論 説
文 化 遺 産 に 関 す る 国 家 の 国 際 法 上 の 権 利 と 違 法 流 出 文 化 財 に 対 す る 回 復 請 求 権
ー ー 考 古 学 的 遺 産 に 関 す る 問 題 を 中 心 と す る 一 試 論 1
久 保 敦 彦
47
目次
はじめに
1文化財法制の国際化
1多数国間条約
2二国間条約H文化財の種別とその特性
1文化財の定義
2文化財の種別
m文化財の種別とその国家的重要性
W文化財に対する国家の回復請求権
1私法的解決手段の限界
2公法的解決制度の必要性
おわりに
48
は じ め に
神 奈 川 法 学 第30巻 第1号
(48)
一九九二年六月三〇日︑日本は﹁世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約﹂(08<Φ註88コ8含ロ︒q窪Φ
℃ ﹃ o 冨 ︒ 什 δ 昌 o h 薮 Φ 類 〇 二 α O 巳 ε 轟 一 ⇔ 民 Z m 梓 貫 巴 国 ① ﹁ 騨 餌 oq Φ ) 1 一 九 七 二 年 第 一 七 回 ユ ネ ス コ 総 会 採 択 ︑ 以 下 ﹁ 七 二 年 条
(1)
約 ﹂ と 略 称 ー に つ い て の 受 諾 書 を ユ ネ ス コ 事 務 局 長 に 寄 託 ︑ 同 条 約 第 三 三 条 の 規 定 に 従 い 同 年 九 月 三 〇 日 に 当 事 国
(2)となった︒採択以来二〇年余を経過しての加入であるが︑一九入○年以降︑この条約への加入に関する論議は国会の
(3)場でも衆参両院において断続的にではあるが交わされてきた︒これら論議は条約の名称にも示されるとうり文化︑自
然両面での保護法制を条約加入により一層強化すると共にこの分野での国際協力を充実化することを主眼として行な
(4)
わ れ た も の で あ っ た が ︑ 論 議 の 過 程 で は 既 に 初 期 の 段 階 で ﹁ 武 力 紛 争 の 際 の 文 化 財 の 保 護 の た め の 条 約 ﹂ (0 8 < ︒ 藍 o 口
h 霞 9 ¢ 中 g 8 け 凶o 口 o h O ロ 一言 邑 津 8 費 蔓 ぎ 窪 Φ 国 < Φ 簿 o h > § ㊥ α O ︒ ロ 白 ︒ θ ) 1 ー ‑ 一 九 五 四 年 五 月 一 四 日 作 成 ︑ 以 下 ﹁ 五 四 年
(5)(6)
条 約 ﹂ と 略 称 l I に も 言 及 が な さ れ ︑ 加 入 決 定 直 前 の 一 九 九 〇 年 代 に お け る 審 議 で は ﹁ 文 化 財 の 不 法 な 輸 出 ︑ 輸 入 及
び 所 有 権 譲 渡 の 禁 止 及 び 防 止 に 関 す る 条 約 ﹂ (0 8 < 魯 叶δ ロ ︒ ロ 昏 Φ 竃 o m 5 ω ︒ h ℃ δ 三 ぴ 三 彪 碧 α ℃ 話 く ① 口 け ぎ αq 9 巴 毎 ︒ 圃二 日 o ︒ ﹁ け "
国×℃o誹雪血↓冨ロωh震ohOミ昌o﹁ω匿oo{O巳ε﹁巴℃﹁ob臼蔓)1一九七〇年一一月一四日第一六回ユネスコ総会採択︑以
(7)(8)下﹁七〇年条約﹂と略称ーーへの加入についても質問が出された︒ここに挙げられた諸条約はユネスコ関連の文化財
(9)三条約といわれるものであるが︑五四年︑七二年両条約が保護を目的とするのに対して七〇年条約は文化財の持つ商
品的価値から生じる不法取引などの禁止︑防止を目的とする︒すなわち︑前二者が文化財の静的状態における保存を
規 定 す る の に 対 し て 後 者 は そ の 動 的 側 面 ‑ 文 化 財 の 財 産 権 的 変 動 1 の 規 制 を 内 容 と す る ︒ そ し て ︑ 前 二 者 に よ る
国 際 的 保 護 体 制 は そ の 国 内 的 施 行 の 面 で 目 的 達 成 の た め の 方 法 ︑ 手 段 な ど の 細 目 に つ い て 国 別 に 異 な る 対 応 ︑ 措 置 を
49文 化遺産に関す る国家の国際法上の権利 と違法流出文化財に対する回復請求権(49)
求 め ︑ ま た 馨 す る 部 分 を 残 す に せ よ ︑ 保 護 目 的 自 体 に お い て は 国 内 保 護 妾 と 里 の 方 向 性 を 持 つ ・ こ れ に 対 し て 七 ︒ 年 条 約 の 予 等 る 規 制 措 置 は 国 内 法 上 の 所 有 ︑ 取 引 等 に 関 す る 基 本 権 的 ・ 畠 欝 規 定 と の 抵 触 如 何 の 鶉 を 惹 起 し か ね な い 部 分 も あ り ︑ 必 ず し も す べ て の 部 分 で 国 内 法 と 全 面 的 に 里 的 指 向 性 を 砦 す る と は に わ か に 断 定 し 得
ない..﹂.﹂に.あ問題について条約と国内法との間で緊張関係が生じる可能性があるわけで・同条約への加入問題につ い て の 要 質 問 に 対 し ︑ 国 内 法 と の 関 係 に つ い て の 関 係 省 庁 と の 轟 の 必 議 ︑ 国 内 法 と の 調 整 の 困 鑑 を 指 摘 す
る説明がなされたのもその点を意識してのことと理解される・他 方 ︑ 文 化 財 の 流 塑 般 が 知 的 関 心 あ る い は 投 資 的 関 心 か ら 特 に 経 済 高 揚 時 に 盛 ん と な る の は 世 界 羨 の 現 象 で あ
り︑高度成長下の日本も正にその一例であったことは記憶に新しい.しかしその陰には盗難の後密かに国外に持ち出さ れ 最 終 鍵 日 本 に も た ら さ れ た 文 化 財 に 関 し て ︑ 当 該 文 化 財 の 由 来 国 が 呆 国 政 府 に 袈 を 要 請 す る な ど の 事 例 も 発 生 し 爺 る . ま た ︑ 文 化 財 の 不 叢 引 ︑ 特 に 盗 難 品 取 引 は 世 界 的 に ﹁ 疫 病 的 ﹂ 拡 が り を 見 せ て い る と 景 ス コ も 懸 念 し て い る ︒
本 稿 は こ れ ら の 動 き に 鑑 み ︑ 国 家 と 文 化 財 と の 関 係 の 国 際 法 上 の 位 馨 け を 藁 し ︑ そ れ に 基 づ い て 不 法 流 出 文 化 財 に つ い て の 由 来 国 の 回 籍 求 権 問 題 に 再 検 討 を 加 え よ う と す る も の で あ る . た だ し ・ ﹁ 文 化 財 ﹂ 竺 般 に 多 種 多 様 な 性 質 を 持 つ 対 象 物 を 総 称 す る 幅 広 い 概 念 で あ る の で ︑ 本 稿 で は 後 述 の よ う に 国 家 の 公 的 利 益 と の 結 び 付 き が 最 も 深 い と 思 わ れ る 考 古 学 的 遣 物 に 焦 点 を 絞 っ て 検 討 を 進 め る こ と と す る ︒
套︑特定の文化財の母国(︒︒・ロ§§讐)については︑起源国︑原産国︑由来国などの用語が想定できるが・
返 還 . 回 復 請 求 問 題 と の 関 連 で は 他 国 起 源 の 文 化 財 を 合 法 保 有 し て そ れ を 自 国 文 化 の 蔀 と な す に 至 っ て い る 国 も 当
該物件が不法流出した場合には漿国となる.﹂とがあるので︑この種の国と棄の起源国の双方を含め・本稿では由ω
来 国 と 称 す る こ と と す る ︒ ま た ︑ 返 還 . 回 復 (図 Φ ゴ ﹂ ﹁ 昌 ⇔ 口 住 幻 O ω 鼠 什ロ ユ O 口 ) は 一 つ の 組 み 合 わ せ と し て 慣 用 化 し て い る 用
語 が あ る が ︑ ユ ネ ス コ で は 罐 が 不 法 流 出 と 特 定 さ れ な い 物 件 の 由 来 国 へ の 引 渡 し を 後 者 が 不 法 流 出 物 件 に つ い て
のそれを指すと使い分けている︒この用法は必ずしも一般化しているとは言えないが︑本稿ではこの例に倣っておく・
神 奈 川 法 学 第30・巻第1号
{50)
( 1 ) ぎ 什Φ ヨ 巴 8 巴 冨 oq 巴 言 0 8 ユ 巴 ︒・ (F ζ ) . < o 一. × H 一 , 一 ω 舞
( 2 ) 一 九 九 二 年 九 月 二 八 日 公 布 ︑ 条 約 第 七 号 ︒ 官 報 号 外 第 一 四 五 号 二 〜 = 頁 ︒
( 3 ) 七 二 年 条 約 が 質 疑 対 象 と さ れ た の は 以 下 の 場 に お い て で あ っ た ︒
a 一 九 八 〇 年 第 九 一 国 会 衆 議 院 外 務 委 員 会 (同 議 録 第 一 七 号 二 五 頁 )
b 一 九 八 一 年 第 九 四 国 会 衆 議 院 外 務 委 員 会 (同 議 録 第 一 九 号 二 四 頁 )
c 一 九 八 七 年 第 一 〇 九 国 会 参 議 院 予 算 委 員 会 (同 会 議 録 第 五 号 四 頁 )
d 一 九 入 九 年 第 一 一 四 国 会 参 議 院 本 会 議 (官 報 号 外 第 = 四 国 会 参 議 院 会 議 録 第 一 四 号 三 〇 入 ︑ 三 一 〇 ⊥ 一= 一 頁 )
e 一 九 九 一 年 第 一 一 四 国 会 衆 議 院 予 算 委 員 会 (同 議 録 第 入 号 二 六 頁 )
f 一 九 九 二 年 第 一 二 三 国 会 衆 議 院 外 務 委 員 会 (同 議 録 第 一 〇 号 五 頁 )
9 一 九 九 二 年 第 一 二 三 国 会 参 議 院 外 務 委 員 会 (同 会 議 録 第 一 〇 号 三 頁 )
ま た ︑ 一 九 入 ○ 年 代 中 の 国 会 質 疑 の 概 要 は 国 立 国 会 図 書 館 立 法 考 査 局 編 ﹁一 ω ωロ ① 切 ユ 駄 世 界 遺 産 条 約 ﹂ i 調 査 と 情 報 第 一 六 五 号 ー
i八ー一一頁に紹介されている︒(4)ただし︑七二年条約については︑同条約に基づく自然遺産登録によって当該地域に計画された防衛施設建設を妨げようとの意図
で条約加入の主張がされたこともある︒前註2cおよびd︒(5)d旦巴z昌8吻↓§什蕊巴①ω(dz↓ω)℃b︒ら︒も.N蜀
(6)前註2aおよびb︒
(7)F竃くo一・〆,N︒︒り・
5、 文 化 遺 産 に 関 す る国 家 の 国 際 法 上 の権 利1と違 法 流 出文 化 財 に 対 す る 回復 請 求 権(51)
麗 鐸 轍 罫 の 邦 文 (仮 訳 ) お よ び 萎 は ﹁ 萎 コ 関 係 条 約 ・ 勧 告 集 ﹂ ( 奎 年 刊 行 ) に 収 録
(01)外務省説明員説明︑前註2f︒
価擁 繍 雛 ハ響 盤 灘 籍 鑛 繋 雛 難 纏 該 髄蝶 墾
箪 N H K 特 集 ﹁ 盗 ま れ た エ ジ て 秘 宝 ‑ 国 際 美 術 霧 と 日 本 ﹂ ︑ 冗 八 六 年 五 月 = ハ 日 放 映 参 照 . 蘂 禦 繋 誰 罫 "遁難 器 難 蕎 ・難 伽・︑甕 薫 轟
專吋ω㌔﹀三葺§6ユ︒三︒幕冨蓄窮①吻け碁gロ.ぢ・㊤魯.選.
1 文 化 財 法 制 の 国 際 化
1 多 数 国 間 条 約
文 化 財 保 護 関 連 の 諸 製 が 各 国 個 別 の 国 内 法 上 の 製 と し て 先 ず 発 足 し た こ と は も と よ り で あ る が ︑ 国 際 諮 ベ ル
の 多 数 国 間 立 法 と し て 最 初 に 具 体 化 さ れ た の は 天 九 九 年 お よ 竺 九 ・ 七 年 の → グ 駿 法 規 に お い て で あ っ た . 歴
史 上 の 記 蓬 造 物 ・ 技 芸 お よ び 学 術 上 の 製 作 ・開 の 故 意 に よ る 押 収 ︑ 破 壊 ま た は 殿 損 を 禁 じ ︑ 違 反 行 為 を 訴 追 す べ き こ
と を 定 め た 同 条 約 第 五 六 条 が そ れ で あ る . こ の 規 定 の 内 容 は 同 条 約 の 定 め る 敵 国 財 産 の 破 壊 . 押 収 の 禁 止 籠 三 条 g ) ︑ 灘 嚢 習灘 祉譲 し籍 妊罐 羅 擁 鞭 難 纈 監鷺
昭神 奈 川 法 学 第30巻 第1号
(52)
(4)様の爆撃制限(二五条)が規定された︒
前記五四年条約はこれを踏まえて規定内容を改善︑詳細化した文化財専門条約であり︑その前文はいかなる国民に
属する文化財に対する損害も全人類の文化的遺産に対する損害であると謳い︑保護立法の依拠する基点を明らかにし
ている︒文化財を単なる敵国財産としてではなく世界的視点から位置付けたといえよう︒武力紛争という一定状況下
に限定された制度である点では従来の戦時法規の延長線上にあるが︑人類共通の文化遺産との価値観を打ち出したこ
とは交戦国間の法規としての戦時法規の発想からの脱皮であり︑将来の一般的保護立法定立を示唆するものであった
(5)と評価される︒同条約が文化財を攻撃目標から除外させるだけではなく︑占領時の保全・保存措置についての被占領
国機関への協力︑援助を占領国に義務付けている(五条)点も特徴的である︒
七二年条約はいずれの文化遺産︑自然遺産の損壊も世界のすべての国民の遺産の憂うべき貧困化を意味し︑遺産の
中には人類全体のための世界遺産の一部として保存すべき特別の重要性を持つものがあるとの立場から︑また国内的
措置のみでは保護の完全を期しえない国がある(前文)との現実に鑑み︑締約国間相互援助(六条)と国際協力体制の
確立(七条)を規定する︒この遺産的価値の普遍性に立脚する協力措置の財政上の基盤としては締約国の分担金等によ
る世界遺産基金(一五条)が設けられている︒この国際的保護措置の対象となりうべき物件は各国の要請により本条約
が 設 置 す る 世 界 遺 産 委 員 会 (八 条 ) の 議 を 経 て 世 界 遺 産 一 覧 表 に 記 載 ( 一 ・ 条 ) さ れ た も の で 変 ・ 記 載 さ れ た 物 件 は
この意味では実質面のみならず形式面でも文化財として国際化されたと言って過言ではなかろうが︑この普遍化︑国
際化は保護体制の側面においてであり︑財産権的側面については何らの変動をも意味するものではないとされる(六
条)︒
七〇年条約は七二年条約にもその懸念が表明されている文化財損壊のある種の一因に対処しようとする内容を持
53文 化遺産に関する国家の国際法上の権利 と違法灘 文化財に対する回繍 求権(53)
つ ・ 文 化 財 に 対 す る 危 険 の 原 因 は 自 然 的 現 象 と 人 為 的 行 為 お よ び こ の 両 者 の 併 合 的 作 用 の 三 種 に 分 け ら れ る が ︑ 婆
を 目 的 と す る 直 接 的 破 壊 行 為 を 別 と す れ ば 人 為 的 行 為 の 中 で 高 い 危 険 要 因 を 内 包 す る の が 不 叢 引 で あ る . 不 法 取 引
の 横 行 は 豪 物 入 手 の た め の 叢 ︑ 盗 掘 を 助 長 し て 文 化 財 を 本 来 の 状 況 ︑ 歴 史 的 . 文 化 的 文 脈 か ら 切 断 す る と 共 に 多
くの場合公共的存在として社会的公益に資していた物件を私人の秘匿に移してその公益性を失わしめる結果を招来す
るからであるむ
同条約はこの種取引が商品取引の常として国内限定的性質のものではないこと︑特に文化財にあっては起源国を離
れ た 外 国 で 珍 重 さ れ る も の で あ る こ と か ら ︑ 国 際 的 不 法 取 引 の 防 止 を 昌 と し て 不 法 取 引 監 視 機 関 の 訥眠 置 ︑ 必 要 法 令
の 製 ・ 輸 出 歪 文 化 財 目 録 の 整 備 ︑ 考 享 的 発 掘 地 区 の 保 護 書 理 ︑ 紛 失 . 盗 取 事 例 の 公 示 (五 条 ) を 霧 付 け る .
また・文化財の国際移動については合法取引のためにはその裏付けとなるべきは輸出証明書添付を規定し(六条)︑他
方 博 物 館 等 の 施 設 に よ る 不 法 輸 出 品 盗 取 品 の 入 手 輪 入 を 防 止 ・ 禁 止 す る た め の 国 内 法 上 の 措 置 を と り ︑ 国 際 的 不
法 取 引 の 結 果 是 正 に つ い て は 由 来 国 の 要 請 に 基 づ い て 回 復 に 必 要 な 手 段 を 講 じ る こ と (七 条 ) を 霧 付 け る . 更 に ︑ 自
国 法 と 蓉 す る 藷 に お い て と の 留 保 の 下 で は あ る が 正 当 所 有 者 へ の 返 還 の た め の 畠 機 関 の 協 力 ︑ 回 復 訴 訟 の 錘 ︑
禁に反して輸出された物件の由来国への回復についての便宜供与を規定する(三条).また︑回復に関する個別取極
の籍・既存のこの種取極の継続適用に本条約が影響を及ぼすものでな鎚とも確認されている(一五条).
択糞 騨 麟 灘 難 紮 翼 雛 勘嚢 緑 羅 難 諜 虻藻
保 護 謝 を 例 と す る 幾 的 取 極 が 採 択 さ れ ︑ 不 法 取 引 規 制 規 定 を 置 い て い る が ︑ 地 域 的 条 約 に つ い て は .三 で は 善 ︒ 及
しない︒
契
神 奈 川法 学 第30巻 第1号(54)
2 二 国 間 条 約
不 法 流 出 文 化 財 の 回 復 は 前 記 の よ う に 七 〇 年 条 約 が 示 唆 す る 事 柄 で あ る が ︑ 同 条 約 当 事 国 相 互 に お い て も こ れ に よ
っ て 直 接 そ の 法 的 義 務 が 生 じ る わ け で は な い ︒ そ れ 故 に こ そ 七 〇 年 条 約 が そ の た め の 二 国 間 条 約 に 言 及 し ︑ ま た こ れ
に 先 立 つ 一 九 六 四 年 の ユ ネ ス コ 勧 告 が ﹁ 加 盟 国 は 1 不 法 に 輸 出 さ れ ︑ 他 の 当 事 国 の 領 域 内 に 存 在 し て い る 文 化 財 の
回 復 を 保 証 す る た め ︑ 二 国 間 ま た は 地 域 的 政 府 間 機 関 の 枠 内 で の 多 数 国 間 の 協 定 を 籍 す る も の と 菱 ﹂ と し て い た
のである︒しかしながら︑文化財の回復・返還が政治的︑外交的配慮からの政策的措置としてなされ︑また民間レベ
ル の 慧 的 措 置 と し て な さ れ る 事 例 は 積 み 重 ね ら れ つ つ あ る も 雛 ・ 二 国 間 条 約 繕 の 実 際 例 は 乏 し い ・ そ の 中 で 注
目されるのは米国がラテン・アメリカ諸国との間に結んだ一連の協定で︑これらは内容的にもほぼ共通で︑定型化さ
れ て い 奄 す な わ ち 冗 七 ・ 年 の 対 メ キ シ コ 轟 一 九 八 一 年 の 対 ペ ル i 懸 一 九 八 三 年 の 対 エ ク ア ド ル 撫
(16)一九八四年の対グァテマラ協定がそれである︒
七〇年条約との関連性を持つものとしてはこの他にフランスーモナコ間の歴史的︑文化的財物の保護に関する条約
があるが︑これは競売の際の先買権についての取極で︑回復・返還を内容とするものでは識・またカナダは米国に
(18)協定締結の申し入れをしたと伝えられているが︑実現には至っていない︒
さて︑米国を一方の当事国とする右の一連の二国間文書では一定の文化財(プレ・コロンビア期︑コロニアル期一九
二〇年前の文物)を対象として以下の事項が共通に合意されている︒
a考古学的地区の発見.発掘.保全.研究の促進︑盗掘および考古学的・歴史的・文化的財物の盗取防止︑両国
での文化財の展観︑文化財の合法的国際取引などについて協力すること
b協定締結後盗取され持ち出された文化財につき当該当事国の請求に基づいてその回収︑回復のため訴の提起を
55文 化 遺 産 に関 す る国 家 の 国際 法 上 の 権 利 と違 法 流 出 文 化 財 に対 す る回復 請 求権(55)
含む法的手段をとること
c請求は外交ルートにより︑当該文化財についての当該国の権限を明らかにする文書その他の証拠を付してなす
べきこと
d被請求国がそのための法的権限を取得した場合︑同国は当該文化財を請求国が指定する者に速やかに返還すべきこと
e返還︑引渡しに関する費用はすべて請求国の負担とすること
なお︑一九八〇年代の協定にはこの他次の事項が追加されている︒
f被請求国が返還のための法的権限取得をしえなかった場合請求国の法的権利の保護のため尽力し・その行なお
うとする民事訴訟につき便宜をはかること
9入出国者に対して文化財関連の法規に関する多角的広報措置をとること
メ キ シ コ と の 粛 を 締 結 し た 米 国 は そ の 規 定 の 国 内 的 実 施 を 眼 目 と し て 特 に プ レ 三 ・ ン ビ ア 期 文 化 財 保 護 を 目 的 と す る 国 内 法 を 制 定 ︑ 由 来 国 の 輸 出 許 可 証 無 寿 ち 出 さ れ た 物 件 の 輸 入 を 全 面 禁 止 し ︑ 禁 に 反 し て 持 ち 込 ま れ た 物 件 を 没 収 す る 体 制 を 整 え た ︒ こ の 立 法 は 不 法 取 引 防 止 と 不 法 取 引 結 果 是 正 の 両 面 的 効 果 を 持 つ と し て 評 価 を 得 て 味 肥 ・ な お ︑ 二 国 間 協 定 で あ . て も 日 嚢 本 関 係 条 約 締 結 に 付 随 す る 文 化 財 臥 響 見 ら れ る 吉 な 国 家 承 継 上 の 問 題 処 理
の 環 を な す 取 極 ︑ そ の 他 戦 乱 ︑ 占 領 中 の 文 化 財 に 関 す る 措 置 に つ い て の 戦 後 裁 等 が 挙 げ ら れ る が ・ こ れ ら は そ れ
ぞれの独自の状況︑条件下での事例であり︑特殊事例と位置付けられる・(1)陸戦ノ法規慣例二関スル条約︑一九一二年条約第四号︒
拓神 奈 川 法 学 第30巻 第1号
(56)
(2)戦時海軍力ヲ以テスル砲撃二関スル条約︑一九一二年条約第九号︒
(3)≦一h﹃芭国巴Φ5︑︑N母国ロ薯一︒匹§︒qα①ω<9貯︒お睾魯弓窪ωお︒耳ωぎし口①邑魯αΦω巨①ヨ巴︒葛一9昏一εお⇔§︒︒6ぎ§ω﹄昌︑︑ω富黒ロ民くα涛o旨Φ6算8aロ§αq..(諄ωけω︒匿津密ユ∪8芹一ロ︒q)Qo﹂㊤O・(4)同条約は発効に至らず︑日本も署名したのみに止まった︒なお︑空爆による最初の文化財被害は第一次世界大戦中のヴェニス空
襲の際の教会天井画破壊であったとされる︒ωoげぎ①く8qo6げoユoヨoお.︑ぎ8ヨ〇二8巴①﹁国巳ゴ﹄﹁αq彗臼︒︒6ず9N・.℃ω﹄①︒︒・(5)ハーグ陸戦法規と五四年条約との比較に関しては︑前者が宗教︑慈善︑教育︑技芸・学術に供される建設物︑すなわちそれ自体
が文化財でなくとも文化的利用に使用される施設をも保護対象とする点でこれらを文化財定義に含まない後者よりも文化をより広
義に捉えているとの指摘もある︒ω.タωoげoユoヨoさPPO・層ω﹄刈宇︒︒・しかし︑この差異は一般交戦法規と文化財専門条約どの性格的相違に基づくもので︑五四年条約が個別文化財およびこれらの所蔵を専らの目的とする博物館等の施設に保護対象を限定したの
は格別退歩とするには当たらない︒
(6)七二年条約加入後︑日本からは文化遺産として法隆寺と姫路城が一覧表に記載された︒なお︑国内の議論としては広島(いわゆ
る原爆ドーム)をこれに加えようとする運動があり︑ポーランドのオスヴェンチゥム(アウシュヴィッツ)が先例として援用され
る︒しかし︑これらがある意味では歴史的記念物としての性格を持つにせよ︑七二年条約にいう文化遣産は本来それ自体が人類の
知的生産活動の結果としての積極的価値を持つ物件を指すと解すべきであり︑人類にとって負の現象の残した物件をも同列に加え
るのは条約の本旨を歪めるものと思われる︒この種物件の保存・活用等は本条約の枠外でも可能でそのための施策は別途講じるべ
きであり︑またそれで十分である︒
(7)国霞8①嘗o巳ε琶08<舞凶︒・﹄z↓︒︒器も●暮・
(8)国霞oU8昌↓﹁$ξω臼一Φω累o.α9なお同条約改定の経緯についてはく.Gり070二Φヨ05P㊤.ρ層ψ麟一塗(9)o︒二昌︒=︒h国ロ﹃︒℃①る8<︒§三︒二冨勺﹁︒§二︒:;①ぎ寿g§三・﹁一凝Φ︒岳・﹁8£長くgサ塁乱︒・p(‑o)o︒ロ︿︒昌巳ロ︒口§︒中︒§二︒:P冨≧︒訂8一︒︒q凶︒巴‑田ωけ9︒山一餌包︾ヨ巴︒=巴冨鷺︒P冨﹀ヨ巴︒雪2魯8ρ一ピ貫く︒ド×<"O.おαP(11)﹁文化財の不法な輸出︑輸入及び所有権譲渡の禁止及び防止の手段に関する勧告﹂1一九六四年第=二回ユネスコ総会採択ー二
三頁︒
57文 化 遺 産 に 関 す る国 家 の 国 際 法上 の権 奉1と灘 流 出文 化 財 に 対 す る 回繍 求権(57)
(η=ネスコ発行の雑誌・ぎ.・Φ︒ヨぽ毎号・ヵ・暮銭憂一ε§・{2ε邑℃舞叶網︑.の欄をも︑7けてこれら返還.回復の事
(31)例嚢獣爵︒⁝§.︒餌;ー凶Φ.・(↓H>ω=・.・舞Φ血ωーぎ自①ω餌§琶ーき‑一﹀・‑ーけω
(dω↓)NNも.おα﹄ピ鵠く巳.㊤も﹂§・
(14)dω↓ωωも﹂①O︒︒・
(15)目﹀ωニミ㎝.
(16)目﹀ω目ミ刈・
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(91 )ら ㊥翻 難 鉾 鋸 誌 豪 冨 .q巴 ぎ ω 8 ・ー ≡ 瞳6; き ー ー ‑ ー 量 雲 ・ピ ー げζ ⁝ 巴
︒h⇒雪ω轟ぎ言;塁}<︒一﹂Nも・ωNド・
(2・=雪9﹃蕃Ω婁・窪辞ぎ琴凶⁝辞・琶℃§①量︒§曾Φ・蚕窪m梓︒﹃餌一﹀‑Q円①Φヨ①コけ≦律;︒d口搾Φユωけ卿梓㊦.︒..Lロ
(12 )d 額 雛 藷 藤 藷 鉾 養 国 と の 間 の 協 定 = 九 六 五 年 条 黎 二 毒 同 協 定 付 属 叢 の 陶 肇 考 衰
(% )図 鎗 讃 郵 鰹 能 濃 ズ 三 ル は シ ナ イ 半 島 占 領 中 に 同 幾 で 行 な っ た 考 古 学 的 蕩 に ー 得 た 物 品 の エ そ へ の
引渡しを一九九三年に開始した.国︒q受国讐邑8ω︒9①﹃冒暑コ﹀﹃︒げ国①︒一︒αq蜜.︑Z︒.ωも念.
1 11 文 化 財 の 種 別 と そ の 特 性
文 化 財 の 定 義
詔神 奈 川法 学 第30巻 第1号
(58)
文化財(O巳言﹃巴中o冨洋団)および文化遺産(O巳け霞巴=Φ﹃一冨oqΦ)との言葉に一定的定義はない︒この二語の比較に
おいては一般に文化財が個別の対象物をイメージさせるのに対して文化遺産がより総合的な文化的伝統︑またそれを
支える精神的伝統をより強く意識させるとの差が認められよう︒文化遺産が文化財の上位概念であるとい紘祀・また
七〇年条約中に各種文化財を列挙してこれらが文化遺産をなすと位置付ける条文(四条)があるのもこのことを示して
いる︒本稿では一応この例に従うこととするが︑七二年条約はこの意味での個別文化財をも直接指す語として文化遺
産を用い(一条)︑また国際法協会(ILA)文化財法委員会の海底文化遺産保護条約案でも個々の物件につき直接文化
(2)遺産の語を当てており︑用語例は一定的ではない︒
一定の定義の不在により︑国際条約であれ国内法規であれそれぞれの文書はその目的の下で規定対象とすべき文化
財を任意に特定するところとなる︒ユネスコ三条約もそれぞれ詳細に独自の定義をしているが︑ここでは本稿の問題
に直接関連する七〇年条約の定義を要約して紹介しておく︒
一条関係
ab
Cd
ef
9
自然科学的希少価値を持つ収集︑標本︑古生物学的物件歴史一般︑特定重要事件︑特定重要人物に関する物件
考古学的な発掘(正規発掘および盗掘)または発見により得られた物件
美術的・歴史的記念物の部分︑考古学的遺跡の部分
製作後一〇〇年を越す古器・旧物(銘文︑貨幣︑印章等を含む)
民族学的価値を持つ物件
美術的価値を持つ物件(書画︑彫刻類︑版画類︑美術的構成・合成作品)
59文 化 遺 産 に 関 す る 国 家 の 国 際 法 上 の 権 利 と違 法 流 出
文 化 財 に 対 す る回 復 請 求 権(59)
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雛 講 癖 書 き 文 貫 特 別 の 価 値 を 持 っ 古 版 本 毒 文 書 ・ 出 版 物
音声.写真・映画等の記録
製作後一〇〇年を越す家具・古楽器
四条関係(﹁条関係以外の物件であ・ても套かつ畠文化財として対外的に主張し得るもの)
a 当 該 国 国 民 (個 人 ま た は 集 団 ) お よ び 住 民 の 創 造 に な る 物 件 b 当 該 国 国 内 で 発 見 さ れ た 物 件
c 当 該 国 の 考 古 学 的 馨 藷 査 団 が 原 産 国 当 局 の 同 意 を 得 て 入 手 し た 物 件 d 当 該 国 が 畠 な 合 意 に よ る 交 換 に 基 づ い て 入 手 し た 物 件 e 当 該 票 原 産 国 当 局 の 同 意 の 下 で 贈 与 を 受 け ︑ ま た は 合 蔭 入 し た 物 件 総 灘 欝 灘
神 奈 川 法学 第30巻 第1号
その彙の是正である.したがって盗難文化財等についてはそれを晃ず鍵前の所在国に戻すこと・その意味での現状回復を実現することで条約目的は達成される.その後当該物件に対しより強邑国文化財たる︾﹂とを主張する国が現われたとしてもそれは別問題である︒
ところで︑七︒年条約の.あ広範な文化財定義に対して前記米国とラテン・アメリカ諸国との文化財回復協定では
極 め て 限 鋳 に 対 象 物 件 を 特 定 し て い る . す な わ ち 各 協 定 の 表 題 自 体 が 示 す よ う に ﹁ 盗 取 さ れ た 考 享 的 ・ 歴 史 的 及 び 文 化 的 財 物 ﹂ で あ り ︑ 物 件 自 体 の 讐 と そ の 法 的 状 態 (盗 取 ) の 両 面 か ら の 特 定 を 行 な つ ・ こ れ ら 二 国 間 条 約 は 関 係 国 間 の 従 来 の 慧 か ら 何 を ︑王 た る 対 象 と し て 不 法 取 引 が な さ れ て い る か が 判 明 し て い る こ 妄 削 提 的 箋 と し て 籍
されるのが実情であるから︑条約の規定対象物件がそれに則して特定されるのは自然的結果でもある・したがっ工定の実際的状況を踏ま︑尾た二国間条約と一盤を持つべき多数国間条約とを単純に比較するわけにはいかない・また七 ︒ 年 条 約 は 不 法 取 引 防 止 の 諸 措 置 を ︑王 た る 規 定 内 容 と す る の に 対 し て 米 国 関 係 条 約 は 由 来 国 へ の 回 復 を も 法 制 化 し
た茜条約であり︑そこまで踏み込むには対象物件の限定化が不可避であったに違いない・しかし・右の実際的理由もさることながら︑多種多様な文化財の中から何故先ず米国関係蒙約が取り上げたような考享的.歴史的遺物が回復協定の対象となったのか︑量口葉を攣えて曇口・えば何故先ずこの種遺物を漿として回復協{疋が結ばれ得たのかについては︑各種文化財の本来的性質に立入.ての藁も必要と思われる.そこで各種文化財をそれらが持つ文化財として の 特 性 の 発 生 経 緯 お よ び そ れ ら の 持 つ 国 家 的 重 要 性 の 根 拠 の 二 面 か ら 類 別 し て み る こ と と す る ・
の
文 化 財 が 現 在 の 時 占 ぞ 人 々 の 心 を 惹 き ︑ そ れ 故 に 合 法 ︑ 非 合 法 の 別 を 問 わ ず 取 引 の 対 象 と さ れ る 点 は ど の 種 の 物 件
61文 化 遺 産 に 関す る国 家 の 国 際 法 上 の 権 利 と違 法 流 出 文 化 財 に対 す る回復 請 求 権(61)
についても同様である︒しかし︑七〇年条約が掲げる多様な物件はその全てが当初から文化的目的で製作され︑文化
的視点からその価値を評価されてきたのではない︒物件の当初の製作経緯(製作目的)︑文化財としての価値の発生経
緯(商品性×現在の存在状況への到達経緯(物性)などの側面を見るならば︑それぞれに大きな差が認められる︒この
差異により文化財は次の三種に類別することができる︒
ハ 一独立的美術作品(絵画︑彫刻︑宝飾品等)
製作意図"製作者個人の芸術的創造の成果であり︑作品自体が制作活動の当初からの独立的最終目的︒
商品性"当初から譲渡目的で製作されたことにより︑または製作者がその目的を持たなかった場合でも作品自
体 の 譲 渡 適 合 性 に よ り 本 来 的 に 商 ︒程 が 内 在 す ゑ 作 ・叩 に 関 し て は 当 初 逮 製 作 者 に 公 開 譲 渡 ︑ 修
正 ・ 変 更 等 に つ い て の 一 連 の 処 分 権 が 金 銭 的 問 題 の 決 定 権 を も 含 め 帰 属 す る ︒
物 性 " 動 産
七 〇 年 条 約 一 条 の 列 挙 中 で は 9 が 典 型 例
二従属的美術作品(壁画︑壁画浮彫︑建築装飾等いわゆる装飾的美術品)製作意図日製作者個人の芸術的創造の成果としての側面をも持つが作品自体が独立の最終目的ではなく︑それが
付属する建築物その他集合的作品の一構成部分として機能することが一次的使命︒
商品性"単体としての譲渡目的︑譲渡適性は本来的に無く︑何らかの理由で母体たる集合的構成物から分離さ
れたとき事後的に独立的単体としての譲渡適性が発生する︒しかし︑この分離化は当初の制作意図に
背く母体破壊の結果としてなされるものであるから︑分離による商品性取得は当該物件の本性に反し︑
文化的には負の現象とせざるを得ない︒
紹神 奈 川法 学 第30巻 第1号
(9)物性"本来は不動産の一部を構成︑分離後事後的に動産化
七〇年条約一条の列挙中ではdが該当
三非美術品的文物(実用目的製品・文書類・化石他自然的生成物等)
製作意図"日常生活上の目的が主眼であり︑製作者の個性が発揮される場合も機能面についての創意工夫として
であって芸術的自己表現意識は不存
商品性"実用品としての流通性が当初から予定されたことは当然であるが︑文化財としての評価︑商品価値は
その物件自体の作成時の商品価値とは別個に考古学的︑歴史的︑民族学的資料としての側面から事後
的に1多くの場合長期の年月を経て1発生する︒
物性"動産
七〇年条約一条の列挙中ではa︑b︑e︑f︑h‑kが該当
なお︑cの考古学的発掘品・発見物は個々の物件の性質により右一〜三の何れの事例としても挙げ得るといえよう︒
とはいえ︑この種出土品に対する現代的評価は︑芸術性の高いものについても第一義的にはその古さ︑歴史性︑資
料的価値により規定されるので︑これらは主として三に該当すると考えられる︒
{62)
( 1 ) 河 野 俊 行 ﹁ 文 化 財 の 国 際 的 保 護 と 国 際 取 引 規 制 ﹂ 国 際 法 外 交 雑 誌 九 一 巻 六 号 四 頁 ︒
(2)ぎ冨ヨ9ま8一冨ミ﹀︒︒ω06聾凶o員︑.U轟津08︿9まロ8夢Φ℃δけΦa80h些od巳①ヨ山θ震O巳ε円巴国巴畠αqo.︑﹀拝一̀9F︾
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(3)文化財の物性‑不動産︑動産の如何および動産の種別1の特定はそれ自体取引の合法性の判断に関わる重要問題となる場合があ
s3文 化 遣 産 に 関 す る 国家 の 国 際 法 上 の 権 利 と違 法 流 出 文化 財 に 対 す る回復 請 求 権(63)
るが︑ここではこの問題には言及しない︒なお︑この種の私法的観点かちの諸問題については河野前掲二八頁以下参照︒
(4)訳巨ω簡①亘..z巴8巴嘆§巳幕3豊8巴Φ﹁内鼻・凝幕醇爵..冒bロ︒ヨ冨a霊ω§\ζ喜9色≦=(醇ω鯨γ︑︑岡Φ︒・けω9き律
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(5)米国の対メキシコ条約を初めとする四条約前文及び第一条︒1節註11‑14参照︒(6)﹁美術品﹂(O互①o冨oh>﹁戸零o蒔︒︒oh︾昌)の他︑﹁古物﹂(︾ロニρ巳二①︒︒)︑﹁工芸品﹂(﹀詳一貯9ω)など繁用される用語に逐一一
般的定義を付すのは極めて困難とされるので︑ここでは法的用語としてではなく日常的意味でのみ用いる︒また︑﹁文化財﹂につい
てと同様︑定義を行なうとすれば個別の文書毎にその特定を行なう他ない︒竃o昌ぎo切ユ鉾(oα.)".︑ぎ9∋ロ賦oロ巴ω巴oωo帖芝o鱒ω
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(7)冨き白含ωロσδ暑些堵.︑u琶εΦω9︒蝉§誘︒こ︒一︒・誘=Φ﹃三窒︑.ぎζ⇔註器窪ミ冒島けゴ津①巴げ臼︒q㌦︑冥⑦ヨ巴︒琶﹀昌
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(8)ωδ茸b.PO.ω﹄ωωも純粋芸術作品と装飾的芸術作品の別に言及する︒
(9)建築物の一体的構成部分が破壊︑剥落により分離してもそれが直ちに動産性を取得するとは断定し得ないが︑動産︑不動産の区
別には国際的に単一の基準は成立しておらず︑具体的事案についてはその準拠法たるべき国内法の規定に依るところとなる︒河野
前掲七頁註13はフレスコ画についてのフランスの事例を紹介する︒
m 文 化 財 の 種 別 と そ の 国 家 的 重 要 性
前記の種別は各文化財に認められるべき価値の優劣を直接左右するものではなく︑また保護・保存の面ではこの種
別如何に関わり無くそれぞれにつき必要︑適宜な法的︑実際的措置がなされよう︒すなわち︑文化財の静的状態にお
ける取扱いに関してはその保護が七二年条約が求めるような形で国際的関心の対象となった場合でも国家間の基本的
利害対立は生ぜず︑したがってこの類別は法制上必ずしも意識されるべき事柄とはならない︒この限りでは特に類別
を問うべき実際的必要性も乏しい︒
今
醒
神 奈 川 法 学 第30巻 第1号(64)
しかし︑文化財の国際的移動が生じ︑当該物件に対して由来国と現所在国との問に回復・返還如何の問題をめぐる
利害対立が発生した場合には︑両国の主張︑特に請求国たる由来国の請求根拠を検討することが当然必要となる︒こ
の必要は政策上︑外交上の措置としての返還が求められている場合には具体的個別事案についての決定プロセス上生
じ︑不法取引結果是正のための回復に関する条約締結︑国内制度作成を検討する場合には対象物件の範囲を特定する
に際して生じる︒この請求根拠の強度を決定するのは由来国と個々の文化財との間の関わり︑.およびその関わりの態
様によって規定される個々の物件の由来国にとっての重要度である︒そしてこの態様︑重要度は文化財一般につき一
様というわけではない︒したがってこの視点から以下文化財一般を三種に大別し︑それぞれに類別される文化財が持
つ由来国社会との関連の態様がどのように異なるかを示しておく︒
なお︑文化財は資産的価値をも持つわけであるが︑ここでは公益的側面からの重要性を論じるのが目的であるので︑
(1)私的側面の問題である財産的価値︑またそれに関わる財産法的︑取引法的諸問題には言及しない︒
一独立的美術作品
製作者の個人的業績ではあるが︑次の二点から作品に対する国家的関わりが生じる︒
a製作者の創作活動︑創作意識が究極的には本人自身の独自のものであるとしても︑製作者を育み︑制作活動
に影響を及ぼしたのは社会全体およびその時代精神であること
b作品を自国に保有することがその国の文化的伝統の一部となり︑文化活動の振興にも不可欠と意識されるに
至っていること
右のうちaは作品にそれが生み出された当時の国家社会を反映するものとして位置付け︑作品創作の社会的母体と
65文 化 遺 産 に関 す る国 家 の 国 際 法 上 の権 利 と違 法 流 出文 化 財 に対 す る回復 請 求 権(65)
しての立場から︑また自国文化活動の一証左を保有︑保全するとの観点から作品に対する国家の公益的重要性を基
礎付けるものである︒またbは作品が現在持つ社会的機能の面から提示される重要性である︒
二従属的美術作品
当該物件が本来帰属した建造物等は個人の作品としての性格が薄く︑複数の︑しかも多くの場合相当多数の者の集
団的作業の成果である︒このことから国家的関わりについては以下の指摘がなされる︒
a当該物件が帰属した母体はその一部が分離されたことにより総合的文化財としては完全性を失っており︑そ
の完全性を回復することが社会的要請であること
b母体は当初から一定の社会的目的設定の下でその建造︑機能が決定されたものであるので︑総体としては社
会全体がその製作者と見倣され得ること
右のうちaは母体自体のより完全な形での維持︑保全を第一義的に重視しようとするものであるから︑厳密にいえ
(2)ばこの目的がそれ自身独立の国際的妥当性を有し︑特定の国家社会のみの関心事とするには当たらない︒しかしこ
のような一般的拡がりを持つ要請が認められるからといって︑当該建造物に最大の重要性を付すのがそれを産み︑
保有する国家社会であることに変りはない︒
三非美術品的文物
本来は日常的生活の過程で実用目的で生産︑使用された物品であり︑製作者の個人的作品としての性格は極めて希
薄であり︑文化財としての価値もその物件自体が当初から具備した特性に由来するのではない︒文化財的価値はそ
れが特定の時代︑特定の社会を考古学的︑歴史的に証する資料として有用となることにより事後的に付加されるこ
とになったものである︒この種物件についての国家的関わりは次の点から生じる︒