経済政策論序説(その1)
その他のタイトル An Introduction to Economic Policy (I)
著者 松原 藤由
雑誌名 關西大學經済論集
巻 3
号 2
ページ 1‑24
発行年 1953‑09‑30
URL http://hdl.handle.net/10112/15840
践的判智学としての規範科学︵目的と手段との関係における当為を研究目的とする︶すなわち経済政策論である︒
会料学としての経済学は理論・歴史・政策の三分科に分たれる︒
いうまでもなく経済理論は経済事象間の必然の聯関︑すなわち法則の知識であり︑
に生起したる経済的事象そのものの知識である︒前者は仮説的であるとともに普遍的に妥当するものとして求めら
れ︑後者は現実的であるとともに個別的のものとして求められる︒経済政策は一定の社会経済が何であるべきかの知
識であり︑従ってその経済の上に加えらるべき行動の知識である︒
を予想し︑他方において存在の知識を予想する︒現在の事実の特殊性を把握するという歴史的知識を前提とし︑その上
経 済
政 策
論 序
脱 ︵
訟 原
︶
の 個
別 的
本 質
と 個
別 的
聯 関
を 研
究 目
的 と
す る
︶
に二つに分たれる︒ 経済ないし経済生活という実在を認識対象とする経済学は学問構成の基準から存在
を取扱う部門と︑当為︵
S o l i e n
) すなわち如何にあるべきかを取扱う部門とに分たれる︒前者は観照的認識学として更
︵ 一
︶
経 済 政 策 論 の 基 本 的 性 格
︱つは法則科学︵実在の一般的本質と一般的聯関を研究目的とする︶経済理論と︑他は記述科学︵実在
経済史である︒この二つの学問は明らかに観照的経済学である︒後者は実
経 清 政 策 論 序 説
すべて政策は一方において価値または目的の知識
松
︵ そ
の 一
︶
経済史は一定の時間的条件の下 かくて社 原
( S e i n )
すなわち如何にあるか
藤
由
る内容が強く要請せられるのであろうか︒ 治性と技術性であり︑他の︱つは綜合性と具体性である︒ 認識関心から生じた結果であり︑それはリッカート
経 済
政 策
論 序
説 ︵
松 原
︶
政策論が実践としての経済政策を研究の その上に一定の価値
一 科
学
に一定の価値を実現するための手段及び過程の知識を経済理論に求むるところに政策の知識すなわち政策論が成立す
^ 1 )
る︒これが従来の代表的な通説である︒
しかし経済学は発生史的には最初から理論・歴史・政策の三部門に大別されて発展してきた学問ではない︒
における理論・歴史・政策の分離は正しく近代の学問既念を支配した分離思想︑ないしは︑
( H . R i c k e r t )
われわれの学問構成への
以来の方法論的区別である 0 周知の如くリッカート
は樽成主義的認識論の立場から︑歴史的文化諸科学における﹁価値関係的手続﹂と評価的手続とを︑従って﹁理論的
( 2 )
価値関係﹂と﹁実践的価値判断﹂とを区別している︒
さて上述の如く経済学を理論・歴史・政策の三部門に分け︑政策論は歴史的知識を前提とし︑
を実現するための手段及び過程の知識を経済理論に求むるところの知識の体系であるというならば︑ 政策論は経済学
方法論上の区別における規範科学︵政策的認識︶であるという地位から必然的に実践性という基本的性格をもつものと
なる︒しかしてこの実践性という基本性格には棚して次の二つの内容が強く要請せられるものである︒
規範科学としての政策論が実践性という基本的性格をもつということは︑ その一っは政
対象とするとともに︑実践的なる政策理論を提供することを主たる任務とすることから明らかなことである︒しからば
政策論の基本的性格である実践性には何故に政治性と技術性及び綜合性と具体性という相互に密接な内的聯関を有す
いうまでもなく経済政策は政策主体が現実の社会的諸条件の中で政策目的
を達成しようとするところに成立する目的手段の体系である︒そうである限り政策は政策主体の目的を達成するため
実践的活動において政策対象を規制し統制しようとする政治性をもつと同時に︑
目的手段の上下の階段関係︑例えば下位の目的は上位の目的における手段となり︑
C 3 )
段となるという目的階屑的構造における技術性をもつものである︒なお経済政策は目的手段の体系として︑
産関係としての経済ないし経済生活における社会的組織的な面︑
のであるから︑必然的に経済政策は綜合性をもつと同時に︑
な構成要素︑すなわち現実的な構造機能そのものに対応して実施せられるものであるから必然的に具体性をもつこと
はいうまでもない︒もとより政治性と技術性との間に︑ 合目的手段の体系として︑すなわち
上位の目的はより高位の目的の手
また綜合性と具体性との間には内而的な動的関聯がある︒と
にかく実践としての経済政策は政治性と技術性及び綜合性と具体性を︑それぞれ具備するものであり︑
いまこれらの相互関聯を考察すると︑政策の政治性はより強く綜合性を要求し︑技術性はより強く具体性を要求す
るであろう 0 換言すれば政治性の豊かな政策ほど綜合性を有するものであり︑技術性の明確なるものほど具体性をも
つものであるといえょう︒だから経済政策における政治性と技術性が強く掲げられるほど︑
かかる要請を具 社会的生
また具備する
性を必然的に具備するものとして実践的なのである︒
かくてこのような実践としての経済政策を研究の対象とするとともに実践的な政策理論を提供することを主たる任
務とする経済政策論においても必然的に政治性と技術性及び綜合性と具体性という内容が要請せられることはいうま
でもない︒これを端的にいえば規範科学としての経済政策諭における基本的性格である実践性が︑実践としての経済
政策との関聯において政浩性と技術性及び綜合性と具体性という内容を必然的に要請するのであり︑
経済政策論序誤︵松原︶ ものであらねばならないのである︒
その政策は綜合性と具体 また経済政策が変動常なき経済ないし経済生活の実質的 或は生活組織上の綜合化を基軸として実施されるも
註
( 1 ) ( 2 ) ( 3 )
経済政策論序説︵松原︶
すな
( W e r t e u r t e i l u n g s f r e i h e i t ) の
端的にいつて次の二つであろう︒その一っ 備する理論体系であるところに規範科学としての経済政策論が成立するのである︒ 従つて規範科学である経済政策論
が実践科学であるためには政治性と技術性及び綜合性と具体性とを具備する理論体系とならなければならないのであ
しかるにこのような経済政策論の科学的体系化は理論・歴史の発展に対じて極めて遅れているのである︒しからば
実践的な経済政策論の科学的体系化を遅らせている要因は何であろうか︒
は経済学の原則的分離後における理論と生活現実との乗離°その二は政策の客観性に関する学問的取扱いの困難と︑
政策論の客観性と実践性の対立矛盾である︒これらの二つの要因はいうまでもなく経済学の分離ないし個別化過程及
びマックス・ウェーバーによつて投じられた浚価値
( W
e r t f r e i h e i t )
ないし価値判断排除
理論によって︑ る ︒
いわば宿命的なものとして与えられているのである︒ここにおいてわれわれは経済学の個別化︑
わち理論・歴史・政策の分離過程及びウェーバーによつて点火された価値判断論争を考察しよう︒
高田保馬﹁諾済学原理﹂昭和二十三年︑九頁
j
︱ 二 頁 ︒ H . R i c k e r t , K u l
日 r w
i s s e n s c h a f t u n d N a t u r w i s s e n s c h a f t
S ,
. 8 7 . 井蒻牛蒲﹁社会政策総論﹂昭和二十四年︑七五頁︒
︵ 二
︶ 理 論
・ 歴 史
・ 政 策 の 分 離
経済学を発生史的に考察すれば︑その出発点は生活現実に最も密接なる関係を有するものとしての実践学︑すなわ
ち政策論としての歴史をもつものである°古代や中世においては経済学は未だ断片的であつて︱つの独立の学問体系
この点を を成すものと認め難いが︑概していえば政策論であった︒近代に至っても経済学は政策論として出発した︒
四
経済政策論序説︵松原︶
( D a s K a p i t a l )
L l s t , 1 7 8 9
ー ・
1 8 4 6 ) は﹁政治経済学の国民体系﹂
五
においズ国民生産
の ﹁ 資 本 論 ﹂ リスト
( F .
は冷静克明な分配問 ところが近代経済学の祖父と称せられるアダム・スミス
( A
S m i t h ,
1 7 2 3
ー1 7 9 0 ) の﹁国富諭﹂
n a t u r e a n d ca~ses
o f t h e w e a l t h o f n a t i o n s )
は観照学的経済学の先駆であり︑客観的なる経済理論の学問休系である
が︑しかし国富の本質と原因の究明を通じて国富は如何にして増進されるやという当為の意識を根抵にしていること
は明らかである︒未だ理論と政策とは未分化の状態であった︒しかるにリカード
( D . R i c a r d o ,
ー
1 7 7 2 1 8 2 3 ) 以降になる
と観照的経済学︑すなわち舞論の研究が隆起するのであるが︑この客観的なるべき経済理論の研究と雖も︑
には或る一定の当為の意識から出発していることは古今の有名な経済学者について認められるのである︒
例えばリカードの﹁経済学及び諌税の諸原碑﹂
( P r i n c i p l e o f P o l i t i c a l e
c o n o m y n a d t a x a t i o n ) 題に関する法則であるが︑しかし根抵口は少数の利益の聾断を排除することによつて全体の利益を増進し社会の繁栄
と幸福を高めるものとなし︑これが手段として貿易の自由︑なかんづく穀物貿易の自由を提唱している︒
( D a s a t n i o n a l e S y s t e m e d r p o l i t i s c h e n O e k o n o m i e )
カの理論に基きドイッ経済の歴史的現実から保護貿易主義を提唱している︒またマルクス
( K .
M a r x )
は資本主義社会の経済的運動法則を明らかにするものであるが︑プロレタリアの解放を︑新古典派経 その根底 の理論は正しく経済政策論である︒ 振り返つてみよう︒第十六世紀から第十八世紀にかけてのヨーロッパ諸国の重商主義
( M e r c h a n t i l i s m )
は︑近代国民
国ドイツにおけるマーカンティリズムの変積︑
( } l . n
i n q ' u i r y i n t o t h e
国家成立の当初における経済思想であり純然たる経済政策論である︒これに類似せる思想ないし政策論は当時の後進
カメラ学
( K a m e r a l i s t i k )
である︒次いでフランスのフィジオクラート
( P h y s i o
g ate) 、その第一人者たるケネー (F•
Q u e s n a y ,
ー
の﹁経済表﹂を始めとして重農主義 1 6 9 4 1 7 7 4 )
( P h y s i o c r a c y )
︐
L ̲ ̲̲̲ . . •
経 済
政 策
論 序
説 ︵
松 原
︶
済学を構成したマーシャル
( A . M a r s h a l l
1842
ー,
1 9
2 4
) .
の﹁経済学原理﹂ ~やを、またビグウ (A.
C . P i g o u ,
1 8 8 7 ) の﹁厚生経済学﹂
ロッシャー
( W . R o s c h e r ,
1 8 7 1
ー1 8 9 4 ) ハインリッヒ・ラウ
( H .
R a u )
がその 策を根祗において結びつけ社会の改善を計ろうと意図するものである︒
かよ.うに経済学的名著の多くは生活現実との関係における理論の把握に向けられている︒これを要するに経済学は
︵ 阿
o n o m i c s o f W e l f a r e )
は経済的厚生の見旭から理論と政
実践としての意図と歴史をもつものである︒もつとも発達の当初における経済学にあっては理論・歴史・政策の峻別
という経済学体系論は意識的に明確を欠くものであったことはいうまでもない︒
そして しかるに第十九世紀の初頭︑ドイツの経済学者は理論と政策とを区別した︒ 一人である 0 彼は経済学を理論部門と実践部門とに分け前者を国民経済原論と呼び後者を経済的政治学と称した︒そ
( 1 )
して後者を更に二つの部門 2 分け︱つは国民経済政策と他の一っは財政学としたのである︒
その後リストを先蹂とする歴史学派
( h i s t o r i s c h e S c h u l e )
の 諸
学 者
︑
プラント (B•
H i l d e b r a n d ,
1 8 1 2 1 1878)
ク=ース(K•
K n i e s ,
1 8 2 1 1 1 8 9 8 )
t l '
︱ ± i
O O の 結
2
碑 t 的 i4 は 江 g 吝 5 的 i 牟
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な ど
の 学
缶 異
竿
F
歴史的現実を重視し且つイギリス正統学派の観照的経済学︵経済理論︶
義の自覚を認識して経済学を歴史的相対主義と結びつけ経済政策論を技術論
( T e c h n o l o g i e )
として取扱った︒
シュモラー
( G . v o n S c h m o l l e r
ー
ワグナー 1 8 3 8 1 9 1 7 ) ,
( A .
次いで新歴史学派
( n e u e h i s t o r i s c h e S c h u l e )
の 諸
学 者
︑
の再吟味の必要を看破し︑経済学の歴史的意
W a g n e r ,
1 8 3 5
ー1 9 1 7 )
プ レ
・ ン
タ ー
ノ ( L . B r e n t a n o ,
1 8 4 4
ー1 9 3 1 ) 等に至っては経済学を論理的進化主義と結びつけ経済
政策論を科学
( K u n s t l e h r e )
として取扱うに至った︒要するに歴史学派は第十九世紀の中葉イギリスの正統学派の経済
学方法論に反対してドイツに勃興した学派であり経済学研究における歴史的方法の必要を強調したのである︒
( P r i n c i p l e o f E c o n o m i c s )
は貧乏は必然なり
ノ ,
ヒ ル
デ
謳 済
政 策
論 序
説 ︵
松 原
︶
しかるに一八七 0 年以降︑経済学の研究に大きな変動を与えた限界効用学説
( T
8 h
r y
o f m a r g i n a l u t i l i t y , G r e n z n u t
1
z e n t h e o r i e )
を創説したカール・メンガー︵
C a r l M e n g e r ,
1 8 4 0 1 1 9 2 1 ) は理論・歴史・政策の一︳一部門の厳密なる分離を
主張し︑︑歴史学派の方法論的自覚を完膚なきまでに批判した︒すなわちシュモラーの倫理的歴史主義に対し批判的論
理主義の立場から︑前者の理論・歴史・政策の綜合︵歴史的政治的理論︶の立場に対し︑後者はそれらを区別して認識 も可能だからである︒
で あ
り ︑
七
後者は種々の国民経済の具体的︑個別 旧歴史学祇の人たは各国の経済組織を主として気候・人口数・国富等の物質的並びに技術的方法から競察したが︑新 歴史学派︵社会政策学会派或は講壇社会主義学派とも称せられる︶の人たは︑これらの自然的差異のみでなく国民の倫理的思
( 2 )
想という精神的方面からも︑これを観察すべきことを主張した 0 従って歴史学派の特徴は成長と発展の緒につきつつ
あった経済学における方法問題について自己反省をなし理論と厖史との関係︑特に理論の歴史化を主張したことにあ
る︒かくて歴史学派においては理論・歴史・政策の三者の綜合的統一︵歴史的政治理論︶が強調されたのである︒その
第一人者はシュモラーである 0 彼は新歴史学派の総帥として史実に即する帰納的研究を主眼とし演繹的研究を否認に
近きまでに軽視し︑従って経済学における認識学としての経済理論と判智学としての経済政策の関係を対立せしめる
代り一般経済理論
( a l l g e m e i n e V o l k s w i r t s c h a f t )
と特殊経済理論
( s p e z i e l l e V O r k s w i r t s c h a f t )
の対立をもつてしたので
ある 0 前者は国民経済一般に関する理論であり︑後者はその特殊部分範囲 Q 関する理論である︒前者は国民経済の普
遍的なものを認識しようとする抽象的学問
( a b s t r a k t e W i s s e n s c h a f t )
的なもの︑並びに現実的特殊性を認識しようとする学問である︒シュモラーのこの区別は方法論的には意味があると
( 8 )
いえ︑学問体系論としては是認し得るものではない°何故ならば一般理論と特殊理論の区別は如何なる科学において
I ‑ ‑ ‑・‑ ‑ ‑
― ‑ ‑ ・ ‑ ‑ ‑ ‑ ‑ ‑ ‑ ー ・ ー . .
一••一 ・ ー ・ _ _
』ー . .
従って 一般的な理論認識と特殊的な個別 藝表遠互澁場がらすなわち歴史的万法に対する理論的方法の厳密なる分離及びその優位を強く主張したのである︒
メン`ガーの所論は次の如きものであった︒彼は経済学を一般的なるものの認識を目的とする理論と個別的なるもの
の認識を目ざす歴史及び︵統計︶と︑他に当為を教える応用学で個別的認識と理論的認識の結合たる実践的な経済政
策︵及び財政学︶を包含すべきものと考え︑そして理論は経済現象一般の本質を観察すべきものであって︑
盆類型︶と精密法則の確定である︒これに反して歴史は経済現象を個々の
具体的現象として︑また個々の関係を時間と空間において考察すること︑すなわち個々の特定の経済現象の本質及び
発展並びに特定の経済状態︑経済組織の発展を説明することである°政策は如何に在るかを知るものでなくして如何
に在るべきかを教える当為についての科学であり︑それはあらゆる時代あらゆる国民にとつて同一価値を要求するも
のでなく︑むしろ人間の様々な異なった生活関係に従って人間経済生活の目的を実現しようとする行為に規範を提示
し指導原理を把握させるもので︑それは特に国民経済が要求され得る原則の科学︑すなわち応用学または技術論であ
る 0 かくの如き応用学は個別的認識︵歴史︶と一般的認識︵理論︶との結合に過ぎない実践的経済学であると︑
ーは考えた︒そこでメンガーによれば政策は学問的方法論上の問題としては理論・歴史に比して低い意義に価するに
過ぎないものである°何故ならばメンガーは︑ は現象の事実形態と経験的法則・精密形態︑
直 ︶
メ ン
ガ 理論は現象生起の合目的性を明確にするものであるから︑その理論
を会得した場合にはよく現象界の支配が可能であると理論の実嘩的性格を確信し︑
認誠を配合すれば自ら一定の事態︑すなわち歴史的現実に即応した規範が出来るものと考えたからである︒
実際論としてはともかく学問方法論上においては応用学︵政策︶はさしたる意義を有するものではなく理論科学の後塵
を拝するに過ぎないものとならざるを得ない︒メンガーのかくの如き主張は実践を軽視したものであるといわれるが その任務
八
t z e )
をとらえることを窮極の目的としているからである︒
九
また生活現 必ずしもそうではない 0 何故ならばメンガーのいう理論は実践の内丙性をとらえることを意図したもので︑
理論 彼は経済現象を精密的方法︵具体的演繹法︶によつて実践する主体のもつ必然性において理解し精密法則
( e x a k t e G e s e
‑
要するにメンガーは︑経済現象を歴史的見地・理論的見地・実践的見地の一︳一方面から観察することによって三つの
独立の科学︑すなわち理論・歴史・政策が成立するとなし︑特に歴史学派による歴史の偏重に対して.経済史を経済学
の単なる補助科学たらしめ︑それ︵歴史︶は決して理論的認識に代位するものでない所以を主張し且つ経済理論の領域
内には二つの傾向の存することを指摘した︒その一っは経済現象の事実形態と経験法則を認識するところの経験実在
的方法︵経験的帰納方法︶であり︑他は経済現象の精密形態と精密法則を認識するいわゆる精密的方法︵精密的または具
( 4 )
体的演繹方法︶である︒そしてメンガーが主として採用した方法はいうまでもなく後者である︒かかるメンガーの主張
に対してシュモラーは歴史学派の本質的な原因と必然性とを憂も理解せず︑メンガーにはそのための器官が欠けてい
るとまで酷評し︑精密的演繹的方法と経験的帰納的方法︑孤立的考察︵個別的館識︶と普這的考察︵一般的認識︶︑
的経済学と実践的経済学とは相互に無関係なものではなく︑むしろ前者に対する後者の関係は﹁基礎的﹂﹁胴和的﹂
﹁連続的﹂関係に立つものであると反対した︒しかしこの論述は断片的であり行論は論証を欠くが故にメンガーの所
( 5 )
論に対しては説得的な力をもたなかった︒これがいわゆる当時のドイツ経済学界におけるシュモラー対メンガーを中
心とする方法輪争︵理諭と歴史との関係︑すなわち理論の歴史化の問題︶である︒
これを要するに発生史的には経済学は実践学として出発している︒もとよりそれは生活現実に根ざし︑
実に対応するものとしての実践学であり︑歴史・理論・政策は未分化の状態であったし︑また分離することさえ意識
経 済
政 策
論 序
院 ︵
松 原
︶
すなわち
諾済政策論序説︵松原︶
されていなかった︒しかるに経済学の方法論的分離過程における観照的経済学︵理論︶の隆起︵イギリス正統学派︶が︑
ともすれば歴史軽視の傾向を示し︑それがため理論の実践性が喪失される恐れのあることに対する方法論的反省とし
て︑理論の実践性を確保するために主張されたのがシュモラーの歴史優位の認識論︑すなわち歴史的政治理論
ッ歴史学派︶である︒これに対して歴史学派が歴史を過重視し︑しかも理論的認識と政策的認識とを混同しているこ
とを指摘して歴史・理論・政策の峻別を主張し︑理論は生活現実の内面性を精密的方法により実践する主体のもつ必
然性において理解することであるとの方法論的自覚の必要を主張するのがメンガーの理論優位の認識論︵限界効用学派︶
で あ
る ︒
さて歴史・政策の峻別が方法論的に指摘され︑それが一般的に普及した以降の経済学において︑ 歴史は実在の個別
的本質と個別的聯関を研究目的とする記述科学となり︑従って実在の特殊具体性を認識することが︑ この科学の基本
.的性格となった︒これに対して理論は実在の一般的本質と一般的聯関を研究目的とする法則科学となり︑ 従って実在
の一義的客観性を認識することが︑この科学の基本的性格となった 0 歴史が特殊具体性を理論が一義的客観性を︑そ
れぞれ追求することは︑それ自体誤りではない︒しかし理論なき歴史︑歴史なき理論はやがて生活現実に根ざし︑
また生活現実に対応するという意味における経済学の実践性を喪失せしめるとともに︑益々生活現実から乗離してい
くことは必掟である 0 何故ならばわれわれが経験し体験している生活現実は歴史的認識や理論的認識によって得られ
る実体の正しく複合的な存在だからである︒かくて経済学の実践性を確保してゆく科学は歴史の知識を前提とし︑
定の価値を実現するための手段及び過程の知識を理論に求むることによつて成立する政策論のみとなる︒しかるに一
定の価値を実現するという場合の︑目的設定︑換言すれば価値判断が客観的に可能であるか︒ この課題の解決なくし 10
︵ ド
イ
経 済
政 策
論 序
説 ︵
松 原
︶ シ ュ モ ラ
1 対メンガーによって開始された方法論争︵理論の歴史化の問題︶
( 5 )
( 4 )
( 3 )
( 2 )
註
( 1 )
(‑︱‑︶価値判断論争とその批判
は︑その後一九 0 四年のウェーバーの著 ては遺燦ながら政策論はメンガーによって︱つの独立の科学の地位が認められたこととはいえ︑ それは未だ応用学な
いし技術論であって独立の学問ではない 0
かくて経済政策論が独立の学問たらんとすれば政策目的の設定における価 値到断は客観的に可能なりや︑当為︑すなわち﹁在るべきもの﹂を科学の名において︑その客観性を主張することは 果して妥当であるかの問題を解決しなければならない︒この課題こそ実践的な経済政策論の科学的体系化を︑いわば 宿命的に阻止している主要な問題なのである︒いうまでもなくこの問題の提起は現世紀のドイヅ経済学が今日までに
生み得た重要なる方法論学者の一人であるマックス・ウェーバーによって投じられたことは周知の如くである︒
B . S c h u l t z , D e r E n t w i c k l u n g s g a n g e d r t h e o r e t i s c h e n V o l k s w i r t s c h a f t s l e h r e i n D e u t s c h l a n d ,
1 9 2
8 .
住 谷
悦 治
︑ 赤
間 信
義 訳
﹁ 近
世 ド
イ ツ
経 済
史 ﹂
昭 和
七 年
︑ 一
︱ ︱
一 ‑ l
四 頁
︒
.
一 八 七 二 年 新 歴 史 学 派 の 人 々 は 社 会 改 策 学 会
( V e r e i n f i i r S o z i o l i s t i k )
を 結
成 し
た ︒
橙 社
会 主
義 学
派 と
称 す
る ︒
こ れ ら の 人 々 を 社 会 政 策 学 派 或 は 購
磯 部 喜 一 ﹁ 経 済 政 策 概 論 ﹂ 昭 和 十 九 年 ︑ 四 一 1
四 ︱ ︱ ︱
頁 ︒ C . M e n g e r , U n t e r s u c h u n g e n i i b e r d i e M e t h o d e d e r S o z i a l w i s s e n s c h a f t e n u n d d e r p o l i t s c h e n O e k o n o m i e i n s b l
" s
o n
,
d e r e , L e i p z i g ,
1 8
8 3
:
福 井
孝 治
︑ 吉
田 昇
一 =
訳 ﹁
揺 済
学 の
方 法
に 関
す る
研 究
﹂ 昭
和 十
四 年
︑ 一
︱ ‑ o
l ‑ ︱
︱ 九
頁 及
び 五
九 ー
七 七
頁 ︒
板 垣 与 一 ﹁ 政 治 紐 済 学 の 方 法 ﹂ 昭 和 十 七 年 ︑ 二 五 九 頁 ︒
←
- - ~ - - -
‑‑‑‑‑‑‑ ‑ ・‑—----
\
経 済
政 策
論 序
諒 ︵
松 原
︶
書﹁社会科学的並びに社会政策的認識の客観性﹂
n t n i s ,
1904) を導火線として問題化し︑
( D i e O b j e c t i v i t t i t s o z i a l w i s s e n s c h a f t ! i c h e n u n d s o z i a l p o ! i t i s c h e n E r k e n "
五年後の一九 0 九年九月二十九日の
﹁ 社
会 政
策 学
会 ﹂
けるフィリボヴィッチの報告論文﹁国民経済的生産性の本質とその槻定の可能性﹂を中心にして端を発し︑
値判断論争︵理論の政策化の問題︶として討議された︒この論争においてもやはり理論的認識︵因果的観察方法︶
る政策的認識︵目的論的観察方法︶の分離が主張せられ︑特に目的論的観察方法による科学は如何なる形式により成立
するか︑また目的設定ないし規範定立は科学の名︵経験科学︶において可能なりやということであった︒シュモラーや
フィリポヴィッチなどによる科学における価値到断の提出に対する反対はウェーバーによって開始され︑
的追随者ボーレ
( L . P o h l e )
ウェーミー
ノ等によって支持されたのである 0 従つて上述せしシュモラー対メンガーの方法論争は︑
いわば新歴史学派に対して限界効用学派の
i止場から起つた論争であるから︑それは外部から起つた論争である︒
るに価値判断論争における価値判断排除の要求は歴史学派の流れをくむウェーバーによつて提起されたものであるか
:ら︑それはシュモラー派とウェ r ︒
^1
派の対決としてむしろ内部から起った論争であるといえよう︒
( 1 )
参加した人々は多いし︑その期間は長い︒しかしここでは論争それ自体よりも論争の問題点を明確に把握するため
に︑シュモラ l 及びフィリポヴィッチの主張に対するウェーバー及びボーレの主張を要約的に説明しよう︒
( A )
シュモラ 1 及びフィリボヴィッチの主張盆盆平論を規範科学とする誤︶.
C 2 )
新歴史学派の頭目︑シュモラーの経済学方法論は︑その発展過程を辿りながら︑三つの場合に現われている︒その
︱つは彼のベルリン大学総長就任講演﹁国家学及び社会科学の範囲における変転する理論ど確固たる真理及び現在の
ドイツ経済学﹂
( W R h s e l n d e T h e o r i e n u n d f e s t s t e h e n d e W a h r h e i t e n i m e G b i e t e d e r S t a a t s
‑ u n d S o z i a l w i s s e n c h a f t u n d
もとより論争に
ヽ ^
し カ
に対す いわゆる価 ウイン大会第三日にお
d i e h e u t i g e
d e u t s c h e V o l k s w i r t s c h a f t s l e h r e ,
1 8 9 7 )
r t '
の竿二はコンラッドの
経済学及びその方法﹂
1 9 0 8 ) である︒ここでは第二の
( G r u n d r i s s e d r V o l k s w i r t s c h a f t l e h r e ;
に︑経済上の取引は心理的には道徳︑習慣︑法律の領城中に包含されねばならない︒ ﹁国民経済︑国民
( D i e d i e V o l k s w i r t s c h a f t s l e h r e u V o l k s w i r t s c h a f t ,
n d i h r e M e t h o d e ,
1893)~
て の 第 三 は 価 宍 り ﹁ 経 済
﹁国民経済︑国民経済学及びその方法﹂
において展開されている主張を中心に第三の経済学原論をも加味しつつ︑彼が政策における目的設定及び価値判断の
可能性を認め政策論を倫理的規範科学であるとする説の大要を述べることにする︒
周知の如くシュモラーは経済学の心理的基礎づけを重視し︑更に倫理的価値判断の必要性を主張する︒例えば経済
上の取引及び経済上の制度は単に価値現象や或る︱つの欲求︵彼によれば古典学派はただ常利の欲求のみから演繹している︶
のみからでなく︑また今日の精神科学の一単位は主として心理の力及び感情︑衝動︑道徳的観念から派生したと同様
また社会改良の指導原理は分配の正義性の一理論であるとなし︑経済学は単なる市場及び交換学
c / r >
から︑今にも所有階級の階級的武器たらんとした一種の商業経済から︑再び大なる倫理政治の科学となったと述べ︑
経済学は単に心理学的科学に止まらず倫理的科学でなければならないと主張する︒
h i s t o r i s c h , e t h i s c h e S c h u l e )
とも呼ばれる︒
シュモラーは政策における価値判断もしくは目的設定が主観的なものであることを否定するものではないが︑
の価値判断がすべて絶対的に主観的のものであるとは考えない︒主観的なる価値判断の外に個々の人間のみならーず大
なる共同社会や民族や時代︑全文化世界が認める客観的な価値判断が存在することを確信する︒彼は正義の概念をも
つて諸女の無制約的・絶対的価値として形而上学的に確定されたものとして存すると信ずるものではないが︑
経 済
政 策
論 序
誤 ︵
松 原
︶
涵 度
に 主
張 し
て い
る ︶
学 原
論 ﹂
それは
一 ’~
切
かくて彼は歴史的倫理学派
( d i e
︵ メ
ン ガ
ー と
の 方
法 論
争 中
に お
い て
﹁国家辞典﹂に寄稿した
J~
しかし一切 ︱つの理念
( I d e e )
として存するものであり︑諸たの具体的倫理的理想は︑このイデーの実現の過程であり倫理的理
想の内容は時と場所により国民社会及び階級により常に変化することを︑換言すれば倫理は絶えず成熟し発展するも
のなることを彼は認める︒そして道徳的価値判断は単に価値判断中の一種に過ぎないこと︑諸々の価値判断は諸種の
価値感情から生成せるものであって︑われわれの精神生活の一切の過程中には価値感情が結びついている°価値感情
は生活体験によりて諸々の価値判断にまで高められる 0 価値感情も価値判断も誤りを犯すことはあるが︑
の生活区域において諸々の価値感情と諸々の価値判断とは指導的支配的な力となつている 0 人間及び社会は一刻とい
えども諸ぷの価値によつて支配されずには生活するものでない︒そこには倫理的価値︑美的価値︑法的価値︑社会的
価値︑政治的価値︑科学的価値︑経済的価値が存する︒これらはすべて密接なる交互関係に立つている 0
わ れ
わ れ
は ︑
これらのすべてを総括して文化価値の語で呼ぶことが出来る︒これらのうち︑窮柩においてその中心点に立つのは倫
理的価値である︒そして倫理的価値判断は或る行為が善であるという判断である°諸女の倫理的価値判断はその社会
の中に成立している善︑諸々の規則となっている善である︒善は絶えず生成する︒ところで倫理的価値判断は諸々の
行為並びに社会制度の意義及び結果に関する醇化された洞察を通じて歴史的に発達する︒倫理的価値判断は一切の因
果関係についての経験的考察の増加によつて成長するのである︒・:'・・一切の個人的及び社会的生活の主たる内容は倫
理的目的の設定であり倫理的文化的判断の円熟化である︒そしてその際︑時代や民族︑宗教体系や道徳体系︑個たの
個人及び彼らの気質は︑それぞれ異なつている︒けれどもみな同様に諸々の倫理的義務及び善を細かい点においてで'
はないが︑根本原理においては少数の一致せる大なる窮模原理にまで高揚するところの大過程に参加する︒一切の世
界部分において︑またすべての民族において一切の宗教及び道徳体系において益天少数の単純な道徳原理は説かるる 経済政策論序説︵松原︶
一 四
経 済
政 策
論 序
説 ︵
松 原
︶
1
五
かようにシュモラーは倫理的価値判断について︑それの進化性にも拘らず︑なお普遍妥当的なる倫理的価値判断の 存立を説き︑個性の相違も根本問題においては共通なる倫理的価値判断を排除するものでないし︑まな世界観の相違 も或る程度までは異なった倫理的価値判断を生ぜしめるが︑文化の発展は︑その乗離を益六小さくならしむるもので あると説き客観的・普週妥当的なる倫理的価値判断ないし実践的規範の存立を主張する︒これが政策諭を規範科学た
( 4 )
らしめる可能性に関すシュモラーの理論的基礎づけである︒
ュモラー学派の流れをくむ一人である 0 より適切にいえば︑ 次にフィリポヴィッチ
( E u g e n v o n P h i l i p p o v i c h ,
1 8 5 8 ' 1 9 1 7 ) ー は担な屁科学の必車{にっぃて更に明瞭に述ぺる 彼はシ o
メンガーの抽象的思弁的傾向とシュモラーの帰納的歴史 的傾向との折衷調和に力めた学者である︒すなわち歴史的事実を尊重するとともに︑
究を重視した︒従つて経済政策論を規範科学として認めつつも経済理論の補助を藉らねばならない︒理論に照して観
察せる事実の学理的法則に一致するを明らかにすれば原因結果の関係は明?日々︑復た捩いなきものとなると述べ︑
( 5
>
彼は経済政策の科学的研究の任務を次の三つとする
c
第一は経済社会の現状変更を目的とせる個人及び公私団体の行為施設とその起因たる利害関係とを調査し︑これら利害関係の大小軽
重と政治組織︑経済組織︑法律制度︑習慣風俗︑思想其他一般の文明に対するその関係とを明らかにすること︵事実の審査︶
第二は行為施設より生ずべき結果を審査し︑これがために社会各員の蒙る利害を明らかにしてもつて各種政策が社会全体の現在の利
益 に 対 す る 一 致 不 一 致 を 批 判 す る 標 準 を 確 む る こ と ︵ 結 果 の 審 査 ︶
第 一
1
一 は
1
定の経済状態を取り︑これを
1般文明に対する関係より批評的に判断して︑もつて結局︑別に経済的発造の目的に関する
1その根祗に作用せる原理の探
に至るのである︒
. ̲̲̲̲ i I
ヽ
.
`
あるべきものに関する説明を不用ならしむると考える
家独立の見解を立てることである︒しかしてこれら
1︱ ︱
つ の
研 究
任 務
を 果
た す
に は
種 々
の 方
法 が
あ る
となく唯々各個の経済政策についてその性質上より目的のあるところを推定し且つその目的遂行に必要なる手段方法を推論指摘す
る︒︵ニニ定の経済制度の立脚点に立ち該制度及び其の利益の普及拡張を計らんがために自らその目的を代表して︑これが遂行に
必 要
な る
施 設
を 考
究 す
る ︒
(fl
一 ︶ 一 般 に 是 認 せ ら れ た る 目 的 の た め に 現 在 の 制 度 に 対 し て 如 何 な る 変 更 を 加 う る の 必 要 あ り や を 研 究
す る
︒ ︵
四 ︶
科 学
上 よ
り 経
済 発
達 の
大 目
的 を
定 め
︑ こ
れ を
代 表
し て
そ の
主 張
遂 行
に 勉
む る
等 で
あ る
︒
二 ︶
一 定
の 目
的 を
固 持
す る
こ とここで一般的に経済的発達の目的を定めて︑その遂行進捗を主張するのは科学的研究の範囲を超越せる観がない
とはいえないが︑その実際をみれば︑これは経済的現象の原因結果を観察し理論的にこれを説明せんとするより生ぜ
る必然の結果に過ぎない 0
その観察周到にして且つ正鵠を得︑狸論的説明また妥当ならば︑これより推論し得べき結 論は︑すなわち将来の経済的発達上にもまた実際その実を現わすべきものである︒かくてこそ実に学問は人世の将来 を予言するといわれるのである︒以上はフィリボヴィッチの経済政策に関する所説の大要であるが︑彼は︑価値判断
論争において理論的研究を存在するものに限定することが︑
ならば︑それは︱つの迷妄である°経済的現象の客観的観察にのみ科学を限定し︑その現象の変動をば行為する人間 の動機に顧慮することなく観察すること︑換言すれば︑経済現象の存立の必然性を︑それ自身から抽出した場合には かかる科学は到底吾人の科学的認識の欲求を満たすことは出来ない
0
何とならば経済は対象のみに基礎を置くもので
はないからである 0
財貨が自ら生産を行ったり交換に従うことの無い限り︑この財貨との生産交換を行うものが精神 と感情と感覚とをもった人間である限り︑科学的経済学は量的既念の上にこれを限定し得るものではない︒経済生活 全体を科学的に理解せんとするならば経済のこの主観的方面を無視することは許されぬであろう
0
概して経済生活の
経 済
政 策
論 序
餓 べ
松 原
︶
1
六
l
,̲ ̲ . ‑ ‑ ‑
を彼の著﹁社会科学的並びに社会政策的認識の客観性﹂ 発展を理解せんと欲するに当つては︑なお更許されることではないと述べる︒これによつて明らかな如く人間の経済
( 6 )
生活が合目的的生活であることを認容する限り︑これを理解するためには目的論的観察は是非とも必要である︒かく
の如くフィリボヴィッチは政策的認識︵目的論的観察万法︶による科学の成立を認めるのである︒
これを要するにシュモラーやフィリボヴィッチは倫理的価値判断に基礎づけられたる政策目的の客観的妥当性を確
信して積楔的に経済政策を立案策定し︑国民経済の発展に寄与せんとしたのである︒
( K u l t u r w i s s e n s c h a f t u n d N a t u r w i s s e n s c h a f t
1 ,
8 6
3 )
( B )
ウェーバー・ボーレの主張︵政策論を存在科学とする説︶
ウェーバーは社会科学の方法論についてドイッ西南学派の哲学︑殊にリッカートの方法論︑
及び自然科学的概念構成の限界
( D i e G r e n z e n d e r n a t u r w i s s e n s c
1
百
f t l i c h e n
・ B e g r i f f s b i l d u n g ,
1 9 0 2 ) I '
に展開されたる価値判断論と価値関係の論理を採用し︑且つ分化て合理化・専門化
を近代の時代的宿命と考える根本思想に基いて︑科学も︱つの専門的活動として自己の価値領域の外に出ることを自
制せねばならぬとともに︑科学以外の要素の侵入を厳しく拒否せねばならぬという純正科学的態度に立ちて社会科学
界に対する方法論的自省を要求し社会科学の方法論について優れたる省察を行ったのである︒以下ウェーバーの所論
判断排除﹂の要求は︑この害において既に明確な表現をもつているからである︒
ウェーバーは経済学の研究において経済学は歴史的には実践的観点から出発し﹁存在するもの﹂と﹁存在すべきも
の﹂の認識に関する原則的分類は行われなかった︒それは医学における臨床学と同じく技術であり︑国家の特定の経
済政策に関する価値判断を産みだすことが先づ第一の︑或は唯一の目的であったからである︒
経 済
政 策
論 序
翫 ︵
松 原
︶
1
七 しかし
︵ 一
九
0 四年︶を中心にして述べよう︒何故ならば彼の﹁価値
文化科学と自然科学
/
﹁存在するも .
経 済
政 策
論 序
翫 ︵
松 原
︶
の﹂の認識と﹁存在すべきもの﹂の認識とは原理的に区別されなければならない︒もつともこの区別を防げたのは︑
先ず第一には不変的に同様なる自然法則が経済現象を支配するという意見であり︑第二は︱つの一義的な発展法則が
これ︵経済現象︶を支配するという意見である 0 従って存在すべきものは︑第一の意見では︑不変的に存在するものと
一致するか︑或いは第二の意見では不可避的に生成するものと一致することになる°特に歴史的精神の覚醒とともに
社会科学において倫理的進化論と歴史的相対主義との結合が支配し始めたが︑それは倫理的規範から︑その形式的性
格を剥奪し文化価値の総体を﹁道徳的なるもの﹂の領域に引きいれることによって道徳的なものを内在的に規定し︑
かくて国民経済学をば経験的基礎に立つ一の﹃倫理的科学﹄の薄厳にまで高めようと企てたのである 0 かくの如くゥ
への反対を表明し︑そしてすべての可能的文化理想の総体に﹃道徳的なる
もの﹄の刻印を捺すことによって倫理的命令に特有なる尊厳を消滅せしめながら︑
﹃客観性﹄のため︑なんら獲るところもなかったのであると述べている︒ゥェーベーは学問活動の有害なる特殊性を
指摘し事実の科学的研究と価値を評価する論究との混合に反対し︑経験科学としての経済学においては拘束的なる規
範や理想を発見し︑それから実践に対する処方箋を導き出すというようなことは断じて経験科学の課題ではあり得な
ーぃ°経験科学は何人に対しても何を為すべきか
( W a s e r s o i l )
を救えることは出来ず︑ただ彼が何を為し得るか
( W a s e r
及びー_—事情によってはー—何を意欲しているか (Was kann)
e r w i l l )
を教えることができるに過ぎない 0 かくて
ウ ﹁ 1バーは目的設定︑すなわち理想の定立は個人的世界観に由来するものであり主観的なものである︒従って理想
は価値への信仰を前提として主張し得るものであるから科学的には証明し得ない 0 科学と信仰との間には厳正なる区
別を立てねばならない 0 少くとも客観的妥当性を生命とすべき科学にとつては目的設定︑ ェーバーは新歴史学派︵諧壇社会主義学派︶
すなわち当為の問題を科学 しかもそれらの語諸理想の妥当の
1八
! ー ‑ ‑ ‑ ― ‑ ‑ ‑ ‑
の 或 は 意 味 な き も の と 批 判 す る こ と が で き る ︒
︵二︶与えられた目的達成の可能性が与えられるならば必要な適用が︑すべての生起の全関聯の結果として意図された目的達成のほ
かに惹起するところの﹁副結果﹂を確定することができる︒
︵き科学は﹁意欲されたもの﹂自身の知識を提供し得る︒科学は具体的目的の基礎に横たわっている﹁理念﹂を指示し及びそれを
論理的に展開することによって意欲する人間の諸目的を︑その関聯及び意義について数えることが出来る︒
︵四︶価値の科学的取扱いは︑意欲された目的及びその基礎に横たわっている理想を単に﹁理解し追体験﹂せしめるのみならず︑さ
らにそれを﹁批判的に価値判断﹂することを数えることができる︒ ︵ ご 的問題の中に引き入れることは﹃悪魔の事象﹄であって当為の問題︑すなわち価値の妥当を評価することは信仰の問 題であり︑また恐らく生及び批界の意味を思弁的に考察し解明する場合の仕事であって⁝⁝経験科学は決して︑そう
̲
0 ︑ )
した事柄を取扱うものではない︒かくの如くウェーバーは政策的認識において狸想を追求すること︑舞想を追求する ために目的を設定すること及び目的実現のために特定具体的手段を選択すること等は︑すべて経験科学以外の問題で
の任務であると論じ︑政策的認識から理想の追求︑目的の設定︑特定手段
あり︑それらは実践人︵政策担当の当事者︶
一 九
の 選 択 と い う 如 き 実 践 的 要 素 を 排 除 し た の で あ る
0
要するにウェーバーの主張する浚価値理論の主要な関心は﹁規 範としての実践的評価の妥当性﹂と﹁経験的事実確立の真理的妥当性﹂の厳格なる区別である︒
しかしウェーバーは
浚価値性的な科学︑経験科学としての経済学の政策的認識における価値判断のすべてを排除したのではない︒
C 8 )
ば科学的なる価値判断は如何なる意味及び限度において可能であるか︑これに関して次の如く述べている︒
しから
まず与られた目的における手段の適合性の問題が科学的考察の対象になる︒またこれによって逆に特定手段でもつて特定目的
を達成する機会可能性を商量しうぺく︑かくて間接に目的設定そのものを︑それぞれの歴史的状況にもとづいて実践的意味あるも
経 済 政 策 論 序 翫 ︵ 松 原
︶
し : —·---
一一﹁当為﹂を教える 以上の如くウェーバー姑経験科学としての経済学における政策的認識においては何をなすべきか
ことはできない︒ただ何をなし得るか︵技術的批判︶及び何を意欲するか︵論理的批判︶を教えるのみであると主張す
る︒かようにウェーベーは経験科学としての経済学における政策的認識においては︑その学問としての性質上から
実践的規範科学たり得ないことを主張するのであるが︑如何なる意味における価値判断ないし規範定立も科学的論義
がら絶対的に排除さるべきであると主張するのではない︒上述の如く技術的批判と論理的批判の意味においては価値
判断の科学的取扱いが可能であることを認めるのである︒いうまでもなく経済政策論を学問たらしめんとすればウェ
1 バーの見解に傾聴すべきものがあることを認めねばならない︒
次にボーレ
( L u d w i g P o h l e )
の説を簡単に述べることにする︒ポーレはウェーバーの追随者として著名である︒ポー
レは講壇社会主義に対する闘争書たる﹁ドイツ国民経済学における現代の危機﹂
( D i e g e g e n w i l r t i g e K r i s i s i n d e r d e u t s
1
においてドイツ経済学の政治化傾向を非難し︑現代の諸制度︑諸状態を評
価したり或は経済政策的施設を批判したりすることは︑その本質からして決して客観的必然性及び絶対的正しさは帰
属しない°科学は所与として仮定された目的達成のために合目的手段を適当に決定することは可能であるけれどもゞ
目的それ自体を設定することは︑人間の社会生活における理想の軋礫のもとにあっては︑決して科学の課題たり得な
( 9 )
いと述べ︑経済政策論の学問的課題を次の如く規定している︒
そ の
第
1
は個々の問題発生の記述︑すなわち経済生活において国家の干渉を起さしめ︑または少なくとも
1定 範
囲 に
亘 つ
て 国
家 に
立
法 的
要 求
を 提
起 せ
し め
る 特
殊 の
経 済
状 態
と 発
展 の
記 述
︒
その第二は意図された経済政策のために必然的に生起する結果に関する研究︑すなわち偶然的結果と必然的結果の区別に関する観察 c h
e n V o l k s w i r t s c h a f t s l e h r e , 2 ,
・ A u I
I . ,
1 9 2 1 )
軽 済
政 策
論 序
説 ︵
桧 原
︶
二 0
ぃ
,•.
I
そ の 第 一
.
1
‑
は
1般 的
な 政
策 的
・ 倫
理 的
諸 原
理 及
理 想
の 説
明 的
判 断
の 基
準 の
観 察
︒
これを要するにウェーバーや︑その追随者たるポーレは政策における目的設定は結局人間の主観的理想や個人的世
界観に基づくものであり︑それは形而上学的には可能であるとしても︑科学的思惟の課題ではあり得ないとして価値
判断の排除︵浚価値性理論︶を強く主張したのである︒
アドルフ・ウェーベー
( A . W e b e r )
ウェ.1バー的追随者はポーレの外にゾそ^ルト
( W .
S o m b a r t ) W o l f )
ェーレンベルヒ
( E h r e n b e r g )
等多数である︒いうまでもなく経済政策論が科学的たらんとすれば浚価値ない
し価値判断排除の理論を通して政策理論の客観性を主張するウェーバー的見解を承認しなければならないであろう︒
︐しかし政策論を存在料学として規定し︑政策目的設定における価値判断の主観性・個人性の故に︑これを排除せんこ
とを主張するウェー・︿1的見解には︑政策目的それ自体が歴史的・社会的関係によって必然的客観的に決定せられる
ものであることを看過し︑政策目的を特定の社会経済秩序の必然性から故意に引離して考察したるところに誤謬なし
.としない︒ここにわれわれは政策論を規範科学として規定し︑政策目的設定における倫理的価値判断の客観性を主張
したシュモラー的見解が著しく近代的意味における﹁科学性﹂を喪失した議論をなしたことを了解するとともにウェ
ー︑︿ーの見解それ自体を批判しなければならない所以を知るのである︒もつともウェーバーの見解が科学的政策碑論
の形成にとつて絶対的のものでなかったことは︑ドイツにおける資本制国民経済の構造変化と︑ その危機的深刻化及
びナチスの政権獲得を契機として﹁価値判断排除論﹂は再び﹁新しい価値判断論争﹂を展開しつつ崩壊の過程を辿ら
ねばならなかったし︑またウェーバーに追随し︑或は承認しながらもそれを乗り越えんとする政策論形成の努力が盛
んに行われていることによって明らかである︒新しき価値判断論争とはナチス政権獲得後二年︑すなわち一九三五年
経 済
政 策
論 序
甑 ︵
松 原
︶
ウォルフ
(J., ̲ .
さてウェーバーないしウェーバー派的見解︑すなわち淡価値ないし価値判断排除論︑従って政策論の客観性に関す
る問題は︑ひとりわが国においてのみ多くの学者の論議の対象となり︑その批判も既に展開されている°何故ひとり
わが国においてのみ論議が隆盛を極めたのであるか︑ここにも多くの疑問なしとしないが︑ここではそれにには触れ
な い
0 私見に基づき批判すべき問題の諸点を要約すれば
( 1 )
ウェーバー的政策論の歴史的背最︑わけてもドイツに
おける当時の資本制国民経済構造の現実はどうであったか︒
ない主知主義的人間観は現在においても︑それは正しい人間観であろうか︒
るウェー・︿ーの規定が果して妥当なものであろうか 0 特に彼の自然科学主義に関する問題︒
的価値判断の峻別は方法論的には可能であるとしても︑それは事実上困難なことではないか o 方法論的可能性と事実
( 5 )
無立場の理論が現実に理論たり得ようか 0 よしそれが理論たり
得るな 4 ば︑それは既に立場に立つ理論であり︑従ってこの意味において価値判断排除の要求それ自体が︱つの価値
( 6 )
政策目的それ自体は︑歴史的・社会的関係によって必然的客観的に決定され得るのでは
なかろうか 0 マルクスの人女の意識が彼等の存在を決定するのではなく︑むしろ反対に彼等の社会的存在が彼等の 判断ではなかろうか︒ 的可能性とは必ずしも一致するものではない︒ 成への努力を意味するのである︒ 経済政策論序翫︵松原︶
( 4 )
経験的認識と実践
( 3 )
経験科学の本質ないし性質に関す
C 2 )
ウェーバーの人間観︑すなわち実践的意慾をもた 以降︑再●理論・歴史・政策の統一的認識を主張する政治経済学の立場をとるラート
( K . W .
R a t h
と︑その分立を主 )
C10) 張する純粋経済学の立場をとるペーター
( H .
P e t e r )
との間に戦い始められた論争を意味し︑
或は承認しながらもそれを乗り越えんとする政策論形成の努力とは︑ヴィルプラント
( R .
W i l b r a n d t t )
を 始 め ︑ ヴ ァ イ
ス