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早稲田大学審査学位論文(博士) 株式買取請求権の理論と実践

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早稲田大学審査学位論文(博士)

株式買取請求権の理論と実践

早稲田大学大学院法学研究科

沈啓光

(2)
(3)

目次

1章 序論 ... 1

1節 立法経緯 ... 1

2節 問題意識 ... 6

第1款 実践的視点 ... 6

第2款 理論的視点 ... 11

3節 本稿の構成と研究対象 ... 12

第1款 本稿の構成 ... 12

第2款 研究対象 ... 13

第3款 中国法 ... 14

2章 アメリカの判例の検討 ... 24

1Weinberger事件以前の事件 ... 24

第1款 1934年Chicago Corp. v. Munds事件 ... 25

第2款 1947年In re General Realty & Utilities Corp.事件 ... 27

第3款 1949年Tri-Continental Corp. v. Battye事件 ... 31

2 Weinberger v. UOP, Inc.事件とその後の事件 ... 36

第1款 Weinberger v. UOP, Inc.事件 ... 36

第2款 その後の事件 ... 39

3章 日本の判例の検討 ... 79

1節 株式買取請求権の買取価格の決定申立事件 ... 79

第1款 楽天対TBS事件 ... 79

第2款 インテリジェンス事件 ... 94

第3款 テクモ事件 ... 106

(4)

第4款 その他の事例の検討 ... 113

2節 全部取得条項付種類株式の取得価格の決定申立事件 ... 119

第1款 レックス・ホールディングス事件 ... 119

第2款 全部取得条項付種類株式の取得価格の決定の問題点の整理 ... 126

3節 株式買取請求権における買取価格の算定基準日 ... 133

第1款 序論 ... 133

第2款 株式買取請求権の構造 ... 134

第3款 反対株主の投機的な行動 ... 146

第4款 結論 ... 152

4節 市場価格の変動から企業価値の毀損の判断方法 ... 153

第1款 序論 ... 153

第2款 問題意識を喚起する学説 ... 154

第3款 統計学的分析の検討 ... 157

5節 企業価値増加分の分配の公正性 ... 180

第1款 問題提起 ... 180

第2款 企業価値増加分の分配の公正性の判断枠組み ... 182

第3款 検討 ... 186

4章 株式買取請求権の存在意義の理論的検討 ... 206

1節 株式買取請求権の本質的な特徴 ... 207

第1款 会社からの退出 ... 207

第2款 会社からの退出に対する批判と説明 ... 208

第3款 検討 ... 209

2節 株式買取請求権の機能 ... 211

第1款 学説の概要 ... 211

(5)

第2款 検討 ... 213

3節 小括 ... 217

5章 結論と今後の課題 ... 218

1節 本稿の概要 ... 218

第1款 中国法の状況 ... 218

第2款 アメリカの判例の検討 ... 219

第3款 日本の判例の検討 ... 224

第4款 株式買取請求権の存在意義の理論的検討 ... 232

2節 中国法への示唆 ... 235

3節 今後の問題 ... 236

1 株式買取請求権の買取価格の決定申立事件(一段階買収) ... 238

2 株式買取請求権の買取価格の決定申立事件(二段階買収) ... 239

3 全部取得条項付種類株式の取得価格の決定申立事件 ... 240

(6)

第 1 章 序論 第 1 節 立法経緯

株式買取請求権は、会社の一定の行為に対して反対する株主が自分の持株を会社に買い取って もらう権利である。株式買取請求権制度は、アメリカ法に倣って昭和 25 年商法改正の際に日本法 に導入されたものである1。当時の株式買取請求権は、株主の地位の強化の一環として、営業の全 部または重要な一部の譲渡等の決議と合併契約書の承認決議がなされた場合にのみ認められてい た。その後、昭和 41 年の商法改正により譲渡制限という定款変更がなされた場合、平成 2 年の商 法改正により有限会社への組織変更がなされた場合、平成 9 年の商法改正により簡易合併がなさ れた場合、平成 11 年の商法改正により株式交換あるいは株式移転がなされた場合、平成 12 年の 商法改正により会社分割がなされた場合、平成 17 年の会社法制定により全部取得条項を付するこ とおよび種類株主による承認を排除することがなされた場合について、株式買取請求権が認めら れた2

現在の会社法においては、株式買取請求権が適用される一定の行為を整理すると、定款変更3、 事業譲渡等4、組織再編5がある。定款変更、事業譲渡、および組織再編は、会社の基礎的変更とい う性格を有するものである。定款変更には、譲渡制限の定めを設けるもの6、全部取得条項を付す るもの7、種類株主に損害を及ぼすおそれがあるときの種類株主による拒否権を排除するもの8があ る。事業譲渡等には、事業の全部の譲渡9、事業の重要な一部の譲渡10、事業の全部の譲受け11、事

1 落合誠一編集『会社法コンメンタール 12 巻』97 頁〔柳明昌〕(商事法務、2009 年)。

2 同 99 頁。

3 会社法 116 条。

4 会社法 469 条。

5 会社法 785 条、797 条、806 条。

6 会社法 116 条 1 項 1 号。

7 会社法 116 条 1 項 2 号。

8 会社法 116 条 1 項 3 号。

9 会社法 467 条 1 項 1 号。

10 会社法 467 条 1 項 2 号。

11 会社法 467 条 1 項 3 号。

(7)

業の全部の賃貸、事業の全部の経営の委任等12がある。組織再編には、合併、分割、株式交換およ び株式移転がある13。本稿は、組織再編の文脈に発生する株式買取請求権に焦点を絞って検討した い。

平成 17 年の会社法制定により、株式買取請求権制度は、大きな変更が加えられた。旧商法で は、株式買取請求権の行使権者には、議決権制限株式の株主等の、合併契約等を承認する株主総 会において議決権を行使することができない株主に関する規定がなかった。会社法では、議決権 制限株式の株主にも株式買取請求権を認めるようになった14。旧商法では、株式買取請求権行使の 後の買取請求の取下げについては、特に制限がなく、株式買取請求権の濫用が懸念されていた。

そこで、会社法は、その取下げに対して会社の同意が必要とされる15。旧商法は、株式買取請求権 の行使期間は、原則として、合併契約等の承認決議の日から 20 日以内であると定めた。それに対 して、会社法は、その行使期間を、一律に効力発生日の 20 日前の日から効力発生日の前日までと 見直した16。これらの手続きの改正以外に、平成 17 年の会社法制定においてもっとも意義のある ものは、買取価格の内容である。旧商法においては、買取価格は、「決議ナカリセハ有スヘカリ シ価格」(決議がなかったとすれば有していたはずの価格)と規定されていた。会社法制定によ り、合併対価に不満のある株主に対し、合併による企業価値の増加を適切に反映した公正な価格 で救済を与えるという趣旨に基づいて、買取価格の文言は単なる「公正な価格」と変更された17。 本稿は、このような趣旨をもつ公正な価格について、どのように具体的に算定するのかを、アメ リカと日本の判例・学説を材料として検討するものである。

12 会社法 467 条 1 項 4 号。

13 吸収合併、吸収分割、株式交換は、会社法 782 条から 801 条であり、新設合併、新設分割、株式移転は、会社 法 803 条から 815 条である。

14 相澤哲編著『一問一答・新・会社法』211 頁(商事法務、改訂版、2009 年)。

15 同 211 頁。

16 同 212 頁。

17 同 210 頁。

(8)

株式買取請求権制度に関しては、さらに、平成 26 年に改正がなされた。「会社法の一部を改 正する法律(平成 26 年法律第 90 号)」および「会社法の一部を改正する法律の施行に伴う関係 法律の整備等に関する法律(平成 26 年法律第 91 号)」は、2014 年 6 月 20 日に参議院本会議にお いて成立し、2015 年 5 月 1 日から施行された。株式買取請求の撤回制限の実効性、会社による株 式買取の効力発生時期、株式価格決定前の仮支払、簡易組織再編・略式組織再編等における株式 買取請求について、改正がなされた。会社法 785 条第 7 項は、会社の承諾を得ずに、反対株主が 株式買取請求を撤回することができないと定めている。この撤回制限の実効性を強化するために、

振替株式、株券が発行されている株式、ならびに振替株式ではない株券不発行の株式について、

それぞれ工夫がなされた。振替株式に関しては、反対株主が株式買取請求をする際に、会社が開 設する買取口座を振替先口座とする振替の申請をしなければならない18。このように、反対株主は、

買取口座の介在により、会社の承諾を得ることなく、事実上、株式買取請求を撤回することがで きないようになる19。平成 26 年の改正前に、株券が発行されている株式については、株式買取請 求を任意に撤回する恐れがあった。なぜなら、株式買取を請求する時点では、株券を会社に提出 する義務がないからである。反対株主は、株式買取を請求した後に、株券を第三者に交付し、株 式を譲渡するとしたら、事実上、株式買取請求を撤回することになる20。そこで、本改正により、

会社法第 785 条第 6 項等は、株券が発行されている株式に関する買取請求をする際に、株券を会 社に提出しなければならないと定めた。また、株券が発行されていない株式に関しては、株式買 取請求権を行使した反対株主は、意思表示のみにより、株式を第三者に譲渡して、株式買取請求 を撤回するおそれがある21。この問題に対して、本改正により、会社法第 785 条第 9 項等は、株式

18 社債、株式等の振替に関する法律第 155 条第 1 項・第 3 項。

19 坂本三郎編著『一問一答 平成 26 年改正会社法』311、319 頁(商事法務、2015 年)。

20 同 325 頁。

21 同 328 頁。

(9)

買取請求権の対象となる株式の譲受人は、会社に対して株主名簿の名義書換を請求できないと定 められた22

このように、株式買取請求の濫用を防ぐ考え方に基づく法改正は、もう一つある。それは、株 式価格決定前の仮支払制度である。本改正の前は、会社は、会社行為の効力発生日から 60 日以内 に買取代金を反対株主に支払わなければ、その期間経過後に、年 6%の利率で遅延利息を支払わ なければならなかった。裁判所が公正な買取価格を最終的に決定するには、会社行為の効力発生 日から 60 日までの期間を大幅に超えることが多いようである。そうすると、年 6%の利息は、会 社にとってかなりの負担になり、株式買取請求権を行使する株主にとってかなりの利益になると 懸念されていた23。そこで、本改正(会社法第 786 条第 5 項等)は、株式買取請求権が行使された とき、株式の買取価格の決定に先立ち、当該会社が公正な価格と認める額を株主に仮払いするこ とを認める。会社が仮払いをすれば、適法な弁済を提供したことになり、株主が受領を拒絶した としても、会社は、弁済供託をすることで、以後の利息支払義務を免れると解される。会社が仮 払いする金額と最終的に裁判所が決定した公正な価格との差額についてだけで利息を支払うこと になる24

さらに、平成 26 年の法改正により、会社法第 469 条第 1 項第 2 号と第 797 条第 1 項ただし書は、

それぞれ簡易事業譲渡の譲受会社と簡易組織再編の存続会社について、株主総会決議が合法的に 必要でない場合には、株式買取請求権を認めないと定める25。また、本改正により、会社法第 469 条第 2 項第 2 号括弧書と第 785 条第 2 項第 2 号括弧書は、株式買取請求権の必要性があまりない ことを理由として、略式事業譲渡と略式組織再編における特別支配会社にも、株式買取請求権を 認めないと定める26。さらに、本改正は、会社による株式買取の効力発生日を以下のように整理し

22 同 312 頁。

23 同 331 頁。

24 同 331-332 頁。

25 同 333 頁。

26 同 334 頁。

(10)

た。新設合併または株式移転における新設合併消滅株式会社または株式移転完全子会社の株式の 場合は、設立会社の成立の日であり(会社法第 807 条第 6 項)、それ以外の場合は、定款変更

(会社法第 117 条第 6 項)、事業譲渡(会社法第 470 条第 6 項)、組織再編行為の効力発生日

(会社法 786 条第 6 項等)である。この改正の理由は、以下のようになる。すなわち、代金の支 払日が株式買取の効力発生日である場合には、株式買取を請求した日から買取の効力発生日まで の期間内には、株式買取請求権を行使した反対株主は、遅延利息を受けつつ、買取の効力発生日 までに剰余金配当を受けるという二重取りのおそれがある。しかも、株主が株式買取請求をして 持株の保有を継続しない意思を明確にするにもかかわらず、代金の支払時まで剰余金配当受領権 や議決権等の行使を認める必要はないと考えられる27

本稿が株式買取請求権の制度をテーマとして、買取価格の決定を検討する際に、全部取得条項 付種類株式の取得価格の決定は、無視できないテーマである。全部取得条項付種類株式制度は、

簡単に言えば、会社が強制的に全部の株式を取得することができるという定款変更をした上で、

株主総会の特別決議によりその株式を取得することができるものである。当該制度は、平成 17 年 の会社法制定により構築され28、当時の立法経緯によると、会社の任意整理においていわゆる 100%減資として、会社の全部の株式を容易に消却するためのものであった29。現在、MBO 等の目的 で、公開会社を閉鎖会社にするために、少数株主をキャッシュ・アウトする手段として全部取得 条項付種類株式を利用することが多く30、実務においては定着しているということができる31。会 社法は、全部取得条項付種類株式の取得価格の決定基準については、株式買取請求権における公

27 同 329 頁。

28 平成 26 年の会社法改正により、全部取得条項付種類株式制度について、情報開示、取得価格の決定の申立期 間、株主に対する通知、会社の取得行為に対する差止め、会社の取得行為に関する株主総会決議の取消しの訴訟 の原告適格といった改正がなされた。

29 笠原武朗「全部取得条項付種類株式制度の利用の限界」江頭憲治郎先生還暦記念『企業法の理論(上巻)』

239 頁(商事法務、2007 年)。

30 落合誠一編集『会社法コンメンタール 3 巻』118 頁〔山下友信〕(商事法務、2009 年)。

31 和田宗久「キャッシュ・アウト手段としての全部取得条項付種類株式と株式併合」金判 1461 号 78 頁(2015 年)。

(11)

正な価格とは異なり、なんら規定をしていない。全部取得条項付種類株式の取得を株主総会の決 議により決定する場合に不当な取得対価が決定されるおそれがあることに対する救済方法という 点を考えて、会社法 172 条が取得価格決定の申立てを定めている。当該取得価格の決定と、株式 買取請求権における買取価格の決定とで、反対株主に対する経済的救済は目的が同様である32。ま た、株式買取請求権が利用される組織再編の事例と類似するものとして、全部取得条項付種類株 式が MBO に利用される事例では、裁判所が株式の客観的価値と今後の株価の上昇に対する期待を 評価する期待権価値をも考慮すると示唆している33。これは、株式買取請求権における買取価格に ついて、会社の客観的な価値とともにシナジーの適切な分配を考慮する点で、類似すると思われ る。

第 2 節 問題意識 第 1 款 実践的視点

法律は、株式買取請求権における買取価格について、「公正な価格」という文言を使っている だけであり、具体的な算定方法を明示していない。現実的に、裁判所が公正な価格をどのように 算定するかは、株主にとって株式買取請求権を行使するかどうか、および株式買取請求権制度の 実効性を左右する重大な問題であろうと思われる。

買取価格の算定方法に関する先行研究は、株式買取請求権の文脈とは関係なく、一般的に株式 価格の算定方法を議論するもの、少し古い株式買取請求権のアメリカ判例を紹介するもの、それ にシナジーの分配とマイノリティー・ディスカウントという個別のポイントを検討するものがほ とんどである。現在の株式買取請求権における買取価格の算定の全体像と算定方法の司法運用の プロセスを整理するものはないようである。

32 落合誠一編集『会社法コンメンタール 4 巻』105 頁〔山下友信〕(商事法務、2009 年)。

33 レックス・ホールディングス事件(東京地決平成 19 年 12 月 19 日金判 1283 号 22 頁、東京高決平成 20 年 9 月 12 日金判 1301 号 28 頁、最高決平成 21 年 5 月 29 日金判 1326 号 35 頁)。

(12)

具体的に言えば、非訟事件における株式価格の決定の手法およびそれに関する裁判例を紹介、

評価するものがあるが、株式買取請求権という制度に焦点を絞って公正な価格の決定手法を整理 するものが少ないように思われる。江頭憲治郎教授は、取引相場のない株式の評価手法について 論じている。すなわち、配当還元法および収益還元法は、株式の予測配当あるいは予測収益金額 を一定の割引率で割って現在価値を計算するものである。類似業種比準方式および取引先例価格 方式は、評価対象となる株式と類似する業種の上場株式の株価等あるいは先例となる取引におけ る価格等になんらかの修正を加えることによって対象株式の価格を計算するものである。さらに、

純資産価額法は、現時点で会社を解散し、清算を行うと仮定した場合に 1 株に対して払い戻され るであろう金額をもってその株価を計算するものである34。江頭教授は、それらの株式価値の評価 手法について、裁判における運用を注意しながら、議論したが、株式買取請求権の事例は検討の 対象としていない35

株式買取請求権の文脈における株式価値の評価手法に関する外国法を紹介するものがある。関 俊彦教授は、1982 年より前のアメリカの州法における株式の評価手法を詳細に紹介した36。関教授 は、株式を会社資産、収益の資本還元値、株式の市場価格等でそれぞれ評価した後に、それぞれ の値に対して、その評価状況に適する比重を与えて、総合的に株式を評価する手法を、折衷評価 法と呼んだ37上で、それぞれの価値尺度について以下のような指摘をした。第一に、継続企業が前 提となる株式評価では、純資産価値は重視されないが、会社が支払不能状態にある場合、会社に とって有用性を持たなくなった資産を評価する場合、会社を清算するのに十分な数の株式が評価 の対象になっている場合等には純資産価値も考慮される38。第二に、評価対象株式が頻繁に取引さ れる限り、株式を一定期日の取引相場で評価する市場価値法は、便利であるが、欠点もある。つ

34 江頭憲治郎『会社法の基本問題』134 頁(有斐閣、2011 年)。

35 同 136-162 頁。

36 関俊彦『株式評価論』18-59 頁(商事法務研究会、1983 年)。

37 同 28 頁。

38 同 29 頁。

(13)

まり、株価操作が容易であること、株式買取請求権を発生させた会社の行為がすでに市場価格の 形成に影響していることなど、市場価値法は株式価値を正確に評価できない場合がある39。第三に、

当時、アメリカにおける買取価格の決定方法としての収益還元法については、裁判所が各期ごと の利益のばらつきを無視するのみならず、経営学的な綿密な収益分析に基づいた将来の予想利益 ではなく、過去の実績値を利用してしまった40。収益還元法を利用するためには、資本還元率を計 算しなければならない。ただし、資本還元率の微小な差異が、評価値に大きな影響をもたらし、

かつ、客観的決定基準が欠如しているため、当事者間で主張が大きく分岐するおそれがある41と指 摘された。第四に、関教授は、折衷評価法における折衷の比例に関するデラウェア州判例法の状 況を整理した。基本的に、資産価値は 30%、市場価値は 35%で、収益価値は 35%を出発点として、

事例に応じて調整することになる42

江頭憲治郎教授は、株式買取請求権における買取価格の算定方法に関するアメリカのデラウェ ア州の判例法理をも検討した。これは、上述した関俊彦教授の研究とは、1982 年以前のデラウェ ア州判例法を検討対象とする点で共通する。第一に、買取価格の算定の理念としては、企業合併 等によるシナジーを考慮しないということである43。第二に、デラウェア州の裁判所は、株式相場 は、株式の真の価値とは無関係の周囲の状況から作り出された一時的な需要と供給の不均衡を反 映しているという考えをもって、株式の市場価格に置く比重が少ないということである44。株式の 市場価格を価値算定の一つの要素とするときには、市場の正常度に応じて、幾つかの期間の株価 データを利用することがある45。第三に、前述した折衷評価法における資産価値が重視される程度

39 同 31 頁。

40 同 35 頁。

41 同 38 頁。

42 同 43 頁。

43 江頭憲治郎「会社の支配・従属関係と従属会社少数株主の保護(八・完)——アメリカ法を中心に——」法学協会 雑誌 99 巻 2 号 204 頁(1982 年)。

44 同 205 頁。

45 同上。

(14)

については、一律の基準がなく、評価対象の会社が属している業界の特徴によるとされている46。 第四に、江頭教授は、収益還元法においてデラウェア州判例法が会社の利益の過去の実績値を採 用することについて、原因を分析した上で、本末転倒のおそれがあると批判した47

上述した二つの先行研究は、アメリカのデラウェア州のいわゆる Block Method という株式価値 の評価手法を前提として、議論しているものである48。しかし、1983 年に、デラウェア州の最高裁 判所は、有名な Weinberger 事件を通じて、かつての Block Method の排他的運用を否定し、金融業 界に一般的に認められる株式価値の評価手法を採用すると判示した49。当該事件の後に、DCF 法や 類似会社比準法という現代金融の評価手法が裁判で運用されていくのである。この判示を受け継 いだデラウェア州の株式買取請求権の事案を整理するのは、飯田秀総准教授である。当該整理は、

買取価格の算定に当たって、マイノリティー・ディスカウント、流動性ディスカウント、合併か ら生じる利益、それに合併後の事業計画の考慮という問題点を中心とするものである。マイノリ ティー・ディスカウントは、少数株主という地位を理由として、企業価値の比例分配より少ない 分を少数株主の持株の価値とするものである。流動性ディスカウントは、市場性の欠如を理由と して、企業価値の比例分配より少ない分を株式の価値とするものである。飯田准教授の研究によ ると、現在のデラウェア州ではいずれのディスカウントによる少数株主の持株の減価も否定され ている50。逆に、類似会社比準法が用いられる場合には、類似会社の市場株価に内在するマイノリ ティー・ディスカウントによる減価を修正することが多い51。マイノリティー・ディスカウントの 修正の具体的な方法としては、30%を上乗せすることが一般的であるが、確立しているわけでは

46 同 206 頁。

47 同 207-208 頁。

48 なお、関俊彦教授が著者代表である『非公開株式の評価と税務』338 頁(商事法務研究会 1991)は、Weinberger 事件の意義を認めたが、株式買取請求権に関するアメリカの株式評価法を更新しなかった。

49 Weinberger v. UOP, 457 A.2d 701 (Del. 1983).

50 飯田秀総『株式買取請求権の構造と買取価格算定の考慮要素』108-109 頁(商事法務、2013 年)。

51 同 141 頁。

(15)

ない52。合併から生じる利益は、日本法におけるシナジーの分配と共通する問題点である。デラウ ェア州の株式買取請求権の法律規定と判例法理からすると、合併の遂行または期待から生じる利 益、いわゆるシナジーは、分配されていないのが一般的である53。例外のように見える、合併後の 事業計画が考慮されるケースは、その計画は合併の遂行または期待に基づくものではなく、合併 時にすでに存在しているもののみである54

上述した先行研究は、アメリカのデラウェア州の株式買取請求権における買取価格の算定方法 に関する判例を紹介し、いくつかの問題点を検討したものである。しかし、現在のデラウェア州 法については、正常の状態において、一般的に認められる金融的評価手法の運用実態を整理する 先行研究がないようである。これらの問題点の検討は、重要である一方、裁判における評価手法 の運用の一般的な実態を整理することも、日本の裁判所がより効率的に、ないし当事者が予測し やすいように、買取価格の算定を行うことに示唆を与える可能性があると思われる。したがって、

本稿は、当該 Weinberger 事件を切り口として、デラウェア州の株式価値の評価手法の理念と具体 的な運用手法に関する判例法理を詳細に検討する。Block Method 法は、時代遅れであると裁判所 に評価されたが、本稿は、株式買取請求権における買取価格の算定方法の全体像、および Block Method 法の運用に有用なものを整理するために、Block Method 法と DCF 法や類似会社比準法とい う現代金融の評価手法を一緒に取り上げることにする。

世界に共通する金融理論としての株式価格の算定手法と他国のものとしてのアメリカの判例法 理が存在する一方、日本では、株式買取請求権における買取価格の算定について、特有の判例法 理が存在するということができる。日本の裁判所は、公正な価格を算定する際、一定の判断枠組 みを形成しているように思われる。特に上場会社の株式に関する買取価格の算定については、市 場価格を価格算定資料とする際の基準日、組織再編当事者の資本関係と市場価格の変動ならびに

52 同 142 頁。

53 同 152 頁。

54 同 150 頁。

(16)

組織再編行為の交渉過程による企業価値の増減の判断が注目されている。ただし、日本の判例法 理における問題点を指摘する先行研究があるが、それらの問題点を総合的に整理する文献は、少 ないと思われる。本稿は、先行研究を踏まえて、裁判所の判断枠組みを総合的に検討した上で、

今後の方向性を示したい。

第 2 款 理論的視点

企業の組織再編行為を規律する法制度としては、株式買取請求権制度とともに、役員等の損害 賠償責任制度と合併等の無効訴訟がある。複数の制度が共存する状況において、他制度とは異な る、株式買取請求権制度の本質的な特徴、および当該権利の特有の機能が問題となる。先行研究 においては、支配株主あるいは取締役の忠実義務の実現に注目して株式買取請求権の意義を求め る学説55、株式買取請求権の構造を分析して上記学説を批判する学説がある56。本稿は、当該批判 説は説得力があると考えつつ、なお昭和 25 年商法改正による株式買取請求権の導入の際に当該権 利の本質的な特徴をめぐる議論には示唆があるのではないかと考える。つまり、当時、株式買取 請求権制度の趣旨についての考え方としては、株主総会決議の資本多数決により少数株主の拒否 権が否定されることに対する補償というものがある。その補償の正当性はさておき、少なくとも 資本多数決により少数株主が拒否権を失うことは、少数株主の現実の姿を描いているのは間違い ないと思われる。したがって、本稿は、資本多数決の構造を道具として、株式買取請求権の本質 的な特徴を検討することにしたい。また、効率性の観点から株式買取買取請求権の意義を分析す るものがある。効率性の分析は、簡単に言えば、ある行為の利益と費用を比較考量するものであ る。しかし、当該観点に基づく先行研究は、組織再編行為が企業にもたらす利益と費用と、株主 にもたらす利益と費用とを混同しているおそれがある。したがって、本稿は、組織再編行為がも たらす効果を明らかにし、効率性の分析をより精緻化したい。

55 第 4 章第 1 節第 2 款を参照されたい。

56 同上。

(17)

第 3 節 本稿の構成と研究対象 第 1 款 本稿の構成

上述した問題意識をもって、本稿は、第 1 章としての序論と第 5 章としての結論と今後の課題 以外に、第 2 章としてのアメリカの判例法理の検討、第 3 章としての日本の判例法理と学説の検 討、第 4 章としての株式買取請求権の存在意義の理論的検討というように構成している。第 2 章 から第 4 章を簡単にまとめると、以下のようになる。

第 2 章では、アメリカのデラウェア州において株式買取請求権における買取価格の算定方法に 関する判例法理を具体的に紹介、整理する。Block Method の具体的な運用としてそれぞれの評価 指標の意義と比重の置き方、DCF 法の具体的な運用としてキャッシュ・フローと割引率の確定方 法、モデルに代入する情報の選別、ならびに類似会社比準法の具体的な運用として類似会社の選 別と価格乗数の利用、それに合併対価を買取価格の考慮要素とする基準といった問題点を検討し ている。

第 3 章では、株式買取請求権の買取価格の算定方法についての日本法の判例を紹介、整理する。

まず、最高裁判所まで至った株式買取請求権の買取価格の申立事件について、事案の概要を紹介 した上で、株式買取請求権の趣旨、裁判所が買取価格の算定に対して介入すること、買取価格の 算定基準日、組織再編により企業価値の毀損あるいはシナジーの有無を判断するための枠組みと いった問題点をそれぞれ整理する。また、最高裁には至らなかったが、非上場株式の株式買取請 求権の事件と二段階買収における公開買付の強圧性が考慮される株式買取請求権の事件を検討す る。同時に、全部取得条項付種類株式の取得価格の決定事件についても、制度の趣旨、基準日、

取得価格の判断枠組みと具体的な算定方法といった問題点をそれぞれ整理する。次に、株式買取 請求権の事件を例として、買取価格の算定基準日、組織再編により企業価値の毀損の有無の判断 方法について、判例と学説を詳細に検討した上で、私見を述べる。それから、全部取得条項付種

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類株式の事件を例として、組織再編によるシナジーの有無について、判例と学説を詳細に検討し た上で、私見を述べる。

第 4 章では、まずは、株式買取請求権の本質的な特徴の理論的検討として、少数株主の従来の 経済的利益の補償、取締役あるいは支配株主の義務違反に対する規律といったアメリカと日本の 学説を分析した上で、資本多数決に関する経済理論を参考にしつつ、資本多数決の正当性の根拠 を新たに解釈することによって、一定の場合に限定して、反対株主に会社から退出することを認 めると結論付ける。次に、株式買取請求権の機能の理論的検討として、先行研究としての効率性 という視点からの考察を分析した上で、同じく効率性という視点を持ちながら、組織再編行為が もたらす利益と費用の分析をより精緻化して、株式買取請求権が株主の利害関係に与える影響を 検討する。

第 2 款 研究対象

本稿は、日本の組織再編の文脈における株式買取請求権を研究対象としている。つまり、会社 の合併、分割、株式交換または株式移転の場合に行使される株式買取請求権と企業買収の一環と して少数株主を締め出す手段として使われる全部取得条項種類株式が検討の対象となる。会社法 には、組織再編の文脈以外にも、株式買取請求権制度が存在する。株式に譲渡制限の定めを設け る定款変更の場合57、種類株式の併合または分割、種類株式または新株予約権の無償割当て、種類 株式または新株予約権を引き受ける権利の付与、種類株式の単元株式数についての定款変更がな されるときに当該種類株式の株主に損害を及ぼすおそれがある場合58には、株式買取請求権制度が 設けられている。本稿の議論の対象を組織再編関連に限定する理由は、日本の判例の蓄積と比較 法の便宜という資料の豊富さがある一方、組織再編以外の株式買取請求権は会社法の各制度に分

57 会社法 116 条 1 項 1 号、2 号。

58 会社法 116 条 1 項 3 号。

(19)

散しているのに対して、同じく組織再編における株式買取請求権は、公正な価格の算定方法、裁 判所の判断枠組みといった問題点はある程度共通するところが多いということにある。

本稿が日本法を検討する際に参考にするものは、アメリカのデラウェア州の会社法と判例法理 である。デラウェア州の会社法は、アメリカの連邦と他州の会社法への影響が強いのみならず59、 日本の会社法学界において援用、検討されることも多い。また、株式買取請求権における買取価 格の算定には、一般の金融的手法が用いられることが多い。現代の金融理論(ファイナンス)が もっとも発達しているアメリカにおいて金融理論が司法裁判に運用される実態は、参考にする意 義が多々あるように思われる。

第 3 款 中国法

中国法は、本稿の主な部分となる組織再編の文脈における株式買取請求権についての検討が不足 し、さほど参考にする意義がないが、それなりの特徴がある。ここでは、中国法の特有なところを紹 介しておきたい。

第 1 目 立法経緯と理論的根拠

中国の株式買取請求権制度は、1994 年の行政規定が端緒である。1994 年、当時の中国国務院の証 券委員会と国家体制改革委員会が定めた「海外で上場する会社の定款に必要な条項」は 149 条 1 項と して、会社の合併または分割の計画に反対する株主には、会社または計画に賛成する株主に対して、

公平な価格で持株を買い取ってもらう請求権があると規定していた。これは、海外で上場する会社に 限って適用するものである。また、合併または分割に賛成する株主に対しても買取を請求することが できるという点は、典型的な株式買取請求権とは異なる。

上述した海外に進出する企業に適用するものとは異なり、中国において初めて株式買取請求権の 雛形が出現する事案は、2001 年の鄭百文企業再編である。当時、法律に株式買取請求権に関する規 定が存在しないにもかかわらず、企業再編の当事者が能動的に株式買取請求権を再編計画に取り入れ

59 カーティス・J・ミルハウプト編『米国会社法』9 頁(有斐閣、2009 年)。

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た。本件の再編計画は、鄭百文社が債務超過に陥った場合に、その株主が持株の 50%を三聯社に無 償で譲渡する代わりに、三聯社が鄭百文社に資金と優良な資産を投入するものである。当該計画に反 対する株主は、鄭百文社があらかじめ設定した金額を取得して会社から退出することができる60。し かし、どれぐらいの株主が株式買取請求権を行使したか、買取価格がどのように判断されたかについ ての公開資料は見当たらない。

2005 年の会社法改正では、有限責任会社に株式買取請求権を導入することが提唱された61。有限責 任会社においては、支配株主は会社に対する支配権をもって無配を長期的にしたり、少数株主による 会社の財務状況を調査する請求を拒否したりすることが頻発していることが指摘されている。権利が 侵害された少数株主は、株式を譲渡することが困難である以上、重大な損失を被ることになる。した がって、会社法は、一定の場合に、少数株主に会社から退出することを認めるべきであるとされた62

この改正状況を受けて、2006 年から実施し始めた会社法は、74 条と 142 条 4 項がそれぞれ有限責 任会社と株式有限会社の株式買取請求権を規定している63。有限責任会社にかかる 74 条は、次の各号 に掲げる状況のいずれかが生じる場合は、株主総会の当該決議に反対票を投じた株主は会社に合理的 な価格でその持分を買い取るよう請求することができる。①会社が 5 年連続で株主に対し利益分配 を行わず、その連続 5 年間において会社に利益があり、かつ本法に定める利益分配条件を満たして いる場合;②会社が合併もしくは分割し、又は主要財産を譲渡する場合;③会社定款に定める営業期 間が満了し、又は定款に定めるその他の解散事由が発生したにもかかわらず、株主会が定款修正の決 議を採択し、会社を存続させた場合。また、株主会会議の決議が採択された日から 60 日以内に、株

60 李辰「論異議股東評価補償権制度」証券市場導報 51 頁(2001 年 7 月);何澎湃=王偉「反対股東股份収購請求 権研究」法律適用 267 期 66 頁(2008 年)。

61 中国会社法においては、株式会社を有限責任会社と株式有限会社に分けている。有限責任会社は、株主が少人 数であるのに対して、株式有限会社は、株主が多くいる。株式有限会社は、相対的に、規模が大きい。その他、

コーポレート・ガバナンス上の区別がある。上場会社は、必ず株式有限会社であるので、2005 年の改正では、有 限責任会社に導入したという言い方になる。

62 全国人民代表大会法律委員会の副主任委員である洪虎の発言『全国人大法律委員会関于「中華人民共和国公司 法」(修訂草案)修改情況的説明』2005 年 8 月。

63 条文の番号について、株式買取請求権に関する規定は、2006 年改正後に数度変更されたため、現在では、74 条 と 142 条である。改正当時は 75 条と 143 条であった。

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主と会社が持分買取協議について合意することができない場合は、株主は株主会会議の決議の採択日 から 90 日以内に人民法院に訴訟を提起することができる、と定めている。株式有限会社にかかる 142 条 4 項は、会社による自己株式の購入禁止の例外の一つとして株主が株主会又は株主総会で行っ た会社合併又は分割の決議に異議を有し、会社のその株式の買取を求めるとき、と定めている。これ に該当するときは、6 か月以内に譲渡又は消却しなければならない64。このように、有限責任会社は、

三つの場合に、株式有限会社は、一つの場合に株式買取請求権が認められる。

株式買取請求権が導入された法律改正の経緯からわかるように、中国法における株式買取請求権 は、最初に有限責任会社における大株主の少数株主に対する抑圧という問題点を解決するためのもの であるということができる。会社が継続する意義がありながら、少数株主は、大株主から継続的に抑 圧される場合には、少数株主に訴訟を通じて会社から退出する権利を認めることが適切なのではない かという学説がある65。この意味では、会社から退出する権利に対応する義務は、会社ではなく、実 質的には少数株主を抑圧している大株主が負うことになる66。1994 年の行政規定において反対株主は、

会社だけではなく、賛成株主にも株式買取を請求できるという点は、この学説で解釈することができ る。しかし、株式買取請求権は、本来ならば、理由を問わずに反対株主に認められるものであるので、

上述した理論は、株式買取請求権の適用状況を全部説明することができないと思われる67。例えば、

有限責任会社の①の場合のように、連続で無配をする大株主は、少数株主を抑圧していることがうか がわれる。それに対して、会社が合併等をする場合には、必ずしも大株主による抑圧が発生していな

64 株式買取請求権と関係のない部分を省略した。本条は、そもそも株式有限会社の自己株式の取得に関するもの である。

65 甘培忠「論有限責任公司股東的退股権」学術探索 5 期 53 頁(2002 年);包哲鈺=唐忠輝「有限責任公司股東圧 制問題研究」西部法学評論 5 期 73-79 頁(2012 年)。

66 甘培忠・前掲注(65)54 頁。

67 もちろん、株式買取請求権の理論的根拠に関する中国の学説は、大株主による抑圧という説に限定するもので はない。外国の理論を紹介・参照するものが多い。

(22)

いと考えられる。連続の無配と合併とは、一つの条文に置かれるが、別々の理論的根拠に基づくもの という点68が、中国法における株式買取請求権の特徴であるということができる。

以下では、中国法における株式買取請求権に特有な議論を取り上げることにしたい。

第 2 目 中国の株式買取請求権に特有な議論 1 大株主による抑圧

有限責任会社において株式買取請求権が適用される状況には、会社が 5 年連続で株主に対し利益 分配を行わず、その連続 5 年間において会社に利益があるという場合がある。前節で述べたように、

これは、大株主による抑圧という問題を解決しようとするものである。しかし、大株主が少数株主を 長期的に抑圧しているときには、株式買取請求権が少数株主を十分に救済することができるかが懸念 される。株式買取請求権は、煩瑣な手続きが必要であるし、反対株主が集団訴訟を利用することがで きないという欠点もある69。また、長期的な無配以外に大株主が少数株主を抑圧する場面が存在する。

少数株主を会社の管理職から排除すること、会社との利益相反取引による利益の搾取が挙げられる。

したがって、大株主による抑圧を株式買取請求権の一つの理論的根拠として、これらの状況にも株式 買取請求権を適用すべきであると主張する学説がある70

中国法の株式買取請求権における買取価格は、合理的な価格という文言を使用している。大株主 による抑圧が本当に株式買取請求権の理論的根拠となると、合理的な価格には、5 年連続の配当が含 まれるべきではないかと思われる。すなわち、会社が、5 年連続で黒字であるにもかかわらず、正当 な理由なく、配当をしないことは、大株主による抑圧のおそれがあると考えられる。この状況に対応 して少数株主が株式買取請求権の行使により救済を求める場合には、合理的な買取価格には、5 年連 続のあるべき配当金を考慮すべきではないかと思われる。しかし、現実の判例71を見てみると、裁判

68 張学文「有限責任公司股権収買請求権的制度評価与立法完善」海峡法学 46 期 71-72 頁(2010 年)。

69 同 72 頁。

70 同上。

71 曹維奇訴北京星商貿有限公司股份収購請求権案(北京市第一中級人民法院 2008 年第 16652 号);張某訴上海某 某某某材料有限公司股份収購請求権案(上海市崇明県人民法院 2008 年第 47 号);上海徐滙某有限公司诉上海某

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所は、合理的な価格について純資産価値を重視し、配当を考慮することが見られない。例えば、5 年 連続の配当は、全部会社の純資産価値に算入するあるいは会社の新プロジェクトに再投資するのでは なく、会社管理職を勤める大株主の給料に用いられるとしたら、純資産価値を重視する裁判所による 合理的な価格の計算方法は、5 年連続の配当という利益を反対株主に補償することができないのでは ないかと思われる。そうすると、大株主による抑圧を阻止する機能も実現することができないという ことになるのであろう。また、大株主は、ごくわずかな配当を実施することにより、当該規定を回避 するおそれがある72

2 株式買取請求権の適用範囲

繰り返しになるが、現行法において、株式買取請求権の適用範囲は、有限責任会社の場合には、

①連続 5 年間において会社に利益があるにもかかわらず会社が 5 年連続で株主に対し利益分配を行 わないとき、②会社が合併もしくは分割し、又は主要財産を譲渡するとき、③会社定款に定める営業 期間が満了し、又は定款に定めるその他の解散事由が発生したにもかかわらず、株主会が定款修正の 決議を採択し、会社を存続させるときであり、株式有限会社の場合には、株主が株主会又は株主総会 で行った会社合併又は分割の決議に反対するときである。

中国法における株式買取請求権の適用範囲は、外国法と比べると、狭く、反対株主の利益が侵害 されることから反対株主を有効に救済することができない73。適用範囲を拡張するための具体的な提 言は、以下のとおりである。まずは、有限責任会社と株式有限会社との差異のある部分について、有 限責任会社に適用する①と③、および②における主要財産の譲渡を株式有限会社にも適用させること

薬品経営有限公司股份収購請求権案(上海市徐滙区人民法院 2009 年第 1744 号);上海建維工貿有限公司訴上海

尊藍山餐飲有限公司股份収購請求権案(上海市静安区人民法院 2010 年第 728 号,上海市第二中級人民法院 2010 年第 1406 号)。

72 周海博「我国有限責任公司異議股東股份回購法律制度重構」遼寧大学学報 37 巻 5 期 149 頁(2009 年);張愛菊

「論有限責任公司異議股東股份回購請求権」河南省政法管理幹部学院学報 124 期 182 頁(2011 年)。

73 葉林「反対股東股份収購請求権的行使与保障——公司法第 75 条評述」社会科学 9 期 76 頁(2012 年)。

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である74。両者をこのように統一した上で、会社の定款の重大な修正、主要な事業の譲渡、ならびに 会社の組織変更まで株式買取請求権の適用範囲を拡張する75。また、会社にとって重大な利益相反取 引と競業取引にも株式買取請求権を反対株主に付与する見解がある76。さらに、株式有限会社に限っ て株式買取請求権を適用する場合としては、株式交換と株式移転、ならびに簡易合併77も含めるべき であると主張するものがある78

株式買取請求権の適用範囲に関する現行法の規定において、主要な財産の譲渡に関して主要とい う概念がよく議論されている。主要な財産の意味は、会社法 121 条と証券監督管理委員会による「上 場会社重要資産再編管理弁法」12 条および「非上場公開会社重要資産再編管理弁法」2 条を参考にす ることが多い。会社法 121 条は、上場会社の重大な財産の購入と売却を定めるものとして、重大性を 提示している。すなわち、会社の資産総額の 30%が重大性の基準となる。「上場会社重要資産再編 管理弁法」12 条は、重大性について以下のように規定している。すなわち、①当該資産の総額は直 近の会計年度における監査済みの連結財務諸表における期末資産総額の 50%以上になること、②当 該資産は、直近の会計年度において創出した営業利益が同期の監査済みの連結財務諸表における営業 利益の 50%以上になること、③当該資産の譲渡益は、同期の監査済みの連結財務諸表における純資 産の 50%以上になり、かつ 5000 万人民元を超えることのいずれかが満たされる場合には、当該資産 譲渡は、重大である。「非上場公開会社重要資産再編管理弁法」2 条は、重大性について二つの場合 を規定している。一つは、「上場会社重要資産再編管理弁法」12 条の①と同様である。もう一つは、

74 謝乃煌「関于我国公司異議股東評定補償権制度構建的思考」西南政法大学学報 6 巻 1 期 74 頁(2004 年);李海 龍=鄒松生「論異議股東回購請求権公司規則」西南政法大学学報 9 巻 2 期 65 頁(2007 年);劉俊海「論公司並 購中的小股東権利保護」法律適用 5 期 44 頁(2012 年)は、上場会社の場合、市場価格で退出することが必ずし もいつも公平ではないことを理由に、市場価格が企業価値を正確的に反映していないときに限って株式買取請求 権を認めるものである。しかし、市場価格の一時の具体的な非効率性を株式買取請求権の前提とすることは現実 的ではないと思われる。

75 謝乃煌・前掲注(74)74 頁;李海龍=鄒松生・前掲注(74)65 頁;高永深「論異議股東股份回購請求権」河北 法学 26 巻 4 期 93 頁(2008 年);楊靖=張敏「股東之間利益衝突与退出公司機制的反思」法律適用 311 期 64 頁

(2012 年);周海博・前掲注(72)150 頁;張愛菊・前掲注(72)183 頁。

76 高永深・前掲注(75)93 頁。

77 従属会社の株主に限定する。劉俊海「論公司並購中的小股東権利保護」法律適用 5 期 45 頁(2012 年)。

78 李海龍=鄒松生・前掲注(74)65 頁。

(25)

当該資産の譲渡益は、同期の監査済みの連結財務諸表における純資産の 50%以上になり、かつ当該 資産の総額は直近の会計年度における監査済みの連結財務諸表における期末資産総額の 30%以上に なることである。これらの量的基準を実質的に言うと、譲渡となる財産は、会社の経営に重大な影響 を及ぼしているかどうかが判断要素である79

3 議決権との関係

会社法に明白な規定がないが、議決権のない株主も株式買取請求権が認められるというのが中国 の通説である80。これは、外国の株式買取請求権の理論に根拠を求めるものである81が、中国の法律の 不都合に対応する解釈である。有限責任会社の株式買取請求権の適用範囲には、5 年連続での無配と 主要な財産の譲渡がある。しかし、配当政策と主要な財産の譲渡は、定款の特別の定めがない限り、

有限責任会社の株主会の決議が必要な事項ではない82。そうすると、株主会の決議を通らない無配と 財産の譲渡について、株主は、株式買取請求権を提起する機会が最初から存在しない83。したがって、

現行法のままで、株式買取請求権による救済を確実に実現したいのであれば、議決権がない場合のみ ならず、そもそも株主会決議が必要でない場合にも、株式買取請求権を認めるべきではないかと思わ れる。

79 劉俊海・前掲注(74)44 頁;喬宝傑=王兵「論有限責任公司異議股東股份回購請求権之情勢」法律適用 307 期 56 頁(2011 年)。

80 謝乃煌・前掲注(74)74 頁;李海龍=鄒松生・前掲注(74)65 頁;周海博・前掲注(72)149 頁;葛偉軍=白 帆「論異議股東股権回購請求権之行使障碍及対策」証券法苑 6 巻 343 頁(2012 年)。

81 蒋大興『公司法的展開与批判』771 頁(法律出版社、2001 年)。

82 会社法 37 条:株主会は、次に掲げる職権を行使する。(1)会社の経営方針及び投資計画を決定すること;

(2)従業員代表を務めていない董事及び監事を選出及び更迭し、董事及び監事の報酬に関する事項を決定する こと;(3)董事会の報告を審議し承認すること;(4)監事会又は監事の報告を審議し承認すること;(5)会 社の年度財務予算案及び決算案を審議し承認すること;(6)会社の利益配当案又は欠損補填案を審議し承認す ること;(7)会社の登録資本金の増加又は減少について決議を行うこと;(8)社債発行について決議を行うこ と;(9)会社の合併、分割、解散、清算又は会社形態の変更について決議を行うこと;(10)会社定款を修正 すること;(11)会社定款に定めるその他の職権。

さらに、外資企業に関する法律には、有限責任会社である限り、株主会を設置せずに、取締役会と経営管理機構 を設置すればよい。なお、2015 年 1 月 19 日中国商務部が公布した「外国投資法」(草案)には、株主会が要求 されている。

83 葉林・前掲注(73)76 頁。

(26)

4 債権者に対する配慮

理論的には、会社が反対株主の持株を買い取るために、会社の現金資産が流出することになる。

この現象に対して、債権者の保護という側面から分析する学説がある84。債権者保護に資するために、

株式会社の自己株式の取得を制限している会社法は、その取得の財源を規定している。自己株式を購 入するための資金は、会社の税引き後利益から支出しなければならないとされた85。株式買取請求権 の文脈においては、有限責任会社の自己株式の取得に関する財源について、株式有限会社の条文を援 用することが考えられる。

そうすると、会社に税引き後利益がない場合には、株式買取請求権はどうなるかが問題となる。

この問題に対して、中国の学説では、カナダの会社法の規定を中国法に導入しようとする主張がある。

すなわち、以下のようなことを合理的に信じる場合には、会社は、反対株主に買取代金を支払うこと ができない。会社は、現状では到来する債務を弁済することができない場合、もしくは買取代金の支 払いにより到来する債務を弁済することができなくなったり、現金化できる会社資産の価値が債務総 額より少なくなったりする場合である。会社から買取代金を支払うことができないという通知を受け た場合、反対株主には、二つの選択肢が与えられる。一つは、会社の行動に反対する意思を撤回し、

株主の地位に復帰することである。もう一つは、会社が買取代金を支払うことができるようになるま で待機することである。さらに、会社が清算をしなければならない場合には、反対株主は、買取代金 を受け取る権利が他の株主の残余財産分配請求権に優先し、会社の債権者に劣後することになる86。 また、中国の現行法の株式買取請求権の適用状況を具体的に検討して、債権者保護はそれほど重 大な問題ではないと指摘する学説がある。すなわち、会社の合併または分割の場合には、債権者異議 手続きが存在するので、債権者保護は不十分ではない。会社は存続期間が満了したにもかかわらず経 営を継続する場合は、債権者保護とは無関係である。長期間の無配をする場合と主要な財産を譲渡す

84 中国では、債権者保護を重視する傾向がある。葉林・前掲注(73)79 頁(2012 年)。

85 会社法 142 条。

86 張愛菊・前掲注(72)185 頁;羅莉ヤ「異議股東評估権浅析」金融法苑 73 輯 75-76 頁(2006 年)。

(27)

る場合には、確かに、債権者保護の問題が発生しうる。しかし、少数株主は、あくまで少数派にとど まることを踏まえると、全体的には、株式買取請求権の文脈における債権者保護は、大した問題では なく、買取代金の財源を確定すればよいと考えられる87

さらに、会社は、買取代金を支払うための資金が不足する場合に、賛成株主が反対株主の株式買 取請求権に対応せよという主張がある88。その理由は、多数派の株主に当該義務を負わせることによ って、反対株主の会社からの退出を容易にすることにある89

5 株式買取代金の支払い方法

中国の法律には、日本法のように会社が裁判所による買取価格の決定の前に自分が公正であると 考える金額を反対株主に支払うことができるという制度がないが、そのように主張する学説がある。

すなわち、会社は、反対株主による株式買取請求権の行使に対して、反対株主が提案する具体的な金 額に同意することができないとしても、自分自身が合理的と信じる金額をあらかじめ反対株主に支払 う90。裁判においては、前払いの部分と裁判所が決定した金額との差額を支払えば済む91。このように すると、会社と反対株主は、株式の合理的な価格についての考えの差異がそれほど大きくない場合に は、反対株主は、裁判のコストを考慮した上で提訴しない可能性がある92。逆に、裁判所の最終決定 まで待って買取代金の支払を受けることになると、持株が相対的に少ない少数株主にとっては、株式 買取請求権による救済の実効性が著しく少なくなるのではないかと懸念される93。しかし、上述した 論証は、株式買取の効力発生日により評価が異なる。つまり、中国の会社法は、株式買取の効力発生 日を規定していないのである。そうすると、効力発生日を遅らせれば遅らせるほど、履行遅滞による 利息は少なくなるので、少数の株式しか所有していない株主にとっては、裁判の金銭的コストを十分

87 葉林・前掲注(73)80 頁。

88 周海博・前掲注(72)150-151 頁;葉林・前掲注(73)81 頁。

89 葉林・前掲注(73)81 頁。

90 魏磊傑「論美国公司法中的異議股東股份評估権制度」上海交通大学研究生法学 67 期 68 頁(2006 年);葉林・

前掲注(73)81-82 頁。

91 葉林・前掲注(73)82 頁。

92 同上。

93 同上;魏磊傑・前掲注(90)68 頁。

(28)

に補う利益を得る可能性が少なくなる。それに対して、株式買取の効力発生日は、株主会の決議日あ るいは株式買取請求権の発生事由の効力発生日とすると、年 5.35%以上の遅延利息94を受ける以上、

少数株主は、裁判の金銭的コストを十分に補う利益があるかもしれない。この場合、少数株主にとっ て、株式買取請求権による救済の実効性は必ずしも著しく少なくなるわけではないと思われる。

94 2015 年 3 月 31 日、中国中央人民銀行が定める基準貸付利率は、1 年間は 5.35%、1〜5 年間は 5.75%、5 年以上 は 5.9%である。これは、中国の実務で利用される遅延利息の基準である。

参照

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