本来の意味での全体主義ではあるまし、。ハ イエクといえども,ここに, ヒトラーやムッソリーニのあるいはスターリンの

(26)

20 体制論の課題と自由主義の系譜 後継者の出現を予測することはむつかしい。だが, とりわけ,文化的領域にお けるマス・メディアの進歩と情報化の作用は,マクルーハンが述べたように「新 たな部族社会」の出現を予感させるものではあるのだ。そして,

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部族社会 C tribal society) Jこそは,ハイエクにとって,現代の「偉大な社会 CGreat Society)Jとは決定的にあい入れぬ社会であった。

I

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社会的正義』に対する要求 は,

C

偉大な社会に対する)部族精神の反逆の現われ」に他ならないのである。 高度情報化と呼ばれる現代の高度な産業社会が,巨大規模の新たな部族社会 の出現であるのか否かはここでの直接の論点ではない。しかし,高度に発達し たマス・マーケットとマス・デモグラシーそれにマス・コミュニケーションが 幾分かは,ハイエクの危倶した部族精神を再びわれわれの社会に導入しつつあ ることは充分考えられることではある。 自由主義者が常にその危機に対し過敏なほどに警告を発してきた全体主義は, 現代では必ずしもファシズムや硬直した社会主義の形で、出現するわけではない。 しかし少くともその土壌となる「設計主義 (coustructivism)Jの精神は,より ゆるやかに,しかしより巧妙に自由主義を建て前とする市場社会のうちに忍び 込むことはありうるのである。今日の体制論的な問題は,市場社会

V.S

.

計画 化された社会,資本主義

V.S

.

社会主義という明瞭な形をとるわけではない。 その意味では, レイモン・アロンが,あるいはガルプレイスやティンパーゲン らが述べたように両体制は,産業社会というタームが抱合しうるようなレベル にまでは収束していると言ってよし、。だがまた,そのことは,決して自由主義 と全体主義という,体制論の基底にある問題が解消したということを意味しは しないのである。われわれにとって問題なのは,市場社会に対立する全体的計 画あるいはその精神的核である「設計主義」ではなく,市場社会における全体 的計画(設計主義〉の観念の問題なのである。 すでに見てきたように,古典派時代の自由主義が自然、法なり「事物の自然、的 秩序」なり神の摂理なり,この社会の不完全性やいやおうなく生ずる害悪まで をも含めて,そのうちに解消してしまう超越的あるいは普遍的な秩序を多少な りとも想定していたのに対し, 19世紀以後の自由主義者は,もはや超越的な秩 序に訴えるすべは持たない。

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体制論の課題と自由主義の系譜 21 人間の知的能力の限界と社会の害悪や不道徳に対して責任を引き受ける神的, 自然的秩序をもはや信ずることができなくなった時,人間の知的限界を克服し, 社会の害悪を排除しようとL、う理性主義の教義が産まれる。 19世紀における理 性主義は,二つの方向で, しかし基本的には同ーのことを主張していた。ひと つは,市場経済の機械のように作用するメカニズムを発見し,それを社会の幸 福のために最大限活用しようとするものであり,他は,端的に社会を設計主義 的なやり方で計画することによって,いっきょに平等を実現しようとするもの である。この意味で,市場均衡論者の自由放任の主張は,たとえばワルラスや

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ミノレを見ればわかるように,社会主義的計画経済の理想と容易に両立 できたので、あった。 しかし,このことはまた,くメカニズムとしての市場経済〉の認識が,計画経 済に対する決定的な反論になり得ないことをも意味していたのである。その結 果, 20世紀の自由主義者たちは,くメカニズムとしての市場〉に対してくゲーム としての市場〉という考えを打ち出すことになる。 しかし,実際には, <ゲームとしての市場〉という考え方は,問題点をいっそ う拡大しただけで、あった。つまり,ゲームのルールを作る者は誰なのか,とい う別の問題をそれは引き起しただけであった。こうして,市場活動の自由とい う経済の問題は,いっきょに,ルールをいかに設定するかとし、う政治的領域の 問題と融合することになる。つまり,民主主義と自由主義の両立可能性という 古くからの一一たとえば,アメリカの民主主義を目のあたりにしたトゥクヴィ ルにとって最も重要だとd思われた問題一ーの方へとわれわれを送り返すのであ る。 ハイエクの自由主義がこうした問題に対する充全な解答となっているという わけでは必ずしもない。確かにハイエクは,市場の競争ゲームを「カタラク シー・ゲーム」という語に置き換えたというだけではない。いうまでもなく, ハ イ エ ク の 自 由 主 義 を 支 え る 最 も 重 要 な キ ー タ ー ム は 「 自 生 的 秩 序 (spontaneous order)

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の概念である。 さらに言えば,彼が市場を最も重要な自生的秩序と見なす理由,すなわち, 市場においては,非常に限られた知識や技能しか持ち合わせていない者たちが

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